政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針5053 号  2019・5・23日(木)

2019/05/23


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わたなべ りや うじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5053号
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        2019(令和元年)年 5月23日(木)



            自衛隊機事故で得た違和感:加瀬英明
        
           米中貿易戦争、高関税は序の口:宮崎正弘

            5月に咲き誇る平戸ツツジ:毛馬一三

            「生きている化石」の木:渡部亮次郎
      
                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記



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自衛隊機事故で得た違和感
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        加瀬 英明


自衛隊機事故で得た違和感 憲法に自衛隊を書き込むべきだ

4月に、わが航空自衛隊の最新ステルス型F35戦闘機が、三沢基地から
訓練飛行中に、青森県の日本海沖合で墜落する事故があった。

はじめの報道では、パイロットが40代の2佐(国際的呼称では中佐)とい
うことだった。尾翼が発見され、殉職した隊員が41歳の操縦幹部で、姓名
が公表された。

最新鋭の戦闘機パイロットが40代だったのは、自衛隊員の高齢化が進んで
いるからだ。

高齢化が、陸海空3自衛隊を蝕んでいる。

列国のジェット戦闘機のパイロットは、30代で引退するものだ。

若者が自衛隊に応募しないために、自衛隊は定員に満たず、陸上自衛隊を
とれば15万人の定員に対して、13万人しかいない。中隊長は旧軍では20代
か、30代だったが、陸上自衛隊では定年直前の48、9歳が、珍しくない。

高齢化は、深刻だ。3自衛隊を年齢の樹に見立てると、幹部(国際的呼称
では将校)、曹(下士官)、士(兵)のうち、曹ばかり異常に多いため
に、腹が突き出して、体を支えるべき脚が細い。

このために、自衛隊は応募の年限が28歳だったのを、昨年から32歳に引き
上げるかたわら、体重の制限も外した。

 それと並んで、防衛省は女性自衛官を増すことによって、補おうとして
いる。

 大手の保険会社が毎年行っている、青少年が憧れている職業の調査によ
ると、警察官は入っていても、自衛官が入ったことが一度もない。国民の
国防意識が弛緩しているのだ。

 私はF35戦闘機が洋上で遭難した直後に、三沢市の種市一正市長が搭
乗員の安否を気づかうことも、殉職に哀悼の意を表することもまったくな
く、陸地における墜落の危険のみを危惧して、飛行再開に反対したことに
唖然とした。

 これも、憲法に自衛隊が書き込まれていないからだ。

 もし、国軍であったとしたら、市長が国民の一人として、このような非
礼を働くことができただろうか。

 岩屋防衛大臣が、今回の訓練中の事故について陳謝したが、陳謝する必
要があったのだろうか。広報として必要であるならば、大臣ではなく、航
空幕僚長か、制服の幹部が行えばよいことだ。

 日本を取り巻く国際環境が厳しいものとなっている時に、自衛隊を鵺
(ぬえ)のような存在にしたままでいることは、許されない。鵺は伝説上の
正体不明の怪獣である。

 政府は「自衛隊は軍ではない」という詭弁を、いまだに改めないでいる
が、国民全員が自衛隊という呼称自体が欺瞞であることを、よく知ってい
よう。

 江戸時代に、禁酒を強いられていた僧侶が、般若場といって誤魔化し、
四つ足を食べてはならなかったので、猪を山鯨と呼んで、兎を鳥だという
ことにして、いまでも1羽2羽と数えるようなものだ。

 自衛隊の存在を認めたうえで、応援している国民の大多数が、「普通
科」(歩兵)「特科」(砲兵)「対地支援機」(攻撃機)「運用」(作
戦)をはじめとする、謎めいた“自衛隊特殊語”を、理解できないでいる。

 いうまでもないことだが、自衛隊と国民、軍と国民は一体でなければな
らない。

 一日も早く、継子(ままこ)となっている自衛隊を憲法に書き込み、国民
の実子にしなければならない。



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米中貿易戦争、高関税は序の口
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)5月19日(日曜日)
          通巻第6084号 
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 米中貿易戦争、高関税は序の口、これからが本番だ
  5G開発で後れを取った米国勢、日本はお呼びではなかった
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 ▲5G特許をめぐる競争は数年前から熾烈化していた。

ファーウェイ排除の前段階からの米中激突の経過を振り返ろう。

2018年春に習近平がトランプに直接電話をかけて、泣きついたとかの情報
があるほど、ZTE(中興通訊)へのインテルの半導体供給停止処分は衝
撃的かつ死活的だった。ZTEはインテルからの半導体供給が止まり、ド
ル箱だったスマホの組み立てが不可能になって倒産しかけたのだ。

ZTEはイランへの不正輸出がばれて、7年間の取引停止を言い渡された
ばかりだった。

トランプの次の手は中国への半導体製造装置の輸出禁止だった。

これで福建省晋華集成電路(JHICC)は、せっかく工場を新築したの
に、操業が不能となった。台湾から来ていた100人のエンジニアも路頭に
迷い、鳴り物入りの最新鋭工場は閑古鳥、まもなくペンペン草がはえるの
ではないか。

完全なるファーウェイ排除となれば、中国として生き残る道は部品の国内
生産しかない。半導体の自製化である。

日米はともかく、中国はスマホ、基地局の輸出先を欧州とアフリカならび
にミャンマーなどアジアの発展途上国の市場に置き換えている。東チモー
ルの山奥や、ミャンマーの辺疆へ行っても現地人がファーウェイを使って
いた光景を目撃したが、驚きである。

そのうえファーウェイは、最悪シナリオに備え、半年分の生産に必要な部
品をしずかに備蓄してきた。昨秋にぴたりと停まった日本への発注が突如
ぶり返していたのは、部品備蓄が目的だったのだ。

鴻海精密工業は董事長の郭台銘が次期台湾総統に立候補するなどと息巻い
たが、中国の主力工場から大量のレイオフをなし、インドなどへの工場移
転を発表した。また一部は台湾へ復帰するとした。

米中貿易戦争は凄まじい突風となって全中国に吹き荒れ、一部、共産党の
高官は「GDPの1%減となるだろう」と予測するが、1%ではなく、
10%の悪影響がすでにでている。中国の株式市場は暴落寸前で、5月5日
から17日までに深セン株式市場で7・5%の下落、上海株式市場で56%
の下落となった。

遅きに失したが、中国は半導体に自製化を本格的に稼働させる。なにしろ
インテルとクアルコムからファーウェイのみならず業界3位の小美(シャ
オメイ)も、廉価販売のOPPOも、半導体の供給を受けてきたのだか
ら、今後、生産が直撃弾を受けることになる。

習政権は、半導体内製化に発破をかけ、開発メーカーなどが赤字であって
も、株式市場から資金を調達しやすいように上場を急がせる方向にある。


 ▲5G特許の「出願件数」で中国は米国を抜いた

5G開発競争で、たしかに中国は「特許出願」の件数において世界最大で
ある。あくまで「出願」で、特許が「成立」した件数でないことを留意し
た上で、次の一覧を眺めてみよう。

5G必須特許出願の企業別シェアは、ドイツの「IPリッテクス社」の調
査に拠ると、

 ファーウェイ(中国)      15・05%
 ノキア (フィンランド)    13・92
 サムソン (韓国)       12・74
 LG (韓国)         12・34
 ZTE(中国)         11・70
 クアルコム(米国)        8・19
 エリクソン(スウエーデン)    7・93
 インテル(米国)         5・34

明らかに米国並びに北欧が劣勢にあり、中国の大手2社で34%強。世界の
3分の1を占める。日本企業と言えば、「まるでお呼びでない」。

 
ただし、中国勢の特許出願は基地局に関する技術が殆どである。だが、一
件優勢にみえる中国の5G開発には幾つかの深刻な問題点がある。

第一に「出願」と「成立」した特許とをよくよく吟味しなければならな
い。出願が多くとも、特許として認められるかは別の問題である。

第二に5G技術は4Gの上に成立するのである。つまり4G特許は圧倒的
に米国クラルコムが保有する上、5Gは、4G特許へのロイヤリティ支払
いを前提とする。だから中国はダミー(シンガポール籍のブロードコム)
を使って、クアルコムの買収に、史上空前の買収金額を示して乗っ取ろう
としたのだ。

土壇場でアメリカは、この中国が背後にいる野心的な買収案件に「国家安
全保障にかかわる」として拒絶するという行動に出た。
 
すでにオバマ政権時代から、中国の通信機器のスパイ行為、バックドアな
どの仕掛けによって情報が中国に筒抜けになっている「国家安全保障上の
脅威」は情報関係者から指摘されていたが、オバマ政権はなにも手を打た
なかったのだ。

米下院情報委員会は報告書を作成して「ファーウェイ、ZTEなどの通信
機器は中国のスパイ活動ならびにサイバー攻撃に悪用される可能性が高
い」と警告したため、ようやくオバマ大統領は2013年の米中首脳会談にお
いて「経済スパイ行為をしない」という合意をしたが、中国はこれをまっ
たく無視してきた。


 ▲クアルコムとアップルの特許訴訟、突如、和解へ

さらに重要な変化がアメリカで起きた。アップルとクアルコムは特許使用
料問題で深刻な特許裁判を展開していた。アップルがクアルコムの特許が
異常に高いと難詰し、合計270億ドルの訴訟を米国メーカー同士でいがみ
あい、このためアップルは5G製品の発表が出来ず、このまま行けば
ファーウェイ独走をゆるすことになる情勢にあった。

「アメリカ企業同士があらそっている場合か」と政府や議会、株主、メ
ディアから叩かれ、急転直下の和解。これでアップルの5G参入に目処が
立った。

米国企業が認識する中国の脅威とは、次期ハイテクで中国の後塵を拝する
ような事態が目前に迫り、焦燥がつのった背景がある。とくに習政権が
「2015 中国製造」を打ち上げたときに、アメリカは脅威を深刻に認識した。

2017年1月に発足したトランプ政権はホワイトハウスに特別対策室を設置
し、ハイテクに明るい専門家を急遽寄せ集めて、リストを作ってきたのだ。

当時、ホワイトハウスを訪問した加瀬英明氏から同年夏ごろに直接聞いた
のだが「技術の専門家のデスクがもの凄く増えている」。トランプ政権は
発足直後から、この問題に対応するチームを直轄してきたことになる。


 ▲世界の株式市場から時価総額250兆円が蒸発した

2019年5月10日、トランプ大統領は、追加関税増額措置(2000億ドル分の
中国製品に25%の高関税)を発表、続けて同月15日、ファーウェイへの部
品供給を事実上とめる「非常事態宣言」の大統領令に署名した。「中国」
と名指しはないが、だれが見ても中国製品の流入阻止が目的であることは
明瞭だ。

同時に米商務省は「ELリスト」を作成し、およそ68社をその対中禁輸リ
ストに挙げた。

このため株式市場は大混乱に陥った。世界すべての株式市場から時価総額
に直して、およそ250兆円が蒸発した

ファーウェイは世界68社から年間670億ドルにおよぶ部品を購入してき
た。日本からは村田製作所、東芝メモリィ、日本電産、ローム、
SONY、三菱電機など電子部品、カメラ11社、アメリカはインテル、ク
ラルコム、マイクロソフト、ブロードコムなど、じつに33社、そして台
湾と韓国からで、中国でファーウェイに部品を収めてきたのは京東方科技
集団、BYDなど25社に過ぎなかった。

むろん、米国企業をも直撃する。
 
トランプの支持基盤である中西部では穀物輸出の農家、穀物商社が輸出減
に悲鳴をあげた。サイロも、バージ船のターミナルも物流に混雑する風景
はなくなり、中国でもターミナル、コンテナヤード、倉庫に行き交う
フォークリフトの数が顕著に減少し、とくに倉庫スペースは空きが目立つ。

一度は米国復帰を宣言していたハーレー・ディビットソンは対中輸出が難
しくなるため、4月23日、ウィスコンシン州からタイへ工場移転を決めた。

半導体を供給し、中国で組み立ててきたスマホ、とりわけアップルのi
フォンは激甚な直撃を受け、米国内での販売価格は150ドルほど高くなった。

5月初旬の株価下落率でワースト銘柄は半導体のインテル(10・7%の暴
落)、化学材のデュポン(9・8%)、半導体のエヌビディア(7・
8%)、アップル(6・9%)、動画配信のネットフリックス(6・
2%)という具合だった。

アメリカも中国も高関税適用対象からライフラインのかかわる品目を外し
てきたが、とくに中国は豚肉、食料などの税率を据え置いた。報復で中国
が高関税をかけたのは、ガスなど米国以外の輸入代替国があるものに限ら
れた。

一方、米国も消費財(傘とか、スポーツシューズ、PC、スマホ)への関
税を据え置いてきたが、これらも第四次報復関税が発動すれば対象となる。

米中貿易戦争、まだまだ先の見通しが不透明だ。




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「生きている化石」の木
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      渡部 亮次郎

それは「メタセコイア」。東京都江東区の都立猿江恩賜公園近くに暮らすよ
うになって20年以上経つ。その公園を毎日の散歩コースにしいたのだが、
さすが昭和天皇から下賜された公園らしく、昭和天皇が好まれていたと言
う「生きた化石」の木「メタセコイア」を沢山植えて、都民の「謝意」を
表しているようだ。

まず、公園の入り口(新大橋通り側)に横並びにメタセコイアがそろって
6本植えられ、公園のシンボルとなっている。通りを挟んで向かい側は区
立江東公会堂(ティアラ江東)である。

私が散歩して居たのは「北部」地区。1周1・1キロ。3000歩である。その途
中に、メテセコイアが数十本植えられている。木場(きば)の材木置き場
を埋めたてて公園にしたのが昭和56年と言うから、既に34年、経っている。

メタセコイアはいずれも高さ30メートル近い大木に成長している。壮観だ。

メタセコイア。学名 Metasequoia glyptostroboides
和名 アケボノスギ(曙杉)イチイヒノキ 和名アケボノスギは、英名dawn
redwood(または、学名Metasequoia)を訳したもの(ただし、化石種と、
現生種を別種とする学説もある)。

葉はモミやネズに似て線のように細長く、長さは1〜3cm程度、幅は1,2mm
程度で、羽状に対生。秋に赤茶色に紅葉した後、落葉する。樹高は生長す
ると高さ25〜30m直径1.5mになる。

1939年に日本で常緑種のセコイアに似た、落葉種の植物遺体(化石の一
種)が発見された。発見者の三木茂博士により『メタセコイア』と命名さ
れ、1941年に学会へ発表された。

当初、「化石」として発見されたために絶滅した種とされていたが、1945
年に中国四川省磨刀渓村(現在は湖北省利川市)の「水杉(スイサ)」が
同種とされ、現存することが確認されたことから「生きている化石」と呼
ばれることが多い。

その後、1949年に国と皇室がそれぞれメタセコイアの挿し木と種子を譲り
受け、全国各地に植えられているのだそうだ。

英国の種苗会社などから、インターネットで種子が入手できる。タネは直
径2〜3mmの、淡黄色のおがくず状の物で、発芽率はあまり良くないが、日
本の気候にはよく合い、生育が早いので、栽培してみる価値は十分にある。

早めにタネを入手し、1月中旬か下旬に浅鉢、浅箱などに蒔き、タネが隠
れる程度に覆土し、乾かさないように管理する。櫻が咲く頃に、徐々に発
芽してくるので、数センチになったら3寸のポットに仮植えする。

秋には30cmくらいの苗に生育する。翌春発葉する前に、定植する。苗は一
年で1m近く生育し、最終的には30〜40mになるので、株間は7〜8mは必要で
ある。

冬のソナタ。メタセコイアの並木道が登場し、ドラマのファンからはシン
ボルの一つとして扱われる。

三木町―発見者・三木博士の出身地。博士の功績を記念し、メタセコイア
を町のシンボルとしている。三木町(みきちょう)は、香川県東部に位置
する町。高松市のベッドタウンとなっている。

また香川大学医学部ならびに農学部を擁する、三木キャンパスの学生街で
もある。9月下旬に行われる『獅子舞フェスタ』で知られる。

近年、香川県農業試験場にて開発された讃岐うどん用国産小麦・さぬきの
夢2000の試験栽培が開始され、同品種の名産地として脚光を浴びている。

この事はNHK総合のドキュメンタリー番組「プロジェクトX 挑戦者たち」
第149回(2004(平成16)年7月6日放映分)にて「さぬきうどん 至高のう
まさとは」というタイトルで紹介された。              
                                
2010・6・15執筆    
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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平戸ツツジ」は今が満開
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     毛馬 一三

大阪府寝屋市と大阪市を結ぶ旧淀川1級河川の城北川堤防の側道は、それ
に沿っていろんな樹木のある区域が設けられているため、その都度、季節
感を楽しめることが出来、気分が豊かになる。

植樹は、サクラやヤマモモ、菊、クスノキ、ツバキなど50種は超すようだ
が、両岸1?にわたって植えられている。季節ごとに散歩する人の気持ち
を盛り上げてくれる。

「平戸ツツジ」は今が満開で、緑の木の中から真っ赤な花が咲き誇り、目
線を奪う。背丈がこじんまりしていて、手入れが要らない。今年は寒気が
続いているためか、満開期も長持ちしているようだ。

ところで、私はNHK初任地が佐世保放送局だったため、平戸ツツジの原
産地の平戸には取材にも、旅行にもよく出かけた。

平戸は平戸島とその周辺を行政区域とする市で長崎県と九州本土の市とし
ては最西端に位置する都市。旧平戸藩松浦氏の城下町で、当時はまだ孤島
だったため、今のような大型橋梁はなく、遊覧船で渡った。海上から平戸
の高台に平戸城が見えて歴史の想いを募らせる一方、陸に上がった途端こ
の季節には、あちこちで平戸ツツジに囲まれた。

平戸商工会議所による平戸ツツジの説明によると

<平戸ツツジは、平戸原産の常緑のツツジで、平戸・松浦藩の武家屋敷に
て種々な原種の交雑により、400年以上の悠久の時を経て育まれた門外不
出の花でした。その大輪の花びらは世界一のツツジとも云われ、短い間で
はありますが満開の時期にはびっしりと美しく咲き誇り、見る人の目を大
いに楽しませてくれます。

その儚い生命の美しさを映そうと、摘み取った花びらを使って一枚一枚染
め上げたのが「平戸つつじ染め」です。

自然の花びら染めは1本1本の木から得られる色が全て異なるので、ひと
つとして同じ色はありません。また、上に咲く花と下に咲く花でも、染ま
る色は違ってきます。かけがえのない、その花の個性ひとつひとつを大切
に、絹や綿、和紙に映しました。>だという。

さて、平戸が全国に名を馳せているのは、この「平戸ツツジ」と併せて
「平戸の歴史」ということになる。

序でながら、平戸の歴史に触れておく。

<慶長5年(1600年)、日本の豊後国に漂着したオランダ船リーフデ号の
乗組員の一員であったイギリス人ウィリアム・アダムスは、徳川家康の信
頼を受けて江戸幕府の外交顧問となり、「三浦按針」の名を与えられるな
ど重用された。

慶長16年(1611年)、イギリス東インド会社はアダムスがイギリス本国に
送った書簡によって事情を知り、国王ジェームズ1世の許可を得て彼を仲
介人として「日本との通商関係」を結ぶ計画を立て、艦隊司令官ジョン・
セーリスを日本に派遣することとなった。

慶長18年5月4日(1613年6月11日/同6月21日)に、平戸に到着したセーリ
スは、アダムスの紹介を得て駿府城で徳川家康に拝謁して国王ジェームス
1世の国書を捧呈し、更に江戸城にて将軍徳川秀忠にも謁見。そしてアダ
ムスの工作が功を奏して、この年の9月1日(10月4日/10月14日)には、家
康によって「イギリスとの通商許可」が出された。

そこでセーリスは平戸で在留中国商人李旦から借り上げていた邸宅をイギ
リス商館とし、リチャード・コックスを商館長に任じて6人の部下を付
け、更にアダムスを商館員として採用して顧問とした。

商館は後に正式に買い上げられ、イギリス人商館員や日本人使用人も増員
された。商館員や使用人は平戸や江戸・京都・大坂・長崎などに派遣され
て貿易の仲介を行ったり、平戸を拠点に商船を東南アジア各地に派遣して
貿易業務を行った>。

こうして平戸は、我が国での最初の外国貿易の拠点となったのだ。

ところで、平戸を有名にさせているのは、キリスト教との関わりだ。

<平戸は、日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルが三
度にわたって布教に訪れた地であり、平戸島や生月島では多くの住民がカ
トリックの洗礼を受け、その後の江戸時代の禁教令下でも隠れキリシタン
として信仰を受け継いでいった人が多かった。

明治時代に禁教が解かれて、平戸でも宝亀、紐差などの教会が建てられ
た。聖フランシスコ・ザビエル記念教会のある平戸港周辺の市街地には、
もともとカトリックの信徒は少なかったが、近隣各地からの移転により信
徒が増えていった。

そして1931年(昭和6年)4月に現在の教会堂が建てられた。献堂40周年の
1971年(昭和46年)9月には、聖フランシスコ・ザビエルの像が聖堂のそ
ばに建立され、これに伴い「聖フランシスコ・ザビエル記念教会(あるい
は聖堂)」とも呼ばれるようになった>。

余談だが、平戸経由で五島列島の島を取材した時、ある家で「オランダ製
の火縄銃」と「隠れキリシタンの像」を見せて貰った。どちらも初めて見
るもので興奮した記憶がある。特に「隠れキリシタンの像」は、正面は仏
像だが、裏には「キリスト像」が設えてあった。

きっと、キリシタン禁教令下で仏教徒を装いながらも、実際は密かにキリ
シタン信仰を貫いていた江戸時代の隠れキリシタン徒の様子が浮かび上
がってくるような気がして、感動した。

話は、平戸の歴史になってしまったが、平戸ツツジに惹かれる中で、やは
り平戸の歴史が一度に蘇ってくる。平戸ツツジの美しさは、本当に歴史ま
で呼び起こし、心まで豊かにしてくれるものだ。
(了)
参考:ウィキペディア、平戸市  
        


            
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重 要 情 報
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◎上智大学で学んだ我が国と欧米の大学との相違点:前田正晶

22日朝もテレ朝の羽鳥慎一の時間でフォーダム大学における勉強がど
れほど大変であるかと採り上げて、私に言わせて貰えば、必要以上にその
厳しさをも強調していたのは確かにその通りだとは思った。だが、そこを
論じるのならば「我が国の大学と外国の大学との間には歴とした文化の違
いがあること」を先ず指摘して置かないことには、かの小室圭氏はその違
いを予測もせずにフォーダム大学の法科大学院に飛び込んでいったことに
なりはしないかと思って聞いていた。

私は小室氏の出身校であるICUの規律の厳しさがどのようなことかは寡聞
にして知らないが、彼はUCLAにも留学しておられたようだから、日本とア
メリカの間に存在する厳しさと細かさの違いは先刻ご承知で、あらためて
フォーダムに行かれたのだろうと考えている。テレ朝以外でもその勉強の
厳しさと大変さをしきりに採り上げていたが、私はその大変さは何フォー
ダム大学だけに限られた現象ではないと思っている。

昭和26年(1951年)4月にフォーダム大学と同じイエズス会の上智大学に
入学して先ず驚かされたことは「大学が定める規則を厳守する」ことだっ
た。「何だ、そんなことは当たり前じゃないか」と言われそうだが、告げ
られたことは「登校する際には制服・制帽を厳守」、「授業を年間の3分
の1以上欠席すると受験資格を失う。特に1〜2年時には必須科目を落とせ
ば原級留め置き」、「入学時に署名捺印した宣誓書に違反すれば退学もあ
り得る」、「校内は禁煙」等々で、その他に教授である神父たちが課され
る厳しい規範を守らねば授業に出席していても欠席扱いとされることが
あった。

ここまででも「あれ、当時の上智と自分の経験とは一寸違うのではないか」
と思われた方がおられれば良いのだ。だが、世間を知らなかった私と、か
なりの数の同級生たちの間では「この規則でがんじがらめに我々を小学校
よりも細かく縛るのは何だろう」と大いに驚かされていた。だが、厳しさ
はこんな程度ではなく、フォーダム大学では云々と報じられているよう
に、教授である神父様は教室にカートに分厚い(英語の)原書を積み上げ
て教務課に運び込ませて「これを来週までに読み終えて概要をレポートに
して提出せよ」等というとんでもない宿題を平然として命じられるのだった。

高校を終えたばかりの英語力では到底読み切れないこともあるのは当たり
前かも知れない。だからと言って読まずにレポートも提出しなければ、ア
メリカや欧州の考え方では「不参加」と看做してその週のレポートの成績
は「0点」と評価されてしまうのだ。即ち、二進法式思考体系の文化の中
では「提出した」か「提出しなかった」かが重要なのであると認識せねば
ならないのだ。少なくとも、途中まででも読んで何らかのレポートを提出
して、初めて教授による評価・採点の俎上に上がるというか対象になるの
である。

これは非常に厳しい文化の相違点で「参加しなければ失格」となるのがこ
の大学の規律というか基準であると気が付いてからは「兎に角、何らかの
結果を出さないことには落第が待っている」と必死になったものだった。
一度は幸運(不運にも)その分厚い原書の翻訳本を発見し、楽々と完璧だ
と自負するレポートを勿論英語で書いて提出した。ところが、採点は余り
芳しくなく神父様からは「良く出来たようだが、翻訳本を読んだことが明
白である。何故解ったかと言えば、主体となっている僧侶を表す単語が間
違っているから」と指摘されていた。

余談だが、ハーヴァードのビジネススクールの出身者である我が友YM氏は
「レポート等の宿題の量が余りにも膨大な時は仲間を集って、各自に読む
範囲を割り当てて提出の期限前に全員が結果を持ち寄って一本のレポート
に纏めてから提出するという裏技を使ったことすらあった」と回顧してい
た。こういう勉強を度重ねれば、英語の読解力と速読力がついてくるもの
であると今更ながら思う次第だ。

このような嘗ては「オリンピックは参加することに意義がある」と言われ
たように、アメリカの大学に学ぶ場合には「与えられた課題は必ずこなし
ておかねばならない」のが当然で重要である点が我が国との明確な違いで
あると思う。その他に違うと思わせられたことは「我が国の教育は教えら
れたことを如何に完全に自分のものに出来るか」という言わば受け身の姿
勢が優先されているが、「アメリカや欧州では教えられた事柄以外にも積
極的に学ぼう」というように能動的に勉強の範囲を広げていく姿勢が評価
されるようなのだ。

知人にUCLAでMBAを取得して博士課程にまで進んだエコノミストがいる
が、彼に言わせれば「我が国と教育の主義が違うので、いきなりアメリカ
の大学の大学院などに入っていくと、どうしても小学校からそういう能動
的に勉強する環境で育ってきた連中には敵わない事態が生じるのは止むを
得まい」と述懐していた。彼は更に「それだけに止まらず、英語力ではど
う頑張ってもnative speakerたちには及ばないというハンデイキャップも
ある」と認めていた。



私はテレビ局が小室氏の猛烈な勉強振りを採り上げて報道するのは良い
が、上記のよう諸々の文化的相違点にも触れておかないと、私には「アメ
リカの大学の勉強の仕方とさせ方が優れているが、一方の我が国で
は・・・」とでも言いたいのかと思える時が多々あるのだ。私はそういう
ことではなく、飽くまでも「文化の違い」が非常に解りやすく現れている
だけだとしか思えないのだが。

◎イエズス会の大学だった:前田正晶

21日は大雨に降り籠められて外出も叶わず、終日テレビを見て過ごさざ
るを得なかった。そのテレビも申し合わせたように朝から晩まで(言い過
ぎかも知れないが)かの小室圭さんがフォーダム大学のLL.M.コースの卒
業式に出たの出なかったのというニュースばかりだった。これまでに余り
この件に関心がなかったので注意していなかったが、そのニュースで「こ
れは迂闊だった」と反省した大発見(?)をしてしまった。それはフォー
ダム大学はカトリックのイエズス会(Society of Jesus)の大学だったと
いうこと。即ち、上智大学(Sophia University)のお仲間だったのだ。

私は小室圭さんがフォーダム大学の法科大学院(Law Schoolで良いと思う
が)に留学すると聞いた時に「何処かで聞いたことがある大学だ」という
程度の印象しかなかった。だが、21日のテレビのニュースの場面で卒業生
が壇上で卒業証書を貰う時に映し出された背景の横断幕に“Jesuit
University of New York”とあったので、漸く気が付いたという次第だ。
Jesuitは「イエズス会所属」とでも言えば良いと思う。「イヤー、迂闊
だった」と思わず反省したのだった。

イエズス会はカトリックの会の中では教育を担当していて、アメリかでは
河野外相の母校であるジョージタウン大学、ボストンカレッジ、シアトル
大学等の言わばIvy Leagueに次ぐ評価をされている(と思う)大学があ
る。上智大学もイエズス会系であるが、俗に言うミッションスクール
(missionary school)ではないのが特色だと思っている。

そこで、私が疑問に思ったことは「ICUと言うプロテスタントの大学を出
られた小室氏が、何故イエズス会系のフォーダム大学の法科大学院を選ば
れたのだろうか」という点だった。恥ずかしながら上智の卒業生である私
が不勉強にも「フォーダム大学とは何処かで聞いたことが」という程度の
思いしかなかったにも拘わらず、ICUの卒業生が良くフォーダムを選ばれ
たものだという意味だ。私は小室氏の今日までの行動を聞いていると「何
処かに彼の振付師がいて、働き場所や学校の選択を指導しているのではな
いのか」と思わずにはいられないのだ。

折角就職された銀行を辞めたのは兎も角、大学院には国立の一橋を選択さ
れたかと思えば、職業にパラリーガルを選ばれた後が、厳密にいえば
ICUとは対極をなしているかの如きイエズス会のフォーダム大学というの
は変わった選択だなと感じた次第だ。しかも、代理人とされている弁護士
の方は「彼は必ずしも弁護士になろうとしているのではない」と言われた
報じられているのも風変わりだとしか思えない。

マスコミというかテレビの報道の仕方にも一言いっておけば「フォーダ
ム大学の法科大学院での勉強が大変だというのは少し見当違いである。大
学という所は勉強しに行く機関であり、遊んでいる余裕などないのだ。特
に大学院ともなれば4年制の時よりも一層予習・復習を十分にせねばつい
ていけず、こなすべきレポートや宿題の量も、俗っぽくいえば半端じゃな
い」のである。それを何か小室氏が特別に膨大な時間を使い精力を傾けね
ばならない特殊な大学を選んだかのように言うのはおかしい。アメリカの
大学では我が国の教育とは異なる勉強の仕方になっているだけのことだ。

話を元に戻せば、私は迂闊にもフォーダム大学がイエズス会のものだっ
たと気が付かなかったとテレビのニュースで教えられたのは、大いに有り
難かったと思って寧ろ感謝している。そして、昭和20年代の上智大学での
勉強の経験(我が国のそれとは大いに異なる厳しさ)を思い出していた。
その違いを簡単に言えば「我が国では学校で教えられた(言われた)こと
に集中して勉強する形だが、アメリカ(欧州も)では教えられたこと以外
の範囲まで追及して手を広げていかないと評価の対象になりにくい」ので
ある。テレビ局も登場される専門家もこの文化の相違を方って欲しかった。

ところで、小室氏はここから先は何処を目指するのだろうか。真子様との
間を何時かは明確にされるのだろうかと思わせられてしまう。



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身 辺 雑 記
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23日の東京湾岸は、晴天。

隣の第三亀戸中学校では22日朝から芝生の校庭で運動会の練習。女生徒だ
けによるブラスバンドの練習もあり賑やかだった。

夜は向島の洋食屋「あきら」で義姉夫婦と一献。
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