政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針4395号  2017・6・26(月)

2017/06/26



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わたなべ りやうじらうのメイルマガジン「頂門の一針」4395 号
4395□■■□━━━───────────────────────□■■□


           2017(平成29)年6月26日(月)



          ブラジル日系移民、一世紀の苦闘:伊勢雅臣

             「痰の話」で思い出す支那:石岡荘十

   「措置入院」精神病棟の日々(51):“シーチン”修一 2.0    
          
                   
                        
                        話 の 福 袋
                           読 者 の 声
                           身 辺 雑 記


□■■□──────────────────────────□■■□
第4395号
                             発行周期 不定期(原則毎日発行)
             
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ブラジル日系移民、一世紀の苦闘
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          伊勢 雅臣

 日系移民がブラジルで尊敬される地位を獲得するまでには、日本人の
「根っこ」に支えられた苦闘の物語があった。


■1.「ブラジルでは日系人は人口の1%しかいないのに、大学生は10%
も占める」

筆者がアメリカに留学していた時に、ブラジルから来た留学生から「ブラ
ジルでは日系人は人口の1%しかいないのに、大学生は10%も占める」と
聞いて、嬉しく思った事がある。

たとえばサンパウロ大学は、ブラジルのみならずラテンアメリカ世界での
最難関大学であり、多くのブラジル大統領を出しているが、そこでの日系
人学生は14%を占めている。

筆者が嬉しく思ったのは、日本人が優秀だ、という事ではない。ブラジル
に移住した日本人も、親は子のために尽くし、子もその恩に応えて頑張
る、という日本人らしさを発揮しているのだろうと想像したからだ。

私自身も一度、ブラジルに出張して仕事をした事があるが、多くの日系人
社員が企業の幹部を務め、その誠実さと有能さは、日本からの駐在員に勝
るとも劣らないと実感した。ブラジル国内でも日系人はいまや社会的に尊
敬されている。

親が子を思い、子が親の恩に応えるという、いかにも日本人らしい成功物
語が地球の裏側で展開されたと私は受け止めていたのだが、それがいかに
浅薄な理解であるかを、深沢正雪氏の『「勝ち組」異聞─ブラジル日系移
民の戦後70年』[1]を読んで知った。

深沢氏は長らくサンパウロ市の邦字紙「ニッケイ新聞」の編集長を勤め、
この本でも現地で集めた多くの史実を紹介している。それらを通じて、ブ
ラジルの日系移民が今日の地位を得たのは、一世紀もの間、幾多の苦難を
乗り越えてきた苦闘の結果である事がよく分かった。

その苦闘ぶりにこそ、日本人らしさが現れていることも。


■2.出稼ぎ

日本からブラジルへの移民は明治41(1908)年に始まり、戦前戦後を通じ
て25万人にのぼるが、その半分以上にあたる13万人が1926年から1935
年までの10年間に集中している。

これは大正12(1923)年の関東大震災、昭和5(1930)年から翌年にかけての
昭和大恐慌という国内の経済的困窮に迫られたこと、国外からは大正
13(1924)年に米国で排日移民法が成立して道をふさがれ、ブラジルが新た
な移民の受入れ先になったことによる。

しかし、1934年にはブラジル政府が日本移民の入国制限を始め、またその
ころには満洲が新たな移住先となっていたことで、ブラジルへの移民は激
減した。ブラジルへの移民は自由な選択というよりも、国内の経済的逼迫
と国際政治の風向きによって、やむなく新天地を求めた、という側面が強
かったようだ。

したがって戦前の移民20万人のうち、85%は何年かブラジルで働いて金を
貯めたら、帰国しようとする出稼ぎ意識でやってきたのである。


■3.日系移民の苦難

しかし移民がたどり着いたブラジルは、豊かで平和な新天地とはほど遠
かった。

ブラジルは土地も肥沃で日本の日雇い労働者の2倍も稼げるという話に惹
かれてやってきたのだが、大規模コーヒー農園で働いても、低賃金から食
費を引かれるとほとんど残らない。やむなく自力で低湿地を切り開いて米
を作り始めても食べるのに精一杯、雨期には蚊が大量発生してマラリアの
病魔に襲われたりもした。[a,b]

社会的にも「かつてのブラジル人エリートは常に人種差別者だった。ブラ
ジルが発見された当時、下等民族とみなされたインディオが大量虐殺さ
れ、黒人は動物,商品として非人間的な扱いを受け、その次は移民、特に
アジア系移民が標的にされた」と評される有様だった。[1, p255]

政治的にも不安定で、1924年には6千の革命軍が20日にわたってサンパ
ウロ市内を占拠し、それを3万の政府軍が包囲して激戦を展開する、とい
うような物騒な国だった。

言葉も解さず、政治力も持たない日本人移民は農村に散在していたが、革
命軍の敗残兵は格好の餌食としてそうした植民地を襲って、略奪を行っ
た。移民たちは結束して銃撃戦を繰り広げて自衛したが、無残に撃ち殺さ
れる人々も少なくなかった。

そんな苦難の中でも、日本語学校が集団地ごとに作られ、戦前だけで500
校近くあったという。ブラジルで生まれた子供たちも、やがて日本に帰っ
た時、普通の日本人としてやっていけるように、という親心からだろう。

日系移民たちは互いに助け合って、共同体として生き延びるしかなかっ
た。そんな共同体を支えたのが、勤勉、誠実、正直という日本人の「根っ
こ」だった。そして苦難の中で生き抜くことで、日本人の根っこは移民た
ちの心の中で、より太く、深く成長していったのではないか。

そうした勤勉さで成功した移民の中からは、大農場や工場、貿易会社を営
む人々も現れるようになった。


■4.日系移民への弾圧

1930年に軍事クーデターを成功させたヴァルガスが大統領となった。ヴァ
ルガス独裁政権はブラジルでのナショナリズムの高揚を狙って、初等、中
等教育でのポルトガル語以外の外国語の学習を禁じた。1938年にはブラジ
ル全土の日本語学校が閉鎖され、1941年には日本語新聞禁止令によって全
邦字紙が停刊となった。

1941年12月、大東亜戦争が勃発すると、日系人が築いてきた大規模農場、
商社、工場などの資産が差し押さえられた。日系社会の指導者層が検挙さ
れ、拷問を受けた。

1943年7月に、サンパウロの外港・サントス港沖でアメリカとブラジルの
汽船合計5隻がドイツの潜水艦によって沈められると、日独伊の移民に対
して24時間以内にサントス海岸部からの立ち退きを命ぜられた。日系移
民も女子供老人に至るまで手回り品だけをもって、移民収容所まで歩かさ
れた。

その当時の人々の心境を、移民画家・半田知雄氏は次のように描いている。

多くのものが警察に拘引され、留置場にたたきこまれ、ときには拷問され
たという噂があり、不安がつのればつのるほど、この状態を脱出するため
の未来図は、東亜共栄圏内に建設されつつあるはずの『楽土』であった。

民族文化を否定され、そのうえ日常生活のうえで、一歩家庭をでれば、
戦々恐々として歩かねばならないような息苦しさに、ブラジルに永住する
心を失った移民たちは、日本軍部が約束した共栄圏のみが、唯一の生き甲
斐のあるところと思われた。[1, p64]


■5.勝ち組と負け組

1945年8月14日(時差により日本時間とは一日ずれる)、祖国敗戦の報が
もたらされた。いつかは帰国すると願っていた移民たちにとって、敗戦は
帰る場所が無くなってしまう事を意味した。

その心理的抵抗に加えて、「天皇の神聖な詔勅が、ポルトガル語で新聞に
でたというのが、すでにおかしい」とか、「20万同胞の在住するブラジル
に、正式な使節が派遣されないという理由はない」と多くの人々は考え、
実は日本が勝ったという噂が広がった。移民の7、8割がこれを信ずる
「勝ち組」に属した。

一方、移民社会のリーダーたちは、戦時中の検挙や資産差し押さえに懲り
て、ブラジル政府を恐れ、敗戦を受け入れて「負け組」となった。彼らは
勝ち組がやがてブラジル政府批判を始めて、自分たちはその巻き添えを食
うという心配から、勝ち組を抑えにかかった。

戦前には大日本帝国の国威発揚を説いていた指導者たちが、手のひらを返
すように敗戦を説き始めたことに、勝ち組の人々は裏切られたと感じた。
負け組からは「負けたんだから、もう日の丸はいらない」などという発言
まで飛び出したという。


■6.「日本国家と皇室の尊厳のために立ち上がったんです」

負け組の筆頭と目された脇山甚作・退役陸軍大佐は勝ち組の若者4人に暗
殺された。実行犯の一人、日高徳一はこう語っている。

僕等はなにも勝った負けたのためにやったんじゃない。あくまで日本国家
と皇室の尊厳のために立ち上がったんです。脇山大佐には申し訳ないが、
彼個人になんら恨みがあったわけではない。[1, p176]

日高はすぐに自首して、牢獄島で2年7ヶ月を過ごしたが、その後、官選
弁護士からは「目撃者はいない状況では犯罪は成立しない」から釈放だ、
と言われた。日高は「それは違う。人の家庭をグチャグチャにしたんだか
ら、こんなことで釈放では大義名分が通らない」と言い張り、約30年の
量刑を言い渡された。

結局、10年で釈放されたのだが、「日本人が普通の生活をしていたらそれ
だけで模範囚ですから、どんどん刑期が短縮されちゃうんですよ」。テロ
リストですら純真な日本の心根を持っていた。

こうした事件を機に、ブラジル官憲が勝ち組と見なした3万人以上、すな
わち在留邦人の7人に一人が取り調べを受けるという捜査を行った。その
中では、「御真影(天皇陛下の写真)を踏んだら、留置所から出してや
る」と言われた移民もおり、それを拒否しただけで監獄島に送られる、と
いう弾圧も行われた。


■7.「日本を愛する心を子どもに植え付けるために」

戦後、4、5年も経つと「戦争は終わり、日本は負けた。でも日本は残っ
ている。引き揚げ者であふれ、食糧難の日本には帰れる場所はない。それ
に、子供はブラジルで大きくなってしまった。ブラジルに骨を埋めざるを
えないのか」という諦めが広がっていった。

しかし、その諦めをバネにして「ここで子供にしっかりと勉強させて良い
大学にいかせ、社会的に立派な立場にさせよう。そうすることで戦争中に
自分たちをバカにしてきたブラジル人を見返さなくては」という志につな
がった。サンパウロ大学を「ブラジルの東大」と呼んで、親は身を粉にし
て働き、子供を送り込んだ。

勉学ばかりでなく、「日本を愛する心を子どもに植え付けるために日本語
教育に力を入れよう」と考え、日本語教育や日本文化継承に全身全霊を捧
げた人々も現れた。

拙著『世界が称賛する 日本人の知らない日本』でも、江田島の旧海軍兵
学校を訪れた17歳のナタリア・恵美・浅村さんが、英霊の心を偲んで書
いた「げんしゅくな気持ち」という一文を紹介した[c, p201]。

ナタリアさんは、サンパウロ市の松柏(しょうはく)学園の生徒で、この
学園は2年に一度、2,30人の生徒を日本に送り、生徒たちは約40日をか
けて沖縄から北海道までを回っている。

地球を半周する飛行機代と40日もの宿泊費は送り出す親にとって相当な負
担であるが、「自分のルーツに誇りを持ってほしい」「美しい日本を見て
きてほしい」という日系人父兄の切なる願いが40年にもわたる使節団の
派遣を支えてきたのである。

このように祖国は敗れ、帰国も絶望的になったという境遇の中でも前向き
な精進を続ける所に、日本人の根っこからのエネルギーが発揮されている。


■8.「我々は日本語や日本文化の灯を絶やさなかったから生き残った」

深沢氏は勝ち組系の二世長老から聞いた次のような発言を紹介している。

戦後、認識派(JOG注: 負け組)の子孫はどんどんコロニア(JOG注: 日系
人社会)から離れ、同化して消えていったが、我々は日本語や日本文化の
灯を絶やさなかったから生き残った。そして、むしろそれが評価される時
代になった。[1, p77]


日本人としての「根っこ」を失えば、圧倒的多数のブラジル人に同化吸収
されてしまう。逆に日本語や日本文化の根っこを大切に育ててきた人々
は、ブラジル社会に独自の貢献ができ、それが評価される。

ブラジル法学界の権威である原田清氏は編著書『ブラジルの日系人』の中
で「ニッケイは日本人の魂をもってブラジル人として振る舞う」人々で、
「本国ではもう見られないような(伝統的な)日本文化をわかちがたい絆
として引き継いでいる」と書いている。

深沢氏が「どんな伝統的な日本文化が次の世代に継承されるのか」と原田
氏に問うと、「勤勉、真面目、責任感、義理、恩、礼などが残ると思う」
と答えた[1, p76]。

これらの徳目こそ、日本人の根っこそのものだろう。本国・日本では占領
軍とその後の左翼思想による歴史の断絶によって、我々の根っこがほとん
ど断ち切られてしまったが、ブラジルの日系人は意図的な努力で根っこを
太く深く伸ばし、そこから湧き出るエネルギーによってブラジル社会で称
賛される地位を築いたのである。

 ブラジルの日系人の苦闘の物語は二つの事を我々に示してくれている。

 第一に、日本人の根っこは、ブラジルという異境の大地においても、
しっかりと太い根を伸ばし、立派な幹を育て、美しい花を咲かせたこと
だ。この事実は、日本人の根っこが世界に通用する普遍性を持っているこ
とを示している。いまや世界各地で暮らし、仕事をしている在外邦人に
とって貴重な示唆である。

 第二に、ブラジルの日系人が、日本人の根っこからのエネルギーによっ
て苦難を乗り越え、その過程でまた根っこを太く深く伸ばした事である。
これは防衛、経済、少子高齢化など多くの苦難に直面している日本列島に
住む日本人に希望を指し示している。

 現代の日本人全体にこのような貴重な教訓を示してくれた在ブラジル同
胞の一世紀の苦闘に深甚の敬意と感謝を捧げたい。


■リンク■

a. JOG(396) ブラジルの大地に根付いた日本人(上)
 家族のために「大儲けして、一日も早く広島に戻らんといけんなあ」と
二人はブラジルに出発した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h17/jog396.html

b. JOG(397) ブラジルの大地に根付いた日本人(下)
  ブラジルの大地に残した「ジャポネース・ガランチード」(日本人は保
証付き)の足跡
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h17/jog397.html

c.  伊勢雅臣『世界が称賛する 日本人が知らない日本』、育鵬社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594074952/japanontheg01-22/

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 深沢正雪『「勝ち組」異聞─ブラジル日系移民の戦後70年』★★★、無明
舎出版、H29
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4895446247/japanontheg01-22/


      
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 「痰の話」で思い出す支那
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       石岡 荘十

‘35京都で生まれ、そのすぐ後から敗戦2年後まで中国(当時は支那)に
留め置かれた。幼い頃の記憶はもちろんないが、物心ついて以降、見聞
きしたかの国の“文化”といまの日本のギャップを、本メルマガの反響
欄が思い起こさせた。 

幼い頃の記憶はこうだ。

その1。

夏の日、父の仕事が休みのある日、「支那人と犬入るべからず」という
立て札が入り口にある公園に家族そろって出かけ、公園の中の、支那人
以外のためのプールで家族で泳ぐ。ある日、帰りに天津市内でも最高級
の中華料理店でそろって子豚の丸焼きを食った。

糞をしたくなって、用を足そうと便所へ行くと便器のはるか暗い、深い
底にうごめく動物がいて、驚いて下を見ると、数匹の豚が新鮮な私の排
泄物をむさぼっていた。今思えばここでは完璧な“食の循環”が実現し
ている。

だが、これで私は完全に食欲を失った。これがトラウマになって、決し
て宗教上の理由ではなく、長い間、私はブタが食えなかった。

その2。

小学校の同級生に、当時の天津領事の息子(小山田あきら?)がいて、
放課後、いつも領事館へ遊びにいっていた。ほとんどは広大な領事公邸
の中で遊んでいたが、ある日、門の外に来る物売りの声に誘われて外に
出た。

天秤にかけた台に切り分けた瓜が載っていた。それが喰いたくて「どれ
がうまい?」と私たちに付き添ってきた領事館の守衛に聞いた。守衛は
「ツエーガ(これだよ)」と指差したのは、ハエが一番多く群がってい
る瓜だった。

“動物学的”に言ってそれはそうだろうと納得したのはずっと後のこと
だが、ハエがたかっているのは汚いという考え方は彼らにはないらしい。

いつだったか大分昔、多分、日中国交回復の頃、「中国にいまや1匹の
ハエもいなくなった」という提灯記事をどこかの新聞で読んだ記憶があ
るが、決して信じなかった。私の幼い頃の確かな記憶が記事のウソを見
破った。

その3。

父が勤めていた会社の管理職住宅は鉄筋コンクリートの一戸建ての“豪
邸”で、玄関を入ったところに、日本流で言うと、女中部屋があった。
女は阿媽(アマ)と私たちが呼んでいた纏足の小柄な女だったが、時々、
旦那が小さな女の子を連れて泊まりに来ていた。

女中部屋は6畳ほどの小さな部屋だったが、遊びに行くと、部屋の隅に
花瓶のような形の壷が置いてあって、そこに時々、「ペッ」と痰を吐く、
というか飛ばす。

それがまた結構遠くから正確に痰壷のど真ん中に命中するのを、何の不
思議もなく見ていたのを思い出した。ホールインワンどころではない。
アルバトロス級である。北京オリンピックで「痰飛投」などという種目
が出来たら間違いなく金だろう。

人前での屁は慎むが、食事中、げっぷは割と平気でやる。屁は平気だけ
ど、げっぷは禁忌という国もあると聞く。生活習慣がそんなに違う民が
十数億人もすぐそこにいる。

痰。さてどうするか。

話題はそれますが、昭和18、9年当時、幼馴染の父、小山田天津領事
とその家族の消息を知りたいと思っています。その頃、いつもアイスキ
ャンディーを作ってくれた、髪の長い、美しいお姉さまがいました。確
か、「たえ」さんでした。(ジャーナリスト)


            
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「措置入院」精神病棟の日々(51)
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     “シーチン”修一 2.0

大相撲本場所は15日間だから、前回「今は終盤戦で崩れて5連敗。結局6勝
14敗」と書いたのは「10勝5敗」の間違いだった。こうして徐々に呆けて
いく。「老人呆けやすくポックリ成り難し」だな。

平幕で連勝していた人が書いていたが、「もしかしたら優勝できるかもし
れない」と思い始めたら「もう敗けられない」となり、連敗したという。
平幕だと場所の始めから上位と戦うから「敗けて当たり前、ここは思い
切っていこう」と踏み込みもいい。が、横綱、三役に勝って11連勝、優勝
を意識し始めて「もう敗けられない」となったら、思い切ってぶつかって
いけなくなり、連敗したそうだ。

守りに入ってしまうとか、衝突を避けたい、勝てなくても負けたくはな
い、落としどころを探る、情勢の変化を待つ・・・といった消極姿勢にな
りがちで、もうこれでは「築城8年、落城3日」にまずなってしまうだろう。

仕事もそういうことで、常にチャレンジする。「生き残りたければ自分を
変えろ」、つまり「今現在に安住していたら置いてけ堀になる、飽きられ
る、見向きもされなくなるぞ」という警句がある。

一流の人ほど、たとえば一流の経営者、管理職、エンジニア、研究者、芸
人、職人、芸術家などなど、それぞれの世界で「名人」「やり手」「カリ
スマ」「パイオニア」「指導者」と言われる人々ほど日々チャレンジして
いるだろう。

無形文化財として叙勲された方が「自分で心から納得できた作品はたった
一つです、毎日が勉強です」と言っていた言葉が思い出される。

古人曰く「日暮(く)れてなお道遠し」、スラムダンクの安西先生曰く
「諦めたらそこで終わり」、武田鉄矢のおふくろさん曰く、

「いうとくがなあ、なまじ腰ば降ろして休もうなんて絶対思うたらつまら
んど。死ぬ気で働いてみろ、テツヤ。人間働いて、働いて、働き抜いて、
もう遊びたいとか、休みたいとか思うたら、一度でも思うたら、はよ死
ね。それが人間ぞ。それが男ぞ」

岡本太郎は「芸術はバクハツだ!」と叫び、既成の芸術秩序を彼らしく革
新した。奇想天外、媚びることなく、真似ることなく、太郎にしかできな
い表現をした。ゴッホもそうだった。

チャレンジし続ける、常に限界へ挑む。それは失敗の連続かもしれない
が、1%あるいは0.1、0.01%未満の成功率でも「いつか青空」と信じて
チャレンジし続ける、「後に続く者ある」を信じて・・・

梶山季之曰く「裸にて生まれて来たに何不足」。老人となり、気力、体力
はどんどん衰えていくが、這ってでもチャレンジ、前進、攻撃を続け、
“戦死”したいものである。ま、これは理想であり、小生の現実は「人生は
ボウハツだ!」の連続だったが・・・

6/20は4週ごとの精神病院外来へ。カウンセラー“ピーコック”の名前は
ヨーコだったが、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」を真似れば「お山
のヨーコ・丹沢・秦野」か。

♪心理学好きだっていってたけど キチ○イ相手じゃカワイソーだったね
エー あんまり何にも云わない娘だったけど ヂヂイ連中とよく話してい
たっけ 患者を残したまんま 3年たったら おサラバさ! アンタ あ
の娘の何なのさ!・・・

小生はヨーコ・ファン患者の一人に過ぎないのだが、入院以来の8か月で
一番話をしたのがヨーコで、お互いにすっかり馴染んでいるから、今さら
病院を変われない。患者のなかにはお気に入りのDr.が他の病院へ移ると
それを“追っかけ”る人もおり、そうなるとカウンセラーも変わってしま
う。小生もDr.の“イチロー”を信頼していたが、彼はフェミニストっぽく
て女性観が小生とはかなり違っていた。

しかしヨーコは「女はそういうものなのよ、だからこうしなさい」という
知恵を授けてくれる。今日のヨーコは「奥様に“こうした方がいい”とかの
アドバイスを修一さんがしてはいけません、優しい言葉をかけるだけにな
さい」だった。

“春琴”は術後で機嫌は最悪だ。「具合はどう、大丈夫?」なんて声をかけ
れば、「いいわけないじゃないの、ほっといてよ!」と怒られそうで、ど
んな優しい言葉をかけたらいいのか困惑している。佐吉の悩みは深い。

6/21、午前からすごい風雨。室内で機嫌よく趣味の世界に没頭を楽してい
たら1Fテナントから「雨漏りがしている」と通報。雨合羽を着て屋上へ行
くと、天地左右からの強風(多分ビル風)と豪雨で、笠木(かさぎ)の下
部から雨が侵入したのだ。

<笠木はビルの屋上などの陸屋根の周囲に防水のために立ち上がる低い壁
や外壁上部の断面などの水平になった部分など様々なところに取り付けら
れており、防水の役割を担っています。普段、雨水の漏水を防いでいます
が、年数が経過すると傷む確率も高く、劣化が進むと防水効果が薄れマン
ションの早期老朽化に繋がってしまいます>(ジェイ・プルーフ)

風で飛ばされそうだが、「腰が痛い、足がふらつく」なんて言っていられ
ない。とにかく浸水を防がなければならない。ビニールシートは風に飛ば
されるから利用不可で、大きなカーペットで笠木を覆い、飛ばされないよ
うに大急ぎでブロックを積み上げ、それが落ちないようにロープと3枚の
スノコで固定した。

まるで急造のバラック砦のようで、1971/9/16の天浪団結小屋での攻防戦
を思い出した。♪砦の上に我らの世界、築き堅めよ勇ましく ♪立て飢えた
る者よ、今ぞ日は近し・・・いざ闘わん 、いざ、奮い立て、いざ、あぁ
インターナショナル、我等がもの

放水銃の代わりに豪雨だが、スイッチオン、気分は吶喊モード、火事場の
くそ力。♪もうどうにも止まらない

大雨や大雪で老人が屋根から落ちて死傷する意味がよく分かった。危険な
のは分かっちゃいるが、やらざるを得ない場面なのだ。産経によると神奈
川県内では5人の老人が風に煽られて転倒しケガをしたそうな。仕事で死
ねば戦死、本望だぜ、全国30万(1971)の学生同志諸君!

翌22日は砦の安全確保のためにタイヤチェーンと、わが家族がキャンプの
時によく使った車屋根の荷物を固定するゴム製ネットで補強、23日は早朝
に孫のプール遊び用の日除けネットで覆い、目立たないようにし、フェイ
ルセーフでさらに頑丈になった。

10時ごろに援軍の長男が夜勤明けなのに参戦、ホームセンターで波板など
を買い、さっそく修理に入るために長男はわが砦を撤去し始め、小生は片
づけに回ったが、「築城10時間、落城30分」だった。一夜城の役割は終
わったのだ。

この間には宴会を含む家事、脚立を2つ利用して階段と玄関ホールの蛍光
灯交換、3F階段踊り場の観葉植物置き場増設、スズメの餌場作りも。狂
気、侠気、驚起、狂喜、強記&兇器の多動老人の病棟日記から。

【2016/12/9】*鴨緑江、豆満江を北朝鮮との国境とする支那。支那側は
都市、北側はただの林か村落で、経済格差は大きく、川の浅瀬を渡って北
から支那へ密航する人、食糧強盗する兵士などが少なくない。支那も1980
年代までは貧しかった。

大先輩で、その当時は中堅旅行会社社長、その後は投資コンサルタントに
転身したNさんは、中共高級幹部の子息の日本留学を支援し、何人かは自
宅で同居させていたようだ。「修一さん、中国では“古い友人”の人脈で物
事が動きますからねえ」、Nさんはいつもそう言っていた。

1984年に取材で東の上海、杭州をめぐり、空路で西の桂林へ向かうことに
なっていたが、運悪く欠航してしまった。ところが現地の国家旅游局のガ
イドが「大丈夫です、解放軍にお願いしましたから」。

「軍・・・軍用機で行くのか?」と半信半疑だったが、すぐに白い中型旅
客機が飛んできた。なんと軍が財閥となり、傘下に航空会社も持っていた
のだ。「スクランブルだ!」となれば最優先で滑走路を使えるから、速
い、安い、美味いの三拍子。こうした副業で軍人の懐は大いに潤ったので
ある。

軍はまるで総合商社のようになり、トウ小平が「これではあんまりだ」と
思ったのだろう、軍人の給与を上げることで軍の副業を禁じたが、「上に
政策あれば、下に対策あり」の国柄だから、軍の副業(正業が蓄財=私腹
を肥やすことで、国防は副業=バイトかもしれない)は地下に潜っただけ
のようだ。

軍用車両や戦闘機などの兵器をばらして部品として転売する(2007年)、
軍用地を転売する(2012年)、官位を売る(売官)、軍用地を農地として
貸し出す、就職に絡む贈収賄・・・何でもあり。

これは大昔からの伝統で、時の最高権力者、西太后が日清戦争の海軍予算
をチョロマカシて高級別荘「頤和園」を造ったのは有名な話。大砲の弾薬
には火薬の代わりに砂が入っていたという。これでは負けるわな。

中共では為政者は軍律を正せない。習近平を見よ、あちこちの軍を視察
し、「呼べば来る、来れば戦う、戦えば勝つ!」といったイロハのお題目
を飽きもせずに説教し、それを暗記させ、試験に出すだけ。軍事予算は
ちょっと削るだけで、それ以上やれば確実に殺されるから何もできない。

2015/9/3の「抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年」軍事パレード
で、習近平は実につまらなそうな顔をしていた。まるで俎板の上の鯉、車
上からの閲兵では彼は右手でしっかりバー(手摺)を握っていたのだろ
う、軍から「軍を敵に回して殺されなかった政治家はいませんよ」とでも
脅されていたとしか考えられない。

軍は上海閥が握っており、その長老は江沢民だ。天安門の貴賓席で彼だけ
がはしゃいでいた。(つづく)2017/6/25



       
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話 の 耳 袋
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 ◎悪質さ増す日本メディアの世論誘導 信じる人はもはや絶滅危惧種 (ケント・ギルバート ニッポンの新常識)

安倍晋三内閣の支持率が、6月の世論調査で軒並み急落した。5月は56・1%だった産経・FNNの調査結果は、今回47・6%と8・5ポイント低下した。そのほか、読売と日経が49%、共同通信44・9%、朝日41%、毎日36%と、いずれも50%を切った。

これは野党やメディアの勝利なのか。そうとは思えない。緊迫する北朝鮮情勢や欧州で相次ぐテロ事件には目もくれず、ひたすら安倍内閣の足を引っ張り続けた「国壊」議員たちに、愛想を尽かした国民は多いはずだ。

読売は世代別支持率も公表した。30代以下の若い世代の内閣支持率は今回も60%以上だった。民進党などの野党と一部のメディアが「倒閣運動の好機」ととらえた「森友・加計学園」問題や、「テロ等準備罪」を新設する改正組織犯罪処罰法の採決をめぐるカラ騒ぎは、若者の心には響かなかった。

中高年と比べて、ツイッターやフェイスブック、ユーチューブなどを通じ、多角的な情報を入手しているからだろう。

テレビや新聞などの情報だけで物事を判断する世代と、ネット情報も参考にする世代との情報格差は広がる一方だ。数十年後は現在の若者が中高年である。メディア情報で世論誘導される人々は、もはや絶滅危惧種なのだ。

米国でドナルド・トランプ大統領が誕生した背景の1つに、米国民の根強いメディア不信がある。米メディアは「暴言」を繰り返すトランプ氏が共和党候補になれば、自分たちが応援する民主党のヒラリー・クリントン元国務長官の勝利は確実だと考えていた。

思惑通り、トランプ氏が共和党予備選を制したが本選挙も圧勝した。メディアが終始報じた「ヒラリー優勢」の世論調査は完全に間違いで、世論誘導できると信じていたメディアの完敗だった。

懲りない米メディアは再び民主党と組んで「トランプ降ろし」に励んでいる。日本の一部メディアの「安倍降ろし」と同じ構図だ。日米ともメディアの病巣は根が深い。

最近、日本メディアの情報操作は悪質さを増している。沖縄の反米軍基地運動家の暴力性や、左派団体が「国連」の権威を利用して日本を貶めてきたカラクリは、前衆院議員の杉田水脈(みお)氏や、キャスターの我那覇(がなは)真子氏、テキサス親父日本事務局の藤木俊一氏らのおかげで白日の下にさらされた。だが、積極的に報じるのは夕刊フジと産経新聞くらいだ。

築地市場の豊洲移転の問題で、小池百合子都知事の独断が多額の損失を発生させており「都民ワースト」である事実も、都民への周知が足りない。

 メディアの横暴を放置すれば、先の絶滅危惧種の絶滅よりも、日本国の絶滅が先かもしれない。

■ケント・ギルバート 米カリフォルニア州弁護士、タレント1952年、米アイダホ州生まれ。71年に初来日。著書に『儒教に支配された中国人・韓国人の悲劇』(講談社+α新書)、『トランプ大統領が嗤う日本人の傾向と対策』(産経新聞出版)、『日本覚醒』(宝島社)など。
【ZakZak】  〔情報収録 − 坂元 誠〕


 ◎【神戸「正論」懇話会】安倍晋三首相「教育は憲法改正で避けて通れ
ないテーマ」

安倍晋三首相(自民党総裁)は24日、神戸市内のホテルで開かれた神戸
「正論」懇話会で講演し、秋の臨時国会で党改憲案を衆参憲法審査会に提
出する考えを示し、「日本の未来を見据えながら、これからの教育をどう
するかは、憲法改正において避けて通ることのできない極めて重要なテー
マだ」と述べた。

 
首相は現行憲法について「普通教育の無償化という大方針が書き込まれ
た。これによって義務教育制度が始まり、そこで育った人材が戦後の発展
をリードしたことは間違いない」と強調した。その上で、「高等教育も全
ての子供たちに真に開かれたものでなければならない」と訴えた。

写真−神戸「正論」懇話会設立記念特別講演会で講演を行う安倍晋三首
相=24日午後、神戸市中央区のポートピアホテル(恵守乾撮影)
<http://www.sankei.com/politics/news/170624/plt1706240022-n1.html>http://www.sankei.com/politics/news/170624/plt1706240022-n1.html
【産經ニュース】 2017.6.24 14:57 〔情報収録 − 坂元 誠〕


 ◎公務員定年延長へ議論=来秋にも法改正案―政府

政府は、公務員の定年延長に向け、近く関係府省で議論する場を立ち上げ
る方針を固めた。

 定年を現行の60歳から延ばした場合の職員定数の調整方法や、人件費の
在り方を話し合う。早ければ来年秋の臨時国会に国家公務員法など関連法
改正案を提出する見通しだ。

 定年延長に関する政府方針は、国に準じて制度が決まる地方公務員にも
影響を及ぼす可能性がある。

年金の支給開始年齢が2013年度以降、60歳から段階的に65歳に引き上げら
れているため、定年後の公務員に無収入の期間が発生することが課題と
なっている。

 政府は当面、希望者を再任用する対応を取っているが、自民党の1億総活
躍推進本部が今年5月に公務員の定年延長を提言。6月に閣議決定された経
済財政運営の基本指針「骨太の方針」にも具体的な検討を進めることが盛
り込まれた。

 関係府省による議論では、公務員全体の定数を調整しながら定年を引き
上げる方法を探る。公務員は定数の上限が法律で決まっており、単純に定
年を引き上げると、適切な新規採用ができなくなるためだ。公務員の人件
費が増えることに世論の批判も考えられることから、慎重に検討する。給
与を60歳以降大幅に下げる形とするか、中高年層の水準を現行より低く抑
えて全体的に緩やかな変動とするかといったことが論点となる。 
時事通信6/25(日) 8:39配信



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読 者 の 声       
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 1)桐生祥秀君が4位だった:前田正晶

私は何の根拠も理由もなく桐生君は9秒台を出せないと思っている。だ
が、密かにその閃きが裏切られることを希望的に観測して、夜の8時半ま
で待っていた。

24日は折角の好天だったが、前日の動きすぎを反省して何処に出ていかな
かった。不思議なもので、ジムでは20分のストレッチ、20〜30分のウオー
キング、時には10〜15分程度のエアロバイクという運動(workoutで良い
と思うが)に加えて15分のマッサージチェアには体が慣れきっているのか
何の疲れも出ない。

思うに、高校までの全国制覇を本気で狙っていた頃の練習は確かに厳し
かっただろうが、体がその決まったことをやっている練習に慣れたのか、
兎に角疲れは感じたが、来る日も来る日も何と言うことなく過ごしてい
た。筋肉痛を起こしたなどという記憶もないが。私などは良く言われる
「練習名人」だったのかも知れないと思う時もある。

ラグビー:

その間に午後2時半からは日本代表対アイルランド代表(擬き?)のラグ
ビーの試合も観戦した。17日に既に22対50と負けていたのを後半だけ見た
ので、勝敗の行方よりも2回目はどうかなという程度の関心しかなかっ
た。結果は「なるほど、世界の第3位だけのことがあり、言わば一軍半で
も強いのだ」と思わせてくれただけだった。

私が見た限りでは、あの顔触れでは目を奪うような技術がある訳でもな
く、ただひたすら攻め続けて相手の一寸した失策を利用して得点してしま
うだけの強さがあるというのが印象的だった。その辺りが「強いか、弱い
か」の分かれ目だっただろう。言葉を換えれば「我が代表はメンバーを入
れ替えただけ今回は点差を狭めた善戦だった」と言って良いかと思う。

私は以前から大畑大介は解説者としては全く不適任だと指摘してきた。昨
日も日テレは私の忠告も聞かずに(?)大畑を使った。彼は日本代表の応
援団に過ぎず、やれ「良いタックルをした」だの「ここをこうすれば良
い」といったようなことばかり言っているので、ラグビー経験者ではない
私にはアイルランド代表の何処が優れ、我が代表の何処に至らざる点があ
るのかなどはサパッパリ解らなかった。

大畑もアナウンサーも好い加減に気付いて欲しいことは「良い守りをす
る」とか「凄いタックルをして止めた」ことなどは「我が代表が押され続
けていた」ことを示しているだけだを言っているのだと。サッカーとは
違って、引いて守ってカウンターの機会を待っている戦法はラグビーには
ないと思うよ。アナウンサーは「ラグビーは陣取りゲーム」と言っていた
ではないか。

100 m決勝:

さて、桐生君である。3人しか世界陸上に行かれないのに、山縣、多田、
サニブラウン、ケンブリッジ飛鳥と強敵ばかりだった。しかも、何の因果
か雨期を選んで開催した試合であれば、あの雨降りだった。雨は関係ない
としても、3位までに2人も父親が外国人である者が入り、真ん中に突如と
して現れた関学の学生が入ってしまった。陸連はこの一本勝負で代表を決
めるのだろうが、桐生君の実力は未だしという残酷な結果だった。今後に
期待したい。

プロ野球:

なお、その間に読売が無残に中日に負けるのも部分的に見ていた。先取点
をされると20連敗とアナウンサーに教えられた。その1点を陽岱鋼の粗雑
な守備で献上してしまったので、それもそうかと思って見放した。陽岱鋼は7
回だったかにも粗雑な返球をしていた。私が高橋由伸だったならば、あの
粗雑な後逸をした時点で引っ込めていた。他にもあの程度の打者ならベン
チにいるではないか。甘い監督だと思う。何を遠慮しているのだ。

女子のゴルフ:

多くは語らないが、イボミが不調を脱しつつあるのは”bad news”だ。私は
感性だけの愛国者として彼女のファンクラブに入っている我が同胞たちの
性根を非難したい。本日言いたかったことはここかも知れないが。24日ま
ででは、幸いにも1位も2位も日本の女性だった。そのまま行って欲しいも
のだ。

テレビでのスポーツ中継の見過ぎは矢張り目には良くないようで、PCには
余り時間を割けなかった。そして10時過ぎには早寝にしてしまった。



 2)*経営者の劣化か?*前田正晶

畏友尾形美明氏が日経新聞から下記のように引用されて、労働分配率の低
下の問題を提起された。

<今回の景気拡大は55カ月目を迎える。企業の経常利益は史上最高を更新
し、産業界は好況を享受しているが、雇用者報酬はほぼ横ばいで、民の暮
らしは豊かになっていない。

労働分配率は過去20年間、6%前後で推移して来たが、今回の景気回復局
面で急低下し、今年1〜3月時点で58%と26年ぶりの低水準に落ち込んでい
る。尚、労働分配率の低下は先進国共通の現象だ。熟練工の職場が激減し
た一方、増えた仕事の多くは女性やアルバイトで十分な仕事でしょう。>

のように労働分配率の低下を論じておられた。これに対しての私の考え方
は、上記にに加えるに、所謂非正規雇用が増えたこともあると思います。
私はリタイヤー後に多くの業種で当時の団塊の世代よりも若い世代と話を
する機会が常にありました。そこで彼らが激しく非難したのが「団塊の世
代」でした。「こういう何もしない自己保身だけの連中が我が社の経営の
中枢を担う時代が来れば、我が社は衰退するか息絶えるかの何れかだ」と
言って。

こういうことを述べれば、既に引退されたあの世代の方々から反発が来る
でしょうが、私は当時の若手の意見を代弁しているに過ぎません、念の為。

私はあの年代が非正規雇用を増やすような政策を採ったことことが、現在
の労働事情を招いたと思っております。長期的な展望に欠けた姑息な手段
ではなかったかと思うのです。私と同学年の世代で某大手製紙会社の社長
だった切れ者の方は引退後に「経営者の劣化だ」と鋭い批判をされたそう
です。。

私はその世代の経営者かまたは上司を頂く時代に育った現代の幹部たち
が、一向に非正規社員を減らそうとしないのは、彼らはそのような手法を
上司から学んだからかと疑っております。それでも「内部留保」は増えた
と報じられています。何のことはない、従業員の犠牲において成り立って
いるのかも知れないとすら疑いたくなります。


 3)近頃気になること:前田正晶

先ずは第三者委員会と有識者会議の乱発を挙げたい:

経営者、政治家、議員、教育委員会等々の方々は、自らの意思決定によほ
ど自信がないと見えて、何かと言えば直接その事案に関係していないよう
な外部の人々を集めては調査・研究・原因の究明・最善の解決案の審議を
依頼するようだ。

時には、外部の人の目や判断力が必要な場合があるとは思うが、私には責
任回避としか見えない。

「卑怯ですね」「卑怯だろう」と言っている何かのCMを想起させられる。
教育委員会が常に「いじめなし」という結論を出させるのも、この種類の
委員会だ。典型的な責任回避に見える。

パワーハラスメント:

次に不思議に思ったのが、豊田真由子議員の罵詈雑言で大きく取り上げら
れた「パワーハラスメント」(=パワハラ)なるカタカナ語。お気づきの
向きもあると希望的に考えているが、こんな英語はない。マスメディアと
いうかテレビに登場する連中は「力」という意味で「パワー」を使いたが
るが、少なくともそれは英語の世界では日常的な用法ではないと思うし、
不肖私はそういう意味で使った記憶はない。カタカナ語排斥論者としては
是非採り上げておきたい。

パワーハラスメントは広辞苑には和製語として「職場で上司がその地位や
権威を利用して部下に行ういじめや嫌がらせ」とある。即ち、「パワー」
を「上司」乃至は「権威」のつもりで使っているようだが、英語にはそう
いう意味はない。これも、我が国の学校教育における英語の輝かしくない
成果で単語の知識だけを大切に教え込んだ為に生じたことだと思っている。

“power”をジーニアス英和で見ると「・・・に対する権力、勢力、(法
的)権限、支配力(to do、政権)」が出てくる。しかも通常は複数形と
もある。一寸違和感がある。Oxfordには先ず”CONTROL”が出てきており、
the ability to control peopleor thingsとある。次はABILITYでthe
ability or opportunity to do 〜とある。この辺で十分だろうが、パワ
ハラとは違うようだ。

考えてみれば、上司がハラスメントをするのであれば、その意味の単語に
は「上司」を表す”superior”があるが、難しすぎて「パワハラ」の発案者
には思いつかなかったのだろう。日常的な言葉では”boss”と言えば上司を
表しているし、通常はこれを使ってきた。

であれば”boss harassment”の方が無理がないと思う。即ち、「ボス
ハラ」だ。欲を言えば、bossでもsuperiorでも所有格にしておきたいのだ。

加計問題:

最後は前川ぜん文科省事務次官。私にはこの方が色々と安倍内閣に難癖を
付けて「行政を歪めた」などと言って、反安倍のメディアと野党を喜ばせ
ているのを見て「この方は一体何がやりたいのか、またはやり遂げたいの
か」と単純に疑問に感じていた。

しかし、先頃のプレスセンターでの記者会見で彼が「安倍内閣を打倒する
気はないが」と言ったのを聞いて、漸くこの人物の正体が見えたと思っ
た。彼がやって来たことは、何処の誰と組んでいるのか知る由もないが、
安倍内閣打倒の試み以外の何物でもないと思うのだ。畏友尾形氏は「その
辺りは今月発行の雑誌”HANADA”が明らかにしている」と教えて下さった。

先頃の籠池氏の安倍総理夫妻への100万円返還の上京の大芝居と言い、何
と言い、安倍総理には「あれやこれやと、ご苦労のタネが多いものだ」と
思って眺めている。これら一連の騒動は野党とマスコミ連合の安倍内閣を
貶める狙いの”conspiracy”だと思うと解りやすい気がする。




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身 辺 雑 記
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26日の東京湾岸は曇天、涼しすぎる。


25日の東京湾岸は終日、雨。散歩は車椅子に乗って傘をさしてくれる家人を押してなんとか果たした。空腹時血糖値146.最高血圧132。糖尿病患者にとって散歩は不可欠、26日以降は雨は午後だから朝の散歩は無事だ。

隣の中学校の校庭は無人。緑の芝生がさびしそうにぬれていた。雨は昼過
ぎは上がったが日曜日とあって誰も来なかった。反して屋内体育館は大賑
わいだったようだ。

                         読者:5715人





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渡部 亮次郎 <ryochan@polka.plala.or.jp>

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