政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針4431 号  2017・8・1(火)

2017/08/01

 
   
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わたなべりやうじらうのメイ ルマガジン「頂門の一針」4431号
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           2017(平成29)年8月1日(火)



          「最先端AI技術を中国から守れ」:宮崎正弘

       日本こそ劉暁波氏の人権問題について:櫻井よしこ

        蕪村生誕地を証明した「1通の書簡」:毛馬一三

               「浜辺の歌」であわや:渡部亮次郎                          
                        話 の 福 袋
                           読 者 の 声
                           身 辺 雑 記


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第4431号
                             発行周期 不定期(原則毎日発行)
             
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「最先端AI技術を中国から守れ」
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成29年(2017)7月31日(月曜日)
        通算第5376号   
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 アメリカの「最先端AI技術を中国から守れ」とペンタゴン内部文書
  シリコンバレー、すでにAI研究開発の29社に中国資本
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次世代AI開発に米国は向こう3年間に180億ドルを投じる。主目的は軍 事ロボット、派生して民間転用できるテクノロジーは医療、介護、自動運 転などに使われるだろうと言われる。

研究開発のメッカはカリフォルニア州のシリコンバレーである。

ところが合弁、ベンチャーキャピタル、企業買収、株主参加など巧妙な手 口で中国が浸透しており、すでに29社が中国資本となんらかのアクセス があるという。

ペンタゴンは内部報告を出して、「いかにして中国のアクセスを阻止でき るか」、緊急に対策を講じるべきだと警告している(アジアタイムズ、7 月29日)。

米国では「先端企業、とりわけ国家安全保障との係わりのつよいところへ の外国の買収を認めない」と監査するCFIUS(外交資本審査委員会) があるが、「企業買収」の形態を踏まえず、また新分野であるAIの研究 開発という最先端テクノロジー防衛に関して具体的な監査機関がない。

「アメリカに開発させて、その成果をごっそりいただこうとしている」と 中国ならびに他の敵性国家を警戒するのだが、シリコンバレーは、そうし て危機意識が薄く、就中、ベンチャーへの資本導入には国籍を問わず熱心 な技術者、学者、企業家が目立つ。

ましてシリコンバレーは政治思想的にはリベラル一色、トランプ政権を支 持する企業家やビジネスマンはことのほか少数である。

「カンヨン・ブリッジ・キャピアル」という怪しげなベンチャーが「ラ ティス半導体」(オレゴン州ポートランド本社)に買収を仕掛け、途中で 世論の反対がでて退けられた。

この怪しげなベンチャーファンドは中国系だった。

すでに中国がAIならびに先端軍事技術、暗合技術の取得のために、米国 に投下した金額は99億ドルに達する。

アメリカの先端企業に浸透する中国スパイ、無節操でカネに転びやすいア メリカ人専門家などが秘密のネットワークを地下組織的に構築したと見ら れ、いかにアメリAが防御策を講じようとも、漏洩は不可避的である。

いずれ中国はAI技術においてアメリカを凌駕する可能性上がると、ペン タゴンの専門家は強い警告を発している。
        
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 戦地で激闘の苦難と戦ったのは皇軍兵士だけではなかった
  兵隊とともに歩み、戦い、散った軍馬百万頭の悲劇があった
 
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加藤康男『靖国の馬――戦場に散った100万頭』(祥伝社新書)
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ちょうど靖国神社へ行く所用ができた。本書にしたがって、境内右奧の小 粒な広場に達つ『戦没軍馬慰霊像』を拝観し、合掌した。

軍馬は戦争中に『天皇の御分身』として配属され、およそ百万頭が戦地に 散った。帰国した馬は1、2頭しかなかった。この戦争馬の運命を著者は 克明に辿った。珍しい記録である。

あの大東亜戦争は「人馬一体の戦争」だったと加藤氏は言う。

「軍馬は斥候や先陣を駆けめぐる乗馬として、また重い火砲を挽く輓馬と して、軍需品を背負い搬送する駄馬として、戦地に赴いた。そのほとんど が祖国復帰を果たせず、屍を野辺に晒したもの数知れず」だった。

評者(宮崎)、じつは高校時代、馬術部である。
 
朝夕の馬の手入れ、食事、便の処理、食料の確保と配合など、乗馬の裏を 支える作業の重要性も知っているが、なによりも馬術部での貴重な経験と は、馬が人間の心理を読み取り、そして賢い馬には精神が宿り、仕草に よって会話が成立することである。

じつに賢い動物なのである。
 
いまひとつ教わったのは蹄(ひづめ)のことだった。

日本の馬は草原や農耕地を走るので、岩盤や曠野を走った大陸の馬とこと なり、明治時代まで蹄を必要としなかった。箱根などを超えるときに草鞋 を履かせた。蹄鉄技術がなかった。

日本の馬は小粒であり、堂々とした体躯で長距離を疾駆するわけにはいか なかった。だから日清・日露戦争を前にして、日本は急遽、フランスとド イツからヨーロッパの蹄鉄技術を学び、外国人技術者を招聘し、学校も開 設し、蹄鉄をマスターし、騎馬戦を戦った。

加藤氏によれば「西欧式蹄鉄文化が入ってきたのは江戸末期のことで、歌 川広重などの浮世絵に描かれた馬はみな草鞋姿である。大老井伊直弼は蹄 鉄に興味を持ち、自分の馬にも蹄鉄を装着させたとの記録(ロバート・ フォーチュン『幕末日本探訪記』)もあるが、普及するのは明治以降とな る」(184p)
 
昭和16年に封切られた映画『馬』は高峰秀子が主演である。
 
「この映画の最大の見せ場は農家の娘、高峰秀子が丹精こめて育てた馬 が、馬市で高値がついて軍に買い取られてゆくシーンであろう。愛馬と別 れるのはいかにも辛いが、この手で育てた馬が戦地でおくにのために働く のだという感慨もまた、生産農家の励みでもあった」のである。

ほかにも珍しい逸話として、俳優の池部良が戦争中は輜重部隊小隊長で、 輸送船団で馬を南方へ搬送する任務についたときの回顧談がある。

「出発前、池部小隊長は中隊長に対して、こう進言している。『で、向こ うへ着いてからの馬糧はどうするんですか。苦労をかけて連れて行き、敵 の弾丸に当たって死ぬならまだしも、食べるものがなくてむざむざと死な せてしまうのは、あまりにも残酷だ』」。

しかし、島に上陸する前に敵潜水艦攻撃で船は水没し、500頭あまりが 「南瞑の没したのである。兵はそれでも友軍に拾われることがあるが、爆 破された輸送船から救出された馬は1頭たりとも記録にない」(24p)。
 晩年の池部良氏は名エッセイストとしても知られ、原稿を頼んだりで、 評者は何回かあったことがあるが、この話は聞いてことがなかった。
           
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▼読者の声 ▼どくしゃのこえ ■READERS‘ OPINIONS
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(読者の声1)「明治150年記念シンポジウム」のお知らせです。
来年は明治維新から150年、大河ドラマも西郷隆盛。明治の御代を生きた 人々の歩みを振り還り、明治維新の意義を再確認する会です。

            記

とき   10月29日(日曜日)午後1時
ところ  星陵会館(千代田区永田町)
       http://www.seiryokai.org/kaikan/map.html
主催   「明治150年記念シンポジウム実行委員会」(電話            3305−8470)
後援    産経新聞社
入場無料

パネリスト 「明治人 福沢諭吉」  渡邊利夫
      「明治維新と政教関係」 阪本是丸
      「山県有朋と地方自治構想」松元崇
      「明治の精神と文藝」  新保祐司
コーディネーター 金子宗徳



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(読者の声2)宮崎先生と室谷さんの新刊対談本『赤化統一で消滅する韓 国、連鎖制裁で瓦解する中国』(徳間書店)を読み終わりました。

新聞には絶対出ない、文在寅政権の裏情報、その北への屈辱的な対応、統 一への野心など、了解できました。

なにしろ、こういう真実の視点からの韓国と中国分析は日本の新聞をよん でいたら、まるでお目にかかれない。
いったい日本の韓国報道とは何だろうと思いました。
                    (GH生、横浜市鶴見区)



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(読者の声3)トランプさんはほんとうに反知性主義の人なんですか?
台湾鴻海の郭(台銘)さんをホワイトハウスに招いた際の写真をみました が、お二人とも「越後屋」にしかみえません。
クリント・イーストウッドにいきなり弾を浴びせられるあちら側の人で す。帰台された郭さんは「ワイの祖国はグローバル・マーケットや!」と 仰せられたとか。「●商」ですね。(浪子)


(宮崎正弘のコメント)トランプ政権、急速にレイムダック化しています ね。大統領弾劾は切り抜けるでしょうが、共和党が、もはや大統領から離 れつつある。その決定打がオバマケア法案廃棄への圧倒的反対。大統領拒 否権を行使しても、議会の決定を覆せないでしょうトと見ている内にトラ ンプは署名してしまった。

つぎに選挙を根気強く戦って共和党をなんとかまとめたフリーバス首席補 佐官の更迭。これでは次の選挙を戦えない。

トランプの再選は難しくなりました。 

そのうえ露骨にキッチン・キャビネットを前面にだしてきたため、保守層 が離れつつあります。家族が政治決定の前面にでてきたら国民は離れます。
 ビル・クリントンが初期にヒラリーを委員会座長に指名したとき、さす がのリベラルメディアも「われわれはヒラリーを撰んだのではない」と ブーイングでした。
 これほどの窮地に追い込まれた主因はメディアのトランプ引きづり降ろ しキャンペーンですが、自業自得の要素が強く被(かぶ)さりますね。
 となると起死回生の窮余の策とは? 
金正恩へのミサイル見舞いでしょう。



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(読者の声3)「歴史はしょせん物語」を目にしたので、下記参考まで に。『歴史とはなにか』岡田英弘(文春新書、2001年)
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歴史は物語であり、文学である。言いかえれば、歴史は科学ではない。科 学を定義すれば、まず第一に、科学はくりかえし実験ができる性質があ る。歴史は一回しか起こらないことなので、この点、科学の対象にならない。
 第二に、もっと重要なことだが、それを観察する人がどこにいるかの問 題がある。
科学では、粒子の違いは問題にならない。みんな同じだとして、それらを 支配する法則を問題にする。ところが歴史では、ひとりひとりはみんな違 う。それが他人に及ぼす機能も違う。それを記述する歴史を書く人も、歴 史を読む人も、みんなが同じ人間だ。
そういうわけだから、歴史は科学ではなく、文学なのだ。
 
もう一つの歴史の重要な機能とは、「歴史は武器である」という、その性 質のことである。文明と文明の衝突の戦場では、歴史は、自分の立場を正 当化する武器として威力を発揮する。 以上。
(TA生、川崎市)
 

(宮崎正弘のコメント)岡田英弘先生独特の世界。中国の王岐山が、「ト クビルに加えて、日本の歴史家で、この人の本を読んでいます」と訪中団 に答えたのが、じつは御指摘のこの本です。
 先々月、氏は急逝されました。小生も通夜に行ってきました。



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(読者の声4)貴誌7月28日号「読者の声1」として加藤清隆先生の意 見がありました。

私も加藤先生と同様に、宮崎先生の「安倍首相も朝日、毎日、東京新聞や テレビはフェイクと断定して真っ正面から勝負を挑めば、支持率なんぞす ぐに70%台を回復すると思いますよ」とのご意見には全面的に賛成です。

しかし、その後で加藤先生はこうもおっしゃっています。

「ただ現実には、インターネットをやらない高齢男性や女性は、今の新聞 やテレビの大部分が「フェイク・ニュース」であることを知りません。 (略)支持率急落の中心的役割を担っているのが、この高齢男性と女性で、 (略)。また高齢男性と女性は選挙で投票する率が最も高く、「フェイク・ ニュース」に惑わされた人々によって、先の都議選や仙台市長選は自民党 候補が負けました」
云々。
 私は早期に解散をして、その際に、宮崎先生がおっしゃるように、「安 倍首相も朝日、毎日、東京新聞やテレビはフェイクと断定して真っ正面か ら勝負を挑む」と同時に、消費税の現行8%を5%にする案を政策として 掲げて選挙戦を戦えば必ず勝てると思うのですが、「フェイク・ニュー ス」に惑わされた人々に、それが「フェイク・ニュース」であると知らし めるにはどうしたらいいでしょうか。

恐縮ですが、先生のご意見をいただければ、と存じます。

 なお、消費税の現行8%を5%にするなどといえば、財務省を初め、大 新聞や評論家、政治家などの大反対に遭うこと必定でしょうが、消費税 5%に下げた結果、景気が良くなり、給料も上昇し、税収は増えて良いこ とずくめになるはずです。日銀が6度も先伸ばしにした物価目標の2%な ど、指呼の間だと私は思います。
 また、同号には(読者の声4) として、SSA生さんから「最近のマスコミ の動きを見ていると、単に各社が独立して「背乗り」されているのではな く、マスコミを網羅したなにがしかの指揮系統が存在しているような感じ をうけます」。
そして、「経済活動が健全に行われているかについては『性悪説に立脚す る』公正取引委員会があるのに、最も重要な民主主義的社会を護るための 方策が今はないのです。 (略)公正報道委員会がわが国には必要と思いま す。」とのご意見がありました。私も全く同じように感じます。
 

昔はソ連の指令に基づいていたようですが、現在は中国ではないかと存 じます。これについては、SSA生さんに全く同感です。
 なお、『加計学園問題の報道について』
https://sns.orahonet.jp/blog/?key=12322
をご覧いただければ幸甚です。
(唯臥独村)


(宮崎正弘のコメント)妙手は、実況中継の記者会見を利用し、直接テレ ビで国民に訴えることでしょう。


            
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日本こそ劉暁波氏の人権問題について
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           櫻井よしこ

「日本こそ劉暁波氏の人権問題について中国政府に厳しい意見を言うべき とき」

7月13日、ノーベル平和賞受賞者で中国の民主化運動の精神的指導者、劉 暁波氏が死去した。中国を愛する故に最後まで中国にとどまって闘った劉 氏の死を、深く悼みたい。

中国当局が劉氏の末期がんを発表したのが6月26日、それからひと月もた たない死亡だった。中国への厳しい批判が相ついだのは当然だ。劉氏がそ こでの治療を望んだドイツは、ガブリエル外相が劉氏のがんはもっと早く 発見されるべきだったと批判し、英国もフランスも、劉氏の海外での治療 を許さなかった中国を、明確な言葉で非難した。

日本政府は菅義偉官房長官が14日午前の記者会見で「心から哀悼の意を表 し」「引き続き高い関心を持って、中国の人権状況を注視していく」と 語った。菅氏は「詳細は差し控えるが、さまざまなルートで日本政府の考 え方を中国に伝えていた」とも語ったが、これは日本政府が中国側に、劉 氏の海外移送や治療について、最大限の支援を申し入れたことを指すと思 われる。

萩生田光一官房副長官の説明だ。

「中国からはドイツより、日本の方がずっと近い。移送の際の劉氏への負 担は、日本が引き受ける方がずっと少ない。われわれが支援を申し入れた のは当然ですが、中国政府は、何もしてもらうことはありませんという 素っ気ない回答でした」

弾圧に苦しむ人々のため、最大限の支援は当然である。日本政府が支援を 申し入れたことは評価したい。しかし、支援申し入れも劉氏の死を悼む言 葉も、なぜこうも控えめなのか。

また日本国全体の反応の何と鈍いことか。国会では野党は7月20日現在も 加計学園問題に拘り続けている。同問題は、前愛媛県知事の加戸守行氏が 7月10日に国会で行った証言で、事実上、終わっている。

しかし、「朝日新聞」「毎日新聞」、NHKなどが、ニュースで加戸氏発 言をほとんど伝えないために問題の本質は理解されていない。メディアは 加計問題の政治利用にかまけて中国の人権問題など二の次ではないか。

日本の国会と米国の議会の相違も際立つ。シンクタンク「国家基本問題研 究所」企画委員で福井県立大学教授の島田洋一氏の指摘だ。

「下院外交委員会のクリス・スミス議員(共和党)は自らが委員長を務め る小委員会で在米の中国民主活動家らを招いた公聴会を14日に開催しまし た。共和党のエド・ロイス外交委員長、民主党のナンシー・ペロシ院内総 務も出席して、劉暁波氏の死が超党派の重大関心事であることを印象付け ました」

「さらに死去前日の12日には、テッド・クルーズ上院議員(共和党)が本 会議場で演説し、『北朝鮮の独裁者金正恩氏ですら、北朝鮮で拘束されて いた米国人学生、オットー・ワームビア青年を最後に故郷へ帰した。習近 平氏も同程度の人権感覚は示せるはずだ』と演説し、劉暁波夫妻の即時出 国を求めました」

翻って日本では、野田聖子衆院議員を団長に、与党の女性国会議員団9人 が12日、即ち劉氏の危篤が報じられた日に中国の招きで訪中した。深刻な 人権問題として、劉氏の一件を取り上げずに済むタイミングではなかろう に、野田氏らが取り上げた形跡はない。こんな意識の低さで政治家が務ま るのか。

米国が国際社会でOdd man(のけ者)視され、求心力を失いつつあ る一方で、中国が米国に取って代わる動きを見せている。

基本的人権や自由の尊重、民主主義の擁護の価値観と明確な戦略を掲げ て、世界の秩序を維持してきた米国が後退するいま、日本への期待は価値 観の擁護者としての役割だ。

日本こそ他のどの国よりも劉暁波氏の件について中国政府に厳しい意見を 言うべきときなのである。
『週刊ダイヤモンド』 2017年7月29日号
 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1192 


            
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蕪村生誕地を証明した「1通の書簡」
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            毛馬 一三

松尾芭蕉、小林一茶と並ぶ江戸時代の俳人与謝蕪村の生誕地が、大阪毛馬 村(大阪市都島区毛馬町)だということは、江戸時代当時から知れ渡って いると思っていた。

仮にそうでなくとも、明治時代になって、蕪村俳句を初めて評価し世に紹 介した正岡子規が、毛馬生誕地は把握し、世に広めていたに違いないと思 い込んでいた。

ところが、事実は全くそうではないことが明らかになり、驚いた。

それの事を知らされたのは、NPO法人近畿フォーラム21主催「蕪村顕彰 俳句大学」講座で講師をお願いしている、蕪村研究第一人者の関西大学文 学部の藤田真一教授と懇談した時であった。

結論から先にいうと、蕪村生誕地が大阪毛馬であることが「定説」になっ たのは、実は終戦直後のことだということだった。奈良県でこれに纏わる 「蕪村直筆の書簡」が見つかったのが、キッカケだったというのである。

藤田教授の話によると、次のようなことだった。

(蕪村は、自分の生誕地のことは、俳人・画人として活躍していた江戸・ 京都でも、何故か余り触れたがらず、主宰の「夜半亭」の弟子たちにも 語ったという明確な「記録」は残されていないという。このため、蕪村の 生誕地を確知していた者は、いなかったのではないかというのだ。

ところが蕪村は、安永6年(1491)に発刊した冊子「夜半楽」(20頁ほ ど)の冒頭に、「春風馬堤曲」を書き、毛馬村側の淀川の馬堤に触れ、18 首の俳句を添えている。が、残念なことにその舞台となる馬堤近くが自分 の「生誕地」だとは一切触れていない。

想像してもこの書き方では、「生誕地を毛馬村」と結びつけることは出来 ない。

しかし、その後願ってもないことが起きていた。

蕪村は、この「夜半楽」冊子を贈呈した大阪在住弟子の柳女・賀端(がつ い)に宛てた添え書きの「書簡」の中で、自分の生誕地が毛馬村だと、下 記のようにはっきりと綴っている。

春風馬堤曲―馬堤は毛馬塘(けまのつつみ)也。即、余が故園(注釈・ふる さと)也。余幼童之(の)時、春色清和の日ニは、必(かならず)ともどちと 此(この)堤上ニのぼりて遊び候。水ニハ上下の船アリ、堤ニハ往来ノ客ア リ」。

それなら、これが物証となって、江戸時代から毛馬村が生誕地だと定説に なっても良かったのだろうが、そうならなかったのには理由がある。

というのは、江戸時代の発刊諸本には複製本が多く、勝手に削除・加筆さ れることが多々あった。このため「夜半楽」の弟子への添え状ですら、複 製なのか、それとも蕪村直筆のものか判定出来ず、結局「蕪村生誕地複数 説」を加速させる結果を招き、生誕地説は宙に浮いたままの状態だった。

しかし、前記の如く、奈良県で終戦直後偶然見つかった弟子の柳女・賀端 (がつい)に宛てた添え書きの「書簡」が、「蕪村直筆」だと、公式に 「認定」されたため、「毛馬生誕地」説が確定した。終戦直後の認定だか ら、遅きに失したと言わざるを得ないが、これは「蕪村生誕地複数説」を 破棄し、毛馬村を生誕地とする歴史的且つ画期的「決め手」となったこと になる。

しかも「春風馬堤曲」冒頭の記述の淀川風景の描写や添付十八首と、柳 女・賀端(がつい)に宛てた添え書きへの想いを結びつけて考えると、 「毛馬村への切ない郷愁」を浮き彫りとなる。

以後、生誕地が毛馬村であることを不動のものになったことになる。この 経過を考えると、蕪村生誕地を定めた1通の「蕪村直筆書簡」の存在は、 実に大きかった。

これが「認定」されていなかったら、蕪村が大阪俳人として登場すること も無かったことになるだろう。)

こうして、蕪村が大阪生誕の俳人と称されるようになってから七十余年し か経たない。そのため蕪村は、芭蕉や一茶とは異なり、江戸時代以来、生 誕地大阪で「蕪村生誕顕彰」が疎かにされてきたことに繋がってきてお り、誠に慙愧に絶えない。

このために、今ですら地元大阪で「蕪村生誕地が毛馬村」であることを知 らない市民は多い。次世代を担う児童生徒の学習の俎上にすら上がってい ないことを考えると、児童生徒が生誕地のことを知らないことも当然のこ とだろう。残念で仕方がない。

だから、われわれ「蕪村顕彰俳句大学」では、今年の「蕪村生誕300年記 念に合わせて、「300年記念諸行事」を開催し、俳句文化活性と後世への 伝承、そして国際化への発信を大々的に進めたいと考えている。

余談ながら藤田教授との懇談の中で、更に驚いたことがあったことを記し て置きたい。

「蕪村は淀川を下って源八橋から船を降りて浪速の弟子のもとに往き来き していたようですが、それほど郷愁があったのなら、極く近郊にあった毛 馬村の生家に立ち寄るのが自然だと思うのです。その痕跡はありませんか」
答えは「それを証明する歴史書類はありません。立ち寄ったか否かどうか も、わかりませんね」ということだった。

となれば、生誕地への郷愁は人一倍あったとしても、生誕地へ何らかの理 由で寄りたくない気持ちがあったのだろうという推察が浮上してくる。

恐らく奉公人だった母と実家の父が亡くなってから、家人たちによる極め つけの「いじめ」があり、そのために十七・八歳で家を出ざるを得なかっ たのではないか。そのことが「生家には生涯立ち寄らなかったこと」に結 びついているのではないだろうか。これはあくまで私の推論である。

最後になりましたが、どうか、私たちが今考慮中「蕪村生誕祭」の開催 に、是非共皆様のご賛同とご支援を伏してお願い申し上げます。(了)




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「浜辺の歌」であわや
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    渡部 亮次郎

歌謡歌手の岩崎宏美が1日未明、深夜便で「浜辺の歌」を歌った。この時間 には「琵琶湖周航の歌」を舟木一夫が、「浜千鳥」を森繁久弥が歌ってい た。「歌謡歌手の歌う叙情歌」だった。

その中の一曲「浜辺の歌」の取材であわや一命を取り落とすところだった 22歳の秋を思い出した。

私は大学を出てNHK秋田放送局に就職。1968年だった。6月からは大館 駐在の記者として、市役所前の下宿を根城に秋田県北部全体のニュースを カバーしていた。

そうしたある日、米内沢(よないざわ)で作曲家、故成田為三の記念音楽 祭がある、と聞いた。まだテレビが地方まで普及していない時代。音楽祭 というのはどんなのか知らないがラジオにとってはうってつけの素材だろう。

ところが下宿で調べると録音テープが底をついているではないか。早速秋 田の局へ電話して、客車便で送ってもらう手配をした。夜
9時ごろの奥羽線下り急行で大館駅に到着することになった。

大学を出てまだ1年目とはいえ、既にいっぱしの酔客になっていた。
急行が到着するまで時間がある。一杯飲み屋で日本酒を飲み始めた。
銚子で2−3本は確かに飲んだ(酔った)。

時計を見て、自転車に跨った。坂道を下って駅を目指した。間もなくタク シーにはねられて道端に吹っ飛んだ。新品の自転車はくちゃくちゃ。そこ は坂下の十字路。確かに即死しても可笑しくなかったが、起き上がってみ たら、額に小さな瘤ができているだけで亮次郎はちゃんと生きていた。

多分、酔っていたために無抵抗だったのがよかったのだろう。翌日は汽車 で米内沢をめざし、音楽祭の一部始終を録音して事無きを得たのであっ た。デスクには秘匿した。老齢になって初めて人に語る真実である。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、成田 為三 (なりた ためぞう)は1893(明治26)年12月15日―1945(昭和20)年10月 29日)秋田県出身の作曲家。

秋田県北秋田郡米内沢町(現在の北秋田市米内沢)の役場職員の息子とし て生まれる。1909(明治42)年、鷹巣准教員準備場を卒業、秋田県師範に 入学。同校を卒業後鹿角郡毛馬内小学校で教鞭を1年間執る。

1914(大正3)年、上野にある東京音楽学校(現在の東京藝術大学)に入 学。在学中、ドイツから帰国したばかりだった在野の山田耕筰に教えを受 けた。1916年(大正5年)頃、『はまべ(浜辺の歌)』を作曲。

1917(大正6)年に同校を卒業。卒業後は九州の佐賀師範学校の義務教生 をつとめたが、作曲活動を続けるため東京市の赤坂小学校の訓導となる。 同時期に『赤い鳥』の主宰者鈴木三重吉と交流するようになり、同誌に多 くの作品を発表する。

1922(大正11)年にドイツに留学。留学中は当時ドイツ作曲界の元老と言 われるロベルト・カーンに師事、和声学、対位法、作曲法を学ぶ。

1926(大正15)年に帰国後、身に付けた対位法の技術をもとにした理論書 などを著すとともに、当時の日本にはなかった初等音楽教育での輪唱の普 及を提唱し、輪唱曲集なども発行した。

1928(昭和3)年に川村女学院講師、東洋音楽学校の講師も兼ねた。 1942(昭和17)年に国立(くにたち)音楽学校の教授となる。1944(昭和 19)年に空襲で自宅が罹災、米内沢の実兄宅に疎開する。生家は阿仁川へ りにあったが1959(昭和34)年に護岸工事で無くなっている。

実家で1年の疎開生活を送った後、1945(昭和20)年10月28日に再び上京 するが、翌日脳溢血で53歳の生涯を閉じる。葬儀は玉川学園の講堂で行わ れ、国立音楽学校と玉川学園の生徒によって「浜辺の歌」が捧げられた。

遺骨は故郷の竜淵寺に納骨された。故郷の米内沢には顕彰碑が建てられ、 「浜辺の歌音楽館」で為三の業績を紹介している。

「浜辺の歌」や「かなりや」など歌曲・童謡の作曲家、という印象が強い が、多くの管弦楽曲やピアノ曲などを作曲している。しかし、ほとんどが 空襲で失われたこともあり、音楽理論に長けた本格的な作曲家であったこ とはあまり知られていない。

愛弟子だった岡本敏明をはじめ研究者の調査では、作品数はこれまでに 300曲以上が確認されており、日本の音楽界で果たした役割の大きさが再 認識されつつある。2012・5・1



 
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話 の 耳 袋
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 ◎裏切り者”石破氏の党内評価急落…「ポスト安倍」争い、岸田氏が逆転 リード

稲田朋美防衛相の辞任に絡み、安倍晋三首相の後継をめぐる「ポスト安 倍」争いに異変が生じている。世論調査では、石破茂元幹事長がリードし ていたが、党内的には岸田文雄外相の評価が急上昇しているのだ。外相と 防衛相を兼務して存在感を高める岸田氏と、過去の「裏切り者」のレッテ ルが復活しつつある石破氏。8月3日の内閣改造・自民党役員人事をにら みながら、党内序列も激変しそうだ。

「閣僚(稲田氏)が辞任することについて、国民のみなさまに心からおわ び申し上げる。安全保障には一刻の空白も許されない。岸田外相に防衛相 を兼務してもらう。北朝鮮の『核・ミサイル』開発が深刻さを増すなか、 高度な警戒態勢を維持し、国民の安全を確保するため、万全を期す」

安倍首相は28日、官邸で記者団にこう語った。

防衛相辞任という“政治的空白”を突いてきたのか、北朝鮮は同日深夜に ICBM(大陸間弾道ミサイル)を発射した。

この奇襲的ミサイル発射に対し、政府の対応は素早かった。安倍首相や菅 義偉官房長官らは官邸にすぐに駆けつけ、国家安全保障会議(NSC)の 関係閣僚会合を開催し、対応を協議した。

岸田氏は翌29日未明に官邸から防衛省に移り、自衛隊に対し、米韓と連携 しながら情報収集や高度の警戒態勢の維持などを指示した。

その後、岸田氏は記者団の取材に対し、「首相から『安全保障に一刻の空 白もあってはならない』という意向が示され、私は防衛相を兼ねて務めて いる。(今回の事態に)防衛省、外務省、一体となって全力で取り組ん だ。空白があったというようなことはない」と自信満々に語った。

防衛相兼任初日から、危機管理対応に追われた岸田氏だが、その手腕の確 かさを示すことにもなった。

安倍首相は当初、防衛相の兼務を、麻生太郎副総理兼財務相に打診した が、都合が付かずに断念し、岸田氏を抜擢したとされる。内閣改造までの 一時的措置だが、安倍首相の狙いはドンピシャリだった。

官邸関係者は「通常、外相と防衛相の兼務は考えられない。米国なら、 ティラーソン国務長官とマティス国防相の役割を1人でこなすことだ。短 期間だが、多大な責任と権限を手にする。

これは安倍首相が岸田氏に『絶対的な信頼』を寄せている証拠だ。麻生氏 に先に打診したとすれば、当然、麻生氏の『岸田氏でいい』という了解も 得ている。今回の兼務は、岸田氏が『ポスト安倍』で大きく先行したこと を意味する」と語った。

これまで、自民党内では「ポスト安倍」について、「岸田氏と石破氏が競 い合い、非常時の緊急避難としては麻生氏」(中堅)とみられてきた。だ が、「森友・加計学園」問題や、南スーダンPKO(国連平和維持活動) の日報問題を経て、党内の評価は変わった。

官邸関係者は「政府与党の危機に、岸田氏は『一致結束して安倍政権を支 える』と公言している。これに対し、石破氏はメディアに登場して政権批 判を繰り返し、後ろから鉄砲を撃っている。石破氏はかつて自民党を離党 し、あの小沢一郎氏(現・自由党代表)と行動をともにした。また、『先 祖返り』しているのではないか」と語る。

実際、石破氏の側近である鴨下一郎元環境相は28日のTBS番組収録で、 稲田氏をめぐる安倍首相の対応について「かばいすぎのそしりは免れな い」と批判した。

石破氏は、自民党が下野するきっかけになった1993年6月の宮沢喜一内閣 に対する内閣不信任案に賛成した。解散総選挙後に成立した細川護煕内閣 が、同年11月に提出した小選挙区制の導入などを柱とした「政治改革4法 案」にも賛成し、役職停止処分などを受けた。当時の自民党幹事長は森喜 朗元首相。その後、自民党を離党し、小沢氏らの新進党の結成に参画した。

自民党ベテラン秘書は「石破氏は自民党が野党のときに出ていき、与党の ときに戻ってきた。つまり『裏切り者』だ。ドイツの哲学者ヘーゲルは 『歴史は繰り返す。1度目は悲劇として、2度目は茶番として』と言った が、安倍首相の苦境、自民党の危機を利用して、けしからぬことを考えて いる可能性がある。世論調査と正反対で、石破氏の党内評価は急落してい る。今の動きが『茶番』にならなければよいが…」と分析した。

「ポスト安倍」を勝ち取るには、岸田氏や石破氏は将来、自民党総裁選で 勝利しなければならない。現在、自民党は衆参で約400人いるが、安倍首 相の出身派閥・細田派(96人)と、麻生派(59人)、岸田派(45人)を合 わせると200人。一方、石破派は19人である。

政治評論家の伊藤達美氏は「安倍首相は、岸田氏を副総理格で処遇すべき だ」といい、続けた。

「現在、首相不在の際の臨時代理の順位は、1位が麻生氏、2位が菅義偉 官房長官だが、岸田氏を2位にすべきだろう。政治家にとって貸し借りは 大事で、岸田氏は今回、安倍首相に大きな貸しを作った。岸田氏率いる宏 池会の創設者、池田勇人元首相は、安倍首相の祖父、岸信介元首相の後に 総理の座を射止めた。岸田氏は、この事実を冷静に振り返り、安倍首相を しっかり支えて、この難局を乗り越えるべきだろう」

【写真】 −  ポスト安倍として評価急上昇の岸田外相。石破氏と火花を 散らす ポスト安倍として評価急上昇の岸田外相。石破氏と火花を散らす
<http://www.zakzak.co.jp/soc/news/170731/soc1707310007-p1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsPhoto>http://www.zakzak.co.jp/soc/news/170731/soc1707310007-p1.html?ownedref=not%20set_not%20set_newsPhoto
【ZakZak】 2017.7.31 〔情報収録 − 坂元 誠〕



 ◎【北海道が危ない・特別編】外資の「国土侵食」が加速 “中国人自治 区”誕生の可能性も「武器を持たない戦争を仕掛けられている」

産経新聞の連載「異聞 北の大地」(産経ニュースでは「北海道が危な い」で掲載)の筆者、宮本雅史編集委員が案内役として同行し、外国資本 に買収された北海道の森林や水源地などをめぐる特別ツアー(産経新聞社 主催)が7月23、24の両日開催された。

8市町村を中型バスで走破し、2日間の総移動距離は約900キロに達し た。住宅地、ゴルフ場跡地、大学、山林など10カ所以上を訪ね歩き、外資 による「国土侵食」が加速している事実を確認した。

ツアーは記事と連動した新しい試み。募集期間は実質20日間と短かった が、最終的に計20人が応募。定員を満たし、出席率は100%だった。

年齢層は30〜70代と幅広く、職業も、自営業、公務員、地方紙社長、住 職、タクシー運転手、主婦などさまざまだ。国会議員も「個人」で申し込 み、山谷えり子元拉致問題・領土問題担当相、山田宏参院議員が駆けつけ た。男女の内訳は男性13人、女性7人だった。

 ■謎の大型アンテナ 

23日午前8時半、羽田空港を出発し、午前11時前に最初の目的地である新 千歳空港に近い千歳市内の中国人専用別荘地に到着した。

別荘地は高台にあり、航空自衛隊千歳基地が一望できる。基地まで直線距 離で5キロ。安全保障上、極めて重要な場所だ。

ここに中国人名の表札がある住宅17棟(敷地面積約66500平方メートル) が建っている。この一角は家具・インテリア大手の「ニトリ」の子会社が 中国人向けに分譲し、2010年に完成したが、不気味なほど人気がない。

千歳市は誰が住んでいるのか把握していない。たまに中国人が泊まりにく るが、ほぼ空き家状態が続いているという。

ツアー一行は公道から別荘地を観察した。目をひいたのは、中庭にあった 大型アンテナだ。

衛星放送視聴用のアンテナとみられるが、不自然なたたずまいといえる。 参加者らは「本当にテレビ視聴用なのか」と首をかしげていた。

 ■苫駒大の「中国化」

次に向かったのは苫小牧市内にある苫小牧駒澤大学だ。苫駒大は中国と関 係の深い京都市の学校法人に無償で移管譲渡することを決めた。この学校 法人の理事の1人が中国共産党員であると指摘する駒大関係者もいる。移 管譲渡は国の認可が必要だが、このままでは苫駒大が「中国化」する可能 性は否定できない。

公道にバスを止め、一行は15ヘクタールもの敷地を誇るキャンパスや野球 グラウンドを眺めた。

参加者からは「かつて東京都小平市の朝鮮大学校は『トランジスタラジオ の製造工場』と偽装して移転した。苫駒大も、朝鮮大学校の二の舞になる のでは」との意見が出た。

 ■「ゴルフ場が…」

3カ所目は、登別市上登別町にある中国風テーマパークの跡地だ。周囲が 森林で、通行量も少なく、外からは中の様子がほとんど見えない。中国系 企業が70ヘクタールも買収しており、2018年の稼働を目指し、太陽光パネ ルの設置を進めている。

一行は重機が見える入り口で、掲示されている看板を確認した。すると、 新たに73ヘクタールの森林に宅地を造成する計画があることが判明した。

工事期間は「平成79年7月3日から平成30年6月30日まで」と記されてい た。この付近は豊かな水源地だ。太陽光パネルができ、宅地ができれば森 林内で「自活」できる。工事は着々と進んでいる様子だった。

続いて訪れたのは、伊達市内の山林内にあるゴルフ場「トーヤレイクヒル ゴルフ倶楽部」跡地だ。2010年に中国資本が買収したが、ほぼ手つかずで 放置されている。一行は廃墟のようなクラブハウス周辺を歩き、給油施設 のみが稼働している実態を確認した。中国人の出入りがあるのは間違いな さそうだ。

宮本編集委員は「ゴルフ場は開墾する必要がないから利用しやすい。宅 地、農地にも転用でき、水の確保も容易だ。『自給自足の自己完結型集 落』、すなわち中国人による『自治区』になる可能性がある」と解説した。

 ■洞爺湖畔の温泉で夕食

初日の最後の視察地である洞爺湖町では、不動産投資を展開する中国関連 企業が買収した同町月浦地区の温泉施設跡地に足を踏み入れた。森林を含 め7・7ヘクタールもの土地が買われた現場だ。

跡地駐車場に一行が到着すると、測量の際に使用したとみられる紙の印が 残っていた。中国系資本の「侵食」の加速化を目の当たりにした瞬間だ。

洞爺湖畔の宿泊先では、宮本氏を囲んだ夕食会も行われ、リラックスした 雰囲気で参加者が親睦を深めた。

山田宏氏は「今日は1人ひとりが志を持って参加したと知り、感服した。 みなさんの国を愛する思いは大事にしなければならない。法案をつくって なんとしても対応したい」とあいさつ。

山谷えり子氏も「米国では外国資本が土地を自由に購入できないようにし ている。何年もこの問題に取り組んでいるがまだ結果が出ていない。一刻 も早く対応していきたい」と語った。

 ■中国人青年が凝視

2日目最初の視察先は、喜茂別町の中国人専用ゴルフ場「一達国際  Private Golf 倶楽部」だ。奥深い山の中にあり、石が敷き 詰められた砂利道を進んだ。

入り口付近でバスを降りると、「これより先、私有地につき関係者以外立 ち入り禁止」の赤い看板が目に入る。視察中、中国人らしき青年が運転す る乗用車が通過、山奥に突然登場したわれわれを奇異の目でみつめていた。

 ゴルフ場は210ヘクタール(東京ドーム45個分)もある。塩漬け状態 のゴルフ場を2011年に中国企業が買収したが、開発計画の全貌など詳 細はは明らかになっていない。

ゴルフ場付近はやはり豊かな水源地だ。一行は羊蹄(ようてい)山の雪解 け水が湧く京極村の「道の駅」にも立ち寄り、名水を堪能した。道の駅は 中国人や韓国人の観光客でにぎわっていた。道の駅内の灰皿にはビニール シートがかけられていた。売店の女性店員によると、中国人観光客らがゴ ミを灰皿に突っ込んで使えなくしてしまうからだという。

次に訪れた赤井川村では、270ヘクタール(東京ドーム58個分)あるキャ ンプ場を公道から視察した。このキャンプ場はシンガポール企業が昨年買 収した。貴重な水源地の森林が「まるごと」外資に購入された典型例とい える。

同村でも、一行は驚きの事実を発見した。キャンプ場そばの森林も、新た に買収された形跡を見つけたのだ。

そばの森林にはキャンプ場のロゴマークの入った看板が立てられており、 「私有地につき立入禁止」の文字が掲げられていた。

参加者たちは「これほど森林を購入する目的がわからない」「やはり自治 区をつくるつもりではないか」などの声を上げた。

 ■必要不可欠な法規制

最後の視察地は小樽市の観光名所「平磯公園」そばの日本料理レストラン だ。この場所は小樽市街、米軍艦船が出入りする小樽港が一望でき、「重 要眺望地点」にも指定されている。この場所を中国系企業が購入し、昨年 6月からレストランの営業を始めた。

3方を崖と森林に囲まれているため、中の様子はよくわからない。一行は 車窓からレストランを眺めたが、営業している雰囲気はなかった。 

一行は今回のツアーで、想像以上に「国土侵食」が進んでいる実態を目の 当たりにし、改めて法規制の重要性を痛感していた。

アンケートでは、「産経新聞しかできない企画だった」「大変な社会問題 なのに世間は無関心過ぎる」「次回は対馬ツアーを希望」といった意見が あった一方、「国、政府の無策ぶりに驚いた」との感想もあった。

宮本編集委員は「これは『武器を持たない戦争』だ。われわれは武器を持 たない戦争を仕掛けられている。政府の責任は重い」と繰り返し警鐘を鳴 らした。

ツアーでは宮本編集委員の著書「爆買いされる日本の領土」(角川新書) をガイドブックとして使用した。(新プロジェクト本部 山本雄史) 

【地図】
<http://www.sankei.com/premium/photos/170731/prm1707310005-p1.html>http://www.sankei.com/premium/photos/170731/prm1707310005-p1.html
【産經ニュース】 2017.7.31 06:00  〔情報収録 − 坂元 誠〕


 ◎後退すれば安倍支持層失望=百地章国士舘大特任教授−インタ ビュー・憲法改正を問う

憲法改正の見通しについて、保守派で憲法学が専門の百地章国士舘大特任 教授に話を聞いた。

−安倍晋三首相が憲法9条1、2項を維持した上で自衛隊を明記すると表 明した。

積極的に評価する。意表を突いた案を提示することで、憲法審査会の議論 (の停滞)に風穴を開けようとしたのではないか。公明党を引き込むた め、自説を抑えてでも第一歩を進めようということだろう。

私案だが「9条の2」を設け、「前条の下に(=9条の下に)、わが国の 平和と独立を守り国際平和活動に寄与するため、自衛隊を保持する」との 文言を加えてはどうか。自衛隊の権限を一切変更しないのが大前提だ。

自衛隊明記は9条に矛盾するという人もいるが、現在の自衛隊は9条の下 で存在している。単に憲法に明記するだけでどうして矛盾するのか、論理 的にあり得ない。
 
−自衛隊明記は改憲の第一歩にすぎないと。

そうだ。国民に問題提起をしていく中で、将来はきちんと自衛隊を軍隊と して位置付ける必要がある。軍隊であれば平時から有事にかけて切れ目な く行動できる。軍隊でないと、この国の安全を守れない。


−政府は自衛隊を合憲と解釈しているが、憲法への明記は必要か。

現実に違憲論がある。自衛隊は解釈として合憲だが、裁判所は憲法判断を 避け、正面から合憲とは1度も言っていない。自衛隊を憲法に明記し、合 憲であることを明らかにすべきだ。
 
−首相は改正憲法の2020年施行を目指す方針も表明したが、国民の理解は 得られるか。

一定の目標を定め憲法改正に取り組むことは非常に画期的だ。(衆参)両 院で3分の2以上の賛成がなければ(改憲原案の)発議はできない。3分 の2ある現在の状況をフル活用して発議するには、この1、2年しか考え られない。改憲はこの2、3年が一つの勝負だ。
 
−報道各社の世論調査で支持率が急落している。改憲を進められるか。
 
決して簡単ではないが、支持率に関係なくきちんと進めていくべきだ。急 激な支持率低下は、改憲反対勢力が「憲法改正絶対阻止」で総力を挙げて 安倍たたきを始めたこと(が原因)だ。改憲を中止すれば反対派の思うつ ぼだ。(改憲方針が後退すれば)首相のコアな支持層は失望するだろう。
 −自民党内からは手続きを踏んでいない首相提案に異論が出ている。

筋論かもしれないが、それで9条2項は改正できるのか。12年の自民党 の憲法改正草案に固執する石破茂前地方創生担当相は憲法改正を阻止する に等しい。第一歩を踏み出すために知恵を働かせるべきだ。

百地 章氏(ももち・あきら)1946年生まれ。京大院修了。愛媛大教授な どを経て日大名誉教授、2017年4月から現職。静岡県出身。

【写真】 −インタビューに答える国士舘大の百地章特任教授=20日、 東京都世田谷区
<http://www.jiji.com/jc/article?g=pol&amp;k=2017073000253&amp;p=0170730at25&amp;rel=pv>http://www.jiji.com/jc/article?g=pol&k=2017073000253&p=0170730at25&rel=pv
【時事通信】2017/07/30-15:26〔情報収録 − 坂元 誠〕



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読 者 の 声       
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 1)暑中 お見舞い申しあげます
(プラタナス夜もみどりなる夏はきぬ 石田波郷)



今年の日本は、
●日タイ修好  130周年,
●ASEAN設立50周年、 
●明治(維新)150周年
内外ともに、またとない記念すべき年の夏です。

念願の東京オリンピックを3年後に控え、格別の飛躍が期待
されます。 連日の猛暑ですが、お元気でご活躍ください。

平成29年盛夏

山田清之 拝 (Editor :K.Yamada) 
■日タイ&アジア国際ソーシアル情報Webサイト(Jtiro●Jpn)■
Japan &Thailand International Website of Social Information
URL:  <http://blog.goo.ne.jp/jtirojapan> http://blog.goo.ne.jp/jtirojapan
   E <http://blog.goo.ne.jp/jtirojapan> mail:  <mailto:jpn@jtiro.org>
jpn@jtiro.org
(前:特定非営利活動法人日タイ国際交流推進機構・JTIRO / 代表理事)
(前:特定非営利活動法人シニアネット総研・SNI / CEO ・理事長)



(告知)
●JTIRO・JPN Webサイトでは、いま日タイ情報を特集して配信し
ています。 ご関心のある方は,下記のURLをタップしてご覧ください。

●JtiroJpanブログ→URL:  <http://blog.goo.ne.jp/jtirojapan>
http://blog.goo.ne.jp/jtirojapan
・「チェンマイ・ロングスティの盛衰」(1)(2)(3)
・「情報ミラクル 情報新時代」
・「日タイ修好130周年の足跡」(1)(2)(3)
・「日本のシニア、老後の住処」
・「Head Line News」
・「季節の歳時記」   などなど

 

 

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身 辺 雑 記
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8月初日は曇天。夏休み中の中学校グラウンドでは男子生徒たちが運動をしている。

常連投稿者の前田正晶さんが夏休み中。「読者の声」欄は寂しそう。

隣りの第3亀戸中学校のブラスバンド(女生徒のみ)は感心だ。夏休み中 の31日も登校して練習していた。

夏休みで誰も来なかった隣の第3亀戸中学校のプールに31日女子生徒10人 余が来て泳いでいた。これでこそ夏だ。男性教師2人が監視してい た。学 校とは簡単ではないのだ。

家人の長姉の夫が膝の手術のため31日入院した。半月板の入れ替え?

友人の細君は悪性リンパ腫で加療中。胸がふさがる。


                         読者:5741 人。 








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渡部 亮次郎 <ryochan@polka.plala.or.jp>

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