政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針5151 号  2019・8・29[木)

2019/08/29



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 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5151号
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       2019(令和元年)年 8月29日(木)



       少子化対策ではなく人口政策の確立を:加瀬英明

           「中曽根君を除名する!」:渡部亮次郎

       中国国防白書、対米戦勝利への決意:櫻井よしこ

         
                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記



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少子化対策ではなく人口政策の確立を ━━━━━━━━━━━━━━━━━


加瀬 英明

多くの識者が少子化によって、日本が衰退してゆくことを憂いている。

これまでは年間出生数が200万人台だったのが、90 万人台を割って
しまうことになるとみられる。

この30年ほどか、日本の都会に住んでいると、誰もがかつての王侯貴
族のような生活を営んでいる。
 贅を極めているのに、贅に耽っているのに気付かないほどの贅沢はな
い。スマホを使って世界中の料理が、自宅に届く。タクシーを拾って、運
転手に行き先をいえばよい。

指先1つで家電を動かせる。テレビによって、バラエティー・ニュース・
ショーをはじめ、居間で滑稽劇(おわらいげき)を楽しむことができる。

身の回りに、あらゆるサービスがある。サービスserviceの語源は、
ヨーロッパ諸語のもとのラテン語で、「奴隷」を意味する「セルヴス
servus」だ。大勢の奴隷にかしづかれているのだ。

それなのに、国民が不満でいっぱいだ。狂言『節分』に「えっ、この罰
当りめが」という台詞(せりふ)があるが、これほど恵まれた生活をしてい
るのに、そう思わない。

亡国を免れるためには、子を産む女性や、子育てを望む若い夫婦に、国
が補助金を支給すべきだ、金(かね)をぶつければ出生率があがると、説く
人々がいる。だが、私は社会が豊かになるにしたがって、出生率が減って
きたのに、金(かね)で解決できるというのは理解できない。経済成長によ
る物質的な豊かさこそが、少子化の惨状をもたらしたのではないか。

スウェーデンやフランスが子を産むシングル・マザーや、夫婦に、児
童手当や、住宅、教育費など給付を増やすことによって、出生率が向上し
たと喧伝されるが、その後、出生率が低下している。

いまでは工業ロボットやAIが、私たちの生活を支えている。テクノロ
ジーが私たちの生活を、大きく変えている。

このところ先進諸国は、どの国も「人手不足」の悲鳴をあげている。ア
メリカでは失業率が半世紀ぶりに、3・6%まで落ちている。イギリス、
ドイツ、フランスなどの諸国でも、求人難が深刻だ。日本でも10年前の
平成11年に失業率が5・09%だったのが、2・4%まで落ちている。
技術革命によるもので、政府の施策がもたらしたものでない。

ハイ・テクノロジーと金(かね)と数字が、私たちを支配するようになっ
ている。金(かね)は空腹などその場を凌(しの)ぐために、使われる。人と
人との絆が金(かね)によって結ばれているから、短時間で使い捨てにされ
る。男女の結びつきも例外ではない。

テクノロジーも数字も、理によってつくられているから、心も情もない。

だが、心は生きているから、金(かね)とテクノロジーと数字だけになる
と、家族も、家族的経営も崩壊して、人々が神経症を患って、子殺しや親
殺しに走る者が急増する。

私は「少子化対策」という言葉が気に入らない。なぜ、「人口政策」と
いわないのか。

対米戦争が始まった昭和16(1941)年に、政府が国の将来を想い量って
「人口政策確立要綱」を決定した。戦後、日本が国であるべきでないと信
じるようになったために、かつての「産めよ増やせよ」という言葉を連想
させるといって、「人口政策」という言葉が抹消されたためだ。

私は平成6(1994)年に、厚生省(現厚労省)が「少子化」対策として、
子育て支援などの「エンゼルプラン」を発表した時に、意味不明な「エン
ゼル」という言葉を使ったのに、憤ったのを覚えている。英語の天使「エ
ンジェル」だったのか。外国に魂を売った小(こ)っ端(ぱ)役人が造語した
にちがいない。

 
数年前に、友人と小料理屋で浅酌した時に、友人が「手鍋提げても」と
いったところ、若い女子従業員が「手鍋って、どんな料理ですが?」と質
問したので、呆れたことがあった。もちろん、好きな男と夫婦になれるな
ら、どんな貧困もいとわないという意味だ。

政府が1990年代に“フェミニズム運動”を煽って、「男女共同参画社
会」を推進したことも、少子化を悪化させた。女性は家庭を築くことが何
より大切な役割であるのに、家族を否定することをはかったものだった。

あわせて軽佻浮薄な言葉狩りが進められて、「婦」は女性が帚をかかえ
ているから差別だといって、警察庁が「婦人警察官」を「女性警察官」、
防衛省が「婦人自衛官」を「女性自衛官」と改称した。

私は母親が座敷や家の前の路地を掃くのを見て、帚が母の心の延長だ
と信じていたから、母が冒涜されたと思った。

私は松下政経塾の役員を永年勤めたから、そういうべきではないが、家電
製品はすべて心を省くものだ。

警察や自衛隊では「婦道、婦徳」という言葉を使うことを、禁じてい
るにちがいない。だが、いまでも「妊婦」という言葉が使われている。ど
ちらかにしてほしい。「家族」もウ冠の下に豕(ぶた)と書くから、差別語
ではないか。

女性の高学歴化が結婚年齢を引き上げ、子供の教育費がかかりすぎるこ
とが、子を産む意欲を減退させているという。

学歴崇拝が日本を滅ぼす。高収入を望んで、自分をひたすら他に委ねて、
合わせる受験戦争が、幼稚園から就職まで続く。

二宮尊徳、伊能忠敬、渋沢栄一の3人をあげれば、農家の子だったか
ら、最終学歴は寺子屋の4年ばかりだが、まず自分で自分を創ったうえ
で、日本を創った。虚ろな教育に国費を浪費するべきでない。

個人が何よりも尊重される。だが、「個人」という醜い言葉は、明治に
入るまで日本語のなかに存在しなかった明治翻訳語だ。私たちは人と人と
の絆のなかで、生きてきた。

どうしたら、少子化を防ぐことができるのだろうか。

愛国心を鼓吹するほかない。

            
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「中曽根君を除名する!」
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       渡部 亮次郎

河野一郎さんの命日がまた巡って来た。7月8日。昭和40(1965)年のこと。
死ぬ2日前(6日)の夕方、東京・麻布台の事務所を訪ねると、広間のソ
ファーで涎を垂らして居眠りしていた。

黙っていると、やがて目を覚まし、バツが悪そうに涎をハンカチで拭い
た。何を考えたのか「従(つ)いてき給え」と歩き出した。

派閥(河野派=春秋会)の入っているビルは「麻布台ビル」といったが、そ
の隣に建設省分室と称する小さなビルが建っていた。元建設大臣としては
殆ど個人的に占拠していたようだった。

向かった先はそのビルの4階。和室になっていた。こんなところになんで
建設省のビルに和室があるのかなんて野暮なことを聞いてはいけない。

「ここには春秋会の奴らも入れたことは無いんだ」と言いながら
「今度、ボクはね、中曽根クンを春秋会から除名しようと決めた。
奴はボクが佐藤君とのあれ以来(佐藤栄作との総裁争いに負けて以来)、
川島(正次郎=副総裁)に擦り寄っていて、数日前、一緒にベトナムに行き
たいと言ってきた。怪しからんのだ」

「河野派を担当するならボクを取材すれば十分だ。中曽根なんかのところ
へは行かないのが利口だ」とは以前から言っていたが、派閥から除名する
とは只事ではない。

思えば河野氏は喉頭癌のため退陣した池田勇人(はやと)総理の後継者と
目されていた。しかし、河野側からみれば、それを強引に佐藤栄作支持に
党内世論を操作したのは誰あろう川島と三木(武夫)幹事長だった。

佐藤に敗れた後も無任所大臣(副総理格)として佐藤内閣に残留していた
が,政権発足7ヵ月後の昭和40(1965)年6月3日の内閣改造で河野氏が残留を
拒否した事にして放逐された。

翻って中曽根康弘氏は重政誠之、森清(千葉)、園田直と並ぶ河野派四天
王として重用されてきた。それなのに川島に擦り寄って行くとは。沸々と
滾る「憎悪」をそこに感じた。その頃は「風見鶏」という綽名は付いてな
かったが、中曽根氏は元々「風見鶏」だったのである。

そうした隠しておきたい胸中を、担当して1年にもなっていないかけだし
記者に打ち明けるとは、どういうことだろうか。

7月6日の日は暮れようとしていた。「明日は平塚(神奈川県=選挙区)の
七夕だからね、今度の参議院選挙で当選した連中を招いて祝勝会をするか
らね、君も来なさい。ボクはこれからデートだ、では」

それが最後だった。翌朝、東京・恵比寿の丘の上にある私邸の寝室で起き
られなくなった。日本医師会会長武見太郎の診断で「腹部大動脈瘤破裂、
今の医学(当時)では打つ手なし」。翌8日の午後7時55分逝去した。享年
67。武見は{お隠れになった}と発表した。

当日、奥さんに招かれてベッドの脇に居た私は先立つ7時25分、財界人
(大映映画の永田雅一,北炭の萩原社長,コマツの河合社長らが「南無妙法
蓮華経」とお題目を唱えだしたのを「死」と早合点し、NHKテレビで河野
一郎を30分早く死なせた男として有名になる。

死の床で「死んでたまるか」と言ったと伝えられ、「党人政治家の最期の
言葉」として広くこれが信じられてきたが、河野洋平氏によると「大丈夫
だ、死にはしない」という穏やかな言葉で家族を安心させようとしたのだ
という。これも犯人は私である。

河野氏が死んだので中曽根氏は助かった。「河野精神を引き継ぐ」と1年
後に派閥の大半を継承。佐藤内閣の防衛庁長官になって総理大臣への道を
歩き始め多。風見鶏は幸運の人でもある。

以下はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を参照のこと。

河野 一郎(こうの いちろう、1898年(明治31年)6月2日生まれは、自由
民主党の実力者。死後、従二位勲一等旭日桐花大綬章。河野は神奈川県選
出の国会議員のなかでは実力者であり、県政にも強い影響力があったので
神奈川県を「河野王国」と呼ぶ向きもあった。

参議院議長をつとめた河野謙三は実弟。衆議院議長であり、外務大臣、自
由民主党総裁、新自由クラブ代表をつとめた河野洋平は次男。衆議院議員
で外務大臣の河野太郎は孫である。

建設大臣時代、国際会議場建設計画があり、選挙区内の箱根との声が地元
からあがったが、日本で国際会議場にふさわしいところは京都である・・・
との考えで京都宝ヶ池に国立京都国際会館建設を決めた。しかし、完成し
た建物を見ることなく亡くなっている。

地元よりの陳情を抑えての決断は現在の政治家にもっと知られてよい事例
であろう。

競走馬のオーナー・牧場主としても有名。代表所有馬に1966年の菊花賞馬
で翌年の天皇賞(春)で斃れたナスノコトブキなどいわゆる「ナスノ」軍
団があった時代もある。

河野は担当大臣として東京オリンピック(1964年)を成功に導いたが、市川
崑の監督した記録映画に「記録性が欠けている」と批判して議論を呼び起
こした。

酒を全く飲めない体質だったが、フルシチョフにウォッカを薦められた際
に、「国益のために死ぬ気で飲んだ」とよく言っていた。

1963年、憂国道志会の野村秋介により平塚市の自宅に放火される。その日
は名神高速道路の開通日で河野はその開通式典でくす玉を引いている。

三木武夫が大磯の吉田茂の自邸に招かれた際、応接間から庭で吉田が笑っ
ていた様子が見え「随分ご機嫌ですね」とたずねると「三木君は知らんの
か! 今、河野の家が燃えてるんだよ!」とはしゃいでいた。「罰が当っ
た」と吉田周辺はささやいたと言う。二人は互いを不倶戴天と言ってい
た、終生。2008・07・05



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中国国防白書、対米戦勝利への決意
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          櫻井よしこ

中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号


          
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重 要 情 報
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◎YM氏と自重して出歩かないで電話で語り合った:前田正晶

暫く振りにYM氏と懇談した。流石の彼も微妙に老化現象が表れてきたの
で、何もこの不安定な気象条件下で何処かで落ち合うこともあるまいと言
うので、再会は涼しくなる9月まで待とうということにした次第。そこ
で、彼との意見交換を簡単に纏めてみよう。


我が国の産業界は遅れているのでは:

彼はGAFAが明らかに代表するように、アメリかでは物造りの時代からソフ
ト中心に産業界が変身したというか、方向の転換を遂げてしまった。時代
は完全に変わってしまった。それにも拘わらず,我が国では未だに一昔前
の「製造業が中心」の時代から脱皮出来ておらず、経団連の会長は今でも
日立製作所の会長が務めているし、前任者も製造業の会社だった。我々が
永年在籍してきた紙パルプ産業界でも、アメリかではウエアーハウザーも
インターナショナルペーパーも15年前から脱印刷紙に踏み切ったのに、我
が国では・・・という具合では如何とも仕方がないのではとなった。


トランプ大統領:

トランプ氏についても話題に上った。彼の見方では

“彼の交際範囲である大学教授たち、即ち知識階級の間にはトランプ大統
領の支持者はいない。だが、トランプ氏の盤石の支持基盤である俗に言う
プーアホワイト以下や労働者階級は安定している。何故そうなったかとい
えば、彼らはそもそも選挙には無関心で投票には行かなかったのだ。だ
が、トランプ大統領が打ち出した「アメリカファースト」等のスローガン
を始めとする諸々の政策が「トランプ氏は良い日じゃないか」と彼らの人
気を呼び投票に行ったので、あれだけの固定した支持層が出来上がったと
見るのが正確ではないか” となっていた。

更に、案外に資本家側にも歓迎された面があるのは「法人税の引き下
げ」があったと見ているのだそうだ。しかしながら、私の持論である「ア
メリカの支配階層に属する人たちは今や3億2千万人にも膨れ上がった人口
の中でもいくら多く見積もっても5%を超えるものではないのだ。その5%
だけでは38〜40%に達するトランプ大統領の鉄板の支持層とは争いようも
ない差があるのだ。今回の安倍総理が引き受けられたと大統領がご満悦で
言われた250万 tonのトウモロコシの輸出などは微々たるものだが、オハ
イオ等の州の選挙民には大いに歓迎されるはずだとYM氏も言うのだ。


老化現象:前田正晶

嘗ては小型飛行機の免許を持ち、船舶一級の資格も保有していたスーパー
マン的だったYM氏も、その静かに表れてくる現象に対しては最早抵抗する
気もなく「そういうものだ」と受け止めていると言うのだった。私もどう
やら漸く「老い」とはそういうものかと気が付いて、甘んじて苦しみに耐
えていこうと思うようになったと言った次第だった。今日の所はこれだけ
語り合っただけに終わったが、9月になったらゆっくりと来し方行く末を
語り合おうということで電話を切った次第。



◎「中央アジア的暴力」5〜8:伊勢雅臣

■5.「日本が大陸アジアと付き合ってろくなことはない」

 梅棹忠夫氏は宮沢喜一首相の私的懇談会にゲストスピーカーとして招か
れた際、「日本が大陸アジアと付き合ってろくなことはない、というのが
私の今日の話の結論です」と話を切り出して、委員全員が呆気に取られた
そうだ。[2, p272]

 確かに日清日露の大戦役は朝鮮半島を巡って戦ったものだし、その後、
朝鮮から満洲に勢力圏を伸ばした事によって、中国進出を目論むアメリカ
とも戦う羽目になった。日本は朝鮮、満洲に厖大な投資を行って近代産業
の育成に取り組んだが、敗戦によって、それらすべてを中央アジア的暴力
に奪われてしまった。

 日本の韓国併合は、朝鮮半島の直接統治によって、中央アジア的暴力の
通路を遮断しようという目的だった。それを「侵略」として批判すること
はたやすい。しかし、中央アジア的暴力を食い止めるために、他にどんな
手段があったろうか。[2]の著者・渡辺利夫・拓殖大学学事顧問は、近代
日本の歩みを見直した上で、こう結論づける。

__________
半島の混乱は清露いずれかの介入を招くというのが歴史的経験則であり、
これが日本に危殆を招くことも歴史的経験則であってみれば、日本にとっ
ては朝鮮半島を支配下におき、最終的にはこれを併合するという選択は不
可避のものであった。[2, p174]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 韓国併合は「大陸アジアと付き合ってろくなことはない」悪手であっ
た。しかし、日本にとって、それ以外に朝鮮半島経由でやってくる中央ア
ジア的暴力を食い止める方法はなかった、と言うのである。


■6.防衛戦略は「防衛線」だけの問題ではない

 近年の中国の経済発展と軍事的膨張によって、東アジアの情勢はいよい
よ日清戦争前に酷似してきた。中国共産党政権という「中央アジア的暴
力」からいかに国を守るか、という我が国の宿命的安全保障課題はいよい
よ緊迫度を増している。

 この課題に対して「防衛線をどこに置くか」という議論が、地政学的な
戦略論議として行われている。日韓併合は防衛線を朝鮮半島北端まで遠ざ
けた。さらに防衛戦を満洲地方の先に遠ざけようとしたのが満洲事変だった。

 現在の日米韓同盟では防衛線を38度線に置いている。昨今の韓国の左
翼反日政権は韓国を中国・北朝鮮の側につけようと狙っているようで、そ
うなると防衛線は一気に対馬海峡まで接近することになる。これは我が国
の安全保障への大きな脅威となる。

 しかし、ここで考えなければならないのは、冒頭で述べたように韓国は
信頼できる国ではない、という点である。韓国が現在のように日米側につ
いていたとしても、いつ裏切られるか分からない。そうならないように、
またそうなっても大丈夫なように手立てを考える必要がある。逆に韓国が
中朝の側についても、同様の不安を彼らに与えるだろう。

 安全保障とは、直接の軍備の問題だけでなく、いかに味方を増やし、敵
を減らすか、のゲームでもあるが、味方なのか敵なのか、向背定まらない
国はこのゲームをさらに複雑にするのである。


■7.日露戦争の成功要因

 いかに味方を増やすかに関しての見事な戦略で勝ったのが日露戦争で
あった。国際政治面での日露戦争の勝因は以下の3つであると考えられる。

1)日英同盟。英国はインド、シンガポール、マレーシア、香港などを植
民地としていたので、これらの港でバルチック艦隊は補給の妨害を受け、
かつ艦隊の情報が着々と日本にもたらされた。これらが大きな助けとなっ
て、日本海海戦におけるバルチック艦隊撃滅という世界海戦史上、最大の
勝利が実現したのである。

2)欧米での世論戦。金子堅太郎はアメリカ各地での講演で、日露戦争は
ロシアの言うような「白人国家の『黄禍』との戦い」ではなく、「古代専
制国家ロシア 対 近代的民主国家日本の戦い」であることを訴えた。同様
にダートマス大学講師・朝河貫一や岡倉天心などが著書を出版し、親日世
論を育てた[a]。こうした努力により、日本は欧米金融市場から厖大な戦
費の調達ができた。

3)民族解放支援 明石元二郎・陸軍大佐はロシア帝国が支配している
フィンランド、ポーランド、ルーマニア、さらにはロシア国内の革命勢力
に厖大な資金援助を行い、独立運動、革命運動を活発化させた。これによ
り、ロシア帝国は足下の動揺から対日戦争を続ける余裕がなくなった。

 明治日本は近代的軍備と練度、志気でロシアを凌駕していただけでな
く、当時の国際政治においても、味方を増やし、敵を減らすための見事な
戦略をとっていたのである。韓国の外交音痴ぶりとは対照的な外交巧者ぶ
りであった。

 さらに明治日本は脅威の通路である朝鮮半島に拘泥せず、脅威の根源で
ある中央アジア的暴力そのものを相手にした事も、現代の我々が学ぶべき
点であろう。朝鮮半島は常に強きに靡(なび)く。今までは韓国も揺らが
なかったのはアメリカが絶対的に強大だったからだ。近年、中国の軍事
力・経済力が強くなってきたので、そちらに靡こうとする一派が力を得て
きたのである。

 我が国の防衛・外交戦略としては、あくまで脅威の本源である中国にど
う立ち向かうか、が本質的課題であり、それが解決しない限り脅威の通路
である韓国と北朝鮮の問題も解決しない。


■8.我が国2千年の宿命的安全保障課題

 日露戦争での3つの勝因は対中国でもそのまま適用すべきものだ。

 まず当時の日英同盟が、今日の日米同盟にあたる。さらに当時の英国植
民地に相当するのが、東南アジア、オーストラリア、インドなどで、これ
らの国々との連携を強め、中央アジア的暴力を封じ込める体制が必要である。

 第2の国際世論戦は、現代日本が最も苦手とする分野である。現在は安
倍首相の個人的才能と努力に頼っているが、民間も含め、国を挙げての強
化が必要だ。

 第3の民族解放支援。現在の中国はウイグル、チベットなどでかつての
ロシア帝国よりも暴力的な民族弾圧を続けている。昨今の香港の大規模デ
モも、中国共産党政権の暴力支配から身を守る運動と位置づけられる。同
時に韓国内の保守派への支援や、北朝鮮人民の圧政からの解放運動支援も
ありうる。しかし、こうした点に関しては、日本はほとんど手を打ててい
ない。

 現在の韓国問題は、中央アジア的暴力からいかに国を守るか、という我
が国2千年の宿命的課題の一環として考える必要がある。こういう巨視
的・歴史的な課題認識を持った国民が増えていくことで、脅威に立ち向か
う日本政府への的確な後押しができるはずだ。


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身 辺 雑 記  
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29 日野東京湾岸はひさしぶりに快晴、爽快。

28日の東京湾岸は曇天、すっきりしない。それなのに隣の第三亀戸中学校
のプールでは朝から女子生徒たちが大声を上げて泳いでいた。人間は水に
入ると興奮するものらしい。
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創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
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