政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

全て表示する >

頂門の一針5165 号 2019・9・12(木)

2019/09/12

□■■□──────────────────────────□■■□
 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5165号
□■■□──────────────────────────□■■□

        
 
       2019(令和元年)年 9月12日(木)



  雀庵の「支那人は国を信頼しない」:“シーチン”修一 2.0
      
     ボルトン補佐官、トランプ政権を去る:宮崎正弘

年金支給は完全終了へ:今市太郎
                      

話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記

         御意見・御感想は:ryochan@polka.plala.or.jp

                購読(無料)申し込み御希望の方は
        下記のホームページで手続きして下さい。
  
       http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm
    バックナムバーは http://www.melma.com/backnumber_108241/
    ブログアドレスは http://chomon-ryojiro.iza.ne.jp/blog/
                         

━━━━━━━━━━━━━━━━
雀庵の「支那人は国を信頼しない」
━━━━━━━━━━━━━━━━


      “シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red Gables/26(2019/9/10)】京浜急行の横浜からの下り 線は結構スリルがある。毀誉褒貶の人、島崎藤村「夜明け前」の真似をす ればこんな具合。

「京急線は概ね山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖際 の線路であり、あるところは十間下の川を越えたり、あるところは山の尾 をめぐる谷の入り口である。山を貫く隧道を抜けるとまた隧道に入り、そ の数知れず。一筋の線路はくねくねと回りながらこの緑多い森林地帯を貫 き海へ向かっていた」

トンネルを抜けても雪国じゃないから駒子はいないね。藤村が骨まで しゃぶった「こま子」とか、猪、鹿、狸などのジビエはいそうだ。

仰げばトンビが空をのんびり泳いでいる。思えば遠くに来たものだ、 「旅」という気分になる。南下の旅はひたすら明るい。「三崎口行」なん てそれだけで気持ちいい。

京急の特急電車は通常は時速120キロ、最速140キロで突っ走る。曲がり くねっているから見通しが悪く、こんなところに踏切が!と驚いたりす る。ジェットコースターみたい。少なくともビッグサンダー・マウンテン より興奮する。

事故を防ぐには線路を高架化すればいいだろうが、莫大な金と時間がか かるから難しい。比較的簡単なのは踏切を線路の下に移すことだろう。大 型車の通行は無理だろうが。

安全にはカネがかかる、半端ない。日本では自然災害は避けようがない が、人災は比較的少ない。国家は民に「炊煙と安眠」を保障してこそ存在 意義がある。

「国は国民を守ってくれる」と、戦後復興のいい時代に生まれ育った小 生は思うが、支那の民にとって国=官=支配者=収奪者、民=被収奪者= 囚人、なのではないか。広大な収容所で、囚人は生き延びるためにひたす ら働き、知恵を巡らせ、獄卒は特権階級として「ユスリ、タカリも芸のう ち」「三方一両得」で遊んで暮らす。選挙もないから、国民には「自分た ちの国」という意識があるはずもない。

独裁、専制国家の民はひたすら支配階級の圧政下で生きる道、抜け道を 探り、支配階級は常に簒奪、己の利益のために一党独裁体制護持に努め る。だから「公共のみんなの国」を愛するとか守るという意識はない。

支那ではあらゆる省庁は単なる行政機関で、その上には絶対君主として 法律を越えた独裁者、共産党が君臨、統治している。党員以外は中共の支 配する専制国家をまず愛さない。愛せというのが無理筋。

中共は建国から70年で、ようやく飢餓を克服した。しかし、恐らく10億 前後の人々の生活は厳しいままだろう。一方で金持も増えているから貧富 の差は開くばかりだ。皆が貧しいのは耐えられても、こちらが冴えない一 品料理でヒーヒー暮らしているのに、隣が毎晩のようにベンツに愛人を乗 せて高級レストランで満漢全席では、なお一層のこと惨めな気分になる。

安全ではない、空気も土壌も汚染されている、社会保障はないか薄い、言 論思想の自由はない、選挙もない、真面目な人がバカを見る・・・そんな 国、体制への愛国心は育ちようがない。それは有史以来連綿と続いた支那 の初期設定だ。

日本の従軍記者の嚆矢でもある岡本綺堂「江戸っ子の身の上」から。

<「昔の従軍記者」

日露戦争の当時、私は東京日日新聞社に籍を置いていて、従軍記者とし て満洲の戦地に派遣されましたので当時のことがもっとも大きく記憶に 残っていますが、順序としてまず日清戦争当時のことから申し上げましょう。

日清戦争(1894/明治27年〜1895/明治28年)は初めての対外戦争であり、 従軍記者というものの待遇や取締りについても、一定の規律はありません でした。朝鮮に東学党の乱が起こって、清国がまず出兵する、日本でも出 兵して、明治27年6月12日には第五師団の混成旅団が仁川に上陸する。

こうなると風雲穏やかならず、東京、大阪の新聞社からも記者を派遣す ることになりましたが、当時は従軍記者ではなく、各社が通信員を送り出 したというに過ぎないので、直接には軍隊とは何の関係もありませんでした。

そのうちに事態いよいよ危急に迫って、7月29日には成歓牙山の支那兵を 撃ち払うことになる。この前後から朝鮮にある各新聞記者はわが軍隊に付 属して、初めて従軍記者ということになりました。

戦局がますます拡大するに従って、内地の本社からは第2第3の従軍記者を 送ってくる。これらは皆、陸軍省の許可を受けて、最初から従軍新聞記者 と名乗って渡航したのでした。

何分にも初めてのことで、従軍記者に対する規律というものがないの で、その服装も思い思いでした。みな洋服を着ていましたが、腰に白木綿 の上帯を締めて長い日本刀を携えているのがある。仕込み杖をいるのがある。

今から思えば嘘のようですが、当時の従軍記者としては、戦地へ渡った暁 には軍隊がどの程度まで保護してくれるか分からない。万一負け戦とでも なった場合には、自衛行動をもとらなければならない。非戦闘員とて油断 はできない。

まかり間違えば支那兵と一騎討ちするくらいの覚悟がなければならない ので、いずれも厳重に武装して出かけたわけです。

実際、その当時は支那兵ばかりでなく、朝鮮人だって油断はできないので すから、このくらいの威容を示す必要もあったのです。軍隊の方でも別に それを咎めませんでした・・・>

それから10年後、明治37、38年の日露戦争から従軍記者に対する規律が 定まった。大尉相当の待遇を受ける、その代わりに軍規に一切服従すべし となった。また、従軍記者は1社1人に制限された。各社とも困り果てた が、蛇の道は蛇、「上に政策あれば下に対策あり」で、地方新聞社の名義 を借りて複数の記者を派遣するようになった。

陸軍省も知っていたろうが、規定には触れないので許可した。これにより 大手紙各社は3〜6人の記者を派遣できたという。武器はピストルのみ許可 された。

<食事は監理部へ行って貰ってくるのですが、時には生きた鶏や生の野 菜をくれることがある。米は炊き、鶏や野菜は調理しなければならず、な かなか面倒でした。

私たちは7人が一組で、2人の支那の苦力(クーリー、人夫、軍夫)を 雇っていましたが、毎日交代で日本の料理法を指導していました。


苦力の日給は50銭で、みな喜んで忠実に働いてくれました・・・>

1931/昭和6年の柳条湖事件(満州事変)あたりから、支那は蒋介石国民 党、毛沢東共産党、日本との三つ巴の内戦・乱戦になるのだが、支那人に とって国民党はゴロツキ、共産党は餓狼山賊殺人鬼、日本軍はそれを追い 払う討伐隊(番犬)というような感じではなかったか。

国民党は“官軍”を自称するが、その徴兵は「アンビリーバボー!」とし か言いようがない。町村の幹部を脅して、そのアドバイスで“札付きの厄 介者”を拉致したり“通りがかりの若者”を拉致したり。彼らは「拉壮丁」 と呼ばれ、坊主頭で眉毛を剃られて逃げることもできない。捕まれば半殺 しかお陀仏。ほとんど奴隷。

国民党は「砲声一響、黄金万両」(戦争は金儲けのチャンス!)で強 奪、強姦、汚職などの悪事はするが、共産党は奪い尽くし、殺し尽くし、 焼き尽くす「三光作戦」で、「貧民以外は階級の敵」史観だから非常に恐 れられた。

この群は銃を持っているのは3分の1、裸足は2分の1で青龍刀や棍棒を担い でいる。服装はボロボロ、まるで乞食、阿Qの群だ。「赤匪が来る!」と なれば近隣の町村はもぬけの殻になったという。

人民は抵抗する術がないから国民党軍や日本軍が来ると用意しておいた旗 を振って友好の挨拶をしたそうだ。「あまり乱暴しないでね」(カネとエ サとサケはやるから早く出てってくれ)というわけ。にわか娼婦や強姦も あったろう。

綺堂は、苦力や農村の人々が「日本軍はインテリが多い(現実は「国破れ て山河在り」とか「月落ち烏啼きて霜天に満つ」なんて有名な漢詩は多く の人は常識として知っていたし、書けただけなのだが)、漢字で意思疎通 できる、乱暴しない」と警戒心を解き、やがて親密な中になっていくこと に心打たれている。

今の日本は「日は落ちアカ鳴きて涙天に満つ」だが、愛すべき、支える べき、信頼できる日本国は土俵際で何とか残っている。最初からそんな母 のように優しい、父のようにイザとなれば頼れる国がない支那の民が、カ ネ・コネしか支えがないのは気の毒である。互助会みたいな宗族は国の代 わりのなるのか、殉死する価値はあるのか・・・小生には分からない。

♪白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国の ああ 北国の春

支那の民もこの歌が大好きだった。故郷、故国・・・愛すべき国がある ことは素晴らしいことである。

発狂亭“愚にして辱だがたまには凛?”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(144)2017/1/13】産経は「トランプが来 る、大変だ、大変だ!」、まるで狼少年のごとくに騒いでいるが、記者の 中にはリベラル≒アカモドキもいるから、まあ、そのうち慣れるだろう。

政治マンガ(山田伸)はいつも本当につまらないが、今朝のはデタラメ ルケルがトランプに「保護主義はダメ!」と阻止している絵だった。独を 亡国へ導く“ジャンク”メルケルに比べれば、テーブルの下でプーチンと手 を握り合って「うまいことやろうぜ」と意気投合を演じている怒鳴門・虎 河豚の方が遥かにマシだ。調理次第で高級料理になる。

新聞チラシに入っていた「厚木市タウンニュース」によると、緑豊かな 愛甲石田あたりの住民ボランティアによる無料ミニバン路線バスが金曜夜 の終バス(神奈中バス?)後に深夜便運行を始めたという。「このままで は地元に若者はいなくなってしまう」という危機感が動機だ。

この辺りの若者の多くは、神奈中バスや小田急などを乗り継いで東京の 職場まで通うと最低2時間はかかる。結構しんどいから東京に住んでしま う。「せめて週末には故郷へ帰ってきてよ」というヂヂババの願いだ。

過疎化、過疎地をどうするか、みな悩んでいるが、生産性の低い小規模 農業では一家4人を支える最低所得、年収800万円には到底届かない。国際 競争もあるから企業誘致も難しい。サービス業にしても猿と鹿、熊は何も 買ってくれない。

狭い農地にしがみついていないで皆でドローンや無人コンバインを使う 農業法人などを先行企業を巻き込んで創るべきだ。地平線が見えるくらい の農地! せめて2〜4キロ四方の農地でなければ競争に勝てないし、次世 代は育たない。起業では農地を物納して株主になればいい。

「先祖伝来の農地」を死蔵するのではなく、大いに活かす、頭を使う、 魅力ある産業に仕立て上げる、それがご先祖様への何よりの供養になる。

なあ、爺さん、あんた分かってないようやから教えといてあげるがの う、誰が住むのか分からんような豪邸を建てても、チンケな農業の跡取り には嫁さん来ないぜよ、のう。よーく考えることや、脳ミソ使わんと呆け るで、のう。(つづく)2019/9/10




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ボルトン補佐官、トランプ政権を去る
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)9月11日(水曜日)
         通算第6190号  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(速報)
 ジョン・ボルトン補佐官、トランプ政権を去る
   ホワイトハウスで唯一人の日本理解者が居なくなる
***************************************

 トランプ大統領は、10日、突然ジョン・ボルトン補佐官を解雇した。 「多くのイッシューで意見の対立があったが、ボルトンからの申し出を熟 慮し、政権から去って貰うことにした。かれの貢献度は大きかった」とト ランプはツィッターした。

 とくにイランを巡る対立が政権内で表面化、ポンペオ国務長官と対立す ることが多く、板門店における金正恩との会談ではボルトンは同席しな かった。

 日本にとっては拉致問題で、日本の立場を大きく理解していた人物だけ に、ホワイトハウスでは珍しい知日派が居なくなることに、トランプ政権 内部のごたごた、整合性のなさが気になるところである。

 まさにワシントン政界で、保守の居場所がなくなった。
批評家のジョージ・ウィルは「CONSERVATIVE  HOMELESSNESS」と比喩したように。

    ◇◎□◇み◎◇◎▽や◇◎▽◇ざ◇◎▽◇き○□◎▽ 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@

【知道中国 1952回】                 
 ――「浦口は非常に汚い中國人の街だ」――徳田(7)
徳田球一『わが思い出 第一部』(東京書院 昭和23年)

  △
 凍結した糞尿を車内販売用のお茶を沸かす装置で解凍し、外部に垂れ流 そうというのだ。「目に染みる」ほどの悪臭に苦闘しただろう徳田は、 「(悪臭が)お茶と一緒になつているという所に中國人のニオイや食物に たいする無關心さがあるのだろう。習慣というものはおそろしい」と苦虫 を潰す。
悪臭は、極東民族大会に参加すべくモスクワに向かう未来の日本共産党 トップを襲う。だが、後には長期に亘って臭い『もっそうメシ』にお世話 になることを考えると、?田の人生は臭いモノと切っても切れなかったと いうことか。

 列車が中国と満洲とを限る山海関駅に到着するや、プラットホームで 「一連隊ほどの軍隊がずらりとならんでいた」。「まつたくだらしないさ さげ銃」の兵士に迎えられて列車から降り立ったのは「中肥りの顔のだら りとした男」。満洲の実力者で知られた「黒龍江省督軍張某」だった。

 ?田は食堂車での「いやまつたく驚くべき」風景を綴る。
 食堂車の半分を占めた一団の中央に「例の將軍がゆうゆうと坐つてい て長いキセルで煙草をふかしている。その周りには二十歳から四十歳位の 女が五、六人も並んでいる。第一夫人から第五、六夫人までだということ だつた。その反對側に彼の幕僚であろう十四、五人が二列三列にだらしな い恰好でテーブルを圍んでいる」。「ガチャガチャとマージャンをやつて いるのだ」。そのうえ「これらの夫人や幕僚のそばには札の束がおいてあ る」。つまり、そこは「全くのバクチ場だ」った。しかも「外國人の客が 食事をしているその隣で公々然とやつているのだ」から、やはり「ここに 妙味があるのではないか」。

 「その當時の中國の軍閥の首領の生活がこれである」。であればこそ 「戰爭のできないのも當然であつた」。しかも「妾連中のドロンとした恰 好はすべて阿片飲みの特徴」を表している。かくて?田は、「結局軍隊は りゃく奪のための、そしてまた戰爭ごつこの示威運動の道具以外には役立 たないことが明かではないか」と。

 列車を離れた?田は、子供の時から気になっていた山海関に足を向け た。「どんなに素晴らしい大きな關所だろうか、どんな大きな城と連なつ ているのだろうかと想像していた」が、実際に目にして「貧弱なので呆れ てしまった」。「かくべつ城らしいものはなくて、(中略)山海關の大き な石垣の壁がぶち抜かれてトンネルになつているだけだつた」と落胆の色 を隠さない。

 じつは?田だけではないのだが、多くの日本人は中国の「城」を、天守 閣を構えて豪壮・華麗な日本の城と勘違いしている。彼らの指す「城」は 城壁であって、日本式の城郭ではない。北京城、南京城・・・鳳凰城など など。中国では都市を「城市」の2文字で表すが、それは「城壁」に囲ま れた内部で人が「市(あきない)」をするからである。

 ところで改めて?田は豪壮で長大な万里の長城を作り上げた始皇帝時代 の力と共に、「これほど古代の實力のあつた大帝國のすべてが今は世界を 通じての最も發達していない國におちていること」、さらには「中國はた いへんなどろ沼の中にいつまでも停滯していたという事實」にも驚嘆する。

 長城建設には「ばく大な人間勞働力を無茶苦茶に使つた」。「つまり奴 隷制度によつて人間勞働力を驅仕した」。
「その奴隷的な状態がいつまでも農村に停滯して、それを基礎に軍事的彈 壓が重ねられていつたためすべての成長が停滯した」。それゆえ「被支配 階級に蓄積された力が、つねに革命によつて高進し、しだいしだいに下か ら上までのしあがつて行く――換言すれば革命が階級の解放をもたらし、つ ぎつぎに發展して行く」。「私がこの長城をみて人類解放のための革命の 必要を一層深く痛感した」。流石にトッキュウだ。
《QED》

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

知道中国 1953回】                  
 ――「浦口は非常に汚い中國人の街だ」――徳田(8)
徳田球一『わが思い出 第一部』(東京書院 昭和23年)

          △
 徳田は満鉄で長春に向かう。「汽車の内部は中國の列車よりもずつと小 ぎれいにできていた。だが何となはしに日本流の小じんまりしたところが あり、いかにも日本官僚の支配らしいニオイがした」。

 長春で投宿した旅館は「全然日本風でこの寒い北滿にどうしてこうい う馬鹿げたことをするのか何としても理解することができなかつた」。旅 館の構造に象徴されているように、「日本人は氣候や風土に適應して生活 をたてることを欲しないように思える」。気候・風土の違いを無視するか のように、何処に行っても「日本風の生活をやるのである。これでは生活 に適應性がなく根強く腰をすえることができないのが當然であろう」。か くして「だかう(ら?)早く日本え歸りたくなるのだ」。

ここからは、徳田による在満日本人論である。
「滿州などに行つている者は結局早くもうかる山師になりたがる」。だ から「中國人をだますか日本から入つて來る者をだましてかすめ取るかそ んなことばかりに血をわかすことにな」り、「全體としてきわめて質の惡 い商賣に引きずられて行」き、「中國本土はもちろんのこと滿州でも非常 に日本人はきらわれている」。
そこで「同じ植民地であつても、外國帝國主義の植民地よりは日本の植民 地の方がはるかに惡政をしき猛烈な排斥が起こるのは無理のないこと」と か。どうやら同じ「帝国主義の植民地」でも優劣があるらしい。

!)田は「滿州でたびたび排日ボイコットが起」る要因の1つに「中國國 民政府の勢力が滿州にはびこつて來た」ことが挙げるが、「他の大きな原 因」として日本が主とする軽工業と満洲土着資本との激しい対立を指摘す る。つまり「全體として鋭く滿州の中國民族と對立することになったか ら」、「全面的に排日鬪爭が起つたのも無理はない」というのだ。

かくして「日本人が氣候や風土に適應しないでおこなつた惡らつなりやく 奪政策は中国國人の反抗をたかめる基本要因の一つであつたろうことを痛 感するのであ」った。

 長春からハルピンへの旅で乗ったロシア側の列車に「入つてみるとと ても汚い」。
それというのも「(ロシア)革命後はほとんど修繕もせず放たらかしのま まなのだろら(う?)」。

地図を片手に、好奇心に任せてハルピンの街を歩く。
あちこち歩きまわっているうちに街外れの棺桶屋街に出る。「家という家 はいろいろな棺おけの製造屋」で、「嚴丈にこしらえた寝棺がもち菓子の ようななだらかな曲線をえがいた六尺もあろうかというフタがかぶさつて いる。そして表面は?色や赤や青やいろいろ色とりどりにぬつてある」。
「材料も丈夫なもので、板もなかなか厚いものを使つている。そしてフタ をかぶせたところも密封されるようにできている。ロウを塗つたりして臭 氣の發しないような装置もしてある」。

これら棺は「中國人がこの土地に埋めるのではなくて山東や華北の故郷 に死體を送るためのもの」である。
「故郷に死體を送る」ビジネスを運棺(または運柩)業といい、中国人の 「入土為安(死後は故郷の土に還りたい)」という願望に応じたものだ。 「山東や華北の故郷に死體を送る」ということは、ハルピンとその近郊に 住む中国人の多くが山東や華北からの出稼ぎということを物語っているの である。

ハルピンはロシア革命後の混乱の渦中にあった。とはいえ「ツァール・ ロシアは亡びても明らかにロシア人の勢力下にあった」。
「中國人はまつたく奴隷的な状態におかれていた」。「正規のツァール軍 隊は壊滅し」、「ツァール軍隊の將軍連は自分の娘や妻を人肉の市の商品 に提供し、彼らが牛太郎をつとめているという話であ」り、「私もその片 りんを二、三見た」。ハルピンでは「ツァール・ロシアの殘物共」が最後 の足掻きを見せていた。
《QED》 
     ●●●●●
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆⌒☆ 
読者の声  どくしゃのこえ  READERS‘ OPINIONS 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
(読者の声1) 「指の丸印が110番」
今進行中の香港の民主化運動ではメンバーは110番の意味で親指と一差し 指で○を作るという。
こうしたシグナル技術は支那で発達していた。それが復活し始めたのでは ないか。
丁度手元の歴史読本誌の88年3月号を見ていたら、天地会、三合会など、 支那の秘密結社の会員のシグナルが出ていた。例えば胸に指三本をあてる などして所属組織を示すものだ。
また青幇では、会員が旅先で金に困るとテーブルに帽子を上向きに置き合 図した。するとこれを見たメンバーはその人物の所属、地位、等を確認し て支援したという。これは、乱世の続く支那における互助会であったのだ ろう。
 1949年に支那共産党は政権をとるとこうした秘密組織をすべて摘発し滅 ぼした。しかし秘密結社の活動は今でも海外などで続いているという。法 輪講もその一つであろう。
共産党の暴政に苦しむ国民は自衛のためには互助組織を作るしか方法がな いのだ。実際共産党も秘密結社の一つだった。なおこの本は宮崎正弘先生 も「亡命革命組織」中国之春を寄稿されている。
 また驚いたのは,あの有田ヨシフ氏がジャーナリストとして、支那事変 の日本の講和努力である桐工作の内幕について興味深い記事を書いていた ことである。偽の宋子良の正体である。
蒋介石は内心では自分が損する対日戦を止めたかったが,1936.12.12の 西安事件でスターリンの指示を受けた共産側に捕らえられ降服していたの で止めることが出来なかった。だから日本との講和交渉の目的はもっぱら 日本の情報を取るためであったから支那事変の収拾に苦しむ日本側の20回 以上に及ぶ講和交渉努力は初めから無駄だったのである。
 なお蒋介石が本気で和平を望んだのは1945.3のミョウヒン工作で、国共 内戦再開に備えて日本軍十万を貸して欲しいというものだったという。し かし遅すぎた。
日本は蒋介石の盧溝橋事件に始まる計画的な挑発に激昂し支那の泥沼の国 共内戦に引きずり込まれ大損害を被った。ロシアの諺によれば、「神は滅 ぼそうとする者の理性を最初に奪う」と言う。
今の日本も危険な状況にある。国民は国際関係の冷厳な大原則を知って感 情論に巻き込まれない冷静な対応が必要である。
   (落合道夫)
     ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 訃報 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  △
安部譲二(あべじょうじ)氏
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 三島由紀夫『複雑な彼』のモデルといわれた安部譲二氏が亡くなった。 数年遇っていなかったので、風の便りにガンの悪化は聞いていたが、海外 から帰って不在時の新聞を通読していたら死亡記事に接した。享年82歳。
 新聞の記事は安部のダークサイドは伏せて、日航のパーサー、キックボ クシングの解説者、麻布中学では橋本元首相の同級生だったなどと書かれ ていた。
 思い返せば、安部氏との出会いは半世紀ほど前、当時まだ彼は小金井一 家の代貸しで、小型の車にいつも違う女を伴ってあらわれ、ふっと三週間 ほど顔を見せないと思えば、留置所で21日間の拘留だったり、ある時は 「飯を食いに行こう」と誘われ、青山学院大学の裏手の蕎麦屋で、食べる は食べるは! どんぶりの大盛を三つ、とりあえず胃に収めてから、鴨南 蛮にざるそばに某某にと合計九品目、ときおりおなかをさすりながら、 「おっ、まだ入るわい」と言う。
こんな暴飲暴食をやっていれば胃ガンか大腸ガンになるだろうなぁと思っ ていたが、発見時は大腸癌末期だった。新聞発表は肺炎になっているが。
 彼の言い分は「麻雀の徹夜が続いたりすると三日ほど食べないことがあ るからだ」。
 三島由紀夫が彼をモデルの思いついたのも、その奇行ぶりからだろう。
 夜、ふらりと事務所にやってきては奇想天外な話、おなかを抱えて笑う 話など、話術も巧みで、そのうえ大袈裟な身振りだ。
彼がかえってから「いまの話を書留めておけば小説の題材になるぞ」と誰 かが言ったが、後年、安部自身がすべてを小説にした。
 『塀の中の懲りない面々』の上梓をしばらく筆者は知らず、(彼の本名 は安部直也なので、安部譲二は他人と思っていた)、ある日、地方のホテ ルでテレビを観ていたら、特集をしていて、懐かしい彼の顔を出たときは 驚いた。数年刑務所に入っていた筈だから。
 それゆえ十年ほど空白があるが、再会したのは、週刊現代の某編集長の 出版記念会、ついで文春の雑誌編集長の再婚式でもばったり、すっかり堅 気、それも第一線の編集者と交流し、小説家が様になっているではないか。
合掌



━━━━━━━━━━━
年金支給は完全終了へ
━━━━━━━━━━━
史上空前の運用大失敗で2000万不足どころの騒ぎじゃない=今市太郎

2019年8月25日 お金の悩み、ニュース

年金運用の2018年10−12月期における分散投資で、過去に例を見ない大失 敗をおかしたことが公表されました。もはや原資は残らない方向に向かっ ているように思われます。(『今市太郎の戦略的FX投資』今市太郎)

※本記事は有料メルマガ『今市太郎の戦略的FX投資』2019年8月22日号の抜 粋です。興味を持たれた方は、ぜひこの機会にバックナンバー含め初月分 無料のお試し購読をどうぞ。


年金支給不足「2,000万円」は誤り。何も支給されないのが正解…

分散投資に大失敗

年金積立金管理運用独立行政法人(通称GPIF)の最高投資責任者・水野 CIOが、米国カリフォルニア州の職員退職年金基金(カルパース)の理事 会の席上で語った内容が物議を醸しています。

GPIFが2018年10−12月期におけるいわゆる分散投資において、すべての資 産市場において損失を出し、しかも為替差損の損失さえも被弾するとい う、GPIF史上過去にも例を見ない大失敗をおかしたことを公表。市場は騒 然となっています。

ご本人はグローバル市場が非常に同期化された状況の下で、運用担当者は あらゆる資産クラスで損失を出す危険があると語っていますが台風や地震 の自然災害ではなく自らがしでかした大失敗であり、こんな呑気なことを 口走ること自体呆れる始末です。
※参考:GPIF水野氏:全資産クラスで損失の危険−市場に警鐘 (訂正) ? Bloomberg

年金支給減に輪をかける原資枯渇の驚愕の投資術

過去3か月の相場を思い返していただければと思いますが、日米の株式市 場、債券市場を眺めてみても、たしかにそれなりの相場変動があったこと は事実です。



しかし、資本市場を細かくわけて分散投資をして、それがすべからくマイ ナスになるというほど厳しい相場状況ではなかったことは明白です。

よほど目利き感のない下手くそな投資を行っていたとしか思えない、凄ま じく最低な投資行動が行われていたことがみえてきます。

この調子で投資を継続されたのでは、年金の支払い原資がものの見事に枯 渇するのは時間の問題です。


一切の投資活動を中止して原資を国民に返還したほうがいいのではない か、とさえ思える状況になってきています。

Next: 年金支給不足2,000万円は誤り。何も支給されないのが正解…



━━━━━━━
重 要 情 報
━━━━━━━

◎格下相手に勝って良かった:前田正晶

10日夜のこのミヤンマー代表相手のW杯サッカーの予選は彼の地で豪雨 の中で行われた、選手たちには気の毒な試合だった。でも、我が精鋭は悪 条件を物ともせずに前半だけで2点も取って格下を寄せ付けなかった。午 後9時20分頃だったかのキックオフは当方にとっては余り好ましくない時 間帯で、前半の2点だけで先ず負けることはないと思ったので、後半はマ スコミご推薦の久保建英が出ようと出まいと気にせずに、半分寝てしまっ た状態でテレビの音声だけ聞いていた。

これは私の偏見だと言われても抵抗しないが、香川真司を外してしまった 森保監督は信用ならないと思っているので、この勝ち抜けて当たり前とし か思えない予選リーグには余り関心がないのだ。マスコミご推薦のな中島 翔、堂安、南野の新鋭も使われ始めた頃の輝きが薄れてきたので、何も期 待しないで見るようにしている。特に南野はここぞというシュートを外し 技量に長けているので信用していなかったが、昨夜は2点目を取ってくれ たがそこまでのことだった。

先日懇談した某私立大学の熱心なフットボールファンの教授は「何故わ が国の代表選手たちはパスを回してばかりいて,私の目にはシュートの チャンスだと見える時でもパスをしてしまうのか」と突っ込まれて答えに 窮した。昨夜は中島も含めて相当数のロングシュートもあったが、アナウ ンサーがお為ごかしに「惜しい」と叫んでいた結果では何にもならないの だ。解説の北沢だったが、「2点というのは最も危険リードである。何と かして3点目を取れ」と言っていたのは誠に尤もな指摘で、丁度U―18の野 球が韓国から3点目を取れずに延長になって敗れたのと同じ状況だった。

勝ったのは良かったと褒めて上げるが、どうしても気に入らなかったのが 「相変わらず格下を相手にしても得意の後方への安易な責任逃れのパスを 乱発し、それを受けた4人のバックス間で横から横へのパス交換をして前 方で誰かがマークを外すべく動くのを待っているにも拘わらず、半端ない とか言う大迫が後方に戻って起点になろうとしたりする戦法は、誰が何と 言おうと評価したくない。消極的に過ぎるし安全第一のサッカーなど見た くない。実は前出の教授にはこのように批判的に答えておいたのだった。

私はこの寄せ集め代表テイームは何としても決定力を強化することと、後 方向けから横→横という消極的としか見えないパス回しのサッカーから一 刻も早く脱却することを望みたい。彼らはサッカーは上手いのだから、 もっと個性を発揮して目に物見せて欲しいのだ。大迫君にはワントップと いうポジションに相応しい豪快なシュートを決めて欲しいと依頼して終わる。

◎菅官房長官は「曽国氏を法務部長官任命への言及は控える」と:前田正晶

10日朝にも複数のテレビ局で曽国氏の件を採り上げていた。専門家の解説 を聞いていれば「なるほど」と思わせてくれる点は多々あるかと思う。だ が、私は何か虚しいものを感じるのだ。それは如何にこちらで文在寅大統 領の手法を批判し非難しても、あの政権が何かを変化させてくることはな いとしか思えないからだ。私は文在寅大統領は確かに専門家が言われるよ うに来年の4月の選挙での勝利を目指して色々な手を打ってきていると 思っているし、現に私は既に「憲法を改正して任期を4年にして再選を認 めることを企んでいるのではないか」とも述べた。

9日のPrime Newsで櫻井よしこさんは「文在寅大統領は反大韓民国であ り、韓国をDPRKと合体させて社会主義国化しようとしているのだ」と指摘 されていた。南北統一の可能性は兎も角、私は文在寅大統領はあらゆる手 段を講じて彼が目指してきた左傾した体制の国を確立しようとしているの は間違いないと思って見ている。曽国氏を法務部長官任命もその一環とし て考えれば、やれ反対のデモが起きるだろうとか,野党が反撃の攻勢に出 るだろうなどと騒いでも、権力を握っているのが文大統領である限り、何 らかの方針転換を期待しても無駄ではないかと思うのだ。

確かに「静かな無視」を再考すべき時は極めて近くなってきたと思う。安 倍総理が首脳会談に向けて始動して頂きたい時期にも来ていると思う。だ が、そういう積極的な行動を起こして頂き、会談が実現しても相手は「一 度合意すれば全てが消える訳ではない」というような演説をしているの だ。65年の国際的な条約違反であると説き聞かせても、文大統領が聞く耳 を持っているのだろうか。そのような相手が大統領である国をいくら批判 して説き聞かせても「悲しからずや道を説く君」に終わってしまいそうな 気がしてならないのだ。

即ち、海を隔てた我が国で文政権を批判すれば気分爽快かも知れない。だ が、彼が方針転換をする可能性はほぼゼロに近いと危惧するのだ。文在寅 大統領は尊敬していた故盧武鉉大統領の意志を継承して韓国を変えていこ うと強力に推進しているのだ。その大目的の為に内閣にと大法院の裁判長 と判事に腹心を揃え、検察総長にも腹心だと思ったユン氏を抜擢したし、 曽国氏を法務部長官に任命したのだろう。そこまで体制を大韓民国の変換 に向かって整えたのである以上、最短でも後3年の反日と抗日の姿勢は変 わらないと見通したくなるのだ。

櫻井よしこさんもGSOMIAの破棄は金正恩委員長を喜ばせただろうと言われ た。日本製品の不買も推進し続けるだろう。だが、あの戦犯企業として決 めた280数社のリストは文政権で作られたのではなく保守派政権の李明博 大統領時代に定められたと、辺真一氏は指摘していた。であれば、韓国の 反日の姿勢は進歩派であろうと保守派政権であろうと変わらないというこ とになってしまう。櫻井よしこさんは「この状態を打破する方法は」と訊 かれ、苦笑されながら「知らない」と言われた。安倍総理、是非とも明快 な答えをお出し下さい。お願いします。




━━━━━━━
身 辺 雑 記  
━━━━━━━
12日は晴れ。

11日の東京湾岸はまたも曇天。午後には晴天。

隣の中学校のプールでは男子生徒たちが朝9時ごろから泳いでいた。









───────────────────────────────────
■今回の記事はいかがでしたか?
 下記ページより、あなたが記事の評価を行う事ができます!
  http://melma.com/score_10K18G9nP0VGnGtyb0wYBZKR34e20055/
□このメルマガのバックナンバーやメルマガ解除はこちら
  http://melma.com/backnumber_108241/ □その他のメルマガ解除や登録
メルマガの検索はこちら
  http://melma.com/contents/taikai/
───────────────────────────────────

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: 97 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。