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ブラット親爺のつっこみ映画評

ここ10数年映画館に行ったことがないブラット親爺が、DVDで観た泣ける映画、笑える映画、よーできた映画、しょーもない映画を関西訛りのつっこみを入れながら論じる格調高い(?)映画批評メルマガです。

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ブラット親爺のつっこみ映画評

2004/03/30

                         Vol.061 03/30/2004
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         ◇◇ブラット親爺のつっこみ映画評◇◇  
 
   太陽と月に背いて  (1995)イギリス Total Eclipse 
   監督:アニエスカ・ホランド 
   出演:レオナルド・ディカプリオ、デヴィッド・シューリス、
      ロマーヌ・ポーランジェ
 
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ネタバレになりそうな話の前には、◆◆ネタバレ注意◆◆がついています。まだ、
その映画を観ていない人は、そこから先はすっ飛ばして◆解除◆の後から読みま
しょう。ただし、読める部分があまり残ってない場合があります。(^_^)
 
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ひとりの傍若無人な少年と30前の男との道ならぬ恋の話やが、ふたりの間にあっ
たはずの芸術がすっぽり抜けてるので、なんか妙に生々しいゲイ映画になってい
た。 

ランボーとヴェルレーヌがたとえ出来てたとしても、朝から晩まで虎のように愛
しまくってたワケやないやろ。しかし、この監督、興味は同性愛にしかなかった
らしく、下半身メインで映画を作ってしもたために、肝心のランボーやヴェルレ
ーヌの詩人の部分が見事に欠落してしもとった。 

昔のメロドラマで、主人公はどんな仕事をしてる奴やとつっこみたなるくらい、
あっちゃこっちゃ飛び回り、色恋沙汰だけやって生きとるよーな話があったが、
この映画も似たようなもんやった。当時の社会で詩人とはどーゆー存在やったん
か?詩では飯は食えんやろ。現実のランボーもヴェルレーヌが投獄されてからは、
いろんな職業について糊口を凌いどったらしいが。。。その辺りのことは全然描
かれてない。

また、天才詩人ランボーの中にあったやろと思われるキリスト教的道徳への憎悪
や反逆、西洋的なものへの侮蔑なんかもほとんど表現されてへん(陶器の犬の置
物を壊したり、十字架を盗んだりする程度のエピソードはあったが)から、ただ
のサディスティックなガキにしか見えんかった。 

アルチュール・ランボーの正確な伝記映画を作りたかったワケではないのやろけ
ど、たとえばボディビルで鍛えたカラダを鏡に映してうっとりしてるとことか、
チンピラ役で映画に出て、下手な演技に自己陶酔してるとことか、珍妙な制服を
着て、はちまき締めて、自衛隊に殴り込んで自決するとことか、あるいは男との
(?)濡れ場ばかり描いて、三島由起夫を描いた映画ですと言われても、困惑す
んのといっしょや。

特にアフリカに旅立った後のランボーの描き方はホンマ乱暴やった、あんなに端
折って後半生を描くくらいやったら、いっそ描かん方がましや。どこへ行っても
セックスしか興味がない男のようやった。われわれ凡人にとっては、詩をあっさ
り捨てて、アフリカくんだりまで出掛けて行ってしもうたランボーの後半生の謎
こそ、興味があるんやが。。。 

芸術家、特に文学者の場合、その生き様を映像で表現するのんは、画家や音楽家
より難しいようや。詩であれ、小説であれ、作品は読めんことには何が表現され
てるのか分からん。そこが絵画や音楽とはちゃうとこや。しかも、言葉は誰にも
読めるワケやない。母国語で、しかもそれなりのバックボーンがないと、ニュア
ンスまで感じ取れん。文学は読まれて初めて鑑賞に堪える。詩の朗読とゆーのん
も、あるにはあるが。。。

元々、詩の翻訳はナンセンスなんかも知れん。確かこの映画のエンディングに使
われとった「また見つかった、−−何が、−−永遠が、海と溶け合う太陽が。」
(小林秀雄訳)と「 I found it. --What? --Eternally! It's the sun in gold. 
It's the sea. 」と英語で表記されたものでは趣が異なる。特に「 What? 」な
んて、嫌味なアメリカ人に下手な英語を聞き直されたような気ィになる。ほな、
フランス語の原文やとどうなんか? はるか昔に「Une saison en enfer」を原書
で読もうとして、1ページ目で挫折したトホホな経験を持つおっちゃんとしては、
はなからお手上げや。 

今回ネットで調べてるうちに、「O saisons, o chateaux,」で始まる有名な詩で、
中原中也訳の「季節(とき)が流れる、城寨(おしろ)が見える、無疵(むきず)
な魂(もの)なぞ何處にあらう?」※( )内は本来はルビや1937年刊・野
田書房版)の発表される7年も前に、小林秀雄が「季節が流れる、城塞が見える。
無傷な魂が何處にある。」(1930年刊・白水社版)と訳してたことが分かっ
た。この詩の冒頭の部分は如何にも中也らしいセンスを感じて、小林の直訳「あヽ、
季節よ、城よ、無疵なこヽろが何處ある。」(1938年刊・岩波文庫版)より
中也の意訳が気に入ってたのやが、どうも中也が小林訳を流用したらしかった。
ちょっとがっかり。 

話をランボーとヴェルレーヌに戻すと、彼らは四六時中アブサンを飲んでた。
「緑色の詩神」と呼ばれたこの酒は、今世紀初頭に製造も販売も禁止された禁断
の酒や。強烈に苦いリキュールで、アルコール濃度は60〜75度もあって、大
麻と同様の幻覚作用をもってたらしい。 

『バスキア』では、主人公は大麻どころかもっと強烈な麻薬にも手ェ出しとった
が、芸術的インスピレーションと麻薬の関係は、最近でもミュージシャンが大麻
や覚醒剤所持でときどき捕まりよるのを見ても、創造の妙薬と思いこんでしまう
もんなんか。。。 

この映画の原題は「Total Ecripse」、つまり皆既食や。皆既日食もあれば皆既
月食もあるが、『太陽と月に背いて』とゆー邦題はワケ分からん。何が太陽と月
に背いたんや?地球が背いたんか?背くとゆーのは、1背を向ける 2逆らう 
3離れていくなどの意味があるんやが、地球が太陽や月から離れていったり、背ェ
向けたりするか?まして、逆らったりはできんやろ!ま、日食と月食に引っかけ
て、ちょっと背徳的なニュアンスを出したかっただけかいな。。。 

おまけ
主演のレオナルド・ディカプリオは1974年生まれやから、この映画の製作時点で
20才前か。映画はランボーの17才から19才までの2年間が中心やから、
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』のときのよーな年齢不詳の違和感はな
かった。ヴェルレーヌ夫人役の女優はんは、宮沢りえをちょい不細工にした感じ
やが、「私、脱いでも凄いんです」やった。 
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