政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針5242 号  2019・11・28(木)

2019/11/28





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 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5242号
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      2019(令和元年)年 11月28日(木)

  

   雀庵の「台湾、戦場に見つけた小さな花」:“シーチン”修一 2.0

        中国のスパイ、 豪政府に政治亡命を求める:宮崎正弘

           米中激突「新冷戦」時代の準備は:アメリカ通信
      

                      
                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記

      

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雀庵の「台湾、戦場に見つけた小さな花」
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         “シーチン”修一 2.0



【Anne G. of Red Gables/55(2019/11/26】11月21日に風邪をひいた。ク
シャミと鼻水、悪寒で体力、気力なし、睡眠薬と風邪薬ぺレックスでひた
すら眠り、目覚めるとヘンリー・ソローの「森の生活 ウォールデン」を
ベッドで読んでいた。この本は湖畔での彼の思索を綴ったものでちっとも
興奮しない、むしろ眠くなるから“睡眠本”でもあるね、聖書みたい。

「一に焼酎、二に睡眠、三、四がなくて五にクスリ」。クスリといっても
市販薬だ。現役時代はそれでよかった。麦焼酎「いいちこ」のお湯割りは
旨かったなあ。体ぽかぽか。30度の「フラスコボトル」は絶品だった。

八代目三笑亭可楽は成仏のその日――

<小康を取り戻した可楽は、

「酒がのみてえ」

とつぶやいた。好きだった菊正を、吸い口に入れようとすると、

「お猪口でくんな」

という。お猪口に注いだ冷酒を一杯、きれいに飲み干すと、

「うめえなァ」

といった>(矢野誠一「さらば愛しき藝人たち」)

これが最後の言葉だった。こうありたいね。やるべきことをやっておけ
ば穏やかに逝けるんじゃないか。

胸の一か所がかゆいので、孫から水疱瘡を貰ったのかも知れないと思っ
たが、風邪をひいてから2日目は大分良くなった。長引くと嫌だから大人
しく室内で遊んでいた。

「穏和しく室内で遊ぶ」と言っても、本質的に多動児だから、カミサンが
玄関に引き込んだハイビスカスが日照不足にならないようにライトを設置
したり、台風難民で増えた家族のためにテーブルの向きを変えたりした。
とても面白かった。

風邪から3日目の23日は前日と同様の秋雨。明治天皇の誕生日「明治節」
だ。今日までは無理をしないでおこうと自重した。

そういえば来年2020年は60年安保騒動からちょうど60年である。岸総理
はアカに洗脳された社共、全学連など発狂した暴徒に囲まれた官邸で孫の
安倍晋三を膝に乗せ、「アンポハンターイ!」と戯れる晋ちゃんに「アン
ポサンセーと言いなさい」と苦笑していた。安倍氏は来年、世界中から蛇
蝎のごとく嫌われている習近平を招聘し、天皇陛下と会見させるつもりだ
ろう。

香港、台湾、ウイグル、チベット、モンゴルの人々は、小生と同様、こ
の時期に安倍氏が「孤立する習近平=中共をもてなす、敬意を表する、媚
びる、マウンティングしてねと尻を突き出す」意味が分からず、困惑して
いるだろう。ハニートラップにでも遭ったのか。

LGBTに寄り添う奥さんは大正デモクラシーが好きだろうから、一夫一婦
制反対、中華マンを用意して「どうぞおタネを」とやりかねないからな
あ、「一緒に着床を祈りましょう」とか。

いいかどうか評価は人それぞれだが、日本国の実質的なオーナーは1945
年以来、米国である。日本は米国の51番目の特別州で、憲法も米国製であ
る。明文化していないが、事実上、米国の属国である。ご主人様は昨日ま
でパンダハガーだったが、今日はパンダバッシングになった。

それを承知の上で日本が赤くて腹黒い害獣パンダを招くのは、旦那の身
上が芳しくなくなり「いつまでも俺を頼りにするな、みかじめ料をもっと
出せ」とつれなくされてきたからだろうか。

安倍氏は悍馬を狡猾パンダに乗り換えるのか・・・4億より14億の市場は
確かに食べでがありそうだ。ただ、パンダの寵愛を受けるためには自由民
主人権法治市場経済という米国流政治経済社会を捨てて、習近平をトップ
にいただく中共独裁帝国の属国にならなければならない。

昨日までは米帝の属国、今日からは紅帝の属国にでもなりたいのか。そん
な国民はまずいない。極悪人、習近平の訪日に「NO!」を叫び、羽田空港
と国会周辺を愛国者の日の丸で埋め尽くすのが大和男児の使命ではないか。

岸は「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りである。私
には『声なき声』が聞こえる」と言った。正論だ。騒いでいたのはアカば
かり。安倍氏は市井の「声なき声」に耳にを傾け、習近平の訪日を「国民
の十分な理解が得られるまで時期を待つ」とやんわりとキャンセルした方
がいい。「家内の占いでは首都圏直下型地震が起きそうですから。祈りま
しょう、良き日が来ることを」とでも言っておいたらどうか。

新憲法制定、核兵器開発、真の独立ができれば安倍氏は名宰相として永遠
に名を残すだろう。「このままでは任期がただ長かっただけの総理、お祖
父さんの足元にも及ばないね」となる。バカな野党、狂気の隣国を相手に
大変だろうが、最後まで戦い抜くことだ。見事に死んで名を遺せ! ♪わ
たし祈ってます・・・わしらが骨は拾うで、のう。

台湾清軍討伐の石光真清らは明治28年10月初旬、南部の敵の拠点、嘉義城
をようやく落とした。石光の手記「城下の人」から。

<城内の掃討も済んでから、私は朝からの戦闘に疲れを覚えて、崩れた望
楼の石段に腰を降ろして休息した。辺りは敵兵の死体で埋まっており、足
元には赤黒い血が一面に流れていた。私が煙草をつけると、兵士たちも思
い思いに、煙草を出したり、水筒の水を飲んだりしていたが、誰も、魂を
奪われれたように呆けて、無口であった。

「おい井手口・・・」

井手口寅吉も、ぼんやりしていたのであろう、夢から叩き起こされたよ
うに、ぴくりとして私を見た。

「なんだか・・・赤ん坊の泣き声のようなものが聞こえるが・・・なん
だろう」

井手口は耳を澄まして頭を傾けた。

「私もさっきからぼんやり聞いていたんですが、どうもおかしいですね」

そう言って井手口は敵の死体を跨ぎながら声のする方に歩いて行った。
約20米ほど遠ざかった所から井手口が叫んだ。

「中尉殿、ここであります。ここにおります」

行ってみると、死体の折り重なった中に、立派な服装をした二十四、五
歳の婦人が、四歳くらいの女児を背負い、片手にしっかり銃を握ったま
ま、石灰と土にまみれて、うつ伏せになって死んでいた。点検すると頭の
貫通銃創が致命傷であった。

女の子は激しい戦闘の恐怖のために、力のない泣き声を立てていたので
ある。早速、背負っている紐を軍刀で断って抱き上げると、母親の血を頭
から胸いっぱいに浴びているが、どうやら怪我はしていないらしい。抱き
上げた井手口一等兵の胸に、血まみれの小さな手でしがみついた。

井手口は敵兵の服を裂いて、水筒の水で顔と手を拭ってやると、上品な
可愛い児であった。大きい黒い目を見開いて私を見詰めた。井手口は私に
この子を渡して、倒れている婦人の顔を同じように水で拭った。

「中尉殿、立派な女です。美人です」

近づいて見ると顔つきと言い、服装と言い、名ある人の夫人であると思
われた。抱いている女児の顔を近づけて比べてみると、似ている。母親の
青ざめた死に顔を見て、女児は私の胸にしがみついて大きな声で泣きだした。

この西門の望楼には「周」金文字の大旗が立ててあったから、周という人
の警備区域であったろう。そうだとすれば、周夫人が、主人に殉じて倒れ
たのではなかろうか。このような例が今日までたびたび戦線で見受けられ
たのである。

仮にそうであったにせよ、なかったにせよ、このような美しく勇敢な夫
人の遺児であってみれば、このまま死体とともに置いて餓死させるに忍び
ない。

「どうだ井手口、この児を助けてやろうじゃないか」

井手口はすぐに賛成した。由緒ある夫人の子であればあ、何か母の形見
を身につけてやろうと・・・母親の指から宝石入りの金指輪を一つと、頭
から金製品らしいかんざしを抜きとり、上着の片袖を引きちぎって包ん
で、子供の腰帯に結びつけた。

嘉義城内の掃討もその日のうちに済んで、わが中隊の宿舎は正門内の寺
院に決まった。私は子供を抱いて、小隊を引率して宿舎に入ると、すでに
到着していた中隊長等は、

「ほほう、妙な戦利品を持ち込んだな」

と笑った。だが、可愛い子供ではあり、私の拾ってきた理由を聞くと、
うなづいて机の上にあった菓子を握らせ、茶を飲ませた。

その夜、私はこの子を抱いて寝台に横になった。横にはなったが・・・
いつまでも戦場の惨々(いたいた)しさが眼に浮んで寝られなかった。だ
が、子共は、小さな唇を軽くあけて、疲れていたのであろう、無心に寝
入っていた>

こういう体験談は大きな感動を呼ぶ。40年前に台南の農村をぶらぶらし
ていたら、4歳まで暮らしていた田舎の風景が思い出されて大いに感動し
たものだ。日本と台湾は「きょうだい」なのだ。中共包囲網の「同志」で
ある。

発狂亭“ここまで書いたら26日になっていた、風邪をひくと恢復に時間が
かる、無理ができない。でも無理を承知で吶喊するのが大和男児だ
で・・・”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(172)2017/1/22】産経、乾正人「日本第一
主義で行こう」、「各国が自己中心主義で突き進めば、摩擦が必ず増大す
る。戦後の先の外交の時代に突入したのである」。産経抄「トランプ政権
と根気良く付き合うのが日本の役目だろう。楽観も悲観もまだ早い」。

駄菓子屋の「スカ」みたいなつまらない記事。EDには早過ぎるのではない
か。害務省の解体的出直し、ソリューション提案型の積極的な外交攻勢こ
そが必要だ。

主張「自由貿易を日本は働きかけよ」というお上品ではダメ、「大衆迎合
色濃く」と嘆く前に、日本がトランプ支持者の喜ぶ工場進出、関税引き下
げ、パンとサーカスを与える方が先だろうに。(つづく)2019/11/26



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中国のスパイ、 豪政府に政治亡命を求める
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)11月24日(日曜日)通巻6284号
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 中国のスパイ、豪政府に政治亡命を求める。これは世界的な「大事件」だ
  米国に亡命したソ連KGBレフチェンコ事件を想起させる
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 中国のスパイだった王立強(27歳)が四月にシドニーに旅行し、その
まま滞在を続けて秘かにASIO(豪防諜機関)と接触、政治亡命を求め
ていることが分かった。
 王の告白によって、中国の情報ネットワークが、豪ばかりか、香港と台
湾でも特殊任務に就いており、情報収集、攪乱情報流布、メディアの買
収、世論工作を如何様に展開しているかを暴露した。

 たとえば、2020年の台湾総統選挙。中国は情報機関に命じて蔡英文
政権の転覆を指令し、このためにフェイクニュースや攪乱情報を流布する
ためにメディアを駆使していること、中国は国民党の「韓国諭を全面的に
支援している」ことなどを暴露した。
 「世論工作の重点はフェイスブックなどネットにもあり、サイバー部隊
が組織されていて、フェイスブックのネットを容易に破壊できる」と王立
強は豪のテレビインタビューで明言している。

 このニュースは世界を駆けめぐっているが、日本のメディアの扱いは相
変わらず小さい。台湾では一面トップ記事である。
 関連して想定できるのは日本でも中国人スパイの暗躍である。日本には
防諜組織もなければ、スパイ防止法もない。スパイ天国であり、メディア
は「中国共産党の代理人」に成り下がっている。したがって、中国人スパ
イが、日本でも「工作」の数々を、日本で暴露してもメディアは殆ど黙殺
するだろう。

 もっとも効果的な手段は、KGB要員だったレフチェンコが、米国に亡
命して議会で証言したところ、日本でも大影響があったように、日本にい
る中国のスパイがそのうち、米国へ亡命し、議会で証言することである。
 そうすれば某新聞の誰それが、テレビの誰それが、代理人であったかも
満天下に晒されるだろう。


 ▲香港と台湾でどのような謀略を中国が展開していたのか

 香港に於ける工作に関しても、王立強は衝撃的な中国の情報活動の詳細
をASIOに吐露している。
第一に大学への浸透。大学生に中国に同調するような意見を拡散し、親中
派を増やす一方で、武闘派にもシンパを装ってスパイを潜り込ませ、メン
バーの割り出しをさせていること。

第二は「香港独立」を獅子吼する」香港民族党」へもスパイを潜り込ませ
ていること。

第三に、2015年におきた銅鑼湾書店幹部らの拉致事件(社主はタイに
リゾートから誘拐され、社長、社員も拉致された)に関して、香港におけ
る首謀者、実行グループの全貌を(王も当事者の一人だった)、明らかに
したことだ。

 王立強は、香港では軍の情報部に所属し、情報収集につとめたほか、韓
国の偽パスポートを使って(偽名は「王強」だった)、台湾にも赴いて工
作に当たった。この告白により、中国情報部は簡単に韓国の偽パスポート
を使っていることが判明した(豪のメディアは、この偽造パスポートを写
真入りで報じている)。

 亡命を決意した理由は何か?
 王立強にはもともと絵画の才能があり、画家を目指していた。妻は豪の
大学に留学しており、こどもの妊娠を知って、「良心に問うて、自分がス
パイだった不名誉と屈辱を子供に聞かせることが出来るのか」、すなわち
妻の妊娠が決断させたと語った。

 豪政府は亡命を認めるかどうか蜂の巣を突つく大騒ぎとなっているが、
リベラルの有力議員であるアンドリュー・ハスラー(豪連邦議会情報委員
会座長)は、「彼は民主主義の友人ではないか」として、積極的に亡命を
認めるよう、発言を繰り返している。
 「もし中国に返還したら、王氏は死刑になるのだ」。

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  書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 
BOOKREVIEW 
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文豪・ドストエフスキーは戦争を「賛美」した?!
 ロシア文学の「博愛、平和主義」と対極の位置にいた謎に迫る

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三浦小太郎『ドストエフスキーの戦争論』(萬書房)
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 文豪ドストエフスキーの作品群のなかに読書人にもあまり知られていな
い傑作がある。其れは『作家の日記』である。邦訳はちくま文庫に全六巻
で収録されている。
 ドストエススキーは自ら民衆蜂起に参加し、死刑判決を受けて銃殺直
前、恩赦となってシベリアに四年、重労働をやらされた過酷な経験があ
る。それゆえ内乱も蜂起も戦争も、ナロードニキもボルシェヴィキも、革
命家の欺瞞も体内に経験則を宿すのだ。
 『作家の日記』のなかでドストエフスキーは、トルストイの理想論的平
和論を徹底して批判している。日本の批評家の多くは、このドストエフス
キーの真意を咀嚼できぬまま、殆ど軽視もしくは無視してきた。
 ドストエフスキーは短絡的に平和主義者をなじり、戦争を賛美したので
はない。
 振り返れば、日本の知識人にはトルストイの影響のほうが甚大かつ宏大
だった。いや、トルストイの影響はインドのガンディにも、そして米国に
キング牧師にも巨大な影響を与えている。
 日本におけるトルストイの影響は社会主義者とキリスト教徒が主であ
り、徳富蘇峰の実弟、徳富蘆花はトルストイに会いにロシアへ行った。内
村鑑三もトルストイに傾斜し、白樺文学運動も『戦争と平和』の理想論を
語ったものだ。
 トルストイの代表作『戦争と平和』はいまも人口に膾炙している。米川
正夫ほか数名が翻訳しており、文学全集にも収録されているが、何しろ登
場人物が五百を超える群像小説でもあり、ナポレオン戦争の渦中にあって
人間の欲望と信仰を描く長編である。日本人の感性に受けるからだろう。
かく言う評者(宮?)も、原作を読んで映画(ハリウッド版、ヘップバー
ン主演)も見た。


▼戦後日本における平和主義の欺瞞性がここに語られている

 日本の戦争文学は特異な形で存在する。
 終戦まで、日本文学における戦争とは美しく散ることであり、滅亡の美
学だった。
 一転して、戦後文学は反戦小説ばかりで、『麦と兵隊』などを例外とし
て、『レイテ戦姫』や『人間の条件』などがある。しかし歴史的には『太
平記』『吾妻鑑』『平家物語』など、戦史というより人間の哀切さ、悲惨
さをえぐる歴史物語が日本文学の特徴である。『古事記』における戦争の
描写は浪漫的ですらある。
 近代になって石原莞爾は『世界最終戦論』を書いたが、戦前の知識人ら
の所論を読むと、多くの思想基盤に共通性があり、どことなく似ている。
つまり「八紘一宇」の世界である。
 戦後、日本ではドストエフスキーが異常に読まれるようになった。
主に左派知識人が論じた。どちらかと言えば、ドストエフスキーは民族主
義的愛国者であり、決して革命家でもない。にもかかわらず日本の戦後の
左翼知識人が持て囃したのは不思議な話である。
つまり皇帝を倒した民衆蜂起を呼びかけたのがドストエフスキーだったと
いう一方的な解釈からで、浅薄な論理の横行、ま、それはいつの世にも変
わらないか。

さて、本書である。
三浦小太郎氏は、このところ意欲作を次々とものにされ、注目されている
書き手だが、本書は徹頭徹尾、埋もれてきた『作家の日記』に焦点を宛て
ている。 
ドストエフスキーのトルストイ批判は、目の前で虐殺、暴政が展開されて
いるのに、ひたすら祷り、嘆くだけでよいのか、平和主義なら暴力を回避
できるのか、という問いかけだった。日本の乙女の祈りに似た平和団体の
唱える念仏を批判したことと同義だろう。
三浦氏はこう言う。
「戦後日本における平和主義の欺瞞性がここに語られているような錯覚を
覚えてしまう。すくなくとも日本における平和主義には、その建前はどう
あれ、世界のさまざまな戦争や虐殺、さらには人権弾圧に対し、平和主義
の立場からどう対峙するか、それをいかにやめさせるかという深刻な問い
に目を閉ざす傾向があった」(22p)。
 いまもそうではないか。
 暴力国家の全体主義の弾圧に呻吟し、横暴な暴政に不満を爆発させて立
ち上がった香港の若者に対して、日本の左翼は一片の同情も支援も行って
いないように。ウィグルやチベットに於ける中国共産党の暴政と虐殺に、
平和主義理想論者は、なにか行動を起こしたのか?
 米英の核実験には反対しても、中国やソ連の核実験委は沈黙した。北朝
鮮の核の挑発にも口をつぐんだ。それが戦後の日本の左翼である。視野狭
窄のイデオロギーは堕落している。
 三浦氏はさらに続ける。
 「美しき理想の平和主義社会を実現しようとすれば、トルストイがキリ
スト教に読み取った厳格な戒律による、すべての民衆への絶対的な精神へ
の管理・支配が行わなければならないだろう。トルストイの理想社会で
は、この美しい言葉に反する精神は生き延びることを許されない。(中
略)ドストエフスキーは、あらゆる『理想社会』を求める思想運動は、理
性によってすべてが支配されている社会、すべての民衆が、一人ずつその
精神を『改造』され、理性的、合理的にしか生きられない、人間の自由が
社会法則によって完全に抑圧される社会の確立にいきつくのだとみなし、
それをしばしば『蟻塚の思想』と呼んだ。ドストエフスキーが共産主義を
目指す社会運動を否定し、近代の進歩主義や合理主義の危険性を誰よりも
深く批判した」(27p−28p)


 ▼ドン・キホーテ、ジョルジュ・サンド、そしてプーシキン

 当時の時代背景としてロシア皇帝の権威が崩れかけ、露土戦争ではスラ
ブの同胞を救えとしてトルコと戦争を始めたが、劣勢が続いていた。帝国
の軍隊が弛緩していた。
ドストエフスキーにとっての戦争目的はコンスタンティノープルの回復に
あった。
 そこに「黒いイエズス会」の陰謀があった、とドストエフスキーは秘密
結社の幻覚を見た。ユダヤの陰謀論に似た「黒いイエズス会陰謀論」は、
やがて「戦闘的カソリシズム」に置き換えられる。
 ドストエフスキーは予言する。独仏戦争が引き金を引き、中東をも巻き
込む大戦争がおこる、と。
 「カトリックと反カトリックの戦争は不可避であり、戦いが始めるやい
なや、たちまちのうちに全ヨーロッパを巻き込む大戦争になるだろう」
(172p)。その通りになった。 しかも不幸なことに、ロシアには逆
の運命が待っていた。
すなわち「皇帝幻想を捨て、ボルシェヴィキは共産主義独裁権力のもとに
地上にユートピアを創ろうとした」。
だがスターリンは新型の「ロシア皇帝」に過ぎず、民衆は呻吟と困窮を再
現し、「ドストエフスキーの予言は悲劇的な形で外れ、その夢を悪夢に代
えた」(173p)。

 晩年のドストエフスキーはドン・キホーテとジョルジュ・サンドに熱中
し、評価した。
 近代人の認識における自由とは「財産を有しているか否かによってのみ
保証される『金銭の奴隷状態』にすぎない」のであって、道義も平等も失
われる。ここで三浦氏は西郷隆盛の道義国家建設としての西南戦争の悲劇
を、ドストエフスキーとの近似を、ドン・キホーテを通して見つめなおす。


 ▲ケルトの文明を邪教と切り捨てたカソリック

 またジョルジュ・サンドが田舎娘の悲喜劇を描いた『ジャンヌ』を高く
評価して惜しまなかった。
ジョルジュ・サンドと言えば恋多き奔放な女流作家として知られ、男爵夫
人というより「ショパンの愛人」,「男装の麗人」のほうが有名だが、晩
年に書いたのがジャンヌ・ダルクの名前からとった『ジャンヌ』だった。
フランス人の心の原点ともいえるジャンヌ・ダルクは普遍的であり、その
名前から、羊飼いの田舎娘をモデルに、その無垢、その妖精信仰、まわり
の男たちの俗物根性と近代化意識との激しい乖離を描いたのだ。
背景にあるのは古代ケルト以来の自然信仰と輪廻転生なのである。
これらをカトリックは邪教として否定した。欧州は古代ケルト文明のうえ
に成り立っているというのに。
ドストエフスキーはロシアの民衆の信仰が、古代ケルト文明の伝統を引く
自然信仰と輪廻にあるとした娘ジャンヌ、そして近代化を信じる新世代と
の思想の戦い、近代化幻想も行きつく先は全体主義国家への転落にあると
見抜いていた。(216p−220p)。
 ドストエフスキーは、この文化的宗教的表現に大いに共鳴した。

 最期にドストエフスキーはプーシキンについて感動的な講演をしてい
る。死の二年前、いってみれば彼の文学論人生論の集大成であった。
ロシアへ行くと大きな都市にはプーシキン記念館がある。
いやロシアばかりか、評者が旅したウクライナのオデッサにも、モルドバ
のキシニューにもあった。ロシア語圏を超えて世界に親しまれたプーシキ
ンが、ロシアの魂を代表するからだろう。
プーシキンはロシア知識人を代弁し、反政府政治運動に携わり、皇帝から
疎まれて、モルドバとオデッサに島流しとなったのであり、キシニューの
プーシキン記念館はこじんまりとした庭もあって、書斎も再現されてい
た。評者が訪ねたのは三年ほど前のことだから、依然として職員から庭番
もいる記念館を管理している事実は、その背景にある人気の高さを想像さ
せずにはおかない。
モスクワのプーシキン美術館はエミルタージュとならぶ巨大な美術博物館
だ。そしてプーシキンは決闘に敗れて死ぬ。波乱にとんだ逸話に満ちた人
でもあり、ロシア近代文学の父とも言われる。
ドストエフスキーは、プーシキンを「肉親のような愛情をこめてその民衆
と結合したロシアの作家」と称賛したのだった。
 重厚な思想の趣きが漂う本である。

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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINION者之声
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(読者の声1)ローマ教皇訪日と聞いて、私が先ず思い出したのは、バチ
カンが靖国神社を救ってくれたという歴史的事実。このことについて日本
はバチカンに対して公式に謝意を表したことがあるのだろうか。寡聞にし
て知らない。
 大東亜戦争後、フィリピンでの屈辱に恨み骨髄のマッカーサーは、靖国
神社を焼き払い、ドッグレース場を作ろうと考えたが、さすがに躊躇を覚
えたのか、当時、ローマ法王庁の駐日バチカン公使であったブルーノ・
ビッター神父(上智大学学長)に意見を求めた。神父の答えは概ね以下の
通り:
 「自然法に基づいて考えれば、いかなる国家も、その国家のために死ん
だ人々に対して、敬意をはらう権利と義務があり、それは、戦勝国か、敗
戦国かを問わず、平等の真理である。もし、靖国神社を焼き払えば、その
行為は、米軍の歴史にとって不名誉きわまる汚点となるだろう。靖国神社
を焼却する事は、米軍の占領政策と相容れない犯罪行為である。靖国神社
が国家神道の中枢で、誤った国家主義の根元であるというなら、排すべき
は国家神道という制度であり、靖国神社ではない。 信仰の自由が完全に
認められ、神道・仏教・キリスト教・ユダヤ教など、いかなる宗教を信仰
しようと、国家のために死んだ者は、すべて靖国神社にその霊を祀られる
ようにすることを、我々は進言する。」
 かくして靖国神社は焼き払いを免れました。
こればかりではなく、遡って1936年、ローマ教皇庁布教聖省は、日本のカ
トリック教会宛に送った「第一聖省訓令」で「祖国に対する信者のつと
め」として、カトリック教徒の靖国神社への参拝を、「愛国心と忠誠心の
表現である」との理由で認めている。更に、1951年、ローマ教皇庁はこの
訓令を再確認。そして、1980年5月21日、教皇ヨハネ・パウロ2世はA級戦
犯・BC級戦犯として処刑された帝国軍人のためにミサを執り行っている。
このことについては、あのテキサス親父が、テキサスのカトリック教会の
神父を通じて事実関係を確認したところ、ローマ法王庁から「1980年に
(日本人戦犯のための)ミサが行われたことは事実である」との回答を得
たという。
 ところが、奇妙なことに、今の日本カトリック司教団はこの指針につい
て、戦後に日本国憲法が制定されたこと、国家神道が解体され靖国神社が
一宗教法人になったこと、教会も第二バチカン公会議を経たことなどか
ら、当時の指針をそのまま現在に当てはめることはできないとの考えを表
明しているとか。
もう一点。「ローマ法王ピオ11世は、1937年10月(盧溝橋事件の3か月
後)、「日本の行動は、侵略ではない。日本は中国(支那)を守ろうとし
ているのである。日本は共産主義を排除するために戦っている。共産主義
が存在する限り、全世界のカトリック教会、信徒は、遠慮なく日本軍に協
力せよ」との声明を発表。」(「東京朝日新聞」夕刊、1937年10月16、17日)
 これは、1951年5月、アメリカ上院の軍事外交合同委員会における、
マッカーサー証言に符合している:「アメリカが過去100年に太平洋で犯
した最大の政治的過ちは、共産主義者が支那において勢力を増大して行く
のを黙過してしまったことである。」
 さすが、世界最古の情報機関!?
 これらのことについて、首相が公の席で、ローマ教皇に感謝の気持ちを
伝えれば、首相の靖国参拝に反対する諸外国を黙らせることができるので
はないではないだろうか。
  (SK老 福島)




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米中激突「新冷戦」時代の準備は
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┃THE STANDARD JOURNAL〜アメリカ通信〜┃ http://www.realist.jp
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├ 2019年11月27日 米中激突「新冷戦」時代の準備は出来ているか?
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「アメ通」管理人です。

米国上院・下院において「香港人権法案」が、
超党派による圧倒的多数で可決しました。
後はトランプ大統領が署名をするか否か?に焦点が移りました。

さて、ここで米国議会において
<超党派>且つ、圧倒的多数でこの法案が可決した・・・
ということの意味合いについて、ちょっと考えてみました。

米国においては、外交・安保に関する問題は
<超党派>で事態に対応するというのが基本ですが、
今回、この「香港人権法案」については、
これまでの慣例以上に、
あえてスピーディにプロセスを進めたようです。

これは要するに、目下の香港情勢において、
人権に関して重大で危機的なこの情勢下で、
この価値を守るということを理念としている米国において、
その大統領がどうにも煮え切らない…どころか、
むしろ、無関心かのような言動をしていることに対して、
米国議会から大統領へのプレッシャーを掛ける。

という意味合いがあるのではないでしょうか?

それは「フェアネス」を何より重んじる
米国の価値観・気概を世界に示すということでもあるように思います。

そして、「価値観」ということで言えば、
まず相容れることはないであろう体制である現在の中国と米国が、
果たしてこのまま穏やかにことが済むということはあるのでしょうか?

現在、米国の政界では、まさに「超党派」で
中国と対峙してゆこうという機運があり、
ワシントンの政界筋では、ごく普通に
「New Cold War」というフレーズが使われてもいるようです。

つまり、既に「米中新冷戦」という状況になっているわけですが、
翻って、我が日本の現状はどうでしょうか…。

習近平国家主席の「国賓」での来日…
日本国の今後の在り方・行く末を考えた時、
その危険性をよくよく考えた上でのそういう判断なのでしょうか?

「米ソ冷戦」が集結した後の世界での
パラダイムの転換がわからず乗り遅れた結果、
その後延々と30年に渡って「失われ」続けた日本ですが、
ここでまた進路を誤ることにもなりかねません。

今こそまさに「日本の分水嶺」と言える状況です。
ここが日本の正念場です。

米中激突「新冷戦」時代の準備は出来ています           
          


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重 要 情 報
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◎日本が、アメリカが押し付けた日本弱体化を狙った日本国憲法を、敢然と破棄して、元の正統的な明治憲法に戻したことのインパクトは、徐々に、そして次第に急激に現れ始めた。



まず、チャイナの態度が変った。何と、チベット、ウィグル、南モンゴルなどへの圧政がなくなった。香港、台湾に対しても同様である。つまり、極東に道義国家日本が出現したことにより、チャイナも非道義的なことは遠慮することにしたらしいのだ。このことを特に喜んだのは、インドと台湾である。そして遂に台湾は、再び日本の一部になることになったのだ。チャイナの政治形態は、時代遅れの共産主義とも決別しようとの動きが急速に高まってゐる。朝鮮半島の二つの国では、拉致被害者が全員日本へ帰った後で、今後の方針を模索してゐる様子であったが、親方日の丸ならぬ親方五星紅旗のチャイナが、すっかり善い子ぶりっこになったので、今度は何処に事大主義の相手先を求めるか、様子見の状態である。建国の出自を、もう一度やり直した方が良いだらう。



また、大東亜戦争終結の直後、火事場泥棒的にソ連が掠め盗った、択捉、国後、歯舞、色丹、及び李承晩が掠め盗った竹島についても、日本の目には見えない発言力は働き始めてゐる。樺太の南半分についても、日本は権利があるのだ。スパイ防止法の制定も、政治日程に含まれた。朝鮮総連への破産申し立ても時間の問題である。沖縄の首里城は、「沖縄神社」として再建された。米軍基地は、今では帝國陸海空軍の前進基地に生まれ変ってゐる。国が安定すると、出生率も急増し始めた。第二のベビーブームの到来である。(完)

(北村維康)

◎教皇様はカトリックの言わば総本山の
       最高権威者であらせられる:前田正晶

私にはあの教皇が通過される沿道に群衆が集い、スマートフォンなどで写
真を撮ることに狂奔している光景には限りない違和感を覚えていた。あの
人々は果たしてカトリックの信者なのだろうかと疑ったという意味だ。彼
らは教皇のファンなのであろうか。教皇自身はの歓迎振りどのように感じ
ておられたのだろうかとすら考えていた。

教皇は各地で核兵器の廃絶を説かれた。これは持論であり、何ら反対す
ることがない正論であるとは思う。だが、畏メル友のO氏は「ローマ教皇
はそれを仰るのであれば、中国に向かってこそ仰って欲しい。」との主張
しておられたが、私は大賛成であるし、少なくも我が国に向かって仰せに
なることではないのではないかと受け止めていた。それを如何にも重大な
発言の如くに伝えるマスコミは、キリスト教というかカトリックが何であ
るか解っていないようだと感じていた。

私は教皇が所属しておられたイエズス会が運営する学校に4年も通ってい
たので、一般の方々よりも神父様たちが何をどう考えておられるかは少し
は承知していると自負している。神に身を捧げた神父様たちとは如何なる
方たちかを知らずして、気安く報道するなと言いたくなる。後難を恐れず
に言えば神父様たちは「神に全てを委ねた非常に屈託がない生活をしてお
られる、純粋で純真な方たち」なのだ。神を信じない人たちは哀れだと
思っておられるのではとすら感じたこともあった。即ち、俗世界の風に当
たられる機会は少ない日常を過ごしておられると思う。神学生の人たちも
同様に生真面目で純粋な学生だった。

私は教皇を尊敬するのは本来はカトリックの信者の人たちだけだとすら信
じている。キリスト教の信者であるのかどうかも疑問に思える人たちが、
教皇の通過を沿道でスマートフォンで写真を撮って騒ぐのには限りない違
和感しかなかった。カトリックが何たるかも知らず、教義を承知している
とは思えない人々が騒ぎ立てるのには、私には異常だとしか見えなかっ
た。カトリックでは「神は厳然として存在するだけではなく偏在され、誰
の頭と心の中にもおられるのであり、その神に心を上げて語り合のが祈り
であり、人々は死ぬまで完成を目指して努力するのだ」辺りが最低限の知
識として心得ている人たちがどれほどいたのだろうか。

私はキリスト教の信者ではないので、お出でになったことは非常に有り難
いことだろうとは思っていたが、それ以上でも以下でもない思いであの過
密ではないかと思わせられたスケジュールで駆け巡られた教皇を尊敬申し
上げていた。マスコミはあれほど過剰に報道するのであれば、少しは「カ
トリックとプロテスタントの違いくらいを専門家を呼んで解説して貰えば
良いのに」と考えていた。あれではプロ野球の優勝テイームや相撲の優勝
力士のパレードと同じのミーハー向けの騒ぎと同じだ。教皇を何と心得て
いるのかな。

何処の局だったか「信者の数が今や南米が最大で、ヨーロッパでは減少し
つつある」と指摘していたのは意外であり興味深い数字だったが、その程
度では何の解説にもなっていない。この機会にせめて世界の三大宗教の違
いでも解説するくらいの啓蒙活動をしても良いのではないか。野党の後押
しをして「桜を見る会」報道で浮かれているよりも、この方が余程知的で
はないのか。尤も、マスコミに知性を求めるのは「木に登って魚を求め
る」ようなものか。


◎スターバックスは紙製のストローに変えるそうだ:

この件が如何にも重大なニューであるかの如くに報じられている。年間何
億本だったかが節約されるのだそうだ。そのテレビニュースの画面に出て
いたのがプラスティックス製のカップにストローが差し込んである絵だっ
た。第一、その昔にはストローは藁が使われていた。この絵には矛盾があ
りはしないか。私はあの手のカップは何年か前までは紙製でアメリカの
International Paper(IP)製品であったように記憶している。それが何
時の間にか、PETか何か知らないがプラスティックスの製品に置き換えら
れていた。スターバックスは環境保護問題に貢献する為に紙製に置き換え
るというのだろう。



私はおかしな理屈ではないかと思うのだ。それは、ストローとカップでは
何れがプラステイックスが多く使われているかは明白ではないのか。その
少ない方を紙に置き換えてどうする。それに「今頃になって言い出すの
か」とも言いたくなる。それともメディアは相手がスターバックスでは、
この程度のお追従的な報道しかできないのかとも言いたくなる。本気だっ
たならば、紙カップを採用せよとでも言ったらどうか。小なりと雖も
「ペッパーランチ」では2ヶ月ほど前に紙製のストローも変えていたが、
そこに触れたメディアがあったとは記憶していない。片手落ちだ。



私の記憶が正しくて、IP製(というかアメリカ製)の紙カップと胴体に巻
く未晒しクラフト板紙の帯を再度アメリカから輸入すれば、トランプ大統
領が「対日貿易赤字削減に貢献する」と大いにお喜びになるのではない
か。私は最早現場を離れて20数年になるので、我が国の紙製のストローや
紙カップ用の原紙の供給体制が十分に残っているか否かは知らない。だ
が、需要の衰退に悩まされている業界にとっては、この分野の需要が回復
すれば好材料の一つとなるのは間違いないだろう。メディアにはその辺り
に気を配る神経の持ち合わせはないのかと尋ねたくなる。




◎或る夢想(1)
その日も、立憲民主党の事務所では、安倍首相の「桜を見る会」に関連す
る情報集めの為、多忙を極めてゐた。

そこへ、電話が鳴った。沖縄県石垣市にゐる、党の連絡員の声が飛び込
んできた。

「党首、大変です。中国の人民解放軍の公船が、尖閣諸島への上陸を開始
しました。我が国の海上保安庁との間に銃撃戦が展開された模様です。」

枝野党首の頭は、一瞬、真っ白になった。「これで改憲論議から逃げられ
なくなる」 そのことだけが、何時までも彼の脳裏から去らなかった。

「党首、党首、聴いていらっしゃいますか」と受話器の先で連絡員が叫ん
でゐた。


或る夢想(2)

同じころ、安倍晋三首相は、祖父である岸 信介元首相と心の中で対話し
てゐた。

岸: 晋三よ、米軍に押し付けられた形骸化してゐる日本国憲法を守った
ところで、それで尖閣諸島を守れなかったらどうするのだ?

安倍:日本は、ポツダム宣言を受諾して、海外の領土の多くを失ひまし
た。おまけに戦後のドサクサで、竹島までも失ったのです。

岸: あの時は日本は手も足もでなかった。俺たちは切歯扼腕して悔し
がったが、今また無様な負け方をするのか。

安倍:もうGHQによる占領はとうの昔に終ってゐるし、アメリカも太平洋
の彼方の日本には、それほど執着してはゐません。

むしろ、日本の事は日本でやってくれと言ふのが本音です。

岸: やはり日本を守るには、明治憲法に戻さなければ駄目だな。明治憲
法が制定された時は、お国を護ることは当たり前だった。だから国防のこ
とも、第十一条に、「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」と簡潔に規定されてゐるだ
けだ。

(この時、河野防衛大臣より電話が入った)

河野:総理、ご決断をお願ひ致します。

安倍:わかった。30分後に返事をする。

(30分後)


安倍:河野君、先ほど私は皇居で天皇陛下に直接拝謁を賜った。事態の緊
急性に鑑み、大政を陛下に奉還申し上げた。今後、自衛隊は帝國陸海空軍
となり、陛下に直接の統帥を仰ぐ。猶、首相たる私は、それに関して輔弼
申し上げる。君の職務もそれに準ずるのだ。

河野:畏まりました。

(10分後、帝国海軍となった元の海上自衛隊に防衛出動が下令された。)


或る夢想(3)

日本が中国による侵略に反撃するために、憲法を明治憲法に戻したといふ
ニュースは、瞬く間に全世界を駆け巡った。

まず、尖閣諸島に上陸中だった中国の人民解放軍は、日本の軍艦をレー
ダーで見つけると、雲を霞と逃げ帰った。帝国海軍も帝國空軍も深追ひす
ることはなく、心の中で快哉を叫んだ。

さて、日本全国に雨後の筍のやうに出来てゐた「九条の会」の人々は、お
互ひに顔を見合はせて言葉が無かった。

さて、マスコミであるが、NHKテレビのアナウンサーは、妙に畏まって、
「本日、政府は、流動的な国際情勢に対処するため、我が国の憲法を日本
国憲法から大日本帝國憲法、いはゆる明治憲法に復原しました。これによ
り、自衛隊は帝國陸軍、海空軍と成り、直接的には天皇陛下が統帥される
ことになりました。然しだからと言って、たちまちは徴兵制には至らない
だらうと各界では観測してゐます。」と、第一声を発した。

また新聞各社は一斉に号外を配布した。「明治憲法復原!中国は尖閣諸島
への上陸を諦め、逃げ帰る。拉致被害者の奪還も視野に。」といふ、簡単
な内容だった。


首相官邸では、菅官房長官が安倍首相に言った。

菅: 総理、案ずるよりも産むが易しとは、このことですね。

安倍:さうだね。この瞬間を何年夢みてきたことか。今思ふと、平成の30
年間はこれの準備段階だったんだね。

菅: 総理の永年の最優先課題であった、拉致被害者の救出も、これで目
途が付きさうですね。

安倍:さうだね、まず北朝鮮に平和使節団を送る。それには帝國陸海軍の
護衛をちゃんとつけてね。勿論、拉致被害者を乗せる軍艦も一緒だ。


(ここで、拉致被害者・横田めぐみさんの母親、さきえさんから電話が入る)

横田:総理、有難うございました。きっと娘は返ってきますよね。

安倍:はい、今もその話をしてゐたところなんですが、今日からの日本
は、昨日までの日本とは違ひます。最後まで頑張りませう。

(続く)(北村維康


◎今更ながら野党議員どもの間抜け振りに呆れる:前田正晶

彼らの「桜を見る会」に関する空騒ぎ振りには最早いうべき言葉は残っ
ていない。福山哲郎は「これを以て倒閣しよう」と息巻いていた。冗談に
しても見当違いすぎる。それが遂には一度門前払いを食った内閣府のシュ
レッダーを約束を取り付けた上で視察に出掛けて、破棄したといわれた名
簿と同じ枚数を処理して34秒で終わったと息巻いて、国会で内閣府に迫っ
た。その答弁が「ファイルから抜き出したり、ホッチキスを外すのでそれ
よりも時間がかかった」となっていたが、この問答が膨大な歳費を貰って
いる国会議員が時間を使ってすることか。呆れる前に情けなくなる。

彼ら野党のアホどもの真の狙いは、精一杯の善意で考えて「国民投票
法」をなき物にする為の手段かも知れないが、余りにも馬鹿丸出しで国民
を愚弄している。安倍総理にもやや処理の不手際があったような気もする
が、そんなことよりも真剣に国会の場で論争すべき重大な議題は山積して
いないか。彼らは沖縄の基地問題や被災地の処理問題等々を少しでも論議
の対象にしたか。韓国の言いがかりと虚言問題に少しでも関心を示した
か。習近平主席を国賓で招待する件を採り上げたか。矢張り、彼ら野党議
員を選んだのは国民側の過失であろうと思う。

野党には救いがないと思うが、安倍総理も長期政権は結構だと思うが、
もう少しまともな議員を選んで内閣改造をして頂きたいと願いたいのだ。
何も知らずに唯々大臣になりたいような連中を選ぶのを、もう好い加減に
考え直して頂きたい。ろくでもない者を選ばれるから、野党に揚げ足を取
られて、国会を空転させられる責任をお考え願いたいのは誤りだろうか。



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身 辺 雑 記
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28日の東京湾岸はまたもや曇天。太陽が恋しい。

東京湾岸での27日、散歩を終えた直後から雨。その雨をついて夜は向
島の洋食屋『あきら』で義姉夫婦と久々の一献。私はビーフ・シチューに
焼酎。酒を嗜まぬ家人は洋食弁当。読者:6003人





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創刊日:2004-01-18  
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