政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針4711 号  2018・6・15(金)

2018/06/15

                            
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わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」4711号
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      2018(平成30)年6月15日(金)



           一旦妥協は成立したかに見えた:宮崎正弘

       納豆と相性の悪い薬:大阪厚生年金病院 薬剤部

              ビタミンB1を思う:渡部亮次郎         
                         
                      話 の 福 袋
                       反     響
                       身 辺 雑 記


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第4711号
                             発行周期 不定期(原則毎日発行)
             
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一旦妥協は成立したかに見えた
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)6月13日(水曜日)弐
         通巻第5725号 
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 一旦、妥協は成立したかに見えたZTE(中興通訊)ディールだが
  議会がトランプ妥協案に反対。「ZTEの経営危機をなぜ米国が救う のか?」
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一旦は妥協が成立したかに見えた。ZTE案件である。

ZTE(中興通訊)は、たとえばウィルスを仕掛けた通信設備を米国市場 でも販売していたが、過去数年にわたってイランにも、制裁対象となって いる通信設備を売却していた。

このためトランプ政権は米国政府は7年間の出入り禁止を言い渡したが、 中国に必死の叫び(「このままではZTEが倒産してしまう」により、 14億ドルの罰金を課し、米国市場で再開を許可する方針だった。

華為技術(ファウェイ)とZTEは、連邦政府ならびに職員の購買が禁止 されており、民間企業や、非政府系のアメリカ人が購入する。華為の携帯 電話、スマホは安いことが魅力で、米国市場でもそこそこは売れている。

トランプと金正恩の米朝首脳会談の成り行きをまって、連邦議会が動き出 した。

超党派の議員等が強い反対にまわり、「ZTEをなぜ米国が救済する必要 があるのか」と、突き上げを始めたのだ。

提唱者はボブ・コッカー(共和)マリコ・ルビオ(共和党、フロリダ)上 院議員、そしてシューマー上院議員(民主、NY)らが一斉にZTE疑惑 を取り上げ、超党派の反対が渦巻いている。

ZTEは世界市場で、華為、エリクソン、ノキアにつぐ世界第四位の通信 機器メーカー、全体の市場規模は192億8000万ドルと見積もられている。
             
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シンガポールでの米朝首脳会談  英文テキスト
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6月12日、初めての米朝首脳会談がシンガポールで開催されました。首脳 のみの会談の後、トランプ大統領、ポンペオ国務長官、ボルトン大統領補 佐官などの米国代表団と、キム・ジョンウン委員長、キム・ヨンチョル副 委員長などの北朝鮮代表団が拡大会合を行いました。また会合後、両首脳 は共同声明に署名しました。
共同声明
https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/joint-statement-president-donald-j-trump-united-states-america-chairman-kim-jong-un-democratic-peoples-republic-korea-singapore-summit/

シンガポールで開催された首脳会談における米国のドナルド・J・トラン プ大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正恩委員長の共同声明(仮訳)
https://jp.usembassy.gov/ja/joint-statement-president-trump-chairman-kim-singapore-summit-ja/

トランプ大統領の記者会見  Press Conference by President Trump
https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/press-conference-president-trump/

ドナルド・トランプ大統領の記者会見での冒頭発言(仮訳)
https://jp.usembassy.gov/ja/press-conference-by-president-trump-singapore-summit-ja/
     
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之
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(読者の声1)恐るべき事態がベトナムで進行中です。
「ベトナム(共産党)が中国に国土を売り渡す!」。今ベトナム(共産 党)政府が、国内3地区を「経済特区」として、外国へ99年間租借する法 案を制定しようとしています。これは中国を対象にしたものであり、この 3地区はいずれも戦略的要衝にあります。

この売国的な法案に反対するベトナム人の運動が国内はもちろん世界的規 模で行われています。

ベトナムが中国へ99年の租借「経済特区法案」反対に300人

6月10日行われた「ベトナムが中国に事実上土地を売る法案」に反対する 東京デモには、ベトナムの一般、留学生を中心に300名近くの参加があり ました。(添付記事参照)

同じ日にベトナム国内ハノイ・ホーチミンは数万人規模で、他の多くの都 市、さらにアメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア世界各地で怒りのデモ が展開されました。

その結果、6月15日に予定されていた国会での採決は当面見送られました。

6月17日(日)に「経済特区法案即時撤廃」、再びデモを行います。
 午前10時 渋谷勤労福祉会館集合 JR渋谷駅より徒歩7分 渋谷区神南1 丁目19
 https://www.mapion.co.jp/m2/35.66263109897875,139.6929645343876,16
午前10時30分 出発
(アジア民主化運動 小島孝之 090-2329-2352)



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(読者の声2)第162回士気の集いは、有馬哲夫先生講演会「≪ジャパン・ ハンドラーズ≫〜CIAの戦後対日工作史」です。
 
「属国・日本」。主体的な意志を持たず、外交政策、そして国内政策にお い も、米国の顔色を窺いながら決定する我が国政府のあり方について、 このよう に自嘲的に語られることがしばしばあります。

第2次大戦の敗戦後、我が国ではGHQ の占領統治により占領憲法の施行、 公職追放、財閥解体、農地改革、教育改革等が実施されてきたのは周知の 事実であり、戦後日本は米国が形造ったといっても過言ではないでしょう。

米国の強い影響は占領統治期に止まらず、主権回復後も今に至るまで継続 していますが、その実態は謎に包まれており、米国の対日工作について陰 謀論的に語られることも少なくありません。

そこで今回は、我が国への米国の影響の実態について理解するための一助 として、CIA の対日工作の実態について米国の公文書等より研究されてき た有馬哲夫先生にお越しいただき、実証研究に基づくCIAの戦後対日工作 史についてお話しいただきます。

今後の日米関係を考える上で、また日本の自立を考える上での貴重な知見 が得られると思いますので、是非とも多くの皆様にお越しいただければと 思います。

<プロフィール>青森県生まれ。早稲田大学第一文学部英文科卒業、東北 大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。東北大学教養部講師な どを経て、早稲田大学社会科学部教授。2004年より社会科学総合学術院教 授。専門は公文書研究
 
著作に「原発・正力・CIA 機密文書で読む昭和裏面史」(新潮新書)「大 本営参謀は戦後何と戦ったのか」(新潮新書)など。
            記
とき   6月30日(土)18時30分〜20時45分
        懇親会:21時00分〜23時00分
ところ  文京シビックセンター内 アカデミー文京 学習室(地下1階)
     
参加費  講演会のみ(一般事前申込:1500円。当日2000円
  講演会と懇親会(一般事前申込:5000円。当日6000円)
  学生割引あり
申込先  講演会および懇親会の事前申し込みは前々日6月28日21時まで に下記Webフォームでお申し込みください。
      https://goo.gl/forms/qqPUh1Z2Ohk6CFgH3
主催   士気の集い
     http://blog.goo.ne.jp/morale_meeting



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(読者の声3)古代以来、朝鮮は大国を巻き込んで生存して来ました。一 筋縄では参りません。
アメリカにしろ日本にしろ、如何にするのでしょう。相手は反故にする事 など日常茶飯事です。
  (IK生)



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(読者の声4)高山正之氏の『渡部昇一の世界史最終講義』(飛鳥新社) を読んでいましたら、朝日の捏造記事のことが書かれていました。以下は その要約です。

1980年10月15日付け朝刊の「大西巨人氏VS渡部昇一氏」、見出しは「劣悪 遺伝の子生むな 渡部氏、名指しで随筆 まるでヒトラー礼賛大西氏激 怒」だった。

これは酷かった(高山正之氏)そうです。会ったこともないし、読んだこ ともない人と紙面で対談しているのです。

社会面のたっぷり4分の1以上のスペースに6段抜きで、報道されたこと自 体が、全くの虚構で、虚構記事で悪質な紙面を作り上げ、朝日が気に食わ ない思想の持ち主として糾弾されたのです。(渡部昇一氏)(p163)
 当時は未だ朝日が非常に大きな権威を持っていて、朝日に叩かれた人は 社会的地位を失うような時代だったのです。

それを渡部先生は、絶対に謝らずにやり返したのです。でもそれからが大 変でした。約半年にわたって渡部先生の授業が妨害されたのです。

教室に入れないように、妨害の連中が押し掛けてきたのです。その内、学 生たちが「でて行け!」と言ってくれるようになって、彼らは授業中廊下 で待っているようになりました。私はそのころ、1週間に6コマ授業を受け 持っていましたが、一度も休んだことはありません。

学生でもない左翼団体が来て、教室に勝手に入って来るわけです。

車椅子に乗っている人もいました。彼らが私の論文なんか読んでいるわけ がない、だから私は教壇から降りて行って、車椅子に人たちの手を握って 話をすると、ニコニコ喜ぶんです。「あなたのこの車椅子を押して いる 人は悪い人ですよ」と言うと、障害を持つ人が私を批判するために やっ てきたという建て前ですから、車椅子を押している活動家は何も反論 で きなくなる。

そんな事を繰り返しているうちに、来なくなりました。

この時は月刊『文藝春秋』の安藤満編集長が「『検閲機関』としての朝日 新聞」という巻頭論文を書かせて呉れましたので、反論できたのです。
残念なのは、文藝春秋誌は近年「朝日新聞とNHKとは別のことを言う」と いう、かってのジャーナリスティックな伝統を失くしてしまったことです。

日本は悪い事をしたという意識を植え付けられた人たちが中心になり、リ ベラルになってしまった。

東京裁判史観に取り込まれ、マッカーサーを賛美する半藤一利や保坂正康 といったち人たちは歴史観の基調を握っているのは危ない。 (p166〜p169)などとあります。

ところで先刻、大石巨人氏を「どう読むのか」と思って検索して仰天 し ました。なんと、朝日の捏造記事が未だそのまま生きているのです。

渡部昇一氏のさかうらみ〜「神聖な義務」事件 - davsの日記

渡部昇一氏は1980年に障害者は社会に莫大な負担をかけるから、その出現 を未然に防ぐことは、神聖な義務で ...当時、渡部氏は『週刊文春』に 「古語俗解」というエッセイを連載していたが、そこに作家の大西巨人氏 が第一子が血友病であった ...などというトンデモ解説が真っ先に出てい ます。

実際は、この捏造記事に対する渡部先生の批判に対して朝日側からの返答 や反論は一切なされていません。

でっち上げで私立大学の一教師を葬り去ろうとした所業は凶悪しか言いよ うがありません。

なのにでっち上げと分かって、反論されても無視なのです。朝日のやり方 は今も全く変わりません。
こうした朝日の、反日姿勢に基づく捏造記事などという報道機関には絶対 に許されない行為の害毒は測り知れないですね。なのに、偉そうにしてい ます。(O生)



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(読者の声5)日本文化チャンネル桜からのお知らせです。(13日 夜)、23:00から2時間。緊急特番「米朝首脳会談とこれからの日本」 が あります

 出演  宮崎正弘、高山正之、加藤清隆、西岡力、司会 水島総。

放送  6月13日(水)23:00 
その後、「YouTube」。「ニコニコチャンネル」。「Fresh!」オフィシャ ルサイト。インターネット放送So-TV。


           
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納豆と相性の悪い薬
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大阪厚生年金病院 薬剤部

〜ワルファリンカリウムという血栓予防薬を服用中の方へ〜

地震や津波、洪水など突然襲ってくる甚大な自然災害は、水道やガス、電 気などのライフラインを寸断し人々の生活を麻痺させてしまいますが、人 の健康もある日突然血管が詰まると健康維持に必要な栄養や酸素などのラ イフラインが寸断されその先の機能が止まってしまいます。

突然意識を失いその場に倒れてしまった経験のある方で、医師から「脳梗 塞」と診断された方もおられるかと思います。脳の血管を血液の塊(かた まり)が塞いでしまってその先に血液が流れなくなってしまったのです。

これを予防し血液をサラサラにするくすりのひとつに「ワルファリンカリ ウム」という薬があります。服用されている方も多いかと思います。

もともと人間の身体は怪我や手術などで出血したとき、血液を固めて出血 を止める仕組みがありますが、その仕組みの一つに「ビタミンK」が関与 する部分があります。
 
ワルファリンカリウムはこの「ビタミンK」が関与する部分を阻害するこ とによって血液が固まるのを予防します。

さてここで納豆の登場です。

納豆の納豆菌は腸の中で「ビタミンK」を作り出します。「ビタミンK」 は血液を固まらせる時に必要なビタミンですから多く生産されると、ワル ファリンカリウムの効果を弱めてしまいます。

そのため、薬の説明書には「納豆はワルファリンカリウムの作用を減 弱 するので避けることが望ましい」と書かれているのです。

納豆は栄養もあって健康に良い食品ですが、飲んでいる薬によっては 食 べないほうが良いこともあります。好きなものを我慢するのは“なっ と〜 くできない”向きもあるかと思いますが、ワルファリンカリウムを服 用中 の方にとって納豆は危険因子ですのでご注意ください。

納豆のほかにも、ビタミンKの多い「クロレラ食品」や「青汁」なども控 えましょう。

追記: ワルファリンカリウムの薬には「ワーファリン錠」や「ワル ファ リンカリウム錠」他があります。(了)




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ビタミンB1を思う
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    渡部 亮次郎

1882(明治15)年12月、日本海軍のある軍艦は軍人397名を乗せて、東京 湾からニュージーランドに向け、272日の遠洋航海に出航した。

ところがこの航海中、誰一人として予想もしなかった大事件が降ってわい た。なんと169名が「脚気」にかかり、うち25名が死んでしまったのだ。

この、洋上の大集団死亡という大事件は、当時の日本列島を震撼させた。 屈強な海の男達の死。なぜだ。この不慮の大事件が、ビタミンB1の欠乏に よるものだとは、この時点ではまだ誰も気づいた人はいなかった。

ビタミンB1の存在が発見され、栄養学的、学術的な解明がなされたのは、 このあと28年間をまたなければならなかった。

しかし、かねてから軍人達の脚気の原因は、毎日食べる食事の内容にあり とにらんでいた人に、高木兼寛という人物がいた。彼は当時、海軍にあっ て「軍医大監」という要職にいた。

高木兼寛(たかぎ かねひろ)

宮崎県高岡町穆佐(むかさ)に生まれ、イギリスに留学し帰国後、難病と いわれた脚気病の予防法の発見を始めとして日本の医学会に多大な貢献を した研究の人。

慈恵会医科大学の創設、日本初の看護学校の創設、さらには宮崎神宮の大 造営などの数々の偉業を成しとげた。

<白米食から麦飯に替えて海軍の脚気を追放。1888(明治21)年、日本で 初の医学博士号を受ける。>(1849-1920)(広辞苑)

高木軍医大監は、この事件をつぶさに調査した結果、次の航海で軍艦乗組 員を対象に大規模な "栄養実験" を行うことによって、脚気の正体を見極 めようと決意した。

脚気による集団死亡事件から2年後の1884(明治17)年、こんどは軍艦 「筑波」を使って、事件が起こった軍艦と同一コースをたどった実験が始 まった。

高木大監自らもその軍艦に乗りこみ、兵士達と起居、食事を共にした。高 木まず、乗組員の毎日の食事に大幅な改善を加えた。これまでの艦の食事 は、どちらかというと栄養のバランスというものを考える余地がなく、た だ食べればよいといった貧しい「和食」だった。

高木は思い切って「洋食」に近いものに切り替えた。牛乳やたんぱく質、 野菜の多いメニューだ。よい結果が明らかに出てきた。287日の航海の間 に、おそれていた脚気患者はわずか14名出たのみで、それも軽症の者ばか り。死者は1人も出なかったのだ。

高木軍医大監は快哉を叫んだ。「オレの考えは間違っていなかった」と。 以上の実験的事実に基づいて、日本海軍は、そののち「兵食」を改革した。

内容は白い米飯を減らし、かわりにパンと牛乳を加え、たんぱく質と野菜 を必ず食事に取り入れることで、全軍の脚気患者の発生率を激減させるこ とに成功した。

一躍、高木軍医大監の名が世間に知れ渡った。今日では、脚気という病気 はこのように、明治の中期頃までは、大きな国家的な命題でもあったわ け。皇后陛下も脚気を患って困っておられたが、高木説に従われて快癒さ れた。明治天皇は高木を信頼され、何度も陪食された。

この頃、陸軍軍医総監森林太郎(鴎外)はドイツのパスツール説に従い 「脚気細菌説」を唱え続けたばかりか、高木を理論不足と非難し続けた。

脚気にならないためには、たんぱく質や野菜を食事に取り入れることが有 効であることはわかったけれど、それらの食品の含有する栄養素の正体に ついては、ほとんど解明されていなかった。これは前にも触れた通り。

栄養学の研究は、ヨーロッパでは19世紀の半ば頃から盛んに行われ、たん ぱく質のほか、糖質、脂質、それに塩類などを加えて動物に食べさせる、 飼育試験が行われていた。

だが、完全な形で栄養を供給するには、動物であれ人間であれ、「何かが 足りない」 というところまでがようやくわかってきたにすぎなかった。 その何かとは、今日の近代栄養学ではあまりにも当たり前すぎる「ビタミ ン」「ミネラル」のこと。当時はしかし、その存在すらつかめていなかっ た。

日本でビタミン学者といえば、鈴木梅太郎博士。米ぬかの研究でスタート した鈴木博士が、苦心の研究を経てビタミンB1を発見したのは1910年、明 治43年のこと。陸軍兵士が脚気で大量に死んだ日露戦争から5年が経って いた。高木海軍軍医大監の快挙から、実に28年もかかっていた。

鈴木梅太郎博士は最初は「アベリ酸」として発表し、2年後に「オリザニ ン」と名付けた。このネーミングは、稲の学名オリザ・サティウァからつ けたものと伝えられている。

しかし世の中は皮肉なもので、鈴木博士の発見より1年遅い1911年、ポー ランドのC・フンクという化学者が鈴木博士と同様の研究をしていて、米 ぬかのエキスを化学的に分析、「鳥の白米病に対する有効物質を分離し た」と報告、これをビタミンと名付けてしまった。

ビタミンB1の発見者のさきがけとして鈴木梅太郎の名は不滅だが、発見し た物質のネーミングは、あとからきたヨーロッパの学者に横取りされたよ うな形になってしまった。

それにしても、言い方を換えれば、明治15年、洋上で脚気のため命を落と した25名の兵士の死が、28年を経て、大切な微量栄養素の一つ、ビタミン B1の発見につながったと言うべきで、その意味では彼らは尊い犠牲者とい うべきだ。 (以上は栄養研究家 菅原明子さんのエッセーを参照)

私が思うには、日本人が宗教上などの理由から、4つ足動物を食べる習慣 の無かったことも原因にある。特に豚肉はビタミンB1が豊富だが、日本 人は明治天皇が牛肉を食べて見せるまでは絶対に4つ足を食さなかった

2002年3月、2Ch上で、脚気をめぐって、時ならぬ森鴎外論争がおこっ たことがある。

<日露戦争は1905年。 ビタミンBが初めて発見されたのは1910年。欧米の 学会で細菌説が否定されたのはもっと後。 高木兼寛が、日露戦争以前に 玄米を食することにより脚気が防げると 発見したのはすばらしいことで あるが、具体的理論に乏しかったのである。>

<でも、明治前期から「具体的事例」は山ほど出てたよ。 明治天皇も玄 米の効用には気付いていた。「別に毒でもないんだし、効用があるなら食 べさせておこうか。 理由は後で追及しよう」という姿勢をとらずプライ ドのために自分達の頭の中での学説を優先させたし高木らを誹謗した。森 一派は有罪。>

<海軍がらみの病気と言えば、ビタミンC欠乏で起こる壊血病が有名です が、ビタミン Cの発見はビタ ミンB1より後です。 これは、原因は不明な がらも、野菜や果実ないしこれらの絞り汁で予防・治療が可能だとわかっ て いたのと、壊血病を起こす動物が限られている事などの理由で、実験 ができなかったことが影響しているそうです。(治療法が確立していたた め、「学術的興味」のための人体実験などはできなかった。)

「具体的理論」などにこだわって治療法の確立を遅らせるのは、本末転倒 でしょう。 海軍の軍医として、食餌の不良が壊血病のように致命的な疾 病の原因になりうるという認識を持って いた高木氏が、「栄養上の問 題」という仮説を立てたのは、ごく自然な事に思えます。

このときに「不足している」と仮定したもの(タンパク質だったか?)
は、結果的には誤りだった訳 ですが、何の仮説もなく闇雲に行動してい た訳ではない。

そもそも「細菌説否定」もなにも、細菌が原因であるという事自体が、確 たる根拠を持たない一仮説 に過ぎないわけです。 当時、日本人医師達と の対談で、コッホが「細菌が原因かどうかという検討の前に、診断法を確 立し て、『どういう状態なら脚気なのか』を確定するのが先ではない か」というようなアドバイスをした と聞きます。

これも、確たる根拠のないまま、「とにかく細菌が原因」という思込
みで突っ走るの を危惧したためでしょう。>

渡部註:日本でしか罹患しない脚気だったが、江戸時代から「江戸わずら い」と言われたように、脚気は東京の風土病と疑われた時期もあった。

<脚気に麦飯や玄米が有効だという知見そのものは、高木氏の 独創では ないです。 高木氏の功績は、多数の患者を出した航海の記録などから、 「栄養不良ではないか」という仮説を立てるとともに、具体的な給食改革 案を提示し実証したところだと思います。

それはともかく、森林太郎という人が非難されているのは、彼が自力で脚 気の 治療法を確立できなかったからではない。>

<日露戦争時といえば、海軍から脚気が消えてから久しくたっており、
陸軍でも 地方では独自に麦飯給食などをしていたそうです。

経験的にとはいえ予防法が一応認められていた時期に、敢えてそれを否定 する がごとき方針を押し通し、多数の病者を出したというのは、とても 「ミス」な どというレベルではない、「未必の故意」による犯罪行為で しょう。 >

<1905年当時は、ビタミンのような希少栄養素という概念が無かった。近 代的な医学というのは、まだ始まったばっかりで コッホとパスツール が、細菌の発見→純粋培養による特定という 手法を編み出し、初めて病気 に対して、近代的なアプローチが、とられるようになったばかりだ。

だから、当時の医学では病気というのは病原菌が元で発生するもの以外に 対する ものに対しては全く無力。 当時は、癌でさえ、寄生虫か病原菌で 発生するものだと真面目に考えられていた時代であった。

いまでも、何の根拠も無い民間療法で完治してしまう人がいるように 統 計的に明らかな改善があったからといって そのやり方が正しいとは一概 に言えないのが医学。

統計結果を基に効果を推測するには、プラシーボ効果をかんがみた上で その影響を除去して考えなければならない。 然るにプラシーボ効果に対 する実証的な研究がなされたのは1954年以降のこと。 それまで、医学で は統計的なアプローチというのはあまり当てにならないものとされてい た。>2006.05.07



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重 要 情 報
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 ◎注射が効いている間に:前田正晶

経験上、ブロック注射の効果は3〜4日で切れてくるので、その間に出来る ことをやってみようと思った次第。

大久保通りにドンキホーテが新規開店:

既に指摘したが、何と再三採り上げてきたアジア系外国人様御用達の業務 スーパーの隣に、8日からドンキホーテが開店している。13日は体調安定 後に止むを得ぬ買い物があり家内と大久保通りに出向いたので、折角近所 まで来たのだからと偵察に入って見た。

予想通りで「何処からこれだけの人数のアジア系(と言っても最も多く
聞こえたのは中国語だと思うが)の若者が集まったと思うほど賑やかで、 我々は見事なほど少数民族だった。

その少数民族感は寧ろ業務スーパーよりも圧倒的だった。それかあらぬ か、レジは1箇所しか開けていなかった。と言うことは、可処分所得と言 うか収入の少ない若者が興味半分に入っているだけだとすら思えた。「大 久保通りにはそれほど良いビジネスチャンスがない」と知り合いのネパー ル人のレストラン経営者が指摘したのは、矢張りその通りかも知れない。

 ◎W杯サッカー代表がパラグアイに勝った:前田正晶

この試合は既に述べたように見ていないので、ニュースでシュートが3回 決まったところしか知らない。たったそれだけで勇敢にも論評してみるこ とにした。2点獲った乾は野洲高校という個性があり個人技に優れた者た ちの集団で、こまっちゃくれたと言うか小賢しいサッカーで、確か全国制 覇したと記憶する高校の出身である。

それ故にだろうが、欧州では比較的 用いられるが、個性を尊重しないパ ス回しの為のパスを主体とする我が国 のサッカーの外国人監督には、そ の為か否か評価されていなかったと思う。

漸く西野監督が何年振りかで折角招集した以上使わないのは不味いとでも 思ったのかどうか知らないが、香川真司真寺をトップ下とやらで起用した ら、4点も取れて勝ってしまった。香川もどちらかといえば個人技を活か すと(周囲が活かすと)威力を発揮する閃き型のプレーヤーなので、周り が下手ばかりで香川のパスの意図が読めないようだと、その力が半減以下 になる傾向があった。その香川と乾がな同じ場に立ったのでチャンスがあ れば、相互に活かす場があったのではないかと思っている。

と言うことは、西野監督の「好き嫌い」と、香川・乾の両名の個人技を基 本にして且つ閃き型のサッカーである個性をどう評価するかで、本番であ の両名を使うかどうかが決まると思っている。何れか一人を出したのでは ほとんど意味がないのではないかと言うのが私の意見。だが、遠藤保仁な き今では本田よりも香川の方がゲームメーキング(堂々のカタカナ語 だ!)では価値があると思うし、偏見を言えば私は香川の方を好む。如何 でしょうか、西野さん。

国家元首専用機もない国が:前田正晶

私は凄いことだと思い、且つ寧ろ驚かされたことは、アメリカの記者がト ランプ様に「何故、金正恩委員長にお世辞を言ったのか」と質問したよう に、世界最 大のアメリカの大統領がGDPにすれば自国の1.000分の1ほど (と宮家邦彦氏が指摘) の国の委員長にあれほど気を遣ったあの会談の 内容だった。言葉を換えれば「トラン プ大統領があれほどまでに丁重に 扱ったのは礼儀正しかったのであり、大国の驕りを 見せなかった」とい う意味では評価すべきかとも考えた。

金正恩委員長も自らの専用機を飛ばすには飛ばしたようだが、ご当人は無 償で借りたのか有料かは知らないが、平然と(なのだろう) Air China の飛行機で シンガポールまで出向いたのには恐れ入った。国家元首 が8,000 kmも飛べない専 用機がしかない国が、アメリカの大統領と「非 核化」の議論を堂々と展開して、結局 は一方は「非核化を「直ちに開 始」と解釈したのに対して、労働新聞は「段階的 に」と報じるような違 いを出す交渉をやってのけたのだ。

片方は約束を反故にする実績があり、何処まで信ずべきかとの問題は残る ようだが、大したものだと思わせてくれる。私独特の例え話に持って行け ば「社長が 専用に自転車しかない中小規模の下請け会社の若き社長が、 対立する大企業グループ の社長に「自社の存在を危うくするような売り 込み攻勢は止めてくれと泣き落とし の会談を実現に持ち込んだ」ように も思えるのだ。

しかも、その下請け会社は既に対 立するその大企業に「これ以上我がグ ループを攻めれば、こっちにも飛び道具の準備 がある」とまで通告して あったのだ。

残された課題は超大企業の社長兼CEOとその幹部が如何に対応していくか だが、相手は何分にも虚言癖があり、約束を忠実に実行しない前歴もあ る。しかも、 その小企業には隣接する親密であり、どちらにもつかず離 れずの中堅企業の社長兼 CEOが陰に日向に協力しているかのようだ。私は 当分の間は余計なことを言わずに成り 行きを十分に見守っていくのが適 切であると思っている。だが、我が方には絶対に解 決すべき「拉致問 題」という大きな課題がある事を忘れてはならないという問題が ある。



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身 辺 雑 記
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15 日の東京湾岸は曇天、やがて雨か。今夕は向島の洋食屋『あきら』で義姉夫妻と久々に懇談予定。

14日の東京湾岸は薄曇り。やや陰鬱な気分で散歩を済ませた。
空腹時血糖値は「94」とやや低血糖。前夜、焼酎を?んでばかりで
さっぱり食べなかったからと家人に怒られた。最高血圧「129」。
昼食は前日の残りのサンドイッチ。


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創刊日:2004-01-18  
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