政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針4886 号  2018・12・7(金)

2018/12/07

                      
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わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」4886号
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       2018(平成30)年  12月7日(金)



               国を想う心を学ぼう:加瀬英明

              心筋梗塞は予知できる:石岡荘十

     強まる中国の脅威、必要な台湾人の団結:櫻井よしこ
                                                        

                      話 の 福 袋
                       反     響
                       身 辺 雑 記


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第4886号
                             発行周期 不定期(原則毎日発行)
             
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国を想う心を学ぼう
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    加瀬 英明

明治を創った英傑に、国を想う心を学ぼう

今年は、明治維新150周年に当たるが、『日本の偉人物語 伊能忠敬 西 郷隆盛 小村寿太郎』(光明思想社)という、幕末から日本を創った3人 を取りあげた、良書が出版された。各家庭に1冊、常備したい本だ。

伊能忠敬(いのうただたか)(1745年〜1818年)は農家の子で、和算(数 学)、天文学、測量を学び、55歳から17年かけて全国の沿岸を測量して、 精密な日本全図をのこした。

今年は、忠敬の没200年に当たる。私は忠敬の次女しのが、千葉の銚子の 隣の旭村(現旭日市)の農民・加瀬佐兵衛に嫁いだことから、忠敬の孫の 孫の子である玄孫(やしゃご)に当たる。

この春に、忠敬の没200年を記念して、都内のホールにおいて、忠敬の測 量に協力した人々の子孫が七十数人上京して、私たち忠敬の子孫から、感 謝状を贈る式典が催された。

忠敬は日本の近海を脅かすようになっていた、西洋諸国から日本を守るた めに、精密な沿岸図をつくるのに、余世を捧げた。私の父方の祖父は、私 の生前に他界した。祖母のか津は、忠敬が養子となって酒造りをしていた 佐原の庄屋の近くの、醤油造り家の娘だったが、私に忠敬の国を想う心を 伝えた。

忠敬の直弟子であった間宮林蔵(まみやりんぞう)も、烈々たる愛国者だっ た。忠敬の没後に、北方の千島列島と樺太の測量を行ない、幕末の安政 2(1855)年に結ばれた露和新条約によって、国後(くなしり)、択捉 (えとろふ)、歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)の北方四島を、日本領とし て認めさせた。

今日でも、樺太とシベリアの間の海峡が、間宮海峡と呼ばれるが、林蔵の 業蹟である。日ロ間で明治5(1875)年に、千島樺太交換条約が結ばれ、 千島列島がすべて日本領となったが、林蔵の力によるものである。

西郷隆盛は、私の母方の郷里の鹿児島が生んだ明治維新の英雄だ。西郷の 大活躍はよく知られているが、西郷の右腕として尽力したのが、山岡鉄舟 だった。鉄舟なしには、西郷と勝海舟による江戸無血開城はなかった。

鉄舟は旗本の五男で、剣道の達人だったが、生涯、無私無欲で、日本の行 く末だけをひたすら想った。西郷に鉄舟を評して、「命もいらぬ、名もい らぬ、金もいらぬといったような、始末に困まる人です」といわせてい る。西郷だからこそ、鉄舟を見込むことができたのだった。

小村寿太郎(こむらじゅたろう)(1855年〜1911年)は、今日の宮崎県に あった、飫肥藩(おびはん)の藩士の子として生まれた、明治を代表する外 交官である。

寿太郎は小柄だったが、日本男子の気魄(きはく)に満ちていた。寿太郎が 育った日南市にある『小村寿太郎記念館』に、寿太郎が日露戦争の講和条 約であるポーツマス条約を調印した時に着た、フロックコートが展示され ているが、七五三の少年の衣装のように小さい。

私の自宅の近くに『振徳館』という、飫肥藩の藩校の名をとった、武道の 道場があるが、毎年、新年の道場開きに招かれて、乾杯の発声を行うこと になっている。居合、警視庁師範による逮捕術、陸上自衛隊員による銃剣 術、空手道の演武などが、繰り広げられる。

日本が明治維新という、世界の奇蹟を行うことができたのは、国民が国を 想う燃えるような心と、武を磨いたからだった。

日本国憲法は前文から、自虐精神によって始まっており、日本が自立する ことを否定している。

幕末から明治にかけた先人たちが、この憲法を読んだら、いったい、どう 思うだろうか。



     
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心筋梗塞は予知できる
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    石岡 荘十

まず、死因について。

私の父親も死因は「心不全」とされていたが、長い間、この死亡診断書に 何の疑問も感じなかった。しかし、よく考えてみれば「心不全」というの は単に「心臓が動かなくなった」という意味であるから、病気の「結果」 そのものであり、死のトリガー、「原因」ではない。

<最初は背中が痛いと言われたと報じられていた。亡くなった後では容易 に心筋梗塞だったとは解らないのではないか。誰でも経験して学習し教訓 に出来る病ではないので、発症した場合の対処は困難だろう>、これこそ が「死因」となった心筋梗塞を疑わせる症状だ。

私も大動脈弁がうまく開閉しなくなり、十数年前人工の弁に置き換える手 術を受けているが、そこに至る症状として<背中が痛い>を何年にもわ たって、何度も経験している。

心臓の血流が途絶えると、背中が重苦しくなる。痛いと感じる人もいる。 この苦しさは、血流が滞った程度(狭心症)の場合は、15分程度で回復す る。不整脈のひとつ心房細動の時もそうだ。

私が何度も経験したが、それ以上自覚症状が長く、30分とか続くのは血管 (冠動脈)が完全に詰まっている(心筋梗塞)だと考えた方がいい。ほっ ておけば死に至る。

胸が痛くなるという症状だと、「心臓がおかしいのではないか」と分かり やすいが、心筋梗塞になると左の奥歯がうずいたり痛くなったり、肩が 凝ったりすることもある。歯医者や整形外科に駆け込む人もいるが、これ は心筋梗塞の症状のひとつなのである。

歯医者で鎮痛剤をもらって「一丁上がり」となるが、じつは心筋梗塞の症 状だ。こういうのを「放散痛」という。

不幸にして、こんな知識がなく死んでしまった後、患者を解剖すると死因 が心筋梗塞であったことは明らかになる。

<発症した場合の対処は困難だろう>といっておられるが、心臓疾患の9 割は、対処の仕方を誤らなければ、決して「死に至る病」ではないのである。

本誌常連の前田正晶さんが書いておられる記事が見事にそのポイントを突 いている。
その要点をまとめると、

<失神するほどの、激痛と胸部に圧迫感があった。自分で119番に電話し て症状を説明していた>

<放っておけば治るとかとは思ったが、何故かこれは「一過性の痛みでは ない」と判断した>

<救急患者を受付けてくれる大病院が多いこと、救急車が搬送してくれた 先が国立国際医療センターだったこと、最も偉い先生が日曜日の当直だった>

<心筋梗塞に対応する準備が整っていたのだった。処置も素早かった>

<その判断が正しかったと後で解るのだが、私の場合は幸運の連続だった>

つまり、前田さまのケースは<幸運が重なった>結果であり、誰でもがこ ううまくいくわけではない。

年間の死者5千人を切る交通事故死にあの大騒ぎで安全運動を展開してい る。なのに、心臓疾患で年間15万人以上が死ぬ。なぜか。前田さんのよう な幸運の女神の恩寵に浴する人はそんなに多くない、それだけ啓蒙が行き わたっていないということだ。

<時間との争いであるなどとは知る由もないだろう。知識は皆無だった> とおっしゃるが、そんな人に幸運が訪れることは滅多にない。

この歳になったら、天下国家の危機を憂うる高邁な論議をする前に、わが 身の危機管理に少しのエネルギーを注ぐべきだというのが私からのアドバ イスだ。心臓病は<誰でも経験して学習し教訓に出来る病>なのである。

      
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強まる中国の脅威、必要な台湾人の団結
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            櫻井よしこ

米中貿易戦争が展開され、私たちは米国的自由と民主主義の世界を維持す るのか、それとも中国共産党的全体主義の世界に突入するのか、せめぎ合 いの中にある。米国が単なる経済的な損得の争いをはるかに超える、価値 観の戦いを意識して対中政策を強めるいま、台湾の持つ意味はこれまで以 上に大きい。

11月24日の地方選挙で台湾の与党、蔡英文総統が党主席を務める民進党が 大敗したことの意味は深刻だ。22の県及び市のうち、民進党は13の首長を 確保していたが、半分以下の6になった。人口の約7割を占める6大都市で も、民進党は4から2に半減した。総得票数は民進党が490万票にとどまっ たのに対し、国民党は610万票を取り、120万票の差をつけた。

24日夜、選挙結果を受けて記者団の前に現れた蔡氏は、いつものように地 味なパンツスーツに身を包み、メモに書かれたメッセージを読み上げた。

「努力不足で、支持者を失望させた」

蔡氏は大敗の責任をとって党主席を辞任したが、表情はかたく、質問も受 けずに退席した。

2016年1月の総統選挙で大勝利をおさめ、集った群衆に「台湾の新時代を 共に迎えよう!」と呼びかけたあの蔡氏が、なぜ、いま、大敗なのか。評 論家の金美齢氏は、台湾の有権者が台湾の置かれている立場を理解してい ないからだと批判する。

「2年前、台湾人は蔡英文に台湾の運命を担わせた。それは中国と対峙す るという意味で、非常にきつい仕事ですよ。それなのに、皆でつまらない ことを批判したのです。有権者が愚かですよ」

日本に住んでいると、台湾が中国の脅威にさらされていることは客観的に 見てとれる。脅威に打ち勝つために台湾人がしなければならないことも、 よく見える。それは、台湾自身の力をつけ、台湾人が一致団結して、国家 の危機に当たることだ。台湾の本省人の政権を守り通さなければ、台湾の 現状は守りきれない。外省人、つまり国民党による政権奪取を許せば、前 総統の馬英九氏のように、中国との統一に傾いていくだろう。従って、今 回のような民進党の大敗、国民党の大勝は、台湾の未来を思う立場から は、大変な衝撃なのである。

住民投票に疑いの目

台湾の人々はどんな未来を望んでいるのだろうか。地方選挙と同時に行わ れた10件の住民投票から幾つか大事なことが読みとれる。住民投票の対象 になったテーマのひとつは、「台湾」名義で東京五輪に参加を申請するこ とだった。

結果は、反対が577万票、賛成が476万票で、結局否決された。実は日台間 の水面下の話し合いの中で、東京五輪には、「台湾」名義で参加できるよ うに工夫が重ねられていた。国際オリンピック委員会の意向もあるため、 結果がどうなるかは必ずしも予想できないが、台湾に強い親近感を抱く日 本人としては、台湾人が望めば「チャイニーズ・タイペイ」ではなく「台 湾」名で五輪に参加できるようにしてあげたいと思うのは自然であろう。 だが、住民投票で否決されたいま、中国を刺激することを恐れている人々 が半分以上で、「台湾」名での参加の可能性はなくなった。それにして も、なぜ、このテーマが住民投票にかけられたのか。

もう一点、福島など原子力災害関連地域の食品輸入禁止措置を継続するか 否かも住民投票のテーマにされた。福島の食品は、米であろうと果物であ ろうと海産物であろうと、厳格な検査を受けて合格して初めて出荷とな る。福島の食品は世界一安全なのである。しかし、そのような厳しい検査 が実施されていることを、台湾の消費者は知らないだろう。

蔡氏自身は福島の食品の輸入解禁に前向きだったとの情報もある。ただ、 決断できずにいる内に、住民投票のテーマとされた。安全性についての情 報が伝えられない中で住民投票になれば、否定的な結果になるのは予想の 範囲内だ。輸入禁止続行への支持が779万票、反対は223万票、大差で否決 された。

台湾側に熱心に働きかけてきた日本人の気持ちは失望と落胆にとどまらな い。非科学的な結論に不満も高まる。日台関係を冷え込ませようと考える 勢力にとっては歓迎すべき結果であろう。

台湾では大陸中国からの情報工作要員が暗躍している。メディアやビジネ ス分野のみならず、軍にも工作員が浸透していると考えてよいだろう。彼 らは、台湾を日米両国から引き離すのに役立つと思われるすべての事をす るだろう。そう考えれば、住民投票にも疑いの目を向けてしまうのである。

外交でも中国の圧力

16年5月の総統就任から2年半、蔡氏は、内政において少なからぬ中国の妨 害を受けてきたが、外交でも中国の圧力に苦しんできた。

中国はひとつであると中台双方が1992年に認めたとする、いわゆる「92年 コンセンサス」を受け入れない蔡氏に、中国は猛烈な圧力をかけ続ける。 国際社会で台湾を国として認めてくれる国を、次から次に台湾との断交に 誘い、中国との国交樹立に向かわせた。蔡氏の総統就任以降、5か国が中 国の巨大援助を受けるなどして、台湾を見捨てた。今、台湾と国交を持つ 国は17を数えるだけだ。

台湾を国際的孤立に追い込むことで、中国は台湾人や台湾軍の士気を奪 い、中国への恐怖心を植え付ける。中国が得意とする心理戦だ。

こうした背景の下、中国は台湾侵攻を念頭に軍事力の構築に余念がない。 米国防総省は例年、「中国の軍事情勢」に関する年次報告書で中国と台湾 の戦力比較を行っているが、中台の軍事力の差は年ごとに拡大し続けている。

米国は、今年に入って、台湾旅行法を定め、国防権限法を成立させた。両 法を通じて、台湾への外交、軍事両面からの支援を明確に打ち出した。

日本にとってアジアの地図はどのように変化していきつつあるのか。民進 党が大敗したとはいえ、台湾人が簡単に国民党の政権復帰を許し中国へ傾 斜していくとは思えない。それでも、台湾の動揺と、その先の台湾有事は 十分にあり得ると見ておくべきだろう。

朝鮮半島もまた危うい。韓国はさらに迷走を続けると見ておかなければな らない。北朝鮮に従属する結果、大韓民国が消滅することさえ考えておか ねばならない。

台湾と朝鮮半島に予想される大変化に備えて外交、安全保障上の担保を確 保しておきたい。なんとしてでも力をつけることだ。トランプ大統領が NATO加盟国に要求するように防衛費をGDP比2%に引き上げ、自衛 隊の力を倍増する必要があるが、それは短期間では不可能だ。であればこ そ、憲法改正の気概を見せることが欠かせない。
『週刊新潮』 2018年12月6日号 日本ルネッサンス 第830回

            
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重 要 情 報
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 ◎西郷隆盛と勝海舟の会談が成功して、江戸城が無血開城となり、江戸の町が戦火から救われたとされてますが、そもそも、西郷が江戸城決戦を決意していたのなら、会談をする必要はなかったはずです。

実際は、西郷と勝の会談の前に、西郷率いる新政府軍が江戸に迫るなか、山岡鉄舟が徳川慶喜公の命を受け、朝廷への恭順の意を記した書状を携えて西郷との会見に臨み、決死の覚悟と熱意で西郷の心を動かして、決戦をしようとしていた西郷を翻意させていたのでした。(まこと)

 
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身 辺 雑 記
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7日の東京湾岸は曇天、やがて晴れるか。
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創刊日:2004-01-18  
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