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ブラット親爺のつっこみ映画評

ここ10数年映画館に行ったことがないブラット親爺が、DVDで観た泣ける映画、笑える映画、よーできた映画、しょーもない映画を関西訛りのつっこみを入れながら論じる格調高い(?)映画批評メルマガです。

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ブラット親爺のつっこみ映画評

2004/03/06

                         Vol.038 03/06/2004
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         ◇◇ブラット親爺のつっこみ映画評◇◇  
 
  デッドマン・ウォーキング    DEAD MAN WALKING (1995)アメリカ
  監督:ティム・ロビンス
  出演:スーザン・サランドン ショーン・ペン

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ネタバレになりそうな話の前には、◆◆ネタバレ注意◆◆がついています。まだ、
その映画を観ていない人は、そこから先はすっ飛ばして◆解除◆の後から読みま
しょう。ただし、読める部分があまり残ってない場合があります。(^_^)
 
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れ弱いので。。。(@。@;) f_f_cat@yahoo.co.jp

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おっちゃんは無償の行為にぐっと来る方だが、この映画の尼僧の行為はぐっと来
るどころか、ガツンとどやされた。アメリカの裁判制度および死刑囚への対応が、
実際にこの映画のようであるのかないのかよく知らないが、どんな犯罪者にもそ
の犯罪者の側に立つ人がいて、死刑判決が下った後も処刑の瞬間まで精神的な支
えになってくれる人がいることはやっぱりエエこっちゃ。

死刑囚には会ったこともなければ、知り合いでなった者もいないので、日本の制
度がどうなのかもよく知らない。死刑とゆー刑罰がある以上、死刑囚になってし
まう人間がいるのは仕方がない。「罪を憎んで人を憎まず」とゆー言葉はなんと
なくウソっぽく聞こえていたが、この映画のよーに死刑囚の精神的アドバイザー
を買って出る人がいて、特赦の嘆願のために動いてくれ、囚人と胸襟を開いて接
することで頑なに閉ざされていた心が少しだけ開かれ、死刑執行を前にして罪を
告白し被害者の家族に謝罪までする気持ちにさせ得る人がいることを知ると、憎
しみを超越した無償の愛とゆーのがあるのかもと思えたりもする。

ところで、おっちゃんは犯罪者を簡単に赦す気にはなれん。個人的な事情を最大
限酌量して、極刑に当たらない殺人事件もあるにはあるが、現状では厳罰主義や
むなしの気分だ。確かに死刑とゆー刑罰は非人間的だ。国家による殺人では、戦
争が最も非人間的だが、死刑も本質的には変わらない。それでも、最近のよーに
行き当たりばったりで人を殺す奴やら、荒っぽい手口で家族を皆殺しにする奴ら
が増えると、日本の無期懲役刑が終身刑ではなく10〜15年で出所できる有期
刑でしかなく、死刑とゆー極刑は殺人の抑止力になっている。死刑を廃止すると、
快楽殺人やら行きずり殺人などの凶悪犯罪がもっと増える気がする。死をもって
償わさなければ被害者の家族が納得できない兇悪犯罪がなくならない限り死刑も
なくせないとゆーのが、おっちゃんのスタンディング・ポジション。凶悪犯罪の
容疑者が捕まったニュースを見るたびに、「こんな奴、死刑じゃ」と怒鳴ってし
まう自分がコワい。

◆◆ネタバレ注意◆◆ 死刑執行のシーンでは、『グリーンマイル』の凄惨なシー
ンがすぐに思い浮かぶが、この映画のような注射による死刑執行では、見物人に
とっては残酷ショーを見せつけられたとゆー感じはしないのかも知れない。こー
ゆーのを人道的処置とゆーのか?しかし、注射器のピストンが機械的に押し込ま
れるのは不気味だった。◆解除◆

いずれにしろ、今の今まで生きていた人間の息の根を止めるのだから、死刑は殺
人だ。殺人のシーンを描くことは、映画のなかではそれこそ日常茶飯事だ。手を
代え品を代え、あらゆる殺人のシーンが描かれ続けている。猟奇殺人やら、大量
殺人やら、無差別殺人やら、計画的殺人やら、通り魔やら、テロリストやら、変
態親爺やら、スパイやら、ギャングやら、子ども、年寄り、男、女、ゲイ、医者
やら、警察官やら、軍人やら、サーカス芸人やら、郵便配達夫やら、お花のお師
匠はんやら、殺人ロボットやら、(なんぼでも続けられる。つまり誰もが殺人者
になる)映画でそのシーンが繰り返し描かれるのは、やはり映画自体がおどろお
どろしい見せ物小屋以外の何ものでもないからのよーに思う。派手なドンパチも
のは、ストレス解消になるかも知れないが、バイオレンスを正当化する映画は考
えものだ。 ティム・ロビンスは『ショーシャンクの空に』で主人公を演じたうま
い役者だけど、監督もするんだね。しかも、こんな重いテーマの作品の監督を。
主役のスーザン・サランドンはティム・ロビンスの嫁さんではないらしいが、公
私ともにパートナーとゆーのも「へぇ〜、そーなんや」な感じや。スーザン・サ
ランドンは、いかにも俳優とゆー雰囲気を持っている。演技をすることで社会に
何らかのメッセージを伝えるのが俳優とゆー職業だと、彼女なら自信を持って発
言しそうだ。

もうひとりの主役、ショーン・ペンは、『アイ・アム・サム』での名演で有名だ
が、この映画の演技もリアリティがあった。犯罪者顔とゆーか、人種差別主義者
でヒットラー崇拝者で、ヤクの勢いで若いアベックを殺してしまったプア・ホワ
イトの半端者の感じがよく出ていた。こーゆーバカは日本にもいっぱいいそうで、
ちょっとコワい。ところで、アメリカの俳優の演技と日本の俳優の演技のどこが
根本的に違うのか?たとえば、日本の俳優は素の顔が見えすぎる気がする。笠智
衆なんかは素そのもの。『ロード・トゥ・パーディション』のポール・ニューマ
ンもやや素が見え隠れしていたが、一般的にはアメリカの俳優の方が演じるキャ
ラクターへのなりきり度が高いようだ。『男はつらいよ』シリーズの渥美清は、
寅さんになりきっていた。あれぐらいなりきってしまえば、素の顔は完全消滅し
てしまう。ただ、晩年はちょっとつらそうだったが。。。

日本でこの手の映画が作れるだろうか?社会的に宗教者への評価(尊敬の念)が
低い日本では、瀬戸内寂聴さんのような尼僧が死刑囚と面接するシーンもなんと
なくしっくり来ない。さらに、被害者、加害者双方の家族が問題だ。この映画の
ような家族のシーンをリアリティーをもって撮れるだろうか?ひたすら愁嘆場に
なるか、あるいは言葉によるなじり合いの修羅場になるかのどっちかだろうとゆ
ー気がする。きっと目を背けたくなるような重苦しいシーンの連続だ。この映画
の場合、これほど重いテーマにもかかわらず、アメリカ人の国民性と言ったらい
いのか、俳優のキャラクターなのか、どこカラッとしていて、そこが救われる。 

◆◆ネタバレ注意◆◆ 最後に、尼僧がスラム街のHOPE HOUSEに帰ってきたとき、
ドアに子どもたちの『愛しているよ。シスター』のメッセージの貼り紙があった。
その場面で、ブラット親爺はまたぐっと来てしまった。 ◆解除◆
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創刊日:2004-01-23  
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