政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針5098 号  2019・7・7(日)

2019/07/07


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 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5098号
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        2019(令和元年)年 7月7日(日)



             責任者=孫波に懲役12年:宮崎正弘

               3度の失脚と復活:渡部亮次郎

      新潟選挙区、野党統一候補のおかしさ:櫻井よしこ
           
                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記

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責任者=孫波に懲役12年
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)7月6日(土曜日)
       通巻第6130号  <前日発行>
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 中国初の空母「遼寧」の責任者=孫波に懲役12年
 多額の賄賂、機密を米国に漏洩した疑い。同造船集団の高官も連座失脚
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2019年7月4日、上海法院は、空母建造に関して多額の賄賂を受け取った
ばかりか、機密を米国の情報筋に漏洩したとして、大韓部だった孫波に懲
役12年、罰金80万元(邦貨換算1280万円)を言い渡した。

情報筋は孫波への判決を「死刑」と予測していたため(スパイ行為は中国
では死刑が常識)、「あまりにも軽い」という批判がある。

起訴状によれば、孫とその夫人は業者らから840万元(邦貨換算1億3400
万円)の賄賂ならびに物品を浮けとり私服を肥やした。そのうえ空母の機
密を米国情報部に流した疑惑が持たれ18年6月から拘束されていた。同時
に系列の731研究所所長のジン・タオ(音訳不明)らも拘束された。

孫波は大連科技大学を1982年に卒業し、中国造船集団の子会社「大連船舶
重工業集団」に入社、その後辣腕を発揮し、またたくまに出世階段をのぼ
り、四年間に社長のポストに就いていた。

中国初の空母はウクライナから輸入して10年かけて改良をくわえ、実験航
海段階を経て直近では空母打撃群をともなってハワイ沖に現れた。しかし
事実上の中国初の国産空母「0001A」は4回の実験航海を経てドッグ
入りしたままである。情報筋は燃料が5日間で切れるため、とても空母と
呼ぶようなシロモノではないと評価している。

軍関連の汚職摘発は続発しており、軍需産業のメッカ四川省成都では、か
なりの軍幹部、軍需産業経営者らが汚職、機密漏洩で起訴されている。
     
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 パプアニューギニアに生きていた日本軍人の精神と団結力
  リスクの高い現地でいかにして企業を経営できるかの悪戦苦闘

丸谷元人『日本の南洋戦略 南太平洋で始まった新たなる戦争の行方』
(ハート出版)
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この稿を書こうとした矢先、中国が南シナ海へ向けて2発の対韓弾道ミサ
イルの発射をしたことがわかった。米国の発表では実験は6月30日に行な
われたいう。

米中首脳会談が行われた直後だった。明らかに「自由航行作戦」を展開中
の米仏英を牽制する狙いがあったと考えるのが自然だろう。同時に中国の
不誠実さを如実にあらわしている。

中国が狙っているのは「尖閣」や沖縄、台湾だけではなかった。

南シナ海の美しい珊瑚礁を破壊して人口島を七つも造成し、そのうち三つ
には滑走路、レーダー基地にミサイルを配備し、あげくにミサイル実験を
強行した。

南シナ海の人工島造成に続いて、中国は紅海の入り口を扼するジブチに中
国軍基地をつくった。マラッカを超えて、まずはミャンマーのチャウ
ピュー、つぎにバングラのチッタゴン、そしてスリランカのハンバントタ
港は99年の租借、インドの南端を回り込んだモルディブでは無人島を狙
い、パキスタンのグアダール港は43年の租借とした。
シーレーンの要衝を中国が軍事的に制圧するとどうなるか?

これらの事実経過を踏まえて、目を南太平洋に転じてみよう。

驚くなかれ、米国、英国、仏蘭西、ドイツ、そして豪、NZと、列強の権
益が錯綜して入り込んだ海域に14の島嶼国家があるが、台湾と外交関係
を維持する国々は、いまでは僅か6ヶ国を残すのみである。

中国が静かに接近し、経済援助と巨額投資を積み上げながら、政権トップ
に近付き、台湾と断交させてきたからだ。

小誌でもかなり詳細を報告してきたが、トンガ、バヌアツなどへ行くと立
派な中国大使館がある。ところがバヌアツに日本大使館はまだない。ビル
の一室に大使館開設準備室があるだけ。このバヌアツの北側のエスピリ
トゥサント島のルーガンビル港は中国が近代化工事を請け負っている。

中国の狙いルーガンビル港の「南太平洋のジブチ化」である。

フィジーでは、華字紙が日刊で発行されている。これらに関しての詳細は
拙著『日本が危ない 一帯一路の罠』(ハート出版)ならびに近著『地図
にない国を行く』(海竜社)に書き込んだ。

さて本書では、こうした中国の南洋戦略を論じ、とくにパプアニューギニ
アに焦点を当てる。

中国の登場によって当該海域の国々の政治家がいかに変化したのか、中国
の遣り方を現地の政治家は心よく迎えているのではなく、宗主国として威
張りちらしてきた豪への心理的反発が中国とのバランスをとるという危険
な綱渡り政治の出現となっている現実を綴るのだ。

随所に著者の思い入れが強く、重々しい筆圧を感じる。思いの丈を原稿に
たたき込んだという熱気が行間に犇めいている。

実際に著者の丸谷元人氏は豪に留学し、偶然なことからパプアニューギニ
アに通い始め、会社も経営して、首相や政治家の有力者とも親しく付き
合った経歴の持ち主である。だからこそ、これまでに欧米人やオーストラ
リアのジャーナリストが書いてきた『西側史観』とは、立場が明瞭に異な
り、上から目線ではなく、現地の目から見た政治地図を活写した。
 それゆえに貴重な報告である。

なぜパプアニューギニアの人々が親日的なのかと不思議に思いながら、戦
跡を訪ねるうちに何回も日本兵の幽霊をみた。およそ14万人が犠牲になっ
て、巻き添えでパプア人も相当数が亡くなった。それでも初代首相は日本
の教育を受けたソマレ氏で、大の日本ファンだった。

ラバウル航空隊、ガダルカナル、大東亜戦争での激戦地。。。。。

もっともエキサイティングな箇所は丸谷氏がパプアニューギニアにおいて
悪戦苦闘を重ねながらタクシー会社とジュース工場を経営した血の滲むよ
うな記録である。

「のろま、怠け者」「すぐに袖の下を要求し、それでも動かない」として
多くの日本企業はさっさと引き揚げた。「カントリーリスクがある」とい
う理由だった。

それはそうだろう、あまりにも文化、慣習が異なり、言葉は通じないし、
食事も喉に通らない。そのうえ、信頼した部下が丸谷氏が日本に帰国した
とたんに裏切り、横領、女遊び、会社は傾く。

そうして悪戦苦闘を続けながらも、丸谷氏を信じて再建のために、ついて
きた現地の人々が十数名いた。

なぜなら彼らこそは日本軍人が残していった勤勉、信頼、友情。そして日
本軍人の精神に深く感動した人たちであったからだ。
        
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1920回】         
 ――「支那は日本にとりては『見知らぬ國』なり」――鶴見(14)
鶴見祐輔『偶像破壊期の支那』(鐵道時報局 大正12年)

              ▽

南通州だけを考えるなら「その御心配はありますまい」と答えた後、「張
謇氏は居ずまゐを正して」、じつは同地においては「土地の収?が全人口
を養ふには足りません、一家八口なくては足りないものを、今で一軒當り
五口しか耕地がありません」。そこで近辺の海の埋め立てを計画している
というのである。

鶴見は張謇による民生向上を目指した南通州の開発事業を大いに称え、
「支那の先覺者の多くが、張謇氏の如く政治的功名心を抛つて、專心郷國
の開發指導に從事する日が到來したならば、それは、支那が眞の國民とし
て、蘇生復活する時であらう」と考えた。

その後、南通州はともあれ、鶴見の望んだような「支那の先覺者」がい
たとしても、戦乱の渦中では「專心郷國の開發指導に從事する」ような暇
はなかっただろう。

鶴見は1945年11月に日本進歩党を結成し幹事長に就任。だが戦前に大日本
政治会総務であったことから、46年1月に公職追放処分を受けている。
中華人民共和国建国1年後の1950年10月、65歳の時に公職追放が解除と
なった。公職追放の間、雑誌『思想の科学』を息子の俊輔らに提供し社会
に向けた発言を継続した。

そこで思うのだが、さて鶴見は毛沢東による建国を如何に捉えたか、である。

毛沢東を「張謇氏の如く政治的功名心を抛つて、專心郷國の開發指導に從
事する」「支那の先覺者」であり、1945年10月10日を「支那が眞の國民と
して、蘇生復活する時」と見做したのであろうか。

文革が最盛期を過ぎ、林彪が不可思議な死を遂げ、批林批孔運動が発動さ
れ、四人組の専横が猖獗を極めていた頃の1973年に鶴見は死んでいるが、
さて最晩年の鶴見は、そんな中国にどのような眼差しを向けていたのだろ
うか。

歴史を振り返って思い至るのは、一般に日本では中国を見る目が情緒的
に過ぎるという「悪癖」だ。

文革のみならず天安門事件、改革・開放政策にせよ、隣国が抱いた淡い期
待、あるいは希望的観測に基づいた情緒的見通しなんぞ木っ端微塵に打ち
砕いてしまう。これこそが中国政治の本質であることを忘れてはならない。

『偶像破壊期の支那』の体裁は、前の3分の1が鶴見の訪ねた「支那の先
覺者」に関する記述で、真ん中の3分の1が社会に対する観察、残りの3分
の1が「現代支那大觀」と題する一種の政策論となっている。
というわけで、ここからは社会に関する観察になる。

先ず気づいたのが道路だ。

「修繕することなしに幾世紀の使用に服した支那道路は、肩を没する程
の深さに摩滅し鑿掘されて居る。其の先祖の轍の刻んだ險惡な道路の上
を、支那の農夫が三皇五帝の昔さながらに彈機の無い支那車の上に乘つ
て、種類の異なる五六頭の動物を御し乍ら無關心に駛つて行く」。

まさか「肩を没する程の深さに摩滅し鑿掘されて居る」とも思えない
が、この部分を目で追ってみて、ひょっとして、これは道路の話ではな
く、社会そのものを指しているのではないかとも思った。王朝の交代は繰
り返されてきたが、歴代王朝の権力機構・統治制度は「修繕することなし
に幾世紀の使用に服した」ものであり、であればこそ、ちょっとやそっと
の智慧や工夫ではどうにもならないまでに「摩滅し鑿掘されて居る」。

かくて「其の先祖の轍の刻んだ險惡な」社会制度のままに、「支那の農夫
が三皇五帝の昔さながらに彈機の無い支那車の上に乘つて」いるように
日々を生き続けるしかない。

種類の異なる五六頭の動物を御し乍ら無關心に駛つて行く」ように、極め
て狭い日常空間で生活し、血縁と地縁――言い換えるなら《自己人(なか
ま)》――に繋がらない世界に対しては余り関心を向けない。《QED》
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者
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(読者の声1)板門店における米朝首脳会談に同席しなかったジョン・ボ
ルトン補佐官に、ワシントンでは解任説が渦まいていますね。NYタイム
ズとウォールストリートジャーナルが報道し、次の補佐官の候補者まで名
前が挙がっています。一説に最有力はイバンカだとか。
 トランプ政権内部、ガタガタじゃありませんか。(FU生、横須賀)
   


(宮崎正弘のコメント)大統領補佐官の座に就いたマイケル・フリン、二
代目のマクマスターと軍人が軍事戦略の立場に立脚して進言してきました
が、原理・原則にあまり拘らないトランプは、お気に召さず、次々と解任
し、ジョン・ボルトンを指名しました。

本来なら国務長官にふさわしいのですが、ボルトンだと議会承認が得られ
そうにないので、上院指名公聴会をパスできるポストというわけです。

戦略担当補佐官だったスティーブ・バノンの解任はイバンカ夫妻が嫌った
所為というのが、現在のワシントンで常識化していますが、トランプはど
うやら真性保守の人たちを遠ざけてきたようですね。

もっとも関心が深いのは来年の大統領選挙であり、外交の実質得点より、
派手は演出、見せ場の多い劇場的な外交を行うことによってミーハー、草
の根の有権者の関心を惹こうとしているのは明瞭です。

しかし国家目標と同盟国の提携という戦略性を欠いた遣り方では究極的に
アメリカの国益には結びつかない怖れがあります。

トランプの周囲に苦言を呈するブレーンが不在、ユダヤ教徒のイバンカ夫
妻では、サウジ偏重、イラン敵視、イスラエル最重視という片肺飛行に
なって、ロシアとの戦略的関係の構築が一歩も進まない状態は由々しき事
態ではありますまいか。



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3度の失脚と復活
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   渡部 亮次郎

ご承知の如く私は中国については国交回復のとき、記者として田中総理に
同行し、6年後は福田内閣の外務大臣園田直の秘書官として日中平和友好
条約の締結に関与した。

振り返って日中関係の主人公は中国では毛沢東首席であり周恩来総理だっ
たが、隠れたる主役がトウ(鄧)小平だったと思う。だから産経新聞連載
中の「トウ小平秘録」を夢中で読みながら、彼に生涯初めて厭がる鮪の刺
身を食べさせたことなどを思い出している。

周恩来は日本に留学するがトウは16歳でフランスにわたる。1927年に帰国
し、ゲリラ活動を開始。紅七軍を政治委員として指揮するが、冒険的で無
計画な李立三路線に振り回される。

1931年、蜂起したものの根拠地を失った部隊と共に毛沢東率いる江西ソ
ヴィエトに合流し、瑞金県書記となる。

しかしコミンテルンの指令に忠実なソ連留学組が多数派を占める党指導部
は、農村でのゲリラ戦を重視する毛沢東路線に従う鄧小平を失脚させる。
これが生涯3度の失脚の1回目。

鄧小平は、毛沢東の指揮した大躍進政策の失敗(数千万人の餓死者)以降、
次第に彼との対立を深めていく。大躍進政策失敗の責任を取って毛沢東が
政務の第一線を退いた後、共産党総書記となっていた鄧小平は国家主席の
劉少奇とともに経済の立て直しに従事した。

この時期には部分的に農家に自主的な生産を認めるなどの調整政策がとら
れ、一定の成果を挙げていったが、毛沢東はこれを「革命の否定」と捉えた。

その結果、文化大革命の勃発以降は「劉少奇に次ぐ党内第2の走資派」と
批判されて権力を失うことになる。1968年には全役職を追われ、さらに翌
年江西省南昌に追放される。これが2度目の失脚。

そこでは政治とはまったく無関係なトラクター工場や農場での労働に従事
した。「走資派のトップ」とされた劉少奇は文化大革命で非業の死を遂げ
るが、鄧小平は「あれはまだ使える」という毛沢東の意向で完全な抹殺に
までは至らず、一命を取りとめた。トウ氏はせっせと毛沢東に助命嘆願の
手紙を書き続けた。

1972(昭和47)年9月の田中角栄総理による日中国交回復交渉に同行取材し
たとき、トウ小平の名は誰の口からも出なかった。出せば毛沢東の怒りに
触れ、命を失うかもしれないから当然だった。

漸く1973年周恩来の協力を得て中央委員に復帰する。73年4月、カンボジア
のシアヌーク訪中レセプションで副総理の肩書きで出席して2度目の復活
がわかった。

しかし1976年4月には清明節の周恩来追悼デモの責任者とされ、この第1
次天安門事件によって3度目の失脚。毛沢東夫人江青らの陰謀だったこと
がのちに分る。

いずれ広州の軍閥許世友に庇護され生き延びる。同年毛沢東が死去すると
後継者の華国鋒を支持して職務復帰を希望し、四人組の逮捕後1977年7月
に生涯3度目の復権を果たす。

中国では政治家や軍人の動静や異動についていちいち発表がないから、在
中日本大使館といえどもトウ小平3度目の復活の確認作業をどのようにし
ていたかは知らない。

しかし、個人的に廖承志氏とのパイプを維持していた官房長官(当時)園田
直氏は早くに知っていた可能性がある。日中平和友好条約の締結に極めて
積極的だったからである。

日中国交回復してから既に5年になろうと言うのに両国の政治・経済関係の
憲章となるべき日中平和友好条約が中国側の頑なな態度によってなかなか
締結できない。その中にあって福田内閣の官房長官園田直だけが早期締結
を唱えて自民党内右派の非難を浴びていたほどだ。

77(昭和52)年7月に復活したトウ小平は、秋には党副主席、78年春には第1
副総理、全国政協主席に選出された。一方の園田は77年11月には官房長官
から外務大臣に追われて就任。

そこで中国育ちの武道家をしばしば旧知廖承志の許(もと)に派遣。その結
果、中国政府がトウ小平副総理の下、条約の早期締結にカジを切り替えた
ことを確認する。

私は外相秘書官とはいえ、元は一介の政治記者であり、しかも外交につい
ては素人である。

だが、条約締結の見通しについて福田総理と園田外相の間に決定的なミゾ
の広がりだけは痛感するようになっていた。トウ小平の存在を知った外相
と全く知らない総理。総理には外務省情報しか入っていない。

トウ小平の胸には既に経済の改革開放路線が出来上がっており、そのため
には日本の資本と技術の導入が不可欠であり、更にそのためには日中平和
友好条約の早期締結が不可欠だったのだ。日本外務省はそこを読めなかった。

中華人民共和国は共産主義国家であるが、それは極端な独裁的人治国家で
あることを見抜いていなかった。トウ小平が以後1997年2月19日の死に至
るまで中国を振り回す人物であることを見抜けなかった。

3度の失脚、3度の復活。地獄から這い上がったと思ったら失脚。さながら
ジェットコースターのような人生の中で人生と人間と言うものの本質をや
や究めた人物トウ小平。彼は毛沢東を乗り越えた。

毛は死体となっても水晶の箱で薬品漬けで君臨しているようにしている
が、トウの遺骨は胡錦濤の手で上空に撒かれて墓はない。文中敬称略 参
考:ウィキペディア他2007・06・22



      
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新潟選挙区、野党統一候補のおかしさ
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            櫻井よしこ

「アリさん、早くこっちによけないと、ひかれちゃうよ!」

幼い少女は、列になって道路を這っている蟻の群れが車に轢かれてしまう
と心配して、一所懸命、群れを道路の端に誘導しようとした。少女は横田
めぐみさんである。早紀江さんが当時を懐かしみながら語った。

「幼い頃のめぐみはいつもこんなふうでした。生きものは何でも大好き
で、変なものもしょっちゅう、家に連れてくるんです」

丸々とした頬の心身共に元気なめぐみさんを想い出してか、早紀江さんは
笑みを浮かべながら語った。

「ある日は両手に余る大きなガマガエルを、ナフキンに大事にくるんで家
にもってこようとしていたんです。お友達のお母様がめぐみが抱えている
大きな蛙を見てびっくりして私に電話してきました。めぐみは弟たちに見
せてあげたい一心でもってきたんですねぇ。小さかった頃、子供たちはい
つもこんなで、楽しかったんですよ」

早紀江さんも御主人の滋さんも、最初の子供は男の子だと信じ、名前は
「拓也」と決めていた。早紀江さんが隣の拓也さんを見ながら語る。

「生まれてきたのは女の子でしたからねぇ、めぐみにして、拓也という名
前は次の子のためにとっておいたんです」

ころころと笑う早紀江さん。

「拓也と哲也のお産もよく憶えています。拓也が最初に生まれて、もう一
人いるのに、私はすっかり疲れて、眠りかけたんです」

話をきいていた参議院議員の山谷えり子氏も私も、ここでどっと笑った。
早紀江さんが続ける。

「お医者さんが私の頬っぺをピチャピチャ叩いて、眠ってはいけません
よ、もう一人いますよ、眠る前に頑張りましょうと声をかけて下さって、
それで哲也が生まれたんです」

「神さまの御意志」

二人の男の子は小さい頃は喧嘩でプロレス技をかけ合った。団子のように
からみ合い、玄関先まで転がってガラス戸を破ったこともある。けれど弟
二人はいま両親を支え、めぐみさん奪還に向けて頼もしく行動している。
早紀江さんが続けた。

「めぐみちゃんは大変な人生を生きていますが、世界中の皆さんからご心
配いただいて、本当に幸せです。日本全国の人たちが気にかけて下さり、
安倍総理の働きかけで世界の指導者も拉致問題を知って下さっている。ト
ランプ大統領も真剣に拉致問題解決に力を貸して下さっている。家族には
大きな驚きですが、私は神さまの御意志を感じています」

この日、私たちは五嶋龍氏のコンサートを聴いたあと、一緒に食事をした
のだが、五嶋氏は拉致問題に非常に深い想いを抱き、解決を訴える多くの
コンサートを開いてきた。五嶋氏の母、節氏は拉致のニュースに涙し、家
族会を応援してきた。

拉致問題はいま、これまでのどの時より解決に近づいている。無論、並大
抵ではない。安倍晋三首相が呼びかけた日朝首脳会談実現の目途も立って
いない。それでも、私たちは拉致解決に近づいている。

「ここまで本当に多くの方たちが努力して下さった。姉と寄居中学で同窓
の塚田一郎さんもそうです」

拓也氏が語ったのは参議院議員の塚田氏のことだ。氏は関門新ルート(下
関北九州道路)整備構想に関して、首相や副総理を忖度したと発言して国
土交通副大臣を辞職した。

氏は福岡県知事選挙の応援でその場を盛り上げるために過剰なリップサー
ビスをしたのだが、この道路は地元も、立憲民主党も国民民主党も切望し
てきたもので、首相への忖度とは全く関係なく進められている。公職にあ
る人物が事実と異なることを語るのはとんでもないことだ。だからこそ、
塚田氏は自分の言葉を厳しく反省し、陳謝し、辞任した。

「そのことだけを批判し続けて、塚田さんの功績をまったく認めないのも
おかしい。塚田さんは私たち国民のために、地味ですが本当によく働いて
くれています」と、拓也氏。

「救う会」会長の西岡力氏も語る。

「一昨年9月、トランプ大統領が国連演説で、13歳の少女が北朝鮮に拉致
されていると語り、めぐみさん拉致事件を世界に知らしめました。背景に
塚田さんの力があったのです」

事情はこうだ。2017年5月に加藤勝信拉致担当大臣が訪米を計画したが、
要路の閣僚と日程調整ができず延期された。加藤大臣に同行することを考
えていた家族会、救う会は迷ったが、単独で訪米した。

「塚田さんがとにかく動こうと言って訪米が決まり、国家安全保障会議
(NSC)アジア上級部長のポッティンジャー氏に会えたのです。氏に拓
也さんがめぐみさんのことを語り、それを聞いたポッティンジャー氏が、
これからトランプ大統領に会うので、必ず伝えると約束してくれたので
す。その1週間後にめぐみさんに言及した国連演説があり、11月6日、ト
ランプ大統領が家族の皆さん方に初めて会って下さった」(同)

考え方もバラバラの野党

家族会、救う会の人々は、一様に、塚田氏が拉致被害者支援法改正、13項
目の対北朝鮮制裁の決定、米国人拉致被害者デービッド・スネドン氏救出
を目指す米議会の決議実現への働きかけなどを行ったことを評価し、未だ
に「忖度」発言で塚田氏を批判することを疑問視する。

7月に予定される参議院議員選挙の新潟選挙区は、全国で展開される与党
候補と野党統一候補の一騎討ち選挙区のひとつだ。新潟では共産党から国
民民主党まで一列に並んで弁護士の打越さく良氏を支援するが、これら野
党に共通項はあるのか。

たとえば拉致に関して、これまで共産党も社民党も力になったことなどな
い。国民民主党などとの決定的な違いのひとつであろう。

天皇と皇室についても、共産党は繰り返し「天皇制の転覆」や「天皇制の
打倒」を謳い、現委員長の志位和夫氏は「天皇の制度のない民主共和制を
目標とする」と語っている。共産党の主張に国民民主党は同意できるの
か。価値観がまったく異なる政党が統一候補の打越氏を応援するという
が、打越氏が当選したとしても、一体どんな政治ができるのか。

打越氏の現状認識にも違和感を抱く。16年9月21日付のネットサイト
「LOVE PIECE CLUB」に、「かなりリベラルと信頼する友人たちからも、
『慰安婦って、朝日新聞のねつ造なんでしょ?』と言われてびっくりする
ことも多い」と書いている。

朝日新聞は14年8月5,6の両日に、自社の慰安婦報道を、吉田清治氏の関
連記事すべてを虚偽として取り消すことで大誤報だと認めた。そうした指
摘を「びっくり」とはこちらがびっくりだ。考え方もバラバラの野党が担
ぐ極めてリベラルな打越氏と塚田氏の一騎討ちで、重要なことは、共産党
をも代表する人物の政治的立場を信用できるか、ということだ。
『週刊新潮』 2019年7月4日号 日本ルネッサンス 第858回

                                
           
━━━━━━━
重 要 情 報
━━━━━━━
◇◆◇写真映像情報網◇◆週刊AWACS 2019年7月7日◇◆◇◆◇

▼唸声一言/北朝鮮を好きになれば、いつかはスパイ罪・・・

7/6、朝鮮中央通信は、豪州人のアレク・シグリー氏(29)をスパイ罪を認め謝罪したとして国外退去にしたと報じ、NKニュースなどに資料や写真を渡していたことがスパイ行為に当たるとしています。シグリー氏は熱狂的な北朝鮮ファンで、自身の日本人妻との結婚式も平壌で挙げています。そんな人物であっても、スパイ罪に問われるのが、北朝鮮です。そう言えば、平壌で日本料理店を経営している金正日の料理人として有名な藤本健二氏(72)もどうやら、北朝鮮当局に拘束されているようです。こうした北朝鮮応援団であっても、信用しないのが北朝鮮の常識なのでしょう。自分以外は一切信用せず、粛清していく独裁方式、但し、10日間の拘束で元気な姿で戻ったシグリー氏を見ると、米国民ではなくとも、トランプ大統領のことを意識しているのでしょうか?そうすると、藤本氏はどうなるのでしょうか?まぁ、好きで行っている人でも、何らかの交渉材料に使われることもあります。渡航は絶対に止めてください。自分は特別と言った考え方は北朝鮮では通用しません。特別なのは金正恩委員長だけですので・・・。

では、今週号をお楽しみください。

https://ameblo.jp/unarigoe/entry-12491043280.html

2019/7/7 唸声



◎足かけ3ヶ月振りに都会(?)に出て:前田正晶

6日は京橋の馴染みの理髪店に出掛けたのだが、予定表を見ると何と足か
け3ヶ月で正味70日振りのことだった。これほど間が空いたのは他でもな
い、1月に発症した顎関節症の為に噛めない食べられないだけではなく、
食べる意欲を失った結果で行動する意欲をも失っていたのだった。更に、
気が付けば6月末までの足かけ5ヶ月間に体重が約10%も減少してしまって
いた為に、何事につけても消極的になっていたのだ。だが、幸いにも昭和
大学歯科病院顎関節症治療科で顎の運動を教えて頂けたお陰でかなり固い
物も噛めるようになって少しは意欲が出てきたのだった。

言い訳はこれくらいにして、久しぶりに出向いた都心の風景には矢張り圧
倒されてしまった感があった。と言うのも、京橋の交差点から中央通りに
入ったところで、止まったフェラーリから降りてきたご主人と思しき方は
さりげなくGucciのTシャツに厳かな見てくれのスニーカーで、奥方はさぞ
かし高価だろうと思わせる何処かのブランド物のようなワンピースにお定
まりの何とかいうブランドのバッグだった。ここ新宿区の百人町界隈で
は、遺憾ながら先ずお目にかかれないお出で立ちだった。偶々土曜日だっ
たこともあるが、有楽町の駅前は大変な人出で驚かされた。

それだけではない。東京もここまで来ればその昔に我が副社長と諧謔的に
表現した「ホワイト・ガイジン」で人品骨柄卑しからざる人たちも多い
し、明らかに銀座を目指してきただろう中国人も数多く歩いているのだ。
我らが同胞も皆キチンとした服装で隙がなく、30年ほど前には何と言うこ
となく歩き回っていた銀座や有楽町界隈がこれほど眩しく感じて圧倒され
てしまうのでは「我老いたり」と「この俺も東京の田舎者になってしまっ
たか」と痛感していた。山手線に30分も乗ればこれほど景色が変わるもの
かと今更ながら感じ入って、新大久保に帰って来たのだった。


◎日米安全保障条約のことを何となく聞いたことがある:前田正晶

アメリカの問い合わせ先の2人目から答えが来たのでお知らせする次第。

彼は「何となくそういう条約があったと聞いたことがあるところに、最近
こちら(ワシントン州)の新聞がトランプ大統領の意向を少しだけ報じて
いたので存在を確認した」と言って来てくれた。

知識階級に属する私が日本を良く知っていると思っている人たちでも安保
条約についてはこの程度の認識というか認知度であるのだから、トランプ
大統領が安倍総理に何度も破棄の意向があると伝えたとTwitter で表明し
ても、彼の岩盤の支持層の人たちに通じるか否かは疑問だとは思う。

だが、先日誰かが「トランプ大統領の言動を全て選挙対策に結びつけて考
えることは、必ずしも適切ではない」と指摘していた。しかしながら、そ
れではトランプ大統領の再三にわたる不満の表明は何の目的だったのだろ
うか。


◎ロスアンジェルス(LA)の近況:前田正晶

SM氏は先頃ご母堂を亡くされてその件で極めて多忙だった為に便りが来
ていなかったが、最新のメールでも下記の先ず「へー」と驚くようなこと
を取り急ぎ知らせて貰えたので、敢えて紹介する次第。

“LA で最大の問題はHomeless 対策で、市長のRecall 運動になる可能性
を秘めています.笑い話のようですが、Homelessを連行した警官がダニを
移されて、そのままOffice に戻ったため他のOfficer全員が異常なかゆみ
を訴える結果となってしまった.さらにはSarcasticに、"What's LA
proud of? Is it Dodgers or Lakers? No, we are the No. 1 Homeless
City in the country" というのもあります.”

◎新宿区の人口は6月には196人減少して348,608人となった:前田正晶

大久保通りと、その昔故橋本龍太郎総理の車が頻繁に通っていた中央病院
通りを結ぶ数多い路地には、明らかに外国人向けと思わせる宿泊設備が数
多く存在する。4日もその路地の一つを歩いていたら、シャワールームま
で設置されているコインランドリーから中近東の何処かの国の若者が洗濯
済みの衣服を大量に抱えて出てくるのに出会った。至れり尽くせりのよう
でもあるが、洗濯機を置ける場所もないような小さなアパートが多いようだ。

その程度の設備しかないこの地域にあれほど多くのアジア系と中近東勢が
押しかけてくるという背景には、矢張り我が新宿区は彼らにとって住み心
地が良いのだろうかと思わずにはいられない。

先日、我がアパートから100 mもないところにあったファミリーマートが
閉店してしまったので、出版社系の週刊誌を買える場所が無くなってし
まった。そこで大久保通りのセブンイレブン2店とファミリーマートまで
遠征して探してみたが、漫画等の週刊誌は置いてあったが、出版社系の在
庫はほぼ皆無だった。良く考えてみれば、無数にいる外国人たちが週刊文
春だの週刊新潮を読む訳がないのだろうという結論に辿り着いた。何と言
うことかと嘆きたくなった。事ほど左様にこの界隈では日本人相手の商売
が不振に陥って来ているのだ。見方を変えれば、この街ではコンビニエン
スストアは我々にとっては最早「コンビニエント」ではなりつつあるのか
も知れないのだ。

そこで人口だが、6月には外国人も334人減少して43,230人となっていた。
これは対前月比△0.8%で新宿区全体の人口の12.49%で、意外にも5月の
12.48%をほんの僅か超える形になっていた。直感的には日本語学校が年
度末になって留学生が卒業していったのが原因かなとも考えた。

と言うのも、334人減少した外国人の中で男性が248人をしめていたから
だ。つい先頃新大久保と高田馬場のほぼ中間の所に改築中だった大型の日
本語学校が完成したので、そのうちに外国人が増加するのではないか。な
お、新宿区全体の人口が196人の減少で348,608人となって、対前月比では
△0.06%となっていた。

先日もこの地を再度訪れられた某有名私立大学の教授が、あらためてこの
地区を外国人たちが我が物顔というか全く無警戒で歩き回っているのが極
めて印象的であると語っておられた。このような感想はこの辺りに初めて
こられたほとんどの方が述べられるものなのだ。私はなるべく多くの方に
この街の異常さを見て頂きたいと願っている。

参考資料:新宿区広報19年7月5日号



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身 辺 雑 記
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東京湾岸は7日も朝は雨。

6日の東京湾岸は小雨。ビニールを被り、家人に乗ってもらった車椅子を
転倒防止用に押しながら散歩完了。雨は9時過ぎには上がった。隣の第三
亀戸中学校の校庭では休みなのに生徒数人が出て来てテニスをしていた。

                        読者数:6001人






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