政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針5015 号  2019・4・15(月)

2019/04/15

          

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わたなべ りや うじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」5015号
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        2019(平成31)年 4月15日(月)



            「バノン砲」が炸裂。:宮崎正弘 

           「君が代」完成記念日:渡部亮次郎

    私たちは「日本」を守り続けられるか:櫻井よしこ        
      
                     話 の 福 袋
                     反     響
                    身 辺 雑 記



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「バノン砲」が炸裂。
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成31年(2019)4月11日(木曜日)
        通巻第6040号 
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「バノン砲」が炸裂。「まだ中国を助けるアメリか企業」を名指しで非難
マッキンゼー、ゴールドマンサックス、ブーズ・アレン・ハミルトンほか。
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 米国の禿鷹ファンドが中国の不良債権を買い集めてファンド化してい
る。強欲資本主義の典型だが、嘗て日本でも暴れまくり、大儲けした。
フェイスブック、アップルなどはまだ中国に未練がある。巨大な市場が魅
力的に見えるからだ。

 だがFAGAと言われるIT、AI、ビッグデータ産業の覇者らも、国
内の反中国ムードには対処できず、とりわけファーウェイ排除の強い動き
に伴って、中国への進出を縮小もしくは部門撤退にはいった。
 なにしろ最大の投資家でリベラル論客の代表でもあるジョージ・ソロス
が「西側にとって習近平は最悪の敵だ」と発言しているのだから。

 米国に渦巻くのは中国への露骨な敵対姿勢であり、メディア、学者から
政治家、それも共和党より民主党の面々が、激しく中国の不正を攻撃して
いる。
議会の中心は人権批判では民主党だが、外交、安全保障、次世代テクノロ
ジー保護を優先するのが共和党のテッド・クルーズとマリオ・ルビオ上院
議員である。ふたりとも大統領予備選ではトランプと戦った。

これらにニュート・キングリッチ(元下院議長。共和党の大物議員だった)
らを加えて、対中タカ派がずらりと揃うコーカスが「いまそこにある危
機」委員会である。
4月9日に講師に招かれたのは、かのスティーブバノン(前大統領戦略補
佐官)であった。

「バノン砲」が炸裂した。
「マッキンゼーもゴールドマンサックスも、ブーズ・アレン・ハミルトン
も、(中国に進出して不正申告に気付きながらも告発しない」会計監査事
務所や法律顧問たちは、国民と奴隷化している中国共産党に協力すること
でアメリカの国益を売っているのだ」。
中国に協力的な企業はあたかも売国奴だというようなニュアンスである。

名指しされた企業は慌てふためき、弱々しい反論をしたところもあるが、
多くは沈黙した。
ただし例外はコンサルティング会社大手の「ブーズ・アレン・ハミルト
ン」で、「われわれは中国とはビジネス関係がない」と否定する一幕も
あった。たしかに同社はマッキンゼーやボストングループを並ぶが、経営
戦略と技術のコンサルティングが主であり、世界各地に2万人弱の社員を
抱えるものの中国には支店がない。

「いま中国の次世代技術開発に歯止めを掛けなれば、米国はやがて中国の
風下に位置することになる。多くの自由な国民国家の大事な価値観が、国
民を奴隷としている中国共産党のルールにしたがい、現行の国際秩序が破
壊される」

バノン砲の要の言葉は次のフレーズである。
「ソ連を軍拡競争で打ち負かしたように、いま米国が中国に対して行うべ
きことを断行しなければならない。さもかなくば百年後に、米国がそんな
ことを言っていたなぁという時代を迎えるだろう」。
      
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 アメリカの中国「一帯一路」の評価についての報告書
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中国の「一帯一路」に関して「新アメリカ安全保障センター」(CNAS)の報
告書が出た。
「中国の一帯一路の評価に関する報告書」
Grading China’s Belt and Road、Center for a New American Security
(CNAS)
https://s3.amazonaws.com/files.cnas.org/CNAS+Report_China+Belt+and+Road_final.pdf

概要 Executive Summary
https://marketing.cnas.org/t/d-l-pgidty-jjjyurjiid-y/
報告書に関する米国務省の記事
https://share.america.gov/study-warns-against-chinese-belt-and-road-investment/
  
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★読者の声 ★READERS‘ OPINIONS ★どくしゃのこえ
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(読者の声1)4月9日の番組「フロント・ジャパン」で宮崎さんと福島
香織さん」との掛け合い「中国論」は極めつきに面白かったです。
 https://www.youtube.com/watch?v=npQ1vu25P08

 とくにトヨタのHV特許無料開放を宮崎さんが「革命的大事件」とされ
て解説され、とてもわかりやすく得心がいきました。
 併行して先生の『余命半年の中国・韓国経済』(ビジネス社)を読んでお
りましたので、いっそう理解が深まりました。
私も何回か中国へ行って、廃墟のようなビル群を目撃しておりますので、
「余命半年」という期限付きの予言的な本かと誤解しがちではあります
が、中国と韓国の脆弱さと鋭く衝かれていると思いました。
   (HH子、草加市)


(宮崎正弘のコメント)拙著『余命半年の中国・韓国経済』の擱筆後に、
トヨタのHV特許開放のニュースが飛びこんできたため、この本では詳し
く触れられませんでした。このため、急遽、番組で解説したのです。

  ♪
(読者の声2)  高橋洋一なる人物の「大阪都論」が軽薄で現行地方自治
制度を十分に理解した上でのものではないことを指摘してきたが、とにか
く、この論者の主張は、まったく浅薄としか言いようがない。この程度の
無内容な主張が大真面目に展開されていることに、呆れるとともに、怒り
を感じている。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/63365?page=4
 例えば、前回の投稿でも指摘したように、高橋氏は「大阪なら現状は松
井知事と吉村市長の2人で一人前だが、東京なら小池都知事1人で十分
だ。それをわざわざ、東京を『船頭多くして船山に上る』にするはずがな
いし、その必要もないのだ。」(高橋氏)などと述べるが、この部分な
ど、普通地方公共団体が広域自治体と基礎自治体から成るという現行地方
自治制を全く無視する暴論でしかない。
 東京都の現行制度では、特別区が、完全な(市と同等の)基礎的公共団
体としての地位が認められていないため、これらの特別区を「市」にしよ
うという主張、動きがなされているはずである。
 世田谷区など、人口規模から言えば、政令指定都市並みのものとなって
おり、これを政令指定都市にしようなどという意見さえも見られるほどで
ある。
 通常、「区」という組織体は、英語では「Ward」と称されているが、例
えば、中央区など、「Chuo City 」と称して、形式的にも実体的にも基礎
自治体に進もうとしているのであり、これは「分権化」という方向性に
沿った当然の動きであろう。高橋氏は、こうした動きを『船頭多くして船
山に上る』ものと考えるのだろうか。まったく支離滅裂な主張としか思え
ない。
 大阪市は、その夜間人口において横浜市に追い抜かれて久しいが、その
大阪市を上回る人口を擁する横浜市が属する神奈川県では、県内に、横浜
市のほか、川崎市、相模原市と三つもの政令指定都市をかかえている。こ
れこそ、『船頭多くして船山に上る』とも言える現状だと思うのだが、高
橋氏は、神奈川県においても、県知事一人で十分だと主張するのであろうか。
 なお、私は、周辺自治体を含む大阪府全体の組織を統合一体化して、広
域行政と基礎的行政を区分していくという構想ならその意義を認めるし、
さらに、近畿を一体的、広域的に管理するブロック単位の広域体と基礎自
治体の二層構造にしていくというような構想なら大いに賛成したい。近畿
地方は、いわゆる「道州制」に最もなじむ地域ではないか。
 現行の「大阪市解体案」では、メリットがほとんど認められず、デメ
リットが大きすぎる、そこに将来的展望、未来構想が認められない、と主
張しているのである。このような無内容な愚案が大真面目に議論されてい
る現状に、そこに大阪の衰退を感じざるを得ず、大阪市立小学校・中学校
で初等教育を受け、大阪を愛する人間として哀しくなってくる。
(椿本祐弘)
 
  ♪
(読者の声3) いつも貴重な情報をお聞かせいただきありがとうございます。

さて、F35Aが訓練中に墜落したとのことですが、真相はどのようにお考え
でしょうか?
4機のF35Aのうち、1機が墜落したとすれば、機体の25%が、何らか潜在
的な問題を抱えると解釈できると思います。宮崎先生のお考えはいかがで
しょうか?(東京大島)


(宮崎正弘のコメント)この分野は専門外ですので、軍事評論家の潮匡人
氏、鍛冶俊樹氏あたりが適任かと存じます。



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「君が代」完成記念日
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     渡部 亮次郎

国歌「君が代」は1999(平成11)年に国旗及び国歌に関する法律で公認さ
れる以前の明治時代から国歌として扱われてきた。

この曲は、平安時代に詠まれた和歌を基にした歌詞に、明治時代になって
イギリス歩兵隊の軍楽長ジョン・ウィリアム・フェントンが薩摩琵琶歌
「蓬莱山」から採って作曲を試みたが海軍に不評。

海軍から「天皇を祝うに相応しい楽曲を」と委嘱された宮内省が雅楽課の
林廣守の旋律を採用(曲はイギリスの古い賛美歌から採られた)。

これにドイツ人音楽教師エッケルトが和声をつけて編曲。1880(明治13)
年10月25日に海軍軍楽稽古場で試演された。だから10月25日が「君が代」
完成記念日とされている。

明治2(1869)年に当時薩摩藩兵の将校だった大山巌(後の日本陸軍元帥)
により、国歌あるいは儀礼音楽を設けるべきと言うフェトンの進言をいれ
て、大山の愛唱歌の歌詞の中から採用された。

当時日本の近代化のほとんどは当時世界一の大帝国だったイギリスを模範
に行っていたため、歌詞もイギリスの国歌を手本に選んだとも言われている。

九州王朝の春の祭礼の歌説というものがあり、説得力はある。九州王朝説
を唱えるのは古田武彦氏で、次のように断定している。

<「君が代」の元歌は、「わが君は千代に八千代にさざれ石の、いわおと
なりてこけのむすまで・・・」と詠われる福岡県の志賀島の志賀海神社の
春の祭礼の歌である。

「君が代」の真の誕生地は、糸島・博多湾岸であり、ここで『わがきみ』
と呼ばれているのは、天皇家ではなく、筑紫の君(九州王朝の君主)である。

この事実を知っていたからこそ、紀貫之は敢えてこれを 隠し、「題知ら
ず」「読人知らず」の形での掲載した>

文部省(現在の文部科学省)が編集した『小学唱歌集初編』(明治
21(1881)年発行)に掲載されている歌詞は、現在のものよりも長く、幻
と言われる2番が存在する。

「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで うごきな
く常盤かきはにかぎりもあらじ」

「君が代は千尋の底のさざれ石の鵜のゐる磯とあらはるゝまで かぎりな
き御世の栄をほぎたてまつる」

後半の「さざれ石の巌となりて」は、砂や石が固まって岩が生じるという
考え方と、それを裏付けるかのような細石の存在が知られるようになった
『古今和歌集』編纂当時の知識を反映している。

明治36(1903)年にドイツで行われた「世界国歌コンクール」で、『君が
代』は1等を受賞した。

後は専ら国歌として知られるようになった『君が代』だが、それまでの賀
歌としての位置付けや、天皇が「國ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬」していた
(明治憲法による)という時代背景から、戦前にはごく自然な国家平安の
歌として親しまれていた。

敗戦で事情は全く変わった。日本国衰退を目指すアメリカ占領軍は。それ
まで聖職者とされてきた教職員に労働者に成り下がって権力に抵抗させる
べく日教組を結成させた。

占領した沖縄では国旗の掲揚と君が代の斉唱を禁止したことでも明確なよ
うに、マッカーサーの本心は日の丸掲揚と君が代斉唱に反対であった。日
本国民が一致団結、再度、アメリカに挑戦することを恐れたのである。

それを組合の統一闘争精神に掲げたのが日教組なのである。いつの間にか
天皇を尊敬する事とか君が代を歌うことが戦争に繋がると論理を摩り替え
て、正論を吐く校長を自殺に追い込んだといわれても反論できないような
状況を招いたのである。

君が代支持の世論を背景に平成8年(1996年)頃から、教育現場で、当時
の文部省の指導により、日章旗(日の丸)の掲揚と同時に『君が代』の斉
唱の通達が強化される。

日本教職員組合(日教組)などの反対派は憲法が保障する思想・良心の自
由に反するとして、旗の掲揚並びに「君が代」斉唱は行わないと主張し
た。先生の癖に論理のすり替えの得意な人が日教組に所属する?

平成11年(1999年)には広島県立世羅高等学校で卒業式当日に校長が自殺
し、君が代斉唱や日章旗掲揚の文部省通達とそれに反対する教職員との板
挟みになっていたことが原因ではないかと言われた。

これを一つのきっかけとして日教組の意図とは反対に『国旗及び国歌に関
する法律』が成立した。法律は国旗国歌の強制にはならないと政府はした
ものの、反対派は法を根拠とした強制が教育現場でされていると主張、斉
唱・掲揚を推進する保守派との対立は続いている。

平成16年(2004年)秋の園遊会に招待された東京都教育委員・米長邦雄
(将棋士)が、(天皇)に声をかけられて「日本の学校において国旗を揚
げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と発言し「やはり、
強制になるということでないことが望ましいですね」と言われている。

なお、天皇が公式の場で君が代を歌ったことは1度もないと言われてい
る。成人前の家庭教師ヴァイニング夫人による何がしかを勘繰る向きがな
いわけではない。08・10.25

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



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私たちは「日本」を守り続けられるか
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            櫻井よしこ


「私たちは「日本」を守り続けられるか 今こそ福澤諭吉の姿勢に学びたい」


 

春爛漫の日、新元号「令和」が発表された。出典は1200年前の『万葉集』
だ。長い歴史で初めて漢籍から離れ大和の文化から元号が生まれたことを
多くの人々が好感した。

この悦びは、古(いにしえ)の時代、私たちが中国から文字を学び、その
制度のよき点のみを取り入れて国造りをしたこと、その先に日本独自の価
値観に基づく大和の道を歩んだことを改めて認識させてくれる。

歴史の営みを振り返るとき、私たちの胸にはかつての中国への感謝と共
に、中華の文明に埋没せず、大和の道を選んだ先人たちへの敬愛の情が生
まれてくるだろう。

大和の道を最も端的に表現しているのが『万葉集』である。天皇、皇族か
ら、農民、兵士まで、階層や男女の別なく歌を詠み、それらをきちんと記
録して、再び言う、1200年以上、保持し続け、今日に至る。こんな国は他
にない。この新しい道を歩み続けて行く先に、大きな可能性が開けるので
はないか。歴史の大潮流における画期の一歩が踏み出された予感がする。

世界中が政治力学の根本的変化の中にあるいま、先人たちが大和の道を築
くことで立派な国造りを成功させたように、私たちはなれるだろうか。
「日本」を守り続けていけるだろうか。そんな想いで福澤諭吉の著作を読
み直している。約1世紀半も前、先人たちはどのように開国と政治体制の
大転換、列強諸国の脅威などの大波に立ち向かい、克服し得たのだろうか。

当時の世論形成の重要な道標を示し続けた福澤は、世界の事象を極めて具
体的かつ細かい観察眼でとらえている。事実を厳格に認識し、冷静に論
じ、事実抜きの論評はしていない。

たとえば明治12(1879)年8月に発表された『民情一新』である。明治12
年にはまだ帝国議会も開設されていない。帝国議会の誕生は明治
23(1890)年である。

福澤は書いている。

西洋との接触によって日本に「文明開化」がもたらされたと世論に流布さ
れているが、事実を把握しておかなければ大いに誤ちをおかすだろうとし
て、「西洋の理論決して深きに非ず、東洋の理論決して浅きに非ず」だ
と、明確に断じている。

そのうえで、ではなぜ、西洋の文物が「文明開化」を促すとしてもてはや
されるのかと問うている。それは西洋では文学も理論も実用に結びついて
いるからだと福澤は説く。つきつめていくと国全体に交通の便が開かれ、
人々は物理的精神的に解かれているからだと言うのだ。

「人心が一度び実用に赴くときは、その社会に行われる文学なり理論なり
は、皆、実用の範囲を脱す可らず(実用に耐えなければならない)」

福澤は冷静に洋の東西を比較し、日本が手掛けるべきことを具体的に挙げ
たのだ。具体論が基本にあるために、否定するのは難しい。『兵論』、即
ち国防論についても同様だ。

明治15(1882)年の『兵論』は立国に兵備の欠かせないことから書き出
し、列強諸国の人々、歳入、陸軍人、陸軍費、軍艦、海軍費を比較した。
当然の比較だが、福澤は単なる数字上の比較で終わっていない。

軍人1人が守る国民の数はフランスが70人、ロシア110、イタリア130、オ
ランダ57、イギリス230、ゲルマン(ドイツ)100、日本480だなどの比較
に加えて軍人の給料、それで賄いうる食事の質までも細かに論じた。日本
の兵の給与、1日6銭では「鮮魚肉類」は口にできず、肉食の多い列強諸国
や支那と較べて、日本の軍人は体力面で劣るなどと、説得力のある説明が
続く。

事実に基づいた視点は研ぎ澄まされている。このような姿勢をとりわけい
ま、学びたいと思う。
『週刊ダイヤモンド』 2019年4月13日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1275

           
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重 要 情 報
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◇◆◇写真映像情報網◇◆週刊AWACS 2019年4月14日◇◆◇◆◇

▼唸声一言/韓国のよく使う『解決されなかった歴史問題』と言う表現について

まず起きてしまった歴史をどのように解決するかと言う姿勢ですが、我が国は韓国の未来を考えましたが、韓国はいつまでも過去の歴史を変えることを考えているのです。ですから、解決など不可能です。不可能な解決方法を日本に努力しろと迫ります。ですから、永遠に謝罪し続けても解決はできません。とすれば、そんなアホな国は無視するか?解決するフリを続けるかどちらかでしょうか?それを理解しないで韓国とまじめな対応を続けていると必ずつまらない罠にハマりますのでご用心!

では、今週号をお楽しみください。

https://ameblo.jp/unarigoe/entry-12454311430.html

2019/4/14 唸声

 ◎桜田義孝前大臣は矢張り野に置け蓮華草だったか:前田正晶

野党とマスコミに問題児扱いされていた桜田義孝大臣が遂に辞任した形
で退いた。私は桜田氏の辿々しさを見る度に一頃良く巷間で採り上げられ
た「無能レベル論」を思い出さずにはいられなかった。今更これが何かを
説明する必要もないかも知れないが、我が国の会社組織では屡々陰口のよ
うに言われた「彼は課長としては有能な切れ者だったが、いざ部長に昇進
してみればあのざまだ。つまり部長としての無能レベルに達しただけ」と
いう事である。

桜田氏は何とか委員長だった頃には優れた切れ者だったという者もいた
が、所詮はそこまでの器量の人物で、大臣に任命された為に「そのレベル
では無能だった」と無残にも自分自身で証明してしまっただけのことだろ
うと、私は見ている。塚田一郎前副大臣にしても同じ事ではなかったのだ
ろうか。私は桜田氏の場合は無能であるかないかよりも「矢張り野に置け
蓮華草」の方が当て嵌まるような気がするのだ。派閥の力学もあっただろ
うが、言いたいことを言わせて貰えば「安倍総理は桜田氏を何処まで引き
上げれば無能になるか」を読み切っておられなかったのだろうと判断して
いる。

自民党の場合は当選回数や派閥の力が大臣になれるかなれないかを左右し
ているかの如き報道がある。だが、これまでに数多くの失言や失態で辞任
せざるを得なくなった例や、任命権者の総理が罷免せざるを得なくなった
虚け者を見せられてきた。私はこの度の桜田氏のように常にプロンプター
がいなければ答弁も出来ないような人物が「大臣」になりたがる方が余程
不思議だと思っている。その官庁が所管する業務に何らの知識もないくせ
に大臣になれば恥をかくくらいは最初から解っていたはずなのに、嬉々と
して受けるのは取りも直さず「自らの無能レベルが何処にあるのか」すら
も認識できていないということだ。

私はそういう人物でも何らかの順番があって引き上げねばならない総理
にも、野党が何かといえば騒ぎ立てる「任命責任」がないとは言わない。
だが、そういう連中を当選させてしまう「地元」の民度にはもっと問題が
あると思うのだ。その民度に選ばれて内閣の揚げ足を取ることしか出来な
い枝野幸男、玉木雄一郎、福山哲郎、辻元清美、村田蓮舫等々は既に「無
能レベル」に達している事は明々白々ではないか。その野党を支持するマ
スコミもまた無能レベル以下ではないか。


◎肝腎なのは初めにキチンと基礎を固めておくことだ:前田正晶

先ずは無闇にカタカナ語を使う傾向についてだが、私は1996年8月に上梓
した「アメリカ人は英語がうまい」でも指摘し批判したのは「カタカナ語
を使うと何か近代的であるとか、洗練されているとか、格好が良く見える
と思っている人が多いようだが、そのような近代的であるとか洗練された
かの如き事は不要である」という意味の事が言いたかっただ。だが、その
頃と21世の現代ではカタカナ語の氾濫振りと濫用の度合いは次元が違って
しまった誠に憂慮したい状態なのだ。この点においては私の主張は「国語
と漢字文化を尊重せよ」ということなのだ。

野球用語は「おかしなカタカナ語の宝庫である」とは、その当時から既に
私が指摘していたこと。この事に関する本が何冊も出ているし、噂ではか
の大名誉監督・長嶋茂雄氏は松井秀喜がMLBに行く際にほぼ全部買って
「アメリカに行ってから参考になる」と言って渡したそうだ。私が皮肉だ
と思ったことは、彼こそそのような言葉の有力な使い手だったのだが、意
外にも彼にはおかしなカタカナによる野球用語が普及していると承知して
いたようだった。

私は無数にあるカタカナの造語に中では珍しくも複数形が採用されてい
る「ネクストバッターズサークル」や、私などはそういう言葉があると承
知していてもアメリカ人が日常的に使ったのを余り聞いた記憶がない
“entitle”を過去分詞形にして使った「エンタイトルドツーベース」など
は傑作・怪作の部類に入ると思っている。

所で、英語教育の問題だが、確かこういう「言い慣わし」(英語にすれば
“There goes an old saying~.”で良いと思うが)があったと思う。それは
“Well begun is half done.”であり、最初にキチンと発音から何から基礎
を叩き込んでおくことが最も大事だと信じている。例えば、発音だけを取
り上げてみれば、我が国ではあらゆる段階で多くの英語の先生方が「外人
離れした」発音で教えているようなので、出だしから躓く結果になってし
まうのだと疑っている。

加えるに、私はnative speakerを有り難がるのは間違いの元だと繰り返
して指摘して来た。それは英語を母国語にしている国でも、地方によって
訛りもあれば方言もあって、その国の正調と言っても良い英語とはかけ離
れた英語しか話せない人たちがいると言うことだ。さらに、その人物が属
している階層によっては無教養且つ下品な言葉を多用する傾向があること
も弁えておくべきだろう。後難を恐れて言えば「トランプ大統領の主力の
支持層にあるような人たちが使っている言葉などは到底推薦できない」と
いうこと。

私の信念は「基礎さえしっかりしていれば『三つ子の魂百まで』であり、
その上に経験を積めば、アメリカやUKの人たちの中に入っても、英語圏外
の国に行っても苦労せずに自分の意志が表現できるようになる」である。
現に私は中学1年から基礎がキチンと固まるように教えられたたので、新
卒後から16年間英語を離れた仕事をしていても、ある日突然突然英語を使
わねばならない局面に出会っても、恰も前日まで英語で暮らしていたかの
ように不自由なく話せたのだった。書くことにおいても同じだと思う。重
ねて言えば「何事においても基礎が肝腎である」ということである。




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身 辺 雑 記
━━━━━━━

15 日の東京湾岸も曇天。加えて新聞休刊日、気分晴れず。

14日の東京湾岸は終日、曇天。


       


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