政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針5207号  2019・10・24(木)

2019/10/24



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 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5207号
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       2019(令和元年)年 10月24日(木)



              二日市保養所を忘れるな:馬場伯明

               「107」人が目指すもの:渡部亮次郎

          フェイスブックの野望「リブラ」:宮崎正弘
        
                     
                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記

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二日市保養所を忘れるな
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       馬場 伯明


本誌(第5197号2019.10.13)に筑紫野市の岡具博さんが「引揚孤児を救っ た『聖福寮』」について感想を書いてくださった。私は1944年生まれだ が、同年代の方だろうか。うれしい。

《満州から引揚げた父・・・明日はたまたま母親の七周忌の法事を郷里の 久留米の菩提寺で行います。明日参加する私たち兄弟三名は、この機会に 両親にしっかり感謝をささげたいと思います。馬場さま有難うございまし た。福岡県筑紫野市在住 岡 具博》と。

岡さんは「二日市保養所」についての下川正晴氏の文章を紹介されてい る。二日市保養所とは、在外同胞援護会救援部の泉靖一氏、田中正四氏 や、山本良健氏、橋爪将ら、京城帝国大学卒の医師らの手でつくられた。 女性引揚者の「不法妊娠(*1)」の堕胎(中絶)手術のための極秘の医療 施設である。

《第2次世界大戦後、引揚者の中でソ連兵や朝鮮人、中国人等(*2)による 度重なる強姦(性的暴行)を受けた日本人女性に対する堕胎手術や性病の 治療が(福岡県の)二日市保養所で行われた。当時堕胎は違法行為(堕胎 罪)であったが、(国は超法規的措置として黙認し)施設閉鎖まで約500 件の堕胎手術が実施された。優生保護法の施行に伴い、全国の指定医師が 中絶手術を行えるようになったため、1947年(昭和22年)10月に二日市保 養所は閉鎖された》(Wikipediaより)。 

関連の本から二日市保養所でのいくつかの場面を抜粋する。

まず、「村石正子看護婦からの談話聞書(2011.12高杉志緒:*高杉)」よ り。*高杉151p《・・命がけの堕胎(中絶)等の手術でした。麻酔もない 状態で子宮に根を張っている胎盤ごと剥がされるのですから(女性の)痛 みは想像を絶するものがあります。しかし、誰一人として、大声を出して 暴れたり取り乱したりする人はいませんでした。黙って歯を食いしばり耐 える女性ばかりだったのです(村石)》

とはいえ、麻酔なしの中絶等手術である。痛みに耐えつつも「チク ショー!」と呻(うめ)いた女性がいたという。自分を暴行し蹂躙した獣 欲の人面が浮かんだのであろう。


「水子の譜(1979.8上坪隆:*上坪)」より。
*上坪194p《「(不法妊娠」の堕胎等手術には)・・・この風呂場を利用 しました。(ここを)急ごしらえの手術室に橋爪(将)先生が改造しまし た(池上澄江看護婦)」。この風呂場でとりあげられた妊娠後半期の赤 ちゃんはしばしば泣き声をあげたという。

生きて生まれてきたのである。弱いうぶ声をあげて泣く赤ちゃんを看護婦 たちはどうすることもできず、風呂場の片すみに置いていたという。泣き 声はいつか細くなりそのうち冷たくなっていった。「(死んでいった子 の)泣き声は今も耳にこびりついています(池上)」》

*上坪195p《橋爪(将・医師・手術主任)氏は、・・8ヵ月以降の堕胎手術 には穿頭手術なるものを施すことにした。「赤ちゃんの頭が見えてきたと きですね。その頭に特殊なノミのような器械を入れ(打ち込み)ま す。・・・頭がつぶれて中の脳が出てきます(橋爪)」。衰弱した母体を 保護する目的もあったし同時に(赤ちゃんの)泣き声を打ち消すことにも なった》。

*上坪198p《・・京城の女学校の同級生が患者として運ばれてきた。彼女 は池上さんの前で「こんにちは」といった。池上さんは「あっ、・・さ ん、まあ、あなた」と声を出したっきり、何もいえなかった。その同級生 も同様で、涙だけ頬に伝わっていた。・・手術のときも立ち会わなかっ た。帰るとき「どうもありがとう」「おだいじに(池上)」と短い会話を 交わしただけだった》。彼女の行方を池上さんは知らない。

「談話聞書(高杉志緒)」や「水子の譜(上坪隆)」に続いて「忘却の引 揚げ史〜泉靖一と二日市保養所〜(下川正晴:元毎日新聞論説委員・ 2017.8.5・弦書房 *下川)」を読んだ。「水子の譜」から38年後の出版で あり、集大成のような本だ。山本良健医師のご遺族から私の姉(医師)が いただいた。私が2歳の頃の出来事である。順番に読むにつれ、くやしく て、悲しくて、なかなか読み進むことができなかった。

先の第5195号(2019.10.12)で紹介した京城帝国大学の教師だった泉靖一 氏たちが、帰国し必死の思いと行動で「聖福寮」に続き、苦悩する引揚げ 女性のために「二日市保養所」を開設し運営した。中絶手術は違法行為と 自覚しつつも、職を賭して行なった人道的な行為である(*3)。

今ではまったく忘れられてしまっている二日市保養所を立ち上げ運営した 人たちの奮闘と努力の足跡を辿ってみたい。

二日市保養所設立の中心人物は、田中正四氏と泉靖一氏の2人だ。MRU(移 動医療局)を「在外同胞援護会救援部」に改編し、「聖福病院」を運営し ていた。そして作ったのが二日市保養所である(*下川47p)。東京での 設立工作は松田令輔(九州地方副総監)と泉靖一が中心だ。泉が巧みに連 携プレイし、この困難な事業を完遂した(*下川72p)。なお、保養所の 敷地は2000坪、木造2階建、延床面積128坪。

二日市保養所の組織は、内医師2名 橋爪将(所長)秦禎三、看護婦10名 (内3人は産婆資格あり)、事務職員3名(内1名は事務長)雑役4名(*上 坪184p)。橋爪は京城帝大医学部同期の山本良健(「聖福寮」寮長)が口 説き落とした(*下川72p)
博多港には累計139万人余が引揚げた。その中に「不法妊娠」等の多くの 患者がいる。病院はできたものの、どのようにして(引揚者の)患者を収 容するのか。

2つの方法をとった。1つは、乗船地の診療所で問診し引揚船の船医へ相談 させる。もう1つは新聞広告。「・・いまはしき病に罹り、或は身の異状 におぞましき翳をまとひて家郷に帰り、親兄弟にも明かされず・・暗澹た る憂悶の日々を送っている御婦人・・」「不幸な御婦人方の、救援に最善 を尽くし・・お待ちして居ります(*上坪182p)」と婉曲表現で誘った。 でも、読めば、本人にはわかる。患者が集まってきた。

保養所の目的は、患者の健康を回復させ、堕胎手術を済ませ「軽い体」で ふるさとへ帰ってもらうことだ。カルテや入院手術記録は廃却、中絶の子 は敷地内に埋葬した。1982年、済生会二日市病院により、その跡に祠がつ くられ水子地蔵が安置されている。毎年5月14日には慰霊祭が行われてい るという。

その横には、前年の1981年、元修猷館高校教師の児島敬三氏が私財を投 じ、医師や看護婦たちを顕彰する「仁」の1字を彫りこんだ「仁の碑」を 建立した。

堕胎等手術の現場の写真を探検家・写真家の飯山達雄氏が撮った。泉氏が 依頼したものだ。「この事実と惨状をぜひ記録しておかねばならない。飯 山さん頼む」と(*上坪168p)。貴重な歴史的記録(証拠)となった。飯 山氏は朝鮮で旧制中学時代の若い泉氏らに登山や探検を指導した人であ る。記録を残すという発想は文化人類学者の性(さが)であり、冷徹な泉 氏の面目躍如たるところである。

だが、この写真は33年後の1979年3月「水子の譜(*上坪)」で初めて世に 出た。同年10月、飯山達雄氏は「遥かなる中国大陸写真集3 敗戦・引揚 げの慟哭(*飯山)」(国書刊行会1979.10.20)を出版している。

私が読んだ限りの書籍・文献等では、泉氏らはソ連、中国、朝鮮人らの悪 行を糾弾していない。泉氏たちの認識はこうであった。「戦争に暴行はつ きものである。ソ連兵は・・何でも欲しがった。粗暴な者が多かった。日 本人、朝鮮人の女性にも見さかいがなかった。・・娘が目の前で強姦さ れ、いきり立った父親が銃殺された。そうした女性たちが日本に上陸して くるに違いない(*上坪176p)」と。だから、目の前の女性の緊急の大問 題に真正面から取り組み、一刻も早く解決することに集中したのだと思う。

泉氏は仕事人間である。山も学問も忘れてどろどろになって働いた。東奔 西走、東京博多。朝鮮への密入国なども。寝る間もなく働き、聖福寮や二 日市保養所を開設し1947年10月東京へ去った。疾風怒濤の働きで、困った 人を助けた。まるで鞍馬天狗のようである。が、聖福寮の従業員への置手 紙にあった歌は泉氏の心境を静かに物語っている。

我がさがは旅の心のひたぶるに人見ぬ国を求めんとす  泉靖一

その後、泉靖一氏は、明治大学助教授(1949.4)。東京大学東洋文化研究 所助教授(1951.11)に転出。東洋文化研究所教授に昇任した (1964.11)。1970年4月に同研究所長。屈指の文化人類学者として、国内 外で活躍。アンデス古代文明調査の業績に対し、ペルー政府から最高勲章 を贈られている。正四位勲三等旭日中綬章。1977.11.15に55歳の若さで死 去。(Wikipedia)。

結論に入る。冒頭、岡具博さんが紹介された下川正晴氏の文章を読む。 《地元の二日市中学校は今年(2016)夏、引揚げと二日市保養所の悲劇を 演劇化した「帰路」を上演した。私の連載記事にも地元から反響があっ た。少しずつだが「二日市保養所の悲劇を語り継ごう」という動きが出て きた。この動きをさらに高めなければならない》(「二日市保養所」の悲 劇を語り継げ〜引揚げ女性への性暴行と中絶 下川正晴2016.12.7「Net IB News」から)(*4)。

同感である。二日市保養所であった女性の悲劇の歴史事実とその克服の方 向を後世に語り継がなければならない。同時に、その跡地に埋まり眠って いる水子らの魂に、遠くからではあるが、私は頭(こうべ)を垂れ、合掌 し、追悼の誠を捧げる。(2015.10.23千葉市在住)

(追記)

(*1)「不法妊娠」:強姦(性的暴行)による妊娠のことを優生保護法施 行以前はこう呼んだ。不法妊娠であっても堕胎(人口妊娠中絶)は有罪で あった。人工妊娠中絶とは人工的な手段を用いて意図的に妊娠を中絶させ ることであり、刑法では堕胎という。1948(昭和23)年優生保護法が成立 し中絶が一定の条件により合法となった。

(*2)強姦(性的暴行)妊娠・性病感染および暴力・殺人・略奪などにつ いて、ソ連・朝鮮・中国などからの謝罪や補償は一切ない。

(*3)佐世保港上陸の引揚者約139万人の中の被害女性の堕胎等手術は、 九州大学産婦人科教室の管理下で、福岡と佐賀(中原)療養所などで行わ れた。また、全国のその他数か所で実施されたと思われる。(*下川 88p〜90p)。

(*4)二日市保養所での中絶(堕胎)等手術について、現代のジェンダー 論により批判する人がいる。たとえば「満州へ渡った女性たちの役割と性 暴力被害」松田澄子・山形県立米沢女子短期大学教授(2018.3)。他の論 文も読み必要なら後日反論したい。


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「107」人が目指すもの
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     渡部 亮次郎

「せんたく議連」超党派の107人で発足

<北川正恭・前三重県知事らが結成した「地域・生活者起点で日本を洗濯 (選択)する国民連合」(せんたく)と、これと連携する超党派の議員連 盟「せんたく議員連合」の合同発足総会が3日、都内のホテルで開かれた。

議連には、自民(51人)、民主(47人)、公明(8人)、国民新(1人) 各党の計107人が参加した。

議連の共同代表は、自民党の河村建夫・元文部科学相、民主党の野田佳 彦・元国会対策委員長が務めるほか、自民党から園田博之政調会長代理、 菅義偉選挙対策副委員長、民主党から岡田克也、前原誠司両副代表ら党幹 部も加わった。

議連は、国会改革、地方分権、「霞が関」改革、地球環境問題の各テーマ で分科会を設けて議論し、次期衆院選の各党政権公約(マニフェスト)に 反映させていく考えだ。河村氏らは当面、国会改革を重点として、会期制 の見直しなどを検討課題に位置づけた>。3月3日19時32分配信 読売新聞

顔ぶれを見ると、改革小泉支持者と小沢忌避者ばかりである。公明から 入ったのは忍者であろう。果たしてこれが「新党」まで進むだろうか。新 党が出来れば大変な人気を博するだろうが、身を捨てて奔走する「竜馬」 が居ない。誰か立て!竜馬

自民党支持者では、票欲しさに創価学会・公明党の「たかり」に唯々諾々 と応ずる自民党に相当強い不満が高まっている。特に連立重視の立場から 国会対策上、公明党への譲歩続きだから福田首相への支持率低下はそれを 裏付ける何物でもない。

一方、民主党の党運営について小沢路線への党内不満も高じている事は隠 せない。小沢のピノキオが山岡国対委員長だが、硬直した自民党対決が、 果たして来るべき衆院選挙での民主党勝利に結びつくとは限らない、との 批判が燻っている。

判官贔屓というものがある。源義経を薄命な英雄として愛惜し、同情する こと。転じて、弱者に対する第三者の同情と贔屓。日銀総裁人事への不同 意をあからさまにする民主党に対しては財界だけでなくビジネスマン幹部 からも自民党への「判官贔屓」が出ている。

去年の参院選挙。あれを民主党の勝利と見るか自民党の敗北と規定する か。私は自民党安倍坊ちゃん政治に対する地方住民、農村の拒否反応と見 る。決して民主党歓迎ではない。二者択一だから民主党に入れただけである。

そう分析しない菅直人代表代行や鳩山幹事長は「反自民」の姿勢を強める ことで次期衆院選挙でも勝利できると考え審議拒否という強行策をとって いるが、これは大失敗に終わるはずだ。審議拒否をした野党が果実を手に した事は憲政史上あり得ない。

日本の有権者は審議拒否を最も嫌悪するからである。而して「判官贔屓」 だ。ヒラリー・クリントンの失敗も「判官贔屓」にやられた事だと言うで はないか。判官贔屓は洋の東西を問わず国を動かす力なのだ。

小沢氏が審議拒否の期間を「1週間」と定めたが、有権者はその意味が理 解できていない。しかも審議に復帰する時、如何なる理屈を用意できるの か。その時、用意できるはずが無い。有権者は小沢氏を見捨てるだろう。

「107」人は反福田と反小沢の立場だけで超党派で集まってみただけだろ うが「107」となると本人たちも驚愕する数字だった。
「現政界の閉塞感はこれほど強烈なのか」と意識し合えば新党結成に走る のは早いかも知れない。

蛇足ながら現福田政権はあくまでも麻生太郎政権阻止だけを企図した野中 広務氏と手下古賀誠選挙対策委員長の思惑だけで生まれた「陽炎」政権。 人気の出るわけが無い。だから野中氏らは困惑して新勢力の結集に汚く反 応するはずである。2008・03・04




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フェイスブックの野望「リブラ」
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)10月22日(水曜日。祝日)
         通算第6246号  
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 フェイスブックの野望「リブラ」(暗号通貨)が沈没寸前
  G20財務相・中央銀行総裁会議は強硬に反対に回った
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 「リブラ」が沈没し始めたようだ。
 フェイスブックが、デジタル通貨として、いきなり世界に流通させよう としてきた暗号通貨である。計画の発表以来、スイスに本店をおくという 構想に世界の大企業が飛びついた。

 西側の政府、中央銀行あげて反対の旗幟を鮮明にして、傘下企業の圧力 をかけた過程で最大のヴィザカード、ペイパル、マスターカードがプロ ジェクトから脱落、前途が暗雲に覆われた。この三者が抜ければ、残りは 滓、大きな後退はフェイスブックにとって死活的な状況となった。

 10月17日から二日間にわたってワシントンで開催されたG20財務 相・中央銀行総裁会議は「当面、リブラは認めない」との結論を出して閉 幕した。
G20が最大の反対理由としたのは不正利用、ハッカー対策が不十分であ り、深刻なリスクがあるからだ。

しかし各国政府の思惑は課税方法が曖昧であることにあり、また財務省の ホンネは、通貨政策という管理管轄領域を飛び越える無国籍な通貨の発行 は、中央銀行の領域を侵犯されるからだ。通貨発行でえてきた発券業務の 収入も大きく脅かされることになり、どの世界でもそうであるように ニューカマーには不寛容である。

かくしてリブロ沈没の近未来がみえてきたが、ファイスブックは強気な姿 勢を崩さず、加盟企業が減っても予定通り発行するとしている。
  
  ☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆ 書評 しょひょう  BOOKREVIEW 書評BOOKREVIEW  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 半世紀という時間が当事者には必要だったのかも知れない
  三島由紀夫の軍事グーデター論と自衛隊員の政治認識度の乖離

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西村繁樹『三島由紀夫と最後のあった青年将校』(並木書房)
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 あの驚天動地の事件から半世紀もの年月がながれた。三島没後五十年を 迎えるいま、本書はおそらく最後の歴史の証言だろう。
 証言と言っても、当事者の強い主観が入るから事件の全貌の一要素でし かないし、また三島の本当の心理、真相を覗き見ることは不可能である。
 著者の西村氏は「あのとき」、直前まで三島と行動を共にしていた可能 性のある自衛官だった。半世紀の沈黙。長い、長い沈黙だった。
 西村氏はその後、ランド研究所へ派遣され、ハーバードで戦略論を習 い、帰国後は防衛大学で教授を務めた。事件からまがりくねって学門の道 を志すという運命が待ち受けていることを当時知るよしもなかっただろう。
 そして半世紀の思考と煩悶から醒めて、結論が仄見えてきた。それは何 かーー本書をお読みいただくしかない。

 しかし、本書の行間からは当事者でなければ理解できない、あのときに 三島が醸し出していた異常なほどのオーラとエネルギーと、そして絶望と が、ごっちゃまぜになって読者にも迫ってくる。
 評者(宮崎)自身は三島とも何度か会っているし、森田必勝とは同じ釜 の飯を食った。当時学生新聞製作に忙しくて楯の会には入らなかったが、 周りからごっそりと三島と一ヶ月を滝ヶ原で過ごしてきた。だから楯の会 一期生の二十名は全員を知っている。
 事件に二年前には三島の紹介で、評者も一週間だったが、恵庭基地に体 験入隊もした。その後、幾つかの基地に体験入隊、航海訓練も仲間が参加 したこともあった。
 こうした関係から事件後、すぐに三島研究会を創設し、毎年の命日に憂 国忌を開催し、遺族のもとに駆けつけて泊まり込んで森田必勝の日記をダ イジェストした森田の遺稿集を編み、また評者自身、三島由紀夫論を三部 作として世に問うた。だから書きたいことは書いた。

 黛敏郎は三島事件を「精神的クーデター」と比喩されたが、評者の思い もほぼ同様である。
 そして実際の軍事クーデターをいまの自衛隊に期待することは、無意味 であるという実態は、本書が詳述する自衛隊の実相をみなくとも、多くが 了解してきた。いや、三島も直前には分かっていたのだ。自衛隊に治安出 動やクーデターを期待したことが夢まぼろしであったことを。
いま、我が国に国軍はなく、自衛隊は一行政機関でしかなくなった。国軍 が必要であり、改憲(廃棄を含めての)が喫緊の大課題であり、そして、 それらの実現が絶望的であることも、明白な、客観的な事実である。
本書をよみながら上記のような連想をしていた。
           
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 建国のときから日本は平和と安定をもとめてきた
  民のために祈り、こころを尊ぶ日本の伝統の原点をさぐる

中村正和『天皇の祈りと道』(展転社)
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 『古事記』に描かれた民族の浪漫、横溢する精神の世界とその価値観。
著者はヤマトタケルの物語に、日本人の『人のために生きる』という崇高 な精神の根源を見出す。
日本人のこころの原点は、天皇の祈りと、我が国の道にあると説く。
 戦後教育によって久しく忘れられてきた共同体意識、我が道だけが良く 他人は放置して顧みないというエゴイズムは本来、日本人の生き方にはな かった。しかし農耕社会から近代工業国家に発展すれば、農業を基軸とし てきた日本社会の在り方は根底が崩れる。社会的価値観が棄損され、なに が伝統的に尊重されるべきことなのか、見分けの出来ない衆愚が増える。
 伝統的価値観の喪失は、近年のグローバリズムとかの怪しい思想によっ て、さらに凋落に拍車がかかり、原日本人的な生き方や価値観、死生観は 顧みられなくなった。
 著者の中村氏は、ニーチェを基調におきながら、三島由紀夫の思想と行 動に迫り、哲学的見地から存在、生きることと死ぬことの意味を考察して いく。
 人のために生きるという意味は、戦いを避ける、争いごとを治めるとい うことなのであり、ヤマトタケルの遠征に従った弟君の橘比売は、海の怒 りを静めるために自ら犠牲となって果てた。
 父の景行天皇は、息子の帰還に際して凱旋の栄誉も休息も与えず、すぐ に東征へ向かえと命じられ、悲壮な決意のもと、ヤマトタケルは勇躍して 旅に出る。
世の中の安寧と平定のために粉骨砕身、しかし帰路途中の伊吹山にて没した。
 著者は言う。
 「倭建命(ヤマトタケル)は国のために誠を尽くし、戦い続け、ついに 国のために身を捨てたのである。その倭建命が、懐かしい故郷である大和 の国を想い、謳った」
 ――大和は国のまほろば たたなづく青垣 やま籠もれる倭(やまと)し うるわし。
 この詩は「最後に謳った渾身の絶唱である」とする。

 昭和天皇は開戦三ヶ月前に謳われた。
 ――四方の海みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ。
 だが英米の巨大な野望を前に日本の和平工作実らず、開戦のやむなきに 至って、昭和天皇は詔書を発せられた。

 (前略)「東亜安定に関する帝国積年の努力は、悉く水泡に帰し、帝国 の存立またまさに危殆に瀕せり。事既に此処にいたる。帝国は、いまや自 存自衛のため、蹶然起って、一切の障害を破砕するの他なきなり。皇祖高 宗の神霊、上にあり。(後略)」

 大東亜戦争は、英米の野蛮を打ち砕き、その阿漕な植民地からアジア諸 国を解放するための戦いでもあった。しかし敵の圧倒的な物量と、謀略に よって武運つたなく敗戦に至る。その過程については多くが語られた。英 霊の鎮魂は道半ばである。
 終戦の詔書においてGHQは人間宣言を強要したが、当時の日本人は現 人神も人間であることは十分い承知していた。
それより重要なことは、昭和天皇が、この詔の前文に、五箇条のご誓文を さらりと挿入されていることである。
近代国家の礎、その国家の基本方針が書かれた五箇条のご誓文こそが、そ の後押しつけられたヘイワケンポウとかの規律を超えて、日本人の規範で あることは指摘するまでもない。
         
  ☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆  読者の声  どくしゃのこえ  READERS‘ OPINION 
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(読者の声1)御著書『火薬庫が連鎖爆発する ──断末魔の中国』(ビジ ネス社刊)をじっくり読みました! 
朝日新聞の論説、署名入りの偉そうな記事と読みくらべながら。朝日は、 「自分は正しい」から出発して、あれこれ事を並べて、「自分は正しい」 で終わるのですね。だから間違いを犯してしまう。
慰安婦問題で私は朝日の欺瞞を確認しましたが、現在もそのままですね。
宮崎さんは、まず世界情勢を観察する、さまざま事例を引いて、多角的に 検証し、書かれていないけれどもそこまでが時間を長くかけておられる。
それから総合して分析して、結論へ至り、そして未来を眺める。
本書は、今日の世界情勢を精緻・正確に分析して、アジアの中の日本、世 界の中の日本の行くべき道を示しています。
実におもしろかった。日本という国を人格として見ておられるところに、 私はまず感動するのです。ありがとうございました。
   (HN生、新潟)

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(読者の声2)今年度のノーベル文学賞に決まったハントケ氏に対して、 国際的な左翼メディアは猛烈な批判を展開しています。
ユーゴスラビア戦争で、イスラム系住民が虐殺をでっち上げてセルビアを 陥れたとハントケが訴えたことが気に入らないらしい。なにしろ左翼原理 主義に近い彼らは、いちど敵をきめたら本も読まないで徹底的に批判する という左翼小児病患者が多いです。
ミロシェビッチ元ユーゴ大統領の葬儀に参列し、「真実はわからないが、 私は彼に寄り添う」とハントケ氏は弔辞を述べたらしいですが、これも左 翼にとっては気に入らないのですね。
つまりグローバリズムの敵がナショナリズムですから。
 新聞報道に拠れば、「アルバニアのラマ首相は「ノーベル賞で吐き気を 催すとは思わなかった」とツイート。コソボのシタク駐米大使は「『バル カン半島の殺し屋』ミロシェビッチを賞賛する男にノーベル賞が与えられ る。非常識で不道徳な決定だ」とツイッターで猛反発した。スレブレニ ツァの虐殺の生存者団体は、ハントケ氏への授賞を取り消すようアカデ ミーに求める」(引用止め)。
報道はあまりに一方的で、なぜセルビアだけが悪役なのか、訝しむところ です。

(宮崎正弘のコメント)アルバニアは無神論が多い上、コソボは気がつけ ばこそ泥のように這入り込んでいたアルバニア住民が多数派となってい て、セルビアからもぎ取った。
 無理矢理の独立は、西側列強がセルビアの力を脆弱化させるために仕掛 けたものでした。セルビアにある二つの世界遺産はセルビア正教の教会で あり、コソボなる文化的な者は何もありません。
 クリントンはセルビアに空爆してクロアチアの虐殺やボスニアの残虐行 為には目を瞑った。つまりセルビアは東方正教会だから、気に入らないの でしょう。
 いまやセルビアに肩入れしているのはロシアと中国です。セルビアは、 こうして西側に意固地にも背を向けました。
 ミロセビッチはセルビア人にとっては英雄、後継のカラジッチもそうで すが、彼は詩人であり医者でした。制裁が長引いて、セルビア人は目先の 生活が大事と、彼を国際法廷に売り飛ばした。
カラジッチは、三島由紀夫を尊敬していると聞いております。

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(読者の声3)日本文化チャンネル桜から番組のお知らせです。
 明日晩(23日)の「フロント JAPAN」はホスト佐波優子さん、 ゲスト宮崎正弘さんでお送りします。
 テーマは「香港大乱とジニ係数」ほか。放送後、ユーチューブでもご覧 になれます。
   

(読者の声4)詐欺映画「主戦場」を糾弾する! 大集会のお知らせ
 「主戦場」なる詐欺映画は、加瀬英明氏、藤岡信勝氏、櫻井よしこ氏 をはじめとする、代表的な保守系論者にインタビューし、その断片を趣旨 と関係なく取り上げて馬鹿にすしたり誹謗するという許しがたい悪徳映画 です。
この正体を明かし、徹底的に糾弾する集会です。多数の皆様のご参集お待 ちしています。
             記
とき   10月25日(金) 17:30〜 17:00開場
ところ  憲政記念館 講堂(千代田区永田町1-11(地下鉄永田町駅から 徒歩5分
国会議事堂駅から徒歩7分)
講演   開会の挨拶:加瀬 英明 先生 (17:45〜18:00)
基調講演: 藤岡 信勝 先生 (18:00〜18:50)
いもこじ討論会 
司会:藤田裕行(二宮報徳連合代表)・原口美穂(手本は二宮金次郎の会 会長)  
パネリスト:
藤岡信勝 新しい歴史教科書をつくる会副会長
山本優美子 なでしこアクション代表
藤木俊一 テキサス親父 日本事務局 事務局長
ケント・ギルバート 米加州弁護士(ビデオメッセージ)
トニー・マラーノ (テキサス親父、ビデオメッセージ)


(読者の声5)鍛冶俊樹の軍事ジャーナル(10月21日号)「香港に栄 光あれ」を転載します。
 昨日(20日)も香港で大規模な民主化要求のデモが繰り広げられた。 6月4日に天安門事件30年の追悼集会から始まったデモは、毎週の様に 行われ4カ月経った今も止む気配がない。そして中国共産党独裁体制に対 する革命の様相を呈している。
 明日は即位の礼だが、実は今から100年以上前の1912年(大正元 年)、大正天皇が即位した、その年に中国で初めての民主革命が起きた。 この辛亥革命の結果、中国で2000年余り続いた皇帝支配が終わりを告 げたのである。
 革命の中心人物の孫文は日本で民間レベルの支援を受けていたが、当時 の日本政府は、辛亥革命には無関心だった。今も日本政府や中国に駐在す る日本企業が香港の革命に無関心なのと軌を同じくしている。当時、日本 の陸軍は中国に駐留していたが、やはり無関心だったのだ。
 そんな中、陸軍のエリート青年将校だった山中峯太郎は独自の判断で中 国に渡り、革命に参加しようとした。これが祟って退職に追い込まれ、以 後、作家として名を成した。また革命思想家の北一輝(きたいっき)も革 命に参加して、「支那革命外史」(しなかくめいがいし)を著すに至った。
 この中で北は革命に無関心な日本政府を非難し、日本政府は革命を支援 し、同時に日米経済同盟を成立させよと説いている。現在の様な日米同盟 がない時代にあって、北は中国問題を放置すると日米戦争につながること を予見していたのである。
 結局、辛亥革命は失敗し、中国は再び独裁体制となった。そして再び中 国に革命が起ころうとしている。今の中国の経済状況を見るに、もはや独 裁体制を続けられる状況にないのは明らかであり、共産党以後の中国につ いて日本は米国と共に考えていかなければなるまい。

             
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重 要 情 報
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◎10月22日は体調が悪い日だった:前田正晶

22日は低温・高湿度・低気圧に終日苛まれて、遂に立ち直れずに終わった。昼間は何とか日本シリーズの試合終了まで持たせようと耐えていたが、とても辛抱できずに読売が2対6と致命的な差を付られたところで「もうこれ以上見ている価値無し」と判断して寝てしまった。そのような辛い日だった辺りを思い出してみよう。

即位の礼正殿の儀:

私は不勉強にしてこの荘厳な儀式について何ら語るべき知識も心得もなく、また上皇様がご即位の際に如何なる儀式があったかの記憶がなく、唯々「こういうものだったのか」と思いつつ、我が国にはこういう厳かというか神秘的でもある伝統的行事があったのかと感じながら、身体のあちこちの痛みと胃腸の変調に耐えてテレビ中継に見入っていた。このような儀式が招待された世界各国の首脳の目に如何に映るかを気にする論調が現れるだろうと思っていたが、矢張りその種の報道があったようだ。

私は外国人の感受性があの儀式どのように受け止めようと気にする必要などさらさらないと思っている。あれだけの数の国の方々を招待すれば、色々な受け止め方があって千差万別となるのが当然だ。私は外国がどのように我が国を理解しているかについては疑問な点があると、これまでの経験で認識している。それに、何か意見か感想の表明があっても、そこには多分に社交辞令的な要素が盛り込まれているので、採り上げる意味はほとんどないと言って良いとも考えている。

私が不可思議な現象だと感じたのは、小泉純一郎、森喜朗、福田康夫の元総理が列席しておられたのは当然と理解しても、何故鳩山、菅、野田の元民主党政権時代の総理の姿が見えなかった点だった。招待客は宮内庁がお決めになるのかと思っていたし、共産党が出席を辞退したとは聞き及んでいた。だが、民主党の総理は辞退したのか否かは知らなかったので、意外の感にとらわれた次第だ。それに、王貞治の姿は見かけたが長嶋茂雄が不在なのも意外だった。両者ともプロ野球の功労者で国民栄誉賞を授かっていたではないか。長嶋茂雄は辞退したのか?

プロ野球の日本シリーズ:

午後6時過ぎに始まったこの野球を最後まで見る体力というか気力は残っていなかった。それでも、冷静に批評は出来ると思う。ソフトバンクホークスは余程読売巨人軍に対するスカウティングを徹底的にやって準備してきたようで、読売が杖とも柱とも頼っている坂本、丸、岡本を封じ込めたので、この3名の中から所謂「シリーズ男」なるものの反対の結果となる者が出てくるだろうと思わせられた。試合開始の時には「もしかして読売が勝つのかも」との閃きがあったが、見事に外れてしまった。

読売のゲームプランは誠に奇っ怪で、その責任を原辰徳に問うべきなのか、投手コーチの宮本和知なのか解らない。だが、先発にルキー(「ルーキー」は奇妙な読み方をしたカタカナ語である)のシーズン中に5勝7敗程度の実績の高橋優希を出したかと思えば、3回に亀井の見事にインサイド低めに見えた難しい投球を振り切って同点とした後に、実績がない高卒の戸郷翔征を出してきたのには驚いた。無茶苦茶だとしか思えなかった。戸郷と見た瞬間に「これは、原監督は捨て試合にする気か」としか解釈できなかった。案の定エラーもあって4点を献上して試合をぶち壊した。

実は、ここまでで寝てしまったのだが、9回の表に何故か目が覚めて読売の拙い走塁で折角のチャンスを逃す場面も見てしまった。増田大輝という年俸500万円の選手を代走に出したところ、4点を追っているテイームであることが解っていなかった模様で、捕逸に乗じて2塁まで走ったのは良かったが3塁を狙ってアウトになってしまった。あの場面では少なくとも走者を溜めるべき局面で、無理をして3塁まで行く必要などないのだ。第2戦でも9回に判断が悪い走塁があったが、野球をキチンと教え込んでいないのかと疑わせる拙い試合振りで、あれでは負けて当然だろう。

23日にはシーズンの終盤に「これが本当に菅野か」と疑わざるを得ないほどフォームが崩れていた菅野を出して和田毅にぶつけるようだが、宮本和知は1回の表から救援投手を準備しておく方が無難かも知れない。昨夜も沢村という余り当てに出来ない投手が出来上がっていたかに見えたところに出してきたのが戸郷だったのだから、読売の中継ぎ投手陣の手薄は明らかだ。手薄にしてしまった責任はテレビタレントと化していた宮本と連れてきた原辰徳の責任ではないのか。亀井は兎も角、坂本、丸、岡本が余程奮起しないと無様な4連敗で今夜も早寝になってしまうかも。


◎英語が苦手の一読者様のご質問に答えます:前田正晶

“It’s I.“であるべきだ:

この屡々我が国でも使われることがある表現が正しいか否か質問を頂戴し ていたので、私の元の上司で私が最も尊敬している典型的なアメリカの アッパーミドルの代表のような、W社リタイア後に大学院大学の教授を務 めた人物(当然のようにMBAである)にその質問を転送してみた。彼はそ れを更に前妻の私がアメリカで出会った最も知的な女性(彼女もMBAで人 事・労務のコンサルタント)と尊敬していた婦人に更に転送していた。そ のご婦人から”It’s me.”を非常に解りやすく解説して貰えたので、日本語 にしてお知らせする次第。

翻訳文:

“It’s me.”の文法的考察:

「この質問は多くのアメリカ人にとっても扱いにくいものだ。文法的に は“It is I.”とするのが間違いなく正しい。ここでは「be動詞」がつかわ れていて現在形の単数であるので、目的語は“I”か“he”か“she”であるべき で目的格(objective)の“me”,“him”、“her”ではないのだ。少し難しく 言えば「“I”、“he”、“she”を動詞の主語に立てる時は、常に“It is he.” か“It is I.”のようにすべきだ。

“me”や“him”や“her”は動詞の目的語に使われる性質の「目的格」だと心 得ておくべきである。例文を挙げれば“Give the book to me.”のように使 われる。

ここで私が述べてきたことは“Queen’s 乃至はKing’s English”とでも言 うべき正しく正確な英語であって、最も正式で正確な話し方である。確か に屡々“It’s me.”という言い方をする者はいるが、それは正式な英語では ない。

“It’s I.”という正式な言い方をすると、中には「それは人を見下した 言い方だ」と採られる場合もあるし、上流階級を気取っていると思われる ことすらあると申し上げておく。

だが、最早“It’s me.”を使うのはそう珍しいことではなくなったとも言 えるが、正しく文法を心得ていることを示す為には“It’s I.”を使うべき だと言える。」

念の為に申し上げておけば、私は"It's me.”を使った記憶はないのだ。こ れは理屈ではなく本能的に文法的に正しくないと感じていたからだろう。

◎W杯を開催してくれたことは評価する:前田正晶

世界の強豪国の戦法:

仲々ラグビーの話題から離れられない。私にとってはこれを観察出来ただ けでも結構なことだった。と言うのも、これまでは大洋州やヨーロッパの 強豪国の代表が本気で試合をするのをテレビででも観たことがなかったか らだ。1990年代にヨーロッパの何処かでフランス代表の試合をテレビ観戦 して「我が国のラグビーとは何処かが違うな」とは感じたが、落ち着いて 味わっている余裕もなかったし、たった一度観ただけでは余り参考にはな らなかった。

それが今回は立て続けにニュージーランド、オーストラリア、アイルラン ド、スコットランド、イングランド等の代表が本気になって試合をすると ころが観られたのだから、これほど結構なことはないと思う。「本気で」 と敢えて言ったのは、時々我が国にやってくる言わば伝統国の体表が全て 手の内を見せて試合をしているとは見えなかったし、スーパーリーグのテ イーム等はクラブテイームと言うよりも多くの国の選手たちの混成軍と形 容したくなるような任意団体だと評価していたからだ。

彼らのゲームプランを観ていて今更なから印象的だったことは「ボール キャリヤーが兎に角近場の相手に向かって躊躇なく突っ込んでいって激し く当たり合い、そこから素早く(なのだろう)球出しをしてそこからまた 近場のバックスにパスして突っ込ませることの繰り返し」で、誰か解説者 が指摘した「体力消耗戦を挑み合っているのか」と言うことだった。私が 密かに期待していた、上記のフランスのような華麗なバックス間の展開は ほとんどと言いたいくらい見せて貰えなかった。僅かに前半だけ観たイン グランドが比較的展開するラグビーをしていたかの感があっただけ。

あれでは我が国の代表が15人中の半分くらい外国人を加えたとしても、あ の体力消耗戦法に巻き込まれれば苦戦は免れないだろうと思わせられた。 では、彼ら強豪国のバックス陣に展開力がないのかといえば決してそうい うことはないようで、いざとなれば相手の厳しいデイフェンスを突破して 単身でも走り抜く能力もあるし、抜け出したボールキャリアーに忠実に フォローしていく者がいるのだ。恐らく、彼らは十分にスカウテイングし てから臨んでくるのだろうが、試合開始とともに相手のデイフェンス力を 試すような手を打ってから、何れのプレーを選択するかを考えるのだろう と思わせられた。

我が方にいる外国人選手たちは,規定により「本国の代表に選ばれていな かった」のであるから、如何にエデイー・ジョーンズ前ヘッドコーチに鍛 え上げられたとは言え、あのアイルランドの激しい当たりと突っ込みに何 処まで耐えられるかと危惧せざるを得ない厳しさった。そのアイルランド に負けたスコットランドにしたところで、予測していた通りの激しさを見 せたので、あの一次リーグを突破するのは、ロシアに4本のトライを取っ たとマスコミが喜んでいる場合ではないように思えた。

ラグビー界の風俗:

ここは正確に言えば、諸外国のスポーツ選手たちの風俗とすべきだったか も知れない。丁度1年前の9月22日に刺青について、こんな事を書いていた ので、再録してみよう。

“BBC NEWSは「ラグビーの国際統括団体ワールドラグビー(WR)は、 2019年9月に日本で開催されるラグビー・ワールドカップ(W杯)の出場選 手にタトゥー(入れ墨)を隠すよう指示する方針だ。」と報じていた。 BBCは我が国では入れ墨が反社会的勢力の者に多く見受けられ、ジムや公 共の入浴場などで出入り禁止とされている文化に配慮したのだろうとの見 方をしていた。

私はヨーロッパ、アメリカ、ラテンアメリカ等におけるラグビー、サッ カー、フットボール、ベースボール、ボクシング等々に見られる多くは腕 に見える入れ墨は大雑把に言えば「文化の違い」であって、我が国とは社 会的な事情乃至は通念が大きく異なっているのだと、勝手に解釈してき た。だが、サッカーやラグビーやNPBに来ている外国人選手の入れ墨をど うしても好意的な目で見ることは感情的(生理的?)にも受け入れがたい ものがあるのだ。”

結論的に言えば、このWRの通達は一向に守られていなかったと思う。い や、それどころか我が国にいる外国人選手たちの中から入れ墨無しを探す 方が大変なくらいだ。私は昨年このニュースを聞いた時に「所詮は無い物 ねだり」というか無理だろうとは思っていた。寧ろその前にあのドレッド ヘアーというのかどうか知らないが、あのようなヘアースタイルは何とか ならないのかと思っている。敢えて個人名を挙げれば、あのロシア戦で3 トライを記録した松島幸太朗のあのようなヘアースタイルでさえも気に入 らなくて「何とかしろよ」と言いたくなってしまう。

彼とか堀江とかは所属の企業があるようだが、まさか出社して勤務して いる訳ではないだろうな。とは言ってみたが、彼らはグラウンドに出て万 全の働きをすることを期待されているのだろうから、ヘアースタイルの批 判などは無用だとは解っている。でも、彼らに街中で出会ったら恐ろしい と感じるだろうなとは思う。だが、ここでは四の五の言わずに対アイルラ ンド戦での全力での健闘を期待して終わる。


◎暴論かも知れないが、12都県の復興と復旧に:前田正晶

政府がどのような具体的な救済策を打ち出されるかなどは知る由もない が、私の独自の暴論でもあるかと思う対策を考えてみた。

そこには、3.11の後で東北地方では再度の津波の襲来を防ぐ案として盛 り土をしたかどうかは知らないが、海抜の高い土地を造成してそこに住宅 や商業地を集約したと聞いた。今回の19号の大豪雨の為に全壊や半壊等の 家屋は1万数千軒に達したと報じられている。最早住めなくなった家のま で呆然としておられる方の映像も見た。何と言ってお見舞いすべきか言葉 を知らなかった。報道によれば復旧するも何も、排水作業が進まないこと には何事も始まらないとのことだった。

既に述べたことだが、被災地には先ず中層も何もコンクリート建築のア パートのような建物は見えなかった。何れにせよ、排水や流入し蓄積され た泥の始末がつけば、資金的な問題はさて措き住宅の再建が始まることだ ろうと思う。だが、治山治水対策が十分に以下も速やかに行われていない 限り、在来工法の家を再建すれば、またまた超大型の台風が襲ってくれば 元の木阿弥常態になってしまうのではないかと懸念する。地球温暖化だけ が再三襲ってくる異常気象の原因がどうか知らないが、この対策にはトラ ンプ大統領をパリ協定に復帰させたくらいでは追い付くものでもあるまい。

そこで考えたことは勿論暴論だろうと承知で言うのだが、家を失われた多 くの方々にその土地に家を再建することを諦めて頂いて、(自分の土地で あれば)その元々の土地を政府が買い上げて然るべき安全な土地に一気に 集合住宅を建ててしまうのだ。その区分所有はある程度はそれぞれの家の 土地の広さに比例はさせるのだが、最新鋭のアパートを建てるのだ。そこ には土砂や水害が襲ってきても大丈夫なように高床式にでもして、電源等 の諸設備は水没しない階に置くことにするのだ。駐車場も地下は避けるの だ。こうすれば、農地をお持ちの方はそこから通われれば良いと考えている。

こんな事でも試みてこない限り、何度でも同じような台風にじるだろ う。私はその前にやるべき事として、体育館のようなような場所に避難さ せずに済むような役場乃至は公民館的な施設を設けておくべきだと考えて いる。だが、これだけでは間に合わないと思う。それは「万が一の事態に 予め備えて、膨大な数の仮設トイレを準備しておくべきだと思う。これは 嘗てイラクでフセインに人間の盾として人質にされた経験がある商社マン が聞いた「これ以上切実な問題はなかった」という話にも基づいている。 「風呂に入りたい」どころの問題ではなかった非常に悲惨なことだったそ うだ。

私は3.11以降何年が経過したかが政府には未だ良くお解りではないようだ と憂いている。地方では何ら改善された具体策が講じられていないではな いか。体育館の大勢の避難民を寝かせて、段ボールの仕切りをしたりベッ ドを設けることが対策かと言いたい。縦割り行政とか地方自治がどうした という問題ではあるまい。対策として何をどうやるべきかは、これまでに 被災した地方の自治体は良くお解りのはずだ。解っているのだったら、速 やかに予算措置を講じて動き出すのが政治ではないのか。メロンを贈った とか贈らないとかで時間を空費している時期かをよく考えて欲しい。



◎氏 名:酒井勝弘(75歳)大学名誉教授

住 所:〒367-0041 埼玉県本庄市駅南2-24-15-304

E-メイル:qwt11506@nifty.com



[タイトル]  暑くなった車内の温度を下げる方法

猛暑が続くこの時期、駐車場内の車内温度は上昇し、車に置き去りにされ た乳幼児の熱中症事故も起きている。社団法人日本自動車連盟(JAF)の テスト(2012年8月実施)によると、炎天下でエアコンなど空冷の対策をし ないで駐車する場合、車内空気の温度はボディ色で異なるが、車内最高値 が52℃〜57℃、車内平均値が47℃〜51℃に達する(*1)。

折しも2019年8月9日夕刻NHK総合TVで、暑くなった車内の温度をエアコ ン使用前に素早く下げる方法が放映された。その方法は、助手席の窓を全 開、運転席側の窓を全閉し、運転席側ドアを5回程度開け閉めするという ものである(解説担当はJAF(*2))。これは運転席側のドアを素早く締め ることで、運転席近傍の空気にモーメンタムを与え、助手席側の窓から車 内の熱い空気(熱気)を強制的に押し出す方法で、一種のアクティブ法 (強制的空冷法)である。これに関連し私は2008年7月12日テレビ朝日の 番組“賢(かし)コツ”で、「人生賢くエコドライブ“のタイトルで、パッシ ブ法(受動的空冷法)を積極的に取り込んだ方法を解説した(*3)。

一般に流体が物体と接して流れている場合、流体分子は物体表面上で静 止(粘着)しており、この性質は流体の粘性と言われている。この性質は 流体の粘り濃さで、例えば油は水より粘性が大きく粘っこい、空気の粘性 は水より小さくさらさらしている。つまり車内の熱気(空気)は、車内壁 面上では空気の粘性によって静止し壁に粘着している。そのため運転席側 ドアを開ける場合、ドア内壁面に粘着している空気分子が剥離しないよう にゆっくり開けることが肝要で、もし剥離が起こるとその領域に外気が入 り込んできて、車内の熱気の排き出し容量が低下してしまう。こうして運 転席側ドアを静かに開けることで、運転席側ドア近傍の熱気を省力的に効 率よく引き出すことができる。すると車内における質量保存則に基づい て、運転席側ドアから引き出された熱気と同量で、かつ車内より低温の外 気が、助手席側窓から自然に(強制的ではなくパッシブに)車内に流入し てくる。

この後、ドアを閉めるステップでは、2つの方法(パッシブとアクティ ブ)があるが、時間的物理的効率の観点から従来通りのアクティブ法、即 ちドアを素早く閉じて運転席側近傍の空気にモーメンタムを与え、その モーメンタムで車内の熱気を助手席側窓から押し出す方法がベターであろ う。パッシブ法の場合、運転席ドアの空いている部分からの空気の流出が 考えられ、助手席窓からの車内熱気の追い出し効率の低下が懸念されるこ とに加え、ドアに粘着した空気が剥離しないようゆっくりドアを閉じるこ とで時間がかかり、すぐにでも発車したいドライバーの心境を鑑みると現 実性に乏しいことが懸念される。但し上記前者の効率低下について、定量 的には流体力学的実験ないしは計算機を用いたシミュレーションが望まれる。

NHKで放映された方法では、運転席側ドアを開閉する際に、開ける時と閉 める時とで違いが特段言及されていないのに対し、本法では流体力学的考 察に基づいて、運転席側ドア開ける際にドアに付着している車内の熱気が ドアから剥離しないようゆっくり開け、閉める時はNHKの放映と同様に運 転席側ドアを素早く閉じて運転席側ドア近傍の空気にモーメンタムを与える。

以上の考察に基づき、より省力的効率的方法を要約すると次のようになる:

助手席の窓を全開、運転席側の窓を全閉にした状態で、“運転席側ドアに 付着している車内の熱気がドアから剥離しないように”を意識して、運転 席側ドアをゆっくり開け、その後素早く閉じる。この動作を5回ほど繰り 返す。

(*1) https://www.zba.jp/car-kaitori/cont/column-20140718/

(*2) http://www.jaf.or.jp/eco-safety/safety/usertest/temperature/detail5.htm

(*3) http://blog.livedoor.jp/gunbird/archives/5365208.html

酒井勝弘 大学名誉教授 (本庄市在住)




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身 辺 雑 記
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24日の東京湾岸はまたまた曇天。

東京湾岸は21日、久しぶりに快晴、爽快。


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創刊日:2004-01-18  
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