政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針

2017/07/02

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    わたなべりやうらうのメイルマガジン「頂門の一針」4401号
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           2017(平成29)年7月2日(日)



         中国軍、またもブータンの一部を侵略:宮崎正弘

         「親中愛台」よりも「台湾第一」:Andy Chang

                患者自己注射物語:渡部亮次郎   
       
         
                    
                        話 の 福 袋
                           読 者 の 声
                           身 辺 雑 記


□■■□──────────────────────────□■■□
第4401号
                             発行周期 不定期(原則毎日発行)
             
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中国軍、またもブータンの一部を侵略
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成29年(2017)7月1日(土曜日)
        通算第5335号 
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 中国軍、またもブータンの一部を侵略。インドが防衛に
  インド洋も南シナ海に続いて「中国洋」と化けるのか?
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 インドは北京で開催されたAIIB(アジアインフラ投資銀行)フォー
ラムを正式にボイコットした。

モディ政権の中国外交は一貫して経済と分離し、強硬である。

インドの中国に対する不信は高まることはあっても鎮まることはない。
陸地に於いて中国軍はインドとの国境地帯を蚕食しつつ、こんどはインド
の事実上の保護国であるブータン王国のドクラム高原の一部に道路を建設
中だ。

ブータンの領土を掠め取ろうとして軍事行動を本格化させている。

インドはバングラデシュの北側を領有し、東インドを繋げる「シリグリ回
廊」(シッキム、ブータン、チベット三角地帯)の分断を図るのが中国の
長期的な軍事目的である。インドが激怒するのは当然だろう。

中国は「1962年戦争を思い出し、歴史の教訓に学べ」などと、傲慢で命令
口調の態度を変えず、インドとの境界線を前進させてきた。「サラミ戦
略」ならぬ「キャベツ戦略」である。中国はシリグリ回廊の495平方キロ
が「歴史的に中国領土だ」と根拠のない主張を平然と続けている。そのう
えで、「インドは軍隊を撤兵させよ」と言うのだ。

1962年のインド中国国境紛争は、シッキム高原の侵略を狙って中国が軍を
進め、アクサイチンを軍事占領し、インドからシッキムを奪った(そのと
きまでシッキム王国は存在していた)。ちょうどキューバ危機の最中、世
界は、この国境紛争を小さな出来事として注目しなかったが、インドはこ
のときの屈辱感から核武装への道を決断した経緯がある。

インド陸軍は第17」山岳師団をシッキム地方に駐屯させており、そのうち
の3千名は中国軍が展開する係争地で臨戦態勢にある。

中国軍はすでにチベット側に35トン戦車を待機させており、同時にブータ
ンの領土に建設中の道路は40トンの戦車が通行可能だという(アジアタイ
ムズ、6月29日)。もちろん、ブータン王国は中国に撤兵を要求している。

「世界一幸せな国家」(GHP)というブータンはまともな軍隊を保有し
ておらず、事実上、インドの保護下にある。


 ▲インド洋が「中国洋」となる日が近い?
 
海洋もまた中国海軍の野心的進出に脅かされている。

インドが警戒するのはインド洋における中国海軍の進出であり、すでに
ミャンマーの西沖に広がるアンダマン諸島には中国がレーダー基地を敷設
した。

バングラデシュにはチッタゴン港の浚渫を提言し、インド洋の南東に浮か
ぶスリランカにはハンバントタ港に既に中国海軍潜水艦が寄港し、南西の
モルディブには、中国が鳴り物入りのチャイナタウン。そしてインドを西
側に挟む敵対国家パキスタンのグアダール港の建設を加速している。

このためインドは米軍との軍事同盟を強化し、日本、オーストラリアを加
えた4ケ国で共同軍事演習を展開してきた。

南インド洋には豪のほか、フランスも幾つかの島々を領有しているため、
軍事的脅威を目の前に、日米豪印の四カ国の軍事協力体制に加わる用意が
あると言われる。

もっと驚くべきは中国の長期的な海軍突出野心である。

ジブチの米軍基地に隣接する場所に中国は一万人規模の軍事基地を建設中
で、これは中国が海外に駐屯させる最初の外国駐屯軍事基地となる。

この「海のシルクロート」とかいう経済プロジェクトの裏側が中国の地球
的規模の軍事突出プランであることは、世界の常識である。

インド軍事情報筋の分析では、ジブチを拠点化したあと、中国はマダガス
カル、モーリシャスの島嶼を狙い、最終的にはディエゴガルシアにある米
軍基地への牽制も伺うだろうとしている。
     
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIE 
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 「戦争とはこんなもんです」と中国人兵士は記録を残した
  このような第一級史料がなぜ戦後の日本から消されていたのか

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陳登元著、別院一郎訳『敗走千里』(ハート出版)
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「南京大虐殺」なるものが政治宣伝戦争上で、でっち上げられた架空の事
件だったことは、120%証明されている。客観的科学的証拠がなく、反論
もなせず、しかし中国は政治的プロパガンダを続ける。フェイクの総合展
覧会が南京にある反日記念館である。

本書は、南京大虐殺の虚妄、フェイクを中国軍兵士として参戦した中国人
が自ら語った貴重な証言である。

じつは昭和13年に、この本は出版され、百万部を越えるベストセラーと
なっていた。それを消したのはGHQだった。焚書として、発禁図書とし
てGHQが没収し、廃棄したのだ。

「南京に山積みされた死体の山」とは、蒋介石軍の督戦部隊が、敗走しよ
うとした自国軍兵士を機関銃で撃ったものだった。

便衣隊とは、つねに軍人が一般市民に化ける服装を携帯していたという実
態があった。

実際に中国軍に強制徴募され強制的に戦闘地に駆り出された中国人青年・
陳登元が見たのは、中国軍人の腐敗、その略奪ぶりのおぞましさだった。
 陳登元は父親が重慶で親日家だった関係で10代で日本留学の経験があ
り、ちょっと祖国へ帰るといって日本を去って、そのまま運悪く徴兵され
てしまった。

彼は手記を綴った。
 
それを日本で家庭教師だった別院氏が翻訳した。

「僕はこの2度と得難い戦争を記録しておく決心をしました。幸い、僕
の耳はまだ、砲弾にやられた断末魔の人間の叫喚が残っています。生臭い
血の臭いが鼻に残っています。

バラバラになった人間の腕や、旨や、首や、そんなものが目に残っていま
す。僕は書きました。僕の経験し、見聞せる範囲内においての殆ど残らず
書きました」

読んでみると、中国軍とは、こういう出鱈目な行為をする匪賊だったこと
が了解できる上、南京大虐殺は完全に否定されている。

  
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▼読者の声 ▼どくしゃのこえ ■READERS‘ OPINIONS
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(読者の声1) AIIB(アジアインフラ投資銀行)ですが、貴誌の予測
とは異なって、格付け機関のムーディズが、中国主導のAIIB格付けを
AAAとしました。太鼓判を押したようなものではないですか?
  (JJセブン)


(宮崎正弘のコメント)野球のゲームで言うと、1回表、たまたまヒット
が続いて、この状態が続くと拙速に予測したようなもので短期的な見た
て。しかもこの格付けには、中国の「政治力」がモノをいったのでしょう。

ベネズエラの格付けをモデルにしましょう。

原油高騰のおり、ベネズエラ国債は利回りが良いので結構人気がありまし
た。原油価格下落とともに返済能力を勘案して、2013年1月にムーディズ
は「ネガティブ」に変更し、翌年2月にフィッチが「トリプルc」(投資
不適格。債務不履行の怖れ)、そして2015年、ムーディズは
Caa3(21段階の格付けの下から三番目。つまり紙くず)と裁定しま
した。

格付けとは、発行元が格付け機関に依頼する仕組みになっており、契約が
過ぎても、いったん格付けした債権は最後まで責任をもって投資家に発信
するのが道義的責任であり、 AIIBもいずれそうなる可能性が高いで
しょう。




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「親中愛台」よりも「台湾第一」
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          Andy Chang

台湾で人気の高い台南市長の頼清徳氏が「親中愛台」というスローガン
を打ち出して批判を浴びている。中国が敵意を露わにしているのに中国
と親しくしましょうと言う態度は降参も同然だ。

世間の批判に対し頼市長の反論は、メディアが話題にする「92共識」や
「独立の党綱領の凍結」などは台湾意識を分裂させる宣伝手段である。こ
れと違って「親中とは台中対等」であり、「愛台とは台湾優先」だと言う。

つまり頼清徳氏は外省人と台湾人の両方に呼びかけたのであり、親中と
は統一派に向けた呼びかけ、愛台とは独立派に向けた呼びかけであると
言うのだ。「統一でなく親中、独立でなく愛台」と言えば台湾が統一派と
独立派に分裂せず一致団結して中国に対応できると言う。

こう言った呼びかけは頼清徳市長が次期総統に出馬する意向が濃厚で
統一派と独立派の双方に呼びかけと思われる。但しこのスローガンは統
独双方とも受け付けないで失敗する可能性が高い。

●台湾人はみな「恐中病」か

中国が台湾併呑を主張して恫喝を繰り返しているのに、台湾では「反併
呑」を主張しない。中国が台湾併呑を主張し、国民党が呼応して統一を
主張する。國民黨は明らかに台湾人の敵である。これに対し民進黨は二
大政党政治、親中、友中、善意などで現状維持を主張している。民進黨
は恐中病に取りつかれている。

中国の敵意に対し台湾が善意を主張するのは負け犬が尻尾を巻いて萎縮す
るのと同じだ。アメリカは台湾を守ると言いながら中国と戦争したくな
い。中国もアメリカと戦争したくないがアメリカが攻めてこないから台湾
を脅すだけである。

台湾もアメリカが守ってくれるから本気で自己防衛をせず、独立派と統一
派が「仲良くして」いる。中台間の相互理解とか、和解と諒解など寝言で
ある。中国はアメリカを刺激しない程度に少しずつ台湾侵略を進めてい
る。パナマ断交がその良い例である。外交で台湾を国際的に孤立させ、国
民党を使って内部分裂させる。

●民進黨に騙されるな

頼清徳市長は独立派を自称している。独立を主張するけれど、統一派に
親中、独立派に愛台を呼びかけるのは蝙蝠と同じである。彼は台湾を核
心とし、中国に友誼の手を差し伸べることが親中愛台の主張だと言う。台
湾人は平和を愛し、民主と自由があり、生活の安定、経済繁栄があれば
中国と共存、中台が対等であればよいと言う。

彼と同じく多くの民進黨政治家は善意、和解、友誼と現状維持で国民党
の統一派と共に中華民国の二大政党政治を続けるつもりだ。しかし中国
は台湾併呑を明確にしているので和解も善意もない。国民党は中国の手
先である。国民党を潰さなければいつまでも中国の圧力をうける。

中国の圧力をなくすには独立以外に方法がない。台湾人は中華民国を
打倒して独立する目標を持っている。ところが人民の願望に反して民進
黨は違った政治目標を持っているらしい。民進黨の独立主張は「中華民
国の政権」を取るための便宜で、本気で國民黨を潰す気がない。これで
は台湾は独立できない。

●問題は「中国の台湾併呑」だ

私は頼清徳市長の独立意識が他の民進黨の政治家より強いことを疑わ
ない。しかし彼が民進黨に留まっている限り他の党員に押されて理想を
達成できないと思う。

民進黨が国民党と共同で台湾の両党政治を目指す。しかし頼市長の親
中スローガンが統一派を説得して独立派と共に中国に対抗するとは思え
ない。台湾独立は国民党消滅が先決である。親中スローガンで國民黨を
説得できないし、愛台スローガンで台湾人が彼を支持することもない。

問題は中国が「台湾併呑」を明にしているのに、台湾が「反中国、反併
呑」を明確にしないことだ。中国の「台湾併呑」に対して「反併呑」を表
明すれば台湾は団結する。

トランプは「アメリカファースト」を掲げて選挙に勝った。日本では小池
東京都知事が「都民ファースト」を打ち出し、都民の支持率が高い。頼清
徳が「台湾第一」、「台湾ファースト」を打ち出せば蔡英文の21%支持率
を凌ぐことは簡単だ。但し頼清徳がそれを打ち出すには民進黨から離脱し
なければならないかもしれない。



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患者自己注射物語
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  渡部 亮次郎

日本で糖尿病患者が治療薬「インスリン」を患者自身で注射して良いと決
断した厚生大臣は園田直(そのだ すなお)である。インスリンの発見か
ら既に60年経っていた。逆に言えば患者たちの悲願を歴代厚生大臣が60年
も拒否するという残虐行為をしてきたのである。

園田自身も実は重篤な糖尿病患者であった。しかしインスリンの注射から
逃れていたために大臣在任中、合併症としての腎臓病に罹り、1週間ほど
緊急入院したくらい。大変な痛がり屋。引きかえに命を落とした。

政治家にとって入院は命取り。大臣秘書官として事実を伏せるために余計
な苦労をしたものである。にも拘らず園田はそれから僅か3年後、人工透
析を途中で拒否したため、腎不全のため70歳で死亡した。昭和59(1984)年
4月2日のことだった。

その直後、私が糖尿病を発症した。全く予期せざる事態に仰天した。糖尿
病は現時点の医学では絶対治らない病気、いうなれば不治の病というから
業病(ごうびょう)ではないか。絶望的になった。

検査などの結果、私の母方の家系に糖尿病のDNA(かかりやすい遺伝子)が
有り、弟は発症しないできたが、上2人の男兄弟は暴飲暴食による肥満が
契機となって発症したものと分かった。

しかし、あれから40年近く、私は毎朝、ペン型をしたインスリン注射を繰
り返すことによって血糖値を維持し、今のところ合併症状も全く無い。普
通の生活をしていて主治医からも「文句の付けようがありません」と褒め
られている。お陰で園田の年を超えた。

これの大きな理由は注射針が極細(0・18mm)になって殆ど痛みを感じなく
なったからである。あの時、園田が自己注射を決断したお陰で医療器具
メーカーが、患者のためと自社の利益をもちろん考え、針を細くし、簡単
に注射できるよう研鑽を積んでくれたからである。

逆に言えば、厚生省が自己注射を許可しないものだから、医療器具メー
カーは、それまで全く研鑽を積まないできてしまったのである。自己注射
で注射器や針がどんどん売れるとなって初めて研鑽を積む価値があるとい
うものだ。

つまり役人や医者の頭が「安全」だけに固まっている限り医療器具は1歩
たりとも前進しないわけだ。患者たちを60年も苦しめてきた厚生省と日本
医師会の罪こそは万死に値するといっても過言ではない。

そこで常日頃、昭和56年までの糖尿病患者たちの苦しみを追ってきたが、
最近、やっとそれらしい記事をインターネット上で発見した。

「インスリン自己注射への長い道のり」(2001/05/28 月曜日)と題するも
ので、とある。
http://www.geocities.jp/y_not_dm/insurin2.html



東京女子医科大学名誉教授 福岡白十字病院顧問 平田 行正氏へのイン
タビュー記事「インスリン自己注射の保険適用から15周年を迎えて…」よ
り抜粋と要約

<インスリンが発見されたのは、1921年(大正10年)です。欧米では供給
のメドがつくとすぐに患者の自己注射が認められました。しかし、日本で
は60年もの間、自己注射が認められず、また、保険の適用もありませんで
した。

当時の日本では、医療は医師の占有物だとする古い考え方が根強く、医師
会はもちろん、厚生省の役人の中にも、何もインスリン注射をしなくとも
飲み薬があるではないか、と平気で発言する人もありました。

インスリン注射が必要不可欠な糖尿病患者は、インスリンを自費で購入
し、自ら注射するという違法行為でもって、生命をつないでいました。

インスリン発見50周年にあたる昭和46年、糖尿病協会は全国的な署名運動
を行い、3ヶ月足らずで11万4,000名の署名を集めましたが、厚生省から
は、「国としては、正面きってこれを取り上げるのは難しい」という回答
が繰り返されました。(佐藤内閣で厚生大臣は内田常雄に続いて齋藤昇)。

中央官庁の理解が得られず、困り果てた医療側や自治体はあの手この手で
知恵を絞り、自己注射公認まで持ちこたえました。

昭和56年(厚生大臣 園田)、各種の努力によりインスリンの自己注射が
公認され、その5年後には血糖値の自己測定が公認されました。保険適用。

医療は医師だけのものではなく、患者と共に手を携えて行うべきものだと
いうことが公認された、医療史上最初の出来事です。

インスリン自己注射公認までの悪戦苦闘

長野県・浅間病院と県の衛生課や医師会などが協議して、生み出した苦肉
の策。患者の来院時にインスリンを1本処方し、その一部を注射して、残
りを渡して自己注射する。毎月1〜2回患者から直接電話で報告を受ける
ことで、電話再診料として保険請求した。

新聞が長野方式として報じたため、厚生省から中止命令。

バイアル1本を処方して、注射後捨てたものを患者が拾って使用した、と
いう言い逃れ。来院時に400単位を1度に注射したことにして、1〜2週
間は効いている形にした>。


1986年、研究のスタートから10年目、
血糖自己測定が健保適用に  (2003年9月)
 血糖自己測定を導入した糖尿病の自己管理がスタートした頃(1976
年〜)、今では誰もがあたりまえと思っているインスリン自己注射は、医
師法に違反するという非合法のもとで行なわれていた。

日本医事新報(1971年)の読者質問欄ではインスリン自己注射の正当性に
ついて、当時の厚生省担当官は「自己注射は全く不可であり、代わりに経
口血糖降下剤の使用があるではないか」と回答している。

これが1970年代の実態だったのである。このような状況に対して、当時の
「日本糖尿病協会」は、インスリン発見50年を迎えて、なおインスリン自
己注射が認められない現状を打破すべく10万人の署名を集め厚生大臣をは
じめ関係各方面に、インスリン自己注射の公認と健保給付を陳情したが全
く受け入れられなかった。

正当化されたインスリンの自己注射(1981年)このような状況だったた
め、インスリンの自己注射容認と、インスリン自己注射に関わる諸費用の
健保適用までには、なお多くの人の尽力と歳月を要した。

結果が出たのは1981年(昭和56年)。この年ようやくインスリン自己注射
の正当性の認知とこれの健保適用が得られた。その内容は当時行なわれて
いた慢性疾患指導料200点に、もう200点加算するというものであった。こ
れはその後の医療のあり方に大きな影響をもたらし、血糖自己測定も含
め、患者を中心にした医療の実践の必要性と有用性の実証へと繋げられて
いった。

<血糖自己測定の健保適用(1986年)(園田死して2年後)

C:\Documents and Settings\Owner\My Documents\血糖自己測定25年.htm

インスリン自己注射の健保適用から5年後、私たちが血糖自己測定研究を
スタートさせてから10年目、大方の予想を上回る速さで血糖自己測定の健
保適用がなされた。これはインスリン自己注射指導料に加算する形で設定
された。

以後、何度かの改定を経て、保険点数には血糖自己測定に必要な簡易血糖
測定機器、試験紙(センサー)、穿刺用器具、穿刺針、消毒用アルコール
綿など必要な機器や備品の全ても含まれるようになっている>。

1人の政治家の柔軟な頭脳による1秒の決断が日本の歴史を変えたといって
もいい決断だった。この事実を厚生省は大げさに発表しなかったが、元秘
書官として責任をもって報告する。(文中敬称略)2007・05・24


   
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話 の 耳 袋
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◆◇◆◇写真映像情報網◇◆週刊AWACS 2017年7月2日◇◆◇◆◇

▼唸声中国写真/200台のユンボ同時稼働で道路解体
[cid:554d5dbf-7e0c-4a81-9a36-bb2347399f66]
写真は6/30晩に始められた江西省南昌市の200台のユンボによる高架道路解体/文学城より
http://www.wenxuecity.com/news/2017/07/01/6360368.html

25年前に作った高架道路、解体は20日間、築地の解体は1年半、更地にするのにさらに1年、中国だったら、どれくらいでやるのだろうか?

では、今週号をお楽しみください。
http://ameblo.jp/unarigoe/entry-12288815761.html
誕生日の音楽映像(クリストフ・ヴィリバルト・グルック、作曲家)
http://ameblo.jp/unarigoe/entry-12288766497.html
2017/7/2 唸声


 ◎森友の小学校用地、国が買い戻し 校舎どうするか協議へ

小学校開設を目指した森友学園(民事再生手続き中)に売却された大阪府
豊中市の元国有地(8770平方メートル)を、国が買い戻したことが関
係者への取材でわかった。買い戻しに伴い学園側には原状回復する義務が
あるが、土地には校舎が建っており、学園の管財人と国が協議を進めている。

土地売買をめぐっては、鑑定価格9億5600万円からごみ撤去費として8億
1900万円が値引きされたことが2月に表面化。会計検査院が検査してお
り、大阪地検特捜部は財務省近畿財務局職員に対する背任容疑での告発を
受理し、捜査している。

関係者によると、国は29日、契約時の特約に基づき売買価格と同額の1億
3400万円で買い戻した。実際には学園側から分割で納められた約2700万円
を返した形という。一方、学園側には契約を履行できなかった違約金1340
万円を国に支払う義務がある。

様々な疑惑が表面化し、学園は3月に小学校の設置認可申請を取り下げ
た。売買契約は3月末までに小学校用地として利用されなければ国が買い
戻せるとする内容だった。

ただし原則として土地を更地に戻す原状回復義務も含まれ、国は今後、校
舎を施工、管理している建設業者などとの協議を始めるとみられる。学園
の管財人は土地と校舎を第三者に転売する意向を示し、国と協議している。

財務省は「担当者が不在で答えられない」とし、売却前にこの土地を管理
していた国土交通省大阪航空局も「交渉中なのでお答えできない」と話し
ている。朝日新聞デジタル7/1(土) 3:47配信



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読 者 の 声       
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 1)アメリカの紙パの業界再編成の凄まじさを考えると:前田正晶

昨日「電子計算機の進歩と発展に思う」の中でアメリカの製紙産業の衰退
について触れましたので、ここにあらためてアメリカの製紙産業界の再編
成振りを振り返ってみます。なお、これは16年6月14日に纏めてお知らせ
したものを基にしております。ここで顕著なことは「洋紙メーカーは何処
に行ったのかと言わざるを得ない気がするほどの印刷(紙)媒体の衰退」
でした。

これまではWeyerhaeuser(W社)のみの衰退振りをお知らせしていました
が、アメリカの紙パの業界再編成(Consolidation)の勢いと言うべき
か、経営統合か合併か吸収で救い合う以外に道がないかのような状態を、
やや専門的にはなりますが、ほんのご参考までに採り上げてみます。こと
紙媒体となると、新聞とその用紙の衰退が最も顕著で、10年ほどの間に
60%も需要が減ったと聞きました。

最近の例では、大手のミードウエストヴェイコ(MeadとWestvacoの合併)
とロックテンという中位の会社がスマーフィットストーン(ジェファソ
ン・スマーフィットとストーンコンテイナーの合併)が統合して「ウエス
ト・ロック」になるという板紙パッケージングと段ボール原紙界の再編が
ありました。

因みに、Meadは私が1972年8月に最初に転身したアメリカ印刷紙・パルプ
とパッケージングの名門会社で、コート紙生産の技術は我が国のメーカー
にライセンスを下ろしていたほどでした。

しかし、2000年代初期には板紙包装容器の名門Westvacoと合併し
MeadWestvacoになってから印刷洋紙事業を売却し、その言わば第2会社
だったNewPageは既にChapter 11となって再生されていました。実は、W社
は2005年まではアメリカ最大級の上質紙(コピー用紙のような模造紙)
メーカーだったのでしたが、将来性に危険を感じたのか、分離独立させて
この分野から手を引いていました。

今となっては私にも何処か何処と合併していたのか解りません。14年度の
売上高第1位が、W社とともに「脱洋紙」の先駆者だったInternational
Paperで235億ドル($1=¥110ならば2兆5千850億円です)、2位には上記
の洋紙メーカーではないロックテンがいたようですが、合併もあって売上
高不詳。3位が何と2005年に洋紙事業を分離独立させ段ボール事業までを
売却していたW社で74億ドル、4位がキンバリー・クラーク(Kleenexで我
が国も広く知られている)の66億ドル、5位が板紙包装のPCAで58億ドル、
6位がドムター(W社の洋紙事業部を引き受けた会社)で55億ドル。

以下、ミードウエストヴェイコ、ソノコ(紙管や板紙)、グライフ、グラ
フィック・パッケージング、キャップストーン、クリヤーストーン(確か
元は洋紙から板紙とティシュペーパーと手広かったポトラッチから分離)
等が続きますが、印刷紙というか洋紙メーカー主体のメーカーはほぼ消滅。

W社にしたところで、出発点の材木会社主体に変換したら、住宅産業が復
調して好決算が出来たと聞きました。しかし、16年9月末で紙パルプ事業
からの撤退を終えていました。

このアメリカの実態から見れば、我が国の紙パは幸いにして未だ業界再編
成というか印刷洋紙メーカーの衰退の仕方が遅れている?と言える気がし
てなりません。業界の経営者たちは既に意識はしておられるでしょうが
「我が国でもICT化がアメリカ並みに進みAIが現在以上に普及していけば
(いや、いくでしょうが)、何れはというか『明日は我が身』であると意
識せねばなるまい」との危機意識がより一層必要になってくるのではない
かと危惧します。私はこれまでに何度も何度も「アメリカで起きた現象は
何れ我が国もやってくるのだと思え」と主張してきました。

私はICT化は未だ未だ進むでしょうし、人口減少と共に人手不足が時を
追って深刻になっている以上、AIの導入も増えていくでしょうから、間も
なく「AIの普及は人減らしになる。労働の機会を奪われる」などと言って
いられる時代ではなくなると、危惧しております。印刷媒体の衰退に伴う
紙の需要減少を憂いているどころではない時代が来るのでしょう。


 2)その座に到る努力とそこに止まることの大変さ:前田正晶

このところ、安倍内閣と安倍総理にとっては悪材料が整いすぎたのか、何
処かの誰かが意図的に整えたかの感が濃厚だ。いや、文藝春秋社などはそ
の目的で記事を出しているのだろうとすら思ってしまう勢いだ。前川前文
科事務次官は「頭角の意図はない」とは言っていたが、コインの裏側はそ
れそのものではないのか。

以前にも述べたことで、W社の我が事業部が日本市場最大の占有率(カタ
カナ語にすれば#1シェアーホールダー)を獲得した後におけるその地位を
維持する大変さと苦しさと難しさは、事前に予想することも出来なかった
困難なことだった。即ち、それに相応しい振る舞いと態度、品質を絶対に
落とさない努力、偉そうな顔と言うか今流行の「どや顔」などで顧客に接
してはならないこと等々は、そこに到って初めて解ったのだった。

私はスポーツの世界の公式な大会で優勝した経験がない(第3回国体では
高校の部で準優勝)ので実感がないが、県下の小さな大会(と言うのもお
かしな表現だが)では優勝したことがあった。しかし、優勝とは言わば瞬
間的な感動だが、市場占有率第1位は長く続かせたいので、それに酔いし
れている訳にはいかないのが優勝にはない難点であると、イヤと言うほど
思い知らされた。

より具体的に言えば、市場も消費者も同業他社も我が方の一挙手一投足を
事細かに見守っているのではないかというような疑心暗鬼にとらわれた時
もあった。不安だった。また、お客様も同業他社も我が方の価格政策を常
に注目しているので、市況や為替の動向を見誤ることなどは許されないの
だ。このような辛さを経験して、competitorに落い着き追い越せの努力を
していた頃の方がよほど楽しかったと実感したのだった。

ここまで言いたいことは、長くその座に安住していれば何時かは何処かに
緩みが出てくるし、緊張感も欠けてくるだろうことは容易に察知できたの
だ。その点では「安倍一強」などとマスコミに形容されては、安倍総理が
慢心されなくとも、既に多くの2回生とやらが起こした遺憾千万な事例が
示すように、下々ではそこまでに駆け上がってきた苦労がないので、思い
上がり現象と気の緩みが出てきたのだと思っている。

思い起こせば、当時の我が方の事業部の態勢は副社長以下、本部の10人に
も満たない横一線で並んだ10人にも満たない部員と東京駐在の私が直接の
担当者で、何百名もいる玉石混交の自民党の衆参両議院たちと比べれば統
一が取れていて緊張感に溢れ、失言も失点も失態もなく#1の座を維持でき
いた。

第2次安倍内閣誕生以降は総理の指導力宜しきを得た上に、アベノミクス
もそれなりの成果を上げてきた。確かにマスコミが言うように数の力を活
かして政権は安定している。総理の多方面にわたる外交戦略も十分に効果
を発揮し、あのトランプ大統領とも友好関係を築き上げられた。

だが、「好事魔多し」の喩えもあるように、長期政権ともなれば閣僚にも
与党内にも疲労も生じてくるものらしい。最近の出来事などは、如何に敏
腕な菅官房長官といえども、これまでのように巧みには乗り切れていない
感がある。

私が見るところでも、2回生問題という内憂もあれば、内閣を改造する度
に問題を起こしやすい大臣を起用している嫌いがある。そこに村田某始め
玉木、山野井、福山、小川等々の民進党の揚げ足取りの専門家連中につけ
込む隙を与える結果になってしまったようだ。

私は「発言の撤回」などはまるで無意味だと思う。いくら撤回しても、テ
レビで連日のように報道されては世界中に広まってしまうからだ。

私は昔は「大臣」というのは本当に偉い方だけがなるもので、清廉潔白、
人格高潔、博学多識、品行方正、由緒正しき家系と家庭の方がなるものだ
と思っていた。現在のように滞貨一掃などとマスコミに揶揄されて、当選
回数でなれる代物とは知らなかった。既にマスコミは内閣改造で起用され
るだろう顔触れの予想が華やかだ。

私は内閣改造はするに越したことはないと思うし、8月などと悠長なこと
を言わずに、ASAP(可及的速やかに)で実行した方が良くはないかとすら
考えている。そうでないと、反安倍内閣のメデイアは連日のように村田某
の切り口上での悪口を嬉しそうに流し続けることだろうし、籠池夫人は如
何にも自分たちが被害者であるかの如くに言い続け、マスコミはそれに飛
びつくだろう。

事態はそれほど安倍内閣にとって不利なところに来てしまったような気が
するのだ。マスメディアはあの民主党政権の時のような悪い夢を見たいと
望んでいるとしか思えない。私は事態を見誤っているのだろうか?考えす
ぎなのだろうか。



 3)もう公用車は使わない意向:前田正晶

朝日新聞デジタルによれば「金子恵議員は公用車で子供さんを保育園に送
るのを止める意向」だそうです。寡聞にして、テレビが報じていたのは知
りません。

私には何と言って論評すれば良いか解りません。と言うのも、私の交流す
る範囲内では公私混同を批判する私に対して「そこまで金子議員を責める
ことはないのでは」との意見が圧倒的でしたから。



 4)このところ、安倍内閣と安倍総理にとっては悪材料が整いすぎたの
か、何処かの誰かが意図的に整えたかの感が濃厚だ。いや、文藝春秋社な
どはその目的で記事を出しているのだろうとすら思ってしまう勢いだ。前
川前文科事務次官は「頭角の意図はない」とは言っていたが、コインの裏
側はそれそのものではないのか。

以前にも述べたことで、W社の我が事業部が日本市場最大の占有率(カタ
カナ語にすれば#1シェアーホールダー)を獲得した後におけるその地位を
維持する大変さと苦しさと難しさは、事前に予想することも出来なかった
困難なことだった。即ち、それに相応しい振る舞いと態度、品質を絶対に
落とさない努力、偉そうな顔と言うか今流行の「どや顔」などで顧客に接
してはならないこと等々は、そこに到って初めて解ったのだった。

私はスポーツの世界の公式な大会で優勝した経験がない(第3回国体では
高校の部で準優勝)ので実感がないが、県下の小さな大会(と言うのもお
かしな表現だが)では優勝したことがあった。しかし、優勝とは言わば瞬
間的な感動だが、市場占有率第1位は長く続かせたいので、それに酔いし
れている訳にはいかないのが優勝にはない難点であると、イヤと言うほど
思い知らされた。

より具体的に言えば、市場も消費者も同業他社も我が方の一挙手一投足を
事細かに見守っているのではないかというような疑心暗鬼にとらわれた時
もあった。不安だった。また、お客様も同業他社も我が方の価格政策を常
に注目しているので、市況や為替の動向を見誤ることなどは許されないの
だ。このような辛さを経験して、competitorに落い着き追い越せの努力を
していた頃の方がよほど楽しかったと実感したのだった。

ここまで言いたいことは、長くその座に安住していれば何時かは何処かに
緩みが出てくるし、緊張感も欠けてくるだろうことは容易に察知できたの
だ。その点では「安倍一強」などとマスコミに形容されては、安倍総理が
慢心されなくとも、既に多くの2回生とやらが起こした遺憾千万な事例が
示すように、下々ではそこまでに駆け上がってきた苦労がないので、思い
上がり現象と気の緩みが出てきたのだと思っている。

思い起こせば、当時の我が方の事業部の態勢は副社長以下、本部の10人に
も満たない横一線で並んだ10人にも満たない部員と東京駐在の私が直接の
担当者で、何百名もいる玉石混交の自民党の衆参両議院たちと比べれば統
一が取れていて緊張感に溢れ、失言も失点も失態もなく#1の座を維持でき
いた。

第2次安倍内閣誕生以降は総理の指導力宜しきを得た上に、アベノミクス
もそれなりの成果を上げてきた。確かにマスコミが言うように数の力を活
かして政権は安定している。総理の多方面にわたる外交戦略も十分に効果
を発揮し、あのトランプ大統領とも友好関係を築き上げられた。だが、
「好事魔多し」の喩えもあるように、長期政権ともなれば閣僚にも与党内
にも疲労も生じてくるものらしい。最近の出来事などは、如何に敏腕な菅
官房長官といえども、これまでのように巧みには乗り切れていない感がある。

私が見るところでも、2回生問題という内憂もあれば、内閣を改造する度
に問題を起こしやすい大臣を起用している嫌いがある。そこに村田某始め
玉木、山野井、福山、小川等々の民進党の揚げ足取りの専門家連中につけ
込む隙を与える結果になってしまったようだ。私は「発言の撤回」などは
まるで無意味だと思う。いくら撤回しても、テレビで連日のように報道さ
れては世界中に広まってしまうからだ。

私は昔は「大臣」というのは本当に偉い方だけがなるもので、清廉潔白、
人格高潔、博学多識、品行方正、由緒正しき家系と家庭の方がなるものだ
と思っていた。現在のように滞貨一掃などとマスコミに揶揄されて、当選
回数でなれる代物とは知らなかった。既にマスコミは内閣改造で起用され
るだろう顔触れの予想が華やかだ。

私は内閣改造はするに越したことはないと思うし、8月などと悠長なこと
を言わずに、ASAP(可及的速やかに)で実行した方が良くはないかとすら
考えている。そうでないと、反安倍内閣のメデイアは連日のように村田某
の切り口上での悪口を嬉しそうに流し続けることだろうし、籠池夫人は如
何にも自分たちが被害者であるかの如くに言い続け、マスコミはそれに飛
びつくだろう。

事態はそれほど安倍内閣にとって不利なところに来てしまったような気が
するのだ。マスメディアはあの民主党政権の時のような悪い夢を見たいと
望んでいるとしか思えない。私は事態を見誤っているのだろうか?考えす
ぎなのだろうか。(前田正晶)



 5)丁世均議長の暴言のコインの裏側は:前田正晶

産経が「韓国議長放言連発」と題して、一面で丁世均韓国国会議長が6月7
日に来日した際の放言を採り上げていた。一方の文在寅大統領の初訪米で
のトランプ大統領との首脳会談は、武藤元駐韓大使が予測されたように
「穏便に」終わったようだが、文大統領はその後の講演では「北とは対話
が大切」とその信念というか持論を披瀝して見せた。この際の聴衆は韓国
系アメリカ人だったのだろうか。そんな場で言うのならば、トランプ大統
領に向かって、力の限り言えば良いじゃないか。

その首脳会談の穏便さの陰に隠れていたのか、示し合わせていたのか知る
由もないが、丁世均議長は大島衆議院議長との会談で言いたい放題だった
ようだ。私にはアメリカでは自制してみせるのだから、日本では鬱憤を晴
らして均衡させようとでも図っていたのかと疑いたくもなる。

産経によれば放言となっていたが、私から見れば暴言であるようなことを
言っていたようだ。先ずは「平昌五輪への日本人観光客がもし少なかった
ら、東京五輪には1人の韓国人も行かせない」と言ったようだ。素直に
「沢山来て下さい」と言えない辺りが「日本に親しみを示してはならな
い」という家訓(国訓?)を意識したのだと思う。

次は「日本は景気が良いのだから、ビザを簡素化して韓国の若者を日本企
業で引き受けてほしい」だが、これは「我が国では若者の失業率が高く国
家的な問題なので日本も援助して下さい」の裏返しだろう。武藤元駐韓大
使も言っておられたが「韓国最高のソウル大学の卒業生でも、就職できる
のは50%程度」だそうだ。我が国の新卒の就職率と比較すればその失業の
深刻さが解る。

最後は「所謂『BC級戦犯』とされた韓国人への戦後補償もチャンとやって
ほしい」らしいが、例によって例の如くに「歴史認識」を持ち出してい
る。なるほどこういうことをヌケヌケと言い出たし辺りに、文政権の実態
というか正体が見事に現れているようだ。

私には6月7日のことが何故今頃産経に出てきたのか知らないが、大島議長
はかかる暴言に対してその場で言うべきことをビシッと言われて封じ込め
られたのだろうと、遅まきながら期待している。何度でも言うが、「沈黙
は金」ではないのが諸外国との会談の鉄則で、「黙っていれば認めたの
か、受け入れたことになる」を忘れてはならない。

韓国人は我が国に対しては何をしても何を言っても良いのだという、所謂
「反日無罪」とやらの不文律の如きがあるようだ。ではあっても、この丁
世均が言ったことは酷すぎるし、非常識だし程度も低い。産経以外が採り
上げなかったのは俗に言う「シカト」だったのならば面白いが、朝日新聞
の優れた記者さんたちはまさか知らなかったことはないだろうに。




━━━━━━━
身 辺 雑 記
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東京都議選の2日。東京は曇天。投票率はどうだろうか。

1日の東京湾岸はいきなり雨の洗礼。車椅子に乗せた家人に傘をさしても
らって散歩を済ませた。さす方は難儀だ。雨降りは嫌いだ。

土曜で休みの隣の第3亀戸中学校の校庭でも屋内体育館でも男子生徒たち
の歓声が上がっていた。勉強の嫌いな生徒ほど休みの日の校舎が好きだ。

真面目一方のブラスバンド(女生徒だけ)練習に余念が無かった。相当な
ウデだ。

芝生の校庭に集まった女生徒たちはいきなり4面のコートを張ってテニス
を始めた。

時間が余って仕方無いから古いCDを聴いている。弘前出身の美貌歌手奈良
光枝。古いね。だが、あれほどの美人は歌謡界にその後出ていない。

                          読者:5716 人





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渡部 亮次郎 <ryochan@polka.plala.or.jp>

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