政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針4446号  2017・8・16(水)

2017/08/16

  
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わたなべりやうじらうのメイ ルマガジン「頂門の一針」4446号
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           2017(平成29)年8月16日(水)


  
            縄文の文明と文化を考えてみた:宮崎正弘

   「措置入院」精神病棟の日々(58):“シーチン”修一 2.0

              これほどの大物が居た:渡部亮次郎
                                  
                        話 の 福 袋
                           読 者 の 声
                           身 辺 雑 記


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第4446号
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縄文の文明と文化を考えてみた
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成29年(2017)8月15日(火曜日)弐
        通巻第5393号  
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<<エッセイ>>
   ♪
  三内丸山遺跡で縄文の文明と文化を考えてみた
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夏休みの真ん中。国際ニュースを離れて随筆を書きます。今朝、午前6時 開門前に靖国神社へ行って参拝を済ませました。

一番乗りもこれで5年連続、それまでは昼前に参拝していたのですが、あ の夥しい参拝者の行列に感動する一方で、やはり靜かで、参拝者がすくな い早朝が良いと思うようになりました。

開門前、すでに500人ほどの列ができていました。人々が何を祈ったの か、小生は参拝のあと、桜チャンネルのインタビューを受けたので「トラ ンプ大統領が訪日のおり、是非、安倍晋三首相と連れだって靖国参拝を やってもらいたい。戦後72年の日米関係を画期できることになるでしょう から」とコメントしておきました。

 さてーー。

「三内丸山遺跡で縄文の文明と文化を考えた」
 
吉野ヶ里遺跡には数年以上前に行ったが、率直にいって感動が薄かった。
 弥生式のおおきな集落で共同墓地もあり、高床式の建物、堀、物見櫓、 しかし稲作文化、太陽信仰の弥生式遺跡の典型であるものの、あまり精神 性を感じない。

外敵の侵入を防ぐために2重の壕をしつらえ、防止柵、物見櫓に武器庫。 発見された人骨には刀傷、首のない遺骨もでてきて、戦闘が行われていた ことを証明している。

吉野ヶ里は佐賀県が工業団地を建設しようとした1980年代に発見され、発 掘がすすみ、特別史跡と認定された。

そうだ。弥生式は稲作であり、外国との交流もあり、したがって部外者と の戦闘が随伴したのだ。

懸案だったのは三内丸山遺跡である。

いつか機会があれば訪ねたいと思っていた。江戸時代から遺跡が埋もれて いることは分かっていたらしいが、工業団地建設予定地を掘っていたら、 巨大な遺跡群がでてきた。縄文文明の象徴でもあり、しかも縄文遺跡は北 海道と東北に集中している。

私たちの世代が小・中学校で習った歴史教科書では、日本最古のものは弥 生式の登呂遺跡とされていた。吉野ヶ里も三内丸山も発見されておらず、 登呂遺跡が西暦1世紀頃。農村、高床式倉庫、水田跡、そして竪穴式住 居。したがって私が登呂遺跡を見学したのは高校生の時、ひとりで日本を ほっつき歩いていた折だった。なぜか、興奮して見学した記憶がある。

縄文時代の象徴的な遺跡として三内丸山が特別史跡に認定されたのは近年 である。

青森県と秋田、岩手には十数の縄文遺跡がある。青森ではほかに亀岡遺跡 を見た。岩手県では御所野遺跡と是川遺跡。ほかにもたくさんあるが、い ずれも遠方、奥地、辺疆にあるので、1度には回れない。 


▲縄文の人々は何を神に祈ったのだろう?

縄文の遺跡からでてきた人骨には刀傷もなければ、身体障害者が成人した ものがあり、当時の縄文文明は介護が行われ弱者切り捨てではなかったこ とが偲ばれる。縄文の時代は紀元前1万年から紀元後1世紀と言われる が、三内丸山は紀元前6世紀から4世紀に栄えた集落で、およそ1千年に 亘って平和だったと推定されている。

稲作文化ではないが、栗、クルミ、トチの実を食べており、ひょうたんの 栽培もしていた。野ウサギやムササビ、鯨、ぶり、ふぐ、サバを食べていた。

それらを狩猟するための道具が黒曜石の槍など。

発掘された副葬品や器具。鹿の角でつくった工具、鯨の毛を応用した釣り 針、翡翠の大珠。縄文人は火を使うことを知っており、ドングリは煮て食 べたらしい。土瓶、土器、壺、そして容器、袋が出土した。紀元前4500年 頃には縄文のポシェットが編まれており、後期には漆の技術もあったこと が分かっている。

32メートルの竪穴式集合住宅が復元されており、なかにはいるとかなり広 いのには驚かされた。

なかでも圧倒的なのは土偶である。「大型板状土偶」が三内丸山から出土 したが、なぜか、ギリシアやキプロスの博物館でみた土偶と共通性がある とおもった。

亀岡石器時代遺跡(これは海に近く、三内丸山より古い)の展示室でみた のは「遮光器土偶」で、大きな目玉が飛び出している奇妙なかたちだが、 おそらく太陽光を遮る眼鏡だろうと推定されている。太陽信仰の宗教儀式 に使われたのか、学説には様々な解釈があり、考古学に興味の薄い小生に は、それ以上のことは分からない。

しかし、目玉がもっと飛び出した青銅器の人形を私は中国四川省の三星堆 遺跡でみている。

中国各地を旅行していた頃、33省の全てを十数回に分けて旅したが、遺跡 でいえば、河母渡、三星堆などにも足を延ばしている。

黄河文明よりも、揚子江文明が古いことは考古学的にもわかっているが、 中国の政治主導の歴史観では「黄河文明4千年」ということになってお り、それより古い文明は明らかに漢族のものではないから、あまり宣伝を しない。だから訪れる人がすくない。

河母渡遺跡へ行くには大変だった。長距離バスを乗り継ぎ、タクシーを チャーターし、さらに河岸から艀に乗って、ようやくついた遺跡群の跡 は、なにやら人工的で、建物はレプリカだが、考証のあとが杜撰である。

四川省広漢市にある三星堆積に到っては、記念館だけがジオラマ在り映写 室在り、蝋人形の展示在りで近代的施設だが、嗚呼、これじゃ改竄した南 京大虐殺記念館のように、真実の臭いから遠いと思った。だが、中国遺跡 との比較論は別の機会に譲る。


▲環状巨石の群れは、いったいどんな文明があったのか

じつは縄文遺跡のなかでも、いちばん興味があったのは「大湯環状列 石」、いわゆるストーンサークルだった。

英国のストーンヘンジ、マルタの巨石神殿ほか世界各地の巨石神殿と、共 通性がある。太陽信仰で石の並べ方に科学があり、日時計にもなり、そし て巨石の配列は、その下が墓場でもあった。これはイースター島のモアイ 像とも、発想とその精神文化に共通性がある。アモイ像は墓標である。

秋田県鹿角市にある大湯環状列石に行くのも、ちょっと大変である。

車の運転が出来ない小生には、近くの駅からタクシーとか、徒歩、あるい はレンタサイクルとなるが、なにしろ、この遺跡も森で囲まれており、付 近には熊が出没するので県道を車で走行し、車窓から撮影するしかないと いう。

遺跡は宏大であり、中央の広場に記念館がある。この付近だけは熊がでな いらしい。

これが大湯ストーンサークル館(秋田県鹿角市十和田大湯字万座)だ。30 キロ前後もある重い石が7200個。これを2里近く離れた安久谷河から、そ れも緑色の石だけを撰び、クレーンもない、重機もないブルドーザもない 時代に人力で運搬し、環状に並べたのだ。それが凡そ4000年前と推測され るので、縄文文明に属する。

イースター島でみたモアイも、採石場から、人の力でえっちらほっちら海 岸へ運んだ。

縄文人は何を思い、どのような形式で信仰を深め、いかなる祭りを行った のだろうか。人々は何を祈ったのか。

火の祭り、巫女がいて、宗教儀式の神秘があり、文化の深奥が展開されて いたに違いない。遺跡から発掘された夥しい土偶、土器、飾り物、壺、木 製や石の農耕具、矢、石斧、これらのひとつひとつが手製であり、縄文人 が丹誠込めて、そして祈りを籠めてつくったのだ。

AI文明が人類を凌駕しようという「シンギュラリティの恐怖」がいま喧 しく語られているときにこの静謐で思索のできる空間は貴重である。

  
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▼読者の声 ▼どくしゃのこえ ■READERS‘ 
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(読者の声1)貴誌前号に紹介のあった「よみがえれ!シーボルトの日本博 物館」全国巡回展ですが、「同展覧会は現在千葉県、九月に東京ですね。 その後、名古屋、長崎を巡回するようです。」とありますが、現在は全国 巡回展最終の大阪(吹田の国立民族学博物館にて8月10日から10月10日ま で)ですので、念のため。
  (KU生、世田谷)



   ♪
(読者の声2)貴誌前々号に掲載された、中村彰彦著「歴史の坂道 戦国 幕末余話」の書評をよんで「えッ、荒城の月は、竹田市に2年住んだ滝廉 太郎が名城・豊後岡城に思いをはせて作曲したのでしょう?」
 「読んでの楽しみ」とありますから、読まなくては! 
(竹田市ではないのかなぁ〜)

竹田駅に着くやいなや、荒城の月の曲が流れ、岡城には、滝廉太郎の銅像 があり、銅像の横にたって写真撮ってきたのに。滝廉太郎記念館にも立ち 寄って、当時の暮らしぶりにふれたり、訳のわかんない洞穴、筑紫哲也さ んが額に入って飾ってあって「あれ?」と思ったり、竹田市でない、鶴ヶ 城? はてさて。まぁ読んでの楽しみ!

以前、「名君の碑 保科正之の生涯」を読んで、中村さんのファンに なっ て、次々読んだら「侍たちの海」で、伊東 祐亨、《飯焦がし》と言わ れた と、いかにも時代じみている表現、今の若い人に言ってもスイッチオ ン したらご飯が炊けちゃうから、飯焦がすほど見惚れるイケメンといわれ ても?

中村さんの本は、時代小説ではあるのだが、読み進むうち、うふふと思 わず笑ってしまう箇所が必ずあるので、ある懇親会でお隣に座られた中村 さんに話を振ったら、『読者サービスですよ〜』と。
(なるほどなぁ、作家ってそこまで考えて作品を仕上げるのか)

中村さんの作品で、はぁ~と?思ったのが「龍馬伝説を追え」でした。
龍馬暗殺の黒幕を西郷隆盛。小説に描かれているあたりの京都を歩いてみ ました。うーん、なるほどーと、中村さんもこの辺りを取材したのだろう なぁ。宮崎先生の書評には、伊東 祐亨の名前はないけど、果たして、や はり著書にあたるしかないですね。(FF子、小平)


   
          
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「措置入院」精神病棟の日々(58)
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     “シーチン”修一 2.0

山本夏彦翁は「友達は生きている人だけではなく、故人とも友達になれ る」と書き、二葉亭四迷から始まり、友達の友達は友達の“芋づる式”に斎 藤緑雨などなどとも親しくなったという。

孤島暮らしのような静かな日々の中で、小生の新しい友達は雀だったが、 ついに37羽にまで増えると「ウーン、ここは難民キャンプか」と困惑し始 めた。可愛らしかったのが“芋づる式”で増殖し、いささかキモいような・・・

小生は無口だが、妄想か思考かは分からないものの、とにかく終日「考え る人」で、脳ミソはいつもグルグル回っている。扇風機なら「中」「強」 あたりだ。

で、この雀の群を眺めながら、「スズメ」というあだ名の女の子が登場す る小説は何だったのかなー、とか思ったりする。

今朝は薄緑の塗料を作ろうとペンキを撹拌(かくはん)していたら、脳ミ ソの奥の奥の、ほとんど死蔵されていたようなメモリーの片隅から、友達 だった江戸っ子が甦った。チャキチャキの神田ジェンヌで、シャイだけれ ど、酒が入ると饒舌になる。

神田ジェンヌの父上は塗師で、その業界では名人として知られており、国 や自治体の仕事もしていた。お呼ばれしてご馳走になったが、お土産は中 古ながら小型の冷蔵庫だった。「独立おめでとう、新しいオフィスには必 要でしょうから。わが家で使っていたんですが、うちには小さすぎるか ら、良かったらどうぞ」

江戸っ子はシャイで、気前がいい。有難くいただき、後日に車で取りに 行ったっけ。

お呼ばれの席で、神田ジェンヌはこんな話をした。

<NHKが父を取材しに来たことがあるのよ、業界の噂を聞いたんじゃな い? で、仕事ぶりを取材したいって。

でね、父は塗料から作り始めたの、何時間もかけて。いつもは出来合いの ものを使っているのにさあ、「100年たてば自家製塗料と市販の塗料とで ははっきり違いが出てくるけど、100年生きている人はいないからなあ。 今回はNHKの撮影で、まあ記録に残るから」って。

NHKは感心しながら取材していたけど、番組を見た人は「さすが名人、こ こまでやるか!」って記憶したんじゃない、ホント、おかしいわよね>

寡黙な父上は娘の話にニコニコしながら大好きな寿司をつまみに冷えた吟 醸酒を飲んでいた。東京原人、江戸っ子の職人、名人にはこんな人が多 かったのではないか。

NHKのこの番組を見た人は「塗料から作るのか!いやはや名人とは凄いも のだ」と思ったろうが、「事実・真実・実際・現実」と「報道」とは違う (ちょっと違う、かなり違う、まったく違う、正反対、やらせ・捏造・ 嘘)とはまず分からない、思わないし、制作現場でそういうこと(演出と いう名のインチキ、ヤラセ、曲解、悪意など)があるとはほとんど知らない。

報道、マスコミは事実、真実、公正とずれることがある(トランプが言い 始めた“フェイクニュース”は国際語になりつつあるようで、大いに結構 だ)から、それなりの読解力、猜疑心(裏読み)、報道しない権利、でっ ち上げなどを見抜く目利き=眼力(メディアリテラシー)が大事というこ とになる。

ところが残念なことに読者、視聴者の多くは「報道=(それなりの)真 実」と思い込んでいる。中2坊主は半分子供だから騙されやすいのだ。人 が良過ぎる、お人好し、初心、♪今夜しみじみ知らされた 男心の裏表 (歌:バーブ佐竹)。報道の裏表。

馴染みの小料理屋で週刊新潮に連載して好評を博していたジャーナリスト の友A君と飲んでいたら、A君がママさんに「この前テレビで紹介されてい たけど、タレントと偶然出会うなんてスゴイ縁だね」と言った。ママ曰く――

「ああ、あれね、何日も前から“開店前に歩道に打ち水していたらぱった り(主役のタレントと)出会うということにしましょう”ってTV局から言 われていたのよ」

海千山千のプロのジャーナリストもコロッと騙されるのだ。

東大法学部卒で毎日ションベン(キーを打ち間違えた)じゃなかった毎日 新聞の売れっ子記者だった内藤国夫は「坪内寿夫 経営とはこうするん や」でワンマン経営者の坪内を神のごとく絶賛していたが、やがて坪内は 墜落し、今では内藤も坪内もすっかり忘れられた。

ダイエーの中内功もワンマンでありながら世間と報道は持ち上げたが、結 局は失墜した。中内に大マスコミの記者も心酔していたのだ。その全盛時 に雑誌「経済界」(創業社長は「佐藤正忠“寄生虫”」と揶揄されることも あったから、ちょっと強面(こわもて)、総会屋、羽織ゴロのような趣が あったのだろう)で営業をしていた先輩が、「中内は俺の目の前で部下に 電話機を投げつけた」と言っていた。

(「正忠ならともかく、よりによって『経済界』の営業の野郎のアポなん か入れるんじゃねーよ」と秘書に八つ当たりしたのだろうが、電話機とい うのは尋常ではないね。尋常ではないからこそ価格破壊ができたのだが)

記者連中は中内の横暴な面をたとえ知っていても「報道しない自由」か ら、あるいは社の方針に沿う形で筆を曲げるのである。

(逆らえば降格処分や記事をボツにされるイジメに遭うことは最近の長谷 川幸洋/東京・中日新聞論説委員の例がよく示している)。世間の裏のそ んなイロハを中2坊主はまったく知らない。旦那が「朝日の購読を止め る」と言ったら奥さん曰く「嫌よ、朝日はTV欄が充実しているから」。国 民の多くはこのレベル。大学出てもロバはロバ。閑話休題。

昨日ヒーロー、今日ヒール、昨日ウィナー、今日ルーザー、昨日トップ、 今日ボトム・・・諸行無常は世の常で、人も世間もずーっと同じというこ とはない、「空しいものよ」と鴨長明は800年前に嘆息し籠居していた。

小生だってきれいごとでは済まない。米国大使館から仕事を貰い、その縁 で英国政府、豪州ビクトリア州政府などからも仕事が入ってきたら、それ までの反米から一気に親米になり、自分で自分の人格を疑ったが(以来、 自分で自分を常に疑っている)、世間とか商売に迎合はつきものだから、 新聞にしろTVにしろ「千三つ」とは言わないまでも「話半分」「眉唾」ぐ らいに思っていた方がいい。

大の男が女子供みたいに報道などを真に受けていると「人生を誤るぜ、牛 尾でいいのかよ、少なくとも鶏頭を目指したいとは思わないのかよ」と、 スピンオフやイノベーションが大好きで、「常にアグレッシブ、いつも前 進」を肝に銘じていた小生はイヤミを言いたくなる。キチ○イなった今で はそんな資格はありゃあしないが・・・

子供の頃から「笑点」を見、老人になっても相変わらず見ている人がいる だろうが、オツムは中2のまま、まったく成長がない。学年雑誌の「中2 コース」を老人になってもまだ読んでいるようなもので、小4から週刊新 潮を愛読していた(スケベな「黒い報告書」を真っ先に読んでいた)小生 もさすがに20代で卒業し、化学と地学と物理以外はまあまあ高2終了レベ ルのはなったが、永遠の中2なんて、「もうこれは・・・」と絶句するし かない。

500年前にマキャベリ曰く――

「民衆というものは、しばしば表面上の利益に幻惑されて、自分たちの破 滅につながることさえ望むものだ。彼らから信頼されている人物が、彼ら に事の真相を告げ、道を誤らないよう説得でもしなければ、この民衆の性 向は国家に害を与え、重大な危険をもたらす源となる」

マスコミのほとんどは「フェイクニュースで民衆を騙し、国益を損なうよ う扇動している」のだ。

残念ながら世間はいつの時代でもそういうものだから、小生のような規格 外、異端児、キチ○イは遁世、厭世、隠棲、逼塞、蟄居し、黙り込んで雀 を相手にし、有名なボストン絞殺魔を真似て「カワサキ工作魔」と自嘲し ながら晩年を送るのである。

8/12、夕方から施餓鬼法要で、墓参り。お盆飾りは夕べやっておいた。13 日はKの帰宅を待って娘たちと迎え火。14日は雨で工作(ま、作業療法 ね、今は展望台を造っている)は休みだが、長男坊一家が来るので花散ら し寿司と鶏唐揚げなどを作ることにしている。

長男には葬式用の写真を撮ってもらおう。夏休みで水遊び中の“マッチョ” プーチンもオッパイは垂れていた、歳には勝てない。小生はTシャツ、半 ズボンでキーボードを叩いているか、右手に電動ドリル、左手に電動ノコ を持っているところと、エプロン姿で包丁を持っているところを撮ったら どうだろう、狂気じみて、いかにも小生らしくはないか。

“発狂亭雀庵”の病棟日記。入院から1か月半だが、日記を改めて読み返す と、この日あたりから自分の関心が政治・経済・社会に向くようになって きた感じがする。今は「病棟編」で、その後は「政治・経済・社会編」 「読書編」に続く予定だが、最近は睡眠中も脳ミソの停止ボタンが効か ず、一時停止状態で、目覚めるとすぐにその続きになるという変な感じに なってきた。

読書中に眠ると、起きるとすぐに、その次の行からパッと読みはじめる。 以前から「どうしよう、どうすればいいか」という場面になると、「ま、 脳ミソが勝手に考えてくれるだろう、実に便利だ」と楽観していたのだ が、就寝前と目覚めの時の思考が直結しているというのはちょっと異常で はないか。

今服用している抗うつ剤の副作用には「興奮・錯乱」「うつ症状などのも ともとある病気が悪化する危険性」があるそうだが、ナースがしょっちゅ う「脳を休めなさい」と言っていたのは、脳ミソを酷使するとオーバー ヒートするから気をつけろということだったのかもしれない。

次回の受診時にはカウンセラーとDr.に報告しておこう。

とにかくこの病気は完治しないから厄介だ。こう思った瞬間に小生の脳ミ ソは囲碁将棋ソフトのように解を求めてスイッチオンになってしま う・・・コナン・ドイルはホームズがコカインを常用している場面を書い ていたが、阿片も同じく多幸感、快感をもたらす、元気になる。

ジャン・コクトーは「タバコの害はほとんどないが、阿片はタバコや酒よ りさらにまし。阿片を喫んでいた方が体調が良かった」と書いている。

今の小生が「興奮・錯乱」状態なのかは分からないが、精神がのびのびと 遊弋、高揚していることは確かだ。精神の向かう対象が専ら工作で、正気 と狂気、現実と妄想が交錯していないだけマシだが、今日のように無理を せず、ノンビリ休みながらキーを打つのもいいものだ。とにかくちょっと 脳ミソを休ませよう。

長くなったので病棟日記は次回へ。(つづく)2017/8/14




           
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これほどの大物が居た
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    渡部 亮次郎

名古屋市には、その中心に、100m道路がある。道幅100mの道路が東西南北 に走っている。もちろんその100mの道幅そのものが、自動車の走行の為の 道幅ではない。道幅100mの間には、公園もあれば、テレビ塔もある。

名古屋も戦後直後は、空襲でこの辺りも焼野原となった。戦後の混乱の時 期に、市の幹部は、まず道路を設定した。その時に、未来に備えての道幅 100mの道路を設定したのである。

さて、なぜ道幅100mの道路を名古屋の中心に東西南北に走らせたか?である。

戦後の焼野原を見ながら、どんな火災が起きても、延焼を食い止め、名古 屋全域が焦土と化さないように名古屋の中心のタテヨコに幅100mの空間 (道路)を作ったのである。

一方、将来来るはずの自動車社会を見越して東京中心部の設計をしたのが 岩手県人後藤新平(ごとう しんぺい)綽名大風呂敷である。関東大震災 後に内務大臣兼帝都復興院総裁として東京の都市復興計画を立案した。

特に道路建設に当たっては、東京から放射状に伸びる道路と、環状道路の 双方の必要性を強く主張し、計画縮小をされながらも実際に建設した。

当初の案では、その幅員は広い歩道を含め70mから90mで、中央または車・ 歩間に緑地帯を持つと言う遠大なもので、自動車が普及する以前の当時の 時代では受け入れられなかったのも無理はない。

現在、それに近い形で建設された姿を和田倉門、馬場先門など皇居外苑付 近に見ることができる。上野と新橋を結ぶ昭和通りもそうである。日比谷 公園は計画は現在の何倍もあったそうだ。

また、文京区内の植物園前 、播磨坂桜並木、小石川5丁目間の広い並木道 もこの計画の名残りであり、先行して供用された部分が孤立したまま現在 に至っている。現在の東京の幹線道路網の大きな部分は後藤に負っている といって良い。

関東大震災。1923(大正12)年9月1日午前11時58分に発生した、相模トラフ 沿いの断層を震源とするマグニチュード7・9による大災害。南関東で震度 6 被害は死者99,000人、行方不明43,000人、負傷者10万人を超え、被害 世帯も69万に及び、京浜地帯は壊滅的打撃を受けた。(以下略)「この項の み広辞苑」

新平は関東大震災の直後に組閣された第2次山本内閣では、内務大臣兼帝 都復興院総裁として震災復興計画を立案した。それは大規模な区画整理と 公園・幹線道路の整備を伴うもので、30億円という当時としては巨額の予 算(国家予算の約2年分)。

ために財界などからの猛反対に遭い、当初計画を縮小せざるを得なくなっ た。議会に承認された予算は、3億4000万円。それでも現在の東京の都市 骨格を形作り、公園や公共施設の整備に力を尽くした後藤の治績は概ね評 価されている。11%!に削られながら。

三島通陽の「スカウト十話」によれば、後藤が脳溢血で倒れる日に三島に 残した言葉は、「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ 者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」であったという。

後藤新平(ごとう しんぺい、安政4年6月4日(1857年7月24日) - 昭和4 年(1929年)4月13日)は明治・大正・昭和初期の医師・官僚・政治家。 台湾総督府民政長官。満鉄初代総裁。逓信大臣、内務大臣、外務大臣。東 京市(現・東京都)第7代市長、ボーイスカウト日本連盟初代総長。東京 放送局(のちのNHK)初代総裁。拓殖大学第3代学長。

陸奥国胆沢郡塩釜村(現・岩手県奥州市水沢区吉小路)出身。後藤実崇の 長男。江戸時代後期の蘭学者・高野長英は後藤の親族に当たり、甥(義理) に政治家の椎名悦三郎、娘婿に政治家の鶴見祐輔、孫に社会学者の鶴見和 子、哲学者の鶴見俊輔をもつ。椎名さんは新平の姉の婚家先に養子に入った。

母方の大伯父である高野長英の影響もあって医者を志すようになり、17歳 で須賀川医学校に入学。同校を卒業後、安場が愛知県令をつとめていた愛 知県の愛知県医学校(現・名古屋大学医学部)で医者となる。

ここで彼はめざましく昇進し、24歳で学校長兼病院長となり、病院に関わ る事務に当たっている。この間、岐阜で遊説中に暴漢に刺され負傷した板 垣退助を治療している。後藤の診察を受けた後、板垣は「彼を政治家にで きないのが残念だ」と口にしたという。

1882年(明治15)2月、愛知県医学校での実績を認められて内務省衛生局 に入り、医者としてよりも、病院・衛生に関する行政に従事することと なった。

1890年(明治23)、ドイツに留学。西洋文明の優れた一面を強く認識する 一方で、同時に強いコンプレックスを抱くことになったという。帰国後、 留学中の研究の成果を認められて医学博士号を与えられ、1892年(明治 25)12月には長与専斎の推薦で内務省衛生局長に就任した。

1893年(明治26)、相馬事件に巻き込まれて5ヶ月間にわたって収監さ れ、最終的には無罪となったものの衛生局長を非職となり、一時逼塞する 破目となった。

1883年(明治16年)に起こった相馬事件は 突発性躁暴狂(妄想型統合失 調症と考えられる)にかかり 自宅に監禁されさらに加藤癲狂院(てん きょういん)や東京府癲狂院に 入院していた奥州旧中村藩主 相馬誠胤 (そうまともたね)のことについて

忠臣の錦織剛清(にしごおりたけきよ)が 「うちの殿様は精神病者では ない。
悪者たちにはかられて病院に監禁された。」 と、告訴したことに始まった。
結局この騒ぎは1895年(明治28年)に 錦織が有罪となって終結すること になった。


1898年(明治31)3月、台湾総督となった兒玉源太郎の抜擢により、台湾 総督府民政長官となる。そこで彼は、徹底した調査事業を行って現地の状 況を知悉した上で、経済改革とインフラ建設を進めた。こういった手法 を、後藤は自ら「生物学の原則」に則ったものであると説明している。

それは、社会の習慣や制度は、生物と同様で相応の理由と必要性から発生 したものであり、無理に変更すれば当然大きな反発を招く。よって、現地 を知悉し、状況に合わせた施政をおこなっていくべきであるというもので あった。

また当時、中国本土同様に台湾でもアヘンの吸引が庶民の間で常習となっ ており、大きな社会問題となっていた。これに対し後藤は、アヘンの性急 に禁止する方法はとらなかった。

まずアヘンに高率の税をかけて購入しにくくさせるとともに、吸引を免許 制として次第に吸引者を減らしていく方法を採用した。この方法は成功 し、アヘン患者は徐々に減少した。

総督府によると、1900年(明治33年)には16万9千人であったアヘン中毒 者は、1917年(大正6)には6万2千人となり、1928年(昭和3)には2万6千 人となった。

なお、台湾は1945年(昭和20)にアヘン吸引免許の発行を全面停止した。 これにより後藤の施策実行から50年近くかけて、台湾はアヘンの根絶に成 功したのである(阿片漸禁策)。

こうして彼は台湾の植民地支配体制の確立を遂行した。台湾においては、 その慰撫政策から後藤は台湾の発展に大きな貢献を果たした日本人とし て、新渡戸稲造、八田與一等とともに高く評価する声が大きい。

1906年、後藤は南満洲鉄道初代総裁に就任し、大連を拠点に満洲経営に活 躍した。ここでも後藤は中村是公や岡松参太郎ら、台湾時代の人材を多く 起用するとともに30代、40代の若手の優秀な人材を招聘し、満鉄のインフ ラ整備、衛生施設の拡充、大連などの都市の建設に当たった。

また、満洲でも「生物学的開発」のために調査事業が不可欠と考え、満鉄 内に調査部を発足させている。東京の都市計画を指導するのはこの後である。

その後、第13代第2次桂内閣の元で逓信大臣・初代内閣鉄道院総裁(1908 年7月14日-1911年8月30日)、第18代寺内内閣の元で内務大臣(1916年10 月9日-1918年4月23日)、外務大臣(1918年4月23日-1918年9月28日)。

しばし国政から離れて東京市長(1920年12月17日-1923年4月20日)、第22 代第2次山本内閣の元で再び内務大臣(1923年9月2日-1924年1月7日)など を歴任した。

鉄道院総裁の時代には、職員人事の大幅な刷新を行った。これに対しては 内外から批判も強く「汽車がゴトゴト(後藤)してシンペイ(新平)でた まらない」と揶揄された。しかし、今日のJR九州の肥薩線に、その名前を 取った「しんぺい」号が走っている。

1941年(昭和16)7月10日、本土(下関市彦島)と九州(当時、門司市小森江) をむすぶ、念願の日本ではじめての海底トンネルが貫通した。この日貫通 したのは本坑道で、それより先39年4月19日には試掘坑が貫通している。

新聞はこの貫通を祝っているが、関門海峡の海底をほって海底トンネルを つくる構想ははやくも1896年(明治29)ころからあり、当時夢物語のような この話を実現化へ向けて進言したのは、鉄道院総裁の後藤新平だったとつ たえている。[出典]『中外商業新報』1941年(昭和16)7月10日

晩年は政治の倫理化を唱え各地を遊説した。1929年、遊説で岡山に向かう 途中列車内で脳溢血で倒れ、京都の病院で4月13日死去。72歳。

虎ノ門事件(摂政宮裕仁親王狙撃事件)の責任を取らされ内務省を辞めた正 力松太郎が読売新聞の経営に乗り出したとき、上司(内務大臣)だった後 藤は自宅を抵当に入れて資金を調達し何も言わずに貸した。

その後、事業は成功し、借金を返そうとしたが、もうすでに後藤は他界し ていた。そこで、正力はその恩返しとして、新平の故郷である水沢町(当 時)に、新平から借りた金の2倍近い金を寄付した。この資金を使って、 1941年に日本初の公民館が建設された。今は
記念館になっているようだ。

後藤は日本のボーイスカウト活動に深い関わりを持ち、ボーイスカウト日 本連盟の初代総長を勤めている。後藤はスカウト運動の普及のために自ら 10万円の大金を日本連盟に寄付し、さらに全国巡回講演会を数多く実施した。

彼がボーイスカウトの半ズボンの制服姿をした写真が現在も残っている。 制服姿の後藤が集会に現れると、彼を慕うスカウトたちから「僕らの好き な総長は、白いお髭に鼻眼鏡、団服つけて杖もって、いつも元気でニコニ コ」と歌声が上がったという。

後藤はシチズン時計の名付け親でもある(彼と親交のあった社長から新作 懐中時計の命名を頼まれ、「市民から愛されるように」とCITIZENの名を 贈った)。 (再度掲載)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
  2007・04・15執筆



     
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話 の 耳 袋
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 ◎正恩氏排除へ…米軍が“秘密工作”開始、CIA長官「情報作戦を提示す る準備進めている」 制服組トップは日中韓を歴訪

世界最強の米軍が、グアム周辺への弾道ミサイル発射を予告した北朝鮮の 金正恩(キム・ジョンウン)政権に対し、軍事的圧力を強めている。ドナ ルド・トランプ米大統領が「軍事的解決策を取る準備は整っている」と警 告するなか、米軍制服組のトップ、ジョセフ・ダンフォード統合参謀本部 議長が韓国と中国、日本を歴訪し、朝鮮半島情勢について政府首脳や軍当 局との協議を行うのだ。ただ、武力行使ともなれば多大な犠牲が予想され る。正恩氏を排除する「秘密工作」も進行しているようだ。

ダンフォード氏は14日、韓国の青瓦台(大統領府)で、文在寅(ムン・ ジェイン)大統領と会談。聯合ニュースによると、鄭義溶(チョン・ウィ ヨン)国家安保室長や、李淳鎮(イ・スンジン)合同参謀本部議長、金炳 周(キム・ビョンジュ)韓米連合司令部副司令官らが同席する。

韓国での日程を終えた後、ダンフォード氏は中国と日本を訪れる。両国で も、政府首脳や防衛幹部らと北朝鮮情勢について協議するとみられる。北 朝鮮をめぐる情勢は日に日に緊迫している。

朝鮮中央通信は10日、朝鮮人民軍戦略軍がグアム島への弾道ミサイルの4 発同時発射を検討していることを明らかにした。作戦案を8月中旬までに 完成させ、総司令官である正恩氏に報告するとしている。

今月21日からは、韓国で定例の米韓合同軍事演習「乙支(ウルチ)フリー ダムガーディアン」(UFG)が始まり、来月9日には北朝鮮の建国記念 日を迎える。正恩政権がミサイル発射など、さらなる暴発に、いつ踏み 切ってもおかしくはない状況といえる。

その兆候ともいえる動きも発覚した。

聯合ニュースは13日、「正恩氏の公開活動2週間報じられず またミサイ ル発射準備?」との見出しの記事を報じた。

記事では、「これまでも、しばらく姿を見せなかった金委員長が弾道ミサ イルの発射実験に立ち会ったことが報じられたことから、今回も似たよう なパターンを繰り返すのではないかという見方がある」と指摘した。

聯合ニュースは一方で、正恩氏が姿をくらました背景について、米国内で 「北朝鮮への先制攻撃論」が浮上しているため、「軍事的報復を恐れて公 開活動を自制している」との観測もあるとも紹介した。

実際に、北朝鮮に武力行使となった場合、米兵や在韓米国人への影響は計 り知れない。このため、軍事リスクを熟知するジェームズ・マティス国防 長官は、外交による問題解決を訴えてきた。

北朝鮮の核・ミサイル開発阻止のため、あらゆる選択肢を検討しているト ランプ政権は軍事力行使以外のオプションも準備している。そのうちの1 つが、正恩氏の排除に向けた秘密工作だ。

米中央情報局(CIA)のマイク・ポンペオ長官は7月下旬、米紙とのイ ンタビューで、北朝鮮の非核化を外交的手段で実現させることが困難であ ると判断した場合に備え、トランプ氏に対して「(北朝鮮に対する)秘密 工作や戦友(国防総省)の支援などの情報作戦を提示する準備を進めてい る」と明らかにした。

ポンペオ氏はかつて、「正恩体制を核システムから切り離すことはできる と思う。北朝鮮の人々も彼が去るのを見たいと思う」と語ったことがある。

秘密工作とは、工作員による「正恩氏排除作戦」や、米軍特殊部隊の斬首 作戦に対する支援を想定しているとみられる。

今回のダンフォード氏の東アジア歴訪は何を意味するのか。

 評論家で軍事ジャーナリストの潮匡人氏は「米軍はあらゆる選択肢を準 備している。ダンフォード氏の東アジア歴訪は、同盟国や周辺国との最終 調整が目的だろう」といい、続けた。

「トランプ氏が過激な発言を繰り返しているが、当然、米軍から高度な情 報を得て、『条件が整えば武力行使もあり得る』と発信している。ダン フォード氏が今回、韓国と中国、日本を訪問するのは、北朝鮮が弾道ミサ イルを発射した後の米軍の対応について説明するためだろう。北朝鮮は月 内にグアム周辺に撃ち込む可能性が高い。当然、米軍は迎撃する。北朝鮮 は『迎撃は戦争行為とみなす』と公言しているので、何らかの攻撃を仕掛 けてくるのではないか。朝鮮半島の緊張はさらに高くなる。ダンフォード 氏は厳しい局面を想定して動いているはずだ」

【写真】
・  ダンフォード氏らを乗せたヘリ(左)がソウルで訓練飛行を行った (AP) ダンフォード氏らを乗せたヘリ(左)がソウルで訓練飛行を 行った(AP)
・  トランプ氏と金正恩氏の緊張が高まっていく(AP)
<http://www.zakzak.co.jp/soc/news/170815/soc1708150007-p2.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsPhoto>http://www.zakzak.co.jp/soc/news/170815/soc1708150007-p2.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsPhoto
【ZakZak】 2017.8.15 〔情報収録 − 坂元 誠〕


 ◎正恩氏排除へ…米軍が“秘密工作”開始、CIA長官「情報作戦を提示す る準備進めている」 制服組トップは日中韓を歴訪

世界最強の米軍が、グアム周辺への弾道ミサイル発射を予告した北朝鮮の 金正恩(キム・ジョンウン)政権に対し、軍事的圧力を強めている。ドナ ルド・トランプ米大統領が「軍事的解決策を取る準備は整っている」と警 告するなか、米軍制服組のトップ、ジョセフ・ダンフォード統合参謀本部 議長が韓国と中国、日本を歴訪し、朝鮮半島情勢について政府首脳や軍当 局との協議を行うのだ。ただ、武力行使ともなれば多大な犠牲が予想され る。正恩氏を排除する「秘密工作」も進行しているようだ。

ダンフォード氏は14日、韓国の青瓦台(大統領府)で、文在寅(ムン・ ジェイン)大統領と会談。聯合ニュースによると、鄭義溶(チョン・ウィ ヨン)国家安保室長や、李淳鎮(イ・スンジン)合同参謀本部議長、金炳 周(キム・ビョンジュ)韓米連合司令部副司令官らが同席する。

韓国での日程を終えた後、ダンフォード氏は中国と日本を訪れる。両国で も、政府首脳や防衛幹部らと北朝鮮情勢について協議するとみられる。北 朝鮮をめぐる情勢は日に日に緊迫している。

朝鮮中央通信は10日、朝鮮人民軍戦略軍がグアム島への弾道ミサイルの4 発同時発射を検討していることを明らかにした。作戦案を8月中旬までに 完成させ、総司令官である正恩氏に報告するとしている。

今月21日からは、韓国で定例の米韓合同軍事演習「乙支(ウルチ)フリー ダムガーディアン」(UFG)が始まり、来月9日には北朝鮮の建国記念 日を迎える。正恩政権がミサイル発射など、さらなる暴発に、いつ踏み 切ってもおかしくはない状況といえる。

その兆候ともいえる動きも発覚した。

聯合ニュースは13日、「正恩氏の公開活動2週間報じられず またミサイ ル発射準備?」との見出しの記事を報じた。

記事では、「これまでも、しばらく姿を見せなかった金委員長が弾道ミサ イルの発射実験に立ち会ったことが報じられたことから、今回も似たよう なパターンを繰り返すのではないかという見方がある」と指摘した。

聯合ニュースは一方で、正恩氏が姿をくらました背景について、米国内で 「北朝鮮への先制攻撃論」が浮上しているため、「軍事的報復を恐れて公 開活動を自制している」との観測もあるとも紹介した。

実際に、北朝鮮に武力行使となった場合、米兵や在韓米国人への影響は計 り知れない。このため、軍事リスクを熟知するジェームズ・マティス国防 長官は、外交による問題解決を訴えてきた。

北朝鮮の核・ミサイル開発阻止のため、あらゆる選択肢を検討しているト ランプ政権は軍事力行使以外のオプションも準備している。そのうちの1 つが、正恩氏の排除に向けた秘密工作だ。

米中央情報局(CIA)のマイク・ポンペオ長官は7月下旬、米紙とのイ ンタビューで、北朝鮮の非核化を外交的手段で実現させることが困難であ ると判断した場合に備え、トランプ氏に対して「(北朝鮮に対する)秘密 工作や戦友(国防総省)の支援などの情報作戦を提示する準備を進めてい る」と明らかにした。

ポンペオ氏はかつて、「正恩体制を核システムから切り離すことはできる と思う。北朝鮮の人々も彼が去るのを見たいと思う」と語ったことがある。

秘密工作とは、工作員による「正恩氏排除作戦」や、米軍特殊部隊の斬首 作戦に対する支援を想定しているとみられる。

今回のダンフォード氏の東アジア歴訪は何を意味するのか。

評論家で軍事ジャーナリストの潮匡人氏は「米軍はあらゆる選択肢を準備 している。ダンフォード氏の東アジア歴訪は、同盟国や周辺国との最終調 整が目的だろう」といい、続けた。

「トランプ氏が過激な発言を繰り返しているが、当然、米軍から高度な情 報を得て、『条件が整えば武力行使もあり得る』と発信している。ダン フォード氏が今回、韓国と中国、日本を訪問するのは、北朝鮮が弾道ミサ イルを発射した後の米軍の対応について説明するためだろう。北朝鮮は月 内にグアム周辺に撃ち込む可能性が高い。当然、米軍は迎撃する。北朝鮮 は『迎撃は戦争行為とみなす』と公言しているので、何らかの攻撃を仕掛 けてくるのではないか。朝鮮半島の緊張はさらに高くなる。ダンフォード 氏は厳しい局面を想定して動いているはずだ」

【写真】
・  ダンフォード氏らを乗せたヘリ(左)がソウルで訓練飛行を行った (AP) ダンフォード氏らを乗せたヘリ(左)がソウルで訓練飛行を 行った(AP)
・  トランプ氏と金正恩氏の緊張が高まっていく(AP)
<http://www.zakzak.co.jp/soc/news/170815/soc1708150007-p2.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsPhoto>http://www.zakzak.co.jp/soc/news/170815/soc1708150007-p2.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsPhoto
【ZakZak】 2017.8.15 〔情報収録 − 坂元 誠〕



 ◎「河野氏は及第点」「聖子氏は無遠慮」…永田町で流れる新閣僚の評 判、安積明子氏がリポート

第3次安倍第3次改造内閣がスタートして1週間が過ぎた。「仕事人内 閣」「脱お友達内閣」「有事対応内閣」などと呼ばれ、内閣支持率も下げ 止まった感もある。ジャーナリストの安積明子氏が、永田町で流れる新任 閣僚の評判を聞いた。

「野田氏は改造内閣の看板だ。安倍晋三首相が『謙虚な姿勢』を示したシ ンボルになっている。報道機関のインタビューも好評だが…」

自民党ベテラン衆院議員はこういい、心配した。

「ただ、就任会見で、いきなり『総裁選出馬宣言』は、ちょっと図々し い。前回総裁選では20人の推薦人も集められなかったのに、すっかり『ポ スト安倍』の最右翼気取りだ。あまり突出すると危ない」

 その野田氏と“姉弟”のように親しいのが、小此木八郎国家公安委員長。 民進党衆院議員はやっかみ半分で、「小此木氏の兼務は、国土強靱化担当 と防災担当だけ。前任者の松本純氏はもっと兼務が多かった。その程度の 評価じゃないの」と皮肉った。

小此木氏と同じ神奈川県選出で、「菅義偉官房長官枠」とささやかれる河 野太郎外相は好意的に受け入れられている。

 「今回、最後まで決まらなかった外相だが、政権に批判的だった河野氏 の就任には驚いた。父親の河野洋平元官房長官が慰安婦問題で日本と日本 人を貶めた『河野談話』を出した張本人だけに、官邸中枢が、日韓、日中 外交の矢面に立たせようとしたのは明白。それでも受けたのは偉い。現時 点で及第点だ」(自民党衆院議員)

内閣の目玉となる「人づくり革命」を担当する茂木敏充経済再生相は改造 直前、週刊誌に記事が出るとの噂が流れた。

「一部新聞が『外相就任説』を書くほど、安倍首相の信頼は厚いが、党内 での人望はイマイチ。閣僚起用を阻止しようとした他派閥の幹部が情報を 流した。これからも足を引っ張られる」(同)

最後に、自民党ベテラン秘書は「私にも閣僚絡みの情報が聞こえてくる。 今後いろいろ出そうだ」とため息をもらした。

【写真】
・ 河野外相 河野外相
・ 改造内閣の目玉、野田総務相
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/170814/soc1708140005-p1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsPhoto
【ZakZak】2017.8.14 〔情報収録 − 坂元 誠〕


 ◎北外相が「対話」打診…河野外相との意見交換で

北朝鮮の李容浩(リヨンホ)外相が、河野外相と6日にフィリピンのマニ ラで意見交換した際、「対話」を打診していたことがわかった。

北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)政権による核・ミサイル開発の阻止に 向け、日米などが国際的圧力を強めるなか、交渉の余地があることを示し て揺さぶるためとみられる。

日本政府関係者が明らかにした。

河野氏は6日夜、東南アジア諸国連合(ASEAN)関連外相会議の夕食 会の前、会場内で李氏と短時間、接触した。河野氏は李氏に対し、核・ミ サイル問題だけでなく日本人拉致問題も含めた包括的な解決に向け、2002 年の日朝平壌宣言に基づき具体的な行動を取るよう要求。これに対して李 氏は、「対話したい」との意向を伝えたという。

 李氏の発言は、トランプ米政権との直接交渉を念頭に置いている可能性 がある。米本土に到達する大陸間弾道ミサイル(ICBM)などの開発を 続けつつ、米国から譲歩を引き出す戦略とみられる。「トランプ米大統領 と懇意な安倍首相に『橋渡し役』を求めたのではないか」(日本政府関係 者)と見る向きもある。日本政府は真意を慎重に探る構えだ。
読売新聞8/15(火) 6:09配信




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読 者 の 声       
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 1)私の英語勉強法:前田正晶

私は我が国の学校教育における外国語、就中英語について言えば、誤りで あるとまでは断言しないが、少なくとも生き物であるはずの言葉を恰も科 学の如くに見做して”he Science of English”として、まるで数学のよう に教えていることがおかしいのだと主張して来た。即ち、「科学として英 語」にしてしまったのである。

念の為に、”science”を毎度引用するOxfordで見れば、”knowledge about the structure and behavior of the natural and physical world, based on facts that you can prove, for example by experiments”と なっている。私は言葉などというものは、これほど七面倒くさいものでは ないと信じている。

1980年代だったか、小田急線の車内でふざけて暴れ回っていた2名のアメ リカの(白人の)小学生を乗客が皆黙って見ているだけだった。そこで、 私は「義を見てせざるは勇なきなり」と立ち上がって、先ず”Behave yourself. boys.”と怒鳴り上げてから、”Where do you think you boys are? You are in a public transportation facility, by the name of Odakyu Railroad.”と説教した。

子供たちはシュンとなってとなしくなり席に着いたが、そのうちの1人が 何を思ったのか、”Where did you learn to speak English so well?”と 訊いてきたではないか。

私は”Do you think you’ve learned how to speak English? I’ve justbpicked it up myself.”と答えてここでも黙らせた。

自慢話と思われないように敢えて解説すれば「何処でそんなに英語が上手 く話せるように勉強されたのですか」との質問に「君たちは英語が話せる ようになる勉強をしたのか。私は話せるように自分で努力しただけだ」と 答えたのだ。

この昔話を持ち出した理由は「学校で教えられただけで自分で何もしなけ れば、簡単に話せるようにはならない」と言いたかったのである。

同時に、こういうことを英語で表す格好な例文であると思うので取り上げ た。この例文の特徴は何処にも所謂「難しい単語」など出てきていない点 だ。こういう単語だけで、考えようによっては難しいことが容易に表現で きるという良い例文になると信じている。

後述するが「単語をバラバラに覚えるのではなく、こういう例文を繰り返 し音読し暗記することが肝腎なのだ。換言すれば「流れの中でその単語の 使い方を覚えること」なのである。

日までに繰り返し採り上げてきた「私の英語勉強法」を、ここでは可能な 限り簡潔に述べていこう。それは一にも二にも「中学校1〜2年程度の教科 書を10回でも100回でも音読し続け、結果として完全に暗記できて何処か らでもスラスラと暗唱できるようにすること」なのである。「そんなこと で英語が解るようになるのか?」との疑問をお持ちの方は上記の英文を思 い出して欲しい。

繰り返し音読している間に自然にその文章の意味が解ってくるようになる ものだ。私はそうであると非科学的に立証している。それは、この音読と 暗記・暗唱だけで、中学1年から大学2年までの英語の試験で90点を切った ことは2回しかなかった。

特に勉強せずに、これだけで対応してきたのだ、念の為。「では解らない 単語に出会ったらどうする」とお尋ねになるだろう。答えは簡単で「その 度毎に辞書を引けば良い。そして絶対に教科書でも何でも書き込んではな らない」だけだ。

これは、「同じ単語を覚えるまで何度でも辞書を引けば良い」との提案で もあるのだ。先ほど「流れの中で」と言ったが、その意味は「同じ単語で も、前後の流れで全く意味や使い方が変わってくるものだ」なのである。

故に、「単語帳や単語カードなどを作るのはお止めなさい」となるのだ。 思いついた例を挙げておくと、”with”とは前置詞で「・・・ととも に、・・・と一緒に」とジーニアス英和にはある。

だが、”Are you with me?”では「私の言うことが解っていますか?」であ るし、”I am with 何とかかんとか Company.”では「私は何とかかんとか 会社の社員です」という意味になってしまうのだ。私は実際にここに挙げ た”Are you with me?が如何なる意味か解らなかった例をこの目で見ていた。

未だ不安に思われる方がおられるだろう。何度も採り上げてきた実例だ が、私の上智大学の同期生に横須賀から来た秀才K君がいた。彼の英語力 は同期の全員を驚嘆させた。試しにK君に勉強法を尋ねてみるとほぼ私と 同じで「音読、暗記・暗唱の繰り返しだけ」で、先ほど触れなかったが英 文解釈など一切することなく、その文章が何処で切れるか、何処が強調さ れている等々が解るまで音読し続けたというだけだった。

特に発音はnative speaker並だったし、会話の能力も言わばbilingualの 水準に達していたのだった。

これがまず最初の成功例である。これに意を強うした私は、偶然の機会で 中学校1年の男子に英語だけを教える家庭教師のアルバイトを見つけたの だった。そこで親御さんの了解を取って「暗記・暗唱の繰り返し」の学習 法で約2年間教えたのだった。そして、2年生になった頃には日常的な意思 表示を英語で出来るようになった。この中学生は、後に親御さんから聞い たのだったが、高校3年を終えるまでに英語は常にオール5との成績で、担 任の先生からは「英語教育だけが高校教育の全てだったら、この子は最優 秀だった」と評価されたそうだ。

3例目を挙げよう。1997年から某商社で入社2年目の若手を個人指導する機 会を与えられた。教え方はここに言うまでもない。だが、ここではもう少 し厳しくして「街を歩きながら、何でも良いからめに入ってくる風景を描 写して英語で独り言を言って見ろ。誰かが聞いていれば恥ずかしいなどと 言っているのならば、君の英語には将来はない」とも言った。

また、帝国ホテルの1階のロビーにあるサロンで多くの人が脇を通る席に 座って2人で英語だけで会話をすることを強制してみた。ここでも、「誰 かに聞かれては・・・といったような羞恥心は忘れろ」なのだった。

彼はあの多忙な商社の仕事をこなしながら努力して、1年半ほどで部内で もトップクラスの英語の使い手と評価されるまでに進歩した。ここまでで は、私を含めても「たった4件の成功例だ」との声があるのも承知してい る。だが、我が国の学校教育で「科学としての英語」で育った来た方々に は、「アメリカに行っても十分に通じたという成功例がありましたか」と 問いかけたい。

私は「学校の英語教育を無視しなさい」と申し上げる気もなければ、そこ までの蛮勇もない。ただ言えることは「学校の英語教育が何を目指してい るのか」との単純素朴な疑問の提示である。

これも、繰り返して指摘してきたことで、ある高校の女性の英語教師が 「ちっとも話せるようにならない」と非難されて憤然として言い返したこ とが、「私たちは話せるようにする為に英語を教えていない。英語とは生 徒を5段階で評価して優劣の差を付ける為の手段に過ぎないと知って貰い たい」だったのである。

誠に正直な先生だと思う。こうやって育てられた多くの生徒さんたちが成 長して社会に出てこられた後でどうなったかの実例を、私は数多く見てき た。それなのに、効果が上がらなかったと言って、小学校3年から今まで と同じ手法で教えれば、結果は変わらないのではないのか。



 2)看過できない陰謀説:前田正晶

私は何時の間にか、このMXテレビの「ニュース女子」に取り憑かれて楽し みにして見るようになっていた。14日夜はやや期待外れの感なきにしもあ らずな面もあったが、23時まで見ていた。終わりのところで出た、目下世 間を賑わしているとかで紹介された「陰謀説」なるものが面白かった。

色々と荒唐無稽な説が出た中で笑えたのは「安倍総理は加計だの森友だの と厄介な話題で攻められると、金正恩に依頼してmissileを発射させ ニュースをそちらに集中させ、世間の関心をそちらぬ向けさせて抑えてい
る」との陰謀説だった。

一方では笑えなかったのが「南北朝鮮が統一され核を持った国が出来るの で、我が国は自衛上も核兵器を持たざるを得なくなる」との説だった。登 場していた多くの論客たちは「韓国が統一後に主体となるので、極貧国の DPRKを背負えば、嘗てのドイツ統一後に西ドイツが東のような貧乏国を抱 えた為に、立ち直りに長期間を要したのと同じで経済的に苦境に苦しくな る」は大間違いであると主張したことだった。

即ち、「金正恩は自らが統一後の指導者になる為に統一を狙っているのだ し、多大なる軍備費を投じて核兵器もmissileも用意している。しかも、 文在寅大統領は北の経済的苦境は、その強力な軍事力を維持する為には、 自国の軍隊を捨てれば財政面を賄えるので、それで補うよう準備してい る。何れにせよ、九州の直ぐ近くに核を持った共産主義の国が出来るとい う、我が国にとって深刻且つ重大な危機となりかねない」のだそうである。

私には「必ずしも荒唐無稽な筋書きではなく、盧武鉉政権時代からの筋金 入りの左派であった文在寅替えが描きそうな筋立てだ」と思って聞いてい た。論客の誰かも使っていた表現だが、今や「カケだのモリだのと言って いる場合じゃない」のは確かだ。

トランプ大統領の周囲では、彼あの強硬な発言の打ち消しに懸命だし、ド イツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領も軍事力行使には反対し ている。

だが、アメリカのトランプ大統領はMr. Unpredictableであり続けて、今 や習近平に向かっても威嚇射撃をしているほどだから、事態は全く楽観を 許さないところまで来ていると思う。かかる事態に到っていても、野党と マスメデイア連合は安倍内閣打倒キャンペーンにかまけている気なのだろ うか。これも看過できない事態だ。


 3)「西暦2,500年から20世紀を振り返る・・・ある市井人の意見」

かつて東アジアの一角に、20世紀半ば、当時のローマ帝国・アメリカ帝国 主義国に敢然と挑んだ小国・日本という国があった。その地は山紫水明に 恵まれ岩清水の国とも呼ばれた美しい国であった。

彼ら西洋帝国主義国の潜在的野望は、文明理念を装いながら、実は西へ西 へ、また東、南から広大なシナ大陸の市場をわが物にせんという強欲に基 づくものであった。当時なぜシナ大陸にアメリカ人宣教師が7〜8000人も いたのだろう?彼らはシナ支配の先兵であったということだ。

そういうことが平然と行われていたのである。南京虐殺のシナリオを書い たのもアメリカ人宣教師/南京大学教授・ベイツであった(しかも彼は、 国民党政府の宣伝処長、つまり給料をもらう立場の工作員であった)こと も心する必要がある。

彼らは「神の言葉」を口にしながら、一方で、神の子に非ざる所業を堂々 と行っていたのである。何というダブルスタンダードであろうか。
南京虐殺を補完すれば、昭和13年ティンパーリによる『戦争とは何か』と いう本(英語版)が出版された。そこには日本軍による大量虐殺数が記さ れていた(基礎数字はベイツによる)。ところがその後出版されたシナ語 版では、その箇所が見事に゛削除゛されていた。これは一体何を意味する か?⇒当時の南京市民は南京戦の実態(大量虐殺はなかった)を知ってお り、「嘘がバレる」ことを恐れて削除したのだ。

この事実だけでも、南京虐殺を否定、逆喧伝できるのに、我が国の優秀 な?外務省は、何も行動することなく、長いこと日本軍の汚名が着せられ たままであった。

加えて当時、彼らの人種差別は残忍過酷を極めていた。それは長いキリス ト教の明暗含む歴史に、更に泥を塗るものであった。しかし彼らはなかな かそれを認めようとしなかった。嘘の上塗りで歴史隠蔽に無駄な努力を重 ねてきたのである。

宇宙の(真の、見えない潜在の)意思が「調和」にあるとすれば、いつしか 「不調和な状況を平衡に戻す」自然意思が働いてもおかしくない。かつ て、その意思を「宇宙プログラム」と呼ぶ賢人がいた。当時の日本は、ま さに人類の負の遺産を正に戻そうという宇宙意思に基づく時代の転換期に 遭遇していたのである。

日本の存在意義はそこに在ったといっても差し支えないだろう。敗戦とい う一面だけを見る勿れ。敗戦は悲惨、悔しくはあれど、あくまでも現象的 な一面である。見えない世界では、息を潜めるかのように、静かに「宇宙 プログラム」が進行していた。それは地球大、宇宙大のものであった。

しかし、21世紀初め、当事者である日本人の為政者、学者あるいはジャー ナリストたちには、そういう視点から壮大な文明の進展を考える人がいな かった。
(以上、仮に西暦2,500年記とした)

然して英霊の死は決して「犬死ではない!」という結論になる。現象だけ みたら、そうではないという言葉が飛んできそうだが、現象だけに執着す れば、「宇宙プログラム」は見えなくなる。それだけでなく、日本民族 は、こういう面からの文明的発信力をも失い、今後永久に、大東亜戦争が 単なる侵略戦争という汚名を着せられたまま、民族の精神も確実に萎えて 行くのである(いまその途上)。俗に言われる日本のシナ自治国化が仮に あると想定すれば、そのような精神状況下で行われるのである。心せ
よ日本人!

最後、英霊への慰霊とは、こういう「宇宙プログラム」を念頭において、 具体的な言葉と念をもって彼らの霊に捧げるべきものであると信じる。

*とかく目先のことに引きずられる日本人。農耕民族の欠点でもあろう か。文明史はロングスパンで眺める訓練が必要ではないか。明治時代、ロ ングスパンで日本通史を書き直した竹越与三郎の書『二千五百年史』(講 談社学術文庫)がある。彼は日本におけるマコーレーとも言われたが、ト インビーは、『歴史の発見』のなかでギボンと竹越与三郎の名を挙げてい る。これは日本にとっても名誉なことではあるが、日本では竹越の偉業を 継承発展させようという動きはない。今では竹越研究家が全国に数名いる かいないか風前の灯火だと聞いたことがある。

この事実ひとつ考えても、その後、日本人のちまちました性格が治らない 理由が頷ける。否が応でも、グローバル化が進む時代。たった一度の敗戦 ショックで未だ精神的に立ち上がれない日本人。日本人の好きな文化論に ばかり拘泥せず、もっと宏大で現実文明論という視点で世界史を眺める努 力が必要ではないかと思う次第である。(東京/濵田 實)


 4)私は「松山英樹は勝てない」と閃いていた:前田正晶

残念ながら、先頃の全米プロ選手権で松山英樹は勝てなかった。マスコミ 流に言えば「未だメジャーでは勝てなかった」となると思う。彼は大会前 までは世界のランキングの第3位にあり、優勝候補だと彼らが騒いでい た。私も勝てれば良いなと思っていたが、世界はそれほど簡単ではないの ではとも見ていた。そして、大会が始まって好位置に付けたと報じられた 辺りで「彼の優勝は無理では」と閃いた。

勿論、閃きの通りにならねば良いとは期待したが、閃きの結果を恐れ折角 フジテレビが中継放送をしているのを極力見ないようにしていた。14日 も、偶々チャンネルを合わせた時点で1位にあると知らされて「これは駄 目だ」と閃きが追い打ちをかけてきた。

それは簡単な理屈で「彼は未だメイジャー(何度も言ってきが”major”を 何処の世界で「メジャー」と発音するのか)での勝ち方を知らないだろ う」と閃いたからだ。私はこれまでにも「勝ち方を知らない」と述べたこ とがあった。これは大きな試合で優勝する為には、それまでに「如何なる 練習を積んできたか」と同様な重みを持つのが「如何なる精神状態で試合 に臨めるか」であるとともに「ここぞという場面で、普段の練習と同じよ うな精神状態が維持できているか」であると、経験上でも考えてきた。

「何のことか解らない」と言われる方もおられるだろうが、もしもゴルフ をおやりならば、私的なというか仲間内の試合でも優勝を決めるパットを 打つ時にどれほど緊張されたかを思い出して頂きたい。そこで平常心で打 てたならば優勝できるのだ。松山君はその1位になった後では平常心を維 持できていなかったのか、3つものボギーを叩いて脱落していた。

だからと言ってインタビューに遭って、その後に落涙した辺りは厳しいこ とを言えば「一寸ねー」だった。察するに、自らの至らなさと残念さが重 なったのだろう。「勝つ」ということは、それほどに精神的な要素も入っ てくる難儀なことなのである。彼松山君がその点を痛いほど認識させられ たのだろうと思って見ていた。次に期待しようと言っても「メジャー」は 来年までないのだ。

それにつけても、ゴルフの世界では「何故メイジャートーナメントに勝て ないと云々」と言うのだろう。私は寡聞にして知らない。誰がそういう基 準を設けたのだろうか。獲得賞金以外の名誉が肝腎なのだろうか。難儀な 世界だ。



 5)「タイムリー」だの「メジャー」だの:前田正晶

15日は雨天で甲子園の野球はお休みらしい。あれを止めろとは言いなが ら、こう鬱陶しい天候が長引けば時々はそれこそ暇つぶしと好奇心で見て いる。

そこで気になるのが「カタカナ語の宝庫だ」と長年くさしてきた野球用語 が聞けることだ。一方では「松山英樹がメジャータイトルを取れるか」と の話題がマスコミを賑わしていた。そこで、カタカナ語排斥論者としては 立ち上がって分析することにした。

先ずはメジャーだが、これは今日までに繰り返し批判してきた通り で”major”は「メイジャー」に近く発音するもので、メジャーに近い英語 の単語は”measure”しかないのだ。全ての有識者は恥じることももなくメ ジャーと言い書いているのは、如何なる神経の持ち主かと呆れている。文 科省は英語教育を小学校からと言うのならば、大人の誤ったカタカナ語の 使用を禁じることから始めたら如何か。

野球の中継を聞いていてある原則に今頃になって気が付いた。それは「カ タカナ語にする際には、元の英語の頭の部分を採って造成する」という手 法があったのだ。その解りやすい例を挙げてみよう。それは戦後間もなく は”timely hit”との英語を導入しNHKは「適時打」と訳して使っていたもの。

それが、何時の間にやら「タイムリー」と省略してしまったようなもの だ。”timely”だけでは何の意味も為さないのにも拘わらず、適時打と誰も が解釈しているようなのが凄いと思う。

他にも「フリップ」というのもある。これは元はと言えば”flip chart”の ことだとは思うが、誰でもが「フリップ」と言っているのはおかしくもあ り悲しくもある。それは当然学識豊かであるはずの方々がテレビ局に指示 でもされたのか、躊躇うことなく「フリップ」と言ってしまうのだ。あの 方々は何処かで英語を勉強されたはずで、”flip”の意味くらいはご承知で あろう。テレビ局に「君、それはりだよ」くらいは仰せになるはずだと期 待したいのだ。

私が静岡放送にお世話になっていた時に、当時の厳しいデイレクターのG 氏に「まさか、フリップなどという言葉は使わないのでしょうね」と確認 したところ「安心しなさい。私はキチンとチャートと言って貰うよう出演 者に伝えてある」と答えられて安心したものだった。それなののキー局で はあの惨状である。

このように頭だけ採る例には他にも「インフル」がある。これがどれほど 奇妙であるかは何度も指摘した。「インフル」では「他も”influence”が あるではないか」と言った。しかも、英語には短縮した言で”flu”=フ ルー」があるとも紹介した。だが、頭取り方式を打破するまでには到らな かった。

この手にはファーストネームを恰も名字のように考えて使う「マイケルさ ん」(マイケル・ジャクソンやマイケル・ジョーダン)があれば、「ポー ルさん」(ポール・マッカートニー)もある。私は、あれはファースト ネームもファミリーネームも区別できないのだと思っていたが、どうやら 頭取り方式だったと思えば納得できると気が付いた次第だ。

しかし、劣等感を「コンプレックス」としても通じてしまうという、後半 を採るという恐ろしい例もある。思うに、あの元の英語が”inferiority complex”だと知らない人が多いのだろうが、学識経験者の方々が何時の日 かは誤りを指摘されるかと、ここでも密かなる期待は抱いている。何でも 縮める文化が我が国の特徴だが、元の英語の意味を乱すような短縮は控え て貰いたいのだが。


 6)朝日新聞デイジタルでは:前田正晶

朝日新聞デイジタルが「安倍晋三首相は不戦の決意を表明する一方、アジ ア諸国への加害と反省に5年連続で言及しなかった。」と報じていた。即 ち、朝日は先の大東亜戦争では我が国が侵略したと反省したいようであ る。流石に朝日新聞だ。

再び14日夜の「ニュース女子」から引用するが、これに登場した藤井厳喜 他の論客は「あれは侵略ではない。侵略とは国の形になっているところに 攻めていけば侵略だが、仏領インドシナ、蘭領インドネシア等は皆植民地 であるから侵略ではないのだ。

我が国が攻め込んだことで、彼らは解放されて独立できたのである。論よ り証拠で、インドネシアはそれに感謝して独立の志士の立像を防衛庁に寄 贈している」と指摘していた。

彼らの指摘が何処まで正しいかは、私などには俄に判断できない。だが、 総理の発言の基調には藤井厳喜以下の考え方があるように思えてならな い。しかし、偏向する朝日新聞が見れば「謝罪がない」となるのだろう。 罪なき一般大衆がこういう記事をどのように読むかが、我が国における問 題点ではないのか。

朝日新聞は聞くところでは発行部数が往年の800万から660万に落ち込み、 その20%が押し紙と指摘されている。そこまで低迷すると、デイジタル版 でで何か言うしか影響力を維持できないとでも自覚しているのか。



 7)29/08/15  「世界大の根本原因を見よ」
NHKのインパール作戦の番組を見た。ご承知の方も多いと思うが、結果は 戦死者3万人、戦傷者4万人。4か月制圧作戦が、お粗末な兵站計画によ り、3か月目にして早くも雲行きが怪しくなり、最後は「白骨街道」で知 られるように、日本軍が後退を余儀なくされ、日本兵がバタバタと死んで 行く結果となった。

この地は有名なスコール地域。当時も降雨量1,000ミリ、雨は濁流となっ てチンドウィン河の河幅を広げ、傷ついた兵士らの行く手を妨げた。この 河口付近で、何と戦死者の30%が生を絶ったという凄惨さ。その総指揮を とったのが、戦闘に前のめりになった牟田口中将(1966年没、享年77歳) であった。彼は「大東亜戦争で何が何でも勝ちたい」「大東亜戦争の結末 は自分が見届ける」が口癖であった(ナレーションによる)。

最後の総括だが、そもそも本作戦の総責任者は誰か?・・参謀本部は、 「参謀本部が命令したことはない」「あれは牟田口中将、南方方面軍、ビ ルマ第15師団が計画したことだ」と。しかしどうだろう。これだけの兵員 移送で大本営が責任なしといえるかどうか?あり得ない話ではないか。

私の友人はいま歴史研究会で、そもそもの原因を調査研究中。それは、ど うも瀬島隆三を中心とする中央軍幹部(コミンテルン指令を受けた)の連 中が、尾崎秀実的に満洲軍の兵力分散を内側から巧妙に誘導指揮してきた 結果ではないか?と。ガダルカナル作戦にしても然り、その他も・・。戦 争は補給ラインを確保できなければ勝機はないのが常識である。

戦争を振り返るとき、この作戦だけにのめりみすぎて、「無謀な戦争」と いう一言で総括すると、戦争の全貌が見えなくなる。戦争全体の真実も観 えなくなる。戦争は「相手」「他社」があってのものだ。農耕民族である 日本人は、ときおり(いつも?)、他社の存在を見失うことが多い。その 典型は広島市における「平和宣言」である。

そこにはアメリカという「他社」の存在は皆無であり、悪いのは日本人、 それも当時の東条英機をはじめとする戦争指導者・軍人のみ・・という子 供じみた図式に落ち着いて憚らない。国際共産主義、ルーズベルト・・と いった他社の動きを見なければ、真実は分からない。

インテリジェンス能力が問われる所以である。

*この番組では、次の観点が脱落しています。「インパール戦争とは、大 東亜戦争中の戦闘の1つで、大日本帝国陸軍とインド国民軍とで行われた 共同作戦である『インパール作戦』のことであり、インドではこの呼称で 呼ばれる」浜田 實



 8)White supremacy:前田正晶

トランプ様は色々なところで厄介なことを為さる方というか、発言を為さる方だと思う。取り上げる我が親愛なるマスコミも十分に注意して欲しい。

今度は「白人至上主義」(=White supremacy)である。また、こヴァージニア州で起こった騒動をマスコミが色々と伝えているが、そこにトランプ様が絡んでややこしくしてしまった。

私はこのところ「アメリカでは従来の少数民族(=minorities)が白人の人口を超えるのはそ、う遠い先のことではあるまい」と述べてきたほど、世界各地域から押し寄せる合法・非合法の移民が増えている。しかし、アフリカ系の人たちの多くは近年アメリカの移住してきた者たちではない。彼らは「逆差別」と言われるほど方々で優遇措置が採られていた。だが、私は22年余りのアメリカの会社勤務中に、アフリカ系の人たちと膝つき合わせて語り合う機会などなかった。

だが、彼らアフリカ系を個人的には酷評する人には何人も出会っていた。また、娘さんがアフリカ系の男性と結婚してしまったマネージャーがいて、「彼の前ではお嬢さんに触れてはならない」と予め警告されたこともあった。別な家庭では、アフリカ系と結婚した娘さんの子供が遊びに来ていた時に訪問してしまい、ただ一人肌の色が異なる男の子に出会い、どう振る舞えば良いかに悩んだこともあった。

マスメデイアにはアメリカに特派員(英語では単にCorrespondentだが、何で大時代な特派員などと未だに呼ぶのか)とやらを置いているのだから、アフリカ系の人たちが歴史的にも如何なる立場や地位にあるかを省略して報道したのでは、あの騒動の意味が真に我が国の視聴者や読者に解って貰えないと思うのだ。

私がここに敢えて上層にある白人の酷評を再現する必要はないだろう。だが、私は正直なところ、アフリカ系の人たちがスポーツや音楽・芸能等の分野であれほど活躍し、白人たちをentertainしているのだから、そういうことを評価しているのかと思えば、白人至上主義社やKu Klux Klan(秘密結社だそうだ)はあのような騒動を起こすのか解らないのだ。トランプ様のご発言も(後に訂正したが)軽率の誹りは免れないと思う。

テレビや新聞はこんな難しい問題を「本日のトピック」の如くに扱いたいのならば、もっと慎重に注意して取りかかるべきではなかったか。私には何の為に起きた騒動か良く理解できていないし、誰がどのように解決すべきかも不明だ。



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身 辺 雑 記
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16日の東京湾岸は曇天、やがて雨になる。今夕は楽しい会合がある。

8月15日を「終戦記念日」という人がいるが正直に『敗戦』と言ったらど うか。昭和20年8月15日。秋田にいて国民(小)学校4年生だった。快晴 だった。電燈を黒幕で覆う「灯火管制」を今夜からしなくていいんだとと てもうれしかったことを覚えている。

その約1か月前に学校で教わった通り「カーン」という敵(アメリカ)の 艦載機特有の音をさせて2機が飛んできた。妹とキュウリ畑に隠れて見上 げるといきなり白い煙を吐いて落下してきた。落下したのではなくて走行 中の貨物列車の機関車への機銃掃射のための急降下だった。80を過ぎた今 でも鮮明に覚えている。

釜石への艦砲射撃もあの頃。その地響きが日本海側の秋田まで伝わってき た。日本は狭いんだとつくづく思った。
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渡部 亮次郎 <ryochan@polka.plala.or.jp>

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