政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針5233号 2019・11・19(火)

2019/11/19




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 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5233号
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      2019(令和元年)年 11月19日(火)



      嘗てロシアマフィアが資金洗浄に利用した:宮崎正弘

               ある筈ない民主化中国:渡部亮次郎

                 北大教授の解放は:山岡鉄秀
    
    

                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記

      

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嘗てロシアマフィアが資金洗浄に利用した
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)11月17日(日曜日)参
        通巻第6280号 
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嘗てロシアマフィアが資金洗浄に利
用したのはキプロスだった
いまは沿ドニエステルとウクライナ東部にマフィアとFSBのハッカ
ー部隊
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ロシアの諜報機関FSB(ロシア連邦保安局)と言えば、米国のFBIの
ような防諜専門ではなく、謀略を展開する秘密組織、前身はなく子も黙る
KGB。あのプーチン大統領の出身母体である。

中国軍のハッカー部隊ほどの規模ではないが、ハッカー専門部隊も持って
いる。

ビットコイン搾取で、ロシアのFSBが関与している疑惑が浮上した。

被害総額4億5000万ドル相当、発覚が遅れたのは「外国」扱いを受ける危
険地域からハッカー部隊がビットコインの取引所を攻撃したからだ。

小誌の2016年8月13日付けで、筆者は次の情勢報告をしている。

(引用開始)「ウクライナばかりか、旧ソ連圏の東欧諸国がプーチンに揺
さぶられている。

まずモルドバである。ルーマニアへの合邦復帰を望むモルドバは国内にロ
シア系の未承認国家「沿ドニエステル共和国」を抱えており、ロシア軍が
駐屯しているため、どうしてもロシアの顔色を窺う。2015年からわず
か一年でモルドバは、行政トップの首相が五人も交代したほどの政局不安
を抱えている(ちなみにロシアはトルコ制裁で農作物の輸入を制限したた
め、この沿ドニエステルからトマトを緊急に輸入していた)。

モルドバの経済沈下の発端は銀行のスキャンダルだった。モルドバの3つ
の銀行が中央銀行によって免許停止処分となった。原因はロシア財閥のマ
ネーロンダリングに手を貸していたという疑惑である。過去五年の間にロ
シア新興財閥はモルドバの銀行を通じて200億ドルを資金洗浄してい
た」(引用止め)。


 ▲モルドバがまた暗転していた。
 
そのモルドバのロシア人居住区は「沿ドニエステル」、事実上の独立国家
である。

ここにロシアのマフィアが蝟集し、ビットコイン取引で合計4億5000万ド
ルが、「蒸発」していた。モルドバ領内に、未承認国家ゆえに国際機関の
監視も行き届かず、沿ドニエステルは無法地帯とも言える。
ここが彼らの活動拠点となる。

馬淵睦夫氏は元ウクライナ兼モルドバ大使である。数年前に、「モルドバ
からウクライナへバスで入ろうと計画しているが、どの道を行ったら良い
か?」と尋ねたことがある。すると「沿ドニエステルを避けるバスルート
がありますよ」と助言を受けた。

モルドバの首都キシニューはこじんまりとまとまって意外に美しい街で公
園が多い。此処へはイスタンブール経由で入国し、3泊した。長距離バス
ターミナルからのオデッサ行きはミニバス、後の座席にはロマ(ジプ
シー)の母子が座り、騒がしかった。地図で見ると短い距離だが、国境の
検問に時間を取られ、六時間ほどかかったような記憶がある。

2016年に大統領選挙へのロシアのネット集団の介入は主にヒラリー陣営を
狙ったが、この作戦の主犯と見なされる「ファンシー・ベア」集団は、東
ウクライナが拠点である。

ウクライナの東部は、ウクライナ中央政府(キエフ)の統治が及んでいない。
 
ベルギーからの冷凍コンテナが英国に陸揚げされ、トラックのなかで、
「中国人」が39名死亡していた事件があった。偽の中国パスポートを保有
していたためだった。その後の調査で、遺体は全てベトナム人だった。


 ▲ベトナム ー 中国 ― ウクライナを結ぶマフィアルートが存在している

なぜこんなことが起きるのか。

ベトナムのマフィアと中国のマフィアが連携し、この闇ルートにウクライ
ナのマフィアが絡んでいるからである。かれらのドル箱となった密航ルー
トもまた、東ウクライナ経由だった。EUへの密入国ルートを利用する犯
罪者集団が、バックにあることが判明している。

嘗てロシアマフィアが資金洗浄に利用したのはキプロスだった。

その一部がマルタへ移動し、そのマルタは中国のマフィアが進出し、魑魅
魍魎の地域となった。そしてドニエステルとウクライナ東部に蝟集したマ
フィアとFSBのハッカー部隊が組んでいたという闇が浮かんだのである。

世界の闇は果てしなく深い。

       
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読者の声   どくしゃのこえ  READERS‘ OPINIONS
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(読者の声1)貴誌前号「読者の声」の投稿は印象的でした。即位式、大
嘗祭における雅な音楽は雅楽。そして投書子は、三島由紀夫の『蘭稜王』
を連想するという、当意即妙。そういえば、三島由紀夫追悼会『憂国忌』
は来週ですね。(DF子、千葉)

  ♪
(読者の声2)このところの貴誌の香港情勢分析ですが、ほかの大手メ
ディアがカバーしない詳細にふれていてとても参考になります。

大学が軍事要塞となって、学生が戦闘訓練をしており、「大学は武器庫に
なった」との口実で警官隊が導入され、激しい武力衝突が繰り返され、
まったくカルチェラタンンていどの騒ぎではなくなりましたね。

バルセロナで、チリで、フランスで、デモが大荒れですが、これらは香港
の影響でしょうか。
 
それはともかく中国大陸からの留学生は深センへ逃げ去り、台湾、日本か
らの留学生は帰国、そのうえ台湾は香港学生の編入を認める由です。
 こうなると香港の大学は向こう数ヶ月、授業がないことになり、卒業は
延びるのでしょうか。

昭和44年でしたか、東大入試が中止され、あのときの受験生らは、京都大
学、東北大学や早慶に流れました。香港大学、中文大学という老舗名門校
も、そういう宿命になるのでしょうか。

縁戚の子が香港に留学しているので心配です。(TY生、茨城)


(宮崎正弘のコメント)小生のまわりにも、あの年、東大を受けられな
かった後輩たちがいます。それぞれ京都、東北そして早稲田、慶応へと散
りましたが、ひとり京都大学へ行ったT君は、翌年また東大を受け直して
合格しましたっけ。


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ある筈ない民主化中国
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           渡部亮次郎

中国の「漁民」が尖閣諸島に攻めてきて以来「経済の改革があったのだか ら政治も改革、民主化になぜなら無いのか」と良く質問される。それに対 する私の答えは「カネが溜まっただけ人民に対する統制はきつくなり、比 例して民主化は遠くなります」。

経済の開放(外資導入)と改革は鄧小平の若い時からの夢だった。しかし 経済の改革開放をやれば政治の改革開放が不可避であり、それは共産党独 裁の否定に繋がるから古い指導者たちはこぞって鄧を避けようとした。

鄧の三度に及ぶ失脚は、それぞれに理由は別だがそのそこで共通している のは改革開放思想。「黒猫でも白猫でも鼠を良く捕る猫がいい猫」思想で ある。

三度目の失脚のときは既に老齢でもあったが、毛沢東がやがて死ねば自分 が天下を取り、改革開放路線を実現する事は夢では無いことを信じて自ら を鼓舞していた。幸い周恩来の変わらざる支援により命永らえ奇跡の復活 を遂げた時、毛沢東は既にこの世になかった。

田中角栄内閣で締結を公約しながら、田中内閣は勿論、三木内閣でも実現 しなかった日中平和友好条約の締結について中国の動きが俄然、積極的に なってきたのは、この頃である。

福田内閣で官房長官から外務大臣に横滑りした園田直(すなお)はNHK記 者だった私を秘書官に起用する一方、剣道の弟子で中国で育った民間人を 「使者」として北京にしばしば派遣、旧知の廖承志周辺の動きを探った。

その結果、復活した鄧小平が党の主導権をとり経済の改革開放に舵を切り 替えつつあることを確認できた。日中平和友好条約締結への積極姿勢も、 ここに鍵のあることを確認できた。

以後、中国は日本の外資導入を梃子とし、経済の改革開放政策により、今 や日本を抜いて世界第二位の経済大国になありつつある。だからアメリカ を初めとする西側の政治、経済学者は今度は政治面での民主化を予想した いところだが、これは絶対望みは無い。

民主化すれば経済原則上、不要な共産党は否定される。彼らは排除され抹 殺されること必定である。彼らが人民にしてきたことを今度はそのまま適 用される。だから中国共産党は政治の民主化は絶対行なわない。

経済の改革開放にとって共産党は邪魔以外の何物でもないから政治に対し て賄賂で打開する以外に無い。したがって共産党は損じする限り賄賂が自 動的に転がり込む。構造的賄賂の舞い込む天国を
捨てる共産党「皇帝」などいない。民主化は反革命の成就後だ。



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「中曽根君を除名する!」
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       渡部亮次郎

河野一郎さんの命日がまた巡って来た。7月8日。昭和40(1965)年のこと。 死ぬ2日前(6日)の夕方、東京・麻布台の事務所を訪ねると、広間のソ ファーで涎を垂らして居眠りしていた。

黙っていると、やがて目を覚まし、バツが悪そうに涎をハンカチで拭い た。何を考えたのか「従(つ)いてき給え」と歩き出した。

派閥(河野派=春秋会)の入っているビルは「麻布台ビル」といったが、そ の隣に建設省分室と称する小さなビルが建っていた。元建設大臣としては 殆ど個人的に占拠していたようだった。

向かった先はそのビルの4階。和室になっていた。こんなところになんで 建設省のビルに和室があるのかなんて野暮なことを聞いてはいけない。

「ここには春秋会の奴らも入れたことは無いんだ」と言いながら
「今度、ボクはね、中曽根クンを春秋会から除名しようと決めた。
奴はボクが佐藤君とのあれ以来(佐藤栄作との総裁争いに負けて以来)、 川島(正次郎=副総裁)に擦り寄っていて、数日前、一緒にベトナムに行き たいと言ってきた。怪しからんのだ」

「河野派を担当するならボクを取材すれば十分だ。中曽根なんかのところ へは行かないのが利口だ」とは以前から言っていたが、派閥から除名する とは只事ではない。

思えば河野氏は喉頭癌のため退陣した池田勇人(はやと)総理の後継者と 目されていた。しかし、河野側からみれば、それを強引に佐藤栄作支持に 党内世論を操作したのは誰あろう川島と三木(武夫)幹事長だった。

佐藤に敗れた後も無任所大臣(副総理格)として佐藤内閣に残留していた が,政権発足7ヵ月後の昭和40(1965)年6月3日の内閣改造で河野氏が残留を 拒否した事にして放逐された。

翻って中曽根康弘氏は重政誠之、森清(千葉)、園田直と並ぶ河野派四天 王として重用されてきた。それなのに川島に擦り寄って行くとは。沸々と 滾る「憎悪」をそこに感じた。その頃は「風見鶏」という綽名は付いてな かったが、中曽根氏は元々「風見鶏」だったのである。

そうした隠しておきたい胸中を、担当して1年にもなっていないかけだし 記者に打ち明けるとは、どういうことだろうか。

7月6日の日は暮れようとしていた。「明日は平塚(神奈川県=選挙区)の 七夕だからね、今度の参議院選挙で当選した連中を招いて祝勝会をするか らね、君も来なさい。ボクはこれからデートだ、では」

それが最後だった。翌朝、東京・恵比寿の丘の上にある私邸の寝室で起き られなくなった。日本医師会会長武見太郎の診断で「腹部大動脈瘤破裂、 今の医学(当時)では打つ手なし」。翌8日の午後7時55分逝去した。享年 67。武見は{お隠れになった}と発表した。

当日、奥さんに招かれてベッドの脇に居た私は先立つ7時25分、財界人 (大映映画の永田雅一,北炭の萩原社長,コマツの河合社長らが「南無妙法 蓮華経」とお題目を唱えだしたのを「死」と早合点し、NHKテレビで河野 一郎を30分早く死なせた男として有名になる。

死の床で「死んでたまるか」と言ったと伝えられ、「党人政治家の最期の 言葉」として広くこれが信じられてきたが、息子の河野洋平氏によると 「大丈夫だ、死にはしない」という穏やかな言葉で家族を安心させようと したのだという。これも犯人は私である。

河野氏が死んだので中曽根氏は助かった。「河野精神を引き継ぐ」と1年 後に派閥の大半を継承。佐藤内閣の防衛庁長官になって総理大臣への道を 歩き始め多。風見鶏は幸運の人でもある。

以下はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を参照のこと。

河野 一郎(こうの いちろう、1898年(明治31年)6月2日生まれは、自由 民主党の実力者。死後、従二位勲一等旭日桐花大綬章。河野は神奈川県選 出の国会議員のなかでは実力者であり、県政にも強い影響力があったので 神奈川県を「河野王国」と呼ぶ向きもあった。

参議院議長をつとめた河野謙三は実弟。衆議院議長であり、外務大臣、自 由民主党総裁、新自由クラブ代表をつとめた河野洋平は次男。衆議院議員 にして防衛大臣の河野太郎は孫である。

建設大臣時代、国際会議場建設計画があり、選挙区内の箱根との声が地元 よりあがったが、日本で国際会議場にふさわしいところは京都である・・・ との考えで京都宝ヶ池に国立京都国際会館建設を決めた。しかし、完成し た建物を見ることなく亡くなっている。

地元よりの陳情を抑えての決断は現在の政治家にもっと知られてよい事例 であろう。

競走馬のオーナー・牧場主としても有名。代表所有馬に1966年の菊花賞馬 で翌年の天皇賞(春)で斃れたナスノコトブキなどいわゆる「ナスノ」軍 団があった時代もある。

河野は担当大臣として東京オリンピック(1964年)を成功に導いたが、市川 崑の監督した記録映画に「記録性が欠けている」と批判して議論を呼び起 こした。

酒を全く飲めない体質だったが、フルシチョフにウォッカを薦められた際 に、「国益のために死ぬ気で飲んだ」とよく言っていた。

1963年、憂国道志会の野村秋介により平塚市の自宅に放火される。その日 は名神高速道路の開通日で河野はその開通式典でくす玉を引いている。

三木武夫が大磯の吉田茂の自邸に招かれた際、応接間から庭で吉田が笑っ ていた様子が見え「随分ご機嫌ですね」とたずねると「三木君は知らんの か! 今、河野の家が燃えてるんだよ!」とはしゃいでいた。「罰が当っ た」と吉田周辺はささやいたと言う。二人は互いを不倶戴天と言ってい た、終生。2008・07・05



    
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重 要 情 報
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面倒な問題が多いようだ:前田正晶

 GSOMIA:

やはりこの件が一番引っかかってくる。韓国の「ホワイト国に戻せ」との 言い分は問題の筋が違うだけではなく極めて不条理だが、彼らには彼らな りの主張があるようだ。文在寅大統領もGSOMIAの破棄が公約だったらしい ので、今更引くに引けないという面子もあるのだろう。半導体の原材料で ある3品目の処理が韓国内で如何に為されてきたかを問う我が国に対し て、3年間も音無だったことなど、彼らの自己主張の前には問題ではない とでも言いたいようだ。私は以前から文大統領が翻意することはあり得な いと予測してきたが、遺憾ながらその通りになってしまいそうだ。



韓国がGSOMIAを失効させれば、その後には如何なる事態が発生するかの議 論は専門家にお任せしたいと思うが、私でさえ最も困るのはアメリカだろ うことくらいは読める。だが、何人かの専門家が指摘されたように「アメ リカの国務省や国防省では事態を重く見て高官が何名も韓国に赴かれて説 得に努めておられるが、肝腎の最高責任者であるトランプ大統領はこの件 に関しては余り関心を持っておられないようだ。トランプ氏の関心事は DPRKにあり、金委員長に4度目の会談を申し入れておられるではないか」 というような問題もあるのではないか。難儀なことだ。



私は過日Prime Newsに登場された韓日議連の会長と幹事長は司会者の反町 が何度も確認しても「北朝鮮は脅威ではない」と言い切ったことが全てで あるとまでは言わない。だが、これが文在寅政権の本音であろうと思って 聞いた。そうであれば、我が国とアメリカが如何に働きかけても、彼らが 心変わりする確率は極めてゼロに近いだろうと思わざるを得ない。残念で ある。


桜を見る会騒ぎ:

全く下らない騒ぎだと苦々しい思いで眺めている。彼ら野党とそれに協力 するテレビ・新聞はこんな事で自民党内閣を瓦解させ政権が奪取できると でも本気で考えているのだろうか。「GSOMIAの件で文大統領を翻意させら れなかった安倍総理は、トランプ大統領のみに傾注し過ぎで怪しからん。 退陣して貰おう」というような騒ぎ方なら少しは解るが、「ニューオータ ニから明細書を貰っていないのがおかしい」という言いがかりは噴飯物 だ。そんなことが総理大臣追及の材料か。


私も大人数のパーテイーには在職中に何度か出たが、人数分の食べ物が出 ていたことは滅多になかった。その少しの食べ物に群がる者たちの品性を 問題にしたものだった。¥5,000×850名ならば\4,250,000である。それだ けの量の食べ物と飲み物を出しておけば十分で、如何に山口県から来られ たにせよ、先を争って食べることに没頭されたのだろうか。屁理屈も甚だ しいし、ニューオータニの係員を国会に招致とは馬鹿馬鹿しすぎて笑うこ とも出来ない。


トランプ大統領:

韓国をも含めてまたもや駐留軍の経費負担を云々される気であるらしい。 我が国との貿易協定にもご不満が残っているような雰囲気だ。何れの問題 も選挙キャンペーン中からの公約の残り分である以上、追及を続けられる のは阻止できないかも知れない。トランプ氏の脳裏には「貿易赤字は悪で あり、売り込んだ方が悪い」という損得勘定で見ておられる以上、この考 え方を変えるのは文在寅大統領との交渉以上に難関だろう。我が国も中国 も無理にアメリカ市場に安売りで乗り込んだのではなく、買ってくれるか らというか、空洞化も手伝って国産品がないので輸入された品目が多過だ けのことなのではないのか。


私が在職中の時期にも我が国との貿易不均衡に不満を唱えるアメリカ政府 に対して「買っておきながら文句を言うのは不当ではないのか。自国内で の供給体制が整っていない事を輸出国のせいにするのはおかしい」という 議論が巻き起こっていたものだった。私が何度も引き合いに出したロスア ンジェルス市郊外の「ファッション・デイストリクト」という大規模な問 屋街の多くの衣料品は何十年も前からアメリかでは生産しないようになっ たものだ。だから中国からの輸入依存なのだが、それが怪しからんと言わ れるのは、どうなのかなと思ってしまう。


その言わば延長線上に我が国から出ていく自動車の問題も出てくる訳だ が、そこまでに至る事情というか歴史問題を「聞く耳を持たん」と言われ そうなトランプ大統領に、キチンと聞いて頂くよう努力すべきではないか とズーッと考えている。見方を変えれば、再選確実という見方をされる専 門家が多いこの時期に「我が国から輸入されている自動車がアメリカの雇 用などを奪ってもいないし、アメリカに需要者が好む車を供給できるのは 我が国のメーカーだけだ」とご納得頂けるプリゼンテーションをした方が 良いと思う。安倍総理はそれくらいの親密さを維持しておられると信じて いる。




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身 辺 雑 記
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19日の東京湾岸は曇天。散歩しても汗を書かない季節になっていた。


                  読者:6003人





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創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
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