政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針4903 号  2018・12・24(月)

2018/12/24

                                                 
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わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」4903号
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        2018(平成30)年  12月24日(月)



              心筋梗塞は予知できる:石岡荘十

           こんどは「チベット旅行法」:宮崎正弘

      韓国との情報戦に立ち遅れている日本:櫻井よしこ       
                      話 の 福 袋
                       反     響
                       身 辺 雑 記




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心筋梗塞は予知できる
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    石岡 荘十
  

まず、死因について。

私の父親も死因は「心不全」とされていたが、長い間、この死亡診断書に 何の疑問も感じなかった。しかし、よく考えてみれば「心不全」というの は単に「心臓が動かなくなった」という意味であるから、病気の「結果」 そのものであり、死のトリガー、「原因」ではない。

<最初は背中が痛いと言われたと報じられていた。亡くなった後では容易 に心筋梗塞だったとは解らないのではないか。誰でも経験して学習し教訓 に出来る病ではないので、発症した場合の対処は困難だろう>、これこそ が「死因」となった心筋梗塞を疑わせる症状だ。

私も大動脈弁がうまく開閉しなくなり、十数年前人工の弁に置き換える手 術を受けているが、そこに至る症状として<背中が痛い>を何年にもわ たって、何度も経験している。

心臓の血流が途絶えると、背中が重苦しくなる。痛いと感じる人もいる。 この苦しさは、血流が滞った程度(狭心症)の場合は、15分程度で回復す る。不整脈のひとつ心房細動の時もそうだ。

私が何度も経験したが、それ以上自覚症状が長く、30分とか続くのは血管 (冠動脈)が完全に詰まっている(心筋梗塞)だと考えた方がいい。ほっ ておけば死に至る。

胸が痛くなるという症状だと、「心臓がおかしいのではないか」と分かり やすいが、心筋梗塞になると左の奥歯がうずいたり痛くなったり、肩が 凝ったりすることもある。歯医者や整形外科に駆け込む人もいるが、これ は心筋梗塞の症状のひとつなのである。

歯医者で鎮痛剤をもらって「一丁上がり」となるが、じつは心筋梗塞の症 状だ。こういうのを「放散痛」という。

不幸にして、こんな知識がなく死んでしまった後、患者を解剖すると死因 が心筋梗塞であったことは明らかになる。

<発症した場合の対処は困難だろう>といっておられるが、心臓疾患の9 割は、対処の仕方を誤らなければ、決して「死に至る病」ではないのである。

本誌常連の前田正晶さんが書いておられる記事が見事にそのポイントを突 いている。
その要点をまとめると、

<失神するほどの、激痛と胸部に圧迫感があった。自分で119番に電話し て症状を説明していた>

<放っておけば治るとかとは思ったが、何故かこれは「一過性の痛みでは ない」と判断した>

<救急患者を受付けてくれる大病院が多いこと、救急車が搬送してくれた 先が国立国際医療センターだったこと、最も偉い先生が日曜日の当直だった>

<心筋梗塞に対応する準備が整っていたのだった。処置も素早かった>

<その判断が正しかったと後で解るのだが、私の場合は幸運の連続だった>

つまり、前田さまのケースは<幸運が重なった>結果であり、誰でもがこ ううまくいくわけではない。

年間の死者5千人を切る交通事故死にあの大騒ぎで安全運動を展開してい る。なのに、心臓疾患で年間15万人以上が死ぬ。なぜか。前田さんのよう な幸運の女神の恩寵に浴する人はそんなに多くない、それだけ啓蒙が行き わたっていないということだ。

<時間との争いであるなどとは知る由もないだろう。知識は皆無だった> とおっしゃるが、そんな人に幸運が訪れることは滅多にない。

この歳になったら、天下国家の危機を憂うる高邁な論議をする前に、わが 身の危機管理に少しのエネルギーを注ぐべきだというのが私からのアドバ イスだ。心臓病は<誰でも経験して学習し教訓に出来る病>なのである。


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こんどは「チベット旅行法」
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)12月22日(土曜日)弐
          通巻第5927号 
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米議会、こんどは「チベット旅行法」を可決
  チベット入境が許可されない限り、中国のチベット官憲も米入国を認めず
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正式には「チベット相互入国法」。ちなみに、英語名は「THE  RECIPROCAL ACCESS to Tibet Act  2018」

すでに米上下議会を通過していたが、2018年12月20日、トランプ大統領が 署名したので、チベット旅行法は正式に成立した。

成立までの背景は直接的にはチベット系アメリカ人団体、インドにあるダ ライラマ政府などが働きかけてきたもので、中国のロビィ工作が激しかっ た時代には議員らの理解は稀薄だった。

下院ではジム・マクガバンン議員が中心となって超党派の議会工作が続け られてきた。

要するにアメリカ人外交官、公務員、ジャーナリストらがチベットへの旅 行を許可されず、また一般のアメリカ人観光客も団体ヴィザで、制限され た行動予定、ホテルの限定など厳しい条件が付いた(日本もまったく同じ で、嘗て読売の浜本特派員がチベット取材に行ったが入国を拒否された。 筆者は成都から団体ツアーに紛れ込んでラサへ行ったことがあるが。。)

またチベット系アメリカ人の里帰りも認められず、家族と長きにわたって 連絡の取れない人々が世界に散らばっている。もちろん、日本にも相当数 のチベット人が暮らしているが、本国との連絡が十分にとれていない。

外交では「双務主義」が原則である以上、アメリカ人外交官、公務員、 ジャーナリストの入境を拒否した中国官憲ならびにその責任者は米国への 入国を認めるべきではないとする法律は超党派の支持を得るようになり、 公聴会が何回も開催されてきた。

大統領署名後は国務省が議会への報告義務を負う。
     
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 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1831回】          
――「只敗殘と、荒涼と寂寞との空氣に満たされて居る」――諸橋(4)
諸橋徹次『遊支雜筆』(目?書店 昭和13年)

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何から何までが両極端、ということは中庸がない。中庸のなさは色彩にも。

「支那の色彩は多く濃厚であります」。それというのも「半年經つて も 曇ることのない大空や、幾日汽車に乘つても山を見ない平原」など、極 めて「單調な支那の風土」であるゆえに、やはり「極めて鮮かな色彩が一 つの變化を添へて、言うに曰はれぬ愉快さを感ずる」ことになる。とにも かくにも「現今の支那の人は賞罰に就ても情感に就ても」、「其の強い刺 激を受けもし與へもして、茲に自分の滿足を求めて居ります」。

かくして「善事に對して強烈な刺激を與へる支那の人は、惡事に對して は更に強烈な刺激を課さずには居りません」。

小説の類にしても、「優雅とか細緻とかいふ情操を養ふものが存外少く て、露骨な肉欲的なものが多いように思はれます」。なかには「日本に於 ては當然發賣禁止くらゐはあるだらうと思はれるものもあります」。

総じて言えることは、「強度の刺激を要するといふことは、其の反面に 各部の神經が或程度まで鈍つて居るといふことを立證するものではありま すまいか」。どうやら凡てのことに「強度の刺激の存する半面には、確か に又破れたる國の俤を認むることが出來ると思ふのであります」。

諸橋は孟子や朱子の言葉を引用しながら目先の利益、つまり「小惠にな つく」ことの愚かさを説いた後、「私の觀察するところ」に基づくなら ば、「今の支那の人は可なり小惠によつて働いて居つて、大切な大局大利 はみすみす之を逸しているのではないか」と考えた。

たとえば第1次世界大戦前、ドイツは優秀な人材に「本國政府から或は 本 國の商店から、多大の俸給を給與」したうえで、彼らを「無給同樣、薄 給の姿で支那商店の雇員」に送り込む。「支那の商店では大喜び」。なん せ安い給料でドイツの優秀な人材が雇えるわけだから。そこで我先に雇い 入れ、枢要な仕事を任す。すると「獅子身中の虫はドンドン支那商業の急 處を捕まへて、之を獨逸に通告する」。後の結果は、推して知るべし。

なんとまあドイツ人は頭がイイというのか。それともセコイというの か。この点が「一衣帯水」「同文同種」「子々孫々までに友好」など愚に もつかないオ題目に幻惑されたままの日本人とは違う。徹底して富を引っ 剥がすという精神が今にも通じているならば、メルケル政権の一貫する親 中姿勢にはウラがありそうだ。騙された風を装って騙せ、である。

ともかくも目先の利益に「目を眩まされて國力と國權とを奪はるゝとし たならば、茲にもまた彼國の悲むべき破國の俤が浮んで居るのではありま すまいか」。

日本にいては「支那にはなかなか國家思想並に自尊心が漲つていると 思」っていたが、現地で「旅行を續けて色々の見聞をしていく中に」、 「寧ろ反對の現象、即ち支那の人は自らを屈し平氣でゐる國民であるとい ふことが多分に頭に殘」るようになった。やはり「一事が萬事、支那の自 國に對する自尊心の乏しい事」は明白だ。
 かくて「その自尊心の缺乏を透して見らるる破國の俤は、遂に蔽ふこと が出來ないのであります」。

「国が破れかかつて居るとせば、其の下に生存する國民は先づ何等かの 工夫をして自己の安全を求めなければなりません」。自衛とは積極的なも のであり、ウソは消極的な自己防衛の方法だ。北京の国立中学校を参観し た際に先生が答えるには、教育上で最も難しいのが「生徒の?言を直すこ と」「全校生徒の五分の一は?を言ふ」とのことだったという。ならば残 りの5分の4はウソを言わないのか。かりに「五分の一」という割合を現 在の14億余の人口に当てはめると2億8千万人・・・日本に人口の2倍 強!やはり驚異的だ。
 

  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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退廃的厭世的なニヒリズムとは全く異なる積極的ポジティブ・ニヒリズム
 ニーチェの言いたいこと、<知の巨人たち>の思想が理解できる素晴ら しい著書

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宮崎正弘『青空の下で読むニーチェ』(勉誠出版)
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                        (評 奥山篤信)

宮崎正弘氏を存じ上げてもう20年経つだろうか?

当時僕はまだサラリーマン卒業したばかりで、勉強不足で政治や思想や宗 教など幼児期だった。そんな中で宮崎氏のメルマガはかぶりつくように読 んだものだ。

宮崎氏の勉強会にも足を運んだ。あの亡き鉄人と言える片岡鉄也と話がで きたのも勉強会だった。もちろん憂国忌も欠かさずに参加していた(ここ 10年はサボっているが)

宮崎氏はいわゆる大学の先生方やゴリゴリの保守論壇とは基本的に異なる のは、まず人生を冒険的にそして知識欲を持って実体験していることだ。 大学などの専門家など、まさに専門馬鹿で頭の柔軟性や世俗とは何かに対 して頭が回らないいわば人間的に何の魅力もない人物がほとんどだ。

そうかと言って経営者出身の論壇は、知識が浅い人が多く、保守としても 単なる<戦後の堕落はマッカーサーの日本弱体化施政が悪かった>の一点 張りのバカの一つ覚えが常だ。もちろん一部に僕が尊敬しているお亡くな りになった方、現在もご健在の経営者卒の先輩たちの議論には素晴らしい 現実性があることも事実だ。

そんな意味で宮崎氏は普通の世俗の俗っぽい話でも、人間の欲望について の議論でも何にでも軽蔑の眼は全くなく楽しく話せる<器の広さ>という よりも<俗っぽさに積極的に人間の本質を見る鋭さと人情>があるので、 僕だけでなく、これだけ人気があるのも当然だろう。

しかもゴリゴリ保守と異なり、冷静で公平な立場の違う者の考え方も評価 して受け入れる(寛容性)が日本の保守論壇にありがちな共通の<スロー ガン性>が一切ない。つまり保守と言っても、その<スローガン性>たる や左翼の教条主義と変わらない、すなわち頭の硬さのみで柔軟性一切ない のだ。

 さらに宮崎氏の的確な鋭い視線それは現場主義というか現地へのルポル タージュと取材力に裏つけられた稀有のジャーナリストだ。同氏のシナの 20年前からの予言は全て当たっているがそればかりでなく世界の情勢を判 断する能力の凄さは比類がない。
 それで本論に入るがこの著は今までにない宮崎氏の半生の総括として読 める面白さで一気に読んだ。何よりも日本人のニーチェを単なるニヒリズ ムというスローガンで誤解している風潮に対してきめ細かくしかも世界の 日本の論壇の解釈も引用しながら見事な筋道を立てての議論が納得できる のだ。

ちなみに内容は下記の通り:
プロローグ 「ニヒリズム」を「虚無主義」と翻訳したのは誤まりだ
第一章 人生に戦闘的に取り組むことがニーチェ主義だ
第二章 ニーチェ思想の体系
第三章 三島由紀夫とニーチェ
第四章 ニーチェと西部邁
第五章 武士道こそニヒリズムの極致だ
第六章 磊落さ、楽天主義
エピローグ 人間は誰でも死ぬのである

 いわゆるニヒリズムを体系的に体系的に分類しているのが面白い。まさ に退廃的厭世的なニヒリズムとは全く異なる積極的ポジティブニヒリズム こそニーチェの言わんとするところだと言うことだ。三島由紀夫然り、西 部邁然り、ヘミングウエイ然りだ。
 宮崎氏のキリスト教理解も神学部のご経験もなくここまで本質を突いて 語っている。悪い意味でのニヒリズムとはまさにあなた方キリスト教こそ が世界史上最悪のニヒリズムというのは僕の神学体験からの結論だが、ま さに宮崎氏の考え方も<キリスト教そのものがニヒリズム>とニーチェを 引用しつつもご自身もその考えだと推測した。キリスト教のようなまさに <人間の原罪>を常に信者に枷として負わせ、常に僕に言わすれば、人間 らしいあまりに人間的な原罪(必ずしも犯罪ではないものにまで)まで罪 悪感を持たせ教会の軛に?ぎ止める、いわば卑劣な手法が2000年の支配者 の道具たるキリスト教会の手口であると言っても言い過ぎではない。

まさにキリスト教こそが、あのギリシャ・ローマの偉大な人間の積極的な 生き様を謳歌したのに比べ、マゾヒズム的思考の暗い暗い生き方(実際自 分の背中を釘付の鞭で叩き鮮血をみてイエスに倣う狂信的教徒、あるいは 砂漠で孤独に自分を痛めつける砂漠でのイエスに倣う修道僧など)信じが たいが、これもキリスト教の奴隷発祥の宗教である所以だと僕は考える。
ニーチェは世に言う誤解のニヒリズムとは程遠い実際は積極的な前向きな 人間の生き様を謳歌しているのだ。キリスト教こそ世の中真っ暗となるよ うな人間の健康なる欲望を罪として否定し、神に望みを託して<神に立ち 返る>ことを押し付ける極めて<暗い>、青空とは程遠い人生を強制する カルトだと言うことだ。
 とにかく僕が色々講釈しても二重になるので三島由紀夫への造詣の深い 宮崎氏の展開は、最も愛する三島ファンである僕の目から鱗であった。

 最後にこの本を何回も読み返せばまさにニーチェの言いたいことが理解 できるし、三島由紀夫や世界の<知の巨人たち>の思想が理解できる素晴 らしい著書だ。
僕は60歳半ばでの神学部大学院時代に生まれて初めて哲学史など、東京 大学哲学の先生方の著書を教科書として学んだが、この大学教授どもの教 科書がいかに傲慢で理解に苦しむ解説か、こんな連中がヘーゲルやカント やサルトルを語ってもちんぷんかんぷんになるだけであり、一方まさに西 欧哲学そして仏教神道を宮崎氏が噛み砕いてここに読みやすい形で解説し ている。
日本の学生諸君よ! ニーチェ研究のみならず哲学を学ぶものはこの本を 読めば理解ができるほど、<頭の良い人物は複雑で難しいことを、わかり やすく明瞭に書ける能力のある人>と言える稀有の宮崎氏の筆致を見るこ とができる。

       
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS  読
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(読者の声1)貴誌前号御指摘にようにマティス国防長官の辞任はほかの 閣僚や補佐官辞任劇とは異なってアメリカ政治においては重大事。かつて のワインバーガー、ラムズフェルト辞任劇より衝撃度が強いと思われます。
 各紙もその認識はあるようで大きく大書しておりますね。次の人事はワ シントンでは噂が流れていますか?(HY生、川崎)
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(読者の声2)不良外人ゴーンに鉄槌を 万歳
https://www.sankei.com/affairs/news/181221/afr1812210012-n1.html
素晴らしい出来事だ 日本の司法権こそ日本が独立国家だと示す基本的な 国際的権利だ
外国の干渉 ならびに外圧に弱い白人コンプレックスの日本人ども日本の 裁判所も捨てたものではないぞ
あの偉大な児島惟謙を日本司法は愛国の鏡とせよ 万歳 徹底的に不法を 暴き長期刑を求める
日本のエセ保守界はゴーンの逮捕の時から<外国に対して恥ずかしい>な どとほざいているインチキ野郎の論説が目立った。こいつらこそ白人コン プレックスなのだ!エセ保守は馬脚を現すのだ。
  (AO生、世田谷)

     
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韓国との情報戦に立ち遅れている日本
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            櫻井よしこ

「韓国との情報戦に立ち遅れている日本 手強い存在と心して戦うことが 必要だ」

12月4日、東京の日本外国特派員協会、通称外国人記者クラブで、「朝鮮 人戦時労働者」の裁判について、韓国側弁護団が会見した。

朝鮮人戦時労働者はこれまで「徴用工」と呼ばれてきた。しかし、戦時 中、日本に働きにきた朝鮮半島の人々の多くは民間企業の募集に応じた 人々で、必ずしも徴用された人々だけではない。安倍晋三首相も国会で述 べたように、新日鐵住金を訴え、判決が10月30日に下された裁判の原告4 人は全員、徴用工ではなかった。そのような事情から徴用工の代わりに 「朝鮮人戦時労働者」と呼ぶ。

会見した韓国人弁護士達は、韓国で新日鐵住金を訴えた裁判で原告の代理 人を務めた大弁護団の一部だ。会見に現れたのは金世恩(キム・セユ ン)、林宰成(イム・ジェソン)両氏らである。両氏共に若く、韓国の法 務法人「ヘマル」に所属、或いは関係が近いと見られている。

彼らは会見当日、新日鐵住金本社に二度目の訪問を強行し、面会を断られ ている。要請書を置いてきたそうだ。内容は韓国大法院(最高裁判所)の 判決に従って、朝鮮人戦時労働者に慰謝料を支払い、謝罪することが必要 で、いつ、どのような形で実施するか、12月24日午後5時までに回答せよ というものだそうだ。

彼らは、さらなる訴訟を準備中で、新日鐵住金側が韓国側との協議に応じ ない場合、差し押さえ手続きに入る予定だと明言した。

彼らはさらに、新日鐵住金が韓国で保有する資産、PNRという企業の株 式234万株は約110億ウォン(約11億円)に相当し、差し押さえの対象だと 語った。新日鐵住金保有の韓国における知的財産権は3000件余りで、こち らも差し押さえの対象だという。

新日鐵住金側には一切妥協する気配はない。それで正しいのである。

韓国側の主張には、おかしな点が多い。そのひとつが朝鮮人を労働させた のは国際労働機関(ILO)29号条約に反するという主張であるが、この 指摘は間違いだと言ってよいだろう。

29号条約は「処罰の脅威の下に強要される」労働を強制労働としており、 強制労働は時効のない犯罪である。ただ、「緊急の場合、即ち戦争、火 災、洪水、飢饉、地震……」などに対処する強制労働は例外として許容され ている。

ILO専門委員会は朝鮮人戦時労働者問題に関して、救済策を講じよとい う意見を日本に出してはいるが、その一方で、補償問題は日韓請求権協定 で全て解決済みだとする日本政府の主張は正しいと認めてもいる。

ILOの見解には微妙な矛盾が見てとれるが、これは近年の「個人を救済 する」思想を反映するものだ。

そこで重要になるのが、朝鮮人労働者への実際の待遇や労働条件は当時の 状況の中で受け入れられるものだったかどうかである。日本企業の資料や 当時の労働者の証言は、日本企業の待遇がきわめてまともだったことを示 している。だが、不足しているのが、そうした情報の発信と周知徹底である。

長崎県端島、通称「軍艦島」をテーマに韓国が作った映画は大嘘の満載 で、日本での労働はまるで地獄だったなどという酷い情報が世界に拡散さ れている。この種の情報戦に日本は立ち遅れている。加えて懸念されるの は相手の弁護団である。彼らは長年日本を標的にしてきた手強い存在である。

冒頭で触れた韓国の法務法人「ヘマル」の中心人物が、張完翼(チャン・ ワンイク)弁護士だ。氏は、慰安婦問題で日韓両政府を激しく攻撃するこ とで知られる韓国挺身隊問題対策協議会の活動に1994年から参加、2000年 には、松井やより氏やVAWW−NETジャパンなどが主催した女性国際 戦犯法廷で韓国側検事役を務めた。同法廷は日本国天皇を裁き有罪を宣告 した。こういう人々が相手だ。心して戦うことが必要だ。

『週刊ダイヤモンド』 2018年12月22日号
 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1261 

          
                    
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重 要 情 報
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 ◎HK「祖父が見た戦場」について:匿名希望の善良な受信者より

今年の夏にNHKがルソン島での陸戦に関する反日捏造番組を制作放映して いたことがわかりました。

2018年もあと、10日余りとなり、数か月前の放送ではありますが、今年撮 り溜めて、未視聴だった番組を見ていたら、怒りがふつふつと沸いてきま したので、ご報告申し上げます。

捏造番組と判断できる根拠は以下のとおりです。

まず、番組中で日本軍がフィリピンの市民にガソリンをかけて焼き殺した り、銃殺したりしたとしていました。

補給を絶たれた日本軍は、特攻機に積載するガソリンにも事欠き、武器弾 薬を使い果たした状態でしたが、NHKはフィリピン市民を殺害するという 用途に燃料弾薬を用いる余裕があると思っているのでしょうか?

そんな余裕があれば、米軍に対してもっとましな戦いができたはずです。 こんなことは高校生でもわかることです。

番組の中でも日本軍の弾薬は底をついていたとしていましたが、日本軍を 悪しざまいうのに、あまりに熱心になり、自家撞着であることですら気が 付かなかったのでしょう。

また、無辜の市民を虐殺するのは大犯罪ですが、便衣兵・ゲリラを掃討し 処刑するのは国際法上、正当な行為であり、戦時下で認められています。 これを悪事であるとして、これでもかと、日本軍を悪しざまに表現するの は、金輪際やめてもらいたいと考えます。不愉快です。

また、NHKが、軍による集団自殺命令や女性へのレイプといった、もはや 定番モノとなった捏造パターンをさも事実のように放送することにも辟易 とさせられます。

番組は日本軍が重篤な負傷兵にはモルヒネを打って、集団自殺命令を下し たとしていました。ガソリンや弾薬の欠乏と同様、ルソン島ではモルヒネ など医薬品も底をついていたのが真実でしょう。 麻酔なしで大勢の負傷 兵が手術を受けています。まさか、NHKは日本軍にはモルヒネだけは十分 にあったとも思っているのですか?  渡嘉敷島での集団自殺命令がウソ だったことがバレたので、バレにくそうな場所を選んで、軍による集団自 殺命令を捏造しようとしているのでしょうか?

また、番組では、日本軍がフィリピン人女性を強制連行してレイプしたと していましたが、朝鮮人従軍慰安婦やインドネシアの慰安所が全部、でっ ち上げで、本当は合法的な売春宿だったことが明らかになっています。 日本軍の他の進出地域では合法的な売春宿だったのに、なぜ、マニラだけ では、強制連行してレイプしていたのか、NHK説明する必要があります。 説明できないのであればこの番組内容は捏造なのでしょう。

まともな日本国民であれば、放送法に反する違法行為を常習的に為すこの ような団体に、受信料支払いという名目で資金提供するべきではありません。

反日団体に資金提供することに、善良な日本国民として良心の呵責を覚え ます。暴力団に資金提供するのとなんら変わりません。受信料という資金 源を絶ち、NHKを町から追放しましょう。このような違法行為を平気です る組織団体は即刻、処罰、解体されて然るべきと考えます。



 ◎アメリカの何に憧れたのだろう:前田正晶

昭和20年4月に中学に進んで8月に戦争が終わり、進駐軍にアメリカの物質 文明というか豊かで豊富な食べ物や衣料品を見せつけられた私は、矢張り 例外たり得ず高校の頃には「アメリカに留学したい」と憧れ熱望する一人 だったと思う。だが、今にして思えば「アメリカに行って何を学びたいの か」のような具体的な考え方はなかった。その頃には高校の英語の先生が 何人か「フルブライト資金」だったかで1年行ってこられたのを見ても 「僕も行きたいなー」となったのも当然かも知れない。

後年知ったことだが、私は高校では「英語しか出来ないサッカー部の生え 抜き」として知られていたが、私が高校1年の頃に既にアメリカ人の中に 入っても言葉で苦労はしないという「会話能力」があることはほとんど知 られていなかったし、自分でもそういうことは先ず言い出さなかったよう に記憶する。その英語が話せるようになっていたのは、GHQの秘書の方に 後にアメリカ人たちにも褒められたような教え方をして頂いた賜物だった。

折角身につけた英語力だったが、就職活動をする頃には「英語を使って仕 事をする会社は希望しない」と考えるようになっていた。その根拠は、ほ ぼ4年間続けたアルバイトと、その中で別途経験した通訳の仕事から、 「日常の職務に英語を使わねばならないことは余分な負担となるし、現在 の(その当時の)アメリカ人の我々に対する扱いを経験した結果で、外資 は雇って頂けない先だと決めていたからだ。

そして17年間英語とは全く無縁の製紙会社の国内向けの営業担当者として 働いている間では「アメリカに行きたい」とも「行こうとも」とも「行け る機会が巡ってくる」などと考えたこともなかった。「もう、英語は趣味 にでもしておけば良いか」くらいに考えていた。そこに1969年に全く予想 もできなかった偶然の積み重ねで社内で「英語が出来る」と常務に披露し てしまうことがあって、運命が大きく早く回転し始めてしまった。

結果的にはお世話になり育てて頂いた会社を辞めて1972年にアメリカの会 社に転出してしまうことになって知ったのだから、運命など予測しがたい もので「行きたいとも行けるとも行こう」とも思っていなかったアメリカ に行くようになったのだった。初めて渡ったカリフォルニア州からジョー ジア州、ニューヨーク市と目まぐるしく旅している間にその物質文明の素 晴らしさには確かに感動したものだった。

最初の転進先であるM社に入社直後の25日間の「トレーニング」という出 張が終わる頃には、「アメリカに永住しても良いかな」と思ったほど人々 も親切で明るかった。「矢張り憧れていただけの価値があったな」という 辺りが偽らざる感覚だった。即ち、未だ未だ「企業社会における仕事の手 順、仕来りという文化の違い」も弁えることが出来ておらず、生活習慣の 違いなどには触れる機会などなかった。

だが、大きな家と芝生の綺麗な庭、ガレージに付けられているバスケット ボールのリング、発達して広く行き渡っている家庭電器、自動車を下駄と いうかスリッパのように単なる移動手段として乱暴に扱っている感覚の違 いがあるなど、驚かされたことが多々あった。

1975年に縁あってW社に転出することになって、そこで数少ない日本人の 社員X君に出会った。彼はICUを経てUCLAのビジネススクールでMBAを取得 した精鋭で、W社が世界的にも誇る“M&ER”(直訳すれば経済・市 場調査 部)のエコノミストだった。余談になるが首席エコノミスト、リ ン・マ イケリスなどは我が国が講演を依頼して招聘したほど著名だった。

だが、X君はW社が人員を増やして売り上げを伸ばした後で、リストラで人 員削減を繰り返して成長していった中で、リストラの対象になってW
社ジャパンの営業職に変わってきたのだ。彼が言うには「我々の能力や才 能は決して彼らに劣っていないと思う。だが、UCLAのビジネススクールで 優等生を取れなかったのは教育の方式の違いだった。我が国では学校で教 えられたことの範囲内で十分に予習・復習を繰り返していくと良い成績が 取れるが、ここにアメリカとの違いがある」と教えてくれた。

彼は「その違いはアメリかではただ単に教えられたことだけやっていたの では埒があかないのだ。自分から積極的に先生や教授に言われていない範 囲のことまで身につけておくことが評価の対象になるのだ。特にビジネス スクールともなれば研究の領域を自分でどんどん拡張していく姿勢が身に 付いていないとアッという間に評価が落ちてしまうのだ。自分が小学校か らそういう教育で育った来ていれば、彼らアメリカ人に負けなかったと思 うが、ビジネススクールまで来ては手遅れだったのが残念だった」と述懐 した。言わば「文化の違い」に大きく左右されたのだった。

X君の話はここで終わっていない。彼がリストラの対象としてM&ERで2
名候補が指名された時に、彼の競合相手がアメリカ人だったそうだ。彼曰 く「能力だけならば負けていなかったが、英語力では遺憾ながらnative speakerよりは劣るので、自分が切られると覚悟した」と言っていて、実 際のその通りとなってしまった。私はこれまでに色々と「企業社会におけ る文化比較論」を述べてきたが、アメリカの教育の仕方にはかかる違いが あったことに触れるのは最初かと思う。

ここで活きてくるのは上述の「何を何処で学ぶか」を考えずに「教育のシ ステムと言うか評価の仕方の違い」を知らずにアメリカに留学しても容易 に成果が挙がらないかも知れないのである。

YM氏は「遺憾ながら我が国からの留学者の英語力では・・・」と繰り返し て指摘していた。換言すれば「単なる憧れだけでアメリカに渡るのは考え ものでは」となるかと思う。


 ◎ドラスティックにやらねば:前田正晶

今回はカタカナ語というか、英単語交じりの語り方が何時頃発生したかを 振り返ってみようと思います。

昭和30年に私が新卒で採って頂いた紙パルプメーカーの販売部門の子会社 では、戦前の三井物産解体後の第二会社から転じてきた取締役営業部長 (東京商大って昔は呼ばれていた大学出身)は既に話の中にカタカナにし た英語の単語を使っていました。しかし、どのような言葉を使っていたか までの記憶はありませんが。だが、私は流石に洗練されているなと思いま したが、同時に何となく「キザだな」とは感じていました。

私は戦後間もなくは、我々の間に「アメリカに対する憧憬」と「英会話が 上手いということに憧れる傾向」があって、英語がペラペラに出来ること が極めて格好が良かったようです。そこまで流暢になりきれず一歩か二歩 手前の人たちが格好を付けて、話の中にカタカナ語を入れる傾向もありま した。昭和30年代前半で既に「ドラスティックにやらねば」などというカ タカナ語を使っていた管理職もいました。

ということは「話の中にカタカナ語を挟めるということは、十分に英語を 知っているぞ」と顕示していることになったかと思います。私は余り気に していませんでしたがが、そういう流れが昭和30年代前半に既に出始めて いたと記憶します。

その頃の私は「何故、英語の単語を入れて話すのかな?かえって解り難く はならないのか」くらいにしか感じていませんで、現在のような排斥論者 にまでなっていませんでした。でも「格好が良いつもりなのかも知れない が厭みじゃないかな」とは思っていました。思い起こしてみれば、それは テレビなどない頃のお話でした。




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身 辺 雑 記
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24 日の東京湾岸は晴れ。


23日の東京湾岸は曇天ながらあったかかった。夜は「あきら」で忘年会。

家人の姉や従兄弟たちが参加したから賑やかだった。次姉を川崎市の自宅まで送り届けた、家人の運転で。


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