政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針4863号 2018・11・14(水)

2018/11/14

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わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」4863号
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       2018(平成30)年  11月14日(水)



          韓国「青瓦台」襲撃未遂事件:毛馬一三

       クラ運河の構想は消えていなかった:宮崎正弘
        
     改憲案の提示が国民主権の一丁目一番地:櫻井よしこ      

                                            話 の 福 袋
                       反     響
                       身 辺 雑 記



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第4863号
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韓国「青瓦台」襲撃未遂事件
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        毛馬 一三


全国版メルマガ「頂門の一針」主宰の渡部亮次郎氏が、以前掲載された 「歴史の現場に立ちながら」を拝読し 北朝鮮ゲリラによる韓国大統領府 「青瓦台」襲撃未遂事件のことを改めて思い出した。

私がNHK大阪府庁記者クラブのキャップをしていた折、同事件に深い関 心を覚えたため、単独で渡韓し、既知の韓国有力新聞社社長の紹介で韓国 政府公安機関の要人と面会し、事件「詳細」を“取材”した。

勿論休暇をとっての私人的行動だった。その取材内容は立場上「公」には 出来なかったが、思い出した序でに「ドキュメント小説風」に纏めた当時 の「取材メモ」を探し出した。ご参考までに下記に添えておきたい。

韓国青瓦台奇襲は、1968年1月21日夜10時を期して決行する命令が、金日 成首領から金正泰を通じて出された。青瓦台奇襲部隊は組長の金鐘雄大尉 (事件後4日目に射殺)ら31名で、唯一生き残った金新朝も一員だった。

全員が機関短銃1丁(実弾300発)、TT拳銃1丁、対戦車手投げ弾1発、防 御用手投げ弾8発と短刀で武装した。

奇襲部隊は、1組が青瓦台の2階を奇襲して朴正煕大統領と閣僚を暗殺、 2組は1階を襲撃して勤務員全員を殺し、3組は警備員、4組は秘書室全 員射殺というのが任務だった。

16日の午後、黄街道延山基地を出発。途中軍事休戦ライン南方の非武装 地帯を緊張しながら訓練通り過ぎ、ソウルに真っ直ぐのびる丘陵を辿っ た。歩哨所や検問に遭遇しなかったため。金組長は「南」の士気が乱れて いる所為だと勘違いした。このため、31人全員が隊列を組んで堂々と行軍 するという行動に出た。

だが行軍しているうち、「戸迷い」にぶち当たった。所持した地図に従い ソウルにいくら接近しても、「北」で教育されたような荒廃している筈の ソウル市街は21日の夜になっても現れてこない。

南下すればするほど煌々とした市街地が現れてくるばかりだ。「これはソ ウルではない」。「じゃ、一体ここは何処なんだ」。「北」の教育が間 違っているとは一瞬たりとも気付かないミスを更に重ねた。

その上に韓国軍の服装、装備に身を固めている限り怪しまれることはない と思い上がった金組長が、敵地で初めて出会った韓国人2人に「訓練中に 道に迷ったのだが、ソウルに行く道を教えてくれないか」と、呆れた質問 をしている。

奇襲隊に遭遇した2韓国人は、ソウルへの道筋を教えたものの、不審に 思った。眼下に広がるソウルを韓国軍が見つけられない筈はない。発音も 韓国訛ではない。まして前年6月から「北」の武装スパイが上陸して韓国 軍から射殺された事件を2人は知っていた。2人は急ぎ山を降り、警察に 通報した。

奇襲隊は21日夜9時、ソウル北方紫霞門の坂道を通過しようとして、警察 の検問にひっかかった。尋問を受けた奇襲隊は慌てて機関短銃を乱射し、 市バスと民家に見境なく手投げ弾を投げた。

奇襲隊は、青瓦台の800m手前まで迫りながら、韓国軍と警察の掃討作戦 によりちりじりに撃退された。2週間に及ぶ掃討作戦により、金新朝1名が 逮捕され、他は全滅させられた。この銃撃戦で韓国側は、崔警察署長を含 め68名が死亡している。

序でながら私の「メモ帳」には、青瓦台襲撃に失敗した「北」が、10ヶ月 後の11月2日、襲撃組長金鐘雄大尉ら31名の同期生120人のいわゆるゲリラ 別斑が、韓国慶尚北道蔚珍郡と荏原道三に海上から「南」に進入している。

このゲリラ隊は、山岳地帯の小部落を武力で占領、赤化せよという工作命 令を受けていた。部落民を集めて赤化を強要する「部落拉致事件」。事実 従わない者は短剣で刺し、石で殴り殺すという虐殺を行っている。

「共産党は嫌い」と叫んだ李承福という10歳の少年の口を引き裂いて殺し た。断崖絶壁をロープでよじ登り、部落を占領して住民を」拉致し、赤化 地帯にするという想像を絶するこの「北」のゲリラ事件は、何故かわが国 では余り知られていない。

渡部氏は、<私も同様だが、青瓦台襲撃未遂事件、文世光事件がつながっ ておることを系統的に追跡取材する必要性を感じなかった。これらの事件 が「北」による日本人大量拉致事件とつながっていると考える記者は知ら なかった>と言っている。

<文世光事件をして、北による日本人拉致事件を予想出来る態勢が大阪府 警にあったかどうか。その取材を指揮できる記者かデスクがいたか>とも 指摘されている。

「メモ帳」を繰り返し見返しながら、私自身もそこまでは考えもつかな かった。

<今回の拉致事件担当相による売名パフォーマンスをマスコミが非難しな いのは自らの足許が暗いからである>という指摘は、まさにその通りだと 思う?(了)2010.07.25

  
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クラ運河の構想は消えていなかった
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「の国際ニュース・早読み」
平成30(2018年)11月13日(火曜日)
        通巻第5887号  
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 この話は本当か? クラ運河の構想は消えていなかった
  タイ軍事政権、調査レポート作成チームを再組織
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タイの軍事政権は、クラ運河構想に前向きの姿勢を見せた。
 タイの新国王がクラ運河建設に前向きとされ、国内の経済界が相手にし なかったプロジェクト構想が緒に就こうとしている。
むろん、中国の積極的なタイ政・財界根回しが背後にある。

クラ運河はタイの地政学的要衝としての有利さがあり、海洋航路の短 縮、効率的運搬の拠点として有望とされる。もし完成すれば、マラッカ海 峡という迂回路をバイパス出来る。つまり、タイの国益より、中国の国益 につながる。

マラッカ海峡の代替ルート、一番裨益するのは中国である。

現在、マラッカ海上を通過する船舶は中国が第一位。まもなくキャパを 越えるのは明らか。しかし20万トン以上のタンカーはマラッカを通過で きないから、ロンボク海峡へと迂回する。タンカーの通過量は、スエズの 3倍、パナマ運河の15倍。

シルクロード世界フォーラムに、北京は意図的にタイを招待しなかっ た。理由は露骨に圧力を明示して、クラ運河構造、プロジェクトの青写真 を早くまとめろとした、政治的要請だった。

軍事政権は自国の経済効果が疑わしく、さして利益もなく、国土が東西 に分断され、しかも競争相手のシンガポールから恨まれる。
だから重い腰を上げようとはしなかったのだ。

タイの政治の裏側で何かが動いている。
      
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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜    「人斬り半次郎」のイメージは池波正太郎の創作
  桐野利秋の実像は剣士、軍略家、ピストル名人、そして農業改革者

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桐野作人『薩摩の密偵 桐野利秋――人斬り半次郎の真実』(NHK出版新書)
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面白く読んだ。この作者のものは初めてだが、筆力のある作家のよう で、なによりも評者(宮崎)と同様に「『西南戦争』の立役者は、西?で はなく桐野の戦争」と見ていることが印象的だ (宮崎『西郷隆盛 日本 人はなぜこの英雄が好きなのか』(海竜社参照)。

タイトルにある「密偵」という語彙は誤解を招きやすい。

密偵というよりも、情報戦で必要とされたのは敵の動きを探ることも重 要だが、身内に潜入したスパイの探索(防諜)も重要な役目であり、桐野は 長州の藩士等と近づき、酒を酌み交わし、動きを探る一方で、天狗党の蹶 起では、かれらのあとを追って指導者と会っている。大胆な行動力があった。

桐野利秋は、小説や大河ドラマで「下級武士」として扱われているが、 桐野の出自は歴とした「城下士」に属した事実を本書は指摘している。
西?、大久保ら薩摩の英雄達は大半が『御小姓与集団』に属し、「島津齋 彬の遺志を継ごうとして結成された精忠組のメンバーもほとんどが、この 家格の者である」(17p)。

しかし桐野は何故か「人斬り半次郎」として知られた。

滅法剣に強いが闇雲にテロに走ったのではなく、たとえば赤松小三郎の暗 殺は防諜の責任者として一種「公務」だった。

赤松小三郎は上田藩士だったが、会津藩と親しく、私塾も主宰し、学者と して京では尊敬を集めていた。しかし内偵の結果、赤松が幕府の密命を帯 びたスパイであることが判明し、桐野は五条東洞院下ルで待ち伏せし斬 殺、「斬?の制札を四条東洞院と三条大橋に掲げた」(79p)。
その斬?の制札に曰く。「西洋を旨とし、皇国の御趣意を失い」云々。

知られざる逸話として、不忍池に残る岩崎邸、じつは桐野の東京における 住まいだった(東京妻がいた)。艶福家でもあり、そして桐野は書道家でも あった。

なによりも桐野は「軍人」であり、のちに陸軍少将にまで上り詰めた。そ れは単純に剣術使いという理由からではなく、「戦機を見るに敏であり、 決断すれば神速のごとく、常に最前線で戦い、麾下を叱咤し奮発を促して 勝利を収める将才を評してのことである」(88p)

桐野はまた人情に厚く、佐賀の乱で逃亡してきた武士等を薩摩にふたり 匿ったり、新政府の外国の圧力に押されてのキリスト教解禁でも「隠れ切 支丹」に優しかった。そうだ、かれは熊本鎮台の司令官でもあった(半年 だが)。谷干城の前任である。

もう一つ、本書で教えられた事実がある。

戊辰戦争後、薩摩に帰省した西?をたずね、聞き書きの『南洲翁遺訓』 を編んだのは庄内藩士だった。同様に聞き書き桐野をまとめた『桐陰仙 譚』は明治七年に薩摩で農業開拓団を率いた桐野を訪ねた石川県士族が 綴った。

「桐野の宇都谷開墾地を訪れた人々のうち、もっとも関心と因縁を感じる のは石川県士族の陸義猶と長連豪である。(中略) この2人に注目する」 と作者が力説する。評者も石川県生まれなので、この2人の名は知っている。

明治11年、紀尾井坂で馬車を待ち伏せし、大久保利通を暗殺したのは 石 川県士族の6人組だった。陸義猶が斬?状を起草し、長連豪が暗殺の首 領だった。


桐野は西郷下野と行動をともにしたが、べったりではなく、西郷とも士 学校とも距離を置いた。桐野は農村の開拓に志をつないだ。

だが、「男にはやらねばならないことがある」として西南戦争が勃発する や、西?側近として殆どの軍事作戦を立案指導した。最後は城山に華々し く散った。

生前、桐野が語った言葉が、言論陣の陸?南が主宰した新聞『日本』に 「桐野利秋談」として発表された(明治26年4月に5回連載)。
 その中で、桐野は憂国の情を吐露した。

「わが日本は東洋海中に孤立し、二千五百有余年の国風に慣れ親しん で、まだ五大州の情勢を熟知していない。また国力が衰え、軍備は空虚、 人心は惰弱で自主独立の気象がない。いやしくもこのような因循のまま推 移すれば、それほど時が経たないうちに自滅して、他国に隷属することは 明らかである」(桐野作人著作より重引用)。
 いまの日本、まさに同じ環境にあるのでは?
              
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1818回】             
――「支那の國ほど近付いてあらの見ゆる國は無し」――關(2)
關和知『西隣游記』(非売品 日清印刷 大正7年)

「辭令の妙」に任せて、肅親王は一行を心地よく擽る。

昔から東洋には大義名分という東洋道徳がある。「日本は大義名分の 國」であり「世界の大勢より達觀すれば、日支の提携は特に必要にして且 つ急務」である。であればこそ「時機一度到らば日本は必ずやその東洋 道?の根本義に基つき大義名分の下に支那を指導して以て二國の?史的親 交を鞏うし、列國競爭に對せざる可からず」。

この発言を「堂々たる復辟 派の大宣言」、つまり清朝再興派の「大宣 言」と受け取った關は、「所謂 東洋道?なるものは即ち君臣の大義にし て、支那帝政の復興は大義の上よ り日本の援助を期待するの意思」を痛 感し、ひたすら感激している。

大隈が「自愛」と「日支提携の爲め」の尽力を求めると、肅親王は「余 學淺く?薄く以て大事に任ずるに足らず、幸に卿等の?を待つこと切な り」と。やはり肅親王らは飽くまでも清朝復辟を目指す構えのようだ。

 彼らの中には「清朝を復して支那皇帝とし、日本の天皇を亞細亞皇帝と し、支那皇帝は命を亞細亞皇帝に聽ことゝ爲さば、以て亞細亞大帝國を建 造し、覇を世界に稱ふるを得べし」と、日本側に説く者もいたほどだった。

 復辟問題に就いて關はこの辺りで筆を止めている。だが、ここで心に留 めておきたいのは復辟を目指す宗社党のなかに清朝皇帝は「支那皇帝」と なって我が天皇を「亞細亞皇帝」として戴き、「亞細亞大帝國を建造し、 覇を世界に稱ふるを得べし」――満州国皇帝となった溥儀と天皇の間柄を彷 彿させる関係――という考えの持ち主がいた点である。

満洲国建国に際し、飽くまでも清朝皇帝という地位に拘泥する溥儀の希望 を受け入れず、日本側は強引に執政に据え、後に満洲皇帝とし、天皇の下 に置いたといわれているが、「亞細亞皇帝」云々の話を知ると、どうもそ うでもないらしい。

溥儀の弟である溥傑は自らの人生を回想した『溥傑自伝 「満州国」皇 弟を生きて』(河出書房新社 1995年)に辛亥革命後、紫禁城内で皇帝一 族の生活継続を許されていた当時の思いを、「私には清室を振興するに外 援が絶対必要であるという考えが強くなった。(紫禁城内)の中にいなが らも、将来どの国の援助に頼って帝制を回復するか、ということが」私の 頭から一時も離れなかった」と綴っている。やはり清朝復活は一族の強い 願いだった。

そこで溥儀・溥傑兄弟の父親に当たる醇親王載?が「満州国皇帝に就くこ とに反対した」にもかかわらず、溥儀は日本側の誘いに応じ、満洲国執政 から皇帝即位への道を選ぶ。満洲国皇帝即位後の振る舞いは、どうやら 「清朝を復して支那皇帝とし、日本の天皇を亞細亞皇帝とし、支那皇帝は 命を亞細亞皇帝に聽ことゝ爲」すとの考えに近かった。

昭和20年8月9日のソ連軍の侵攻から10日ほどした18日午前1時に行われた 満洲国緊急参議府会議で満洲国解体と皇帝退位が決定する。
退位式を、溥傑は次のように綴る。

「退位式は簡素で厳粛に執り行われた。皇帝溥儀は退位宣言を読み終えた 後、参会者一人一人と静かに握手をしてひっそりと退場した。彼はもう平 民になったのだ。溥儀は芝居がうまい。退位発表の時、自分から跪いて、 /『自分の無能のため、日本の天皇に迷惑をおかけした。天皇に許しを請 う』/といい、退場する時も側に立っている日本兵と抱擁して別れを告げ たので、日本兵はみな感激の涙を流した。

私は溥儀に反感を覚えた。ここまできて、どういう気持ちでこの醜態を演 じたのか、と」。

「天皇を亞細亞皇帝」にとの提言から溥儀の「自分の無能のため、日本 の天皇に迷惑をおかけした。天皇に許しを請う」との懺悔まで、その場限 りの「辭令の妙」ということだろう。

だから日本側は彼らの「辭令の妙」に弄ばれてはならない。厳重注意!

      
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 
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(読者の声1)入管法改正の審議について。
私の妻は越人で何度も日本へ行ったことがありますが、彼女に入管法改悪 について話したところ、「馬鹿なこと」と申しておりました。
せっかく長い年月をかけて治安が良くて綺麗な街と親切な日本人を作り上 げたのにもったいないという意味です。「外人入れたらぐちゃぐちゃにな るよ。」感覚で言っているのでしょうが、当たっていると思います。日本 が変質します。経団連の目先の利益のために日本を壊すのは絶対反対です。
  (R生、ハノイ)

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  11月25日は憂国忌です!
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三島由紀夫氏追悼 第48回 追悼の夕べ
「憂国忌」のご案内
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ことしは三島先生の没後48年です。政界、言論界でも「最後の檄 文」の 主張にもある憲法改正の方向性が出てきました。
本年は、明治の残映から始まる三島先生の傑作『春の雪』(『豊饒の海』 第1巻)を中心としたシンポジウムなどを執り行います。

         記

 日時   11月25日(日曜) 午後2時(午後1時開場)
 場所   星陵会館大ホール(千代田区永田町2−16)
 資料代  お一人 2千円 

<プログラム>(敬称 略、順不同) 
                      総合司会     
菅谷 誠一郎
午後二時   開会の挨拶         三島研究会代表幹事  玉 川博己
      『春の雪』名場面の朗読 村 松えり
      『天人五衰』最後の場面朗読 村 松英子
午後二時半 シンポジウム  「『春の雪』をめぐって」
小川榮太郎、富岡幸一郎、松 本徹 
           司会 上島嘉郎(『正論』元 編集長)
      追悼挨拶「憲法改正の時が来た」     中西哲(参議院 議員) 
午後4時15分    閉会の辞。 全員で「海ゆかば」斉唱    
 <憂国忌代表発起人> 入江隆則、桶谷秀昭、竹本忠雄、富岡幸一郎、 中村彰彦
西尾幹二、細江英公、松本徹、村松英子
       (なおプログラムは予告無く変更になることがあります。 ご了承下さい)


        
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改憲案の提示が国民主権の一丁目一番地
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            櫻井よしこ

「改憲案の提示が国民主権の一丁目一番地 国会は国民に投票の機会を与 えるべきだ」

臨時国会は10月24日に始まったばかりだが、その様子を見ていて、国会議 員も現実を見ていない、余りに無責任だと、腹立たしい思いになる。とり わけ焦眉の急である憲法改正について、なぜ、こうも無責任でいられるのか。

国際情勢の厳しさは、日本よ、急ぎ自力をつけよと警告している。国民、 国家、国土は自国が守るという原点を思い出せと告げている。国民の命や 安全に責任をもつべきは政府であるにも拘わらず、日本国政府には国民、 国家を守る有効な手段を取ることができにくい。国の交戦権さえ認めない 恐らく世界でたったひとつの、変な憲法ゆえである。

憲法改正を急ぐべしと問題提起を続けているのは、安倍晋三首相ばかりの ように見える。首相は、「自民党の憲法改正案をこの臨時国会に提出でき るように取りまとめを加速すべきだ」と幾度となく旗を振ってきたが、周 りの動きはなぜかにぶい。

首相は繰り返し語っている。憲法改正は国会が決めるのではない。最終的 に国民が決める、と。そのとおりだ。日本国憲法の三大原則は「平和主 義」「人権尊重」「国民主権」である。国士舘大学特任教授の百地章氏 は、「現行憲法で唯一、具体的に国民主権を発揮できる場は憲法改正のた めの国民投票だけです」と指摘する。

主権を行使する機会は、国会が憲法改正を提示(発議)して国民投票に踏 み切るとき、初めて、国民に与えられる。国会が国民に改憲案を提示しな ければ何も始まらない。改憲案を国民に示すことが、主権が国民にあるこ とを証す1丁目1番地なのである。

だが、公明党はこう語っている。

 「国民の関心は高まっているが、具体的にどう改正するか議論は熟して いない。衆参両院の憲法審査会で議論を活性化し、与野党で幅広い合意を 作る。その過程で国民的コンセンサスを作らなければならない」(井上義 久副代表)

憲法調査会が2000年に設置され、07年に憲法改正の原案作成を任務とする 憲法審査会ができた。憲法改正作業は約20年も続いているのだ。公明党は 議論は熟していないというが、この20年間、一体政治家として何をしてき たのか。少なくとも自民、公明の間では議論は核心に触れるところまで熟 しているではないか。

そもそも公明党は国民をバカにしているのではないか。安倍首相が提唱し た9条1項と2項を維持したまま、自衛隊を憲法に書き込む案は公明党の案 だった。

公明党が「加憲」を言い出したのは04年だ。10年後、彼らは「自衛隊の存 在を明記」する加憲案を公約とした。安倍首相が17年5月に提唱した、自 衛隊を憲法に書き込むという案は、再度強調するが、公明党の案そのもの である。

公明党案を自民党が取り入れたのである。なぜ公明党はそこから議論を進 めないのか。なぜまだ時期尚早だなどというのか。

公明党は驕っていないか。憲法改正が必要か否かは政治家が決める。国民 には問わないし、決定もさせない。政治家の判断力が国民の判断力より優 れており、国民に判断を任せることはしない、とでも考えているのではな いか。このような国民不信の極みともいえる尊大さを、公明党の姿勢に見 て取るのは間違いだろうか。

安倍首相が繰り返し指摘しているように、憲法改正は通常の法律改正とは 異なる。法律は国民の代表である政治家が国会で議論して決める。憲法は 国会が発議し、国民が投票で決定する。私たちは戦後一度も、国の基(も とい)である憲法について意思表示する権利を行使し得ていない。国会が その機会を奪い続けてきたからだ。しかし、いま、国会は国民を信じて発 議し、国民に決定させるべきだ。
『週刊ダイヤモンド』 2018年11月10日号
 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1255


             
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重 要 情 報
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 ◎米国、中国に南シナ海のミサイルシステム撤去を指示 
2018/11/12(月) 20:57:03.78ID:CAP_USER9  朝日新聞

中国は、南シナ海の紛争しているスプラトリー諸島の連鎖に配備されたミサイルシステムシールドを解体するよう米国に警告された。 

ワシントンがこの問題に直接対処したと考えられるこの動きは、先週の第2 回米中外交・安全保障対話での高水準の会談後の声明で明らかになった。 

貿易戦争の緊張がワシントンでの会議を支配すると予想された。 

しかし、それは米国務長官のマイク・ポンピオ、国防長官のジム・Mattisとその反対の数字、北京有数の外交官楊潔チと国防相一般魏Fenghe間の議論の中に鮮明になった南シナ海での軍事力増強しました。 

「米国は、中国がスプラトリー諸島の紛争の多い地形からミサイルシステムを撤収するよう求め、すべての国が強制や脅迫による紛争解決を避けるべきであることを再確認した」と述べた。 

東南アジア諸国とワシントンでは、中国が世界で最も重要な海上レーンのひとつである以前は無人島、サンゴ礁、環礁の周りに防空地帯を建設しているとの懸念が高まっている。 

北京は国際法を無視し、島は中国の不可欠な部分であると主張し、軍事基地は建設された。 

 米国とその同盟国は、世界第2位の経済が主権国であると考えているところに近いところで、船舶と航空機の送付を停止することをXi Jinping大統領の政府から伝えられている。 

それに対応して、マッティスは、米国が「国際法が許す限り、飛行し、航行し、運航する」ことを明確にした。 

昨年、米国とその同盟国は、重要な海路を3兆米ドル?5兆米ドルの価値のある商品や製品との国際貿易に不可欠な南シナ海での操縦を行ってきました。 

「中国側は、それが中国の島と岩礁の近くの船や軍用機の送信を停止し、中国当局とセキュリティの利益を損なう行為を停止する必要があることを米国にそれは明らかにされ、」シニア・外交政策顧問ヤンは言いました。 

マティスは6月、シンガポールのシャングリ・ラー・ダイアグラム・サミットで、28のアジア太平洋諸国の国防相から、以前の不毛の島々やサンゴ礁に対する「軍事化」の脅威について語った。 

中国の海軍とミサイルの存在が直面している問題の概要を述べると、彼は「脅迫と強制」の問題を提起した。 

「中国の南シナ海における人工地形の軍事化には、対艦ミサイル、地対空ミサイル、電子ジャマー、さらに最近ではウッディ島での爆撃機の着陸が含まれる」とマティス氏は述べた。 

「中国の反対の主張にもかかわらず、これらの兵器システムの設置は、脅迫と強制のために軍事用途に直接結びついている」と彼は付け加えた。 

しかし、戦略国際研究センターのインド太平洋安全保障を専門とするPatrick G Buchanによると、これはちょうどオープニング・ギャンブルに過ぎない。 

同代表は、中国は長期的な戦略を持っており、同地域における「最大の力」を目指していると強調した。 

"中国は大きなゲームを語り、不可避の優位性を神話にもたらす価値を理解している。それは魅力的で合理的にもっともらしいメッセージです。しかし、この文脈では、インドの太平洋の政治的、軍事的、経済的な力となる中国の終焉を理解することが重要です。 

「本質的に、中国は合衆国を撤退させ、死に至らしめ、それが戻ってこないことを確かなものにしようとしている。この目的のために、中国はstatecraft toolkitのすべてのツールを利用している」と彼は続けた。 

「それは、人工島に対艦・地表間ミサイルシステムを配備し、米国と同盟諸島を海洋に襲撃し、安いお金のまわりを飛び回り、外国の航空会社に台湾をどのように指すべきかを指示する」前記。「インドパシフィックの多くの国では、現在、中国はゲームの色調を設定している。批判的に、米国はそうしていない」とBuchanは付け加えた。(収録  中山)

 ◎未だに「論争と対立」を怖れているのか:前田正晶

対アメリカというかトランプ大統領との折衝:

この度アジア4ヵ国を回る一環でペンス副大統領が来日された。ペンス氏 は途中のアラスカので記者会見では“TAG”とは言わずに「日本では“Free  trade  agreement”の交渉をする」と明確に言っておられた。折角、安倍 総 理以下が知恵を絞って“Trade agreement on goods
”だかと言われて国民を安心させようとした努力をアッサリと反故にして いたのだった。尤も、テレビでは音声は流れたが、字幕には“FTA
”と言ったとは出なかったと思うが。

私は何も政府(や外務省辺りも含めて)は余りにも生真面目で穏やかすぎ て、アメリカ人との交渉事では「論争と対立を怖れてはならない」という 強気でも何でもない、彼らの間ではごく普通の交渉の仕方ができていない と思って悔しがっている。彼らを相手にしたならば感情的になることな く、飽くまでも自分の主張を貫く姿勢を見せて、落とし所を探るとか、妥 協点を模索してはならないのである。それは、彼らの辞書には「落とし 所」もなければ「妥協」も載っていないからだ。

私はトランプ大統領が我が国が保有する対アメリカの貿易黒字を「不当で ある(英語は fair か unfairとなるが)」と主張していることは正確で はなく誤認識であるとすら考え ている。だが、彼の支持層の物事の理解 力の程度を考えれば、あのような 一方的で連中にも理解できそうな表現 を採るのは解らないでもない。だ が、特に自動車の輸入を非難されるよ うな場合には、我が方は正々堂々と “Sir.You are confusing yourself.” くらいは申し入れて良いと思っている。

私でさえ「トランプ大統領があのような高飛車な姿勢に出てこられるの が、相手側の譲歩を引き出す為の駆け引きであり常套手段である」と解っ ている。現にデトロイトでさえ日本車の輸入に関税を賦課して欲しいとい う請願はしていないと言うではないか。更に、トランプ大統領自身が「ア メリカ製の車は日本市場では売れないだろうと自覚しておられる」と語る 専門家もいるのである。

何度でも言うか、アメリカ人を相手にして「言われっぱなし」にしておけ ば「認めた」と看做されてしまうのだ。私はトランプ大統領を相手にして 「論争と対立」を怖れている場合ではないと思っている。その程度の議論 で決裂する安倍総理とトランプ氏の間柄ではないと思う。それにトランプ 大統領が問題にしているのは、品物を売った買ったで生じる赤字である。 貿易外収支は含まれていない。私はアメリカ側が国に対して
GAFAが挙げている目に見えない利益を考えるべきだと主張して良い思っ ている。



韓国大法院の徴用工問題についての不当な判決:前田正晶

これに対する我が国の政府(矢張り外務省を含めたい)の対応は遺憾なが ら余りにも手ぬるいと思って見ている。そこに早速DPRKが付け込んで声明 の如きものを発表して我が国を真っ向から非難してきた。要するに「自分 たちにも分け前を取る資格がある」と言いたいようだが、これも不当であ るから無視することなく真正面から反論すべき事案であると思うのだ。理 由は簡単で「黙っていれば、DPRKの正当性を認めたことになってしまいか ねない」からだ。

確かに総理も官房長官も、河野外相も韓国大法院の不当性を非難しておら れた。駐日韓国大使も呼び出して抗議されたと報じられた。この判決につ いて文在寅大統領が未だに沈黙を守っていると報じられている。だが、果 たしてその姿勢が「我に利あらず、非がある」と自覚しての沈黙か否かは 不明ではないのか。

私はDPRK如きが声明を出したのならば、我が国の(何処が所管するのか知 らぬが)世界に向けての広報担当の部署で公式に「韓国は条約違反である と共に自ら約束した事柄をも忘却している。私はいっその事、NY
TIMESやWASHINGTON POST紙等に全面広告を打って「韓国の不当性を訴え る」のも一法ではないかとすら考えた。

あの判決の対象となった4名は志願者であり徴用工ではなかった、補償は 韓国の国内で実施されるべき事案である」とあらゆる手段で世界に向けて 公表するのが当然だと思っている。さもなければ、またしても後手となっ て彼らにUN等の場で我が国を非難する材料に使われると危惧するものだ。

まさか、安倍内閣は文在寅大統領が動くのを待ってそれから交渉しようと か反撃に出ようとして待っているのではあるまいな。私は総理や官房長官 等の記者会見での反抗や否定的声明では不十分であると懸念している。私 にはそうすることが外交的に誤りか否かは解らないが「こちらから国交断 絶というcontingency planまで懐に入れて、韓国に出向いて公式に『判決 の不当性と条約違反であり、我が国は絶対に認めない』と申し入れても良 いのではないか」とすら考えている。相手が情緒で動いてくるのだから、 こちらは正攻法でいくべきではないのだろうか。




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身 辺 雑 記
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13 日の東京湾岸は曇天。夜は亀戸駅近くの韓国風居酒屋で会合。美人が 加わって楽しかった。
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