政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針4888 号  2018・12・9(日)

2018/12/09

                      
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わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」4888号
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       2018(平成30)年  12月9日(日)



            人工関節手術で歩ける喜び:小池達也

               患者自己注射物語:渡部亮次郎

カタカナ語は英語の勉強に悪い影響を与えていないか:前田正晶                 
     日本文明の核であり続けてきた皇室と天皇:櫻井よしこ
    
                   

                      話 の 福 袋
                       反     響
                       身 辺 雑 記


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人工関節手術で歩ける喜び
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       小池 達也


整形外科の分野ですばらしい発展を遂げていると考えられているのは、人 工関節分野です。現在では、肩・肘・股・膝・足関節に人工関節手術が施 されますし、手や足の指関節にも応用が始まっています。

特に、股関節と膝関節に関しては膨大な数の手術が毎年日本中で行われて います。
成績も安定しており、それほど高度な手術でもなくなりつつあります。

しかし、本当に人工関節は進歩したのでしょうか。

1962年にチャンレイという先生が人工股関節手術を初めて実施されまし た。 今から振り返ってみても、良く考え抜かれたデザイン・材質・手術 方法でした。やっぱりパイオニアと呼ばれる人たちには何か光るものがあ ります。

このチャンレイ型人工股関節は長期成績も良く、スタンダードとなりまし たが、もちろん完璧ではないので、チャンレイ自身を含め様々な改良が加 えられました。

ところが、それらの改良、良かれと思ったデザインや材質の変更は逆に長 期成績を悪化させました。

そうすると、また改良が加えられ、猫の目のようにくるくるとデザインや 果てはコンセプトまで変わっていきました。最近ようやく、コンセプトも 成熟し成績も安定してきました。しかし、改良が加えられ続けていた時代 に人工股関節手術を受けてしまった人は恩恵を受けることが出来なかった わけです。

最先端のものが最良とは限らない好例ではないでしょうか。これは人工関 節の性格上、結果がすぐに出ないことが一番の理由です。そして、この危 険性は今後も出てくる可能性はあります。

では、人工関節手術などすべきではないのでしょうか。

そうではありません。歩くことさえ大変な方が、人工関節手術を受けて痛 みなく歩けるようになった時の喜びは、本人でない我々でさえ感じること の出来る大きなものです。
「人生が変わった」・「旅行に行けるようになった」・「歩くのって楽し い」など、多くの喜びの声を聴かせていただける、医者にとっては実にや りがいのある手術です。これを永続する喜びに変えるために、いくつかの 合併症を克服してゆくのが、我々の今後の使命でしょう。

人工関節の合併症で厄介なのは感染とゆるみです。ゆるみの方は、多くの 研究により克服されつつありますが、異物を体の中へ入れる手術であるこ とから、感染の危険性はなかなか解決されそうにはありません。また、ス ポーツも可能になるような丈夫な人工関節もまだ存在しません。真の人工 関節出現はもう少し先になりそうです。
 
ところで、最近ではナビゲーションといって、コンピュータが人工関節を 入れる方向を指示するシステムやロボットが人工関節を入れる方法も実用 化されています。

あなたは、ロボットと人とどちらに手術して欲しいですか?
                           (医師」)
         
大阪市立大学大学院医学研究科リウマチ外科学 


               
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患者自己注射物語
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   渡部 亮次郎

日本で糖尿病患者が治療薬「インスリン」を患者自身で注射して良いと決 断した厚生大臣は園田直(そのだ すなお)である。インスリンの発見か ら既に60年経っていた。逆に言えば患者たちの悲願を歴代厚生大臣が60年 も拒否するという残虐行為をしてきたのである。

園田自身も実は重篤な糖尿病患者であった。しかしインスリンの注射から 逃れていたために大臣在任中、合併症としての腎臓病に罹り、1週間ほど 緊急入院したくらい。大変な痛がり屋。引きかえに命を落とした。

政治家にとって入院は命取り。大臣秘書官として事実を伏せるために余計 な苦労をしたものである。にも拘らず園田はそれから僅か3年後、人工透 析を途中で拒否したため、腎不全により70歳で死亡した。昭59(1984)年 4 月2日のことだった。

その直後、私が糖尿病を発症した。全く予期せざる事態に仰天した。糖尿 病は現時点の医学では絶対治らない病気、いうなれば不治の病というから 業病(ごうびょう)ではないか。絶望的になった。

検査などの結果、私の母方の家系に糖尿病のDNA(かかりやすい遺伝子)が 有り、弟は発症しないできたが、上2人の男兄弟は暴飲暴食による肥満が 契機となって発症したものと分かった。

しかし、あれから40年近く、私は毎朝、ペン型をしたインスリン注射を繰 り返すことによって血糖値を維持し、今のところ合併症状も全く無い。普 通の生活をしていて主治医からも「文句の付けようがありません」と褒め られている。お陰で園田の年を超えた。

これの大きな理由は注射針が極細(0・18mm)になって殆ど痛みを感じなく なったからである。あの時、園田が自己注射を決断したお陰で医療器具 メーカーが、患者のためと自社の利益をもちろん考え、針を細くし、簡単 に注射できるよう研鑽を積んでくれたからである。

逆に言えば、厚生省が自己注射を許可しないものだから、医療器具メー カーは、それまで全く研鑽を積まないできてしまったのである。自己注射 で注射器や針がどんどん売れるとなって初めて研鑽を積む価値があるとい うものだ。

つまり役人や医者の頭が「安全」だけに固まっている限り医療器具は1歩 たりとも前進しないわけだ。患者たちを60年も苦しめてきた厚生省と日本 医師会の罪こそは万死に値するといっても過言ではない。

そこで常日頃、昭和56年までの糖尿病患者たちの苦しみを追ってきたが、 最近、やっとそれらしい記事をインターネット上で発見した。

「インスリン自己注射への長い道のり」(2001/05/28 月曜日)と題するも ので、とある。
http://www.geocities.jp/y_not_dm/insurin2.html



東京女子医科大学名誉教授 福岡白十字病院顧問 平田 行正氏へのイン タビュー記事「インスリン自己注射の保険適用から15周年を迎えて…」よ り抜粋と要約

<インスリンが発見されたのは、1921年(大正10年)です。欧米では供給 のメドがつくとすぐに患者の自己注射が認められました。しかし、日本で は60年もの間、自己注射が認められず、また、保険の適用もありませんで した。

当時の日本では、医療は医師の占有物だとする古い考え方が根強く、医師 会はもちろん、厚生省の役人の中にも、何もインスリン注射をしなくとも 飲み薬があるではないか、と平気で発言する人もありました。

インスリン注射が必要不可欠な糖尿病患者は、インスリンを自費で購入 し、自ら注射するという違法行為でもって、生命をつないでいました。

インスリン発見50周年にあたる昭和46年、糖尿病協会は全国的な署名運動 を行い、3ヶ月足らずで11万4,000名の署名を集めましたが、厚生省から は、「国としては、正面きってこれを取り上げるのは難しい」という回答 が繰り返されました。(佐藤内閣で厚生大臣は内田常雄に続いて齋藤昇)。

中央官庁の理解が得られず、困り果てた医療側や自治体はあの手この手で 知恵を絞り、自己注射公認まで持ちこたえました。

昭和56年(厚生大臣 園田)、各種の努力によりインスリンの自己注射が 公認され、その5年後には血糖値の自己測定が公認されました。保険適用。

医療は医師だけのものではなく、患者と共に手を携えて行うべきものだと いうことが公認された、医療史上最初の出来事です。

インスリン自己注射公認までの悪戦苦闘

長野県・浅間病院と県の衛生課や医師会などが協議して、生み出した苦肉 の策。患者の来院時にインスリンを1本処方し、その一部を注射して、残 りを渡して自己注射する。毎月1〜2回患者から直接電話で報告を受ける ことで、電話再診料として保険請求した。

新聞が長野方式として報じたため、厚生省から中止命令。

バイアル1本を処方して、注射後捨てたものを患者が拾って使用した、と いう言い逃れ。来院時に400単位を1度に注射したことにして、1〜2週 間は効いている形にした>。


1986年、研究のスタートから10年目、
血糖自己測定が健保適用に  (2003年9月)

血糖自己測定を導入した糖尿病の自己管理がスタートした頃(1976 年〜)、今では誰もがあたりまえと思っているインスリン自己注射は、医 師法に違反するという非合法のもとで行なわれていた。

日本医事新報 (1971年)の読者質問欄ではインスリン自己注射の正当性 について、当時 の厚生省担当官は「自己注射は全く不可であり、代わり に経口血糖降下剤 の使用があるではないか」と回答している。

これが1970年代の実態だった のである。このような状況に対して、当時 の「日本糖尿病協会」は、イン スリン発見50年を迎えて、なおインスリ ン自己注射が認められない現状を 打破すべく10万人の署名を集めた。そ して厚生大臣をはじめ関係各方面 に、インスリン自己注射の公認と健保 給付を陳情したが全く受け入れられ なかった。

正当化されたインスリンの自己注射(1981年)

このような状況だったため、インスリンの自己注射容認と、インスリン 自己注射に関わる諸費用の健保適用までには、なお多くの人の尽力と歳月 を要した。そして結果が出たのは1981年(昭和56年)。

この年ようやくイ ンスリン自己注射の正当性の認知とこれの健保適用が 得られた。その内容 は当時行なわれていた慢性疾患指導料200点に、もう 200点加算するという ものであった。これはその後の医療のあり方に大き な影響をもたらし、血 糖自己測定も含め、患者を中心にした医療の実践 の必要性と有用性の実証 へと繋げられていった。

<血糖自己測定の健保適用(1986年)(園田死して2年後)

C:\Documents and Settings\Owner\My Documents\血糖自己測定25年.htm

インスリン自己注射の健保適用から5年後、私たちが血糖自己測定研究を スタートさせてから10年目、大方の予想を上回る速さで血糖自己測定の健 保適用がなされた。これはインスリン自己注射指導料に加算する形で設定 された。

以後、何度かの改定を経て、保険点数には血糖自己測定に必要な簡易血糖 測定機器、試験紙(センサー)、穿刺用器具、穿刺針、消毒用アルコール 綿など必要な機器や備品の全ても含まれるようになっている>。

1人の政治家の柔軟な頭脳による1秒の決断が日本の歴史を変えたといって もいい決断だった。この事実を厚生省は大げさに発表しなかったが、元秘 書官として責任をもって報告する。(文中敬称略)2007・05・24



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カタカナ語は英語の勉強に悪い影響を与えていないか
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                    前田 正晶

私がここで採り上げたいことは何かといえば「英語」と言うよりも、私が 日頃から批判してきた「学校教育における科学としての英語」また は”English”と表現する方が適確かも知れない。私はそもそも我が国の学 校教育における英語の在り方を評価していない。改革が必要だと長年論じ てきた。

私の持論は「英語の勉強だけではなく自国語であろうとなんだろうと『耳 から入ってくる言葉の影響が最も大きく且つ効果があることが多い』と固 く信じている」というものである。ところが、何事につけても「全ての硬 貨には両面がある」ので、耳から入ってくるだけで学習効果があるが、効 果はそれだけに止まらず日常的にテレビ等から流れてくるものと、新聞や 雑誌で読まされているカタカナ語は受け手というか視聴者や読者に悪影響 を与えるものなのである。

私の主張は「かかるカタカナ語の氾濫と濫用が我が国における正し い”English”の学習の仕方と実力の向上乃至は改善に好ましくない影響を 与えている」というものだ。私が特に遺憾に思っていることは「自分が思 うこと自国語=日本語での表現力の成長を妨げているだけではなく、英語 で自分の思うことが言えなくなってしまうことにもなっている」点なので あると考えている。

テレビで多用されるカタカナ語:

ここから思い付くものを少しだけ挙げることから入っていこう。下記をご 参照願いたい。

トラブル、シンプル、フリップ、タッグを組む、オープンするか、させる (応用編にリニューアル・オープンやグランド・オープンがある)、コン パクト、パワー、パワハラ、コラボ、タッグ、プライベート、スタッフ、 キャプテンシー、スリッピー、インフル、ゲットする、チョイスする、 ジューシー、フルーテイー、クリーミー、スパイシー、プラ−べーと・ブ ランド(
PB)、バトンタッチ等々枚挙に暇がない。

私はこういうカタカナ語が大量生産される背景にあるのが「我が国の学校 教育の英語における単語重視がある」と決めつけている。私は「英語の部 品である単語をバラバラに覚えるのではなく、流れの中でどのように使わ れているかを覚えることを優先すべきだ」を持論にしております。その教 育で覚えさせられた単語を「口語」か「文語」か、「慣用句」かを全く配 慮せずに覚えているので、元の英語とかけ離れた使い方になるのだと指摘 する。
例えば、上記の「フリップ」などは誠に恥ずべき使い方で、本来の英語で は恐らく“flip chart”のことだと思うが、何故か頭の「フリップ」を 「表」か「図表」の意味で使ってしまったのだと推理している。それを所 謂有識者たちが本来ならば「チャート」というべきものを堂々と「フリッ プ」と言っているのなどはまるで漫画だ。また、「タッグ(=“tag”)も おかしな使い方で、これはそもそもプロレスで「タッグ・レスリング」と いう2人で組んで試合をする方式の名称だった。

因みに、“flip”には「めくる」という意味があり、綴じられた大きな紙を めくっていく事を指している。私が長年お世話になっていたラジオ局の担 当者は見識がある方で、「うちではチャンと『チャート』というようにし ているから心配なく」と知らせて下さったのだ。「こう来なくっちゃーと 我が意を得たり」の思いだった。

そうである以上「タッグ・テイームを組む」というのが本当の言い方であ る。これはリング上にいる者が形勢不利と見るや外にいる仲間の手に触れ て(これが“tag”である)交代する仕組みになっているのだ。そ「タッ グ」が「触れる」という意味だと気付かずに「タッグを組む」なという意 味不明なカタカナ語を創ってしまったのだ。このように頭だけ採っている 例には「インフルエンザ」を「インフル」としてしまった例もあるのを忘 れてはならない。

私は「こういう言葉を使うことを止めよと言わないし、使うことは勝手だ が、本当の英語ではこのような言葉の使い方はないと認識した上で使って 欲しい」と繰り返し指摘してきた。さらにカタカナ語の代わりに本当の英 語(“English”でも良いか)ではどういう言葉が使われるかも述べてき た。そして、こういう言葉を使うと、我々の国語での思考力と表現力が弱 まる危険性があることも繰り返し指摘してきた。故に、本稿では上記のカ タカナ語を英語にすればどうなるかの解説はしない。

カタカナ語の表記の難しさ:

この点は、先日”security”と”fury”を挙げてジーニアス英和とOxford
の間に存在していた発音記号に混乱とでも言いたい違いがあったことも指 摘した。私はこの違いを見て、我が国で最初にカタカナ表記をした人(会 社というか法人も入るか)がどのような基準で大胆にもカタカナを使った のかが解らなくなってきた。即ち、私はこれまでにこういう表記をする人 は英和辞典も英英辞典も参照していないのだと推定してきた。いや、学校 で正しい発音を教えられてこなかった気の毒な方々だとすら考えている。

私は彼等がただ単に素直に英語の言葉を見て「ローマ字読み」をしていた だけか間違った表記をしただけで、それ以上でも以下でもなかったのだろ うと思い込んでいた。要するに我が国の学校教育における英語の教え方の 欠陥が出ただけだと見ている。

そこに何気なく聞いたテレビのCMで、恐らく何とか言うデイズニーのアニ メ(これだってカタカナ語だ)の主題歌(なのだろう)を松田聖子と松た か子が歌っていて、”I will follow you .”を「フォロー」と言っていた のを聞いた。これは「ローマ字読み」で、正確な英語の発音ではない。英 語で歌うのならば「ファロウ」か「ファーロウ」となるべきだ。彼女らは 学校で”O”は「オ」と読むとしか教えられていなかったのか、早い時点で 親しんだローマ字読みをしているので、罪はないと解釈しては置くがね。

学校教育の問題点:

同様な例に”holiday”がある。これは我が国では躊躇うことなく「ホリデ イ」とカタカナ表記され、且つ発音されている。だが、ジーニアスでも Oxfordでも「ハラディ」であり、USA式では「ハーラディ」に近い記号が 出ている。話しを”follow”に戻せば「ファロー」と「ファーロー」であ る。細かい揚げ足をとるなと言いたい向きもあるだろうが、私にはそんな 考えなどなく「如何なる根拠があってこういうカタカナ表記にしたのか」 という疑問があるだけだ。

私自身でこの疑問に答えれば「彼女らと一般に我が国の学校で英語を教え ておられる先生方、特に中学で”O”は「オ」と読めて教えているだけのこ とで、一般の生徒と同様に素直に従っているだけではないのだろうか」で ある。念のために付け加えておけば、「フォロー」だろうと「ファロウ」 だろうと「ホリデー」だろうと、恐らく我が国で最も関心が高いという気 がする「外国人に通じるのか」という点では問題ないだろうということ。 だが、経験上も言えるが、「中にはカタカナ語式の発音を理解してくれな いアメリカ人はいる」のである。

自説を曲げるかの如きことを言えば「実際にはフォローでもファーロウで どちらでも良いのであり、自分が思うことと言いたいことを正確に、文法 を間違えることなく表現出来る力を養うのが肝腎なことなのである」と なってしまうのだ。だが、発音が正確であるのに超したことはいのは言う までもない。

私が言いたいことは「だからと言って、おかしなカタカナ語を作って普及 させて良いものなのか。いや、良くはない」という点と「学校教育では正 しい正しくない発音を教える事も良くないは当然であるがUK式とUSA式の 違いを教える事を何故しないのか」なのだ。同時に何処かの官庁と英語教 師の方々の中には「未だに『アメリカ語は下品』で『クイーンズ・イング リッシュが最高』と思い込んでいるんで教えておられる方が多いのではな いか」と本気で疑っている。

私は学校教育では何処かの時点で少なくとも「UKとUSAの英語の間には明 らかな違いがあること」を明確に教えるべきだと思っている。私はどちら が上品であるとか、格が上とか下という違いはないと信じている。国が違 えば言葉だって変わるのだ。アメリカのアッパーミドルの人たちの自国語 に対する厳格さなどは、その環境の中に入ってみなければ知り得ないだろ うと、私はこれまでに何度も指摘して来た。

UKにもLondon Cockneyのようなある一定の階層以下で使われているアクセ ントだったあると知るべきだ。


    
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日本文明の核であり続けてきた皇室と天皇
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             櫻井よしこ

「日本文明の核であり続けてきた皇室と天皇 民族の記憶に刻まれた伝統 を大切にすべきだ」

11月27日、都内で「天皇陛下御即位三十年奉祝委員会の設立総会」が開か れた。政府を代表して菅義偉官房長官が「憲政史上初の、天皇陛下のご退 位と皇太子殿下のご即位」に向けて、万全の準備を整えると語り、政財 界、言論界からも藤原正彦氏らが、御代替わりについての思いを語った。

江戸時代の光格天皇以降、譲位による御代替わりは今上陛下が初めてだ。 今上陛下は30年間、国民と触れ合い、戦跡地を訪れ、国民に勇気を与え慰 めをもたらして下さっている。各地へのおでましがどれ程多くの人々の心 をあたたかく包んで下さったことか。互いに労り合いながら行幸啓を続け られる両陛下には、深い感謝の念を抱かずにはいられない。

日本の長い歴史の中で、皇室と天皇は日本文明の確固とした核であり続け ている。恵まれないときもあったが、皇室は常に権力ではなく権威とし て、日本国の揺るぎない基盤であり続けた。日本が危機に陥る度、皇室が 中心になって、国民をまとめ、国を守り通してきた。明治維新のときや大 東亜戦争の終戦時に果たしたお役割が記憶に残る事例である。

直近では、東日本大震災のときの天皇陛下の「お言葉」を思い出せばよ い。1000年に一度の大災害に打ちひしがれていた国民は、「お言葉」に よってどれ程元気づけられたことか。

このような天皇のお役割とその意義、国民の心にもたらす「効果」は、お 一人お一人の天皇のお力だけから生まれるものではないだろう。天皇の背 景に長い歴史があって、初めてお言葉に万人の心に訴えかける力が生まれ るのではないか。

皇室は、早くも聖徳太子の時代、つまり七世紀初めには貧しい人、親のい ない子供たち、身寄りのないお年寄りのための救済施設を造っていた。そ れらは聖武天皇の后、光明皇后の力によって施薬院、悲田院となり、病と 貧困に苦しむ民の救済施設として定着し、やがて全国に広がった。その善 き伝統は、平成の現在も藤楓協会として連綿と続いている。

天皇と皇室が民の幸福と国家の安寧のために祈り続けて下さっているお姿 が、長い歴史を通して浮かび上がってくるのが日本であり、このような背 景が日本民族の記憶に深く刻まれているからこそ、天皇陛下のお言葉は、 国民の心にスッと沁み込んでくる。大切にするべきはこうした伝統である。

皇室の伝統と価値観は紛れもなく日本の神話と一体化したものだ。御代替 わりの儀式は、これら神話の時代の伝統にのっとるのがよい。昭和天皇崩 御のときの「大喪の礼」では、反皇室の人々が憲法20条3項を盾に、政教 分離と称して、儀式の簡略化や変更を求めた。だが政教分離は宗教に対す る圧迫や干渉を禁じているのであり、政治に一切の宗教色を持たせてはな らないという意味ではない。そもそも神話の時代からの伝統を宗教だと断 じて切り捨てること自体、間違いである。200年振りの御代替わりの儀式 は、大喪の礼のときよりもまともに伝統を踏まえるべきだと考える。

もうひとつ大事なことは、今上陛下に残り数カ月の内に、靖国神社にご親 拝いただくことだ。春や秋の例大祭で陛下は勅使を靖国神社にお遣わしに なっている。しかし、30年間にわたる平成の御世で、一度も陛下ご自身が 靖国神社にお運びにならないとは、どういうことかと思う。

幾百万の兵は、日本国に殉じた命である。彼らの霊が眠る靖国神社には、 いまや、首相も真榊料で済ませ、閣僚の誰一人参拝せず、天皇のご親拝も ない。このようなことでは、日本国は長く持つまい。御代替わりの前に、 天皇、皇后両陛下のご親拝をお願いし、その道を開くために、安倍晋三首 相以下、全閣僚の参拝を実現すべきだと考える。
『週刊ダイヤモンド』 2018年12月8日号
 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1259



            
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重 要 情 報
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◇◆◇写真映像情報網◇◆週刊AWACS 2018年12月9日◇◆◇◆◇

▼唸声一言/フランスの抗議デモと言う暴動

抗議デモのきっかけとなった燃料税に関してマクロン政権は譲歩しましたが、抗議デモは既に暴動と化し、益々ひどくなるばかりです。中途半端な対応ではダメだと言う見本です。暴力で解決しようとする相手には残念ながら、話し合いは通じません。力には力となります。きれいごとが通じればいいのですが、そうでない時の対応を間違えると被害は拡大するばかりです。あれは民主主義じゃありません。

では、今週号をお楽しみください。

https://ameblo.jp/unarigoe/entry-12424677863.html

2018/12/9 唸声


 ◎カタカナ語は英語の勉強に悪い影響を与えていないか:前田正晶

私がここで採り上げたいことは何かといえば「英語」と言うよりも、私が 日頃から批判してきた「学校教育における科学としての英語」また は”English”と表現する方が適確かも知れない。私はそもそも我が国の学 校教育における英語の在り方を評価していない。改革が必要だと長年論じ てきた。

私の持論は「英語の勉強だけではなく自国語であろうとなんだろうと『耳 から入ってくる言葉の影響が最も大きく且つ効果があることが多い』と固 く信じている」というものである。ところが、何事につけても「全ての硬 貨には両面がある」ので、耳から入ってくるだけで学習効果があるが、効 果はそれだけに止まらず日常的にテレビ等から流れてくるものと、新聞や 雑誌で読まされているカタカナ語は受け手というか視聴者や読者に悪影響 を与えるものなのである。

私の主張は「かかるカタカナ語の氾濫と濫用が我が国における正し い”English”の学習の仕方と実力の向上乃至は改善に好ましくない影響を 与えている」というものだ。私が特に遺憾に思っていることは「自分が思 うこと自国語=日本語での表現力の成長を妨げているだけではなく、英語 で自分の思うことが言えなくなってしまうことにもなっている」点なので あると考えている。

テレビで多用されるカタカナ語:

ここから思い付くものを少しだけ挙げることから入っていこう。下記をご 参照願いたい。

トラブル、シンプル、フリップ、タッグを組む、オープンするか、させる (応用編にリニューアル・オープンやグランド・オープンがある)、コン パクト、パワー、パワハラ、コラボ、タッグ、プライベート、スタッフ、 キャプテンシー、スリッピー、インフル、ゲットする、チョイスする、 ジューシー、フルーテイー、クリーミー、スパイシー、プラ−べーと・ブ ランド(PB)、バトンタッチ等々枚挙に暇がない。

私はこういうカタカナ語が大量生産される背景にあるのが「我が国の学校 教育の英語における単語重視がある」と決めつけている。私は「英語の部 品である単語をバラバラに覚えるのではなく、流れの中でどのように使わ れているかを覚えることを優先すべきだ」を持論にしております。その教 育で覚えさせられた単語を「口語」か「文語」か、「慣用句」かを全く配 慮せずに覚えているので、元の英語とかけ離れた使い方になるのだと指摘 する。

例えば、上記の「フリップ」などは誠に恥ずべき使い方で、本来の英語で は恐らく“flip chart”のことだと思うが、何故か頭の「フリップ」を 「表」か「図表」の意味で使ってしまったのだと推理している。それを所 謂有識者たちが本来ならば「チャート」というべきものを堂々と「フリッ プ」と言っているのなどはまるで漫画だ。また、「タッグ」(=“tag”) もおかしな使い方で、これはそもそもプロレスで「タッグ・レスリング」 という2人で組んで試合をする方式の名称だった。

因みに、“flip”には「めくる」という意味があり、綴じられた大きな紙を めくっていく事を指している。私が長年お世話になっていたラジオ局の担 当者は見識がある方で、「うちではチャンと『チャート』というようにし ているから心配なく」と知らせて下さったのだ。「こう来なくっちゃーと 我が意を得たり」の思いだった。

そうである以上「タッグ・テイームを組む」というのが本当の言い方であ る。これはリング上にいる者が形勢不利と見るや外にいる仲間の手に触れ て(これが“tag”である)交代する仕組みになっているのだ。その「タッ グ」が「触れる」という意味だと気付かずに「タッグを組む」などという 意味不明なカタカナ語を創ってしまったのだ。このように頭だけ採ってい る例には「インフルエンザ」を「インフル」としてしまった例もあるのを 忘れてはならない。

私は「こういう言葉を使うことを止めよと言わないし、使うことは勝手だ が、本当の英語ではこのような言葉の使い方はないと認識した上で使って 欲しい」と繰り返し指摘してきた。さらにカタカナ語の代わりに本当の英 語(“English”でも良いか)ではどういう言葉が使われるかも述べてき た。そして、こういう言葉を使うと、我々の国語での思考力と表現力が弱 まる危険性があることも繰り返し指摘してきた。故に、本稿では上記のカ タカナ語を英語にすればどうなるかの解説はしない。

カタカナ語の表記の難しさ:

この点は、先日”security”と”fury”を挙げてジーニアス英和とOxfordの間 に存在していた発音記号に混乱とでも言いたい違いがあったことも指摘し た。私はこの違いを見て、我が国で最初にカタカナ表記をした人(会社と いうか法人も入るか)がどのような基準で大胆にもカタカナを使ったのか が解らなくなってきた。即ち、私はこれまでにこういう表記をする人は英 和辞典も英英辞典も参照していないのだと推定してきた。いや、学校で正 しい発音を教えられてこなかった気の毒な方々だとすら考えている。

私は彼等がただ単に素直に英語の言葉を見て「ローマ字読み」をしていた だけか間違った表記をしただけで、それ以上でも以下でもなかったのだろ うと思い込んでいた。要するに我が国の学校教育における英語の教え方の 欠陥が出ただけだと見ている。

そこに何気なく聞いたテレビのCMで、恐らく何とか言うデイズニーのアニ メ(これだってカタカナ語だ)の主題歌(なのだろう)を松田聖子と松た か子が歌っていて、”I will follow you .”を「フォロー」と言っていた のを聞いた。これは「ローマ字読み」で、正確な英語の発音ではない。英 語で歌うのならば「ファロウ」か「ファーロウ」となるべきだ。彼女らは 学校で”O”は「オ」と読むとしか教えられていなかったのか、早い時点で 親しんだローマ字読みをしているので、罪はないと解釈しては置くがね。

学校教育の問題点:

同様な例に”holiday”がある。これは我が国では躊躇うことなく「ホリデ イ」とカタカナ表記され、且つ発音されている。だが、ジーニアスでも Oxfordでも「ハラディ」であり、USA式では「ハーラディ」に近い記号が 出ている。話しを”follow”に戻せば「ファロー」と「ファーロー」であ る。細かい揚げ足をとるなと言いたい向きもあるだろうが、私にはそんな 考えなどなく「如何なる根拠があってこういうカタカナ表記にしたのか」 という疑問があるだけだ。

私自身でこの疑問に答えれば「彼女らと一般に我が国の学校で英語を教え ておられる先生方、特に中学で”O”は「オ」と読めて教えているだけのこ とで、一般の生徒と同様に素直に従っているだけではないのだろうか」で ある。念のために付け加えておけば、「フォロー」だろうと「ファロウ」 だろうと「ホリデー」だろうと、恐らく我が国で最も関心が高いという気 がする「外国人に通じるのか」という点では問題ないだろうということ。 だが、経験上も言えるが、「中にはカタカナ語式の発音を理解してくれな いアメリカ人はいる」のである。

自説を曲げるかの如きことを言えば「実際にはフォローでもファーロウで どちらでも良いのであり、自分が思うことと言いたいことを正確に、文法 を間違えることなく表現出来る力を養うのが肝心なことなのである」と なってしまうのだ。だが、発音が正確であるのに超したことはいのは言う までもない。

私が言いたいことは「だからと言って、おかしなカタカナ語を作って普及 させて良いものなのか。いや、良くはない」という点と「学校教育では正 しい正しくない発音を教える事も良くないは当然であるが、UK式とUSA式 の違いを教える事を何故しないのか」なのだ。同時に何処かの官庁と英語 教師の方々の中には「未だに『アメリカ語は下品』で『クイーンズ・イン グリッシュが最高』と思い込んでいるんで教えておられる方が多いのでは ないか」と本気で疑っている。

私は学校教育では何処かの時点で少なくとも「UKとUSAの英語の間には明 らかな違いがあること」を明確に教えるべきだと思っている。私はどちら が上品であるとか、格が上とか下という違いはないと信じている。国が違 えば言葉だって変わるのだ。アメリカのアッパーミドルの人たちの自国語 に対する厳格さなどは、その環境の中に入ってみなければ知り得ないだろ うと、私はこれまでに何度も指摘して来た。。UKにもLondon Cockneyのよ うなある一定の階層以下で使われているアクセントだったあると知るべきだ。

 ◎18年11月の新宿区の人口:前田正晶

前月比+0.36%の346,975人:

11月に増加した人数は1,253人であるから、今年後半に入ってから伸び続 けている様子だ。特に外国人は841人も増えて、10月の270人と合算すれば 1,111人もの増加で、日本人のこの時期に増加420人(11月が412人、10月 は58人だった)を遙かに上回っていた。New Koreatownとイスラム横町の 近所の住民としては「矢張りそういうことだったのだ」とあらためて実感 させられる増加だった。

新宿区がこういう状態にある時に新出入国管理法が成立したとあれば、 益々この地区に色々な意味で外国人が増えるのかも知れないと思われるだ ろうが、この地区で雇われる外国人はそういう法律の範囲外の者が圧倒的 に多いだろうと私は見ている。

何故ならば、依然として増加傾向にあるハラルフード兼青果物を商うイス ラム教徒の店は、概ねバングラデシュ等のイスラム教徒を合法化非合法が 知らぬが使っているので、技能修習生などとは無縁の雇用主ばかりだからだ。

彼には彼らが何処まで我が国の法律や規制を承知しているのか解らない が、私は彼らが営むレストランでは調理師免許などを所有する者が営んで いるとは思えないのだが、その辺りの規制はどうなっているのかと思う。

笑い話のようだが、もう代替わりして店名も変わったしまった有名な韓国 料理店には、何の意味があるのか不明だったが韓国の調理師免許証が展示 されていた。今となっては、これなどは良心的な部類に入るのかも知れな いと思う。

11月の外国人の数は43,690人と新宿区の人口の12.59%となり、10月の 12.4%を一気に追い抜いた。私はこの比率は少なくとも今年後半で最大だ ろうし、これ以外の短期滞在者を含めれば、控え目に見ても10万人は居を 構えていると推理している。

新宿区には韓国人が多いというような定説があるかの如きだがそれも誤認 識で、数年前から登録されている外国人では中国人が最も多く韓国人は二 番手であり、ここ百人町/大久保界隈でも韓国語が聞こえてくると「珍し いな」と感じるほどである。寧ろ中国人に次いでベトナム人やイスラム教 徒が目立つ街に変貌したと言って誤りではない。

今やKoreatownとは大久保通りの山手線等のガードの向こう側というか明 治通り寄りになって、韓国製の化粧品と韓国式のジャンクフードを売る店 が中心になっている。そこに老若の女性たちが群がって大いに賑わってい るだけに変わってしまった。彼女たちには「韓国が戦時中朝鮮から応募し てきた工員」の告訴に対する無法な三菱重工業に対する有罪判決などの韓 国の暴挙や竹島に上陸したりしている「反日・抗日」に凝り固まっている 何処まで行っても反日且つ抗日的であるである事などは眼中にはない模様だ。

目下特に婦女子に人気があるの韓国系のジャンクフード(と私は敢えて言 うが)は「アリランドッグ」などと銘打ったもの等の所謂アメリカンドッ グにも似た形状で、チーズ等の何種類かのトッピング(=topping)が施 されているようだ。兎に角、大久保通りにあるこの手の店には何時でも長 蛇の列が出来ている。この他に目立って婦女子の人気を呼んでいるのが、 JR大久保駅よりも北側に何時の間にか出来て常に行列が出来ているタピオ カドリンの専門店「茶加匠」である。これはどうやら韓国系ではないよう で、比較的静かな小滝橋通りを賑わしている。

目下JR山手線の駅の中で最も古物化してエレベーターは言うに及ばすエス カレーターもない不便な新大久保駅が改装工事中だが、その構内の混雑振 りなどは恐ろしいほどで、階段を利用するだけでも恐怖すら感じさせられ るほどの大混雑だ。それほど異邦人の乗降客が多いという意味だ。私は極 力この駅の利用を回避して新宿駅西口に行くのでさえ、シルバーパスを活 かしてバスを乗り継いでいる状態だ。安倍内閣はかかる新宿区とその外国 人過多の現実を何処まで把握しておられるのか大いに疑問に思っている。

安倍内閣は労働力不足を補う為に外国人の導入の為の入管法改正を閣議決 定されたようだ。現実を知らない観念的な政策である。産経新聞には中国 人の焼き肉店の店長が「労働力不足を補うのならば、数よりも人材の質を 選ぶべき」と言ったと報じられていた。中国人に言われたくないことだ が、私はその通りだと思っている。

11月の新宿区の人口では全体で1,253人増加していた。これは上記のよう に外国人が841人も増加して43,690人となったことによるものである。外 国人の比率が12.59%で10月の12.4%と9月の12.3%を超えていた。私の受 け止め方では益々我々が「少数民族」になってしまったと言いたいほどな のだ。

今月も同じ事を指摘するが、業務スーパー「河内屋」で常に異邦人が数千 円も投じて調理済みではない食料品を大量に買い込んでいく様子を見れば 「この店は違法滞在?の外国人にまでも協力しているのではないか」と疑 問に感じる。しかも、その隣に開店したドンキホーテにも外国人様御用達 である。私はこれらの2店、特にドンキホーテはアジア系の者たちの需要 を見込んで進出したのではないかと疑っている。機を見るに敏なのかも知 れない。

私は「彼らに我が国そのものでなければ、新宿区が彼ら異邦人に食い物さ れている」と腹立たしい思いで見ている。恐らくこのICT化が進んだ時代 にあっては、多くのアジアの国では「新宿区百人町は我々の街となった。 宿泊設備(違法民宿?)も用意されているので大いに利用すべし」とでも 掲示板に記載されているのではないかと疑っている。私は「アジア系」と 表現をしているが、その中でも圧倒的に多いのが中国人である。だが、こ の界隈には中国料理店はほとんど見かけないのも不思議だ。

私は我が国の政府も一般人も外国人に対して甘過ぎるし寛容で、過剰に歓 迎をしていると思う。それは我が国に来て買い物をする人たちもいるだろ うが、この街にはそういう連中が来る訳がないと断じる。先月も採り上げ たが、知り合いのネパール人は「大久保通りに群がる連中の懐は当てにな らないので、アジア料理店の出店を避けた」と言っていた。私は「彼ら異 邦人を有り難がるべきではないし、歓迎したり法改正をしてまで誘致する 必要などない」と思う。

私は政府はこの界隈のような実態を知らずに労働者を受け入れようとする し、観光客を誘致しようとされることを非常に疑問に思っている。政府に は上述のように外国人我が国を食い物にしている実態を認識して貰いたい と願っている。ある新宿区議の中にはは「百人町/大久保界隈は未だスラ ム化していないので現状のままでも良いのだ」との認識を示す者もいた。

参考資料: 新宿区広報しんじゅく 平成30年12・5


 ◎「読売巨人軍を笑う」:前田正晶

この会社にとっては補強とはFA宣言した即戦力(?)を獲得すること:

私に言わせればとんでもない間違った方針である。ネットを見ていれば 「FA宣言をして高額年俸で読売巨人軍に移籍していった者で、キャリ ヤー・ハイの成績を残した例が無い」とあるが、今回は原新監督(?)は 球団史上26人目となる広島の丸佳浩を、炭谷銀仁朗と中島宏之に続いて5 年30億円だったかで獲ってしまった。丸が良い選手である事は間違いない ようだが、7日も張本勲が「丸が今年並みに働けるかどうかは解らない」 と珍しく断定を避けた。

私は原辰徳は全権を委任されていると報じられているので、余り感心した 補強ではないと思って見ている。だが、球団社長は未だ未だ(FA宣言選手 の獲得?)やると言っているとかだ。上記のキャリヤー・ハイ云々もある が、新潮はウエブ版で以下のように手厳しく批判しているし、私は今期中 日から獲ってきたゲレーロのような無残な例もある事だし、センターで 使っている陽岱鋼だって失敗例だろうしお止めになった方が良いのではと 忠告したくなった。

何もキャリヤー・ハイとまで言わなくとも、これまでの20数名であれは大 成功だった言う例を思い出せる方は、本当の純粋の巨人ファンだろうと思 う。私はネット上でそのリストを見るまでは「彼も巨人に行っていたの か」と気付かなかった者が多いのにも呆れている。要するに、大金に目が 眩んだかどうか知らないが、巨人に移籍して元の球団のように一本目扱い をされた者は例外のようだと言うことで、体の良い(悪い?)飼い殺しに 遭ったと言うことだ。

>引用開始

例えば巨人ファンにとって、清原氏への評価は割れることが多い。それは 彼が入団1年目に、チーム成績が4位と低迷したことも影響を与えているの かもしれない。広澤克実氏(56)と陽岱鋼にも同じことが言える。

本題に戻れば、ファンを落胆させた「失敗例」は残りの4人。広沢克己、 村田修一(37)、片岡治大の3氏と、現役の陽岱鋼だ。

これを監督側から見てみると、長嶋監督の時代は成功1例、現状維持2例、 失敗1例。原監督は現状維持1例、失敗3例となる。ここに指導力の差を見 るかどうかは議論が分かれるところだろう。

結論を言えば、FAの成功例は極めて少数派だ。良くて現状維持であり、8 人のうち4人が入団1年目に不振に陥った。まだ30歳の丸にとって、今後 キャリアハイの成績が更新できないのであれば、やはり巨人へ移籍しない ほうが賢明ではないか。

週刊新潮WEB取材班 2018年11月13日掲載
<引用終わる

炭谷銀仁朗。原監督は如何にも彼を欲しかったように言っていたが、それ 即ち小林誠司が役立たずだと言ったのと同じだし、残る大城、宇佐見は使 えないと決めつけたことになる。そこに年だけ食った駄目捕手の阿部慎之 助を戻そうというのだから、支離滅裂ではないか。

外野手だって似たようなもので、亀井、陽、長野、重信、立岡、ゲレーロ も駄目だったと宣告したようなものだ。18年には奇跡の成長を遂げた岡本 を三塁手にして、日本に来ると打てなくなるMLBの外国人を一塁に使うの だそうだが、これも「どうかな?」と疑問符をつけたい。

私は補強すべきは二塁手だと見ていた。吉川尚と山本を使って埒があかな かったので、チャンとし者を育てるのが急務だと思うが、獲ってきたのが 使い古したショートストップの中島と後は外野手と捕手だ。「二塁には広 島に来年で8年目になる菊池涼介(年俸1億9千万円)がいるからそのうち 獲ってくるから良いのだ」と言っている気もする。だが、丸が3番で順当 に働いて4番の岡本に実質的に「2年目のジンクス」が来なければ一寸怖い 打線になるかも知れないが、残る連中が歳を取り過ぎている。

ま、読売巨人軍嫌いとして言わせて貰えばこうなるのだが、こんな何ら強 化と言うか補強に一貫した方針が見えない球団というか会社を、未だにプ ロ野球界の盟主扱いする(扱いさせられている?)スポーツ関連のマスコ ミもだらしがないと言ってやりたい。

 ◎11月の新宿区の人口は前月比+0.36%の346,975人:前田正晶

11月に増加した人数は1,253人であるから、今年後半に入ってから伸び続 けている様子だ。特に外国人は841人も増えて、10月の270人と合算すれば
1,111人もの増加で、日本人のこの時期に増加420人(11月が412人、10月 は58人だった)を遙かに上回っていた。NewKoreatown(私の造語だ)とイ スラム横町の近所の住民としては「矢張りそういうことだったのだ」とあ らためて実感させられる増加だった。

新宿区がこういう状態にある時に新出入国管理法が成立したとあれば、 益々この地区に色々な意味で外国人が増えるのかも知れないと思われるだ ろうが、この地区で雇われる外国人はそういう法律の範囲外の者が圧倒的 に多いだろうと私は見ている。何故ならば、依然として増加傾向にあるハ ラルフード兼青果物を商うイスラム教徒の店は、概ねバングラデシュ等の イスラム教徒を合法化非合法が知らぬが使っているので、技能修習生など とは無縁の雇用主ばかりだからだ。

彼には彼らが何処まで我が国の法律や規制を承知しているのか分らない が、私は彼らが営むレストランでは調理師免許などを所有する者が営んで いるとは思えないのだが、その辺りの規制はどうなっているのかと思う。 笑い話のようだが、もう代替わりして店名も変わったしまった有名な韓国 料理店には、何の意味があるのか不明だったが韓国の調理師免許証が展示 されていた。今となっては、これなどは良心的な部類に入るのかも知れな いと思う。

11月の外国人の数は43,690人と新宿区の人口の12.59%となり、10月の 12.4%を一気に追い抜いた。私はこの比率は少なくとも今年後半で最大だ ろうし、これ以外の短期滞在者を含めれば、控え目に見ても10万人は居を 構えていると推理している。新宿区には韓国人が多いというような定説が あるかの如きだがそれも誤認識で、数年前から登録されている外国人では 中国人が最も多く韓国人は二番手であり、ここ百人町/大久保界隈でも韓 国語が聞こえてくると「珍しいな」と感じるほどである。寧ろ中国人に次 いでベトナム人やイスラム教徒が目立つ街に変貌したと言って誤りではない。

今やKoreatownとは大久保通りの山手線等のガードの向こう側というか明 治通り寄りになって、韓国製の化粧品と韓国式のジャンクフードを売る店 が中心になっている。そこに老若の女性たちが群がって大いに賑わってい るだけに変わってしまった。彼女たちには「韓国が戦時中朝鮮から応募し てきた工員」の告訴に対する無法な三菱重工業に対する有罪判決などの韓 国の暴挙や竹島に上陸したりしている「反日・抗日」に凝り固まっている 何処まで行っても反日且つ抗日的であるである事などは眼中にはない模様だ。

目下特に婦女子に人気があるの韓国系のジャンクフード(と私は敢えて言 うが)は「アリランドッグ」などと銘打ったもの等の所謂アメリカンドッ グにも似た形状で、チーズ等の何種類かのトッピング(=topping)が施 されているようだ。兎に角、大久保通りにあるこの手の店には何時でも長 蛇の列が出来ている。この他に目立って婦女子の人気を呼んでいるのが、 JR大久保駅よりも北側に何時の間にか出来て常に行列が出来ているタピオ カドリンの専門店「茶加匠」である。これはどうやら韓国系ではないよう で、比較的静かな小滝橋通りを賑わしている。

目下JR山手線の駅の中で最も古物化してエレベーターは言うに及ばすエス カレーターもない不便な新大久保駅が改装工事中だが、その構内の混雑振 りなどは恐ろしいほどで、階段を利用するだけでも恐怖すら感じさせられ るほどの大混雑だ。それほど異邦人の乗降客が多いという意味だ。私は極 力この駅の利用を回避して新宿駅西口に行くのでさえ、シルバーパスを活 かしてバスを乗り継いでいる状態だ。安倍内閣はかかる新宿区とその外国 人過多の現実を何処まで把握しておられるのか大いに疑問に思っている。

安倍内閣は労働力不足を補う為に外国人の導入の為の入管法改正を閣議決 定されたようだ。現実を知らない観念的な政策である。産経新聞には中国 人の焼き肉店の店長が「労働力不足を補うのならば、数よりも人材の質を 選ぶべき」と言ったと報じられていた。中国人に言われたくないことだ が、私はその通りだと思っている。

11月の新宿区の人口では全体で1,253人増加していた。これは上記のよう に外国人が841人も増加して43,690人となったことによるものである。外 国人の比率が12.59%で10月の12.4%と9月の12.3%を超えていた。私の受 け止め方では益々我々が「少数民族」になってしまったと言いたいほどな のだ。

今月も同じ事を指摘するが、業務スーパー「河内屋」で常に異邦人が数千 円も投じて調理済みではない食料品を大量に買い込んでいく様子を見れば 「この店は違法滞在?の外国人にまでも協力しているのではないか」と疑 問に感じる。しかも、その隣に開店したドンキホーテにも外国人様御用達 である。私はこれらの2店、特にドンキホーテはアジア系の者たちの需要 を見込んで進出したのではないかと疑っている。機を見るに敏なのかも知 れない。

私は「彼らに我が国そのものでなければ、新宿区が彼ら異邦人に食い物に さ れている」と腹立たしい思いで見ている。恐らくこのICT化が進んだ時 代 にあっては、多くのアジアの国では「新宿区百人町は我々の街となった。

宿泊設備(違法民宿?)も用意されているので大いに利用すべし」とでも 掲示板に記載されているのではないかと疑っている。私は「アジア系」と 表現をしているが、その中でも圧倒的に多いのが中国人である。だが、こ の界隈には中国料理店はほとんど見かけないのも不思議だ。

私は政府も一般人も外国人に対して甘過ぎるし寛容で、過剰に歓迎をして いると思う。それは我が国に来て買い物をする人たちもいるだろうが、こ の街にはそういう連中が来る訳がないと断じる。先月も採り上げたが、知 り合いのネパール人は「大久保通りに群がる連中の懐は当てにならないの で、アジア料理店の出店を避けた」と言っていた。私は「彼ら異邦人を有 り難がるべきではないし、歓迎したり法改正をしてまで誘致する必要など ない」と思う。

私は政府はこの界隈のような実態を知らずに労働者を受け入れようとする し、観光客を誘致しようとされることを非常に疑問に思っている。政府に は上述のように外国人我が国を食い物にしている実態を認識して貰いたい と願っている。ある新宿区議の中にはは「百人町/大久保界隈は未だスラ ム化していないので現状のままでも良いのだ」との認識を示す者もいた。
参考資料: 新宿区広報しんじゅく 平成30年12・5


 ◎この会社にとっては補強とはFA宣言した即戦力(?)を獲得するこ と:前田正晶

私に言わせればとんでもない間違った方針である。ネットを見ていれば 「FA宣言をして高額年俸で読売巨人軍に移籍していった者で、キャヤー・ ハイの成績を残した例がない」とあるが、今回は原新監督(?)は球団史 上26人目となる広島の丸佳浩を、炭谷銀仁朗と中島宏之に続いて5年30
億円だったかで獲ってしまった。丸が良い選手である事は間違いないよう だが、昨日も張本勲が「丸が今年並みに働けるかどうかは解らない」と珍 しく断定を避けた。

私は原辰徳は全権を委任されていると報じられているので、余り感心した 補強ではないと思って見ている。だが、球団社長は未だ未だ(FA宣言選手 の獲得?)やると言っているとかだ。上記のキャリヤー・ハイ云々もある が、新潮はウエブ版で以下のように手厳しく批判しているし、私は今期中 日から獲ってきたゲレーロのような無残な例もある事だし、センターで 使っている陽岱鋼だって失敗例だろうしお止めになった方が良いのではと 忠告したくなった。

何もキャリヤー・ハイとまで言わなくとも、これまでの二十数名であれは 大成功だった言う例を思い出せる方は、本当の純粋の巨人ファンだろうと 思う。私はネット上でそのリストを見るまでは「彼も巨人に行っていたの か」と気付かなかった者が多いのにも呆れている。要するに、大金に目が 眩んだかどうか知らないが、巨人に移籍して元の球団のように一本目扱い をされた者は例外のようだと言うことで、体の良い(悪い?)飼い殺しに 遭ったと言うことだ。

>引用開始

例えば巨人ファンにとって、清原氏への評価は割れることが多い。それは 彼が入団1年目に、チーム成績が4位と低迷したことも影響を与えているの かもしれない。広澤克実氏(56)と陽岱鋼にも同じことが言える。

本題に戻れば、ファンを落胆させた「失敗例」は残りの4人。広沢克己、 村田修一(37)、片岡治大の3氏と、現役の陽岱鋼だ。

これを監督側から見てみると、長嶋監督の時代は成功1例、現状維持2例、 失敗1例。原監督は現状維持1例、失敗3例となる。ここに指導力の差を見 るかどうかは議論が分かれるところだろう。

結論を言えば、FAの成功例は極めて少数派だ。良くて現状維持であり、8 人のうち4人が入団1年目に不振に陥った。まだ30歳の丸にとって、今後 キャリアハイの成績が更新できないのであれば、やはり巨人へ移籍しない ほうが賢明ではないか。

週刊新潮WEB取材班2018年11月13日 掲載

<引用終わる

炭谷銀仁朗。原監督は如何にも彼を欲しかったように言っていたが、 そ れ即ち小林誠司が役立たずだと言ったのと同じだし、残る大城、宇佐見 は使えないと決めつけたことになる。そこに年だけ食った駄目捕手の阿部 慎之助を戻そうというのだから、支離滅裂ではないか。外野手だって似た ようなもので、亀井、陽、長野、重信、立岡、ゲレーロも駄目だったと宣 告したようなものだ。

18年には奇跡の成長を遂げた岡本を三塁手にして、日本に来ると打てなく なるMLBの外国人を一塁に使うのだそうだが、これも「どうかな?」と疑 問符をつけたい。

私は補強すべきは二塁手だと見ていた。吉川尚と山本を使って埒があかな かったので、チャンとし者を育てるのが急務だと思うが、獲ってきたのが 使い古したショートストップの中島と後は外野手と捕手だ。「二塁には広 島に来年で8年目になる菊池涼介(年俸1億9千万円)がいるからそのうち 獲ってくるから良いのだ」と言っている気もする。だが、丸が3番で順当 に働いて4番の岡本に実質的に「2年目のジンクス」が来なければ一寸怖い 打線になるかも知れないが、残る連中が歳を取り過ぎている。

ま、読売巨人軍嫌いとして言わせて貰えばこうなるのだが、こんな何ら強 化と言うか補強に一貫した方針が見えない球団というか会社を、未だにプ ロ野球界の盟主扱いする(扱いさせられている?)スポーツ関連のマスコ ミもだらしがないと言ってやりたい。



 
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身 辺 雑 記
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9日の東京湾岸は曇天、やがて晴れるか。

8日の東京湾岸は曇天。特に寒くはなかった。連日、午後6時から焼酎の
鴉龍茶割を?み始め8時半には就寝している。11時ごろトイレに起きた時 に はすべて醒めている、肝臓は丈夫なのだ。

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創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
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