政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針5041 号  2019・5・11(土)

2019/05/11



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わたなべ りや うじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5041号
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        2019(令和元年)年 5月11日(土)



              もし生きていれば30歳:宮崎正弘

            1秒でも早く政界引退を:渡部亮次郎

       皇族を冷遇する学習院の悪しき体質:櫻井よしこ

         今の大阪城は「太閤城」ではない:毛馬一三

                  
                      話 の 福 袋    
                       反     響
                      身 辺 雑 記



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もし生きていれば30歳
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
令和元年(2019)5月10日(金曜日)
        通巻第6071号 
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パンチェン・ラマ猊下、もし生きていれば30歳になられる
  ダライ・ラマ法王が抱くチベット仏教の深刻な存続危機
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それは1995年5月17 日の出来事だった。

ダライ・ラマ法王は、急死したパンチェン・ラマの後継としてパンチェ
ン・ラマ11世と指名した少年(当時6歳)がいた。
3日後に、家族もろとも忽然と消えた。

直後、中国共産党は別の少年を引っ張り出してきて、これが「正式のパン
チェン・ラマだ」と言い張った。以後、この「偽パンチェン」が各地に出
没して、チベット仏教徒に教えを垂れているが、だれも本物とは信じてい
ない。

いや、表向きはどこの公共施設や土産店、レストランなどでも、偽パン
チェンの写真が飾られ、どこにもダライ・ラマの写真はない。

学校では北京語が強要されており、若い世代は「親は喋ってますが、わ
たしたちはチベット語がわかりません」と平然としている。チベットは国
語も奪われたのだ。

しかし、裏路地へ、或いは住宅の中はどうかと言えば、ひそひそ話はチ
ベット語、ダライ・ラマ法王の写真はちゃんと飾られている。

チベット仏教は輪廻転生を信じており、ダライ・ラマ法王の後継者は、パ
ンチェン・ラマが指名し、パンチェン・ラマの後継者をダライ・ラマが指
名する。つまり中国共産党の傀儡=偽パンチェンが、あろうことか、次の
ダライ・ラマを指名すると手筈となる。

先代のパンチェン・ラマ10世は1989年にチベットのシガツェに滞在中、急
死をとげ、その死因は謎に包まれたままだ。

ダライ・ラマ猊下がインドへ亡命したのは1959年だった。

爾来、お互いの連絡は表面的には無かった。ダライ・ラマは亡命地ダレム
サレムで、チベット亡命政府をつくり、世界に散ったチベット仏教徒に深
甚な影響力を持つばかりか、世界の仏教界全体へも、発言力には強力な磁
性がある。

世界を今も行脚されており、とくに日本の仏教界はダライ・ラマ亡命政
府と非常に深い絆がある。

米国でも歴代大統領は訪米したダライ・ラマ猊下を、ホワイトハウスで温
かく迎えている。

日本政府は北京の顔色を見て、まだ首相との会見は実現していない。

「(本物の)パンチェン・ラマはどこにいる?」とBBCが特別番組を放送
し、またチベット亡命政府は六歳の時の少年の写真を手がかりにコン
ピュータで30歳になった本物の少年の想像の画像を配信し、米国政府系
「フリーアジア・ラジオ」も有名な画家に、想像されるパンチェン・ラマ
の似顔絵作成を依頼し、それを公表した。

     
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評BOOKREVIEW 
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トランプは文在寅との会見をたった2分で打ち切った。相手にしていない
のである。 

「韓国は、米朝いずれからも支持されない独り相撲を取っている」

  ♪
李相哲 vs 武藤正敏『「反日・親北」の韓国はや制裁対象!』(ワック)
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まず対談した2人の履歴に注目である。

武藤氏は元韓国大使。韓国政治の裏にまで精通している論客である。

李相哲氏は龍谷大学教授だが、黒竜江省生まれで、新聞記者として来日
後、上智大学で学び直し、朝鮮近代史と南北問題の専門家。日本国籍を取
得している。

トランプに無理矢理時間をとって貰ってワシントンに押しかけた文在
寅・韓国大統領は、わずか2分で会見を打ち切られても、それを外交的失
態とは認識できないようだ。世界の首脳に向かって平気で嘘をつく文在寅
大統領の頭の構造は、いったいどうなっているのか?

徴用工議論は、背後に「総会屋」のごとき反日組織があって、ナチスの
ユダヤ人差別に匹敵する日本人イジメを展開している。このまま放置する
と文在寅政権は東アジアの平和を破壊するだろうと2人は口を揃える。
 
わかりやすく言えば文在寅政権とは「共産党の志位委員長が首相になっ
た」ごときの「革命政権」である。(李相哲氏。79p)

徴用工への賠償問題にしても、今さら細密な調査は不可能であり、「日
本企業に対する個人の請求権は消滅しているけれど、個人の請求権そのも
のは消滅していないというならば、その請求権は、韓国政府に向けられる
べき」(武藤氏。53p)

李教授は、次を続ける。

「仮に国際司法裁判所にこの徴用工問題が提訴されたら、韓国裁判所の
トンデモ判決の矛盾が明るみになる」(中略)「国際司法裁判で敗訴したら
文在寅体制は崩壊する」。
 
そうなってほしいと望む良識派も韓国にはちゃんと存在している。

いずれ揺れ返しがあるだろうが、次期韓国大統領に有力は、元首相の黄
教安で、保守最大野党「自由韓国党」に入党し、代表となった。保守系の
核が出てきたとし、ふたりは黄教安氏の活躍に期待していることが分かる。

いずれにしても結論的なまとめを武藤氏が展開している。

「韓国は、米朝いずれからも支持されない独り相撲を取っているので
す。それは何故か。韓国の政権は現在の状況を客観的に分析せず、自分た
ちの一方的な思いで政策を立てているからです」

嘗て韓国の元大統領で自殺した盧武鉉大統領がワシントンへ行ってブッ
シュ・ジュニアと会い、一方的なはなしを我慢強きブッシュは聞いたが、
その後の共同記者会見でブッシュが切れた。

盧武鉉大統領をさして「この男」と言ってのけた場面を思い出す。
トランプは文在寅との会見をたった2分で打ち切った。相手にしていない
のである。文在寅大統領の耳には、弔鐘がなっているのが聞こえないのだ
ろうか?
             
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★読者の声 ★READERS‘ OPINIONS ★どくしゃのこ 
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  ♪
(読者の声1)5月の三島由紀夫研究会の公開講座は元『正論』編集長の
上島嘉郎氏です。

            記

日時 令和元年5月28日(火)18時半開演(18時開場)
会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館) JR・地下鉄「市ヶ谷」下車2分
演題 「三島由紀夫と西郷南洲」(仮題)
講師 上島嘉郎(かみじまよしろう)氏はジャーナリスト、元月刊「正
論」編集長
(講師略歴)昭和33年生。長野県出身。愛媛県立松山南高校卒。フリー
ランスを経て産経新聞社に入社。月刊「正論」編集長を歴任。現在はフ
リージャーナリストとして活躍中。
著書として『韓国に言うべきことをキッチリ言おう!−いわれなき対日非
難「サクサク反論ガイド」』(ワニプラス)、共著に『大東亜戦争「失敗
の本質」』(飛鳥新社)がある。

   ♪
(読者の声2)ペンタゴン「中国の軍事動向に関する年次報告書」
 米国防総省は5月3日、中国の軍事動向を分析した2019年の年次報告書を
連邦議会に提出した。以下のサイトに報告書全文。
 報告書
https://media.defense.gov/2019/May/02/2002127082/-1/-1/1/2019_CHINA_MILITARY_POWER_REPORT.pdf
シュライバー国防次官補によるブリーフィング
https://dod.defense.gov/News/Transcripts/Transcript-View/Article/1837011/assistant-secretary-of-defense-for-indo-pacific-security-affairs-schriver-press/source/GovDelivery/

国防総省の記事
https://dod.defense.gov/News/Article/Article/1836512/dod-official-details-continuing-chinese-military-buildup/


  ♪
(読者の声3)前号、女性宮家創出問題ですが、「土壇場がくれば超法規と
いう手段があるから」とおっしゃっていますが、調査によっては国民の
80%以上が「男女平等」などの観点から「女性宮家」に賛成するという
結果になっています。

こうした世論に、時の政権が阿る、という事態は考えられないでしょう
か。また加藤清隆さまのご指摘、私もそのとおりだと思います。先生は勘
違いされて筆が滑ってしまっただけかと存じます。(独村)


(宮崎正弘のコメント)小生は林房雄門下ですので、日本民族を信じると
いう信念でおります。すべては楽天主義で考えています。

世論とは衆愚政治の代表格みたいなもので気にする必要はありません。
松下村塾はわずか17人の塾生しかいませんでした。

   ♪
(読者の声4) 前回の投稿で、マルク主義の原理的誤りについて論じまし
たが、その続きとして、なぜ左翼が、科学的社会主義などと科学的を標榜
しながら、事実を無視したねつ造を堂々と行えるのか?

なぜ唯物論を標榜しながら、悪しき観念論の極致ともいえる独善主義でい
られるのか?

なぜヘーゲルの弁証法をバージョンアップした最新の科学的弁証法だと豪
語しながら、その内実は、羊頭狗肉の古い硬直した形式論理学的思考でし
かないのか?

つまり、欺瞞に満ちた詐欺的な主張でしかないのか、を論じてみたいと思
います。

というのは最近の左翼の言動を見ると、あまりにもその劣化ぶりが目に
余るものがあり、その原因としてすぐに思い浮かぶのは、そういう文化、
と云うより民度を持つお隣の国の直接・間接の浸透や、かつての日本人
だったら事実にないことを平気で云うことはできなかった、という嘆きの
証言が示すような、日本人自身の劣化、という要因などなどです。

たしかに、そういうことは存在するとは思いますが、何より一番の問題
は、マルクス主義自体に、そういう要素が厳然と存在することであり、そ
のマルクス主義が、決して立派なものではなく、むしろとても、いかがわ
しいものにすぎないのだ、という点にこそあると思います。

マルクスは、ヘーゲルの弁証法を唯物論的に改作した唯物弁証法が、
ヘーゲルの弁証法を超えた、最高の科学的弁証法だと豪語しています。
しかしこれは、人類を誑かす詐欺です。人類の歴史・人類の学問の歴史を
見ますと、弁証法は、まず観念論的な哲学によって<静止体の弁証法>
(これを消極的弁証法と呼ぶ先生もいます)として生まれました。これ
が、すなわちアリストテレスの「形而上学」です。その後の学問の歴
史、唯物論的な科学の誕生とその発展の歴史を踏まえて、ヘーゲルが、こ
の学問界において対立しながら発展している観念論哲学と唯物論の科学と
を見事に統一して、学問的な<運動体の弁証法>(積極的弁証法)を完成
したのです。ここから、ヘーゲルの学問的立場は、唯物論と観念論とを統
一した<絶対観念論>となるのです。

そういう学問として肝腎なことが、全く分かっていなかったマルクス
は、科学は、唯物論の立場に立って凄い成果を上げている。しかし、ヘー
ゲルは観念論の立場に立っている。これは学問的に誤りだから、ヘーゲル
の観念論的な部分を取り除けば、弁証法は科学的になるはずだと、観念論
を否定した「唯物弁証法」と名乗るようにしたのです。

しかし、これは当然のことながら、単なる呼称の変更に止まるものでは
ありませんでした。

その内容は、マルクスの意図とは裏腹に、ヘーゲルの弁証法を超えるどこ
ろか、皮肉なことに古い<静止体の弁証法>、すなわち彼らが盛んに揶揄
し、軽蔑していた「形而上学」への退化にしかならなかったのです。

これは必然性でした。なぜなら、対立物の一方を否定し消去することは、
運動性を否定することになりますので、硬直した形式論理学に堕してしま
うことは、当然の論理的帰結だからです。

ヘーゲルの学問的弁証法は、運動性・全体性の弁証法です。これに対し
て、科学は部分性です。

したがってマルクスの科学的弁証法は、学問性・全体性を否定した部分的
弁証法ですので、弁証法の本性を否定した絶対矛盾的自家撞着の弁証法と
なって、自分が否定した反対物への転化が、好むと好まざるとにかかわら
ず、必然化されてしまうものになってしまうのです。

ここが、マルクスのすべての誤りの出発点です。そしてその結果はどう
なったでしょうか?

弁証法は弁証法でなくなり、唯物論は、いつの間にかあれほど非難してい
た宗教的観念論に、自ら主体的に転化して独善主義に陥り、結果として科
学は、その原点・出発点として尊重すべき事実を、自分の都合で如何様に
も勝手に変容させてしまうほどに軽視され、真実などどうでも良くなって
いる始末なのです。(稲村正治)


  ♪
(読者の声5)ギャロップの4月下旬の世論調査の結果、トランプ大統領
は、米経済の改善が続けば支持率は50%を超える可能性があると予測して
いるようです。(JJセブン)


(宮崎正弘のコメント)リベラルなメディアの世論調査は作為的な質問が
ならぶ誘導型ですので、信用できませんがギャロップはある程度、まっと
うな実情を反映しているとおもいますね。



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1秒でも早く政界引退を
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      渡部 亮次郎

<鳩山首相「私腹を肥やしたわけではない」と辞任否定 元秘書起訴で会
見(12月24日18時10分配信 産経新聞)


鳩山由紀夫首相は24日、自らの資金管理団体「友愛政権懇話会」の偽装献
金問題で、東京地検特捜部が元公設秘書を在宅起訴するなど一連の処分を
行ったことを受け、東京・平河町のホテルで記者会見を行った。

首相は国民に謝罪しながらも首相辞任は否定、その上で実母からの12億6
千万円の資金提供を贈与と認め、平成14年に遡って修正申告し、贈与税約
6億円を納める考えを表明した。

偽装献金事件について「国民が疑問に思うのは当然だが、(秘書が献金処
理を)滞りなく処理していると任せていた」と説明。贈与についても「承
知してなかった」と繰り返した。

一方、首相は、過去に「秘書の行為の責任は議員の責任だ」などと発言し
てきたことについて「私は私腹を肥やしたり、不正な利得を得た思いは一
切ない」と釈明。>

<「努力だけは認めて」=政権3カ月で鳩山首相>(12月16日11時19分配
信 時事通信)。努力したのではなく、すべての難問を先送りしただけで
はないか。嬶を連れての派手な外遊を続けただけではないか。

<「すべてがまだ完ぺきとは言えないと思う。一生懸命努力していること
だけは認めていただきたい」。鳩山由紀夫首相は16日午前、政権発足3カ
月を迎えたことについて、記者団を前にこう訴えた。

米軍普天間飛行場移設問題や2010年度予算編成作業などの懸案に関し「閣
僚の中でいろいろと声が上がって、(首相の)指導力がどうだという話が
ある」と認め、「それは分かっているが、いずれ国民もこの答えが最適
だったと分かるときが来ると思う」。

重要課題の政策決定で足踏みが目立つことへの理解を求めた。> 

私が国内政治の取材現場を去って既に30年。したがって、現場の情景は全
く知らないが、鳩山由紀夫の馬鹿さ加減だけは、インターネットを通じて
よく分かる。

政治家になったのに、常識が無い。哲学が無い。困ったことがないから他
人の痛みが分からない。したがって戦略も戦術もない。努力を認めろと
いっても、見える努力は一つも無い。

母上から一と月に1500万円もの小遣いを貰っておいて、知らなかったとい
う。そんなことが世間に通用すると思っているから、宇宙人だといわれ
る。だが宇宙人は確認されていない。

それなのに宇宙人と、敢えて言われるのは、無形人といわれているのと同
じだ。まず悩みがない。有っても悩まないから、悩みが無いのと同じなのだ。

だから本人は努力したといっても、解決した案件は一つも無い。ああじゃ
ない、こうじゃないと、口から出任せを喋っているだけで、どうすれば解
決するか、考える事もできない。

多分、母親が元気なら、官邸に据えて、厄介を頼むところだろう。すべて
そうしてきたからだ。だが、いまや87歳ともなれば、面倒を見てもらうわ
けには行かないから、すべてが頓挫してしまったのである。

一方、月額1500万円の小遣いは何に使ったのか。あるいはブレインになる
人の買収、接待費に使ったのか。その割には碌なブレインがいない。使え
ない商社マンしかいない。左翼に凝り固まって有害だ。

アメリカとの同盟関係を可笑しくし、中国に叩頭外交を展開する事になっ
たのは、彼の誤れる哲学と偽情報に頼ったからである。「努力した」ので
はなく「壊し」に専念した100日だったのだ。

早く総辞職し、議員も辞めたほうがいい。それも1分でも1秒でも早い方
が日本のためだ。2009・12・24


    
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皇族を冷遇する学習院の悪しき体質
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          櫻井よしこ

元号は令和と改められ、新天皇が即位された。新天皇・新皇后両陛下はど
のような新しい時代を創られ、どのような天皇・皇后になろうとしてい
らっしゃるのか。

そう考えているとき、2001年3月出版のいささか古い本だが、『浩宮の感
情教育』(以下『感情教育』小坂部元秀、飛鳥新社)を勧められて読んだ。

天皇となられる方や皇族には、単に学習院卒業という学歴が求められてい
るわけではない。特別の心構え、帝王学を身につけているか否かが大事だ
といってよいだろう。果たして浩宮さまは親王時代にそのような教育を受
けられたのか、学習院とはどんな学びの場だったのか、その疑問への手掛
かりとして読んでみた。

著者の小坂部氏は1974年から97年まで学習院高等科に勤務し、76〜77年の
2年間、浩宮親王のクラスの主管(担任)を務めた。

同書の印象的な部分として学習院の父母会名簿に関する件りが序章にあ
る。30歳前後の高等科のOBが小坂部氏とざっと以下のように会話している。

「『今でも父母会名簿の一頁目には、皇室関係の在学者が並んでいるんで
すか。高等科生の中には、あのページを破り棄てていた者もありましたよ』

『ああ、相変らずですよ』と私は応えた。

『“御在学”も相変らずですか』

OBは投げ出すように問いを重ねた。

皇族については、たとえば浩宮だったら

『浩宮徳仁親王殿下 高等科第3学年御在学』と表記されていた。

『そうですよ』、私は力なくうなづ(ママ)いた」

皇族の在学者名が記された一頁目を破り捨てる。「御在学」という丁寧語
の使用に関して、小坂部氏は「そうですよ」と「力なくうなづ」く。皇室
への拒否感、嫌悪感を感じさせる件りである。

ソ連に配慮して

クラブ活動や学級活動に関連して小坂部氏はこう書いている。

「学級活動だって、彼(浩宮親王)の存在によって、目にみえる、あるい
は目にみえない制約を蒙ることになる。それらは浩宮自身にとってもまた
他のクラスメートにとっても、決して好ましいことではない」

将来の天皇が同じ空間に存在することによって自ずと生まれる緊張感は、
確かに制約となる面もあるだろう。だがそれは、生徒や教師にとって緊張
を強いるものではあっても得がたい環境として前向きの評価も出来るはず
だ。しかし、氏はこう続ける。

「それ(制約)は簡単に言えば、浩宮という存在が所与のものとして持つ
特権性によるものだった。しかもその特権性は、人間浩宮にとっては、プ
ラスにもマイナスにも働くもので、敢て言えばよりマイナスに働くものだ
と、私は思いこみはじめていた」

天皇・皇太子・親王を含む方々には特権もあるが、反対に、国民全般が当
然のものとする権利はない。職業選択の自由や政治的発言の自由はないの
である。「所与の特権」という斬り方が適切なのか。それが「人間浩宮に
とって」マイナスだと一方的に解釈できるのか。疑問である。

小坂部氏の評価からは、担任教師としての愛情や生徒に真剣に向き合って
育てようという気迫が感じられない。遊泳実習についても同様だ。学習院
高等科の生徒はグループ毎に1キロから5キロを泳ぎ切るそうだが、小坂部
氏はこう書いている。

「浩宮がこの夏どの程度の泳力だったか覚えていない。それはこの時私は
主管でもなかったためだが、おそらく特に優れても劣ってもいない、中程
度だったのだろう」

中等科の「卒業文集」で浩宮親王に触れた文章が一篇しかなかった件につ
いても小坂部氏は、「浩宮の過不足のなさ」「地味な持ち味」「特権性を
剥がせばその個性をどうとらえていいか判らず、そもそも最初から書くべ
き対象としての迫力を持っていなかったということだろう」と、突き放し
た無関心とでも言うべき評価である。ここにも、担任教師としての愛情
を、私は感じとれない。

今上陛下は敗戦によって、選りに選ってバイニング夫人という米国婦人を
家庭教師につけられた。それでも学習院ではご学友がいらした。浩宮親王
には、特別なご学友は存在しなかったらしいことが本書から読みとれる。
帝王学を教える人材もいない。これでどのようにして国民を統合する存在
に成長できるのか、学習院の存在意義が薄れるのも当然だ。

小坂部氏は『感情教育』の終章近くで「天皇と天皇制」をめぐる論議の
内、氏が最も興味を抱いている文学者の発言や文章を列挙した。その筆頭
が東京帝国大学総長で、ソ連に配慮して全面講和を主張した南原繁であ
る。南原が昭和21年12月に貴族院本会議で行った演説を、「天皇の『人間
宣言』と新憲法の公布をめぐっての」「記念碑的な演説」と持ち上げている。

冷淡と言うべき視線

南原の演説はその同じ年の1月1日に、昭和天皇が出された詔勅に関して
だ。昭和天皇は後に同詔勅で国民に伝えたかったのは、メディアが報じた
「人間宣言」という要素よりも、民主主義や自由などの善き価値観は敗戦
によって外国から教えられたと国民は思い始めているが、そうした精神は
ずっと前から日本国に根づいていて、明治天皇が発布した五箇条の御誓文
がそれであるとの主旨を語っている。南原の主張が記念碑的な立派なもの
だという評価はどう考えてもおかしい。

小坂部氏はまた、中野重治の小説『五勺の酒』は「恥ずべき天皇制の頽廃
から天皇を革命的に解放すること、そのことなしにどこに半封建性からの
国民の革命的解放があるのだろう」という発想につながると特記している。

詩人の三好達治の『天皇をめぐる人々』からは次の部分を説得力のある記
述として抽出している。

「所詮は天皇陛下なんかはどうでもいいので、天皇制が現在あるが如くに
未来永遠に存続しようと、神さまが人間に転籍なさつたお布令は出たがそ
の実際がどうであらうと将来どのように逆戻りをしようと、しまいと、一
切まづ問題に関心がない、といふのがこの国の文壇人―といふ特殊な人種
一般の心底であらう」

小坂部氏の想いが那辺にあるかが明らかになるが、氏は「あとがき」でも
書いている。「学習院高等科で浩宮のクラス担任となった時」「〈天皇
家〉という存在に、一種の異和感を抱いていた」と。

帝王学どころか、天皇陛下や皇室などどうでもいいという価値観への共鳴
が先に立つ。このように冷淡と言うべき視線の中で、間もなく即位なさる
皇太子殿下は学ばなければならなかった。非常に気の毒なことだと感じざ
るを得ない。国民全体のあたたかい気持ちで支えずして、皇室が存続する
はずはないだろう。
『週刊新潮』 2019年5月2日・9日号 日本ルネッサンス 第845回



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今の大阪城は「太閤城」ではない
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       毛馬 一三

国の特別史跡に指定されている大阪城が、実は「太閤秀吉築城の大阪城」
ではなく、総てが「徳川大阪城」だと知る人は、意外に少ない。

では秀吉が、織田信長から引継ぎ築城した元々の「大阪城」は一体どこに
姿を消したのか。

「聳える天守閣は昭和初期に再建され、城の堀は徳川方によって埋められ
たことは承知していたが、だからと言って秀吉大阪城の城跡が些かも無い
とは全く知らなかった」という人が多い。大阪城へ朝散歩する人々から異
口同音に同様の返事が返ってくる。


天満橋から大手前、森の宮、新鴨野橋と城郭を一周する道筋を車で回る
と、「大阪城の高い石垣と深い堀」が、雨滴の葉が陽光を跳ね返す樹林の
間からと、大きく広がり、歴史の威容を誇らしげに見せ付ける。特に大手
前周辺の高さ32mもある幾重もの「反りの石垣」には、当時の石垣構築技
術の進歩の姿を覗かせる。

大阪夏の陣で豊臣家を滅亡させた徳川家康は、同戦いの2年後(1616)死
ぬが、家康遺命を受けた秀忠が、元和6年(1620)から寛永6年(1629)ま
での10年3期にわたり大阪城を大改築する。

その時徳川の威令を示すために、「太閤大阪城」の二の丸、三の丸を壊
し、その上、総ての「堀」を埋め、「石垣」は地下に埋め尽して、「豊臣
の痕跡」を意図的にことごとく消し去った。

では「太閤大阪城」は、地下に眠ったままなのか。

「大阪城石垣群シンポジウム実行委員会」の論文をみると、そこに「太閤
大阪城」が地下に埋められたままになっていた遺跡の一部を発掘した調査
記録が、下記のように書かれている。

<地下に埋蔵された「太閤大阪城」の石垣を最初に見つけたのは、大阪城
総合学術調査の一環として大阪城本丸広場で行われたボーリング調査だっ
た。昭和34年(1959)のことである。天守閣跡の南西にあたる地下8m か
ら「石垣」が見つかったのだ。

4m以上も積まれた石垣で、花崗岩だけでなく、様々な石を積み上げた
「野面積み」だった。「野面積み」は、石の大小に規格がなく、積み方に
も一定の法則が認められないもの。当時城郭作りの先駆者だった織田信長
が手掛けた安土城の「野面積み」工法と同じだったことから、秀吉がその
工法を導入して築いた「石垣」と断定された。

それから25年後の昭和61年(1986)になって、再び天守閣跡の南東部の地
表1mの深さから地下7mまで、高さ6mの「石垣」が発見されている。

この石垣も「野面積み」だったうえ、その周辺で17世紀初頭の中国製の陶
磁器が火災に遭って粉々の状態で見つかったことから、大阪夏の陣で被災
した「太閤城」の「石垣」であると断定される2回目の発見となったので
ある。

両「石垣」の発見場所の位置と構造を頼りに、残された絵図と照合してい
くと、この「石垣」は本丸の中で最も重要な天守や、秀吉の家族が居住し
ていた奥御殿のある「詰め丸」と呼ばれる曲輪(くるわ)の南東角にあた
ることが明らかになったのである。

地下に消えた「石垣」は、切り石が少なく、自然石や転用石を沢山積み上
げたもので、傾斜が比較的ゆるい、「徳川城」とは異なる「反り」の無い
直線だった>。

第3の発見は偶然が幸いした。現在の「大阪城・西外堀」の外側の大阪城
北西で、大阪府立女性総合センター建設の際の発掘調査で、地下から長さ
25m に亘る「太閤大阪城の石垣」が出現したのだ。同石垣は、いま同セ
ンターの北の道沿いに移築復元されている。

「大阪城の石垣」の痕跡も、堀の外側にある学校法人追手門学院大手前セ
ンターの校庭で見つかり、保存されている。

何よりもこの発掘の価値が大きかったのは、今の大阪城郭から離れた外側
の場所から「石垣」が現れたことだ。それは「徳川城」よりも「太閤城」
の方が遥かに規模の大きかったことの証であり、今後の調査で城郭外から
新たな「太閤大阪城」が出現する可能性を引き出したことだった。

地下に眠る遺跡の発掘調査は、エジプトやイタリアなど文明発祥地でブー
ムになっているが、現在進められている大阪市の大阪城発掘調査で、「天
下の台所」の基礎を築いた「太閤大阪城」の遺跡が、今の城郭外から見付
かることを大いに期待したい。


その全景はあくまで「徳川城」の遺跡であって、「太閤大阪城」でないと
思うと、寂しさがこころの中を翳める。

  
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重 要 情 報
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◎USTR代表と国務長官が:前田正晶

私は習近平というか中国が一帯一路(One Belt and One Road 
Initiativeと言うようだが)、AIIB、アフリカの貧困国家への高利の貸し
付けと取り立て、南沙諸島等の海域の埋め立てと軍事基地化、華為等を
使って不正に情報を収集する法律の推進、太平洋への進出(我が国を属国
化するという野望を含めて)を強引に推し進める以上、アメリカとトラン
プ大統領には中国を可能な限り叩いておいて頂きたいと願っている。あら
ためて申し上げておけば、中国からの輸入品への関税の賦課はその中国叩
きの一部であるという認識である。

だが、その対中国の貿易赤字削減作戦の他には、選挙公約の一項目だっ
た「我が国による貿易赤字削減」も入っているし、トランプ大統領自身が
今月の来日時にはTAG(FTAと同じこと)の話し合いを終えようと表明され
ているのだ。

このことに私は、長い間のアメリカの会社の一員として対日輸出に励んで
きた者として不安感を抱くのである。その理由はポンペオ(R.M.Pompeo)
国務長官、ライトハイザー(Lighthizer)USTR代表共に弁護士であって、
海外でのビジネスに携わった経験をお持ちでないことである。特にポンペ
オ長官に至ってはハーバードの法科大学院に進まれる前の学歴は陸軍士官
学校である。

私は在職中にM社とW社で海外貿易担当の管理職に仕えたこともあれば出
会ったこともあった。在日のアメリカのメーカーの代表者や担当者と語り
合えるチャンスもあった。また直接・間接にアメリカの海外事情に精通さ
れた(とされている)方々とも交流の機会があった。そういう方々の日本
という国とアメリカとは違いすぎる文化についての認識が「流石」と感心
させられた場合と「その程度の浅薄な認識で善くぞ日本担当をやっている
な」と不安にさせられたことも多々あった。

ズバリ言えば、このアメリカの対外交渉と通商交渉の責任者であるお二方
がどれほど我が国の事情を把握して事に当たっておられるのかということ
だ。私が常に例に挙げてきた1990年代のUSTR代表のカーラ・ヒルズ大使は
「アメリカの労働力の質の低さが対日輸出が振るわない大いなる原因であ
る」と公開の席で発言された。1994年7月のことだった。私に言わせて貰
えば「そこまでお解りならば、何故手をお打ちにならないのですか」とな
るが、これは一朝一夕には改善できる問題ではないのが、アメリカが抱え
る障害物なのだ。

別な懸念材料を挙げれば、2002年3月に(私が勝手に訳せば)アメリカ大
統領の経済問題諮問会議・会長であるRGH氏の「日本の経済発展を阻む材
料」という講演を聴く機会があった。私をこの講演会に誘って下さった北
欧の代表的多国籍企業の日本法人副社長のHK氏と終了後に語り合ったこと
はと言えば「この程度の底の浅い日本とその経済の認識でアメリかではそ
の分野のエキスパートで通用するのか」だった。

私はこれまでに何度か機会があれば「内側から見たアメリカ」を語って
来た。即ち、何度も述べてきたことで、アメリカの大手の対日輸出企業の
一員として「彼らの思想信条、哲学、文化、手法に基づいて」働いてきた
のである。即ち、偶然ではあったが、幸運にも駐在されたりIvy League
級の大学に留学されても経験乃至は見聞できないような、「アメリカのビ
ジネスの進め方」を22年半も彼らの仲間として経験してきたのである。

アメリカの大手メーカーの輸出担当の管理職にも「国内市場も輸出も分
け隔てなく同じアメリカ式の手法で推していく人もいれば、私が生涯最高
の上司と呼ぶ副社長兼事業部長は社内でも(変な言い方だが)「日本人殺
し」と渾名されたほど日本市場を深く理解し、日本人の心理を読み切って
仕事を推し進めていた者もいた」なのだ。また、ある意味で最大の
competitorの日本支社・社長だった日系人の某氏は「日本支社が果たすべ
き役割とは」を実に良く理解されていた。こういう存在は私に言わせて貰
えば「珍しい」方に入るのだ。

そこで、ポンペオ長官とライトハイザー代表は着任後未だ1年も経ってい
ないと思うが、そこまでの間にアメリカと海外の諸国との間にはビジネス
の面と文化の点で違いがあるのかと、それ以上に重要な「何故アメリカ製
品が国際競争力というか輸出市場では劣勢なのか」をカーラ・ヒルズ大使
ほどに承知しておられるのかという点である。しかも、私の経験からも言
えることは「アメリカの質に問題がある労働力というかworking classこ
そが、トランプ大統領の最大の支持基盤なのである。ポンペオ長官の言動
は私には「これを言うことでしなう物はない」式な「上から目線」に見え
るのだが。

私が懸念することは、彼らお二方がトランプ大統領に向かって「貴方の支
持層の意識を改革して労働力の質を高め、国際競争能力を高めることこそ
がアメリカの輸出能力を増進し貿易赤字削減にも大きく貢献するのです」
進言するかという点だ。既に指摘したことで、「アメリカに対する輸出を
減らせ(例えば我が国からの車の輸出量を規制する)と言いたいのであれ
ば、輸出の能力を高めることに着手して欲しい」のである。輸出を増やす
為には「日本支社乃至は事務所に日本市場を熟知した適材を雇用し、拡販
体制を整える」べきなのである。

日本支社乃至は事務所を論じればキリがないと思うので別な機会に譲りた
い。だが、一つだけ挙げておくと「適材は他社から勧誘するか引き抜きに
なるが、そういう有為な人財を日本の会社が容易くに手放すか」という問
題にもぶつかるのだ。私が知る限りのアメリカの日本の組織が犯した過ち
は「英語が上手い者は優秀な人材である」という誤認識だった。

参考資料:Wikipedia



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身 辺 雑 記
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11 日の東京湾岸は薄曇り。
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