政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

全て表示する >

頂門の一針4872 号  2018・11・23(金)勤労感謝の日

2018/11/23

                      
□■■□──────────────────────────□■■□ 
わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」4872号
□■■□──────────────────────────□■■□

       2018(平成30)年  11月23日(金)勤労感謝の日



           中国の「借金の罠」が目の前:宮崎正弘

           蕪村公園横の「毛馬の閘門」:石田岳彦

            中国の逃れられない弱み:櫻井よしこ     
      
                                                                                                                                             話 の 福 袋
                       反     響
                       身 辺 雑 記


□■■□──────────────────────────□■■□
第4872号
                             発行周期 不定期(原則毎日発行)
             
               御意見・御感想は:
                  ryochan@polka.plala.or.jp

                購読(無料)申し込み御希望の方は
                    下記のホームページで手続きして下さい。
  
       http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm
    バックナムバーは http://www.melma.com/backnumber_108241/

    ブログアドレスは http://chomon-ryojiro.iza.ne.jp/blog/





━━━━━━━━━━━━━
中国の「借金の罠」が目の前
━━━━━━━━━━━━━
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)11月22日(木曜日)
         通巻第5898号  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 嗚呼、ブルネイよ。お前もか
  中国の「借金の罠」が目の前、習近平がブルネイを公式訪問
*********************************

フィリピンは中国との取引に応じた。目先のカネのためには領海のことは 棚に上げた。習近平は得意満面でマニラを訪問し、巨額投資を打ち上げ た。スカボロー岩礁については触れなかった。引き続き習近平は、オイ ル・リッチの王国、ブルネイ訪問に旅立った。

ブルネイはASEANのなかでも際立って豊かな国である。人口僅か43万、 敬虔なイスラム教徒のくにゆえ、酒もタバコも御法度。信号がなくても、 歩行者がいれば、車は待機するほど暮らし向きが悠然としており、水上生 活者のバラックも電気水道、ガスが配給され、水洗便所である。

あらゆる国際会議にブルギバ国王は自家用機で駆けつけられ、地道に振る 舞うのでメディアが大きく扱うことは少ない。筆者も3年前にブルネイに 行ったことがあるが、巨大なモスクと動物園のような島いがい、なにも見 るところがない。歴史博物館も展示物が貧弱、通貨はシンガポールドルに 連動するが、ブルネイ以外では使えないという不思議な通貨だった。

射幸心とは際限の無いところがある。

自然保護でも有名だったブルネイに意図的に観光ツアーを運び出した中国 は、ダントツの一位。日本人客などまったく目立たなくなった。この沖合 のエコ島までの13キロの海上に中国企業が橋を架けている。総工費は16億 ドルに登ると予想されている。

原油精製工場ではガソリンとディーゼルに仕分けされ、総合的な化学ブラ ンとの複合設備を建設しているのも中国だ。この複合施設には34億ドル と、ブルネイ史初の巨額が湯治されている。

現地の報道によれば、半年工期が遅れているが、建設も投資も中国の企業 で、第2期工事へ踏み出すと、別途120億ドルのプロジェクトとなる。ほ かに山岳部では「ジュブリー水力ダム」の建設が進んでおり、8億5500万 ドルの工費だ。それもこれも中国の資金であり、まさにシルクロードの一 環である。

現時点で中国の対ブルネイ投資総額は41億ドルに達する。

原油とガスが担保されているが、もし資源価格が急落すれば、ブルネイと て、第2のベネズエラ化しないのか。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
(読者の声1)戦後最悪の法律「移民法」が成立してようとしています。 下記の通り抗議街宣が首相官邸で行われます。
「11.22 外国人移民政策絶対反対! 緊急国民行動 」
とき  11月22日(木) 17時00分〜19時00分
ところ 首相官邸前 〜 第二議員会館前
http://www.sangiin.go.jp/japanese/taiken/shuhen/shuhen.html
注意事項
 ・ プラカード持参可(ただし、民族差別的なものは禁止) 
・ 国旗以外の旗類・拡声器の持込はご遠慮下さい。
 主催 頑張れ日本!全国行動委員会
http://www.ganbare-nippon.net/
TEL 03-5468-9222

  ♪
(読者の声2)20日)夜のフロントジャパンで、先生と福島香織さんとの報 道分析番組を興味深く拝聴、メディアがまったく報じない「中国共産党は なぜ四中全会」を開かないのか、改めて不思議に思いました。

いつものことですが、なぜ日本のメディアはこれほど鈍いんでしょうね?
  (JJセブン)


(宮崎正弘のコメント)「四中全会」とは、習政権が開催する第四回中央 委員会総会のことで、中央委員は現在205人、このうち25人が政治局員、 そのうちの7人がトップセブンで政治局常務委員というピラミッド構造に なっています。

もし開催となれば、北京の宿舎や交通管制が敷かれますから、秘密裏に開 いてもすぐ分かります。

習近平が開催を怖れているのは、第一に失脚の可能性、つまり解任動議で しょう。第二は、タイミングをはかって引き延ばしをはかっていること。 つまり、米中貿易戦争の不手際と、その責任を問われることを避けない。
ですからアルゼンチンのG20でトランプから若干の譲歩を引き出して、そ れから四中全会へもっていって、自らの政権の延命を図ろうというわけで しょうね。



  ♪
(読者の声3)テーマ: 米海兵隊ベイルート兵舎爆撃35周年
Thirty-Fifth Anniversary of the Marine Barracks Bombing、October 31, 2018

10月23日は、35年前の当日にベイルートの米海兵隊兵舎が爆破され、241 人の優秀な若者が命を落とした日でした。当時イランからの指示でテロリ ストが爆殺したとします。下記は35周年にあたる特集寄稿です。

Thirty-Fifth Anniversary of the Marine Barracks Bombing
Posted: Oct 28, 2018 12:01 AM
米海兵隊ベイルート兵舎爆撃35周年



━━━━━━━━━━━━━
蕪村公園横の「毛馬の閘門」
━━━━━━━━━━━━━


       石田 岳彦

阪急千里線の柴島駅(本筋から思い切り離れますが「柴島」を初見で「く にじま」と読める人がどれだけいるでしょうか。梅田から天神橋筋六丁目 駅へ向かい、淀川にかかる鉄橋を渡る際、左側奥、淀川大堰の向こう側に 大きな「水門」が見えますが、その水門には「毛馬こうもん」と白抜きで 大きく書かれています。

「こうもん」を漢字で書くと「閘門」です(ちなみに「毛馬」は地名で 「けま」と呼びます)。

最近は警察署にも建物の壁に「けいさつ」と平仮名で大きく書いていると ころがありますが、「閘門」と書いても読めない人が多いので、「こうも ん」と平仮名で書いているのでしょうか。

もっとも、警察署と違い、読みだけ知ったところで何をやっている施設か は分からないと思いますが。

それはさておき、阪急千里線を通勤経路にしている私にとって、毛馬の閘 門は見慣れた存在でしたが、近くにまで行く機会はありませんでした。

平成20年春、毛馬の閘門が国の重要文化財に指定されることになったと いうニュースを聞いた私は、これをよい機会と毛馬の閘門に行ってみまし た。我ながらミーハーです。

毛馬の閘門に行くには、天神橋筋六丁目駅(阪急千里線、地下鉄堺筋線・ 谷町線)から北上し、淀川にかかる長柄橋の南詰めから河川敷に出て、更 に5分ほど東へ歩きます。

河川敷は公園になっていて、堤防上には歩道も整備されていて、歩いてい て楽しい道ですが、天神橋筋六丁目駅からは20分以上の歩きになり、大 阪市内ということを考えると交通の便の悪い場所といえるでしょう(私が なかなか行く気になれなかった理由もこれです。)。
 
現地に設けられていた説明板によると、閘門というのは、水位の異なる 川、運河等の間で船を行き来させるため、両側に水門を設けた水路で、毛 馬の閘門の場合、大川(低)と淀川(高)との間の高低差を調整して船を 通すために建造されたものです。

淀川から大川に入る場合、まず、水路内の水位を淀川に合わせたうえ、淀 川側の水門のみを開けて船を水路に入れたうえで閉じ、水路内の水を抜い て、水面の高さを大川と同水位に下げた後、大川側の水門を開けて船を通 過させるという仕組みになっています。

逆に大川から淀川に行く場合には、大川側から水路に船を入れたうえ、水 を補充して水路面を淀川と同水位にまで上げてから、淀川側の水門を開放 することになります。

なお、そもそも隣り合っている2つの川の水面に何故、極端な高低差があ るかといえば、本来の淀川の流れは大川の方で、現在の淀川のうち毛馬よ りも河口側の部分(新淀川)は明治時代に治水上の必要で人工的に作られ たためだそうです。

ちなみに現在の毛馬の閘門は3代目で、私が毎朝見かけている「毛馬こう もん」もこの3代目にあたります。今回、重要文化財に指定されたのは、 初代と2代目(今は船溜になっているそうです)で、このうち初代の閘門 は、3代目のすぐ近くに見学用として整備されていました。

初代閘門の水門は2つの扉が観音開きになる方式で(なお、現役の3代目 の閘門は門扉が上下して開閉するシャッター方式だそうです。)、現在は 半開きの状態で固定されています。最近になって塗りなおされているよう で、水色の大きな扉が鮮やかです。

北側の淀川側の水門は、近くにある堤防から一段低いところにあり、階段 で下まで降りることもできますが、降りたところに柵が設けられていて、 その先の水門をくぐることはできません。

もっとも、南側にある大川側の水門(淀川側に比べてかなり小型です)は 開放されていて、そちら側から(旧)水路(当然のことながら現在では水 路に水は流されていません。)の中に入ることができ、更に進んで淀川側 の水門をくぐることもできます。北側の柵はいったい何のためでしょうか。

水路の中央に見学用の通路が設けられていて、その両側は何故か芝生に なっていました。先ほどの柵といい、「こうもん」のペイントといい、こ の芝生といい、大阪市はよく分からないことに、金と手間を使います。

水路といっても船が通り抜けることができるだけのスペースですから、幅 もそれなりにあり、スペース自体はちょっとした広場並みです。両側の側 壁はレンガ造りになっていて、ところどころに鎖が取り付けられていま す。係船環と呼ばれる船を繋ぐためのものだそうです。水路に水を注入ま たは排出するときに船が動かないようにするためでしょうか。

近くには初代閘門の付属施設として建設された洗堰(水が堰の上を越えて 流れるタイプの堰)も残っています。淀川(新淀川)から大川に流れ込む 水の量を調節するためのものだそうです。なかなかシックなデザインですね。

大阪市やその近郊にお住まいの方であれば、天気のよい休日にでも、広々 とした淀川の河川敷や与謝蕪村公園の横を歩きつつ、ちょっと「毛馬の閘 門」に寄ってみられるのも悪くないでしょう。(終)



━━━━━━━━━━━
中国の逃れられない弱み
━━━━━━━━━━━


      櫻井よしこ

「米中対立、中国の逃れられない弱み」

11月9日にワシントンで米中外交・安全保障対話がもたれた。米国側から ポンペオ国務長官、マティス国防長官、中国側から楊潔篪(ようけっち)共 産党政治局員、魏鳳和(ぎほうわ)国防相が参加した。

この閣僚会議は、昨年、習近平主席が米国を訪問した際に、トランプ大統 領と合意して設置したものだ。昨年6月に第1回目が開かれ、今回が2回目 となる。

ポンペオ氏が、「米国は中国との新冷戦を望んでいないし、封じこめるつ もりもない」と発言し、楊氏が「中国は改革と平和発展の道にとどまり続 ける」と答えたこの対話は、互いに関係を損なわないよう、相手の意図を 探り合い、それなりに繕ったことを窺わせる。しかし、内容に踏み込んで みれば、現在の米中関係の厳しさは明白だ。

明らかな対立点は、南シナ海、台湾、人権、北朝鮮の各問題である。南シ ナ海問題では米国側は中国による島々の軍事拠点化に強い懸念を示した。 国務省はメディア向けの説明の中で、以下のように重要なことを明らかに している。

「米国は、中国が南沙諸島の人工島に配備したミサイルシステムを取り除 くよう要求し、全ての国々は問題解決に強制や恫喝という手法をとっては ならないことを確認した」

中国がフィリピンなどから奪った南沙諸島を埋め立てて軍事拠点を作って 以来、このようにミサイル装備を取り外せと具体的に要求したのは、恐ら く初めてだ。トランプ政権が一歩踏み込んで要求したと見てよいだろう。

そのうえで、米国側は従来どおり、国際法に基づいて南シナ海の航行と飛 行を続けると明言している。

これに対して楊氏は、南シナ海に配備した施設の大部分は民間用だと、 白々しくも主張し、米国が「航行の自由」を掲げて軍艦を派遣するのはや めるべきだと反論している。

異常に男児が多い

台湾問題について、中国が台湾と国交を結んでいる国々に働きかけ、次々 に断交させて台湾を孤立させている手法を、米国は批判した。すると、楊 氏は「台湾は中国の不可分の領土の一部だ」と主張し、魏氏も「中国は如 何なる犠牲を払っても祖国統一を維持する。米国が南北戦争で払ったよう な犠牲を払ってでもだ」と強い口調で語っている。

南北戦争は、1861年から4年間も続いた激しい内戦だった。犠牲者は60万 人以上とされる。それ程の犠牲を払っても、中国は台湾の独立を許さない と力んだのだ。

イスラム教徒であるウイグル人に対する弾圧、虐殺についても米中両国の 溝は全く埋まっていない。北朝鮮の核に関しても、明確な核の放棄までは 北朝鮮に見返りを与えないとする米国と、核廃棄と援助を同時進行で行い 条件を緩和することもあり得るとする中国側の立場は、完全に合致するこ とはない。

11月末に予定される米中首脳会談への瀬踏みの米中閣僚会議だったが、両 国の基本的対立が解決に向かうとは思えない。

習主席は、自身にその力さえあれば、終身、中国の国家主席の地位にとど まることができる道を開いた。選挙によって指導者が入れ替わる民主主義 国と較べて、優位に立っていると、習氏は思っているであろう。だが、11 月の中間選挙でトランプ氏の共和党が下院で民主党に過半数を奪われ相対 的に力を弱めたとはいえ、民主党は共和党よりはるかに保護主義的で人権 問題にも厳しい。トランプ政権以降に希望をつなぐのは早計というもので あろう。

10月4日にペンス副大統領が行った演説の対中批判の厳しさについては、 10月18日号の本誌当欄でもお伝えしたが、米国で超党派勢力が結束して中 国に本気で怒っている理由は、習氏が高らかに謳い上げた「中国製造 2025」という大目標にある。

中国は経済的にも軍事的にも世界最強の国となり、科学、技術の全分野に おいて世界最先端の地位を確立すると誓った。だがそのための手段は知的 財産の窃盗であり、騙しであり、恫喝に他ならない。こんな不公正な中国 に、世界最強国の地位を明け渡してはならない、という米国の闘争心が掻 き立てられたのだ。

中国が米国に取って代り、中国風の支配構造の中に組み込まれることな ど、我々日本にとっても願い下げだ。だが、そんな時代は恐らくやってく るまい。

フランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏は今年5月、シンクタ ンク「国家基本問題研究所」創立10周年の記念シンポジウムで、全世界の 人口学者の一致した見方だとして、中国は基本的に異常事態の中に在る と、以下のように語った。

長年の一人っ子政策と女児よりも男児優先の価値観により、中国では女児 100人に対して男児118人が生まれている。通常の100対105乃至106に較べ て異常に男児が多い。結果、人口学的な不均衡が生じ、現時点でも3000万 人の男性が結婚相手を見つけることができないでいる。

「非常に脆い国」

他方中国の教育水準は全体的に見れば低く、若い世代の高等教育進学率は 6%だ。日本や欧米先進国のそれに較べれば非常に低い。

人口の出入りで見ると、すべての欧州諸国、加えて日本も、流入人口が流 出人口を上回っている。だが中国は違う。中国の統計は信頼できない面も あるが、通常使われる数字によると、毎年150万人が中国から外国に流出 している。彼らの多くが中国には戻らない。だが流出する彼らこそ、中国 人の中で最も活力があり、開明的な人々である。

トッド氏が結論づけた。

「こうして考えると、中国は大国ですが、非常に脆い国なのです。将来的 に危機を回避できない国であると、考えています」

北京発、原田逸策記者の非常に興味深い記事が11月10日の「日経新聞」に 掲載されていた。中国が産児制限の撤廃を検討中という記事だ。中国の現 在の出生率1.3が続くと、今世紀末までに中国の総人口は現在の13億人強 から約6億人に半減する。他方、現在3億2000万人の米国の総人口は4億 5000万人に増えるというのだ。

となると、習氏が高らかに謳い上げたように、2030年前後までには経済 (GDP)で米国を追い抜くことができるとしても、今世紀後半には再び 逆転される可能性があるという。

日本は米中の戦いに、そこまで考えて対処しなければならない。日本の選 択は短期的に見て米国との協調、同盟路線を続ける以外にないのだが、 中・長期的展望を考えてみても、やはり答えは同じになる。

隣国中国とのつき合い方は、中国が共産党一党支配をやめない限り、最大 限の警戒心を持って対処するということに尽きる。
『週刊新潮』 2018年11月22日号 日本ルネッサンス 第828回


      
━━━━━━━
重 要 情 報
━━━━━━━

 ◎米海兵隊基地キャンプ・シュワブは地元が誘致

 豊田 剛  2018/11/21 

仲介役を担った元米陸軍中佐の手記で明らかに

米海兵隊基地キャンプ・シュワブは1956年、名護市辺野古に完成し、 米軍普天間飛行場(宜野湾市)の代替施設の移設先として日米両政府が合 意している。沖縄県は地元の誘致があったことを否定しているが、本紙は このほど、地元と米軍の仲介役を当時、担った元米陸軍中佐の手記の全文 を入手。それにより、シュワブの建設は地元の要請によるものであること が明らかになった。(那覇支局・豊田 剛)

当時の久志村村長の再三の陳情に米軍が応じる
<http://www.worldtimes.co.jp/wtsekai/wp-content/uploads/2018/11/oki181121.jp
g><http://www.worldtimes.co.jp/wtsekai/wp-content/uploads/2018/11/oki181121.jp
g> 地元の一員の証しとしての辺野古11班の旗を掲げるキャンプ・シュ ワブ司令の
ノートン大佐(2018年5月当時)=名護市キャンプ・シュワブ


<http://www.worldtimes.co.jp/wtsekai/wp-content/uploads/2018/11/oki181121.jpg>  政府は今月1日に埋め立て予定地の大浦湾にフロートを設置し、15日に は資材搬入を再開した。翁長雄志前知事は生前、米軍基地について「米軍 が銃剣とブルドーザーで土地を奪って建設した」「沖縄は自ら提供したこ とはない」と述べ、昨年の県議会一般質問でも地元の基地誘致を否定し た。今年10月に就任した玉城デニー知事もその考えを踏襲するなど、県は 一貫して誘致否定のスタンスを取る。

<http://www.worldtimes.co.jp/wtsekai/wp-content/uploads/2018/11/oki181121.jpg>  

しかし、実際はキャンプ・シュワブは地元の誘致により建設されたことが 新たな資料により分かった。1956年当時、琉球列島米国民政府民政官(最 高責任者)のレムニッツァー陸軍中将の副官兼通訳官であったサンキ浄次 米陸軍中佐がキャンプ・シュワブの誘致に関する手記を記しており、その 原文が沖縄県公文書館に保管されていた。
<http://www.worldtimes.co.jp/wtsekai/wp-content/uploads/2018/11/oki181121.jpg>  

タイトルは「The Birth of a Marine Base」(海兵隊基地の誕生)。サキ 氏は日系ハワイ人で、旧名は山城清。沖縄県第一中学(現在の県立首里 高)を卒業した後、ハワイに戻り、陸軍に入隊。民政府の通訳官を務める など米国と沖縄の橋渡し役を果たし、シュワブ建設の仲介役を務めた。

<http://www.worldtimes.co.jp/wtsekai/wp-content/uploads/2018/11/oki181121.jp
g>
サンキ浄次氏による手記のコピー

手記によると、当時の久志村(現在の名護市東部)の比嘉敬浩村長が再 三、米軍側に陳情した。その際、久志村会議員全員が署名している。陸海 空軍はこれ以上の基地の増設は不要だと断られたものの、訓練場を必要と する海兵隊がこれに応じた。

手記は、米国民政府のエドワード・フライマス渉外局長が沖縄在任中に収 集した沖縄関連の約3200地点の資料「フライマス・コレクション」の中の 一つだ。公文書館の仲本和彦氏が米国のフライマス氏を訪ね、コレクショ ンを譲り受け、2003年から同館で公開されている。

また、第一中学同窓生が作成した「北米養秀同窓会15周年記念誌」(同 刊行委員会、1995年)にも全文が英語で掲載されている。

誘致を裏付けるものとしては他に、元琉球政府行政府(沖縄県知事に相 当)の当間重剛主席の回想録(1969年発行)がある。兵舎不足に困った海 兵隊に対して村長らは喜んで土地契約を結んだことに対し、当間氏は評価 している。

嘉陽宗克辺野古区長は、「この地域は初めからキャンプ・シュワブに馴染 (なじ)んでおり、区民の一部として扱われている」と話す。辺野古商工 社交業組合の飯田昭弘元会長は、「キャンプ・シュワブは条件付きで地元 が誘致した。代替施設も同じことだ」と指摘、県は地元の民意を尊重すべ きだと訴えた。

「海兵隊基地の誕生」の要約

沖縄本島の北部沿岸にキャンプ・シュワブ海兵隊基地がある。この基地は 海外の海兵隊基地の中でも最大かつ最良の訓練場の一つとして知られてい る。この施設をいかにして海兵隊が手に入れることになったのか。

1956年、私は琉球列島主席民政官バージャー准将の補佐官として勤務して いた。

ある晩、私は西銘順治氏(後に衆院議員、県知事)と歓談していた。がっ しりした体格の男が我々の席に向かって来た。久志村の比嘉敬浩村長だと いうことがすぐ分かった。比嘉村長は、「私たちの村はとても貧乏です。 経済を向上させるには何ができますか。協力お願いします」と話し掛けて きた。「なぜ私に頼むのですか」と尋ねると、比嘉氏はこう答えた。

「理由は2つあります。1番目はあなたが米軍で働いていることです。2 番目はあなたが沖縄人だということです。米国人であるあなたは米国民の 望むことと軍の望むことをよく理解しておられる。さらに、沖縄人である あなたは私たちの生計の窮状にも詳しい。私たちの村の所有する広大な土 地は何も生み出しません」

彼の言いたいことは明白だ。村は公共の土地を米軍に使用してもらいたい のだ。そして彼は村議会議員たちと交渉する運びになるというわけだ。

比嘉村長は翌朝午前7時、私の事務所に姿を現した。米軍を久志村に招 き、軍キャンプを設置する「私の案」を受け入れると言った。農業に向か ない広大な山林を抱いていることを知り、私は正式な依頼状を私に出すよ うに言った。宛先は琉球列島民政長官とし、その依頼の趣旨は、米軍が久 志村に基地を設置すること、引き渡す土地の地図、そして、村長と全村議 会議員の署名同意書だった。

陸軍、空軍、海軍は要望を拒否した。ただ、海兵隊だけが第3海兵師団の 沖縄への完全補充計画の途上にあり、金武村(現在の金武町)のキャン プ・ハンセンだけではすべての必要な訓練をカバーできないという事情が あった。彼らは直ちに地区工兵隊に新訓練地についての推薦状を出させ た。ハワイの海兵隊本部はレムニッツァー極東軍司令官に通知し、レム ニッツァーは1カ月後、型通りの命令系統を辿(たど)り、明確に「イエ ス」と返答した。

これは沖縄の軍用地取得が歴史の中で米軍の強制的手段で始まったのでは なく、住民の明白な意思表示で取得が始まったという初めてのケースであった

 ◎見所がないようであったとも言える対キルギスのサッカーだった:前 田正晶

森保監督は色々と試みようとしているようで、引き分けに終わった対ベネ ズエラ戦から11人全部を入れ替えるメンバーで臨んできた。私に言わせれ ば「言わば二軍で何処までできるのか」を試す気かなということになる。 即ち、FIFAのランキング50位ならば90位が相手ならばそういう余裕がある と見たのだろう。勝ち負けは最初から問題外のようで、私は試合開始間も なくで、この格落ちの顔ぶれでも5点は取れるだろうと思ったほどの差が あると見た。

だが、二軍は何処まで行っても二軍で、開始後2分も経たないうちに1
点取れただけで後は弱敵相手に得意の後ろから横、そこからまた横という 積極性に欠ける慎重な?球回しに徹するだけで折角与えられたチャンスを 活かして監督に認められて、アジア大会代表からオリンピック、更に次回 のW杯のメンバーに残って見せようという意欲を見せた者が少なかったと 見た。即ち、前半には見所がなかったのである。

特に伊藤は何度も絶好の機会を与えられたシュートを外して「未だ一軍で は使えないな」と思わせてくれたし、杉本も「意余って力足らず」ではな く、点を取ってやろうという意欲が不足としか見えなかった。私は全員遠 慮気味と言うよりも、普段一緒にやっていないから息が合っていなかった 為の不出来と見るべきだと思って見ていた退屈なサッカーだった。得点力 不足と言うよりも「得点意欲不足」と切り捨てたい二軍だった。

本来は一軍であるべき経験者の原口が自ら獲ったFKを形は直接入れたこと になりそうだが、GKの捕り損ないで入ってしまって苦笑いだったのは、こ の試合の見所のなさの表れの一例だっただろう。だが、結果的には所詮は 二軍であり、前半はこの言わば1.5点のみで終わってしまったのは情けな かった。

私はあの責任逃れの相手のデイフェンスが寄ってきただけで直ちに後方に 回してしまうパス回しを見せつけられると、嘗て釜本邦茂が怒って言った 「今のサッカーは自分で持って抜いていってはいけないとでも教えている のか」を思い出せてくれた。即ち、見るべきものがなかったのである。

そこで言うのか何と言うのか、森保監督は後半の14分過ぎ辺りから大迫、 堂安、南野、柴崎、中島、槇野の負傷交代で主将・吉田と限度一杯の6
人の交代をさせた。これならば30分あった訳だから後3点は取れるだろう と期待したが、結局は二軍と同じ2点取れただけで終わったのは不甲斐な いと思わずにはいられなかった。確かにキルギスのデイフェンスは思った より寄せが早く積極的だったので、キープ力がある中島も振り切れなかっ たような状態だった。言わば「負」の見所だったと言えると思う。

ここ2試合の結果を見ればベネズエラの時のメンバーを一軍と見て良いだ ろうが、二軍というか控えとなる連中の水準を何処まで改善させるか、一 軍に入れても遜色ないように動けるように上達させるかが今後の課題だと 思う。個々には山中や守田や三竿のように見所がある者も散見されたが、 代表テイームと言えば聞こえは良いが、所詮は寄せ集めであるから息がピ タッと合う為には、ロシアW杯の代表のように何年も一緒にやらせなけれ ばならないということになって、世代交代遅れてしまう結果になってしま うのだ。

前回も批判したが、昨日も主解説者?が福田正博では聞き所がなかった。 私は彼を「ベンチャラ解説」とこき下ろすが、見方を変えれば「懸命に なって見所がある選手を発掘して褒めてやろう」という姿勢であるとも言 えるのかも知れない。だが、ラグビーの大畑大介と同様にあれでは彼は静 かな応援団であるにすぎないのだ。もう少し、「あの意図は解るが、あの ように行かずにこのようにすればもっと良かった」というような指摘もす べきではないか。何度でも言うが「良いプレーだった」くらいは当方には 十分に解る。

結論としては協会は相手の選択を誤ったのだと思う。あれでは勉強にもな らず、参考にしたい点も見えない相手だったから。余談だが、キルギスと は「キルギスタン」を改称した中央アジアの共和国である。


 ◎マスコミは辛いだろうが同情はしない:前田正晶

カルロス・ゴーン氏問題で、産経は本22日に「日産自動車がゴーン氏が所 得隠しをSAR(ストックアプリシエーション権)を使った」と報じてい た。また、何処かの国の新聞だったと思うが「ゴーン氏がルノーと日産の 合併を画策していたので、それを阻止すべく有志が立ち上がったのだ」と 報じたという記事も見た。何で今になって報道するのかということ。 「知っていたのだったら早く言え」と言いたくもなる。

私は何度か言ってきたことだが、お恥ずかしながら在職中の1990年から業 界の専門出版社が毎月2回発行する所謂業界誌に連載のコラムを持ってい たし、1996年から2008年までは地方の某ラジオ局のコメンテーターを仰せ つかっていた。即ち、マスコミの片隅に片足を突っ込んでいた程度のマス コミ人とでも言う立場にあったので、正面からマスメデイアを非難すべき ではないのかも知れないのだ。

しかしながら、カルロス・ゴーン氏が旧悪を含めてあれほど色々なことを やっていたと、逮捕されるや否や堰を切ったように報道を開始する姿勢は 如何なものかと思っておられる方も多いだろうし、かく申す私も「君等は 取材してあったのだったら、もっと早く報道し始めたらどうだったのか」 とも言いたくなる。だが、そう言えば「君が言える立場か」と反論もされ そうだと危惧する。正確な実態は知らないが、私はマスコミは
100%の情報を握っていても10&くらいしか言えない場合があると勝手に 想像している。

何故そう言うかと言えば「今更、貴方に言われたくない。そんなことは既 に承知している」と言われる方も多いと思う。事はそれくらい簡単な問題 なのだ。それは「NHKを除けば、皆が商業報道と放映と放送であり、スポ ンサー様あってこそ経営が成り立っているのである。大手スポンサー企業 の問題点を取り上げて騒ぎ立てるようなことが出来るものかどうかをお考 え願えば、私は3歳の児童でも解るような簡単な事柄だと認識している。

お解り頂けると思うが、事は簡単なようでそれほど簡単ではないのだ。私 が1996年8月に最初のラジオ放送に出た時にはプロデューサーさんから 「スポンサーの業界に関するような話題には絶対に触れないようにシナリ オを書くように」と厳重に注意されたものだった。と、ここまで言えば十 分だろうと思う。それほど非常に神経を使う性質なのである。そうである 以上、私はゴーン氏が任意同行となった時点で解禁されたのだと勝手に察 している。

ではあっても、彼らには「本当は如何なる事態であるか」を速やかに報道 すべきではないのかと言いたい。束縛があるからと言うのだったら、それ は逃げ口上であると非難したくもなってくるし、辛いだろうとも思うが、 同情はできない気がする。今になって報道するのでは遅いと言いたい。


 ◎見所がないようであったとも言える対キルギスのサッカーだった:
前田正晶

森保監督は色々と試みようとしているようで、引き分けに終わった対ベネ ズエラ戦から11人全部を入れ替えるメンバーで臨んできた。私に言わせれ ば「言わば二軍で何処までできるのか」を試す気かなということになる。 即ち、FIFAのランキング50位ならば90位が相手ならばそういう余裕がある と見たのだろう。勝ち負けは最初から問題外のようで、私は試合開始間も なくで、この格落ちの顔ぶれでも5点は取れるだろうと思ったほどの差が あると見た。

だが、二軍は何処まで行っても二軍で、開始後2分も経たないうちに1
点取れただけで後は弱敵相手に得意の後ろから横、そこからまた横という 積極性に欠ける慎重な?球回しに徹するだけで折角与えられたチャンスを 活かして監督に認められて、アジア大会代表からオリンピック、更に次回 のW杯のメンバーに残って見せようという意欲を見せた者が少なかったと 見た。即ち、前半には見所がなかったのである。

特に伊藤は何度も絶好の機会を与えられたシュートを外して「未だ一軍で は使えないな」と思わせてくれたし、杉本も「意余って力足らず」ではな く、点を取ってやろうという意欲が不足としか見えなかった。私は全員遠 慮気味と言うよりも、普段一緒にやっていないから息が合っていなかった 為の不出来と見るべきだと思って見ていた退屈なサッカーだった。得点力 不足と言うよりも「得点意欲不足」と切り捨てたい二軍だった。

本来は一軍であるべき経験者の原口が自ら獲ったFKを形は直接入れたこと になりそうだが、GKの捕り損ないで入ってしまって苦笑いだったのは、こ の試合の見所のなさの表れの一例だっただろう。

だが、結果的には所詮は二軍であり、前半はこの言わば1.5点のみで終 わってしまったのは情けなかった。私はあの責任逃れの相手のデイフェン スが寄ってきただけで直ちに後方に回してしまうパス回しを見せつけられ ると、嘗て釜本邦茂が怒って言った「今のサッカーは自分で持って抜いて いってはいけないとでも教えているのか」を思い出せてくれた。即ち、見 るべきものがなかったのである。

そこで言うのか何と言うのか、森保監督は後半の14分過ぎ辺りから大迫、 堂安、南野、柴崎、中島、槇野の負傷交代で主将・吉田と限度一杯の6
人の交代をさせた。これならば30分あった訳だから後3点は取れるだろう と期待したが、結局は二軍と同じ2点取れただけで終わったのは不甲斐な いと思わずにはいられなかった。確かにキルギスのデイフェンスは思った より寄せが早く積極的だったので、キープ力がある中島も振り切れなかっ たような状態だった。言わば「負」の見所だったと言えると思う。

ここ2試合の結果を見ればベネズエラの時のメンバーを一軍と見て良いだ ろうが、二軍というか控えとなる連中の水準を何処まで改善させるか、一 軍に入れても遜色ないように動けるように上達させるかが今後の課題だと 思う。個々には山中や守田や三竿のように見所がある者も散見されたが、 代表テイームと言えば聞こえは良いが、所詮は寄せ集めであるから息がピ タッと合う為には、ロシアW杯の代表のように何年も一緒にやらせなけれ ばならないということになって、世代交代遅れてしまう結果になってしま うのだ。

前回も批判したが、26日も主解説者?が福田正博では聞き所がなかった。 私は彼を「ベンチャラ解説」とこき下ろすが、見方を変えれば「懸命に なって見所がある選手を発掘して褒めてやろう」という姿勢であるとも言 えるのかも知れない。だが、ラグビーの大畑大介と同様にあれでは彼は静 かな応援団であるにすぎないのだ。もう少し、「あの意図は解るが、あの ように行かずにこのようにすればもっと良かった」というような指摘もす べきではないか。何度でも言うが「良いプレーだった」くらいは当方には 十分に分る。


結論としては協会は相手の選択を誤ったのだと思う。あれでは勉強にもな らず、参考にしたい点も見えない相手だったから。余談だが、キルギスと は「キルギスタン」を改称した中央アジアの共和国である。



━━━━━━━
身 辺 雑 記
━━━━━━━

23 日の東京湾岸は快晴、爽快。

毎朝散歩の都立猿江恩賜公園。マロニエ(栃の木)が2本植わってるが、 このところすっかり落葉、見る影ナシ。

亡き大政治家河野一郎に良く羨ましがられたが、孫の太郎外務大臣にその 面影を見ることがあってうれしい。祖父たる一郎が死んだ時、太郎はたっ た2歳だった。あれから52年も経つのか。あの時、NHKの担当記者だった私 は30歳。今は82歳。馬齢を重ねて元気はつらつです。

読者:5587人

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: 97 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。