政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針5014 号  2019・4・14(日)

2019/04/14

                           
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わたなべ りや うじらう のメイル・マガジン「頂門の一針」5014号
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        2019(平成31)年 4月14日(日)



           世界第2位の経済大国が・・: 宮崎正弘

                「夜と朝の間に」:渡部亮次郎
    
       私たちは「日本」を守り続けられるか:櫻井よしこ

                     
                      話 の 福 袋
                        反     響
                      身 辺 雑 記



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世界第2位の経済大国が・・・
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成31年(2019)4月10日(水曜日)
        通巻第6039号 <特大号>
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 世界第2位の経済大国が、「発展途上国」からの離脱を拒否
  WTOルール違反もなんのその、中国は「最大の発展途上国」と開き
直った
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中国が2001年にWTO加盟が認められたとき、「15年間は『発展途上国』
としての特典」を与えられた。

つまり各種の免税特権や貿易上の最大の輸出強化策に繋がる「最恵国待
遇」、そのうえ国内産業保護的政策などが認められた。中国は人件費の安
さを売りに世界の生産工場として外貨を稼ぎまくった。

西側は経済的成長を遂げ、豊かになれば必然的に中国は「民主化」すると
期待して、中国の経済発展に協力してきた。

この西側の目論見はみごとに外れ、中国は民主化どころか、人権弁護士を
片っ端から監獄にぶち込み、民主活動家を引っ捕らえ、劉暁波のノーベル
平和賞に悪態をついて彼を「病院」なる場所に閉じこめ、ガンの悪化を放
置し、死なせた。

香港の自治は踏みにじられ、人々は自由な言論を封じ込められ、ネットは
監視され、少数民族は血の弾圧を受け、密告が奨励され、まともな発言を
する政治家は冤罪をでっち上げて失脚させられ、有望な学者の言論活動を
封殺し、政府発言を繰り返していた著名教授らを失職に追い込んだ。
西側の期待は無惨にも打ち砕かれた。

『発展途上国』という状況はとうに克服したにもかかわらず国有企業への
補助金、輸出補助政策を継続し、太陽光パネル、風力発電などを発展さ
せ、いまでは米国と並ぶ5G開発、AI、宇宙航空産業に挑み、外貨準備
世界一というスティタスを獲得し、稼いだカネの大半を軍事費に投入して
きた。

15年という期限」が切れたので、過去3年にわたり西側は中国に対し、
「発展途上国」のスティタスを返上せよと迫ったが、世界第2位の経済大
国は、「いまも世界一の発展途上国であり、WTOルールに従う」などと
開き直った。

ブッシュ、クリントン、ブッシュ・ジュニア、オバマと続いた「中国幻
想」から醒めて、トランプは対中国政策を百八十度変更した。

対中外交の転換におそらく日本は追随するだろうが、EUはすんなりと素
直に米国に従わない。

まだ暫し西側の絆の緩さを標的に中国のロビィ活動は続行しそうである。
       
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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 象徴天皇のあり方を模索され、敢えて超法規的行動をとられた今上陛下
  「象徴天皇」はGHQの押しつけとは言えない

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小堀桂一郎『象徴天皇考』(明成社)
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ことしが皇紀2679年であることを知らない人々が新元号の号外を奪い合っ
た。結婚式を耶蘇教の教会であげ、初参りは神社へ行き、葬儀は仏教で行
う人々だから、べつに不思議な現象とは言えない。

神武天皇の肇国以来の歴代天皇の諡名を諳んずる日本人はいまや皆無に近
いのに、正月の一般参賀は20万人近い国民が列に並んで数時間も待って天
皇一家にご挨拶をした。

新元号が「令和」と決まると、突如、太宰府に観光客が押し寄せた。太宰
府天満宮は遣唐使廃止を建言した菅原道真を祀る神社である。

太宰府長官だった大友旅人が梅花の宴を開いて詠んだ「初春令月、気淑風
和」から万葉の学者によって「令和」が選ばれた由であり、従来の観光客
は天満宮しか参観しなかったのに、太宰府跡地も訪れるという新現象が見
られ、地元はPRに力を入れるというニュースに接した。

つい先だっての海外旅行に評者(宮崎)が携行したのは林房雄『神武天皇
実在論』と『天皇の起源』、そして産経取材チームの『神武天皇は実在し
た』だった。

前者2冊は半世紀を経ての再読、いや3度読みかえし、ようやく内容を咀
嚼できた。後者も二回読んだのだが、神武東征という神話の残る地名や伝
説を元に、観光ガイドブックにはまったく掲載のない、伝承されたゆかり
の場所を探検隊のようにゆくので、地図を横に置かなければならない。

さて小堀先生の本書を論じる前に、読書事情を書いたのも、日本国憲法が
謳う「象徴天皇」と前掲の書とに密接な繋がりがあるからだ。

昭和天皇までの論壇における天皇論の近代的論理には納得できない点が
い。

神武天皇以前の自然崇拝、原始的浸透の成り立ち、神武天皇の大和朝廷確
立と以後の天皇統治の性格、さらには武力を用いた雄略天皇、天皇親政を
復活した後醍醐天皇との対比、くわえて令和改元の象徴天皇との差違は説
明の必要もないほどに明確である。

しかし、カムヤマトイワレビコノミコトが、なぜ後世に神武天皇と諡され
たのか。ワカタケルはなにゆえに雄略天皇と諡されたのか。

武断政治の象徴から奈良、平安を経て源平では征夷大将軍が天下のまつり
ごとを動かしてきた。武士にとって帝は権威であり、祭祀王であった。つ
まりその時代から天皇は国民統合の「象徴」であり、戦乱から江戸時代の
安泰期ともなると天皇は庶民からは忘れられた存在となり、井伊直弼の日
米修好条約の「無勅許」によって目覚めた維新の志士らが、突如天皇親政
を思い出したのだ。

西郷も大久保も天皇を玉(ぎゃく)の隠語で呼び、政治利用が維新回天の
ダイナミズムを産みだした。

明治天皇は軍服姿、昭和天皇も大東亜戦争の時代には軍服に白馬、まさに
ヤマトタケルやスサノオか、いや神武東征、そして雄略天皇である。

睦仁天皇のような悠久の平和のイメージが時代によっては激変する。今上
陛下はまさに平和ニッポンを象徴される。

新渡戸稲造、岡倉天心が、本書で彗星の如く蘇り、彼らの天皇論を思い出
させる。

つまり新渡戸稲造の『武士道』は明治32年(1899)に英語で書かれ、世界
中に翻訳された。邦訳がでたのは英訳から10年後だった。

このなかに「我々にとりて天皇は、法律国家の警察の長ではなく、文化国
家の保護者でもなく、地上において肉身を有ち給う天の代表者であり、天
の力と仁愛とを御一身に兼備したまう」として事実上の天皇象徴論を述べ
ている。

岡倉天心の『日本の覚醒』も明治37年に英語で刊行され、江戸時代の天皇
認識に触れて、「帝は彼ら<徳川幕府>にとってはシンボリズムであっ
た」と叙した。

すでに明治時代から、日本を代表した論客らが、天皇象徴論を唱えていた
のである。

本書のもう一つの重大箇所は天皇陛下の靖国神社御親拝に関しての考察で
ある。

小堀氏はこう主張される。

御譲位について陛下自らの御表明は「陛下の個人としてのお考えを法制の
上で実現するために、憲法の規定とは離れた次元で、つまり超法規的措置
の執行を求めて先ず直接に国民の理解を得ようとされた行動」だった。

小堀氏はこう続けられる。

「憲法尊重は所謂建前であって。現に憲法30条3項に謂ふ国の宗教教育、
宗教活動の禁止の条項は宗教学校への国費の補助といふ形で空文化してい
る」(中略)「米軍占領中の神道指令の横暴と同様な酷薄な政教分離原則の
要求」は、国法が政治権力の下位に立つという「行政の方便」でしかない。

すなわち現行憲法は敗戦国ニッポンが、勝った「米国への臣従の誓い」の
たぐいであり、ときに超法規で臨むべきときがある。

したがって小堀氏は、下記のようにまとめられる。

「大東亜戦争での戦没者一般への慰霊も<象徴としての>お務めに一環で
あるとするならば、それは戦没者達の『魄』の眠る戦跡地に向けてである
よりも、彼らの『魂』が帰り来て祀りを受けている靖国神社は詣でてこそ
十全に果たされるはずだ、という霊の論理とうふものがある。天皇の靖国
神社御親拝は、国家が英霊に対して果たすべき、それこそ是亦言葉の本来
の意味での象徴的な慰霊鎮魂の義理である」

感銘深い余韻を味わいながら本書を閉じた。
          
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 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1877回】              
 ――「『私有』と言ふ點に絶大の奸智を働かす國である」――竹内(3)
竹内逸『支那印象記』(中央美術社 昭和2年)

       ▽

上海で知られた料理屋の小有天で席に着くと、「矢繼早に料理が運ばれて
來た」。食事中というのに、店の外から物売りが次々に闖入して来る。
「不要!と言はれて素直に出ては行くが、でないと、ぢツと籠を提げた
まゝ何時までだつて吾々の食事を頭越しに凝視めてゐる。これもまた支那
だ」。

振り返ってみれば半世紀ほど昔の香港で留学生活を送っていた当時、いつ
も昼飯は場末の労働者向けの食堂で超低価格で済ませたが、ごった返す店
内で客の間を縫うように物売りが歩いていたっけ。彼らは店側の許可を
取ったわけでもなさそうだし、だからといって店側が彼らを外に追い出そ
うとするわけでもない。

客は食事しながら買い物ができる。良い買い物ができれば、明日もまた
客は食事にやってくる。店内に群れ集う食事客を相手にすればいいのだか
ら、売り手は買い手を探して歩きまわる無駄をしなくていい――店側も食事
客も物売りも、誰も損はしない。互利互恵であり、今風の表現に従うなら
双◎(ウイン・ウイン)の関係というヤツである。

不要といえば素直に立ち去るが、売り手はひっきりなしにやって来て食事
中のこちらの鼻先に商品を突きつけるのだから、あまり気分のいいもので
はない。だが先ずは腹を満たすことに専心すればこそ、やがて彼らの騒が
しい掛け声も一種の香辛料に思えてくるから不思議だ。

「時と所」を超え、料理屋と客と物売りの関係は綿々と続いていたのである。

「どうせ支那は無政府状態同樣の國だから――こんな國が吾々の直ぐ隣國だ
とは想像もつかないが」、「先づこんな事に平氣になれるのが支那通の第
一期だらう。つまり邊りには無關心で私慾の滿足を第一義と心得るこ
と!」との竹内に従うなら、香港での留学生活の中で、どうやら「支那通
の第一期」を通過していたということか。

竹内の上海に戻る。

やはり「人生は錢!錢!錢!だ。公私混淆で千金一攫することもまた一法
なる哉だ。それに精力を傾倒することだ。(中略)如何にして錢を獲るか
を考へることだ。斯く支那は?へる」。

ここで竹内は支那人の振る舞いについて改めて考える。

「支那人は好事的なことは萬古不易の傾動だが、慾慾複雜なことが好き
だ。淫書だけかと思つてゐると料理もその筆法だ」。「兎も角支那人は仕
事に念を入れる民族だ。それも義務ではいけない。道樂でなくてはいけな
い。藝術家だ。だが常に血腥い。同じ極刑なら一と思ひに殺してやれば
いゝものを、態々穹窿形の橋上に連れ出して、環衆の前で、如何にその首
が一刀のもとに落斬されるかを樂しむ。どんぶり水中に落ちたのを見て樂
しむ。胸板に墨で的標を描いて銃殺する。體を木枠の箱に容れて、首枷の
嵌つた顔だけ出させて置いて、街頭にさらす。

食に餓えて死ぬ。この道樂がまた料理に働いて吾々の舌を滿足させる」。
だから「萬里長城から翡翠細工に至るまで、この民族は、手をかけること
を厭わない」。

「支那を見、支那を感じ、支那を知らうとして來てゐる」竹内の目に映っ
た支那は、「つまり單なる傳統の國である。批判に先立つものは常にこの
傳統の形式的尊重である。道義觀にしても風俗的習慣にしてもこの點は執
拗である。主義の犠牲である」。

「この國は恐ろしく拝金の國である。贋造錢の大量的な國である。即ち
『私有』と言ふ點に最大の奸智を働かす國である」。

「支那では、錢を有てる者は一條の龍で、錢無き者は一條の蟲だと言ふ。
無數の蟲ケラがその俥に龍を乘せて駛つてゐる譯である」。

かくて「支那に於ける新時代人が等しく悲憤列擧するものは、通貨の統
一、南北用語の統一、次に公私混淆の惡弊打破である」。だが「公私混淆
の惡弊打破」は不可能に近い。《QED》

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★読者の声 ★READERS‘ OPINIONS ★どくしゃのこえ
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  ♪
(読者の声1)改元を機に政府は紙幣の肖像デザインを、1万円札が渋沢
栄一、五千円が津田梅子、千円札が北里柴三郎とするそうです。聖徳太子
から福沢諭吉になったときに唖然としましたが、こんどは、どれほど国民
の支持が得られるでしょうか?(KA生、足利市)
 
  ♪
(宮崎正弘のコメント)その時代の世論を反映していますから商業にモラ
ルを説いた渋沢が選ばれるのは当然でしょう。以前は和気清麻呂も採用さ
れていました。しかし西郷隆盛、吉田松陰らが肖像となる新札は、何時に
なるでしょうか。

渋沢は「右手に算盤、左手に論語」が有名ですが、もっと重要な箴言を残
したのは二宮尊徳翁です。

「経済の無い道徳は戯事だが、道徳のない経済は犯罪だ」。
 いまの日本の資本主義、まさに犯罪行為に近いのでは?

  ♪
(読者の声2) 三島由紀夫研究会の4月の「公開講座」は金子宗徳氏(里
見日本文化学研究所所長)をお招きして、国体論をテーマに講演して頂き
ます。

           記

日時 4月19日(金)18時半開演(18時開場)
会場 アルカディア市ヶ谷(JR・地下鉄「市ヶ谷」下車2分)
http://www.arcadia-jp.org/access/pdf/DL_2018_04.pdf

演題 「御代替わりに際して 〜あらためて国体とは何か」
講師 金子宗徳氏(里見日本文化学研究所所長、月刊『国体文化』編集長)
会費 会員・学生1千円(一般2千円) 
<講師略歴 昭和50年生。名古屋市出身。京都大学大学院人間・環境学
研究科博士課程修了退学。 著作『安全保障のビッグバン』(共著・読売
新聞社)『「大正」再考―希望と不安の時代』(共著・ミネルヴァ書房)
『保守主義とは何か』(共著・ナカニシヤ出版)
 どなたでも、予約なしでご参加いただけます。

  ♪
(読者の声3) 前回の投稿で、高橋洋一なる人物の「大阪都論」が、軽薄
で現行地方自治制度を十分に理解した上でのものではないことを指摘し
た。高橋氏は、また、次のように述べている。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/63365?page=4

(引用開始)「「大阪都構想」批判派の一部から、「東京でも東京市復活
という動きもある」という指摘が出ている。もちろん言論の自由があるの
で、言うこと自体は自由であるが、少なくとも筆者には、そのような話は
聞こえてこない。そのような荒唐無稽な話が唐突に出てくるなんて、いか
に「大阪都構想」批判派の議論が、地に足が着いたものでないか、という
ことの証拠である」(引用終)

高橋氏には、東京市復活論が聞こえてこないようだが、私の耳には相当数
の意見が聞こえてくるし、これを「荒唐無稽」と切り捨て、反対論を「地
に足が着いたものでない」と断じるだけでも、高橋氏の論の浅薄さが分かる。

そもそも、歴史的に見ると、「(明治時代の当初)東京は大阪、京都と並
んで府に指定された。3つの府では、自治権は普通の県より厳しく制限さ
れていて、初めて市長が選出されたのもほかの市より10年近くも遅れ、よ
うやく明治31年になってからだった。大阪や京都は現在も府のままで、
知事のほかに市長もいるが、東京は昭和18年『都』となり、現在、日本中
で市長のいない唯一の都市である。

明治31年10月1日、3つの大都市の市制特例は廃止され、東京もまた市長
を持てることになった。そこで今でも東京では、10月1日を都民の日とし
てこれを記念している。」(サイデンステッカー『東京下町山の手』)の
である。

戦前の知事は官選であったから、現在とはかなり意味が異なるが、「市」
を解体して「市長のいない都市」にすること自体には、何の意義もないど
ころか、歴史的には逆行でしかないだろう。どうしても「市長のいない都
市」にし、行政を府に一元化、効率化したいのならば、現在の東京都のよ
うに、都の区域の相当部分の行政を、広域的自治体である都が統合的一体
的に管理するべきであろう。

高橋氏は、「広域発展政策を行うためにも、『大阪都構想』は合理的だ」
と言うが、広域発展政策というのならば、堺市を含む周辺諸都市の相当部
分をも、大阪市と併せて特別区に再編成して、その全体を「府」が一体
的、広域的に管理しなければならないだろう。大阪市の身を「解体」する
だけではほとんど合理性を認められない。

「大阪なら現状は松井知事と吉村市長の2人で一人前だが、東京なら小池
都知事1人で十分だ。それをわざわざ、東京を『船頭多くして船山に上
る』にするはずがないし、その必要もないのだ。」(高橋氏)という点な
ど、普通地方公共団体が広域自治体と基礎自治体から成る、という現行地
方自治制を全く無視する暴論でしかない。

高橋氏自身が「上下水道や公共交通などの広域的なインフラは広域自治体
(都道府県)が担当」するのが適切な役割分担だと述べるが、府全体の行
政組織を再編成することなく、単に大阪市のみを4特別区に解体するだけ
では、上下水道事業など、広域的に実施することが望ましい事業を、特別
区の一部事務組合が管理するというような逆行的事態となる。

高橋氏は、「もし異論があるのであれば、公の場で、正々堂々と議論すべ
きであるが、筆者が知るかぎり、『大阪都構想』反対派には表で議論する
動きはほとんどなかったようだ。」と言うが、私が感じる限り、郵政民営
化論の際も、民営化消極論は封殺され、いわゆる国民B層向けの、内容的
にも疑問が多い政府広報がマスコミに満ち溢れたのではなかったか。
(椿本祐弘)

  ♪
(読者の声4)FBで天皇陛下の靖国御親拜問題について事実誤認を正したと
ころ非常に反響がありましたので、以下ご参考まで。

●「ご親拜の歴史」昭和天皇は戦後30年近く長い間靖国神社をご親拜され
ていた。米国はいっさい妨害していない。しかし1976年三木内閣の妨害で
出来なくなった。中共の差し金だろう。三木の大罪だ。

●「合祀」そこで心配された昭和天皇は2年後の1978年東京裁判の東條英機
以下の英霊を合祀された。合祀は天皇陛下のご裁可が必要なので松平宮司
の一存では不可能だ。その後も政府が対外弱腰のためご親拝ができない。
そこで勅使が送られている。ご親拜が再開されないのは陛下のご意志では
ないのだ。

●「反日デマ」したがって反日デマは時系列、手続き論で虚偽である。富
田メモや靖国神社に入り込んだ反日宮司のデマに騙されてはならない。

●「生花のご下賜」これは歴史講演で東條由布子氏から直接伺ったお話し
だが、東條家には毎年宮内庁から東條英機元首相の命日に生花がご下賜さ
れていた。これは遺族代表として天皇陛下から贈られたものと理解してい
たという。

●「敵の狙い」ご親拜をめぐるデマの狙いは、日本の再軍備の妨害、昭和
天皇の御遺徳を気づける、愛国者を誹謗する、日本人同士を争わせて日本
の再軍備を妨害するなどが考えられる。しかし時代は変わった。もう騙さ
れない。

●「フィンランドに学ぶ」。なお、フィンランドは同じ第二次大戦の敗戦
国だが敵の宣伝にだまされず反省などせず、指導者のマンネハイム大統領
はヘルシンキ駅頭で銅像となって国民の尊敬を集めている。

負けたが正しい戦争だったのだ。日本も反日宣伝に騙されず再軍備により
真の独立を実現し新しい令和の時代を大東亜戦争の敗戦を取りもどす偉大
な時代にしなければならない。
以上(落合道夫)

    
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「夜と朝の間に」
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    渡部 亮次郎

このタイトルの歌を唄ったのは女装で有名になったピーターである。作詞
のなかにし礼は男なのか女なのか判然としないピーターを
夜と朝の境目の判然としない時間に譬えて作詞した。

「夜と朝の間に」

唄 ピーター
作詞 なかにし礼
作曲 村井邦彦

<夜と朝の間に ひとりの私 天使の歌を聴いている死人のように

夜と朝の間に ひとりの私 指を折っては繰り返す 数はつきない

遠くこだまをひいている 鎖につながれた むく犬よ
お前も静かに眠れ お前も静かに眠れ

夜と朝の間に ひとりの私 散るのを忘れた一枚の花びらみたい

夜と朝の間に ひとりの私 星が流れて消えても 祈りはしない

夜の寒さに耐えかねて 夜明けを待ちわびる小鳥たち
お前も静かに眠れ お前も静かに眠れ>

ピーター 本名:池畑 慎之介 いけはた しんのすけ
1952年8月8日(62歳) 大阪府堺市西区 生まれ。
血液型 A型 俳優、タレント、歌手

慎之介は、上方舞吉村流四世家元で、人間国宝にもなった吉村雄輝 の長
男として生まれた。3歳で初舞台を踏み、お家芸の跡継ぎとして父から厳
しく仕込まれた。5歳の時に両親が離婚。母・池畑清子と暮らすことを選
択、鹿児島市で少年時代を過ごした。慎之介が母方の池畑姓を名乗るのは
これ以降である。

池畑の性的指向は長らく公表されていなかったが、のちになってバイセク
シュアルであることを明言し、男女共に恋愛経験があることを公にした。
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

そう言えば私はラヂオとテレビの記者として育ったので、「きょう」とか
「きのう」「おととい」「今月」「先月」「今年」「去年」というテンスの原
稿を書き続けた。だが、これは新聞や雑誌では通用しない言葉であった。

たとえば、きょうに「きょう」とラジオやテレビで放送するのは当然だ
が、新聞で「今日」と書いても、配達されるのは「あす」だから、きょう
は昨日になってしまっている。だから日付を書くしかない。

TVの記者の古手になったら、盛んに雑誌から原稿を依頼されるようになっ
て、このことを厳しく実感した。原稿は例えば、2月に「今月」と書いても
発売される頃は「先月」になってしまっているから原稿はもともと「今
月」ではなく「2月」と書かなくてはならない。

このことはインターネットの世界でも同様である。今日はすぐ明日になっ
てしまい、4,5日経ったらいつの今日かわからなくなってしまうではな
いか。

投稿してくる人はTVを見ながら「今夜の番組で」と打ち込んでくるが、明
後日になってメルマガやブログに掲載しようとしても、「今夜」とはいつ
の今夜か分からなくて困る。今夜とか昨夜ではなくて初めから日付で語っ
ていただかないと、主宰者泣かせの原稿になっている。

これきりのことを書くのに、ピーターのことから書きはじめた。

「夜と朝の間に」と言えばピーターだから、こうなった。私はNHKで政治
記者を約20年やったが、正式なNHK教育を受けていない。

非正式職員に採用されて、秋田県大舘市駐在の記者(単身)になり、放送用
(耳から聞かせる)文章を独りで考えて送った。1年後、試験に合格して正
式記者に採用されたが、もはや教えるところは無いのか研修所(東京・
砧)へは入れられず仙台の現場に突っ込まれた。ネタや文章がNHK的でな
いのは、その所為だろう。2010・2・27





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私たちは「日本」を守り続けられるか
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           櫻井よしこ

「私たちは「日本」を守り続けられるか 今こそ福澤諭吉の姿勢に学びたい」
春爛漫の日、新元号「令和」が発表された。出典は1200年前の『万葉集』
だ。長い歴史で初めて漢籍から離れ大和の文化から元号が生まれたことを
多くの人々が好感した。

この悦びは、古(いにしえ)の時代、私たちが中国から文字を学び、その
制度のよき点のみを取り入れて国造りをしたこと、その先に日本独自の価
値観に基づく大和の道を歩んだことを改めて認識させてくれる。

歴史の営みを振り返るとき、私たちの胸にはかつての中国への感謝と共
に、中華の文明に埋没せず、大和の道を選んだ先人たちへの敬愛の情が生
まれてくるだろう。

大和の道を最も端的に表現しているのが『万葉集』である。天皇、皇族か
ら、農民、兵士まで、階層や男女の別なく歌を詠み、それらをきちんと記
録して、再び言う、1200年以上、保持し続け、今日に至る。こんな国は他
にない。この新しい道を歩み続けて行く先に、大きな可能性が開けるので
はないか。歴史の大潮流における画期の一歩が踏み出された予感がする。

世界中が政治力学の根本的変化の中にあるいま、先人たちが大和の道を築
くことで立派な国造りを成功させたように、私たちはなれるだろうか。
「日本」を守り続けていけるだろうか。そんな想いで福澤諭吉の著作を読
み直している。約1世紀半も前、先人たちはどのように開国と政治体制の
大転換、列強諸国の脅威などの大波に立ち向かい、克服し得たのだろうか。

当時の世論形成の重要な道標を示し続けた福澤は、世界の事象を極めて具
体的かつ細かい観察眼でとらえている。事実を厳格に認識し、冷静に論
じ、事実抜きの論評はしていない。

たとえば明治12(1879)年8月に発表された『民情一新』である。明治12
年にはまだ帝国議会も開設されていない。帝国議会の誕生は明治
23(1890)年である。

福澤は書いている。

西洋との接触によって日本に「文明開化」がもたらされたと世論に流布さ
れているが、事実を把握しておかなければ大いに誤ちをおかすだろうとし
て、「西洋の理論決して深きに非ず、東洋の理論決して浅きに非ず」だ
と、明確に断じている。

そのうえで、ではなぜ、西洋の文物が「文明開化」を促すとしてもてはや
されるのかと問うている。それは西洋では文学も理論も実用に結びついて
いるからだと福澤は説く。つきつめていくと国全体に交通の便が開かれ、
人々は物理的精神的に解かれているからだと言うのだ。

「人心が一度び実用に赴くときは、その社会に行われる文学なり理論なり
は、皆、実用の範囲を脱す可らず(実用に耐えなければならない)」

福澤は冷静に洋の東西を比較し、日本が手掛けるべきことを具体的に挙げ
たのだ。具体論が基本にあるために、否定するのは難しい。『兵論』、即
ち国防論についても同様だ。

明治15(1882)年の『兵論』は立国に兵備の欠かせないことから書き出
し、列強諸国の人々、歳入、陸軍人、陸軍費、軍艦、海軍費を比較した。
当然の比較だが、福澤は単なる数字上の比較で終わっていない。

軍人1人が守る国民の数はフランスが70人、ロシア110、イタリア130、オ
ランダ57、イギリス230、ゲルマン(ドイツ)100、日本480だなどの比較
に加えて軍人の給料、それで賄いうる食事の質までも細かに論じた。日本
の兵の給与、1日6銭では「鮮魚肉類」は口にできず、肉食の多い列強諸国
や支那と較べて、日本の軍人は体力面で劣るなどと、説得力のある説明が
続く。

事実に基づいた視点は研ぎ澄まされている。このような姿勢をとりわけい
ま、学びたいと思う。
『週刊ダイヤモンド』 2019年4月13日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1275

           

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重 要 情 報
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 ◎肝腎なのは初めにキチンと基礎を固めておくことだ:前田正晶

先ずは無闇にカタカナ語を使う傾向についてだが、私は1996年8月に上梓
した「アメリカ人は英語がうまい」でも指摘し批判したのは「カタカナ語
を使うと何か近代的であるとか、洗練されているとか、格好が良く見える
と思っている人が多いようだが、そのような近代的であるとか洗練された
かの如き事は不要である」という意味の事が言いたかっただ。だが、その
頃と21世の現代ではカタカナ語の氾濫振りと濫用の度合いは次元が違って
しまった誠に憂慮したい状態なのだ。この点においては私の主張は「国語
と漢字文化を尊重せよ」ということなのだ。

野球用語は「おかしなカタカナ語の宝庫である」とは、その当時から既に
私が指摘していたこと。この事に関する本が何冊も出ているし、噂ではか
の大名誉監督・長嶋茂雄氏は松井秀喜がMLBに行く際にほぼ全部買って
「アメリカに行ってから参考になる」と言って渡したそうだ。私が皮肉だ
と思ったことは、彼こそそのような言葉の有力な使い手だったのだが、意
外にも彼にはおかしなカタカナによる野球用語が普及していると承知して
いたようだった。

私は無数にあるカタカナの造語に中では珍しくも複数形が採用されてい
る「ネクストバッターズサークル」や、私などはそういう言葉があると承
知していてもアメリカ人が日常的に使ったのを余り聞いた記憶がない
“entitle”を過去分詞形にして使った「エンタイトルドツーベース」など
は傑作・怪作の部類に入ると思っている。

所で、英語教育の問題だが、確かこういう「言い慣わし」(英語にすれば
“There goes an old saying~.”で良いと思うが)があったと思う。それは
“Well begun is half done.”であり、最初にキチンと発音から何から基礎
を叩き込んでおくことが最も大事だと信じている。例えば、発音だけを取
り上げてみれば、我が国ではあらゆる段階で多くの英語の先生方が「外人
離れした」発音で教えているようなので、出だしから躓く結果になってし
まうのだと疑っている。

加えるに、私はnative speakerを有り難がるのは間違いの元だと繰り返
して指摘して来た。それは英語を母国語にしている国でも、地方によって
訛りもあれば方言もあって、その国の正調と言っても良い英語とはかけ離
れた英語しか話せない人たちがいると言うことだ。さらに、その人物が属
している階層によっては無教養且つ下品な言葉を多用する傾向があること
も弁えておくべきだろう。後難を恐れて言えば「トランプ大統領の主力の
支持層にあるような人たちが使っている言葉などは到底推薦できない」と
いうこと。

私の信念は「基礎さえしっかりしていれば『三つ子の魂百まで』であり、
その上に経験を積めば、アメリカやUKの人たちの中に入っても、英語圏外
の国に行っても苦労せずに自分の意志が表現できるようになる」である。
現に私は中学1年から基礎がキチンと固まるように教えられたたので、新
卒後から16年間英語を離れた仕事をしていても、ある日突然突然英語を使
わねばならない局面に出会っても、恰も前日まで英語で暮らしていたかの
ように不自由なく話せたのだった。書くことにおいても同じだと思う。重
ねて言えば「何事においても基礎が肝腎である」ということである。


 ◎未だにこれほど動ける体力が残っていた:前田正晶

12日は早朝9時からの国立国際医療研究センター病院泌尿器科で前立腺の
経過観察の診断を伺うべく新大久保駅前発8時33分のバスで出発した。そ
れほど早く入っていても、呼ばれたのは2番目で9時5分過ぎ。PSAの数値は
高かったが前回と変わっておらず処置はせずに、7月に再度診て頂くこと
になって処方箋を頂いて終わり。会計を済ませてから再び病院前からバス
で新大久保駅前に戻って直ぐ近くの調剤薬局に処方箋を預けて掛かりつけ
のクリニックに向かった。

その理由は何時まで経っても収まらない腰痛(だと思うのだが)と関節
痛を訴える為。S医師は以前から「老化現象の一種である以上処置はしな
い」と言われてきたが、今回も痛みを緩和する効果がある静脈注射をして
頂くことになった。私は注射の効果もさることながら、精神的に効果があ
ることを期待しているのだが、31年間も私を診て下さっている先生も同じ
事をお考えかと勝手に推察している。クリニックを出たのがほぼ11時55分
だったが、そこから徒歩約5分ほどの高田馬場駅前のジムに向かった。足
は痛いが、注射が効いてくると確信していた。

11時6分過ぎには着替えてジムに上がって、ストレッチと10分弱とマッ
サージチェアで体をほぐしてから入浴。十分に温まった頃合いを見計らっ
て湯冷めせぬように椅子に座って休憩。そして、高田馬場駅前発12時37分
のバスで帰宅。もう昼飯の時刻だと思って外出中の家内と落ち合って近所
のホテルの食堂で日替わりランチを楽しんだ。それから、午前中に処方箋
を預けてきた調剤薬局まで徒歩約5分。ここでは係の薬剤師さんに色々と
教えて貰えるので、勉強になるのが有り難い。

帰宅すればほぼ2時だったが、善くぞ6箇所も回れたものだとやや驚いた
ほど、精神的にも体力的にも保った半日だった。そこでふと考えたこと
は、「もしかすると、実際には自分で危険だと思っているほど体力は衰え
ていないかも知れない」ということと「矢張り、S医師がして下さる注射
の効果が覿面だったのだと思うべきか」なのである。未だに体力が残って
いるのだったならば、次に戦うべき相手は「顎関節症」なのだが、これは
難物だと思う。昭和大学歯科病院顎関節症治療科の次の診察は4月20日
だ。一所懸命顎の運動をやらねばなるまい。




━━━━━━━
身 辺 雑 記
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日曜の14日、東京湾岸は朝のうちは晴れているものの夕方近くには雨らしい。。

隣の第三亀戸中学校は土曜日で休み。珍しく、生徒が遊びに1人も来な
かった。
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創刊日:2004-01-18  
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  • 名無しさん2019/04/14

    薬は毒だから飲んではいけない!



    (「降圧剤」はボケる、ふらふらインポになる)



     かって高血圧症の基準は180だったが、いつの間にか130になった。これは健康な人を病人にでっちあげる仕掛け罠である。こうして70歳超の2人に1人が「降圧剤」を飲まされている。まさに、老人は「降圧剤」漬けである。「めまいがして倒れた」「心臓がバクバクする」などの病症を訴える人が続出している。男性軍では、インポ(ED)に悩む人も多い。これらは、無理に薬剤で血圧を下げた結果の深刻な副作用症状である。



     安保徹博士は、「その人にとって必要だから血圧は高い。薬で無理に下げると、体は急いで血流確保する。そのため、心臓に負担がくる」と指摘している。血圧を薬で下げてはだめである。高圧剤は、脳への血流を阻害して認知症を引き起こし、性器への血流不全でインポ(ED)になる。さらに、血流阻害は、前身組織の低血流、低体温、低酸素を引き起こし、万病の元凶となる。その最悪結果が発癌である。



    (「ハイトラシン」は代表的降圧剤であるが、脳梗塞、意識喪失、めまい、冷え症、EDになる)



     「ハイトラシン」の添付文書には「高齢者には慎重投与」と注意がある。その理由は、「過度の降圧は好ましくない。脳梗塞等が起こる恐れがある。そして、その副作用が凄まじい。「意識喪失」(血圧低下で気を失う)、「めまい」(ふらつき、歩行困難、失神)、「動悸・頻脈」(血圧を無理に下げた為)、「肝臓障害」(肝機能障害)、「腎機能障害」、「排尿障害」(中高年に多い)、「頭痛」(頭が重い感じ)、「貧血症状」(赤血球減少など)、「低血圧症」(血圧を無理に下げた弊害、様々な症状が出る)、「過敏症」(発疹、かゆみ)、「神経性異常」(倦怠、脱力、発汗、不眠、冷感、肩凝り、ねむけ、しびれ、ほてり)、「循環器障害」(不整脈、胸痛、息切れ、心房細動)、「消化器障害」(腹痛、下痢、便秘)、「性的不能」(勃起不全、インポテンツ)などが書いてある。



    (「ノルバスク」の添付文書にも重大な副作用がずらりと並んでいる)



     「肝機能障害」(黄疸、腹水など)、「血球異常」(白血球現象など)、「心臓障害」(不整脈、失神、心房細動、徐脈など)「胃腸障害」(嘔吐、下痢、胃腸炎など)・・・肝臓障害が現れるのは、この薬が毒薬だからである。様々な心臓症状は、「降圧剤」で心臓病に負担がかかっている結果である。



     菜食者の血圧は老後でも若者並みである。少食者も同じである。つまり、菜食、少食がベストの生き方なのである。



    (血糖降下剤より、玉ねぎを食え)



     血糖降下剤は毒である。それよりも玉ねぎを生で食べる方がよい。安上がりで副作用も無く、栄養も取れる。(鶴見隆史医師)



     糖尿病の5大原因は、食べ過ぎ ストレス 運動不足 動物食 砂糖である。

    食べ過ぎだから、食べなければ治る。

    ストレスは悩み過ぎだから、深呼吸してリラックスすることである。

    運動不足の解消は、1日5秒以上、筋肉を思いっきり力を込める筋トレをする。

    肉食を止めて菜食にする。

    甘いもの、特に白砂糖は猛毒である。黒糖、玄米、地粉、蕎麦に切りかえれば重度糖尿病でも治ると言う。



     岡田正史さん(63歳)は、糖尿病を1日1食の実践で、半年で完治させている。



    (「ジベトス」の添付文書には、酸血症、低血糖症、暴力衝動とある)



     酸血症とは、血液が酸性に傾くことである。重症の場合、急死することもある。低血糖症は血糖値が極端に下がった状態である。低血糖になると、血糖値をあげるために怒りのホルモン(アドレナリン)が分泌される。それは毒蛇の4倍と言う毒物である。アメリカ刑務所の囚人の8割は、低血糖症である。ジャンクフードで低血糖症になり、暴力的なって刑務所送りにされた。



     さらに、血糖降下剤が無理に血糖値を下げると、ドロドロに沈殿した血糖が、毛細血管を詰まらせ、脳梗塞や心筋梗塞などの引き金になる。この血行不良は全身臓器の低酸素、低栄養、低代謝を招き、万病のもとになる。そして最悪のケースが発癌である。



    (基準値下げて獲物ゴッソリ)



     日本に寝たきり老人が多いのは、コレステロール低下剤の所為である。病院で血液検査を受けたら、「コレステロールが高め。高脂血症ですね。コレステロール低下剤を処方します」と医者に言われても、「はい」と言ってはいけない。政府(厚労省)は、こっそり、血中コレステロール基準値を260から220に下げている。ハードルを下げれば、それだけ獲物がかかるからである。高血圧と同じ仕掛け罠である。



     世界で最も売り上げの高い薬が「リピトール」である。2006年には約1兆5734億円も売り上げている。「コレステロールを下げる」という謳い文句で、目のくらむ荒稼ぎをしている。そもそもコレステロールを薬物で無理に下げる必要があるのか? 

    最新報告では、「コレステロールが低いほど死亡率が高い」と全く逆なデータも明らかになっている。



    「下げたら、あかん! コレステロールと血圧」で警鐘を乱打するのは浜六郎医師である。コレステロール低下剤で毎年、1万人が死んでいる。コレステロールは人体にとって貴重な活動エネルギー源であり、それを無理やり下げると、身体は筋肉を溶かして、エネルギー源にしようとする。これが横紋筋融解症である。そのため、脱力、倦怠感に襲われ、車いす生活になった若者もいる。さらに筋肉が低下し、最後は寝たきりになってしまうのである。



    (「メバロチン」はコレステロール低下剤のベストセラーである)



     「メバロチン」の添付文書の副作用の多さに仰天する。「横紋筋融解症」(筋肉が溶け衰弱)、「筋肉痛」(ここで消炎鎮痛剤を打たれ患者は急速に悪化する)、「脱力感」(筋肉が溶け、慢性疲労が起こる)、「急性腎不全」(溶けた筋肉成分タンパクが腎臓に集中し、重度腎不全で急死する)、「肝障害」(薬毒メバロチンを肝臓で分解処理出来ず発症)、「黄疸」(肝機能低下で胆汁色素が全身に回り黄色くなる)、・・・・・副作用の凄まじさに驚くばかりである。

  • 名無しさん2019/04/14

    昭和天皇の靖国ご親拝の投稿は特に素晴らしいものでした。投稿と掲載に感謝します。

  • 名無しさん2019/04/14

    神武天皇

    https://www.google.co.jp/search?q=%E7%A5%9E%E6%AD%A6%E5%A4%A9%E7%9A%87&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwis-pjHkM7hAhV-x4sBHTT-BegQ_AUIDigB&biw=402&bih=416&dpr=2.35

    ブリュッセル市が5G導入にNO!

    http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52038932.html

    WTO 日本は世界と戦って敗れた  

    http://moriyama-law.cocolog-nifty.com/machiben/2019/04/post-fb1eb9.html

    F-16設計者、F-35が駄作な理由を語る

    https://www.gizmodo.jp/2014/06/f-16f35.html

    皇室豆知識5「新旧皇室典範の違い」 

    https://blogs.yahoo.co.jp/umayado17/66223677.html

    杉並・女の戦い!極左VS小林ゆみ先生

    https://ameblo.jp/japangard/entry-12452015853.html

    南朝鮮の輸入品を買ってはいけない理由

    https://blog.goo.ne.jp/yamanooyaji0220/e/2162d8cad393b9c3e26748d5509b0352?fm=entry_awp_sleep

    韓国は古代社会

    http://hatekorea.blog.fc2.com/blog-entry-217.html

    はは測定所開設記念講演のお知らせ

    http://chikyuza.net/archives/91734

    十勝

    https://www.google.co.jp/search?tbm=isch&q=%E5%8D%81%E5%8B%9D&backchip=g_1:%E5%B0%8F%E9%BA%A6&chips=q:%E5%8D%81%E5%8B%9D,online_chips:%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%9C%AC%E5%BA%97&sa=X&ved=0ahUKEwiH4rL-lM7hAhVTJaYKHTy5CcEQ4VYIJigB&biw=1040&bih=481&dpr=1.85