政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針4942号  2019・2・1(金)

2019/02/01

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 わたなべ りや うじらう のメイ ル・マガジン「頂門の一針」4942号
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        2019(平成31)年  2月1日(金)



           半導体大手「インテル」社の:宮崎正弘

              本質を見抜けぬ人々:渡部亮次郎

        原発輸出を助け、技術を継承せよ:櫻井よしこ
             
          「勿体ない精神」の発揚である:前田正晶   
                         
                      話 の 福 袋
                        反     響
                      身 辺 雑 記



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半導体大手「インテル」社の
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成31年(2019年)1月30日(水曜日)
        通巻第5972号        
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半導体大手「インテル」社の「イスラエル・シフト」は何を意味するのか?
  インテル新工場に190億ドルの大型投資、イスラエル最大級
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おりしも米司法省はファーウェイを「技術盗取」の容疑で追訴を決めた。 これで孟晩舟CFOの米国移送、裁判が確定したと言える。

こうした動きに沿って、半導体最大手インテルの企業戦略に変化がでた。

1974年以来、インテルはすでに380億ドルをイスラエルに投下し、半導体 などハイテク製品の部品を製造し、供給を続けてきた。インテルの最初の イスラエル拠点はハイファにおかれ、わずか五名の開発研究要員でスター を切った。

その後、インテルはエルサレムならびに同市南西のキリヤットガット(砂 漠の真ん中)に主力工場を設立し、CPU、フラッシュメモリーなど最先 端部品を生産してきた。

インテルの米国における主力はアリゾナ州、ニューメキシコ州など、やは り砂漠地帯に置かれるのも、地理的な理由は安全保障上の事由とされる。

かくしてインテルの貢献が大きく、イスラエルは軍事大国にして、軍事汎 用技術でも米ソとならぶ次世代ハイテク技術開発で優位に立ってきた。
 とくに日本とはハッカー防御技術、暗号解読そのほかでの技術協力がと みに盛んとなった。

イスラエル財務省は発表に先立ち、「半導体大手のインテルが巨額投資を 決断した意味は大きく、予想だにしなかったことであり、イスラエルの技 術的飛躍に繋がる」と歓迎の声明。このためイスラエル財務省も財政的負 担でシェアを約束しており、40億ドルをイスラエル政府が予算化して、新 しいエンジニア養成などに費消される。

2018年春先にインテルはZTE(中興通訊)への半導体供給をストップさ せたため、ZTEはスマホを製造できなくなって悲鳴を上げた。

ZTEはファーウェイと並んで、スマホで世界的なシェアを誇り、日本で も廉価ゆえにZTEスマホやWIFIを使っている人が多い。

 嘗てアメリカは日米経済摩擦のときに次世代半導体技術を日本の頭越し に韓国へ供与した。
このためサムソン、LGなどが飛躍したが、こんどはアジア諸国の猛追 に、戦略を切り替え、軍事同盟国イスラエルとの協同という流れに繋がっ たのではないか。
  
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1850回】               
 ――「支那はそれ自身芝居國である」――河東(8)
 河東碧梧桐『支那に遊びて』(大阪屋號書店 大正8年)

                ▽

 紹興で、かの王羲之の「蘭亭序」で有名な蘭亭に遊ぶ。
  修復中だったが、「總てを金ピカに誇張したがる近代の支那一流の行 き方と全く別なのも、この故跡には打つてつけだ」と好感を持つ。

  蘭亭からの帰路だった。「原といふよりも、運河が自然にひろがつた 水の中に、蓆圍ひの一軒の小屋があ」り、「其のぐるりに數へる程の人數 が傘をさしたり、簔を著たりして立ちめぐつてゐた」。

 所は紹興。雨中の舞台ときたら、これはもう紹興生まれの魯迅が綴った 「社戯(村芝居)」の世界だ。河東は、自らが目にした紹興の社戯の情景 を描き出す。

 「銅鑼や胡弓の音などが頓狂に、靜かにしつとりと降る雨中を顫はして 響き出した。私達の舟の中からも、舞臺に立つてゐる、きらきらする支那 芝居の衣装が見えたりした」。「見渡す限り水に滿ちた水郷の空にも小や みのない雨が降つている。總てが物の裏を見せるやうな、冷たい、やるせ ない、淋しい、寝入つたやうな光景の中に、思ひきつて雜音を響かせる鳴 り物と、盛んな、猛烈な、眩しい彩りを持つた芝居の衣装や顔の隈取り が、とつてもつかないコントラストをなしてゐるのだつた」。

 「芝居ならば劇場の空氣、能ならば能舞台の空氣、馬鹿囃子なら祭禮と いふお祭りの氣分」があり、その「空氣」「氣分」が舞台の上と客席とを 結びつける「仲介者」であるべきを、「こんな水の中に、芝居の舞臺を作 つた者の心事からしてが問題になる」と難癖をつける。

あまつさえ「當然あり得るコントラストをさへ無視してゐる支那人の氣分 は、之を大陸的といふのだらうか、或は事理を解しない盲聾者なのだらう か」と疑問を呈する。

  だが、それは河東の誤解、あるいは思い込みというものだ。水郷で知 られる紹興だからこそ、村芝居の舞台は水の上に作られねばならない。水 上の舞台で演ぜられる芝居は、その舞台に正対して設けられていたはずの 廟に祀られた神様に奉げる酬神戯(ほうのうしばい)であり、たまたま人 間サマは神様のお相伴に与かって観劇するという仕組みなのだ。だから、 河東の考える「當然あり得るコントラスト」など最初から想定してはいな い。「事理を解しない盲聾者」の類などではなく、芝居というものと社会 との関係が所詮は違うということなのだ。
明らかに河東は芝居を軸として回る彼らの生活文化を誤解していた。  

 「油糟を積んだ夜船に、ひどく嗅覺を攪亂されて寧波に歸り著いた 夜」、「馬鹿にハイカラな新芝居」という触れ込みの芝居を観に出かけた。
だが「芝居の筋こそは新式ではあつたが」、「例の銅鑼や胡弓の囃子方は 一切出もしなければ、音も出さない、舞臺装置は、日本の小芝居其のまゝ に持つて來たものだつた」。そこで河東は「たゞ寫實といふ以外に何の藝 術味もない」ような「無智な片輪な未成品を見せられ」たと落胆する。

 だが、ここでも河東は誤解している。
彼が目にしたのは日本で新劇に接した留学生が帰国して起こした「話劇」 と呼ばれる新しい形式の芝居であり、であればこそ「例の銅鑼や胡弓の囃 子方は一切出もしなければ、音も出さない」ばかりか、「たゞ寫實といふ 以外に何の藝術味もない」のが当たり前である。勃興期の話劇であればこ そ未完成は余りにも当然であり、それを「無智な片輪な未成品」と決めつ けるのは酷、あるいは筋違いである。

 だが、さすが河東だ。
「例の銅鑼や胡弓の囃子方」の音が耳をつんざくような伝統劇の限界と 「無智な片輪な未成品」である話劇の将来性に思い至る。伝統芝居は「我 が舊歌舞伎が單なる目先の變化に支配せられてゐるやうに、次第に時代と 相容れない錯誤に墮落してしまつた。

無智な片輪な寫實芝居が、現在に幾分の觀客を惹き得る――形式好きな支那 人は、容易に舊慣を破ることに贊成しないにも關らず――所以も亦たそこに ある」。



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本質を見抜けぬ人々
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    渡部 亮次郎

50・8対43・2。「右」と言われる産経・フジの世論調査でさえこれであ る。「日本の政治家は核保有について議論すべきですか」と言う問いに対 し「はい」が50・8%、「いいえ」が43・2%にも達したのである。

朝日新聞や読売新聞がしたらどうなるだろう。

日本が核を持つことが良いか悪いかを論議するだけで中国が震え上がり、 北朝鮮も動揺したと言うのに、読者は43.2%もの人がその仕掛けに気づか ない。なんと言うことだろうか。

「はい50・8%で安心」という意見もある。2006年11月7日付の「産経抄」で ある。

< 日曜日のNHK討論番組での、自民党の二階俊博国対委員長の発言に は仰天した。中川昭一政調会長や麻生太郎外相が提起した核論議に対し て、「任命権者の責任を問われる事態になりかねない」と、安倍晋三首相 まで持ち出して“封殺”するかまえだ。

 ▼北朝鮮の核の脅威が現実のものとなり、海外では、日本の核武装の可 能性が取りざたされているのに、国内では論議さえ許されない。この ギャップはどこからくるのか。比較文化論が専門だった鯖田豊之さんは、 かねて欧米諸国と日本の「平和観、戦争観のくいちがい」を指摘していた。

 ▼鯖田さんは、鎖国を例にとって説明する。徳川幕府は、イスパニア船 やポルトガル船の来航を禁止すると同時に、国内で大船の建造を禁止し た。本来なら海軍力を増強して、これらの船に備えなければならないはず なのに。

 ▼「相手がどうでるか考えないで、一方的宣言だけでことがかたづくと するこのような発想は、欧米諸国にはとうていみられないのではあるまい か」(『日本人の戦争観はなぜ「特異」なのか』主婦の友社)。なるほど 「非核三原則」は、その最たるものだ。

 ▼日本の「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」の政策を、核保有 国が見習ってくれる。こんな幻想を持つ国は、確かに国際社会では、「特 異」に違いない。夕刊フジの4コマ漫画「ヘナチョコおやじ」で、作者の しりあがり寿さんは先週、「核を論議しない」を加えて、もはや「非核4 原則」だと風刺していた。

 ▼笑い事ではないが、幸いにも、きのうの小紙に載っていた世論調査に よれば、「政治家は議論すべきか」の問いに50・8%が「はい」答えて いる。国民の多くは、現実的な安全保障論議を求めているのだ。平成 18(2006)年11月7日[火]>

時を同じくして『週刊新潮』の11月9日号で文芸評論家野口武彦氏は連載 「幕末バトル・ロワイヤル」の59回目で「安政内憂録14 ストレスに死 す」と題して老中阿部正弘 39歳の癌死を取り上げている。

これらを併せて読むと、現在の日本が遭遇している状態はまさに「国難」 であり、事態の真髄を理解しているものは政治家にも少なく、民主党など は開国を装った攘夷派という複雑怪奇な存在と理解できる。

尤も、核問題に関して民主党(当時)では西村真悟氏のような「所有」を主 張するものから旧社会党の残滓まで様々であって、安全保障政策全般につ いて統一した見解を出せないままだ。そうした状況から幹事長(当時)鳩山 氏の支離滅裂な発言で党を売り込もうとする売国行動が出るのだろう。

それにしても開国に至る過程での阿部正弘の苦悩は大変なものだった。私 の日本史履修はここまで来ないうちに高校卒業となってしまったため、こ の時期についての理解は小説のみに依存していた。

阿部 正弘(あべ まさひろ)は江戸時代末期の大名、江戸幕府閣僚で老中 首座(総理大臣)を務めた。備後福山藩(現在の広島県福山市)7代藩主。

幕末の動乱期にあって『安政の改革』を断行した。阿部にとってはこれら のすべてが今で言うストレスとなり、消化器系癌の進行を早めたという見 方である。

文政2(1819)年に5代藩主阿部正精の6男として江戸に生まれた。天保 7(1836)年に7代藩主に就任。翌年(1837年)に正弘は福山(広島県福山 市)へのお国入りを行った(正弘が国許へ帰ったのはこの1度のみである)。

正弘は天保14(1843)年に25歳で老中(閣僚)となり、同年、老中首座で あった水野忠邦が天保の改革の挫折により失脚したため、老中首座とな る。第12代将軍徳川家慶、第13代徳川家定の時代に幕政を統括する。

また、薩摩藩の島津斉彬や水戸藩の徳川斉昭など諸大名から幅広く意見を 求め、筒井政憲、戸田氏栄、川路聖謨、井上清直、水野忠徳、江川英龍、 ジョン万次郎、岩瀬忠震、ら大胆な人事登用を行った。

嘉永元(1848)年、アメリカ合衆国の東インド艦隊が相模国浦賀(神
奈川県)へ来航して通商を求めると、正弘は鎖国を理由に拒絶したが、嘉 永6(1853)年に再びマシュー・ペリー率いる東インド艦隊がアメリカ大 統領フィルモアの親書を携えて浦賀へ来航した。

同年7月には長崎にロシアのエフィム・プチャーチン艦隊も来航して通商 を求めた。 この国難を乗り切るため正弘は朝廷を始め外様大名を含む諸 大名や市井からも意見を募ったが結局有効な対策を打ち出せず時間だけが 経過していった。

こうして正弘は積極的な展望を見出せないまま、事態を穏便に纏めるかた ちで安政元(1854)年日米和親条約を締結させることになり、約200年間 続いた鎖国政策は終わりを告げる。

ところが、安政2(1855)年、攘夷派である徳川斉昭の圧力により開国派 の老中松平乗全、松平忠優の2名を8月4日に罷免したことが、開国派で あった井伊直弼らの怒りを買う。

孤立を恐れた正弘は同年10月、開国派の堀田正睦を老中に起用して老中首 座を譲り、両派の融和を図ることを余儀なくされた。こうした中、正弘は 江川英龍(江川太郎左衛門)、勝海舟、大久保忠寛、永井尚志、高島秋帆 らを登用して海防の強化に努め、講武所や洋楽所、長崎海軍伝習所などを 創設した。

また、西洋砲術の推進、大船建造の禁の緩和、など幕政改革(安政の改 革)に取り組んだ。しかし、安政4(1857)年正弘は老中在任のまま急死 する。享年39。

ちなみに、正弘は蘭学の導入に積極的であったが、自らは蘭方医を最後ま で拒んだという。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2006・11・10



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原発輸出を助け、技術を継承せよ
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         櫻井よしこ

日本国の土台のあちこちが液状化し始めているのではないか。危惧すべき ことの筆頭が中央省庁の官僚の劣化である。

厚生労働省の勤労統計調査が15年間も不適切に集計されていた。同統計は 月例経済報告など政府の経済分析に関わる基幹統計で、雇用保険の失業給 付もこれを基に算定される。それが2004(平成16)年以降ごまかされてい たというのだ。

従業員500人以上の事業所は全て調査しなければならないところを、東京 都の場合、対象事業所1400社の内、実際に調査していたのは約3分の1にと どまる。悪質なのは、全数調査に見せかけるために、統計上の処理が自動 的に行われるようプログラミングした改変ソフトまで作成されていたこと だ。当事者たちは不正をよく認識していたのだろう。

この悪しきごまかしは04年度の自民党小泉政権のときに始まり、民主党政 権時代も経て、現在の安倍政権で見つかったということだ。

国の政策の基礎となる統計をごまかすとは、誇り高かったはずの日本の中 央省庁は中国並になりつつあるのか。政権が代わっても、日本は官僚が優 秀だから揺るぎないと言われた時代は、過去のものだというのか。

米国では政権交代の度に公務員が入れ替わる。重要な地位にある人ほど交 代する。日本では自民党政権でも民主党政権でも官僚はほぼ代わらない。 だからこそ中央官僚は責任をより深く自覚しなければならない。彼らが国 家国民に対する責任を果たそうとせず、隠蔽やごまかしに走れば、日本の 未来は確実に蝕まれる。

官僚の無責任と政治家の無責任が重なり合えば、事態は絶望的だ。いまそ のような危機が生じているのがエネルギー政策、電力政策である。

気概無き政治家

産業基盤も民生の安定も、電力の安定的供給に大きく依存する。電力の安 定供給が断たれたとき、たとえば昨年9月、北海道地震で何が起きたか。 全道が電力停止(ブラックアウト)に陥り、畜産農家の乳牛の3分の1が死 ぬなど、損害を蒙った。当時の、泊原子力発電所が稼働していれば全道ブ ラックアウトなど起きなかっただろう。だが、泊原発を再稼働させよとい う声は出てこなかった。

なぜか。まず政治家は、票にならないどころか、落選の要素にさえなりか ねない原発問題で発言などしないからだ。気概無き政治家の下では、資源 エネルギー庁や経済産業省の官僚も身の安全を優先し、発言しない。原発 反対の日本のメディアの多くは泊原発が存在することさえ報道したくない ようで、実質無視した。

現在、日本の原発は、原子力規制委員会の不条理な規則によって、動けな い状況下に置かれている。国のエネルギー計画にも原発についての明確な 方針は盛り込まれず、再稼働は進まず、新設は計画さえされない。

これでは、日本の原発技術者は働く場所を失う。技術の継承が止まり、原 子力産業は基盤を失う。わが国はエネルギー供給の安定性を失い、産業基 盤は崩壊する。停電が度重なり民生は不安定化し、世界の潮流とは真逆に CO2を大量に排出し続ける。

それでも政府は問題の本質に向き合おうとせず、ごまかしの一手を打っ た。高速増殖炉「もんじゅ」の件である。政府は16年12月、もんじゅの廃 炉を決定し、フランスの次世代高速炉「アストリッド」の開発に協力する ことで技術継承を可能にすると説明した。

東京大学大学院教授の岡本孝司氏は、そもそももんじゅとアストリッドで は目的やシステムが異なると、指摘する。もんじゅは発電しながらプルト ニウム燃料を生産するが、アストリッドは発電ではなく高レベルの放射性 廃棄物処理のための設備だ。

アストリッドで日本の高速増殖炉技術を継承すると強弁したのは、日本の 技術断絶への懸念や、そのことへの批判を封じるためだったのであろう。 その証拠に、18年11月、フランス政府がアストリッド計画の凍結を伝えて きたとき、エネ庁も経産省も後継炉をどうするのかについて説明さえしな かった。高速増殖炉の技術を、日本はこのまま放棄するのか。

国内で原発技術を継承できなければ海外にプラント輸出して、輸出先で日 本人技術者を温存すればよいとも、政府は説明する。しかし、その道もい ま、閉ざされつつある。

今月17日、日立製作所が、イギリスのアングルシー島で進めていた2基の 原発新設計画を凍結する方針を発表した。総事業費約3兆円のうち、2兆円 を英国側が負担し、残りは日立と日本の電力会社、英国企業の三者が出資 して補う計画だった。それが今回、日本で資金が集まらず、断念せざるを 得ないという。

原発建設のコスト

日本の原発輸出はおよそ悉(ことごと)く挫折している。三菱重工のベトナ ム及びトルコへの原発輸出も厳しく、日立のアラブ首長国連邦(UAE) への輸出は韓国に奪われ、リトアニアへの輸出も凍結された。これ以上、 後退する余裕は日本にはない。ここで政府が後押しするべきだ。

日本政府が動かないのは、政府もメディアも、従って世論も、海外におけ る原発建設のコストについて誤解しているからではないか。東京工業大学 特任教授の奈良林直氏が説明する。

「日本では原発1基の建設費は数千億円、それが生み出す電力は数兆円 で、メーカーのリスクは低いのです。一方、海外では原発建設費とその後 の数十年の設備維持費、人件費を含む費用の合計、つまり総事業費の交渉 となります。ここをごちゃまぜにして数兆円に膨らんだなどとメディアが 報道し、結果、政府も企業も尻込みし、世論も反対に傾くのです。建設費 と総事業費を峻別することが大事です。そのうえで総事業費は政府が債務 保証しなくては輸出は進みません。UAEで日本が韓国に敗れたのは、韓 国政府が債務保証をしてわが国政府はしなかったからです」

政府の後押しなしには海外での競争には勝てないのである。

いまわが国は膨大なお金を太陽光発電に費やしている。総発電量のわずか 5%しか供給できていない太陽光発電に、今年度私たちは電力料金に上乗 せして3.1兆円を支払う。固定価格買い取り制度の下、太陽光発電はまだ 増えるため、太陽光電力には2050年度までの総額で90兆円を支払うと予想 されている。こんな膨大な額を、国際標準よりはるかに高い太陽光電力に 払うことは合理的なのか。

日立の原発輸出に必要なのはわずか9000億円だった。原発輸出を国益の視 点でとらえ、政府は支援に踏みきるべきであろう。

世界原子力協会は、50年までに世界には1000基の原発が稼働し、うち200 基が中国だと予想する。世界は脱化石燃料で原発に移行しているのだ。日 本は全力でわが国の原子力産業の崩壊を防ぐべきだ。
『週刊新潮』 2019年1月31日号 日本ルネッサンス 第837回




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「勿体ない精神」の発揚である
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         前田 正晶


「勿体ない精神」の発揚である使用済み紙パックの回収から再生

先日は中国の液体容器用原紙の需給に触れてみたので、今度は我が国の牛 乳パックの事情にも触れてみようと思うに至った。簡単に言えば、我が国 における牛乳パック用即ち液体容器用原紙の需要は人口の減少の影響も あって、当方がリタイアした1990年代前半の頃よりも20〜30%のマイナス 成長となっているのだ。

そこには子供の人口が減って食向けの需要も衰退したという事情もあるよ うだ。そこで、一気に飛躍してこの使い捨て紙容器がどのように回収から 再生されているかの状態を覗いてみよう。

実行されている方も多いかと思うが、嘗てはある主婦が「あれほど良い高 価な輸入紙を使った容器を使い捨てにするのは資源の無駄遣いでは」と主 張して、使用済みパックを回収する運動を起こしたのだった。

彼女が編み出した方法は空になってパックを切り開いて洗浄し束ねた形に して、専門の業者に回収を依頼して良質な原木を使った高級なパルプを 使った再生原料を必要とする製紙会社に供給するシステムを考案したの だった。

彼女の努力でこの運動は徐々に市中に普及し始めて多くの人たちが使い捨 てにすることなく、業者が回収して再生設備のある製紙会社に供給するよ うになって行った。この方式は大変高く評価されて海外でも評判になって いった。そして、このアメリカやフィンランドからの輸入に依存してきた 原紙で作られた紙パックは使用後の回収率も高まっていった。因みに、我 が国古紙回収率全体は世界でも最高水準にある70%超なのだ。

ところがこの使用済み容器の回収から再生の過程を経て再度別な紙を生産 するのは良いことだが、先日も指摘したように食品衛生法の規定で、古紙 入りの紙は食品と触接接触する包装用には使用できないのである。という 次第で、高級な原木を使った良質のパルプでも適当な需要先を開拓する必 要に迫られたのだった。という次第で、この再生パルプが必ずしも製紙産 業にとっては経済的ではないと徐々に判明してきたのだった。

その問題点の一つは中国の例でも指摘した事で、このような特殊且つ高級 な古紙の再生する装置を新たに導入すれば、それを24時間フル稼働させた 上で、年間に350日は動かさないことには先ず採算が取れないのだ。しか もその投資の上に新たな人員配置も必要になるのだ。結果的に落ち着いた 需要先はその再生パルプを主たる原料とした紙を作るのではない、家庭紙 のメーカーが製品の強度を高める為に配合することで購入するようになっ て行った。。

だが、問題はそれだけで終わらず、そのようにフル稼働させる為の古紙を 回収してこなければならないのだった。牛乳やジュースの容パック用原紙 の輸入量は最盛期でも年間25万トン程度で、それが乳業会社で牛乳や ジュースを充填されて紙パックとなって日本全国に出回っているのだっ た。仮にその膨大な数の使用済みの紙パックを全量回収できたとしても
25万トンなのだ。

しかも、その原紙には両面にポリエチレンのフィルムがラミネートされて いるので、再生工程中でその分だけでも約10%は消えてしまうのだ。と言 うことは、全量を回収して再生できても再生パルプになるのは16万トン程 度なのだ。その上に、紙になっていた細かい木材繊維の何%かは流れてし まうので、歩留まりは100%とはならないのである。

しかも、そういう古紙を必要とする製紙会社が現実には静岡県の富士市 あった。そこに、日本全国で使用済み容器だけを回収して、例えば北海道 から静岡県まで輸送した場合のコストと人件費を考えて見よと言う事なの だ。費用対効果の点では「どうかな」という問題なのだ。

次に我が国の年間の紙・板紙の生産量とパルプの生産量を見ると、紙・板 紙が約2,600万トンで、パルプが800〜900万トンである。そこに16万トン 程度の新たな再生パルプを供給してそのコストの総額を考えた時に、どれ ほどの貢献になるかという考え方も出てきたのだった。



結論めいたことを敢えて言えば、カタカタ語でいう「経済的なメリット」 に乏しいとなって、この回収から再生の運動を推進してこられた団体では 「経済性よりも、勿体ないという節約の精神を普及させるモデルにしよ う」と変わっていたように私は聞かされている。私は良い運動だと思って はいたが、経済性には大いに疑問が残るとは見ていた。中部大学の武田邦 彦教授などは「回収から再生に消費されるエネルギーのコストも忘れる な」という指摘もされている。



実は、1990年代初頭にアメリかではこの我が国の回収運動の評判を聞い て、ワシントン州の知事がW
社の我が事業部に州内のあらゆる場所から使用済みの紙パックだけではな く紙コップまでも回収して再生せよとの依頼があった。副社長兼事業部長 は「先ず採算には乗らないことは明らかだが、やるだけやって実証してみ せましょう」との条件で引き受けた。我が社の工場には規格外となった損 紙を再生する装置があったので、全力を挙げて州内に回収システムを短期 間に構築して臨んだが、これでは再生装置を何日も稼働させるトン数には 達せず、州外のアイダホや北カリフォルニアまでトラックを走らせて回収 せざるを得なくなった。



言うまでもないことで、この長距離での回収では輸送費と共に人件費は高 騰した。そこで副社長は「我が事業部では輸送費と人件費を再生すること になった。それでは到底採算には乗らない事が立証された。このプロジェ クトは諦めて頂きたい」と知事に詳細を説明して事業は中止となった。実 は、我が社では使用済みの紙パック切り開いて洗浄して束ねて持参して下 さる消費者にはその分を有償で引き取るという制度まで設けて回収運動を 推進していたのだった。



貴重な天然資源を利用した製品を使い捨てにしないようにしようとする精 神は立派だったのだが、費用対コストの問題からは中々簡単には利益が上 がるように事業化されにくいと、我が国でも立証されていたという話であ る。だから、伝え聞くところでは使用済みの紙パックの回収率は安定した 高水準が維持されているようだ。即ち「勿体ない」という精神は普及しつ つあるのだ。この辺りが我が国の民度の高さを示していると、私は解釈し ている。


            

       
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重 要 情 報
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 ◎1月は記念日が多かった:前田正晶


先ずは、31日はWeyerhaeuser Japan Ltd.(アメリカのWeyerhaeuser Companyの日本法人)を1994年にリタイアーして満25年の記念日だ。あれから四半世紀を経たとは俗っぽい言い方で恐縮だが、長いようで本当に短い日々だったようにも感じられる。因みに、Weyerhaeuserに転進したのが1975年だったから、あれからは44年にもなっていたことになる。これまでの人生の半分以上だ。

月の若い方に話を戻せば、16日は2006年に第1回目の心筋梗塞を発症した記念日だった。あの日からは13年目になっている。生存率25%と病棟の主治医に教えられた時には「良くそんな難しい病気をしながら生き長らえたものだ」と、国立国際医療センターに感謝したものだった。だが、その後に2013年8月、2014年12月30日と3回も発症しているのだから、生存率は約6%だったことになる。湘南中学の級友は「お前は運が良いのじゃなくて強かったのだ」と言ったが、それが当たっているように思える。

実は、同じ1月16日でも2007年には、同じ病院の皮膚科で右目の下に発生していた皮膚ガンを切除する手術を受けていた。これが今年で12年目の記念日になる。その時に主治医ではない先生に言われたことは「皮膚ガンを侮ってはいけない。直ぐには生命の危機には至らないが放置しておくと、体内に拡がって骨に転移して更に骨髄にまで達すると救う手段がなくなるのだから」と教えられた。

次は22日。これは何と戸籍上で86回目の誕生日なのだ。2006年以降病気ばかりしていながら善くぞここまで漕ぎ着けたものだと、近代医学と国立国際医療研究センター病院(NCGM)に感謝せねばならないと自分に言い聞かせている。2006年の発症の際には自分の意志でNCGMに行った訳ではなく、救急隊が連れて行って下さったのだった。当日は日曜日の朝6時45分に倒れたのだが、幸運にも循環器内科の医長先生が当直明けでおられたので、緊急にカテーテルで処置して頂いて命を救われたのだった。

経験された方はお判りかも知れないが、心筋梗塞は暫くすると脳に血液が回らなくなって痛覚を失ってしまうらしく、苦しくも何となくなるのだ。だから、私はストレッチャーで処置室に運ばれてる時に窓から見えた青い空を「もう一度見られると良いな」などと考えている余裕?があったのだ。だが、自分が何の病気かも知らずにいたのだから恥ずかしい極みだった。処置が終わってICUに入れられてから男性の看護師に「私は何の病気ですか」と尋ねて、初めて心筋梗塞と知らされたほどの間抜けだった。

あれから早くも13年かと思うと有り難さと驚きにとらわれている。だが、未だ安心は出来ない。昨年11月に発見された臭覚を失わせられていた蓄膿症からは今月で何とか脱出出来たが、今月の第3週からは難病らしい「顎関節症」に捉まり、目下ろくに食べることが出来なくなって悩まされている。でも「心筋梗塞だって3度も切り抜けた強運で、今回も何とかなるだろう」と気楽に考えている。一寸甘いかな?

 ◎アジア杯サッカーの決勝戦進出は誠に結構だと思う:前田正晶

などとは言ったが、この信頼すべきではないFIFAのランキングで29位のイ ランを3:0で撃退した50位の我が代表の試合は、顎関節症他による体調の 不安から深夜まで起きていることを回避して見ないで寝てしまった。昨29 日は掛かりつけのクリニックでブロック注射を受けて体調の回復を図って から、午前10時前にジムに入った。そこで、約3名の顔馴染みの会員に尋 ねてみると、1名は前半で「これでは負ける」と判断して終了まで観戦し なかったそうだが、他の方々は最後まで見て下さったそうで「よくぞあの 状況で勝ってくれた」と、ご満足だった。

私は翌朝になって勝利を知り、テレビのニュースで得点の場面を見ること しか出来なかったが、あの試合での最高殊勲選手は南野だと思う。彼は倒 された後で勝手に自分で反則だったのだろうとの判断をせずにボールを追 いかけてゴールラインの寸前で追い付き、慌てて追いかけてきたイランの デイフェンスを振り切って正確なセンターリング(私たちの時代ではクロ スなどと言う洒落た言葉はなかった)で、私見では未だ半端な大迫に先取 点の機会を作ったのは大手柄だと思っている。

あの勝手に自己判断せず、諦めずにボールを追っていった精神力は見事だ という以外ないだろう。あれで試合の流れが変わったと報じられていたが 将にその通りで、一斉にレフェリーに抗議に回った第29位のイランのデイ フェンダーどもは大いなる過ちを犯したと言って良いだろう。

細かいことを言えば、テレビで流されたヴィデオ再生の画面ではあの南野 が倒された時は全て彼がイランのデイフェンダーの向こう側を走っていた ので、あれが果たしてイランが主張したかったように「脚をかけていな かった」か「シミュレーション」だったか否かは解らなかった。だが、南 野が子供の頃から教え込まれていただろう「笛が鳴るまでプレーを止める な」と「勝手に反則で倒されたと自己判断するな」を、キチンと守った点 は非常に良かったと思う。

私はレフェリーが何処の国の人か知り得ようがなかったが、ここで思い 切って危険かも知れないようなことを言えば「イラン人たちは『中東の 笛』に依存しようとしていたのでは」ということもあったのかなとまで考 えてしまった瞬間だった。だが、落ち着いて考えて見ると、南野を倒した と見えるイラン人はその瞬間にレフェリーの方角を向いて両手を挙げてい たことは、自覚症状があったので笛が吹かれると意識していたのではない だろうか。

私はこれまでに繰り返して「中近東勢のサッカーは悪質なと言うか、大小 取り混ぜた汚い行為をして反則をと言うか、反則に取られることを厭わな いので、非常に嫌らしくて敵わない」と指摘してきた。現にあの試合では 遠藤航が壊され、酒井宏樹も危ない目に遭っていた。しかも、試合終了寸 前には柴崎岳が顔を平手打ちされたそうだ。後で謝罪してきたそうだが、 私は一発レッドカーでもおかしくない行為で、フットボールの反則にある “unsportsmanlike
conduct”と“unnecessary roughness”が重複した行為である。ACL乃至は FIFAは処分を検討すべきだ。

ところで、2月1日の決勝戦も誠に困ったことに日本時間の11時試合開始だ そうだ。明後日の体調次第だが、この時刻から観戦を開始すれば最悪は翌 日の午前1時半頃まで起きていなければならなくなる。それほど長時間を 緊張と興奮を強いられて起きていれば、終了後には容易に就寝できなくな る。ということは「また体調の維持が難しくなりはしないか」と今から思 い悩まされている。

相手はカタールだそうだが、彼らがかの韓国を一蹴した試合は見て承知し たことは、アリというかなり危険な得点能力が高い者がいる点だ。我が方 は十二分にスカウティングをしてあるだろうが、彼を以下に抑えるかが重 要な要素になるかと思う。それに、彼らは何分にも中近東勢である。ある 意味では韓国との乱暴合戦をも勝ち抜いてきている。当たり方は感情が過 剰に激した韓国ほど酷くはなかったが、相当なものだった。我が代表テ イームがフェアープレーで勝ち抜いてくれることを期待している。


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身 辺 雑 記
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2月に入った東京湾岸、予報された雪は降らず快晴。
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