政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針5142 号  2019・8・20(火)

2019/08/20



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 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5142号
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         2019(令和元年)年 8月20日(火)



雀庵の「モンテーニュに学ぶ外来種対策」:“シーチン”修一 2.0

           「バカヤロー」はつぶやき:渡部亮次郎

            「あきたこまち」の誕生:渡部亮次郎

                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記



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雀庵の「モンテーニュに学ぶ外来種対策」
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        “シーチン”修一 2.0


【Anne G. of Red Gables/13】毎週金曜日の産経に掲載される「モンテー
ニュとの対話」はおおいに知的興奮を刺激してくれる。著者の桑原聡先生
(文化部論説委員)にラブレターを書いてしまった、「ああ、うちはもう
メロメロや」。で、「モンテーニュ随想録」(斯界の泰斗、関根秀雄先生
訳編。本物は1万円以上するので、論考を精選した普及版/社会思想社)を
取り寄せ、一気に読んだ。

ま、入門編だが、実に面白い、初めて知ることばかり、500年前の著作な
のに、まったく古さを感じさせない。「ああ、人類は成長しない、動物と
一緒。5万年前、500年前の人間と今の人間、舞台は多少変わっても、基本
的には同じことをし、同じことを考え、同じように悩んでいるのだ」と
びっくりする。まさに目からウロコ。

「随想録」に見るモンテーニュは、キリスト教から距離を置いている、
自分自身の至らぬ点も隠さない、科学者の目で冷静に観察している、凄ま
じい読書家、清濁併せ呑む度量の広さ、優れた知性と感性と取材力、観察
力・・・嗚呼、若い時から読んでおけばよかった・・・と思うが、それで
あったら実にニヒルな、厭な若造になっていたかもしれない、とも思う。

人間の本性をさらけ出すような毒薬だが、使いようによってはオプジー
ボ級の良薬になる、という感じか。小生が独裁者なら真っ先に発禁焚書す
る、人民が利口になったらとても統治はできない。

支那では孔子を初め物凄いほど多くの哲学者が気が遠くなるほどの哲学
を弁じ、その多くは「為政者はこうあれかし」という統治論と、「君子と
しての生き方論」だ。その一方で目も当てられないような焚書坑儒を繰り
返していたのも事実だ。

この極端なブレというか“文化大革命”で人民はおおいに戸惑ったかという
と、そんな話はどうもなさそうだ。

漢族の価値観は「蓄財蓄妾美酒美食」、略して「財妾酒食」だろうと小
生は思ってきたが、どうも大昔からそうで、であるならば漢族は「財妾酒
食」を得られるのなら為政者の命に素直に従って、時には古人の言葉を学
び狂気じみた科挙合格を目指し、時には真っ先に焚書坑儒をあおるわけだ。

支那では人間としての普遍的なモラルが、とにもかくにも「財妾酒食」、
この世の天国を楽しみつくすのが王道であり正道、聖道だから、異民族に
征服されても「財妾酒食」が得られるのなら全然苦にしない。満州族の始
めた「清」なんて、漢族の「財妾酒食」にすっかり染まってしまったし、
中共も「財妾酒食」で9000万人の貴族(党員)を吊り上げ、残りの13億の
民を治めている。

そのうち9億はただの阿Q、無知蒙昧の貧者であり、中共の盲目的信者。
わが国はこの世の天国、毛沢東や習近平は神様とでも思っているらしい。

1980年頃に初訪中したが、労働者は1日3時間しか働かない、仕事がない
し、そもそも働きたくないのだ。ホテルのフロントでは忙しくなるのを嫌
がって客を「満室です」と断っていた。それでも一応は食えたから「この
世の天国」というわけ。竹のカーテンで情報もないから「井の中の蛙」。

蛇の道は蛇で高級党員は裏では「財妾酒食」だったろう。党はしょっちゅ
う整風運動をやっていたから「財妾酒食」の手口はどんどん巧妙になる。
漢族はそういう民族なのだと思う、生まれたからには「わが世の春を謳歌
するんだ!」と、とにかくタフ! 一緒に住んだら逃げ出すか、毒を食っ
たら皿まで、と染まるしかないだろう。

わが街の用水路は多摩川の支流だが、小生が小3まで水泳は多摩川で教
わった。4年生の1960(昭和35)年あたりからは多摩川も支流も汚染が始
まり、用水路のメダカ、フナ、アメリカザリガニ、ドジョー、草むらや林
の蝶、トカゲ、クモ、ヘビ、バッタなども姿を見せなくなった。

高度成長で用水路はドブ川みたいになってしまったが、1980年頃に公害へ
の反省から下水の垂れ流しを止めたため、今はかなりきれいになってき
た。ところが鯉を放流したためか、それ以外の生き物がほとんど消えてし
まったのだ。

いつ頃からかアメリカザリガニは「外来種だ、生態系を壊す敵だ、駆除し
ろ」となり、今はまず見かけなくなった。

奄美大島ではハブを駆除するためにマングースを輸入して山に放ったが、
ちっとも効果がないどころか、天然記念物の黒兎を捕食する、さらにはハ
ブにつかまって餌になっているという、まったく当初の予測とは真逆の事
態になっている。

一旦、外来種を入れて失敗すると、生態系を復元するのには大変な時間と
努力がいる。新しい土地に来た外来種(移民)は在来種(先住民族)を駆
逐することになりやすい。北米のインディアン(ネイティブアメリカン)
系は今は10%ほどしかいない。タスマニアのアボリジニは英国からの植民
者によって1、2年で絶滅した。

北海道のアイヌ系はロシアと蝦夷の混血のような気がする。明治11年に
東北・北海道を取材旅行したイザベラ・バードはアイヌについて「これほ
ど美しい男女は見たことがない」と感動している。その美しさは刺青の伝
統も消えていったろうからさらに魅力的で、それゆえか、大正時代の頃に
は外来種・本土人との同化で在来種・アイヌは表面的には見られなくなっ
たようだ。

北海道出身の男前の友(通称:日高クン、日高は松前藩と戦ったアイヌの
英雄シャクシャインの拠点)は目やヒゲ、胸毛にアイヌ系を感じさせた。
「俺はアイヌ系じゃない」と強く言っていたのは、1970年当時でもアイヌ
系への差別とか区別、偏見があったのかもしれない。

新左翼、第4インターナショナル(通称、4トロ。中核派の仲良し兄弟だ
が、頭が良く、その分、突撃力は弱かった)創設者の太田竜はサハリン生
まれ、「アイヌモシリ独立運動」も手掛けていたが、日高のシャクシャイ
ン像の銘板にあった北海道知事の名を削った事件で有罪になっている。当
時“新左翼の三バカ”の一人と言われた“純”というか単純無垢的な太田竜を
思うと、今のアイヌ運動は何となく利権漁りの匂いがして小生は嫌だな。

半島人は日本にとっては外来種だが、同じ儒教系の漢族が賢く日本(&世
界)に溶け込んだのとは逆に、異常なほどに在来種と敵対しているのはな
ぜだろう。支那に対して半島人は今でも三跪九叩頭の態だが、日本に対し
てはそのうっ憤を晴らすように噛みつく。

やはり劣等感による「恨」(はん)の感情なのだろうか。WIKIから――

<朝鮮民族にとっての「恨」は、単なる恨みや辛みだけでなく、無念さや
悲哀や無常観、(虐げる側である優越者に対する)あこがれや妬み、悲惨
な境遇からの解放願望など、様々な感情をあらわすものであり、この文化
は「恨の文化」とも呼ばれる。

恨の文化は、代々の王権や両班による苛斂誅求を極めた階級的支配に対す
る民衆の抵抗意識と、漢代の昔より幾度となく朝鮮半島を襲った中国から
の異民族(漢族・モンゴル族・女真族ほか)による侵略・征服で、永続的
な服従を余儀なくされた国辱を引きずっている。

日本(大日本帝国)による併合が「長い抑圧と屈辱の歴史」であったとい
う事実を省みない一方的な主張、その元で行われる反日教育など、内外の
圧倒的な力に依存せざるを得なかった朝鮮半島独特の文化である>

自分も自国も日本にひどい目に遭わされた、いまだに誇るものが何もない
のは日本のせいだ、土下座して謝り続けろ、と毎日、何年もヘイト行為を
されると、日本も最初は「まあ、彼らも辛い思いをしたんでしょう」と
思っていた人でも、「大金を渡して手打ちをしたのにちゃぶ台返しで、ま
たヘイトかよ、頭おかしいんじゃね」と嫌悪、憎悪するようになる。

在来種に寄生して自然環境を大きく乱すような「敵対的外来種」を人権だ
どうのこうのと叫んで受け入れると、国柄は徐々に、やがて大きく乱れ
る。日本が日本でなくなる。先進国は同様な危機にある。

モンテーニュ曰く――

<人食い人種の蛮族は捕虜を(勇者として)永く優遇し、処刑儀式の際は
さっさと殺してから焼いて食う。一方、(先進国の)ポルトガル人は捕虜
をなぶり殺して楽しむ。十分に感覚を持っている肉体を引き裂いたり、少
しずつあぶったり、犬や豚に噛み破らせたりする。

これは本で読んだだけでなく、つい近頃この目に見たことである。しかも
積年の仇敵の間においてでなく、隣人同胞の間に、なお困ったことに、信
心とか宗教という名のもとになされた。

死んだ体をあぶって食うより、はるかに野蛮だと思う>

敵や仲間の勇者の死体を食うというのは「勇者の勇猛果敢の心をいただ
く、継承する」とか「敵を辱める」とかで、昔はそれほど珍しくなかった
ようだ。小生はしょっ中、ヒトを食う。

北はそれなりの建国神話、建国伝説がある。南はない。口惜しくて、恥ず
かしくて、どうしていいのか分からない。「そうだ、日本が悪い!」。娼
婦を聖女として祀り、歌って踊って日本を憎悪する「恨日教」にしか自己
の存在理由を頼れない。

「自分は優秀であり、悪辣な日本に対して道徳的優位にあるが、パワー
ではとても勝てないから、舌戦で勝負する。今日は慰安婦、明日は徴用
工・・・なぶり殺しにする反日ヘイトイベントで年間スケジュールはいっ
ぱいだ」

バックミラー・コリア。こんな愚かで野蛮で日本から敵意と憎悪を招くこ
とにしかならない、まるで韓流ドラマ、マスターベーションみたいなこと
ばかりに夢中になっていると、バッカミタイ・コリャアカンになるで。

<7月の青年層の体感失業率(バイト、ヒッキーを含む)は23.8%で、統
計を取り始めた2015年以降で最高を記録した。青年の4人に1人が事実上の
失業者>(朝鮮日報8/15)

<サムスンディスプレーとLGディスプレーが大型液晶パネルの国内生産量
を縮小することを検討している。中国メーカーが低価格で物量作戦を展開
し、液晶パネルの価格が急落。いくら売っても利益が出ない状況となって
いるからだ>(朝鮮日報8/16)

お隣さん、あんたぜんぜん分かってないようやから教えといてあげるがの
う、煽り運転で日本を叩いたって一銭にもならんぜよ、のう。そのうち怪
我するで。若いモンは鉄砲玉になりたくてうずうずしておるきに、まあ、
せいぜい気をつけるんやな。

先進国は皆、羹に懲りてナマスを吹く。「敵対的外来種」が先進国で在来
種をやりたい放題に押しまくるという「外人さん、いらっしゃーい!」の
時代は急速に終わるだろう。

今日は台風一過だが、凄まじく暑い。“コリャアカン 昔はピーで カネ
稼ぎ 今はヘイトで 反韓招来”、精神科受診したら? いい病院紹介す
るぜよ、のう。発狂亭雀庵の病棟日記から。


【措置入院 精神病棟の日々(131)2017/1/5】【産経】「沖縄 県民所
得低く計算」、最下位の47位、203.5万円だが、45位の高知県方式だと
266.5万円で28位になるという。国が決めたきっちりした統計基準がな
く、バラバラで、「上振れも下振れもできる」と専門家。

補助金目当てに最下位狙いとかブービー賞狙いとかあるのかな。公的統計
が信じられないのなら、タクシーなどの街角体感景気の方がまともかも知
れない。

「中国・ナイジェリア混成詐欺団 日本で犯行 カード偽造、たばこ密
輸」。蛇の道は蛇、ワルはコラボする。プーチンと習近平、メルケルとオ
ランド、小粒だが志位と小沢とか。


「米中空母 南シナ海対峙か」。中共軍はゲリラ戦は得意だったが、敗戦
で投降した日本軍の指導で近代化を進めた。当時、空母はなかったから、
今はロシア製のポンコツ空母で練習している。実戦を含めて100年の空母
運用経験のある米国には遠く及ばないだろう。哨戒機もほとんどないか
ら、ただの標的でしかないだろう。

宮家邦彦「非連続的思考のススメ」。

<すべてが異常に見えた米国大統領選は一種の文化大革命だった。過去
数十年間、ワシントンの住人は、自分たちこそ全てを知り、誰よりも賢い
と信じてきた。この傲慢で思い上がったワシントンのシステムと「トラン
プ現象」が破綻しようとしている。従来の枠内で「連続的」思考しかでき
ない人々が行き場を失った・・・

変化の時代だからこそ基本に戻る。誰もが当然と考える常識を疑い、改め
てゼロから洗い直す。非連続的思考とは、こうした地道な知的作業の積み
重ねによって初めて可能になるようだ>

宮家を含めた外務省の痴呆患者の敗北宣言だが(米国でも戦に備える国防
省はお花畑の国務省をバカにしているそうだ)、東海岸と西海岸のリベラ
ルしか取材しないバカの妄言を誰も聞きやしない。行き場なんてない! 
逝ってよし!


崎彰容(せんざきあきなか)「正論 新年に問い直す『抵抗の精神』」。
西郷は大久保、伊藤流の近代化に反対したから西南戦争の「賊軍」を率い
たというのは誤認だろう。王政復古、廃藩置県を第一次維新とすれば、西
南戦争による不平士族一掃は第二次維新ではなかったか。

大西郷曰く「焦土の中から新しい時代は始まる」。有史以来、平和では
なく戦争こそが新時代を創ってきた。そそもそ神武東征で多くの部族が統
一され、日本国が誕生したのだ。

宝島社の見開き広告は、1941/12/8の真珠湾ゼロ戦、1945/8/6の広島原爆
の写真を並べ、「忘却は罪である、人間は過ちを犯す、しかし、学ぶこと
ができる。世界平和は人間の宿題である」と訴えている。

今の日本という“宝島”、そして「植民地なき世界」は日米大衝突の化学変
化による。これが歴史認識の1丁目1番地だ。宝島社史観はまるで天動説。
太陽系宇宙、地球は惑星同士の衝突の繰り返しで46億年前に今の形になっ
た。お茶を飲みながらのお上品な対話ではなく、衝突、激突、戦争が新し
い秩序を生んだのだ。


無知は罪、宝島社はそれを通り越して無恥。出版業界は「天災バカ本」で
自ら絶滅を招いている。顔を洗って出直してこい!(つづく)2019/8/18





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「バカヤロー」はつぶやき
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       渡部 亮次郎

産経新聞(2010.1.3)の【産経抄】に

 <昭和28(1953)年2月28日、衆院予算委の席だった。右派社会党の西村
栄一氏が国際情勢について吉田茂首相に質(ただ)していると、首相は次
第に興奮してきた。西村氏が「興奮しない方がいい」などといさめるうち
に、とうとう「バカヤロー」と叫んでしまった。>とあるが、あれは叫ん
だのではなかった。「つぶやき」だった。

あの頃私は、高校3年生、まだテレビは無かった時代。それでも国会紛糾
の図が脳裡に残っているという事は、映画の「ニュース」を見たのだろう。

西村氏への答弁の最後に「バカヤロー」と呟き、それが録音されてしまっ
たのだ。産経抄の筆者は戦後生まれか。いずれ、現場は現認してなくて知
識としての「バカヤロー」だから、つい「叫んだ」と覚えたのだろう。筆
者の若輩さを感じる。若さと未熟さ。調べればすぐ分かることなのに調べ
ていない。

「フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると
1953年2月28日の衆議院予算委員会で、吉田茂首相と右派社会党の西村栄
一議員との質疑応答中、吉田が西村に対して「バカヤロー」と暴言を吐い
たことがきっかけとなって衆議院が解散された。

「バカヤロー」と書くと大声を出したような印象を与えるが、映像資料で
見れば分かるように、吉田は非常に小さな声で席に着きつつ「ばかやろ
う」とつぶやいたのみで、それを偶然マイクが拾った為に騒ぎが大きく
なったというのが実態である。

問題となった、吉田茂と西村栄一の質疑応答の内容。

西村「総理大臣が過日の施政演説で述べられました国際情勢は楽観すべき
であるという根拠は一体どこにお求めになりましたか」

吉田「私は国際情勢は楽観すべしと述べたのではなくして、戦争の危険が
遠ざかりつつあるということをイギリスの総理大臣、あるいはアイゼンハ
ウアー大統領自身も言われたと思いますが、英米の首脳者が言われておる
から、私もそう信じたのであります(中略)」

西村「私は日本国総理大臣に国際情勢の見通しを承っておる。イギリス総
理大臣の翻訳を承っておるのではない。(中略)イギリスの総理大臣の楽
観論あるいは外国の総理大臣の楽観論ではなしに、

(中略)日本の総理大臣に日本国民は問わんとしておるのであります。
(中略)やはり日本の総理大臣としての国際情勢の見通しとその対策をお
述べになることが当然ではないか、こう思うのであります」

吉田「ただいまの私の答弁は、日本の総理大臣として御答弁いたしたので
あります。私は確信するのであります」

西村「総理大臣は興奮しない方がよろしい。別に興奮する必要はないじゃ
ないか」

吉田「無礼なことを言うな!」

西村「何が無礼だ!」

吉田「無礼じゃないか!」

西村「質問しているのに何が無礼だ。君の言うことが無礼だ。(中略)翻
訳した言葉を述べずに、日本の総理大臣として答弁しなさいということが
何が無礼だ! 答弁できないのか、君は……」

吉田「ばかやろう……」
西村「何がバカヤローだ!国民の代表に対してバカヤローとは何事だ!!
(以下略)」

直後に吉田は発言を取り消し、西村栄一もそれを了承したものの、この失
言を議会軽視の表れとした右派社会党は、吉田首相を「議員としての懲罰
事犯」に該当するとして懲罰委員会に付託するための動議を提出(この背
景には鳩山一郎・三木武吉ら自由党非主流派の画策があったといわれる)。

3月2日に行われた採決に際しては自由党非主流派ばかりか主流派と見られ
ていた広川弘禅農相らの一派も欠席し(この欠席を理由に広川は農相を罷
免された)、懲罰委員会への付託動議は可決された。

さらに追い討ちをかけるように内閣不信任決議案が提出され、先の懲罰事
犯の委員会付託動議採決で欠席した自由党鳩山派三十余名が脱党し不信任
案に賛成したために3月14日にこれも可決。これを受けて吉田は衆議院を
解散し、4月19日に第26回衆議院議員総選挙が行われることになった。

さすがの吉田茂も発言当初は「つい言ってしまったのがマイクに入った」
としょげ返っていたが、数日後には元気を取り戻し、会合で「これからも
ちょいちょい失言するかもしれないので、よろしく」と余裕しゃくしゃく
のスピーチを行っている。

吉田と西村栄一の関係は以前からしっくりいっていなかった。第2次世界
大戦中、吉田は親英派として軍部に睨まれ、一時憲兵に身柄を拘束される
憂き目にも遭っていた。

逆に西村は軍人との繋がりがあり、戦時中かなり力が強かった。その様な
やっかみも手伝って、吉田は西村に好感情を抱いていなかった。これが
「バカヤロー発言」の一因とする見方がある。

このときの新聞記事では、2人の興奮したやり取りの後、場内は鎮まり返
り、そんな中、岡崎勝男外相に何事かを囁かれた吉田は「ニヤリと笑って
立ち上がり丁重に取り消すとある。このことから、吉田の心中は「緊張の
ための照れ笑いといい過ぎたとの思いが交錯した複雑な心境であったこと
がうかがわれる。

解散後の総選挙では吉田の率いる自由党は大敗、かろうじて政権を維持し
たものの少数与党に転落し吉田の影響力は急速に衰えていった。これが吉
田退陣につながる。

晩年吉田はその回想録の中で「取るに足らない言葉尻をとらえて」不信任
案に同調した与党の仲間を「裏切り」と糾弾し、「当時起こった多くの奇
怪事」で最大のもので「忘れる事が出来ない」と述べている。

上記のように、吉田が発言を取り消したため、議事録の中の、西村と吉田
が発言した「無礼」と「バカヤロー」という部分は削除されており、現在
の議事録で全てを確認する事はできない。

西村氏は西村真悟氏(落選中)の父であり、鳩山首相は、当時、吉田の足を
引っ張った鳩山一郎の孫である。

産経抄も冒頭でチョンボはしたが、材料にして突いた点はただしい。
▼そこらの夫婦げんかではない。国会での首相の発言だった。歴史家の半
藤一利氏は著書『21世紀への伝言』で、映画の寅さんの「それをいっ
ちゃおしめえよ」のそれだったと書く。その通りこの暴言は、首相懲罰動
議や内閣不信任案の可決へと展開していった。

▼こんな古い話を持ち出すのは鳩山内閣の閣僚の言動がちょっと気になる
からである。先日の参院予算委の質疑で答弁中に野党からヤジが飛ぶと
「うるさい!」と怒鳴る。質問者が「全大臣にお聞きしたい」と言うと
「私は全という名前ではない」と答弁を拒否する。

▼野党を小馬鹿にしたようなこの「高圧病」は鳩山由紀夫首相にも伝染し
たようだ。米軍普天間飛行場の移設先を5月までに決められなかった場合
の責任を何度も問われると、すぐけんか腰になる。「その質問自体があり
えない」と答えるのを拒否してしまった。

▼民主党などが野党であれば、ある程度許されるかもしれない。だが権力
を握る与党になった以上、常に謙虚に自らを律しなければならない。民主
主義の要諦(ようてい)である。「それをいっちゃおしめえよ」がわから
ないようでは「政権交代をしたのだから」と胸を張る資格はない。

 ▼もっとも民主党などのイラダチもわからなくはない。小沢一郎幹事長
への疑惑などで、守勢一方に立たされているからである。そういえば「バ
カヤロー」も、吉田の「ワンマン政治」に対する与野党の批判が強まって
いるころに飛び出した。2010・1・30




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「あきたこまち」の誕生
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      渡部 亮次郎

郷里の秋田県産の米「あきたこまち」が届けられ、コメの美味しさを堪能
した。新米が早く食べたいと、南国の早稲を買っていたが、比べるのもお
かしいぐらい秋田産が美味い。

「あきたこまち」の食味について公的食味試験機関「日本穀物検定協会」
1984年11月の総合評価は「0・944」。これは新潟県産「コシヒカリ」「0・
7〜0・8」、同「ササニシキ」は「0・5〜0・6」を大きく上回るものだった。

穀物検査官は「『あきたこまち』の高い数値はこれまで出たことがなかっ
た」と評した。これを契機にマスコミや流通業界の関心が高まり、とくに
県外における知名度向上に弾みがつき29年の歴史が流れた。

29年前の1984年9月7日に秋田県品種対策協議会を開催し、県農業試験場
が作り出した「秋田31号」を奨励品種に採用することを決定した。

同日、知事が県農協中央会長、県農業試験場長同席のもと記者会見を行
い、品種名を「あきたこまち」と命名し奨励品種に採用したことを発表した。

命名の由来は、秋田県雄勝町に生まれとされる美人の誉れ高い平安時代の
歌人「小野小町」にちなみ、秋田で育成した美味しい米として、末永く愛
されるように願いを込めた。

「あきたこまち」は、母親の「コシヒカリ」から良食味性を、父親の「奥
羽292号」から早熟性を受け継いでいる。このことから、寒冷地北部でも
新潟の「コシヒカリ」並の良食味米栽培が可能となり、倒伏や「いもち」
病に対する抵抗性も「コシヒカリ」以上の特性を持っている。

さらに、炊飯すると米粒に美しい光沢と粘りがあり、食味に関する特性は
申し分がなかった。

米どころ秋田県とは言いながら10a(1反歩=300坪)当たり平均収量は、
戦前(1945年以前)の200?台から1950年頃には350?台に急増。

その後、1955(昭和30)年は450?、1965(昭和40)年には550?と大幅な伸び
を示した。この要因は、戦後の食糧難時代に、農地解放に伴う生産者の増
産意欲の高揚とともに、保温折衷苗代、三早栽培(早播き、早植え、早刈
り)などの普及及び県の増産運動「健康な稲作り運動」と相まって、全県
民的な普及によって助長された。

こうした技術開発と多収品種の導入により1976年、1977年、1980年には
「単収日本一」となり全国で最も安定多収県として位置づけられた。ま
た、全国の多収穫競作会では秋田県から「米作日本一」が続出するなど、
多収技術が開花した時代であった。

しかし1970年代に入ると、全国的に米の生産過剰となり生産調整が始まっ
た。秋田県も政府米の在庫を抱えながら、多収栽培から脱却できない産地
であった。つまり、多収栽培を行うのではなく量より質、消費者に喜ばれ
る、売れる米づくりへと転換せざるを得なかった。

このような背景から、1974年に秋田県農協中央会が水稲育種事業の実施を
県に要請し、翌年に県が水稲育種事業の開始(再開)を決定した。

つまり秋田県では1913年から1941年までの25年間、交雑育種を手掛けて育
成したが、その後中断していたのだ。1977年の福井県農業試験場へ調査・
享受の折、同場で75年に交配した「コシヒカリ」(母)×奥羽292号(父)の
「福交60−6」のF2種子1株を譲り受けた。

譲受けた「福交60−6」は、1981年に系統選抜4年目(F6)を迎え、系統
名(地方番号)を「秋田31号」と命名した。1983年には系統選抜6年目
(F8)を迎え、1群8系統の栽植し2系統20株を選抜し育成段階を終了した。

当時「コシヒカリ」は育成して約30年になっていたが、それまで「コシヒ
カリ」を親に交配した品種を奨励品種に採用した事例がなく、「秋田31
号」が最初の品種であった。

しかも、「コシヒカリ」の欠点である耐病性、耐倒伏性、収量性を改善し
た早生品種で、食味は「コシヒカリ」を上回った。

県農協中央会と農協経済連が「美人を育てる秋田米」のキャッチフレーズ
を発表し、秋田県初の水稲新品種誕生に花を添えた。

県外出荷が開始された「あきたこまち」は、新品種?類の中で破格の仮渡
し金60Kg20,133円の高値で取引された。また、キャンペンガール「こまち
娘」が誕生し、市女傘を身につけた平安朝の姿と、秋田で育成した美味し
い米「あきたこまち」として大いに印象づけた。

出典:秋田県農林水産技術センター農業試験場次長 児玉 徹 氏作成の資料。




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重 要 情 報
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◎久しぶりに英語の表現を考えて見た:前田正晶

「日常会話」などという言い方があるし、我が国ではそういう会話の例を
掲げた本が多数出ているようだ。だが、実際にアメリカ人の中に入って話
をしてみると、そういう例文集ではついぞ見かけなかったような言い方が
多くて戸惑わされるのだ。私は会話の本はついぞ見たこともないが、慣用
句や口語体の表現には、アメリカに深く馴染む前には悩まされた経験が
あった。そこで、何かのご参考になればと願って、これは思う用例を挙げ
て行ってみようと思い立った次第。

He is gone for the day.

解説)これは「彼はもう今日は帰宅しました」という意味である。打ち合
わせをしようと思って外から電話したら、こう言って不在だと知らされた
のだった。「帰宅した」とか「退社した」という日本語に当たる表現がな
いので困る。

Please look me up, next time you come to this little town.

解説)これで「次回この街に来られた時には、ぜひお立ち寄りくださ
い。」をこのように言うのだ。何時だったか,我が事業部の工場がある町
のホテルでチェックインをしていた時に、洗濯物を届けに来た業者が私と
同じ名字だったので、つい話し込んだところ上記の例文のように言われた
のだった。“look me up”では「見上げて下さい」のように聞こえるので少
し「???」だった。「立ち寄る」の事だと思い出して何とか切り抜け
た。慣用句ではそれぞれの単語の意味とかけ離れたことになってしまうの
が怖いという例。

There goes an old saying “out of sight, out of mind”.

解説)これで「『然るもの日々に疎し』という諺がある」という意味にな
る。そして、“There goes an old saying 〜.”が定番なのである。即ち、
その後に“seeing is believing”と言えば「百聞は一見にしかずという諺
がある」となるのだ。

Please don’t kid yourself.

解説)一寸趣が違った俗な言い方になったが、これは「冗談言わないで下
さい」であり「ご冗談でしょう」でもある。“You are kidding me.”でも
“Don’t fool yourself.”でも同じ事。“You are joking.”と素直に言う場
合もあると思う。


I am feeling a little bit weak, today.

解説)実はは正直なことを言って、私自身が今朝からこういう状態なの
だ。「今日は余り調子が良くなくって」という意味になると思い、彼らを
真似て使っていた。I am not feeling so strongly, this morning. と
言った者もいた記憶がある。同じことのように思える。I am not in a
very good shape. でも解って貰えると思う。だが、アメリカ人の中で働
いている時にはこういう弱気というか、言い訳めいたことは言うべきでは
ない。それは「役に立たないなら帰れ」と言われる恐れがあると思うか
ら。彼らに弱みを見せてはならないのだ。

A little bird told me that A Company will be apply for Chapter 11,
soon.

解説)「噂によればA社は間もなく連邦破産法第11条の保護を申請するよ
うだ」となる。これは我が国の民事再生法と同じだ。ここでは a little
bird told me が「噂によれば」の意味に使われている。「噂」は rumor
だが、素直に“According to a rumor, circulating in the market.”と言
うよりも、この格好の方が良いと思うが、如何か。


I believe that he has not grabbed that big number out from the air.

解説)「彼が言う大きな数字は単なる思い付きから言っているのではない
と思う」の意味になる。一寸聞いたのでは意味不明だが、ここでの鍵は
not grabbed the number out from the air なのだ。こういう表現の仕方
はこれまでに何度か採り上げて来たと思う。一種の慣用句だと思うが、
「根拠がある」という意味で使っている者に屡々出会った。

I suspect that he changed his Email address without any advance
notice to anyone of us.

解説)「彼は我々の誰にも事前の通告なしにメールアドレスを変更したよ
うだ」ということなのだが、ここでの鍵は suspect の使い方だ。これは
「疑う」のではなく「そうだったと思っている」と言いたい時に使うの
だ。「疑う」には doubt があるが、こっちは素直に疑っていることを言
いたい場合に使い分けする方が良いだろう。

Let’s play it by ear.

解説)これは何度でも採り上げて良い表現だと思う。私はこの意味はくだ
けた言い方をすれば「出たとこ勝負にしようや」辺りで良いだろう。ジー
ニアス英和には「臨機応変にやる」と出ている。皆で昼食を食べに出掛け
「さて、何の料理にしようか」となって、 Let’s play it by year.とな
るように使われている。元はと言えば音楽用語で「耳で聞いただけで覚え
ていて諳譜で演奏する」からきた表現だと教えられた。

At the very long last, the discussion on changing payment terms
boiled down to the heart of the matter.

解説)「最後の最後になってやっと支払い条件の変更の討論が煮詰まっ
て、問題の核心に辿り着いた」という意味だが、ここでは boil down と
いう言い方と heart of the matter が要点だと思う。兎に角、彼らはこ
ういう比喩的な言葉の使い方をする事が多いので要注意である。

This guy came into the picture out of the blue, then.

解説)和訳すれば「この男はその時に突然何処からともなく現れて参加し
たたのだった」とでもすれば良いかと思う。ここでは out of the blue
が面白かった。「突然」とはしたが「青天の霹靂」に感じが似ているとこ
ろに興味を感じた。come into the picture も「我々の集まりに参加し
た」か「仲間に入ってきた」というような感覚で使われていると受け止め
ていた。

◎野球を羨むの記:前田正晶

先ず高校の全国大会、就中甲子園の野球を否定する者としては、妙なこ
とを言っているではないかと笑われそうなことから始めよう。甲子園の野
球を止めてしまえと言いつつも時間がある時と興味ある対戦の時は見てい
る。非難されることを覚悟で言えば、18日の準々決勝戦にまで勝ち上がっ
てくる学校には、検索してみるとどちらかと言えば偏差値に疑問を感じさ
せられるところが多いのである。それは子供たちの野球の技術をあの水準
にまで鍛え上げようと思えばそういうことかななどと、密かに思わせられ
ている。

近頃屡た「自分の子供にサッカーと野球の何れを選ばせようかと思えば、
今やサッカーを選択する親も子供も圧倒的に増えました」という時代であ
る。であれば、サッカーには体格、運動能力、身体能力に優れた子供たち
が集まっているかと問われれば「どうかな?」と答えざるを得ない。我が
国のエースと嘗て褒められていた本田圭佑、香川真司、岡崎慎司、長友佑
都といった連中に、大谷翔平並みの体格と身体能力を備えている者がいる
か。八村塁君のような抜群の能力を見せるサッカーの選手がいるか。

そういう視点で高校野球を見ていると、あの年齢で既に180〜190 cmの身
長で100 kgに迫る体重の生徒たちが当たり前のようにいるではないか。何
も野球だけをやらせておかずとも、他の球技をやらせればもっと伸びると
思わせられた者を何名も見かけた。例えば星稜高校の奥川君などは既にプ
ロ級の投手としては完成してしまっているかの如くに見えるので,ここか
ら先の伸びしろがどれだけあるかを疑問に感じた。それならば、本日も連
投して潰されはしないかと危惧する間に、他の球技に転向させても立派に
通用する気がする。

私が非常に遺憾に思っていることは、何人かのフットボールのトレーナー
に聞かされた「サッカー界の体格作りに関する遅れ」であり、欧州に行っ
た者たちが少しは改善されたとは言え、未だに外国人と対戦すれば当たり
負けしている基本的な身体能力の弱さと劣勢な体格なのである。何故そう
言うかと言えば「ラグビーの日本代表級の日本人選手たちの体格を見よ」
という点だ。物が違うと断言出来るほど鍛え上がられた体格をしている。

その点に着目された元法政大学アメリカンフットボール監督でUndArmour
の販売会社「ドーム」の社長でもあった安田氏は「ラグビー選手の体格を
備えたサッカーのテイームを作ろうとFCイワキを設立された。サッカー界
にそういう着眼点がない時に、フットボール界では慧眼の安田氏にはそう
いう着想があったのだ。つまり、私が見た限りでは近い将来甲子園で肩を
潰してしまおうと何だろうと、サッカーやフットボールやラグビーの世界
では彼ら野球少年の体格や身体能力を活かして日本代表級にまで上がって
いける機会があるということだ。

現に私が見てきた限りでも、高校時代に野球部では補欠だった者が,大
学ではフットボールの世界に身を投じて全日本級の選手になった例を何名
もいた。特に日大の安部奈知君などは「彼が高校の野球部では補欠だった
とは,一体どのような生徒たちがレギュラーだったのか」と驚かされたと
いう例もある。運動選手の運命などは解らないもので、体育会制度がある
我が国では一旦選んだ運動部以外に転じてその先で芽を出すという例は余
りに少ない。私には未だ「高校の野球部は埋もれた人財の宝庫」のように
見えるのは僻目か。




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身 辺 雑 記  
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19日の東京湾岸は曇天。20 日も曇天。
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