政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針4824 号  2018.10.6(土)

2018/10/06

                       
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わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」4824号
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       2018(平成30)年  10月6日(土)

 


                         紫式部と蕪村の「和紙」:毛馬一三

        イタリアのトリエステ港を狙う中国:宮崎正弘
     
       拉致解決、安倍対北外交で団結せよ:櫻井よしこ

          「軍事同盟」で退陣した内閣:渡部亮次郎      

       
                 
                      話 の 福 袋
                       反     響
                       身 辺 雑 記


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第4824号
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紫式部と蕪村の「和紙」
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                                     毛馬 一三


書き出しは、大阪俳人与謝蕪村のことからだ。蕪村(幼名:寅)は、生誕 地大阪毛馬村で幼少の頃、母親から手ほどきをうけて高価な「和紙」を 使って「絵」を描いて、幼少時期を楽しんでいたことを、最近知った。

寅は、庄屋の子供だったから、高価な「和紙」を父から自在に貰って、絵 描きに思いのままに使ったらしい。

その幼少の頃の絵心と嗜みが、苦難を乗り越えて江戸に下り、巴人と遭遇 してから本格的な俳人となったのも、この幼少の頃「和紙」に挑んだ「絵 心」とが結び付いたらしい。

さて、本題―。

高貴な「和紙」の事を知った時、ジャンルは違うが、紫式部が思い切り 使って「和紙」を使って「世界最古の長編小説・源氏物語」を書いたこと を思い出した。

そのキッカケは、福井県越前市の「和紙の里」を訪ねてからである。

越前市新在家町にある「越前和紙の里・紙の文化会館」と隣接する「卯立 の工芸館」、「パピルス館」を回り、越前和紙の歴史を物語る種々の文献 や和紙漉き道具の展示、越前和紙歴史を現す模型や実物パネルなどを見て 廻った。

中でも「パピルス館」での紙漉きを行い、汗を掻きかき約20分掛けて自 作の和紙を仕上げたのは、今でもその時の感動が飛び出してくる。

流し漉きといって、漉舟(水槽)に、水・紙料(原料)・ネリ(トロロア オイ)を入れてよくかき回したあと、漉簀ですくい上げ、両手で上下左右 に巧みに動かしていくと、B5くらいの「和紙」が出来上がる。まさにマ ジックの世界だ。

ところでこの越前和紙だが、今から約1500年前、越前の岡太川の上流に美 しい姫が現れ、村人に紙の漉き方を伝授したという謂れがある。

山間で田畑に乏しかった集落の村人にとり、紙漉きを伝授されたことで、 村の営みは豊かになり、以後村人はこの姫を「川上御前」と崇め、岡太神 社(大瀧神社)の祭神として祀っている。

<その後大化の改新で、徴税のため全国の戸籍簿が作られることとなり、 戸籍や税を記入するために必要となったのが「和紙」である。そのため に、越前では大量の紙が漉かれ出したという。

加えて仏教の伝来で写経用として和紙の需要は急増し、紙漉きは越前の地 に根ざした産業として大きな発展を遂げてきている>。

さて長編小説「源氏物語」の作者紫式部は、執筆に取り掛かる6年前の 24歳の時(996年)、「和紙」の里・越前武生に居住することにな り、山ほどの「和紙」に囲まれて、存分に文筆活動に励んだ。

当時、都では「和紙」への大量の需要があったらしく、宮廷人も物書きも 喉から手が出る程の「和紙」だったが、手には入らなかった。

ではどうして都にいた紫式部が、遥か離れた「和紙」の里越前の武生に移 住してきたのか。それはご当地の国司となった父の藤原為時の“転勤”に関 わりがある。文才だけでなく、商才に長けた為時の実像が浮かび上がる。

<為時は、中級の貴族で、国司の中で実際に任地へ赴く“転勤族”だったそ うで、996年一旦淡路の国(下国)の国司に任命されるが、当時の権力 者・藤原道長に賄賂の手を使って、転勤先を越前の国(上国)の国守に変更 してもらっている。はっきり言えば為時は、淡路の国(下国)には赴任した くなかったのだ。何故なのか。

当時、中国や高麗からの貿易船が日本にやってくる場合、海が荒れた時や 海流の関係で、同船団が「越前や若狭」の国を母港とすることが多く、こ のため海外の貴重な特産品が国司のもとに届けられ、実入りは最高のもの だったという>。

藤原為時一族は、中級の貴族ながら文才をもって宮中に名をはせ、娘紫式 部自身も為時の薫陶よろしく、幼少の頃から当時の女性より優れた才能で 漢文を読みこなす程の才女だったといわれる。

これも商才に長けたばかりでなく、父親の愛情として、物書きの娘に書き 損じに幾らでも対処できる「和紙」提供の環境を与えたものといわれる。

<この為時の思いは、式部が後に書き始める「源氏物語」の中に、武生で の生き様が生かされている。恐らく有り余る「和紙」を使い、後の長編小 説「源氏物語」の大筋の筋書きをここで書き綴っていたのではないだろう か。平安時代の歌集で、紫式部の和歌128 首を集めた「紫式部集」の中 に、武生の地で詠んだ「雪の歌」が4 首ある。

越前武生の地での経験が、紫式部に将来の行き方に影響を与えたことはま ちがいない。と同時に式部は、国司の父親のお陰で結婚資金をたっぷり貯 め込むことも成し遂げて、約2年の滞在の後、京都に戻り、27歳になっ た998年に藤原宣孝と結婚している>。

越前武生の生活は、紫式部にとり「和紙」との出会いを果たして、後の世 界最古の長編小説への道を拓くことに繋げた事は、紛れもない事実であろう。

<紫式部の書いた「源氏物語」の原本は現存していない。作者の手元に あった草稿本が、藤原道長の手によって勝手に持ち出され外部に流出する など、「源氏物語」の本文は当初から非常に複雑な伝幡経路を辿っていた という。

確実に平安時代に作成されたと判断できる写本は、現在のところ一つも見 つかっておらず、この時期の写本を元に作成されたと見られる写本も、非 常に数が限られているという>。
 
この歴史の事実と筆者の推論を抱きながら、「紫式部公園」に回り、千年 前の姿をした高い式部像に対面してきた。

北京五輪の開会式の時、中国の古代4大発明の一つとして「紙」を絵画の 絵巻をCGで描き、国威を高らかに示した。

この紙が7〜800年後に日本に渡り、「和紙」となった。その後、「世 界最古の長編小説を書いた女性が日本にいた」ということは、中国は勿論 諸外国は知らない。

参考:ウィキペディア、: 青表紙証本「夕顔」 宮内庁書陵部蔵


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イタリアのトリエステ港を狙う中国
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平30年(2018年)10月4日(木曜日)弐
        通巻第5846号  
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 ピレウスの次はイタリアのトリエステ港を狙う中国
  イタリア首相府。「一寸の土地も中国には売り渡さない」
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旧ユーゴスラビアの北端は、いまスロベニア(首都はリュブリナ)。冷戦 時代は、この国境に高い「壁」が築かれ、西側と遮断されていた。

北西のノヴァゴリッツァの目の前がイタリア、いまは自由に行き来でき る。筆者も三年ほど前に行ったが、イタリア側とハイウェイが繋がり、イ タリアのほうから物価の安いスロベニアのスーパーに買い物に来ている (拙著『日本が全体主義に陥る日――旧ソ連、衛星圏30ヶ国の真実』、ビジ ネス社を参照)。

そのスロベニアに突き刺さるようにアドリア海の内湾に入り込んだイタリ アの港がトリエステである。この地は古代ローマ時代から軍事要衝だった。

欧州で11番目の規模(コンテナの扱い量)の港は、アドリア海からヨー ロッパ大陸を?ぐ。この港から欧州製品が世界各地へ輸出されている。観 光地ヴェニスの対岸である。

中国が大規模な投資、インフラ建設を呼びかけているのが、このトリエス テ港だ。

ギリシアのピレウスに比べると小規模とはいえ、ターミナルの拡張、倉庫 の拡大と物流アクセスの複線化などのインフラを整備すれば、コンテナ扱 い量を飛躍させることができると中国が提案したという。

たしかに、ギリシアのピレウスは欧州への玄関であり、コンテナの年間取 り扱い糧は、375万TEU(20トンコンテナが一単位)。一方のトリエス テは73万TEUだ。

しかし、ピレウスの管理運営権は、ギリシアの財政難、IMF救済の大騒 ぎに紛れて、2016年に中国のCOSCOが30億ドルで買収した。以後、不 正書類や輸入量の誤魔化しばかりか、不法移民がコンテナ輸送されていた ことも発覚した。
 
イタリアのメディアが騒ぎ出した。

「中国がピレウス港を買収したように、トリエステ港は中国に奪われるの ではないか」

「スリランカの例にあるように、将来軍事基地となるのでは」

「NATOと対立を煽る結果にならないか」

 楽天的なイタリア人から、こういう悲観的見通しが先にでることは珍し いが、すでにフィレンツェの隣町プラトーが、いつの間にか気がつけば中 国人に乗っ取られてしまったように、現実に中国の経済的進出の脅威を経 験しているからだ。

ジョルデティ官房長官が会見して曰く。

「われわれはギリシアではない(破産していない)。イタリアの土地は一 寸たりともチーノ(中国)には売り渡さない」。

さらに付け加えた。「ピレウスからバルカン半島を北上し、ベオグラード からブタペストへ中国は鉄道を建設しているが、基本的なルートの誤断 だ。トリエステからだと、欧州の中枢へ繋げる」

投資は歓迎、買収なら拒否というのがイタリアの姿勢だ。

     
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 (読者の声1) 旭日旗に対する韓国の非常識と無知
  来週済州島沖で行われる韓国主催の国際観艦式において韓国側は参加 予定のわが自衛艦に旭日旗(自衛艦旗)を掲げるな、とわめいている。
理由は旭日旗が「戦犯旗」であるからだと、全く非常識にして無知極まり ないかの国の民度を示すものではないか。
世界のすべての海軍は軍艦旗(Naval Ensign)を国家の主権を象徴するも のとして互いに認め合い、敬意をもって尊重している。
かの大戦で帝国海軍と死闘を演じた米国、英国両海軍はわが帝国海軍が軍 艦旗として掲げ、現在は海上自衛隊が継承している旭日旗を最大の敬意を もって遇している。
彼らは旭日旗が日露戦争においては東郷元帥が旗艦「三笠」にZ旗ととも に戦闘旗として掲げた栄光の旗であることをよく承知しているからだ。そ れは米英に限らず世界の全ての国と海軍が知っていることだ。日清、日露 の戦いから大東亜戦争に至るまでアジア解放のために戦ったのが帝国海軍 であり、普段は艦尾に、戦闘時にはメインマストに戦闘旗として掲げられ た旭日旗を仰いで実に多くの勇敢なる将兵が戦い、身命を祖国に捧げたの である。
日本と戦争をしたこともない韓国が旭日旗は戦犯旗だ、軍国主義だとほざ くのはおのれの無知と馬鹿を世界に示していることに気がつくべきであ る。防衛省、海自が旭日旗の掲揚は国内法たる自衛隊法で定められたこと であり断固拒否する姿勢を示しているのは当然である。
  (武蔵国杉並住人)

          
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拉致解決、安倍対北外交で団結せよ
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           櫻井よしこ

インターネットで配信する「言論テレビ」を始めて6年になった。毎週金 曜日の夜9時から、原則として1時間の番組を2本ずつ放送している。9月21 日は6周年記念の2時間特別番組で拉致問題を取り上げた。

横田めぐみさんが13歳で拉致されて今年で41年、お母さんの早紀江さんが 語った。

「1977年11月15日、朝、普段どおりしっかり食事して、牛乳も飲んで、本 当に元気に出かけました。いつものお友達が迎えにきて『きたきた!  行ってきます!』と飛んでいったのが最後です」

11月の新潟は日暮れも早い。暗くなっても帰らないめぐみさん。ありとあ らゆる場所を探した。懐中電灯をかざしてまっ暗な海辺も歩いた。恐怖で 足がふるえる中を、めぐみちゃんめぐみちゃんと叫び続けた。突然、煙の ように消えてしまった一人娘。母は、誰もいなくなった昼間、畳を掻きむ しって泣いた。海に身を投げて死んでしまいたいと思った。

そうして19年が過ぎた1996年、元共産党議員秘書の兵本達吉氏から、北朝 鮮にいると伝えられた。

「生きている! 1、2年で帰ってくる!と、なぜか思いました。でも朝日 放送の石高健次さんが、相手は難しい国だから、少なくとも数年はかかる と言いました」

数年どころか、それから22年が過ぎた。めぐみさんの拉致からは実に41年 が過ぎ、彼女はもうすぐ54歳になる。御両親も同じだけ年を重ね、父の滋 さんは85歳になった。

「一時期、体調を崩しましたが、主人はいま頑張っています。私も新潟に いたときのように泣き虫ではいられません。毎日、戦いと祈りの中で今日 までやってきました。国民をさらわれて41年間も取り返せない。日本がこ んな国ではいけないのです」

拉致というテロ

早紀江さんは、国民を救えない日本国に対して、なぜ、救えないのかと問 う。国民の心をひとつにして、安倍晋三首相の下に力を結集して救出して ほしいと切望する。朝鮮問題の専門家、西岡力氏が指摘した。

拉致問題を巡っていま膠着状態に陥っているかに見えるが、それはすべて 織り込み済みだ、と。安倍首相もトランプ大統領も、北朝鮮に対してこち ら側の要求を全然降ろしていないから交渉が動かないだけで、動揺しては ならないと強調する。

「これまでの日本のやり方では、北朝鮮との話し合いが進まないと、その こと自体が問題だとして、日本側が要求を降ろしてきたのです。交渉の厳 しさに耐えられず、まず日本が譲歩する。すると北朝鮮が少し反応する。 それが何らかの進展であるかのように考える。しかし、それは全く何の解 決にもつながってこなかった。大事なことは、こちら側の要求は一切、降 ろさないことです」

めぐみさんの弟の拓也さんが語る。

「家族会として度々訪米し、拉致について訴えてきました。アーミテージ 元国務副長官にお会いしたとき、どんな解決を望むのか、北朝鮮に決めさ せるのではなく、日本のあなた方が決めることだと言われました」

国民の命を守ることが政府の責任だという原則を米国は守り続ける。拉致 問題の解決、被害者をどのような形で取り戻すかは、日本人が決めて、そ れを拉致というテロを犯した北朝鮮に要求すべきだとの指摘は真っ当だ。 拓也氏は、米政府中枢における拉致問題についての理解が急速に広がり、 深まっていると感じている。

「何度も訪米して活動してきた中で一番辛かったのは、拉致問題を毎回最 初から説明しなければならず、そうしてさえ何分の一もわかってもらえな い時期が続いたことでした。けれど昨年9月には、殆んどの方が本質的課 題を理解していました。国家安全保障会議のアジア上級部長、ポッティン ジャー氏は、私が話し始めるより先にこう言ってくれました。めぐみさん をはじめ北朝鮮が死亡と宣言した8人は生きているんでしょ、横田さん御 夫妻の娘に会いたいという気持ちはトランプ大統領が娘さんや奥さんを愛 しているのと同じです、あなた方の辛い気持ちを必ず大統領に伝える、と 約束してくれたのです」

その後、9月19日、トランプ大統領は国連総会での演説で、めぐみさんの 事件に言及した。

「同盟国とはいえ、他国の一人の民間人のことを発信して下さった。世界 中が改めて認識し、北朝鮮には大きな圧力となりました」と拓也氏。

トランプ政権が後押しする中、安倍首相は最終的には自身が金正恩氏に会 い、拉致問題を解決する決意だ。日本が求める解決策は「拉致被害者全員 の即時一括帰国」しかない。

日朝議連

この目標に向かって日本は団結しなければならない。にも拘らず、アメリ カ政府高官らが拉致に関していま何をすべきかを本質的に理解しているの に比べて、日本国内には非常におかしな動きがある。日朝国交正常化推進 議員連盟(日朝議連)がその典型だ。西岡氏の指摘は深刻だ。

「日朝議連が6月に会合を開き、講師に朝鮮総連の機関紙、『朝鮮新報』 平壌支局長の金志永氏と田中均元外務審議官を招きました」

金氏は拉致問題は解決済みだと、田中氏は連絡事務所を設けて合同調査を すべきだと、発言したそうだ。

「石破茂氏もこの会に出席しています。朝鮮総連の幹部達は足繁く、日本 の政治家の所に通って彼らの考えを吹き込んでいます。石破氏の自民党総 裁選挙の公約にも、彼らの主張が入っています」と西岡氏。

 石破氏は東京と平壌に公的な連絡事務所の設置を公約に掲げた一方で、 こうも語っている。
 「拉致問題の全面解決がなければ、何も進展しないというものからは脱 却しなければならない」

拓也氏が切り捨てた。

「このような宥和論はナンセンスであり、妨害工作でしかない」

北朝鮮は国民一人一人に番号を振って管理している恐怖社会だ。その国に 連絡事務所を設けて、北朝鮮と共に拉致問題を調査するなど、拓也氏の言 うとおりナンセンスだ。

拉致解決には、まだ大きな山場を少なくとも二つ踏み越えなければならな い。まず、米朝間で北朝鮮の核ミサイルの廃棄を実現しなければならな い。そのためには圧力をかけ続けることも必要だ。二つ目は日朝交渉であ る。北朝鮮はまだ、日本の世論をだませると思っている。そんなふうに彼 らに思わせているのが、日朝議連をはじめとした動きである。日本人はも う北朝鮮の嘘にはだまされない。日朝議連のような考え方を断固、排除 し、国民、政治家、政党が心をひとつにして、拉致被害者全員を一括して 取り戻す決意を固めるときだ。
『週刊新潮』 2018年10月4日号 日本ルネッサンス 第821回

     
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「軍事同盟」で退陣した内閣
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       渡部亮次郎

若い頃、NHK記者として4年間駐在した岩手県には、後に総理大臣になる 鈴木善幸(ぜんこう)のほか小沢佐重喜(さえき)、椎名悦三郎ら、錚々 たる政治家がいた。言うまでも無く佐重喜は小沢一郎の父、椎名は副総裁 として田中角栄の後継首相に三木武夫を推して大失敗した。

そうした中で目立つようで目立たなかった男が鈴木善幸だった。三陸沿岸 の漁民の出。はじめは日本社会党から代議士になったが、間違いに気付い て保守党に鞍替え、とうとう自民党総裁、総理大臣になった。

だが日米安保条約の何たるかも知らずに過ごし、自民党内のバランスに のっていただけだったので総理大臣にまつり上げられたものの、「能力不 足」を晒して途中退陣した。

日本大百科全書(小学館)にはこう書かれている。

<国内では自民党の絶対多数を背景に、軍事力増強、実質的な靖国(やす くに)神社公式参拝、参議院の比例代表制導入、人事院勧告凍結を実現し た>。


鈴木善幸内閣]は1980(昭和55)年7月成立した。前任の大平正芳が総選挙 中、糖尿病の合併症たる心筋梗塞で急死したところ、「闇将軍」といわれ て評判の悪かった田中角栄が裏で動いて、突如、鈴木善幸を後任として指 名した。私はその現場に居合わせた。

昭和55(1980)年6月12日未明、大平が死んだ。それに先立って、ホテルに いた私に園田直(当時は無役)から電話。「大平さんが亡くなったらしい、 調べてくれ」で確認。弔問の為、虎ノ門病院で落ち合う。

彼も当時、糖尿病が悪化。減量の為服用していた利尿剤が効き過ぎてゲッ ソリしていたので、マスコミの目を引いたことを覚えている。
病室から出てきた園田。車に乗ると「ナベしゃん、これからどうした方が いいかな」。すかさず「目白へ行きましょう」「そうだワシもそう考えて いた」。

角栄は先に弔問から戻っていたが、客は園田がその朝は初めてだった。約 1時間して出てきた園田。車中「善幸に決まった」と。「それは妥当なと ころでしょう。大平派の後継者でもあるし」と私。

大平の死で有権者の同情は自民党に集まって総選挙は、大勝。分裂寸前 だった自民党を結束させ、抗争なしで鈴木政権は成立したのだった。

<「増税なき財政再建」を公約とし、1981年3月には臨時行政調査会を設 置し行政改革を最大の課題とした>。(同)

9月になって厚生大臣齋藤邦吉の不正献金がばれて辞職。その後任に園田 が推されたのは、多分に角栄の押しがあったと思われた。

<1981年1月鈴木首相が東南アジア諸国を歴訪、5月には日米首脳会談を開 き日米「同盟関係」を明記し、西側陣営の一員としてアメリカの対ソ戦略 に協力していく姿勢を明らかにした>。

しかし鈴木首相は首脳会談では、そんなことは話題にならなかったと一旦 は否定。共同声明から軍事同盟云々を消そうとした。日米の首脳が会談す るという事は要するに日米安保体制を確認し、軍事同盟を再確認する事だ という外交上の初歩的知識に首相は欠けていたのだ。

この混乱で鈴木首相は党内で孤立感を深めた。同一派閥であった外相伊東 正義が辞任した後を埋めるのに、厚生大臣のピンチヒッターだった園田を またピンチヒッターにした。

しかし、園田は糖尿病が悪化。外遊しても飛行機から車まで歩けない場面 がしばしばとなった。マニラではとうとう日米首脳会談の共同声明なんて どうでもいい軽い問題でしかない、といった趣旨の問題発言をして政権の 足を引っ張った。

事後になって鈴木は日米首脳会談について「オレは踊り(外交)の素人なん だから、手ぶり身振りの最後まで教えないと踊れないよ。教えない外務省 が悪い」といった。外務省側は「初歩知識をお教えするのは失礼に当る か、と」。

政治における知識や情報の扱い方はビジネスの世界とまるで異なる。ビジ ネス界は「儲け」で一丸となっているが、政治の世界では役人と政治家の 間に抗争が隠されていたり、遠慮がはさまれたりして要は単純ではない。

しかし1982年6月2兆円以上の歳入欠陥が明らかとなって「増税なき財政再 建」は破綻し、行政改革も自民党・官僚の抵抗で後退を余儀なくされた。

さらに日米経済摩擦、日韓経済協力、教科書記述に対するアジア各国から の批判といった難問を適切に処理できず、内外ともに手詰まりの状態のな か、1982年10月12日突如退陣を表明した。

鈴木政治は難問を先送りにして解決を図るといった消極的姿勢を特徴とし ていた。また党幹事長に二階堂進を起用するなど田中角栄の影響力を強く 受け「角影内閣」との異名をとった。>
日本大百科全書(小学館) (文中敬称略) 2010・4・4




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日本とアメリカの企業社会における文化の違い
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                                前田 正晶


これは今を去ること10年前に発表した私独自の「日本とアメリカの間に存 在する文化比較論」の冒頭のところである。これだけでも十分にその違い が現れていると思うので、あらためて一部を加筆訂正して再録し、各位の ご参考に供したい。

*“文化の違いという名の凸凹道を貴方が平坦な道路だと思って歩けるよう に綺麗にならして上げるのが私の仕事”*

私が生涯最高の上司と呼んで来た10歳年下の副社長兼事業部本部長(当 時)と私自身、それに事業部がこの日本市場で成功するためには、「企業 社会における文化の違いを征服すること」が、私に与えられた最大の課題 の一つであると認識していた。だからこそ「文化の違いとは如何なるもの か」を認識することに神経を集中した。ここに語ることはその努力の成果 であると共に、もしかすると永遠に日米相互に本当に理解されることがな いのではと懸念している。

*日本とアメリカ相互の理解・認識不足:*

日本とアメリカの文化に明らかな違いがあることに対して、最早戦後70
年以上も経っているのに、日米相互に認識不足であるのはどうしたことだ ろう?思うに、圧倒的な大多数の人は「そんなことは先刻承知だ。何もこ とあらためて聞かされることではない」と認識しておられるだろう。

つい先頃、この人ならば思う複数の方が「アメリカとは服装がキャジュア ル(カタカナ語は「カジュアル」)で、言葉遣いもスラングが多く、粗野 な人が多く、自由で、努力すれば報われる国だ」と信じておられるような ことを真顔で言われたのには、いわば毒気を抜かれた感があった。

その背景には我が国の、英語等の外国語によるによる「日本とは」等の情 報発信量がほとんどゼロに近いことがあるだけではなく、「アメリカと は」という情報の受信も誠に不十分であったと確信している。アメリカか らの日本向けに発進されてくる情報はといえば、戦後直ぐの進駐軍当時の 偏った内容を変更するに足るものではないと見ている。故に、日米ともに 情報発信の努力をすべきであると常に主張してきた。

私は1990年以来、機会ある事に書き物と講演と、さらに96年からはラジオ 放送で、相互理解と認識の必要性を説いてきた。アメリカ側の対日理解度 などはかなりお寒いものであると22年有余の外資暮らしで十分承知していた。

だからこそ、1990年に志願してウエアーハウザー(Weyerhaeuse Company、以後W社)本社事業部で”Japan Insight”と銘打った「日米企業 社会における文化の違い」についての90分のプリゼンテーションを行った のであった。

などと言えば「何で今頃日米文化比較論?」という声が上がるだろう?そ う言いたい方に以下の私の比較論をご一読願っても、「面白い話を聞い た。世の中にはこういう主張をする人もいるという話の種にする」と言わ れそうな気がする。

その相互不理解振りたるや「長年連れ添った夫婦間の相互理解の認識と理 解不足よりも酷い状態」と、多くの私立大学で国際法を教えておられたTY
先生が喝破された。私如きには到底思い浮かばなかったような至言である と思って拝聴した。

本心を言わせて貰えば、私の文化比較論の主張の如きものが役に立つよう では我が国のアメリかに対する認識不足が浮き彫りになって宜しくないと 思うのだが、「相互の認識と理解不足の状態ではない」と思っておられる 方が多いのも困ったことではないだろうか?

私の経験上からも言えるのだが、アメリかには平然と「日本は中国の一部 では」などと言う者が今でもいるのだ。

何れにせよ、ここに記したものは飽くまでも「日本とアメリカの紙パル プ・森林産業界」の会社における1955年から2007年までの経験と見聞に基 づいていることをお断りしておくと同時に、飽くまでも比較論であってア メリカ礼賛ではないと申し上げておく。

*「就職」か「就社」か:*

これこそ企業社会における大きな違いの代表的なものであると信じて疑わ ない。W社入社後2年目のことだった。1976年ニュー・ジャージー州アトラ ンティック・シティーで開催されたコンヴェンションの会場でアメリカ人 の学生に「この会社のこの事業部に就職したいのだが、誰に履歴書を送れ ばいいのか」と尋ねられ、その意味が解らなかった。そこで近くにいたシ カゴ営業所長(当時、後の副社長兼事業部本部長)に回した。そして、そ の質問の意味を解説して貰ったものの、当時は良く把握できなかった。

これが、アメリカでは「就職」であって我が国では「就社」であると知る きっかけになった。アメリカの会社には経験者が「即戦力」として、会社 ではなくその事業部に採用されるのだから、当然「何でも承知している」 との前提。だから、何か疑問があり自分から訊こうとしない限り、事業部 内のことは言うまでもなく「会社」自体のことでも、上司も同僚も誰も何 も教えてくれることはない。

各事業部門に何らかの空席となっている仕事があるか、または新規に欠員 が発生した場合、それを直ぐにでもこなせる人物を雇うのがアメリカ式。 事業部として新規採用は内部からのこともあるし、外部からのこともあ る。私はアメリカの会社2社に勤務したが、何れの場合も”training
”と称する事業部内の本社、工場、研究所を回って顔つなぎをした後は、 簡単に言えば東京に戻って得意先に挨拶回りをしただけであった。

その本部で”Job description”=「職務内容記述書」を貰いこれを仕事の 指針として、翌日から自分一人でやりなさいという形で行動を開始した。 目標の数字等は与えられるが、その達成法は当人が決めることで事業部長 から細かい指示などなかったと言って良いだろう。このようにアメリカの 製造業では新卒を定期的に採用し教育してから使うことなどは全く考えて いないのである。

上記のように仕事の進め方については一切何の指示も命令もなかったのも 当たり前のことで、そういう作業を省く為に経験者を即戦力で採用したの だから、教育的指導などするわけがない。実際には自分で業務の内容を把 握して、今日は何をするか、今週の行動は、来月はというようなことに関 しては、全て自分で把握して自分に命令を発して動くだけ。結果が出なけ れば全て自分に返ってくるのだから解りやすい世界。

勿論、本部というか私の場合は副社長兼事業部長とは毎日のように綿密に (当時は電話で)連絡を取り合っているから、自分の予定外の指示も沢山 来ることがある。そこには優先順位をどう付けていくかは本人の判断力の 問題となってくるのだ。

兎に角、何でも自分一人でやらねばならず、同じ事業部内でも全部員がそ れぞれ担当分野も範囲が違うのだから、同僚や他人は全く頼りにできない のである。即ち、何でも自分がやったことの結果が良かろうと悪かろうと 自分に返って来る仕掛けである。誰も助けてくれないし、他人を助ける理 由がない。これは日本の会社の仕事の進め方との根本的な違いである。

頼りにしても良いのは秘書だけで、彼女(女性と限定しても良いだろう) も異なる”job description”で働いているのだから、便りにできることに も限界がある。私は秘書さんとの間では「一切の判断業務はしないで結 構」という取り決めをしていた。

今回はここまでに止め、また機会があればあらためて、日本とアメリカの ビジネスの進め方の間に厳然として存在する違いについて述べていこうと 考えている。


              
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重 要 情 報
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 ◎韓国「旭日旗」禁止法案提出にネットも騒然 社旗が似ている朝日新聞、ソウル支局では掲揚せず!?  

韓国与党「共に民主党」の国会議員が、日本海軍の軍艦旗であり、海上自衛隊も採用する「旭日旗」などの使用を禁じる、非常識な法案を提出した。韓国は過去にも、同旗や同旗に近いデザインを糾弾する異常行動を取ってきたが、またまたヒートアップしている。こうしたなか、旭日旗に近いデザインで知られる朝日新聞の社旗も注目されている。何と、同社のソウル支局では、社旗が掲揚されていないことが分かった。

隣国のあきれた法案は「旭日旗をはじめとした帝国主義、戦争犯罪を象徴する衣類、旗、小物などの製作、流布や、公共交通機関、集会、公衆の前での掲示、着用、携帯」を処罰の対象とするもの。与党議員は同時に、旭日旗などを掲揚した船舶の領海航行を禁じる法案まで提出した。

韓国・済州(チェジュ)島で10〜14日に開かれる国際観艦式で、海自艦船が「旭日旗」を掲揚することに、韓国政界やメディアが「帝国主義の象徴」などと、大騒ぎしていることが背景にある。

そもそも、軍艦旗の掲揚は、軍艦と民間船を区別する国際ルールである。旭日旗をめぐる悪意に満ちたキャンペーンと大騒ぎは、「慰安婦」「徴用工」に続く、韓国による新たな「反日」材料といえる。

同様の法案は、2013年にも提出された。

菅義偉官房長官は当時、「日本国内で広く使用されている」「大きな誤解がある」と反論。日本政府の申し入れもあり、法案は成立しなかったが、「従北・反日」の文在寅(ムン・ジェイン)政権の下では、どうなるか分からない。

ところで、旭日旗と、朝日新聞の社旗は類似したデザインだ。ネット上も、《朝日新聞、社旗を掲揚できなくなりますね》《韓国世論が、朝日新聞の旗には何も言わないのが不思議でならない》などと騒然としている。

夕刊フジは3日、朝日新聞に対し、(1)韓国側から(社旗について)問い合わせや要請を受けたことがあるか(2)あった場合、どのような内容だったか(3)ソウル支局に社旗は掲示(掲揚)されているのか。法案が可決した場合、対策は考えているか(4)社旗の由来は「旭日旗」か(5)韓国の法案提出への見解−について質問状を送付した。

同社広報部から同日夕、(1)(2)については「確認できません」。(3)には「掲示していません」。(4)には「1879(明治12)年1月の創刊時から昇る朝日とその陽光の社章を使っており(ます)」。(5)には「回答を控えます」−との回答文書が届いた。

朝日新聞は誇りある社旗を、ソウル支局では掲揚していないわけだ。

ともかく、理不尽な「反日」圧力に屈してはならない。

【写真】 
・ 旭日旗 旭日旗
・ 旭日旗とよく似た朝日新聞の社旗
<http://www.zakzak.co.jp/soc/news/181005/soc1810050008-p1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsPhoto>http://www.zakzak.co.jp/soc/news/181005/soc1810050008-p1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsPhoto
【ZakZak】 2018.10.5 〔情報収録 − 坂元 誠〕

 ◎18年9月に新宿の人口が前月比△0.2%の345,394人に:前田正晶

新宿区の嘗てのKoreatownも今は様変わりして、何処に行って韓国人ばか りで本格的な韓国料理店が大繁盛していた街から、韓国製の化粧品と韓国 式のジャンクフードに日本の若き女性たちが群がっているだけに変わって しまった。テレビ局などは未だにその変貌に気が付いていないようで、安 直な韓国料理を売り物にしているようなところばかりを採り上げている。 私が近頃しきりに強調しているように、同じ大久保通りでも山手線の内側 と外側では明らかに街の様相が変わってきたことなどは全く無視している ようだ。

今やJR山手線の新大久保駅から中央線の大久保駅の間は韓国色は希薄で、 何処の国の者たちかも解らない者たちが四六時中トローリーケースを引き 摺って宿泊先に向かって移動している。その中にはイスラム教徒も東南ア ジアの人たちと思しき者もいれば、ネパール人も明らかに増えていると思 わせてくれる。韓国語を話している者などには滅多に出会うことなどない ほど、外国人の分布図が変化してしまっている。

目下JR山手線の新大久保駅が改装工事中だが、その構内の混雑振りなどは 恐ろしいほどで、私のような超後期高齢者ともなれば階段を降りてくる無 数の異邦人たちの流れに逆らってプラットフォームに上がっていく勇気が 出ずに、遠くてもエレベーターもエスカレーターもある高田馬場駅を利用 することが多くなってきたほどである。兎に角言わば新Koreatownでは韓 国製品には縁のない私などは大久保通り移動しようと思えば、そこに群が る若き女性の人混みを押しのけかき分けて歩くしか手段がないほど繁盛し ているのだ。このように大久保通りは完全に二極分化してしまった。

新大久保駅と総武線の大久保駅との間に6月から開店したドンキホーテと その隣の業務スーパーが、資金力が乏しいのだろうアジア系の若者が数多 く買い物に来ている。彼らは最早牛丼店にも回転寿司店にも入る余裕がな いのか、あるいは自炊に徹したかは知らないが、食材を買うことに専念し ている連中が多いのだ。そのせいがあらぬか、八百屋と兼用のハラルフー ドを商う店がこの辺りにも増えつつある。要するに、大久保通りの北側で は街を挙げて彼らお手元不如意の異邦人にサービスしているとしか思えな い状況だ。

9月の新宿区の人口では全体で668人減少していたが、それは外国人が903 人も減って42,579人となったことによる。外国人の比率が12.3%で8月の
12.6%からは大幅に?減少していた。日本人は235人の増加で302,815人と なっていた。外国人が珍しく43,000人を切ったと言うが、私は不法滞在者 などがどれほどいるかなどは解ったものではないだろうし、短期滞在の旅 行者を含めれば感覚的には10万人もいるのではないかとすら思わせられる。

毎回同じ事を言うが、業務スーパー「河内屋」で常に異邦人が数千円も投 じて調理済みではない食料品を大量に買い込んでいく様子を見れば「この 店は何の為に違法滞在の外国人をも救済しているのか」と疑問に感じる。 しかも、その隣に開店したドンキホーテにも外国人には人気があるよう だ。私はこれらの2店は本気でアジア系の者たちの需要を狙っているのか と睨んでいる。私はそんな連中を援助する必要があるのかと疑問に思って いる。

新大久保駅前のイスラム横町のハラルフード店の賑わいは相変わらずで、 東京都内どころか都外からもイスラム教徒が押し寄せているようだ。外交 官ナンバーの車も度々見かける。彼らは平気で路上駐車しているので、文 化通りは何時も歩行者が迷惑している。我々(「私は」かな?)そのイス ラム横丁付近の乱雑さと汚れ方にはもう慣れたが、これを放置する新宿区 役所の取り締まりの不行き届きも腹立たしい。そこの建物の壁にガラス ケースを付けてスマートフォンを売って切る何処の国の者とも解らない者 を取り締まる規制はないのか。

私は「彼らに我が国そのものでなければ、新宿区が彼ら異邦人に悪用され ている」としか思えないのだ。恐らくこのインターネットの時代にあって は「新宿区百人町を利用すべし」とでも掲示板にでも記載されているので はないかと疑っている。私はアジア系という表現を用いているが、その中 でも圧倒的に多いのが中国人であるのは確実だ。だが、この界隈には中国 料理店はほとんど見かけないのも不思議だ。また、彼らは何処で生活の糧 を稼いでいるのだろうか。

私は我が国の政府も一般人も外国人に対して甘過ぎるし、要らざる歓迎を していると思う。それは我が国にお金を落としていく者たちもいるだろう が、この街にはそういう連中が来る訳がないと思う。現に、知り合いのネ パール人は「大久保通りに群がる連中の懐は当てにならないので、アジア 料理店の出店を避けた」と言っていた。偏見と言われようと何だろうと、 私は「彼ら異邦人を有り難がるべきではないし、無意味な敬意を表す必要 はない」と思う。

私は本当に裕福で純粋に観光で来る連中は兎も角、ヴィザが切れても不法 滞在しようと狙ってくる連中などは母国で落後したか失業したかまたは食 い詰め者だと信じている。しかも、彼らは条件さえ整えば国民健康保険に も加入できるのだ。しかも、中国には偽造の在留許可証や国民健康保険証 を輸出する組織があるというではないか。

私が何時も不思議に感じることは、大病院でも街の医院でも、韓国人の患 者に出会うことは少ないが東南アジア系や中国人には出会う事だ。彼らは 初診の場合に問診票にスマートフォンを参照しつつ事も無げに記入してみ せる、この私がアメリカのクリニックでは問診票の医学用語には手も足も 出なかったのにだ。こうやって保険料を納入していなかった不良外国人に 国保を蹂躙されてどうするのだ。

私は政府が懸命になって観光客を誘致しようとされることすらも疑問に 思っているが、一方では政府には上述のように外国人我が国を食い物にし ていると認識して貰いたいと願っている。ある新宿区議は百人町/大久保 界隈は未だスラム化していないので現状のままでも良いのだと言ってい た。認識が甘いと思った。私は早急に流入旅行者(人口)対策を講じるべ きだと言いたい。それとも少数民族の人口を増やして住民税か区民税の増 収でも図ろうというのか。

まさかアメリカのように非合法の移民が増えて少数民族が白人の数を超え そうな状態になってしまい、人口が3億人超にまで増えて、GDPが伸びたと いう現象を真似ようなどと言うのではあるまいな。

参考資料: 新宿区広報しんじゅく 平成30年10・5


 ◎我が国の言語教育の問題について:北村維康

10月5日の前田様のご文章に対しては、私もまことに同感であります。

私は、我が国の言語教育についての基本的な問題は、我が国が未だに本当 の意味で独立国ではないといふことに起因すると考へます。

それは勿論、国防といふ重大な問題を、アメリカ合衆国に依存してゐて、 国民の一人一人が「我が国は国民である自分が守るのだ」といふ、韓国人 でさへも持ってゐる気概すらも持たないがためであります。言語教育の問 題も、そこから派生してゐます。

しかし、安倍首相はいよいよ憲法改正を決断して、首相の任期中にそれを 実現すると意気込んでをられます。憲法を改正すれば、国民の国民たる意 識はいやがうへにも緊張感が高まり、言語教育に対する態度もそれなりに
真っ当なものへと改善されるでありませう。私は1人の国民として憲法改 正に協力しつつ、国語を巡る環境が是正されることを、静かに待ちたいと 思ひます。



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身 辺 雑 記
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6日の東京湾岸は曇天のち晴れ。


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  • 名無しさん2018/10/06

    糖尿病治療は受けると危ない!



    (糖尿病の薬は飲むな)



     「長生きしたければ、病院に行ってはいけない」とは「週刊現代」が組んだ特集見出しである。同誌は医療批判では、マスコミの先鞭をつけている。「飲み続けると、すごい副作用が、あなたの身体を壊す」「糖尿病の薬はもう飲まなくていい」(7月2日号)



     同誌の主張には根拠がある。2016年5月20日「日本糖尿病学会」と「日本老年医学会」が、糖尿病の判定基準値の見直しを発表したのである。これまで血糖値が6・5%を超えると、一律に「糖尿病」と判定していたのに、高齢者は7・5%まで、75歳以上なら8%までOKとした。さらに、認知症の人は8・5%まで宜しいとした。つまり、「糖尿病」ではないとしたのである。



    「そんなにいい加減なものだったのか?」と大人しく従ってきた患者も憤る。同誌に登場した医師は、「高血圧より、低血圧の方が、よほど恐ろしい。血糖の下げ過ぎで体調を悪くしている高齢者が多い」と言う。糖尿病学会は、その事実を知っている為、コッソリ基準値の見直しを発表したわけである。同誌は告発する。



    「心臓病で亡くなる高齢者の中に、日ごろから糖尿病の薬を常用している人が少なくない。薬による低血糖で心不全になり、亡くなった人が、実際には相当数、混じっている」



     こうなると完全な薬害、巨額の損害賠償裁判を起こされても仕方がない。学会の対応は、それを恐れ、「糖尿病薬を飲んだり、インスリン注射が逆に大事な寿命を縮めている。こんなバカバカしいことはない」としている。



    (インスリン注射で死亡率22%悪化した)



     2001年からアメリカ、カナダで大規模な実験が行われた。それは糖尿病患者の2つのグループを比較したものである。



    Aグループ→インスリン投与で血糖値を厳しくコントロールしている。



    Bグループ→インスリン無しで血糖値も気にせず食事療法をしている。



    3年後の死亡率はAの方がBよりも22%も高かったのである。つまり、薬で無理に血糖値を下げると、心臓に負担がかかり、心筋梗塞を起こすことが判明したのである。



    (薬で後戻りできなくする仕掛け)



     医者の勧めるまま血糖降下剤とインスリンを併用すると、血糖値が下がり過ぎ、倦怠感、抑うつ病状になる。重症低血糖状態が続くと、血糖値を上げるためにアドレナリンを分泌し、血管が収縮する。高齢者の場合、心筋梗塞を引き起こしたり、認知小脳を衰えさせることが珍しくない。血糖降下剤で膵臓はボロボロになり、二度とインスリンを作れなくなってしまう。後戻りはできない。すると、インスリン注射に移行する以外、策はなくなってしまう。(渡辺昌医師)



    (医者が薬を売りたいだけであるから、もう飲むな)



     良心的医師も現在の糖尿病治療を全否定する。「そもそも、現在主流になっている体内のインスリン濃度を上げ、血糖値を下げるという治療法が間違っている。薬を過剰に使い、低血糖の発作が起きれば、命を落とす危険性がある。高齢の方であればなおさらです」(新井圭輔医師)



     糖尿病にかかる医療費は、年に1兆2000億円超であり、血糖降下剤などの治療薬の売り上げも4000億円を突破している。医療産業は糖尿病依存症なのである。同誌は結論付ける。



    「医者が薬を売りたいだけ。多くの人にとって、もう糖尿病の薬は使わなくてもいい。医者や病院のために糖尿病薬を使い続ける必要など全くない」



    (薬の組み合わせで死ぬ)



     日本の高齢者は薬漬けである。「降圧剤」「糖尿病薬」「コレステロール低下剤」などである。これらには副作用があり、さらに副作用と副作用の相乗効果により死ぬ。医師は「添付文書」を全く読んでいない。だから、薬の危険な相乗効果で命を落としている患者は夥しい数に上る。



    「ブラビックス」→これは血液を固まりにくくする薬である。心筋梗塞や脳梗塞の再発を防ぐために処方されている。医者は「血液ドロドロを改善する薬だ」と患者に説明する。しかし、こういう患者が手術を受けると、出血が止まらなくなり死亡する。



    「降圧剤」→「ディオバン」など降圧剤と痛み止め(ロキソニンなど)の相乗効果で危ない。消炎鎮痛剤は血圧を上げる作用があり、降圧剤の処方が過剰になってしまう。アクセルとブレーキを同時に踏むのと同じである。身体には深刻な負担となる。



    「コレステロール低下剤」→「スタチン」は筋肉が溶け出す横紋筋融解症と言う深刻な重大副作用がある。ところが、他の高脂血症薬や免疫抑制剤などとの併用は、副作用を加速させる。



    「血糖降下剤」→他の薬と併用すると、血糖値を下げ過ぎ、手足の震え動悸を招く。利尿剤と併用すると、尿が出過ぎて脱水症になる。



     飲み合わせによる死亡事故は新薬が多い。認可の時、他の薬との相乗効果は治験が行われない。そのため、添付文書に副作用記載がない。だから安全だと考えるのは間違いである。厚労省に副作用情報が寄せられて初めて「併用禁忌」が「添付文書」に書き加えられていく。つまりは、患者は人間モルモットなのである。

  • 名無しさん2018/10/06

    【女帝・明石伸子】コンス・マナー講師が蔓延した原因のひとつが1990年代のCAの大量リストラ【偽宗家を抱き込み勢力拡大】https://blog.goo.ne.jp/chaos1024/e/e032a34aab79e8d2ecbf0ee042a10e55

    日本人について考えさせられた宗教観。そして正直、正義、人の道。 

    http://gekiokoobachan.jp/blog-entry-412.html

    言論の自由と抵抗の勇気を持った東歐諸国

    http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68735371.html

    【朝日新聞】朝鮮学校がスパイ養成所であっても関係ない 

    http://www.moeruasia.net/archives/49615213.html

    明日からも生きられる

    https://www.google.co.jp/search?q=%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%82%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwih3OWcz-3dAhVHOrwKHXLgBZMQ_AUIDygC&biw=1053&bih=398&dpr=1.5

    大変有意義な国際会議でした。

    https://ameblo.jp/yamada-masahiko/entry-12409316543.html

    【追記】新潮45でLGBTを徹底的に叩いた文芸評論家・小川榮太郎氏、代表作のはずの「論文」が存在しなかったhttps://buzzap.jp/news/20180927-ogawaeitaro-paper-missing/

    「中曽根元首相の検察への影響力」について

    http://sokokuwanihon.blog.fc2.com/blog-entry-1073.html

    訪日中国人、ニセ国際免許でレンタカー事故多発

    http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52032264.html

    朝鮮人の劣等感について

    http://hatekorea.blog.fc2.com/blog-entry-317.html