政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針5201 号  2019・10・18(金)

2019/10/18


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 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5201号
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       2019(令和元年)年 10月18日(金)



雀庵の「続・台湾は鄭芝龍、鄭成功時代へ」:“シーチン”修一 2.0

小型手製爆弾が初登場:宮崎正弘

日本が復活できない:伊勢雅臣
                     

 話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記

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雀庵の「続・台湾は鄭芝龍、鄭成功時代へ」
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“シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red Gables/35(2019/10/16)】台風明けの10/15、カミサン
はいつもより1時間早く出勤した。洪水に備えて1Fの機器を2Fに移してお
いたので、今朝の業務開始前に元に戻しておくためだ。日本に暮らす限り
台風被害は免れないが、被害を抑えるノウハウはそこそこ向上しているよ
うだ。

台湾も自然災害が多いが、台湾はまた「他民族支配」という“人災”の歴
史でもある。英国にとっての香港、日本にとっての台湾。旧宗主国として
「今はもう関係ないよ」と言えるのかどうか。何とか「日本版・台湾関係
法」を制定し、中共を牽制する支援・協力できないものかと思うのだが・・・

近藤大介『週刊現代』特別編集委員の「習近平政権との『対決』を鮮明
にした、台湾・蔡英文総統スピーチ全訳 対戦相手は海岸の向こう側にい
る」から。

<蔡英文総統は、2016年5月に就任して以来、「一つの中国」(中国と台
湾は一体であるという認識)を認めず、中国からの独立志向を保持してき
た。そのため中国は、両岸(中台)貿易や中国人の台湾観光を制限するな
どの制裁に出た。その結果、台湾経済は悪化し、蔡英文政権の支持率は2
割台にまで落ち込んだのである。「民主でメシは食えない」ということが
言われた。

ところが今年6月以降、風向きが180度変わった。香港で民主化デモが激
化すると、蔡英文総統は「今日の香港を明日の台湾にしてはならない」と
アピールし、支持率がV字回復していったのである。今度は「民主がない
とメシも食えない」というわけだ。

9月28日、民進党は、第18期第2回全国党員代表大会及び創建33周年記念
式典を、台北の丸山大飯店で挙行した。そもそも民進党の創建日は1986年
9月28日だが、図らずも習近平主席が主催した中国の建国70周年記念式典
(軍事パレード)の3日前にぶつける格好となった。

【蔡英文総統のスピーチ】

<2020年の戦いにおいて、私たちの対戦相手は国内にだけいるのではな
く、さらなる相手は海岸の向こう側にいるのだ。対岸の『文攻武嚇』(非
軍事的攻勢と武力威嚇)及び政治介入は、今後増すことはあれ、減ること
はない。

彼らは最も望まないのは蔡英文が再任されることであり、民進党が国会
の過半数を獲得することだ。彼らが望むのは、何事も北京に頭を下げ、挑
発せず、香港の民主的な政権に干渉しないような総統が台湾で選出される
ことだ。

今年1月、北京の態度はすでに明らかになった。北京の言ういわゆる『92
コンセンサス』(1992年の『一つの中国』の中台合意)の中には、ほとん
ど中華民国(台湾)の空間がない。北京の圧力に屈服し、彼らのコンセン
サスに付和すれば、中華民国は消失し、台湾は消失してしまう。

皆さん、国際情勢は時々刻々変化しており、私たちは旧い観念に囚われ
ていてはならない。民進党の人間は新たな使命を持っているのだ。次の段
階における私たちの使命と任務は、まさに全世界的な思考を用いて、両岸
(中台)の枠組みを突破していくことだ。

台湾はただ両岸の枠組みのもとでの台湾ではなく、世界の中の台湾であ
るべきだ。台湾人の視線は、台湾海峡にとどまるのではなく、広大な太平
洋を見据えるべきだ。

世界と連結した壮大な台湾、これこそが歴史の中に置かれた民進党の立
ち位置だ。私たちは責任を回避してはならない。

2020年は、台湾派であろうと中華民国派であろうと、老年世代、壮年世
代、新世代であろうと、手を携えてチャレンジしてこそ、難関を克服でき
るのだ。

2020年、台湾は勝利する。これはライフスタイルの防衛戦であり、価値
観の防衛戦だ。私たちが勝ってこそ、自分たちの未来を決められるのだ。
私たちが勝ってこそ、私たちが行ってきたことの承諾を得て続けられるのだ。

総統選挙に勝利し、国会議員選挙にも勝利しなければならない。社会は
同行を求め、世代は共勝を求めている。私たちは頑張ろうではないか>

同志諸君! 義を見てせざるは勇無きなり、台湾を守ることは台湾、南
シナ海、東シナ海、日本を守ることだ。

さてさて激動の「台湾」史。喜安幸夫著「台湾の歴史」から要約する。

<明国で人を殺めて逃亡中の顔思斉率いる船団は平戸を出たが、明に戻
るわけにはいかず、台湾の西海岸中部、ポンカン(遠浅で使いにくい“ア
ホ浜”の意)に錨を下ろし、先住民を平定して、多くの砦を造って、福建
省から多くの無宿渡世3000人の民を受け入れ、この島を初めて「台湾」と
呼んだ。大陸からの「組織的な移住」はこれが嚆矢だという。

顔思斉、鄭芝龍らの来島2か月後にはオランダが南部に入植し始めたが、
顔思斉らは対立を避け、それどころかオランダのために大陸から入植者を
南部に運び、利益さえ得ていた。台湾海峡は顔思斉ら海賊の天下となった。

好事魔多し、顔思斉は1625年、チフスで急逝し、鄭芝龍が跡目を継ぐ。

鄭芝龍率いる海賊は大陸からどしどし入植者を運び、その数10万人。船
団は正規軍と勢力が拮抗するほどになったという。

一方、明朝では鄭芝龍の海賊集団が福建沿岸に跋扈するのに手を焼いて
いた。このとき海防を担う「福建水師(海軍司令)は空席だった。この任
に就けば鄭芝龍を相手にしなければならないから、なり手がいなかったの
である。真っ白い手の科挙上がりの役人は、こんな蓄財蓄妾美酒美食から
ほど遠い危ない仕事は嫌だ。

中国には古来「招撫の策」という思想がある。中央の意に従わない集
団、賊徒など官位を与え、中央政府に取り込もうという「奥の手」だ。鄭
芝龍にすれば船団はそのままで官旗を掲げるだけで海賊行為、不法な「希
望の連絡船」営業を続けられるのだから「否」はない。

このとき明朝が鄭芝龍に与えた事例がふるっている。

「海盗鄭一官(芝龍の別名)を討伐したる功により、義士鄭芝龍を福建
海防遊撃(海軍司令)に任ず」

かくして鄭芝龍は名実ともに地域の支配者になった>

うーん、まったく手品を見ているようで、いかにも支那大陸的アバウト
で面白い。日本でも飯岡助五郎は十手取り縄をもつ侠客として有名だが、
武装団は強ければ「公」に、弱ければ「賊」になるのは世の習いか。

公文書に辻褄を合わせてそれらしく記録する、表がきれいなら裏は問わ
ない、不都合な事故車両は埋めちゃう、気に入らない大事件は史書から消
しちゃうという中共の技は支那の伝統なのだ。「正式な国史」は次代の国
が書くという支那の伝統的ルールは、それなりに歴史偽造を糺すためなの
だろう。

史実・・・ウンコ、ウジ虫、ゴミぷかぷかの泥水、発狂亭“狩野川台風
(1958年)で街で唯一溺れたイタズラ小僧”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(152)2017/1/16】産経正論、山崎正和
「市場の巨大化が蝕む国家の紐帯」、曰く「ブレグジットとトランプ選出
は愚かなる選択」と断じている。「多数派はバカだ」というわけだ。「市
場経済と企業が大規模化して、長い伝統を持つ国民国家を破壊しつつあ
る」と見ている。

「それを防ぐ道は一国ナショナリズムではなく、国際協調と連携が不可
欠だ」と説くが、規制緩和せよ、自由化せよ、ヒトモノカネの動きにブ
レーキをかけるな、と言ってきたのはGATTでありWTOという「国際協調・
国際連携」ではなかったか。

それが国柄の破壊、弱肉強食などを招いて大失敗したから、「我が国は
主権により独自の道をいきます」と英米は決断し、EUではそういう国が増
えつつある。「長い伝統の中で培われた国柄を守りながら我は我、君は君
という相互尊重の関係でありたい」ということだ。肉体は耄碌してもオツ
ムは緊張していないと呆け老人になるぜよ、山崎先生。
(つづく)2019/10/16




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小型手製爆弾が初登場
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)10月15日(火曜日)
         通算第6235号  
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 10月13日から14日未明にかけて、香港は新しい段階に入った
  小型手製爆弾が初登場。警察はペパーガン使用を許可
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 香港の民主化要求デモ、武闘は新段階に入った。
 警察車両そばの路上で、スマホの遠隔操作によるとされる、小型の手製
爆弾がさく裂し、テロ戦争の様相を帯びてきた。また警官の首を後ろから
ナイフで切りつけるテロ行為が発生し、警察側はこれまで使用を控えてき
たペパーガンを認めた。
武闘派との衝突に備える武装の強化と戦術のエスカレーションだ。

 習近平は前日、訪問先のネパールで「背骨をへし折り、身体を粉々にす
る」と、香港の反政府運動を念頭にしての威嚇発言を行った,

 穏健派と過激派は、この日を境に鮮明に別れたとみられる。
 穏健派は高さ四メートルの民主女神像を、九龍半島側に聳える海抜五百
メートルの獅子山山頂に立てた。香港のシンボルにする。政庁に近い
チャーター・ガーデンでは13万人の集会が開かれ、覆面をつけて「覆面
禁止法」に強く抗議した。なかには子供連れ、ファミリー参加者もいた。

 武闘派は香港市内18ケ所で警察署、銀行ATM,親中派商店などを襲
撃、破壊した。
とりわけ旺角の警察署付近の警備車両を狙って小型爆弾がさく裂し、幸い
死傷者はいなかったものの、「テロ戦争」の幕開けを告げた。

 小型爆弾は遠隔操作で、スマホから起爆命令をだす。警察発表によれ
ば、「香港では手に入らない材料が使われている」。
 爆弾製造のレシピはSNSで広く知られているにせよ、材料入手をどう
したのかが問題となる。

もし今後も継続的に爆弾が使われるとなれば、香港政庁は夜間外出禁止令
を発動するなど、次の対抗策に出ざるを得なくなるだろう。

    
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  読者の声  どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS
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(読者の声1)「香港民主化問題に思う」
中共の対策としてまず考えられるのは、天安門方式の武力制圧だ。共産党
の見方は、暴力弾圧は池に岩を投げ込むようなもの。当座は大波紋を起こ
すがやがて鎮まってしまうという極めて冷笑的なものだ。
 
しかし時代は変わっている。
天安門事件当時の指導者はトショウヘイ等の革命世代だった。彼等は戦前
戦後、国民の大虐殺をやってきた。だから民主化したら、報復で必ず国民
に吊されるという恐怖があった。それがあの2.5万人を虐殺した天安門大
弾圧の決断になったという。

 今はどうか。
中共の固有生産量は4億人といわれているから、10億人の過剰人口を抱え
ていることになる。この食糧を輸入しなければならない。そこで輸出のた
めの海外市場は不可欠だ。そこで国際社会の池の水が鎮まるまでには何年
もかかるからそれまでに国民の米寄越せ大暴動が発生するだろう。人間は
2週間で餓死する。そして今は毛沢東時代とは変わり情報化時代だ。食糧
価格が暴騰すれば国民は黙っていない。
 支那の近代史をみると、百年前の1920年代にはまだ太平天国の乱の参加
者が生きていた。中共の軍人で戦後毛沢東に意見を述べて失脚した彭徳懐
は親戚の老人から当時の話を聴いていたという。
支那の歴史は長大であり、沢山の歴史物語がある。毛沢東の中共もその一
挿話にすぎない。従って何が起こるか分からないが、ただヘラクレイトス
が述べたように「万物は流転する」の大原則は変わらない。
1991年にソ連が滅びた。次が中共の番であることは間違いない。
  (落合道夫)

  ♪
(読者の声2) 韓国の法務大臣がいまごろ辞任しましたね。スキャンダ
ルだらけの一家と批判されていましたが、韓国では、パワーの座を得た人
物は、その家族、取り巻きが特権にありつくのは当然のこととされます。
歴代大統領はみなそうなっていますから。
 ということは辞任するなどと、この法相にはいくばくからの「良心」が
あったのではないか。
   (DH生、神奈川)

  ♪
(読者の声3)台風19号、各地にもの凄い惨禍をもたらしましたが、富
山在住の小生にとってのショックは北陸新幹線が止まったこと。長野と糸
魚川間が被災したばかりか、車両基地が水没し、車両の三分の一が動かな
い。おそらく錆などで、電気系統が動かないでしょうから廃車になりす。
 
宮崎さんは金沢生まれだそうですから、状況はよくお分かりになるとお
もいます。富山に飛行機の臨時便も飛んできておりますが、新幹線です
と、大きく迂回して米原経由を強いられ、ビジネスの効率がさがってしま
うので、早い回復を期待しています。
   (O生、富山市)


(宮崎正弘のコメント)半世紀ちょっと前、小生が受験のときは夜行列車
で11時間、朝、上野に着きました。便利になったものと思いました。
その後、米原経由で新幹線を使うようになりましたが、米原から「こだ
ま」に座れたことは一度もなかった。

田中角栄の鶴の一声で、「ひかり」が米原に停車するようになり、便利に
なったと思っていたら、こんどは北陸新幹線開業。東京―金沢が三時間で
結ばれるようになり、夢のようでした。
人間はいったん便利性を得てしまうと、昔のことは忘れてしまうのですね


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★日本が復活できない【根本的】理由
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伊勢雅臣


北野です。

モスクワを離れ、28年ぶりに日本に戻り、考えることは、
「どうすれば、日本国を復活させることができるかな?」
ということです。


「君がため 捨つる命は 惜しまねど 心にかかる 国の行く末」
(坂本龍馬)


●世界が称賛する日本人が知らない日本2

「和の国」という“根っこ”です。

伊勢先生は1980年代初め、4年間カリフォルニア大学バー
クレー校に留学されていました。

そこで先生は、同じアメリカ人でも老人層と青年層で全然
違うことに気づきます。


<米国の老人は陽気で気さくだった。初対面でも満面に
笑みを浮べて話しかけてくる。単に陽気なだけでなく、
親切で思いやりがあり、
しかも守るべき礼儀はきちんと守っている。

いかにも大国民という風格があった。
米国の壮大な公共建築とか高い生活水準など物質面でも多
少気おされたが、それ以上に、こういう立派な人柄を持った
人と次々に出会って、やはり世界の大国と言われるだけの
ことはあるな、と思ったものである。

老人は、すばらしい人たちだったのですね。
では、アメリカの若者はどうだったのでしょうか?
しかしその後、大学で同級生たち青年層を知るにおよんで、
これが同じ国民かと驚いた。

彼らは親の世代に比べてユーモアや余裕に欠け、
礼儀正しさや思いやりの深さもだいぶ劣る。
大学でもひたすら勉強してよい成績をとり、給料の
よい職につきたいという姿勢が目立つ。
ほんの一世代で人間のスケールが非常に小さくなったとい
う印象を抱いた。

なぜ、一つ世代が違うと、こうも人が変わるのでしょうか?

伊勢先生は、アメリカ自体が大きく変わったからだろうと
推測されました。


<一九八〇年代の老人が青年、あるいは現役世代だった頃、
すなわち第二次大戦後から六〇年代にかけて
米国は文句なく世界一の国力を誇っていた。

その軍事力によって世界の平和を維持し、
その経済援助で多くの国々を助けていた。
米国流の民主主義は理想的制度と持て囃され、

アメリカン・ウェイ・オブ・ライフは世界中の人々のあこ
がれであった。
こういう時代に青年期、壮年期を過ごした米国の老人たちは、

非常な誇りと使命感とを持ってそれぞれの人生を送ってき
たに違いない。自分は米国のために尽くし、
米国は世界人類のために尽くしているのだということを素
朴に信ずることができた時代であった。>


では、若者世代に何が起きたのでしょうか?

70年代になると、もはやアメリカは、「世界ナンバー1」
といえない状況になっていきます。

<しかし七〇年代以降、米国の国力は急速に衰えていく。
軍事力ではソ連に追い抜かれ、
経済面では日本の輸出攻勢で受身にまわってしまった。

ある教授が私にこう言ったことがある。

「日本人が我々より良い車をつくれるという事実を認める
ことは非常につらいことだった」と。
自分たちの国に対して自信を失っただけではない。

ベトナム戦争で国家に対する不信感を持つようになったの
である。国が悪いことをしているのなら、いくら我々が
国のために尽くしても意味がないではないか、と。

青年たちの心から国家への信頼が消えるとともに、
誇りも使命感も消え、人生は金を儲けて個人的幸福を
追求する場になってしまった。>


ところが、アメリカは、その後元気になっていきます。
80年代から復活しはじめ、
90年代になると、冷戦が終わり、世界唯一の超大国に返り
咲いた。経済面でも、IT革命を主導。

私たちの生活を一変させたのは、「GAFA」やマイクロソフ
トなど、アメリカ企業です。
いったい、自信喪失のアメリカに何が起こったのでしょう
か?

▼レーガンがアメリカを復活させた

伊勢先生によると、アメリカを復活させたのはレーガンだ
そうです。

・レーガンは、一般人にしばしば電話していた。
・レーガンは飛行機事故でなくなったFBI職員の娘に電話し、慰めた。

・電車に轢かれそうになった盲人を救った人が、就職でき
るよう支援した。

・おもちゃ会社の社長に電話して、
「この国を現在のような偉大な国としてきたのはまさにあ
なたのような人々の力だ」と励ました。

なんというか、庶民に優しい大統領ですね。

そして、非常に大事なことは、レーガンが「ベトナム戦争
の意義」を肯定的にとらえなおしたことでしょう。

アメリカが「自信喪失」になった大きな理由は、「ベトナ
ム戦争」に負けたことです。

いえ、負けただけでなく、「あれは間違った戦争だ!」と
いうコンセンサスができてしまった。

要するにレーガン前のアメリカは、「自虐史観」に陥って
いたのです。

しかし、レーガンは、こう語りました。

<それは、結局は自由という大義のためだった。
その戦略は不完全だったとしても、
彼らはその任務のために尋常ではない勇気を示したのだ。


これ、日本の第2次大戦についてもいえるのではないでしょ
うか?私たちのご先祖様の戦争は、少なくとも日本の
独立をかけた戦いだった。

戦略が不完全で完敗しましたが。

それでも、私たちのおじいちゃん、おばあちゃんは、任務
のために尋常でない勇気を示したのです。

だから、日本は戦争で負けたとしても、

私の祖父が、日本を守るために戦い、満州で戦死した事実
には、感謝しています。

そして、レーガンは、もう一つ重要なことをいっています。

<すべてが終わった今日、我々が同意できるのは、
一つの教訓を得た、ということだろう。

それは勝てる見通しのない戦いにアメリカ兵を送ってはな
らない、ということである。>

これも、日本にあてはまりますね。

「勝てる見通しのない戦いに日本兵を送ってはならない」

アメリカは、なぜ復活したのか?

伊勢先生は、「根っこが元気になったからだ」とおっしゃ
います

「根っこ?」

国の「根っこ」とは何でしょうか?

<国家という共同体には「根っこ」が必要であり、

その根っこの健康状態によって、国民が元気になったり、
気力が萎えたりする>


アメリカの根っこは?皆さん、おわかりですね?
<「アメリカは自由の国である」というのが、

レーガン大統領が説いた
アメリカの「根っこ」だった。>

レーガンさんの前のアメリカは、ベトナム戦争の失敗で、
「自虐史観」に陥っていた。

それで、「自由の根っこ」が弱くなっていた。

しかし、レーガンさんのおかげで、根っこが元気になって
きた。

<こうしたスピーチを通じて、アメリカ国民の根っこは
元気を取り戻していった。>

レーガンさんの教訓はなんでしょうか?

「根っこ」を元気にすれば、短期間で国を復活させること
ができる。
その為には、まず「日本の根っこ」を知らなければなりま
せん。私たちは、その根っことのつながりをとりもどし、
令和を「大復活の時代」にしようではありませんか。

その一歩として、伊勢雅臣先生の新刊を是非ご一読くださ
い。

日本の「根っこ」は何で、それはどのように生まれ、育っ
てきたかがわかる名著です。

政治家の方は、この本を読んで、「根っことのつながりを
取り戻す改革」をしてください。

経営者の方は、「根っことつながる経営」をしてください。

お母さんたちは、日本の根っことつながった子供たちを育
ててください。




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重 要 情 報
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◎日本国憲法の自己矛盾:北村維康

戦後占領軍によって大々的に作られ、日本に押し付けられ、その後一回も改正されてないもの、それが日本国憲法である。それは憲法と言ふ名は着いてはゐるが、実は憲法に値しない、日本を搾取し、占領軍のためにだけ役に立つ、「憲法真理教」といふ一種の宗教なのだ。然しながら、それの第三章第20条に、このやうに規定してゐる。


第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保証する。如何なる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

 しかし、日本国憲法そのものが実質的には「憲法真理教」といふ宗教であるのだから、それが幅を利かして教育界にも権力を行使してゐることは、それは大きな自己矛盾である。その矛盾を放置したままでは、例へば北朝鮮が国民を拉致し、または中国が尖閣諸島に領海侵犯しても、効果的な対策を建てることが出来ない。安倍首相も、憲法改正の掛け声だけは勇ましく、また拉致問題の解決は第一優先課題だと仰る割には、何の効果も見えてこない。それは、上記の矛盾を解決しないからだ。

これら二つの問題は、いずれも待ったなしの焦眉の急のものばかりである。

当世、日本の風潮は、宗教の押し付けを極端に嫌ふ。ならば、「憲法真理教」の押し付けに対しても、国をあげて猛然と反発しなければならない筈だ。以上

◎暴論かも知れないが、12都県の復興と復旧に:前田正晶


政府がどのような具体的な救済策を打ち出されるかなどは知る由もない
が、私の独自の暴論でもあるかと思う対策を考えてみた。

そこには、3.11の後で東北地方では再度の津波の襲来を防ぐ案として盛
り土をしたかどうかは知らないが、海抜の高い土地を造成してそこに住宅
や商業地を集約したと聞いた。今回の19号の大豪雨の為に全壊や半壊等の
家屋は1万数千軒に達したと報じられている。最早住めなくなった家のま
で呆然としておられる方の映像も見た。何と言ってお見舞いすべきか言葉
を知らなかった。報道によれば復旧するも何も、排水作業が進まないこと
には何事も始まらないとのことだった。

既に述べたことだが、被災地には先ず中層も何もコンクリート建築のア
パートのような建物は見えなかった。何れにせよ、排水や流入し蓄積され
た泥の始末がつけば、資金的な問題はさて措き住宅の再建が始まることだ
ろうと思う。だが、治山治水対策が十分に以下も速やかに行われていない
限り、在来工法の家を再建すれば、またまた超大型の台風が襲ってくれば
元の木阿弥常態になってしまうのではないかと懸念する。地球温暖化だけ
が再三襲ってくる異常気象の原因がどうか知らないが、この対策にはトラ
ンプ大統領をパリ協定に復帰させたくらいでは追い付くものでもあるまい。

そこで考えたことは勿論暴論だろうと承知で言うのだが、家を失われた多
くの方々にその土地に家を再建することを諦めて頂いて、(自分の土地で
あれば)その元々の土地を政府が買い上げて然るべき安全な土地に一気に
集合住宅を建ててしまうのだ。その区分所有はある程度はそれぞれの家の
土地の広さに比例はさせるのだが、最新鋭のアパートを建てるのだ。そこ
には土砂や水害が襲ってきても大丈夫なように高床式にでもして、電源等
の諸設備は水没しない階に置くことにするのだ。駐車場も地下は避けるの
だ。こうすれば、農地をお持ちの方はそこから通われれば良いと考えている。

こんな事でも試みてこない限り、何度でも同じような台風による災害が生
じるだろう。私はその前にやるべき事として、体育館のようなような場所
に避難させずに済むような役場乃至は公民館的な施設を設けておくべきだ
と考えている。だが、これだけでは間に合わないと思う。それは「万が一
の事態に予め備えて、膨大な数の仮設トイレを準備しておくべきだと思
う。これは嘗てイラクでフセインに人間の盾として人質にされた経験があ
る商社マンが聞いた「これ以上切実な問題はなかった」という話にも基づ
いている。「風呂に入りたい」どころの問題ではなかった非常に悲惨なこ
とだったそうだ。

私は3.11以降何年が経過したかが政府には未だ良くお解りではないよう
だと憂いている。地方では何ら改善された具体策が講じられていないでは
ないか。体育館の大勢の避難民を寝かせて、段ボールの仕切りをしたり
ベッドを設けることが対策かと言いたい。縦割り行政とか地方自治がどう
したという問題ではあるまい。対策として何をどうやるべきかは、これま
でに被災した地方の自治体は良くお解りのはずだ。解っているのだった
ら、速やかに予算措置を講じて動き出すのが政治ではないのか。メロンを
贈ったとか贈らないとかで時間を空費している時期かをよく考えて欲しい。


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身 辺 雑 記
━━━━━━━

東京湾岸は曇天続き。

                  読者:6003人




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創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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