政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針5213 号  2019.1030(水)

2019/10/30



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 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5213号
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      2019(令和元年)年 10月30日(水)



    トランプ、米国のルイビュトン新工場開幕式に参上:宮崎正弘

     雀庵の「台湾進攻へ日本の準備整う」:“シーチン”修一 2.0

  「オレは社長 にしか会わん」:高山 正之


              
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トランプ、米国のルイビュトン新工場開幕式に参上
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)10月27日(日曜日)
         通巻第6252号  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 トランプ、米国のルイビュトン新工場開幕式に参上
   LV集団、テキサス州に三軒目の製造工場を稼働
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たかがハンドバッグ屋と思うなかれ。
トランプのKEEP AMERICA GREATは戦略は「米国製造」 である。

「MADEIN CHINA 2025」を敵視するトランプ政権の分か りやすい対抗策は「MADE IN USA」である。

郭台銘がウィスコンシン州につくるフォックスコンの新工場鍬入れ式に、 トランプは現地入りした。慰霊である。慌てて、投資する孫正義も立ち 会った。

テキサス州の片田舎アルバラード村にLV集団は、新工場を建てて製造を 開始した。

カリフォルニア州にすでに2つの工場をもつから、LV集団として、米国 の製造工場は3軒目となる。

テキサス州はつぎの選挙で絶対に落とせない選挙の砦でもあり、トランプ は選挙対策としても、この出来事を重視する。

わずか500人規模の雇用だが、LVは5000万ドルを投資し、年間 1400万個の製品を作る。ルイビュトンと言えば、日本の女性も喉から 手が出るほど欲しいハンドバック、鞄、財布。世界のベストセラーである。

この除幕式にはトランプ大統領、クシュナー、イヴァンカ夫妻にロス商務 長官が出席した。もちろんLV集団のCEOのバーナード・アーノルドも 駆けつけ、フォーブスの社長も現れた。式典は10月17日だった。



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雀庵の「台湾進攻へ日本の準備整う」
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“シーチン”修一 2.0



【Anne G. of Red Gables/42(2019/10/29)】ずいぶん雨が降る。「秋晴 れ」というのはどこかへ行ってしまったようだ。

「そおいやあ、ハチ公、このごろ顔を見ねえなあ、生きてんのかよ?」

「生きてんじゃないの、腐った臭いしないから。あたしもこの間、井戸端 で見たっきりよ、仕事が忙しいんじゃない?」

「この雨だぜ、天秤棒かつぎのボテ振りだって商売にならねえだろ、月に 大嵐が三回も続きゃあ、河岸だった開店休業だろうが。大川があふれて日 本橋から向島、須崎まで水浸しだって髪結いのオヤジが言ってたぜ。公方 様はお救い米を出すっていうそうだが、蔵前のほうもやられてるんじゃね えかな・・・

おっ、サンマか! 開きね・・・まあ、しょうがねえよな、ずいぶんな不 漁だっていうし、その上に大雨とくりゃあ、目黒のサンマは夢のまた夢・・・

おい、ハチ公、飯食ってんのかな? 物音ひとつしねえぜ、飢え死にしそ うなんじゃねえか? 病気かもしれねえ、声かけてやれよ」

<椀と箸 持って来やれと 壁をぶち>

江戸の安普請の長屋の人情が偲ばれるいい川柳だ。小生は子供の頃は近所 のオバサンが「煮物つくったの、食べて」なんて持ってきたり、次は母が その皿に料理を盛って「ご馳走様でした、花ちらし寿司つくってみたの、 食べてみて」なんてやっていた。「向こう三軒両隣」という「隣組」的な 相互扶助の人情が昭和30年代までは残っていたように思う。

♪とんとん とんからりと 隣組 あれこれ面倒 味噌醤油 ご飯の炊き方 垣 根越し 教えられたり 教えたり

この「隣組」(1940年)は作詞が岡本一平。かの子の亭主で、太郎の父。 かの子の実家と太郎の美術館は小生の散歩圏でもあり、親近感がある、同 じ精神病だし。「かの子撩乱」(淫乱の晴美作)を真似て「シーチン反乱 混乱狂乱錯乱紊乱酒乱」(自伝)とか・・・売れそうもないな。

戦前まで金持ちは別として「家は借りるもの」だったから、地震、火事、 洪水などで家がなくなっても生活再建は今より楽だったのではないか。大 体、シンプルライフで失うものは大してなかったろう。60年前に体験した 洪水では、母がよそ行きの着物をすべて失ってがっくりしていたが(女に とっ着物は財産であり命でもあったろう)、今回の洪水で長女はアルバム など、婿さんはゴルフバッグなど、孫はおもちゃやぬいぐるみを真っ先に 運んできた。

「イザという災害の時、あなたはモノでは何を真っ先に避難させますか?」

名古屋の先輩の家が漏電で全焼した際、「車を出すのが精一杯、ゴルフ バッグを持ち出せなかったのはほんとにがっくりだった」と嘆いていた。 先輩は英国航空に勤めていたから、定年退職後は年に2回ほどはただで英 国へ行けた、もちろんビジネスクラス、時にはファーストクラスで! 最 高級のゴルフコースでプレーし、最高級のゴルフクラブを収集していた。 それが池ポチャどころか丸焼けのアンダーパーになったのだから「がっく り」だ。会うたびに嘆いていた。

小生はPCと、余裕があればジャズのCDを60枚ほどを避難させるだろう。昔 は両親やご先祖様の位牌と遺影をまず持ち出したろうが、そういう人は今 は稀ではないか。家制度は復活した方がいいと思うのだが・・・

婿さんの実家から“難民支援”でコメが届いた。なんと小生が持てないほど の重さで20キロはありそう。母が大往生してから再就職先を探したが、佐 川急便はけんもほろろに断られた、正確には「完璧に無視」された。佐川 のドライバーは20キロ、30キロくらいは平気で階段を上るようで、長女に 聞いたら「佐川はマッチョ」で有名らしい。

小生は今はせいぜい10キロしか持てない。階段はペットボトル3本6キロが 限界。これでは現役復帰なんてあり得ない、自分自身を運ぶのだけでも精 いっぱいなのだから、終活推奨組、廃車寸前、解体工場一直線だ。

亡国への道を先祖返りのように左へ左へと進む中共の経済はマイナス成長 が常態化しそうだ。インフラ投資=公共事業で景気を煽ってきたが、資金 が細ってきたようだ。そもそも需要がないのにマンション、ビル、道路、 鉄道などを造ったところで、一時的には経済刺激にはなるが、結局は浪費 でしかない。

民間企業を国営化するという、狂気じみたことも進んでいるようだ。先進 国と真逆のことをしている。まるで共産革命をやり直すみたいで、無理、 無駄、無茶、無謀、心神耗弱か心神喪失の焼身自殺行為だ。類焼に備える べし。

中共国民は所得に比して高すぎるマンションを買い、マンション転がしで 儲けるつもりだったろうが、結局は思うように値は上がらず、むしろ値下 がりもありでシーソーの「ギッタンバッコ」(程暁農「??板年代」)、 結局は住宅ローン返済で沈没しそうで、消費パワーが落ちてしまった。マ ンション転がしという「絶対値上がる、政府保証の美味しそうな投資」が 怪しくなれば、借金しても買うというバカなことは誰もしない。

買い手がいない、国には買い支える金がない、だからインフラ投資はもは や増やせない。

輸出は米国との経済戦争などで減るばかりだ。市場経済導入以来、政策的 に賃金を上げてきたので「世界の工場」は新興国へと移っているし、工場 は空洞化し、やがて錆びつき、出稼ぎで食っていた貧困層は匪賊化しつつ ある。

「中共は消費、投資、輸出の経済の三本柱がマイナス成長になっている」 と誰もが思い、感じているが、中共だけが「プラスだ、6%成長だ」と 言っている。もともと正確な数字なんてない国だから、経済の実態なんて 分からないが、中共がピークを過ぎて、この先は「下り坂しかない」こと は確かだ。

「下部構造(経済などの仕組み)が上部構造(生活や文化など)を規定す る」とマルクスは言ったが、「稼ぎがあれば、いい暮らしができるよ」と いうほどのことだ。難しく書いたらプロレタリアートは理解できないし、 本を買う金もないから、エリート向けに経済学・哲学を装って眩惑させ、 「新進気鋭の大学者」と称賛されたかったのだろう、儲かるしね。

赤瀬川源平は「好きなことばかりに熱中するのは苦労を嫌がる怠け心であ る」と、本物そっくりながら巨大な千円札を造ってパクられたから、これ は自嘲的な警句だろう。

マルクスは「無為徒食」、正確には「有害徒食」のヒモだった。寄生虫、 引きこもり、ニート、パラサイト。スポンサーは友人の経営者エンゲル ス、保護者は妻のジェニーである。

ジェニーの手紙は悲痛だ。

<親愛なるエンゲルス様

お金のことでお手紙を書かなければならないのは本当に辛いことでござい ます。あなたはこれまで私たちを何度も何度も助けて下さいました。でも 今度という今度は、まったく行き詰ってしまいました。私は(きょうだい や親戚などに)手紙を書きました、おぞましい手紙を! でも誰一人、返 事をくれるものはなかったのでございます。万策尽きてしまいまし た・・・パン屋も金曜日以後は(ツケで)パンを渡すわけにはいかないと 通告しています>(1853年4月27日)

「働かざる者、食うべからず」と言ったのはドイツだ、マルクスだ! マ ルクスは自嘲する。

<私が階上で君(エンゲレス)に先便を書いていた間に、階下では妻が百 頭の飢えた狼どもに取り囲まれていた。妻が持ってもいない金を巻き上げ ようとしていたのだ>(1857年12月8日)

「資本論」執筆中の1859年1月21日、マルクスはエンゲレスに打ちあけて いる。

<これほど金に困っていながら「金」について書いた人間はかつてなかっ たと思う。著者の大部分は「研究テーマ」と完全に仲良く暮らしていたの だから>

亭主は稼いでナンボ、借金は踏み倒してはいけない、カミサンを泣かすな ――このモラルがない奴が無為徒食の官僚独裁国家を創ったのだ。中共党員 1億人! 無為徒食の寄生虫!

マルクスの奥さんは精神を病んで1881年12月2日に亡くなった。(参考: ピエール・デュラン「人間マルクス」)

「女房泣かすな、金稼げ」が男の道、「国民泣かすな、飯食わせ」がトッ プの務め。明治維新という新国家建設に当たって西郷先生は「戦の一字を 忘れるな、外交で侮られるぞ」と教えた。戦後の外交は「戦」を忘れて、 問題があっても「遺憾に思う」「善処を期待する」ばっかり。自分の安全 は自分で担保する、確保する、イザという際は戦争も辞さずという気構え なんてありゃしない。

「あなたがいなければ私は死んでしまうわ、お願い、捨てないで」

まるで「アメ公」(父は米国人をそう呼んでいた)のオンリーさんだ、恥 ずかしくないのかなあ。明治の政治家は偉かった。明治4年(1871)11 月、日本人漂流者54人が台湾先住民に虐殺された「牡丹社事件」。

<事件が日本に伝わるなり、廟堂で論議され、西郷、山形、副島、板垣ら は出兵征蕃を唱え、井上、渋沢らは「まずは清政府と折衝を」と主張した。

この背景には琉球帰属問題があり、廃藩置県で琉球を鹿児島県に編入した ことに清が宗主権を主張していた時に、牡丹社事件が起きたのだ。

激論の末に折衝しようとなり、明治6年6月22日、北京での折衝中、清国全 権は「台湾の生蕃(先住民)は化外の民であり、その所業の責任をわが国 が負うことはできない」と発言した>(喜安幸夫「台湾の歴史」)

自爆発言だ。「あそこは俺のシマじゃない」、つまり「あんたが自分でヤ ツラと交渉したら」ということで、日本としては「ヨッシャーッ! 出兵 だ」となる。

その準備中に、列強諸国を外遊していた岩倉具視一行が帰国し、白熱する 「征韓論」にびっくりした。岩倉はこう言ったろう。

「外遊中は重大なことはせぬ約束だったろうが、この騒ぎは何としたこと や。帝国の建設が始まったばかりで、まだ硝煙の匂いが消えてあらへんう ちに出兵なんぞ無謀としか申すほかない。列強は最新兵器で武装した横 綱、大関がごろごろしておる。ようやく幕内に入ったばかりの日本は、今 は力をつける時。安易な外戦はとんでもないことや」

西郷としては「戊辰戦争が終われば、武士ん居場所がん(ない)、外へ押 し出してしごっ(仕事)を与え、周辺国を平定すりゃ、日本ん国益に利す うし、国論もまとまう、一挙両得やて思うちょったんじゃ」。

維新の立役者を3人挙げれば慶喜、西郷、勝だろう(政権は野党からあれ これ非難されても「景気が良ければ最後には勝つ」)。戊辰戦争が終わる と西郷や板垣は無聊をもてあますのか、二人でよく将棋を指していたとい う。「列強に侮られないように富国強兵を急がねばならない」とか「藩主 や士族、貪官?吏を如何せん」とかいろいろ考えていたろう。

征韓論で西郷、板垣らが下野して台湾出兵は一時頓挫したが、5艦13船、 兵員3600人の陣容が整ったのは明治7年春だった。

発狂亭“今日も雨、堪忍やで、濡れっぱなしや”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(159)2017/1/19】産経、水内茂幸「共産党 大会開幕」、「会場では白髪交じりの参加者が目立った」。志位曰く「3 年前の前回大会から1万3132人の同志が亡くなった」。現在の党員は30万 人と言うから、これからどんどんあの世行きになる。

FACTAの広告「崖っぷち 朝毎読 年間80万部減」、新聞は亡びつつある。

阿比留瑠比ボナパルト「韓国と朝日が政権を強くする」。大好きと大嫌い の二派に分かれる食べ物がある。日本ではクサヤ、納豆、ナマコ、世界的 にはドリアンか。朝日の主張と、朝日の世論調査結果は真逆だ。朝日が政 権にダメ出しすると、直近の政権支持率は上がり、瑠比曰く「世論に梯子 を外されている」。

朝日、岩波、共同に感化されたリベラル≒アカモドキの団塊世代とその前 後がどんどん消えている。マスコミも生き続けたいのなら自らを変えてい かないといかんが、左車線から急に変えると事故るし・・・難しいね。 (つづく)2019/10/29



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「オレは社長 にしか会わん」
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高山 正之


【変見自在】書けない記事  高山 正之 令和元年(2019)10月31日号


朝日新聞の経済部記者に某企業の部長が面会に来た。記者は「オレは社長 にしか会わん」と追い返した。

永栄潔の『ブンヤ暮らし三十六年』にある一コマだ。

あるいは東京新聞の望月衣塑子。相手が官房長官でも思い付きでいい、問 い詰めればボロを出す。

たかが新聞記者が地検特捜の検事より権力があると思い込んでいる。

取材相手はだいたいが神士。口より先に手が出るヤクザは滅多にいない。

だからこちらも含めて凡そ新聞記者は幾ばくか衣塑子的だったと思う。

「それがいけない」と夕刊フジ編集局で一緒になった3期上の宮崎健が体 験談を語ってくれた。

彼は大阪本社出身で三重支局に出た。ネタもないけど動きたくもない。県 政クラブから外をぼんやり眺めていた。

外では失対作業員が植栽の手入れをしていた。それがまるで静止画だった。

実際、彼らの手は動いていなかった。しゃがみ込んで仲間と話に興じ、日 がな一日過ごしていた。

長い観察を終えて県の担当部局を取材した。ものすごく高い賃金が支払わ れていた。すぐ活字にした。

ところが翌日、一本の電話があって支局長の顔色が変わった。記事で批判 した一段は解同関係者だった。

「事実を書いた」と釈明したところで、事実など何の意味もなかった。

彼は差別糾弾集会に呼ばれ、紙面を使って不当な差別をしたと糾弾され、 自己批判せよと言われた。

詫びても罵られ、糾弾は果てしなく続いた。「涙が止まらなかった」と普 段はヒトを食って生きているような人が真顔で言った。

世の中、望月衣塑子も敵わぬ存在がある。

話を聞いて間もなく、それを垣間見る機会があった。取材で都庁に寄った らロビーも各階段も異様な集団が座り込んでいた。

広報課に何ごとかと聞いたら、「解同が美濃部に2区を寄こせと団交中」 とかで、座り込みはもう1カ月も続いているという。

23区が21区になろうという。そんな大事をどの新聞も一切、コワくて記事 にしていなかった。

そしてリクルート事件が起きる。楢崎弥之助の許に江副浩正が助けを求め にきたのが発端だった。

解同のドン松本治一郎の大番頭だった楢崎は、江副を助ける代わりに彼の 使いで来た人物の口上を隠し撮りした。

新聞は楢崎の背信を一切書かなかった。彼の後ろにいる松本治一郎につい ても触れなかった。触れるのはタブーだった。

そんな時代が終わったかと思わせる事件が東日本大震災のあとにあった。

松本治一郎の孫で復興担当の松本龍が仙台を視察した。県庁での会談に村 井知事が遅れたのを龍は咎めて毒づいた。

最後に「この発言はオフレコだ。書いた社は終わるからな」と言った。記 者たちが聞き慣れ、震え上がってきたセリフだった。

しかし東北のメディアは復興相が何者なのか知らなかった。暴言をそのま ま放送した。復興相は辞任させられた。新しい時代の訪れをちょっと予感 させた。

関電幹部が高浜町の元助役、森山某から総額3億円の金品を貰っていた。

森山は朝日新聞が書きたてる風評の中で原発誘致に動いてくれた。関電は 感謝し、地元企業に仕事を下ろした。3億円はその返礼らしいが度外れて いた。

返しに行ったら「激怒して、家族の身の安全がどうなるかと言われた」と 関電会長は答えていた。

俄かには信じ難い奇矯な話だが、週刊新潮が報じた「解同」の一言ですべ てに合点がいった。新しい時代はまだだった。

その辺に一番詳しい旧民主党系の枝野幸男は「関電が仕組んだ原発資金の 還流だ」とまったく見当違いを国会で言い立てた。

原発を悪く言えば世間も納得する。それで誤魔化そうという気か。

しかし、枝野の反原発政策をだしに森山が原発擁護で大金を動かしていた。

説明責任は関電より枝野にあるように見えるが。


出典:『週刊新潮』2019年10月31日号 【変見自在】書けない記事

著者:高山 正之

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

松本市 久保田 康文 

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重 要 情 報
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◎Halloweenのこぼれ話:前田正晶

仮装が良く似合っているじゃないか:

ハロウイーンの当日に本部にいた時のことだった。急に副社長兼事業部長 と外出することになって、駐車場への近道である隣の事業部の応接セット の中を「一寸御免な」と通り抜けることにした。そこには、4人の部員が そのセットで何やら打ち合わせ中だった。勿論というか何と言うべきか、 全員が普通にネクタイ着用でスーツ姿だった。それを横目で見た副社長 は、“You guys look sharp in businessman’s costume.”と声をかけた。 即ち「ビジネスマンの仮装が良く似合っているじゃないか」である。

彼らは“Thanks. We tired.”と応酬したが、ユーモアのセンスでは副社長 の勝ちだったと思う。大笑いに終わり、出口に向かって急いだ。アメリカ 人との会話には常にこのようなユーモアというか冗談(joke)が出てくる ものなので、こういう当意即妙の表現が出てくるように馴れておかない と、中々簡単に彼らの会話の輪の中に入っていくのが難しい場合がある。 因みに、ここで毎度お馴染みの英語の講釈だが、「似合っている」には “look smart”もあれば“look great”なども言うようだ。余り厳密に区別し て使っていなかったが、後者が「立派だ」と言いたい時に使った記憶がある。



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身 辺 雑 記
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東京湾岸、30日は珍しく一面の霧。初めてだ。日中は晴れるらしい。

29日の東京湾岸は朝から雨。散歩断念。つま先立ち300回。


                    読者:6003人







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創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
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