政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針5063 号 2019・6・2(日)

2019/06/02


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わたなべ りや うじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5063号
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        2019(令和元年)年 6月2日(日)



      中国の社債起債は1兆ドルを超えていた:宮崎正弘

             敗訴していた創価学会:渡部亮次郎

    国民が参加する裁判員制度が始まって10年:櫻井よしこ

            父の言葉「家庭とは・・」:馬場伯明
          
           
                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記

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中国の社債起債は1兆ドルを超えていた
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)5月31日(金曜日)
         通巻第6094号 
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 中国の社債起債は1兆ドルを超えていた。企業債務はGDPの155%
  海外送金、ついに2000ドルが上限となっていた
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中国中央銀行の幹部だった人間が、海外留学の子供に送金しようと銀行に 行くと、「あなたは65歳以上ですので、1回の送金額上限は2000ドルま で、です」と言われた。従来は、留学生への送金は1回3万ドルまで可能 だった。
 
北京駐在の日本人も、帰国しようと銀行へ行けば、「えっ、預金が下ろせ ない」という異常な外貨制限に巻き込まれる。外国人に対しても、「ひと り1年に5万ドルまで」という厳しい制限、じつは3年前から実施されて いる。外貨準備高が急減しているため、外貨の持ち出しには警戒ランプが 灯ったからだ。

中国の表向きの外貨準備は3兆1000億ドル。対外債務を差し引き、さらに 過去の外貨流失を勘案すると、事実上ゼロに近く、さらに輸出が減って輸 入が増えているが、この状況が続けば、やがて外貨は底をつく。

「したがって人民元の為替レートは決壊するだろう」とするのは、従来小 誌が予測してきたシナリオだが、いまや中国にいる金融専門家の殆どが口 を揃えている。

社債の起債は2018年度に1兆ドルに達していた。つまり資金をドル建て で、外国の金融市場から調達するほどの窮状に陥っているのだが、すでに 債権市場は中国社債に対して2%以上のチャイナプレミアムをつけている。

中国企業の社債は2015年が7740億ドル、17年が9270億ドルだったから、急 速に膨らんでおり、ナンバーワンのアリババさえ、ちかく香港市場で200 億ドルのIPOを行う予定という。
 
社債のパンク、株式暴落、そして不動産市場の大暴落が足音立てて近付い てきた。
         
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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2035年には男子の3分の1、女子の5人に1人が未婚となるようだが、
それでは甲子園の野球大開は地区大会さえ開催できなくなる。

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河合雅司『未来の透視図  ――目前に迫るクライシス2040』(ビジネス社)
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おそるべき未来図、2035年には男子の3分の1、女子の5人に1人が未婚 という状況が訪れ、甲子園は地区大会さえ開催できなくなる。「出産可能 な女性が消えていく」という、真っ暗闇がやってくる。

日本女性の未婚状況は、いずれ国を滅ぼしかねない。
 
かくして「日本消滅のスケジュール」が本書で示された。河合雅司氏が未 来を透視すると、こういう地獄が控えているようだ。
 
生活インフラを透視しても「美術館」が消え、ER(緊急病院)があちこ ちで消え、そして町から銀行が消え、向こう三軒両隣が空きやとなる。現 実に現代日本の地方都市、田舎へ行けば駅前はシャッター通り、廃屋に近 い空き家が数百万軒あり、昼でも町がしーんとしている。

公園はあっても、遊んでいる子どもがいない。早朝の公園は老人達のラジ オ体操組がちらほら。過疎の農村では村の鎮守のお祭りも開けず、神社は 廃り、孤独な老人が寝ている。

介護現場も、居酒屋も、コンビニも建築現場も顕著なほどに人出が不足 し、昨今は深刻な労働者不足を補おうと外国人の呼び込みに懸命だ。すで に令和元年現在、日本にいる外国人は270萬人。これは未曾有の異常事態 ではないのか。

ところが、2040年には少子高齢化ではなく、「無子高齢化社会」となる。 こういう暗鬱な社会がまもなく出現し、介護労働者は払底する。火葬場は 満員となり、そのうち葬式の面倒をみる人材もいなくなる。

評者(宮崎)は、この悲観的未来透視シナリオを提示する、本書を読みな がら、じつは180度異なることを考えていた。

なぜ子供を産んで増やそうとしなくなったのか。それは未来の夢を描くな くなり、情感の希釈化、情緒の不在であり、共同体の喪失感からきている のではないのか。

かつての日本には精神的絆で固く結ばれた共同体があり、全員が参加する 人生。農村であれ、漁村であれ、或いは貝の加工、或いは翡翠の鉱山集落 であれ、日本人の起源である縄文時代にはこうした心配事はなにもなかった。

この基本的な生活スタイルは江戸時代まで続いた。

伝統的コミュニティでは、現代人のなやむイジメ、引き籠もり、生涯独 身、少子高齢化などという問題はなかった。ストレスも少なく、突然切れ て、保育園児を殺傷したり、通行人を刺したりという事件は稀だった。

もちろん「中学お受験」もなければ入試地獄もなければ、まして現代の科 挙といわれる東京大学法学部エリートの主知主義で、国家が運営されると いうおかしな国家でもなかった。

たとえば縄文時代、集落の全員が、お互いに助け合い、徹底的に面倒を見 合った。

縄文集落の代表例である三内丸山遺跡では、30人ほどが一つの屋根の下で 一緒に暮らした竪穴住居が再現されているが、その建築技術の見事さには 誰もが舌を巻くだろう。共同作業で分担し合い、木材の伐採、調達、運搬 から、資材の組み立て、わらぶき屋根、部屋の中の祭壇つくりまで、全員 参加のコミュニティがあった。

だからお祭りが尊重され、祭祀が恒常的に営まれ、精神の紐帯が強固だった。

縄文集落の典型とされる三内丸山遺蹟の規模は五百人前後だったと推定さ れ、集落にはまとめ役の長(おさ)がいて、春夏秋冬の季節に敏感であ り、様々な作業を分担し合い、クリ拾い、小豆の栽培、狩猟、漁労はチー ムを組んだ。各々の分担が決められ、女たちは機織り、料理、壷つくり、 食糧貯蔵の準備、そして交易に出かける斑も、丸木舟にのって遠く越後ま で、黒曜石や翡翠を求めて旅した。

縄文の社会には「保険」もなく、医者もおらず、幼児死亡率は高かった が、適者生存がダーウィンの言う人間社会、動物社会の原則であり、むし ろこの大原則を忘れての偽善の平和、ばかしあい、生命装置だけの延命、 植物人間だらけの病人という末期的文明の生態はあり得なかった。

だからこそ人間に情操が豊かに育まれ、詩が生まれ、物語が語り継がれた のだ。

ましてや待機児童とか、老老介護、生涯独身、孤独死などとはほど遠い、 理想的な助け合いコミュニテイィが存在し、平和が長く続いた。

縄文時代の1万数千年間、日本では大規模な戦争はなく、その証しは集落 跡から発見された人骨から、刀傷など戦争の傷跡はなく、障害者の人骨も 出てきたため集落全体が福祉のシステムであって、面倒を見合っていたこ とが分かる。

或る人口学者は縄文最盛期の人口を26萬人と推計し、気象状況もしくは地 震、津波、寒冷化などによる飢餓で2万人にまで激減したこともあるとし たが、現代日本に当てはめると、1億2000万が1000萬人になるようなこと がおきたのだろう。

やがて弥生時代という新しい、闘争社会がやってきた。渡来人がコメの栽 培技術とともに流入し、日本に稲作が普及するが、この弥生時代から富の 分配をめぐって、集落ごとの喧嘩、出入り、暴力沙汰、戦争が始まり、日 本は一面で殺伐として社会となる。

この寓話は何を意味するか。

労働者不足だからと言って闇雲に外国人労働者を入れるという政治のパッ チワークが国家百年の大計画に基づくとは、とても考えられない。

したがって問題は何か。解決策は奈辺にあるのか。

それは子供を増やすという古来から人間が自然に営んできた健全な社会に 戻すことである。それも児童手当とか、保育所の充実とかの修繕的な対応 ではなく、基本的、抜本的取り組み、それは女性が子供を産み、増やした いという人類の基本の欲求が自然に起こるような社会の実現だろう。

男は男らしく、女は女らしく、強い男性の子供を産みたいという女性、生 きて行くための食糧確保を一等優先して考える発想、まわりが皆、子供の 成長を助けあう、縄文時代の思考、生活のパターン、人生のスタイルを取 り返すことから、始まるのではないのか。

   
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★読者の声 ★READERS‘ OPINIONS ★どくしゃのこ 
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(読者の声1)1.トランプの訪日でツイッターに下記引用の投稿がありま した(川嶋信慶さん)。小生、江崎道朗さんの『コミンテルンの謀略と日本 の敗戦』を読んだばかりでしたが、キーワードは【コミンテルン】かと直感。

日米ともコミンテルンのために当事者能力をかく乱されて、悲劇に押しや られ、紆余曲折、いまは手を携えてコミンテルンの遺産と対峙している。

トランプ訪日のパフォーマンスがヴェノナ文書以来進展した史学的な解明 を基礎としているのだとすれば、まさに世界史的な画期だったかと。

(引用開始)「あまり日本国内だと「メモリアルデー」の意味がわかんな いかもしれないけど、米国民にとって独立記念日の次に大事な日。今回の トランプ大統領の行動を(極端な例えだけど)日本に例えると「天皇陛下 参列の政府主催8/15の戦没者祈念式典をまるごとワシントンでやる」みた いな衝撃なわけで。引用止め)

2.大嘗祭に関して。和辻の「祭祀的統合」論の生きている証拠ですね、と (自称)和辻式保守の小生には思われました。(石川県、三猫匹)


(宮崎正弘のコメント)和辻哲郎の『風土』や『倫理学』の復刻本が続い ています。大嘗祭に関する考察も、近年、学者の間には引用回数が増えて きたように思えます。

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(読者の声2)アマゾンに十扁もの書評が載っていたので、宮崎さんの歴 史評論、『明智光秀 五百年の孤独』(徳間書店)を3日かけて読了しま した。これは、目から鱗が落ちること十数回。これまでの歴史上の「常 識」が、みな、政治宣伝やら後世に書かれた文献による誤解ということに まず驚かされました。

明智光秀は秀吉との山?の合戦で惨敗のあと、逃亡中に山科の竹藪で百姓 に殺されたという、昨日まで信じていたことも事実ではなく、秀吉の創作 だったとは!

丹波、丹後に飛ばされた光秀が信長を恨んだというのも、坂本5万石から 23万石の大大名となった「栄転」であったこと、そして福知山に光秀を 祭る神社があることなど、頭の中を激甚な光りが通り抜けたような衝撃で した。

 明智光秀の蹶起の動機を探るため、最後の謎を愛宕神社への登攀で、よ うやくにしてその謎を解かれるあたりがクライマックスですね。
ひとこと感想まで。(YS生、長岡京市)

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(読者の声3)とびっきりの講演会のお知らせです。予約制です。
         記

!)題 「平成を振り返って」
!)講師 元大蔵事務次官・国税庁長官 尾崎護 先生
!)日時 令和元年6月26日(水)PM6:00〜
!)定員 先着90名(要予約)
!)会場 神奈川県民サポートセンター3F 304号会議室(JR横浜駅西口 徒歩3分ヨドバシカメラ裏手)
!)問い合わせ先 045-263-0055...


(読者の声4)麗澤大学(千葉県柏市)において、「天皇陛下御即位記念 奉祝記念特別展」が開催されており、昨日見学して参りました。写真は下 記サイトよりご覧ください。
http://img.gg/rq8mY9Z
 即位礼を再現した模型二体は、大正天皇と東山天皇(貞享四年・1687) 御大典の際の装束や様式を正確に再現したもので、大変に美しくまた見ご たえのあるものでした。6月9日まで、入場無料です。
   (三島由紀夫研究会 浅野正美)
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(読者の声5)宮崎先生がベトナムについて、安い労働力もだんだんと競 争力がなくなってきたとテレビで発言されていました。

昨秋、ハノイから2.5時間位の立地の某ハーネス会社(労働集約産業)工 場がフィリピン(マニラから1時間位)へ移転しました。その社長は、 「フィリピンの方がハノイより労賃が安いんだ」とおっしゃっていまし た。但し、治安が悪く、マンションと工場は高い塀で囲まれ、その間の車 移動は大渋滞とも聞きました。「しょうがないのでベトナムから愛人を連 れて行く」とか(笑)。というのが現状です。

ベトナムのグローバルバリューチェーンの上での魅力は、安い労働力に加 えて貿易障壁が小さいこと、土地コストも安いこと。最近、電気料金が上 昇ましたが、バングラやカンボジアやラオスにはないインフレ環境が整っ ていること。バングラほどではないが、ラオスやカンボジアのような人口 の少ない国ではないことなどです。また、バングラは先生がご指摘された ように、ムスリムで立命館大学の元准教授首謀のテロがありました

。インドネシアは選挙後は混乱で「今は昔」になりましたが華僑への迫害 もでてくる土壌があります。カンボジアは企業に所得税を前払いさせたう えに還付をしないという滅茶苦茶やっています。政府への信頼性の欠如で 縮小効果がはなはだしい。
 リチャードエリス社によれば、アップル社の部品サプライヤーのベトナ ム工場は、2015年の16社から18年には22社に増えています。現 在、日本電産がハノイ北部に工場用地を購入済みですが、おそらく年後半 には工場は稼働すると思われます。アップルの部品でしょう。

最近では、アップルのワイヤレスイヤホン「AirPods」を生産する シナのGoerTekが工場のベトナム移転を決定しましたし、サムスン 電子はシナでのスマホ生産を中止する一方で、ベトナム工場に注力してい ます。韓国人はベトナムへ事実上の移民をしているのです。現在、ベトナ ム企業29社がサムスンの一次サプライヤーとして活動中で、製品額に対 する国産化率は14年の34%から17年には57%に急拡大しています。

ファーウェイの禁輸措置についてはベトナムには影響はほとんどありません。

ベトナムではスマホ市場のシェアでサムスン電子(41.1%)、オッポ (22.7%)、米アップル(8.6%)が3大人気ブランドでファー ウェイは4〜6%程度しかないですから。

ただベトナムは昔は良い石炭がとれたのですが、いまは輸入国です。とこ ろが、その石炭は北から輸入していました。現在はエンバーゴに従ってい るようですが、もし、セドリでベトナム向けだったりしたら、アメリカの 信用を失うでしょう。

ベトナムへ入ってくるFDI(直接投資)は引き続き好調です。

今年初めから4月20日までの直接投資(FDI)認可額は前年同期比 81.0%増になります。但し、RMB安に連れ安して、VNDが安くなってい るのは大きな懸念。RMBの下落率よりもVNDの下落率の方が少ないですが、 安いシナ製のベトナムへのダンピングは懸念です。

一方、1月〜4月の外貨準備額は673億ドルで過去最高になりました。これ は安全圏とされる輸入の3ヶ月分程度になります。

健康状態に問題があるベトナムの最高指導者グエン・フー・チョン共産党 書記長兼国家主席は7月の訪米に向けて調整に入った様子です。脳梗塞の 後遺症で左手に問題と噂されています。(R生、ハノイ)


(宮崎正弘のコメント)ベトナムが好条件だと聞いてワァーと進出した外 国企業、まるで集中豪雨のようでしたが、すこし冷却という状況でしょう か。ホーチミンのホテル代をみていると、香港、台湾なみですね。

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(読者の声6)「中国で証券投資枠960億円 銀行で世界最大 三菱 UFJが取得。

「三菱UFJは人民銀行元建てで中国の債権や株式に投資する「人民元適 格海外機関投資家(RQFII)の投資枠を取得した。投資できる金額は 「60億元(約960億円)で、世界の銀行で最大となった。

中国企業の資金調達に直接関与して関係強化を図り、同国で存在感を高め る狙いがある。・・・・RQFIIを使えば上場の国債や社債などに加え て株式や私募債にも投資できるようになる。三菱UFJは地方銀行など、 日本の金融機関向けに中国債権の売買を仲介することも検討する。日本か らの中国債券投資額は2018年に1兆1740億円と、3年で2倍に膨らんだ。 中国企業の旺盛な資金調達に焦点を当てる金融機関の需要にこたえる」

上記は5月30日付け日経新聞の1面記事ですが、これを読んで驚かない宮 崎メルマガ国際ニュースの読者はおそらく皆無ではないかとおもいます。
これはよくあるいかがわしい話のように、今の中国の置かれた状況を知ら ない一般人のフトコロを狙った一種の詐欺的行為の一環だと言っては言い すぎでしょうか。

昨年7月の貴誌5762号の記事で「中国当局がいま打ち出している対策と 手口は、債務を株式化することで、貸借対照表の帳面上を粉飾することで ある。

つまり負債を資産(資本)に移し替えると帳面上、負債が資産(資本?) になるという手品の一種だ」と警告されましたが、これを読めば「ルイ 14世の治世による巨額の財政悪化対策に出現したジョン・ローのミシ シッピー会社や英国の南海会社の手法」を中国政府が実行していることは 明白です。

でもそんなことを大手銀行幹部や日経編集部はわからないのでしょうか?
これで日本の多くの「庶民投資家」はまた騙されないように願わざるをえ ません。(SSA生)


(宮崎正弘のコメント)あの国はそれこそ、国を挙げて詐欺をやっている わけですから驚くには値しませんが、じつにじつに日本企業はお人好し。

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(読者の声7)貴誌5月30日(木曜日)弐の通巻第6093号の(読者の声2) に「朝日新聞の凋落に歯止め」がかからないとの面白い記述がありました。

私も、愚直なほどに真面目な「産経新聞」と常に要領よくソツなく立ち回 る「朝日」の比較をブログ『マスコミの在り方』に書いたことがありま す。その朝日が落ち目とは日本のためにはおめでたい限りですね。一日も 早く「朝日」の「落日」を見てみたいものです。

戦前・戦中は政府や軍部にさんざん戦争をけしかけながら、戦後は一転し て我が社は戦争に反対していたなどと、白々しいことを平然とおっしゃ る。書きたいことも書けない、言いたいことも言えない暗い時代だったな どと、平然とおっしゃる。言いたいこと、書きたいことを堂々と、自由に 言い、書いていたのが朝日ではなかったか。

そんな朝日はバカには誠実そうに見えるかもしれませんが、その立ち回り の要領の良さから結局のところそのバカさ加減が見破られてしまう、とい うことでしょうね。

 『マスコミの在り方』https://sns.orahonet.jp/blog/blog.php?key=16230
)をお読みください。(独村)

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(読者の声8)第45回 家村中佐の兵法講座 兵法書として読む『古事 記』『日本書紀』

日本の歴史上で初めて先帝の御譲位により即位され、最初の元号「大化」 を用いられた孝徳天皇の御代とは、どのような時代だったのでしょうか。
今回の兵法講座では『日本書紀』巻第25を読み説きながら、権力をほしい ままにしていた蘇我蝦夷・入鹿父子を滅ぼした中大兄皇子と中臣鎌足が乗 り出した政治機構の大改革「大化の改新」や、こうした改革を必要とした 時代背景などにつきまして、図や絵を用いてビジュアルに、分かりやすく 解説いたします。

              記

日 時  令和元年6月29日(土)13:00開場、13:30開演(16:30終了 予定)
場 所  文京区民センター(シビックセンターではありません)2−B 会議室
講 師  家村和幸(日本兵法研究会会長、元陸上自衛隊戦術教官・予備 2等陸佐)
演 題  第18話 孝徳天皇と大化の改新
参加費  1,000円(会員は500円、高校生以下無料)
お申込:MAIL  info@heiho-ken.sakura.ne.jp
 FAX 03-3389-6278(件名「兵法講座」にてご連絡ください。
事前に、「新説『古事記』『日本書紀』でわかった大和統一」(宝島社新 書486)をお読みいただくと、理解が深まります(日本兵法研究会)


  
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敗訴していた創価学会
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      渡部 亮次郎

公明党が初めて衆議院に進出した時から、委員長を20年近く務めたのは国 鉄マン出身の創価学会員 竹入義勝氏。政界引退後の1996年、天皇陛下か ら勲1等旭日大綬章を受けたのをきっかけに創価学会から糾弾されるよう になった。

叙勲を機に朝日新聞の要請に応えて連載した「回顧録」で公明党と創価学 会の関係は「政」「教」一致であったことを赤裸々に暴露したことが創価 学会・公明党の逆鱗に触れた。

以来10年間、創価学会は機関紙「聖教新聞」で非難し続けた末、2006年5 月19日、公明党は「内部調査により、竹入が公明党委員長在職中の1986年 7月に自分の妻へ送った指輪の購入代金を公明党の会計から支出し着服横 領した」として、総額550万円の損害賠償を求める民事訴訟を東京地方裁 判所に起こした。

翌日には、創価学会の機関紙『聖教新聞』において提訴が大々的に報道さ れ、提訴後も同紙には折に触れて横領を非難する記事が掲載された。

しかし2008年3月18日、東京地裁は「党の会計から私的流用したとは認め られない」として請求を棄却。判決文では「横領したという当時は衆参同 日選の最中で、党トップの竹入氏が秘書や警護官もともなわずにデパート で夫婦そろって高価な指輪を購入するのは不自然」と指摘。

その上で、購入した指輪の具体的な種類や形状が特定されていないことな どを理由に、流用の事実は認められないとした。公明党側は即日、東京高 等裁判所に控訴した。

2008年12月4日に「互いを誹謗中傷せず、竹入が遺憾の意を表明した場合 は党側が控訴を取り下げる」との条件で和解が成立した。
学会側の事実上の敗訴であった。

この事件について、創価学会の機関紙『聖教新聞』は、着服横領事件を複 数回報道していたが、判決後も竹入との和解条項の全容は公表していない。

しかも一般のメディアも一切報じていない。この事実を明らかにしている のは「ウィキペディア」だけである。それだけマスコミはいまや創価学 会・公明党に、広告料、コマーシャル料を通じて支配されている事を証明 している。NHKも聴取料不払いで脅されればひとたまりも無い。

創価学会・公明党は後継委員長だった矢野絢也氏苛めも何年も前から開 始。公明党元国会議員らが矢野氏の自宅に上がりこんで手帳を持ち去った などの奇怪な出来事を巡り訴訟の応酬となった。

2005年、公明党の元国会議員である伏木和雄、大川清幸、黒柳明の3人 が、『週刊現代』に掲載された記事で矢野の手帳を強奪したかのように報 じられ名誉を傷つけられたとして、同誌発行元の講談社および同誌編集長 と、記事に実名でコメントを寄せた矢野らを訴えた。

この裁判で東京地方裁判所は2007年12月、原告側の主張を認め、講談社と 矢野の行為が名誉毀損に当たるとして同社と矢野に総額660万円(内330万 円につき矢野と連帯)の損害賠償金の支払いと、同社側、矢野それぞれに 謝罪広告の掲載を命じる判決を言い渡した。

同裁判には、矢野が3人に対して自身の手帳の返還を求める訴訟も併合さ れていたが、同判決は「被告矢野は、原告らの求めに応じ、自らの意思に 基づき、本件手帖等を交付し、被告矢野宅内を案内したことが認められ」 と請求を棄却。矢野は上告した。

2009年9月1日、最高裁判所第3小法廷は、週刊現代による伏木・大川・黒 柳3人への名誉毀損は認めず逆に矢野のプライバシーの侵害である旨の主 張を認め、持ち去った手帳の返却と300万円支払いを3人に命令した東京高 等裁判所判決を支持、上告を受理しない決定を下した。これもマスコミは 報道していない。

創価学会は2度までも裁判に敗れてしまった。しかもマスコミはそれを報 道しない。

「週刊文春」2009・10・1によると、
<秋谷栄之助会長の時代は、創価学会は矢野氏との関係を上手にコント ロールしていた。「ところが数年前、体調を崩し入院していた池田大作名 誉会長が退院後、自分が不在でも問題なく組織が運営されていたことで、 秋谷氏を遠ざけるように。

そして池田氏に追従する幹部たちが矢野問題を荒立て手てからおかしく なった(学会幹部)。

秋谷氏は06年に会長を解任された。「後任の原田稔会長は選挙実務に疎 く、実質的に池田氏が采配している」(同前)が、公明党の比例区の得票数 は、秋谷会長時代の05年衆院選(898万票)をピークに凋落の一途。衆院 選の惨敗は「池田神話」の崩壊とも言えるのだ。

そこへ創価学会が「仏敵」としてきた矢野元委員長への叙勲を民主党の有 力議員が、内閣府に働きかけていることが明らかになった。

「仏罰論」の矛先は、今や創価学会・公明党自身に向かいかねない雲行き となっている>。出典「ウィキペディア」2009・09・09・26


   
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国民が参加する裁判員制度が始まって10年
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              櫻井よしこ


「国民が参加する裁判員制度が始まって10年 今後も欠点は修正しつつ 成熟することを願う」

国民が刑事裁判に参加する裁判員制度が始まって5月で10年、感慨深いも のがある。

5月21日の紙面で「読売新聞」が特集したが、その中の全国50の地方裁判 所所長へのアンケート調査では、全員が「裁判員裁判は刑事裁判に良い影 響をもたらした」と回答している。

「日本経済新聞」がやはり同日の紙面で報じた最高裁判所の調査では、裁 判員経験者の96%が裁判への参加を「良い経験だった」と評価している。

10年間で裁判員や補充裁判員を務めた人は9万人を超すが、最高裁刑事局 長の安東章氏は「一人ひとりが真摯に裁判に向き合ってくれた」と感謝し た。皆真面目に責任を果たしてきたのである。

裁判員制度を導入すべきか否かが論争されていた10年以上前、裁判官とい う裁判官は導入に反対だった。司法は変わらなければならない、もっと司 法を国民の側に近づけなければならないと考えていた人々の側にも迷いが あった。法律の知識もないいわば素人に、刑事裁判で被告を裁く資格があ るのだろうかという懸念である。その思いは私も共有していた。

このような思いは大多数の真面目な日本国民の、人を裁くということに対 する人間としての責任感の裏返しであり、自らの能力の限界を認識した謙 虚さの反映でもあったのではないか。

当時の司法の現実は厳しかった。裁判にはどう見てもおかしなことがあっ た。『裁判官が日本を滅ぼす』(新潮社)や『激突! 裁判員制度』 (WAC)などの著者である門田?将(かどたりゅうしょう)氏は、山口 県光市の「母子殺害事件」の被害者、本村洋氏の思いを広く伝え、司法改 革の重要性を訴えた。

本村氏は1999年4月に、当時18歳だった犯人に、妻と幼い娘を絞殺され た。愛する家族の命を無残に奪った犯人に、本村氏は極刑を望んだ。しか し、山口地裁も広島高等裁判所も、犯人には「更生の可能性がないとはい えない」として、死刑を回避した。

それは典型的な判例主義に他ならない。私は本村氏に複数回お会いし、数 時間話を聞いたが、氏は、「裁判官は相場主義に基づいて判決を下してい る。それでは審理など必要ない」と厳しく批判した。

また、広島高裁判決後の記者会見では「古い判例に裁判所がいつまでもし がみついているのはおかしい。時代に合った新しい価値基準を取り入れて いくのが司法の役割だ」と語っている。この思いはやがて最高裁を動か し、判例主義を超えた死刑判決が言い渡された(門田?将(かどたりゅう しょう)著『なぜ君は絶望と闘えたのか』新潮社)。

私にとって弁護士の岡村勲氏との出会いも非常に大切なものだった。氏は 代理人を務めていた山一證券に関する事案で男に逆恨みされ、妻を殺害さ れた。自身が被害者になって初めて、いかに犯罪被害者が無視されていた かに気づき、日本で初めて「犯罪被害者の会」を立ち上げ、司法改革の先 頭に立った。

司法は多くの面で改革を必要としていたのである。重要なことは、犯罪は 法律だけで裁いてはならないということだ。それは法を無視せよというこ とではまったくない。むしろ、真の意味で法の精神を尊重せよということ だ。法の執行に、人間の良識を反映させよということである。裁判員制度 が生まれ、法律の素人が裁判に参加し、自身の能力の限りを尽くし、良識 に従って誠実に、裁判員としての責任を果たした。その歩みが10年の歳月 を刻んだ。すばらしいことだ。

読売新聞のアンケートには、裁判の在り方が変わり「分かり易くなった」 「判決の説得力が増した」などの指摘がある。

国民参加の司法が法と正義に基づいて成熟していくために、裁判員制度を 支える社会の基盤を広げたい。
『週刊ダイヤモンド』 2019年6月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1281 


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父の言葉「家庭とは・・」
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        馬場 伯明

家の居間の天井は細い竹で張られており、長年燻されて真っ黒だった。五 徳(ごとく)がある囲炉裏の横で、円形の卓袱台(ちゃぶ台)を囲み食事 などをした。高校1年の頃囲炉裏を廃し大きな掘り炬燵に代えた。

当時、家族は両親と高校3年の姉、私(高1)、2人の妹(中2・小5)、弟 (小1)の7人。掘り炬燵のある居間が、食事、団欒、宿題、百人一首、ト ランプ遊びなど、家族の多目的な用途の場所となった。

ある日、父が言った。「家庭とは何か。家庭とは問題がある所なり」と。

教師だった父は、家族と離れた長期の療養生活を終え隣町の中学校長に復 職していた。父が療養から復職できるか否かは、私たちの家庭にとっては まさに「死活問題」だったが、それがいい方向で解決され、おだやかな家 庭に戻っていた。

思えば、父が言ったように、どこの家庭も問題だらけである。しかも、他 人にはさらさらと話すことができない事情がある「問題」が多い。

たとえば、積み上がる借金、不治に近い病気、伴侶との離婚や争い、農作 物の凶作、子供の学校の不成績、結婚しないアラフォー娘、止まらない (親父の)禿げ頭など・・・、各家庭の問題は絶えることがない。

しかし、家庭は家族全員にとり最後の拠り所である。家庭では、起こりく る問題に悩み苦しみつつも、家族の協力と努力により、何とか問題を解決 しつつ乗り切っていく。問題は解決されるためにあると割り切ることもで きる。また、時間はどんどん過ぎるので、時間が問題を洗い流してしまう こともある。

父が生きた時代、家庭の問題の最終決算はどうだったのか。多くの問題が 錯綜し、いわゆる「人生いろいろ、家庭もいろいろ」だったろう。そのよ うにして家庭と家族の歴史は作られていった。

父は、(家庭の)問題を恐れることなく家族全員が協力し解決していこう という決意を、自らの病からの復帰にあわせ家族に伝えたかっのだと思わ れる。

父は、もう一つ言った。「家庭とは屁(へ)の出る所なり」と。

これはどういうことか。屁も問題の一つかもしれない。家庭の外で屁を放 (ひ)ることは憚られる。公衆道徳に反する。他人がいない場所へ移動す るか、トイレに駆け込むなどの行動をとるべきであろう。

父は家でよく屁を放った。「お父ちゃん、そがん、屁ばへれば学校で嫌わ るっとじゃなか」と訊いた。校長先生が学校で見境なくぶ〜ぶ〜やるはず がない。父は無言で笑った。だから「家庭とは屁の出る所」、つまり、家 庭とは屁を放っても許される場所であるという意味。自宅に帰り、ほっと ひと息、ほっとひと安心のぶ〜〜なのだ。

大らかに屁を放ることができず、「屁の自由」がなく、常に緊張を強いら れる家庭とは何だろうか。父は「壊れつつある不幸な家庭ではないか」と 真面目な顔で屁理屈?を言い笑った。しかし、屁理屈であっても父の家庭 論や家族論には真理が宿っている。

父は話を続けた。「ばってん(しかし)、家庭にも『屁の作法』はある ぞ。炬燵の中には出すな。お客さんが来たら屁をこらえるか、その場を離 れろ。『握り屁(*1)』の悪さはしてはならない」など。

(*1)ここで、古い「頂門の一針 第481号(2006.7.3)」の私の文章から 引用する。《 祖父は、立派な八の字髭をつまみながら、小学生の私に小 さい頃の話をしてくれた。南串山村11代目の最後の庄屋であった馬場立造 (りつぞう)先生は、徳川から明治になり寺子屋を改めた南串山尋常小学 校の初代校長に就かれた。校門の横に高さ3mの立派な頌徳碑がある。

明治15年頃のこと。腕白の祖父(9歳頃)は読めない漢字を立造先生に訊 きにいった。左手に教科書を載せ本の下の右手にはこっそり自分の屁を 握っていた(握り屁〈にぎりっぺ〉という)。

「こん漢字は何て読むとでしょうか?」と、本を先生の鼻先へ出し、本の 下の右手を開いた。「おっ、ん、臭か。臭いな」と先生。「こん漢字の読 み方は『クサカ』ですか。わ、わかりました」と言うなり家へ逃げ帰っ た。翌日、恐る恐る学校へ行ったが、立造先生は「握り屁」については何 もおっしゃらなかった。

「なして、(立造先生は)叱らっさんじゃったんね?(なぜ、お叱りにな らなかったの?)」と私が尋ねると「立造先生は、そがん細かこつじゃ叱 らっさんたい」と祖父は言った。祖父が立造先生に訊いた漢字は何だった のか。臭・汚・悪か、それとも、香・美・善だったのか、祖父からは聞い ていない》。(引用、終わり)。

時は過ぎ学生の頃。同年代の吉永小百合や栗原小巻がコンパで話題になっ た。サユリストのA君が言った。「小百合さんは『屁』をするかな?」 「いや、しないと思う」とB君。「ひょっとして、うんちもしないか も・・・(笑)」とC君がかき混ぜた。なごやかなひとときだった。

社会人になり妻子を得た。居酒屋で友人がぼやいた。「俺は家で疎外され ている。俺の屁が臭いと言い妻子が居間から消える」「ついに新型ビオ フェルミンを大量に与えられ、この頃屁が臭わない。屁が臭くなくなると 何かさびしい」と。

大したことではないものを「屁のようなもの」という。屁は少し臭いけれ ども、すぐ雲散霧消する。屁なんか人生の重大事ではない。友人の奥さん は、屁くらい、許せばいいのにと私は思った(怒!)。

かつて、小学生の頃の子供が「お父さん、自分のオナラ(の臭い)は嫌い じゃないよ」と私に言った。私は思わず膝を叩き、わが子を抱きしめた。 「おうNちゃん、よう言うた。立派。さすがに私の子供だ(!)」。

家庭で屁が出たら「(ぶ〜〜)、あ、ごめん」とか「ごめん、 (ぶ〜〜)」でいいのではないかと思う。「家庭とは問題がある所なり」 と「家庭とは屁の出る所なり」という父の言葉を、父を想いながら、静か にかみしめている。(2019.5.30 千葉市在住)

           

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重 要 情 報
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◇◆◇写真映像情報網◇◆週刊AWACS 2019年6月2日◇◆◇◆◇

▼唸声一言/ペマ・ギャルポ氏の講演会を聞いて

皆さんご存知のようにペマ・ギャルポ氏はチベット出身で日本に帰化したチベット系日本人です。今は四川省となっている村で生まれた時、中国人は一人もいなかったとの話はギクリとしました。日本が支那と戦った時の支那の領土は現在の37%、後の63%は中共が1950年から領土拡大を続けた結果です。尖閣をはじめとして南シナ海で未だに領土拡大を続けています。ある意味では一帯一路も領土拡大の一つの手段と言えなくもありません。

1950年、中共が攻め込んできてもチベットの広い国土を2万人の兵士では守れない。27万人もの僧侶が平和を祈っていたが祈りだけでは守れず、結局は中共の支配する国となってしまい、チベットの地を去り、難民キャンプで過ごしたと。

祈りと憲法九条はよく似ています。これだけでは国を守ることはできません。ただ、ペマ・ギャルポ氏は憲法の改正よりも日本人は精神の改正の方が重要とも。国家、国家観、何を守るのか等の思いです。

中国の沖縄への手出しを無くすために小渕首相がやったことは何だか分かりますか?沖縄サミットと2000円札なのです。沖縄は日本の領土であることを中国含めた各国首脳にサミット開催地の沖縄で認めさせたことと守礼の門の2000円札の裏にひらがなを書き込んだことで誰にも文句を言われることなく、平和裏に沖縄は日本であることを小渕首相は行ったのだと褒めていました。

最後に天安門で弱体化した中共を救ったのは日本、30年経った今、米中貿易戦争で弱体化し、日本へ救いを求めている中共を二度も助けるならば、日本は裏切り者と世界から呼ばれるかもしれないとの警告も・・・。

では、今週号をお楽しみください。

https://ameblo.jp/unarigoe/entry-12465612477.html

2019/6/2 唸声



◎顎関節症は快方に向かって来たようだ:前田正晶

今週は延べ日数3日で4ヶ所の病院とクリニックを回ってきた。その間の29 日には、せめてジェットバスには入って疲労感を和らげでおこうとばかり にジムにも行っていた。28日に国立国際医療研究センター病院循環器内科 の待合所で偶々語り合ったご婦人が「病院に来て待っている間に味合わざ るを得ない独特の暗い雰囲気には負けるのか、大いに疲労感を覚えるのが イヤだ」と言われるのを聞いて、全くその通りだと痛感した次第。

30日が今週最後の病院通いで、東急目黒線(この名称に馴染みのない方に は「その昔の目蒲線のこと」と言えばお解り願えるだろうか)の洗足にあ る昭和大学歯科病院顎関節症治療科に午後4時の予約で出掛けていった。 新大久保から山手線に乗ったのは3時頃だが、この駅は何時も通りの大混 雑でエスカレーターの無い駅で何処からやってくるのか知らない外国人の 中を掻き分けてプラットフォームまで脚が衰えてきた高齢者が上がってい くのは、容易ならざる作業となる。

目黒駅もその昔をしか知らない私には、3月20日に初めて乗り換えた時 には車内のアナウンスが「日吉行き」と言っているのを聞いて、東急東横 線に間違えて乗ったのかと驚いて飛び降りて行く先を再確認したのだった。

兎に角、都内ではJRでも私鉄でも何年(何十年?)振りかで降り立つと、 自分が何処にいるのかが分らなくなるほどと言うか、困惑させられるほど 変貌しているので困る。渋谷駅などは余りの変わりように駅員に何処に行 けば地上に出られるのかと尋ねたほどだった。自慢だが、これでも東京生 まれで東京育ちである。


それでも、31日が3度目であれば何ら彷徨うことなく洗足駅で降りて、昭 和大学歯科病院に辿り着くことは出来た。以前にも述べたが顎関節症治療 科には「これほど同病の人がいるのか」と感動?させられたほど多くの患 者さんがいる。私は色々と検査して頂いた後で4月20日の前回よりも口が 大きく開けられる状態になり良い方向に向かっているので、今後とも指定 した顎の運動を続けるようにと指示されて終わった。次回の予約は7月11 日だったと言うことは「完治するまでには未だ先は長いぞ」という意味の ようだ。

帰路の目黒から午後4時半近くに乗った山手線の車中では、私の顔を見た アジア人の若い男女がさっと立ち上がって席を譲ってくれたのには感謝し たし驚きもした。敢えて「我が国で」と言うが、電車に乗るや否や一心不 乱にスマートフォンをいじっている若者が席を譲ってくれることが少なく なってきた。決して譲れと言うのではないが、何度か利用したソウルの地 下鉄では我々夫婦の姿を見るや直ちに何人かの若者は立ち上がって「座っ てくれ」というジェスチャーをする。これは儒教の精神の表れだと解釈し て素直に「カムサハムニダ」と座らせて貰った。

では顎関節症はどのような状況かと言えば、今週になって試してみた寿司 は軽々と開けた口の中に入るし、噛んでいても何の痛みもないところまで 来たし、「もつ煮」の「もつ」もそれほど苦労せずに噛み切れるまでに なっていたのだ。病院の指示書には「顎の運動は入浴中が良い」とあった ので、「恥も外聞もあるか」とばかりにジムの大きな風呂の中で人目を気 にして敢行している。特に右手の指で下顎を引き下ろす運動などは2分以 上はかかるので、のぼせてくるので大変だ。兎に角、1日も早く治りたい 一心で一所懸命にやっている。


昭和大学歯科病院顎関節症治療科の菅沼教授には「軽症の部類であり、顎 の運動をすれば95%は治る」と言われたので、それを信じて毎日3回の運 動を続けてきた。だが、これほど長期間を要するものとは知らなかった。 だが、初期には噛めない、食べられない恐怖(?)から食欲も減退し、1 月中旬には55〜56 kgはあった体重は今や50 kgすれすれまで減ってしまっ た。現在では沢山食べなければならないとは分っていても、食べ物を見た 時点で何となくあの頬の辺りの筋肉の痛さを思い出して、食欲が減退する ことが多いので困っている。


ところで1日だが、昨日までの過剰(?)だったかのような活動のせい か、どっと疲労感が出てジムに行こうという意欲が出なかった。そういう ことではダメだと奮起して何時もより1時間遅いバスで出掛け、十分に マッサージチェアで体をほぐしてから入浴して漸く我を取り戻して、その 気になって昼食も摂ったという状況。自分では「疲れた」と思っていたに も拘わらず、今日もまた「何時見ても元気そうで」と言われてしまった。 と言うことは「疲れた」と感じているのは、自分だけの思い過ごしだった かと、少し反省もしている。


◎私は通訳もする当事者として務めてきた:前田正晶

安倍総理とトランプ大統領の会談がほぼ全部(だったのだろうか?)中 継され、高尾直氏が的確に総理の発言を英訳しておられる様子を見て(聞 いて)、1993年末までは「通訳もする当事者」として(アメリカ側の一員 としての責任感もあって)永年担当してきた仕事を思い出しては、高尾氏 は実に完璧な立派な仕事をしておられるなと感銘を受けながら拝聴した次 第だった。

しかし、本音を言えば、高尾氏の通訳の仕方は職責上あのようにせざるを 得ないのだろうと思うが、通訳を専業とされる方々が職業上の束縛(と 言って良いと思う)から、飽くまでも忠実に逐語訳をされ、何ら余計な言 葉を差し挟まないのと同じ手法かなと感じていた。

そう感じたからこそ、「極めて格調高い文語的な英語」という表現をし たのだった。高尾氏の経歴をネット上で拝見するとかなりの年数を英語の 世界で過ごしてこられたことが解る。だが、外務省のキャリアの事務官と して総理に随行されている以上、私の年来の主張であり信念でもある「通 訳とは(元の発言を)破壊と再構築することである」という方式は間違っ ても採用できないとの信念でやっておられるのだろうと思いながら聞いて いた。

であるようだから、例えば総理がある信念を述べられた時に、私ならば (勝手に?)“I firmly believe 〜”か“My opinion on this matter is 〜”と言ったような導入部をつけてから英語にしていただろうと考えてし まうのだ。即ち、日本語には主語の省略が多い表現が多いし、誰の考えで あるかは言わずともお互いに有無相通じるという文化があるので、通訳専 業の方は元の発言に忠実に逐語訳されるのだと思っている。即ち、高尾氏 もそのような手法で見事に総理の意を伝えておられたという印象だった。

誤解無きよう申し上げておくと、私の論点は飽くまでも手法の違いであ り、ビジネスの席での「通訳もする当事者」意識から出た発言なのであ る。優劣を論じてはいない、念の為。思うに、1993年までの現職だった頃 の私にも専業の通訳の方と同じようにもその気になれば出来たかも知れな いが、私の手法は何があろうと「破壊と再構築主義」を押し通したであろ うと思っている。

振り返ってみれば、これまでにも何度か論じたことだが「通訳とは頭の 中を完全に空乃至は無にして、発言者の意図を正確に伝えるように言われ たことに異議を唱えるとか間違いがあるなどという思いが浮かぶことなど 無いように、無心で別の言語に直していくこと」なのである。だが、我々 は日本のお客様対アメリカの輸出業間の重要な商談の席に就いているの で、事前に十二分に打ち合わせておいた副社長の意向を相手方に疑問を生 じさせないように破壊して再構築して日本語にしてご理解願う為の最善の 方法と思う訳をしてきたのだ。

同様に、私が出ている席ではお客様側の日本語の発言をも間違いなく英 訳して副社長に完全に理解させねばならないという重大な責任も負ってい るのだ。実は、この際でも「彼はこう言っておられるが、これはこういう 背景があって、このような主張になっていると解釈しているが、ここでは 遺漏無きように逐語訳にしてみるからそのつもりで聞いて欲しい」という 注釈をつけて英訳することも屡々あったものだった。その背景には事前に お客様にが「如何なる主張をされたいか」はある程度以上探っておいたか らこそ出来る技なのだ。

私は総理が高尾氏とそこまで徹底的に会談前に叩いておかれる時間の余 裕があったのかと考えてしまう。それは総理が「こういうことを表現した い場合にはこういう言い方をする」とか「本日の主たる議題はこれとこれ の何点かに絞るので、事前に準備しておくように」と高尾氏と打ち合わせ されておければある程度理想的だという意味だ。更に言えば、高尾氏が常 に総理と行動を共にされて、言葉や表現の癖まで把握できていると素晴ら しいのだ。私は生涯最高の上司と表現してきた副社長とは10年以上の部下 としてその日のご機嫌まで読めるようになっていたから言うのだ。

正直な事を敢えて言えば「通訳などという仕事は俺以外に誰がここまで 出来るか」というような言わば思い上がった自信というか自己過信と信念 がないことには容易には出来ない仕事だと思っている。しかも、時と場合 によっては何も直接には関係の無いような事柄が話題になるのだから、あ らゆる事態に対処できるような知識まで要求されることが当たり前のよう に生じるのである。それが上手く出来た時などは密かに「どうだ、俺は」 と自己陶酔に陥っているのだ。そこで、場合によっては如何なる事態が生 じるかの例を挙げていこう。

今でも「あの時は善くぞ切り抜けたものだ」と鮮明に覚えていることが ある。それは仕事以外に突然依頼された通訳の場で「存在感」という言葉 が出てきた時のことだった。「しまった。知らない表現だ」と慌てたが、 自然に口から出たのが“presence”で、後になって知ったのだが正解だっ た。自慢話序でにその時に出会った表現が「我がテイームは未だ未だで す」と謙遜されたものだった。これも弱ったが、“We still have a long way to go.”で何とかその場を凌いだ。これは正解か否かは未だに知らな いが、当たらずといえども遠からずだと信じている。




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身 辺 雑 記
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2日の東京湾岸は曇天。

1日は家人が休みで時間的に余裕があったから猿江恩賜公園を1周(約1・ 1KM)した。小心だから運動不足による空腹時血糖値の上昇を常に心配し ている。1日朝の空腹時血糖値は133.最高血圧115.
昼過ぎ、家人に散髪してもらった。結婚30年、床屋に行ったことが無い。
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