政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針4832 号  2018・10・14(日)

2018/10/14

                       
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わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」4832号
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       2018(平成30)年  10月14日(日)



        マレーシア政府、逃亡ウィグル人を:宮崎正弘

             これほどの大物が居た:渡部亮次郎

            要は翁長氏の陰に隠れた:櫻井よしこ            
                                                        話 の 福 袋
                       反     響
                       身 辺 雑 記


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第4832号
                             発行周期 不定期(原則毎日発行)
             
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マレーシア政府、逃亡ウィグル人を
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)10月13日(土曜日)弐
        通巻第5856号    <前日発行>
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(速報)
  マレーシア政府、逃亡ウィグル人をトルコへ送り出した
   中国の強圧をはねのけて人道尊重。トルコも受け入れ歓迎
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過酷な弾圧を逃れてウィグル族の若者らが決死の逃避行を続けている。
すでに数千、数万のウィグル人はカザフ経由などでトルコ入りした。過激 派はイラク、シリアのISキャンプに志願した。

2014年以来、ウィグルから雲南省など山道、けものみちを越え、別のルー トと辿ってタイにたどり着いた数百のウィグル人はタイの収容所に暮ら し、国際社会は一日も早いトルコへの帰還を呼びかけてきた。

ラビア・カディール女史が率いる「世界ウィグル会議」も様々な機会を通 じて、国際機関に必死に訴えてきたが、タイ政府は2015年に、このう ちの200人を中国へ強制送還した。

タイの無慈悲な行為に国際社会は批判をやめず、最近はロヒンギャを弾圧 したスーチーと並べて批判してきた。

タイの収容所から11人のウィグル族が脱走し、マレーシアへ入国していた。

マレーシア政府はこれらの亡命希望者をトルコ政府と秘密交渉のすえに、 トルコへ送り届けたことが10月12日までに分かった。

 マハティール新政権は、いかなる中国からの恐喝や強要をも無視して、 人道主義に基づく決断をなしたことは、高く評価される。

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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者
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(読者の声1)森敬恵「子育て講座」〜歌の調べにのせて。
 ソプラノ歌手・森敬恵先生の歌唱とともに「子育てを語る講座」を下記 のとおりご案内します。

ご興味の方は是非ご来場下さい。お知り合いで子育て中の方にも、是非ご 紹介下さい。

               記

題名:「子育て講座 〜歌の調べに乗せて」
日時:10月27日(土) 14:00〜16:00
場所:京成線・青砥駅徒歩5分・シャミコ会館(葛飾区立石6-35-10)
入場:2,000円、先着50名
講師:森敬恵・・・ソフラノ歌手
演奏曲:浜辺の歌、四季の歌、赤とんぼ、小さな木の実、遥かな友に
問合せ:080-5024-0900こども未来塾 メール:balance7@hb.tp1.jp
こちらもご覧ください! http://www.sdh-fact.com/CL/mori.pdf
     (「史実を世界に発信する会」 茂木弘道)
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(読者の声2) 国体論について。「国体」が分からないと云う意見があ ります。小生もその一人でした。そこで次のように考えて見ました。
 従来、国体とは天皇を中心とする我が国固有の在り方と云われているが はっきりしない。そこでより明確にするため、日本民族の生態を支える基 本政策と考えた。

そしてこの基本政策を連続性と連帯性、そして民族共同体の公私に機能的 に区分して見ました。すると連続性の公は天皇崇敬、私は先祖崇拝、連帯 性の公は国民国防、私は家制度、共通の価値観が教育勅語になりました。

これらは明治時代に憲法や民法で明文化されましたが、先祖が多くの苦難 を経て数千年かけて形成してきたものです。

私はこれを従来の国体論と区別して、国態基本政策と呼ぶべきか、と思っ ています。

これを図示すると「丼」という文字になります。教育勅語が真ん中の点で す。覚えやすいと若い人に好評です。

戦後、占領軍はこの国態基本政策の重要性を知って破壊しました。
思い当たると思います。だから今人口が減少し、国防に苦しんでいるので す。したがって国難の解決はこの国態を回復することです。他にありません。

なお生存は現実であり思想や文化運動ではありません。国態はリベラルの 平等や人権などの妄想的な価値観とは関係がありません。この理解による と、国態基本政策は長い歴史のある諸民族がそれぞれ持っているもので す。日本民族だけではありません。

ただし内容はそれぞれに固有ということです。

以前、国体学会の帰りにイタリア人のロマノ・ウルビッタ先生にこの考え をお話したところ、賛成されました。イタリアにも当然国態があるからで す。(落合道夫)

  ♪
(読者の声3)「沖縄、台湾、そのはざまの尖閣 ―中国の覇権・侵略を 阻止せよ―」の緊急集会のご案内です。

 私たちはこの数年間、東シナ海、南シナ海における中国の暴挙に激しく 対抗して、各種の講演会、集会を開いてきました。しかしながら中国の覇 権侵略はますます深刻化しています。

つきましては尖閣・沖縄をはじめとした日本の領土、そして日本と同じく アジアの自由民主主義国家である台湾を断乎として守るため、下記の通り 集会を開催します。是非ご参加の程宜しくお願いします。
                   実行委員会 代 表 宮崎正弘
                     同   委員長 飯田康夫
HP   http://minamishina.sakura.ne.jp/

               記  

日時  10月27日(土)午後2時開会(午後1時30分開場)
場所  文京区民センター 3階A会議室
    メトロ丸の内線・南北線「後楽園駅」徒歩5分 都営三田線「春 日駅」徒歩2分
参加費 1,000円 *事前の参加申込は不要です。
講演  宮崎正弘(ジャーナリスト)
    仲村 覚(日本沖縄政策研究フォーラム理事長)
    王 明理(台湾独立建国聯盟日本本部委員長)
    藤井厳喜(国際政治学者)
来賓挨拶 自由インド太平洋連盟代表(ウイグル・南モンゴル・チベット など)
事務局(03)5840−6460


                                      
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これほどの大物が居た
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    渡部 亮次郎

名古屋市には、その中心に、100m道路がある。道幅100mの道路が東西南北 に走っている。もちろんその100mの道幅そのものが、自動車の走行の為の 道幅ではない。道幅100mの間には、公園もあれば、テレビ塔もある。

名古屋も戦後直後は、空襲でこの辺りも焼野原となった。戦後の混乱の時 期に、市の幹部は、まず道路を設定した。その時に、未来に備えての道幅 100mの道路を設定したのである。

さて、なぜ道幅100mの道路を名古屋の中心に東西南北に走らせたか?である。

戦後の焼野原を見ながら、どんな火災が起きても、延焼を食い止め、名古 屋全域が焦土と化さないように名古屋の中心のタテヨコに幅100mの空間 (道路)を作ったのである。

一方、将来来るはずの自動車社会を見越して東京中心部の設計をしたのが 岩手県人後藤新平(ごとう しんぺい)綽名大風呂敷である。関東大震災 後に内務大臣兼帝都復興院総裁として東京の都市復興計画を立案した。

特に道路建設に当たっては、東京から放射状に伸びる道路と、環状道路の 双方の必要性を強く主張し、計画縮小をされながらも実際に建設した。

当初の案では、その幅員は広い歩道を含め70mから90mで、中央または車・ 歩間に緑地帯を持つと言う遠大なもので、自動車が普及する以前の当時の 時代では受け入れられなかったのも無理はない。

現在、それに近い形で建設された姿を和田倉門、馬場先門など皇居外苑付 近に見ることができる。上野と新橋を結ぶ昭和通りもそうである。日比谷 公園は計画は現在の何倍もあったそうだ。

また、文京区内の植物園前 、播磨坂桜並木、小石川5丁目間の広い並木道 もこの計画の名残りであり、先行して供用された部分が孤立したまま現在 に至っている。現在の東京の幹線道路網の大きな部分は後藤に負っている といって良い。

関東大震災。1923(大正12)年9月1日午前11時58分に発生した、相模トラフ 沿いの断層を震源とするマグニチュード7・9による大災害。南関東で震度 6 被害は死者99,000人、行方不明43,000人、負傷者10万人を超え、被害 世帯も69万に及び、京浜地帯は壊滅的打撃を受けた。(以下略)「この項の み広辞苑」

新平は関東大震災の直後に組閣された第2次山本内閣では、内務大臣兼帝 都復興院総裁として震災復興計画を立案した。それは大規模な区画整理と 公園・幹線道路の整備を伴うもので、30億円という当時としては巨額の予 算(国家予算の約2年分)。

ために財界などからの猛反対に遭い、当初計画を縮小せざるを得なくなっ た。議会に承認された予算は、3億4000万円。それでも現在の東京の都市 骨格を形作り、公園や公共施設の整備に力を尽くした後藤の治績は概ね評 価されている。11%!に削られながら。

三島通陽の「スカウト十話」によれば、後藤が脳溢血で倒れる日に三島に 残した言葉は、「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ 者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」であったという。

後藤新平(ごとう しんぺい、安政4年6月4日(1857年7月24日) - 昭和4 年(1929年)4月13日)は明治・大正・昭和初期の医師・官僚・政治家。 台湾総督府民政長官。満鉄初代総裁。逓信大臣、内務大臣、外務大臣。東 京市(現・東京都)第7代市長、ボーイスカウト日本連盟初代総長。東京 放送局(のちのNHK)初代総裁。拓殖大学第3代学長。

陸奥国胆沢郡塩釜村(現・岩手県奥州市水沢区吉小路)出身。後藤実崇の 長男。江戸時代後期の蘭学者・高野長英は後藤の親族に当たり、甥(義理) に政治家の椎名悦三郎、娘婿に政治家の鶴見祐輔、孫に社会学者の鶴見和 子、哲学者の鶴見俊輔をもつ。椎名さんは新平の姉の婚家先に養子に入った。

母方の大伯父である高野長英の影響もあって医者を志すようになり、17歳 で須賀川医学校に入学。同校を卒業後、安場が愛知県令をつとめていた愛 知県の愛知県医学校(現・名古屋大学医学部)で医者となる。

ここで彼はめざましく昇進し、24歳で学校長兼病院長となり、病院に関わ る事務に当たっている。この間、岐阜で遊説中に暴漢に刺され負傷した板 垣退助を治療している。後藤の診察を受けた後、板垣は「彼を政治家にで きないのが残念だ」と口にしたという。

1882年(明治15)2月、愛知県医学校での実績を認められて内務省衛生局 に入り、医者としてよりも、病院・衛生に関する行政に従事することと なった。

1890年(明治23)、ドイツに留学。西洋文明の優れた一面を強く認識する 一方で、同時に強いコンプレックスを抱くことになったという。帰国後、 留学中の研究の成果を認められて医学博士号を与えられ、1892年(明治 25)12月には長与専斎の推薦で内務省衛生局長に就任した。

1893年(明治26)、相馬事件に巻き込まれて5ヶ月間にわたって収監さ れ、最終的には無罪となったものの衛生局長を非職となり、一時逼塞する 破目となった。

1883年(明治16年)に起こった相馬事件は 突発性躁暴狂(妄想型統合失 調症と考えられる)にかかり 自宅に監禁されさらに加藤癲狂院(てん きょういん)や東京府癲狂院に 入院していた奥州旧中村藩主 相馬誠胤 (そうまともたね)のことについて

忠臣の錦織剛清(にしごおりたけきよ)が 「うちの殿様は精神病者では ない。悪者たちにはかられて病院に監禁された。」 と、告訴したことに 始まった。結局この騒ぎは1895年(明治28年)に 錦織が有罪となって終 結すること になった。


1898年(明治31)3月、台湾総督となった兒玉源太郎の抜擢により、台湾 総督府民政長官となる。そこで彼は、徹底した調査事業を行って現地の状 況を知悉した上で、経済改革とインフラ建設を進めた。こういった手法 を、後藤は自ら「生物学の原則」に則ったものであると説明している。

それは、社会の習慣や制度は、生物と同様で相応の理由と必要性から発生 したものであり、無理に変更すれば当然大きな反発を招く。よって、現地 を知悉し、状況に合わせた施政をおこなっていくべきであるというもので あった。

また当時、中国本土同様に台湾でもアヘンの吸引が庶民の間で常習となっ ており、大きな社会問題となっていた。これに対し後藤は、アヘンの性急 に禁止する方法はとらなかった。

まずアヘンに高率の税をかけて購入しにくくさせるとともに、吸引を免許 制として次第に吸引者を減らしていく方法を採用した。この方法は成功 し、アヘン患者は徐々に減少した。

総督府によると、1900年(明治33年)には16万9千人であったアヘン中毒 者は、1917年(大正6)には6万2千人となり、1928年(昭和3)には2万6千 人となった。

なお、台湾は1945年(昭和20)にアヘン吸引免許の発行を全面停止した。 これにより後藤の施策実行から50年近くかけて、台湾はアヘンの根絶に成 功したのである(阿片漸禁策)。

こうして彼は台湾の植民地支配体制の確立を遂行した。台湾においては、 その慰撫政策から後藤は台湾の発展に大きな貢献を果たした日本人とし て、新渡戸稲造、八田與一等とともに高く評価する声が大きい。

1906年、後藤は南満洲鉄道初代総裁に就任し、大連を拠点に満洲経営に活 躍した。ここでも後藤は中村是公や岡松参太郎ら、台湾時代の人材を多く 起用するとともに30代、40代の若手の優秀な人材を招聘し、満鉄のインフ ラ整備、衛生施設の拡充、大連などの都市の建設に当たった。

また、満洲でも「生物学的開発」のために調査事業が不可欠と考え、満鉄 内に調査部を発足させている。東京の都市計画を指導するのはこの後である。

その後、第13代第2次桂内閣の元で逓信大臣・初代内閣鉄道院総裁(1908 年7月14日-1911年8月30日)、第18代寺内内閣の元で内務大臣(1916年10 月9日-1918年4月23日)、外務大臣(1918年4月23日-1918年9月28日)。

しばし国政から離れて東京市長(1920年12月17日-1923年4月20日)、第22 代第2次山本内閣の元で再び内務大臣(1923年9月2日-1924年1月7日)など を歴任した。

鉄道院総裁の時代には、職員人事の大幅な刷新を行った。これに対しては 内外から批判も強く「汽車がゴトゴト(後藤)してシンペイ(新平)でた まらない」と揶揄された。しかし、今日のJR九州の肥薩線に、その名前を 取った「しんぺい」号が走っている。

1941年(昭和16)7月10日、本土(下関市彦島)と九州(当時、門司市小森江) をむすぶ、念願の日本ではじめての海底トンネルが貫通した。この日貫通 したのは本坑道で、それより先39年4月19日には試掘坑が貫通している。

新聞はこの貫通を祝っているが、関門海峡の海底をほって海底トンネルを つくる構想ははやくも1896年(明治29)ころからあり、当時夢物語のような この話を実現化へ向けて進言したのは、鉄道院総裁の後藤新平だったとつ たえている。[出典]『中外商業新報』1941年(昭和16)7月10日

晩年は政治の倫理化を唱え各地を遊説した。1929年、遊説で岡山に向かう 途中列車内で脳溢血で倒れ、京都の病院で4月13日死去。72歳。

虎ノ門事件(摂政宮裕仁親王狙撃事件)の責任を取らされ内務省を辞めた正 力松太郎が読売新聞の経営に乗り出したとき、上司(内務大臣)だった後 藤は自宅を抵当に入れて資金を調達し何も言わずに貸した。

その後、事業は成功し、借金を返そうとしたが、もうすでに後藤は他界し ていた。そこで、正力はその恩返しとして、新平の故郷である水沢町(当 時)に、新平から借りた金の2倍近い金を寄付した。この資金を使って、 1941年に日本初の公民館が建設された。今は
記念館になっているようだ。

後藤は日本のボーイスカウト活動に深い関わりを持ち、ボーイスカウト日 本連盟の初代総長を勤めている。後藤はスカウト運動の普及のために自ら 10万円の大金を日本連盟に寄付し、さらに全国巡回講演会を数多く実施した。

彼がボーイスカウトの半ズボンの制服姿をした写真が現在も残っている。 制服姿の後藤が集会に現れると、彼を慕うスカウトたちから「僕らの好き な総長は、白いお髭に鼻眼鏡、団服つけて杖もって、いつも元気でニコニ コ」と歌声が上がったという。

後藤はシチズン時計の名付け親でもある(彼と親交のあった社長から新作 懐中時計の命名を頼まれ、「市民から愛されるように」とCITIZENの名を 贈った)。 (再掲載)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



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要は翁長氏の陰に隠れた
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      櫻井よしこ

当欄の原稿執筆中の9月30日、沖縄では県知事選挙の投票が続いている。 大型の強い台風24号が通りすぎ、それはいま、本土を襲っているのだが、 沖縄もまだ台風の余波の中だ。

28日の金曜日には、インターネット配信の言論テレビに、沖縄の我那覇真 子氏をゲストに迎えた。

「知事選は事実上、佐喜眞淳氏と玉城デニー氏の一騎打ちですが、おかし なことに佐喜眞対翁長雄志の戦いになったのです。玉城氏は翁長氏の弔い 合戦を意識して、専ら、翁長氏の遺志を継ぐと訴え続けました。政策はあ まり語らず、要は翁長氏の陰に隠れたのです」

死去した翁長氏を前面に立てて、選挙を弔い合戦にする。このような場 合、有権者は亡くなった人物とその遺志を継ぐ人物に同情しがちである。 玉城氏は選挙を、自民党が恐れた戦いのパターンに持ち込んだ。琉球新報 と沖縄タイムスがその路線に乗って玉城氏の応援部隊となった。我那覇氏 が琉球新報と沖縄タイムスの両紙意見広告を見せた。

まん中に翁長氏の、癌でやせた写真が印刷され、その上に「あなたの遺志 は私たち県民が継ぐ」と書かれている。手書きの書体で「翁長知事ありが とう」という言葉も目につく。玉城氏の写真は隅の方に小さく印刷されて いるだけだ。

我那覇氏が目を丸くして語った。

「一体誰の選挙ポスターかと一瞬、思います。それ程、翁長氏のイメージ に頼っている。沖縄には翁長氏の遺影が溢れているのです。車で走ってい ても、大きく引き伸ばした翁長氏の写真をポスターにして通り過ぎる車に 見せている人達がいます。如何にも活動家という感じの人達ですが、一日 中、沿道で頑張っているのです」

玉城氏は政策論を戦わせるのではなく、有権者の情に訴える戦法に徹した が、それでも政策論争から逃げることはできない。再び我那覇氏の説明だ。

「玉城・佐喜眞両氏の公開討論は2回行われました。いずれも佐喜眞氏圧 勝といえる内容で、玉城支持の人々も、それは認めざるを得ませんでし た。そもそも玉城氏の掲げる政策そのものがおかしいのです。矛盾だらけ です」

夢見るドリーマー

玉城氏は、知事選挙の争点は辺野古への普天間飛行場の移設問題であり、 移設を認めるか否かだとしている。明らかに認めないという立場だ。

沖縄の島々への自衛隊の配備にも、反対だ。理由は、島の住民たちの合意 もなく、地域に分断を持ち込む強硬配備だからだというものだ。

だが、辺野古移転も自衛隊配備も認めないのであれば、日米安保体制も自 衛隊も十分には機能できない事態に陥るだろう。そのとき、尖閣諸島はど のようにして守るのか。氏は外交と国際法で解決すると公約している。

軍事力の裏づけがない話し合いや外交が国際社会で通じないのは、南シナ 海における中国の行動を見れば明らかだ。常設仲裁裁判所は、南シナ海で 中国がフィリピンから島々を奪ったのは明確な国際法違反だという判決を 下した。その判決文を中国は紙クズだとして否定し、横暴にも島々の軍事 要塞化を進めている。外交手段も国際法も、中国には何の効果もない。に も拘わらず、玉城氏は夢見るドリーマーのような政策しか掲げていない。

我那覇氏が声を強めて言った。

「玉城氏はとんでもないことを言っているのです。尖閣諸島問題を外交で 解決するということは、相手との話し合いの席につくということです。で も、尖閣諸島はそもそも日本の領土です。領土問題など存在しないのです から、話し合いなんて必要ない。あんた、何言ってるので終わる話です。 それなのに、外交で話し合って決めるというのは、国の政策とも合わな い。相手の土俵に易々と乗ることで、それ自体、大きな敗北です。国会議 員だったにも拘わらず、基礎の基礎がわかっていないんです」

彼女は、玉城氏が4回も選挙に勝ってずっと国会議員を務めていたことが 信じられないという。

玉城氏に較べて佐喜眞氏の政策の方が説得力がある。氏は経済政策を真っ 正面に掲げているが、それでも沖縄の島々に中国の脅威が迫ってくる場 合、島々を守る力を保有しておくことが大事だと主張する。自衛隊の配備 も辺野古への移転も全て現実を見て対処するということだ。尖閣諸島につ いても、領海を脅かす行為には断固抗議すると表明したのは当然でまとも である。

玉城氏についてはもっとおかしなことがある、と我那覇氏は言う。

「9月23日付けの八重山日報が報じたのですが、玉城氏が『日米から沖縄 を取り戻す』と演説したのです。日本と沖縄は別々の主体で、沖縄は日本 の一部ではないというわけです。翁長氏も沖縄の自己決定権という言葉を 使っていました。この主張は琉球独立論につながります」

沖縄自身の責任放棄

沖縄には「構造的沖縄差別」という表現がある。『沖縄の不都合な真実』 (新潮新書)に篠原章氏らが書いているのだが、「沖縄人」と「日本人」 を対置し、「日本人」が沖縄における米軍基地の本土移転を拒絶している のは、「日本人」の「沖縄人」に対する歴史的な差別意識が背景にあると して、日本政府だけでなく、日本国民全体を批判する考え方だという。

米軍基地が沖縄に集中しているのは事実だが、そこには地理的、政治的、 歴史的な背景もあり、差別意識だけに原因を求めるのには無理がある。基 地縮小を政府が進めようとすると、反対論が沖縄の側から起きるという事 実にも見られるように、基地の偏在は沖縄の経済体質や社会構造の問題と も密接に結びついている。

従って、米軍基地の偏在の責任を、「日本人」にのみ求めるのは、沖縄自 身の責任放棄である。

篠原氏らは差別についても、沖縄自身が重層的に考えなければならないと 問題提起している。「日本」による沖縄差別を問題視するのであれば、沖 縄本島による奄美・宮古・八重山地方に対する差別と収奪の歴史にも「落 とし前」をつけよとして、構造的沖縄差別論、または日本批判はむしろ沖 縄内部の問題点や矛盾を覆い隠すための議論だと指摘する。

さてこの原稿を書いている内に、知事選の結果が少しずつ、見えてきた。 午後8時すぎ、投票を終えて暫くしてから、NHKが当確ではないが、玉 城氏優勢を伝えた。

当選が確定されれば、沖縄は翁長氏に続いて、構造的沖縄差別を言い立て る人物を知事に選んだことになる。外交と国際法の力を以て日本の領土で ある尖閣諸島を守るというドリーマーだ。沖縄問題での迷走が、また、4 年間続くのだろうか。

『週刊新潮』 2018年10月11日号 日本ルネッサンス 第822号



          
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重 要 情 報
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◇◆◇写真映像情報網◇◆週刊AWACS 2018年10月14日◇◆◇◆◇

▼唸声一言/韓国は一部の反日プロが国益を毀損するも国民は踊り続ける?

旭日旗の軍艦旗の件では、日本がよもや不参加になるとは考えもせず、韓国は国際的に恥をかいたのですが、韓国の恥の概念は一般とは異なり、海上自衛艦の不参加は勝利と見るかもしれません。黄印ならぬ旗印は、他人はダメでも自分はOK、これは韓国の反日で常に行われてきたことですが、今回も軍艦旗でそれが行われました。日本の報道でも大矛盾だとされていましたが、これは矛盾ではなく、確信的な悪意です。

日韓離反を望む北朝鮮の工作員や親北勢力が韓国にはたくさんいると言う証ですが、それに国民も乗って踊っているのですから、一部の反日プロとばかりは言えません。国益なんて関係ない、日本叩きはスッキリすると言う国民感情をうまく利用しています。

未来志向とどの韓国大統領も言いながら、結局反日に徹してしまう現実、それは日本があまりにもいい人すぎるからで、それこそ、中共のようにあからさまに嫌がらせをしないと理解はされないでしょう。しかしながら、来日する韓国人は中国人と同じくらいの人数であり、人口比で見れば、圧倒的に韓国人の比率が高い訳です。

つまり、韓国政府は、日本は何にもできないだろうと高をくくっているのです。産経の黒田氏がBSプライムニュースで話していましたが、徹底的な褒め殺しなんていいかもしれません。ただ、一般常識の通じない韓国に対しての褒め殺しとは???

では、今週号をお楽しみください。

https://ameblo.jp/unarigoe/entry-12411743652.html

2018/10/14 唸声


 ◎巨大ITの取引実態調査…公取委、市場支配懸念

公正取引委員会は「プラットフォーマー」と呼ばれる巨大IT企業の取引 実態を把握するため、年明けにも大規模な実態調査に乗り出す方針を固め た。寡占が進んで巨大IT企業の市場支配力が高まり、取引先に不当な取 引を強いている恐れがあるためだ。独占禁止法40条に基づく強制調査も 検討する。

インターネットの通販サイトやスマートフォン(スマホ)の基本ソフト (OS)、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などを提 供する巨大IT企業は、利便性の高いサービスで人気を集めるが、それぞ れの分野で寡占が強まっている。圧倒的な交渉力を背景に、通販サイトで 商品を扱う取引先に値下げを求めたり、高い利用料金を要求したりする問 題行為が目立ち始めている。
読売新聞10/12(金) 6:13配信



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身 辺 雑 記
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13 日の東京湾岸は曇天。14日も曇天。

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創刊日:2004-01-18  
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