政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

全て表示する >

頂門の一針4944 号  2019・2・3(月)

2019/02/03

                                           □■■□──────────────────────────□■■□ 
わたなべ りや うじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」4944号
□■■□──────────────────────────□■■□

        
        2019(平成31)年  2月3日(日)



          「わが祖国」を聴きながら:渡部亮次郎

        北京交通大学都市化研究センター:宮崎正弘                   
      対露外交は希望的観測を持つことなく:櫻井よしこ                       
                         
                      話 の 福 袋
                        反     響
                      身 辺 雑 記



━━━━━━━━━━━━
「わが祖国」を聴きながら
━━━━━━━━━━━━

          
       渡部 亮次郎

高く済んだ秋空の下(もと)、ひさしぶり、MDでスメタナの「わが祖国」 を聴きながら、落葉で金色に輝く公園の道を散歩した。いつもは「ラジオ 深夜便」の録音を再生したのにつづいて聴くのはモーツアルトかベートー ヴェンなのに。

なにか壮大で厳粛な気分に浸ることができるからである。とても演歌や フォークソングではこうは行かない。祖国、国土、独立、さらに故郷の風 物への愛を強烈に感じる。

連作交響詩『わが祖国』 (わがそこく、Ma Vlast) は、ベドルジハ・スメ タナの代表的な作品で、1874年から1879年にかけて作曲された6つの交響 詩から成る。スメタナは聾唖者になっていた。

全6作の初演は、1882年11月5日、プラハ国民劇場横のジョフィーン島にあ る会場で行われた。この曲は、近来、毎年行なわれるプラハの春音楽祭の オープニング曲として演奏されることが恒例になっている。

1 ヴィシェフラド  2 ヴルタヴァ  3 シャールカ  4 ボヘミアの牧場 と森から  5 ターボル  6 ブラニークの6曲から成るから、通しで聴け ば1時間20分ぐらいかかる。

音楽を学ぶためにプラハへ赴いたスメタナは、ある貴族の家の音楽教師の 座を獲得し、1848年には、作曲家フランツ・リストからの資金援助を受 け、彼自身の音楽学校を設立した。

1874年に梅毒に起因して聾唖(ろうあ)となるが、作曲活動を続け、この 出来事の後に書かれた代表的な作品が『わが祖国』である。

1 ヴィシェフラド
『高い城』とも訳される。かつてボヘミア国王の住んでいた、プラハの大 きな城が描かれた作品。1874年に作曲された。吟遊詩人が古代王国の栄枯 盛衰を歌う、という内容である。

この作品の冒頭に現れ、全曲を通じて繰り返し用いられる旋律の最初の部 分には、スメタナの名前の頭文字B.S.(=B♭−E♭)が音として刻まれている。

2 ヴルタヴァ 『モルダウ』の名で知られる。一連の交響詩群の中で最 も知られた作品であり、単独で演奏されたり、録音されることも多い。ヴ ルタヴァ川(モルダウ川)の、源流近くからプラハへと流れ込むまでの様 子が描かれている。1874年に作曲された。 スメタナの故郷を思う気持ち が現れている。

3 シャールカ 1875年に作曲された。シャールカとはチェコの伝説に登 場する勇女の名である。恋人に裏切られたことによって男への復讐を決意 した、という。そのシャールカが男の兵士達を策略にはめて皆殺しにす る、という(男性にとっては首筋が寒くなる)内容である。

4 ボヘミアの牧場と森から 1875年に作曲された。ボヘミアの美しい風 景を音楽としたもの。途中、ドイツ風の歌やボヘミア風の歌といった民族 的な旋律も現れる。

5 ターボル 1879年に作曲された。ターボルとはボヘミア南部の町の名 である。フス派の人々の拠点であった。フス派の戦士の不屈の戦いを描い ている。彼らの間で歌われたコラール『汝ら神の戦士たち』が用いられて いるが、これは『ブラニーク』でも引き続き用いられる。

6 ブラニーク 1879年に作曲された。ブラニークとはボヘミア中部の山 地の名である。その山々の深い森の中にて1000年前のチェコ民族の守護聖 人と勇士達が眠っており、チェコ民族が存続の危機に瀕した時に彼らがよ みがえって救いの手を差し伸べる、という伝説がある。

曲は、邪悪に覆われた祖国をその勇士達が勝利を収めて解放する、という 内容である。

ベドジフ(またはベドルジハ、ベトルジヒ)・スメタナ(Friedrich) Smetana, 1824年3月2日― 1884年5月12日)

ビール(チェコ・ビール)の醸造技師の息子として、ボヘミア北部のリト ミシュル(Leitomischl)に生まれた。若い頃にピアノとヴァイオリンを 学び、家族の参加していた趣味的な弦楽四重奏団で演奏していた。

父親の反対にも拘らず、音楽を学ぶためにプラハへ赴いたスメタナは、あ る貴族の音楽教師の座を獲得し、1848年には、作曲家フランツ・リストか らの資金援助を受け、彼自身の音楽学校を設立した。

1874年に梅毒に起因して聾唖(ろうあ)になっても作曲をつづけた。のち 1884年に正気を失い、プラハの精神病院へ収容され、この地で生涯を終え た。ヴィシェフラトの有名人墓地に葬られている。

スメタナは、明確にチェコの個性の現れた音楽を書いた最初の作曲家であ るといわれる。そのため、チェコ国民楽派 の開祖とされる。

彼の歌劇の多くは、チェコの題材に基いており、中でも『売られた花嫁』 は喜劇として最もよく知られている。彼は、チェコの民俗舞踊のリズムを 多用している。

また、彼の旋律は民謡を彷彿とさせる。同じ様にチェコの題材をその作品 中に用いた作曲家として知られる アントニン・ドヴォルザークに大きな 影響を与えた。

主な作品

歌劇
『ボヘミアのブランデンブルク人』(1862)
『売られた花嫁』(1863)
『ダリボル』(1867)
『リブシェ』(1872)
『二人のやもめ』(1874)
『口づけ』(1876)
『秘密』(1878)
『悪魔の壁』(1882)
『ヴィオラ』(未完)

管弦楽曲
祝典交響曲 作品6(1853)
交響詩『リチャード三世』(Richard III)作品11(1857-58)
交響詩『ヴァレンシュタインの陣営』作品14(1858-59)
交響詩『ハーコン・ヤルル』(Hakon Jarl)作品16 (1861-62)
連作交響詩『わが祖国』(Ma Vlast)(6曲)(1874-79)
祝典序曲 ニ長調 作品4(1848-49)
プラハの謝肉祭

室内楽曲
弦楽四重奏曲第1番ホ短調『わが生涯より』(1876)
弦楽四重奏曲第2番ニ短調(1882-83)
ピアノ三重奏曲ト短調作品15(1855)
『わが故郷から』(ヴァイオリンとピアノのための、2曲)(1880)

「わが祖国」の初演から100年に当たる1982年に、記念演奏会が東京で開 催された。(演奏は、ヴァーツラフ・ノイマンの指揮によるチェコ・フィ ルハーモニー管弦楽団)同公演はライブ録音され、翌年レコードとして発 売された。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2007・11・14



━━━━━━━━━━━━━━━
北京交通大学都市化研究センター
━━━━━━━━━━━━━━━
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成31年(2019年)1月31日(木曜日)弐
         通巻第5975号     
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 北京交通大学都市化研究センターは研究成果を発表
  中国新幹線(高速鉄道)は借金も「高速増殖」させた
*********************************

昔々、日本の国鉄は慢性的赤字、士気の弛緩、親方日の丸、労働組合の過 激化と国民から総スカンを食ったストライキなどの理由で赤字経営を続けた。

侃々諤々の議論のすえに民営化され、累積債務は「国鉄清算事業団」に移 された。その債務残高は24兆円だった。

中国の鉄道は世界一の営業キロを誇り、12万7000キロ。このうちのおよそ 2割(2満5000キロ)が、新幹線(中国は「高速鉄道」という)である。

先ごろ発表された北京交通大学都市化研究センターの研究によれば、「中 国新幹線(高速鉄道は)は借金も「高速増殖」させた」として、累積債務 を707億ドル(邦貨換算78兆円)と見積もった。

同センターに拠れば、黒字区間は「北京―上海」と「北京―広州」の2つだ け。ほかはすべて赤字。ちなみにコストvs効果計算で、北京―上海の乗 客はキロあたり4800万人、もっともひどい赤字区間は「蘭州―ウルムチ」 で、キロあたり230万人。ちなみに日本のJRの新幹線のそれは平均でキ ロあたり3400万人。

この無謀とも発狂的とも言える鉄道建設は、悪性のスパイラルへ向かって 暴走、突進を続け、幽霊都市を建設して業界を存続させてきたように、国 有企業の中国鉄道建設と系列の企業群の延命だけが目的だったのか。

2005年からつもりに積もった累積赤字78兆円というのは、日本の旧国鉄の 赤字の3倍規模にあり、近未来におこるであろう、恐怖のシナリオが見え てきた。
    
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
樋泉克夫のコラム
@@@@@@@@

【知道中国 1851回】                
――「支那はそれ自身芝居國である」――河東(9)
河東碧梧桐『支那に遊びて』(大阪屋號書店 大正8年)

         ▽
「時代の變革は、最も民衆に近い藝術に反應する、といふ民衆對藝術觀か ら言へば」、「支那の自覺は先づ劇に始まる、支那を救ふが爲めには、政 治論よりも貨幣論よりも、價値ある芝居の創造を第一にすべきだ。そんな 氣もするのだつた」との直感は鋭い。

当時勃興した新文化運動を担ったのは、旧い京劇の抜本改革と新しい話劇 の振興運動だったのだ。

「其後北京に出て」、「たしか廣?樓とか言つた寄席類似の小屋で丁度始 まつた梅蘭芳の芝居を見に往つた」。旧来からの「生(たちやく)」が主 体の伝統舞台に革命の風を巻き起こし、梅蘭芳が「旦(おやま)」を主役 とする演目に新境地を切り開き、新たな観客層の開拓に努めていた頃である。

梅の舞台を「其の容貌、其の肉聲、其の所作は、支那芝居に最も缺けてゐ る、最も閑却されてゐる、事相に伴ふ感情の表現を、比較的に豐富ならし めた」と評し、「支那芝居は單に寫實劇に推移するものではない、一人の 梅を待つてそれがオペラにも開展して行く可能性を持つてゐる。そんな感 想も浮かぶのだつた」と。やがて「そんな感想」は現実化した。
 京劇は梅によって「オペラにも開展して行」ったのだ。ペキン・オペラ への誕生である。

寧波を離れる直前、七塔法恩寺という大きな寺に赴く。

「一人の磊落な坊さんが出て來た」。「この僧侶は滅多に人には見せな い、自分で樂しんでゐる現世極樂を持つてゐるとの事」であり、その「現 世極樂」に案内してもらった。寺の奥まった一角の小部屋がそれだ。

「中にはいつて見て、私の夢は覺めた、九天の空から奈落の底に突き落と されたやうに、私の空想は叩きつけられた」そうな。

それというのも、「現世極樂」の実体が「四方の壁と天井の眞中の明りと を除いた部分とに、一面に鏡をはめて、其のひまひまに、縮緬の派手な切 れで作つた住吉踊のやうな瓔珞類似のもの、人形寶石等を飾りつけたも の」だったからだ。極楽などといえたような代物ではない。単なる子供騙 しだ。

「気骨ある、支那僧侶中の出色の人」ともあろうものを、チャチな仕掛け に現を抜かす。「眞面目なのか、それともトボケてゐるのか」。だが、だ からといって「この一事を基點として、支那僧侶の思想や道?問題にまで 説き及ぼさうとも考へない」。それというのも河東は「『現世極樂』とか 『碧落?泉』とかの文字の意味あひで、人を或る處にまで釣り込む手段の 巧妙さを考へずには濟まなかつた」からだ。

毛沢東の時代を振り返れば必ずといっていいほどに付き纏う「百花斉放  百家争鳴」「大躍進」「愚公移山」「超英?美」「自力更生」「為人民服 務」から始まって、?小平の「先富論」に「韜光養晦」、江澤民の「三個 代表論」、胡錦濤の「和諧社会」、習近平の「中華民族の偉大な復興」 「中国の夢」などなど、「文字の意味あひで、人を或る處にまで釣り込む 手段の巧妙さ」は数え上げたらキリがない。

かくて「支那人の先天的に豐富な芝居氣を享け持つてゐることに想到」し た河東は、彼らは「殊更に企むことなしに、それぞれの職業なり地位なり に相應する芝居を演ずる敏感性を持つてゐる」と注意を喚起し、併せて 「善い意味に於て、支那人は誰もが役者の素質を具有してゐる。支那はそ れ自身芝居國である」と「直覺」するのであった。

蘇州を歩き杭州を愛で、「私はもう支那の名所舊跡の、たゞ名許りあつ其 の實の廢滅した落寞な悲慘な跡を見るに可なり飽いた」。だが、それは河 東が日本人だからだろう。

「面白いのくだらないのと明快な判斷を下だすのを辛棒して、さういふ判 斷から超越して、たゞぼんやり長袖緩歩で、ノロノロぐにやぐにやしてゐ なければ、支那を知る事は出來ないかもしれない。

日本のやうな島國の物尺は、支那の大陸には當て嵌らないのかも知れな い」。やはり「たゞぼんやり長袖緩歩で、ノロノロぐにやぐにや」でない と・・・ 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 読者の声 ☆どくしゃのこえ ★READERS‘ OPINIONS
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
   ♪
(読者の声1)YouTubeをぶらぶら見ていたら以下の記事を見つけまし た。「昭和天皇が見
た生涯で一度だけ激怒した姿 〜元側近が語る胸の内〜」
https://www.youtube.com/watch?v=4cu5-yGnrFA

 皇居の記帳台で記帳された「お帳」を侍従の中村氏が毎日天皇陛下の御 座所にお持ちしていたが、昭和62年2月27日に御座所のドアから怒鳴り声 が聞こえてきた。NHKテレビの特集番組をみていられたようで、その内容 にご立腹されたようだ。

中村侍従は侍従在職中昭和天皇が怒ったことをこの時以外にみたことがな いとのことでよほど陛下はご立腹されたのであろう。幸いにもその特集番 組YouTubeで視聴することができます

「NHK特集「ニ・二六事件 消された真実 〜陸軍軍法会議秘録」
https://www.youtube.com/watch?v=_Yu70Jp1g5A

要するに、その当時あらたに発見された匂坂(さきさか)検察官が密かに 保管していたニ・二六事件関連の資料を解析すると、以下のことが推測で きるということです。

1.真崎大将を首魁とする皇道派の将官が26日の早朝に会合を開いていた。

2.陸軍の行った裁判の関係者は、陸軍の将官が自分たちが権力を握るた めに事件を青年将校に起させたということが世に知れると陸軍としてはこ まるので、裁判をうやむやにした。

私には発見された資料からどうしてこんな結論が出てくるのか不思議です。

恣意的な解釈と私は思います。それはさておき、昭和天皇が側近がそれま でみたことのない怒りの表情を見せられただけでなく、怒鳴られたという ことは、この結論が昭和天皇がその時点で理解していた内容と全く異なり かつ不当なものであったということです。

真崎大将が事件発生前から自分を慕ってきた青年将校たちに自重するよう に度々いってきたことは、公知の事実です。

事件勃発後も自ら青年将校たちのもとに出向いて自重するよう必死に説得 活動を行ってきたことも公知の事実です。ただし、特集番組の中では真崎 大将が使嗾したようにほのめかされています。

陸軍大将が事件の背後にいたとなると陸軍に都合が悪いのでうやむやにし たなどという結論は全くの的外れです。真崎大将は一年間厳しい尋問を受 けたにも関わらず何も問題とすべき点がなかったので起訴できなかったの です。

事件後、陸軍の権力を握った人たちにとって真崎大将を葬り去るのが一つ の大きな目的であったにもかかわらず、何も付け入る隙がなかったのでう やむやにせざるを得なかったというのが実情でしょう。

では昭和天皇が何故激怒されたのでしょうか。

以下の昭和天皇の言葉が謎を解きます。

戦後真崎大将の長男の真崎秀樹氏は昭和天皇の通訳を25年間なされまし た。宮中では天皇陛下がどんなに気に入っている者でも80歳で退職する のが決まりでしたが、陛下がこの述懐をなされたとき真崎秀樹氏は80歳 を超えていました。

部屋に昭和天皇と真崎秀樹氏だけがいたとき、陛下は窓の外を見ながら以 下のとおり云われました。

「私がお前をその年でも使っているのは、お前が真崎甚三郎の長男だから だ。私は今までに3回判断を誤った。」
私はこのことを昭和天皇の信頼が篤くかつ真崎秀樹氏と親しかったある方 からお聞きしました。

勿論、3回の内の1つはニ・二六事件の際真崎大将を中心とする皇道派の 将官が自身が権力を握るために青年将校を煽動したと誤って判断したこと です。

後に逆に真崎大将を追い落とすために青年将校をそそのかし背後に真崎大 将がいたように見せかけていたのだと気付かれたのでしょう。私は陛下が お気づきになられたのはおそらく昭和30年頃ではないかと推察いたしてお ります。その方が陛下のそば近く使えるようになったのがそのころだから です。昭和天皇が判断を誤るように誤情報を伝えた人物(2人)もわかっ ていますが、ここでは述べません。

では残りの2回はいつかということになります。大東亜戦争開戦を決めた 御前会議ではありません。昭和天皇は明治天皇、大正天皇に倣われ閣議が 全会一致したことは、自分の意に沿うか否かに関わらず裁可されました。
したがって、閣議で全会一致した場合ご自身が判断をお示しになる余地が ありませんでした。私は、残りの2回の内1回は何時であったか確信を もっています。差しさわりがあるのでここでは述べません。残りの一つは 正直言ってわかりません。

いずれにしても、何故あのような間の抜けた結論、あるいは意図的な悪意 に満ちた結論をNHKテレビは特集番組として放送したのか、?然とする しかありません。

 平成25年2月にもNHKの同事件に関する特集番組がありました。こ れもYouTubeで視聴できます。
「近代日本最大のクーデター、二・二六事件」
https://www.youtube.com/watch?v=eEJ1Q0ukoco

腑抜けた内容の番組ですが、最後に御厨氏がいった二・二六事件がなかっ たら日本は戦争に向かわなかったであろうという発言は当たっています。
ただし、その理由は御厨氏の意図とは全く違います。当時真崎大将は英米 派と云われていました。これは、日本派(愛国派)であるからこそ、日本 を守るためにはドイツではなく英米との協調関係を重視しなければならな いというものでした。二・二六事件が起きず、真崎大将の意図が正しく日 本の軍事方針・外交方針に反映されていたら、日本は戦争に向かわなくて 済んだはずです。

また真崎秀樹談、読売新聞社編、「側近通訳25年 昭和天皇の思い出」 の第六章「真崎大将と二・二六事件」を読んだところ、「陛下が真崎甚三 郎をどう見ていたか、何も根拠がないのです。私自身、陛下のお言葉なり 何なりから察することは何もありません」とあります。陛下の述懐に触れ ないようにするには、こういうしかなかったのでしょう。しかし、それ以 外は上記の私の推察と符合しています。
   (當田晋也)



  ♪
(読者の声2)(日本文化チャンネル桜)から番組のお知らせです。
番組名:「闘論!倒論!討論!2019 日本よ、今...」
テーマ:「中国(習近平)が今狙っているもの」(仮)
放送予定:平成31年2月16日(土)夜公開。日本文化チャンネル桜。 「YouTube」「ニコニコチャンネル」「Fresh!」オフィシャルサイト。イ ンターネット放送So-TV
<パネリスト:50音順敬称略>
 石平(評論家)、田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員)、
坂東忠信(元警視庁通訳捜査官・外国人犯罪防犯講師)、福島香織 (ジャーナリスト)
宮崎正弘(作家・評論家)、用田和仁(元陸上自衛隊西部方面総監 陸将)
渡邉哲也(経済評論家)
司会:水島総(日本文化チャンネル桜 代表)
(日本文化チャンネル桜)



━━━━━━━━━━━━━━━━━
対露外交は希望的観測を持つことなく
━━━━━━━━━━━━━━━━━


            櫻井よしこ

「対露外交は希望的観測を持つことなく厳しい要素を過小評価しないのが 大事だ」

「心配が現実になった」と感じた日露首脳会談だった。1月22日、日本時 間の夜8時45分から小1時間遅れで始まった日露首脳会談は、約3時間続いた。

その後、安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領の共同記者会見が 行われたが、中継画像で両首脳が会見場に入った姿と表情から不首尾は瞬 時に見てとれた。

会見ではまずプーチン氏が、「たったいま、会談が終わりました。非常に ビジネスライクな建設的なものでした」と素っ気なく語り始めた。氏の話 は二点に大別される。日露経済協力の具体的プロジェクトの進展具合と、 平和条約締結についてである。

明らかに前者には力が入っており、全体の約4分の3を占めた。貿易はこれ から数年間で1.5倍の300億ドル(約3兆3000億円)にするなどの具体的目 標も語った。

他方、平和条約締結についての話は全体の4分の1でしかない。その内容 も、「私たちは平和条約の締結を目指します。調整担当として外務省高官 と外務大臣を任命しました」などというものだ。

日本側は平和条約と領土の問題は、外務省ルートでは実際の話は進まない ため、別ルートでの交渉に期待をかけてきた。そのうえで最終的に安倍・ プーチン両首脳の決断によってのみ、解決できると考えている。プーチン 氏の発言はそうした日本の腹づもりに応えるものではないだろう。

安倍首相が日露間の往来者数がふえて、昨年は過去最高だったと発言し た。昨年ロシアから日本への訪問者数は年間10万人に達し、逆もほぼ同水 準だったという。いま関係がギクシャクしている韓国からでさえ、毎日2 万人以上が訪日している。日露間の交流の貧弱さは、日本人の対ロシア観 を反映しているのである。

首脳会談を最も前向きに報じたのは「産経新聞」だった。ロシア相手の非 常に難しい交渉だが、それでも推進しなければならないのは「中露の蜜 月」を避けるためだとの内容だった。

中露の連携は日本にとってのみならず、米国にとっても、たしかに厄介 だ。しかし、注意すべき点は、ロシアは本当のところ、中国をどのように 考えているかである。

力をつけた中国は中央アジア諸国を手始めにユーラシア大陸の北に西にと 勢力を広げつつある。北極圏にも明確な位置を占めるべく戦略的に動いて いる。中国の勢力拡大の動きの中で、ロシアは日本が期待する程、中国を 退けようとはしていないのではないか。

たとえば北極圏開発だ。中国は自らを「極地強国」であり、北極の利害関 係国だと位置づけている。一帯一路に北極海を組み込み、「氷のシルク ロード」などと呼んでいる。この中国の方針にロシアは基本的に協調的で ある。2017年にロシアで開催した「国際北極フォーラム」でも、ロシアは 北極海航路とシベリア鉄道を結ぶプロジェクトへの中国の投資を呼びかけた。

中国の北極圏進出の狙いは資源エネルギーに加えて、米国に対する核抑止 力の構築にある。防衛研究所の主任研究官、山口信治氏は、中国が戦略原 子力潜水艦を北極海に進出させることができれば探知は殆ど困難で、米国 に対して確実な反撃能力を獲得すると指摘する。米国のみならず、ロシア も警戒すること必至だが、中国はロシアに警戒感を抱かせないように巧く 立ち回っているというのだ。

クリミア半島強奪以降、国際社会の経済制裁に苦しむロシアにとって中国 の占める位置は日本で考えるより遙かに大きく重要である。

日本のロシア外交は、希望的観測を一旦横に置き、厳しい要素を過小評価 しないことが大事だ。一方的に経済協力だけさせられて終わってはならな いであろう。
『週刊ダイヤモンド』 2019年2月2日号
 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1265

         

         
       
━━━━━━━
重 要 情 報
━━━━━━━

◇◆◇写真映像情報網◇◆週刊AWACS 2019年2月3日◇◆◇◆◇

▼唸声一言/先生、どうにかできませんか

[https://stat.ameba.jp/user_images/20190203/01/unarigoe/fc/b7/j/o0471019514349532492.jpg]<https://stat.ameba.jp/user_images/20190203/01/unarigoe/fc/b7/j/o0471019514349532492.jpg>
写真は小学生の悲痛な思いのアンケート/ネットより

いじめに対して先生は無力であり、家庭内暴力に対しても無力であることが分かります。ましてや子供を守るべき親がしでかしたことなのですから、子供は絶望の淵にあった訳です。この子供が自殺をしていたら、親の虐待やアンケートは表に出たでしょうか?

学校側はモンスターペアレントに対して、実に無力です。日本社会が暴力的なことにあまりにも無抵抗であり、平和主義の欺瞞なのでしょうか?こんなことでは、国を守ることもできません。ダメなものはダメ、そんな簡単なことも疑似平和の日本では曖昧になっています。

韓国に対してもダメなものはダメ、無抵抗が平和を作るなんて空論が栗原心愛さんを死に追いやったのです。

では、今週号をお楽しみください。

https://ameblo.jp/unarigoe/entry-12437395602.html

2019/2/3 唸声

 ◎アメリカ人たちは言った「我々だって・・」:前田正晶

この使い分けは英語を学ぶ中で最難関の一つであると誰もが言うし、そう いう経験をさせられる “a”と“the”の使い分けについて、偶々別件で畏友 RS氏から問題提起があったので、私なりにどういう経験をしてきたかを簡 単に纏めてみた次第。「へー、そんなものだったか」と受け止められる方 もおられるかと思う。

>引用開始

一度、現地でアメリカの同僚たちに「君等は定冠詞と不定冠詞の使い分け にどのように対処しているのか。我々外国人は非常に難儀しているが」と 尋ねてみたことがありました。彼らは大笑いして「俺たちだって屡々どう 使い分けるべきか解らないことがあるぜ。君が迷っても当然。あんな面倒 なものはないぜ」と言っていました。半分は冗談のような響きがありまし たが、私が尋ねたインテリ階層に属している連中でもこんなものかと知っ て、一寸安心したことがありました。

経験上は theを入れるべきかどうか迷った時は(勿論、原則的な使い方は 心得ているもりでしたが)無しで話す事にしていました。会話中なら記録 に残らないので安心です。だが、文章を書いている時は悩まされます。会 話中は言ってみれば「口から出たままでいってやれ」と割り切って考えて いました。仮令間違っていたとしても、学校の試験ではありませんから、 減点される気遣いがないのです。

以上、ご参考まで。

<引用終わる

どうぞ「何だ、彼らでもそんなことだったか」とご安心下さい。

 ◎アジア杯決勝戦でカタールに負けた:前田正晶

実は、1日夜は体調が思わしくなく、5時間時差のUAEで23時から試合開始 では終わるのが翌日の1時にもなってしまう試合の観戦には耐えられない だろうとの判断で、早々に寝てしまった。だが、信頼できないとは言え FIFAのランキングが93位というカタールが相手では何と勝ってくれれば良 いがとは願っていた。しかしながら、カタールには出場資格に疑問がある 帰化した選手が2名も出てきそうなのは「嫌な予感」を生じさせてくれて いた。

2日朝は何とか6時前に起きて中継したはずのテレ朝のニュースを見れば、 最初の項目ではなかったので「これはダメだったのだな。矢張りそういう 結果になっていたのか」と直ぐに解ってしまったのは残念だった。テレ朝 では試合の経過をある程度は詳細に流してくれたが、矢張りそれでは「ど ういう流れの中で負けたのか。敗因が何処にあったのか」などは読み切れ なかった。だが、あのアルマエズ・アリとやらと言う資格に疑問のあると されていたポイントゲッターのサイクルキックによる先取点には少し驚か された。

あそこまで行って負けたのは残念だったが、未だ未だ集まったばかりの顔 ぶれで不十分だと思わせてくれる点が残っている寄せ集めの代表だったこ とを考えれば、「良くやった」と褒めて上げて良いだろう。要するに「未 だ発展途上にある」ということだが、南野があの1点が大会での初ゴール だったという点辺りにこのテイームの問題点が出ていたように思えるし、 私は解説者たちが何と言おうと「大迫君は未だ半端だ」との説に固執した い。解説者どもは今更彼を貶せないのだろうが、私はもっと強力なゴール ゲッターになって欲しいと要求し続けるつもりだ。

私が不満な点は「止むを得ないことだとは承知しているが、解説者も評論 家たちも思い切ってあの監督と代表テイームの問題点を思うがままに指摘 しすべきだと思っている事」なのである。以前にも指摘したが「同じサッ カー界で生活している以上、同じ村の監督・コーチ・選手を率直に貶して しては居場所がなくなる危険性がある」のは良く解る。だが、私は森保監 督が何らの欠陥もない完全無欠の指揮官ではないと思っている。要する に、例えばFMのように「褒めるだけ彼らの仕事ではあるまいに」と言うこと。

話は変わるが、来週にはもう一つ残念になりそうなことがある。それは、 4日(アメリか時間3日)に開催される「スーパーボウル」のテレビ観戦が 出来なくなりそうな見通しだ。当日は国立国際医療研究センター病院の循 環器科で色々と検査がある日で、朝食を抜いて出ていかねばならないの だ。何とかならないかと時間調整を考えて見たが、どう考えても試合中の 時間帯には家にはいられそうもないのだ。しかも通常ならば検査終了後に は院内で遅い朝食をとってジムに回るようになっていたのだ。残念だが仕 方ない。トム・ブレイデイーの観戦は諦めて検査を優先しようと覚悟した ところだ。


━━━━━━━
身 辺 雑 記
━━━━━━━

3日の東京湾岸は快晴、爽快。

東京湾岸は晴天が続いている。土曜で休みの隣の第三亀戸中学校の芝生の 校庭には周辺のこどもたちが押しかけ、遊んでいた。


                          読 者:5587人                           

                         



                      
           
            
                     



 


       
       

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: 97 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。