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科学の目で見えてきた日本の古代

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先入観に捉われぬ文献解読、理化学的な測定データの検証、各地に残る伝承等の科学的な吟味等から見える古代史の姿を、今一つ根拠が明確な古代史解説に出会わないと感じておられる一般の方々に分り易く解説します。



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最終発行日:
2016-06-19
発行部数:
110
総発行部数:
3258
創刊日:
2004-04-08
発行周期:
月刊
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最新のコメント

  1. 九州古代史の会で勉強させてもらっています。
    日本への牛馬の渡来時期、スサノオの韓国への天降り、について自分の知識の確認をしました。結果は『記・紀』伝承は3〜4世紀以降作製されたものであろう、と思われる、というところまでは云えると思うのですが、これが実際の古代の伝承とどういう関係にあるのか、という方向へ進めません。

    『日本書紀』が日本の歴史を纏めるにあたり、諸家のもたらす歴史を正す、ためなのか、所謂一書群が神代紀には沢山記載されています。

    ところで『魏志』「倭人伝」には、「倭国に牛馬なし」というように書いていますが、『記・紀』には、スサノオは馬の皮を剥いで投げ込んだ、というような記述があります。


    『日本書紀』の第六段の一書第三に「天斑駒」、第七段の一書第二に「斑駒を生剥ぎ」、一書第三に「馬伏す」、『古事記』に「天の斑馬を逆剥ぎ」という記事があります。


    つまり、「倭人伝」の記述を正しいとすれば、この『日本書紀』の記事は、3世紀以後に伝承が作られたことになります。つまり、日本神話が3〜4世紀に作られた、ということになります。


    また、スサノオは天の岩戸事件のあと、韓国に放逐された、という記事も一書にはあります。では、イザナギ・イザナミの国生み神話と韓国との関係は、という問題になります。


    『日本書紀』第八段には、一書第四に、「五十猛と共に新羅に降到る」とか、一書第五に、「郷の嶋に是金銀あり」とかの記事があります。新羅という国が歴史に登場するのは4世紀ごろのようですから、この伝承も4世紀ごろに作られた可能性があります。

    牛馬の渡来というか、いつ頃から日本列島に牛馬が生息していたか、という研究について調べてみました。

    増田精一氏著の『日本馬事文化の源流』(芙蓉書房出版・1996年初版)にかなり詳細な解説があるそうです。

    「名古屋市熱田貝塚、神奈川県平塚豊田本郷遺跡からは確実な弥生時代の馬骨が出土、それぞれに刻線を施している」とか、「縄文時代遺跡より四川馬系の小型馬の馬歯、馬骨が出土するが・・・」など他にも数例あげられているそうです。

    また、「放射性炭素年代測定の結果、出水貝塚出土の馬骨は歴史時代のものとの見解が発表されているそうで、縄文、弥生時代に馬の飼育が全くなかったとすることはできない、そうです。

    科学研究費助成事業データベースをみますと、鹿児島大学の西中川駿氏が「古代遺跡出土骨からみた、我が国の牛馬の渡来時期とその径路に関する研究」がありました。



    弥生期に関係する報告としては、

    !)現在のところ東京都伊血子貝塚(弥生中期)の牛頭蓋骨が最も古く、確実な出土例である。馬では御崎馬やトカラ馬に類似し、推定体高は128cm前後。

    !)調査研究から、わが国の牛、馬は、弥生以降に朝鮮半島を経由して渡来し、当時の人々に飼養させていたことが示唆された。
    ということで、あまりはっきりとした結果は得られていないようです。


    中央競馬会の「馬の歴史」という文章では、

    【わが国で発見されたもっとも古い馬の化石としては岐阜県可児郡で出土したアンキテリウムの上顎、下顎骨が知られている。この化石は同地の平牧層から出土したことからヒラマキウマと呼ばれている。また鮮新世のヒッパリオンやごく初期のエクウスが存在していた証拠も発見されている。しかしその後、海面が上昇し日本列島が大陸から分離したあとは、こうしたウマ族の動物たちは大陸からの移入もなく、絶滅したものと考えられている。



    3世紀の文献「魏志倭人伝」には、当時の日本列島には馬は生存しなかったと記述されている。かつてこの記述は誤りであると考えられた時期もあった。すなわち、単に渡来人が牛馬の存在を見ていなかったためにそう記したもので、当時の日本列島には牛馬は存在したとし、その証拠として縄文、弥生の各時代の貝塚から馬の骨や歯が多数発見されていることがあげられた。



    しかしここ30年ほどの発掘では馬の出土がみられないこと、縄文、弥生の貝塚といっても後生に埋められたものが多数混入されており、貝塚で発見される馬骨もそうしたものと推定されることなどから、現在では縄文、弥生時代の日本には、「魏志倭人伝」の記述どおり、馬が生息していた可能性はほとんどないと考えられてきている。】


    どうやら縄文馬については、現在の「馬」の概念の動物は存在せず、小型馬が存在した(かもしれない)ということしか確実でないようです。

    つまり、『記・紀』の神代の伝承歴史は、3〜4世紀以降に作製された可能性が高い、ということでしょうか。

    棟上寅七 2013/4/2 このコメントがついた記事>>

  2. どちらもものづくりに関連しているようですね。
    真弓常忠氏の「古代の鉄と神々」に載っている話だと「もののふ(武士)」「もののぐ(武器)」「もののけ(精霊)」などの日本の古話から、「もの=鉄」という結論を導き出している。鉄に宿るスピリチュアルなものを含めた「もの」というのが古語なのだと。
     そのため古代より鉄の名産地であった出雲(いづも)は出鉄(いずもの)からきたという説もある。いずれにしても出雲はものづくりと関係が深かった場所なのだろうとおもう。

    トヨタマ 2008/4/3 このコメントがついた記事>>

  3. 良くご存知ですね。
    それでは問題です。誠実生美鋼と
    修理固成の関係とは?

    ものづくりの原点をさぐる 2008/3/21 このコメントがついた記事>>

  4. 昔から「出雲の鐵は日立鍛人のたまものなり。」とはよく言ったものだ。

    金子 2008/3/14 このコメントがついた記事>>

  5. 島根県の安来市にある「つべしろ」というなぞのものが解く鍵らしいです。

    真名子 2007/12/10 このコメントがついた記事>>

  6. 参考資料として貝原益軒の黒田家譜「神代巻」と原田大六著「天皇の故郷」が有ります。川岡 保

     2007/11/27 このコメントがついた記事>>

  7.  どこか曖昧な古代史について真面目に科学的に取り組まれている姿勢に好感が持てます。

    古代史謎 2005/9/1 このコメントがついた記事>>

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