政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針4686 号  2018・5・15(火)

2018/05/15

                                  
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わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」4686号
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      2018(平成30)年5月15日(火)



           シンガポールで何が起こるか:宮崎正弘

      平和憲法重視の宏池会の外交方針では:櫻井よしこ

        安珍・清姫伝説で有名な「道成寺」:石田岳彦
                                 
           
                      話 の 福 袋
                       反     響
                       身 辺 雑 記


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第4686号
                             発行周期 不定期(原則毎日発行)
             
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シンガポールで何が起こるか
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)5月13日(日曜日)
         通巻第5700号 
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 6月12日、シンガポールで何が起こるか
  焦りまくる習近平、同日にシンガポールに闖入する可能性

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米朝会談は6月12日、シンガポールと発表された。それまでにあがっ て いた候補のうち板門店は最終的に除外された。トランプにとっては「呼 びつけられる」印象を避けたということだろう。

また中国、露西亜という米朝会談の候補地は、アメリカから見れば情報 漏れの危険性があり始めから慮外の地。のこるモンゴルとマレーシアは、 前者は治安面でセキュリティの確保がされにくく、後者は金正男が毒殺さ れた場所だから、やはりふさわしくなかった。

シンガポールはセキュリティ、環境から考慮しても申し分なく、また国 際会議には慣れている。「シャングリ・ラ対話」も、舞台はシンガポール である。

しかし米朝首脳会談の会議の場所は間違いなく「マリナベイ・サンズ」 という予測がシンガポールのメディアで囁かれている。

同ホテルは3層の高層ビルのてっぺんに軍艦のようなプールが設備さ れ、世界中から観光客を集める新しいメッカでもある。

シャングリ・ラホテルはマレーシア華僑のロバート郭が経営しており、 どちらかと言えば親中派華僑として知られる。

同ホテルは中国各地にチェーンを展開しているからだ。

その点でトランプの最大の献金者でもあり、ラスベガスのホテル王シャ ルダン・アデルマンが経営するマリナベイ・サンズなら、トランプ大統領 にとって安心感がある、というわけだ。

米朝会談後、トランプは帰路に日本に立ち寄り安倍首相と会談すること も決まっているが、こうした動きに気が気でないのが習近平だ。

金正恩を2度も呼び出して、会議に注文をつけた習近平はそれでも安心 できないのだろう、米朝会談の現場へ乗り込み、金正恩、トランプと会談 するという、歴史的な会談への闖入を企図しているようである。
     

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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1730回】                     
――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(31)
  内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

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歴史的に振り返ると中国の地方制度は「小区画制」と「大区画制」の別 があるが、「大体において地勢並びに風俗からして」、「今日の大行政 区」が「自然の道理に適っておるのである」。「官吏を増やせば行政が行 き届くようになるという議論」があるが、「これはどこまでも誤りである と云わねばならぬ」。

 じつは「支那においては官吏の生活は、(中略)名目はともかく、事 実は非常に収入の多いものである」。そこで官吏の増員は「収支相償わな い支那の現在の財政状態ではとうてい堪うべからざるものである」。だか ら増員は不可ということ。

 じつは「支那の官吏の習慣として」、最末端の「知県のごとき小さい 官吏からして」、地方行政の実務には通じていない。そこで「一種の官吏 の下働きをする職業、すなわち胥吏というようなものがあって、実際の政 務を執っておる」。ところが「この胥吏がまた代々世襲」するなどして地 域の実権を握っていて「動かすべからざるほどに盤踞」している。地方行 政の実務は彼らに任せるしかなく、中央政府派遣の官吏は手足をお飾りに 過ぎない。

 だから中央政府の行政意思を社会の底辺にまで行き届かせようとする なら、中央政府からの官吏の実務能力を飛躍的に向上させる一方で、地方 に盤踞した胥吏を廃する必要がある。

 さらに考えるべきは「官吏の政治的徳義の問題である」。「実はこれ はいずれの問題にも関係し、またいずれの問題の根柢ともなることである が、支那のごとく数千年来政治上の弊害が重なって、官吏という者はほと んど政治上の徳義が麻痺して、その弊害ということをも自覚しないような 国にあっては、この問題を解決することは、容易ではない」。

ここでまたまた内藤から離れ、「官吏の政治的徳義の問題」について些か いくつかの事例を示しておきたい。

先ずはお馴染みの林語堂(『中国=文化と思想』講談社学術文庫 1999 年)から。

 ●「中国語文法における最も一般的な動詞活用は、動詞『賄賂を取る』 の活用である。すなわち、『私は賄賂を取る。あなたは賄賂を取る。彼は 賄賂を取る。私たちは賄賂を取る。あなたたちは賄賂を取る。彼らは賄賂 を取る』であり、この動詞『賄賂を取る』は規則動詞である」。

 ●「中国が今必要としていることは政治家に対し道徳教育を行うことで はなく、彼らに刑務所を準備することである」。

 ●「官吏たちに廉潔を保持させる唯一の方法は、いったん不正が暴露さ れたならば死刑に処するぞと脅かしてやることである」。


次は1960年代初頭の農村の状況を、
  ●「1963」年、河南省などの農村調査の文献を見る機会があったが、 文献が私に与えた印象は、陰惨でぞっとするものであった。富むものは富 み、貧しい者は生活のどん底に押しやられている。

農村の幹部は悪辣を極 め、汚職、窃盗、蓄妾などは朝飯前のこと、投機 買占めが横行し、高利貸 しが流行り、一口でいえば、農村は生き地獄そ のものである。

ところが、実態はもっとひどいものだと、毛沢東が文革の2年前から言 いだした。農村の末端組織の3分の1がもう既に共産党の手中にない。

社 会主義の看板は掲げているものの、実際は資本主義が復活している。 農村 の幹部などで構成されている新しい裕福な農民階級が出現し、彼ら は既に 階級の敵の代理人と保護者に成り代わっている、と毛沢東は断定 した」。 (楊威理『豚と対話ができたころ』岩波書店 1994年)

ここにみられる「農村の幹部」こそ、現代の「胥吏」ということになる だろう。《QED》
          
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者
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(読者の声1)つくる会東京支部は、来月(6月24日)、下記の公開講座 を開催いたします。(歴史・公民>新東京塾・第7回研修会)のご案内です。
  <正統な皇統(萬世一系)の護持 ――先ず旧宮家の皇籍復帰の実現を>
                 記

日時   平成30年6月24日(日)12時30分(16時30分終了予定)
会場   文京シビックセンター・5階 会議室 C
           メトロ丸の内線、南北線「後楽園駅」。都営三田線、大江戸 線「春日駅」
1)  講演A(12:40―14:10)
       「世界の文明史において不変の國體を護り続けてきた唯一の国 日本――御代替りを控えて、日本の根源力である皇統護持の戦いは正念場を 迎えている」
   講師 中村敏幸先生 (近現代史研究家・東京支部幹事)
2) 講演B(14:20:50)
   「歴 史 戦 の 最 前 線」
      講師 杉田水脈先生 (衆議院議員・つくる会理事)
      司会 荒木紫帆(新しい歴史教科書をつくる会、会員)
   会費  研修会  1500円  (予約優先で先着 60名様まで)
              (懇親会は4000円。30名様で予約制)
17:00から近くの居酒屋
<主催> 「新しい歴史教科書をつくる会」東京支部
<連絡先> 小川揚司 TEL090―4397―0908
                      FAX 03−6380−4547
                      MAIL  ogawa1123@kdr.biglobe.ne.jp
       (つくる会東京支部 小川揚司)



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(読者の声2) 〔マルクス生誕200年にあたってマルクスの人類史に与えた 壮大な罪状を記す〕

先に本誌上で、習近平の「マルクスは正しい」との発言に対する「論理 矛盾」のご指摘がありましたが、日本においても、巷の週刊誌が、マルク ス生誕200年ということで、マルクスを取り上げて、偉大な思想家だった とか、格差が広がっている今、マルクスが見直されているというような記 事を載せています。

しかし私がこれまでも事あるごとに主張したきたように、現在の人類の 混乱の最大の原因は、マルクスにあると云っても過言ではありません。そ こで私も、マルクス生誕200年を記念して、その原理的な誤りによって人 類の歩みを大きく歪めてしまったマルクスの罪状を具体的に列挙して、正 しいマルクス像を提供したいと思います。

 1、まず人類の歩みを正しく導いてくれるはずであった<本物の学問の 冠 石であるヘーゲルの哲学>を、その座から引きずり降ろし、代わって 原理 的な誤りに満ちた自らの思い・暴論をヘーゲルの言葉で粉飾して、 人類を 惑わし、人類にいらざる混乱と不幸をもたらしたことです。

 2、その原理的な誤りの第一は、学問のよって立つ世界観において、 <即 自的唯物論>の立場から説く「有論」と、<対自的観念論>の立場 から説 く「本質論」とを統一・止揚した<対自即自の絶対観念論>から 説く「概 念論」という、へーげるの本物の学問体系とそのよって立つ学 問的立場を 理解できなかったことです。

その結果、ヘーゲルの<絶対観念論>を、宗教的観念論と混同・同一視し て否定してしまうことによって宗教と学問との宥和の道を閉ざしてしま い、その対立をいたずらに激化させて、かえって宗教を頑迷的に強化して しまい、人類が、宗教から円満に卒業して、本当の意味での真の人間と なって主体的に自立するという本来の歩みをできなくしてしまったことです。

 3、マルクスの原理的な誤りの第二は、人類が、動物的本能の限界を克 服 するために、その動物的本能で生きる道をあえて捨てた真の目的であ る、 絶対的真理の弁証法を見事に完成した偉大なるヘーゲルの弟子であ りなが ら、その師匠の人類最大の功績である学問的弁証法をぶち壊し て、師匠が 死んだ論理学と批判していた、あれかこれかの硬直した古い 機械的論理学 に、師匠のヘーゲルの弁証法に似せて化粧を施した唯物弁 証法なる絶対矛 盾的自家撞着の面妖な紛い物で、人類を惑わし人類を解 決できない混乱へ の道へと引きずり込んでしまったことです。

 4、原理的な誤りの第三は、この世界の絶対(全体)的本質の運動の論 理 を説くヘーゲルの弁証法を否定してしまったため、その絶対的本質の 運動 の人類段階における本流の論理を説いた、「法の哲学」の学問的な 価値が 分からずに、ヘーゲルの学問的な国家論を否定してしまったこと です。

その結果として、マルクスの階級闘争史観や、人間解放論、自由論は、致 命的な欠陥をもった歪んだ論理となってしまったことです。

 5、このような欠陥があったにもかかわらず、マルクスの国家論のない 階 級闘争史観が、なぜ当時の世界に熱狂的に支持されたのかといいます と、 それは当時の一定の真実を反映したものだったからです。

つまり日本以外の世界のほとんどが、自己中心的な下の階級を人間扱いし ない奴隷的階級社会だったからに他なりません。それを根本的に克服・止 揚する道を示したのが、じつはヘーゲルの弁証法だったのですが、マルク スにはそれが理解できませんでした。その結果、自分たちが権力を握る と、即自的な労働者階級は文化性が劣る分、より残酷な結果をもたらすこ とになってしまったのです。その理由として2つ上げられます。

 6、マルクスの人間解放論の原理的誤りは、ヘーゲルが、人間の解放 を、 人間の即自的認識と学問的な対自的理性との統一・止揚の形成とし て説い ているのに、それを無視して、抑圧されている労働者こそが人の 人間解放 の担い手だとして、労働者が即自のままにその抑圧を跳ね返す こと自体 が、人間解放だとしてしまったことです。

同じように奴隷状態にある女性 が、家庭における奴隷状態から解放さ れ、職場における差別的な待遇から 解放されることが女性解放・人間解 放だとして、人間としての質の向上こ そが人間の真の解放だという視点 が全くないのです。

つまり抑圧された労働者・農民の即自の感情、差別された女性の即自の感 情が無条件に絶対視されて、農民に学べと下方運動が起きたり、大学の校 長が追い出され処刑されて、農民がその後に就任したり、女性がちょっと でも不快に思ったらそれはセクハラだという、おかしな論調の根底にある のは、このマルクスの歪んだ人間解放論なのです。

 7、このマルクス主義の、抑圧された者の即自的感情の絶対化が人間解 放 だ、とする人間解放論の原理的な誤りは、その自由論にそのまま横滑 りし ていきます。

その結果が、LGBTを社会的に認知し、その結婚を制度化し、それが当たり 前だとしない言動が直ちに批判され修正させられるという理不尽が、あた かも人間解放であるかのようなおかしな風潮の根底には、このマルクスの 歪んだ人間解放論・自由論があるのです。

ではヘーゲルの説く本物の学問的な自由論とは、どういうものでしょうか?

これは「法の哲学」の中に書いている「自由とは必然性の洞察である」と いうことであり、即自の絶対化では決してなく、即自且対自(国家)・対 自(学問)且即自との統一・止揚こそが、本当の自由だということです。

じつは、これは日本においては、本当の自由とは、道理にかなったもの、 分をわきまえたもののことであることは、太古の昔から当たり前のことの ように無意識に行われていたことでした。

 8、最後にマルクスは、「資本論」を書いて、資本主義の基本的構造を 解 明し、資本主義の剰余価値の正当性を立証し、定有としての資本主義 を措 定することに成功しました。

ここでヘーゲル学徒としてのマルクスが為すべきだったことは、師の教え にしたがって、その<定有としての資本主義>を、<対自有化>して全体 的関連の中に正しく位置づけて、資本主義の人類史的意義を明らかにすべ きだったにもかかわらず、それをしないで、抑圧されたユダヤ人としての 自らの即自的感情と、抑圧された労働者階級の即自的感情とを共鳴させ て、短絡的に剰余価値=悪、資本主義=悪と短絡させてしまって、原理的 誤り満載の国家否定の共産主義に走ってしまったことです。  
    (稲村正治)

      


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平和憲法重視の宏池会の外交方針では
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            櫻井よしこ


「平和憲法重視の宏池会の外交方針では国際政治の大きな変化に対応で きない」

米朝関係を背後から操るのは中国である。米中関係の中で翻弄されるのは 韓国である。米中韓朝の四カ国が狙うのは日本国の財布である。他方、日 本は北朝鮮の核やミサイル問題も、そして拉致問題も解決しなくてはなら ない。日本がどの国よりもしっかりと足場を固めるべき理由である。

国際政治の力学が大きく変化するとき、何よりも重要なのは世界全体を見 渡す地政学の視点だ。150年前の明治維新でわが国は大半のアジア諸国と 異なり、辛うじて列強諸国の植民地にされずに済んだ。当時の人々が、わ が国に足らざるものは経済力と軍事力だと認識し、富国強兵の国家目標を よく理解し、あらゆる意味で国力強化に力を尽くしたからだ。

しかし、もうひとつ大事な要因があったことを、シンクタンク「国家基本 問題研究所」副理事長の田久保忠衛氏は強調する。

「ペリーが来航した1853年にクリミア戦争が始まり、ロシアと英仏がオス マン帝国を巻き込んで世界規模の戦いを繰り返しました。8年後、米国で 南北戦争が勃発、日本を窺うペリーらの脳裡には祖国の危機がよぎったは ずです。明治維新の大業はこのような外圧の弱まりにも扶けられてなされ たと思います」

政府と国民の意識の高まりと、外圧の弱まりの中で、150年前、日本国は 辛うじて国難を切り抜けた。

現在はどうか。中国の野心的な動きに明らかなように外的脅威が弱まる気 配は全く無い。国民、そして多くの政党にも、危機意識が高まっていると は思えず、これこそ最大の危機だ。外的内的要因の双方から、現在の危機 はかつてのそれより尚、深刻である。

そう考えていたら宏池会が決意表明した。「宏池会が見据える未来 より よきバランスをめざして」と題された提言を見て心底驚いた。安倍政権の 下で5年間も外相を務めた岸田文雄氏が長を務めるその派閥の提言がこれ なのか。岸田氏が外相として展開した日本国の外交と、宏池会が見据える 未来は全く違うではないか。このギャップは何なのか。

宏池会の政策には三つの重要な柱が書かれている。(1)トップダウンか らボトムアップへ、(2)対症療法から持続可能性へ、(3)自律した個 人、個性、多様性を尊重する社会へ、である。

また「K-WISH」として、Kind、Warm、Inclusive、Sustainable、humaneの 5つの英単語が掲げられた。日本国の総理を目指そうと言う政治家がな ぜ、自分の思いを英単語の羅列で表現するのか、理解できない。

加えて、「Humaneな外交」の項には「平和憲法・日米同盟・自衛隊の3本 柱で平和を創る」と明記されている。だが、平和憲法の欠陥ゆえに、日本 は国際社会で苦労している。

宏池会の一員である小野寺五典防衛相は、私の尊敬する政治家の1人であ る。防衛相として米国のみならず各国の軍事や安全保障に関連する実態を 知悉する氏にとって、日報問題に関する日本の国会論議のおかしさは、身 に沁みるものがあるはずだ。それはひとえに「平和憲法」と呼ばれる現行 憲法の虚構と欺瞞に満ちた立てつけゆえであろう。

また平和憲法では日本を守れず、日米同盟も維持できにくいことを、米国 政府首脳、とりわけ軍事専門家との対話で誰よりもよく理解しているの が、防衛相の小野寺氏であろうに。
  
 宏池会の3大課題の筆頭に「トップダウンからボトムアップへ」があ る。安倍氏の力強い「政治主導」の逆を行こうというのであろうか。安倍 政権打倒の政局に入ったのか。だとしても、宏池会の平和憲法路線ではこ れからの国際社会の荒波は決して乗り越えられないだろうと思うがどうか。
『週刊ダイヤモンド』 2018年5月12日号
 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 Number 1230 


          
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安珍・清姫伝説で有名な「道成寺」
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          石田 岳彦

安珍・清姫伝説で有名な「道成寺」(御坊市)

長い階段を数えながら登ると確かに62段でした。上りつめたところには仁 王門があり、当然のことながら仁王さんが立っています。門をくぐって左 側には金属製の手水鉢が置かれていました。
 
小学校の音楽の時間に教わった童謡「道成寺」にある「62段の階(きざ はし)をあがりつめたら仁王さん 左は唐銅(からかね)手水鉢」との歌 詞は事実でした。しばしば追憶と感傷にふけります。

安珍・清姫伝説で有名な道成寺です。

大阪からJRの特急で御坊駅まで。そこから普通電車に乗り換え(本数が 少ないので、時間的余裕と人数に応じてタクシーを利用するのがよいかと 思います)、1駅行くと道成寺駅です。

改札を通り、踏切を渡って、駐車場と土産物屋(兼食堂)に挟まれた短い 参道を通り抜けると冒頭の階段へ至ります。

62段の階段を登りつめ、仁王門をくぐると、正面に本堂、その右側(東 側)には三重塔。いずれも江戸時代の建物で、相応に貫禄があります。

もっとも私の(おそらく、ほとんどの参拝客の)お目当ては、境内西側に ある鉄筋コンクリート製の宝仏殿・縁起堂の中で待っています。

宝仏殿・縁起堂は1つ繋がりの建物で、仁王門から見て、手前の、入り口 のある建物が縁起堂、奥が宝仏殿です。

縁起堂では、和尚さんが絵巻物(のコピー)を拡げ、安珍・清姫伝説につ いてユーモアを交えながら、絵解き説法をしてくださいます。説法は頻繁 に繰返し行われるので、そう待たされることはないでしょう。

次に述べるように、安珍と清姫の伝説は、事件それ自体は極めて陰惨で後 味の悪いものですが、和尚さんの語りのお蔭で、全く暗くなりません(そ れはそれで問題な気もしますが)。

時は平安時代前期の醍醐天皇の御世。安珍という若い僧侶が、熊野三山の 巡礼のために奥州から紀伊の国にやってきました。

ところが、道中、安珍が土地の有力者の屋敷に泊まった際、その屋敷の娘 である清姫は安珍に惚れてしまい、還俗して自分と結婚してくれるよう強 く迫ってきたのです。

結果から見ると、ここで安珍はきっぱりと断るべきだったのでしょうが、 清姫の執拗な懇願を拒絶し切れず、結局、巡礼を終えたら帰り道にまた清 姫に会いに来ると嘘をつき、屋敷を後にしました。

その後、清姫は首を長くして安珍を待ちますが、約束の日になっても安珍 は訪れません。清姫は屋敷を抜け出し、安珍を探し出しましたが、安珍は 人違いだと嘘をつき、清姫を相手にしようとしません。

これも結果論ですが、安珍はここできちんとした謝罪のうえ、清姫と一緒 になるなり、きっぱりと拒絶するべきだったのでしょう。清姫は悲しみの 余り、半狂乱になってしまい、やがて蛇の化け物になり、安珍を猛追します。

安珍は死に物狂いで逃げ、道成寺に逃げ込み、寺の僧侶らに事情を話しま した。僧侶らは鐘楼に吊ってあった梵鐘を下ろし、その中に安珍を隠しま すが、清姫の化けた大蛇は梵鐘に撒きつき、火を噴いて安珍を焼き殺して しまい、自身は入水自殺してしまいました。お終い(実際の説法では、こ の後、夫婦円満その他の在り難い和尚さんのお話が続きます。)。

この事件は、記録(?)に残っている限り、日本で最古・・・かは知りま せんが(未遂でよければ、イザナギ、イザナミの黄泉比良坂の件が最古の 事例として挙げられそうです)、おそらく最も有名なストーカー殺人事件 でしょう。

歌舞伎、謡曲等、様々な芝居の題材になっていて、道成寺ものというジャ ンルを形成しており、縁起堂にも様々な道成寺もののポスターが張ってい ました。

和尚さんの絵解き説法を聴き終えたら奥の宝仏殿に進みます。

道成寺の創建には複数の伝承があり、時期についてもはっきりしないそう ですが、遅くとも奈良時代前半には建立されていて、古い寺宝・仏像も少 なからず残っています。

その中で最も有名で、かつ特筆するべきものは、やはり国宝に指定されて いる平安時代の千手観音立像・伝日光菩薩立像、伝月光菩薩立像の仏像3 体でしょうか。

肉付きのよい、がっしりとした体躯の堂々たるお姿です(ご多聞にもれ ず、写真撮影禁止なので残念ながら画像はありません。)。ここで、あ れっと思われた方もいるかも知れません。

というのも、日光菩薩、月光菩薩は本来、薬師如来の左右を守る脇侍であ り、他の如来や菩薩につくことは基本的に無く、また、千手観音は単体で 祀られることがほとんどで、脇侍がつくことは、まず無いからです。
   
そういうこともあり、実のところ、この3体が1つのセットとして作成さ れたものか否かについては確証がなく、争いがあるとのことでした。

ちなみに奈良市の東大寺の法華堂では、千手観音ではありませんが、不空 羂索観音と日光菩薩・月光菩薩という組み合わせが見られます。

こちらについては、日光菩薩と月光菩薩が後になってから余所のお堂より 移されてきたのではないかとの説が有力なのだそうです。

大阪からはやや遠いですが、早起きをすれば余裕をもって日帰りできるは ずです。白浜温泉への行き帰りに途中下車をして立ち寄るのもよいかもし れません。




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重 要 情 報
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 ◎小田急線中央林間駅に降り立って:前田正晶

13日(日)には天気予報が午後から雨とあったので、何としてもその前に 往復しておこうと10:15に家を出て新宿から江ノ島線の中央林間に向かっ た。この駅では30年前の4月7日までは藤沢市の湘南台駅から青山一丁目に 通勤していた頃に、田園都市線に乗り換えていたのだった。私の頭の中に あったのは、うらぶれたというか如何にも田舎の駅らしくその周辺には何 にもない殺風景なところだった。だが、恐らく下車した時にはウロウロさ せられる事だろうほどの変化は十分に予想していた。

しかも、下りの電車から降り立つのも初めての経験だったが、改札口で係 員に尋ねて迷わずに目出度く目的地を向かうことができた。だが、気が付 けば30年前とは田園都市線に乗り換えるプラットフォームが反対側に変 わっていたし、その方向には言わば洗練された如何にも東急電鉄らしい食 堂街のようなものができていたのだった。予め検索しておいて目的地が南 口から出ると知らなかったならば、十分に迷わせられただろう近代化され た東急電鉄側だった。

近頃の都内でも屡々出会う現象だが、5〜6年は訪れる機会がなかった往年 には離れ親しんだ場所でも、JRでもメトロの駅でも「どの方向に向かえば 目的地に到達できるのか」と途方に暮れることが多いのだ。先頃も述懐し たことだが、嘗て1972〜75年まで通通勤に使っていた銀座線京橋駅などで はどの改札口を出れば中央通りに出られるかが解らなくなってしまった し、地上に出られてからも通行人に恥を忍んで「明治屋に行くには」と尋 ねざるを得なかったほど変わっていた。



13日は幸いにして中央林間駅の何故か関西弁の係員の道案内が的確で、迷 うことなく目的地への一本道に到達した。だが、新興住宅地帯というか私 鉄がその沿線に開発する一帯は何の目印にもならないアパート、それも高 層が多く、初めてか暫く振りに訪れると自分がチャンと目的地に向かって いるのだろうかと、甚だ心許ないのである。13日のところは雨にも降られ ずに無事に目的を達して帰宅できたのは、寧ろ僥倖だったかも知れない。




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身 辺 雑 記
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15 日の東京湾岸は快晴、爽快。

14日の東京湾岸は晴れ。散歩した都立猿江恩賜公園では前日の強い雨で 洗われた新緑がとてもきれいだった。

                          読者:5576人
              






        


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創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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