政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針4921 号  2019・1・11(金)

2019/01/11

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わたなべ  り やうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」4921号
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        2019(平成31)年  1月11日(金)



          自社で半導体製造に成功と自賛:宮崎正弘

             平成最後の天皇誕生日:櫻井よしこ

         今の大阪城は「太閤城」ではない:毛馬一三  
                     
                      話 の 福 袋
                       反     響
                      身 辺 雑 記
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自社で半導体製造に成功と自賛
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成31年(2019年)1月9日(水曜日)
        通巻第5946号  
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 ファーウェイ、自社で半導体製造に成功と自画自賛
  台湾からも半導体材料の高純度化学品の製造ノウハウが漏れていた
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ドイツの台湾現地法人BASF(ドイツ化学産業の最大手)から、高純度 化学品の製造ノウハウが、高額の賄賂に転んだ台湾人のBASF従業員に よって中国のメーカーに漏れていた。

江蘇省の「江化微電子材料」の新工場で生産された製造技術は、そのプロ セス、ノウハウがBASFの機密とされるものだった。

台湾には内務省に「営業秘密法」を取り締まる権限が付与されており、台 湾のBASF職員、元従業員の六人を逮捕した。約束された報酬は7億円 で、実際に一部が支払われたが、BASFの見積もる損害額は120億円 に達すると言われる。

米国のトレードシークレット法(企業機密法)は厳格に適用されている が、日本ではこれにたぐいする法律もなければ、そもそも国家防衛機密を 取り締まる「スパイ防止法」さえない。

自衛隊員の結婚でも、中国人を配偶者とする隊員が800名前後もいるとさ れ、諸外国のように「外国籍の配偶者を持つ者は将官以上にはなれない」 という内規もない。現に中国人女性と結婚した自衛隊員から軍事機密が多 数、中国に漏れている。

 台湾BASFのケースは氷山の一角でしかなく、多くの日本人技術者は 中国で製造ノウハウを教え込んでいる。高給でスカウトされたか、ハニー とラップの結果?
電池、材料、医療器具、AI、クラウドそのほか、この無政府状態的な日 本の状況をみれば、米国が日本に最高機密を供与することはないし、日本 がドイツとともに米英豪加NZの「ファイブ・アイズ」に加盟できる要件 もないということである。
      
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読者の声 ☆どくしゃのこえ ★READERS‘ OPINIONS
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(読者の声1)最近の「読者の声」で、邪馬台国問題関連の言述が見られ ました。周知のように、この問題については古くから日本史上でも最大の 論争点の一つになってきたようですが、私は、数年前、小路田泰直氏(奈 良女子大文学部教授)の講演を聞き、魏の使いが日本海側を通り、丹後ま たは若狭から大和へ向かったという推定に基づく、邪馬台国=畿内説に強 い説得力を感じています(氏の関連著作としては、『「邪馬台国」と日本 人』平凡社新書、『邪馬台国と「鉄の道」』洋泉社歴史新書など)。

もっとも魏志倭人伝の記述そのものの信憑性についてまで疑問を持てば、 この説の基盤も崩れることになりますが・・・・

私はこの問題について詳しく勉強したことはないので、小路田説がどの程 度受け入れられているのかについては定かには承知していませんが、諸説 の中では最も納得力を感じられる説だと思います。

なお私事ながら、私の従兄の実家の所有地は、邪馬台国畿内説の有力候補 地である纏向(まきむく)遺跡の中にあります(その従兄は叔母の子であ るためその実家と私とは血縁がありませんが)。2009年の発掘で「卑弥呼 の屋敷跡ではないか」と騒がれた土地もその所有地内です。その同じ敷地 から発掘された2000個の桃の種に関しては、炭素同位体の年代測定が行わ れ、その結果が、卑弥呼の時代に一致するということが明らかになってい ます。(CAM)

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(読者の声2)世界銀行のキム総裁が辞任します。トランプの対中方針に 逆らってさんざん中国に肩入れしたからです。ついでにIMFのラガルド 専務理事も引責辞任すべきではと思います。さらに言えばAIIBに影か ら協力し、日中通貨スワップを支援したADBの中尾、日銀の黒田もこの 際、責任を取るべきと考えますが如何(TY生、横浜)

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(読者の声3)「日本文化チャンネル桜」から番組「闘論!倒論!討 論!2019 日本よ、今...」テーマ:「自民党とは一体何だったの か?」(仮)のお知らせです。

放送予定:1月26日(土)夜公開。日本文化チャンネル桜。 「YouTube」 「ニコニコチャンネル」「Fresh!」オフィシャルサイト。イ ンターネッ ト放送So-TV
(パネリスト:50音順敬称略)
荒木和博(特定失踪者問題調査会代表・拓殖大学海外事情研究所教授)
岩田 温(政治学者・大和大学政治経済学部専任講師)
加藤清隆(政治評論家)
篠原常一郎(元民主党・日本共産党国会議員秘書)
馬渕睦夫(元駐ウクライナ兼モルドバ大使)
三橋貴明(経世論研究所所長)
宮崎正弘(作家・評論家)
司会:水島総(日本文化チャンネル桜 代表)


         
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平成最後の天皇誕生日
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     櫻井よしこ

「国柄を考える、平成最後の天皇誕生日」

12月23日、平成の時代最後の天皇陛下のお誕生日を祝って、わが家でも朝 早くから国旗を掲揚した。いつ見ても日章旗は清々しく美しい。白地に赤 い日の丸。無駄がなく、これ以上ないほどすっきりした構図である。

この日、皇居は3度にわたって日の丸の小旗の波で埋まった。誰しもが天 皇ご一家のお出ましに感動し、平成の30年をしみじみと振りかえったこと だろう。

各紙朝刊で陛下のお言葉を読んだ。お誕生日に先立って行われた皇居宮殿 での会見で、天皇陛下が読み上げられたお言葉には国民に対する慈愛が溢 れている。常に国民に寄り添いたいとのお言葉どおり、両陛下の視線はあ くまでも弱い人々、犠牲になった人々に、まず向けられている。とりわけ 沖縄の人々に対しての思いを、このように語られている。

「沖縄は、先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました。皇太 子時代を含め、私は皇后と共に11回訪問を重ね、その歴史や文化を理解す るよう努めてきました。沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくと の私どもの思いは、これからも変わることはありません」

「先の大戦」の激戦地への慰霊の旅については、「戦後60年にサイパン島 を、戦後70年にパラオのペリリュー島を、更にその翌年フィリピンのカリ ラヤを慰霊のため訪問したことは忘れられません」と語られた。

『朝日新聞』の皇室担当特別嘱託の岩井克己氏が特に言及していたが、明 治・大正・昭和から続く歴代天皇の中で、今上陛下は一度も軍服を着るこ となく、また在位中に戦争のなかった例外的存在である。

犠牲者に対して常に深い思いを語られるのは、そのようなお立場もあって のことだろうか。御自分の御世について「平成が戦争のない時代として終 わろうとしていることに、心から安堵しています」と述べられたくだり は、今上陛下の平和に対する強い思いが反映されている。

ご結婚から60年

国内で発生した自然災害の犠牲についても多くを語られ、困難を抱えてい る人々に「心を寄せていくことも、私どもの大切な務め」とされたくだり では、自然に、今上陛下と共に各地に行幸啓なさった美智子皇后のお姿が 浮かんでくる。

国民の心にもしっかりと焼きついている美智子さまの、国民への深い思い やりと共に、民間から皇室に嫁がれた特別の体験、ご結婚から2019年で60 年になる長い道を立派に歩んでこられたことについて、天皇陛下はお心の こもった労いの言葉を語られた。

「振り返れば、私は成年皇族として人生の旅を歩み始めて程なく、現在の 皇后と出会い、深い信頼の下、同伴を求め、爾来(じらい)この伴侶と共 に、これまでの旅を続けてきました。天皇としての旅を終えようとしてい る今、私はこれまで、象徴としての私の立場を受け入れ、私を支え続けて くれた多くの国民に衷心より感謝するとともに、自らも国民の一人であっ た皇后が、私の人生の旅に加わり、60年という長い年月、皇室と国民の双 方への献身を、真心を持って果たしてきたことを、心から労いたく思います」

時折お声を詰まらせながら語られた皇后陛下への「労い」は、まさにお二 人で支え合って重ねてこられた年月の尊さを私たちに示してくださってい る。家族の大切さどころか、およそどの国の憲法にもある家族条項の一文 字さえない現行憲法の下で戦後の70余年をすごした日本人にとって、両陛 下のご夫婦としてのお姿はこの上なく立派なお手本となる。

今上陛下の慈愛に満ちたお心、天皇皇后お二人の生き方を見せていただい ていること、さらに平和な日本の国民に生まれたことを、有難く思うばか りだ。

「来年春に私は譲位し、新しい時代が始まります」「天皇となる皇太子と それを支える秋篠宮は」「皇室の伝統を引き継ぎながら、日々変わりゆく 社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います」。

天皇陛下はこのように御代替わりへの期待を示された。

皇太子さまが新天皇に即位なさる19年は、御代替わりの諸行事に加えて選 挙やW杯、G20などの国際会議、消費増税など、政府にとっても国民に とっても大変な年だ。さらに国際社会においては、トランプ大統領、習近 平国家主席、プーチン大統領、金正恩委員長や文在寅大統領らが油断も隙 もない外交戦略を展開中だ。

安倍晋三首相は新年1月4日に配信される「言論テレビ」の番組収録で、こ れら手強い外国首脳との外交においては、「率直に話をすること、約束を 守ること」が大事だと語った。

嘘も含めた駆け引きこそ外交だと心得ている国々が少なくない中で、日本 国の首相の唱える道は王道である。そうした王道を歩み続けるのが日本の 国柄である。

神道の価値観

そこで、私たちはこの御代替わりに際して、改めて日本の国柄について考 えたい。日本の国柄の核は皇室である。皇室の伝統は神話の時代に遡り、 それは神道と重なる。神道については経典や聖書に相当するものがないた めに、これを評価しない人々がいる。しかし、博覧強記の比較文化史家、 平川?弘氏は『神道とは何か』(共著・錦正社)でこう書いている。

「神道の力は、教えられようが教えられまいが、神道的感受性が多くの日 本人の中に生きている、という点にひそんでいると思います」

理屈ではない感性のなかに神道の価値観は深く根づいている。その価値観 は穏やかで、寛容である。神道の神々を祭ってきた日本は異教の教えであ る仏教を受け入れた。その寛容さを、平川氏はモーゼの十戒の第一条、 「汝我ノホカ何物ヲモ神トスベカラズ」と較べて、際立った違いを指摘す るのだ。

神道と他国の一神教は正反対であり、日本書紀、古事記の時代から一人一 人の人間を大切にするわが国の伝統も特徴だ。

このような価値観を、皇太子さま、秋篠宮さまに受け継いでほしいと、今 上陛下は仰った。

世界が混沌とする中で、19年の日本は恐らく、自らの足下を、あらゆる意 味で強化することが求められる。そうしなければ国際社会の大変化を生き 抜いていけないような局面も生まれてくる。

そのときに日本が日本らしく生き続けるために必要な力は、日本がどのよ うな文化文明、伝統に由来するか、民族の原点を認識することから生まれ るのではないか。世界情勢が急速に変化する中で、皇室に期待される役割 は、さまざまな意味で大事である。平成最後の天皇陛下のお誕生日も夕方 になり、私は掲げた日の丸を取り込み、大切に丁寧に畳んだ。


『週刊新潮』 2019年1月3日・10日号 日本ルネッサンス 第834回


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今の大阪城は「太閤城」ではない
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           毛馬 一三

国の特別史跡に指定されている大阪城が、実は「太閤秀吉築城の大阪城」 ではなく、総てが「徳川大阪城」だと知る人は、意外に少ない。

では秀吉が、織田信長から引継ぎ築城した元々の「大阪城」は一体どこに 姿を消したのか。それは追々―。

「聳える天守閣は昭和初期に再建され、城の堀は徳川方によって埋められ たことは承知していたが、だからと言って秀吉大阪城の城跡が些かも無い とは全く知らなかった」という人が多い。大阪城へ朝散歩する人々から異 口同音に同様の返事が返ってくる。

天満橋から大手前、森の宮、新鴨野橋と城郭を一周する道筋を車で回る と、「大阪城の高い石垣と深い堀」が、雨滴の葉が陽光を跳ね返す樹林の 間からと、大きく広がり、歴史の威容を誇らしげに見せ付ける。特に大手 前周辺の高さ32mもある幾重もの「反りの石垣」には、当時の石垣構築 技術の進歩の姿を覗かせる。

大阪夏の陣で豊臣家を滅亡させた徳川家康は、同戦いの2年後(1616)死 ぬが、家康遺命を受けた秀忠が、元和6年(1620)から寛永6年(1629)ま での10年3期にわたり大阪城を大改築する。

その時徳川の威令を示すために、「太閤大阪城」の二の丸、三の丸を壊 し、その上、総ての「堀」を埋め、「石垣」は地下に埋め尽して、「豊臣 の痕跡」を意図的にことごとく消し去った。

では「太閤大阪城」は、地下に眠ったままなのか。

「大阪城石垣群シンポジウム実行委員会」の論文をみると、そこに「太閤 大阪城」が地下に埋められたままになっていた遺跡の一部を発掘した調査 記録が、下記のように書かれている。

<地下に埋蔵された「太閤大阪城」の石垣を最初に見つけたのは、大阪城 総合学術調査の一環として大阪城本丸広場で行われたボーリング調査だっ た。昭和34年(1959)のことである。天守閣跡の南西にあたる地下8m か ら「石垣」が見つかったの
だ。

4m以上も積まれた石垣で、花崗岩だけでなく、様々な石を積み上げた 「野面積み」だった。「野面積み」は、石の大小に規格がなく、積み方に も一定の法則が認められないもの。当時城郭作りの先駆者だった織田信長 が手掛けた安土城の「野面積み」工法と同じだったことから、秀吉がその 工法を導入して築いた「石垣」と断定された。

それから25年後の昭和61年(1986)になって、再び天守閣跡の南東部の地 表1mの深さから地下7mまで、高さ6mの「石垣」が発見されている。

この石垣も「野面積み」だったうえ、その周辺で17世紀初頭の中国製の陶 磁器が火災に遭って粉々の状態で見つかったことから、大阪夏の陣で被災 した「太閤城」の「石垣」であると断定される2回目の発見となったので ある。

両「石垣」の発見場所の位置と構造を頼りに、残された絵図と照合してい くと、この「石垣」は本丸の中で最も重要な天守や、秀吉の家族が居住し ていた奥御殿のある「詰め丸」と呼ばれる曲輪(くるわ)の南東角にあた ることが明らかになったのである。

地下に消えた「石垣」は、切り石が少なく、自然石や転用石を沢山積み上 げたもので、傾斜が比較的ゆるい、「徳川城」とは異なる「反り」の無い 直線だった>。

第3の発見は偶然が幸いした。現在の「大阪城・西外堀」の外側の大阪城 北西で、大阪府立女性総合センター建設の際の発掘調査で、地下から長さ 25m に亘る「太閤大阪城の石垣」が出現したのだ。同石垣は、いま同セ ンターの北の道沿いに移築復元されている。

「大阪城の石垣」の痕跡も、堀の外側にある学校法人追手門学院大手前セ ンターの校庭で見つかり、保存されている。

何よりもこの発掘の価値が大きかったのは、今の大阪城郭から離れた外側 の場所から「石垣」が現れたことだ。それは「徳川城」よりも「太閤城」 の方が遥かに規模の大きかったことの証であり、今後の調査で城郭外から 新たな「太閤大阪城」が出現する可能性を引き出したことだった。

地下に眠る遺跡の発掘調査は、エジプトやイタリアなど文明発祥地でブー ムになっているが、現在進められている大阪市の大阪城発掘調査で、「天 下の台所」の基礎を築いた「太閤大阪城」の遺跡が、今の城郭外から見付 かることを大いに期待したい。

その全景はあくまで「徳川城」の遺跡であって、「太閤大阪城」でないと 思うと、寂しさがこころの中を翳める。

              
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重 要 情 報
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 ◎上智大学合格の合格者の100%が:前田正晶

今週の週刊新潮の「早稲田大学VS慶応大学」という記事の中に恐るべき記述があった。そもそも今や有り難いことに「4
大私立大学」の一角と評価されて大いに有り難いと思っている我が母校上智大学については「もしかしてその人気にはやや過大評価があるのではないか」と一人静かに密かに危惧している感がなきにそも非ずだった。そこを、
100対0という数字を見せつけて立証するとは夢にも思っていなかったのだ。落胆だった。



それは137ページの表を見れば、早稲田大学の文学部と上智大学の文学部の併願者では100
%が早稲田大学に入学し、同じ併願者で上智大学の外国語学部(最も人気が高い聞く)でも100
%が早稲田大学を選んでいるとなっていたのだった。この表を見て何と言って良いのか全く何も思い浮かばなかった。25
年前まで現職だった頃には、多くの製造業、総合商社、所謂外資系等々の企業で多くの上智大学出身者に出会ってきた。



その間に我が母校の評価が上昇し、もし今自分が受けても合格できなかっただろうという超有名校になっていたことを心の底から喜んでいた。そこに関係がないような早稲田と慶応の両大学を対比しした記事の中で、かくも冷厳なる数字を見せつけられたのだった。ここまで書いても、未だ何と言って反応すべきかが解らないのが悲しい。

 ◎FIFAランキングの50位対127位の試合:前田正晶

9日に行われたサッカーのアジア選手権の予選リーグの我が国対トルクメ ニスタンの試合のことである。言わねばなるまいが、勝ったのは我が代表 だった。私は元々このランキングは当てにならないと思っているが、昨日 の試合などはその典型的な例になると思っている。中継したNHKのBS(ど うしてNHKはサッカーをこのように扱うのだろうか)のアナウンサーだっ たか解説の福西だったかが「このトルクメニスタンのランキングの低いの は、FIFAが審査に対象にする試合数が1〜2と少なかったことにあるよう だ」と言っていたのが非常に印象的だった。

トルクメニスタンは旧ソ連の国で人口が500万人にも満たないのだが、そ のサッカー代表の水準は私の目には位とは見えなかった。それどころか見 事というか何というか、強烈なロングシューで先制したのが127
位の方だったのだ。私はその守りでの寄せの速さ、当たりの強さ、その昔 我々が「ドッグレース」と呼んだ1対1で深い縦パスを追う時の速さなどを 見れば「何れが50位か?」と思わせられたほど力強いサッカーをやっていた。

勿論、あの地区独特の小汚さも持ち合わせていたので、少し当たられたく らいで地ベタに寝そべって動かなくなったり、大袈裟に痛がってのたうち 回るような芸もやって見せてくれた。それに審判団が全員イラン人だった ので「中東の笛」が何時出てくるかという心配もさせてくれた。ご存じで ない方の為に解説しておけば「依怙贔屓をした判定(何れに?)をする」 という意味である。事実、GKの権田がPKを取られた反則も、私にはあのト ルクメニスタンの選手が如何にも脚をさらわれたように演技をして見せた ようにしか見えなかった。だが、中継ではその場面を何度も繰り返して見 せなかったので、シミレーションだったと言い切るだけの確証はないが。

50位の我が代表の試合振りを振り返ってみよう。余り事前の情報なしに見 たので先ず不思議に思えたのがセンターバックに私が全く評価していない 槙野を使っていたことだった。何故富安ではないのかと思えば、彼は不慣 れだったというボランチに出ていた。「エッつ、では中島は」と思えばそ こには原口がいた。そう言えば、GKが権田だったのも不思議だった。途中 で解ったが、中島は負傷欠場だった。

矢張りダメな奴を出すとダメなのは恐ろしいばかりで、50位のテイームの 守りは不出来で127位に振り回され気味だったし、あのロングシュートな どは相手のエースにあの場面であれだけ好きなようにキープされた挙げ句 の果てに狙い澄ましたシュートを許してしまった。攻める方も似たような もので、相手の11人全員がペナルティーエリアの中に閉じこもっているよ うにひいているのでは、幾ら懸命になってシュートをしても所詮は壁に向 かって蹴っているのと同じで、何処かで誰かに当たって跳ね返ってくる結 果になるのだ。

代表にまでなったのだからそれくらいは解っていても良さそうなものだ が、前半は全く何の工夫もなかったし、ここぞというチャンスがあっても 見事に外してしまう不甲斐なさだった。試合後に富安君は反省していた が、彼の責任と言うよりも他にも負傷者の遠藤航がいたことも忘れてはな らないと思う。それに、私は柴崎については未だ過大評価だとしか思えな いのだ。その柴崎と富安が2人並んでいたのでは攻め方に工夫が足りな かったのも仕方があるまいと思った。

結果的には未だに長友の上がりに依存し、未だどことなく中途半端な攻め 上がり方をする酒井宏樹が目立っているのだと思う。原口にも一頃の神通 力が薄れたし、南野も独立した点取り屋と言うよりも、周りが上手く使っ てくれないことには精彩を欠くという段階にあるようにしか見えない。堂 安も「以下同文」のように思える段階に止まっているように見えた。換言 すれば、森保監督就任以来一度も負けていないとマスコミは盛り上げる が、意外に層が薄いのかも知れない。

それよりも何よりも私には未だに評価を確定できない「半端ではない」存 在の大迫は微妙な選手だとしか思えないのだ。私は大迫には古い言葉で言 う「ポイントゲッター」が当て嵌まらないとしか思えないし、マスコミの 解説者も過大評価をしているとしか見えないのだ。「何を言うか。昨日 だった2点も取っていたじゃないか」と反論されそうだが。では伺うが 「彼に往年の釜本の強力さを見出しますか」なのだ。

私はFWの真ん中に位置する以上、迫り来るデイフェンス陣をバッタバッタ となぎ倒して目にも止まらぬ強力なシュートを決めるのがポイントゲッ ターの仕事だと思っている。解説者は大迫の「ポストプレーが良い」とか 「壁になってキープして攻撃の起点になってくれるのが素晴らしい」とか 言うが、それでは点取り屋の仕事をしているとは言い切れないのではと言 う疑問が残るのだ。

確かにドイツに行ってからは当たられ強くなって前線で良く持ち堪えてく れるようになったが、それにしても得点の数が少ないというよりも「何と しても俺が取ってやる」という気迫は見えないのが残念だ。具体的に言え ば、9日の2点目などは、言うなれば岡崎慎司的なポジション取りが良かっ たことが為せる業で、私が期待したい豪快さとは縁遠いのだ。もっと言え ば、「最前線で浮いているから、チャンスが来たら全部俺に回せ。必ず決 めてみせるから」というような気迫が滲み出ていないということだし、何 時かはそうなって欲しいという期待だ。

何れにせよ、中島一人の欠場であれほど多くの欠陥が浮かび上がってきた のには驚かされた。中島は私の好みの型の選手の一人だが、不安な点は体 が小さいことだ。自分自身がそうだったからも言えるのだが、その点を克 服するのは「より優れた技術と技巧と人並み外れたスピードがある技を身 につけることだろう。当たりの強弱は練習を積めばある程度は磨けるが、 90kgもあるような奴が全力で走ってきたのに勝つことは不可能だ。故に、 如何にして負傷せずにそれに勝る技術と技巧を身につけることが必須とな るのだ。とは言ったが、矢張り小柄では辛いのだ。




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身 辺 雑 記
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11日の東京湾岸は晴天、爽快。

10日、大学病院での脳神経科の定期検診、異常ナシ。

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創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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