政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

全て表示する >

頂門の一針5220  号  2019.11・6(水)

2019/11/06


□■■□──────────────────────────□■■□
 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5220号
□■■□──────────────────────────□■■□

        
      2019(令和元年)年 11月6日(水)


            「極貧層」は、むしろ増えていた!:宮崎正弘

      雀庵の「台湾清軍残兵と斬り結ぶ」:“シーチン”修一 2.0

          「反論できぬ方々」を想う:産経政治部 内籐慎二

                      
                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記

      

                購読(無料)申し込み御希望の方は
        下記のホームページで手続きして下さい。
  
       http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm
    バックナムバーは http://www.melma.com/backnumber_108241/
    ブログアドレスは http://chomon-ryojiro.iza.ne.jp/blog/



━━━━━━━━━━━━━━━━
「極貧層」は、むしろ増えていた!
━━━━━━━━━━━━━━━━
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)11月5日(火曜日)弐通巻第6262号 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
中国の農村部で「極貧層」は、むしろ増えていた!。
  習近平演説の「貧困農家は劇的に減った」という報告はウソだ
******************************
 
第一に中国経済の低成長。GDP成長率の鈍化。

第二に米中貿易戦争の悪影響。

第三はハイテク技術の継続的な中国への移転に蹉跌が生じたため、次の産
業の覇者を決めるレースに中国が残れるのか、どうかという状況になっ
た。これらの要因が次ぎに農村の経済を痛めつける。

GDP成長率は3月の全人代で6%から6・5%と謳われた。となると、
あらゆる行政単位、国有企業は6%以上を狙うために無理やりの生産を続
ける。需要は無視される。市場経済なら自由競争のもと、需給関係で生産
計画もたつが、計画経済では最初にノルマありき、ノルマ達成だけが目的
となる。

取り残された農村。

中国農業部系のシンクタンクの報告によれば、農村の生産は2004年以
後、一貫して下降している。とくに直近のデータは20%の落ち込みを示
した。

習近平演説では「2013年から2018年までに8239万人の農民を
貧困から救い上げた」と自慢げにいう。

改革開放の40年で、7億人の農民の生活は向上した。過去2年ほどで、
農村人口と都市人口は逆転したと報じられた。

だが都会への出稼ぎも、工場閉鎖、解雇、工事現場の激減により、夥しい
労働者は農村へ帰った。ところが帰農してみれば、農地がなかった。ハイ
ウェイに化けていたり、マンションになっていたり、でなければ荒地に変
わり果てていた。

2018年に貧農の所得は145ドルだった。それが2019年六月末の
速報で114ドルに落ち込んでいた。河南省の裕福な農家でも年収平均が
707ドル(月収ではなく、年収が8万円弱)、農業、農民、農村という
「三農」問題は解決されるどころか悪化していたのが実態だった。
      
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 

 開戦前夜のパラオやサイバンの風景、現地の人々の生活を活写
  中島敦文学の謎は中国古代史ではなく南洋の島々にあった

   ♪
中島敦『南洋通信 増補版』(中公文庫)
@@@@@@@@@@@@@@@@@

あの『李陵』や『山月記』を書いた中島敦が、北方ではなく南洋にあこが
れを抱いていたのは不思議な気がする。

持病の喘息と戦いながら、病気が治るのかも知れないと志願して「南洋
庁」の官吏となった。当時ミクロネシアは日本の信託統治領で、南方諸島
は「内南洋」、もしくは「群島」と呼称された。

本書は復刻版だが、全集を底本として、その改訂版の増補を加えての編纂
が行われているうえ、中島の南洋行をしっかりと歩きなおした池澤夏樹が
解説を書いている。

当時は「土民」と言ったが、現地人の表情を、精密に観察し、相手の微細
な表情の変化から心理の奥底をのぞこうとするあたり、ただならぬ才能の
片鱗がでている。

驚くべきことに当時、たとえばパラオから東京へのはがきは2日で着いた。

中島敦は南方群島の教科書編纂の調査のために、サイパン、ロタ、パラオ
ならびにその周辺の島々を旅行した。正確に記せば、1941年7月から
42年3月までのわずか9か月のことである。

多くの中島敦論では、この南方勤務で、中島が日本の植民地経営に疑問を
持って、赴任地替えを希望し「内地」に帰ったことになっている。この断
定は後世の解釈でしかなく、後知恵の産物とみてよい。

そこで、中島がほとんど毎日のように、妻に書いた手紙、子供への絵を添
えたはがきが収録された本書を精密に読んで該当箇所を探したが、みつけ
たのは次の3つの不満だけである。

まず南洋諸島の時間を東京と統一したため、朝の感覚が鈍くなること。い
まのロシアの時間のように東西の時差を構わず、モスクワ時間で統一、中
国も同じである。

つぎに「教科書編纂者としての収穫がすこぶる乏しかった(中略)現下の
時局では土民教育などほとんど問題にされておらず、土民は労働者として
使いつぶして差し支えなしというのが為政者の方針らしく見えます。之
で、今まで多少は持っていた、この仕事への熱意も、すっかり失せ果てま
した」(222p)。
 
サイパンでの教育はひどい。怒鳴り散らしてばかり「人間の子を扱ってい
るとは思えない」(249p)

ところが中島の通信記録に拠れば、傲慢な教師像の反面、この南洋の島で
は岩波文庫がおいてあり、文藝春秋も中央公論も改造も本屋にはならんで
いたという。

パラオで喘息が悪化し、サイバンでは収まった。不思議なパワーが南洋の
島々にはあったのだろう。

さて中島敦の光輝く、それでいて沈鬱で犀利な風景描写を見よう。
 
「島の方角を見ると、闇の中に、ずっと低いところで、5つ6つの灯が微
かにちらついて見える。空を仰いだ。帆柱や索網の黒い影の上にはるか高
く、南国の星座が美しく燃えていた。ふと、古代希臘の或る神秘家の言っ
た『天体の妙なる諧音』のことが頭に浮かんだ。(中略)何か、荒々しい
悲しみに似たものが、ふっと、心の底から湧き上がって来るようであっ
た」(「寂しい島」)

 煙草に一服つけ、また珊瑚屑の上に腰を下ろす。静かだ。頭上の葉のそ
よぎと、ピチャピシャリと舐めるような渚の水音の外は、時たま堡礁の外
の涛の音が微かに響くばかり。期限付きの約束に追い立てられることもな
く、又、季節の継ぎ目というものも無しに、ただ長閑にダラダラと時が流
れていく此の島では、浦島太郎は決して単なるお話ではない」(「真昼」)。

ほかにもたくさん紹介したいが、幾多の名作以外に中島が南洋の島々で生
活した事実を再度不思議に思ったのだった。
             
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
読者の声 どくしゃのこえ  READERS‘ OPINIONS  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
(読者の声1)三島由紀夫文学館館長をされた松本徹さん『風雅の帝 光
厳』(2010年)を拝読しました。名著でした。
宮崎先生の書評は以下からも読めます。
http://www.kajika.net/wp/archives/440

「稀にしか味わうことの出来ない寂寥と哀切。読了ののち、一言の感想を
いえば、歴史の寂しさ、絶望、生きとし生けるものの冷酷さと残酷さであ
る。そして全編に漂う容易ならざる虚無。いやこれこそが日本人の情感な
のか。…」
「…光厳院は賀名生という草深き山に拉致されて二年近い隠棲を余儀なく
された。」

著者松本さんは山深い賀名生を訪れ、かつて光厳院が仮住まいとされた堀
家現在の御当主から、堀家がいまも光厳院が最後のお住まいとされた京北
山国の常照皇寺とは、七百年の時をこえてねんごろな関係を保っておられ
ることを聞いて驚かれています。

その堀家御当主の父君は軍人で、堀栄三。大本営情報参謀だった1944年6
月『敵軍戦法早わかり』を完成させて、劣勢日本軍の戦法を改革させ、戦
後日本出発の土台を作ったともいえる結果につながります。
光厳帝の憂国の想いが時を超えてよみがえったのかと、深い感慨にとらわ
れてしまいました。(石川県、三猫匹)


(宮崎正弘のコメント)松本先生の『風雅の帝 光厳』は名作だと思いま
す。拙著『青空の下で読むニーチ』(勉誠出版)の181p−186pに
加筆して拙評を再録しております。

皇国史観が強かった時代には語ることさえ憚れた帝を歴史の埋もれ木から
掘り起こした労作でもあります。

ちなみに松本徹全集が刊行中です。鼎書房から全6巻です。

   ♪
(読者の声2)貴誌6262号の「読者の声」で、私の英語教育論を述べ
させていただいたところですが、時事通信社11月4日配信の「小泉氏、得
意の英語で環境外交=自民からは不安の声」というニュースが目にとまり
ました。

 (私には)このいささかの教養も感じられない、無内容な、カッコだけ
の若造、英語云々以前に、日本語による言動でさえも、能力に疑問がある
と思っていましたが、ここでも馬脚を現していますね。

小泉氏の英語能力の程度を具体的に知るわけではないので、同氏の学歴な
どから推測するものですが、国内で、英語学習も十分でなかった者(すな
わち、文法応用力も語彙力も十分に身に着けていない者)が、わずかの期
間、「留学」して卒業証書をもらってきても、そんな程度で、「大臣」が
責任ある発言をできるレベルに達しているとは考え難いように私は思い
(推測し)ます。

そもそも中途半端な英語力でありながら、そのことを自覚できず、「国際
会議では『通訳を通してでは勝負にならない』」(上記時事通信社ニュー
ス)などとのたまうことが、教養の浅さを示しています。

少なくとも、実務者レベルの者ならともかくとして、「大臣」としての外
国要人との会話で、語学力不足からの誤解が生じたら、どうするつもりな
のか。

直接の会話は挨拶程度か最低限の「私的」会話にとどめるのが賢明ではな
いだろうか。
 
相当に語学力があっても、通訳を介することによって、少なくとも、通訳
されている間、思考をする時間の余裕を得て、回答が慎重なものになるだ
けでなく、最悪の場合、通訳の誤訳だったと言い逃れる余地もあります。
 上記時事通信社ニュースは、「自民党内にはパフォーマンスにも映る今
のスタイルを続けることへの不安の声もある」と述べていますが、そのと
おりでしょう。 

https://search.yahoo.co.jp/search?p=%E8%87%AA%E6%B0%91%E5%85%9A&ei=UTF-8&rkf=1&slfr=1&fr=link_direct_nws
   (椿本祐弘)


(宮崎正弘のコメント)英語をひけらかした宮澤喜一を思い出しました。
国益を守るのが政治家のはずでは、と何回も在任中に感じたことでした。
三十数年前まで、政治家で英語を操る人は稀でしたが、いまは相当数、そ
れも若手が出てきましたが。。。

   ♪
(読者の声3)貴誌6261号「読者の声」における、「昔の英語教師」
氏の英語教育・入試論、拝読しました。とりわけ同感したのは、「むしろ
喫緊の課題は、外国語の達人を目指す1割の若者に対する英才教育だ」と
いうことです。小生は、「英才」にもなれなかったのですが、今でも恨み
に思って ・・省略・・とは言え、私のように「上級国民」とは言い難い
人生を送った人間にとって、いったい、多くの時間と費用をかけても、中
途半端な英語学習など、どれほどの「効用」があったのか、また現にある
のか、と思うと自嘲的にもなります。しかし、それを言うならば、数学
だって、物理だって、化学だって同じことであって、独り「英語」だけが
『役に立たない』などと誹られるいわれもないでしょう。・・について。
 
自分も英語にはかなりの時間を費やしてきました。英語学習のメリットと
しては、WEBの時代に英語でニュースが読める、仕事で多少使えるな
ど。時間を費やしたことについては、それに繋がって面白い経験ができた
のでなんら後悔はしていません。まーイギリス人やアメリカ人にはこの感
覚はどうやってもわからないでしょう(笑)。

また日本語と英語の比較を通じ、日本文化と英米文化の違いが分かること
は大メリットです。

したがって、「兵隊が攻めてくれば、一緒に酒を飲んで話し合えば、わか
る」というような、「ド」日本的な「ド」頭の固い発想は自分には存在し
ません。発想を多様化するという英語学習の隠れたメリットはあると思い
ます。英語に限らず、日本の文化とは異質な世界の言葉を学ぶことは日本
を深く理解することにつながると思います。金魚鉢のなかの金魚は水の存
在が理解できませんから。

蓋し、将来、本当の英語をしゃべるためには、日本語は子音が少ない言語
のため、幼少期に子音、英語のリズムになれることが必要と思われます。
現実に、タイの富裕層は英語がとても上手ですが、幼少期からの学習が成
功している好例でしょう。

週に数回数時間の、学校英語にそれは期待すべくもありません。学校英語
にもそれはそれのメリットがあって、英語を漢文のように読めるようにな
り、それで十分だし、将来、英語を勉強したくなったり、必要な人にとっ
ての基礎力は築けます。

自分の時代は、英語を聞く機会はリスニング教材のスローでクリアな英語
位でした。あれはいくら聞いても役にはたちません。

それ以外は映画、洋楽、そして今は無きFEN・・・とても懐かしいで
す。時報の”timeat the tone..”という決まり文句とかいまだに頭にこび
りついています。いまは英語なんてユーチューブでいくらでも聞ける時代
ですし、洋画はNetflixやUnextなどでいくらでも見れるので良い時代に
なりました。

この環境下ならば、学校英語の基礎が前提で、仕事で使う英語位は、やる
気さえあれば2-3年で可能じゃないでしょうか、と推測します(事実はわ
かりませんが)。

とはいえ、明治維新時に、英語ができる人間なんて人口の1%も存在しな
かったでしょうが、立派に改革をやりとげました。

それから推測して、現代でも30人に1人英語が出来る人がいれば、それで
十分と思います。極論を言えば、学校英語は3.3%の人間にとって英語
学習をするきっかけになりさえすればそれで良いのでは、と思います。
英語圏の子供と同じ知能で英語できたって、何の意味もありません。
   (R生、ハノイ)

  ♪
(読者の声4)私は、アメリカで9年勤務しましたが、私が見ても英語は
かなり劣悪な駐在員も、実務においては、それなりにアメリカ人と意思疎
通して仕事をしていました。

たとえば10人駐在員が居れば、本当に英語(特に読み書き)がアメリカ
人と対等にできる必要があるのは、1人です。

抽象的な経営思想などを語るためには、やや高等な英語をしゃべる必要が
あります。

またアメリカ人も、高卒の普通の社員は、社内でしょっちゅう文法を間
違って英語をしゃべっていました。私の年代で、厳しい受験で鍛えられた
日本人は、文法や単語力では、そういう高卒のアメリカ人には、まったく
ひけをとりませんでした。

アメリカ人でまともな英語を喋れるのは、大学に入学した経験がある人に
なって初めてです。

でも、例えば仮定法過去完了など、アメリカ人でも簡単にはしゃべれない
とおもいます。こちらは受験のおかげで頭を必死に回転させれば、しゃべ
れました。

それから話題がとびますが、バルセロナの話です。

数年前、フランスでレンタカーを借り、アンドーラ経由バルセロナに行き
ました。カーナビ付の大型のアメ車を借りたのですが、市内の細かい道ま
では出ておらず、うろうろしているうちにパンク強盗に会い、色々取られ
ました。

同行者の被害は、過去にも経験していましたが、自分が被害者になったの
は初めてでした。そこで盗難証明書を作ってもらおうと(海外で被害に
会ったら第一にやるのはこれです)すぐ警察に行ったら、対応してくれた
警察官が優秀で、こちらが英語で説明すると、同時にワープロでスペイン
語で調書を作ってくれ、説明が終わるとほぼ同時にコピーを取り署名し
て、そのコピーを日本に持ち帰り保険金をもらいました。こんな警官、日
本にいるでしょうか。

ところで、バルセロナで話される言葉はスペイン語よりフランス語に近い
と聞いていましたが、実際は、英語が相当通じました。当時すでにトラベ
ラーチェックはほとんど使い物になりませんでした。とにかく物騒なとこ
ろですが、一般人は親切でした。(関野通夫)
 

(宮崎正弘のコメント)日本人だって、大学をでた人でも、ろくな日本語
をしゃべりませんからね。あの名門のプリンストン大学ですら
『TIME』を辞書なしで読める学生はそうざらにはいないとか。プリン
ストンの卒業生から聞いたことがあります。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━
雀庵の「台湾清軍残兵と斬り結ぶ」
━━━━━━━━━━━━━━━━

          “シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red Gables/46(2019/11/4】街中を流れる用水路の色は透
明だったが、台風19号以来は粘土色のままだ。源流の多摩川はどうなって
いるのだろうと見に行ったら、だいぶ水位は下がったが、堰から落ちる粘
土色の水の勢いは相変わらずすさまじい。

「直径100m、深さも100mの穴を掘れば水位は下がるだろう」と思って
いたが、1時間もしないうちに満杯になりそうなほどのすさまじい勢いの
濁流、激流、奔流だ。怒り心頭、恐れ入ったか!と怒声を挙げているようだ。

堰の通常水位は東京湾より21mのようで、水位計に絡んだ枝などを見る
と24m程まで上昇したようだ。7?ほどの厚さのアルミ製の頑丈なフェン
スが紙のように千切れているところもあり、結構な大木が堰に絡まってい
た。広場に展示されていた大聖牛水制(※だいせいぎゅうすいせい)も流
されて消えていた。恐るべし。重々恐れ入りました、Yes, You win!

(※丸太材を三角錐に組み立てたもので、牛の姿に似ていることから命名
されたといわれている。流れの早い川の水が岸にあたる部分に置かれるも
ので、水の勢いを緩めたり、流れの方向を変える効果がある)

子供の頃は竹で大きな石をいくつも巻いた蛇篭(じゃかご)が土手を
守っていた。竹から太い番線、今は錆止めした番線で包まれているが、こ
れも流されている箇所があった。生活のために「治水」は大昔から皆が苦
労してきたものだ。

室生犀星の「あにいもうと」を思い出した。



<赤座は年中裸で蹟(かわら)で暮らした。人夫頭である関係から冬でも
川場に出張っていて、小屋掛けの中で秩父の山が見えなくなるまで仕事を
した・・・

赤座は蛇篭でセギ(水流をさえぎる、制御する堰、土手)をつくるの
に、蛇篭に詰める石の見張りが利いていて、「赤座の蛇篭」といえば雪解
け時の脚の速い出水や、つゆ時の腰の強い増水が毎日続いて川底をさらっ
ても、大抵、流出されることがなかった。

石積船の上で投げ込む蛇篭の石を見張りしている彼は蛇篭の底ほど大き
い石で固め、あいだに小粒の石を投げ込ませ、隙間もなくたたき込むよう
に命令した。

投げ込む石はちから一杯やれ、石よりも石を畳むこちらの気合いだと思
え、ヘタ張るならいまから襯衣(しゃつ)を干してかえれ、赤座はこんな
調子を舟の上からどなりちらしていた。

「てめえの褌(ふんどし)は乾いているではねえか、そんな褌の乾いて
いる渡世をした覚えはないおれだから、そんな奴はおれの手では使えない」

赤座はそんなふうで人夫たちの怠気を見せる奴をどんどん解雇した・・・

赤座はあと幾日とない入梅時の川の手入れを気短に急いでいた。鋼鉄の
ような川石は人夫の手からどんどん蛇篭のなかに投げ込まれ、荒い瀬すじ
が見るうちに塞がれ停められて行った。

川水は勢いを削がれてどんよりと悲しんでいるように暫く澱んで見せる
が、少しの水の捌け口があると、そこへ怒りをふくんで激しく流れ込んだ。

赤座はそこへ石の投げ入れを命じ大声でわめき立てた。そんなときの赤
座の胸毛は逆立って銅像のような体が撥ち切れるように、舟の上で鯱立
(しゃちこだ)って見えた>

大雨による激流・・・何千年も翻弄されてきた人間、動植物。ライフベス
トを着けていても大きな木や芥が混じる猛烈な濁流に翻弄されれば生き残
るのはまず無理だ。ライフベストだけが浮かんでいたりして・・・名前を
書いとくべきだな。

それでも用水路への取水口辺りでは泥の上を浜チドリが餌を探して楽し
そうだった。流れが激しいと魚は岸に寄って来るから釣り糸を垂れている
人も結構いる。土手では保母さんと子供たちが遊んでいる。近くのラブホ
から元気な青年と寝不足のような美女が出てきた。

All is right、すべて世はこともなし、なんだかホッとする。

堰の辺りでは「国土交通省京浜河川事務所」の制服を着た6人ほどの人
が、付近を歩き回って「補修工事はどこから始めるか」相談している風
だった。「私にも手伝わせてください」と声を掛けたかったが、何しろよ
たよた歩いているから一見しても「こりゃダメだ、足を引っ張りそうだ」
と謝絶されるから、うらやましそうに眺めるだけだった。

残念無念だが、仕方がない。舞台下手へ去るように土手を後にした。

この頃、自分の書いた記事を見ると誤字、脱字が目立つ。注意力も脳み
そと肉体とともに衰えるんだなあと実感する。そのうち書くのも面倒にな
るのだろう、まあそれが自然だけれど、なとなく淋しいものだ。寝たきり
になる前にできる限り書いておかなければと気は急く。

悠々自適の老後、とは程遠く、あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ、
と焦る、焦りまくる。晩年がこんな風になるとは全く想像もしていなかった。

でも、これは多分いいことなのだと思う。何かに夢中になっていると腰の
痛みも、カミサンの嫌味も、断酒の悲しみも忘れる。(これ「み」で韻を
踏んだのよ、ばっかじゃない!?)

へへ、みんなこんな風になるんだぜ、みーんな一緒、「お先しまー
す!」と早い人、「今夜は残業だ!」と居残る人、いろいろだけれどね。
悔いが残らなければ良し、だ。

日本人が大好きなマラソンが札幌へ。もう東京五輪パラじゃなくて「札
幌五輪パラ」。「話が違う」とスポンサーがスクラム組んだら銭ゲバIOC
は右往左往するで。「日本人は恐ろしい」と思わせるだけでも安保は前進
する。

やってみなはれ、男の子やろ、百合子ちゃんを一人ぽっちにしてええん
かい、チンチンは何のためについているんや、ケンカするためやろ、の
う、兄弟。

下駄を履くまで勝敗は分からんぜよ、台湾清軍討伐の石光真清の初陣は
まだ終わっていなかった、その手記「城下の人」から。ボーゼンと佇む石
光・・・

<その時、後ろから私の肩を叩いて、耳元でささやいた者がいた。

「おい、しっかりしろ」

振り返って見ると、第二中隊長の川崎虎之進中尉だった。

「俺の中隊は予備になってな、山の上で君の指揮ぶりを見ておったが、
まあ、まあ可というところかな」

「馬鹿にするな・・・」

「おい、首にぶら下がってとるのは何だい」

気がついて見ると、築地真光寺の多田賢住老師から戴いたお守り袋で、
それを左手で確り握っていたのである。私は苦笑して上衣の中に突っ込だ。

「おい、右手に持っとるのは何だ・・・」

気がつくと、私は突撃の時から軍刀だとばかり思っていたものが、小銃
の?杖(さくじょう、掃除棒)だったのである。これを振り回して初陣の
突撃をやってしまったものと見える。私はようやく我に還って、苦笑して
?杖を従卒の井手口寅吉に渡した。

「貴様は村の中で敵を見たか」

「薄暗くてよく判らなかったが、道路で渡り合っていた奴が敵だったろ
うが、よく見えんだった」

「それが本当だ。俺は山の上の安全な場所で見ておったのだが、それで
も戦闘が始まると薄暗くなって、よく見えんだった。しばらくして、よう
やく見えるようになったんだが、敵味方が入り乱れて、えらい白兵戦だっ
たぞ」

こんな話を交わしてから点呼、幸いにも犠牲者がなかった。この時、突
然付近の民家から真っ青な顔をした敵兵が一人、青龍刀を振りかざして小
隊の中に飛び込んできた。恐らく逃げ場を失って飛び出してきたものであ
ろう。

私は初めて軍刀を抜いて立ち向かい、二、三合渡り合うと、敵兵は青龍
刀を放り出してひっくり返った。私は夢中で胸のあたりを刺して止めを食
わせた。あとで井手口に聞くと、井手口が背後から銃剣で敵を突き刺して
倒したのだそうである。これが生まれて初めて私が斬った男であった>

発狂亭“戦争が ないと男の 値は下がるのみ 下がりっぱなしで 朽ち
果てるのか”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(163)2017/1/20】産経抄「一国の独立は
国民独立を基(もとい)し、国民の独立はその精神の独立に根差す。而し
て国民精神の独立は、実に学問の独立による――小野梓の名演説は、早稲田
大学創立者の大隈重信の意を汲んだものだった」。

独裁国家はそもそも学問の独立がないから、あらゆる制度、体制への批
判がない。権力のクチパクしかできないから、まともな学者、才人、学徒
は国外へ逃れる。かくして国際競争に負け、政権は求心力を失い、民を養
えず、難民が世界に散るしかない。

ロシアの若者は「わが祖国」に愛想をつかして年間に4000人ほどが外国
へ移住しているという。中共では4万人ぐらいが逃げ出しているのではな
いか。中共は留学生に「1500万円をやるから卒業したら戻って来い」と
言っているが、効果があったという話はほとんど聞かない。強権統治は
あっという間に崩壊する。(つづく)2019/11/4




        
          
━━━━━━━━━━━━
「反論できぬ方々」を想う
━━━━━━━━━━━━
            内籐慎二

【政界徒然草】「反論できぬ方々」を想う 「不自由展」を鑑賞 2019.11.4

 野党が文化庁の補助金不交付を「事実上の検閲」と批判した国際芸術祭 「あいちトリエンナーレ2019」のマスコミ向け鑑賞会に参加した。展 示を見て感じたのは、社会の分断が一層進むのではないかとの懸念だ。
 
台風一過の10月13日の名古屋市は快晴に恵まれた。しかし、到着直後 に駅のホームで掻き込んだきしめんを消化する前に「観光気分」は早くも 消え去った。名古屋駅前でトリエンナーレに批判的な集団と、彼らを牽制 する賛成派とのにらみ合いを目の当たりにしたからだ。「事態は深刻だ」 と気を引き締めた。
 
芸術祭の企画展「表現の不自由展・その後」の鑑賞会には報道関係者ら約 40人が参加した。スタッフからは「しつこいようだが、展示室内は撮影禁 止」と重ねて注意を受けた。企画展の趣旨を説明するパネルの撮影も許さ れず、限られた時間で要点のみを必死に書き写した。 
 
検閲を批判する「不自由展」には、表現ぶりが物議を醸した16作家の23作 品が展示されていた。
 
昭和天皇の肖像を燃やすような場面を含む映像作品もその一つ。バーナー で執拗(しつよう)に火をつけており、昭和天皇に対する強い不満を感じ た。個人的には嫌悪感しか覚えなかったが、これも「アート」なのだそうだ。
 
当時、頭に浮かんだのは、一切の反論が許されぬ方々のことであった。
 宮内庁のホームページには「天皇・皇族の身位に伴う事項」として、 「天皇・皇后・太皇太后・皇太后・皇嗣に対する名誉毀損(きそん)や侮 辱の罪は、内閣総理大臣が代わって告訴する(刑法第232条)」などと 記載されている。
 
とはいえ、安倍晋三首相が「代わって告訴」すれば、「皇室を利用した言 論弾圧」と猛反発を食らう可能性もあり、実現性は低いだろう。皇室の 方々は「アート」の名のもとにどのような扱いを受けられても堪え忍ぶこ とを強いられることにならないか。亡くなられた皇族に至っては、「代 わって告訴」すら期待できない。
 
昭和天皇の作品や元慰安婦を象徴する「平和の少女像」のみならず、企画 展が特定の思想や価値観に根ざした作品で埋め尽くされていたことも印象 的だった。 ドーム形の作品には「『政府から圧力』相次ぐ告発」「秘密 報道の処罰示唆」と書かれた新聞記事などが数多く貼り付けられていた。

東京新聞などの記事が目立ち、限られた時間では論調が異なる産経新聞を 見つけることはできなかった。
 壁には元慰安婦たちの写真が掲げられたほか、「梅雨空に『九条守れ』 の女性デモ」という俳句も紹介されていた。これでは安倍政権、慰安婦、 憲法について見解を異にする人々とともに「表現の自由」の大切さを考え る機会にはなり得ず、社会のさらなる分断を招くだけではないかと思た。

もちろん、それが狙いである可能性は否定できない。
帰京後に自民党の衆院議員と意見交換した際、私は「不自由展に反発する 人々が対抗手段として特定の思想に染まった芸術祭を開くのではなか。

感情的な対立が激化するだろう」と伝えた。10月30日付の朝日新聞朝刊 は、不自由展に批判的な政治団体が愛知県内の施設で展示会を開催したと 報じており、予感は的中しつつある。
 
来年は広島県でトリエンナーレが開かれる予定で、先の議員は「愛知より も強烈な作品が展示される可能性がある」と懸念を示した。「表現の自 由」の陰で、コントロール不能の“怒り”が日本を覆い始めている。
(産経新聞政治部 内籐慎二)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

松本市 久保田 康文 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

           
          
━━━━━━━
重 要 情 報
━━━━━━━

◎我が国の海外向け情報発信が不十分だった結果:前田正晶

TIMEは「強制徴用」と記載した:

元同僚のL氏がTIME誌の記事を知らせてくれた。それによれば Ian Bremmer なる者が我が国と韓国の間の trade war を採り上げて、事もあ ろうに

“South Korea’s Supreme Court ruled in late 2018 that a number of Japanese companies must compensate a group of South Koreans (or their descendants) who were forced to work for them during Japan’s occupation of the Korean Peninsula from 1910 to 1945.”

と記述していたのだ。

この記事にはとんでもない間違いが二箇所ある。一つは言うまでもない ことで「あの朝鮮半島からの労務者たちは志願してきたのであって、強制 (forced という言葉が使われていた)ではないと、安倍総理以下が再三 指摘したことだ。二番目は「我が国が朝鮮半島を占領(occupied という 言葉を使っていた)していた」として述べている点だ。これは両国間の合 意の下に併合したのであって「占領」ではない。

TIMEともあろう権威がある有力誌がこのような誤解と誤認識の記述を掲 載した陰にある事は、私が常に指摘し識者も同様に言われている「我が国 の海外向けの外国語(英語でも良いだろう)による情報の発信量が余りに も少ないこと」だと、敢えてここでも声を大にして指摘したい。その対極 にあるのが韓国の海外向けの「ない事と少しはある事も取り混ぜた情報提 供と、得意技である海外の諸国におけるロビーイング」で、TIME誌の記事 にもその成果が現れていたと思っている。アメリカにおけるTIME誌の信頼 度と影響力を思う時に、全く遺憾千万な誤った報道である。

私は海外向けの正しい情報の発信の責任というのか所管の官庁が外務省 なのか何処か知らない。だが、言うべき事をキチンと発表しておかない と、同盟国であるはずのアメリカでもかかる情けない事態が発生してし まっている事態を改めて反省し、TIME誌に訂正を求めるくらいの行動を 取って欲しいと思っている。私が更に危惧することは「これを読んだ韓国 側の政府や官僚は『してやったり』と快哉を叫んでいるのかも知れない」 点なのだ。



◎昨日(11/4)、国基研のシンポジウムに参加してきました。

               佐藤隆一

国難来たる -令和の決意-とのテーマではじめに、国基研主任研究員の湯 浅博氏がわが国を取り巻く内憂外患を説明し、百年前に後藤新平氏が警告 した「国難来たる」と言った状況と今が酷似していると報告、中国とロシ アにポイントを当てて、日本は早急に対応すべしとの発言がありました。

続いて、山谷えり子参議院議員は外国人の国土買占めに関して報告及び 懸念、北朝鮮のミサイルと中朝のサイバー攻撃には関しては、今までの防 衛体制ではダメとの意見、しかしながら国民の理解と共感が得られなけれ ば、難しいとの話。

次に新藤義孝自民党政調会長代理が最大の国難は少子化にあり、出生率 が2.07でようやく現在の人口が維持できるのだが、現在は1.5以下と低迷 し、1.8を目標としているが、目標達成できても人口は減り続ける。ま た、地方の町村は自立しなければならないとの意見。

桜井女史から習近平主席の国賓としての来日は日本にとってメリットが あるのかとの問いには、新藤氏は中国のすべてを否定できないとあやふや な答えをして、島田陽一氏は天皇陛下に習近平のことを誉めさせてはなら ないと直言。桜井氏からも友好前のめりで妥協は許されない。

そんなことをすれば自民党議員すべてが親中派に見えてくる。山谷氏は国 民の声を上げてもらいたいとの消極的意見。会場内全体では習近平の国賓 としての待遇は如何なものかと言う雰囲気の中で自民の二人が浮いていま した。

米中の軍事力に関しては、太田文雄(元防衛庁情報本部長)氏は2050年に なっても中国の軍事力で米国に勝つことはできない。中国は核ミサイルだ けだが、米国は潜水艦や爆撃機にも核ミサイルが搭載されていることを強調。

日米安保に関して、桜井氏から米国は日本を守る訳ではないので安心で きないとあり、湯浅氏からはNATOと異なり、日米安保の第5条に日本が危 機的状況にあっても米国憲法の手続きを経て対応することになる。つまり はNATOと違って即応できない状況にあり、これは助けるというポーズにす ぎず、改定の要ありと

新藤氏からはすべてが米国の言いなりではなく、ののしり合い、怒鳴り 合いで交渉、米国本土以外で米軍の燃料や爆薬を大量に保有している国は 日本であり、国益をかけた戦いでは日本も弱くない、自衛隊に誇りを持っ てもらいたい。それは日本国民にも知ってもらいたいとの意見、それを知 らしめるのが政治家の仕事ではないの?と聞いていて私は疑問

桜井氏は、日米安保は脆弱であり、米中が手を結ぶことだってあり得 る。外交は何が起きてもおかしくなく、わが国は最悪の状況に備えるべき との正論

山谷氏はトランプ大統領の安保廃棄発言に対して、在日米軍に日本は 70%の負担をしており、それがカリフォルニアへ帰れば、米国は100%自前 で負担することになると安倍首相のトランプ大統領への会話を報告、トラ ンプ大統領は、アベはジーニアスだと。続けて、憲法問題に話は移り、 70%の国民が憲法を議論すべしとの声を紹介

駒澤大学の西修名誉教授は、日本国憲法は押し付け憲法であり、憲法審 査会は何をしているのか?主権は国民にあり、国民が判断し、その代表と して議員がいる、ここ数年数分間しか憲法問題を扱っていない。全く仕事 をしていない。東大憲法学の呪縛をとかねばならないと力説。

新藤氏、数分間の憲法問題も事務処理上の手続きだけで1年11ヶ月の 間、話がされていない。10月31日にようやく開催にこぎつけたが、河合法 相の辞任騒ぎでお流れに、今週もう一度開催する予定。

桜井氏、安倍さんの任期中の憲法改正は難しいのか?

百地章日大名誉教授より、憲法審査会は13年もの間、改正原案一つ作れ ない。国会でできないのであれば、議員が国民に訴えるべき、また、憲法 審査会が開かれない不当さを訴えるなど声を上げないといけない。安倍内 閣でないと憲法改正はできない。審査会は政局ではない。

桜井氏は、審査会も全会一致より過半数に変わっている。審査会に出席 しない議員は世論に訴えるべき。

新藤氏より、スケジュールを決めるのではなく、慎重かつ国民に理解を 深くしてもらわないといけない。

桜井氏は、年代別調査では若い人たちが憲法改正要としているのに対し て、団塊の世代である60代から70代の人たちはSNSはやらない、朝日新聞 しか読まない世代が一番頑なに憲法改正に反対している。

また、桜井氏より、自主憲法に熱心であった岸信介元首相の言った国民 の声なき声に耳を傾けて欲しい。騒いでいるのは一部の人間である。岸信 介の死に際して、天皇陛下が詠まれた御製を二つ紹介されました。

<國の為 務めたる君(は) 秋またで 世をさりにけり いふべ(ぐれ)さ びしく>

<その上に きみのいひたる ことばこそ おもひふかけれ のこしてきえしは>

ペマギャルポ氏から質問で習近平を呼ぶ日本のメリットはあるのか?と 言う問いに新藤氏は何らかの利益を出すことが政府の仕事であると答えに ならない答えが・・・。

桜井氏は、聖徳太子は隋と決別した。そのときの気持ちを取り戻すこと も必要、議員に言わせるのは国民の声、習近平を国賓で呼ぶべきではない。

最後に新藤氏は、(憲法改正に関して)今、必要なことは行動ですとあり ました。

桜井氏はまとめとして、安倍首相は憲法改正を必ずややり遂げる。でき なければ、何のために政治家になったのか分からなくなる。我々がしっか りすれば、大丈夫と太鼓判を押し、日本次第で世界はよくも悪くもなると のご宣託も・・・。

私見として、こういった国基研のシンポジウムでも政治家は言いたいこ とはすべて言えないということが分かりました。政治家は朝日やリベラル メディアを恐れているようです。偏向メディアを恐れていては、中朝と論 戦などできませんね。また、今回はほとんど韓国については触れられてい ません。さほど重要ではないと言う事でしょうか。



━━━━━━━
身 辺 雑 記
━━━━━━━

6日の東京湾岸は晴天。茨城県鹿嶋にある家人の先祖の墓参に行く。



                          読者:6003人




規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: 97 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。