政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針5078 号  2019・6・17(月)

2019/06/17




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 わたなべ りやうじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5078号
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        2019(令和元年)年 6月17日(月)



         習近平、来日キャンセルの可能性:宮崎正弘

           「中曽根君を除名する!」:渡部亮次郎

         国際政治は理想よりも力で動く:櫻井よしこ

           
                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記

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習近平、来日キャンセルの可能性
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)6月14日(金曜日)弐
       通巻第6111号 
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 習近平、来日キャンセルの可能性。G20大阪
 香港の抗議行動弾圧に世界が抗議、孤立深める中国にペンス演説が追い
打ちへ
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「香港騒乱」とでも言うべきか。雨傘革命を超える参加者。容疑者の中国
送還合法化への法律改正に反対する抗議の人並みは100万人。

香港返還いらい最大の動員となったのも、香港住民の切羽詰まった危機
感、将来への不安感の表れであり、げんに香港の未来を絶望し、バンクー
バーへ舞い戻った香港人の数、数万という。

容疑者引き渡しの法改正をめぐり、中国送還を合法化しようとする林鄭行
政長官ならびに立法府の親中派に対して、民衆は抗議デモで応じた。つい
に議会は開かれず、また法案の成立が不透明となった。抗議行動は引き続
き、警官隊と衝突し多数の負傷者と逮捕者を出した。

抗議側がひるまずに行動を続けるのは、香港の自治が完璧に失われる怖れ
が強く、謂わば香港住民にとって生死をかけた戦いである。

深センに戦車隊が入ったとか、警官に襲いかかるのは中国国家公安部のヤ
ラセとか、様々なニュースが飛び交っているが、国際的な反響は悉くが中
国に否定的である。

強い応援団が出現した。ペロシ下院議長は、香港問題を米国議会で取り上
げ、もし条例改正案を香港議会が承認した場合、貿易上の特権的な待遇を
見直すとし、米議会で法案を審議すると表明した。デモ参加者を支持した
のである。

なにしろ下院は民主党が多数派であり、日頃はトランプ批判に明け暮れて
きた民主党があたかもトランプ路線の先を走ったのである。
 それまで習近平は快適な旅を続けた。

ロシアのサンクトペテルブルグの経済フォーラムではプーチンから持ち上
げられ、中国とロシアは良好なパートナーシップだと言い合って(お互い
に眼を逸らしながら)、誰も眼にも明らかな欺瞞の握手を交わし、保護貿
易主義に立ち向かう等として米国を非難した。

6月13日にはキリギスの首都ビシュケクへ飛んで、第19回のSCO(上海
協力機構)で演説し、インドからやってきたモディ首相とかたい握手、お
たがいに平和を望み、中国は地域の脅威にはならない等と歯が浮いたよう
な発言。それよりキリギスでは、ジベコフ大統領から「中国はながい間に
わたってキルギスを支援してくれた。この恩は忘れない」とおだてられ同
国最高位の勲章を贈られ、いたくご満悦だった。


▼居心地の良さはロシアとキルギスで終わり、つぎの不愉快な旅が待っている

この快適な旅が終わり、つぎに待っているのが米国から突きつけられた諸
要求を飲むのか、飲まないのか。大阪のG20への出席は習近平にとって、
いまや不愉快千万のイベントなのである。

「もしトランプ大統領と習近平の大阪における首脳会談が実現しなけれ
ば、トランプ大統領はもっと強硬な対中制裁措置を準備している。中国か
らはまだ公式的な返答がない」とラリー・クドロー国家経済会議議長は6
月13「日、ピーターソン國際経済研究所における講演で表明した。

日本がやきもきし始めた。28日からの大阪G20ホスト国として、共同声明
がどうなるかも不透明になった。一斉に香港問題への言及があって中国を
糾弾するような内容になれば、北京としては立つ瀬もなくなるだろう。
習近平が来日を直前にキャンセルする可能性が浮上した。

孤立無援、四面楚歌は習近平だけではなく、韓国の文在寅大統領も、あら
ゆる策謀が成就せず、やけくそで来日キャンセルに追随する可能性がある。

まして24日に予定されるペンス副大統領の演説は人権問題、中国のチベッ
トとウィグルにおける血の弾圧が「人権を擁護する国につくのか」「人権
弾圧の国につくのか」と踏み絵を踏ませるがごとく、参加国に鋭く問いた
だし、世界へ向けて中国封じ込め、中国制裁を明確に呼びかける内容とな
るだろうとワシントンでは予想されている。

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BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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中国はなぜ外国人特派員を日夜監視しているのか
  共産党幹部の日常生活も発言記録も「国家機密」だという特殊事情

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中津幸久『北京1998  中国国外退去始末記』(集広舎)
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或る宴席でなぜか柴田穂氏と鮫島敬治氏の名前が出た。

柴田穂は文革時代の産経特派員で、「西単の壁」に貼られた壁新聞を克明
に見に行き数々のスクープをものにしたために国外追放になった。帰国後
に数冊の中国論を上梓されたが、うち一冊は評者(宮崎)が担当、よく新
宿や銀座のカラオケに行った。

鮫島敬治は日経新聞特派員時代に、追放ではなく1年半にわたって社宅軟
禁された。評者がインタビューして「ながい孤独を如何に堪えたか」とい
う質問には「『真向法』で精神安定を得た」と明確に答えたが、「なぜ体
験記を書かないのか」と質したことには「そのうちに」と言葉を濁した。
「そのうちに」ガンで亡くなった。

宴席で想い出噺をおえて帰宅すると、本書が届いていた。しかも奥付の日
付が6月4日、なにかイミシンだ。

どの国にも国家機密があるし、それを守ろうとするのは主権行為であって
当然だが、日本のようにスパイ防止法さえない国では、この常識は通らな
い。閣議決定は三十分以内で北京に筒抜けになる。なにしろ首相が中国人
工作員の女性と懇ろになった事件もあったが、あまり問題視されない。諸
外国なら首相弾劾に発展するだろう。

中国には国家機密のなかに幹部の日常生活や会議における発言記録も『機
密』に属するという特殊事情がある。

また特派員の周辺にまといつく情報屋には為にする情報工作を意図的に吹
き込み、相手国の世論を誤解させ、世論になにがしかの影響を与えようと
する諜報工作もたくみに展開されている。
 
 産経の江沢民死亡号外事件も、朝日の林彪健在という世紀の大誤報も、
毎日の陳敏爾浮上説も、「情報屋」がもたらしたガセだった。

著者の中津幸久氏は読売新聞中国元特派員。最初は上海、ついで北京。そ
して国家機密に触れた報道をしたとかの難癖をつけられて執拗に取り調べ
をうけた体験を持ち、とうとう国外追放の憂き目にあった。

以後、5年間中国入国禁止処分となった。10年後の北京五輪に乗じて取材
ヴィザを申請したが、やはり拒否されたという。

特派員時代には助手の中国人に挙動を監視され、ときに密告されたと書い
ているが、これは常識であり、ある時、評者も某新聞の特派員と会う約束
で、差し向けられた車に乗り込んだ。運転手も監視役と分かったのは、日
本語が分からない触れ込みだったのに、接触事故を起こしそうになったと
きに、当方がとっさに喋った、最新流行の日本語をちゃんと聞き分けたか
らだ。
 (あ、この運転手も工作員か)

特派員時代に、この著者はいかなる経験をしたか、それを当時の政治状況
に重ねて考えていくと、中国の外国人特派員への「気配り」<?>」が歴
然と読めてくるのである。
        
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)米中貿易戦争は激しさを増し、着地点は見えず、世界中が
振り回されています。最近読んでいるのが物理学、なかでも量子力学に関
する本なのですが、ある本のなかに原爆開発を巡るソ連のスパイ活動とそ
れに対するアメリカの対応がでてきます。

第2次大戦後のアメリカ、原爆開発は成功し日本を叩き潰したまではよ
かったのですが、ソ連がたちまち原爆を開発。大戦後ソ連に対する認識は
ルーズベルト時代の同盟国からトルーマン時代には敵国へと変化。オッペ
ンハイマー以下、多くの物理学者がFBIにより監視され査問を受ける。

ある物理学者は共産党に関係しながらなんとか査問を切り抜けるも、大学
での教職は再任用不可、海外に職を求め、ブラジルに職を得るが、パス
ポートは領事館に押さえられ、身辺は常に監視される状況が続く。

マッカーシー旋風の前段階ですらこれほど厳しいのですから、アメリカの
世論が反ソビエトになった時には国中がヒステリー状態だったのかもしれ
ません。

ましてや真珠湾のときの日本などアメリカのメディアではサルに例えるの
はまだましで、害獣・害虫扱いでした。
アメリカの対中認識を見ていると1950年前後の赤狩り前夜を思い起こさせ
ます。
国防の根幹が危機にさらされるとアメリカはなりふり構わず対立国を排除
あるいは殲滅しようとさえする。オバマがルーズベルトのソ連のごとく中
国を増長させたのなら、その尻拭いをトランプ大統領がトルーマンの対ソ
連政策同様に中国を締め付けるという構図に
も見えます。

1940年代の日米摩擦のころ、西海岸の石油企業は日本に輸出したかった。
しかしルーズベルトは国防の観点からそれを認めなかった。オランダと英
国が戦争していてもオランダ企業は英国に物資を輸出していた時代とは違
います。

アメリカは短期的に不利益を被ってもやることはやる、という文化なので
しょう。

そうなると米中貿易摩擦は圧倒的に中国不利に思えます。5G通信機器関
連の問題はアメリカにとって国防そのもの。中国に情報覇権は絶対に渡さ
ない、という不退転の決意に思えます。(PB生、千葉)

  ♪
(読者の声2)歴史学者の呉座勇一氏が、「俗流歴史本」の定義を述べて
いる。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65110?page=6

だが、最近読んだ下記リンクの『歴史は現代文学である』では、呉座勇一
氏の見解とは相当異なる。歴史は書いた人がおり、その時点での現代文学
で、純然たる科学とも言えないと。
http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0908-9.html
  ( TA生、川崎市)


(宮崎正弘のコメント)小生も呉座氏については、拙著『明智光秀 五百
年の孤独』のなかで、批判しております。歴史を合理主義で裁断すると、
ものごとの本質を誤ると、近年流行の歴史解釈を俎上に乗せました。

ところでご指摘のサイトで、呉座氏は小説家の井沢元彦氏の歴史講釈をか
なりこっぴどく批判しているようですね。

小生、井沢氏の著作を読んだことがなく、コメントは差し控えます。

  ♪
(読者の声3)私は、アメリカとイランのカギを握るのは、イスラエルで
はないかと思います。アメリカ(特にトランプ政権は)強いプロイランです。

イランは、表向き反米に凝り固まり「くたばれあめりか(down with the
USA)」などと民衆に叫ばせ、大きな横幕をいたるところに張ったりして
いましたが、テヘランの金持ち階級の間では、隠れ親米がほとんどであろ
うと思われます。

お互いにイスラエルを中に挟んで、敵対関係にあるのであって、これを少
しでも緩和できないと妥協するのは難しいと思います。

ただ私が経験したイラン人は、強腰のようでも、土壇場では、相手との強
弱をよく読んでおり、ころっと妥協することもありますが、イスラエルと
の関係では、妥協が難しく、安倍首相もそれを計算に入れていたかどうで
しょう。(関野通夫)


(読者の声4)私はこれまで日本国は学問立国を宣言すべきだと主張して
きました。学問とは、真理を体系的に追究するものです。

ですから、体系化を目指さない学問は学問とは言えません。ところがマル
クスによって、全体的真理=絶対的真理が否定され、哲学が否定されてか
ら人類は学問の体系化の道を閉ざされてしまいました。

にも拘らず、何より深刻なのは、誰もそのことに気づいていないことで
す。結果として、学問の名の下にデタラメが許されるようになって、反日
の研究が学問の自由とされて、高額が国庫から無駄に捻出されるというお
かしな事態が堂々とまかり通っている始末です

学問の自由とは、デタラメをやって良い自由などではなく、ヘーゲルの云
うように自由とは必然性の洞察なのであって、必然性を洞察する学問とま
さに同義なのです。

つまり学問の自由を叫ぶものは、その必然性を学問的に説けなければ、自
由を叫ぶ死角はないということです。

反日を研究するものは、それが人類の発展とどう結びつくかを、屁理屈で
はなく、学問的に説けなければならないということである。

話が大分それてしまいましたので、本道に戻しまして、マルクス以来、学
問が学問でなくなって、一見発展しているように見えて、学問としては堕
落の一途をたどっているのです。

その象徴が現代医学の誤った自律神経論です。これが岩盤規制のよう、現
代人のアタマを縛りつけて、人類を日本人を危機に陥らせている現実があ
ります。そのことについて考察してみたいと思います。

1、熱中症対策になぜ交感神経が出てこないのか?

これまで私は、熱中症対策の要は交感神経を強くすることだ、と訴え続け
てきました!

しかし残念なことに世の熱中症対策には、交感神経のこの字も出てこない
のが実情です。その世間の熱中症対策は、一見進歩しているように見えま
す。にもかかわらず、肝心の熱中症は一向に減らないどころか、むしろ増
え続けているようです。特に、子供たちの増加が目立つように感じます。
 これは何を意味するかといいますと、肝心の交感神経そのものが弱く
なっている、ということだと私は思います。

その交感神経が弱ければ、いくら良い対策を施しても効果が上らないどこ
ろか、むしろ返って有害な場合すらあり得るのです。例えば、水を飲み過
ぎると、体内環境を整える仕事をしている交感神経の負担になって、具合
が悪くなることかあるのです。

では何故、世の熱中症対策には、交感神経が出てこないのでしょうか?
それは、現代医学の誤った自律神経論・交感神経論に責任があります。現
代医学は、心臓に分布している交感神経と副交感神経との間に、正反対の
働きをしているように見える事実があるというだけで、生まれた時期の違
いや、その分布のしかた、神経そのものの構造に、明らかに次元の違いが
見て取れるのに、それを無視して、この2つの異質な神経を、ワンセット
だと強引に決めつけて、それを頑固に墨守し続けているのです。

その結果として、交感神経の行なっている良い仕事の大半が、実際は何も
やっていない副交感神経がやっていることにされ、後に説明する事情から
交感神経が異常化しやすいために、その異常化による有害な側面ばかり
が、交感神経のものとされて、悪役の汚名を着せられて、交感神経の名を
言うのもはばかられる雰囲気が醸成され、蔓延してしまっている現実があ
ります。

これが、熱中症対策に決して交感神経の名が出てこない理由だと思います。

これは由々しきことです。

というのはこれが、脳の栄養不良と相まって、今の日本が抱える、うつ
病・引きこもり・虐待・子殺し・高齢ドライバーの運転ミス等々に関わっ
て、日本を滅ぼす要因となっているからです。というのは、心と身体をつ
なぎ、その両者を支える大事な働きをしているのが、交感神経なのでそれ
が弱ると、そうなりやすいのです。

昔の日本人は、交感神経が見事だったから、灼熱地獄の硫黄島の洞穴で半
年間も頑張りぬけたのです。その魂を受け継ぐためにも、交感神経を見事
に育て上げることは、とても重要なことなのです。

ところが現代医学の誤った自律神経論・交感神経論によって、世のお母さ
んたちも洗脳されて、我が子を丈夫に育てよう、交感神経が強くなるよう
に育てようという意識がなく、その多くは自分の感情のままに過保護に育
てて、交感神経のヤワな子が大量に増えているのです。

2、生命の歴史から説く交感神経とは?副交感神経との違い

しかし生命の歴史において、交感神経と副交感神経とは生まれた時代が全
く違うことは、現代医学にも認識されている周知の事実です。ところが、
現代医学は、それに基づく反省や修正をしようとする学問的態度が、全く
見られません。

その生まれた時代の違いとは、具体的には、副交感神経は、魚類の時代
に、腸管の運動を統括する神経として、骨を動かす運動神経とともに生ま
れました。ですから、副交感神経は、その大部分が内臓にしか分布してい
ない、本当は腸管運動神経と呼ばれるべき神経なのです。

これに対して、もう一方とされる交感神経は、地殻変動の激しかった時代
に、穏やかな海中から陸上に上陸した哺乳類の、その体内環境が激しく乱
される中でも、しっかりと生き抜いていけるよう恒常性を整える体系的シ
ステムとして完成したものです。

じつは、その交感神経のことを【交感神経ー副腎系】と呼んだ学者がいます。

その学者は200年前のキャノンという、「恒常性」の概念を確立した偉大
な生理学者なのです。

キャノンはその著書「体の知恵」の中で、この【交感神経ー副腎系】が、
命を守るための「恒常性を維持する」ために主導的な役割を果たしている
ことを、実験的に証明しています。

このように交感神経すなわち【交感神経ー副腎系】は、ホルモン系と神経
系とを統合した、命を守るための、もの凄い統括系のことなのです。

ここで体系的と云うのは、例えば、朝起きるとき急に立ち上がっても立ち
くらみがしないで済んでいるのは、この交感神経系が、心臓の血圧を上
げ、脈拍を上げ、同時に、足の血管の筋肉を締めて、重力で血液が足の方
に溜まらないように調節しているから、脳の血流が確保されているわけで
すが、これは、全体が一糸乱れぬ体系的連係があるからできることなのです。

このために、交感神経系は、全身のあらゆるところに隈なく分布して、そ
の役割をはたしているのです。

例えば、腸管の粘膜に分布してその働きを統括している神経というと、誰
もが、腸管の運動を統括している副交感神経を想起すると思いますが、じ
つは違うのです。

粘膜から吸収する働きを統括しているのは、腸管固有の神経ですが、粘膜
に分布して粘膜を守っているのは、交感神経なのです。「ガイトンの生理
学」という有名な権威ある本の中の図に、そのことを示す証拠となる図が
あります。

その図を見ますと、交感神経の赤い線は粘膜にまで到達しているのです
が、副交感神経の方は、マイスネル神経叢やアウエルバッハ神経叢という
地元の固有の神経叢のところまでしか行っていないことか分かります。つ
まり、お前たちしっかり働けよ?と丸投げして、自分は実際には働いてい
ないのです。

3、本能的な交感神経が認識と出会ってどういう運命を背負うことになっ
たか?

さて、ここで問題となるのは、交感神経と認識・感情との関係です。
この問題は、人類が誕生する以前には、全く存在しませんでした。つまり
本能による鉄壁の管理体制が敷かれていて、交感神経は気持ちよく働けた
ということです。

ところが、サルから人間への進化の過程で、本能に縛られない認識・感情
が生まれ、それが力をつけて本能の上に立つようになって、認識と本能と
の権力の二重構造が生まれると、身体全体の実際の統括を一任されて、い
わば丞相のような地位にあった交感神経は、大変な難題を抱えるようにな
ります。
 
それは本能的な命を守ろうとする交感神経に対して、新たなご主人様と
なった認識・感情は、時に、それとは真逆の、命を脅かすような統括を要
求する、という奔放さを持っていることです。

これによる葛藤を抱え込む宿命が交感神経を蓋ったことが。交感神経が異
常化しやすい大きな理由です。

これが交感神経の名前の由来でもあるのです。つまり交感神経と人間の感
情とそれほどに密接な関係にあるということであり、交感神経の相棒は、
副交感神経ではなく、感情なのだということです。 (稲村正治)

  ♪
(読者の声4)アジア自由民主連帯協議会の抗議声明です。もし共感いた
だけましたら拡散をお願いいたします。

できれば地元、もしくは信頼できる国会議員、地方議員、自治体の長など
にメールなどでご紹介くだされば光栄です。私たち国民とともに、一人で
も多くの政治家が抗議の声、せめて「香港の民主主義は守られねばならな
い」という一言を挙げてくださるよう、皆様のご協力をよろしくお願いし
ます。

報道関係の皆様、ペンの力、映像の力で、香港の民主主義を守る力を貸し
てください
http://freeasia2011.org/japan/archives/5602
   (三浦生)

    
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「中曽根君を除名する!」
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       渡部 亮次郎

河野一郎さんの命日がまた巡って来た。7月8日。昭和40(1965)年のこと。
死ぬ2日前(6日)の夕方、東京・麻布台の事務所を訪ねると、広間のソ
ファーで涎を垂らして居眠りしていた。

黙っていると、やがて目を覚まし、バツが悪そうに涎をハンカチで拭い
た。何を考えたのか「従(つ)いてき給え」と歩き出した。

派閥(河野派=春秋会)の入っているビルは「麻布台ビル」といったが、そ
の隣に建設省分室と称する小さなビルが建っていた。元建設大臣としては
殆ど個人的に占拠していたようだった。

向かった先はそのビルの4階。和室になっていた。こんなところになんで
建設省のビルに和室があるのかなんて野暮なことを聞いてはいけない。

「ここには春秋会の奴らも入れたことは無いんだ」と言いながら
「今度、ボクはね、中曽根クンを春秋会から除名しようと決めた。
奴はボクが佐藤君とのあれ以来(佐藤栄作との総裁争いに負けて以来)、
川島(正次郎=副総裁)に擦り寄っていて、数日前、一緒にベトナムに行き
たいと言ってきた。怪しからんのだ」

「河野派を担当するならボクを取材すれば十分だ。中曽根なんかのところ
へは行かないのが利口だ」とは以前から言っていたが、派閥から除名する
とは只事ではない。

思えば河野氏は喉頭癌のため退陣した池田勇人(はやと)総理の後継者と
目されていた。しかし、河野側からみれば、それを強引に佐藤栄作支持に
党内世論を操作したのは誰あろう川島副総裁と三木(武夫)幹事長だった。

佐藤に敗れた後も無任所大臣(副総理格)として佐藤内閣に残留していた
が,政権発足7ヵ月後の昭和40(1965)年6月3日の内閣改造で河野氏が残留を
拒否した事にして放逐された。

翻って中曽根康弘氏は重政誠之、森清(千葉)、園田直と並ぶ河野派四天
王として重用されてきた。それなのに川島に擦り寄って行くとは。沸々と
滾る「憎悪」をそこに感じた。その頃は「風見鶏」という綽名は付いてな
かったが、中曽根氏は元々「風見鶏」だったのである。

そうした隠しておきたい胸中を、担当して1年にもなっていないかけだし
記者に打ち明けるとは、どういうことだろうか。

7月6日の日は暮れようとしていた。「明日は平塚(神奈川県=選挙区)の
七夕だからね、今度の参議院選挙で当選した連中を招いて祝勝会をするか
らね、君も来なさい。ボクはこれからデートだ、では」

それが最後だった。翌朝、東京・恵比寿の丘の上にある私邸の寝室で起き
られなくなった。日本医師会会長武見太郎の診断で「腹部大動脈瘤破裂、
今の医学(当時)では打つ手なし」。翌8日の午後7時55分逝去した。享年
67。武見は{お隠れになった}と発表した。

当日、奥さんに招かれてベッドの脇に居た私は先立つ7時25分、財界人
(大映映画の永田雅一,北炭の萩原社長,コマツの河合社長らが「南無妙法
蓮華経」とお題目を唱えだしたのを「死」と早合点し、
NHKテレビで河野一郎を30分早く死なせた男として有名になる。

死の床で「死んでたまるか」と言ったと伝えられ、「党人政治家の最期の
言葉」として広くこれが信じられてきたが、河野洋平氏によると「大丈夫
だ、死にはしない」という穏やかな言葉で家族を安心させようとしたのだ
という。これも犯人は私である。

河野氏が死んだので中曽根氏は助かった。「河野精神を引き継ぐ」と1年
後に派閥の大半を継承。佐藤内閣の防衛庁長官になって総理大臣への道を
歩き始め多。風見鶏は幸運の人でもある。

以下はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を参照のこと。

河野 一郎(こうの いちろう、1898年(明治31年)6月2日生まれは、自由
民主党の実力者。死後、従二位勲一等旭日桐花大綬章。河野は神奈川県選
出の国会議員のなかでは実力者であり、県政にも強い影響力があったので
神奈川県を「河野王国」と呼ぶ向きもあった。

参議院議長をつとめた河野謙三は実弟。衆議院議長であり、外務大臣、自
由民主党総裁、新自由クラブ代表をつとめた河野洋平は次男。衆議院議員
河野太郎は孫である。

建設大臣時代、国際会議場建設計画があり、選挙区内の箱根との声が地元
よりあがったが、日本で国際会議場にふさわしいところは京都である・・・
との考えで京都宝ヶ池に国立京都国際会館建設を決めた。しかし、完成し
た建物を見ることなく亡くなっている。

地元よりの陳情を抑えての決断は現在の政治家にもっと知られてよい事例
であろう。

競走馬のオーナー・牧場主としても有名。代表所有馬に1966年の菊花賞馬
で翌年の天皇賞(春)で斃れたナスノコトブキなどいわゆる「ナスノ」軍
団があった時代もある。

河野は担当大臣として東京オリンピック(1964年)を成功に導いたが、市川
崑の監督した記録映画に「記録性が欠けている」と批判して議論を呼び起
こした。

酒を全く飲めない体質だったが、フルシチョフにウォッカを薦められた際
に、「国益のために死ぬ気で飲んだ」とよく言っていた。

1963年、憂国道志会の野村秋介により平塚市の自宅に放火される。その日
は名神高速道路の開通日で河野はその開通式典でくす玉を引いている。

三木武夫が大磯の吉田茂の自邸に招かれた際、応接間から庭で吉田が笑っ
ていた様子が見え「随分ご機嫌ですね」とたずねると「三木君は知らんの
か! 今、河野の家が燃えてるんだよ!」とはしゃいでいた。「罰が当っ
た」と吉田周辺はささやいたと言う。二人は互いを不倶戴天と言ってい
た、終生。2008・07・05


     

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国際政治は理想よりも力で動く
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        櫻井よしこ

「国際政治は理想よりも力で動く ウクライナの二の舞を演じてはならな
い」「現在の日本はロシアに侵略されてクリミア半島を奪われる前のウク
ライナとそっくりです」

ウクライナから来た留学生、ナザレンコ・アンドリー氏(24)がインター
ネットの「言論テレビ」で語った。来日5年、共愛学園前橋国際大学在学
中で、「雲散霧消」など四字熟語も自在に使いこなす。

どのように日本とウクライナが似ているのか、ナザレンコ氏の解説だ。

「自分たちが武力を持たなければ周辺国も平和的に接してくれると思い込
むことです。ウクライナも非核三原則を作って、保有していた核すべてを
ロシアに渡しました。軍隊も100万人から20万人に減らしました。私の両
親も含めてウクライナ人は性善説を信じたのです」

ここで少々説明が必要だろう。かつて旧ソ連の一部だったウクライナは、
1991年のソ連解体で独立した。当時のウクライナはソ連のいわば武器庫
で、核兵器、ミサイルをはじめ多くの武器が保有されていた。

これらの武器をすべてロシアに引き渡すべきだと、米英露3カ国が要求し
た。ただし武力放棄後のウクライナの安全は米英露3カ国が保障するとも
誓約した。同提案にウクライナは同意し、ブダペスト覚書を交わした。後
に中仏も同様の内容の覚書をウクライナと個別に交わしたことから、国連
安全保障理事会常任理事国すべてがウクライナの安全を担保する形が出来
上がった。これが94年だった。

ところが、20年後、ロシアは突然ウクライナからクリミア半島を奪った。
現在もロシアと国境を接するウクライナ東部にはロシア軍が常駐してい
る。恐らく何年か時間をかけて、ロシアのプーチン大統領はウクライナの
領土をより多く、取り戻そうとするだろう。

そこで疑問は、(1)なぜ5大国の約束は機能しなかったのか、(2)ウク
ライナ人はなぜ非核三原則に見られる「平和論」や大国の約束に頼ったの
か、だ。

(1)の答えは、ブダペスト覚書の第4条にある。そこには、ウクライナが
ロシアから侵略された場合、米英は「国連安全保障理事会において」ウク
ライナを支援すると書かれている。しかし安保理においてロシアは拒否権
を行使できるために、第4条は最初から機能しない空しい誓約だった。米
英は別に約束を破ったわけではないのだ。

(2)についてナザレンコ氏は次の様に述べた。

「非核三原則ですが、ウクライナ北部のチェルノブイリで86年、世界一恐
ろしい原発事故が起きました。国民は核に強い恐怖感を覚えました。しか
もソ連の技術は本当に頼りない。いつ何が爆発するかわからない。強い恐
怖と絶望で領土内に核は置きたくないと大多数の国民が考えた。それが非
核三原則の背景です。来日して、福島第一原子力発電所の事故について考
え、私たちは似ていると思いました」

ウクライナは歴史的にいつも侵略されてきた。古くはモンゴル帝国に占領
された。ポーランド、リトアニア、ロシア、トルコ、第二次世界大戦時に
はドイツに占領された。武力に屈服し、被占領国の歴史を生きたウクライ
ナがなぜ、武力を捨てたのか。

「楽観的すぎた。性善説なのです。時代は21世紀だ。冷戦は終わった。争
いはもう起きない。米英露の世界最強国が守ってくれる。ならば自国軍は
不要だ。軍を5分の1に縮小して、福祉に回す方がよいと考えたのです。そ
れに90年代はソ連解体でウクライナ人も経済のことばかり考え、国防に心
を致さなかったと思います」

尖閣諸島周辺には本稿執筆時点で連続55日間、中国の大型武装艦四隻が侵
入を続けている。国防を置き去りにしてウクライナの二の舞を演じてはな
らない。国際政治は理想よりも力で動くことを認識し、憲法改正を国民の
課題として考えるときであろう。
『週刊ダイヤモンド』 2019年6月15日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1283


  


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重 要 情 報
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◎ここにもタッチパネルが:前田正晶

先週の雨降りの日に新宿の中村屋の前で待ち合わせの約束があったので、雨を避けたい一心で新宿駅東口から何処まで地下で行けるかを試してみた。すると、かなり中村屋に近いはずの武蔵野館の地下に到着した。幸いなことに、そこにはエレベーターがあって今や最も苦痛である階段を上がらずに地上に出られると解り一安心だった。

そこでは、何となく奇妙なだと感じたのは映画館でありながら切符売り場が見えなかったことだった。しかし、後から後からとやってくる若者たちは何かの自販機みたいなものに向かって行くのだ。それは入場券発行機でタッチパネルになっているのだった。「なるほど。時代の進歩はここまで来ていたか」と感じたが、最早感心もしなかったし、AI時代の到来が騒がれているのだから当然の現象化と受け止めた。尤も、映画館に最後に入ったのは恐らく前世紀末だったと思うので、変化の程を知らないのも当然かも知れない。

2000年になってからだと記憶するが、成田から出国する際にチェックインは人が対応するのではなく機械にパスポートを挟み込んで終わりで、後はタッチパネルで預ける荷物ありとすれば係が対応するようになっていたのは、ボーディングパスが搭乗券とは言えないような薄い紙になっていたことと同様に、時代の変化を痛感させられたものだった。それがANAだったか何処だったか記憶は定かではないが、航空会社は経費切り詰めに懸命なのだなと思わせられた。しかし、アメリカにはこういうシステムは存在していなかった。遅れている国になったなと思わせられた。

映画館がそういう時代になっているのも当然で、2年ほど前だったか高田馬場の駅からそう遠くない「はま寿司」に行って見たら、席の受付から注文までがタッチパネルになっていたのだ、未だにアナログの世界に住む家内が「イヤな時代になった」と嘆いたのだった。これにしたところで、遠からぬ将来にはキャッシュレスだかで、その場でスマートフォンをかざせば会計が終わってしまう時代になってしまうだろうと想像している。

我が国では若年の労働人口が不足していると言うから、このような自動化は当然かと思う。だが、2012年にカリフォルニア州に行った時にはLAXの空港ではチェックインは全て人がやっていた。トランプ大統領は失業率を低下させた、多くの新規のjobを創造したと言われるが、もしかすると依然として人の手に頼っている職場を維持しているだけもかも知れないのではなどと言いたくなってしまう。当方は健康上の理由から2015年でパスポートが切れたままにしてあるので、アメリカの実態調査に行けなくなったが、こういう点には大いに関心がある。

◎体調の改善と維持に良いことだから大いに語り合いなさい:前田正晶

以前の入院中に看護婦さんに「お見舞いに来られた家族の方よりも、余
所の方に来て頂いて話しをされる方が回復には役に立ちます」と教えられ
たことがあった。その時は何故か人恋しくなって何人かの友人に電話をし
て来て貰ったことがあった後だった。その時は看護婦さんにそう聞かされ
ても「そういうものかな」という程度の受け止め方していなかった。だ
が、普段でも例えば外で永年の友人であるYM氏などと長時間語り合って
帰って来た後では、家内に「機嫌が良い」と指摘されていたものだった。

今月は10日(月)には二十数年ぶりにその昔の大得意先の部長で系列会
社の常務だった方とお目にかかって2時間も語り合った。この方は2回
もアメリカ出張のアテンドをしていた経験があった。とても楽しい語り合
いだった。そして17日(月)には定例となっている同じ会社のグループ企
業の社長を務められた方3人との昼食会があり、23日(日)にはもう30年
ものお付き合いとなっている大学教授の方と昼食会を予定している。尤
も、この先生と初めて知り合った時は専任講師になられた頃だったが。

という具合で、毎週3日はジムに行って、と言うと如何にも運動に励んで
いるようだが、実態は2時間ほどの間にストレッチと3〜400 m程のウオー
キングの後でマッサージチェアに座ってから、ジムの大きなジェットバス
につかってくるだけで「運動をした」という気分を味わってくる程度のこ
と。主たる目的は飽くまでも風呂だと言えるかも知れない。その他にはブ
ログの毎日更新を続けているという過密日程?に加えて、この梅雨時の天
候不安定の時期にそれでなくとも主治医に遠出を禁じられている状態では
昼食会の連続は適切なのかと、昨日掛かりつけのクリニックのS先生に
伺って見た。

S先生は「大いに結構だから回顧談でも何でもドンドンおやりなさい。そ
うすることが貴方の体調にも精神状態にとっても良いことだから」と激励
して下さったのだ。但し、そこには条件があって「遠出はしなさんなよ」
だった。深く考えるまでもないことで、上記の看護婦さんの指摘と同じこ
とを言われたのだった。そう思ってみれば「老人の社交場か」と揶揄した
ようなことを言っているジムでは、実に多くの男女の老人が群を為して運
動そっちのけで楽しそうに長時間語り合っている。すると、ジムとはこう
いう方法で気分爽快になる為の場なのかも知れないと思うのだ。

という次第で16日は明日1の為に体調を整えて万全の調子で語り合いの場
に臨もうと大いに張り切っているのだ。会食の場所も新宿駅西口であっ
て、S医師に注意されたような遠出ではない。山手線ならば1駅という近場
である。後は天候が低気圧などとならずに安定していることを願うだけだ。

◎体調の改善と維持に良いことだから大いに語り合いなさい:前田正晶

以前の入院中に看護婦さんに「お見舞いに来られた家族の方よりも、余
所の方に来て頂いて話しをされる方が回復には役に立ちます」と教えられ
たことがあった。その時は何故か人恋しくなって何人かの友人に電話をし
て来て貰ったことがあった後だった。その時は看護婦さんにそう聞かされ
ても「そういうものかな」という程度の受け止め方していなかった。だ
が、普段でも例えば外で永年の友人であるYM氏などと長時間語り合って
帰って来た後では、家内に「機嫌が良い」と指摘されていたものだった。

今月は10日(月)には二十数年ぶりにその昔の大得意先の部長で系列会
社の常務だった方とお目にかかって2時間も語り合った。この方は2会もア
メリカ出張のアテンドをしていた経験があった。とても楽しい語り合い
だった。そして17日(月)には定例となっている同じ会社のグループ企業
の社長を務められた方3人との昼食会があり、23日(日)にはもう30年も
のお付き合いとなっている大学教授の方と昼食会を予定している。尤も、
この先生と初めて知り合った時は専任講師になられた頃だったが。

という具合で、毎週3日はジムに行って、と言うと如何にも運動に励んで
いるようだが、実態は2時間ほどの間にストレッチと3〜400 m程のウオー
キングの後でマッサージチェアに座ってから、ジムの大きなジェットバス
につかってくるだけで「運動をした」という気分を味わってくる程度のこ
と。主たる目的は飽くまでも風呂だと言えるかも知れない。その他にはブ
ログの毎日更新を続けているという過密日程?に加えて、この梅雨時の天
候不安定の時期にそれでなくとも主治医に遠出を禁じられている状態では
昼食会の連続は適切なのかと、昨日掛かりつけのクリニックのS先生に
伺って見た。

S先生は「大いに結構だから回顧談でも何でもドンドンおやりなさい。そ
うすることが貴方の体調にも精神状態にとっても良いことだから」と激励
して下さったのだ。但し、そこには条件があって「遠出はしなさんなよ」
だった。深く考えるまでもないことで、上記の看護婦さんの指摘と同じこ
とを言われたのだった。そう思ってみれば「老人の社交場か」と揶揄した
ようなことを言っているジムでは、実に多くの男女の老人が群を為して運
動そっちのけで楽しそうに長時間語り合っている。すると、ジムとはこう
いう方法で気分爽快になる為の場なのかも知れないと思うのだ。

という次第で、16日は明日の為に体調を整えて万全の調子で語り合いの
場に臨もうと大いに張り切っているのだ。会食の場所も新宿駅西口であっ
て、S医師に注意されたような遠出ではない。山手線ならば1駅という近場
である。後は天候が低気圧などとならずに安定していることを願うだけだ。


◎韓国がこれからどうなるか:前田正晶

日韓関係だけを見ていてはダメなのだそうだ。

12日は吉田輝星君の投球と8時からのPrime Newsとを、際どい掛け持ちで
見ていた。ゲストは自民党の平代議士、愛知淑徳大学教授の真田氏、日経
新聞論説委員鈴置氏だった。所謂専門家の方々だが、非常に綿密な情報網
をお持ちのようで、伝聞だけではない迫力があって大変興味深く聞いていた。

結論めいた風に纏めれば、「文在寅大統領の任期中には我が国との関係
が改善される懸念はない」となると思わせて貰えた。即ち、文在寅大統領
は何が何でも、アメリカが何と言おうとDPRKとの統合と言うか融合で頭が
一杯で、我が国との関係修復などは頭の隅のまた片隅の何処かにある程度
だろうと言われていたと聞いていた。慰安婦問題、半島からの戦時中の工
員の裁判の問題、レーダー照射問題等々、何一つとして自ら乗り出して解
決しようとは考えていないだろうと、ゲスト方々全員が保証されたと聞こ
えた。尤も至極であると痛感した。

司会の反町が微妙な案件について色々と質問したし、不安材料ばかりの
韓国経済についての見解を尋ねても、そういう案件は文大統領に上がって
いないかも知れないし、特に経済問題などは理解出来ていないだろうとま
で言われていた。これも言うなれば極めて“understandable”に聞こえたの
が怖かった。特にあれほど北に向いて傾倒していては、アメリカは(既に
採り上げたがKorea fatigueという表現まである)韓国との間柄を尊重す
る気はないだろうと、ほぼ全員が言い切られた。

しかも、最大の輸出相手国である中国との間もギスギスしてきてしまっ
た現在では「韓国の存在を対日関係だけで見ているべきではなく、対アメ
リカと対中国の関係という三つの国との間がどうなっているかで考えるべ
きである」という見解が示されたのも納得させられた。要するに、金正恩
委員長にも疎んじられている現在で、対トランプ大統領とDPRKの仲介者と
しては最早アメリカは見ていないという指摘も「そうだろうな」と思って
あらためて聞いた。

特に、平代議士が「通貨スワップ」について非常に否定的であったのも
興味深かったし、当然であると思った。彼のように対韓国に関して情報量
も抱負であり、常に韓国のマスコミの報道振りを注視している姿勢には安
心感さえ持つに至った。私が面白いと思って聞いたのは、鈴置氏が「現在
の韓国の経済状況では国内市場に依存していないサムスン(三星)などが
何時韓国を出て外国に拠点を置くか解らない。あの業態であれば世界の何
処で業務を行っても同じだから」と指摘されたのも聞き物だと思った。サ
ムスンの去られた韓国の経済が成り立つか!?

韓国内では文在寅大統領を弾劾せよとも署名も25万も集まっている由だ
が、仮令彼が引いても対抗する保守勢力も弱いので、48%の支持率でもあ
の政権は何とか安泰だろうという見方をされていた。ゲストの方々の意見
は興味深かったが、結局は現状では慰安婦と言い何と言い全て韓国側が起
こした案件であるとは言うが、文在寅大統領を凹まして改善させる手はな
いと言っておられたように聞こえた。私は仮令そうであっても、韓国に対
して直接でも、国際的な場ででも、言うべきことを言っておく必要がある
と思う。



━━━━━━━
身 辺 雑 記
━━━━━━━

17日の東京湾岸は曇天。

16日の東京湾岸は快晴。隣の第三亀戸中学校の校庭では父兄の見守る中テ
ニス大会が開かれていた。。


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