政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針4978号  2019・3・9(土)

2019/03/09

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わたなべ りや うじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」4978号
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        2019(平成31)年 3月9日(土)



   「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第25章:“シーチン”修一 2.0

      中国軍拡止まず。7・5%成長:宮崎正弘

  米欧の距離拡大、世界は本当に変わるぞ:櫻井よしこ

                            
                    話 の 福 袋
                     反     響
                    身 辺 雑 記



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「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第25章
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       “シーチン”修一 2.0

兼高かおるさん(1928年生、本名:兼高ローズ)が1月に亡くなり、2月末 に海外旅行業界有志による「偲ぶ会」が開かれたそうだ(フェイスブック で知った。たまには役立つ)。兼高さんは戦後の海外旅行ブームの火付け 役、種まく人、パイオニアだった。

1945年の敗戦、占領で明治以降に盛んになった「洋行」=海外旅行は途絶 えた。戦前、日本人は支那大陸だけでも年間1500万人が渡航していた。戦 後は衣食住の「食」の確保から始まり、ようやくどうにか生き延びたとい う1960年、政府は「もはや戦後ではない」と国民に宣言した。(さあ、反 転攻勢へ出よう!という鬨の声か)

それでも渡航に必要なドルを買えるのは海外で金を稼ぐ輸出業者(業務渡 航)や留学生などごく一部だった。「観光、物見遊山で海外旅行(ドルの 流出=輸入)なんてとんでもない」、業務渡航だって外貨持ち出し制限が あり、こっそり腹巻にドル札を忍ばせて持ち出していた時代だった。銃の 代わりにソロバンと商品サンプルをもって海外へ派遣されたのは多くが元 皇軍兵士だった。

それに先立つ1958年、兼高さんはトキの声を上げた。この年から平成天皇 皇后のご結婚を祝うミッチーブーム、パレードをテレビで見たいというTV ブームが高揚してきた。米国留学帰りで英字紙などの記者をしていた兼高 さんは「TVの時代」と同時に「1964年の東京五輪で海外旅行が盛んにな る」ことを確信したのだろう。

まずは話題作り、名を挙げるためだろう、「スカンジナビア航空が主催し た『世界早回り』に挑戦し、73時間9分35秒の新記録を樹立」「1959年よ り『兼高かおる世界の旅』がはじまった」(WIKI)。

海外観光旅行ができない時代に「海外の今」を紹介してくれるのだから、 たちまち人気番組になった。「〇〇ですのよ」といった彼女の気品あるナ レーション、解説は大変優れていたが、聞き役のアナウンサー、芥川隆行 が彼女の知性、感性を刺激して語らせる、その実に微妙な合いの手と言う かツッコミが良かった。彼女は嬉しそうに「そうなんですのよ!」と楽し く話をするのだった。

兼高さんには一度、対談に出ていただいた。その時の彼女の言葉で忘れら れないのは「天に倉を置け」だった。「世のために善い行いをしなさい、 徳を積みなさい、あなたの現世利益、金銀財宝の倉はこの地でなく、天の 倉に積みなさい」といった意味だろう。

彼女が学んだ香蘭女学校(東京)は英国系プロテスタントで、マタイによ る福音書には「天に富を積みなさい」とある。「あなたが最も心を込めて 大事にしているものこそがあなたの富である」ということらしい。

大東亜戦争中は日英は互いに敵であり、同校は敵性機関扱いされたが、そ れを体験しただろう兼高さんは「相互理解が平和を担保する」と確信した のではないか。父(インド人)母の信仰も影響したろう。兼高さんは観光 旅行、物見遊山であれ、諸国間の草の根交流が必要だ、その時代は間もな く来ると確信していたに違いない。

1964年の春、観光渡航でもドルを海外へ持ち出せるようになった。欧州旅 行が人気だったが、日数は3週間とか1か月が当たり前の時代で、ツアー価 格は初任給の2年分ほどもした。今なら500万、600万円あたり、高嶺の花 だった。それでも旅行者は右肩上がりで伸びていった。篠山紀信など大志 を抱いた若者は借金してでも世界に雄飛した。

(これを機に有名になった篠山は20歳の小生のアイドルだった南沙織(深 夜の歩哨の時ラヂオで聴くだけだったが)をGETして小生のハートを壊し たが、今でも門外不出で大事に保管しているそうだから、まあ許す。で も、ちょっとだけでも拝みたいなあ)

1970年前後からジャンボ機が普及し、運賃が劇的に下がり(バス1台=40 人用運賃登場)、海外旅行は庶民の手が届く娯楽になり、パンアメリカン 航空がスポンサーになっていた兼高さんの番組は1990年、「取材国は約 150か国、距離にして地球を180周」の記録を残して終わった。兼高さんは 日本の海外旅行復活、発展の大功労者だった。

<1990年7月31日、芥川隆行は体調不良を訴え入院、末期の肺がんだっ た。9月4日、「兼高かおる世界の旅」最終回のナレーション収録時点では 胸を押さえながら必死で挑んだが声が響いておらず、「芥川節」は本調子 ではなかった。10月2日、死去、71歳。

10月3日、入院中の9月6日に書き下ろした、兼高との思い出を振り返った 「一つの旅の終焉」は、雑誌『鳩よ!』に絶筆掲載された>(WIKI)

戦死・・・大和男児の最期はこうありたいね。

ところで河内桃子さん(1932年生、本名:久松桃子、旧姓:大河内)は女 優である。小生にとって彼女はカトリック布教のラジオ番組「心のともし び」の朗読者だった。河内さんは小生が大好きな生田緑地に近い日本女子 大学附属高等学校を卒業して女優になった。日本女子大はプロテスタント 牧師の成瀬仁蔵が創設した。

(成瀬は新教、旧教の違いにこだわらなかった。今の日本人も「宗教、宗 派の違いなんぞは些事、みんなで仲良くやろうぜ」、これが初期設定。日 本人に生まれてよかった思わないこと?)

河内さんは1998年11月5日に亡くなる直前の10月29日、病床でカトリック 神父より洗礼を受け「マリア」の洗礼名が与えられた。1980年にヨハネ・ パウロ2世から聖十字架章を親授されたほか、1996年にはバチカン市国勲 章も授与されている。

兼高さんと河内さんは、ほぼ同時代を生き、同時期に米国にいたこともあ り、共にキリスト教にも通じている。時代が「暗いと不平を言うよりも、 すすんで明かりをつけましょう」とか「置かれた場所で咲きなさい」と いった風潮だったのだろうか。政府は「飢えをなくした、経済は追い風 だ、後は国民の努力次第、3C(カー、クーラー、カラーテレビ)を目指 せ!」という感じだったようだ。

60年安保騒動の1960年から70年代は戦後リベラル≒アカモドキの残照がま だあった。80年代はバブルに代表されるように「カネ」がボディコンを着 て踊りまくっていた。「♪骨まで溶けるようなテキーラみたいなキスをし て 夜空もむせかえる 激しいダンスを踊り」まくったのだ。資本主義万 歳!てな感じ。

ところがマスコミなどの出版界は今でもジメジメしてまだ赤い。不思議に 思わないこと?

実は出版界の求人募集は「朝日の月曜朝刊」求人欄に集中していたのであ る。今はどうかは知らないが、少なくとも70年代はそうだった。だから出 版界を目指す若者は朝日を購読せざるを得ないし、学校の先生たちは日教 組の影響もあって朝日を読み、記事を試験問題にも起用していたから、生 徒たちも朝日を読むという、何やら永遠的に赤いタスキが渡されていくと いう輪廻駅伝が続いているのかもしれない。

このためにマスコミ、出版は欧米を含めて、多分7〜8割はアカかピンクの フィルターをつけている。彼らはリベラル(良識と知性ある穏やかな人、 小生にとっては福翁、岩波茂雄、陸羯南など)を自称しているが、戦後は 基本的にはML(マルクス・レーニン)教徒だ。

ひと頃(角栄バッシング前後、立花隆や赤坂“頂門”太郎が元気だった 頃)130万部を誇った「文藝春秋」は今は30万部ほどだろう(雑誌協 会)。昔のリベラル、多分今はほとんど痴呆症的な読者層に迎合している みたいで、根っからの反日的な保阪正康なんぞの論は胡散臭い。半藤一利 も怪しい感じがするから読んだ記憶はない。

岩波「世界」は寄らば大樹の中共もEUもへたってきたから絶滅危惧種、名 もないML狂徒の公衆便所みたいでレッドブック入りだ。1万部出ているの かどうか。原稿料が払えずに「そのうち新書にするから印税で」なんて綱 渡り的なことをやっているんじゃないか。「世界」に掲載されるんだか ら、ま、いいか、なんてML狂徒の学者は思っているかもしれないが、飯を 食えんと戦争できへんで。

モード・モンゴメリは一種の女傑、時代が時代ならサッチャーのような宰 相になっていたのではないか。市井の素朴なクリスチャンのご婦人方を煙 に巻いて熱烈な支持者にする才能を持っている。彼女は大宰相と言われる チャーチル(1874年11月30日 - 1965年1月24日)が生まれた時に、プリン ス・エドワード島で生まれた。モードはそれを時に楽しんでいたという。

モリー・ギレン著「運命の紡ぎ車」によると、父方のモンゴメリ家、母方 のマクニール家はともに名家で、エドワード島立法府の議員を務めている 先祖も多い。初代モンゴメリ家はカナダ移住を決めて故国を後にしたが、 エドワード島を目指していたわけではない。ただ、寄港しただけだが、船 酔いに苦しんだ夫人が「もう船は嫌!ここに住む!」と主張して梃子でも 動かない。旦那は「もうしょうがない」と折れるしかなかった。昔も今 も・・・男はつらいよ!なあ、同志諸君!

モリー曰く「モードの家系には気性の激しい婦人が何人もいたのである」

気性の激しさ、繊細な感覚、豊かな知性を抑えながらモードは牧師の良き 妻、母親、作家を演じる。手抜きしないから大変だ。

<忙しさに煩わされ続けた年月を通じて、モードは何とか毎日2、3時間の 時間を工面して執筆の時間を確保したのである。

「母は早朝に書きものをしていました」と息子のスチュアートは言っている。

「そして夜遅くに読書をしていました。私が覚えている限りでは、母の睡 眠時間は5時間、時には6時間でした。母は乱読家で、また、読心術を心得 ていました。

イギリス文学の古典は、すべて何度も読み返していましたし、それに信じ られないほどの記憶力で、シェイクスピア、ワーズワース、バイロンばか りか、有名なイギリス詩人の作品はすべて大部分の個所を引き合いに出す ことができました。

そればかりか、同時代の本、雑誌、新聞のすべてを読み、また、毎日1、2 冊の推理小説を読みこなしていたのです」

牧師のご主人の神経症的な憂鬱状態(小生のような抑うつ症、自殺願望、 引きこもりとかかも知れない)がどれほど深いものなのかをモードはすぐ に感知したが、会衆にはあずかり知らぬことであった。モードは時折友人 (ペンフレンド♂)たちに夫の思わしくない健康――神経衰弱、不眠症、意 気消沈――について書き送っている。

晩年もどん詰まりになって初めてモードは、夫と共に生活した期間の大部 分、彼女の心を重くしていた夫の精神状態に対する絶望を打ち明けたので あったが、その時まで、他の重みとからみ合ってモードを打ちひしいでい たのである>

モードは牧師の妻として笑顔を絶やすことなく、実は必死で夫を支え、夫 の至らぬところを補っていた。

<とはいえ(牧師の妻として)職務を果たすことで、モードがどれほど疲 れ切っていたかをよく分かっている人はいないであろう。一面では職務を 楽しんでいたが、一面ではその進入を不快に思っていたのである>(つづく)

まったく人生は皆、初心者だから想定外のことばかりだ。「これだ」と 思っていても、いつの間にか別の線路になっていたりして、「ここはど こ? 戻りたいんだけど・・・えーっ、一方通行?! 廃車置き場行 き?!って・・・」。

だから人生は面白いとも言えるし、アホくさいとも言えるのだが、ま、こ の際は笑った方がよさそうだな。ハッピーカムカムってことでさあ。

さてさて、米朝会談、半島情勢は「大山鳴動、文在寅失禁」というだけ で、どうもパッとしなかった。中共にとっても半島はただの「ババ」で、 使い道がないんじゃないか。ナイナイヅクシの北は包囲網が継続/強化さ れ、そのうち中共が見捨てれば自壊するしかないのでは。あるいは核施設 を空爆ですべて破壊されたり。文在寅らの夢見る南北赤化統一はどうもあ りそうもないような・・・

北の軍隊はどう動くのだろう。金北豚神輿を担いでもじり貧になるだけ で、中共の了解を受けてクーデターで金王朝をつぶし、ミャンマーみたい に徐々に前進した方がいいと思うが。

前回に続いて「正論」2005年2月号「大島信三編集長インタビュー 元朝 鮮総連活動家の懺悔録『未来のために私の過去を話します』元朝鮮青年同 盟中央本部副委員長兼組織部長:全京千」から要約する。

<――北との連絡は密にしていましたか。

全 あまりしなかった。向こうから言ってきましたよ、「上の人物と会 え」と。その人と井之頭公園で会って指令書(暗号)を貰ったんです。

――(橋梁専門家の)Fさんを北へ連れて来いということですね。

全 咄嗟に、これはやるべきじゃないと思いました。しかし、とにかく韓 国へ行ってFさんに接触してみようという気にはなったのです。

だけれど韓国にツテがない。さ、どうするか。知り合いの(韓国居留)民 団系の在日に、生まれ故郷の韓国へ行きたいが、どうしたらよいかと相談 しました。そうしたら、祖国訪問団というのがあるから、それにと申し込 んだらいいと。で、団体の一員として訪韓しました。1979年4月です。

――韓国ではマークされていましたか。

全 されていました。当局の人間が2人も尾行していました。総連系なの に韓国へ来たのはおかしいというわけです。

Fさんがどこにいるのか、いろいろ調べたら、ソウルの名門大学にいる と。大学に電話して「今、韓国に来てるよ」って言ったらびっくりしてい ました。それからまた付き合いが始まり、Fさんが日本に来る時は私の家 に寄るんです。

――F先生の結末はどうなったのですか。

全 結論から言えば、北の望み通りにはならなかった、ということです。 この件はFさんにも誰にも話したことはありません。旧友の人生を狂わせ ることもなく、本当に良かったと思っています。

これは人間のやることじゃないと思ったんです。相手は家庭を持っていま す、子供もいます。父親がいなくなったら、子供はどんなにさみしがるで しょう。私は小さい時に両親を亡くしました。親のいない子供の気持ちは よく分かっています。

その後、総連との関係はありませんでしたが、総連の暗い部分を知る機会 は何度もありました。帰国者が残していった不動産などが総連幹部の個人 名義になっているんですね。

総連がわが同胞に行った罪は大きいと思います。罪滅ぼしとして、世間の 疑問にきちんと答える説明責任があると思います。

――その通りだと思います。全さんのように勇気ある人たちがどんどん出て きて、明るい未来を構築するためにも真実解明に向けて貴重な証言をされ ることを期待しています。(この稿おわり)

上記の記事から15年経っても、拉致問題は一向に解決していない。子を奪 われた親の心、親・きょうだいを奪われた家族の心に寄り添う政治家、官 僚、公務員、識者は、ほとんど増えていないのではないか。むしろ「北に 寄り添う」ような人々、あるいは無関心な人々が増えているような感じが する。

今、北は経済制裁で苦しんでいる。制裁緩和のカードとして拉致被害者解 放を北の権力者は考えているかもしれない。米国トランプに振られた北は アカの文在寅や中共の支援に頼るだろうが、それだけではとても足りな い。やがて日本に秋波を送り、被害者解放をネタに支援を求めるかもしれ ない。

しかし、今さら「拉致しました、解放します、ごめんなさい」とは北は言 えない。彼らの公式見解は「拉致問題は解決済み」であり、公式に拉致を 認めることは権力基盤を弱めかねない。

正攻法では一歩も前進しないのであれば、裏の秘密交渉で「第三国(例え ば豪州)で被害者発見、保護」というあらすじでもいいのではないか。政 府認定の被害者以外を含めた全員を奪還してから身代金を払うということ で手を打つ・・・北は暴力団であり、善を説いたところで無駄。銭、燃 料、食糧、政体保障で手打ちをするしかないと思うのだが。

人質を奪還してからのことは、別に策を練っておけばよい。今はとにもか くにも救出だ。これは安倍政権の今だからこそできる禁じ手、裏取引だろ う。「狂」がなければ突破できないことはある。

発狂亭“昨日も狂、今日も狂”雀庵の病棟日記から。

【「措置入院」精神病棟の日々(116)】【2016/12/25】承前【産経】四 番手は井伊重之「アパート建設の過熱に潜む罠」。30年一括借り上げ保 証、自己資金ゼロでOK・・・建設会社やデベロッパーの甘言に乗る地主さ んが増えているとか。甘い言葉で釣る企業が倒産したらオシマイ。土地建 物は地主が銀行から借金する際に担保に差し出しているから、蓄財どころ か身上破綻して地獄へ落ちる。

小生の親戚の4家(父方の轟家、菅家、末永家、母方の久保家)は前回 1986〜1991年のバブル景気で「百姓なんてやってられん」とマンションを 建ててすべて消滅した。

それから四半世紀、喉元過ぎてまたぞろアパマン経営。企業が破産するこ とを知らない善人というか、無知蒙昧の強欲爺さん、世間知らずの長男坊 がまたまた騙されるのだ。

五番手は坂本鉄男(父親が鉄道関係?)「イタリア便り 田舎にある有名 店」、曰く「日本でも、場所は不便でも味で勝負するレストランがもっと できても良いのではないか」。地代などが安いため値段はリーズナブルだ という。

フランスに赴任していた先輩が「道路事情がいいので、1日に1000キロ走 ることもある」と言っていた。米国同様に欧州も車社会なのだろう。日 本、特に都市部は鉄道社会である。仕事を終え友人知人、お客さんと食事 をして、ほろ酔い加減で電車で帰宅するのが日本流だ。

いくら美味いレストランでも、ローマから100キロのところ、多分獣でも 出そうなド田舎のレストランへ行くのはイタリア流なのだろう。フェラー リなどスーパーカーでぶっ飛ばすのがオシャレとか。日本でそういうレス トランを造れば1年もつかどうか。日本のペンションオーナーで成功した 話は聞かないなあ。

商売の成否は、日本の都市部では立地が大きく作用する。観光地なら温泉 に入って浴衣を着て夕飯。すべて金太郎飴みたいで、美味いと言えば美味 いが、経験を積むと「ま、こんなもん」と感激は薄くなる。近隣に一流レ ストランもあるだろうが、地元料理の方が人気だろう。翌日の昼飯は「石 和温泉ってなんか風情がないよなあ、葡萄と信玄だけみたいでさあ、せっ かくだからホウトウ鍋でも食っていこうぜ」とか。

並んでありついたホウトウ鍋・・・期待が膨らみ過ぎたか、まあ、名物に 何とか、ではあるね。(つづく)2019/




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中国軍拡止まず。7・5%成長
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成31年(2019年)3月7日(木曜日)
  通巻第6010号
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中国軍拡止まず。7・5%成長、とりわけ海軍艦船と戦闘機、ミサイルに重点
一方でGDP成長目標を6%台に下げた
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 中国の軍拡は対GDP比で7・5%の増強(前年比、インドは7・6% の増強と見積もる)と全人代で報告された。米ドル換算で1776億 1000万ドル(サウスチャイナ・モーニングポストの米ドル換算では 1759億8000万ドル)。

しかし、この中には新兵器の研究や開発予算などは含まれておらず、常識 的にこの三倍と推定されている。中国軍のスポークスマンは「GDPの 1・3%でしかなく、批判される筋合いはない」と弁明している。

 西側の軍事筋が注目しているのは自前の空母配備、ジブチに中国軍の海 外基地もさることながら、海軍の艦艇増強と、ジェット戦闘機を最新鋭モ デルと交替させ、およそ2000機増やしていることである。
とりわけ注目されるのが「殲20」で、これは米軍のF22に匹敵すると 評価される。

 ちなみに米国の国防費は7500億ドル。日本は僅かに433・7億ド ル(中国の国防費の四分の一以下)、ロシアは448・4億ドルである。 日本の防衛予算の大半を占めるのは人件費。装備にはなにほどの予算も配 分されない。

日本は依然としてGDPの1%以下で、西側平均のGDP2%目標に届か せるには、少なくとも10兆円の防衛予算が必要である。

しかし、中国は国防費増大の一方で、GDP成長目標を6%台としてい る。GDP成長よりも高い軍事費増強は、さらに経済を痛めつけることに なるが、全人代の報告では、この方面への配慮は一言もない。





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米欧の距離拡大、世界は本当に変わるぞ
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            櫻井よしこ

2月15〜17日の3日間、ドイツのミュンヘンで開催された安全保障会議は米 欧関係のただならぬ軋轢を世界に示す場となった。米欧露中など多くの国 が集うこの会議は、世界の安全保障を協議する権威ある会議のひとつだ。 年来、同会議では米欧が相互に同じ立場に立って協調関係にあることを世 界に示してきた。それがいま、空中分解に近い形で、両者の溝の深さを曝 け出した。

世界情勢の分析における第一人者が田久保忠衛氏だ。氏は、ミュンヘン安 保会議で明らかになった米欧の亀裂の深さを、とりわけ日本は厳しく認識 しなければならないと説く。日米同盟が最重要なのは変わらないが、米国 一国とだけの緊密な関係では不十分な時代になっているというのである。

ドイツ首相アンゲラ・メルケル氏と、米副大統領マイク・ペンス氏の演説 から、重要な点を引いてみよう。

メルケル氏は、「国際関係は全て相互作用だ」、「世界は大いなる困惑 (パズル)」の中にあると語り始めた。

「欧州にとって、今年最悪のニュースは中距離核戦力(INF)全廃条約 の終結だ。何年にもわたるロシアの条約違反ゆえに、終結は不可避だっ た。しかし、米ソ(露)はそもそも欧州のために同条約に合意したのでは なかったか」

INF離脱を宣言したトランプ大統領を非難しながらも、ロシアの条約違 反にも言及するなど、バランスをとろうとしているのが見て取れる。

メルケル氏は中国も参加する新たなINF条約を作るべきだと訴えたが、 その後に演説したペンス氏はINF条約でロシアを非難した。さらにその 後に演説した中国共産党政治局員、楊潔篪氏は、メルケル提案に明確に反 対した。

イギリスのシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)によれば、中国保 有の核兵器の95%がINF条約違反に当たる。拡大INF条約ができたと しても、中国の加盟はあり得ない。まさにその点こそが米国離脱の理由で ある。楊氏はこの点を問われ、素っ気なく「中国は自国防衛の必要性にお いて核兵器の開発をしており、他国の脅威にはなっていない。INF全廃 条約の多国間化には反対だ」と答えた。

凄味のある指摘

INF条約に入るはずのない中国に参加を要請するなど、メルケル氏は親 中国である。なぜ、そうなのか。氏が演説後半で中国について語った非常 に興味深い部分は、氏の親中国の要因のひとつでもあろうか。

その話は後述するとして、欧州の安全保障について、ペンス氏は、2年前 の自身の演説を振りかえり、「アメリカ第一」は「アメリカ独り」を意味 するのではないと強調した。北大西洋条約機構(NATO)防衛に対する 「固い誓い」は米国の変わらぬ政策だと明言した後、NATO加盟国の国 防費問題をもち出した。経済活性化策を成功させ、歴史的な大減税と大幅 規制緩和を実行し、貿易における相互原則を打ち立て力をつけた米国は、 いまや世界最大の石油・天然ガスの輸出国でもある、その米国がNATO を守ると確約しているのだと強調した。

だが、それにはNATO諸国の自助努力も必要だとして、加盟諸国は GDPの2%を国防費に充て、2024年には国防費の20%を装備購入に充て るよう期待すると述べた。ペンス氏の発言は、NATO諸国が敵対国から 武器装備を輸入するのを、米国は見逃しはしないという発言と対であるか ら、米国の武器装備を買えということだ。

メルケル氏も負けてはいない。そのひとつが「ノルドストリーム2」であ る。ロシアの天然ガス輸出のためのパイプラインを、これまで中継国とし て自国領土に通していたウクライナを迂回し、バルト海の海底に敷設して ドイツが中継国になった。

ペンス氏は、全ての欧州諸国に独露パイプライン計画に反対するよう強く 呼びかけたが、メルケル氏はこう反論した。

「ウクライナを置いてけぼりにはしない。東ドイツは冷戦の時代、ロシア のガスを買っていた。後に西独も大量に買った。いまなぜ、とやかく言わ れるのか」、「私の左にウクライナ大統領のポロシェンコ氏、右には中国 代表の楊潔篪氏がいる前で言いにくいが、我々はロシアを中国に依存させ てよいのか。ロシアのガス輸入を中国頼りにしてよいのか。それが欧州の 利益だとは思えない」。

米国への堂々たる反論である。中国依存にロシアを追いやってよいのか、 とは凄味のある指摘ではないか。

それでもペンス氏は、メルケル氏のノルドストリーム2を強く批判した。 対してメルケル氏は、米国の貿易赤字解消のために車に関税をかける、欧 州車が米国の安全保障の脅威になっていると主張したことを、鮮やかに 斬って捨てた。

メルケル氏の中国観

「ドイツ車は我々の誇りだ。だがBMWの最大の工場はドイツにはなく、 米国のサウス・カロライナにある。米国はそこからBMWを中国に輸出し ているではないか!」

米国にとっては抗弁の余地のない批判をメルケル氏は舌鋒鋭く展開し、大 西洋同盟を維持する気があるのなら、このような無理な批判はするなと反 撃したのだ。

メルケル氏とペンス氏の間の溝は中国のファーウェイの脅威についても、 イランとの核合意についても全く埋まらなかった。その中でメルケル氏の 中国観は、日本人の私たちこそ記憶にとどめておくべきだろう。彼女は ざっと以下のように語った。

中国を訪れたとき、中国政府要人はこう語ったという。「紀元後の2000年 間の内、1700年間は我々が世界最大の経済大国だった。驚くことではな い。これから起こることは、我々が以前の場所に戻るというだけだ。(中 国が大国でなかった)過去300年間、あなたにその経験と記憶がないだけ の話だ。この300年間は、まずヨーロッパ人が支配し、次に米国人が、そ していま我々が共に支配している」。

次の段階で中国は以前の地位に戻ると、中国要人がドイツの現役首相に 語ったというのだ。

「我々は中国が立ち上がり、駆け上がってくるのを、見ているのだ」
『週刊新潮』 2019年3月7日号 日本ルネッサンス 第842回
                                             

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読 者 の 発 言
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 ◎些か一方通行的な言い方だが:前田正晶

私はお恥ずかしながら日本の会社の頃に2度出張し、その後のW社勤務の頃とリタイアー後の“pleasure trip”と合計5回も韓国に行っているので、ある程度は韓国語で意思表示は出来るが、相手が何を言っているかは殆ど理解できない程度の能力は備えている。即ち、韓国語では「会話」は出来なくても、一方的ではあるが言いたいことは何とか言えるのである。そこで、今回は久しぶりにホームグラウンドだろうと思っている英語で「一方通行的ではあるが英語ではこう言えば良い」という表現を並べ見ようと思うのだ。但し、余り流暢にやると「お主、出来るな」とばかりに話しかけられることもあるので要注意かも。

店内を見て回りたいのですが、宜しいですか:

解説)我が国では余程高価で高級品ばかりを並べたブランド品の店に入る時でもここまで丁寧に言わないとは思うが、アメリかではある程度以上の規模の店に入る時には、一応このように言って断っていた。即ち、買わないかも知れないという「ひやかしかも」の意思表示だ。尤も、ドイツでは一旦入ったら何か買わねばならないと聞かされていたが、現実には「ひやかし」は通用した。そこで英語である。

“Let me take a look around.“乃至は店の格にもよるが”May I take a look around, first?”などと言えば通用すると思う。ところが、記憶ではジョージア州アトランタの靴屋さんでは慎重に見て歩いていたら(どのような英語だったか記憶はないが)「もう好い加減に買ったらどうだ」と凄まれたことがあった。そこで一計を案じて「何かセールに出しているものはないのか」(”Do you put anything on sale?“)と言って見たら「何もない」と言うので、「それじゃー仕方がない」と言って脱出した。

もう注文するよ。:

解説)アメリかのレストランではご承知のように”tip“(チップのこと)制であるから、そのテーブルの担当であるウエイトレスかウエイターが”Are youready to order?”というようなことを言って回ってくる。経験がある方は多いと思うが、英語のメニューは読みにくいし、”Today’s
special“などを長々と早口でまくし立てられるので、簡単には「ご注文」とはなりにくいのだ。そこで「注文の準備が出来たよ」は既に答えは出てしまったようなものだが、”I’m ready to order.”で十分なのである。

余談だが「本日のスペシャル」は馴れていても聞き取りにくいので、ある時「エイヤッ」とばかりに”I’d like to have the last
one, please.“と言ってみたら、大当たりで非常に美味な料理が出てきたことがあった。この”I’d like to have
〜.”は最後の自分が欲しい料理名に変えていけば応用範囲が広くて便利であるとお薦めする。

部屋付けにしてください:

解説)いきなり答えから入っていくと“Can I charge it to my room
account?“なのだが、これはホテルのダイニングルームかコーヒーショップなどで食事をした際にそのテーブルの係の給仕人にこう言って尋ねれば、先ず”Yes. ou sure can.”などと言って答えてくる。要するに「サインで済ませられるか」と尋ねているのだ。その際にtipもそこに書き込んでおけば良いのだ。

2人用のテーブルを:

解説)我が国でもファミレスなどでは勝手に着席させずに、空いている席に案内するところがある。アメリかではtipの配分の関係があるので、maîtred’s(メイトルデイーで良いか)という案内係が席に誘導するシステムになっている。彼らは“Please wait to be seated.”という看板のところに立っているから、“Table for two, Please.”という風に言えば良いのだ。この他には“We are a party of four.”(4人です)という言い方もある。

その黒いのを見せてください:

解説)品物が入っているケースやショウウインドーの中の品物を手に取ってみたい時に何と言えば良いのかということ。普通には“Let me take a
look at that black one over there.”辺りで十分だと思う。勿論、“I want to take a look atvthat one on the left.”で通用すると思う。ここまでは文法的にも誤りがないような文章にして来たが、足下を見られない為にも、正確に話される方が無難だと思う。

Cash or charge?:

解説)これは英語だが、現金で支払いをする人が殆どいないアメリかでは、買い物をするとこのように確認してくる。「現金ですかクレデイットカード払いですか」と言う意味だ。トラベラーズチェックだって通用するのだから気取って“TC.”などと言って見る手はある。また出入国管理(INSまたはパスポートコントロール)のゲートでは係官がブッキラボーに*“Business or pleasure?”*と訊いてくる。「仕事か楽しみの旅行か」とでも訳せば良いのだろう。彼らは先ず“sight seeing”とは言わないようだ。

余談だが、私はリタイアー後の2年目にに初めてbusiness以外でアメリカに入った時には、“Pleasure trip, for the first time in my life
time.”などと言ってみた。係官は私のパスポートを見れば何回ビジネスで入国したかが解ると思ってそう言ってみたのだが「なるほど」という顔をしていた。


 ◎些か一方通行的な言い方だが:前田正晶

私はお恥ずかしながら日本の会社の頃に2度出張し、その後のW社勤務の頃 とリタイアー後の“pleasuretrip”と合計5回も韓国に行っているので、あ る程度は韓国語で意思表示は出来るが、相手が何を言っているかは殆ど理 解できない程度の能力は備えている。

即ち、韓国語では「会話」は出来なくても、一方的ではあるが言いたいこ とは何とか言えるのである。そこで、今回は久しぶりにホームグラウンド だろうと思っている英語で「一方通行的ではあるが英語ではこう言えば良 い」という表現を並べ見ようと思うのだ。但し、余り流暢にやると「お 主、出来るな」とばかりに話しかけられることもあるので要注意かも。

店内を見て回りたいのですが、宜しいですか:

解説)我が国では余程高価で高級品ばかりを並べたブランド品の店に入る 時でもここまで丁寧に言わないとは思うが、アメリかではある程度以上の 規模の店に入る時には、一応このように言って断っていた。即ち、買わな いかも知れないという「ひやかしかも」の意思表示だ。尤も、ドイツでは 一旦入ったら何か買わねばならないと聞かされていたが、現実には「ひや かし」は通用した。そこで英語である。

“Let me take a look around.“乃至は店の格にもよるが”May I take a look aroundfirst?”などと言えば通用すると思う。ところが、記憶では ジョージア州アトランタの靴屋さんでは慎重に見て歩いていたら(どのよ うな英語だったか記憶はないが)「もう好い加減に買ったらどうだ」と凄 まれたことがあった。そこで一計を案じて「何かセールに出しているもの はないのか」(”Dyou put anything on sale?“)と言って見たら「何もな い」と言うので、「それじゃー仕方がない」と言って脱出した。

もう注文するよ。:
解説)アメリかのレストランではご承知のように”tip“(チップのこと) 制であるから、そのテーブルの担当であるウエイトレスかウエイター が”Are youready to order?”というようなことを言って回ってくる。経験 がある方は多いと思うが、英語のメニューは読みにくいし、”Today’s
special“などを長々と早口でまくし立てられるので、簡単には「ご注文」 とはなりにくいのだ。そこで「注文の準備が出来たよ」は既に答えは出て しまったようなものだが、”I’mready to order.”で十分なのである。

余談だが「本日のスペシャル」は馴れていても聞き取りにくいので、ある 時「エイヤッ」とばかりに”I’d like to have the lastone, please.“と 言ってみたら、大当たりで非常に美味な料理が出てきたことがあった。こ の”I’d like to have〜.”は最後の自分が欲しい料理名に変えていけば応 用範囲が広くて便利であるとお薦めする。

部屋付けにしてください:

解説)いきなり答えから入っていくと“Can I charge it to my room
account?“なのだが、これはホテルのダイニングルームかコーヒーショッ プなどで食事をした際にそのテーブルの係の給仕人にこう言って尋ねれ ば、先ず”Yes.You sure can.”などと言って答えてくる。要するに「サイ ンで済ませられるか」と尋ねているのだ。その際にtipもそこに書き込ん でおけば良いのだ。

2人用のテーブルを:

解説)我が国でもファミレスなどでは勝手に着席させずに、空いている席 に案内するところがある。アメリかではtipの配分の関係があるので、 maîtred’s(メイトルデイーで良いか)という案内係が席に誘導するシス テムになっている。彼らは“Please wait to be seated.”という看板のと ころに立っているから、“Table for two, Please.”という風に言えば良い のだ。この他には“We area party of four.”(4人です)という言い方も ある。

その黒いのを見せてください:

解説)品物が入っているケースやショウウインドーの中の品物を手に取っ てみたい時に何と言えば良いのかということ。普通には“Let me take a
look at that black one over there.”辺りで十分だと思う。勿論、“I want to take a look atthat one on theleft.”で通用すると思う。ここ までは文法的にも誤りがないような文章にして来たが、足下を見られない 為にも、正確に話される方が無難だと思う。

Cash or charge?:

解説)これは英語だが、現金で支払いをする人が殆どいないアメリかで は、買い物をするとこのように確認してくる。「現金ですかクレデイット カード払いですか」と言う意味だ。トラベラーズチェックだって通用する のだから気取って“TC.”などと言って見る手はある。また出入国管理(INS またはパスポートコントロール)のゲートでは係官がブッキラボー に*“Businessor pleasure?”*と訊いてくる。「仕事か楽しみの旅行か」と でも訳せば良いのだろう。彼らは先ず“sight seeing”とは言わないようだ。

余談だが、私はリタイアー後の2年目にに初めてbusiness以外でアメリカ に入った時には、“Pleasure trip, for the first time in my life
time.”などと言ってみた。係官は私のパスポートを見れば何回ビジネスで 入国したかが解ると思ってそう言ってみたのだが「なるほど」という顔を していた。


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身 辺 雑 記
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東京湾岸は9日も快晴、爽快。

8日の東京湾岸は快晴。夕方には『あきら』で義姉夫婦と一献。

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