政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針5177 号  2019・9・24(火)

2019/09/24


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 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5177号
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       2019(令和元年)年 9月24日(火)



           香港の各地、各駅でまた衝突:宮崎正弘

            「しょっつる」は苦手?:渡部亮次郎

     国柄探訪: 「お陰様」と「おもてなし」:伊勢雅臣
           
                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記

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香港の各地、各駅でまた衝突
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)9月22日(日曜日)弐
         通算第6205号 
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香港の各地、各駅でまた衝突。商店街はシャッター通り
  店じまい、海外逃避。親中派の行動に民主過激派も戦術を変化。
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9月21日土曜日、またも香港は荒れた。本日(9月22日)は日曜、
もっと荒れるだろう。

発端は「元朗」駅だった。元朗は新界の西北端、市内中心部から地下鉄で
も40分から50分かかる。大規模なベットタウンが拓け、日曜日は近く
の公園、レストランに人が溢れる。

早朝から「香港清潔運動」と称して、「レオンの壁」に書かれたビラやポ
スター、メッセージを剥がす(つまり民主派の主張を消し去る)作業をは
じめた。18ケ所で、3万人が参加したと主催者は発表したが、実情は惨憺
たる参加人数だった。

「香港清潔運動」は元朗から、港のある「屯門」にかけてテレビカメラを
呼んでの演出に近い。

呼びかけ人の立法委員は親中派の代表。清潔運動は香港の十数のMTR駅
での集合が呼びかけられ(おそらく日当がでて、親中派が動員された)、
しかし各地で集まったのは十数名。それも付近の住民が、作業開始ととも
に、飛び出してきて、清掃隊に「帰れ、帰れ」の怒号。「なんだと、ゴキ
ブリめ」と罵り合いが続いた。立法議員が異動すると、動員組もそそくさ
と帰った。

元朗の地下駅には大規模なショッピングモールがあり、早朝からレストラ
ンが営業している。元朗から地下鉄で15分ほどの「屯門」駅もフェリー乗
り場とバスのターミナル、軽鉄駅(都電のような電車が付近を縦横無尽に
走っている)をつなぐショッピンモールに付近の住民が朝飯を食べに来
る。じつは筆者もこの中で食事したことがある。支払いはスマホ、もしく
はオクトパスカード(日本のスマホ、スイカ)だ。

21日午前、民主派の学生、若者、シンパは元朗と屯門のショッピング
モールのロビィに集まり始めた。彼らは5本指を立てた手を挙げる。同士
の合図である。

普通選挙実施など5つの要求、すべて実現するまで運動を続ける(五大訴
求、欠一不可)という意思表示である。

清潔運動がレオンの壁のポスターを剥がすと、かれらはすかさず修復し、
あたらしいメッセージを書き込み、にらみ合い、罵り合いが続いた。

それにしても何故「元朗」駅だったのか。
 
7月21日、この駅で白シャツを着込んだ暴力団(マフィア)が、デモ帰
りの民主派を襲撃し、多数のけが人を出した場所だからだ。被害者は9月
9日に集団訴訟を起こした。そしてこの日をターニングポイントに民主派
の一部が武装闘争を始めるのである。だから、香港の民主派としては一種
象徴的な舞台なのだ。


 ▲香港―ロスの飛行機代金が153ドルという投げ売りも

集会とデモが禁止されるようになって、集合場所が各地のショッピング
モールとなり、当初は歌声大会だったが、付近に警官が現れると武力衝突
にエスカレートすることが増えた。しかも随所で、親中派が劣勢、催涙弾
やゴム弾、民主派の武闘などで大きな被害を受け、生活に支障がでている
のに香港市民は民主運動の味方である。

さて香港経済の第2四半期、GDP速報は0・6%。過激化した7月から
の第三四半期の速報はまだ出ないが、たぶんマイナス2%から3%であろ
う、と予測されている。

なにしろ旺角からチムサーチョイ(香港の歌舞伎町)にかけて商店街は
シャッター通りと化した。店じまいして海外逃亡もいれば、廃業してレン
タルに出す店舗。目抜き通りのビルの1階までが「テナント募集」となっ
て、景気悪化の実態を晒している。

 7月の観光客は520万人で例年比の4・8%減だったが、8月は40%の
激減となった。武力衝突が頻発し、火炎瓶と催涙弾が飛び交い、外国人
ツーリストは香港行きを躊躇った。

航空機はガラガラ、ついに香港―ロスアンジェルス間の運賃は153ドル
という安売りがでた。

ブランド店、土産店は何処も閑古鳥、それでも民主運動の非難をする香港
市民が少ない。異様と言う他はない。
      
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1959回】             
 ――「浦口は非常に汚い中國人の街だ」――徳田(14)
徳田球一『わが思い出 第一部』(東京書院 昭和23年)

             △

「はじめての外國行きだものだからすつかり有頂天になつて」いた時から
僅かに3年後、「渡政」は基隆で大立ち回りの末に自裁して果てた。
それだけに「はじめての外國行き」に際して見せた「有頂天」が微笑まし
く、だからこそ余りにも哀しい。

この時の上海で徳田は少なからぬ中国共産党員と交流しているが、当時を
回想して「いま私の念頭に浮び出してくるのは第一に同志劉少華であ
る」。中国総工会書記で「廿四、五歳の青年であつたと記憶する」。活発
で理路整然としていて「その後、あの時代にあつた同志たちが没落したに
もかかわらず、彼は現在も中共首腦部の一人として延安で活動しているこ
とが報告されている。あの時から異彩をはなつていたのか決して偶然では
なかつたと思う」。

劉少奇であろうはずを「同志劉少華」と綴る。単なる記憶違いとも思えな
いが。

「第二に印象に殘つているのは蘇兆徴である」。「好男子で、そして温順
で、親切な男」、「中國革命の中での大ストライキの組織者であり」、
「いくたびの大戰亂にさいしての勞働者の組織者」で、「どのような困難
にもすこしも動揺せず、これを乘り切つた氣魄と勇氣の持主であつたこと
に感動する」。

「革命運動がいかに人間の性格と行動までも變化させるかを痛感する」
と、ベタ褒めだ。そう言うアンタはどうないだい、と半畳を入れたくもなる。
「第三に思い出すのは陳獨秀である」。日本留学経験者であるだけに、上
海在住時の「會談のすべては彼が通譯をつとめてくれた」という。

「彼は自分でもよくいつていたが日本人によく似ていた」。北京大学の教
授であったが、「樣子は少しも大學?授らしいところはなく勞働者の着る
木綿の長い上衣をつけて、勞働者風の鳥打をかぶつたり、また無帽のこと
もあつた。だからだれが見てもインテリゲンチャだとか、上海でよくみる
だらけた金持ちとはまるでちがつていた」。「一九一七年のロシアの大革
命を轉機として共産主義義(者?)になり、ついに上海で共産黨を創設す
るにいたつたのである」。

「普通の状態のときは良い働き手」だが、「いつたん困難な危機に際會し
た時には、やはりインテリゲンチャとしての弱さ」が出てしまう。共産党
員としての任務を怠り、「反革命化した國民黨の上層部に引きずられて勞
働者、農民の鬪爭を制限しはじめた」り、「自由を捨てて、まつたく汪兆
銘の小ブルジョワ的な政策に屈服した」り、とどのつまり「黨から脱落
し」て行った。

ところで上海での工作が順調に進んだことからコミンテルンから派遣され
ていた「同志ヘラーのまねきに應じて、中國人も、朝鮮人もわれわれも、
ソヴエト同盟の同志たちと晩餐をともにすることになたつた」という。
女性4、5人を交えて総勢30人ほどで、「みんな隔意なく革命の思い出や
各國の情勢や、珍しい習慣などについて話し合つた」。質素な晩餐だった
が、「とくに選んだのだろうウォツカが用意されて、その他の酒はでなか
つた。これば(は?)ソヴエト同盟の味あう特色とでもいうような感じが
した」とのことだが、「食事がすんだころはみんな陽氣になつて、お國自
慢の俗謡まで歌い出した」という。

まことにケッコウなことだが、徳田ら日本人の唱った「お國自慢の俗謡」
はなんだったのか。中山歌子の歌う「船頭小唄」が大流行したのが
1923(大正12)年。これを演歌師の鳥取春陽、田辺正行、木津豆千代、高
橋銀声などがカバーし、松竹で映画化されている。

「船頭小唄」が大流行している最中の同年9月に関東大震災が起こり、こ
の年の末に徳田らは「第一次共産黨事件の入獄から解放され」、その後に
上海に向かっている。

かりに上海でソヴエト同盟や各国の同志を前にウオッカに酔ったトッキュ
ウと渡政が「おれは河原の枯れすすき・・・」と唱っていたら・・・
超革命的で面白いのだが。
            
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 読者の声  どくしゃのこえ  READERS‘ OPINIONS
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(読者の声1)米国は対中強硬路線のトランプのはずなのに、ソロモン諸
島、キリバスが台湾と断交し、米国の神経を逆なでしています。どうやら
ジョン・ボルトン補佐官解任を境にしてサウジの石油施設が攻撃され、南
太平洋諸国が中国に接近。トランプ外交は戦略的思考を失ったのではない
かと危惧されます。
桜井よしこ女史も長谷川幸洋氏も、同様なコラムを書いていますが、この
点は如何でしょう。(DF生、大宮)


(宮崎正弘のコメント)米中貿易摩擦の交渉事と解決予測に米国メディア
は集中しており、肝腎な外交、安全保障議論が遠のいた観があります。貿
易戦争は、中国で物価上昇、不況と悲鳴の度合いは米国より高いようです
が、なにしろ情報が管理されているので庶民の不満は聞こえない。
 米国は高関税収入分を、農家への補助金に宛てている始末。

トランプのあたまのなかは、再選しかなく、前回、辛勝だった中西部から
南部の農業州が大豆、トウモロコシの輸出撃滅となって、あろうことかバ
イデン支持に逆転されており、焦りがあります。

中国の農業視察団は予定をキャンセルして帰国する有様でした。

外交の補佐役だったボルトンがホワイトハウスを去って、いったい誰がト
ランプに諌言できるのか、不安が増していました。

ようやくオブライエンが大統領国家安全保障担当補佐官(国務省高官。人
質担当特使)に指名され、ポンペオ国務長官との意思疎通は良いという。
またポッテンガー(アジア上級部長)が副補佐官と決まりました。

オブライエンは官僚出身ゆえに政治能力は未知数で、むしろポッテンガー
は対中強硬派、海兵隊からウォールストリートジャーナルの中国特派員、
中国語に堪能で保守層の受けも良く、なんとか「ボルトン不在」の外交空
白を恢復出来そうな気配です。


  
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「しょっつる」は苦手?
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      渡部 亮次郎

「しょっつる」は秋田の冬を代表する名物鍋。標準語でいえば「塩汁」。
秋田弁では「汁」が「つゆ」になり「つる」に訛る。ただし私の生まれた
旧八郎潟沿岸では材料の海魚が獲れないから「しょっつる」は造らない。

だから、おかしな事に秋田生まれの私が「しょっつる」を初めて食べたの
は40歳を過ぎてから、秋田市川反(かわばた)の料亭だった。もう塩辛も食
べられるようになっていたから結構、「美味い」と思った。

「しょっつる」の「汁」だけは瓶詰めで東京・日本橋「三越」でも売って
いて、向島(下町)生まれの家人が好物のようで、冬になると「東京しょっ
つる鍋」を食べる。秋田では名物ハタハタを使うが、無い時は適当な魚を
入れる。

「しょっつる」は秋田の冬の名物、伝統的にはハタハタで作る魚醤。現在
作られている「しょっつる」はハタハタに限らず色々な魚で作られてい
る。ハタハタ料理にも付き物。

一般的にはハタハタもしくはタラと豆腐、長ネギと一緒に鍋で煮る
「しょっつる鍋」が有名。「きりたんぽ鍋」など、他の料理の味付けにも
用いられ、ラーメンのスープに(特に隠し味として)使われる場合もある。

創作和食の店ではドレッシングや付けダレなどに混ぜる(いずれも隠し味
として)などの工夫も見られる。

しょっつる=魚醤は魚を塩とともに漬け込み、自己消化、好気性細菌の働
きで発酵させて出た液体成分が魚醤。黄褐色〜赤褐色、暗褐色の液体である。

熟成により、特有の香りまたは臭気を持つが、魚の動物性タンパク質が分
解されてできたアミノ酸と魚肉に含まれる核酸を豊富に含むため、濃厚な
うま味を有しており、料理に塩味を加えるとともに、うま味を加える働き
が強い。また、ミネラル、ビタミンも含んでいる。

日本では、近代的な食生活において、塩分濃度が高く風味が独特な魚醤
は、醤油やうま味調味料の普及により一般家庭での使用は減っているが、
いくつかの地方には魚醤を用いる文化が残っており、郷土料理などに利用
されている。

主なものでは、秋田で「しょっつる」(塩汁)のほか、能登で「いしる」
(魚汁)、香川で「いかなご醤油」が製造され、地元を中心に使用されて
いる。この他1990年代後半ころから伝統的製法とは異なる製法が開発さ
れ、商品が製造販売されている。

そのひとつに「ほっけ醤油」がある。北海道・寿都(すっつ)町 北海道
日本海、寿都名産のほっけを塩漬けにし、じっくり自然発酵させた天然発
酵・本醸造の調味料(魚醤)。

ほっけ醤油「寿都のだし風」は地元商工会・寿都水産加工業組合所属メー
カーで組織する寿都魚醤醸造委員会が立ち上げ、製造販売している。ほっ
け醤油を使った各種一夜干しなども販売。また、伊豆諸島でくさやを製造
する際に用いられるくさや液も魚醤の一種であると考えられる。

アジア、特に東南アジアの沿岸部を中心に、日本、中国なども含め、いく
つかの文化圏で用いられており、特にタイをはじめとする東南アジアで
は、塩を除けば、ほぼ唯一の塩味の調味料で、非常に多くの料理に用いら
れる。また、これらの文化圏の中には、なれずしを作る伝統を残している
地域もある。

東南アジアでは、タイのナンプラー、ベトナムのヌックマム(ニョクマム
とも) が世界的に有名である。他にも、フィリピンのパティス(patis)、
カンボジアのトゥック・トレイ、ラオスのナンパー(nam paa)、ミャン
マーのンガンピャーイェー(ngan-pya-ye)、インドネシアのケチャップ・
イカン (kecap ikan) などがある。中国の広東省やマカオの魚露(ユーロ
ウ)も地元で広く使われている。

これらの言葉はおおむね「魚の水」という意味である。福建省福州で?露
(キエロウ、1文字目は魚編に奇)といい、厦門のケチャップ(鮭汁)の
「鮭」と同じく塩辛を意味する語と、「露」を組み合わせている。


歴史的には、古代ローマにおいてもガルム(ラテン語: garum)と呼ばれ
る魚醤が使われていた。現在でもアンチョビーペーストやサーディンペー
ストがある地帯は、かつてはアンチョビやサーディンの魚醤油が使われて
いた痕跡である。

ケチャップは、トマトから作られるトマトケチャップが有名になっている
が、ケチャップの語源は、福建省や台湾の「鮭汁」 (kechiap) という魚
醤をさす言葉であるとする説が有力である。

もともとの製法は地域によりかなり異なっており、生の魚を塩漬けにした
り、干物にして用いるもの、特定の魚種だけを使う場合や網にかかった魚
をみな使う場合、オキアミなどを原料とする場合がある。

基本的に、用いる魚の種類によって、大きな魚の場合には内臓、頭、ヒレ
などを、アンチョビなど利用価値の低い小型の魚の場合には、丸ごとを用
いる場合が多い。

原則として、魚を大量の塩とともに漬け込み、そのまま数ヶ月以上発酵さ
せる。熟成が進むと、魚の形が崩れ、全体が液化してくる。その液化が進
んだものを、漉して用いる。

熟成の度合いは地域によって異なり、熟成度が少なく、魚の香りの強いも
のから、熟成が進みチーズのような発酵した匂いが中心のものもある。魚
と塩だけで熟成させるものの他に、これに野菜や香草類を加えて味を調え
るものもある。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008・11・11




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国柄探訪: 「お陰様」と「おもてなし」
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■1.「これを見て貰う以上に、言うべき言葉はない」

 オリンピックやサッカー・ワールドカップと並んで、世界三大スポー
ツ・イベントとされるラグビー・ワールドカップが始まった。国内各地で
各国選手を迎える歓迎ぶりが、世界で反響を呼んでいる。

 日本代表との壮行試合に41−7で勝利した南アフリカ代表は、次なる
キャンプ地、鹿児島市へ。公開練習に約5000人も観客が詰めかけ、メディ
ア関係者のMatt Pearce氏はその光景をピッチから撮影し、ツイッターで
こう発信した。[1]

__________
 鹿児島での公開練習で大変な群衆。熱く、惜しみない歓迎が続く。天気
と同じくらい熱い!(拙訳)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ウェールズ代表がキャンプする北九州の商店街ではチーム旗が飾られ、
「ウェールズ代表を応援しよう」と書いた幟(のぼり)が立てられた。小
倉城天守閣はチームカラーの赤でライトアップされて、選手からも「ファ
ンタスティック」などの感激コメントが寄せられた。9月16日のミクニ
ワールドスタジアム北九州での初の公開練習では開場以来最多の1万
5300人の観客が集まった。

 さらなるサプライズは、選手がグランドに出てくる際に、観客がウェー
ルズ国歌「Land of My Fathers」(「父祖の土地」)を斉唱して迎えたこ
とだ。続いて応援歌でもある賛美歌「Calon Lan」。チームの公式ツイッ
ターではその光景をビデオで撮って、「これを見てもらう以上に、言うべ
き言葉はない」と感激を伝えた。

 各国代表をその国の国歌で迎えるのは、ラグビー元日本代表主将・廣瀬
俊朗氏の発案で、出場20カ国のカナ付き歌詞カードが公開された。廣瀬
さんは「きちんとその国の言葉で話ができなくても、その国のアンセム
(国歌)を歌えば心が通じる」と語っている。[2]

 その言葉通り、元代表キャプテンのライアン・ジョーンズ氏は公開練習
後、「これまでのラグビーキャリアでこのような経験をしたことは一度も
なかった」とメディアに感動を伝えた。

 それにしてもなぜ、日本人はこれほど「おもてなし」に心を籠めるのだ
ろうか? 海外からの賓客を歓迎するのは、どこの国民でもするが、その
際の心の籠め方が、日本人の場合はレベルが違うように思う。それが外国
人を感激させるのである。


■2.「おもてなし」と「サービス」の違い

 山村明義氏の近著『日本人はなぜ外国人に「神道」を説明できないの
か』[3]で、日本のおもてなしと欧米のサービスとの違いをこう述べている。

__________
欧米のキリスト教社会の「サービス」は、「私」と「あなた」、つまり個
人と個人の関係をハッキリさせた上での「行為」です。 一方、「おもて
なし」は、「私」が「あなた」に「成りかわる」ことによって相手への好
意を表す日本独自の「好意」なのです。
・・・〈「私」と「あなた」は違う〉という視点に立つのが「サービス」
で、〈「私」と「あなた」は同じです〉という視点に立つのが「おもてな
し」なのです。[3, 20]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 相手国の国歌を斉唱するのは、まさに相手の身に「成り代わって」相手
が喜ぶことを行い、相手が喜べば自分もまた喜ぶ、という相手との一体感
が、「おもてなし」の基本のようだ。この発想は神道から来ている、と山
村氏は指摘する。


■3.「お客様は神様です」

 「お客様は神様です」とは演歌歌手・三波春夫の口癖だったが、神道に
おいてはこれは譬喩ではない。日本の神様は時々遠方からやってくる「お
客様」であった。『神道大事典』はこう解説している。

__________
 奈良時代に神社が成立することによって、神社に神体が安置され、神が
常住するという考えが現れてきたが、それ以前は祭儀にあたって山や海の
彼方といった他界から神を招き降ろし、祭儀が済めば神を送るのがつねで
あった。・・・
 山や海の彼方の他界から訪れ、穀物の豊穣や幸福をもたらし、また戒め
を与えて、人々の生活を安泰にすると信じられている。[4, p94]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 民族学、国文学の大家であり、神道家であった折口信夫は、このような
神を「まれびと」と呼んだ。「希(まれ)」にしか来ないからである。菅
野覚明・皇學館大学神道学科教授は、次のように解説している。

__________
神さまは第一義的にはお客さまなのであるから、当然のことながら丁重に
おもてなしをし、上機嫌でお帰りいただくのが神さまとのつき合い方のイ
ロハである。神さまは客であり、人と神との交流は基本的に接待である。
この接待のことを、お祭り(祭祀)と呼ぶ。
お祭りに酒やごちそうがつきものなのも、祭祀が接待であるということと
関係している。祭りは接待の宴会である。というより、今日の日本人の接
待文化や宴会好きの起源が、そうした神さまのお祭りにあるといってもよ
いのである。[5, 62]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■4.荒魂と和魂

 観客として、遠方からやってきた外国の選手と一体感を持っておもてな
しをするのは良いが、自国の選手と試合をする場合はどうなのか。試合に
は敵味方があり、勝敗がある。これでは相手との一体感を保てないのでは
ないか、と疑問が湧くが、山村氏は名著『神道と日本人』の中で、こう説
明する。

__________
武道や神道では人間の「魂」は、その時々によって、姿かたちをかえる、
とされている。人が怒ったとき、あるいは戦うときの魂が「荒魂(あらみ
たま)」であり、その一方で、普段の柔和な生活を送っているときの魂
は、「和魂(にぎみたま)」と呼ばれる。[6, p143]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 相手チームを迎える時は「和魂」で相手と一体となり、心を込めた「お
もてなし」をするが、いざ試合になると「荒魂」を振るい起こして、全力
を尽くさなければならない。「闘魂」とか「敢闘精神」とか「一球入魂」
などというのは、この類いであろう。しかし、神道では、勝負が終わった
ら「荒魂」から「和魂」に戻さねばならないと教える。

__________
 神道や武道では、「荒魂」を呼び出すことを「振る魂」といい、「和
魂」に戻すことを「魂鎮(たましず)め」と呼ぶが、日本の神道では、こ
の双方を合わせて「鎮魂(法)」と呼ばれている。[6, p143]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 山村氏は明治神宮武道場「至誠館」の第三代館長・荒谷卓(あらや・た
かし)氏の次の言葉を紹介している。荒谷氏は陸上自衛隊では初めての
「日本版の特殊部隊」と呼ばれた「特殊作戦群」の初代群長を務め、鹿島
の太刀、合気道六段の武道の達人でもある。

__________
戦場に慣れてしまうと、普段の生活に戻れず、戦場を転々として歩く。あ
るいは逆に、荒魂を呼び出せずに、恐怖に怯えて精神病になる人もいる。
必要なときには荒魂のはたらきを強くし、不必要なときには和魂で暮ら
す。本当のプロの軍人とは、そういう"魂の管理"ができる人たちです。
[6, p144]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ラグビーでも「ノーサイド」と言われる。戦い終えたら、敵味方はな
く、同じ仲間だ、という意味である。ラグビーはイギリス発祥の紳士のス
ポーツだが、イギリスの紳士階級は日本でいえば武士階級である。戦士と
しての振る舞いの理想を追求した騎士道と武士道が、同様の結論に辿り着
いたのも偶然ではないだろう。

 荒谷氏は、武道に関してもこう続ける。

__________
(武道の)試合が終わったあと、荒魂と和魂をちゃんと入れ替えて、それ
からまた協和状態に戻る。日本の武道では勝者にこそ、この精神が必要で
す。(スポーツなら許される)ガッツポーズが、日本の武道ではなぜ見苦
しいのか、というと、興奮を収められない人は、気鎮め(鎮魂)が出来な
い、ということを意味しているからです。[6, p145]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 和魂に戻らなければならないのは、試合の後には相手との和合で終わる
のが武道の理想だからだ。山村氏は語る。

__________
 武道を突き詰めて行くと、単に相手を倒す、あるいは負かすことを考え
がちですが、本当は自分が相手を包容し、調和と融合の世界にコントロー
ル(制御)して、相手に対して事を収めて終わる──ということに尽きま
す。[3, 283]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 この「調和と融合の世界」は、まさしく「おもてなし」の目指す所でも
ある。


■5.スポーツ選手はなぜ神社に参拝するのか

 スポーツ選手で神社に参拝する人は少なくない。愛知県大府市の「八つ
屋神神社」は女子レスリングの吉田沙保里選手がずっと通っており、男女
のレスリング選手の「金メダル神社」と呼ばれている。箱根の「九頭龍神
社」は「水の神様」を祀っており、水泳の萩野公介選手らが参拝した。男
子体操の内村航平選手も自分の住む地域の「草加(そうか)神社」によく
参拝していた。

 スポーツ選手が神社に参拝するのは「神頼み」なのだろうか? 山村氏
はその効用を次のように説明する。

__________
その人が参拝する神社では、自分のやり遂げたいと願う計画や目標につい
ても、神様の前で誓います。それが上手く行けば、今度は神様に感謝をし
ながら報告し、ときには「お祭り」を行います。まず自分が生かされてい
ること、あるいは努力できる環境にいることに「感謝」をしながら、神様
にまた祈るわけです。
 そうすると、今後は頑張って実践して行くうちに、ある程度の「成果」
が生まれ、自分がやっていることに対して自信や誇りがついて来ます。・・・
 そして自分に自信と誇りができると、また頑張ることができます。それ
を繰り返していくうちに、自分の目標は達成され、大きな成果を上げるこ
とができることになります。[3, 216]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 神社に参拝する時には、「金メダルをとらせて下さい」などと結果を神
様に頼むのではない。まず自分で「こういう目標に挑戦します」という
「誓い」を立てる。その目標に向けて練習に励み、その結果がある程度出
れば、神様に「感謝」する。結果が出なくとも、努力ができる環境に生か
されていることに感謝する。

 こういう誓いや感謝など、前向きの心持ちでいることで、自分の実力が
向上していく。


■6.神社参拝のPDCA

 興味深いのは、山村氏は神社参拝の効用を、経営学で用いられる
「PDCAサイクル」で説明していることだ。これはPlan(計画)-Do(実
行)-Check(評価、問題点の把握)-Act(問題点の改善)で、このサイクルで
自分の問題点を改善しつつ、次のより高いレベルのサイクルに移行すると
いう経営概念である。これを神社参拝に当てはめて、山村氏は次のように
説明する。

__________
日本人の神社での行いに置き換えてご覧になればわかることだと思います
が、「P」は目標への「祈り」や「誓い」、「D」は自らの「努力」と
「実践」、「C」は神様(上司)への「相談」と「報告」、あるいは「決
済」、「A」は「改善」と「実行」による最終的な「成果」や「勝利」と
いうわけです。[3, 242]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 山村氏の説明になぞらえると、神社参拝のPDCAとは次のように言い換え
ることができるだろう。

 Pray: 祈り Do: 実践 Consul: 相談 Appreciate: 感謝

 これは単なる語呂合わせではなく、「人間の意欲的な目標設定と、事実
に基づく合理的な反省こそが、進歩を生む」という人間心理の働きを現代
経営学は活用しているのだが、それを日本人は大昔から神社参拝で実行し
てきた、という事なのである。


■7.「お陰様」

 我々が普通、神社に参拝する時は、家内安全、無病息災、受験合格、商
売繁盛など、自分の生活での「現世利益」を神様にお願いすることがほと
んどだろう。それはそれで良いし、現実に神社でも「交通安全」など各種
のお守りが売られている。それは我々が自分自身の力を超えた神様がいる
ことを信じ、神への畏敬の念を抱いているからだ。

 一方、神主が祝詞(のりと)は神様に感謝することが基本だと、國學院
大學神道学専攻科で祝詞(のりと)の講師を務めている金子善光宮司(神
奈川県川崎市の中野島稲荷神社など七社)は教えている。

__________
昔の祝詞を見ると、あまり願い事をいっていません。なぜいっていないか
というと、やはり昔の日本人には"お陰様″という気持ちの方が強かったか
らだと思います。それは、昔は共同体全体が、"お陰様″という意識で神様
に向かっていたからだと思うのです。[6, p26]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 日本人にとって神様は「お陰様」と感謝する対象であり、また「まれび
と」としてやってきた神様には、心を込めて「おもてなし」をする。そう
いう時の人間の心は利己心から離れて、清く明るい心持ちになる。そうい
う生き方を我々の先祖は大切にしてきたのである。ご先祖様たちは、それ
が幸福への近道である事を知っていたのだ。
(文責 伊勢雅臣)

 
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重 要 情 報
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◎日韓関係が危険水域に達しているのは、政治外交に明るくない私でも感
じる。危ないなと思うことはこれまで何度もあったけど、これまでと多分
に違うのは、政治カードとしてでなく、むしろ庶民の間で韓国とは付き合
いたくないという感情がマジョリティになってきたからだと思う。

日本人が他国にこんなに強い感情を持ったのは、この数十年で初めてかも
しれない。ニュートラルに位置する人が減った。そのほとんどがNOの方に
入った。現在の政権に賛成してなかった人までも、NOに入っている。

私がそれを危惧しているか?日本人は実は振り子の幅が大きく、それまで
問題ない顔をしていても、ある時突然大爆発する。そうしたら最後。その
まま最後まで突っ走る傾向がある。それを考えると現状のベクトルは決し
て楽観出来ないが、成熟するためにはいつかは通らなくてはならない道な
のかもしれない。

ここは前向きに考えてみる。前向きとは言っても、日本は正しいの一辺倒
で現状の打破を考えるわけではない。かと言って韓国との関係を改善する
ために何を言われてもニコニコと応じろと言いたいわけでもない。客観的
に見つめたい。


日本が韓国を許せないのは、1965年正式にきちんと謝罪し国際的なルール
に則って条約を結び解決した問題を、韓国がその後何度も蒸し返し、それ
を政治カードや外交カードに使っている、その一点だと思う。もちろんそ
こから派生した問題は多々あるが、基本はここのみ。

日本人の美意識として、一度決まり自分も納得したことを、後になって愚
痴るのは美しくない。潔くない。みっともない。約束違反。ウンヌンカン
ヌン。

しかし、一つ考えて欲しい。私達日本人にそういう面はないか。子供の頃
からのことだから間違っているかもしれないが、日本人だって解決した問
題を後になって、「韓国は日本の残してきたインフラがあったから発展で
きた」「日本のお陰でここまでこれた」等々言っていたと思う。

私の周りの庶民だけでなく、政治家の何人がその手の発言をしてきたか。
相手が韓国に限らなければ、枚挙にいとまがない。あの戦争は負けたけれ
ども、日本がやろうとしたことは評価されているとか、日本の犠牲のお陰
でアジアは解放されたとか、何度聞いただろう。

正しいか否かは問題ではない。喧嘩両成敗と言うように、双方に言い分が
あり、片方が完全に正しいことはない。しかし、第二次大戦で負けた日本
は、負けた時点であの戦争について外で日本を肯定してはいけないくらい
の認識が何故ないのか、とても不思議に思う。

多分ここがドイツとの違い。ドイツはナチスという途轍もない化け物を抱
えていたから、その点は完璧に対応したと思う。一方日本は甘い。心のど
こかでやったことを肯定しているのは日本に限らず皆同じ。大事なのは言
うか言わないか。自分で言ってはいけない。

数々の政治家の失言があり、負けたくせに態度はでかい、幸か不幸か経済
的にも世界有数の国に成長した。これで責められないわけはないという認
識が何故なかったか。そこに日本の未熟さを感じてしまう。

付け入る隙は多々ある。実際韓国とは感情がもつれ、それが従軍慰安婦お
よび徴用工という具体的な形になり虚実ない交ぜに大きくなっている。そ
れら問題は今もまだ成長中。

ここまで問題が複雑化、深刻化してしまった今、単純に全てを肯定か否定
かで片付けられないが、従軍慰安婦および徴用工問題に関しては今後日本
はもう少し客観的に見つめた方がいい。相手の言うことを唯々諾々と受け
入れてはいけないが、感情的になったり、自分が正しいとただ言うだけで
は何もならない、

今の世界的流れを見た場合、Me too運動、セクハラ、パワハラ問題を舐め
てはいけない。正しいか間違っているかはメインストリームではない。こ
れらはある種、痴漢と同じ性格を持つ。痴漢という行為があったかないか
とは別のところで話は進む。

戦争という状況なんだから、そういう仕事があるのは当たり前なんて解釈
はかつては通じたが、今の世の中の流れには通じない。数年前、元政治家
が、そんなもの戦争中には当たり前にあるものだと言って、国内のみなら
ずあちこちから叩かれた時、同意見の私も驚いた。ポリティカリィコレク
トネスとはこのようなものかも。徴用工もきっと同じ。


これらの問題は裁判のように直接証拠を元に判決が下されるわけではな
い。状況証拠にもならない情状が大きく、また弱いものが贔屓される。決
して日本は楽観してはいけない。そのための活動は必要のはずだ。

日本が出来ないのがそこ。またこれも美意識が邪魔をするのかもしれな
い。男は黙ってじっとしていれば周りは理解してくれるし、自ずと結果が
ついてくるとか、世の流れとは真逆の精神的流れを私は危惧する。

もう一つ心配なのが、日本が韓国を苛めているように見られること。実際
苛められているのは日本だと思うけど、世間は韓国の方が弱いと思ってい
るから、十分その可能性はある。

さらに言うと、今の北と南の様子はおかしい。もしかしたら裏で繋がって
いるかもしれない。うまくは言えないが現状は余りにも不自然だ。日本の
マスコミも都合のいいようにしか解釈しない。この時点で可能性を排除す
る意味が分からない。政府もそうだとしたら、やはり日本は甘い。無知な
私の杞憂でありますように。(由喜)



◎ ◇◆◇写真映像情報網◇◆週刊AWACS 2019年8月18日◇◆◇◆◇

▼唸声一言/韓国の理不尽な反日は、日本は絶対悪との思考から

国際法も国家間の約束も日本が関わると一切守らないのは、全ては歴史問
題が優先するとの考え方が韓国にあるとのことを現在韓国でベストセラー
となっている「反日種族主義」の著者である李ウヨン氏が先日のプライム
ニュースで話していました。

李氏はジュネーブの国連欧州本部で「賃金の民族差別はなかった」と発言
した韓国人研究者でもあります。韓国人にとっては目の上のたん瘤でしょ
うが、実に冷徹なものの見方をしています。本当の韓国の愛国者です。

その歴史問題も日本は絶対悪で韓国は絶対善との前提にあることが全てを
おかしくしているとも。つまり、絶対悪にはウソでも捏造でも何らをして
も許されるとの間違った考え方があるのです。また、このウソ・捏造に日
本の良心的知識人、学者、マスコミが加勢しており、反日は日本からの輸
入も大きな要因としているのです。

慰安婦問題では朝日をはじめとして、政治家や学者が「従軍慰安婦」とか
「セックス・スレイブ」などの新語をでっちあげていました。ココにも反
日の原点があります。韓国はこんな部分にこそ、日本からの輸出規制をし
てもらいたいものです。

さて、理不尽な反日ですが、これを大統領自らがやっては、どうしようも
ありません。それも自身の支持率に政治利用するなど言語道断、韓国に遠
山の金(キム)さんがいたら、「おうおうおう、黙って聞いてりゃ寝ぼけた
事をぬかしやがって、この歴史の事実、見忘れたとは言わせねぇぞ」とな
る訳なんですが・・・。遠山の金(キム)さんはいなくても、遠山の李(イ)
さんには期待したいですね。


では、今週号をお楽しみください。

https://ameblo.jp/unarigoe/entry-12508207468.html

2019/8/18 唸声




◎菅官房長官は「曽国氏を法務部長官任命への言及は控える」と
:前田正晶

10日朝にも複数のテレビ局で曽国氏の件を採り上げていた。専門家の解
説を聞いていれば「なるほど」と思わせてくれる点は多々あるかと思う。
だが、私は何か虚しいものを感じるのだ。それは如何にこちらで文在寅大
統領の手法を批判し非難しても、あの政権が何かを変化させてくることは
ないとしか思えないからだ。

私は文在寅大統領は確かに専門家が言われるように来年の4月の選挙での
勝利を目指して色々な手を打ってきていると思っているし、
現に私は既に「憲法を改正して任期を4年にして再選を認めることを企ん
でいるのではないか」とも述べた。

9日のPrime Newsで櫻井よしこさんは「文在寅大統領は反大韓民国であ
り、韓国をDPRKと合体させて社会主義国化しようとしているのだ」と指摘
していた。南北統一の可能性は兎も角、私は文在寅大統領はあらゆる手
段を講じて彼が目指してきた左傾した体制の国を確立しようとしているの
は間違いないと思って見ている。

曽国氏を法務部長官任命もその一環として考えれば、やれ反対のデモが起
きるだろうとか,野党が反撃の攻勢に出るだろうなどと騒いでも、権力を
握っているのが文大統領である限り、何らかの方針転換を期待しても無駄
ではないかと思うのだ。

確かに「静かな無視」を再考すべき時は極めて近くなってきたと思う。
安倍総理が首脳会談に向けて始動して頂きたい時期にも来ていると思う。
だが、そういう積極的な行動を起こして頂き、会談が実現しても相手は
「一度合意すれば全てが消える訳ではない」というような演説をしている
のだ。

65年の国際的な条約違反であると説き聞かせても、文大統領が聞く耳を
持っているのだろうか。そのような相手が大統領である国をいくら批判
して説き聞かせても「悲しからずや道を説く君」に終わってしまいそう
な気がしてならないのだ。

即ち、海を隔てた我が国で文政権を批判すれば気分爽快かも知れない。だ
が、彼が方針転換をする可能性はほぼゼロに近いと危惧するのだ。文在寅
大統領は尊敬していた故盧武鉉大統領の意志を継承して韓国を変えていこ
うと強力に推進しているのだ。

その大目的の為に内閣にと大法院の裁判長と判事に腹心を揃え、検察総長
にも腹心だと思ったユン氏を抜擢したし、曽国氏を法務部長官に任命した
のだろう。そこまで体制を大韓民国の変換に向かって整えたのである上、
最短でも後3年の反日と抗日の姿勢は変わらないと見通したくなるのだ。

櫻井よしこさんもGSOMIAの破棄は金正恩委員長を喜ばせただろうと言われ
た。日本製品の不買も推進し続けるだろう。だが、あの戦犯企業として決
めた280数社のリストは文政権で作られたのではなく保守派政権の李明博
大統領時代に定められたと、辺真一氏は指摘していた。

であれば、韓国の反日の姿勢は進歩派であろうと保守派政権であろうと変
わらないということになってしまう。櫻井よしこさんは「この状態を打破
する方法は」と訊かれ、苦笑しながら「知らない」と言われた。安倍総
理、是非とも明快な答えをお出し下さい。お願いします。



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身 辺 雑 記  
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24日の東京湾岸は快晴。

9月も月末近くなって、散歩する都立猿江恩賜公園では流石にセミの声は
しなくなった。23日の東京湾岸は快晴。

                 読者:6003人


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