政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針5135 号  2019・8・13(火)

2019/08/13

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 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5135号
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       2019(令和元年)年 8月13日(火)



      雀庵の「哲学を哲学する」:“シーチン”修一 2.0


       中国国防白書、対米戦勝利への決意:櫻井よしこ

            「の」に賭けた初入閣: 渡部亮次郎

                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記



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雀庵の「哲学を哲学する」

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  “シーチン”修一 2.0

【Anne G. of Red Gables/9】標高8848メートルのエベレスト/チョモラ
ンマ。多くの人が登頂を目指すが、なぜ命懸けで挑戦するのか。
<1924年6月の第3次遠征において、マロリーはパートナーのアンド
リュー・アーヴィンと共に頂上を目指したが、北東稜の上部、頂上付近で
行方不明となった。

マロリーが「なぜ、あなたはエベレストに登りたいのか?」と問われて
「そこにエベレストがあるから(Because it's there. )」と答えたとい
う逸話は有名であるが、日本語では、しばしば「そこに山があるから」と
意訳されて流布している>(WIKI)

未知への興味、挑戦・・・いろいろあるだろうが、小生なら「喘ぎなが
ら頂上に登ったら、そこからの眺めはさぞ素晴らしく、愉快だろう」とい
うのが動機だろう。富士山は同行者が高山病になったこと、小生も鮨詰め
の雑魚寝で睡眠不足でもあり、八合目で断念したが、やはり登頂しないと
気分は晴れない。

頂上からの眺めや登頂なら飛行機などを利用すればいいじゃん、という
論もあり得るが、同じ登頂でも苦しみ抜きながら一歩一歩登ってようやく
登頂するから感動するのだろう。

立山黒部アルペンルートは春には高さ20mにもなる巨大な雪の壁「雪の大
谷」をバスで走り、終点の室堂(2450m)で眺望を楽しむのだが、あまり
に安直過ぎて感動は薄かった。山はヒーヒー言いながら登頂するからいい
のだ。

まるで恋愛みたいなもので、安直に登る手もあるが、苦労に苦労を重ねた
末の登頂は格別だ、そうだようなあ、同志諸君。先日、カミサンに「まっ
たく女は面倒だ、脱がすまでが実に大変だよなー」と言っていたら、そば
で聞いていた長女が顔をまっ赤にしていたっけ。

哲学は「自分は何か、生きるのはなぜか、どう生きるのか」など、興味
がない人はほとんど気に掛けないことを追究する学問だ。何千年も多くの
人が追究してきたが、多くの人が納得するような「解」はない。それは他
の学問と同じで、究極的な解明ができない。例えば天文学では宇宙の実態
のほんのわずかを知ったに過ぎない。

知れば知るほど疑問は募るばかり、登頂したらもっと高い山があり、
「お前はここまで来れるか、それとも尻尾を巻くか? すんばらしい景色
だぜ」と天は挑発するのだ。終わりのない挑戦。

哲学は先人の思考を学びながら自分なりの、その時点での「解」を得て
いくのだが、やはり「応用」「実践」と結びつかないと、どうもただの理
屈になりやすい。宗教のように「あの世」ではなく、「知行合一」で「こ
の世」に貢献したい、カタチを遺したいというようになるようだ。

独善的にならずに多くの人の「生きる上でのヒント」、社会の「こうした
らもっといい」ぐらいにしておいた方が良さそうだ。気をつけないと余計
なお世話、お節介、干渉になりかねない。

どんな分野でも「解」を追究していくと哲人のような風貌になる。舞台
芸術もスポーツも職人も、一流、名人と言われる人は、目の前の課題を通
して「己は何者か、人間とは、生きるとは」という哲学を追究しているよ
うに見える。

読書を通じて先人の叡智を学ぶこともでき、それをベースキャンプにし
て一歩でも二歩でも頂上に近づきたいものだ。きっと気分がいい。

支那では中共峰に登頂した老人たち、引退したとは言え派閥のドンの長
老たちが今頃は「北戴河会議」で情報交換、根回ししているのだろう。昨
年の会議では習近平が長老の子息などに美味しいポストをばらまくことで
不満を押さえ込んだらしいが、今年は特に「経済と香港」が喫緊の課題に
なりそうだ。

長老を丸め込んで10月1日の建国70周年をにこやかに迎えたいというのが
習近平の願いだろうが、「経済と香港」は米国・香港への圧力を高めれば
米国・世界の反発も大きい、弱めれば国内支持層(貧困層)からの反発も
大きい。どう対応していいのか分からないから、手を打てない。様子見し
かない、という感じだ。

長老たちは当然そこを突いてくるが、長老たちにも解決策があるわけでは
ない。米国・香港に譲歩すれば中共統治が揺らぎかねない。その上に泣
きっ面に蜂で、大雨と日照りで農業は大きな被害を受けているという。
ネットでは、

「これは天災ではなく人災だ。これは中国共産党の毒だ。南で洪水、北
で干ばつ。三峡ダムはどこにいった?南水北調(南部の水を北部に送る水
利プロジェクト)はどこにいった?」

「今年水害が起きたとき、ウェブサイトで発表された政府の情報は一人当
たり2元(約30円)を補助するというものだった。その後、湖南省の湘江
の堤防が決壊したら、一人当たり約0.3元(約5円)となった。中国政府は
特に最近は、貿易戦争という対外的な問題、香港問題、台湾問題などで、
国民に目を向ける暇などないのだ」

との投稿もあるとか(反共系NTDTV)。

内憂外患、政治の乱れ、天災・・・王朝が代わる予兆なのか。トランプの
参謀、あるいは生みの親であるスティーブ・バノンらの所属する米国シン
クタンク「現在の危機に関する委員会」は、こう自己紹介している(長谷
川幸洋「世界で『中国企業締め出し』が始まる」8/9)。

<「委員会は米国市民と米国の政策担当者に対して、中国共産党の悪政
下にある中華人民共和国がもたらす現実の危険について情報提供し、教育
するための完全独立、超党派の団体である。

共和党のルビオ上院議員と民主党のメネンデス上院議員は、そんな実態
に目を向けて、中国企業に徹底的な情報公開を要求し、応じない場合は米
国証券市場での上場を廃止する法案を提出した。中国企業の締め出しである。

これは、いま米国で起きている中国排斥のほんの一端にすぎない。一言で
言えば、米国は「中国を米国経済から切り離そう(decoupling)」として
いるのである。そんな動きが進展すれば、数年後の世界は、いまとはまる
で違った世界になるに違いない。世界は米国圏と中国圏に分断されるだろう>

中共→ロシア→北→南、親亀こければ皆こける。運が良ければその歴史の瞬
間を目撃できる。1年でも2年でも生き永らえば生中継で見物できるのだ。
きっと気分がいい。

今日も暑くて外出不可。発狂亭“サンポハイケナイ ワタシハヒツキイ”
雀庵の病棟日記から。

【措置入院 精神病棟の日々(128)2017/1/3】承前【産経】「正論新春
対談 櫻井よしこ氏×木村汎氏」

<木村「日本は武力に頼らず話し合いで紛争を解決するが、ロシアは
「戦争を外交の延長線上に捉える」クラウゼビッツ流の考え方を貫いてき
た。両極端な2国が果たして交渉のテーブルで話をまとめられるのでしょ
うか」

櫻井「安保を自力で賄えていない日本は米国との同盟を緊密に保つこと
で対露カードと対中カードにしなければいけないハンディを負っていま
す。この点を大急ぎで変えなければなりません。安倍首相にはトランプ氏
に「実業家として成功しているあなただから、米国の実利を考えて」と説
得してほしい。開かれた通商はその一例で、日本だからこそできる情報工
作です」>

神様、仏様、米国様、どうぞお守りください・・・情けない。吉田茂は
「戦争に負けて外交に勝った」と言ったそうだが、独立した芸者やパンパ
ンではなくオンリーさん、お妾さんになったのだ。

「切れるの別れるのって、そんな事は、芸者の時に云うものよ・・・私
にゃ死ねと云って下さい」

安保がなければ一日だって生きてはいけません、捨てないで、お願い、
後生だから・・・あなただけが頼りなの・・・こうして大和男児はオネエ
になったとさ。(つづく)2019/8/11




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中国国防白書、対米戦勝利への決意
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          櫻井よしこ


中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を
発表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。




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「の」に賭けた初入閣
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     渡部亮次郎

建国記念「の」日が初めて施行された昭和42(1967)年2月11日。その時園
田直(すなお、故人)は衆院議員当選既に9回なのに未入閣で衆院副議長
のまま。しかも4日後に副議長に再選と言う椿事。

だが佐藤栄作首相は、園田の異能ぶりに感服していた。忘れずにこの年の
11月25日に行った第2次内閣の第1次改造で厚生大臣に抜擢した。園田は53
歳の初入閣だった。

「建国記念の日」と定められた2月11日は、かつて紀元節という祝日で
あった。

紀元節は、『日本書紀』が伝える神武天皇が即位した日に基づき、紀元の
始まりを祝う祝日として、1872年(明治5年)に制定された。

この紀元節は、1948年(昭和23年)(連合国による占領下)に制定された
「祝日に関する法律」附則2項で、「休日ニ關スル件」(昭和2年勅令第25
号)が廃止されたことに伴い、廃止された。

しかし独立を果たす1951(昭和26)年頃になると紀元節復活の動きが見ら
れ、1957年(昭和32年)2月13日には、自由民主党の衆院議員らによる議員
立法として、「建国記念日」制定に関する法案が提出された。

とはいえ、当時野党第1党の日本社会党が、この「建国記念日」の制定を
「戦前回帰、保守反動の最たるもの」と非難・反対したため成立しなかっ
た。

1957年8月2日、神社本庁、生長の家、郷友会、不二歌道会、修養団、新日
本協議会などの右翼団体は紀元節奉祝会(会長:木村篤太郎)を結成して
推進を画策した。

しかし、その後9回、法案提出と廃案を繰り返しただけだった。これに目
を付けたのが1965(昭和40)年12月20日、第45代衆院副議長に選出された
熊本県天草選出の園田直だった。

社会党国対委員長石橋政嗣(まさし=長崎選出}と密かに手を組み、建国記
念「の」日にして「2月11日」を国会ではなく政令で定めるなら反対しない
と言う妥協案を創り上げた。

名称に「の」を挿入して「建国記念の日」とすることで、“建国されたと
いう事象そのものを記念する日”であるとも解釈できるように修正したの
である。1966年(昭和41年)6月25日、「建国記念の日」を定める祝日法
改正案は成立した。

同改正法では、「建国記念の日 政令で定める日 建国をしのび、国を愛
する心を養う」と定め、同附則3項は「内閣総理大臣は、改正後の第二条
に規定する建国記念の日となる日を定める政令の制定の立案をしようとす
るときは、建国記念日審議会に諮問し、その答申を尊重してしなければな
らない」と定めた。

建国記念日審議会は、「粋人」菅原通済を会長に学識経験者等からなり、
総理府に設置された。約半年の審議を経て、委員9人中7人の賛成により、
「建国記念の日」の日付を「2月11日」とする答申が同年12月9日に提出さ
れた。

同日、「建国記念の日は、2月11日とする。」とした「建国記念の日とな
る日を定める政令」(昭和41年政令第376号)を公布、即日施行した。当
に「の」が自民、社会両党の妥協を成立させた。

また佐藤内閣にとっては実兄の岸信介内閣以来、歴代内閣の成しえなかっ
た事実上の紀元節復活を成し遂げたのであった。この「の」という奇策へ
の「回答」が園田の初入閣だったのである。

私はこうした経緯を当時NHK政治記者としてつぶさに取材。園田の頭の良
さにつくづく惚れた。彼が特攻隊生き残りである事も知って尊敬した。そ
うした事が後に私を外務大臣園田直の秘書官にした理由である。(文中敬
称略)2008・2・10


          
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中国国防白書、対米戦勝利への決意
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           櫻井よしこ

中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。
『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号



━━━━━━━
重 要 情 報
━━━━━━━

◎もう34年も経ったJAL123便の墜落とシアトルでの交通事故の被害:前田正晶
朝からテレビであのJALの墜落事故を採り上げて追悼している。あの日の
午後は横浜市都筑区池部町の大日本印刷・横浜工場を訪問していた。秘書
さんには予め「用事が終わった時刻次第では、池部町から横浜線の中山か
鴨居まで延々と歩いてからJRに乗って町田まで行き更に小田急線に乗り換
えて当時住んでいた藤沢の湘南台まで帰る方が便利なので直帰にする」と
断ってあったので、当時は何処にでもあった公衆電話から連絡し、急用も
ないと確認出来たので横浜よりは涼しい我が家に向かったのだった。

夕方になってJALの大阪行きの便がおかしくなったというニュースがあっ
た記憶もあるが、まさか墜落するとは予想もできなかったので、久しぶり
に早く帰ってこられた時間を楽しんでいた。それがまさかと思ったあの大
勢の犠牲者が出た墜落になってしまったのだった。夕方の6時56分だった
と、今になってあらためて知らされたような気もするが、その余りの事の
重大さと事故の規模の大きさに驚いてか、かなり気が滅入っていて憂鬱な
気分になっていたとの記憶もある。

私はその頃は、既に飛行機に乗ってはアメリカとの間を頻繁に往復して
いたので、飛行機とはかくも危ないものかと考えさせられていた。あらた
めて犠牲者のご冥福をお祈りしたい。

それから2ヶ月も経たない10月初旬にワシントン州の本社を経てジョージ
ア州アトランタで開催されるFood & Dairy Expoに参加すべく、アメリカ
に出張していた、まさか我が家の男子として3人目となる交通事故に遭う
とは夢にも思わずに。あれから34年も経ってしまった今になって思えば、
あの8月12日の何とも言えない暗い雰囲気が、私自身がアメリカで被害者
となる前兆だったのかも知れないなどと考えている。

この貰い事故については、これまでに何度も触れたから詳細は省くが、運
命の悪戯というか偶然さの恐ろしさを感じざるを得ない。あの日はシアト
ルの空港に到着された最大の得意先の常務さんと担当課長さんのお二人を
そのまま空港の敷地内の我が社のハンガーにご案内して、先ずは自社のヘ
リコプターで200 km程南の工場にお送りしたのだった。ヘリコプターは帰
りまでそこで待ってくれている予定だった。所が、山火事が発生したので
急遽消火に向かってしまった由で、代車ではなかった代機の小型のカンパ
ニープレインがローカル空港に来るのでそれを利用する事になった。

滅多に利用する事のない社用機なので大いに珍しかった。そこでシアトル
空港内の自社のハンガーに戻って、お客様を直ぐ近くのホテルまで送り届
ければ目が回るような1日は終わるはずだった。そのはずだったが、サウ
スセンターというショッピングセンターの敷地内にあるホテルに曲がると
ころで、信号がない片側3車線道路を左折した際に、3線目を何も注意せず
に疾走してきたMustangにぶつかられてしまったのだった。

後になって、「もしもヘリコプターが山火事の消火に向かわなかった
ら、あの左折で衝突されて4人乗っていた中で私だけ重症を負わずに済ん
だのかも知れないのに」などと密かに悔やんでいた。ぶつかられた事など
はほんの1秒にもならなかっただろう瞬間の事だった。私の人生は誰も予
期しなかった偶然の積み重ねで、「行こうとも、行きたいとも、行けると
も」考えていなかったアメリカの会社に転進してしまった事態は、少なく
とも良い運命だったと思っていた。だが、ヘリコプター、山火事、社用機
という偶然の積み重ねが、一瞬の事故を呼んだかなという気がしてならな
い。念の為確認しておくと「私は自動車の運転を仕方を知らず、あの時も
乗せて貰っていただけだった」のである。

ではあっても、運命は私を見捨てていなかったようで、私は半年の苦し
くも辛かった治療と静養の期間を経て、対日輸出の現場に復帰させてくれ
て今日があるのだった。私的な回顧談であった事をお許しを。




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身 辺 雑 記  
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13 日の東京湾岸は薄曇り。

このところ平穏な毎日である、有難いことだ。
                           読者:6001

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創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
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