政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針4967 号  2019・2・26(火)

2019/02/26

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わたなべ りや うじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」4967号
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        2019(平成31)年  2月26日(火)



「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第23章:“シーチン”修一 2.0
    
          勇み足、早とちり、フライング:宮崎正弘 
          
          「小澤は過去の人」と立花隆:渡部亮次郎          
                       
                      話 の 福 袋
                        反     響
                      身 辺 雑 記


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「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第23章
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         “シーチン”修一 2.0

神 天に知ろしめす すべて世は事もなし(ブラウニング)。「赤毛のア ン」の最後でアンがこの詩の一節をつぶやく。リズム感のある上田敏の名 訳で有名だが、小生が翻訳の手本として師事したのが上田敏で、アンとい うか作者のモード・モンゴメリとはブラウニングを通じて同志、というこ とになる。月とスッポン、孔雀と雀だけれども・・・

小生のレベルはせいぜい川柳止まりだ。

上野まで 頭見に行く フェルメール(修)

昨年12月だったか、春琴様は産経が煽りに煽った「フェルメール展」(上 野)に行ったが、ご機嫌斜めで帰ってきた。

「もう、絵の前に来るとみんな硬直して動かないのよ。流れが止まって見 物人の頭しか見えやしない」

プンプンしながら土産の複写2つを見せ、「佐吉、額縁作りなさい」。暇 つぶしで、独創奇天烈的なのを2つ、1日で作った。(無意識下で脳ミソが おおよその形を示し、ガラクタから適当な材料を選んでくれるので、後は 体を動かすだけ。この「だけ」がポンコツ爺さんにはそこそこ大変なのだ が、やったーっていう達成感、満足感はあるね)

フェルメールの東京展は68万人の客入りだったという。産経は「してやっ たり」だろうが、見たくもない頭を鑑賞させて金をとるというのは見世物 小屋の「おおイタチ」(大きな板に血がついている)のようで、罪造りで はなかったか。「お代は観てのお帰りに」したらどうか。

ネズミーランドみたいにじっくり堪能するには2、3時間は並ばなければな らないのだろうが、せめてフォーク並びにしたらいい。

見物人の苦情を特集したら面白くないか。「詐欺だ、金返せ!」「慰謝料 よこせ!」「番号札を出せ」「並ばなくてもいい1万円のプレミアムチ ケットを出せ」、中には「産経が悪い!」「安倍政治にNO!」「大衆迎合 だ!」「トランプが悪い!」なんて。

まあ庶民の苦情がこんなもの、他愛のないものであるというのは「治世が よろしい」ということだろう。生きるために国を捨て他国へ移民、移住、 越境、侵入、逃亡する人は、日本ではまずいない。「良き御代」ではある が、戦争と平和は繰り返されるから、世界は激動期になりつつあるのかも 知れない。

第2次大戦で始まったパクスアメリカーナはほころび始めている。深田祐 介は「日本は1960年から1975年までのもうひとつの第2次『15年(経済) 戦争』を戦い勝ったのだ」と言っていたが、ついこの間まで「ビッグス リー」と言われていたGM、フォード、クライスラーは1980年〜1995年の第 3次15年戦争(日米自動車戦争)でその座を追われ、米国製造業の中心、 中部はラストベルトと化した。

ラストベルトから生まれたようなトランプは「偉大なる米国の復活」を掲 げて、21世紀版「第2次パクスアメリカーナ」の構築を進めている。

米国の外交は「戦時にあっては敵、平時にあっては友」だが、国内では 「平時にあっては敵、戦時にあっては友」みたいだ。だからイザ!という 時には、共和党も民主党もなく「一つのアメリカ」、一致団結して戦う。 そういう国柄だ。

日本は51番目の日本州、State of Japan だから、米国が太平洋や東シナ 海、南シナ海、インド洋、アラビア海でドンパチになったら、当然、協力 する。「後方支援」だけではちっとも評価されないどころか、「腰抜け」 と侮蔑されるだろう。味方や敵から侮られたら皇国はオシマイだから、大 和男児の闘魂は燃えるだろう。死屍累々、西郷先生を真似れば「焦土の中 から本物の日本が再生する」に違いない。Make Japan great again!

(深田によると、世界に先駆けてマグロを空輸したのは貨物需要増を研究 したJALである、それもアンの舞台、加州プリンスエドワード島から。カ ナダではマグロは豪快な釣りのための魚で、釣っても(足が速い=すぐに 傷むため)誰も食べなかった。それどころか1匹25ドル払って土に埋めて もらっていた!

「少しばかりだけど金払うから釣りたてを持ってきてよ」と業者が言った ら、アングラーは大喜びで築地ならウン百万円もするだろうマグロを持っ てきたそうな。マグロを腐らないようにするには・・・「あのよー、ガス 自殺した奴の肌はピンク色で、生きてるみたいだったよ」、これがヒント になったとか)

ガス自殺して日本に大貢献するなんて、とっても素敵で感動的だわ。そう 思わない?

モードは第1次世界大戦の際、「戦争のない宇宙、世界はどこかにあるか もしれないが、残念ながら私たちはそういう世界に住んではいない」とリ アルに受け止め、赤十字の支部長として兵糧の管理・輸送、徴兵支持、銃 後の婦人の役割といった啓蒙などに寄与した。戦傷した異母弟は片足を 失ったものの元気だった。勝ち戦はいいものである。

第2次大戦では2人の息子の応召を覚悟していたが(学業などで猶予)、相 次ぐ大戦と夫のうつ病で心身ともに疲れた晩年だった。

モリー・ギレン著「運命の紡ぎ車」から。(モリーは♀、「手紙などを発 見すると欣喜雀躍するわ。伝記作家の醍醐味よ!」。いい言葉、「いい ね!」6発)

<おそらく彼女(モード)は牧師と結婚するべきではなかったのだ。モー ドは(ペンフレンドの)マクミラン♂に宛てて1927年にこう書いている。 「神々は破滅させたいと思う人間を牧師の妻にするのです!」

彼女のこの痛ましい言葉には、冗談では済まされないものがあったのであ る。確かに彼女はユーアン・マクドナルドと結婚するべきではなかった。 彼の張りつめた、陰鬱極まる性格上の問題――自分は地獄に落ちるべく運命 づけられているという彼の信念――は、落ち着いた結婚生活という傘の下に いてさえ、恐らくモードは忍耐の限度を試し続けることに困難を感じてい たろう>

彼女が2歳前から祖父母と生活した村(キャベンディッシュ)は鉄道駅か ら30キロもあるド田舎である。大学をトップクラスで卒業した才媛かつ教 師・校長先生に相応しい“安全牌”的な男は牧師ぐらいしかいなかったのだ ろう。

普通の女性なら「牧師の妻」をそこそこ適当にこなしたろう。しかし、 モードはキリスト教に感化されなかったどころか、むしろ嫌悪していた。

<彼女の心に浮かぶキリスト教徒の姿と言えば、イエスの理想と教えを真 剣に実現しようとしている人の姿ではなく、まことしやかな物腰の福音伝 道者(修一:広宣流布の尖兵。自分は正しい、教義は神の声、善意で悪を まき散らすイカレポンチ、殺し文句は「あなたのために祈ります」安倍マ リア的「一緒に祈りましょう」。聖書の“行商人”“押し売り”のような下品 で薄汚い人もいた)のそれであった。

(モード曰く)「(私は)崇高な野心を持ち、真実の何たるかを明確に知 り、使い古された因習や教義を徹底して蔑む特異な人格を尊敬するという 宿命を手にしたのです」

モードは自分が拒絶するもののくだらなさを信じているものの、(信者に とっての)重要性を見分ける見識が備わっていた。教区民は、モードのも のの味方を知ったなら、衝撃を受けたに違いない>

大作家の有名人モードは、それだけでなく思想的に「普通の人」ではな かったのに、完璧なほど「牧師の妻」、しかも最良の理想的な牧師の妻を 演じたのである、女優が役を演じ、やがて役になり切り、演技に夢中にな り、それを楽しく感じるほどに・・・彼女には「いい加減さ」、クッショ ン、フェイドアウトがなかった。

そして信者と離れて「牧師の妻」から主夫、母、作家のL.M.モンゴメリに 戻った時、どっと疲れが襲って来るのだった。ストレスから過労死するか 発狂するしかないと発狂した小生は思うのだが、旦那が先に発狂しちゃっ たから、そうもいかない。一家の大黒柱はモードなのだ。カネを稼ぐた め、生活のために寸暇を惜しんで執筆するのだ。マジメは往々にして悲劇 を招く。(つづく)

さてさて本題へ(何が本題か分かりゃしない)。前回に続いて「正論」 2005年2月号「大島信三編集長インタビュー 元朝鮮総連活動家の懺悔録 『未来のために私の過去を話します』元朝鮮青年同盟中央本部副委員長兼 組織部長:全京千」から要約する。(キレモノ大島は退職後には好々爺に なってしまった・・・老兵は死なず、ただ去るのみか。人のことは言えな いが・・・なあ、同志諸君)

<――北の招待所ではどういう日課でしたか。

全 朝起きて体操をし、周辺を散歩します。いつ、どこへ行くときも付き 添いがつきました。朝食後はいろんな先生が来て話をしていきました。

――政治思想学習というより洗脳教育ですね。

全 ええ。私のこれまでの活動歴をやたらとほめるんです。「あなたは大 変な愛国主義者です。あの困難な時代によく頑張りました・・・大いに尊 敬しています」といった具合です。

――洗脳、工作員教育の常套手段です。(人質として活用できる)親族が北 にいる、総連から外れて不遇だったことも選抜の対象になったと思いま す。なぜか不満分子を一本釣りしていますね(修一:総連とは無関係を装 るためだろう)。自分はスパイ教育を受けている、工作員に仕立てられて いると気づいていましたか。

全 いえ。最初は分かりませんでした。あくまで北朝鮮シンパの勇敢な活 動家を育成するためだと思っていました。しかし、だんだん、どうもおか しいなと思い始めたんです。

例えば20世紀の革命という講義があります。革命は軍を掌握しなければな らないといった話から、韓国の内情、地下ケーブルの破壊の仕方へとエス カレートしていきました。

ひょっとしたら自分を工作員にして南朝鮮(韓国)へ送り込むつもりか な、と思いました。そのうちにモールス信号まで教えてくれる。ここまで くれば、もうはっきりわかります。

そこで私は「南朝鮮へ行けということですか」と単刀直入に聞いたんです よ。そしたら「まだそこまではいってない。ただ、そのために準備してお いてほしい」というわけです。

――(1972年7月4日、南北双方は工作員派遣を止めることで合意し、共同声 明を発表していた。しかし、双方ともにひそかに工作員を養成していたの である。対南工作の訓練として日本へ密入国し、その証拠として日本人を 拉致したという、関西大学の李英和助教所の発言もある)

北はこっそりと対南工作員を養成していたんですね。結局、北にとって南 を統一することが最大の狙いでした。あからさまに目的をあかしたのはい つ頃ですか。

全 招待所に来て10日くらい経った頃でした。「南朝鮮のF先生をよく 知っているそうですね」といきなり言われたのです。びっくりしました。 どう調べたのか、実によく知っているんですよ。

F先生は韓国の土木学会の権威で、私ら朝鮮中学校の同級生でした。仲が 良かったのです。彼は日本の大学で学んで韓国の有名な私立大学の教授に なりました。橋梁などの設計では日本でも大きなプロジェクトに参加して います。

――Fをかどわかして北へ連れて来いとか、具体的な指示はあったのですか。

全 いえ。そのようなはっきりした言い方はしません。だけれどもニュア ンスで分かります。

――北にとってF先生は必要な人材だったんですね。

全 橋の技術者が欲しかったのでしょう。(朝鮮戦争で)あまりにも破壊 されたじゃないですか。設計資料もほとんどないはずです。その点、Fさ んは彼の右に出るものがいないくらい資料なども持っている。全斗煥大統 領に直々呼ばれて話をするほどの権威でした。(つづく)

北に対する日本の甘さが拉致につながった。中共の日本人逮捕/拉致にも 政府、マスコミは怒らない。怒らないから舐められるのだ。リベラル≒ア カを駆除しないと、やがてはあなたも、あなたの家族も拉致、洗脳(精神 的拉致)されるだろう。

まずは総連を潰し、朝鮮籍の在日を追放すべきではないのか。「戦」の一 字を忘れた外交は侮られる――西郷先生は嘆いていることだろう。 

【措置入院」精神病棟の日々(114)】生前葬を3/10に催すことに決めた ら心がすっきりした。生きているうちに「どうもお世話になりました、ま あ一杯」と挨拶できるし、死体、遺体を人目にさらさないでいいし、家 族、遺族だって小生の死に顔なんて見たくないし、死にそうになったら自 家製のお棺に入って静かに目を閉じたい。

そう、手作りのお棺! マイ・コフィン My Coffinや! オリジナリティ あふれたデザイン、色彩で、みんなが楽しくなるようなやつ。エコっぽ く、牛乳パックとか段ボールで作っても面白そうや。展覧会を開いてメダ ルを競うとか・・・時間が来ると遺体が立ち上がってみんなを驚かす仕掛 けとか、トリックアートにしたり・・・

みんなが笑い涙で腹をよじるような、あなただけのマイ・コフィン! 雀 庵がお手伝いします。電話は0120−44−4444、メールは mycoffin@seizensou.owakare.com とか。

「お仏壇の長谷川」などセレモニー関係の企業がマイ・コフィンを提案し たら絶対ヒットする。ソリューションビジネスの時代やで。個性的な、自 分らしいセレモニー、生前葬、マイ・コフィン、相続などの相談などな ど、セレモニアル・コンシェルジェとして提案していくんや! 湿っぽい 葬式なんぞもう飽きたで、わしは!

発狂亭“マイ・コフィン”雀庵の病棟日記から。やっぱ、まだ病気かなあ・・・

【2016/12/24】【産経】宇都宮尚志「ベトナムの後退が心配だ」、曰く 「外交アナリストの河東哲夫氏は『朝鮮半島と東南アジア情勢の液状化 は、中国に有利に作用し得る』(ニューズウィーク)と指摘している」。

支那の外交の基本は「蓄財畜妾美酒美食」という賄賂を贈って相手を手な ずけることだが、カネの切れ目が縁の切れ目になりはしまいか。

「熱いぞ! 聴けるベストセラーオーディオブック 芥川賞作品、ハリポ タ…相次ぎ音声化」。もう20年も前だろうか、新潮社が「カセット文庫」 とかの朗読シリーズを出し、小生も寝っ転がりながら聴いたが、岸田今日 子朗読の「銀河鉄道の夜」はいつも途中で眠ってしまった。眠剤としては とても有効だが、眠くはなっても熱くはならないのではないか。

花田紀凱「週刊誌ウオッチング」、ニューズウィーク12/27にお目出度い リベラルのフランシス・フクヤマが「正しい情報は必ず勝つと信じてきた が、ソーシャルメディアでは通用しない」、マリカ・チェノウェス(デン バー大教授)は「ソーシャルメディアはメッセージを広める手段であると 同時に、デマを拡散させる手段にもなる」と言っているとか。

大昔からプロパガンダ、情報宣伝、謀略は当たり前である。何を今更、2 人の学者はまるで痴呆症だ。

花田は「日本の週刊誌にもこういう記事が1本くらいあってもいいので は」というが、日本の週刊誌はスキャンダル、スター、セックス、スク リーン、スポーツ、シー、ストックの「7S」がメインテーマであり、会社 帰りに読んで捨てる暇つぶしでしかない。ニューズウィークは政治・外交 がテーマで、1〜2日は楽しめるし、保存したくなるもので、同じ週刊誌で も月とスッポンの違いがある。花田はカマトトぶっているか、ニューズ ウィークの宣伝マンだ。

産経は今日の記事で2本、ニューズウィーク記事を引用していた。同誌を 読まなくてもいい記事は産経などに引用されるし、フォリンアフェアーズ 同様に一部はネットでも読めて勉強になる。学びて時に之れを習う、また 楽しからずや。(つづく)2019/2/24



           
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勇み足、早とちり、フライング
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成31年(2019年)2月25日(月曜日)
          通巻第6002号    
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勇み足、早とちり、フライング。バルセロナで携帯電話世界フェア
  サムソン、ファーウェイが次世代5Gスマホ、秋から発売へ
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2月24日、スペイン。25日から開催されるバルセロナ世界スマホ展示会に 先だって、ファーウェイは次世代5Gスマホの見本を公開した。折りたた み式で、拡げるとタブレットとなり、高速の作業が可能となる。有機EL 使用の新型スマホーは今秋に発売され、予価は29万円とした。

すでにサムソンも同型を発表し、価格は22万円。アップル、ノキア、エ リクソンは出遅れ、日本はまだ影も形もない。

5G開発競争で、アップルの優位が崩れたのだろうか?

フィンランドのノキア幹部が同展示会で語っているように「西側の基準は 安全であり(拙速ではない)、慎重に5G製品を開発する」。

つまり市場にいつ投入するか不明とした。強引で拙速による市場先取り作 戦に欧米メーカーは業を煮やす。

しかしファーウェイのスマホは、すでに世界に2億台、勢いを止めること ができない。

対照的にアップルは昨年第4四半期に「中国のおける販売は10%減った」 とした。さらに2019年1月は前月比で20%の落ち込み、これは米国トラン プ大統領のファーウェイ排撃に対抗して中国国内で不買運動が起きている からだ。

トランプのファーウェイ締め出しに、まだ疑義を呈しているのが英国とド イツで、政府系の調達は自粛するが、ほかの分野では規制しないというの が英独の姿勢。おなじファイブアイズ(Five Eyes)でも、勇猛 に排撃を決めた豪、NZと温度差がある。

イタリアはどうか。「同盟」と「5つ星運動」の連立政権で副首相兼内相 のマティオ・サルビーニは「ファーウェイを排撃するべきだ」としている が、連立内部には左翼分子や親中派議員が混ざっており、閣内の意見もま だ統一をみていない。

またベルルスコーニ元首相らは、柔軟な姿勢を見せている。

こうした西側の政治事情を横目にして、劣勢挽回を図るファーウェイは、 たとえフライングになろうとも先に5Gスマホ市場に唾をつけたことにな る。新製品29万円(!)。いずれ過渡期のシロモノとなるのだが、手を出 しますか?

        
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読者の声 ☆どくしゃのこえ ★READERS‘ OPINIONS
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(読者の声1)三島文学のよき理解者ドナルド・キーン先生が亡くなりま した。96歳、この享年は、木内信胤、中河與一先生等と同じでした。
随分とテレビは好意的に扱っています。とくに晩年は新潟に転居され、日 本人に帰化されたほどでした。宮崎正弘先生もおつきあいがあったと思わ れますのでご感想を聞かせていただけると幸いです。
   (HD生、新潟県燕市)


(宮崎正弘のコメント)お目にかかったことは数回しかなく、ですからコ メントする立場にはありません。

作品のなかでは徳岡孝夫氏との『悼友紀行』を印象深く覚えています。三 島さんゆかりの地を二人で旅行して、おりおりに対談された記録です。
 キーンさんの発言では「日本のオリジナリティのないムラカミハルキに は興味がない」とした評価には賛同します。

小生がキーンさんを担当した作品では、村松剛先生と日本文化論の対談を 二度ほどやっていただきました。45年ほど前の雑誌『浪漫』に掲載された のですが、単行本未収録です。

三島憂国忌のおりは控え室には来られましたが、何回かお願いしても演壇 には立たれませんでした。

 小生が思いますに、三島さんの思い入れが強かったわりに、キーン氏 は、一方で安部公房、大江健三郎を称える人、つまり「文壇政治」と心得 た人だった。サイデンステッカー先生がいつぞや呟いておられましたが、 キーンさんが展開していることは『政治ですよ』という一言で、殆どが了 解できます。

それはともかく日本文学を世界に広めていただいた功績は大きく、日本は 大いに顕彰するべき人です。合掌。

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(読者の声2)私は1984年から13年間、ヴェネズエラの大学で教鞭を執っ ていました。

当時のヴェネズエラの大学の教授の給料は世界で1,2の高さで、日本の大 学教授、アメリカの教授の、実感として数倍以上貰っていました。日本に 一時帰国したとき、日本の物価が総て安く、驚異的に感じました。

トリニダードから来ていた私の女中は、休みにマイアミに旅行に行き、女中 の給料で、アメリカの物価が安く、爆買いをしていました。アメリカ人に、 ヴェネズエラ人ではなく「2つおくれ(Da me dos)」と呼ばれたりしていま した。

私の学生のお金持ちのお父さんはマイアミで週末に買い物をしてきて、 「何を買ったの?」と尋ねると、アメリカの「ショッピングセンターを一 つ買った。」と言っていました。

私も、フロリダに、ヨットの係留出来る桟橋付きの別荘を持っていました。 チャベスなどの出てくるずっと前に日本に帰国しました。チャベス大統領 は、国名まで変えました。それまでは正式名はヴェネズエラ共和国です が、そこに、建国の父である、「シモン・ボリバール」の名を入れ、国名を 「ヴェネズエラ・ボリバル共和国」にしました。

シモンという名には、ヴェネズエラ人が好きなようです。私の大学はヴェ ネズエラの国立大学でエリート育成のために新しく出来た大学で、創立25 周年で私は5人目の名誉教授・名誉博士になりました。日本の大学と違い、 定年で辞めた教授はただの退官教授で名誉教授にはなれません。私の前 は、イスラエルのノーベル平和賞を貰ったシモン・ペレス。その前は作詩 家のシモン・ディアスでした。「シモンの付いていない名誉教授はめずら しい〜」と言われました。

資源のある国の宿命は、「国民が怠け者、投資家はイージーマネーに走る 投資しかしない投資家」になって、国内に産業は育たないと言うことだと 思います。
    (K.I生)


(宮崎正弘のコメント)シモンは、日本では仏教系の語感がありますね。 友人に「之聞」がいます。英語圏はサイモンと発音するようです。「祭 文」と聞こえ、こうなると神道ですか。余計なことを書きましたが、御高 文、むかしのヴェネズエラ事情がよく分かりました。有り難う御座います。
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(読者の声3)貴誌通巻第6000号<六千号記念号>(読者の声1)で鈴木 寿秀氏が、「諸説の中の一つとして、日本人のルーツが今から二万年前 に、陸続きであったサハリン経由で北海道に渡ってきたと言われています。

シベリアのバイカル湖周辺で暮らしている『ブリヤート人』は、我々日本 人に顔が非常に似ており、ただ似ているだけでなく遺伝子も共通している ようです」と書かれました。

素晴らしいご指摘です。

日本の国柄か日本人の心性のためか、こういった場合、日本人のルーツは プリヤート人であるという見解が出て来ます。神話や民話でも南太平洋の 島々に日本の神話や民話と似たものがあればすぐにそれらが日本の神話や 民話の元になったのだということを言い出す人がでてきます。

偶然に似ただけなのか、逆に日本から南洋の島々へ古代に雄飛した人がい た可能性を考えようともしません。縄文時代に北海道に住んでいた日本人 が、縄文時代後期の気候変動で北海道に住めなくなり、本州北部と沿海州 に渡り済んだという可能性を唱える人はほとんどいません。

私は、(1)偶然の一致、(2)北海道から渡った、(3)沿海州から来 た、の三択の内最後の可能性は非常に小さいと思います。何故なら沿海州 で発見された最古の土器より北海道で発見された最古の土器の方が古いか らです。こういった冷徹かつ論理的な考察が何事にも必要です。

逆に冷徹かつ論理的な考察と真逆の考察があります。日本書紀の記述から 朝鮮半島から日本へ仏教や漢字や漢籍が伝わったと断定することです。

日本書紀にあるのは、朝鮮半島から仏像や仏典や漢籍が献上されたという 記述です。それよりはるか前から華南から日本に仏教も漢籍も伝わってき ていました。

証拠があります。漢和辞典をめくってみると圧倒的多数の漢字が現代でも 華南から伝わった呉音で読まれています。大宝律令以来法律用語や官庁用 語は北朝系の漢音で読まれたにもかかわらずです。

ちなみに「憲法の発議(はつぎ)」を「憲法の発議(ほつぎ)」と読むべ きだという人がいますが、これは漢音の「はつぎ」の方が適切です。
また聖徳太子の三経義疏の説も南朝系の学説が基になっています。玄界灘 の荒波を越えて朝鮮半島から中華の文物が日本に伝わるより、漁民の往来 があった華南から九州へと伝わったと考える方がはるかに納得いきます。

さらに和服のことを呉服ともいいます。では何故、日本書紀ではあのよう な記述となったのでしょうか。それは、新羅への外交的配慮と朝鮮半島か ら日本に帰化した人たちへの配慮であったと私は考えています。

正直に当時の朝鮮半島は文化程度が低かったと書くことが憚れたのでしょ う。今年(平成31年)の大学センター試験の日本史の問題で長々と如何 に古代に朝鮮半島の文化程度が高かったかを書いてそれを前提として設問 がありましたが、これは驚くべきことです。 

世界史でも朝鮮半島史でもなく日本史の問題です。どうも狂人が問題を 作っているようです。

3世紀初めに沿海州南部から朝鮮半島へ牧畜民が侵入してくる前、に朝鮮 半島には漢帝国から移住してきた漢族、漢に?(わい)と呼ばれた現地人 と倭人(日本人)が共生・共存して住んでいました。漢帝国の崩壊ととも に漢族は引き揚げていき、3世紀になって百済、新羅、高句麗が朝鮮半島 中部・北部にできました。南部はおそらく倭人が多数を占めていたことで しょう。

高麗王朝の王の命令で編纂された百済、新羅、高句麗三国の歴史書「三国 史記」があります。この本の中に祖期の新羅の国王は有力な二つの家系か らほぼ交代で即位していたことが書かれており、その内の一つの家系は 「倭人」と書かれています。

そして何代か経った時にある倭人の新羅国王がこれからは現地民が国王に なるべきだと考え現地人の孤児を自分の養子として、後に「金」という姓 を与え、その後その子孫の金姓の人が新羅の国王となっていったと書れれ ているそうです。

このことから2つの謎が解けます。

ひとつは、7世紀に20万人ともいわれる多数の人が日本に帰化したにもか かわらず、現代日本人の遺伝子が韓国人と大きく異なるということで、も う一つは大和朝廷と百済や新羅との間の交流で通訳への言及がないことです。

歴史学者の中には当時の日本の宮廷人たちは朝鮮語を話すことができたと いう説を唱える人がいます。実際には新羅や百済の官僚となっていた倭人 が日本との外交をおこなっていたのでしょう。7世紀に朝鮮半島が倭人に とって住みにくい環境になったので、日本へ帰化したのでしょう。
だからこそ大きな摩擦もなく日本に溶け込めたのです。

ここで一つ嘆かわしいことがあります。現在の韓国では上記の記述を含む 歴史学会の定説に反する部分が削除された三国史記しか手に入らないそう です。

王の経歴もあまりに近親結婚が多いので削除されているそうです。新しく 出版された三国史記だけでなく古書店や図書館にある削除がない三国史記 は回収され廃棄されているとのことです。怖しいことです。

平成17年(西暦2005年)大韓帝国皇帝が日本に韓国を併合してくれるよう 要請することの可否を下問して行われた閣議の議事録を韓国で韓国人の学 者が発見しました。

私はごく短い要約しか読んでいませんが、あれもいつの間にかなかったこ とになっているようです。

我々は事実を冷徹に論理的に考究して議論しましょう。(當田晋也)


(宮崎正弘のコメント)ご参考までに国立博物館の「縄文」の展示説明は 「12000年〜13000年前」です。新発見の16000年説をまだ採用しておりま せん。

またちなみに同館一階奧に「アイヌ、琉球」の展示室があり、「阿依奴」 の表記。北海道への渡来は12世紀から13世紀と、こちらは百年ほど早いこ とになっています。

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(読者の声4)先生のご著書、ニーチェ論(『青空の下で読む ニー チェ』(勉誠出版)をようやく拝読しました。実に人生論、哲学論として 痛快です。日本におけるニヒリストたちに関する適確な指摘は分かりやす く、理解しやすく、これでよく見えてきました。日本人の精神論でもあり ますね。(AO生、静岡市)


       

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「小澤は過去の人」と立花隆
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       渡部 亮次郎

手許に残っている「文芸春秋」2010年3月号。表紙に「政治家小澤一郎は 死んだ」立花隆とあるから、興味を以って読んだが、たいした事は全く無 かった。

とくに「そう遠くない時期に小澤は確実に死ぬ。既に67歳。記者会見で自 ら述べているように、そう長くはない、のである、心臓に重い持病を抱え ている事もあり・・・もう限界だろう」にいたっては立花隆は「小澤のこと を調べる根気が無くなったので論評はやめた」と宣言したに等しい。

「文芸春秋」に「田中角栄研究」をひっさげて論壇に華々しく登場し、東 京大学の教授にまで上り詰めた立花だが、70の声を聞いてさすがに体力の みならず精神的にもに弱ってきたらしい。立花に次ぐ評論家は育ってない から文春も弱ってるようだ。

「JAL倒産の影響もある」と言う。「あれほど巨大な企業も、つぶれる時は アッという間だった。小澤ほどの巨大権力者も、つぶれる時は一瞬だろう と思った。今考えるべきは小沢がどうなるかではなく、ポスト小澤の日本 がどうなるか、どうするのではないか」と言う。
今更小澤を論ずるなどやめようという原稿になっている。

「小澤の政治資金に関する不適切な事実は、既に山のように出てきてい る。小澤がこれから百万言を弄して、どのようなもっともらしい理屈を並 べようと、小澤は政治腐敗の点において、政治上の師と仰いできた田中角 栄、金丸信の直系の弟子であることを既に証明してしまっている。

小澤のやって来た事は構造的に、田中角栄、金丸信がやってきたことと、 殆ど変わりが無い。

それは、政治家が影響力をふるう事ができる公共事業の巨大な国家資金の 流れにあずかる企業から、大っぴらにできない政治献金{法律上、国家資 金を受け取る企業は献金できない}を何らかの別チャンネルで受け取って 懐にいれるという行為である。

それを贈収賄罪等の罪に問う事が出来るかどうかは、法技術上の難問がい くつかあって簡単ではない。刑法の罪を逃れられたとしても、道義上の問 題としては、同質の罪として残る」

要するに、立花隆として、小澤の罪について自ら積極的に調べ上げた事実 は一つもなしに「政治家小澤一郎は死んだ」と言うおどろおどろしい見出 しの長文を書いてお茶を濁しているのである。小澤が死んだというなら、 立花も死んだと言っていいのかな。

しかも評論の大半を東大駒場の立花の最終ゼミに来た学生から取ったアン ケートを升目に書き写して「今の平成生まれの若者から見れば、小澤一郎 など、過去の遺物に過ぎない」と逃げている。

20歳前後の世間知らずに小澤論のあるわけがない。それなのに長々とアン ケートの回答を書き連ね、「もはや小澤なんかどうでもよい」と言うな ら、こんな原稿、書かなきゃ良かったではないか。

とにかく立花らしさの全く無い原稿である。まして表紙にタイトルを刷っ て売るのは当に羊頭狗肉である。(文中敬称略)
2010・2・10



           
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読 者 の 発 言
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 ◎今回の沖縄の県民投票で思うこと:前田正晶

それは以前に見たことがあった古い普天間基地の写真。この基地が出来た 頃にはその周辺というか付近には誰も住んでいなかった空き地ばかりだっ たのだ。その写真の解説では「基地が危険だと言い出したのは、その周り に後から移り住んだ連中だ」とあったのだ。

私がこれまでに何度か引き合いに出した似たような実例があった。それ は、その昔大手製紙メーカーが東京都の東側に昔からあった製紙工場の敷 地を規模縮小で公団に売却したのだった。そこに建設された住宅に移って きた住民が「製紙工場の煙突から出る排気を公害だ」と訴えて出た結果勝 訴して、工場は閉鎖の止むなきに至ったのだ。沖縄の普天間基地が危険な 軍用空港だという言いがかりは、この製紙工場の悲しい実例と同じだと考 えている次第だ。

この製紙工場の例は環境問題だが、沖縄の基地問題はアメリカと日本の政 府が合意したことで全く性質が違う。だが、私には住民は時には勝手なこ とを言い出すものかと思わせてくれるのだ。

 ◎法的拘束力はないと知られているのではないか:前田正晶

私には24日行われた沖縄の県民投票の意味が全く理解不能だ。メディアは 「不賛成が70%だったかを超えて、沖縄県民の意向が示された」と、何か 目新しいニュースのように報じていたが、私にはその意義は殆ど無しとし か思えなかった。勿論、故翁長知事の意志を帯し且つ尊重する玉城知事 が、反対派の先頭に立っていくのは不思議でも何でもない。だが、あの投 票は「埋め立てをどう思うか」であっても、基地移転の是非を問うている ものではないと思ったが、如何なものだろう。

私は以前に「沖縄の反対というか反抗姿勢を主導する勢力は何時も同じ顔 のものばかりが先頭に立っている」と、言わばかかる反日本運動の本土か らのプロの活動家たちが煽り立てているのだ」と、恵隆之介氏が指摘して おられたような記憶がある。要するに、慰安婦問題や朝鮮半島の労働者た ちに関する不当な判決問題と同じ事で、反日運動家どもが引き起こした案 件であると考えている。即ち、全ての沖縄県民の意志を示していないので はないのかということのようだ。

私はそのことよりも問題にしたい点は「普天間基地の移転とその土地の明 け渡しは我が国とアメリカが約束したことであって、その国際的な決め事 を国内の県の首長である沖縄県知事が如何に身命を賭して反対しようと も、覆る事案ではないのだ」と解釈している。言い方を変えれば、そもそ もが無理筋の動きであり、故翁長知事が何度もアメリカを訪れて反対の意 思表示をしようとしたが、言うなれば「門前払い」的にあしらわれたの は、特にアメリカ側の不当な仕打ちでは無かったと思っている。

それでも、「県民の意を帯した」と勝手に詐称しているとしか思えない反 日運動家は「反対し続けなければ自分たちの存在意義が失われてしまう」 とばかりに「反対のための反対」を唱えて、多くのというのか一部か知ら ないが、県民の「埋め立て反対運動」を煽り立てているのであると、私は 見ているのだが、理解不能な無意義も甚だしい、世界に恥をさらしている 事態だとしか思えないのだ。安倍総理も菅官房長官も動じておられないよ うで安心だが、何時までも反日運動家どもの跳梁跋扈を許すべきではない と思うのだ。



 ◎文化比較論になるのかと思う:前田正晶

野党が桜田オリンピック担当大臣が予算委員会に2分ほど遅れたので「国 会軽視」だの何のと言って責め立てていた。相も変わらない時間の浪費作 戦であり「そんなことを言っている暇に軽減税率の討論でもしろ」と言い たくなるのです。そこで「遅刻」という我が国独特の文化とも言えるかと 思う制度を下記のように考えて見ました。私は英語には「遅刻」そのもの を表す単語も熟語も無いと思っているのですが。

私は「それぞれの部員が事業本部長から与えられた(割り振られた)業務 の課題を遂行する為には、朝は何時に出社しようと各人がその日にやって しまおうとしていた事柄が終了出来次第に、何時でも帰宅してしまうよう なアメリカの会社にも勤務していましたから、日本式の遅刻という時には 罰を受ける制度がないアメリカ式の方が、忌憚なく言えば、余程合理的で 働きやすかった」と思っています。

W社の本社には早朝6時頃に出勤する者たちの為に、社内のカフェテリアで は朝食が準備されていました。要するに「何時オフィスに入り、何時帰宅 するかは各人の裁量に任されていると言うこと」です。ではあっても、一 応は出勤と退勤の時刻は、08:00〜17:00と定められてはいましたが。余 談の部類にはなるかと思いますが、偉い人(=年俸が高い人)ほど朝は7 時頃等の早い時刻から出てきているのがアメリカ式です。

日本の会社の頃、同じ藤沢市に住んでいた同業で日本橋に本社がある会社 に就職した高校の1期下の者と、毎朝同じ時刻に藤沢駅を出る湘南電車で 出勤していました。昭和30年代前半のことでしたので、電車の遅延は しょっちゅうでした。すると彼は「2〜3分の遅刻は寝坊したようで最も みっともないから、同じ遅れるのならば大きく遅れて如何にも大きな事故 だったということにして、新橋駅の近所でお茶でも飲んで時間を潰しま しょう」と言うので雑談をして過ごしたことが何度かありました。勿論 「遅延証明」は貰っておいてでしたが。

後に、W社の最大のお客様だった某大手メーカーの人事・勤労の権威者 だった常務さんに「何故に遅刻をそこまで厳しく扱うのでしょうか」と尋 ねてみる機会がありました。常務さんは「アメリカの会社とは文化が異な るのであって、我々は朝9時に皆が集まって『さー、皆で一緒に仕事を始 めよう』という精神であり、『何事も全員でやろう』という心がけを表し ている」と答えられました。どうやら単に時間厳守というだけではない精 神だと知り得ました。

私は「なるほど、そういうことだったのか」とあらためて再認識しました が、その精神は兎も角「何処までも各人の主体性とその能力に任せて規則 で規制しないアメリカ方式の方が仕事をしやすいのだが」と痛感しまし た。ここで、簡単に結論を言ってしまえば「我が国とアメリカの間の文化 の違い」であり、どちらか一方が優れているかいないかという問題ではな いと思いました。

現実にはそういう文化というか決め事がある以上、閣僚たる者が仮令2分 と雖も予算委員会に遅れるのは決して良いことではないでしょう。桜田大 臣の普段からの心がけの問題であると同時に、時間に正確であろうとしな い習慣が身に付いてしまっているのでしょう。だからと言って、その点を 採り上げて開会を遅らせた野党の所業は「ただ只管安倍内閣を貶めようと して、幾らかでも人気を落とそうとする児戯にも等しい浅はかさだと断じ ます。

私は経験上も言えますが、我が国ほど時間厳守を励行する国と国民は無い と思っています。例えば、ある北欧の代表的多国籍企業の役員たちは先ず 約束の時刻に現れることがありませんでした。だが、ある時に珍しくも御 殿場から赤坂の本社での会談の予定時刻の3分前に現れた工場長は、“I’m sorry. I’m by three minutes earlier than the appointed
time.”と言って、我々を爆笑させたことがありました。

私が思うに、欧米人たちは「時間は自分のものであって、それを自分の都 合で運用して良いのだ」と思って育ってきて、その習慣をビジネスの世界 にも持ち込んでいるのだと解釈しております。プーテイン大統領などは安 倍総理との約束の時刻よりも何時間の単位で遅れるそうではありません か。尤も、その背景には如何なる作戦があるかを考えて見る必要があるか も知れませんが。



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身 辺 雑 記
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26日の東京湾岸は』曇天。雨は降らないようだ。

25日の東京は予報では午後には雨ということだったので朝、急いで散歩を 済ませた。夕方はPCの師匠と向島の洋食屋『あきら』で夫婦で懇談。
洋食で焼酎。
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