政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針4326号   2018・3・2(金)

2018/03/02

              
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わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」4622号
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        2018(平成30)年3月2日(金)



            大規模な中国のワクチン治験:石岡荘十

              李鵬一族の落日、息子の李小鵬「落選」:宮崎正弘

       平壌でも謝罪を計画していた吉田清治:櫻井よしこ


                      話 の 福 袋
                       反     響
                       身 辺 雑 記


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第4622号
                             発行周期 不定期(原則毎日発行)
             
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大規模な中国のワクチン治験
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              石岡 荘十


ランセット(Lancet)と並んで世界的に権威のある医学誌だとされる NEJM(The New England Journal of Medicine)が、「さまざまな年代群 における新型インフルエンザワクチン」 (A Novel Influenza A (H1N1)Vaccine in Various Age Groups)と題する論文を掲載し、専門家 の注目を集めている。(原文は下記)

http://content.nejm.org/cgi/content/full/NEJMoa0908535

論文は、中国で3歳から77歳までの2200人を対象に年齢別に4群に分けて、 新型インフルエンザワクチンの有効性や安全性を調べた試験(治験)につ いてだ。具体的には

 ・プラセボ対照のランダム化比較試験
 ・1回接種と2回接種
 ・アジュバンドの有無
などによる抗体価(免疫力)の変化を調べている。

試験の詳細はきわめて専門的なものなので、ここでは、その概要の紹介に とどめる。

まず、「プラセボ対照のランダム化比較試験」というのは、治験に参加す る人をランダムに2つのグループに分ける。一方にはワクチンを打つ、も う一方のグループには偽のワクチン(プラセボ)を打つ。その上で、双方 を比較する試験のことで、これによってワクチンの効果を確かめることが 出来る。

ワクチンに限らず、新薬が開発されたときなどには、相手の同意を得たう えで行われる標準的な治験方法である。

つぎの「1回接種と2回接種」は、2つのグループに分け、一方には1回 しか打たない、もう一方には3週間後に2回目の接種を行う。この 双方 の効果にどれくらいの違いが出るかを比較する。

これによって、我国でも問題となった1回打ちでいいのか、2回打たなけ れば充分な効果が出ないのかを判断するデータを得ることが出来る。

最後の「アジュバンド(adjubant)」というのは、ワクチンの免疫力を強 める目的でワクチンと一緒に投与される試薬のことで、国内産のものには これを使っていない。

しかし欧米から輸入を予定されているワクチンにはこれが含まれている。 因みに「ブースター・ロケット」というと、ロケットの推進力を高める2 段目の補助推進装置のことをいう。

ところが、厚労省医系技官のなかには、このことを理由に「輸入ワクチン は危ない」と否定的な意見を吐く者が少なくないが、じつは新型インフル エンザについて欧米でも日本でもきちんとしたアジュバンドの試験が行わ れたことはない。

中国でアジュバンドの有無を比較した治験が行われたとすれば、世界で初 めてということになる。

NEJMによれば、研究を実施したのは、中国江蘇省をはじめとする行政機 関、Southeast Universityなど。ワクチンを製造したのは、中国のHualan Biological Bacterin Companyだという。

新型インフルエンザワクチンの有効性について、このような大規模な治験 は初めてのことだ。日本での治験は20歳から50歳までのわずか健常者200 人についてのものだけで、ワクチンの有効性、全体像を評価するデータと しては不足だとされ、他の年代別の治験は先送りになった経緯がある。

ワクチン接種の回数をめぐっては、厚労省内部でごたごたがあり、マスコ ミを誤報へ追い込んだ。この“事件”については、10/23既報の通りである。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4648006/

自治医科大学感染免疫学講座・臨床感染症学部門准教授の森澤雄司氏は 「この論文は二重の意味で、衝撃だった。臨床医学のレベルで日本は中国 にはるかに及ばないこと、日本のワクチン戦略が世界標準から大幅にずれ ていることが浮き彫りになった」と述べている。

森澤氏は厚労省の新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会など で、専門家の立場から積極的に発言しているだけでなく、前厚労相に対し ても医系技官の施策に批判的な意見を述べてアドバイスしているが、

同氏はさらに「日本では200人という規模で臨床試験をやっただけで、中 間結果が報告されたのは10月16日だった。それに対して、中国では(大規 模な)臨床試験の結果が既にNEJMに掲載されている。もう率直に言って、 話にならない。

また、従来、感染症の領域ではドラックラグ、つまり新開発の薬を患者に 投入できるまでの時間差、あるいは、海外での新薬を国内承認できるまで の時間差はあまり問題になっていなかったが、今回の新型インフルエンザ では、急に流行が開始し、早急な対応を求められる事態になり、ドラック ラグが強く認識されるようになった。

中国で今回の試験が可能だったのは、ワクチンを海外に売ろうという意識 を国策としてきちんと持っているからだ。これに対して、日本ではワクチ ンを作っているのは小規模のメーカー(4社)。

行政が企業を守り、護送船団でがんばるという発想はもうあり得ないはず なのに、まだやっている。今の状況は、そのようにしか見えない。

ワクチンを作るのであれば、ワクチンを輸出するくらいの心意気、ビジョ ンが必要なのではないか」。と憤懣やるかたない思いを医療従事者限定の メールマガジン(「m3.com」)で語っている。

「そもそも国産ワクチンと輸入ワクチンを区別して考えているのは、恐ら く日本だけ。この考え自体が、世界標準からも大幅にずれている」と批判 している。

仰るように、論文が示唆するところは少なくない。ただ、中国の食品問題 で痛い目にあっている日本人としては、「エッ、中国製のワクチンだっ て?それは勘弁してよ」という庶民感覚があってもおかしくない。

治験に参加した人々がどのように集められたのか、重大な副作用がおきた 場合の補償はどうなっているのか、NEJMの論文で示された科学的なデータ だけではストンと腑に落ちない、別の次元での不信感は拭えないというの が、素人の筆者の正直なところである。


        
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李鵬一族の落日、息子の李小鵬「落選」
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)3月1日(木曜日)
         通巻第5,622号 
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 李鵬一族の落日。息子の李小鵬、全人代メンバーから「落選」
  周恩来の義理の息子一族、革命元勲の末裔らが迎える冷え冷えとした黄昏
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李?といえば、周恩来の義理の息子(つまり養子)。元首相、前全人代常 務委員長(いわゆる国会議長)。しかしながら李鵬の評価は中国民衆の間 で極めつきに低く、なぜこんな人物が中国の最高指導者なのかト疑問視す る声が大きかった。

トウ小平が、89年天安門事件で趙紫陽を失脚させるや、李鵬は自分が総書 記に任命されると信じていたフシがある。

突如、総書記に任命されて、上海からやって来たのは江沢民だった。江沢 民はトウ小平の後ろ盾を得て、将軍任命の辞令を乱発し、同時に軍のサイ ドビジネスを黙認し、そうやって人民解放軍を抑えた。なぜなら江沢民は 軍歴がなく、工学エンジニア出身でソ連留学経験があり、自動車産業に詳 しいが、政治力量は未知数だった。

憤懣やりかたない李鵬は、97年香港返還式典の際、江沢民とは別に特別機 を飛ばして香港に押しかけ、2人が雛壇に並ぶという異常事態を現出し た。それでも守旧派を「尊重」した江沢民は黙っていた。

胡錦涛時代の十年は、江沢民の「院政」であり、胡錦涛は李鵬一族のやり たい放題に眼を瞑った。腐敗分子の象徴として泳がせたとも言える。

李鵬一家は中国の電力利権を抑えた。李鵬自身が水力発電の専門エンジニ アあがりでもあり、中国の水力発電所からダムの建設と管理、石炭、重油 を燃やす火力発電から近年は原子力発電にいたるまで、あらゆる電気の利 権の元締めとして君臨した。

その象徴的な構造物が世界最大の水力発電「三峡ダム」であり、軍の反対 を押し切って、重慶と武漢の間の揚子江に完成させた。高さ185メート ル。水位165メートル。

軍が強く反対したのは、軍事戦術的に言えばダムがミサイル攻撃に脆弱で あること、地誌学的に言えば、上流地帯が水没し、生態系が激変するが、 地滑り、地盤沈下、地震の誘発が恐れられたからで、またその通りになった。

下流域では、ダム決壊の場合、溢れ出る激流が洪水となる可能性があり、 いまでも新しく80万人を立ち退かせる計画がある。『上海水没』という本 まで出た。

現実問題としてはプロジェクトの必ず付帯する、中国的伝統。すなわち 「汚職」である。建設資材から発電機購入に必要な莫大な予算。もう一つ が立ち退き住民へ支払う補償金のピンハネだった。

地域幹部が行ったことは幽霊戸籍をでっち上げて、法外な補償金をせし め、ポケットに入れるという大規模な汚職事件も発覚したが、その上納先 と噂された李鵬への追求はなかった。


▲李鵬の娘、李小琳は世界に「セレブ」「キャリアウーマン」と名を売ったが

この間、もっとも注目されたのは娘の李小琳で一時は中国の「キャリア・ ウーマン」の代表格として世界の有名人になった。なにしろ当時の彼女の 肩書きは「中国電力国際発展有限公司」董事長、「中国電力新能源発展有 限公司」の薫事長。

ところが習近平が権力を握るや、守旧派征伐の標的とされ、彼女は突然、 片田舎のダムの所長のポストに「大左遷」された。

息子の李小鵬はと言えば、やはり電力企業系列の社長をつとめ「アジアの 電力王」などと言われた。政界に転じて山西省副書記、省長となっていた が、評判が芳しくなく、2016年に交通運輸部長(閣僚級}に飛ばされた。 日本で言えば「運輸大臣」だが、そのうえに国務委員(たとえば王毅外相 は上位の国務委員=楊潔チに頭が上がらない)がおり、中国ではただの飾り。

李小鵬は部長級でありながらも、全人代のメンバーに落選した2018年2月 27日)。これで中国政治における李鵬一族の利権はすべて失われることと なった。この人事が象徴してあまりある李鵬一族の落日ぶり、周恩来の義 理の息子一家、革命元勲の末が迎えた、寒風の吹きすさぶ黄昏だ。
        
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 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評  
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 やっぱり世界の常識は日本の非常識なのだ
  戦争とは武力戦だけではなく、経済・情報・文明・思想戦なのだ

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日下公人『「反核」愚問 ――日本人への遺言・最終章』(李白社。発売= 徳間書店)
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 日下氏の最新作である。いつもユーモラスに、しかし大胆な提言をされ る氏の著作には独特の雰囲気が漂っていて、深刻な問題になぜか楽天的な 処方箋が付帯し、多くの日本人が安心するという『解毒剤』の役目を担っ ている。

本人も自ら認めているように「日下サーカス」の公演である。

いつも氏に会うとニコニコしていて、いきなり、いささかの毒気を含む言 葉ではなく、ユニークな譬喩を発信される。他人に評者(宮崎)を紹介さ れるときは、「この人は一人で新聞を発行している」とか。どうやら氏 は、小紙の愛読者でもあるらしい。

さて本書での主要テーマは日本の核武装である。

氏の認識では「世界の常識」は「日本の非常識」となる。

「国家間における『戦争』はなにも武力戦だけではなくいということで す。経済戦、情報戦、文明戦、思想戦・・・とどれもが戦争なのです。そ れが世界の常識です」(200p)

したがって国家安全保障をつきつけて考えれば、アメリカの核が最終的に 究極的に日本を防衛するというテーゼは成り立たないから、原則論から言 えば、日本は独自の核武装をする必要があると日下氏は説く。

米国が日本の核武装を恐れるのは、いずれ広島・長崎の報復をされるとい う恐怖心からだが、もうひとつは日米の「同盟関係を解消ら・・・・・・ アメリカは日本という『キャッシュディスペンサー』を失っていましま す。これまでのように経済面でのゆすりたかりが出来なくなる。これから 経済・金融面で逼迫していくはずのアメリカにとってはそれがいちばん痛 いのです」(93p)。

日下氏は10年、いや20年ほど前から核武装論者だが、いまや独自に開発す るより「拾ってくる」方法もあると、ドキッとなるような提言をされてい る箇所は驚かされる。具体的な方法は本書にあたってもらうしかないが、 これも評者がことある毎に言ってきたように、「インドかパキスタンから 累積債権放棄を条件に買えば宜しい」というアイディアに繋がる(拙著 『日本が在日米軍を買収し、第七艦隊を吸収合併する日』、ビジネス社参 照)。

なぜなら核兵器は4、5年から10年でメインテナンスの必要性があるため、 いちど「寿命」を迎え、なかの核物質を取り出して、ミサイルの最新型に 入れ換える必要がある。米国もロシアも、そうやって核戦力を維持してき たが、その維持管理費用が膨大であるために、お互いが核兵器削減に応じ ているわけだ。ということは中国とて260発と想定される核ミサイルの 更 新をしていることになる。

 ▲「日本の核武装」という選択

日本の場合、よく言われた「核シェアリング」という方法は、効率的では ないうえ最終的なボタンは米国が握る。従って日本の自立自存、自主防衛 には繋がらず、それなら最終的選択肢は何かと言えば日本独自の核武装で ある。

日下氏も、伊藤貫氏が主唱したように、最も効率よき手段は潜水艦に核装 備の巡航ミサイルを搭載し、報復力を示すことによって抑止力となるとさ れる。

じつは、この「海上核武装」という選択肢は永井陽之助氏のアイディア で、当時(昭和42年)、重いテープレコーダーとカメラを抱えて北海道 から転任してきたばかりの永井教授を東工大に訪ねたとき、うかがった。 同席は山浦嘉久氏(現在『月刊日本』編集委員)だった。

永井氏が公表される意思がないので、早稲田大学国防部。森田必勝名儀 で、世間に発表した経緯がある(森田必勝遺稿集『わが思想と行動』<日 新報道。絶版>を参照)。
 
いずれにしても、国際情勢は奇々怪々、日々流動しているが、ものごとの 本質を見失っては、平和ぼけのお花畑はまだまだ続く。

日下氏は言う。

「日本人は『平和』がノーマルな状態で、『戦争』はアブノーマルな状態 だと思っているけれども、欧米人はそれとは逆に考えているということで す。彼らは『戦争』こそがノーマルな状態で、『平和』はアブノーマルだ と感じています」(32p)
 そうだ。だから本書は『「反核」愚問』というタイトルなのだ。
       
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之
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(読者の声1)トランプ大統領の女婿=クシュナーが最高機密に触れる資 格を得られなかったというニュースが伝えられています。これはホワイト ハウス内の権力構造が激変した証拠と思われますが、トランプの信任をも 失ったのでしょうか?(JJセブン)


(宮崎正弘のコメント)安邦保険が中国政府の救済で倒産を免れたという 絶妙のタイミングで、クシュナーの発表です。

安邦保険のCEO呉小暉は逮捕、拘束中ですが、クシュナーと親しかった ことが、決定的原因でしょう。



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(読者の声2)いつも有益な情報を送って頂き有難うございます。

ロシアについての質問です。ロシアのGDPは韓国と同じ位ですが、何故 世界第2の強大な軍事力を保持でき、その上、ウクライナやシリアで見ら れるような外国の紛争に介入できるのでしょうか? 何故財政が破綻しな いのでしょうか? (千葉、川の流れ)


(宮崎正弘のコメント)最適な参考書は木村汎氏の『プーチンとロシア 人』(産経新聞出版)ではないでしょうか。

ともかくロシア人は『力』の信奉者です。戦争を名誉と考えるスラブ特有 の発想、危機に耐えるという民族性がありますから。もう一つ見落とせな いのが地下経済です。GDP統計にでない潜在的経済力は、おそらく GDPの20 〜25 %。

その地下経済も、中国のような偽札、麻薬、武器密輸、売春などからでは なく、家庭菜園とか、副業とかの他の要因からも成立しているうえ、ロシ ア人は貧乏を不名誉とは思っていません。

ロシア人は羞恥心という、中国人には理解できない精神の矜持を誇りにし ています。ロシアと中国の文学作品の絶大なる差違は、じつはそこのとこ ろに存在する。というわけで、自己の犠牲をもろともせずに国の名誉のた め、力の確立のためには苦境に耐えても必死で努力する、そういた特異な 民族性が背景にあると思います。


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(読者の声3)ウイグル・ネットニュース第1号です。よろしければ拡散 などお願いしますhttps://www.youtube.com/watch?v=hF7P5NjjxIg
   (三浦生)

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(読者の声4)貴誌前号「トルコがNATOを抜け出す」云々の記事です が、現在のトルコが軍事的にどこまでロシアと拮抗できるのかがポイント ですね。トルコは相当軍事力を向上させていますからね。

ただしNATOを離脱すればアメリカ製の兵器の購入と、メンテナンスに支障 が出るわけで、そうなればロシアが圧倒的優位になる事は間違いないで しょう。

さらにトルコは確かアメリカと核シェアをしていますね。いざとなれば核 使用権をもっている訳で、自信を持ってロシア戦闘機も撃墜できた訳で す。もしもウクライナがトルコと同じ条件だったら、ロシアは一切手出し できなかったでしょう。

エルドアンがよほど愚かでなければ、NATOをそう簡単に離脱しないと 思います。東アジア情勢も混沌としており、アメリカが対トルコで毅然と した姿勢を見せる可能性は当面ないと、エルドアンは思っているのでしょう。

ただ、アメリカ自体も国内は相当危うい状況だという情報もあるので、も しエルドアンがアメリカの命運がすでに尽きていて、アメリカでもうすぐ トランプの後は州兵、民兵を交えた「内戦」にでもなると本気で考えてい るとしたら、ロシアにつくかもしれません。

本当に世界中混沌としてきましたね。何がどう転んでもおかしくなく、何 でも起こりうる状況にますますなりつつあると思います。我が国の運命に 直結する重要な事が本年中に色々と決せられてゆくと思います。

アメリカ合衆国が崩壊し、チャイナ共産党も消滅した後の世界について の、我が国のあるべき姿、そのビジョンを多くの我が国の知識人は本気で 模索するべきだと思っています。

プーチンはきっと考えていることでしょう。エルドアンも考えているのか もしれません.(南木隆治)

(宮崎正弘のコメント)トルコはもともとアジアの遊牧民、源流はチュル クです。その御先祖は随・唐を開いた鮮卑系の突厥あたりと文化人類学で は考えられておりますから、同じチュルクという連帯では中央アジアのイ スラム国家との連携が考えられます。

げんにトルコはウィグルの「東トルキスタン独立運動」を影から支援して いる。トルコ政府は否定していますが、東トルキスタン独立運動の過激派 の拠点はイスタンブールと、独のミュンヘンにあります。

トルコのエルドアン大統領が展開しているのは対米チキンレースです。
 
すべては計算づくめ。本気でNATOから離脱するとすれば、ポスボラス 海峡の安全保障、イズミール港の経済的沈没、アメリカ系企業の撤退な ど、どう考えてもロシア人観光客との相対的比較において、損をすること は明らかです。

またトルコは日本と異常と言って良いほどの良好な関係を構築しており ますから、米国を袖にしたら日本との経済関係も怪しくなるということは 百も承知です。そもそも安倍首相とエルドアン大統領とは馬が合います。

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(読者の声5)ペマ・ギャルポ『犠牲者120万人 祖国を中国に奪われた チベット人が語る侵略に気づいていない日本人』(ハート出版)の感想です。

1.購入:早速購入します。それは真実の書だからです。

2.ペマ先生:アパの会合でおめにかかりましたが、温厚で明晰、芯が強 い立派な方で尊敬しています。

3.日本チベット関係;明治期には河口慧海の探検が有名です。

チベットは大国の間で何とか生き残ろうと必死に鎖国していました。大東 亜戦争の敗戦期には、蒙古に駐在していた日本の特務機関の青年が南下で きず、一部がラマ僧に変装しチベットへ向かいました。

西川一三の「秘境西域8年の潜行」は興味深い。若い人は必読です。チ ベットの高僧が、西川か木村氏をみて、一目で日本人と見ぬくところは凄 い。木村肥佐男氏の「チベット潜行十年」の苦難は驚くべきです。最後は チベットから印度に降りて帰国しました。今回ペマ先生が木村肥佐男氏の 支援を受けていたとは知りませんでした。

4.チベットの解放

これは核自衛しかありえません。スーツケース核が実現すれば、中共は 直ちにチベットから手を引くでしょう。アジアの解放者である日本人は戦 後の長い眠りから覚める時が来ています。(東海子)

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(読者の声6)「正論を聞く会」のご案内です。第521回「正論を聞く 会」は村田春樹先生をお迎えします。

                       記

とき     3月27日(火曜) 午後6時半
ところ    大手町「産経プラザ」3階大会議室
講師     村田春樹(自治基本条例に反対する市民の会会長)
演題     「地方自治を蝕むもの」
参加費    お一人1500 円(学生千円)
主催     「正論の会」(三輪和雄)
お問い合わせ (03 )3407 −0637


          
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平壌でも謝罪を計画していた吉田清治
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           櫻井よしこ

2月5日、元自衛官の奥茂治氏に会った。氏は、慰安婦問題で嘘をつき、現 在の日韓関係のこじれの原因を作った吉田清治氏の、まさにその子息の依 頼で、清治氏が1983年暮れに韓国忠清南道天安市の「望郷の丘」に建てた 「謝罪の碑」を損傷した人物だ。

奥氏は自分の行為を韓国当局に自ら報告 し、召喚に応じて韓国に赴き、 身柄を拘束され、出国禁止措置、起訴、裁 判を経て、今年1月11日、懲役 6か月、執行猶予2年の判決を受けた。

7か月以上にわたった出国禁止措置にもめげず、氏は元気だった。多くの 友人を作ったらしく、帰国前には、30人を超える韓国人が別れの宴を催し てくれたそうだ。

「人間を知ってみると憎めない国ですよ。逃げも隠れもしないのに韓国の 裁判所は私を出国禁止にし、その間、ホテル暮らしです。近所の人たちが 大いに同情してくれて友達になり歓送会も盛大でした」

一般庶民はこのように親切ではあるが、一方で反日感情に毒されてもい る。そのはじまりが吉田氏の嘘ばなしであり、氏を持ち上げた「朝日新 聞」であろう。奥氏が語った。

「法廷闘争の中で、いろいろな資料に目を通しました。検察側が提出した 資料の中に驚くべきものがありました。在日本大韓民国婦人会中央本部に 宛てた吉田氏の陳情書です。1983年5月19日付け、手書きで4頁です」

その中で吉田氏は「3つの願い」を書いている。?「韓国人を強制連行し た」人間として、サハリン残留韓国人を養子にして償いの一端としたい、 ?「強制連行謝罪碑」を建てたい、?「板門店経由平壌往復旅行」をした い、である。

?は実現していない。大高未貴氏が清治氏の子息の独白を、『父の謝罪碑 を撤去します 慰安婦問題の原点「吉田清治」長男の独白』(産経新聞出 版)にまとめた。その中で長男は父親の清治氏について、「生涯仕事らし い仕事に就いたことがない」と語っている。このでたらめな父親の生活を 支えたのが子息である。子息頼りで暮らしていた吉田氏が、養子を迎えて 面倒を見たいと申し入れていたその無責任振りに改めて呆れた。

収入につながる「謝罪旅行」

?は、同陳情書から約7か月後に望郷の丘に碑を建てて実現した。

注目は?である。吉田氏は、「板門店経由平壌への道は、三十数年間にわ たって、往来が途絶えてい」る、「根本的な原因は日韓併合であって、原 状復帰の責任は日本人に」あると書いている。

日本の敗戦後、旧ソ連は北緯38度以北を占領し、以南を米国が占領した。 金日成は旧ソ連の力を借りて北朝鮮を席巻し、1948年9月9日に朝鮮民主主 義人民共和国を建国した。南北分断の責任は日本よりも米ソにある。だ が、吉田氏にとって、歴史の事実などどうでもよかったのであろう。氏は 謝罪して収入を得る道にすでに足を踏み入れていたのだ。

吉田氏が右の陳情書を書いたのは1983(昭和58)年5月19日だった。その2 か月余り後の7月31日にはあの悪名高い著書『私の戦争犯罪・朝鮮人強制 連行』を三一書房から出している。同書で氏は、韓国済州島で連日、暴力 的な「慰安婦狩り」をして1週間で200人の若い朝鮮人女性を「狩り出し た」と書いた。

この本を出した頃、吉田氏はそれまで長男と住んでいたアパートを引き払 い、それ以前の家賃の3倍もする所に移った。お金の心配をする長男に吉 田氏はこう言ったそうだ。

「500万、1000万はすぐに入るから心配しなくていい」

どのようにしてそんな大金を手に入れるつもりだったのか。陳情書に書い たことと無縁ではあるまい。

「この道を通って、ソウル・平壌間を往復して『謝罪旅行』を行なう事 は、私の悲願であります」

この頃、吉田氏は日本国内で自らの「戦争犯罪」を懺悔する講演を行って いた。当然、講演料としての収入があったであろう。

さて、氏は「謝罪旅行」には2つの目的があると、書いている。?黄海道、 平安南道、平安北道、咸鏡南道、咸鏡北道の五道(県)の韓国人に謝罪す る為に「強制連行謝罪碑」を平壌にも建立させてもらう、?南北分断家族 の手紙を平壌に配達したい、そのために、金正日夫人宛の手紙を、韓国政 府高官の夫人から託してもらえればそれを届けたい。

収入につながるであろう謝罪旅行をし、金正日夫人へのメッセンジャーに なりたいというのである。

吉田氏の子息は、父親は戦前戦中に済州島に行ったことはないとして次の ように証言している。

「(済州島に行ったことのない)父は、済州島の地図を見ながら、原稿用 紙に原稿を書いていました」

対外発信する責任

大高氏がなぜ、あれほど克明に書けたのか、と驚いて尋ねると、

「ですからそれは、出版社や周りにいた人たちに発言をしていただきたい んです」と子息。

こんな人物の嘘を朝日新聞は十分調べもせずに大きく報道し、そのうえ、 長年放置した。朝日新聞も、朝日で慰安婦報道に関わった記者たちも恥を 知るべきであろう。奥氏が実感を込めて語った。

「日本では朝日は吉田証言は虚偽だとしてすべて取り消しましたが、その ことは韓国を含む海外には伝わっていない。私は裁判で朝日が吉田証言を すべて取り消したと言ったのですが、裁判官も検察も全く知りませんでし た。そこで私は朝日が実際に自社の記事を取り消したことを、詳しく証明 しなければなりませんでした」

改めて指摘したい。如何に自社の報道が間違っていたかを、英文、ハング ル、中国語などで明確に対外発信する責任を朝日新聞は果たすべきである。

興味深いのは、韓国の司法が、奥氏のケースを手早く片付けようとした点だ。

「取り調べ中、検事に3回、強く勧められました。罰金50万ウォン(約5万 円)で帰国させてやる。早く日本に帰れと。彼らは吉田清治が大嘘つき で、朝日新聞の報道も大嘘だったことを韓国に広めたくなかったようで す。

そこで私は主張しました。どうか起訴してください。吉田証言はすべ て デタラメです。父親の嘘が大新聞で報道され、日本人全員が酷い精神的 苦痛を被っているのに、吉田氏の子息には世界に広まった父親の嘘を打ち 消す力がない。

しかし謝罪の碑は父親の印税で建てられたとされており、 父亡きいま、 父の息子の自分に碑の所有権も、処分する権利もある。その 権利を、子 息は私に行使してほしいと頼んでいるのです。だから、5万円 で帰国なん てできません」

結局、韓国司法は奥氏を起訴し、有罪とした。奥氏が笑って語る。

「吉田氏と朝日の嘘が伝わることが大事です」
『週刊新潮』 2018年3月1日号 日本ルネッサンス 第792回



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最 新 情 報
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 ◎国連で“妄言”繰り返す韓国に外務政務官が猛反論「事実に反する」

国連を舞台に慰安婦に関する日韓合意を蒸し返す妄言を繰り返す韓国に、日本側が真っ向から反論した。27日に国連人権理事会で演説した堀井学外務政務官は、22日の国連女子差別撤廃委員会で韓国代表団が「性奴隷」との言葉を使ったことについて、「この言葉は事実に反するので使用すべきではないし、日韓合意の際に韓国側とも確認していた」と訴えた。

リレハンメル五輪の男子スピードスケート500メートルの銅メダリストとしても知られる堀井氏は「慰安婦が強制連行されたという見方は、故吉田清治氏が虚偽の事実を捏造(ねつぞう)して発表し、日本の大手新聞社の一つにより事実であるかのように大きく報道されたことによる」とも指摘した。

韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相が26日、同理事会で慰安婦問題に言及したことについては伊原純一・駐ジュネーブ国際機関政府代表部大使が「容認できない」と発言。現地の韓国政府代表部に抗議した。伊原氏は「康外相は演説で問題を持ち出すべきではなかった」と強調した。

【写真】 ジュネーブでの国連人権理事会で演説する堀井学外務政務官(27日、共同)
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180228/soc1802280014-p1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsPhoto
【ZakZak】 2018.2.28
【參考情報】堀井学外務政務官の略歴 
http://www.mofa.go.jp/mofaj/p_pd/dpr/page24_000901.html
 〔情報収録 − 坂元 誠〕


  ◎私は音読・暗記・暗唱以外にも勉強していた:前田正晶

私はこれまでに繰り返して私自身の英語の勉強法と我が国の英語教育改革 論を発表してきた。だが、残念なことに支持して下さる方は少なかったと 思う。そこで、今回は何とかして読者諸賢のご賛同を得ようとばかりに、 私がどのように英語の勉強をしてきたかをもう一度振り返ってみることに した。

それは、これまでに唱えてきた音読・暗記・暗唱以外にも、色々と試みて いたことがあったという事実を開示しようということだ。

英語だけで考えること:

既に何度も触れたように旧制中学1年の終わり頃、即ち昭和20年(1945 年)にはGHQで秘書をしておられたハワイ大学出身の日系2世の方に「英 語で話すこと」を厳しく教え込まれていた。その方を仮にHelenとしく が、彼女が私に厳しく指導されたのは大要下記の通りである。

Helenに最初に指示されたことは

*英語のままで覚え、日本語にしようなどと考えないこと。

*これから言いたいことを日本語で考えて、それを訳そうとしないで、 知っているだけの表現を自然に思い出して並べること。

*話の中に“you know”を挟んではいけない。(筆者注:これは要注意で、 これを多用することは決して貴方が「有能」であることを示すことにはな らないのだ)

*もしも言葉に詰まったら“Well.”か“Let me see.”と言って間を持たせる ように」だけでした。

だけだった。但し、Helenは如何なる些細なことでも間違えたことを言う と取り合ってくれなかった。また、こちらが何を言われたか解らないでい ると、繰り返してくれることもあったが、絶対に日本語では言ってくれな かった。因みに、彼女の日本語の能力は我々以上に完全であり、毛筆で漢 字を崩した書体でも書けるなど、日本人以上のものがあった。

このような形で、彼女は当時我々が住んでいた鵠沼海岸に毎週末に休養に 来る度に英語でしか話してはならないと決められた。当時から優れた英語 教育で知られていた湘南中学での英語の勉強と並行して「会話」まで学べ たのだから、悪い影響が出る訳がなかった。

しかしながら、私は面倒だからと単語帳やカードも作らず教科書に書き込
見もしなかった。即ち、「覚えてしまえば良いだろう」と開き直り、音 読・暗記・暗唱を続けたのだった。

換言すれば「単語をバラバラに覚えるのではなく、流れの中でその使い方 を覚える方が、効果が上がるだろう」と考えていたとも言えるのだ。

音読・暗記・暗唱:の私独特の音読・暗記・暗唱法は高校3年の時に英語 を教えて頂いた鈴木忠夫先生には「そうすることで頭の中に英文が入って おり、話す時でも読む時でも文法的に誤った文章や誤った言葉遣いなどは 口から出なくなるし、頭の中に浮かんでくることがなくなるものだ」と長 所を指摘されて、自信を持つに至った。鈴木先生も単語だけを覚えること に否定的だったが、重ねて言うが「単語は部品に過ぎない。それをバラ
バラに覚えていても最終製品である正確な英文はは組み立てられない」の であった。

しかし、現代のようにTOEICだのTOEFLだの英検だのと資格試験(なのか な?)が万能のようになると、私の勉強法を読まれた方々に「音読・暗 記・暗唱でそれらの試験を無事に突破出来ないのではないか」との不安が 湧いてきたとしても不思議ではないと思う。

そこ敢えて一言申し上げておけば、私はこの勉強法で押し通しただけで、 中学から大学卒業までの間で、無数の英語の試験の成績が90点以下だった ことは2回しかなかったのだ。

基礎を固めておくと:

それでも未だ不安だと言われそうな方には、私は大学卒業後の16年間は日 本の会社で英語が必要ではない国内市場の営業を担当していたのだったの だったのだ。それが、偶然が重なってその16年目の終わり頃に、UKの大手 製紙会社の研究員の日本市場調査のお手伝いをする機会があり、英語で話 さねばならなくなった。するとどうだろう。

Helenの教えと音読・暗記・暗唱の勉強法の賜物か、昨日まで英語で話す 生活をしてきたかのように、自然に英語が口から出ていたのだった。

「それは、貴方だけの例外的なことだろう」と言いたい方には、では家庭 教師として音読・暗記・暗唱に単語帳なし、書き込みなし、解らない言葉 に出会ったらその都度辞書を引く等々の方法で2年ほど教えた中学1年生の 男子は私の手を離れた高校卒業までの間に、英語の成績はずっと「オール 5」だったことは何と言って否定されるのだろう。

また、某商社でこの方法で個人指導する機会を与えられた入社2年目の若 手は2年も経たないうちに、その課で一番の英語の使い手に成長した。こ れなどは「24歳を過ぎてからでも十分の間に合う」という格好の例である。

もう一つ言わせて貰えば、彼は中学から高校・大学と我が国の英語教育の 下で育ってきたのだが、社会人になってからでも我が国の学校教育で教え られた英語の修正(矯正?)は可能だったという例でもある。

英作文の勉強:

私はこれまでに何度が「英文和訳と同様に、英作文など勉強する必要はな い」と主張してきたが、これは私自身が英作文を勉強しなかったというこ とではない。記憶は定かではないが、高校2年の頃だったかに自分の英語 で文章を書く力が不足していると悟ったのだった。

そこで取り組んだのが、初版が1949年(昭和24年)に金子書房から発行さ れた佐々木高政氏の「英文構成法」という評判が高い英作文の参考書だっ た。これは今になって読んでみても非常に難しいと言うか高次元の英語の 例文が無数に出てくる本だった。

と言うよりも、如何にして簡単な言葉を使って分かりやすい正確な英文を 書くかを教えてくれる本だった。私は受験用の英語の勉強などを忘れてこ の本に挑戦したお陰で、後にアメリカの会社に転進しても困らないで済む だけの英文を書く基礎が出来たと思っている。

大学に入ってから「この本で英文の書き方を勉強した」と言ったところ、 「あんな易しい本で勉強してして何が学べたか」と軽蔑したような顔をし た同級生がいたが、英文が何であるかが解っていないとそういう誤認識を するような本なのだ。

アメリカの会社に移って:

私は39歳からアメリカの会社に移ったのだが、そこで悩まされたことが 「私は個人的というか私的な場面での英語はそれなりに学んであったが、 アメリカの大企業で社内の上司やそれ以上の地位にある人たちに提出する ような報告書(reportでも良いか)の書き方は経験していなかったのだった。

そこで指導して貰えたのが、本社から東京事務所に派遣されていた日系人 でワシントン大学のMBAだった美文家のBJ氏だった。彼には徹底的に指導 されたが「貴方は基本的に英文の書き方が解っているのだから、後はどう いうことばを使って書けば適切であるかを覚える音が上達の早道だ」と教 えられた。BJ氏も前出のHelenのように日本語は完璧で日経新聞を難なく 読みこなしているほどだった。

上記の勉強法で覚えた私の英語はアメリカ人たちから批判されたことはな かった。だが、BJ氏以外からも適切な言い方を教えられるとか、誤りを指 摘された機会はあった。更に、彼らの中で仕事をして行動を共にしていれ ばこそ、何時でも疑問があれば質問することが出来た。それは、今となっ てみれば非常に有り難い英語の勉強が出来る環境に身を置いていたと思う のだ。

  ◎東京五輪マスコット決定!作者はどてらの路上画家・谷口亮さん

市松模様が特徴的な2020年東京五輪・パラリンピックのマスコットを生み 出した谷口亮さん(43)は、2月28日の発表会に色鮮やかなどてら姿で登 場し、会場の全員を驚かせた。その素顔は福岡市の繁華街・天神で自作の ポストカードを路上販売していた時期もある苦労人。「大好きな奥さんに 早く知らせたい」とマイペースに喜びを語った。

司会に促されて登壇したのは、赤地に白や黄色の花柄があしらわれたどて らに身を包んだ丸刈りの男性。「頭の中が真っ白。大好きな奥さんに早く 知らせたいです」と柔和な笑顔を見せると、穏やかな口調もあいまって会 場がほのぼのとした空気に包まれた。

五輪マスコットという大役を担うことについては「今まで賞を獲ったこ とがないので、夢じゃなかろうかと思う」と実感が湧かない様子。報道陣 から特徴的な服装について聞かれると「冬は普段からどてらを着ている。 夏は下駄(げた)にアロハシャツ。自分を覚えてもらうという狙いもあっ て、ずっと同じ格好をしています」と説明した。

谷口さんは福岡県在住のフリーイラストレーター。「週刊少年ジャン プ」を30「年以上愛読し、小学校の頃からオリジナルキャラクターを描い ていた。米カリフォルニアの大学でデッサンを学び、帰国した約20年前か らイラストの仕事を始めた。

 最初の5年はアルバイトをしながら、天神で自作のキャラクターを印刷 したポストカードを路上販売。そこから人脈が広がり、進研ゼミ小学講座 「チャレンジタッチ」(ベネッセ)のキャラクター「ニャッチ」や、07年 に発売された早見優(51)と松本伊代(52)のユニット「キューティー★ マミー」のシングルジャケットなどを手がけた。

ニュースで一般公募を知り、「リオ五輪の閉会式の東京をPRするパ フォーマンスがすぐに浮かんだ。近未来と伝統をうまく融合したものが日 本らしいのではないかと思いました」と語った。下描きは2分ほどで仕上 げたという。

「真っ先に伝えたい」と話した6歳下の妻にはフェイスブックに「やった よー」とコメントを残した。結婚して約10年。「フリーという不安定な立 場の自分を支えてくれた。ぜいたくをさせてあげたい。回らない寿司屋に 連れて行きたい」と笑った。

谷口さんには賞金100万円が贈られ、東京大会開会式にも招待される。マ スコットの権利は国際オリンピック委員会が持つためグッズ売り上げなど による収入はないが、五輪の象徴を描いたという実績は残る。「フェイス ブックに知らない人から友達申請がたくさん来ていた」と苦笑い。どてら がトレードマークとして浸透する日も近そうだ。

 ≪参考「市松模様とサクラだけ」≫東京大会を巡っては、15年に発表され た旧公式エンブレムがベルギーのリエージュ劇場のロゴと似ていると指摘 され、白紙撤回する事態になった。会見では報道陣から新マスコットにつ いて「何か参考にしたものはあるか」との質問も。作者の谷口さんは「市 松模様とサクラだけで特に参考にしたものはない。普段から描いている絵 に、伝統と近未来というテーマを落とし込みました」と否定した。

  ◆谷口 亮(たにぐち・りょう)1974年(昭49)9月5日、福岡県生 まれの43歳。福岡・中村学園三陽高を卒業後、米カリフォルニアのカブリ オカレッジで美術を学んだ。帰国後、イラストレーターの父の勧めもあ り、独自のキャラクター制作に着手した。仕事のモットーは「シンプ ル」。妻と長女、長男の4人暮らし。趣味は映画観賞。
スポニチアネックス3/1(木) 6:01配信


  ◎シリアでのロシアは「放火犯で消防士」、米軍司令官

【2月28日 AFP】米中央軍(CENTCOM)司令官のジョセフ・ボテル(Joe Votel)陸軍大将は27日、ロシアはシリア内戦の終結を望んでいると主張 する一方で紛争の激化に加担しており、シリアにおいて「放火犯と消防 士」の両方の役割を果たしていると批判した。

ボテル氏は下院軍事委員会の公聴会で証言し、7年におよぶシリア内戦に おけるロシアの役割を非難した。シリアではこの数週間に、傭兵(ようへ い)とみられるロシア人が米国の軍事顧問団やクルド人勢力を攻撃した後 に、米軍主導の有志連合による空爆で死亡したとされるなど、思わぬ方向 に展開している。

「ロシア政府は外交的にも軍事的にも放火犯と消防士の両方の役割を演 じ、シリアの全当事者間の緊張を高めている」とボテル氏は指摘。その上 でロシアは「紛争の調停者として各当事者の立場の弱体化、無力化を狙っ ている」と続けた。

ロシアのウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領は2015年にシ リアのバッシャール・アサド(Bashar al-Assad)大統領を支援すべく同 国の内戦に介入。一方、シリア北部では米軍主導の有志連合がイスラム過 激派組織「イスラム国(IS)」の掃討作戦を続けていた。

2年以上が経ち、現在はアサド政権側が優位となっている。プーチン氏は 昨年12月、ロシア軍に対し、シリア内戦における任務はほぼ完了したとし て同国からの一部撤退を指示した。

しかし観測筋は、実際に軍の撤退が進んでいるのか疑問視している。ボテ ル氏も、ロシアはシリア国内での存在を利用し、「大抵は巻き添え被害や 民間人の犠牲を軽視して」新しい兵器や戦術を試すなどしていると述べ た。(c)AFP/Thomas WATKINS

【写真】
・ 米中央軍(CENTCOM)司令官のジョセフ・ボテル(Joe Votel)陸軍大将
・ シリアの首都ダマスカスから捉えた、空爆を受けて東グータ地区から立 ち上る煙(2018年2月27日撮影)。(c)AFP PHOTO
http://afpbb.ismcdn.jp/mwimgs/2/a/120x/img_2a68183eeef7db38d1ab10785683e60f59776.jpg
【AFP】 2018年2月28日 15:28 ワシントンD.C. 〔情報収録 − 坂元 誠〕


  ◎【巨人】沢村が1年ぶり1軍マウンドに帰ってくる 東京Dヤクル ト戦で 昇格へ

巨人の沢村拓一投手(29)が、3、4日のオープン戦・ヤクルト2連戦 (東京D)で1軍昇格するプランがあることが28日、分かった。キャンプ は宮崎の2軍で過ごしたが、斎藤投手総合コーチは、この2試合で合流す る可能性について「ある」と明言。今後、日程を最終調整してどちらか1 試合に1イニング投げる見込みで、実現すれば1年ぶりの1軍登板とな る。また、山口俊投手(30)は4日に先発することが決まった。

沢村の1年ぶり1軍マウンドが目前だ。今キャンプ、右腕は連日2軍でブ ルペンに入った。昨年痛めた右肩の状態は良好で、直球中心にカーブなど で緩急をつける練習にも積極的に取り組んだ。今季初実戦の予定だった2 月25日の練習試合・ソフトバンク戦は雨天中止となったが、同26日の シート打撃は最速149キロで打者6人に1安打。「戦う体はできました」 と万全の仕上がりで打ち上げ。斎藤投手総合コーチも「(可能性は)あ る」と、3、4日のヤクルト戦での合流を示唆した。

 1軍の宮崎1次キャンプ中、同じ敷地内の2軍ブルペンで沢村に熱視線 を送っていた由伸監督は「順調に投げているという話は下(2軍)から聞 いている。いい報告は来ている」と期待感を示した。勝ちパターンのリ リーフ陣について「(計算できるのは)今のところ2人(マシソンとカミ ネロ)だから。その前に投げられる投手に出てきてほしい」と待望する。

 チームは池田が上半身、西村が下半身のコンディション不良で離脱。現 状、田原、篠原、高木京が1軍でアピールしているが、ブルペン整備が課 題になっているのは明らか。16年セーブ王の沢村がここに加われば、大き な戦力になるのは間違いない。

  最後の1軍登板は、1球で危険球退場となった昨年3月4日のオープ ン戦・日本ハム戦(札幌D)。右肩痛のためシーズンは登板なしに終わっ た。あれからちょうど1年。力強さを取り戻した沢村が、東京Dの1軍マ ウンドに帰ってくる。

  ◆沢村のこの1年

  ▼17年3月4日 この年初実戦のオープン戦、日本ハム戦(札幌 D) で登板直後の初球で危険球退場。

  ▼同19日 3軍合流。

  ▼7月4日 合流後初のブルペン入り。

  ▼8月6日 2軍のイースタン・楽天戦(G球場)で5か月ぶり実戦 復帰。最速153キロで1回無失点。

  ▼9月1日 イースタン7登板を経て、DeNA戦(横浜)で1軍昇格。

  ▼同4日 DeNA3連戦にベンチ入りも登板機会がないまま登録抹消。

  ▼11月19日 G球場の秋季練習ブルペンでリリーフ転向後最多の100球。

  ▼18年2月18日 2軍キャンプで今年初のフリー打撃登板。

  ▼同26日 2軍キャンプで今年初シート打撃登板。打者6人に1安打 と圧倒。
スポーツ報知3/1(木) 6:06配信



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身 辺 雑 記
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2日の東京湾岸は快晴、爽快。

1日、東京・亀戸では夕方6時過ぎ、東の空に満月のような美しい月が出て 暫し見とれた。月に見とれるなんて久しぶりだ。

1日の散歩は午後と覚悟していたが8時過ぎ、急に上がったので散歩出来 た。駐車場の前の木に夏みかんがなっていた。東京では珍しい。

日中の東京湾岸は快晴、とても暖かかった。
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創刊日:2004-01-18  
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