政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針4971 号  2019・3・2(土)

2019/03/02

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わたなべ りや うじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」4971号
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        2019(平成31)年 3月2日(土)



        時代と共に変わる職業イメージ:渡邊好造

       トランプ「破恋」の背景に「焦り」:杉浦正章

     中国はパキスタンの空爆報復を不支持:宮崎正弘            
                                
                    話 の 福 袋
                     反     響
                    身 辺 雑 記


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時代と共に変わる職業イメージ
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        渡邊 好造


約60年前の学生にとって、超エリートの花形職業は銀行であった。

同時期に筆者が就職したのは広告代理店業。ある洋酒メーカーの社員を対 象にした意識調査の結果を卒業論文にしたこともあって、広告代理店業と しては時代に先駆けて創部された調査部に配属となる。

一日中調査票や調査報告書の作成に取組み、徹夜作業も度々で、大阪のメ イン道路・御堂筋からの市電の音で目覚めさせられた。

仕事内容には大満足だったが、当時の広告代理店業のイメージは良いとは いえず、明治生れの父親は、「大学まで出て"広告屋"か」と不満気だった。

銀行か商社を期待していたのだろう。入社した会社のビル1階エレベー ター押ボタン横には『押売り"広告屋"お断り』のプレートが貼付されてい たのでも分かるように、広告代理店業は押売りと同等のイメージを引き ずっていたのである。

ところが、社員の方は"広告屋"とはチラシ広告などを扱う小さな会社のこ とで、自分達の会社のことではないと考えていたらしく、貼られたプレー トを気にしている様子はなかった。

その後、テレビ広告費の急増にともなって目覚しい発展をみせ、5年も経 たないうちに"アドバタイジング・エ-ジェンシ-"と言換えられ花形職業に 変貌した。

筆者は広告代理店業で調査、営業、企画を17年余り経験し、昭和53年 (1978年)消費者金融業に転職した。

この業界も高利や不当取立などで非難のマトになっていて、当時のイメー ジは最低だった。しかし、人材不足の新興職業ということもあって、これ までの経験を活かせる仕事はいくらでもあったし、実入りも悪くなかった。

それに、広告代理店業と同様に業界のリーダーや経営者の考え方次第で好 イメージに転換するはず、とアドバイスしてくれた年齢一まわり先輩の後 押しも大きい。

その折にイメージ好変の典型例として話してくれたのが、現代の花形エリ -ト職業"弁護士"の明治時代からの経緯である。

『弁護士は、明治維新の西洋式裁判制度導入当初"代言人"といわれ、”三 百代言”という蔑みの異名まで生み出している。刑事・民事事件のもめご とを3百文で引受け飯の種にする卑しい輩、それが"代言人"というわけで ある。

保守的な京都では「家貸すな」「娘を嫁にやるな」といわれたくらいで、 口が達者だから何のかのとイチャモンをつけられて苦労させられる、とし て嫌われた。

こうした風潮をなげいた良心的な"代言人"の中から免許制にすべしとの意 見もでて、明治9年(1976年)"代言人"規則の制定により公式に認知さ れ、昭和に入って法律も成立した。

 しかし、高額の免許料や低収入の依頼人ばかりで儲からない。あげくは 無免許の"代言人"が横行し取締りも十分ではなかった。今のように国家権 力から完全に独立できたのは、新弁護士法ができた昭和24年(1949 年)だという。』

"代言人"については、昭和56年(1981年)週刊新潮に連載された和久俊三 の小説「代言人 落合源太郎」に詳しいが、筆者はその3年前の転職時に 概要を聞かされた。

その後、消費者金融業界は数社が株式上場し、業績もイメージも飛躍的に 向上した。"代言人"の例をみるまでもなく、どんな職業も好イメージ確立 までには先人達の普段の弛まぬ努力があってこそであり、そう簡単に達成 されないことは言うまでもない。

現在、紆余曲折があって銀行は超エリート業とは言えないし、広告代理店 業は広告メデイア事情の変革で楽ではない、消費者金融業は法律の改定で 廃業に追込まれかねないほどの苦戦を強いられている。

いずれもこれまで積上げた折角の好イメージも下降気味である。当り前の ことだが”時代とともに職業イメージは変る”。職業選びは将来を見据えて 慎重であるべしだが、20年も30年も先のことは予測しにくい。まあ今思 えば筆者の場合「丁か半か、えいや〜!」だった。(完)



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トランプ「破恋」の背景に「焦り」
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           杉浦 正章

米朝両首脳が“誤算”競争

米朝首脳会談が事実上の物別れになった背景を探れば、米朝双方に誤算が 存在したことが分かる。とりわけ北朝鮮はトランプ頼りで“誤算の山”を築 いた実態が濃厚である。トランプは自らの「ロシア疑惑」から目をそらそ うとしたようだが、外交を性急に自らの保全に使うという馬脚が現れてし まったようだ。2020年の大統領選再選を意識しすぎた結果が裏目となって 出たのである。

まず北の最大の誤算は経済制裁の完全なる撤回を求めたことだろう。極め て高い要求をした背景には、どこから情報を得たのかアメリカが撤回に応 じるという情報と判断が存在していたようだ。金正恩は、寧辺(ニョン ビョン)、にある核施設を廃棄すれば、その見返りに制裁の全面解除が得 られるという判断だったのだ。

しかし、国務長官マイク・ポンペイオの判断は寧辺の核施設だけでは十分 ではないというものであり、かねてから大統領トランプに忠告していた。 ポンペイオ自身も「寧辺の核施設は重要だが、ミサイルや核弾頭などの兵 器システムが残る」と述べている。東倉里(トンチャリ)豊渓里(プンゲ リ)などにも核・ミサイル施設があるとみているのだ。

米側が金正恩に示した見返りは?経済協力?平壌への連絡事務所の設置?朝 鮮戦争の終結宣言?経済制裁の緩和ーなどであった。しかし金正恩は象徴 的な終戦宣言ではなく、国連制裁の実質的な緩和、エネルギー、金融分野 での制裁解除などへと要求を膨らませた。これらの課題は7回に亘る実務 者協議でも溝が埋まらなかったものであり、首脳会談なら決着が可能とみ た金正恩の判断は甘いと言わざるを得まい。

北朝鮮が経済制裁の完全なる削除という極めて高いハードルを可能とみた のは寧辺を取引材料に使えば、米国が応じるという判断があったようだ。 北朝鮮にとってもはや不要となった施設を高く売りつけようとしたのである。

トランプが「金正恩氏が寧辺の核施設を廃棄すると言ったが、公にしてい ない核施設を廃棄しない限り、非核化ではなく、核保有を認めた上での核 軍縮交渉になってしまう」と述べたのはもっともである。さすがのトラン プも「その手は桑名」なのだ。

核拡散防止条約(NPT)は1970年に締結され、アメリカ合衆国、ロシア、 イギリス、フランス、中華人民共和国の5か国以外の核兵器の保有を禁止 した条約である。

北朝鮮は核兵器開発疑惑の指摘と査察要求に反発して1993年に脱退を表明 し、翌1994年にも国際原子力機関(IAEA)からの脱退を表明したことで国 連安保理が北朝鮮への制裁を検討する事態となった。その後、北朝鮮が NPTにとどまることで米朝が合意している。

しかし、北朝鮮はNPTなどどこ吹く風とばかりに既に核爆弾を30個保有し ているとみられており、もう核製造施設は事実上不要となっている。これ らの施設を廃棄したところで北が核保有国であるという、戦略的な位置づ けに変化は生じない。不要な施設を廃棄して、経済制裁が解除されれば金 正恩にとってこんなにプラスになることはないのだ。

しかし、世界の目は厳しい。こうした北の対応がますます、危険な国家と しての北の位置づけを確たるものにするのであって、北の孤立化は一層深 まるだけだ。

一方韓国の文在寅政権は米朝合意を前提に?ソウルでの南北首脳会談開催? 北への経済協力事業の開始ーなど意気込んでいたが、時期尚早であった。 独自に行えば韓国が極東において孤立するだけであり、当分無理であろう。

今回の交渉で目立ったのはトランプ外交の付け焼き刃的な手法である。ト ランプは金正恩と「恋に落ちた」と発言したが、恋した相手は、一枚上手 で、その結果は事実上の「破恋」としかいいようがない。

相手からは制裁の全面解除という不可能な要求を突きつけられては、恋に 落ちるどころではない。重要な外交課題に対してトランプの手法は「軽い」 のである。そもそも非核化の交渉は10年がかりを覚悟すべきものであり、 自らの手柄を意識してはいけない。


       
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中国はパキスタンの空爆報復を不支持
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成31年(2019年)2月28日(木曜日)弐
  通巻第6008号
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パキスタン政界に衝撃。中国はパキスタンの空爆報復を支持しない
  庇護者だった筈が、なぜインドの言い分も聞き分けるのか?
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インド、パキスタン国境が騒がしい。

もともとカシミールの領有をめぐって激しい国境紛争、軍事衝突を繰り返 してきたが、1999年以来、目立った動きはなかった。

インドに自爆テロをしかけ40人を殺害した過激派はパキススタンから出撃 したため、インド空軍は武装集団の拠点を空爆した。「テロリストの拠点 だったからだ」と主張するインドに対して、パキスタンは「民間人が多く 死傷した」と激怒した。死者は6人といわれる。

インド空軍機が再びパキスタン領空を侵犯した。すぐにパキスタンが撃墜 し、インド空軍のパイロットひとりを捕虜とした。

インドはミグ21,対抗したパキスタンはF16で迎撃した。

米国は「エスカレートするな」と両国に警告した。インド軍は、ただちに 次の軍事作戦を協議するため、モディ首相の自宅に軍幹部が深夜に集合し 緊急対策を協議した。

イムラン・カーン(パキスタン首相)は、「このままでは核戦争に突入す る。早急にデリーと話し合う」としたが、インドは無反応。パキスタンは 中国の介入を期待したが、北京は冷淡にも、「今次の軍事衝突に中国は介 入しない」としてパキスタンを弁護せず、イスラマバードに衝撃が走った。

パキスタンの有力紙『ザ・ドーン』は、4月に北京で開催予定の「BRI 国際フォーラムに、初回ボイコットしたインドを何としても参加させたい からだ」と報じた。

BIR国際フォーラムとは「一帯一路」(Belt Road  Initiative)の関係国130ヶ国を招いて、国際協力を要請する という習近平の目玉である。米国も同会議にはオブザーバーを派遣すると している。インドは、はじめからこのフォーラムを無視してきた経緯がある。

それにしてもインド vs パキスタンの軍事衝突。ベネズエラが燃え、 米朝首脳会議が開催されているときに、不適切なタイミングで起きたもの である。
          
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ニッキー・ヘイリー(前米国国連大使)が政治活動を再開
  「中国はアメリカにとって外国の最悪最大の脅威」だ
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 「米国の経済、文化、国家安全保障」を強力に推進させるための助言グ ループを主導し、提言活動を開始したのは、あのニッキー・ヘイリー(前 国連大使)だ。

最初のパンチ。

「共産主義独裁の中国は、おそらく世界一の、人間性を踏みにじる悪魔的 存在である」

「米国民にとっての安全、利害、価値観に多子弟最大のそとからの脅威で ある」として、共和党保守派の「ロシア、イランと同列に論じる」趣きに 釘を刺した。

ヘイリー女史は2016年の大統領選挙でサウス・カロライナ州知事としての 著名度もあって、最初はマルコ・ルビオ上院議員を、ついでテッド・ク ルーズ上院議員を推薦し、トランプを終始批判し続けた。ところがトラン プの当選直後、最初の指名がニッキー・ヘイリー国連大使だった。電撃的 ショックをワシントンにもたらした。

これはレーガンが政敵だったブッシュ陣営からベーカーを首席補佐官に任 命したような人事上の椿事でもあった。

その後の2年間、ヘイリーは、「アメリカ・フォースト」を掲げるトラン プのナショナリズムに基づく外交を着実に推進し、中国とロシアを批判 し、国連人権委員会からは脱退し、米国の国連分担金を3億ドル弱も削減 し、それでいて「この2年間、国連は変貌した。米国の主張への理解が増 えた」と自画自賛した。

ヘイリーはインド系アメリカ人女性として、初の国連大使であり、そのタ カ派発言に世界は注目した。

国連大使辞任の理由を「休暇を取りたい」などとしたのは下手な芝居で あって、誰も信じておらず、ホワイトハウスの権力闘争が絡んだ。とくに クシュナー・イバンカ夫妻との確執が伝えられた。

さて、彼女が助言集団を形成し、政治発言を再開した背景は何か?

ヘイリーは明らかに2024年の大統領選挙を視座に入れている。その政治 キャリアから言っても、発言記録からみても、資格は十分。今後の仕事 は、様々な政治的機会を利用してつねに提言をし続けながら著名度を保ち つつ、共和党内での地歩を磐石にすることにある。

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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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―「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(5)
  東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

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折から起こる反日運動の背景を、若者は考えた。

たとえば上海租界の「義勇隊などの御厄介になるのは日本人が一番多い癖 に志願者は一人もないそう」であり、フランス租界にあるフランス経営の 公園に「休日など行つて見たら、日本人が大部分を占領してゐ」たり、軽 快な服装をした西洋人親子が楽しんでいる中に、その輪に加わることなく 「汚れた着物を着流して時代後れの深ゴムの靴、眞?い三年越しの麥藁帽 を阿彌陀に被つて腰には烟草入れを下げてゐ」たり――上海在留日本人の姿 は「外人のそれと比較して何たる對照だらう」。

極め付きは蘇州で街頭での体験になる。彼ら日本人学生が「三十人も騒が しく鈴を鳴してこの狹い道を通つて行くと、兩方の家の内から皆んなが飛 出して來て、色?く陽に焦げけた東夷の學生が馬上顧眄の豪傑振り乍ら、 しかも、落馬せんとし乍ら往くのを眺めた。この大勢は少なからず蘇州の 排日氣勢を昂めたことゝと思うはれる」。

日本人自らの無自覚な振る舞いもまた「排日氣勢を昂めた」と考える「若 者の感覚」と、「序」に記された「拝日問題で注意すべき一事は」、「歐 米の商品を扱つて居るものが故意にやる外は支那で相當名のある實業家や 多數商人は一般に日貨排斥の意志を眞から持つては居ないので唯學生の危 害を惧れるのと民衆への氣兼から形式的にやつて居る仕事である云ふ點で ある」と指摘する「大人の思考」の間の落差は、いったい何に起因するのか。

それが世代の、人生経験の、あるいは世間知の違いに直接的に結びついて いるとも思えない。

この時から現在にまで続く中国における排日、あるいは反日の動きを振り 返るなら、「(上海共同租界の)義勇隊などの御厄介になるのは日本人が 一番多い癖に志願者は一人もない」ことへの疑問、大正時代の若者が上海 の公園で感じたであろう気恥ずかしさ、「東夷の學生」が蘇州の街路で皮 膚感覚で直感したであろう一種の蔑みの視線は、やはり軽視すべきではな かったのではないか。

この時の義憤が「政治家や實業家は恕す可しと雖も、考のあると云はれる 學者までが浮れて日支親善なぞと眞面目くさつてるのは言語同斷だ」との 思いに繋がっているように思えて仕方がないのだが。

もう少し、日本人の振る舞いに対する若者の考えを追ってみたい。そこ で、漢口の租界を訪ねた際の感想を見ておくことにする。

「何處でもそうだが、殊に支那などに於ては、未だ一般に外國の事情に通 ぜぬので、多くは服装の良否や、建物の大小美醜などで、其國の優秀貧富 などを、きめる傾向があるから、列強と相對峙して、威勢を張り、發展を 策するには、どうしても此點に於て、大なる注意を要し、居留地には他國 に劣らぬ設備をなすと共に」、在留者であれ旅行者であれ服装から立ち居 振る舞いにいたるまで、やはり「他國人に劣らぬだけの心掛けが大切」 だ。それというのも、「既に體格に於て、歐米人は無論、支那人よりも見 劣りのする我々が、服装でも醜かつたらば、彼等の蔑視を受けるのは當然 である」からだ。

言わば見た目がイチバン。

嘗められたら最後で、トコトン嘗められてしまう。

ところが「昨夏來遊した向陵の健兒」――東大の前身である第一高等学校の 学生――は、やってはイケナイことをヤッチまった。日本では超エリートで あればこそ許される弊衣破帽というバンカラスタイルも、外地では一切通 用しない。

だが、彼らは「矢張内地そのまゝの蠻から姿でやつて來たので、事情を知 らぬ外人や支那人から、日本で最も有名な學校の生徒があの姿では、と少 なからぬ侮蔑や指彈を受けて、在留邦人も大いに迷惑した」。

「之は尤もの事で日本人たるものゝの深く省みねばならぬ事柄である」こ とは確かだ。《QED》

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読者の声 READERS‘ OPINIONS どくしゃのこえ 読者
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(読者の声1) 弐回目の「米朝首脳会談」がベトナムの首都、ハノイで開 催され、トランプがJW・マリオット・ホテルに、金正恩がメリア・ホテ ルにそれぞれ宿泊し、最初の夕食会の場所はメトロ・ホテルだったとか、 この配置に特別な意味があるのではと思うのですが、如何でしょう
   (JJセブン)


(宮崎正弘のコメント)JW・マリオットはハノイの新開地にできた米国 系の豪華ホテル。安心して泊まれるからでしょうが、都心までやや距離が あります。会場のメトロは老舗名門、フランス時代からのクラシカルな建 物で、ミッテランンもシラクも、そしてブッシュも宿泊したところ。
 一方、金正恩の宿舎となったメリア・ホテルも、旧都心に位置し、名門 高級ホテルなれど、老朽化がいわれておりました。ホテルの予約事情やら 警備事情やらが主な要因であって、ほかに特別な意味があるとは思えませ んが。。。
 それより注目は長い長い列車の旅をして、北の新義州から鴨緑江を渡 り、丹東、瀋陽、天津、武漢、長沙からベトナムへ入った道のりを辿る と、金正恩は、こんかい北京に立ち寄っていないという事実が浮かびます。



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(読者の声2)先般、ヴィルピッタ・ロマノ先生の講演を伺いましたが、 氏はその中で「ハンチントンの『文明の衝突』は、初版で、「日本が東側 に属するだろう」と致命的な過ちをしでかし、再版以降は、この箇所を訂 正したそうです。
 先生はこの本を、どのように評価されますか? 
   (HU生、戸田市)


(宮崎正弘のコメント)初版の誤謬については知りませんでした。だいい ち未読です。いま集英社文庫にはいっているようですが、手に取る気力が 起きない。
 理由はアーノルド・トインビーの大作『歴史の研究』がすでにあるから で、この亜流という捉え方で良いのではないかと思います。
ハンチントンの『文明の衝突』の基本的な間違いは、「中国の儒教文明と イスラム圏が協力する。西洋文明は衰退する」という説で、とくに前者の 歴史観には疑問を抱かざるを得ないというところでしょう。
ついでに言えばフランシス・フクシマの『歴史の終わり』もつまらない本 でしたね。いまでは顧みる人も稀です。
日本ではまったく無視されてきたパット・ブキャナンやエド・ルトワック らの著作翻訳本が、日本で静かに読まれ始めている事実のほうが重要に思 えてなりません。

             
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読 者 の 発 言
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 ◎トランプ大統領と金正恩委員長会談の雑感:前田正晶

服装学:

先ずはトランプ大統領のファッションの観察から。私が非常に気になって いることは「あの黒いコート」と、前のボタンをかけずにおられること。 私が信奉し且つ私の「ビジネスパーソンの服装学論」の見地からも「身分 の低さを表す」とされている「黒いコート」(テレビの画面では黒としか 見えないのだ)をお好みである点だ。私は少なくとも「アメリカ合衆国の 大統領」がお召しになるべきコートではないと思う。それとも不動産業界 ではあれで通用するのかな?

私はトランプ大統領のネクタイも常に関心を持って見てきた。殆どの場合 赤か空色系統の無地で“extra length”のものを使い分けておられる。縞模 様(ストライプ)か英語でいう“pattern tie”(柄物)は着用されない。 縞模様をしておられても、何故か私が「アメリカ縞」と呼ぶ右肩から左下 に向かって縞が流れているものは締めておられないのだ。しかし、ハノイ の会談での初日には紺地に赤のストライプだったが、何とアメリカ縞では なかった。ブランドが何処かと奇異の感があった。

2日目には矢張り紺の地にブルーのアメリカ縞のネクタイで登場された。 珍しいこともあるものだと思えば、walk awayとなってしまった。嘗て は、歴代のアメリカの大統領の御用達だったブランドの“Sulka”が倒産し てしまった以上、残るブランドは安倍総理がご贔屓だと見ている“Brooks Brothers”か“Ralph Lauren”しか思い浮かばないが、何れもトランプタ ワーの近所に店舗がある。

通訳:

ファッションはこれくらいにして、気になったのが通訳だった。トランプ 大統領も金正恩委員長も共に女性の通訳を伴って出てこられた。私は「果 たしてあれでよかったのか」と敢えて問題にしたい。これも持論だが、私 は親分であった副社長兼事業部長にとっては「通訳も出来る交渉の当事 者」として10年以上も仕えてきた。そこまで付き合っていればこそ、お互 いに気心が知れてその日の彼のご機嫌も読めるし、使う言葉で彼の意向と いうか心中をある程度以上は察することが出来る間柄になっていたのだった。

しかも、私の場合は交渉の当事者であるし、得意先の方々とも長い付き合 いである事が多いし、日頃の接触で概ね如何なる性格であるかは承知して いるので、初見の人ではないのだから、相当以上正確で的確な通訳が出来 ていると確信していた。それだけではなく、副社長とは事前に如何なる事 を言うかを念入りに打ち合わせしてあるのだ。ハッキリ言えば「初めてお 目にかかる方の通訳は、出来ることなら辞退したいくらい」なのだ。その くらい通訳という仕事は微妙なのだとご理解賜りたい。

しかしながら、トランプ大統領の通訳の女性は少なくとも私はテレビの画 面で初めて彼に付き添って出てこられるのを見ただけだ。あの女性がトラ ンプ大統領の特異な個性は把握できていたかも知れないが、年がら年中彼 と行動を共にして彼の英語を韓国語にしていた経験があるとは思えないの だ。しかも、金委員長の通訳の女性も同様だったが、速記かどうか知らな いがメモを取っていたのだった。私は絶対と言って良いほどしないこと だった。

理由は簡単で「私の記憶力では10分や15分話し続けられても十分に記憶で きるので、メモを取っている間は書くことに神経が行くので聞き漏らしと 訳し漏れがでる」からである。但し、日本語と全く概念が異なる数字だけ はメモに取っていた。即ち、「100の百万が億」などという面倒な数え方 だし、billionは咄嗟に日本語になりにくかった。言いたいことは「あれ ほど重要な国際的会談に通訳として出ていく恐ろしさを考える時に、その 場限りの女性で良いのか」なのである。

重要であり且つ難しい商談をする会合などで通訳もする緊張感は、大袈裟 に言えば「胸も張り裂けるか」と恐ろしかったのだ。トランプ大統領がこ れまでにどれほど通訳を使う会談を経験されたか知らないが、馴れておら れない方は妙なところで切られたり、興に乗って延々度話し続けられたり するので、時には「そこまでに願えませんか」と僭越にも阻止したことす らあったのだ。あの女性通訳はそこまで練達熟練かという率直な疑問だ。

言い方は悪いかも知れないが「トランプ大統領の記者会見と李外相の主張 があれほど異なっていたのは、もしかして通訳の不慣れのせいではないの か」とふと疑いたくなった。要するに、あれほどの世紀の会談では通訳を するのは、側近的な存在の方が最も適当だと思う。通訳を生業としている 者は自分で勝手に解釈して訳したり、注釈をつけることは出来ないし、し ないものだ。という次第で経験からも一寸気になったもので、敢えて採り 上げた次第。


 ◎決裂は予想し得る範囲内の結末だった:前田正晶

既に「私は予想も予測もしないで結果が出るのを待つ」とは言って置いた が、結果的にはポンペオ国務長官も”walked away“か“walked out
”と表現して終わった。これは私が指摘してきた「アメリカのビジネスで は落とし所を探るとか妥協するような交渉は絶対と言って良いほどしな い」の通りだったと思う。即ち、声明文も何も署名しないとトランプ大統 領が述べたのは、安倍総理が全面的に支持すると述べたような正しい決断 だけではなく「これがアメリカ式交渉術であり、思考体系の表れだった」 と思っている。

先ほどのニュースではDPRKの李外相が深夜の2時に記者会見を開いてトラ ンプ大統領が述べておられた「金正恩委員長が寧辺の施設破壊だけで制裁 の全面的解除を求めたので拒否した」ということを否定して見せた。これ とても、かの民族独特の話題のすり替えであり、私には韓国がレーダー照 射問題で次々と論点を変えてきたのと同じ手法であって「飽くまでも非は 先方にある」と言いたいだけだと思って聞いた。驚きでも何でもない ニュースだ。

私がこれまでの両首脳の会談の報道で少し腑に落ちない点があった。それ は、昨28日の夜のPrime Newsで元はNHKの手島隆一氏が提起していたこと で、トランプ大統領は安倍総理の意向を 受けて1回目でも今回でも金正恩 委員長に拉致家族問題を解決しない限り 日本との関係改善はないという 趣旨で語りかけて下さったそうだ。だが、 話はそこまでで金委員長から の反応にはトランプ氏も触れておられなかっ たし、それに関する報道も 無かったのだ。

この件については、一部の専門家は「それは解決済み」とでも金委員長が 述べたので、それ以上の言及がないのだという見方をしていた。彼らは 「ここから先は何とかして機会を作ってでも安倍総理が直接に金正恩委員 長と会談することではないか」と指摘していたが、今更ながらのことで、 そういう方法で迫っていくことを当然考えて頂かねばなるまいと思うのだ が。この件も含めて今後のアメリカ対DPRK間の交渉の展開を深い興味と関 心を持って見守っていきたい。


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身 辺 雑 記
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2日の東京湾岸は快晴、爽快。

3月1日の東京湾岸は曇天、やがて晴れ。
                          読者:5587人


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創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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