政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

全て表示する >

頂門の一針5156 号  2019・9・3(火)

2019/09/03



□■■□──────────────────────────□■■□
 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5156号
□■■□──────────────────────────□■■□

        
 
       2019(令和元年)年 9月3日(火)



  雀庵の「上に政策あれば下に対策あり」:“シーチン”修一 2.0

           妖艶「西馬音内」盆踊り:渡部亮次郎

          「ローカル経済圏」: 伊勢雅臣

                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記


━━━━━━━━━━━━━━━━━━
雀庵の「上に政策あれば下に対策あり」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━


“シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/21(2019/9/2)】支那というか漢族は数千年も独 裁政権の圧政下にあったから、圧政を受け流すどころか、それを逆手に 「儲ける」知恵もビックリするほど上達している。ほとんど芸術的だ。


「上有政策、下有対策」はトップクラスの格言で、「庶民憲法第一条」と いう感じ。「上に政策あれば下に対策あり」で、具体的にはこんな風だ。


<「以旧換新」旧型家電の新型家電への買い替え促進策

消費刺激策の一環として、2009年より旧型家電から省エネ新型家電への 買替え促進策(以旧換新、古きをもって新式に変える)が実施されたのに 伴い、行政当局が予想していなかった産業チェーンが生れた。

旧型家電を中古として100元(1500円)程度で購入し、これを家電販売 店に持ち込んで補助金を受け取って安く新型家電を購入する者が相次いだ のである。量販店の販売員がこの方法を耳打ちし、自分の販売ノルマ達成 を図るとともに、補助金のキックバックを得る例も多発したようだ。

この結果、旧型家電が人気商品となり、まだ以旧換新が実施されていな い周辺都市に出向き旧型家電の買い溜めをする中古家電屋まで現われた> (大和総研2010年11月01日 アジアンインサイト 範 健美)

芸術的どころかミラクル、まるでシルク・ドゥ・ソレイユだ。日本人的 な考えでは「法の抜け穴をついて儲けるなんて恥ずかしいこと。天知る、 地知る、吾知る、汝知る、そんなことをしていると信用を失うよ」となる が、支那では「いやー、大したものだ、俺もやろう!」となるわけだ。

カネ、カネ、カネがすべて、蓄財蓄妾美酒美食もすべてカネ次第。すご い民族だ。そうしなければ圧政の中で生きて行けなかったのだろう。弱肉 強食のジャングルで生まれ育てば誰でもそうならざるを得ないのかもしれ ない。

消費税増税は当分延期されたのかと思っていたら10月から10%に上がる そうだ。財務省の官僚どもによる悪法。二桁に増税されたら次は13%、 15%、無節操に蛇口を開いているからやがては20%、さらに25%になる。 下々は「下有対策」を考えなければならない。


ずばり、1か月間、消費を我慢する、耐乏生活にできるだけ頑張る。政府 が増税撤廃を決断するまで耐える。3か月で政府は音を上げる。

枯れ木に水をやるような遣い方をしていたら、いくら増税したって間に 合わない。自分の老後は自分で責任を持つ、これが基本だ。カネがなくて 生活ができないのは基本的に自己責任。これまでの人生がまっとうなら、 近所の人たちが奉賛金、寄付金、協賛金、賛助金などを募る奉加帳を町内 に回してくれる。「以前お世話になったから」と医者に連れていってくれ る人もあろう。


支援がないのであれば、基本的には自業自得、「あなたの人生が間違って いた」のだ。運不運はあるが、ちゃんとやってきたのか、それでも運悪く 食にも事欠く状態・・・「それなら生活保護を、区役所には私が連れてい きましょう、まずは社協に相談しましょう」という人が出てくるはずだ。

誰も助けてくれない、声をかけてくれる人もいない、「それならせめて 人の迷惑にならないようにご自分で始末を」と言うしかない。

それはそれとして、景気は安定しているが、懐が温かいとは言えない。 贅沢はできない、ちょっと我慢しようという感じ。そういう時に消費増税 というのは消費マインドをずいぶん下げてしまうのではないか。今は円高 で輸入品は下がっているが、増税でその効果もなくなり、「品質は落ちて もちょっと安い方にしよう、我慢しよう」となりかねない。

メーカーは売上が伸びない、給料を上げられない、民は財布のひもを絞 る、という悪循環になれば、景況感が好転するまでに数年かかるだろう。 暗くて長いトンネルになったら、未来のための増税が未来をダメにするこ とになりかねない。

全国3500万のヂヂババ同志諸君! まずは3か月、窮乏生活に耐えよ、 財務省のトンチンカン官僚にNO!を、キング牧師は「静かなる抗議」で公 民権運動を進めて勝った、欲しがりません勝つまでは! 



♪立て、老いたるものよ 今ぞ日は近し 醒めよ我が同胞(はらから) 暁は来ぬ

増税の鎖断つ日 顔は血に燃えて 海山隔てつ 我等 腕(かいな)結びゆく

いざ闘わん いざ 奮い立て いざ あぁ 質素倹約吝嗇節約 我等がもの

同志諸君! 団塊世代の根性を見せたれ! ただの軽佻浮薄ではなかっ た、と汚辱をそそぎ名をなす秋(とき)だ! いざ、霞が関へ! 財務省 を包囲せよ!


てな感じでじっと耐える、我慢比べ、個人消費が3か月連続で前年割 れ・・・財務省はびびる、後世に「令和元年、日本経済を破壊した5人の 官僚」なんて汚名を残すのは耐え難いからだ。絶対勝つ!「一緒に祈りま しょう」(あの人、最近姿見ないね)


発狂亭“和式下有対策”雀庵の病棟日記から。


【措置入院 精神病棟の日々(138)2017/1/10】承前【産経】西見由彦 「北京春秋 中国のハットトリック」。中共のえげつない銭ゲババラマキ 外交。


<台湾問題に関しては、中国側の強硬姿勢が台湾人の心を離れさせる連鎖 を生んでいる。求婚を受け入れない異性(修一:今どきは「相手」と書か ないと叩かれそう、狂気の沙汰!)に嫌がらせをして回る人間と一緒にな りたいと思うだろうか>


中国科学院がサイトにその類の記事を載せたら習近平が激怒し、沈黙し た。ノルウェーも中共に屈服してパンツを脱いだが、ノルウェー人でオク スフォード大教授のステイン・リンゲン氏は、「中国とビジネスをしたけ れば叩頭して中国の利益に貢献しろということだ」と嘆いているそうだ。


三跪九叩頭は中華帝国への正式な挨拶、朝貢外交の象徴。大昔から支那が まったく成長しないのは言論の自由がないからだ。


「資生堂 同性婚も平等に 多様性重視 手当・休暇 配偶者扱い」。

<電通が約7万人を対象に実施した平成27年4月の調査によると、LGBTに 該当する人は全体の7.6%だった>


同性カップルに育てられた子供は精神面で問題があるという米国での調査 は、リベラル≒アカモドキに封印されているのだろう。


少なくとも私は資生堂製品は絶対買わないわ、絶対使わないわ。


よくって、今日から私は時々レディになるの、専用車両、トイレでの30分 おしゃべり、飲み代は男性が払うのよ、明日から生理休暇取ります、来年 は課長にしてね、じゃないと差別で訴えるわよ!奥様にばらすからね、パ ワハラ、セクハラ、私はとても苦しかったのよ、イジメに遭ったの。被害 者なんだからね、誠意を見せて!謝罪して!土下座して!反省するニダ! (つづく)2019/9/2




━━━━━━━━━━━━
妖艶「西馬音内」盆踊り
━━━━━━━━━━━━


         渡部亮次郎

秋田県羽後町のお盆の夏の夜を彩る西馬音内(にしもない)盆踊り(国指 定重要無形民俗文化財)。この祭の起源は記録されたものがまったく無い ために、すべて言い伝えによるものである。

秋田県南部の雄勝郡(おがちぐん)羽後町(うごまち)西馬音内(にしも ない)でのお盆のお祭である。

秋田県内には、このほかにも有名な盆踊りがあり、8月の月遅れのお盆行 事として15,6日頃から若者を興奮させる。女性の妊娠数も多くなると昔は 色っぽく語られたものだが、過疎の現在は踊りの維持さえ大変なようだ が、頑張っている。

西馬音内の呉服屋の息子矢野恵之助君と秋田高校2年の時、同級生になっ たが、郷里は汽車でも通えないぐらい遠いので、秋田市内に下宿してい た。しかし盆踊りなど我々の話題にはならず、専ら演劇と小説に熱中した。

西馬音内の盆踊りは、1288〜93の正応年間、源親という修行僧が御嶽神社 (当時蔵王権現)を勧請して、ここの境内で踊らせたものという説がある。

これが1601年(慶長6年)城主の小野寺茂道一族が滅び、その家臣たちの 子孫が主君を偲んで8/16〜20までの5日間に西馬音内寺町の宝泉寺境内で 行った亡者踊りと合流し、さらに1781〜89の天明年間に本町通りに移り現 在まで継承されてきたものと伝えられている。

現在は月遅れのお盆を中心とした毎年8/16〜18まで西馬音内本町通りでか がり火を囲んだ細長い一つの輪をつくり、幻想的なひこさ頭巾とあでやか な端縫い衣装の踊り手たちが、にぎやかで勇ましく野性的なお囃子にあわ せて、夕方から夜更けまで踊り続ける。

篝火にぼぉっと浮かぶひこさ頭巾に酔う  ひこさ頭巾。

黒い覆面をかぶった踊り手。ひこさ頭巾は、踊り手の表情がまったく見え ず、亡者を連想させ幻想的な雰囲気をかもし出す。

秋田県由利地方(日本海岸)の「はなふくべ」や山形県庄内地方の「はん こたんな」と関連があるとか、歌舞伎の黒子がヒントになっている等、諸 説あるが、ハッキリとした由来は分からない。

4〜5種類の絹生地をあわせて端縫った衣装で、女性が多く用いる。この場 合はひこさ頭巾ではなく、編み笠をかぶり、帯の結び方は御殿女中風な形 になる。

多くの人に見守られながら踊る女性達は、図柄と配色に工夫を重ね、少し でも人目を引くように苦心したことだろう。中には祖母から母へ、娘へと 代々受け継がれて来たものも少なくない。

編み笠ごしには踊り手の表情はほとんど見えないが、うしろ姿の美しいう なじが魅力的だ、と殺到する観光客はいう。

指先の柔らかいくねりに酔う 。

囃子はやぐらの上で"よせ太鼓"、"音頭"、"とり音頭"、"がんけ"の4種類 がある。お囃子には、笛、大太鼓、小太鼓、三味線、鼓、鉦(すりがね) などのほかに唄い手が加わる。

西馬音内盆踊りの魅力は、実は美しい踊りとはまるで趣を異とするこの囃 子という人もいる。世を風刺したもの、野趣叙情溢れるもの、からっとし たエロティシズムを匂わすもの等、多彩な即興詞で踊りを盛り上げる。

これらは通りのほぼ中央に組まれる踊りの輪の外側の特設やぐらの上にお り、その左右の柱には「五穀豊穰」「豊年満作」と書かれた長灯籠がかけ られ、周りには幔幕が張られる。


  
━━━━━━━━━
「ローカル経済圏」
━━━━━━━━━

伊勢雅臣


■1.雇用の8割を占める「ローカル経済圏」

 第1次安倍政権が誕生した平成25(2013)年の夏頃、「アベノミクス第 3の矢」の成長戦略メニューに関して、こんな感想を述べた人がいた。

__________
 アベノミクス 第三の矢の成長戦略メニューって、おおむね正しいんだ けど、何かピンとこないんだよね。

 これ、要は大手製造業やIT企業などのグローバル成長を意識したメ ニューなんだけど、日本経済でこうした産業が占める割合って、もはやせ いぜい三割程度。雇用にいたっては二割くらいなんだ。[1, 2457]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 政府の肝入りで発足し、カネボウなど多くの事業再生を支援した「産業 再生機構」の代表取締役を務めた冨山和彦氏の発言である。

 富山氏は大手製造業やIT企業などグローバル市場で活躍する企業群を 「グローバル経済圏」、それ以外を「ローカル経済圏」と呼ぶ。後者は地 域の小売り商店、ホテルや旅館、レストラン・食堂・飲み屋、病院や介護 施設、学校・塾、バスやタクシー・地域鉄道、スポーツ・ジムその他のレ ジャー施設、行政など、要は我々が日常生活でお世話になっている事業者 からなる。

 こういう「ローカル経済圏」が経済規模で7割、雇用で8割を占めると いうから、この部分を見過ごした経済対策では、「ピンとこない」のも無 理はない。


■2.「ローカル経済圏」が提供する雇用機会

「グローバル経済圏」と「ローカル経済圏」の違いは大きい。

 まずは地元雇用への波及効果が違う。たとえば、トヨタはアメリカに工 場を持ち、アメリカ市場で相当のシェアを持っている。そこでの稼ぎはト ヨタの米子会社の利益となり、米国に税金を払う。日本国内にはその一部 が、トヨタ本社への配当や技術使用料として還流してくるが、それが多少 増えても、トヨタ本社が研究者や管理スタッを比例して増やすわけではない。

 それに対して、「ローカル経済圏」では、外国人観光客が増えれば、ホ テルもレストランの売り上げも比例して増える。当然、従業員もそれなり に増やさなければならない。地域の雇用が増えれば、新たに雇われた人た ちの外食やレジャー支出などが増えるので、地域はさらに潤っていく。

「ローカル経済圏」は労働集約型のサービス産業が中心のため、雇用を生 み出す力が格段に大きい。そこが活性化すれば、より多くの国民が仕事と 収入を享受できる。

 雇用の中身も違う。トヨタの研究者や経理スタッフには、高度の知識・ 経験が必要であり、一般人が即戦力になりうる職種ではない。「ローカル 経済圏」では、たとえばホテルの清掃やレストランの給仕など、高校生の アルバイトでも戦力となる。子育てを終わった主婦や、定年後の第二の仕 事を求める高齢者も活躍できる。

 雇用の流動性も高い。トラックの運転手や看護師が同業他社に移ること は、トヨタの研究員が定年後に他所で専門知識を生かせる仕事を見つける よりは遙かに容易だ。

「ローカル経済圏」での雇用は、量が大きいだけでなく、質の面でも一般 人への間口が広く、敷居も低いのである。


■3.幸せな生活スタイルにつながる「ローカル経済圏」

 富山氏は言及していないが、働き手の生活スタイルも大きく異なる。ト ヨタは全国から多くの人を雇用しているが、彼らの多くは出身地を離れ て、本社のある愛知県豊田市や、東京本社などで働く。国内の転勤のみな らず、海外勤務も珍しくない。

 それに対して「ローカル経済圏」なら、たとえば福井生まれの人が地元 の商店に勤めて、両親と同居することも可能である。子供を授かれば三世 代同居となり、そういう家庭の多いことが、福井県の小中学生が学力や体 力で常に全国のトップクラスにつけている要因の一つとされている。[a]

 主婦は子育てを祖父母に助けて貰うことで、育児をしている女性の有業 率では全国2位(平成29年)、出生率(同)も全国で12位。お年寄り も、子や孫との接点が増えて、安心で生きがいのある生活を送れる。 「ローカル経済圏」が活性化することで、多くの国民が生まれ故郷での幸 せな暮らしをすることができるようになり、それが人口減少対策にもなる のである。


■4.「ローカル経済圏」の高齢化と人手不足

 しかし、現実の「ローカル経済圏」はどうだろうか? 駅前はシャッ ター街、郊外には独居老人という有様だ。その原因として「地方は疲弊し ていて仕事がなく、結果的に人手が余っていて、職に困った若者が東京に 出て行ってしまい空洞化が起こっている」と言われるが、これには富山氏 は首を傾(かし)げる。

 富山氏は現在、コンサルティング会社「経営共創基盤」を経営している が、同社が100%出資している東北の地方公共交通の運営会社は、バブ ル時代ですら運転手不足で困っていたという事実があるからだ。

__________
地方は高齢化がすさまじい勢いで進行していて、どこの病院も看護師不足 で悩んでいる。どこの介護施設も、介護福祉士がいないと嘆いている。医 師不足は別の問題だが、とにかくどこへ行ってもひどい人手不足に陥って いた。[1, 190]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 生産年齢人口(15歳以上、65歳未満)の平成2(1990)年から平成 24(2012)年の変化で見ると、東京は約13万人増加しているのに対し、 東北地方はおよそ90万人も減少している。

 すなわち、「ローカル経済圏」は働き手が都会に流出してしまうこと で、人手不足が深刻化しているのである。人手の流出で駅前商店街が後継 者不在でシャッター街となり、バス会社も残業、休日出勤が増えて、ます ます就職希望者が減ってしまう。


■5.「ローカル経済圏」の労働生産性と賃金の低さ

 人手不足なのに、なぜ働き手が都会に出てしまうのか。それは賃金水準 が低いからだろう。平成30(2018)年の都道府県別年収で見ても、東京が 622万円でダントツだが、岩手、山形、青森、秋田各県はいずれも 400万円以下である。これではいかに家が広く、自然が豊かでも、都会 に出ていこう、と考えるのも無理はない。

 賃金が安いのは労働生産性が低いからだ。日本の主要製造業の労働生産 性は世界トップレベルで、「グローバル経済圏」はそれをテコに世界市場 で勝負して利益を上げ、高い賃金も払える。

 しかし「ローカル経済圏」では、アメリカを100とすると、小売り・ 卸売りで42.9、飲食・宿泊ではなんと26.8である。[1, 1641]

 この低生産性の主要因は「ローカル経済圏」の人口密度の低さである。 東京都の人口密度は平方キロあたり約6,300人。対して東北地方では 福島県135人を筆頭に、青森県130人と続き、岩手県に至っては81 人と、と東京のおよそ80分の1である。

 人口密度が数十分の1では同じようにローカルバスを走らせても、客も 売り上げもはるかに少ない。東京なら10分に1本のバスでも相当な客が 乗っているのに、地方では2時間に1本で乗客は数人という光景が珍しく ない。これでは運転手1人あたりの売り上げも微々たるもので、当然、給 料も抑えざるをえない。

 この人口密度の低さというハンディをなんとか乗り越えようというアイ デアが「コンパクト・シティ」構想である。地方のターミナル駅を中心に 人口30〜50万人程度の中核都市圏を作り、周辺の小さな市町村から人 口と都市機能を集める。東北地方であれば、青森市や盛岡市(ともに30 万人)のイメージである。

 介護施設、病院などが集まってくれば、高齢者が車の運転ができなく なっても、歩いて通院出来る。保育施設や幼稚園などが集まれば、働く女 性も住みやすくなる。人が集まれば、飲食店やレジャー施設も繁盛する。 駅前のシャッター街はこうして復活していく。

 人口密度が高まれば、労働生産性も高まり、賃金水準も高くできる。そ れによって、働き手も集まってくるから、さらに人口密度が高くなる、と いう善循環が生まれよう。


■6.先のない企業の「穏やかな退出」を

 富山氏は産業再生機構での経験を生かして、労働生産性向上のための政 策提案をしている。それは生産性が低いがために赤字となっている企業の 「退出」を促進することである。たとえば、赤字企業はたいていの場合、 銀行から最大限の融資を受けている。その際に、銀行は経営者の個人保障 を求める。

 個人保障ゆえに、いざ企業が倒産したら、経営者は個人の貯金や家屋敷 まで取り上げられる。子供は進学を諦め、家族は路頭に迷う。それを避け るために、中小企業の経営者はなんとしても倒産は避けようと、先行きの 展望がなくとも必死の苦闘を続ける。

 富山氏は、産業再生機構時代には、倒産した経営者からは生活財産や、 つつましいマンションなら取り上げなかった。その後も生活していかねば ならないからだ。このように、事業を畳んだとしても、最低限の生活はで きるよう保障すれば、生産性の低い、先の見通しの立たない事業は早めに 諦めることができるようになる。

 そうなれば、破綻寸前の企業の悪あがき的な安値攻勢もなくなって、競 合企業も健全な利益を得て、適正な賃金を提供できる。従業員も一時は失 業しても、生産性のより高い企業に移ることができる。結果的に、生産性 の高い企業の人手不足は緩和され、「ローカル経済圏」全体の労働生産性 も上がっていく。

 さらに、人余りの時代に、なるべく中小企業を潰さないように支援して いた政策も見直す必要がある。その一つが信用保証協会の債務保証で、銀 行は通常の融資ができない破綻寸前の企業でも、その債務保証があれば、 融資をしてくれる。それでも倒産して、協会が代わって弁済した金額は平 成29(2017)年で3万6千件、3500億円。富山氏は次のように指摘する。

__________
 一九九〇年代ごろまでは、保証協会の社会政策的合理性はあったと思 う。当時は深刻な人余り状態だったので、保証協会融資を実行することで 倒産を防ぐ意味があった。しかし、地方の人口が減少し、過疎が進むとい うことを受け入れず、闇雲にがんばって延命医療をすることに社会政策的 意味はなくなっている。[1, 2151]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 破綻した企業の尻拭いに3500億円も使うくらいなら、「転廃業支援 金」「事業譲渡促進支援金」という形で、「穏やかな退出」のためにお金 を使った方が良い、と富山氏は主張する。それにより倒産した経営者が、 別の事業に再チャレンジしたり、あるいはそれを元手に年金生活に入ると いう道が開かれる。

 現行の銀行融資や保証協会制度は、企業経営者を鞭打って、半死半生の 企業に延命措置をしている。それによって従業員には低賃金、同業者には 安売りという迷惑をかけている。そんな企業が往生できるような施策が必 要である。


■7.外国人労働者は対処療法に過ぎない

 人手不足というと、すぐに外国人労働者を入れようという主張する輩が いるが、富山氏はこの問題に関して、貴重な経験をしている。

__________
私の祖父母は戦前、北米カナダに移民し、父はそこで生まれ、思春期まで を過ごした。もともと植民地で、かつ多くの移民を受け入れていたカナダ でさえ、移民を受け入れる側の白人社会と、移民した側の日本人との間の ストレスがいかに大きいものだったか、私は父や祖父母から嫌というほど 聞かされた。
この手のストレスは、上流階級同士ではあまり生まれない。その地域のま さにL(JOG注:「ローカル経済圏」)な世界で生きてきた人たちと、そ こに下層労働者として入ってくる移民との間で生まれるものだ。[1, 2406]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 移民に関しての同様の軋轢が世界中で起こっている。移民がもたらすス トレスとは文化的な問題だけではない。移民労働者は低賃金で「ローカル 経済圏」に入ってくるので、そこでの職を奪い、かつ賃金水準を下押しす る。「ローカル経済圏」で働く人々にとっては、招かれざる客なのだ。

 企業側にとっても、一時的に人手不足は解消できるが、それがために生 産性を向上させようという志は薄れてしまう。低生産性が低賃金をもたら す、という根本的な問題はそのままである。それでは、いずれ外国人労働 者ももっと稼ぎのよい都会に去ってしまうだろう。「ローカル経済圏」に とって、外国人労働者とは一時しのぎの対処療法でしかない。

 そもそも、労働生産性で小売り・卸売りはアメリカの4割程度、飲食・ 宿泊に至っては3割以下という状況で、「人手不足だから外国人労働者 を」という主張自体がおこがましい。

 多くの経営者が「外国人の雇用」「女性と高齢者の活用」「労働生産性 の向上」という順序で考えている事に対して、富山氏は言う。

__________
正しいのは、反対の順序だ。最初に生産性を上げることを考え、女性と高 齢者の就労率を上げることを考え、外国人労働者についてはまずは高度人 材から、そして非高度人材については必要最低限の範囲で期間限定型での 導入を検討し、最後に移民の問題に入るべきだ。[1, 2432]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 生産性向上については日本の「グローバル経済圏」は世界最高レベルの 「改善」の経験とノウハウを持っている。また国民一人ひとりの教育水準 も高く、顧客や企業に対する強い利他心を持っているので、改善には積極 的である。そういう日本人の強みを十二分に発揮させれば、労働生産性を 向上させて高い賃金を実現できよう。

 そうなれば、仕事では適正な収入と生きがいを得つつ、豊かな自然の中 で、家族や郷里の人々と共に暮らせる幸せな「ローカル経済圏」を実現す ることができる。それこそ明日の明るい「和の国」日本の姿である。
(文責 伊勢雅臣)


━━━━━━━
重 要 情 報
━━━━━━━

◎韓国の康京和(Kang Kyung-wha)外交部長官の英語力:前田正晶

9月1日にこの我が国で言えば外務大臣に当たる康女史が北京滞在中にUKのBBCに受けた約15分だったかの電話インタビュー(なのだろう)の再生録音を聴く機会があった。私はかねがねこの康長官の英語力は並ではないと思っていたので、あらためてWikipediaで検索してみた。出身は韓国の延世大学だが、アメリカの州立のマサチューセッツ大学でマスターと博士号を取得していると判明した。「なるほど」という思いなのだが、あのBBCとのインタビューを聞き終えての偽らざる感想は「嫌らしいな。捨て置けない相手かも」だった。

私はこの長官に対する専門家の先生方の評価を聞けば「文在寅大統領のメッセンジャーに過ぎない」となっていたので、ただ単に英語が達者なだけの長官かと少しく舐めてかかっていた。だが、昨日のあの録音を聞いてから少し考えが変わった。その前にお断りしておくべきことは、BBCの質問は先ずは時間をかけて「悪化の一途を辿っている日韓関係の原因が那辺にあるか」と「韓国がアメリカに対してGSOMIAを破棄したことで強硬な姿勢に出てきていることにどう対応する気か。安全保障を如何に見ているのか」だった。

康長官が答えた内容をここにクドクドと再録するまでもあるまいと思う。それは上述のように長官は実に忠実無比の文在寅大統領とその他の閣僚の対日批判と非難と韓国の主張が正しく、我が国の貿易管理の手続を事前の相談もなく変更したことが如何に不当であり、その後に文大統領が光復節の演説に日本に話し合う機会与えたにも拘わらず応じないし、未だに歴史を忘却して65年の協定に拘泥しているのは誤りであると言ったような諸々の言いがかりの内容を淀みない綺麗で正調な英語で語り続けたのだった。

正直に言えば私は在職中に親しい取引先の方々には「あんたが褒めるのだから、よほど優れているのだと良く解る」と言われたほど「他人様を褒めること」をしないのだった。だが、あの康長官の英語力には恐れ入って褒めようかと思わせられた。もしもケチを付けるところあれば、3回ほど語りの中に“you know”が入っていたので、折角の格調高く綺麗な英語の品格を下げてしまった恨みがあった程度だ。どのくらい上手かったかと言えば「この人はアメリカ生まれの帰国子女である」と聞かされても疑わない程度だった。

私はこと韓国人の英語力となれば、12年にYM氏とSM氏とカリフォルニア州を旅した際に、アメリカに来て2ヶ月も経っていないという若き韓国の女性の英語力に感銘して“Were you born here?”と尋ねてしまったことがあった。これは「英語が現地人のように上手い」と褒めたことだ。彼女は韓国で2年も英語を勉強してこなかったと言っていた。即ち、韓国の英語教育は甚だ遺憾ながら我が国よりも優れていると、YM氏も永年のビジネススクールの教員をしていた経験からも承知していたのだった。

実は、ここから先が本論である。私がイヤな感じがしたという理由は「あの康長官のような淀みない一聴native speakerかと錯覚しそうな英語で『日本国悪者説』を彼らが予定していると聞くWTOへの提訴に備えて世界の各国に説明というかロビーイングなどをかけられれば、初めて聞かれたこの件に無縁だった国々の方は『なるほど。そういうことだったのか』と信じてしまうのではないか」という点なのだ。

康長官の語彙は私が常に述べてきた「英語は易しい言葉を沢山使って細かいことまで十分に説明しよう」という点をその通りに実践していたのだった。いや、残念ながら解りやすく聞きやすいのだった。ここで、後難を恐れて安倍総理の通訳を務めておられる高尾氏だったかの英語について感想を言えば「非常に正確に通訳され先ず総理のご意向が誤って伝わることはないだろう」という立派な英語なのだ。だが、余りにも勉強されすぎたせいかと思うが“big word”という難しい言葉を多用されているので、アメリカ人が言う“wordy”の気配があるのだ。その点では康長官の英語と対照的だと思えてならない。

因みに、“wordy”はOxfordには“usually disappointing”とあって“using too many words, especially formal ones”となっている。私は高尾氏の通訳を聞いて、後難を恐れずに言えば「トランプ大統領は安倍総理を極めて四角四面な堅い性格で理詰めに物を考える人物」と看做しているのではないかと感じていた。勿論、私には総理の実際の人となりなど解る訳はないが、通訳の仕方一つでその語り手の人物像が変わってくるという意味だ。康長官の英語を聞く限りでは、平易で解りやすい物の言い方だと思うが、文在寅大統領がそういう人物だとは到底思えないのだ。

という次第で、私は康長官の今度の動静には要注意であると同時に、我が政府も海外向けにあの程度の表現力に富んだ英語で我が国の正当性を遍く世界に広めて行く準備を可及的速やかにすべきだと思う。ここでも後難を恐れずに言えば、我が方にあそこまでの英語力を備えた広報官がいるのかと不安になってしまう。でも英語力を気にしている場合ではなく、韓国の虚言と妄言を暴く広報活動を開始して貰いたいと願うのだ。河野外相にもジョージタウン大学出身者として一層の奮起を期待したい。

◎英会話は結局は慣れと度胸になるが:前田正晶

英語は総合的に勉強すべきだ:

いきなり否定的なことから入っていくが、私は「英会話」などという独立 した勉強の科目などないと信じている。即ち、「会話とは英語で自分の思 うところを淀みなく表現出来て誰かと話が出来るようになる為には、英語 そのものを基礎から基本的に勉強して理解出来ているかいないかの問題で ある」のだ。

より具体的に私の持論を展開すれば「英語の勉強の過程で,英文解釈だ の、英作文だの、単語だの、文法などとバラバラに教えるか勉強するので はなく、教科書を音読・暗記して、覚えている内容を淀みなく暗唱出来る ように総合的に学習して置くべきだと言いたいのである。実際に、私は英 文和訳や英作文などという勉強の仕方をしてこなかったし、GHQの秘書の 方に教えられた英語のままで考え、流れの中で覚え記憶した言葉の使い方 で、英語だけはまともな成績を挙げることが出来ていた。また、高校1年 になった頃にはアメリカ人たちと英語で話し合う時に何ら不自由しなかっ たのだ。

と、ここまで言ってしまえば、それだけで英会話の勉強法を語ったことに なってしまったと思う。だが、これだけでは何ら諸賢のご参考にはならな いと思うので、もう少し具体的なことを論じていこうと思う。

英会話とは:

一口に英会話などと言うが、私にはこれだけでは何のことを言っているの か不明確だと思えてならない。雑談なのか世間話なのか、何か主題 (「テーマ」とも言うがこれはドイツ語で、英語はthemeであり強いてカ タカナ書きすれば「スイ―ム」とでもなるか)が決められていて、その範 囲内で語り合うのかはハッキリしていないと思う。私は要するに何らかの 話題を、知っている限りの表現と単語というか言葉を使って自然に話し合 うのが会話だと思っている。会話とは思いがけなかったような広い範囲に 話題が展開していくのかなどは事前に分からないのが普通だろう。

世間では英会話など言えば、何かよほど美しい表現や言葉を散りばめねば ならないと思う人は多いのではないか。または、如何なる話題にも対応せ ねばならないと緊張しておられる方がおられるだろう。だが、雑談や世間 話ならば中学校(現代では、もしかして小学校のか?)1〜2年の教科書に 出てくるような易しい言葉(口語的表現か慣用句を構成しているような解 りやすい単語)だけで出来るものなのだ。要するに、難しく考えるとか、 気取る必要などないということだ。

その為には可能な限りキチンとした教養があるアメリカ人乃至は英語を母 国語とする人と会話をする機会を求めることが良い勉強になると思ってい る。それは「なるほど、こういうことを言う時にはこういう風に表現する のか」と言うお手本に接することが出来るからである。

だが、この方式の難点は「貴方にその外国人が話している英語が果たし程 度も高くて真似をする価値があるかないかが容易に判断は難しかろう」と いうこと。即ち、「無闇矢鱈にnative speakerを有り難がるな」というこ とだ。解りやすく言えば、一般の方では彼らが「何処の馬の骨か」を判定 できるだけの英語力と判断力は備わっていないだろうという意味。

嘗てシアトル支店で最高の英語の使い手という商社マンから聞いた苦労話 では「赴任した当初に最も苦しんだことは、アメリカ人が余りにも早く話 すように聞こえたし、一つの文章が何処から始まって何処で終わったかと いうか、何処で切れたのかが全く聞き取れなかったこと」だそうだ。


この何処で切れるのか聞き取れないと言うことは「英語には連結音と“rー linking”という次に来る単語の頭の母音と連結してしまう発音がある点」 が正確に聞き取りにくくしているのだ。簡単な例を挙げれば“There is 〜.”は「デアリイズ」のように繋がってしまって「デア・イズ」とはなら ないのである。


その駐在員はそれだけではなく、話の途中で「済みません、もう一度言っ て下さい」と言うタイミングが取れなくて、解らないままに半紙が進んで しまったのも悩みの種だったと述懐していた。


こういう経験談を纏めてみると「学習法としては結局のところ経験を積ん でいくしかないのだが、その間にこれと思う表現と言い方を沢山覚えて表 現の小引き出しを増やしていくしかない」というような結論になってしま うのだ。

私の幸運:

私はそういう意味では、幸いにもアメリカの大手製造業の会社に入ってい たので、品格というか教養があると思う上司か同僚が使う表現を覚えて真 似する機会が常にあったのだった。このように native speakerに学ぶの は良い方法なのだが、問題点は「彼らは日本人がどういうことで悩むの か、どういうことが解らなくて苦しんでいるのか」などほとんど解ってい ないので、痒いところにまで手が届くその点では、私は支配階層のアメリ カ人の中にあっては外国人だったので、寧ろ気楽に何でも質問することが 出来たし、聞くは一時の恥だと割り切っていた。


Native speakerに無闇に依存しないこと:

その昔に「アメリカ人がゆっくりと我々にも解るように話してくれたの で、何とかついて行けた」などと言う人もいたが、私はほとんど嘘だと 思っている。彼らにそんな器用なことが出来る訳がないし、彼らが一般の 日本人が聞き取れる速度など承知しているとは思えないのだ。故に、私は 無闇矢鱈にnative speakerから学ぶことを積極的には勧めないのだ。

後難を恐れずに言えば「ましてや、そのアメリカ人か外国人の教養の程度 や出自をどうやって判断するのかも問題だろう。いや、一般の方には解る 訳がないと言って誤りではない」と断言する。後難を恐れずに言えば、我 が国の学校教育で英語を学ばれた方々にはアメリカの南部やオーストラリ アやニュージーランドの訛りなどを聞き分けられる訳がないのだと言いたい。

生きた英語の例:

そこで「もう一度言って下さい」は我が国ではごく普通に“I beg your pardon.”と教えられているようだが、私は何故かこういう言い方を聞いた 記憶がない。仲間内では“What’s that?” と簡単に言うか “Excuse me.” の語尾を上げて言えば十分だ。または“What did you say now?” か“I'm sorry.”の”sorry”にアクセントを置いて語尾を上げるかでも通じる。時に は“Say that again?”とズバリと来る場合もあるが、ここでは前に“Could you”と付ければ、より丁寧になる。一寸ひねった言い方では、“Would you please rephrase rain check for me?”のように解説を求める言い方をす ることもある。

以上、難しい単語など一つも出てきていない点に注目されたい。ここで更 に強調しておきたいことは、こういう文例を黙読するだけでは覚えきれな いので、何回も音読して覚えてしまおうとする姿勢が必要なのだという点 だ。換言すれば、英語の表現を効率良く覚える為には、読んで目から入れ ようとせずに耳から入れようとことが肝腎なのだ。これこそが私が主張す る音読・暗記・暗唱による学習法である。

1970年代前半に、あるカナダ人の青年とどうしても面談してフランス語と 英語の日本語への通訳を依頼せねばならないことがあって、知り合いのカ ナダ大使館の商務官に彼の連絡先を教えていただきたいと電話でお願いし た。その時に電話の向こうで聞こえたのが彼が誰かに向かって言った“Do you know his whereabouts?” だった。「彼の所在を知っているか?」を こう言うのかと知った。

更に “Can you get hold of him?” も聞こえた。「彼に連絡がつくかい」 はこのように言えば良いのかと学べた。私は既に “Can you reach him? ” は承知していたが、カナダ大使館との電話連絡のお陰で「どのようにして 誰々と連絡するか」の表現の引き出しが一つ増えた次第だった。私は会話 が上達するかどうかは、こういう場合に「これは使えそうだ」と覚える気 があるかないかだと思うのだ。

これらの表現は言わば口語体での会話にはごく普通に出てくるのだが、私 の現場での経験では、我が国の学校教育ではここまで踏み込んだ言い方を 教えられていないようだと見ていた。実は、この種類の表現を覚えていて も、現実にはなかなか使える機会は訪れないだろうと思っている。だから 敢えて教えないのかとも考えた。だが、現実の会話ではこのような優しい 単語を使った口語体や慣用句での表現の洪水である事が多いのだから英会 話が大変なのだ。

結び:

それも、「何時始まって何処で切れるのかサッパリ解らない早さで話され るので“rain check”のような言葉が出てきたところで集中力が切れてしま うようだ。対策はどうすれば良いのか」と尋ねられれば、結局は「習うよ りは馴れろ」しかないのではと、突き放したような言い方になるのだが、 悪しからず。だからこそ、私は長年英会話とは「習うより慣れろ」であり 「慣れと度胸だ」と言ってきたのだ。




━━━━━━━
身 辺 雑 記  
━━━━━━━

東京湾岸は3日は曇天。

2日の東京湾岸は晴れ。しかし散歩しても汗をかかなかった。
最高血圧:102。私の家系には癌患者は無。私は多分脳梗塞で死ぬ。113歳 ごろ。

隣の第三亀戸中学校のプールでは10時前から女生徒たちが泳いでいた。
それを8階から見おろしているが女性と言ってもまだ子供だから。

読者:6001人















規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: 97 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。