政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

全て表示する >

頂門の一針4947 号  2019・2・6(水)

2019/02/06

                                           □■■□──────────────────────────□■■□ 
わたなべ りや うじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」4947号
□■■□──────────────────────────□■■□

        
        2019(平成31)年  2月6日(水)



「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第19章:“シーチン”修一 2.0

        カショギ殺害が最悪の印象となった:宮崎正弘

      対露外交は希望的観測を持つことなく:櫻井よしこ

              
                         
                      話 の 福 袋
                        反     響
                      身 辺 雑 記



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「拉致:朝鮮半島の闇、日本の闇」第19章
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


        “シーチン”修一 2.0

人手不足と言うが、活きのいいのがゴロゴロしているんじゃないか。若く て血気盛んで、暇を持て余して渋谷あたりで暴れたり、あるいはアイドル を追っかけたり、引きこもって二六時中PCやスマホで遊んでいる人たち。 無職とか高校生、大学生とか。

今どきの大学生は部活、サークル、飲み会、バイト、趣味、恋愛、チャッ トなどなど、学問以外は熱心である。4年間でまともに読んだのはハリポ タやタレント本だけ、なんていう学生もいる。試験勉強をしても、多分こ れはゲームみたいなもので、試験を終えたらオツムは空っぽ、高等教育、 最高学府で学びました、と言うような、まあ聡明そうなのはごく少数だろう。

こういうのは日本だけなのかと思っていたら、米国でも事情は似たような ものらしい。米国の大学教授を経てブリタニカの幹部を務めていたM.J.ア ドラーとC.V.ドーレンの共著「本を読む本」は学生の程度の低さを嘆いて いる。要約する。(カッコ内は修一)

<アメリカの高校や大学では従来、特別に読書指導の課程をもうけていな かったが、最近(1970年あたり)事情がかなり変わってきた。20世紀の始 め(明治後期〜昭和初期あたり)、高校(旧制中学あたりか)入学者が急 増した一時期があったが、この時、教育関係者は、生徒の読書力の低下ぶ りにびっくりさせられた。

実際、時には四分の三以上もの生徒に、何らかの矯正策を講じる必要に迫 られたこともある。

最近(1970年前後)、それと似た現象が大学でも起こっている。1971年に ニューヨーク市立大学に入学した4万人の学生の半数以上が、程度の差こ そあれ、読書力の矯正訓練を必要とした。

だが、大学における矯正訓練が初級読書より高度なものだったかと言え ば、決してそうではない。それは、小学校終了程度の読書レベルまで学生 を引き上げ、基礎的な読書指導の欠陥を補うものに過ぎない。

(大卒の)学士号は本来、一般書を読み、一人で研究できる読書能力を証 明するものであるはずだ。しかし研究に必要な能力を習得するに、大学卒 業後、さらに3、4年、大学院で勉強しなければならないのが実情である>

読書はTVと違ってそれなりの脳ミソが必要で、大卒でも小6程度でしかな いとは驚きだが・・・まあ日本もそんなものだろう。1900年前後に斎藤緑 雨は「教育の普及は浮薄の普及也」と喝破していたが、戦後はGHQの占領 政策で今の6・3・3・4年制の教育大改革が押し付けられた。

「日本人をアホなヘタレにして最低100年間は戦争できない国にする」の が大目的で、「それなら高校、大学などを米国並みの“歌って踊って恋を して”の遊園地にすべし」というわけだ。

緑雨の警句を紹介した福田恒存も嘆き、大宅壮一は雨後の筍のように増え る大学を「駅弁大学」と称し、駅弁を売っているそこそこの街には大学が 新設された様子を嗤ったが、多少とも道理を分かる人は「このままでは亡 国だ」と心配するのだ。

三省堂PR誌「ぶっくれっと」2001年月号の編集後記から。

<日本は今黒船以来の危機に直面して居るのであり、これからの英語教育 はつまるところ大衆教育でなく、エリートを作る教育にギア・チェンジす べきだ、と鈴木先生は仰言る(「英語教育と日本語の将来について」鈴木 孝夫)。

かつて東大の柴田元幸助教授に聞いた話ですが、90年代には彼が学生だっ た70年代の学生数の1.5倍になったとのこと。学力の上の方へは広がり様 がないので、下の方を取ることになる。それだけ東大生の学力は薄まって しまった。

考えてみれば、日本全体が同じ様な事態にあるので、高校全入から大学進 学率が5割に達するなど、教育の大衆化はずいぶん進みました。そのため か、落ちこぼれやいじめが社会問題になったりして、教育内容をどんどん 易しくしてしまった。学力低下は当然の帰結ですね。

落ちこぼれを作るまいと、跳箱を飛べない生徒が何とか飛べるまで、すで に飛んだ生徒は待たせておく、高等教育も同様にここ数十年やってきた。 まさに「教育の普及は浮薄の普及也」(斎藤緑雨)ですか>

昨年の産経にこんな記事があった。

<1日の読書時間が「ゼロ」の大学生は5割超に上る。最高学府の名に値す るのだろうか。知識と教養を高めるべき学生時代に多くの本を読まず、い つ読むのか。国語力低下に拍車をかける、危機的状況だと認識すべきだろう。

学生の生活実態を調べた全国大学生協連の調査(第53回学生生活実態調 査、2017年10〜11月)で、1日の読書時間は平均23.6分だった。「0分」と 回答した学生は53%と初めて半数を超えた。これは、電子書籍も「読書」 に含めての数字である>

教育の現状は悲劇を通り越して、もはや喜劇だ。で、こんな風に学制改革 をしてはどうか。

小学校6年、中高4年を義務教育(無償)とし、大学以上は1%の選抜とす る(これも無償)。

中高(合わせて)4年では、中学の2年は基礎だが、ここで自分のおおよそ の進路を決める(文系、理系とか)、高校ではさらに進路を絞っていく (国語の先生になりたい、芸術家になりたい、政治家、経営者を目指した い、企業再建のカリスマになってゴージャスに暮らしたい、ICTの開発を したい、医者になりたい、軍人になって祖国を守りたいとか)。そして基 本的な職業訓練をする(建設土木系志願なら設計図の読み方、重機運転の 基礎、機械系なら旋盤や溶接の基本など)。

必要な場合は優秀な1%を大学へ進学させるのだ。

米国の場合、大卒ではあっても「大卒でなくても務まる仕事」に就いてい るのは5割前後だそうだ。米国では大学で学んでも「新卒さん、いらっ しゃい!」とはならない。企業は「戦力」「スキル」を求めているから、 卒業後2、3年は自己研鑽する、起業したりする。

日本の多くの企業はハナから能力を求めない。「心身ともに健康で、上司 の指示に従い、研鑽し、努力できる新卒」が好まれる。社内教育するから 4年間ラグビー漬けの体育会系やら、お受験階級の子弟でも問題なし。む しろ素直だから歓迎されるようだ。文系だろうが体育会系だろうが、オツ ムのレベルは大して変わりはないのだろう。

この学制改革により、意味なく大学へ進学していた若者の50〜99%、毎年 35万人〜70万人がフルタイムの労働市場に参入することになりはしまいか。

安易に異民族、外国人労働者を受け入れて日本をダメにしていく危険より も、「モラトリアム大学生」活用の試験、実験に着手すべきではないか。 学生もキャンパスよりオフィスや工場、現場の方が楽しく、チャレンジン グで、素敵なお兄さんや綺麗なお姉さんが仕事のみならず恋の手ほどき、 お酒の飲み方もタダで教えてしてくれるから何からナニまで給料を貰いな がら勉強できる。

どこの世界でもイヤミな上司、同僚、顧客はいるけれど、「修一クン、大 人のキッスを教えてあげるわ」なんていう優しいオネーサンもいて、ま、 人生の大きな糧にはなるのである。大いに脱線したが、キチ〇イもいいこ と言うだろ?、同志諸君、「キチ〇イだって笑ってほしい」、ま、笑って 許して。

さてさて本題に入ろう。前回に続いて「正論」2005年2月号「大島信三編 集長インタビュー 元朝鮮総連活動家の懺悔録『未来のために私の過去を 話します』元朝鮮青年同盟中央本部副委員長兼組織部長:全京千」から要 約する。

<全 祖防隊(北を応援する在日による祖国防衛隊)は朝鮮戦争直後にで きた最も危険な実行部隊で、もうテロ集団と言ってもいいでしょう。交番 に火炎瓶を投げつけたり、立川基地へ行って(日米が)武器や弾薬を朝鮮 半島へ運ぶのを阻止しようと、妨害行動をとったりしていました。

私が所属していたのは625部隊といって、とりわけ過激でした。朝鮮戦争 が起きた6月25日にちなんだ名前ですね。上の方から「死ね」と言われれ ば、恐らく死にましたよ、当時の隊員は。もちろん祖防隊は非合法活動で す。機関紙1枚の扱いにも気を使っていました。火炎瓶の製造法なども教 わりましたね。

――最盛期の動員力をどのくらいでしたか。

全 秘密祖初期ですから中央の中枢にいないと正確な数は分かりません。 恐らく数千人規模であったと思います。私は625部隊の副隊長でした、勇 敢なる青年ということで持ち上げられていたんですね。それでだんだんと 組織内部で力をつけていきました。

――就職しないで。
全 ええ、専従みたいなものです。昼間はほとんど何もしない。夜、集会 があるとゴソゴソ集まるんです。

あの頃、新宿駅で貨物列車を爆発しようとしたこともありました。朝の6 時半、新宿駅南口近くの事務所に集合して7時には決行しようと用意万端 整えていました。ほとんど死ぬ覚悟でした。

ところが武器弾薬を持ってくるはずだった隊長が来ないんですよ。「ああ 裏切られた」と思いましや。隊長はあとで殺されましたね。

――血なまがぐさい時代でしたね。

全 けれども罪悪感はまったくありませんでした。われわれは祖国のた め、わが民族のために戦っているのだ、という高揚した気分に浸っていま した。交番とか基地ばかりでなく、民団系の要人や企業に対する嫌がらせ をしていました。今考えれば、あれは間違いなくテロでした。

――背後で煽っていたのは日本共産党でしょう。

全 当時、我々は日共に入っていました。だから若い頃の不破哲三さんを よく知っていますよ。青年会館の落成式には宮本顕治さんも来て一緒に樽 酒を割りました。

――祖防隊は朝鮮総連が(朝鮮戦争休戦後の1955年に)できた頃は活動を止 めていたのですか。

全 自主的に止めようということでした。路線転換して総連になったこと に不満の活動家もいました。(しかし武闘精神はその後も)特に青年同盟 に受け継がれていました。祖防隊の残党がその後も全国の要所、要所に散 らばっていたんですね。(つづく)>

戦後の日共は党員の半数ほどが在日コリアで、中共にならって武闘路線 (ゲリラ戦)を進めていたが、孤立したために1955年に議会主義に転じ た。これに歩調を合わせて在日も武闘路線から「表向きは」手を引いて いったのだ。

【措置入院」精神病棟の日々(110)】

左膝骨折から4か月ぶりに自転車に乗ったが、膝がまだ不安定でちょっと 怖いし痛い。リハビリのサド的先生にその旨伝えたら「まだ無理よ」。歳 をとるとケガの治りも蝸牛の歩みだなあ。発狂亭“リハビリ地獄”雀庵の病 棟日記から。

【2016/12/21】水曜、素晴らしい快晴。

【産経】「トルコで露大使射殺 22歳機動隊員 シリア介入報復か」。ま るで「大津事件」、エルドアンは困惑しているだろう。

「独、トラック突入 12人死亡 無差別標的か 首相『テロ攻撃』」。難 民モドキのイスラム過激派によるXマスプレゼントだ。ドイツ人は少しは 目が覚めるか。メルケル4選は遠のき、AfDは躍進するはずだ。スイスでは イスラム教施設が銃撃され、3人負傷、犯人は死んだという。難民モドキ は危険である。

正論 木村汎「関心は領土より露との『共栄』か」、安倍氏は超弩級の領 土問題は先送りし、とりあえずは四島でともに経済開発をしよう、それが 露中にくさびを打つ、中共への牽制になるから、という考えだろう。プー チン・ロシアにとっては「与しやすい奴」だが、日本の経済界から見れば 「その手は桑名の焼き蛤」で、ロシアンルーレットのようなリスクを引き 受けはしまい。

曽野綾子氏「露大統領訪日 プーチン氏は料理を食べたか」は痛烈だっ た。何しろロシア大使が駐在先の現職警官に射殺されるという対立があ り、かつロシアは昔から暗殺が盛んだった。ロシア革命当時は内ゲバも激 しかったが、誤爆しても「敵への警鐘になった」と平然としていた。

(中核派が革マル派幹部と間違えてその弟を誤爆した際、中核派曰く「弟 だったのが悪い!」だと。滅茶苦茶だ)

スターリンが、計画経済政策などを批判する政敵トロツキーを亡命先のメ キシコでピッケルで頭を破壊して殺したのは有名だが、スターリンを尊敬 するプーチンは武闘派シロビキの政敵暗殺を黙認している。

ニューズウィークの報道によると、毒殺を恐れるプーチンは外国では国家 元首が用意した食事でも決して口にしないとか。己の価値観で見れば外国 訪問は恰好の暗殺の機会だから、最大限の警戒をするわけだ。国民は安い メチルアルコールで年間1万5000人が自殺している。

松浦肇「不安募らせる米移民社会」、キリスト教会が不法移民の「お助け 寺」になりそうで、トランプがこれに制裁を科すらしい。「トランプ氏と ニューヨーカーとの溝はますます深まっている」と締めくくっているが、 ニューヨーク州はもともとアンチ共和党だろうから戦々恐々としているの だろう。

中島朋子・東海大准教授は「トランプ氏は『政治経験のない初のビジネス 界出身の大統領』」と言う。アイゼンハワーは大統領職の8年間を除いて 軍人だったが、軍人も企業家もトップクラスになればおのずと政治に関与 する(政治家のタニマチになったり)。政治経験がないのはダメで、ある のは優秀なのか。出自はあまり関係ないのではないか。(つづく)2019/1/24


━━━━━━━━━━━━━━━━
カショギ殺害が最悪の印象となった
━━━━━━━━━━━━━━━━
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成31年(2019年)2月5日(火曜日)
         通巻第5981号  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
カショギ殺害が最悪の印象となったサウジアラビアから
   110万人もの外国人労働者が帰国の「大エクソダス」
********************************

サウジアラビアの最近の印象を問えば、「金持ち」イメージから「住み心 地の悪い」国に激変している。

1970年代の石油ブームが経済繁栄をもたらし、外国から労働者が大挙して リヤド、ジェッダを目指した。家政婦はフィリピンから、きつい労働現場 にはインド、パキスタン、そして周辺のアラブ諸国からもドッとやってきた。

この傾向はアブダビ、ドバイ、カタールも同じだった。富は永続し、原油 価格は1バーレル=100ドルで安定するはずだった。

砂漠の蜃気楼のように、高層ビルが林立し、ハイウェイが整備され、モノ レールも敷かれ、疾駆する車はフェラーリ、アストンマーチン、BMW、 ベンツ、トヨタだった。支配階級の大金持ちたちは国内で酒もおんな遊び も出来ないため、自家用飛行機でエジプトやスイスに飛んで大酒をのみ、 美女を侍らせた。

世界の有名リゾートの高級マンションはアラブの富豪が買い占め、ヨット ハーバーには彼らの最高級ヨットが係留されていた。

原油価格の下落が直接的な原因となって、高度成長を謳歌してきたサウジ アラビアにも大不況が訪れ、2017年初頭から、18年第3四半期までに110 万人の外国人労働者が帰国した。大エクソダスだ。

とくに虐待されたフィリピンの女性の帰国に際してはマニラ空港にドウテ ルテ大統領自身が出向いて暖かく出迎えた。サウジに限らずドバイやク エートからの帰国女性が目立ったという。

現在、サウジ国民の過半が30代以下の若者であり、しかも失業率が12・ 9%に跳ね上がった。したがってサウジ国民が騒ぎだすのも無理はなく 「外国人が我々の職場を奪った」という論理になる。

となると外国人労働者は建設現場からは冷酷にレイオフされ、熟練エンジ ニアにも賃下げという措置がとられ、居残る労働者とて「友人達は皆帰っ た。おれもそろそろ、第一、サウジアラビアは住むところではない」と吐 き捨てる。

エクソダスに拍車がかかったのはサウジ王室を批判したジャーナリストの カショギをトルコの領事館において殺害したことであり、イメージ改善の ため、カショギ殺害事件の直後からサウジの女性にも運転免許を与え、就 労のチャンスも拡大させていたが、いったん固まった悪印象が好転するこ とはなかった。
  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@

【知道中国 1853回】       
――「支那はそれ自身芝居國である」――河東(11)
河東碧梧桐『支那に遊びて』(大阪屋號書店 大正8年)

              ▽

詩人の直感というのだろうか。「氣を靜め思ひを沈ましめる餘裕などあり やうはない」「刺戟性の頂點に停滯してゐる」音楽から、民族の「刹那に 生きようとする所以」を導き出してしまうのだから。

 そういわれて1949年の中華人民共和国以後に見られる主な出来事をザっ と振り返ってみると、国内的には建国直後の朝鮮戦争(50年〜53年)から 始まり、「三反五反運動」(腐敗・不正・官僚主義撲滅運動。51年〜53 年)、「百花斉放 百家争鳴」(自由化運動。1956年)、「反右派闘争」 (共産党批判者抹殺。57年)、「大躍進」(58年)、「三自一包政策」 (一定の私有財産容認。62年)、「社会主義教育運動」(修正主義に反対 し、修正主義化を防ぐ。63年〜66年)、「文化大革命」(66年〜76年)、 「対外開放政策」(78年〜)とジェットコースターのように目まぐるしく 変化した。

 主要な敵国はアメリカ帝国主義からソ連社会帝国主義へ。1969年にはソ 連との国境で大規模な国境軍事衝突まで引き起こし、72年には「偉大なる 領袖・毛沢東」が昨日までの最大の敵であったアメリカ帝国主義の「頭 目」であるニクソン大統領を北京に迎え、劇的に握手する。

 国内の敵は文革初期の劉少奇から林彪、さらには周恩来を経て四人組 へ。78年以降になると昨日までは政治の中枢を占めていた毛沢東原理主義 者は「極左」と批判・断罪され、社会のゴキブリ扱いを受けお役御免と政 治の中枢から放り出される始末だ。

なにより78年以降は国を挙げての金儲けに血道をあげ、いまや世界の覇権 を目指す勢いである。

建国以降の70年、改革・開放以降の40年を振り返ってみると、疾風怒濤の ままに過ぎたこの国と国民に静謐の時はあったのだろうかと疑いたくなる が、よくよく考えれば彼等には静謐の2文字は相応しくない。

毛沢東思想絶対の政治の時代(1949~78年)であれ、金権万能の時代(78 年〜現在)であれ、彼らは「刹那の慾求を充たす心理」に導かれながら 「刺戟性の頂點に停滯してゐる」ことを運命づけられているのだろう。

おそらく今後も彼らは「刺戟性の頂點に停滯し」続けながら「不完全な飛 行機の搭乘者のやうな心理」が解消されることなく、「氣を靜め思ひを沈 ましめる餘裕などありやうはない」人生――そう、只管落ち着くことのない 人生を送るに違いない。

「中華民族の偉大な復興」やら「中国の夢」が聞いて呆れ果てるのであ る。「偉大な復興」ならぬ「偉大な不幸」に付き合わされた日には、「神 州高潔の民」を目指す身としては正直、堪ったものではない。

だが、その「刺戟性の頂點」に嵌まってしまった日本人もいたのだ。

河東に遅れること3年の大正10(1921)年、芥川龍之介は大阪毎日新聞社 の特派員として上海や北京を訪ね、その折の思いを『支那游記』(改造社  大正14年)として発表した。そこに上海での芝居見物風景が記されてい る。案内役は支那劇通として知られた某新聞社特派員の村田烏江だった。
やや長くなるが、引用しておく。

「支那の芝居の特色は、まず鳴物の騒々しさが想像以上な所にある。殊に 武劇――立ち廻りの多い芝居になると、何しろ何人かの大の男が、真剣勝負 でもしているかのように舞台の一角を睨んだなり、必死に銅鑼を叩き立て るのだから、到底天声人語所じゃない。実際私も慣れない内は、両手に耳 を押さえない限り、とても坐ってはいられなかった。が、わが村田烏江君 などになると、この鳴物が穏かな時は物足りない気持ちするそうである。 のみならず芝居の外にいても、この鳴物の音さえ聞けば、何の芝居をやっ ているか、大抵見当がつくそうである。『あの騒々しい所がよかもん な。』――私は君がそう云う度に、一体君は正気かどうか、それさえ怪しい ような心もちがした」。
そうです。判りマス。
 
     
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
読者の声 ☆どくしゃのこえ ★READERS‘ OPINIONS
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
   ♪
(読者の声1)人種差別撤廃提案100周年記念国民集会は来週の2月13 日(水)です!

1919年2月13日、日本政府はヴェルサイユのパリ講和会議における国際連 盟規約を草案する委員会で、人種差別の撤廃が規約に盛り込まれるように 提案しました。米英などの反対に遭い実現しませんでしたが、その後の歴 史に大きな影響を与えた画期的な提案でした。

その百周年が来る2月13日です。多くの方々が発起人となり、記念の国民 集会が下記の通り開催されますので、ご案内します。皆様のご来駕をお待 ちしています。
                記

・日時:平成31年2月13日(水)1:45開演(17:00開場)
・会場:憲政記念館講堂 半蔵門線・丸ノ内線永田町駅2番出口、有楽町 線1番出口
・来賓あいさつ:山田宏参議院議員
・講演:加瀬英明(外交評論家)人類最大の革命は「人種差別撤廃」の実現
頭山興助(呉竹会会長)無名烈士の壮挙
山下英次(大阪市立大学名誉教授)「戦勝国史観を覆すとき」
藤田裕行(二宮報徳連合代表)ジェラルド・ホーン『人種戦争』の意義
茂木弘道(「史実を世界に発信する会」 代表代行)世界初の人種差別撤 廃宣言
高橋史朗(明星大学教授)人種差別心理学の典型例としての「菊と刀」
ぺマ・ギャルポ(政治学者)チベットにおけるエスニック・クリンシング
トゥール・ムハメット(日本ウイグル連盟代表)中国のウイグルジェノサイド
・参加費 1000円
・代表発起人・発起人 http://www.sdh-fact.com/CL/100u.pdf
・チラシ:http://www.sdh-fact.com/CL/100o.pd



            
━━━━━━━━━━━━━━━━━
対露外交は希望的観測を持つことなく
━━━━━━━━━━━━━━━━━


           櫻井よしこ

「対露外交は希望的観測を持つことなく厳しい要素を過小評価しないのが 大事だ」


 

「心配が現実になった」と感じた日露首脳会談だった。1月22日、日本時 間の夜8時45分から小1時間遅れで始まった日露首脳会談は、約3時間続いた。

その後、安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領の共同記者会見が 行われたが、中継画像で両首脳が会見場に入った姿と表情から不首尾は瞬 時に見てとれた。

会見ではまずプーチン氏が、「たったいま、会談が終わりました。非常に ビジネスライクな建設的なものでした」と素っ気なく語り始めた。氏の話 は二点に大別される。日露経済協力の具体的プロジェクトの進展具合と、 平和条約締結についてである。

明らかに前者には力が入っており、全体の約4分の3を占めた。貿易はこれ から数年間で1.5倍の300億ドル(約3兆3000億円)にするなどの具体的目 標も語った。

他方、平和条約締結についての話は全体の4分の1でしかない。その内容 も、「私たちは平和条約の締結を目指します。調整担当として外務省高官 と外務大臣を任命しました」などというものだ。

日本側は平和条約と領土の問題は、外務省ルートでは実際の話は進まない ため、別ルートでの交渉に期待をかけてきた。そのうえで最終的に安倍・ プーチン両首脳の決断によってのみ、解決できると考えている。プーチン 氏の発言はそうした日本の腹づもりに応えるものではないだろう。

安倍首相が日露間の往来者数がふえて、昨年は過去最高だったと発言し た。昨年ロシアから日本への訪問者数は年間10万人に達し、逆もほぼ同水 準だったという。いま関係がギクシャクしている韓国からでさえ、毎日2 万人以上が訪日している。日露間の交流の貧弱さは、日本人の対ロシア観 を反映しているのである。

首脳会談を最も前向きに報じたのは「産経新聞」だった。ロシア相手の非 常に難しい交渉だが、それでも推進しなければならないのは「中露の蜜 月」を避けるためだとの内容だった。

中露の連携は日本にとってのみならず、米国にとっても、たしかに厄介 だ。しかし、注意すべき点は、ロシアは本当のところ、中国をどのように 考えているかである。

力をつけた中国は中央アジア諸国を手始めにユーラシア大陸の北に西にと 勢力を広げつつある。北極圏にも明確な位置を占めるべく戦略的に動いて いる。中国の勢力拡大の動きの中で、ロシアは日本が期待する程、中国を 退けようとはしていないのではないか。

たとえば北極圏開発だ。中国は自らを「極地強国」であり、北極の利害関 係国だと位置づけている。一帯一路に北極海を組み込み、「氷のシルク ロード」などと呼んでいる。この中国の方針にロシアは基本的に協調的で ある。2017年にロシアで開催した「国際北極フォーラム」でも、ロシアは 北極海航路とシベリア鉄道を結ぶプロジェクトへの中国の投資を呼びかけた。

中国の北極圏進出の狙いは資源エネルギーに加えて、米国に対する核抑止 力の構築にある。防衛研究所の主任研究官、山口信治氏は、中国が戦略原 子力潜水艦を北極海に進出させることができれば探知は殆ど困難で、米国 に対して確実な反撃能力を獲得すると指摘する。米国のみならず、ロシア も警戒すること必至だが、中国はロシアに警戒感を抱かせないように巧く 立ち回っているというのだ。

クリミア半島強奪以降、国際社会の経済制裁に苦しむロシアにとって中国 の占める位置は日本で考えるより遙かに大きく重要である。

日本のロシア外交は、希望的観測を一旦横に置き、厳しい要素を過小評価 しないことが大事だ。一方的に経済協力だけさせられて終わってはならな いであろう。
『週刊ダイヤモンド』 2019年2月2日号
 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1265

       

            
━━━━━━━
重 要 情 報
━━━━━━━

 ◎我が国とアメリカは何処が違ったのか:前田正晶

生い立ちが違うらしいのだが:

畏友YO氏が日経新聞の記事を引用して、嘗ては我が国にも「ジャパン・ア ズ・ナンバーワン」のような時期があり、高ぶりがあったと指摘されてい た。ご尤もなことで、当時は未だ在職中だった私にもそれなりの感想は あった。以下、エピソードも採り上げて回顧してみた。

確かにご指摘のような我が国の「高ぶり」があったと思っておりました。 アメリカ中の著名な物件を買い漁っていたのを見れば「間違っているのか も知れない」と密かに心配してはいましたが、不動産の売買などは言わば “Noneof my business”で「勝手にやっていれば」程度にしか見ていません でした。だが、アメリカには何も不動産だけに限らず魅力的な物が多々あ りました。それが金さえ出せば手に入る時が来たのですから一部に舞い上 がった連中が出たのも不思議ではなかったかも。


1972年にMead 社に転進した頃に、日本代表者のHM氏(旧帝大出身でアメ リカ留学の経験があるアメリカ通で、言わばインテリの代表のような方) が言われました、「勘違いしてはいけないのです。今は日本がアメリカに あるような一流品を物を買えるようになっただけであって、彼らとは始め から持っていた物の次元が違うので、同じような豊かさになったのではな いのです」と。

これは、その後アメリカという国の中に入ってアッパーミドルやそれ以上 の連中の自宅にまで招かれるようになって、彼我の違いが悲しいほどに 解ってきました。愚息もそのアッパーミドルの上の部に入る家庭の同じ年 齢の息子(ハーヴァードのMBAで某大企業のデイレクター)の家を訪れて 地下のワインセラーに圧倒され、太平洋岸の別荘に連れて行かれて寛ぎ 「違うんだ」と、打ちのめされたような感覚にとらわれたそうです。

このクラスの連中は皆子供を東海岸のIvy Leagueの大学に入れて、年間 500〜600万円(現在は700万円を超えたそうですが)の学費を何人分でも 何でもなく払ってしまうのです。私はそこまで深く突っ込んでは調べられ ませんでしたが、上記のHM氏が指摘されたような「これまでに何を持って いたのかが違う」という辺りを実感させられていました。慣れない間は、 そういう階層の人たちの家に入っただけで圧倒されました。

とは申せ、アメリカは1776年に出来た国です。それでも、そこまでの凄い 資力を持つ層が出来て、色々な意味でアメリカを指導していました。では 世界第2の経済大国中国の富有層は「これまでに何を蓄積してきたの か?」と問い掛けたい気もします。同時に、我が国に、Ivy League級の学 費が高い大学に何人もの子弟を送り込んでもビクともしない階層の者がど れだけいるでしょうか。

私は決してアメリカ礼賛をしているのではありません。何処が違っていた のか、何故違ったのかを論じただけです。だが、残念ながら「何故違って しまったか」は良く解らないままに終わってしまいました。友人のSM氏は 東京の某有名私立大学を出た後で留学され現地で就職して成功し、2人の 娘さんは法科大学院とビジネススクールに行かせ、息子さんは何と日本の 大学に留学させてCitibankに就職という具合です。凄い資力を築いたのだ と思っています。彼にどうやって成功したかと尋ねろって言われますか。 いくら何でもそこまで訊けませんよ。


 ◎人は様々:前田正晶

タクシーでクレデイットカード払い:

4日は検査があって病院でほぼ半日を過ごす結果になった。往路は何とな くトボトボと駅前まで歩いていたら予約時刻ギリギリのバスを逃してし まった。そこで窮余の一策で「勿体ない」とは知りつつもタクシーの利用 に踏み切ったが、持っていたのは1万円札1枚だけだった。そこで停めた4 大交通の一つの運転手さんにそれで良いかと確認した。だが「お釣りな い。お客さんカードは持っていますか。持っていたらそれで行きましょ う」となって、生まれて初めてタクシーにキャッシュレスの支払いで乗る ことになった。長生きはしたいものである。

大病院での支払いにクレデイットカードを登録すれば:

その運転手さんは仲々の理論派で、「大病院の会計が自動支払機になった しカードで払えるようになったのは良いが、何故あれほど長時間待たせる のか」と批判して見せた。彼は「カードを認めるのだったならば、その患 者のカードを登録して会計の窓口で当日の支払額を知らせた上で、カード からの引き落としで済ませる手続きにすれば迅速に処理できるだろう。そ うすれば病院側にも患者にも便利ではないか」と主張した。

私は瞬間的に「グッドアイデア」だとは思ったが、良く考えなくとも判る ことで便利さの裏には面倒なことも残っている気がした。「アメリカのホ テルのようにチェックインの時点でカード番号を取っておく手法にも似て いるのは結構だが、そのカードが何らかの事情があって失効しでもしてい たら面倒かな」などと考えている間に病院に到着して、目出度く伝票にサ インして降りた。言うまでもないが、途中でバスを追い抜いていた。

キラキラネーム:

採血のところで私を担当してくれた看護師さんの名札を見ると「下に子が 付いた名前」だった。そこで、つい何気なく「失礼かも知れないが、近頃 珍しいですね」と言ってしまった。すると、彼女は「もう40歳になった古 い時代の生まれで、親には未だそういう感覚が残っていたようで。でも、 私の娘の名前はこういう字でこう読むのですが、読みにくい部類には入ら ないかとも思っています」と言われてしまった。彼女は更に「今では学校 でも現代人の先生方ですら読めない名前が多く、名字でしか呼べないよう です」とも言ったのだった。「なるほど、そうか」だった。

今や旧世代の生まれ育ちである私には、とても判読すら出来ない当て字や 勝手な読み方をする名前が無数に登場する時代なのだ。俗に「時移り人変 わり」とは言うが、あのような読めない名前をつけている親が普通になっ ている現代で、読みにくいのではと自覚症状がある親もいるのだと知り得 ただけで短い間での貴重な会話だった気がした。



━━━━━━━
身 辺 雑 記
━━━━━━━

東京湾岸の6日は予報より早く早朝から雨。散歩は夕方に延期。ちょうど午前中は大学病院で検診がある。

5日の東京湾岸は予報に反し曇天。隣の第三亀戸中学校の芝生の校庭では 久々生徒たちが走っていた。

                          読 者:5587人                           

                         



                      
           
            
                     



 


       
       

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: 97 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。