政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針5146 号  2019・8・24(土)

2019/08/24

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 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5146号
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         2019(令和元年)年 8月24日(土)


           日本を守る?中国・習主席の勘違いで:加瀬英明

  雀庵の「良い体罰、悪い折檻・・・難問だ」:“シーチン”修一 2.0

               国際金融筋の強い関心事とは:宮崎正弘
   
          


                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記



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日本を守る?中国・習主席の勘違いで
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加瀬 英明

  中国・習主席の勘違いで“救われた日本”


 日本は72年前に占領下で強要された“平和憲法”と引き替えに、独立の
気概を失って、北朝鮮から、ホルムズ海峡の安全航行まで、米国に頼って
いる。

 日本は北朝鮮によって拉致された日本国民を、自分の力で救えない。ト
ランプ大統領に訴えるほかない。まるで米国が拉致したようだ。拉致被害
者は“平和憲法”の被害者だ。

 習近平主席は台湾を軍事力を用いて「統一する」と、繰り返し言明して
いる。台湾が中国に奪われたら、日本は海上交通路を絶たれて、独立を維
持することができない。

 日本と台湾は一蓮托生の関係にある。一身同体だ。それなのに台湾の安
全も、米国に委ねて傍観している。

 中国の日本に対する脅威が募っている。日本は米国なしに、まったく対
処できない。

 日本を守るために米国様(さま)々に、ひたすらお縋(すが)りしなければ
ならない。

 ところが、トランプ政権が2年前に登場すると、米国はトランプ支持派
と、リベラル派の民主党を支持者の真2つに、分断された。

 日本が縋ってきた米国が、国内対立によって頼れないようにみえた。

 日本が危なかった! ところが、この危機を意外な助っ人が現われて、
救ってくれた。中国の習近平主席である。

 トランプ政権が発足すると、習主席は米国が混乱して、力が衰えたと勘
違いして、いよいよ中国の時代がきたと、舞いあがった。オバマ前政権に
南シナ海の人工島を軍事化しないと明言したのにミサイルを配備し、野心
的な「一帯一路」計画を暴走させて、スリランカ、カンボジアなどの軍港
を借款のカタに取りあげるなど、傍若無人に振る舞いはじめた。

 中国は米国市場に経済を、依存している。先端技術も米国から盗んでき
た。寄生虫のような存在なのに、米国に対して牙をむいた。

 いってみれば、子会社が親会社を乗っ取ろうとしたのだ。
トランプ政権は中国と正面から対決することを決断し、関税戦争を始める
とともに、中国へのハイテクノロジーの供給を絶った。

 米国では、中国の目に余る振舞いに、民主党も中国を抑えつけようと、
全国民が歩調を合わせている。

 習主席が分断されていた米国を、団結させたのだ。そのために巨大な米
国の力が損なわれることが、なかった。

 日本が救われた。習さん、ありがとう!



 
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雀庵の「良い体罰、悪い折檻・・・難問だ」
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         “シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red Gables/15】小生が先生から体罰を受けたのは中2(昭
和40/1965年)までだった。国語の大沢先生は輪ゴムで頬をパッチンとや
るので有名だった。しょっちゅうやるし、大して痛くないから効き目はあ
まりなかったと思う。

エンジニア上がりの技術科の神藤先生からはビンタを貰った。工作室の針
金製フェンスの下部がグチャグチャになっているので、チリトリ製作の
際、友達が針金をなくしたと言うので、グチャグチャの部分から30センチ
ほど切って「これ使えばいいよ」と渡したのだ。備品を故意に傷つけたの
は悪いが、まあ、ビンタは仕方がないけれど、ちょっと悲しかった。

神藤先生も何となく辛そうだった。

今から思えば「お前の責任で、あそこをきれいに直しておけ」と言われた
ら、小生はみんなに声をかけてきれいに修理しただろう。

中1の時、大学出たての石井先生は女子をぶった。ぶたれた女子が泣くの
は当然として、先生は「生徒をぶつなんて、それも女の子をぶつなんて、
初めてだ・・・」と言って、顔をまっ赤にしながら大泣きした。

小学校まで年に1回ほど家庭訪問や学校での個別父兄会があった。母は先
生に「悪さをしたらどんどんぶって下さい」と頼んでいた。他の母親もそ
んな感じだったろう。「子供に一度も手を上げたことがない」なんて自慢
気に言う父親はバカにされていた。「親の躾がなってないから兄弟そろっ
てクズだ」なんて非難されたものだ。

1920〜30年、明治末から昭和初期あたりの欧米小説(L.M.モンゴメリ、サ
キ、O.ヘンリ、ステインベックなど)には、先生(住民もクリスチャン)
がムチで生徒に体罰を与えたり、親が子を物置に閉じ込める、食事を与え
ないといった場面が結構ある。子供の教育には洋の東西を問わず、体罰は
当たり前だったのだろう。

軍隊は体罰というか、鉄拳制裁の世界でもあった。職業軍人を目指してい
た父の遺品になった手帳にはこんなことが書かれていた。

<やたらと殴りつける上等兵が満期除隊して数年後、俺の部下として応
召してきた。思い切って殴ってやった>

戦友会などでも理不尽な鉄拳制裁を繰り返したような輩は嫌われ、やがて
姿を見せなくなるとか。

「日本軍は悪逆非道した」とか“告白”する輩は、戦友会でも嫌われた奴
が多かったようだ。一種の意趣返し、下郎の逆恨み。捕虜になると敵の
「露助やチャンコロ、アメ公」(父の言葉)に寝返り、敵の歓心を呼ぶ嘘
八百を言い、喜んで戦友を虐待したりする。洗脳されて帰国するや日共に
入党するような人も多かった。

軍隊は「真空地帯」だからずいぶん理不尽なことが多かった、今でも、ど
この軍隊でも陰湿ないじめや暴力はあるだろう。小生は高校の時に体育会
系の応援団に入部したが、根性を鍛えるとかで1時間の正座、柱によじ
登って30分ほどミンミン鳴く「セミナー」、「修一、声が小さい!」など
と尻を叩かれて大音響で「ミーン、ミーン!」、毎週土曜日の5キロマラ
ソンではどん尻の数人はプラス1キロとか、伝統のしごきで鍛えられた。

周囲を見れば野球部では「ケツバット」「グランド5周」は当たり前だっ
た。卓球部とバスケ部は陸上部並みに走り回っていた。体育会系は多かれ
少なかれそんなものだったのではないか。年に1回の全校(1200人)8キロ
マラソンでは1位陸上、3位卓球、4位バスケ、6位野球とかで、応援団の小
生は20位以内だった。

中間、期末テストの上位50人は掲示板に掲載されたが、運動部の奴らが
多かった。バスケの大津君は東大教授になったが、結構皆いい職業につい
た。小生は入学時はドンケツで青ざめ、「帰宅部の連中はモーレツに勉強
している、余程頑張らないと脱落する」と帰宅するや11時ごろまで勉強し
ていた。

ところが2年生になってから50人リスト入りし、やがて5位以内になった。
「なぜだろう」と思い続けていたが、帰宅部の連中の多くは遊んでいたの
だ。どう遊んでいたかは知らないが、TV、音楽、趣味、デート、ファッ
ション、ショッピング、おしゃべりなどか。試験前の他は家で勉強はあま
りしなかったろう。

運動部の連中は小生同様に皆焦って勉強していたと思う。今思えば文武両
道だ。理系、芸術系の部活の連中でも読書をする奴は早稲だった、「修一
君、司馬遼の『竜馬がゆく』、とても面白いぜ」なんて言っていた。『竜
馬がゆく』を高校時代に読めば、明るい青年になるだろう。少なくともア
カ≒バカにはならない。閑話休題。

体罰・・・家庭でも体罰が過ぎると母親が丸くなって子を抱え込み、
「気が済むように替わりに私を殴って」と守り、父親はそれで正気に戻
る、というケースは多かったろう。子供を殺してしまう「折檻死」は多分
珍しくなく、「事故死」と処理されたに違いない。

子供を折檻死させた父親は「あのバカは子供を叩き殺しやがった、手加
減を知らない畜生だ」と相手にされなくなり、引っ越しせざるを得ないと
いった「社会的制裁」を受けたのである。奥さんを殴って顔に青あざを
作った亭主は井戸端会議で所払いの判決が出て消えていった。

(数年後に「奥さんの浮気が原因だった」と分かって、亭主は街に戻った
が、一人暮らしで晩年を終えた。ガチャガチャポンプ式井戸端会議は消え
ていたから舌禍の戦後補償もなし。気の毒だった)

スラブ民族の格言には「馬と女は殴って調教しろ」というのがある。日
本では「鉄は熱いうちに打て」「矯めるなら若木のうち」とかいう。

折檻死、児童虐待を非難するのは分かるが、「体罰=悪」と短絡するの
は、いささか浅知恵ではないか。父親は怒りに任せて行きすぎる傾向があ
るが、母親がブレーキを掛けることで「父は怖い、母は優しい」「それで
も父は家族のために一所懸命に働いた、母は父を大事にした」ということ
が子供心にも分かったのではないか。

モンテーニュは「怒りに駆られた時に下男下女(や敵、捕虜など)を罰
するな、やり過ぎてしまう。しばし落ち着いてから罰を与えよ」と言う。
その通りだろう。「考えてみると自分だって潔白じゃない、人を非難した
り、叩くほど立派だなんてとても言えやしない。一言、諭して、二度とす
るなと注意しておこう」となったりする。それで下男が懲りればいいが、
旦那は甘い、バレなければいいや、となったりしかねないが。

叱ると伸びる子、萎縮する子、褒めると伸びる子、付け上がって怠ける
子・・・いろいろだで、とても難しい。一方で体罰、折檻、鉄拳制裁を受
けずに社会に出たら、そこは激烈な競争社会、理不尽なことも多い戦場、
やわな子は落伍しかねない。クソガキで親父や近所のオッサンからしょっ
ちゅう殴られ、叱られ「ちょっとイタズラしただけなのにゲンコツ3発。
ああ、この世は理不尽だ、弱肉強食、野生の王国だ、俺は絶対トップに
立ってやる」と発奮する子。

どちらが健全か。体罰を受けた方が「タフ」であることは明らかだ。タ
フであり、仕事ができて、弱者にも優しく、子育ても時に厳しく、時に優
しい男・・・理想的な人間は、まあいないわな。

立派な人の子孫には立派な人物はあまりいない。乳母日傘、大事に甘や
かされて育ち、攻撃性がないのは、名門の「守り」に傾くからだろうか。
数代後(せいぜい頑張っても玄孫)にはご先祖様の遺徳はほぼ消えるようだ。

鞭と愛 使いようで 子の禍福(修一)

発狂亭“無恥と哀、終わりなき煩悩”雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(132)2017/1/7】【産経】「トランプリス
ク現実に トヨタのメキシコ工場批判」の記事の一方で、「平成29年度見
込み国・地方税収 初の100兆円超」。トランプの景気対策、円安効果も
今のところ日本にプラスになっている。

「子供の頃からプレゼン磨け ユニーク塾 大人気」「対話型授業で活発
議論、発言力伸ばす」

日本(企業)の風土に発言力は馴染むのか。雄弁は銀、沈黙は金の国柄
で、小生の経験だと会議の後の飲み会で、「ところでドーヨ、本音を聞か
してくれ」となって、大筋の方向が決まていたと思う。ペラペラ、アーダ
コーダと喋る奴はほとんど信用されていなかったのではないか。「男は
黙ってサッポロビール」「四の五の言わずに斬る」のが美学だったし・・・

記者で、記者会見の時に質問しまくる口舌の徒は、一時期敬意を集めてい
たが、彼は記者会見で納得するのだろう、記事を書かないのだ。お口は達
者で筆不精、やがて軽視されていった。

「中国、深海データ軍事利用 西太平洋に即時観察網 技術革新、原潜
で米に対抗」。中共が東シナ海でワイヤを垂らしてやっていたのは、やは
り観測機器の設置だった。つぶすべし。(つづく)2019/8/22



     
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国際金融筋の強い関心事とは
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)8月22日(木曜日)参
          通算第6180号  
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 香港騒擾の影で、国際金融筋の強い関心事とは
  香港(HK)ドルは米ドルペッグ制を何時まで維持できるのか?
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デモが長期化し、国際線がとまり、ストリートにガスが充満して通行人が
涙し、遂に観光客が激減した。

それどころではなかった。貿易も船積みペースが緩慢となり、GDP成長
率が凹んだのは予測通りだが、香港の大学と交換留学プログラムを組んで
いたシンガポール国立大学は今年度の交換留学生百人の派遣を中止した。

アリババは8月に予定していた香港株式市場への上場を10月に延期すると
し、香港財閥1位の李嘉誠は新聞各紙に意見広告を打って「暴力はいけな
い」と唱えた。大手銀行は、おなじ意見広告でも「香港政庁の路線を支持
する」と北京よリの意見を開陳した。

悲鳴を挙げているのは観光シーズンを迎えて連日空室ばかりのホテル業界
だ。チムサチョイの目抜き通りにあるミラホテル(部屋数492)、海岸よ
りのインタコンチネンタルホテル(523室)では賃金未払いのうえ、ス
タッフの解雇がおきているらしいとサウスチャイナ・モーイングポスト
(8月22日)が報じている。

李嘉誠が経営する10のホテルも部屋が連日のように空き、キャンセルは
あっても、予約がない。ホテル従業員、観光業者の多くに自宅待機がなさ
れているという。

反対に嬉しい悲鳴を挙げたのはマレーシアだ。風が吹けば桶屋が儲かる?
 フォレストシティのマンション群、不評だったが、香港のデモ発生以来
弐ヶ月で、香港の人が200軒を投資ではなく居住用として購入したとい
う。これまで香港人の主力はカナだと豪だったが、両国が移民制限に傾い
たことも影響しているという。
 
 ▲香港ドルにはアキレス腱がある

香港経済の血流を支える通貨「香港ドル」の固定相場制にアキレス腱が露
呈した。

香港ドルは1983年以来、対米ドル固定制度である。1ドル=7・8HKド
ル(日々の変動幅は7・75−7・85)という為替レートは厳格に守ら
れ、しかも1997年の「アジア通貨危機」に際しても微動だにせず、
2003年のSARS危機でもさしたる変動はなかった。通貨下落はな
かった。

香港ドルのレート不動の秘訣は、厳格な発行基準と通貨管理である。
 すなわちHKドルの発券銀行は、その発行量に見合う米ドルを香港貨幣
局(HKMA)に預託しなければならないのだ。

現在、HKドルの発券銀行は3つ。香港上海銀行、スタンダード&チャー
タード銀行、中国銀行である。

そのうえ、3つの銀行が発券するHKドルのデザインはみな異なってお
り、色も違う。香港へ行く日本人は戸惑ったものだった。

1996年まで、香港返還の前年までだが、筆者はよく香港に取材に行った。
その度ごとに中国銀行のエコノミスト王某氏を訪ねた。

かれは日本の金融事情が知りたく、筆者は香港の金融事情などより大陸の
状況が知りたく、おたがいに情報交換をしたものだった。その中国銀行が
返還以後、香港ドルの発券業務にも参入してきたのである。

以後、香港へあまり行かなくなったのは簡単な理由で、香港経由で中国に
行かざるを得なかったのはヴィザの関係だった。

当時まだ日本人は中国旅行の度にヴィザを申請する必要があった。抜け穴
は海南島におけるアライバル・ビザと、香港で2万6000円を支払うと、半
年有効のマルチ・ヴィザが「買えた」からだ。以後、東京から直行便で広
州へも成都にも、西安へも哈爾浜にも直接行けるようになった。

三つのデザインが異なるHKドルの整合性のなさ、しかし偽札対策が急務
だった。このため2018年末から1000ドルのデザインを統一し、19年3月か
らは500ドル札のデザインも発券3行が統一図案とし、色も同じにした。
デザインでことなるのは発券銀行の名前だけとなった。20−50HKド
ルのデザイン統一も年内に予定されている。

さて香港の外貨準備はGDPの1・25倍で、3800億ドル前後あり、外貨
準備からHKMAに預託されている外貨は449億ドル。ちなみに香港住民
の銀行預金はGDPの4・7倍、1・7兆ドルに達する。これほど健全
で、安心できる通貨は稀であり、とりわけ中国からの観光客は香港ドルに
交換しがちだった時期もある。いまでは人民元のほうがHKドルより強く
なった。
 
香港経済は金融、不動産、情報産業そして第3次サービス産業でもち、第
一次産業は1%以下、ものをつくる工場はほぼ中国大陸へ移転した。

それでも香港の景気はよく、GDP成長は3・02%、の一人当たりの
GDPは4万8500ドルだ(ちなみに日本のひとりあたりのGDPは4102ド
ル)。

異変は為替レート市場において対ドルは不変であったが、対円の為替レー
トで下落がおきていた。2018年9月に1HKドルは14円60銭だった。
19年8月1日、13円80銭。デモの激化、国際空港座り込みによる欠
航などがつづき、1HKドルは、2019年8月22日に13円58銭まで低くなった。

金融筋はいう。「厳格な為替管理が裏目に出るというアキレス腱がある。
米中貿易戦争は中継地としての香港経済にも悪影響があったが、そればか
りか、もし、騒擾が長期化し、不動産価格が下落し(すでに相場は下落し
ているが)、GDP成長が鈍り、投資家が一斉に預金を海外へ逃がすとな
ると、HKドルは外貨準備の大きさにかかわらず下落する」

ならば、人民元ペッグ制に切り替えるシナリオは考えられないのか。「そ
んなことはあり得ない。世界で信用のない人民元をHK貨幣局に預託して
も、信用力があがることはないからだ」。

専門家ならずとも、香港という國際金融市場はマネーロンダリングの本場
として中国共産党が活用している市場であり、香港ドルの乱高下はたちま
ち人民元に響く。つまり中国としても香港ドルが脆弱化することは避けない。
 それゆえに想定外の角度から香港のアキレス腱が露呈したということで
ある。
   
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之
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   ♪
(読者の声1)貴誌前号にはトランプのグリーンランド購入が、娯楽番組
ではなく、アメリカは本気なのだという分析は目から鱗でした。であると
すれば、日本の大手マスコミがいうような突拍子もない与太話という解説
こそ、あやしく、というより認識不足ということになりますね。
   (HF生、埼玉)


(宮崎正弘のコメント)トランプのやること何でもかんでも深く取材もし
ないで、悪いという前提があり、左の歪んだプリズムから批判する。その
立場からNYタイムズやCNNは勝手なことを書き散らしているわけで、
安部降ろしのためにフェイクを量産した朝日と、そのあくどい手口は似て
います。

  ♪
(読者の声2)「伝統に即した大嘗宮造営を願ふ国民の会」より御報告です。

8月19日付にて、内閣総理大臣、及び宮内庁長官あてに、大嘗宮、特に
悠紀殿・主基殿の屋根の仕様を「茅葺き」とするやう、「要望書」を提出
致しました。茲に御報告申し上げます。なほ、今回、「要望書」提出に当
り、連署の御承諾を頂きました先生方は、以下の通りとなります。
【賛同者】(正五十音順)
阿羅健一(近現代史研究家)、荒木和博(拓殖大学海外事情研究所教授)
荒谷卓(国際共生創成協会熊野飛鳥むすびの里代表)、伊藤哲夫(日本政
策研究センター代表)、大橋幸雄(岡堰土地改良区理事長)、大原康男
(國學院大學名誉教授・連署呼掛人)
加瀬英明(外交評論家)、加藤司郎(乃木神社宮司)、小堀桂一郎(東京
大学名誉教授・連署呼掛人)、阪本是丸(國學院大學教授)、櫻井よしこ
(国家基本問題研究所理事長)
四宮正貴(四宮政治文化研究所代表)、新保祐司(文芸批評家)、?池勝
彦(弁護士)
!)橋史朗(麗澤大学大学院特任教授)、田久保忠衛(杏林大学名誉教授・
連署呼掛人)
辰守弘(真清田神社宮司)、頭山興助(呉竹会会長)、長谷川三千子(埼
玉大学名誉教授)
藤原正彦(お茶の水女子大学名誉教授)、堀茂(政軍関係研究家)、宮崎
正弘(評論家)
茂木貞純(國學院大學神道文化学部教授)、百地章(日本大学名誉教授)
屋山太郎(日本戦略研究フォーラム会長)、岡本幸治(京都大学法学博士) 
 首相官邸、及び宮内庁には抗議のファックスやメールは相当数に及ん
でをり、宮内庁もこの状況を深刻に捉へてゐるやうです。残された時間は
殆どありませんが、今後、特に宮内庁の動向を見つつ、更に働きかけを行
つて参ります。(「伝統に即した大嘗宮造営を願ふ国民の会」)

  ♪
(読者の声3)先週の貴誌にソウルにおける文在寅糾弾集会の保守側の参
加者のほうが、文支持集会より多いとの指摘、しかも日本のメディアはな
ぜか、この重要な事象を報じていません。

今週の『週刊新潮』に桜井よしこ女史が、ソウルのほか、韓国の数カ所で
行われている反文在寅集会は、文支持集会の「数倍の規模」と伝えていま
す。(吉岡生)

     
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重 要 情 報
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◎「愚かなことだ」:前田正晶

これは22日のPrime Newsの冒頭で佐藤正久外務副大臣が述べたことであ
る。佐藤氏は平常は温和な語り口でこのような言わば感情を剥き出しにし
たようなことを言わない政治家だと認識していたので些か驚かされた。そ
の佐藤氏があそこまでの表現を用いたのは余程ご立腹だったのだろうと推
察したし、些か驚きもした。傑作だったのは武貞秀士氏が「これは文在寅
大統領のこれまでの反日政策とは整合性がある」と言って反町を慌てさせ
た。ところが武貞氏は平然として「文在寅大統領の心中を代弁してみただ
けで、不適切であると見ている」と語られた。

実は,私は今日までの文在寅政権が行ってきた数々の反日と抗日政策を
考える時に、GSOMIAだけを尊重して維持する可能性は低いのではないかと
密かに危惧していた。私は「恐らくアメリカからも継続を再三勧告されて
いたことなどが、閣内の左派政治家たちの反抗心にかえって火を付けたの
ではないか」とすら疑っている。更に言えば文在寅大統領は自分を支持し
てくれている「国民感情」には逆らうべきではないとの判断も働いたのだ
ろうとも考えている。

正直に告白すれば,私は不勉強にして「GSOMIAとは我が国と韓国の間で
軍事と防衛上の機密情報を交換することだろう」くらいにしか考えていな
かったので、昨夜のPrime Newsでは元自衛隊幹部の伊藤氏が「お互いに知
り得た機密情報を外部に漏らさないこと」だと解説されて非常に勉強に
なったほど。この破棄が我が国にとアメリカにとってどれほど不都合なこ
とであるとか、金正恩をどれほど喜ばせるか等々については、私がここに
述べることではなく専門家にお任せすべきだと思う。

安倍内閣では河野外相が韓国の駐日大使を呼んで猛抗議し「貿易管理手
続きの変更とGSOMIAは次元が全く異なる問題でそれらを混同するとは」と
抗議はされた。だが、政府は今回もそこまでのことで静観するとの姿勢を
採るとの報道があった。私は既に憂慮して見せたように「沈黙は素直に受
け入れと採られてしまうし、韓国には植民地として統治した悪者の我が国
を懲らしめたとの逆宣伝を世界に向けて行わせる機会を与えはしないか」
と、ついつい悲観的になってしまうのだ。

「文チャン、何処までやるの」と先日指摘しておいたので、このGSOMIA破
棄は「何処まで」の範囲内に入っていたとあらためて認識させられた。兎
に角、彼らは我が国からの如何なる呼びかけにも応じていなかったにも拘
わらず「日本に対して二度も首脳会談を呼びかけたが無視された」と平然
と言い出す国家なのだ。私は「矢張り静観ではなく、適切な時期を見定め
て言うべき事を韓国に正面から言い、世界に向けて発信すべきだ」と思っ
ている。その発信こそが外務省の役割であって、韓国の大使を「無礼呼ば
わり」することではないと思っている。


◎私の英語教育論:前田正晶

私は物書きの真似事を始めたのは1990年の春からでした。その頃の紙パ
ルプ業界の専門誌に4年間連載しましたエッセーで拙著「アメリカ人は英
語がうまい」は構成されています。その頃には「我が国の英語教育はあれ
でも良いのだ」と書いていましたし、現在のように真っ向から批判し且つ
改革すべしなどのような、万人に支持されそうもない事は言おうとは考え
ていませんでした。

それが1994年1月末でW社をリタイアしてからは一気に変わって、真っ向
から批判もするし、大声で改善すべしと言うようになりました。その主た
る根拠は在職中に多くの我が国の一流企業の幹部社員でも「英語で思うよ
うに言いたい事を表現出来てないし、外国人を説得出来るまでの英語力が
身に付いておらず、英語による論旨の組み立て方も解っていないのは、ひ
とえに我が国の英語教育の至らなさにある」と分析していたからでした。

私の改革論の原点とも言うべき出来事は、いつ何処で聞いたか今となって
は記憶がありませんが、ある英語教育の討論会で「中学から大学までを含
めれば8年も勉強しても英語が話せるようにならないのは何故か」という
質問に対して立ち上がった勇敢な高校の女性教師が「何を仰いますか。

我々は英語を話せるようにしようとの目的で教えているのではありませ
ん。教科の一つとして生徒たちに5段階での優劣を付ける為に教えている
のです」と答えたのには唸らされました、「全くその通りだろう」と。

私は「英語が良く解る事」や「英語をnative speakerのように話せる事」
や「外国に行って働いても不自由しないで“I know how to express
myself in English very well.”の段階に到達する事」はごく一部の限ら
れた人にとって必要なだけであると信じております。かく申す私は偶然の
積み重ねで、39歳でアメリカの会社の日本駐在員の仕事に転進しました。
そこでは英語が出来ることなどは年度毎の査定の対象にはならない事で、
そういう所で働く事を目指す人には英語が出来る事は最低限の必須の能力
だと思っております。

何年前でしたか、政府の教育審議会だったかの委員の通産省の局長だった
方が「国際化の時代にあって小学校から英語を教えて国際人を数多く育て
る云々」という発表をされたのを聞いた事がありました。終わった後で帰
路が途中まで一緒だった元新日鐵副社長のK氏が「万人に強制すべきこと
ではないでしょう」と否定的に言われたので躊躇う事なく賛成致しました。

私は極論だと言われる事を覚悟で言えば「問題は誰が何処を目指して、何
の為に英語を勉強するのか」だと信じております。私は我が国では英語を
介在させずとも如何なる事でも学べる環境が整った世界にも希な先進国で
あると思っております。ですから、万人が必要もない英語無理をして勉強
しないでも済むのだ」と信じております。

ここで告白しますと、私が本格的にアメリカの会社に入って彼らと共に働
いてあらためて「これは大変だ。十分に注意すべきだ」と思い知った事が
ありました。それはアメリカのように厳然たる階級制度と言うかマスコミ
的に言う「差別がある社会」では、国を支配するごく少数の人数で構成さ
れた階層では言葉に対して極めて厳格であった事でした。我が国でも一部
上場企業でもそういう点では厳格なものがあると承知しておりましたが、
アメリカの厳しさというか煩さはそれ以上のものがあると知りました。

大学では千葉勉教授に「文法を間違えるとか誤った綴りをするようでは、
無教養な下層階級に属すると看做されるから十分に心するように」と厳し
く教えられました。実際に1975年時点でW社東京に副社長補佐だったワシ
ントン大学のMBAのJ氏には「貴方方が提出しする毎月の Market reportが
いつ何時CEOにまで上がるかは解らないのだ。その報告書の文法に誤りが
あってはらないので、私が出来る限りチェックしているのだ」と聞かされ
て「なるほど。アメリカの一流企業ではそういう考え方をするのか」と納
得したのでした。

実際に我々がJ氏に提出した原稿は加筆訂正されて真っ赤になって返却さ
れ、何度も書き直していたのでした。私は1年間に訂正箇所無しで原稿が
帰って来た事が一度あっただけでした。

こういう会社で本社機構に属する管理職とそれ以上に地位にある人たちは
概ねアッパーミドル以上に属する家柄の出身者なのです。そういう事情が
ありますから、その時刻の言葉に対する厳格さは英語の本家であるUKを凌
ぐものがあるとも聞かされました。

私が転進し勤務した2社はそういう格式高いアメリカの紙パルプ・林産物
業界を代表するような会社でしたので、自国語即ち英語についての厳しさ
は予想以上のものがありました。それには何とか付いていけるようにはな
りましたが、私は万人がそのような次元を目指すような英語が出来るよう
になる必要などないと言って誤りではないと思います。

だが、そうかと言って文法を無視し、綴りを間違えた文章を書くとか、
“you know”を多発してしまうような話し方をしてしまっては、私がアメリ
カの全人口の5%もいないだろうと思う支配階層の人たちには相手にされ
ないでしょう。だが、普通の日本人がそういうアッパーミドルとそれ以上
階層の人たちと膝つき合わせて語り合う機会が訪れる確率は限りなくゼロ
に近いでしょう。

ではあっても、そこかそこに近い次元を目指して勉強しておかないと、志
を立てて留学するか駐在員で出ていった場合などには、彼らアメリカ人が
口に出して言わないだけで「軽蔑される事は必定だ」と言えるでしょう。

私が経験した例を挙げれば、夫婦揃ってMBAで共にコンサルティング事務
所を開いていた元の上司の一人のW氏夫妻と夕食をした際に奥方が「今日
会った某氏は“Me, too.”という表現を使ったのには幻滅した」と言いまし
た。それを聞いたW氏は「そうか、彼がそんな言葉を使うとは困ったね」
と言って嘆きました。こういうことがあって、あらためて「そういう英語
に対する厳格さがある階層に住んでいる人たちが支配している国だ」と確
認した次第でした。アメリカとはそういう人たちが支配する国だとご理解
願いたいのです。

だが、我が国に「アメリカとはそういう点が極めて厳格で、言葉遣いは言
うに及ばず、文法も単語の綴りも間違えてはならない世界があるのだ」と
言って教えられる英語教師がどれほどいるでしょか。Swearwordとslangの
区別が解っている先生がどれほどおられるのでしょうか。また、native
speakerが語るのを聞いて「アッパーミドルか、トランプ様の支持層であ
るプーアホワイト階層の者か」の判断が出来るのでしょうか。

それに英連邦には独特のLondon cockneyに代表されるような訛りがありま
す。そんな英語を覚えてはならないのです。それだけに止まらず、日常的
な会話でも文章にでも慣用句もあれば口語体も頻繁に使われていると心得
ているか」という問題もあります。

それですから、私は我が国の学校教育のように単語を覚えるのではなく
「言葉の意味と使い方は流れの中で覚えよう」と言って「音読・暗記・暗
唱」で勉強しようと唱えているのです。そこに加えて必要な事は「正しい
英語を話す人の真似をしよう」であって、彼らが使う表現を聞いて「なる
ほど。こういう時にはこう言えば良いのか」と記憶しておいて、「これは
こういう時にこそ使おう」と思って、しまっておいた引き出しから出して
使ってみる事でしょう。私にとって英語は「獲得形質」ですから、現場に
あっては「真似する事」は重要な要素でした。告白すれば、私はアメリカ
に出張する度にnative speakerの中に入って数時間経てば頭の中が英語に
切り替わって淀みなく英語が出てくるようになりました。即ち、彼らに牽
引されて頭の中の言語のギアが切り替わって英語になってくるのでした。

何だか、教育論ではなくなって「英語の学び方論」になってしまいまし
た。要するに自分からこういう風にやっていこうという姿勢になることが
必要なのですが、周囲に真似をしても良いお手本が沢山ある事も進歩の重
要な要素になります。という事は「自分からその気にならない事には前に
進まない」とも言えるでしょう。こういうことを教えてくれる教師が沢山
現れると良いのです。だが、現在の英語の教え方を小学校にまで降ろした
のでは改革にはならないし、アメリカの支配階層と真っ向から意見の交換
が出来る次元には到達しないのではと危惧するのです。



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身 辺 雑 記  
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24 日の東京湾岸は曇天、やがて晴れるか。

23日の東京湾岸、今にも降り出しそうな空の下、都立猿江恩賜公園を散歩。
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創刊日:2004-01-18  
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