政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針4662 号  2018・4・11(水)

2018/04/11

                                        
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わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」4662号
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        2018(平成30)年4月11日(水)



          男らしさはどこへ行ったのか:加瀬英明

            蕪村・望郷のミステリー:毛馬一三

             18社がフランクフルトへ:宮崎正弘                
      
                      話 の 福 袋
                       反     響
                       身 辺 雑 記


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第4662号
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男らしさはどこへ行ったのか
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        加瀬 英明

夏季、冬季オリンピックが2年ごとに巡ってくるたびに、日の丸が何本あ がるか、血涌き、肉躍る思いがする。

スポーツや、武道の領域で最高峰をきわめるためには、自分を相手に戦っ て、努力しなければならないが、文弱の者には理解できないだろう。

韓国ピョンチャン大会で、日本が国として4つの金メダルを獲得した が、3つが女性の活躍によるものだった。

個人では、5人の乙女に1人の男性によったから、5対1だった。

羽生結弦選手が金を勝ち取って、本当によかった! 羽生君、有難う!

女性ばかりが金を獲得して、もし男が1人もいなかったとしたら、女性 たちが大股で闊歩するのに出会うたびに、われわれ男は俯(うつむ)いて、 背中をまるめて、道を譲らねばならなかったところだ。

私はテレビで、5人の乙女の姿を見て、1300年の時空を超えて、大 伴旅 人(おおとものたびと)(665年〜731年)が『万葉集』のなかの 「松浦川 に遊ぶ」に、そこで会った乙女たちの「花の容双(かほなら)びな く、桃 の花を頬の上に発(ひら)く」と詠じているのを思った。

私は日本が天平時代に戻ったと、思った。

『万葉集』が編まれた天平の奈良時代には、日本は世界のなかで、男女 が対等だったか、女性が優っていた、唯一つの社会を形成していた。

『万葉集』のなかで、多くの男女が恋歌を交換しているが、男女が対等 でなければ、ありえないことだ。

平安時代でも、女性は男性に教養で劣らなかった。女性による平安時代 の文学作品は、多くが失われたにちがいないが、今日100点近くが存在 する。

同じ時代の世界をみれば、西洋、中東、中国、朝鮮とどこをとっても、 女性はほぼ全員が文盲で、男に従属していた。それに対して、日本の男は やさしくて、繊細なのだ。

日本の最高神の天照大御神は、女神でいらっしゃる。西洋、中国、中東 の神話の最高神は、みな男性で絶対神だ。

 日本では祖国を母国といって、なぜか父国という表現がないが、英語で はファーザーランド、ドイツ語ではファーターランドといい、フランス語 には父国(ラ・パトリ)しかない。
アメリカでは、昨年、高名なハリウッド映画界のプロデューサーのハー ヴェイ・ワインスタイン氏が、多年にわたって多くの女優を弄(もてあそ) んだことを、女性たちによって暴露されたことから始まって、与野党の連 邦議員にも及んで、全米にわたって女性による「ミー・ツウ」(私 も、#MeToo)運動となって、数千人、数万人による抗議デモが、毎日のよ うに続いている。

西洋は、アメリカだけでなく、日本でひろく信じられているのと正反対 に、男尊女卑の社会だ。

とくに、アメリカは酷いものだ。2016年にハーバード大学では、報 告さ れただけでも、27人の女子学生が男子学生によるレイプ被害にあ い、前 年卒業した女子学生の3人に1人の31%が、男子学生による性暴力を経験 している。

ヒラリー夫人が率いた民主党の選挙スローガンの1つが「女の戦い (ウォ ア・オブ・ウィメン)」で、学園(キャンパス)をはじめとして、男性 の性 暴力を根滅しようというものだった。

西洋では女性に対するセクシャル・ハラスメント――性的な嫌がらせは、 日常茶飯事だ。ユダヤ・キリスト・イスラム教は同じ神を拝む宗教だが、 女性を蔑視している。

日本では、武士上位の江戸時代に入るまで、夫婦(めおと)は女男(めお と)と書かれた。どうして、夫婦を「めおと」と発音することが、できる ものか。

日本ではカーナビの指示の声も、交差点でスピーカーから流れる注意 も、女の声ときまっている。乳母車や、トラックのホロを「母衣(ほろ)」 と書くが、武士が首筋を守ってかけた鎖綱のことだ。女性への甘えが強い のだ。日本では主な家屋は母屋、卒業校は母校だし、いまでも和船に女男 釘(めおとくぎ)が使われている。

私は安倍内閣の応援団だが、女性の“社会進出”を奨励する「一億総活躍 社会」に、首を傾げざるをえない。

専業主婦も家にあって、立派に活躍している。女性が家を守って、子育 てに当たることを、国が支援するべきである。少子化こそ、大きな国難だ。

北一輝といえば、青年将校が暴走した2・26事件に捲き込まれて処刑 さ れた、政治思想家で、あの時代の傑出した申し子だった。 

『日本国家改造法案大綱』によって知られるが、次のように述べている。

「婦人は家庭の光にして人生の花なり。婦人が妻たり母たる労働のみと ならば、夫たる労働者の品性を向上せしめ、次代の国民たる子女をますま す優秀たらしめ、(略)特に社会的婦人の天地として、音楽美術文芸教育 学術等の広漠たる未墾地あり。(略)婦人が男子と等しき牛馬の労働に服 すべき者ならば天は彼(か)(女性)の心身を優美繊弱に作らず」

私は男性たちが牛馬のように、身を粉にして働いている会社労働に、女 性たちが競うようにして、加わるべきではないと思う。

それぞれの国の国民性は、2000年にわたって、雛型が変わらない。

日本は女性が強い国であってきた。男性が武に励むことによって、辛じ て男女の均衡を保ってきた。もともと女性上位の社会であったために、男 たちは女性から男として認めてもらうために、凛々しく振る舞ってきた。 女が男に「男らしくしなさい」というのは、日本だけだ。

それなのに、アメリカが強要した憲法によって、武が否定されたため に、男が腑抜けで、軟弱になってしまった。このままでは、国が滅びる。




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蕪村・望郷のミステリー
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       毛馬 一三 

毛馬桜ノ宮公園の北端、毛馬閘門近くの大川沿いに「蕪村公園」がある。

与謝蕪村は、松尾芭蕉、小林一茶と並んで江戸時代俳諧を代表する俳人 で、その名は有名だが、いざ蕪村生誕地がどこかということになると、残 念ながら知る人は少ない。

蕪村の生誕地は、紛れも無く大阪市都島区の毛馬橋東詰(摂津東成郡毛馬 村)の辺りである。それを顕彰する「蕪村生誕地碑」が、淀川毛馬閘門側 の堤防に立っている。かの有名な蕪村の代表作「春風や堤長うして家遠 し」の句が、この記念碑だ。

もう一つの顕彰物は、「毛馬閘門」から流れる大川を南へ500mほど下 がった所に小さな「春風橋」がある。橋の欄干には蕪村直筆で「春風」橋 と刻まれているが、これも見過されている。

なぜ、蕪村生誕地が、それほど知られていないのか。

それには蕪村自身の幼少時代の生き方に関わりがあると言っていいだろう。

蕪村は、享保元年(1716)に毛馬村の裕福な村長と奉公人として京都丹後 からやって来た母との間に生まれた。いわば家督の引き継ぎが出来ない私 生児だったのだ。

更に不幸にも、蕪村が13歳の時、母が亡くなり、相次いで父村長も逝去し た。家系を引き継ぐ身分でない蕪村は、それをきっかけに家人から総いじ めを喰らったという。その結果、その辛苦に耐えられず、20歳の頃(18歳 の説も)毛馬村を出奔して、江戸に上ることを決意。家出して京都に向 かった。

どうして江戸を目指したのか、その訳も未だ不明だ。

ところが京都で人生を一変させる超有名俳人と出会った。早野巴人であ る。これが蕪村の運命を定めることになる。2人は暫く一緒に暮らしてい たが、蕪村が俳句に志を抱くようになり、巴人を師匠と崇め、2人で江戸 に旅立った。

江戸では早野巴人の弟子となり、本格的に俳諧を学ぶようになった。とこ ろが間もなくして頼りにしていた師も没してしまった。26歳の時である。 蕪村は師の死を悼みつつ、これからの生き方を思考した結果、師から教 わった芭蕉の俳句追求の道を歩もうと決意する。そこで芭蕉を慕って奧羽 地方を放浪して回ることになる。

宝暦元年(1751)になって、一人で京に戻った。俳諧に勤しむ一方、南宋 画を学び、南宋画家として池大雅と並ぶ名声を得るようになる。蕪村の俳 句は生活の足しには仲々ならなかったが、絵は人気を集め、大いに稼げた。

蕪村は京で68歳で生涯を閉じたが、故郷の毛馬村には一度も帰ってい ない。

この毛馬村の情景を詠った「春風馬堤曲」という作品がある。これは生ま れ故郷を懐かしく想う「望郷」を念に、脳裡の中で故郷を想像しながら、 帰省する奉公人の少女に気持ちを託す形で「望郷物語」を書き、俳句を添 えて思いを募らせている。

母が亡くなった毛馬村への望郷の念がありながら、京都から大阪弟子の処 へ幾度も吟行に往復しながらも、その途中、渡し船から降りて歩けば、母 と暮らした毛馬村に簡単に行けた筈なのに、何故か一歩も足を踏みいれて ない。全くの「ミステリー」だ。

京都からは俳句の弟子がいる大阪に幾度となく来ている。なのに、実家毛 馬村に立ち寄らなかったのは、恐らく母の死後、終始苛められて追い出さ れた家人たちへの「怨念」と「失意」の執念が、終生心から消えなかった ことが主因だと思われる。(文献・学説はない:これもミステリーの一つ)。

このように大阪とはすっかり縁遠くなった蕪村だったから、いまだに大阪 には蕪村に関する伝承の文献も無く、生誕地が明治23年に淀川改装によっ て完全に埋め立てられて仕舞い、生誕地の痕跡はすっかり消えた。今淀川 堤防にある「蕪村生誕地碑」は、蕪村が居住していた真の生誕地ではない。

これが長い間、蕪村生誕地を顕彰する機運や「お祭り」が無かった最大の 理由だ。

10年位前から、私と大阪市議会筋と協力して都島区毛馬町に「顕彰公園」 を作ろうと、当時の大阪市長に働きかけた。地元にも呼びかけたこの顕彰 運動は、次第に活発になりだした。

そこで、大阪市「ゆとりとみどり振興局」が18年度から2年計画で、前述 の「記念碑」と「春風橋」の間にある、市有地1.1hrの土地に、約3億 5千万円をかけて「蕪村公園」を整備する計画がまとめた。

同「蕪村公園」には、蕪村の俳句や絵画を展示し、句会もやれる「東屋」 を建てるほか、公園内には大きな広場、その周辺には蕪村の俳句碑や絵画 に因んだ樹木の植栽をする計画。そして大阪が輩出した蕪村に親しみ、ま た俳句愛好家が集まる文化集客地にしたいと大阪市は方針を決めて、創設 した。(結果的には、管理上の問題から「東屋」は見送られた。)

蕪村公園は、全国的に知られた大阪桜の名所「毛馬桜の宮公園」の北端に 位置し、国の重要文化財「毛馬閘門」の側にあり、市の中心地中之島へと 通じる「大川沿いの桜回廊」の出発点となった。まさに文化情緒の端緒と なる集客観光名所が出来上がった。

大阪市やわれわれが、蕪村公園の名をあげて蕪村を顕彰し、俳句文化振興 に貢献していけば、俳句に惹かれている国内外の人たちの集客にも結びつ き、華やかな大阪を取り戻せるだろう。顕彰される蕪村本人もご満足では ないだろうか。(了)

          

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18社がフランクフルトへ
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)4月9日(月曜日)弐
        通巻第5666号 
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ゴールドマンサックス、JPモルガンなど18社がフランクフルトへ
  BREXIT以後、合計60社が英国ザ・シティから脱出の構え
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 英国の「脱EU」(BREXIT)以後、ザ・シティという國際金融セ ンターの機能不全を恐れ、すでに18社がドイツのフランクフルトへの移 転を決めている(英紙インデペンダント、4月8日、電子版)。
 この脱英国のなかにはゴールドマンサックス、JPモルガンが含まれる。

また英国筋はほかにも40社が、欧州のどこかへ本社移転を決めてお り、 パリ、バルセロナ、ウィーンなどの都市が候補となっているという。

おりしも同紙は「世界で安全な飛行機会社はどこか」とランク付けを独 自に発表したが、トップは「エミレーツ」(UAE),2位が「カタール 航空」。以下3位から10位までは、シンガポール航空、キャセイパシ フィック、ANA、エティハド(アブダビ)、トルコ、エバエア(台 湾)、カンタス(豪)、そして10位がルフトハンザ。

英国や中国の航空会社が漏れ、またJALもランク入りしていない。ド イツのルフトハンザは辛うじて10位だ。

経済優等生として欧州に君臨し、トルコを批判するドイツだが、そのド イツを代表する企業は落ち目が目立つ。ドイツ銀行は経営がふらつき、 BMWを別とすれば、ベンツもフォルクスワーゲンも不振。とくに後者は 中国市場依存型となっており、中国経済の浮沈と運命を共にするかのようだ。

政治も、メルケルが総選挙から数ヶ月も連立政権を組めず、また欧州各 地でドイツ批判がおこり、とりわけ移民問題では、ドイツの政策に同調す る国はなくなった。

こうした大局観にたつと、国際金融機関がいまさら何故ドイツを目指す のか、理解に苦しむところだろう。
    

          
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1714回】        
 ――「支那人の終局の目的は金をためることである」――廣島高師(3)
  『大陸修學旅行記』(廣島高等師範學校 大正3年)

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一行は日露戦争激戦地の1つである遼陽を訪ねる。

郊外の畑の中に「露人が戰爭前早くから買ひ取つて壕などを掘つてゐ た」広大な場所が数カ所あった。「戰爭の結果當然日本の手に移る筈であ つたのが」、日本側は知らないままに放っておいた。

そこで「いくら助力 してやつても有難がる人間ではない」である「支那 人が畑として仕舞つて ゐた」。だが、ささいなことから村人が喧嘩を起 こし、一方が、ここは日 本側の土地だと申し出た。

かくて1カ所だけは日本側に帰属することと なったというのだ。この一 件から、日本側の手抜かりはもちろんだが、 「いくら助力してやつても 有難がる人間ではない」などと言いながらも、 そういった人々の“セコ さ”に乗じられてしまう日本人のお人好しさを示す と同時に、日本側に 黙ってればよかったものを、なまじ告げ口をしたこと から土地を失う羽 目になってしまった“間抜けさ”も示しているようだ。ど うやら「いくら 助力してやつても有難がる人間ではない」人々はシタタカ にセコイと同 時に、限りなくヌケテいるようにも思える。

 じつは「遼陽には露人が3人商人だと云つて居住してゐるそうであ る」が、人数は同じだが常に人が変わっている。ということは、どうも純 然たる商人ではなさそうだ。

そのうちの1人が租借地の境界線を石で印し ている日本人を笑って、「日 本が弱い國であればとにかく、強國である限 り木で境界標を建てゝ、そ の木が朽れば一歩を進めて新しいのを建てる樣 にしなくては」といって いる。この“助言”を「スラブ人の侵略思想を以て 日本人の人心を忖度し たものと云ふべもである」としている。

 おそらく「スラブ人の侵略思想」が世界の常識であり、租借地を自分 から固定化し強国として当然に採るべき領有地拡大方法を自ら封じてしま う日本は世界の非常識ということなる。かくて世界の常識からするなら、 日本の振る舞いの“謙虚さ”に何か下心があるのではないのかと、あらぬ疑 いをかけられてしまうことになるわけだ。

日本人が厚かましいことこの上 ない「スラブ人の侵略思想」を身に着け たとしても付け焼刃で終わってし まうのが関の山。ならば「スラブ人の 侵略思想」を徹底して学び、それを 超える智慧を持つ必要があるが、や はり言うは易く行うは難い。だが、世 界は「スラブ人の侵略思想」に充 ち満ちていることを固く心に留めておく ことは絶対に必要だ。

遼陽の後、奉天を経て朝鮮半島に入り、やがて釜山で乗船し帰国の途 に 就く。

以上の「旅行日誌(其の壹)」に「旅行日誌(其の貳)」が続く。同じ 行程を歩いているから同じような感想が記されていると思いきや、やはり 生徒によって目の付け所も受け止め方も違うから面白い。

 先ずは上海の名門で知られる復旦大学の前身である復旦公学を訪れた 時のことだ。

 青々と茂る庭樹と「純支那式の鴟尾高く天に聳えて居る瓦屋根」とを 「背景として高く四邊を睥睨して居」る「此の校の設立者で前代の日本―― 世界の列強の間に新米として顔出した日本――の?史の上に忘れ難い深い印 象を刻むだ李鴻章の像」を前にするや、案内者が「上半身は純金ですよ」と。

 そこで目を像の上半身に転ずると、「其の偉大な顔の邊から點々と薄 黒くなつて居る」ではないか。どうやら純金はウソで「鍍金らしい」。か くして「凡ての支那の眞相が此の偉人の像の半身に刻みつけられて居る樣 であった」と。「此の偉人の像の半身」から「凡ての支那の眞相」を見抜 くとは、じつに素晴らしい感覚といっておこう。

道端の乞食の住まい前で道を聞く。彼らは「實は乞食ではなくて田舎か らの破産者」の家族であり、「こんな處に引き越して假小屋生活をして居 るのである」。
         
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者
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(読者の声1)「バラカイ島が、4月26日から半年閉鎖される。「環境汚 染浄化」との理由で現地を視察したドゥテルテ大統領の鶴の一声で決まっ た」由ですが、南北に7キロの島に、2017年は200万人が訪問したそうです。

下水処理施設が容量オーバーで、インフラ施設を突貫工事し、半年後 (3-4か月後)には復活します。当然、半年近く観光業の仕事がなくなり ますが、トップダウンで将来への布石を打つ。国民の支持を背景にドゥテ ルテ大統領のトップダウンの素早い判断は効果的と思います。

結局、五輪に間に合わない道路建設。築地移転判断をのばしに延ばした都 とはえらく違いますね。 ついでながら、貴誌でも議論のある西部さんの 問題から、高瀬舟の「安楽死」について議論がありました。

 元気な頭のしっかりしているときから自分で終止符を打ちたいと話して いた人なら安楽死もいいんじゃないでしょうか。乱用されれば、刑事事件 に通じる危険性がありますから慎重な対応(要件)が必要でしょうが、各 自、色々な考えが有り、色々な環境制約、個々の健康状態もある。私は医 療大麻にも賛成します。(R生、ハノイ)

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(読者の声2) 日本文化チャンネル桜からお知らせです。10日(火曜)午後 8時からのフロントジャパンに宮崎正弘さんが出演します。ホストは福島 香織さん。中国問題が中心のテーマとなる予定の一時間番組です。
 ご期待下さい。

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(読者の声3) マルクス主義の共産主義グローバリズムと、金融資本の経 済グローバリズムとの、人類を不幸にする共通した理論的誤謬は、国家の 軽視・否定であり、部分の不当な全体性化、つまり特殊性の不当な一般性 化です。

その理論的誤謬は、ソ連・中共・北朝鮮における社会主義経済の破綻、お よび英国のEU離脱に現れたEUグローバリズムの失敗など、現実世界に おいてすでに実証されています。ペキン共産主義グローバリズムは、今や 合理性無視の国家主義経済グローバリズムへと変質し、その理論的誤謬は 理論など云々するレベルでないほどに劣化しています。

にもかかわらず、どうしていまだに力を持っていられるのか?それを正し て、人類が歩むべき正しい道が明らかになっていないからに他なりません。

いずれにしてもマルクス主義の共産主義グローバリズムのトロイの木馬 は、じつに恐ろしいものがあります。

中共が蒋介石の国民党に勝利できたのも、米国内のそのトロイの木馬のせ いでした。蒋介石の妻の宋美齢とズブズブの関係にあったルーズベルト大 統領の死後、宋美齢を嫌うトルーマン大統領の周りはマルクス主義者で固 められていました。だから、米国は突然国民党への支援を止めたので、蒋 介石の国民党は敗れて台湾に逃れる羽目になってしまいました。

さらに、その後に勃発した朝鮮戦争においても、マッカーサー率いる米軍 主体の国連軍は、米国中枢のトロイの木馬の国益に反するシビリアンコン トロールによって、完全勝利できないようにされたのです。マッカーサー は、その時の悔しさを「懐古録」に赤裸々に綴っているそうです。

その後の社会主義経済建設に大失敗した中共が、どうして異常な形で経済 的に膨張できたのかは、米国の経済グローバリストたちの支援(もちろん 日本の経済援助も)のたまものであって、自力でなし得たものではありま せん。

それに乗って勢力を伸ばしたのが江沢民派のマルクス主義(?)経済グ ローバリストたちでした。そして、彼らが北朝鮮の核開発にも協力してい たのです。

ところが金正恩が調子に乗って、米国を直接攻撃できる核ミサイルがもう すぐできるとやってしまったものですから、トランプとやり合っている米 国内の経済グローバリストたちも、習近平が江沢民派をどんどん潰して悪 質なやり方で世界制覇の野望をあらわにしてきたことと相まって、もう収 拾がつかんとトランプと手打ちして、東アジアから手を引いてしまったそ うです。それが今の状況の背景なわけです。

以上をみれば、マルクス主義的な共産主義グローバリストや金融資本に よる経済グローバリストたちによって、世界が、国家のまともな発展が阻 害される形で、勝手に引っ掻き回されて、如何に世界がおかしくなってし まっているかが、よく分かります。

それを正道に引き戻すには、どうしてもヘーゲルの復権が不可欠ですが、 それを説く前に、とても面白い本がありましたので少しそれを見てみたい と思います。

それは、経済やくざだった猫組長というペンネームを持つ人物の、「−政 財暴一体で600億稼いだ男の錬金哲学」という副題のついた本の中の一節 です。それがとても興味深い内容なのです。

「日本ではあまり知られていないがヨーロッパにおいては貴族・王族を保 有しているかいないかが、その国の価値を決める一つの基準となってい る。民主主義国家となった現在でも、モナーク(君主)を持っているかな いかいないかは、ナショナルバリューにおいては非常に大きな問題なの だ。

あの芸術大国を誇るフランス人の最大のコンプレックスこそ、貴族や 王 族の不在である。18世紀、世界に先駆けて市民革命を起こしたこと で、フランスの貴族や王族は滅亡し、そのことで、王室外交においてフラ ンスは格下に置かれているのだ」

「どれほど巨万の富を築いても『歴史』を買うことはできない。つまり、 『歴史』は価値なのだ。その歴史が育むものが『文化や伝統』である。希 少性こそが最も価値を創造する要素であり、唯一無二には高いバリューが ある 現在世界に王室は27しかない。

その中で一番古い君主こそが日本の天皇である。日本はキングでなくエン ペラーを持つ唯一の国、天皇家は古事記と日本書紀を信じれば紀元前 660年から、きちんとした資料によれば6世紀以降から続く『万世一 系』である。現在の覇権国であるアメリカ大統領が、自分より格上の儀礼 としてホワイトタイ(白い蝶ネクタイ)で空港まで迎える人物は、ローマ 法王とイギリス女王、そして日本の天皇であることを知らない日本人は多 い。」(「アンダープロトコル」猫組長著)

これは、唯物論の市民革命が、人類に何をもたらしたのかを見事に示して くれた、素晴らしい論稿です。そして、これは国民国家論の欠陥を見事に あぶり出してくれています。これに対して、ヘーゲルはまともな国家はど うあるべきかを示してくれています。

「しかし国家は個人に対して(国民国家とはー稲村)全く別の関係をも つ。国家は客観的精神であるがゆえに、個人自身は、ただ国家の一員であ るときにのみ、客観性・真理・人倫をもつ。

諸個人の統合そのものが国家 の真なる内容および目的であって、個人の 規定は、普遍的生活を営むこと である。個人のその他の特殊的満足、活 動、ふるまい方は、この実体的な もの、普遍妥当するものをその出発点 とするとともに成果とする。

――理性 的であることは、これを抽象的に見れば、一般に普遍性と個別性 との浸透 し合う統一のうちにあり、これを具体的に見れば、内容の点で は、客観的 自由すなわち普遍的実体的意志と、個人的知識としてのまた 特殊的目的を 求める個人意志としての主観的自由との統一のうちにあ り、――したがっ て、形式の点では、思惟された、すなわち、普遍的な法 的に永遠にして必 然的な存在である。」(「法の哲学」より)

ここには何が説かれているかと言いますと、国家は「国民国家」におけ る国家のような国民の下僕などではなく、むしろ、客観的精神すなわち人 倫的理念の現実性であって、その現実性である国家の象徴が君主だという ことです。

したがって、国民の側は、その君主が示す人倫的理念の高みに、誇りを もって自らの主体的・主観的自由意志をもってその高みとの統一を図るべ く登って行かねばならない存在であり、かつまた国家は、国民に対してそ れを要求するものでなければならない、ということが書かれています。

だから、君主制の国家は、国民国家とは国家そのものの品格が違うので す。これが、猫組長が書いていた中身なのです。

 次に、再び猫組長さんの話に耳を傾けてみましょう。そこには、日本の 国家のもつ特徴が、他の国家とは次元が違うことを如実に表す内容が説か れています。

「私は思想を持たないプラグマティストであるが、プラグマティックに考 えれば、『天皇』は国家の価値であり、この歴史が日本の文化や伝統を生 んだのだ。 

『文化や伝統』を検証するには、『日本列島』という地政学 的特徴も加 味しなければならない。海に囲まれた日本は、異文化・異民族 が交流す る『大陸』とは違う。閉鎖的な環境である島国という社会にあっ て、誰 かを騙せば逃げ場はない。こうして騙した後で逃げ場のある大陸と は 違った形での文化的、社会的秩序も含めた、倫理観を生んだのである。

ビジネスにおいて利害を関係付ける『契約』には、その国の文化や伝統 の在り方が如実に反映されるが、この点で比較するとそれは明らかであ る。海外と取引すると実感するのは、日本の契約書の薄さだ。海外では契 約を結ぶ際に、両者が『相手を騙そう』『自分が騙されるのではない か?』という疑念から出発するので、そうした疑いを排除仕組みが契約書 に全部入り、必然的に契約書は分厚いものになる。」(アンダープロトコ ル」猫組長著)

ここに説かれているのは、日本の国家が、外国の国家とは、そもそもの 国家としての成り立ちが全く別物であったことを示すものです。

それは通常は日本の国家が外国の国家とは違う特殊性としてとらえられが ちですが、その特殊性こそが、じつは人類の国家が本来持つべき人倫国家 としての普遍性なのだ、ということです。その違いが何に由来する もの なのかについて、猫組長さんの分析は傾聴に値するものですが、それ は ビジネスにおける契約書の違いから類推されたものですので、そこから さらに構造的に深化する必要があります。

通常の外国の言語に一般的に含まれている構造は、まずイエスかノーか を示す構造です。

それは、負けたら殺されるという弱肉強食の世界において、如何に自分 の身を守るか、そのために即自の自分中心に、自分の身を守るために、相 手を敵と見なして信用しない、ということを前提とする精神構造によって 造られた言語構造なのです。

そういう精神構造は何故造られたかと云いますと、大陸は一般的に食料 が充分でなかったからです。だから、ですから、人類の戦争史を見てみま すと、人口が増えますと必ず戦争が多くなります。

そういう世界にあって、例外的に戦争が少ない時期というのは、ローマ帝 国などの統一国家の強大な権力によって抑えられていた時代なのです。し かし、皮肉なことに戦争がないということは、奴隷が得られないというこ とになって、人口の増大に比して生産力が落ちていって、国力が落ちて衰 退していくという皮肉な現象が現れることになります。

そういうことに左右されなかった、唯一の国が日本です。

日本の国家はその成り立ちから和をもって貴しとなす共存共栄の国でした から、人口が増えてもそれに合わせて墾田したり、生産力を高めるさまざ まな工夫をして、人口が増えても戦争が増えることはなかったのです。戦 国時代の様な時にも、各国が生産力の増強の競争をして社会の安定を保と うと努力していたので、他の国には見られないさまざまな技術や文化の発 展を実現することができたのです。

じつは外国にもそれを克服して、人類の国家としての普遍性を持つ日本 のような、人倫国家へと飛躍する機会と可能性が生まれた時期がありました。

それはそれまでの西欧社会の弱肉強食の基本構造に見合った、敵か味方か の、あれかこれかの形而上学的論理学を、破壊的に変革してできた、あれ もこれもの和の共存共栄の弁証法の論理学が、ヘーゲルによって創られて 大きな影響を及ぼし始めた時期でした。

ところが、それが広がり定着して 西欧人の意識革命を成し遂げる前に、 マルクスによって壊され、代わっ て、敵対的対立をますます煽る、前の 形而上学よりも質の悪い唯物弁証法 の形而上学的論理学を、マルクス が、ヘーゲルのものよりも進んだものと して宣伝し、それに人類がすっ かり騙されてしまったことです。その結果 がどうなったかは冒頭に述べ たとおりです。

ですから、歴史を巻き戻して人類が道を踏み外した時点に立ち戻って、 ヘーゲルの復権をして、如何にマルクスがニセモノで誤っているかを、人 類に示していかなければならないと思います。その運動の先頭に立 つべ きなのは、日本でなければならないと思います。

なぜなら日本はヘーゲルから独立に、ヘーゲルの学問を、自然成長的な形 で見事に実践してきたからです。ですから、日本は、自らの歩んできた道 の意味を、ヘーゲルの学問を通して、客観的かつ冷静に反省することに よって、目的意識的・学問的に日本の再生を図っていかなければならない と思います。   (稲村正治)

    
  



           
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重 要 情 報
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  ◎国民にとって有用な野党とは 品川 阿生居士

9日の日経・電子版につぎのような記事が載った。

「希望の党の玉木雄一郎、民進党の大塚耕平両代表は9日、国会内で会談 し、5月中の新党結成を目指し、協議を始めることで合意した。2017年の 衆院選前に分裂した民進党勢力を結集し、政権批判の受け皿をめざす。衆 院で立憲民主党を上回る55人以上の会派となり、野党第1党になれるかが 焦点だ。新党の規模は今後の国会を左右する。(以下省略)」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO29163530Z00C18A4PP8000/

2017年の衆院選の前に小池新党効果に期待して民進党を出て希望の党に 走った人たちが、参院で選挙がないために民進党に居残った人たちの復縁 話で格別の不思議はない。だが、軽い。こんな人たちが撚りを戻したとこ ろで清新な政治勢力が出現するとはとても思われない。

「政権批判の受け皿を目指す」というが、どうだろう?たとえ人数合わせ に成功して期待の野党第1党になったとしても、烏合の集の域を出ないだ ろう。なぜなら政党としての強い政策結集の動きでないからだ。

このところ政権を維持し続けている自民党に対抗する野党勢力、とくに野 党第1党が非力なのは国民全体にとって不幸である。剣道にたとえると、 そばの符丁のような籠手や脚(こんな技はないが。)への切込みばかり で,面や胴に切込みができない野党は本来の意味で国にとって有用でない。

 ◎米朝首脳会談“日本開催”浮上 日米首脳会談で電撃提案か、官邸関係 者「日米に大きなメリット」

ドナルド・トランプ米大統領と、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝 鮮労働党委員長の首脳会談をめぐり、官邸周辺で「日本開催案」が浮上し ている。「北朝鮮の完全非核化」と「拉致問題」をセットで交渉できるた めだ。開催地をめぐっては、米ワシントンや、北朝鮮・平壌(ピョンヤ ン)、第三国が検討されているが、トランプ氏のペースで正恩氏と向き合 える「唯一の周辺国」が日本なのだ。注目すべき、正恩氏のメッセージと は。安倍晋三首相は17、18日(米国時間)の日米首脳会談で電撃提案する のか。

              ◇

「日米双方にとって、メリットが大きい。実際、政府内でも『日本開催 案』を主張する外交担当者が複数いる。トランプ氏が乗ってくる可能性も 低くないとみている」

 
官邸関係者は、夕刊フジにこう語った。

これまで、首脳会談の候補地としては、両国の首都とともに、軍事境界線 にある板門店(パンムンジョム)、中国・北京、スイス・ジュネーブ、ロ シア・モスクワ、スウェーデン・ストックホルムなどが検討された。

ただ、日米情報関係者は「両首脳とも、交渉の主導権を握りたいので、相 手の首都は避けたいはずだ。トランプ政権は、『従北・反米』である韓国 の文在寅(ムン・ジェイン)政権を信用していないので、板門店も嫌がる だろう」と語る。

北京やモスクワも、簡単ではない。

正恩氏は先月末、電撃訪中して中国の習近平国家主席と会談した。最悪 だった中朝関係は緩和したが、米中は貿易戦争に突入しつつある。米露も 外交官追放合戦があるうえ、トランプ氏は「ロシア・スキャンダル」から 解放されていない。

このため、米朝と良好な関係を維持しているモンゴルのウランバートル や、第三国であるスウェーデンのストックホルムは有力候補地といえる。

こうしたなか、「日本開催」を説く識者がいる。元内閣参事官で嘉悦大教 授の高橋洋一氏は、夕刊フジ連載「日本の解き方」(3月14日発行)で、 こう主張した。

《米朝首脳会談を日本でやることを提案してもいい。日本にも(北朝鮮 が)核ミサイルや通常兵器を使わないことを約束させるためだ》《米国と日 本は、安全保障で米国、経済(協力)は日本と役割分担して、対北朝鮮交 渉にあたってもいい。検証可能な非核化、拉致事件解決と経済協力をセッ トにもできる》

これには、安倍首相とトランプ氏の強固な信頼関係がベースにある。

前出の官邸関係者は「北朝鮮は『平壌開催』を提案したが、安倍首相は日 朝首脳会談(2002年)での、北朝鮮の盗聴などを体験している。日米首脳 会談で『平壌開催はダメだ』と、トランプ氏に説くだろう。正恩氏が訪中 したことで『第三国開催は可能』『米国に有利な場所がいい。日本も候補 地だ』と持ちかければいい」という。

電撃的な、米朝首脳会談の「日本開催案」をどう考えるべきか。

朝鮮半島情勢に精通する元公安調査庁調査第2部長の菅沼光弘氏は「画期 的なアイデアだ。日本が、アジアと世界の平和と安定に、大きな役割を果 たすことになる」といい、続けた。

「正恩氏は3月30日、訪朝したIOC(国際オリンピック委員会)のトー マス・バッハ会長と平壌で会談した。北朝鮮側は、2020年東京五輪に 『必ず参加する』と表明した。あれはメッセージだ。正恩氏は本音では、 日本に敵対的感情を持っていないのではないか。正恩氏には身の安全が重 要。『日本は安全だ』と信用させられるかがポイントだ。ともかく、安倍 首相は日米首脳会談で『日本開催』を打診すべきだ」

【写真】
・トランプ大統領と金正恩氏を安倍首相(写真)はコントロールできるか
・トランプ大統領(AP)
・金正恩氏(朝鮮中央通信=共同)
<https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180410/soc1804100005-p1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsPhoto>https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180410/soc1804100005-p1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsPhoto
【Zakzak】2018.4.10  〔情報収録 − 坂元 誠〕


  ◎何故「コミュニケーションを取る」がここまで蔓延ったのか:前田正晶

9日に行われたハリルホジッチ監督の解任の顛末を語った田嶋会長の記者 か件では「監督と選手間のコミュニケーションが取れなくなった」が理由 の一つとして挙げられていた。残念ながら「カタカナ語排斥論者」の私に は具体的な意味を取りきれなかった。

今や何もマスメディアだけに限らず、我が国ではこのカタカナ語交じりの 表現が完全に日本語の中に確固たる地位を占めてしまっている。遺憾であ り残念である。

そこで先ずWeblioでは「コミュニケーションを取る」が如何に訳されてい るかを調べてみた。それは下記のようになっていて、私にも良く理解できた。

<コミュニケーションを取る ・
<https://thesaurus.weblio.jp/content/%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3
%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%92%E5%9B%B3%E3%82%8B> コ
ミュニケーションを図る ・ <https://thesaurus.weblio.jp/content/%E6%84%8F%E6%
80%9D%E7%96%8E%E9%80%9A%E3%82%92%E5%9B%B3%E3%82%8B> 意思疎通を図る ・
<https://thesaurus.weblio.jp/content/%E6%84%8F%E5%BF%97%E3%81%AE%E7%96%8E%E9
%80%9A%E3%82%92%E5%9B%B3%E3%82%8B> 意志の疎通を図る ・
<https://thesaurus.weblio.jp/content/%E6%84%8F%E6%80%9D%E3%81%AE%E7%96%8E%E9
%80%9A%E5%9B%B3%E3%82%8B> 意思の疎通図る ・
<https://thesaurus.weblio.jp/content/%E9%81%95%E3%81%84%E3%81%AB%E7%90%86%E8
%A7%A3%E3%81%97%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%A8%E5%8A%AA%E3%82%81%E3%82%8B> 違い
に理解しようと努める>

単純な疑問を言えば「何故このような漢字を使った日本語ではなく、カタ カナ語交じりの表現を使わねばならないのか」なのである。なぜ「取る」 で受けるのかも不可解だ。何度も何度も1990年以繰り返して非難してきた ことだが、「英単語交じりの表現を使う方が近代的であり、格好が良いと いう愚にもつかない錯覚を起こしているのか」なのである。

ここでは何時もの方法でOxfordには何と出ているかを確認しておこう。そ れは theactivity or process of expressing ideas and feelings or of giving people information となっていた。2番目には methods of sending information especially telephone, radio, computers, etc. or roads and rails となっていた。これを考えると「取る」が適切かな と思ってしまう。

ここでサッカーに戻ろう。私は関東大学一部のテイームのような強豪校で の経験がないので断定は出来ないが、運動部の組織にあって学生というか 選手たちが畏れ多くも監督さんと意思の疎通を図るような行動に出るとは とても想像が出来ないのだ。監督さんが全権を持ってテイーム強化の方針 を立てられ、その方針をコーチたちが実現できるように指導していくもの だとばかり思い込んでいた。即ち、選手たちと対話して意思の疎通を図る のではないと認識してきた。

だが、田嶋会長の説明を聞けば、日本代表のサッカーのテイームともなれ ば監督対選手の関係は相互に意見を交換する「双方向性」が重んじられて いるかの如くに聞こえたのだ。それとも「ハリルホジッチ氏のアイデアや 感覚か思いが、選手たちに解るように伝わっていなかった」と言われた かったのとも考えてしまった。いや、民主主義(これほど誤解され誤用さ れている言葉は他に例を見ないが)の時代にあっては「選手たちが監督に 物申す機会が与えられているという意味か」とまで考えた。

そんな屁理屈を弄さなければ、田嶋会長と協会役員は「ハリルホジッチ氏 の意図が選手たちに広く且つ解りやすく伝わっていなかったので、あのよ うな纏まりに欠けた、中心選手と絶対的な得点を取れるエースが不在なテ イームになってしまった」と言いたかったのだろうか。会長はもっと前か ら問題の所在を把握しているかのような表現をされたが、それは折角招聘 した監督の顔を潰さないようにと配慮されたからだろうか。コミュニケー ションさえ取れれば状態は改善可能とでも判断されたのだろうか。

私には如何にも我が国らしい奥床しい、他者の心情までに十分に配慮され た結果でフランスまで赴かれて解任を告げた措置だと思えた。即ち、我が 国には欧米人、就中アメリカ人のような「二者択一」というか二進法的思 考体系は存在しないというか、そこまでの文化は根付いていないのだと痛 感させられた解任劇だった。

  ◎何故「コミュニケーションを取る」がここまで蔓延ったのか:前田正晶

9日に行われたハリルホジッチ監督の解任の顛末を語った田嶋会長の記者 か件では「監督と選手間のコミュニケーションが取れなくなった」が理由 の一つとして挙げていた。残念ながら「カタカナ語排斥論者」の私には具 体的な意味を取りきれなかった。今や何もマスメディアだけに限らず、我 が国ではこのカタカナ語交じりの表現が完全に日本語の中に確固たる地位 を占めてしまっている。遺憾であり残念である。

そこで先ずWeblioでは「コミュニケーションを取る」が如何に訳されてい るかを調べてみた。それは下記のようになっていて、私にも良く理解できた。
<コミュニケーションを取る ・
<https://thesaurus.weblio.jp/content/%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3
%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%92%E5%9B%B3%E3%82%8B> コ
ミュニケーションを図る ・ <https://thesaurus.weblio.jp/content/%E6%84%8F%E6%
80%9D%E7%96%8E%E9%80%9A%E3%82%92%E5%9B%B3%E3%82%8B> 意思疎通を図る ・
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%80%9A%E3%82%92%E5%9B%B3%E3%82%8B> 意志の疎通を図る ・
<https://thesaurus.weblio.jp/content/%E6%84%8F%E6%80%9D%E3%81%AE%E7%96%8E%E9
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%A7%A3%E3%81%97%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%A8%E5%8A%AA%E3%82%81%E3%82%8B> 違いに理解しようと努める>

単純な疑問を言えば「何故このような漢字を使った日本語ではなく、カタ カナ語交じりの表現を使わねばならないのか」なのである。なぜ「取る」 で受けるのかも不可解だ。何度も何度も1990年以繰り返して非難してきた ことだが、「英単語交じりの表現を使う方が近代的であり、格好が良いと いう愚にもつかない錯覚を起こしているのか」なのである。

ここでは何時もの方法でOxfordには何と出ているかを確認しておこう。そ れは the activity or process of expressing ideas and feelings or of giving people information となっていた。2番目には methods of sending information especially telephone, radio, computers, etc. or roads and rails と なっていた。これを考えると「取る」が適切かな と思ってしまう。

ここでサッカーに戻ろう。私は関東大学一部のテイームのような強豪校で の経験がないので断定は出来ないが、運動部の組織にあって学生というか 選手たちが畏れ多くも監督さんと意思の疎通を図るような行動に出るとは とても想像が出来ないのだ

。監督さんが全権を持ってテイーム強化の方針 を立てられ、その方針を コーチたちが実現できるように指導していくもの だとばかり思い込んで いた。即ち、選手たちと対話して意思の疎通を図る のではないと認識し てきた。

だが、田嶋会長の説明を聞けば、日本代表のサッカーのテイームともなれ ば監督対選手の関係は相互に意見を交換する「双方向性」が重んじられて いるかの如くに聞こえたのだ。それとも「ハリルホジッチ氏のアイデアや 感覚か思いが、選手たちに解るように伝わっていなかった」と言われた かったのとも考えてしまった。いや、民主主義(これほど誤解され誤用さ れている言葉は他に例を見ないが)の時代にあっては「選手たちが監督に 物申す機会が与えられているという意味か」とまで考えた。

そんな屁理屈を弄さなければ、田嶋会長と協会役員は「ハリルホジッチ氏 の意図が選手たちに広く且つ解りやすく伝わっていなかったので、あのよ うな纏まりに欠けた、中心選手と絶対的な得点を取れるエースが不在な イームになってしまった」と言いたかったのだろうか。

会長はもっと前か ら問題の所在を把握しているかのような表現をした が、それは折角招聘 した監督の顔を潰さないようにと配慮されたからだ ろうか。コミュニケー ションさえ取れれば状態は改善可能とでも判断さ れたのだろうか。

私には如何にも我が国らしい奥床しい、他者の心情までに十分に配慮され た結果でフランスまで赴かれて解任を告げた措置だと思えた。即ち、我が 国には欧米人、就中アメリカ人のような「二者択一」というか二進法的思 考体系は存在しないというか、そこまでの文化は根付いていないのだと痛 感させられた解任劇だった。

  ◎何故「コミュニケーションを取る」がここまで蔓延ったのか:前田正晶

9日に行われたハリルホジッチ監督の解任の顛末を語った田嶋会長の記者 か件では「監督と選手間のコミュニケーションが取れなくなった」が理由 の一つとして挙げられていた。残念ながら「カタカナ語排斥論者」の私に は具体的な意味を取りきれなかった。

今や何もマスメディアだけに限らず、我が国ではこのカタカナ語交じりの 表現が完全に日本語の中に確固たる地位を占めてしまっている。遺憾であ り残念である。

そこで先ずWeblioでは「コミュニケーションを取る」が如何に訳されてい るかを調べてみた。それは下記のようになっていて、私にも良く理解できた。

<コミュニケーションを取る ・
<https://thesaurus.weblio.jp/content/%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3
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<https://thesaurus.weblio.jp/content/%E9%81%95%E3%81%84%E3%81%AB%E7%90%86%E8
%A7%A3%E3%81%97%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%A8%E5%8A%AA%E3%82%81%E3%82%8B> 違い
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単純な疑問を言えば「何故このような漢字を使った日本語ではなく、カタ カナ語交じりの表現を使わねばならないのか」なのである。なぜ「取る」 で受けるのかも不可解だ。何度も何度も1990年以繰り返して非難してきた ことだが、「英単語交じりの表現を使う方が近代的であり、格好が良いと いう愚にもつかない錯覚を起こしているのか」なのである。

ここでは何時もの方法でOxfordには何と出ているかを確認しておこう。そ れは the activity or process of expressing ideas and feelings or of giving people information となっていた。2番目には methods of sending information especially telephone, radio, computers, etc. or roads and rails となっていた。これを考えると「取る」が適切かな と思ってしまう。

ここでサッカーに戻ろう。私は関東大学一部のテイームのような強豪校で の経験がないので断定は出来ないが、運動部の組織にあって学生というか 選手たちが畏れ多くも監督さんと意思の疎通を図るような行動に出るとは とても想像が出来ないのだ。監督さんが全権を持ってテイーム強化の方針 を立てられ、その方針をコーチたちが実現できるように指導していくもの だとばかり思い込んでいた。即ち、選手たちと対話して意思の疎通を図る のではないと認識してきた。

だが、田嶋会長の説明を聞けば、日本代表のサッカーのテイームともなれ ば監督対選手の関係は相互に意見を交換する「双方向性」が重んじられて いるかの如くに聞こえたのだ。それとも「ハリルホジッチ氏のアイデアや 感覚か思いが、選手たちに解るように伝わっていなかった」と言われた かったのとも考えてしまった。

いや、民主主義(これほど誤解され誤用さ れている言葉は他に例を見な いが)の時代にあっては「選手たちが監督に 物申す機会が与えられてい るという意味か」とまで考えた。

そんな屁理屈を弄さなければ、田嶋会長と協会役員は「ハリルホジッチ氏 の意図が選手たちに広く且つ解りやすく伝わっていなかったので、あのよ うな纏まりに欠けた、中心選手と絶対的な得点を取れるエースが不在なテ イームになってしまった」と言いたかったのだろうか。

会長はもっと前か ら問題の所在を把握しているかのような表現をされた が、それは折角招聘 した監督の顔を潰さないようにと配慮されたからだ ろうか。コミュニケー ションさえ取れれば状態は改善可能とでも判断さ れたのだろうか。

には如何にも我が国らしい奥床しい、他者の心情までに十分に配慮された 結果でフランスまで赴かれて解任を告げた措置だと思えた。即ち、我が国 には欧米人、就中アメリカ人のような「二者択一」というか二進法的思考 体系は存在しないというか、そこまでの文化は根付いていないのだと痛感 させられた解任劇だった。




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身 辺 雑 記
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11日の東京湾岸は曇天、気がはれず。

散歩する猿江恩賜公園では躑躅が満開となりあでやかだ。10日夜は亀戸駅 近くで宴会、3500円会費、十分酔える、美人も加わるから豪奢な宴会にな る。月1回の贅沢な楽しみだ。
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創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
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