政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

全て表示する >

頂門の一針4403号  2017・7・4(火)

2017/07/04

     

□■■□──────────────────────────□■■  
わたなべりやうら うのメイルマガジン「頂門の一針」4403号
□■■□━━━───────────────────────□■■□


           2017(平成29)年7月4日(火)



        佐藤政権は都議・知事選敗北でも最長:杉浦正章

     韓国経済、目の前に迫った危機の本質は何か:宮崎正弘

   「措置入院」精神病棟の日々(53):“シーチン”修一 2.0
     
                   
                        話 の 福 袋
                           読 者 の 声
                           身 辺 雑 記


□■■□──────────────────────────□■■□
第4403号
                             発行周期 不定期(原則毎日発行)
             
               御意見・御感想は:
                  ryochan@polka.plala.or.jp

                購読(無料)申し込み御希望の方は
                    下記のホームページで手続きして下さい。
  
       http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm
    バックナムバーは http://www.melma.com/backnumber_108241/

    ブログアドレスは http://chomon-ryojiro.iza.ne.jp/blog/



━━━━━━━━━━━━━━━━━
佐藤政権は都議・知事選敗北でも最長
━━━━━━━━━━━━━━━━━


            杉浦 正章

地方選の政局影響は限定的
 
早期改造が長期政権への正念場
 
宰相たるものこれでなければならない。1964年から72年まで2798日続いた 佐藤政権は歴代第一の長期政権だが、都議会選挙でも破れ都知事選でも敗 れている。そのときの佐藤栄作日記を取り出して読んだが面白い。

どうしても都議選と政局を結びつけたい近頃の政治記者はおみおつけで顔 を洗って読んではどうか。まず65年の都議会選は議長選挙に絡む汚職事件 が明るみに出て都議会野党の社会党が第1党に躍進した。

これに対し、都知事与党の自民党は過半数61議席を大きく割り、定数の3 分の1を割り込んで第2党に転落した。しかし、翌日7月24日の佐藤日記で は「わずかに38で第2党に、社(社会党)は45で第1党。残念だが仕方がな い。再建を図るのみだ。ゴルフに出かける。これも芳しくない」とある。

都議選結果など歯牙にもかけていないでゴルフに出かけている。ただし安 倍はこれを真似してゴルフをしてはいけない。昔と変わって悪意を持った 新聞、民放が幅を利かせており、叩かれる。

もっともさすがに佐藤も知事選はちょっとこたえたようだ。1967年佐藤は 内務官僚出身の鈴木俊一を推し、共産・社会両党は共産党系の美濃部亮吉 を推す選挙だった。6月17日の日記には佐藤は「朝刊は美濃部勝利を大見出 しで取り扱う。一寸不愉快なり。幹事長は九時過ぎにやってくる。見るも 無惨。ほんとに気の毒。小生以上に気落ちした様だ。

然し『勝敗は戦いの常』、悲観することもよろこぶこともない。要は如何 に戦ったか、次の戦を如何にすべきかのみ」 とある。傑作なのは幹事長福 田赳夫を「気の毒」とまるで他人事のような書きっぷりであることだ。

確かに国政選挙と違って地方選挙などの第一の責任は幹事長にあるという 認識なのであろう。佐藤の強みは「勝敗は戦いの常」と達観し、「次の戦を 如何にすべきかのみ」と割り切っていることであろう。常に前向きなの だ。これが長期政権のコツだ。

うれしそうに朝日が「首相の求心力低下」とか「安倍一強に大打撃」と見出し を躍らせているが、たかが地方選挙で、この見出しは意図的であり、希望 的な観測だ。社是の公正中立な報道などかなぐり捨てている。

確かに自民党は過去最低の38議席を割るる23議席と歴史的な大敗を喫した が、安倍はトラウマを引きずらないことが重要だ。長期政権への正念場と 解して、まず最初の反転攻勢は早期に内閣改造を断行、「心的外傷」を取り 除くことだ。

NHKの調査で安倍内閣の支持率は48%で堅調であり、自民党支持率も 36.4%と高止まりしている。これは共産党系候補やお笑いタレントを知 事に選ぶ東京都民の「伝統的な特殊性行」というか「民度の低さ」が地方に伝 染していない証拠であろう。

まず人事では幹事長を交代させることだ。このテンポの速い時代にブツブ ツと説得力のない発言を続ける二階俊博はどうもテンポが合わないし、訴 求力がない。票を稼ぐタイプではない。この調子では衆院選でも負ける。

むしろ二階は自ら都議選大敗の責任をとって進退伺いを出すべきだろう。 加えて“側近”を重用しないことだ。今回の選挙で一番安倍の足を引っ張っ たのは「加計疑惑」がとりざたされた防衛相稲田朋美と、こともあろうに東 京都連会長の下村博文。そして萩生田光一ら側近であり、下村は「責任を 取って都連の会長を辞任したい」と発言しているが当然だろう。

また陣笠だが豊田真由子のヒステリー的な暴言、暴行も大きなマイナス だった。今度の改造ばかりは閣僚や党役員経験者で「疑惑」が生じていない 人物を登用した「重厚実務型」内閣とする必要がある。

今回ほど求心力確保が求められるケースは無い。従って派閥順送りで聞い たこともない陣笠を登用して、スキャンダルが発覚、またまた閣僚辞任を 引き起こしてはならない。

選挙結果を見れば地域政党「都民ファーストの会」が49議席を獲得し圧 勝、第1党に躍進したことが全てに波及した。小池が生んだ「都民ファ」 は、小池の人気低下と共に消滅するだろうが、それまで都議会自民党は艱 難辛苦の時代に入った。捲土重来を期するしかない。

加えて自民党が23議席と過去最低となったのは、朝日、毎日、TBS、テレ ビ朝日の「4大政敵」に攻撃の口実を与えてしまったことが最大の原因だ。 高年齢層が大きく都民ファーストに傾いたのは、暇に任せてワイドショー をみれば、朝から晩まで加計疑惑と反安倍の報道に徹しており、選挙妨害 もいいところであった。これに爺さん婆さんも“洗脳”されたのだろう。保 守的であった高齢者層も判断力を低級コメンテーターの発言に委ねてし まったのだ。

哀れをとどめたのは民進党だ。蓮舫は「演説を重ねるたびに立ち止まって くれる人が増えた」と述べていたが、立ち止まった人は首を傾げていたの ではないか。あれだけ安倍批判を展開したのに効き目は全くなく7議席か ら5議席に減少した。

逆に共闘した共産党は17議席から19議席に増えた。これは国政選挙でも共 闘は共産党を利するだけであることを物語る。蓮舫のリーダーシップの欠 如は大問題だが、自民党への打撃が大きすぎて、責任問題がかすむ可能性 がある。留任してくれた方が自民党にとっては総選挙に向けてありがたい。

公明党は、素早く小池人気に乗り換えて1議席増やした。“巾着切り”のよ うな対応で、自民党を裏切った。いかに信用出来ない政党かが白日の下に さらされたが、自民党は国政選挙での共闘は嫌でも推進しなければなるま い。そのうちに裏切り政党は“仏罰”が下るから見ていればよい。

自民党内は反安倍色を強めている元幹事長・石破茂らが手放しで喜んでい る。「負けたことを総括しないと次も負ける」だそうだが、だからといって 人望のない石破に議員らがなびくかと言えばとてもその状況にはない。も う1人端倪すべからざるのが小池百合子。国政への進出を否定している が、これは勝ちすぎの反動が恐ろしいからではないか。

ほとぼりが冷めて機が熟したとみれば国政進出も考えないとは言えまい。 身の程を知っていたら政治家にはなるまい。もっとも都議会の小池チルド レンの愚論愚行がやり玉に挙がるのはそう遠いことでもあるまい。とても 国政へとつなげられる立派な集団とはほど遠く、いずれは馬脚が現れる。 


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
韓国経済、目の前に迫った危機の本質は何か
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◇
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成29年(2017)7月3日(月曜日)
        通算第5338号
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 韓国経済、目の前に迫った危機の本質は何か
  若者にとって就労機会の死。「ヘル・コリア」という怒り
**********************************
 1997年のアジア通貨危機で韓国経済は沈没しかけ、IMFに救済を求め た。同様な経済危機が、昨今の韓国を襲っている。

韓国経済を独占的に牽引してきた財閥への若者の怒りと就職難。つまり大 手財閥に入れなければ人生は地獄とかす偏執的な社会構造。これを「就労 機会の死」をいう。

「日本、死ね」という落書きがあったが、韓国の若者の絶望感は、それに 似ている。

「ヘル・コリア」感情の蔓延、そのムードが、自暴自棄となったかのよう に、「赤い韓国」を目指す文剤寅政権を産んだ。

文大統領は勇んでワシントンへ出かけたが、トランプ大統領との首脳会談 は不首尾となって、宣伝とは裏腹に一つの成果もあがられず、また貿易 パートナーとして中国重視が裏目にでてきた。

かといって日本とは「通貨スワップ」の再交渉を迫っても、固く約束した 最終合意は反古にしようとしており、慰安婦像の撤去にも応じない韓国に 対して、日本の国民感情が許さないだろう。

韓国の家計赤字は1兆2000億ドル規模に達しており、クレジットカード破 産が激増、いずれ大問題となって韓国経済をガタガタに揺らすことは目に 見えている。

ウィリアム・ペサク(経済ジャーナリスト)はアジアタイムズ(6月30 日)に寄稿して、文政権は「独禁法」の徹底を軸として法治を韓国に実現 しないかぎり、経済繁栄の持続は難しいだろうと警告している。

   
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜    

 張作霖爆殺は関東軍ではなくソ連の謀略だった
  なぜ日本関東軍の謀略だと歴史は片付けてきたのか

  ♪
福井義高『日本人が知らない最先端の世界史2』(祥伝社)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

シリーズ第2弾。目から鱗が落ちる世界史解釈である。
 今回は副題に「覆される14の定説」とあるように従来的で通俗的な十四 の歴史解釈を根底からひっくり返す試論、反定説のオンパレードである。

すでに第1弾によって多くの読者を得た福井教授、こんどは張作霖爆殺事 件の真相、ゲルニカ神話、とりわけスペイン内戦の実態、ヒトラーへの誤 解などを精密に検証し、それも海外の第一級史料を見つけ出して、従来の 解釈に挑戦する知的冒険である。

最も新鮮な驚きは、国内の歴史論争や賛否議論のドメスティック過ぎる視 点からは発想できなかった、歴史のパースペクティブの広がりである。
 とくに本書で、評者にとって個人的にはスペイン内戦への、従来的視点 を打ち破ってのアプローチに新鮮な衝撃があった。

スペイン内戦は左翼や進歩派が、フランコを悪と決めつけて志願した。マ ルロォも、ヘミングウエイも参戦しているのだから、どれほど当時のイン テリが、状況を誤認したか、その原因が知りたかった。

また張作霖爆殺は、ながらく河本大佐の仕業とされたし、河本自身が、そ う証言してきた。ところが、近年の研究で、ソ連の謀略だったことが実証 的に暴露され、とくにユン・チアンの『マオ(毛沢東)』(講談社)は、 ソ連時代の秘密文書を読みこなし、加藤康男氏は英国のアーカイブに通っ て、秘密書類の束から、確定的な証拠書類を発見し『謎解き 張作霖爆発 事件』(PHP新書)を書かれた。

ここでソ連の謀略の過程は繰り返さないが、福井義高氏の次の指摘には思 わず膝を打ったのである。

「河本大佐がその計画や実行を『吹聴』していた背景には、ソ連の例と似 た戦前の日本の状況があった。当時は今日と違い、大陸での謀略活動にプ ラスの価値が与えられていた。支援を受けながら関東軍の言いなりになら ない張作霖を謀殺することは、非難に値するどころか称賛されるべき『快 挙』だった」(本書47p)からである。

もし、第3弾があるとすれば、是非つぎに伊藤博文暗殺の背景と真相(安 重根が真犯人でなかったことは、いまや常識だが)に挑んでいただきたい と思った。
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  ♪
 ちょうど1年前の小誌(2016年7月3日付け)に本書第1弾に関して、 下記の書評をしているので、合わせて参照されたい。(宮崎正弘)
  ♪
 多文化主義こそ共産主義運動破綻後の左翼の隠れ蓑なのである
   冷戦で自由陣営が勝ったのは一時的、またも左翼の陰謀は進む

   ♪
 福井義高『日本人が知らない最先端の世界史』(祥伝社)
 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 本書のテーマは大きく四つあって、「歴史修正主義論争の正体」「コミ ンテルンの陰謀説の真偽」「大衆と知識人」「中国共産党政権誕生の真 実」である。

いずれも過去に多くの論争があり、左右を問わず、論壇は侃々諤々、議論 は輻輳し、今日に至っても結論を得られないポレミックである。

著者の福井教授は青山学院大学で教鞭を執られる傍ら、静かに地道に近現 代史に挑んで来られ、寡作なので一般的にはあまり知られなかった。

本書はある意味で、論壇を画期する労作である。

なぜならグローバリズムの波が世界を覆い尽くそうとしているときにトラ ンプが米国に出現し、英国はEUから離脱する。

言葉を換えて言えば、これは反グローバリズム、そして反「多文化主義」 の流れとは言えないか。

ドイツの場合、論壇にタブーがあると福井氏は指摘する。

「ホロコーストの唯一性を前提にすると、ドイツと比較して日本の謝罪が 不十分であるというような議論は、涜神行為とすらいえる。なぜなら、ホ ロコーストと日本の通例の戦争犯罪を並べることは、比較を絶するはずの 絶対悪を相対化することを意味するからだ。

実際、連合軍の戦争犯罪や非人道的行為とナチスのユダヤ人迫害を比較 し、相対化することはホロコーストを『無害化』するとして、ドイツでは 厳しく批判される。他の欧州諸国や米国でも同様である」

どういうことか。

「法律に名を借りて国家権力で異なる歴史認識を圧殺しようという動きは ホロコーストに限らない」

その例はフランスなどで拡大するトルコのアルメニア虐殺論争だが、
  「論点は虐殺の有無ではなく、(オスマントルコ)帝国政府による国 策としてのジェノサイドを主張するアルメニアに対して、戦時中の軍事的 必要性に基づく強制移住の過程にともなう不祥事というのがトルコの立場 である」

しかし、歴史論争として、これらは修正主義の名において国際主義者、左 翼ジャーナリズムから激しく糾弾されるのだ。

「冷戦後の共産主義『無力化』には冷戦期、ソ連共産主義に宥和的であっ た多くの欧州知識人の自己保身という現実的動機」もある。だが、実態と しては、その裏にもっと大きなすり替えの動きが起きている。

その典型が「多文化主義」なる面妖な、新時代の化粧を施した、共産主義 運動の隠れ蓑である。

福井氏は続ける。

米国では「多文化主義は、黒人の存在と密接に関連しており、奴隷の子孫 に対する白人の贖罪意識がその背景にある。一方、欧州では旧ユーゴスラ ビアを除き、殆ど白人キリスト教徒しかいなかったのに、多文化共生を国 民に強制するかのように、欧州各区に政府は、冷戦終結直後から、第三世 界とくにイスラム圏からの大量移民受け入れを拡大し、その勢いは止まら ないどころか、むしろ加速している。

ポストマルクス主義左翼の知的覇権下、欧州国民の大多数が反対する大量 移民受け入れを維持推進するためには、ヘイトスピーチ規制に名を借り た、国家による言論の統制が不可避なことは容易に理解できる」。

つまり大衆を扇動する新しい道具であり、「反多文化主義=ファシズムと いう分かりやすい図式を提供することになるのである」と本質を抉り出す。

ソルジェニーツィンを見よ、と福井氏は言う。

「ソ連圧政に抵抗する自由の闘士として、欧米で英雄視されたソルジェ ニーツィンは、冷戦が終わると、多文化主義とは真っ向から対立する、そ のロシア民族主義ゆえ、逆に欧米知識人の批判の対象となった」ではないか。

いま日本に輸入された、面妖なイズム「多文化主義」の本質をずばりと捉 え直した瞠目するべき著作の登場である。
        
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
▼読者の声 ▼どくしゃのこえ ■READERS‘ OPINIONS
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ♪
(読者の声1) 貴誌前号の書評(田中英道『聖徳太子 本当は何がすごい のか』、育鵬社)に関連してですが、文科省に対する指摘は大いに納得で きます。

「いったい文科省もまた左翼の跋扈する3流官庁に堕落していたのであ る。死んだはずのマルクス主義の亡霊がよみがえったかのようだ」
とありました。

前文科省次官だった前川平助を「聖人」と持ち上げるメディアも気持ち悪 い。ネットでは助平の「性人」じゃないかと呆れています。

その前川助平擁護派の筆頭が「ゆとり教育」を推し進めた寺脇研。広島県 教育長時代に広島の教育をメチャクチャにし、文科省に戻ってからは中 学・高校で「学校週5日制」「総合的な学習の時間」などで授業時間の削 減に努め、大学入試ではAO入試などの導入で大学入試のレベルを劇的に 低下させました。退官後はコリア国際学園の理事に収まりスパルタの英才 教育をしています。

こんな反日日本人にシロアリのように食い荒らされた文科省は解体・廃止 してもいいのでは。(PB生、千葉)


  
  ♪
(読者の声2)貴誌の告示で「通州事件」から80年。記憶と慰霊の国民集 会が開催されるとのこと。

さきごろ『通州事件 目撃者の証言』 (自由社ブックレット)を読んだばか りだったのですが、シナ人の残虐さにあらためて警戒せねばと思いました。

通州事件からたった 80年でシナ人の性格が変わるはずもない。1947年に は国民党軍の立てこもる長春を包囲・食糧封鎖し市民30万人を餓死させた ことは遠藤誉の「チャーズ」に詳しい。1950年代のチベット侵略もその後 の文化大革命もどれだけ残虐に殺せるかの競い合いのよう。

シナ人の人肉食は有名ですが、人の血についても同様。「馬賊戦記 朽木 寒三著」では満洲で馬賊の頭領となった日本人、小日向白朗が官憲に捕ま り大観衆が見守る処刑場へと引き立てられる場面が出てきます。

首を刎ねられる馬賊の英雄の血を饅頭に得られるということで、一番の席 は県長というか役人、二番目は一番多く金を払った財産家といった具合で す。幸いにも仲間に助け出されますが、主人公は満洲の風俗についても幼 くて死んだ子は路上に放置するとか、ラマ僧(チベット仏教僧)が檀家に来 たときには妻を共寝の相手に差し出すなど、日本人に理解できない風習に 嫌悪感をおぼえます。

基本的な価値観が違いすぎる日中(日韓)友好など必要ないし、最低限の実 務的な付き合いをしていけばいいのだというのが大多数の日本人の本音で はないでしょうか。(PB生、千葉)


(宮崎正弘のコメント)同集会に関しては今月号の『WILL』、ならび に『月刊HANADA』にも、一面広告で告示しておりますので、ご参照 ください。



  ♪
(読者の声3)聖徳太子の本書評欄に誤りと思われる表現使用がありまし たのでメールさせていただきます。

この陰謀的な流れには棹を差さなければならない。と有りますが以下の通 り逆の意味になってしまうと思われます。

「流れに棹差す」ですが、本来は、船頭が流れに逆らわずに水棹を差し操 ること。また、社会や周囲の動きに合わせて上手に世の中を渡ること、時 流に乗ることの意。ところが「棹差す」とあるので、誤って、世の中の流 れ、時流に逆らう意で用いられることがある。以上、よろしくお願い申し 上げます。(AI子)


(宮崎正弘のコメント)「流れにさおさす」は本来、万事が好都合という 意味ですが、反対の意味で使われていて、近年の研究では「三大誤用語 彙」の一つだそうです。ご指摘のように誤用でした。



  ♪
(読者の声4)都議選の結果、自民惨敗となりました。

いやはや流れに乗ると『山が動く』(土井たか子)の再現です。しかし実 態のない新党がムードだけで調理するという、この結果をいかにご覧にな りますか。メディアは盛んに「安倍一強」への強烈なブローと囃していま すが。(JJセブン)


(宮崎正弘のコメント)SNSが先進国で、いや世界全体で選挙の形態を 根底的に変えています。選挙運動の遣り方、戦術が変わったといって良い でしょう。

奇跡の逆転とも言われた米国大統領選挙でも、トランプの当選はツィッ ターによる所が大きく、またその後にアメリカ政治を、記者会見や官庁発 表ではなく、大統領のツィッターが発信しているように、今回の都議選、 その前の都知事選と、従来の選挙形式を打破しました。

ツィッター、フェイスブック、ラインなど従来のメディアを越えた、選挙 運動の新形態を駆使し、マスの動きを掴んだ。まさに新しい文明の利器を 駆使した、それこそ流れにさおさしての強運と言えるのでは? 

投票率を10%近く押し上げているのも、新現象です。かくしてパラダイム シフトが起きています。

小生は、都議会選挙結果を次のニュースに重ねて読みました。
 
「デビュー以来無敗で達成した藤井聡太四段(14)が2日、東京・将棋会 館で行われた、竜王戦決勝トーナメント2回戦で、佐々木勇気五段(22) と対局。佐々木五段に敗れて公式戦初黒星を喫し、連勝は29で止まった」 (MSNニュース、7月3日)。
 まさに同じように、都民ファーストの勢い、いずれどこかで止まるで しょう。



━━━━━━━━━━━━━━━━
「措置入院」精神病棟の日々(53)
━━━━━━━━━━━━━━━━


      “シーチン”修一 2.0

6/30、発狂からちょうど8か月、退院からちょうど5か月、両陣営は講和条 約締結、即発効となった。まあメデタイのだろうが、敗戦国が戦勝国から 押し付けられた占領下、主権のないままの条約だから、わが方にとっては 不満は残る。しかし半島みたいにいつまでもにらみ合っているのは非生産 的で、この辺でこちらが折れるしかない。戦勝国は絶対に譲歩はしないの だから。

♪ジャガジャガのむのもフォドフォドに ここらで止めてもいいコロナ・・・

まあこれで家の天気が良くなればいいか。

屋上の餌場には最大でスズメ11羽、ハト2羽が集まってくるが、最初は縄 張り争いでスズメ同士が空中戦で取っ組み合い、しがみついたまま屋上に ポトリと落ちてきた。去年はツバメの取っ組み合いを見てびっくりした (これもともに墜落)が、大体、先に来た方が結局は譲歩する、というか 諦める。

闖入者と戦争していると自分が食べる時間はなくなるし、仲間はどんどん 餌を食べるから、旨いものはどんどんなくなる。ホテル旅館のバイキング と同じだ。急いで食べないとタクアンしか残っていない。

ということで結局は今は11羽が忙しそうに食べているのだが、巣立って間 もない小スズメが親に餌をねだる仕草は感動的だ。ペンギンのように羽を 床につけ、細かく羽を振って「ワタシは歩けないの、ママ、餌をチョーダ イ!」とアピールするのだ。親スズメは子供3羽の養生で大忙し、口移し で給餌する。まったくかわいい光景だ。

スズメとハトは喧嘩しない、どころか互いに完全に無視している。フラン ス流個人主義で、心では「嫌な奴」と思っているが、スズメはヒッチコッ ク的なハトと戦えば傷つくし、ハトは、機動力がある上に群をなすスズメ と戦えばやはり傷つく。互いに抑止力で戦争を回避しているわけだ。

中共は「権力は銃口から生まれる」という毛沢東の思想に染まっているか ら、軍事力でシナ海、西太平洋、インド洋を縄張りにしようとしている。 いわゆるサラミ戦術だ。slow but steady で公海を少しづつ少しづつ簒奪 している。

周辺国が拱手傍観すれば世界中の海がシナ海になる。抑止力を高め、内外 での圧力を高め、習近平を排除し、支那を10前後の国に解体し、やがては 共産主義を放棄させる。できるのか? できるのだ、世界はソ連を解体で きたのだから。アノ山口組も3派に分裂し、解体途上にある。

誰を第2次支那革命、支那維新の旗手、ゴルバチョフ、エリツィンにする か。李克強(共青団派=団派)、張徳江(上海閥=江沢民派)あたりか。 上海閥は軍への影響力が強く(軍事予算バラマキによるだろう)、香港も 押さえているようだ。

(雨傘運動は上海閥が習近平への圧力として使嗾したという説がある。 7/1の香港での習近平と中共を呪う大デモも同様かもしれない)

毛沢東は軍を握っている林彪の協力がなければ文革発動による権力復活は なかったろうし、エリツィンは軍とKGB(ソ連国家保安委員会)の支持が なければ体制護持派のクーデター(1991/8/19の8月革命)でつぶされ、 ロシア連邦初代大統領にはなれなかっただろう。

中共・習近平は金欠病ながらも軍事予算のカットはできない。軍の支持を 失うからだが、伸び率は抑えており、どうにか軍は大人しくしているが、 所詮は今はやりの“面従腹背”が軍の初期設定ではないか。

さてさて7/1は、忙しさにかまけて溜まった産経5日分のツンドクをヒー ヒー言いながら読み、その後、夕方から「犯罪心理学」(中公新書)の勉 強。ケーススタディはかの大久保清で、彼は2か月足らずの間に女性8人を 相次いで殺害。著者の福島章教授は大久保の精神鑑定に参加しており、あ まりにもの生々しさに小生は気分が悪くなった。

精神病者は、というか小生は「一歩間違えば自分も残虐なことをしかねな い」と、とても不安になる。自分の病気について知りたいというのは自然 だが、知らない方がいい場合もありそうだ。「無知の涙」の逆、「知の不 安」か・・・

入院中もそれは変わらない。自分が怖い発狂老人の病棟日記から。

【2016/12/10】*複数の精神科医師によると、脳内には幸福や不安を感じ やすくする遺伝子があり、これが「ストレスの感じ方」を左右するそう だ。日本人を含めたアジア系民族は環境によるストレスを受けやすく、逆 に欧米系民族は不安を感じにくく、楽観的な傾向があるという。

簡単に言えばアジア系は繊細、欧米系は鈍感、楽観的、進取的のようである。

アジア系=農耕・定住民族、欧米系=狩猟・移動民族というククリも考え られ、アジア系は天気に一喜一憂し、欧米系は獲物に出会うかどうかは運 しだいだからくよくよしない、明日はいいことがあるかもしれないと楽観 的になるともいえる。欧米系は肉食動物のように食いだめができるよう で、それなら数日間は獲物なしでも暮らせるわけだ。

厚労省の平成26年調査によると、精神疾患の患者数はここ20年でずいぶん 増えている。統合失調症(統失、以前は精神分裂症と呼ばれていた)など の「妄想性障害」と、小生のようなうつ病などの「気分/感情障害」は、 平成8年が72万1000人+43万3000人=合計115万4000人、これが平成26年に は77万3000人+111万6000人=合計188万9000人へと増えている。

以前なら同僚から「今ちょっと気分が落ち込んで、スランプ、ブルー。今 一つヤル気が起きない・・・」なんて言われたら、「まあ、そういうこと はよくあるよ、テンションが高くなったり低くなったり・・・じゃあ今夜 は女子も呼んでパーッと飲もうぜ」で、本人も周囲もあまり気にしなかった。

ところが近年は医者がどんどん病気を発見するというか、創っていく。病 気、病人は医者のドル箱だし、今一つ調子が悪い人でも、医者から「アス ペルガー症候群ですね、このままだと境界性人格障害とか自閉症になりか ねません、精神安定剤と抗うつ剤を処方しますから、しばらく様子を見ま しょう」などと診断され、患者として認定されることになる。

だから患者数はどんどん増え、医療業界は潤うわけだ。キミは病気、ボク も病気、上司も病気、部下も病気・・・だって人間だもの、ってか。

関連の調査「生活を整えて落ち込みを防ぐ」にはこうある。

<一日の生活は、仕事や勉強を除くと、睡眠、食事、運動、休養で成り 立っています。これらのバランスがとれて心身が充実していれば、ストレ スを受けても上手に対処できます。

しかし、生活のバランスが崩れると、ストレスがたまって気分が落ち込み やすくなり、睡眠障害も重なって、昼夜逆転など不規則な生活になりがち です。

そうすると体内時計が乱れ、自律神経の働きやホルモン分泌が低下し、さ らにストレスに弱い体になってしまいます。

このような時の過度の飲酒、重大な決断は、不本意な結果を招くことがあ るので避けた方が良いでしょう>

オイラは「不本意な結果」になってしまったよ、嗚呼・・・上記の続きに はこうある。

<*不安症・強迫症:主な症状=無意味な行動や、社会的に不合理な行動 を繰り返す。長い間、強い不安を感じることによって引き起こされる。

*心的外傷後ストレス障害(PTSD):主な症状=意欲が低下する、ひきこも る。強烈な体験や経験によって受けたトラウマ(心の傷)によって引き起 こされる>

長年にわたってストレスが積み重なり、それを酒で紛らわしていた小生 は、遂に上記の2つのミックスで発狂したと思っている。(つづく)2017/7/3


           
━━━━━━━
話 の 耳 袋
━━━━━━━


 ◎【黒田勝弘の緯度経度】 文在寅大統領への「ホメ殺し」 人生のルー ツを持ち出し反米、親北、親中にブレーキ 

韓国の文在寅(ムン・ジェイン)・新大統領が米国を訪問中だ。彼はワシ ントンに到着した日、まず米海兵隊博物館にある朝鮮戦争(1950〜53年) を記念する米韓友好のモニュメントを訪れた。これが戦争で最激戦地の一 つだった「長津湖(チャンジンホ)戦闘」を記念するものというところが 興味深い。

「長津湖」は北朝鮮東部の咸鏡南道(ハムギョンナムド)のケマ高原にあ る地名。北朝鮮支援で攻め込んできた中国の大軍に米軍(国連軍)が包囲 され、大打撃を受けたことで知られる。

朝鮮戦争は北朝鮮軍の奇襲侵攻でソウルが陥落した後、米軍(国連軍)の 支援で盛り返し、ソウルを奪還した米韓軍は北上して平壌を占領。さらに 北上したため中国軍が北方から大軍で介入し、米韓軍を南に押し戻したと いう経緯がある。

したがって朝鮮戦争は途中から“米中戦争”の様相となった。なかでも「長 津湖戦闘」は米軍が中国の大軍に押しまくられ、東海岸の咸鏡南道・興南 港から大量の避難民とともに南への撤退を余儀なくされた「興南撤収作 戦」につながる苦闘の象徴として知られる。

この時の「興南撤収」で北朝鮮から逃れ釜山港にたどり着いた北朝鮮の住 民に文在寅氏の両親もいた。文氏はその後、釜山近郊で生まれたが、歴史 的な意味では彼はいわば「長津湖戦闘」の“申し子”なのだ。

その彼が訪米の第1歩に「長津湖戦闘記念碑」訪問を選んだことを韓国メ ディアはこう書いている。

「あの時、米軍が大きな犠牲を払って中国軍の南下を阻止したおかげで、 文大統領の父母をはじめ20万人の興南撤収が可能になったのだ。(記念 碑訪問は)韓米血盟にからむ文大統領の家族史を通じ、同盟外交の第一歩 を踏み出す象徴的な歩みである」(6月29日付、東亜日報社説から)

 左派系の革新政権である文在寅政権の外交姿勢については内外で懸念す る声がある。文氏が自ら秘書室長など参謀を務めた師匠の盧武鉉(ノ・ム ヒョン)大統領(2003〜08年)が「米国を怒らせることがあってもいいで はないか」などと公言し、いわば「米・中等距離外交」で米国離れを目指 した“前科”があるからだ。

今回、文大統領の訪米直前には政権の外交参謀が北朝鮮の主張に歩調を合 わせるように「米韓軍事演習縮小論」を公言。政権内部に「自主外交派」 を布陣し、対北政策における米韓協調路線を手直しするような動きが見え 隠れしている。

このため不安が強い保守派を中心に国民は大統領の初訪米を固唾をのんで 見守っているのだが、そのスタートが「長津湖戦闘記念碑」訪問だったか ら保守派はとりあえずホッとしている。

先の新聞社説はそうした国民心理の反映といっていい。あえて解説すれば 「文在寅さん、あなたのルーツは反北、反中、親米だったのではないです か。それを忘れては困りますよ」というもので、彼の人生のルーツを持ち 出し反米、親北、親中に傾かないようブレーキをかけているのだ。一種の “ホメ殺し”である。

ついでにもう一つホメると、文在寅氏はすでに息子を米国に娘は日本に留 学させるなど家庭は十分に国際的で現実的なのだ。自らのルーツと韓国が 置かれた現実的な国際環境からすれば反米、反日など出てこないはずだ が。(ソウル 黒田勝弘)
写真− 韓国の文在寅大統領=6月28日、ワシントン(AP)
<http://www.sankei.com/world/photos/170701/wor1707010017-p1.html>http://www.sankei.com/world/photos/170701/wor1707010017-p1.html
【産經ニュース】2017.7.1 12:00 〔情報収録 − 坂元 誠〕



━━━━━━━━
読 者 の 声       
━━━━━━━━



 1)アメリカの紙パの業界再編成の凄まじさを考えると:前田正晶

昨日「電子計算機の進歩と発展に思う」の中でアメリカの製紙産業の衰退 について触れましたので、ここにあらためてアメリカの製紙産業界の再編 成振りを振り返ってみます。なお、これは16年6月14日に纏めてお知らせ したものを基にしております。ここで顕著なことは「洋紙メーカーは何処 に行ったのかと言わざるを得ない気がするほどの印刷(紙)媒体の衰退」 でした。

これまではWeyerhaeuser(W社)のみの衰退振りをお知らせしていました が、アメリカの紙パの業界再編成(Consolidation)の勢いと言うべき か、経営統合か合併か吸収で救い合う以外に道がないかのような状態を、 やや専門的にはなりますが、ほんのご参考までに採り上げてみます。こと 紙媒体となると、新聞とその用紙の衰退が最も顕著で、10年ほどの間に 60%も需要が減ったと聞きました。

最近の例では、大手のミードウエストヴェイコ(MeadとWestvaco
の合併)とロックテンという中位の会社がスマーフィットストーン(ジェ ファソン・スマーフィットとストーンコンテイナーの合併)が統合して 「ウエスト・ロック」になるという板紙パッケージングと段ボール原紙界 の再編がありました。

因みに、Meadは私が1972年8月に最初に転身したアメリカ印刷紙・パルプ とパッケージングの名門会社で、コート紙生産の技術は我が国のメーカー にライセンスを下ろしていたほどでした。

しかし、2000年代初期には板紙包装容器の名門Westvacoと合併し MeadWestvacoになってから印刷洋紙事業を売却し、その言わば第2会社だった
ewPageは既にChapter 11となって再生されていました。実は、W社は2005
年まではアメリカ最大級の上質紙(コピー用紙のような模造紙)メーカー だったのでしたが、将来性に危険を感じたのか、分離独立させてこの分野 から手を引いていました。

今となっては私にも何処か何処と合併していたのか解りません。14年度の 売上高第1位が、W社とともに「脱洋紙」の先駆者だったInternational
Paperで235億ドル($1=¥110ならば2兆5千850億円です)、2位には上記 の洋紙メーカーではないロックテンがいたようですが、合併もあって売上 高不詳。3位が何と2005年に洋紙事業を分離独立させ段ボール事業までを 売却していたW社で74億ドル、4位がキンバリー・クラーク(Kleenexで我 が国も広く知られている)の66億ドル、5位が板紙包装のPCAで58億ドル、 6位がドムター(W社の洋紙事業部を引き受けた会社)で55億ドル。

以下、ミードウエストヴェイコ、ソノコ(紙管や板紙)、グライフ、グラ フィック・パッケージング、キャップストーン、クリヤーストーン(確か 元は洋紙から板紙とティシュペーパーと手広かったポトラッチから分離) 等が続きますが、印刷紙というか洋紙メーカー主体のメーカーはほぼ消滅。
W社にしたところで、出発点の材木会社主体に変換したら、住宅産業が復 調して好決算が出来たと聞きました。しかし、16年9月末で紙パルプ事業 からの撤退を終えていました。

このアメリカの実態から見れば、我が国の紙パは幸いにして未だ業界再編 成というか印刷洋紙メーカーの衰退の仕方が遅れている?と言える気がし てなりません。業界の経営者たちは既に意識はしておられるでしょうが 「我が国でもICT化がアメリカ並みに進みAI
が現在以上に普及していけば(いや、いくでしょうが)、何れはというか 『明日は我が身』であると意識せねばなるまい」との危機意識がより一層 必要になってくるのではないかと危惧します。私はこれまでに何度も何度 も「アメリカで起きた現象は何れ我が国もやってくるのだと思え」と主張 してきました。

私はICT化は未だ未だ進むでしょうし、人口減少と共に人手不足が時を 追って深刻になっている以上、AIの導入も増えていくでしょうから、間も なく「AIの普及は人減らしになる。労働の機会を奪われる」などと言って いられる時代ではなくなると、危惧しております。印刷媒体の衰退に伴う 紙の需要減少を憂いているどころではない時代が来るのでしょう。



 2)その座に到る努力とそこに止まることの大変さ:前田正晶

このところ、安倍内閣と安倍総理にとっては悪材料が整いすぎたのか、何 処かの誰かが意図的に整えたかの感が濃厚だ。いや、文藝春秋社などはそ の目的で記事を出しているのだろうとすら思ってしまう勢いだ。前川前文 科事務次官は「頭角の意図はない」とは言っていたが、コインの裏側はそ れそのものではないのか。

以前にも述べたことで、W社の我が事業部が日本市場最大の占有率(カタ カナ語にすれば#1シェアーホールダー)を獲得した後におけるその地位を 維持する大変さと苦しさと難しさは、事前に予想することも出来なかった 困難なことだった。即ち、それに相応しい振る舞いと態度、品質を絶対に 落とさない努力、偉そうな顔と言うか今流行の「どや顔」などで顧客に接 してはならないこと等々は、そこに到って初めて解ったのだった。

私はスポーツの世界の公式な大会で優勝した経験がない(第3回国体では 高校の部で準優勝)ので実感がないが、県下の小さな大会(と言うのもお かしな表現だが)では優勝したことがあった。しかし、優勝とは言わば瞬 間的な感動だが、市場占有率第1位は長く続かせたいので、それに酔いし れている訳にはいかないのが優勝にはない難点であると、イヤと言うほど 思い知らされた。

より具体的に言えば、市場も消費者も同業他社も我が方の一挙手一投足を 事細かに見守っているのではないかというような疑心暗鬼にとらわれた時 もあった。不安だった。また、お客様も同業他社も我が方の価格政策を常 に注目しているので、市況や為替の動向を見誤ることなどは許されないの だ。このような辛さを経験して、competitorに落い着き追い越せの努力を していた頃の方がよほど楽しかったと実感したのだった。

ここまで言いたいことは、長くその座に安住していれば何時かは何処かに 緩みが出てくるし、緊張感も欠けてくるだろうことは容易に察知できたの だ。その点では「安倍一強」などとマスコミに形容されては、安倍総理が 慢心されなくとも、既に多くの2回生とやらが起こした遺憾千万な事例が 示すように、下々ではそこまでに駆け上がってきた苦労がないので、思い 上がり現象と気の緩みが出てきたのだと思っている。

思い起こせば、当時の我が方の事業部の態勢は副社長以下、本部の10人に も満たない横一線で並んだ10人にも満たない部員と東京駐在の私が直接の 担当者で、何百名もいる玉石混交の自民党の衆参両議院たちと比べれば統 一が取れていて緊張感に溢れ、失言も失点も失態もなく#1の座を維持でき いた。

第2次安倍内閣誕生以降は総理の指導力宜しきを得た上に、アベノミクス もそれなりの成果を上げてきた。確かにマスコミが言うように数の力を活 かして政権は安定している。総理の多方面にわたる外交戦略も十分に効果 を発揮し、あのトランプ大統領とも友好関係を築き上げられた。

だが、「好事魔多し」の喩えもあるように、長期政権ともなれば閣僚にも 与党内にも疲労も生じてくるものらしい。最近の出来事などは、如何に敏 腕な菅官房長官といえども、これまでのように巧みには乗り切れていない 感がある。

私が見るところでも、2回生問題という内憂もあれば、内閣を改造する度 に問題を起こしやすい大臣を起用している嫌いがある。そこに村田某始め 玉木、山野井、福山、小川等々の民進党の揚げ足取りの専門家連中につけ 込む隙を与える結果になってしまったようだ。私は「発言の撤回」などは まるで無意味だと思う。いくら撤回しても、テレビで連日のように報道さ れては世界中に広まってしまうからだ。

私は昔は「大臣」というのは本当に偉い方だけがなるもので、清廉潔白、 人格高潔、博学多識、品行方正、由緒正しき家系と家庭の方がなるものだ と思っていた。現在のように滞貨一掃などとマスコミに揶揄されて、当選 回数でなれる代物とは知らなかった。既にマスコミは内閣改造で起用され るだろう顔触れの予想が華やかだ。

私は内閣改造はするに越したことはないと思うし、8月などと悠長なこと を言わずに、ASAP(可及的速やかに)で実行した方が良くはないかとすら 考えている。そうでないと、反安倍内閣のメデイアは連日のように村田某 の切り口上での悪口を嬉しそうに流し続けることだろうし、籠池夫人は如 何にも自分たちが被害者であるかの如くに言い続け、マスコミはそれに飛 びつくだろう。

事態はそれほど安倍内閣にとって不利なところに来てしまったような気が するのだ。マスメディアはあの民主党政権の時のような悪い夢を見たいと 望んでいるとしか思えない。私は事態を見誤っているのだろうか?考えす ぎなのだろうか。


 3)外国との交渉の際には怖めず臆せず議論すること:前田正晶

嘗て私のメル友の方々の間で「外国に対する理解度」が論じられたことが あったので、ここにあらためて私が経験した下記のようなエピソードを紹 介することから入って論じていこう。

私がアメリカの会社に転身するきっかけを作ったのが、1969年に偶然な事 情で懇談した初対面のUKの大手製紙会社の日本代表者で日系カナダ人のGN 氏だった。N氏は業界では誰知らぬ者なき有名人だったのだが、国内の市 場の担当だった私には「変な外人」のような印象しかなかった。N氏は関 西訛りを残した流暢な日本語で話し、尚且つ古き良き日本の伝統と文化を 忘れてない人だった。

そのN氏が「貴方に相応しい転進先」として強烈に推薦され結果的に転進 することになったのが、アメリカの大手製紙会社M社だった。そのM社の日 本の代表者がHM氏だった。同氏は日本の大手紙パルプメーカーからM社に 転進されていた同じく有名人だった。M氏はアメリカに留学されたMBAでそ の高い英語力でも有名だった。

私の転職後にこの両氏と3人で会食した際にM氏が「私もアメリカ人とのつ き合いが長くなり、最近ではアメリカ人とは何かの70%は解ってきまし た。だが、未だに残る30%は謎として残っています」と語られた。N氏は 軽く受け流しただけで特に何も言わなかった。

だが、帰リの車の中で「Mさんもあんなことを言っているようは・・・。 あの比率は反対だろう。この俺だってカナダ人もイギリス人もアメリカ人
についても解っているのは精々30%や」と言ったのだった。

私にとっては非常に興味深いこの2人の「外国に対する理解度」の挿話 だった。私はM氏から「アメリカとは何か」以外に、我が国との文化の違 い等を短期間に多く学ぶ機会を与えられた。N氏は私の人生の師と言って 良いほどの人物で、英語による外国人との意思疎通の方法等々、本当に多 くのことを教えて貰った。その2人の権威者の間でも、それほど外国に対 する理解度についての見解が違うのが印象的だった。因みに、誠に残念な がらお2方とも既に故人なのだ。

私は以前から「私自身のアメリカの文化と思考体系の違いの理解というか 認識度を数字で表せば、精々20%程度だ」と言ってきた。その20%に達す るまでに10年以上を要した。即ち、両国の文化と思考体系の間には深刻な 違いがあると知り得るまでにはそれほどの年数を要したのだった。

社内ではその状態を「まるで凸凹道を歩いているようなもので、あっちで ぶつかり、こっちで転んでいるようなものだった」と表現していた。その 凸凹道を何とかして平坦な舗装道路にせねばと思いつき「日米企業社会に
おける文化と思考体系の違い論」を何とか纏めてプレゼンテーションを始 めたのは、W社に転身後の1990年だった。

社内では「最低限、私がと言うことを理解して違いを認識して日本に出張 してくれば、何でこうなるのかと戸惑うことなどなくなると知れ」と言い 続けてきた。

そういう文化と思考体系の違いに加えて日米間の貿易の歴史を正しく学ん でおけば、トランプ大統領のようにアメリカの対日貿易赤字の原因が日本 側にあるかのような、世迷い言が出てくるはずがないのだ。これから先に 始まるのだろうFTAの交渉でも、先ずは「怖めず臆せずに、自国にとって 最善の条件となるような主張をすべきである」から入っていくべきだ。

更に、我が国から反論すべき所を遠慮して沈黙でもしていれば、アメリカ 側は「自分たちの主張が正しく、日本側には反論の余地もないらしい」と 図に乗ってくるのは必定である。ここでも言えることは「論争と対立を恐 れてはならない」というアメリカとの交渉の際の鉄則があるのだ。



━━━━━━━
身 辺 雑 記
━━━━━━━


4日の東京湾岸は曇天、夜には雨とか。


3日の東京湾岸は曇りのち晴れ。

隣りの第3亀戸中学校のプールでは午前11時ごろ男子生徒たちが今年の初 泳ぎ。初めは寒そうだったが、次第に慣れて楽しそうだった。





                          読者:5725 






◆メルマ!メルマガの退会・解除はこちら
→ http://melma.com/contents/taikai/

渡部 亮次郎 <ryochan@polka.plala.or.jp>

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2004-01-18  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: 97 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • 名無しさん2017/07/05

    日本で、ルソーが狂人であったことも、ルソーこそマルクス・レーニン主義の原点であることも、全く知られていない。原因は、大正時代から師範学校において、ルソーは「最高の教育学者」だと徹底的に洗脳したからだ。

  • 名無しさん2017/07/04

    15世紀末、アメリカ大陸がコロンブスによって発見されて以降、大西洋は一気に世界の表舞台に躍り出る。16世紀、スペインが新大陸征服の為、大西洋を横断し、17?18世紀、新大陸で「英仏植民地戦争(第2次英仏百年戦争)」が勃発して、旧大陸ヨーロッパでも覇権を競った結果、イギリスが新大陸で優位に立った。その結果、イギリスは大西洋を制覇し、「三角貿易」を展開して、巨万の富を得る時代が到来する。三角貿易と言えば、「砂糖」「銃」「奴隷」を指すが、「大西洋三角貿易」と言うと、「ヨーロッパ」「西アフリカ」「西インド諸島」の3領域を指す。三点それぞれに特定の海流が流れ、イギリスから見た場合、見事なまで一方交通になっていた。



     最初の三角形の一点が「カナリア海流(イギリス→西アフリカ)コース」で,繊維製品とラム酒と武器を運ぶルートだった。



     次の一点が「南赤道海流(西アフリカ→西インド諸島)コース」で、黒い積み荷と呼ばれる黒人奴隷を大量に運んだ。



     最後の一点が「メキシコ湾流・北大西洋海流(西インド諸島→イギリス)コース」で、白い積み荷と呼ばれた砂糖と綿花をイギリスに向けて運んだ。



     17世紀以降、イギリスが発祥となる紅茶の習慣が砂糖の需要を押し上げ、インド諸島とブラジル北東部の開発が急がれた。これら地域の圧倒的労働力不足から、大量の奴隷が必要となった。そこでイギリスから出航した船は、カナリア海流で西アフリカへ繊維製品、ラム酒、武器を運び、それら商品と交換に奴隷を確保して、南赤道海流で西インド諸島へ、ブラジル海流でブラジル南東部へ向かい、奴隷と交換で大量の砂糖を獲得し、メキシコ湾流と北大西洋海流でイギリス本国へ戻ったのである。



     奴隷の一部は、アメリカ南部にも輸出され、黒人たちは綿花のプランテーションで一生働かされた。その綿花がイギリスの織物工場に運ばれ、産業革命の基盤となった。また、イギリスは、ヨーロッパ、インド、中国(清国)の三角貿易も行った。「茶」「アヘン」「綿織物」の三角貿易である。清からイギリスへ茶を運び、イギリスからインドへ綿織物を運び、インドから清へ銀とアヘンを運び、イギリスは莫大な富を得たのである。



     そんな頃、イギリスと旧大陸で、白人(アシュケナジー系ユダヤ)のロスチャイルド家が台頭し、銀行業、鉄道、植民地戦争の兵員をイギリスに貸し出す傭兵業などでヨーロッパ随一の大金持ちになった。



     ロスチャイルド家は、「日露戦争」の戦費調達で、日本銀行副総裁だった高橋是清がイギリスとアメリカに赴き、日本公債を発行することと関係する。イギリスでは500万ポンドの日本公債を発行したが、残りの500万ポンドが調達できない状態に陥った。この頃の日本は、国家予算の半分以上は軍事費と言う状況だった。その時に手を差し出したのが、「クーン・ローブ商会」のジェイコブ・ヘンリー・シフだった。シフはロスチャイルド家の一員だった。



     ロスチャイルド家はイギリス政府と一心同体だった。ロスチャイルド家は、ロシアを日本と戦わせ弱体化させ、その隙に乗じて乗っ取るつもりだった。ロスチャイルド家は日本に対し、天文学的な戦費を貸し付け、関連企業の武器を買わせ、ロシアを叩いた後、日本から巨額の利子を吸い取る算段だった。結果として、日本財政は火の車となり、さらなる戦争に向かわざるを得なくなる。領土拡大による戦略にのめり込んでいった。



     ロシアは、ユダヤ系レーニンが仕掛けた「ロシア革命」の暴力でロマノフ王朝が崩壊する。結局、日露戦争の真の勝利者は、ロスチャイルド家となった。現在、ロシアのプーチン大統領は、ユダヤ系財閥と徹底抗戦する唯一の指導者になっている。



     徳川幕府を倒す資金を援助したのはイギリスだった。正確にはロスチャイルド家だった。イギリスのロスチャイルド家とフランスのロスチャイルド家が二手に分かれ、薩長倒幕勢力と江戸幕府の両方を資金と武器で支援し、両者を戦わせて、どちらが勝っても支配権と利益を手に入れようとした。



     長崎に居を構えた「マセソン商会」のトーマス・グラバーを介した資金も、イギリスのロスチャイルド家から出たものである。事実、グラバーは坂本龍馬を使って薩長を結び付け、両藩に支援して幕府を転覆させている。特にグラバーの協力でイギリスに密航留学した長州藩の5人を「マセソン・ボーイズ」といい、莫大な留学費を負担したのもグラバーだった。彼らは帰国後、内閣の父で初代総理大臣の伊藤博文、外交の父で初代外務大臣の井上薫、鉄道の父で鉄道庁長官の井上勝、造幣の父で造幣局局長の遠藤謹助、法学の父で法制局長の山尾康三となる。



     グラバーはロスチャイルド家の代理人であり、維新後、グラバーは三菱財閥の岩崎弥太郎の下で働き、明治政府から「勲二等旭日重光章」を授与されている。かくしてイギリスは、「独立戦争」でアメリカに敗北し、世界最大の覇権国の地位をアメリカに譲ったが、裏からアメリカを牛耳ることになる。それがロックフェラーである。



     とはいえ、イギリスは大西洋を支配し続けた。つまり、ロスチャイルド家が大西洋を牛耳ったということである。大西洋航路の花形だった「タイタニック号」は1912年に沈没事故を起こすが、莫大な保険金がロスチャイルド家に転がり込んだ。



     アメリカの日本再占領を語るうえで、イギリスの存在を無視できないのは、ロスチャイルド家が大西洋を支配するように、アメリカのロックフェラー家が太平洋を支配している構造だからである。

  • 名無しさん2017/07/04

    神奈川弁護士会通知書

    http://yh649490005.xsrv.jp/public_html/2017/07/02/1702-%e6%87%b2%e6%88%92%e8%ab%8b%e6%b1%82%e3%82%a2%e3%83%a9%e3%82%ab%e3%83%ab%e3%83%8819%e7%a5%9e%e5%a5%88%e5%b7%9d%e5%bc%81%e8%ad%b7%e5%a3%ab%e4%bc%9a%e9%80%9a%e7%9f%a5%e6%9b%b8%e2%91%a0/

    知っておいてねシナ朝鮮留学生

    http://kk-kohkokusinmin.seesaa.net/article/211203918.html

    米国で日系人墓地をターゲットにした破壊行為が多発して大騒ぎ

    http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-4992.html

    誰かを侮ることで自分の優越感を維持する「必要性」

    http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-606d.html

    市川紗椰さん、日本のマスコミに対して正論

    http://okutta.blog.jp/archives/17006107.html

    自治体の条例でパチンコ廃絶の事例有り!拡散を!

    http://kosakaeiji.seesaa.net/article/252192540.html

    渡部昇一の古事記

    http://blog.goo.ne.jp/ryoko-aisha/e/8bbc58fb9477257aeaa927b41f54efcc

    海部町 海部川

    https://www.google.co.jp/search?q=%E6%B5%B7%E9%83%A8%E7%94%BA%E3%80%80%E6%B5%B7%E9%83%A8%E5%B7%9D&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwiIueXYmO_UAhXCsJQKHeqrDoUQ_AUICCgD&biw=1280&bih=641

    24年組

    https://ja.wikipedia.org/wiki/24%E5%B9%B4%E7%B5%84

    豊田真由子議員が園遊会で見せたモンスターぶりとは?母親が旦那と主張

    http://netaroom.com/wadainohito/toyodamayuko-2/

    睡眠薬・安定剤自殺は死より恐ろしい地獄をもたらす

    http://t-yoshimura.doorblog.jp/archives/54743691.html

    抗ガン剤で殺される 証拠証言集

    http://blog2.tumuzikaze.net/index.php?QBlog-20140522-1

    はしかワクチン、怖いぞ、副作用

    http://wonderful-ww.jugem.jp/?page=1&cid=11

    海水を点滴したというルネ・カントン氏について調べてみた

    http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20140804

    コミックス『南鎌倉高校女子自転車部』舞台探訪(聖地巡礼)@鎌倉編その1

    http://d.hatena.ne.jp/paffue/20120324/1332590596

    教育勅語の復権

    https://blogs.yahoo.co.jp/bonbori098/22763042.html

    モンテッソーリ教育について

    http://sainou.or.jp/montessori/about-montessori/about.php

  • 名無しさん2017/07/04

    知りえないアメリカの製紙業界事情の解説を通じてコダックの倒産と同じと思い又人工知能の発達が自分の仕事が紙やフィルムの後を追っている事に思い至らせてくれる良記事でした。有難うございました。

  • 名無しさん2017/07/04

    徳川家康が実際に使用した鎧兜が、イギリスの「ロンドン博物館」に展示されているのは有名な話である。家康が幕府を開いた10年後、イギリス国王の使節が渡来し、イギリスと日本が国交を結んだ。1613年だが、その記念に家康自身の鎧兜が贈られ、家康の国交文書が「オックスフォード大学」に保管されている。朱印状を見れば関税は無料とある。



     17世紀のヨーロッパは、カトリック勢力とプロテスタント勢力が争っていた。先に海外に進出したのがローマ法王のお墨付きをもらったスペインとポルトガルで、スペインはフィリピンを支配して日本に宣教師を送り込んできた。そこで家康は伝道よりも交易を優先するイギリスとオランダと手を組むことになる。



     実は、関ヶ原の半年前、家康はイギリス人のウイリアム・アダムスを側近にしていた。家康と国交を結んだのがイギリスの国務大臣ロバート・セシルで、その配下が「東インド会社」のリチャード・コックスで、アダムスと同僚だった。その関係で、家康を介してカトリック教徒の弾圧を決行させ、「島原の乱」で壊滅させたとされる。さらに、当時の豊臣家は家康と対抗するため、カトリック勢力を味方につけていた。弾圧を受けた宣教師やキリシタンが逃げ込んだのが大阪城だった。そこで家康はアダムスを介してイギリス型軍艦を造り、「大坂冬の陣」に突入する。



     当時の主流だった「フランキー砲」は100mしか射程距離がなかったが、イギリスが音速を超え500mの射程距離を持つ「カルバリン砲」を提供すると、遠くから天守閣に砲弾が命中し、淀君が恐怖して停戦条約を結ばされて堀が埋め立てられたのである。



     これは当時の核兵器に匹敵する最新鋭兵器で、イギリスはこの兵器でスペインの無敵艦隊を射程距離外から壊滅させた。コックスは後に平戸の出島に商館長としてやってくるが、鎖国時代の日本はオランダとしか西洋交易していない。その理由は、イギリスがスペインとポルトガルを日本近海で襲う際、日本人の海賊を使ったり、外国に日本人の奴隷を売ったり、浪人を傭兵に使ったため、1623年に幕府からコックス宛に日本から撤退するように命じられたからである。その後、イギリスは大西洋を支配し、アメリカの太平洋支配と共に世界を二分する。



     1854年、アメリカが日本と「日米和親条約」を結ぶと、同年、イギリスも「日英和親条約」を締結する。日本はアメリカに下田と箱館の開港を認め、イギリスに長崎と箱館を開放し、治外法権・最恵国待遇などが定められた。そこにトーマス・ブレーク・グラバーが館を建て、大量の最新銃を、坂本龍馬を通して薩長に流すことになる。あまり語られてないが、海兵隊に軍艦が与えられた資金はイギリスが背後にいたからで、倒幕運動の背後にイギリスがいた事実は隠せない。



     実際、サー・アーネスト・メイソン・サトウがイギリスの外交官兼、イギリス公使館の通訳、駐日行使、駐清行使として来日し、1867年12月、徳川慶喜の「大政奉還」の詳細を探る目的と、「兵庫開港」の準備で、2等書記官アルジャーノン・ミットフォードと大坂に赴き、後藤象二郎、西郷隆盛、伊藤博文らと会談してる。



     さらにエドモンド・ハモンド外務次官が記した、ハリー・スミス・パークス行使宛の「半公信(1866年4月26日付)」に、「日本で体制の変化があるとすれば、それは日本人から端を発しているように見せかけねばならない」とある。



     これは、後の明治新政府が「日英同盟」を結ぶきっかけになるもので、アメリカとイギリスが交互に日本を利用する仕組みができていたことを意味する。これは現在から近未来においても変わらない。

  • 名無しさん2017/07/04

    エリツィンは軍とKGB(ソ連国家保安委員会)の支持が なければ体制護持派のクーデター(1991/8/19の8月革命)でつぶされ、 ロシア連邦初代大統領にはなれなかっただろう。



    >軍とKGBが体制護持派のクーデターを計画した。

    クーデターが失敗したのは、軍の一部がエリツィン側についたから。

    象徴的なのは、エリツィンが立てこもるロシア連邦大統領府に攻めてきた戦車隊が、大統領府の前で、Uターンして、そのままエリツィンを守る戦車隊になったこと。



    1991年8月19日、ゴルバチョフ大統領と各主権共和国指導者が新連邦条約に調印する前日、「国家非常事態委員会」を称するグループがモスクワでの権力奪取を試みた。ゲンナジー・ヤナーエフ副大統領を始めとする守旧派グループによる体制維持が目的の反改革クーデターはウラジーミル・クリュチコフKGB議長が計画し、ゴルバチョフの別荘の暗号名をとって「あけぼの作戦」とよばれた。委員会の8人のメンバーはヤナーエフ副大統領、クリュチコフKGB議長、ボリス・プーゴ内相、ドミトリー・ヤゾフ国防相、ヴァレンチン・パヴロフ首相、オレグ・バクラーノフ国防会議第一副議長、ワシリー・スタロドゥプツェフソ連農民同盟リーダー、アレクサンドル・チジャコフ国営企業・産業施設連合会会長であった。また、同委員会の正式なメンバーでは無かったが、アナトリー・ルキヤノフソ連最高会議議長は同委員会と密接な関係にあり、謀議に関与していた。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E9%80%A38%E6%9C%88%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%BF%E3%83%BC