政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針4802 号  2018・9・14(金)

2018/09/14

                                                   
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わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」4802号
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       2018(平成30)年  9月14日(金)



         ワシントンのPLO事務所閉鎖へ:宮崎正弘

              ビタミンB1を思う:渡部亮次郎

      目が離せない中国共産党内の権力闘争:櫻井 よしこ

                     脳梗塞 2時間59分だとOK!:安井敏裕   
                    
                      話 の 福 袋
                       反     響
                       身 辺 雑 記


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第4802号
                             発行周期 不定期(原則毎日発行)
             
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ワシントンのPLO事務所閉鎖へ
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)9月11日(火曜日)参
        通巻第5825号  
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 トランプ政権。ワシントンのPLO事務所閉鎖へ
  サウジもエジプトもUAEも、PLO支援をやめている
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PLO(パレスチナ解放機構)は、嘗てレーガン政権下では「テロリスト 集団」と認定され、いちどはパレスチナの土地から叩き出された。

風向きが変わりクリントンが調整に乗り出して、「オスロ合意」を経て、 ラビン、ペレスと並んでアラファトがノーベル平和賞に輝いた。しかし平 和は訪れなかった。

反米闘争の主体はPLOからハマス、ヒズボラへと移行し、エジプトでは 「イスラム同胞団」政権が軍事クーデターで壊滅し、イラクとシリアの空 白状況にISが誕生、さんざんかき荒らした挙げ句に、いずこかへ消えた。

いまシリアはアサド独裁を支援するイランとロシアが軍事的主導権を握 り、あろうことか、アサドを敵視してきたトルコが、反米の一貫として、 この三者連合に加わってきた。

サウジ、UAEはカタールの孤立化とイエーメン内戦への介入に忙しく、 もはやPLOは関心の対象ですらないようである。
 つまりPLOは政治的影響力を阻喪したのだ。

トランプ政権は、イスラエルの大使館をテルアビブからエルサレムへ移転 した。周辺国から強い抗議がなかった。驚くべき変化だろう。
 
ついで米国はワシントンに駐在を認めてきたPLO事務所(事実上の大使 館)を閉鎖する決断を下した。

      
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者
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(読者の声1) アジア中華圏における日本文化の影響力といえば、子供や 学生は漫画やアニメにコスプレ、大人はAV、女性は化粧品と大人気。男 子が日本軍のコスプレなら女子はロリータファッション。福岡県が運営す るアジアンビートというサイトは日本のポップカルチャーを多言語で紹介 するサイトですが、モデルの青木美沙子さんによる連載「青木美沙子の世 界ロリータ旅行記」が面白い。
http://asianbeat.com/ja/serials/misako_lolita/index-1.html

南米はチリやコロンビア・ブラジル、北米はメキシコ・ヒューストン・シ カゴ・LA、中国へは毎月のように訪れ、上海、広州、南京、南昌、景徳 鎮、無錫、香港、武漢、重慶、北京、成都など、今まで25カ国45都市以上 を歴訪してはイベントやお茶会でロリータファッションの普及に努めてい る。この連載を読むと女性は国籍・年齢を問わずロリータファッション好 きが多いのですね。

1990年代、地下鉄の九段下駅ではビジュアル系のコンサートのたびに全身 黒のゴスロリファッションが溢れちょっと引いたものでしたが、いまやロ リータも一般的。連載の最新号では「7月は夏休みということもありイベ ントも多く、ありがたいことに中国遠征がたくさんありまして、1か月 トータルで13日間中国にいるという月でした!中国は空前のロリータ ファッションブームで、今や1,000ブランド以上のロリータファッション ブランドが生まれています!」と驚くべき報告。
http://asianbeat.com/ja/serials/misako_lolita/29.html

 000年当時、台湾でハローキティの銀行カードに驚き、マカオでは老師 節(教師の日)の主役がちびまる子ちゃん、インドネシアの国鉄の売店には クレヨンしんちゃん、タイでは一休さん、ベトナムではドラえもんが大人 気でした。

そんな子供が大人になり日本へ旅行に来る。漫画やアニメで見た日本料理 を実際に体験し本物の日本料理を求めるようになる。先日の日経によると 「日本食レストラン、アジアで急増 2年で1.5倍(7万店) 訪日で認知度 高まる 」とありました。ただ以前から飽和状態だったバンコクは微減。
 
かつて日本食店の認証制度を作ろうとしたら「スシポリス」と非難され、 日本食もどきがはびこることになりました。アジアからの観光客が激増す る今こそ海外の和食・日本食店の認定制度をつくる時期かもしれません。
   (PB生、千葉)



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(読者の声2) 原爆投下決定の経緯については、『新潮45』2018年9月号 に、有馬哲夫早稲田大学教授による「英米で違った『投下シナリオ』」と いう論が掲載されています。

この中でも、「チャーチルはというと、原爆を使用すべしと唱えていた一 方で、7月18日には『無条件降伏原則を変えて皇室維持の条件付で日本に 降伏を求めるべし』とトルーマンに説いていた。だが、マジック(陸軍通 信情報局による暗号電報解読情報)から天皇が終戦を切望しているという 情報を得ていたトルーマンとバーンズは、7月24日までにこの条項を削除 してしまっていた。原爆を使用するまで、日本がボツダム宣言を受諾して 降伏しないようにするためだ」と述べられています。

トルーマンとバーンズは、日本が終戦を望んでいることを知りつつ、あえ て国体護持条件を削除して、原爆を使用するまで日本がボツダム宣言を受 諾して降伏しないようにしたという鳥居民氏の説と同旨ですが、特に引 用、引照もなく述べられています。

原爆投下についての、我が国側による情報収集の実状については、2010年 8月6日のNHKスペシャル「封印された原爆報告書」、2011年8月6日の NHKスペシャル「原爆投下 活かされなかった極秘情」という放送がさ れていたのですね。

これについては『原爆投下 黙殺された極秘情報』(2012年2月発行、 NHK出版)にまとめられています。

番組の最後のナレーションは「危険が迫っていることを知りながら、最後 まで、その重大な情報を伝えなかった軍の指導者たち。2度にわたる悲劇 は、国を導く者の責任の重さをいまの時代に問いかけています」というも のだったそうですが、読んでいて、いささか気が重くなりました。

なお、文藝春秋『日本の論点‘96』で、斉藤道雄氏が「『原爆投下が第二 次大戦終結を早めた』論争に隠された日米の大欺瞞」という論文を寄せ、 1994年から5年(投下後50年)にかけて、ワシントン・スミソニアン博物 館の原爆展をめぐる米国内の論争について述べられています。

この論争について、1994年9月22日に米国上院が全回一致で表決した決議 257号の原文は以下の通りです。 

一般市民21万人を(ほとんど人体実験的に)虐殺しておきながら、 "a merciful end" と述べることについては、その「歴史認識」に今更なが らに驚かされます。
 
しかし、国家のために献身した多くの将兵についての表現は、現在および 将来の国民を鼓舞するようなもの(an inspiration)でなければならず、 しかるべき感性(appropriate sensitivity)が示されるべきであり、自 由のために生命を捧げた者に対しての非難は許されないと述べる、いわば 「国是」は、是認せざるを得ないでしょう。

 戦勝国と敗戦国の違いはあるとしても、こうした感性を持てず、今だに 自虐的考えから抜け出せていない我が国の相当数の者の考え方こそおかし いのでしょう。




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ビタミンB1を思う
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   渡部 亮次郎

1882(明治15)年12月、日本海軍のある軍艦は軍人397名を乗せて、東京 湾からニュージーランドに向け、272日の遠洋航海に出航した。

ところがこの航海中、誰一人として予想もしなかった大事件が降ってわい た。なんと169名が「脚気」にかかり、うち25名が死んでしまったのだ。

この、洋上の大集団死亡という大事件は、当時の日本列島を震撼させた。 屈強な海の男達の死。なぜだ。この不慮の大事件が、ビタミンB1の欠乏に よるものだとは、この時点ではまだ誰も気づいた人はいなかった。

ビタミンB1の存在が発見され、栄養学的、学術的な解明がなされたのは、 このあと28年間をまたなければならなかった。

しかし、かねてから軍人達の脚気の原因は、毎日食べる食事の内容にあり とにらんでいた人に、高木兼寛という人物がいた。彼は当時、海軍にあっ て「軍医大監」という要職にいた。

高木兼寛(たかぎ かねひろ)

宮崎県高岡町穆佐(むかさ)に生まれ、イギリスに留学し帰国後、難病と いわれた脚気病の予防法の発見を始めとして日本の医学会に多大な貢献を した研究の人。

慈恵会医科大学の創設、日本初の看護学校の創設、さらには宮崎神宮の大 造営などの数々の偉業を成しとげた。

<白米食から麦飯に替えて海軍の脚気を追放。1888(明治21)年、日本で 初の医学博士号を受ける。>(1849-1920)(広辞苑)

高木軍医大監は、この事件をつぶさに調査した結果、次の航海で軍艦乗組 員を対象に大規模な "栄養実験" を行うことによって、脚気の正体を見極 めようと決意した。

脚気による集団死亡事件から2年後の1884(明治17)年、こんどは軍艦 「筑波」を使って、事件が起こった軍艦と同一コースをたどった実験が始 まった。

高木大監自らもその軍艦に乗りこみ、兵士達と起居、食事を共にした。高 木まず、乗組員の毎日の食事に大幅な改善を加えた。これまでの艦の食事 は、どちらかというと栄養のバランスというものを考える余地がなく、た だ食べればよいといった貧しい「和食」だった。

高木は思い切って「洋食」に近いものに切り替えた。牛乳やたんぱく質、 野菜の多いメニューだ。よい結果が明らかに出てきた。287日の航海の間 に、おそれていた脚気患者はわずか14名出たのみで、それも軽症の者ばか り。死者は1人も出なかったのだ。

高木軍医大監は快哉を叫んだ。「オレの考えは間違っていなかった」と。 以上の実験的事実に基づいて、日本海軍は、そののち「兵食」を改革した。

内容は白い米飯を減らし、かわりにパンと牛乳を加え、たんぱく質と野菜 を必ず食事に取り入れることで、全軍の脚気患者の発生率を激減させるこ とに成功した。

一躍、高木軍医大監の名が世間に知れ渡った。今日では、脚気という病気 はこのように、明治の中期頃までは、大きな国家的な命題でもあったわ け。皇后陛下も脚気を患って困っておられたが、高木説に従われて快癒さ れた。明治天皇は高木を信頼され、何度も陪食された。

この頃、陸軍軍医総監森林太郎(鴎外)はドイツのパスツール説に従い 「脚気細菌説」を唱え続けたばかりか、高木を理論不足と非難し続けた。

脚気にならないためには、たんぱく質や野菜を食事に取り入れることが有 効であることはわかったけれど、それらの食品の含有する栄養素の正体に ついては、ほとんど解明されていなかった。これは前にも触れた通り。

栄養学の研究は、ヨーロッパでは19世紀の半ば頃から盛んに行われ、たん ぱく質のほか、糖質、脂質、それに塩類などを加えて動物に食べさせる、 飼育試験が行われていた。

だが、完全な形で栄養を供給するには、動物であれ人間であれ、「何かが 足りない」 というところまでがようやくわかってきたにすぎなかった。 その何かとは、今日の近代栄養学ではあまりにも当たり前すぎる「ビタミ ン」「ミネラル」のこと。当時はしかし、その存在すらつかめていなかっ た。

日本でビタミン学者といえば、鈴木梅太郎博士。米ぬかの研究でスタート した鈴木博士が、苦心の研究を経てビタミンB1を発見したのは1910年、明 治43年のこと。陸軍兵士が脚気で大量に死んだ日露戦争から5年が経って いた。高木海軍軍医大監の快挙から、実に28年もかかっていた。

鈴木梅太郎博士は最初は「アベリ酸」として発表し、2年後に「オリザニ ン」と名付けた。このネーミングは、稲の学名オリザ・サティウァからつ けたものと伝えられている。

しかし世の中は皮肉なもので、鈴木博士の発見より1年遅い1911年、ポー ランドのC・フンクという化学者が鈴木博士と同様の研究をしていて、米 ぬかのエキスを化学的に分析、「鳥の白米病に対する有効物質を分離し た」と報告、これをビタミンと名付けてしまった。

ビタミンB1の発見者のさきがけとして鈴木梅太郎の名は不滅だが、発見し た物質のネーミングは、あとからきたヨーロッパの学者に横取りされたよ うな形になってしまった。

それにしても、言い方を換えれば、明治15年、洋上で脚気のため命を落と した25名の兵士の死が、28年を経て、大切な微量栄養素の一つ、ビタミン B1の発見につながったと言うべきで、その意味では彼らは尊い犠牲者とい うべきだ。 (以上は栄養研究家 菅原明子さんのエッセーを参照)


      
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目が離せない中国共産党内の権力闘争
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          櫻井 よしこ


「人権は軽視されるのか改善に向かうのか 目が離せない中国共産党内の 権力闘争」


「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が、ノーベル平和賞受賞者で中国政 府に弾圧され、昨年7月に事実上獄死した劉暁波氏について『私たちは中 国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(ビジネス社)で書いている。

文化大革命の最中、都会の「知識青年」たちは農民に学べと指示され農村 に下放された。毛沢東に心酔し紅衛兵として暴れまわった血気盛んな若者 たちを、毛は当初は利用し、後に体よく農村に追い払ったのだ。下放され た約2000万人の中に劉氏、今や国家主席の習近平、首相の李克強、外相の 王毅の各氏らもいた。

毛の死で文革が終わり、知識青年は都市に戻り、大学への入学をようやく 許された。しかし戻るには下放された村の革命委員会主任である村長の許 可が要る。それには賄賂が必要だった。

劉氏も親戚中からおカネを掻き集めて200元もする高級時計を村長に贈っ たというので、あの劉氏も賄賂を使ったのかと、私は意外の感に打たれ た。ところが、許可をもらい、全ての荷物を馬車に積み込み、出発する段 になって、劉氏は村長の家に取って返し、斧を手に村長に迫った。

「あなたには3つの選択肢がある。1つ目はこの斧で私を殺す。2つ目は私 がこの斧であなたを殺す。3つ目は時計を返せ」(『世界で一番幸せ』)

感動した。この烈しさ、芯の強さ。劉氏のかもし出すおだやかな人物像と はまた別の姿がある。長く産経新聞北京特派員として幾度も劉氏と語り 合ってきた矢板氏は語る。

「彼は非常に温厚な人間です。吉林省なまりが強くて喋りは巧くない。少 し発音が不自由なために言葉が出てこない。しかし、秘めた闘志を感じさ せる落ち着いた人でした」

天安門事件後、厳しく弾圧され始めた一群の民主化リーダーの中で劉氏が 突出して人々の支持を得ている理由は、単に彼がノーベル平和賞を受けた からではない。彼は決して中国から逃げ出さず、現場で闘ったからだ。

劉氏にも海外に逃避する機会は幾度もあった。中国当局はむしろ、劉氏を 海外に追い払いたいと考えた時期もあった。だが、劉氏は拒否し続けた。 矢板氏はあるときなぜ逃げないのか、尋ねたそうだ。

「子供たちが殺されたのに、ヒゲの生えたやつが生き残っているのは理不 尽だ」と、劉氏は答えたという。

天安門事件で拘束される前、彼は北京師範大学の人気者の教授だった。彼 の講義を聞くために他大学からも学生が集まった。学生たちに向かって彼 は中国の民主化を説き、感化された学生らは天安門でのデモに参加し、多 くが殺害された。そのことに責任を感じていたのだ。

長い獄中生活で癌を患う中、劉氏はそれまで拒絶していた海外行きを当局 に訴えるようになる。それはずっと自宅で軟禁されている妻の劉霞さんを 自由にするためだった。

暁波氏の死から約1年、今年の7月、劉霞さんは突如、出国を許されドイツ に渡った。両親は亡くなっているが、弟の劉暉氏は北京にとどめられ逮捕 された。劉霞さんの出国で、人質にされたのはほぼ間違いない。

矢板氏は言う。

「いま、中国は米国との貿易戦争の真っ只中です。以前から人権問題に強 い関心を示していたドイツに譲歩し、関係を深めることで、対米関係を有 利に進めたいという思惑でしょう。加えて習主席の力が少し弱まり、李首 相の立場が少し強まっています。つまり、中国共産党の内部の権力争いが 劉霞さんへの出国許可の背景にあるのです」

習氏が勢力を盛り返せば、人権は軽視される。李氏が力を手にすれば、中 国の人権状況も少しは改善される。この意味からも中国共産党内の権力闘 争から目が離せない。

 『週刊ダイヤモンド』 2018年9月8日号
 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1246


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脳梗塞 2時間59分だとOK!
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             安井 敏裕 
 

脳卒中とは、脳に酸素やブドウ糖などの栄養を送る血管が「詰まったり、 切れたり、破裂して」、にわかに倒れる病気の総称である。脳卒中には、 脳梗塞(詰まる)、脳出血(切れる)、くも膜下出血(破裂)の3種類ある。

この病気の歴史は古く、「医学の父」と言われているヒポクラテスは既に 今から2400年前の紀元前400年頃に、この脳卒中の存在を認識し「急に起 こる麻痺」という表現で記載している。脳卒中による死亡率は日本では 癌、心臓病に次ぎ、第3位で、毎年15万人程度の人が亡くなっている。

しかし、本当に問題となるのは、脳卒中が原因で障害を持ち入院あるいは 通院している人たちが、その約10倍の150万人もいることである。現在、 脳卒中の中では、脳梗塞の発生頻度が突出して多い。2分20秒に一人が脳 梗塞になっていると言うデータもあり、全脳卒中の70%程度を占めている。

この最も多い脳卒中である「脳梗塞」について、大きな治療上の進歩が あったので紹介する。

脳梗塞は、脳の動脈が血栓や塞栓という血の固まりのために詰まることで 起こる。この血の固まりで閉塞さえた血管から血流を受けていた部分の脳 は、いきなり脳梗塞という不可逆的な状態になってしまうのではなく、数 時間の猶予があり、徐々に脳梗塞になる。

この数時間の間に血流を再開してやれば、再度、機能を回復できることに なる。いわば、「眠れる森の美女」のような状態で、医学的には、このよ うな状態の部分の脳を「ペナンブラ」と言う。見方を変えると、この部分 は、血流が再開しないと数時間後には脳梗塞という不可逆的な状態となっ てしまう訳である。

 このペナンブラの部分に血流を再開する方法として、古くは開頭手術を して、目的の血管を切開し、中に詰まっている血の固まりを取り除く方法 を行っていたこともあるが、それでは、多くの場合に時間がかかりすぎ、 再開通させた時には、ペナンブラの部分は既に脳梗塞になっている。ま た、間に合わないばかりか、出血性梗塞というさらに悪い状況になってし まうことさえある。

 開頭術の次に登場した再開通法は、カテーテルという長い管を血管の中 に通し、その先端を詰まった部分にまで誘導して、血栓を溶かす薬を注入 する方法である。

この方法では開頭手術よりも早く、血管を再開通させることができるが、 この方法であっても、血管が閉塞してから6時間以内に再開通させないと ペナンブラが脳梗塞になってしまうことが防げないし、間に合わずに血流 を再開させた場合には、やはり脳出血が起こってしまう。

 このようなことから、一時、我々脳卒中に関わる医師は、口には出さな いが、最も理屈にあった治療法である「急性期に閉塞血管を再開通させて 脳梗塞になることを防ぐ」と言う治療を諦め、虚無的になっていた時期が ある。再開通させることを諦め、梗塞に陥ってしまった脳自体の治療とし て、脳保護薬や低体温療法へと興味が移行していた時期もあった。

 しかし、米国で1996年から特別な手技や道具が不要で、ただ静脈内注射 するだけで詰まった血管の血栓を溶かしてくれるアルテプラーゼと言う薬 の使用が始まり、2002年にはヨーロッパ連合(EU)でもこの薬剤による血 栓溶解療法が認可された。

わが国でも日本脳卒中学会を中心にこの薬の早期承認を厚生労働省に求め たが、「日本人を対象とした治験で良い結果が出ない限り承認できない」 という厚生労働省の方針に答える準備のために時間がかかり(drug lag)、米国から遅れること約10年の2005年10月11日に漸く承認された。

 この薬は血管に詰まった血栓を溶かしてくれる血栓溶解剤で、発症後3 時間以内に静脈内注射するだけで良好な予後が得られる。

しかし、この薬剤は両刃の剣で、39項目に渡る使用基準を尊守しないと、 脳出血の危険性が著しく増大することが分かっている。従って、厚生労働 省も非常に厳しく市販後調査(2.5年間に3000例以上の全例調査)を課し ている。現在は、言わば試運転ないしは仮免状態と心得て、慎重に使用す る必要がある。

そして、この薬剤を用いるためには、一定の講習を受ける必要があり、全 国で130回以上行われ、8000人以上が受講した。実際に、この薬剤を発症 後3時間以内に注射するには、患者さんには、遅くとも発症後2時間以内 に病院へ到着してもらう必要がある。

すなわち、病院へ到着しても、患者の診察、一般検査、脳のCT検査、家族 への説明など、最低1時間は必要であるためである。そのために、最初に この薬剤の使用を始めた米国では、脳梗塞を“ブレインアタック(brain attack)”と言い直し、社会全体に向かって、その緊急性を啓発した。

“Time is brain. Time loss is brain loss.”などの標語で注意を喚起し た。日本においても脳梗塞を“ブレインアタック”という緊急を要する疾患 として一般の方々に認識していただくために、学会や医師会などの啓発運 動も行なわれるようになっている。

さらに、平成9年3月に創設された日本脳卒中協会においても、毎年5月25 日〜5月31日までの1週間を脳卒中週間と定め啓発運動に努めるようになっ ている。脳卒中週間をこの時期にしたのは、とかく脳卒中は冬に多いと思 われがちであるが、脳卒中の中で最も多い脳梗塞は、最近の研究では6−8 月に増えだすため、脳卒中予防は夏から気をつけなければならないことを 啓発するためである。

この週間で使用される標語も、昨年(2006年)はアルテプラーゼの使用が 認められたことを念頭において「1分が分ける運命、脳卒中」であった。 2001年の日本での脳梗塞急性期来院時間調査の結果では36.8%の患者が3時間

以内に来院している。この中の一部の方がアルテプラーゼ治療を受けるこ とになるが、この割合をさらに増やして、本薬剤の恩恵を受ける人を増や す必要がある。

この治療では10年の経験を持つ米国では、この治療を受けるためには、? 患者の知識、?救急車要請、?救急隊システム、?救急外来、?脳卒中専門 チーム、?脳卒中専門病棟、とういう六つの連鎖の充実と潤滑な流れを推 奨している。
 
一般市民への啓発や行政への働きかけなどが必要である。一方で、来院か ら治療までの時間も1時間以内にする努力が病院側に求められている。い つでも、3人程度の医師が対応できなければならないし、他職種(レント ゲン部門、検査部門、看護部門)の協力も不可欠である。(了)
(大阪市立総合医療センター 医師)
             

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重 要 情 報
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 ◎【古森義久の緯度経度】反トランプ・反安倍ありき 米紙の偏向報道

米国のワシントン・ポスト紙が8月末に「トランプ・安倍両首脳衝突」説 を報道した。緊密な日米両首脳が不仲になったという趣旨の記事で、日本 側では公式に否定された。だがその影響は屈折した波紋を広げる。

米国発の日本がらみのこの種の報道はこれからもあるだろう。だからこの 記事の解析を試みた。その結果、浮かんだのはまず反トランプ、反安倍あ りき、という政治的な偏向だった。

 シントン・ポストで国務省などを担当するジョン・ハドソン記者が中心 になって書いたというこの記事は8月28日の同紙ネット版で流された。9 月3日には少し短縮され、同紙の一般紙上に掲載された。

長文の同記事の第1の特異点は冒頭のトランプ大統領が口にしたという 「私は真珠湾を覚えている」という言葉である。記事によると、同大統領 は6月の首脳会談で安倍晋三首相にこの言葉をぶつけたという。

安倍首相はその「発言」自体を否定したわけだが、米側一般での真珠湾へ の言及は文章では命令形で「真珠湾(への日本軍攻撃)を覚えていろ(忘 れるな)」が普通である。トランプ大統領は自分が「覚えている」と述べ たのだとすれば、命令形の敵意の表現とは意味が異なってくる。

事実、同記事も同首脳会談にかかわった「外交官」が「大統領の真珠湾へ の言及の意味は説明できない」と述べたと記していた。ところが記事全体 では大統領が日米戦争での反日標語まで使うほどの敵意を安倍首相に示し たという印象だけが残るわけだ。

第2の特異点は日本政府代表が7月に北朝鮮高官と拉致事件に関して会談 したことを米側に隠したので、トランプ政権がいらだった、という記述で ある。拉致問題での日米間のやりとりは幅広く、この一件で両首脳が不仲 になるという構図はまったく浮かんでこない。

それよりも懸念されるのはこの日朝高官接触の情報は明らかに日本側のど こからかのリーク(意図的な機密漏(ろう)洩(えい))であることだ。

同記事の偏向を印象づける第3の特徴はトランプ・安倍関係の悪化を示唆 する情報源はすべて匿名なのに、実名を出す情報源としては日米交渉とは 遠い距離にある特定の日本人研究者単独の見解に大幅に依存している点 だった。

同記事はワシントンの半官の研究機関ウッドロー・ウィルソン・センター の上級研究員、後藤志保子氏の「安倍首相は対米関係の強化には経済、安 保の両面で挫折した」とか「トランプ大統領の世界観は第二次大戦時のそ れと同じだ」という糾弾的な言葉を再三、引用して「両首脳の衝突」の論 拠としていた。

後藤氏はワシントン在住の長い有能な研究者だが、日米交渉や日本政治に かかわった経歴は知られていない。ただそのコメントは反トランプ、反安 倍の記事の基調にはまさに沿っていた。

ワシントン・ポストは一貫してトランプ政権攻撃の評論や報道を続けてき た。この記事もトランプ外交の成果とみなされる対日関係の強化にも水を かけるという姿勢が露骨なのだ。

日米関係に長年、かかわってきたバンダービルト大学のジム・アワー名誉 教授はこの記事を「推測に基づきトランプ政権の外交を悪く描くフェイク ニュースだといえる」と論評した。(ワシントン駐在客員特派員)

【写真】 会談で握手する安倍首相(左)とトランプ米大統領=6月、ワ シントンのホワイトハウス(共同)
http://www.sankei.com/world/photos/180913/wor1809130011-p1.html 
【産經ニュース】 2018.9.13 11:45 〔情報収録 − 坂元 誠〕


 ◎Swearwordとは:前田正晶

「汚い言葉」と訳して置こう。Swearwordが今回の連載の目玉かも知れな いと思っている。実は、ここに分類されているような言葉がある事をご存 知でない方は非常に多いのである。思うに学校では教えようがないからだ ろう。だが、不思議なことにそうとは知らずに使ってしまっている人もま た多いのである。Swearwordとは如何なる言葉を言うかの解説に入る前 に、是非この言葉についての私の経験談を採り上げておきたい。

私が1972年8月にアメリカの会社に転進して、生まれて初めてアメリカに 出張する機会を与えられた。その帰路はカナダ西海岸のヴァンクヴァー からとなった。そこで母親と家内に初めてのアメリカ出張の記念の土産で も買うかと、空港の免税店立ち寄った。応対してくれた販売員はかなり高 齢の日系の女性だった。これはと思った品物が予算を超過していたので何 気なく“Jesus Christ!”と口走った。

するとその販売員がキッとなって急に日本語に変わって「貴方は何という 言葉を使うのですか。少しくらい英語ができるからと言っていい気になっ て汚い言葉を使うとは何事ですか。即刻お止めなさい。私は戦争中にここ で育った為に日本語も英語も中途半端になってしまったが、それでも swearwordを使ってはいけないくらいは心得ています。これから先は絶対 に使わないようにしなさい」と当に声涙ともに下る忠告を戴いた。私は恥 じ入って言葉もなかった。肝に銘じた。

このエピソードでswearwordとはどういう種類の言葉かと大体のことはお 解り頂けたと思う。

私はこれの定番的日本語訳はないという気がするが「汚い言葉」で良いと 思っている。実際にはアメリカに行って多くの人が使うのを聞き、この言 葉がそういう悪い言葉だとは知らずに覚えてしまい、つい使ってしまった 例に「沢尻エリカの “Oh,shit!”」がある。この shit も使ってはいけな いswearwordの一つなのである。Oxfordではswearwordを”A rude or offensive word, used especially to express anger.と定義している が、私はこれでは弱いと思っている。Websterは”to swear”を”Use profane or obscene language.”としている。

私も当初はこれが如何なる性質の表現であるかを知らずに覚えていた。だ が、知らないのは恐ろしいもので、一旦覚えると何となく使ってみたい誘 惑に駆られるものであった。この種類の言葉は戦後に駐在した占領軍の兵 士たちが日常的に使ってい為に、いつの間にか我が国でも広まったのである。

特に「ゴッダメ」=“God damn t.”がその代表格だっただろう。英語が何 であるか良く知られていなかったあの頃には、何の躊躇いもなくアメリカ 人が使う言葉を真似していたと思っている。

何故いけないかは上に述べたように明かである。それは我々(私?)が所 属した言わば支配階層に属するような会社の本社組織に属する年俸制の員 ともなれば、公式の場か人前では絶対に使ってはいけないものなのであ る。それだけでは具体性がない。

これを使うと、言いたいことを強調できるのだが、それが同時にそれを使 うことが「語彙の貧弱さ」と「無教養」とを表し「自分が知識階級ではな い」と告白しているのと同じことになるのだ。

私は1970年代後半になって迂闊にswearwordを使ってはならないと承知し ていながら、W社の本部で副社長兼事業部長の前で使ってしまったことが あった。副社長は直
ちに私を別室に連れて行って「苟も我が社の本社組織に属する者がそうう 言葉を使うとは何事か。二度と私の面前で使うな。外国人の君がそういう 言葉を使うのを聞いているだけで胸が悪くなる。少しくらい英語が出来る からといってのぼせるな」と厳しく言われた。そういうものなのである。

次にswearwordの例を挙げるが、それを見て貰えばslangとは明確に一線を 画していると解ると思う。

shit.=「チクショウ」か「何だよ」辺りになるだろうが、下品である。 「シット」が如何なる意味かは英和ででもお調べを。

hell =「くそっ」か「こんちくしょう」か「ちぇっ」というような意味 だが、名詞や句(phrase)の前に置くか合わせて使うとその言葉を強調す る役割を果たす。例えば、 hell of a driver と言えば「運転が凄く上手 いヤツ」であるし、It’s warm like hell, today. と言えば「今日はく そ暑い」となる。He is a hell of a salesman.=「彼は凄腕のセールス マンだ」となる。There were awful hell a lot of people in the room.と言えば「部屋の中には物凄い数の人がいた」となる。

heck=私はhellの変形だと思っている。例えば What the heck.と言えば 「なんてこった」であるし、場合によっては「知ったことか」にもなる。 上の例ではa heckof a lot of peopleにも置き換えられる。

bloody=これは寧ろUKで使われている言葉で、hellと同じように使われて いる。例えばHe is a bloody fool.で「とんでもない馬鹿」となるような もの。

bull shit=これも「コンチクショウ」であり「この野郎」にもなるだろ うか。“horse shit”と言う場合もある。


God damn it! これも「コンチクショウ」で、日本語でも余り褒められな い表現だ。


Jesus Christ.=「なんてこった」か「コンチクショウ」辺りが訳語だろ うか。


fuck.→日本語に訳すのも躊躇うような言葉。fuckingとも言う。


ass hole=日本語にも「何とかの穴の小さい奴」という表現があるが、そ れとは意味が違うものの、汚い言葉の代表格であろう。


Oh, brother.=「何としたことか」とでも言おうか。


「オーマイガー」(=Oh, my God.のことらしい)が近頃テレビで大流行 だが、これも好ましくない”swearword”だと知るべきだ。何故にテレビ局 はタレントどもに言
わせ多用するのかと思う。どうしても言いたければ”Oh my!”辺りが限度だ。

要注意事項:

汚い言葉の例はまだ山ほどあるが、この辺で打ち止めにする。その言葉が swearwordかどうかの判断の基準には、先ず”four letter word”がある。 日本語と妙な符号であるが4文字の言葉を指す。例えば上記の例にも4文字 のものが幾つかある。次が動物である。最後に宗教関連である。その例は 上に掲げたが”brother”もそのうちだろう。

ここに採り上げた分類ではidiomを除いては十分に注意して使うようにす べきである。特にswearword=「汚い言葉」は絶対に避けるべきだ。迂闊 に使えば上述のように品格の問題になる。残る2つについては時と場合を 熟慮して使って欲しい。だが、例を挙げてくれなくてはどれがそうと解ら ないと言われそうだが、対策を述べておくに止める。

それは、数年前に気が付いたのだが、映画やテレビのドラマに出てくる警 官や守衛等の役ではこの言葉が多用されている。私は口語を知ろうと思え ば映画を見ると良いと言ってはきたが、英語を学ぼうと思って気安く副音 声にしないことだ。私が最も巧みにswearwordを操っていると見た映画 は、一寸古い例になるが、“Die hard 2”の空港警備隊のLorenzo隊長役 だった。この役者は日常生活でもこの言葉だけで暮らしているのかと思う ほど巧みだった。

参考までにswearwordを知って置こうと思われれば、このDVDかVideoを買 うか借りて見ることか?これ以外では、アメリカ人を主体として外国人と 話をしている時に生ずる問題だから、こちらが知らずに使ってしまったか 否かを相手に尋ねればよいし、相手が使ったと思えば”What do you mean by saying so?”であるとか、”What do you mean by using such an expression like hell of a sales person?”とでも質問する方法もある。


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身 辺 雑 記
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14 日の東京湾岸は雨。

秋が深まり焼酎の味わいがますます良くなった。残念ながら独酌である。

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創刊日:2004-01-18  
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  • 名無しさん2018/09/14

    抗癌剤のルーツは毒ガス兵器!



    (誰も守らぬ国際禁止条約)



     抗癌剤のルーツは、大量殺戮兵器だった。抗癌剤の正体は、イペリットと言う毒ガス兵器にたどり着く。それは別名「びらんガス」と呼ばれる超猛毒である。これをいったん吸い込むと、器官粘膜を急激に爛れさせ、膨らませ、窒息死。この毒ガスは、マスタード(からし)の臭いがすることから、俗にマスタードガスと呼ばれてきた。それは第1次世界大戦中にドイツによって発明され、数千の英兵の命を奪った。この毒ガスは化学兵器の代表格で、その残忍性に1923年、ジュネーブ条約の化学兵器禁止条約でサリン・VXガスと並んで、最も危険な「第1剤化学兵器」に指定され使用禁止となっている。しかし、条約締結した各国は、表向き「禁止規定」に同調した振りを見せながら、裏ではマスタードガスの大量使用を極秘裏に続けていた。



     この毒ガス兵器の極秘裏の生産は、日本軍部も例外ではなかった。陸軍は広島県の大久野島に工場を建設して、毒ガス兵器の製造を進めていた。工員は強制徴兵された民間人だった。その数は延べ6500人に達した。人々は、この島を毒ガス島と呼んで恐れた。なぜなら徴用された工員たちに癌が異様に多発したからである。しかし、最高軍事機密だったため、これらの被害は軍部により隠蔽されてきた。これらの衝撃事実が明らかになったのは、敗戦後、1952年、広島大学医学部の克明な調査による。



    (ロックフェラーとノーベル医学賞)



     この毒ガス兵器が抗癌剤に化けた。実行に移したのはロックフェラー研究所である。約40ー50倍もの発癌死させる超猛毒を、よりによって癌患者に投与する。まさに狂気の沙汰であり、悪魔の所業である。この研究所で抗癌剤第1号を開発した医師は、ノーベル医学・生理学賞を受賞している。この抗癌剤はアルキル化剤に分類され現在も多用されている。商品名は「シクロホスファミド」などと命名され、抗癌剤市場の約8割を占める。



    (癌を悪性化させるために打つ)



     抗癌剤のルーツは大量虐殺兵器毒ガスである。戦時には兵隊を殺戮し、平時には患者を殺戮する。癌患者の8,9割に毒ガス抗癌剤が投与される。40ー50倍も癌死する薬剤をなぜ、初期患者に打つのか? 

    超猛毒発癌性で癌を悪性化させるためである。癌が悪化すれば、さらに抗癌剤、放射線、手術で荒稼ぎできるからである。それを医者に「打ってくれ」と泣いて頼む患者がいる。家族がいる。無知もここまで来る。



     抗癌薬調製マニュアル」(じほう)と言う看護師向けの指導書には、「抗癌剤は命を奪う超猛毒である」とはっきり毒性が解説されている。



    変異原性→DNA(遺伝子)を傷つけ異常を起こす。



    発癌性→癌患者に投与したら、膀胱癌9倍に激増。



    催奇形性→胎児は細胞分裂が盛んで攻撃される。妊娠3か月以内に抗がん剤投与を受けた女性が先天異常児の出産例有。



    流産発生→抗癌剤を扱う看護師らにも流産発生。



    精子毒性→無精子症、精子運動低下、精子染色体異常を起こす。



    皮膚毒性→直接接触により粘膜の刺激作用、潰瘍、組織の壊死を起こす。



    (地下鉄サリンなみ重装備を指示)



     「抗癌薬調製マニュアル」は97品目抗癌剤を解説している。「催奇形性」「胎児毒性」は96品目で警告されている。同マニュアルは看護師が抗癌剤を瓶から注射器に移す作業時には重装備するように指導している。手袋、マスクは二重で、まさに地下鉄サリン事件なみ。むろん、これは看護師を守るためであり、患者を守るためではない。看護師は、恐ろしい超猛毒を生身の癌患者に注射で連日、打ち込む。患者は苦悶し、衰弱し、死んでいく。これは殺人である。



    (癌を治せないのは周知の事実)



     厚労省のk技官に質問した。



    「抗がん剤は毒性があると聞いたのですが?」



    「大変な猛毒物です」



    「ええー。その猛毒を癌患者に打っているのですか?」



    「そうです」



    「では、その毒物で亡くなる患者がいるのではないですか?」



    「大変大勢いらっしゃる」



    「それって、一般に言う毒殺じゃないですか」



    「そういう言い方は適切じゃない」



    「抗癌剤は発癌性があるのですか?」



    「大変な発癌性物質です」



    「えー、癌患者に強い発癌物質を打っている。それでは、別の癌になってしまうのではないですか?」



    「そういう方が大変大勢いらっしゃる」



    「あなたは抗癌剤の責任者ですか?」



    「担当しています」



    *つまり、「厚労省の抗癌剤責任者が抗癌剤は癌を治せない」と明言し、それは常識と断言したのである。政府(厚労省)は、「癌を治せない超猛毒の発癌性物質を癌患者に投与して大量の犠牲者を出している」という事実を認めたのである。



     思わず、激昂して怒鳴りつけた。「これでは毒殺じゃないですか」 k技官はそれ以降は沈黙するばかりだった。