政治・経済

頂門の一針

急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

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頂門の一針4352号  2017・5・14(日)

2017/05/14

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  わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」4352号
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        2017(平成29)年5月14日(日)



     矛盾する岩井克己朝日新聞記者の記事:斎藤吉久

「措置入院」精神病棟の日々(38):“シーチン”修一 2.0

           これほどの大物が居た:渡部亮次郎
          
                       話 の 福 袋
                     読 者 の 声
                     身 辺 雑 記


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第4352号
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矛盾する岩井克己朝日新聞記者の記事
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            斎藤 吉久

──ねじ曲げられた前侍従長の「私見」 3


以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれ
た側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第3節 ねじ曲げられた前侍従長の「私見」──岩井克己朝日新聞記者の
「内親王家」創設論


▽3 矛盾する岩井克己朝日新聞記者の記事

岩井記者の記事は、渡邉允前侍従長(いまでは元職)の文章を引用しつ
つ、その「私見」について。次のように説明しています。

「私が侍従長としてお仕えしていた期間のほとんどは、皇位継承をめぐる
問題がつねに緊迫した課題として存在し続けていました。天皇陛下は、10
年以上にわたって、この問題で深刻に悩み続けられました」

「それが現在では、現行の皇室典範の下で、皇太子さま、秋篠宮さま、秋
篠宮家の悠仁さまが、次の次の世代まで皇位を継承なさることで落ち着い
た状況になっています。私はこの段階では、それでいいのだと思います」

「いずれにせよ我々の世代は、皇位継承の問題について、一端、国論が分
裂する事態を招いて、国民皆が納得する結論を得ることに失敗したわけで
す。従って、この問題は、将来の世代の人たちに、それぞれの時代の状況
に応じて対応してもらうことに期待する以外にあり得ないと思っています」

 以上の引用のあと、岩井記者は、

「そのうえで、皇室典範の男系男子主義の規定はそのままにして、眞子さ
ま、佳子さま、愛子さまら内親王方が結婚しても新宮家を創設して皇室に
残ってもらう『女性宮家』案をあらためて提起している」

と説明しています。この記事を読むと、前侍従長の「女性宮家」創設提案
は皇位継承問題と直結しているように見えます。

しかも、岩井記者は、「女性宮家」創設案は前侍従長が数年前から「私
案」としてたびたび公言してきたことで、「週刊朝日」誌上の対談(渡邉
前侍従長インタビュー「渡邉允前侍従長に聞いた天皇陛下喜寿の胸の
内」=同誌平成22年12月31日号)でも表明されてきたと指摘しています。

さらに岩井記者は、

「長くもっとも身近に仕えてきた人だけに、両陛下のお気持ちを忖度して
の発言だろう。今回、浮上している女性宮家問題も、こうした脈絡で見る
べきだろう」

と付け加えていますが、どうでしょうか?

もしそうだとしたら、前侍従長らが推し進めた祭祀簡略化も「陛下のお気
持ちを忖度」したうえでのことになりますが、即位以来、祭り主の伝統を
重んじてこられた陛下にとって、それはあり得ないでしょう。

私にはむしろ陛下と側近との意見の相違の方が強く感じられます。

「女性宮家」創設論議についていえば、創設の検討を「陛下のご意向」と
することを羽毛田長官が「強く否定」している、とする岩井記者自身の記
事とも矛盾します。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加
筆修正があります


◇ 筆者のプロフィール ◇

斎藤吉久(さいとう・よしひさ) 昭和31年、第32代崇峻天皇の后・小手
姫(おてひめ)が里人に養蚕と機織りを教えたとの物語が伝えられる福島
県・小手郷(おてごう)に生まれる。子供のころ遊んだ女神川は姫の故事
に由来する。弘前大学、学習院大学を卒業後、総合情報誌編集記者、宗教
専門紙編集長代行などを経て、現在はフリー。著書に『天皇の祭りはなぜ
簡略化されたか』など。過去の発表記事は斎藤吉久のブログで読める。
「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦(あしづ・うずひこ)の「没後の門
人」といわれる


               
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「措置入院」精神病棟の日々(38)
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     “シーチン”修一 2.0

大学時代からの友人“Sam”は、小生が緊急措置入院で音信不通になると心
配してわが家まで足を運んでくれた。He is a good guy.ありがたいことだ。

Samは懐メロのGSやロックなどのレコードコレクターでもあり、2年ほど前
だろうか、神奈川新聞でも紹介されていた。愛着があれば古いものでも大
切にする嗜好、傾向があり、一時期はクラシックな乗用車やオートバイを
楽しそうに運転していたが、維持費がとてもかさむので(多分奥様のコン
プレインもあって)、この趣味というか道楽は諦めたようだ。

男は諦観、断念の人生、女は幾つになっても18歳、夢見る乙女は少年のま
まの男のロマンなんて忖度しないだろうな。

そのSamからメールが届いた。要約すると――

<毎号愛読していますが「頂門の一針」2017/5/8の記事は大いに疑問です。

そもそもテレビというメディアは、好むと好まざるにかかわらず、通信イ
ンフラでほとんどライフラインです。革命家はまずここを占拠しますよ
ね。世捨て人ならいざ知らず、頂門の一針たらんとし「中共殲滅」を志す
人は、逃げないでください。
 
「一億総白痴化」(大宅壮一)というのも当時の番組コンテンツのくだら
なさを指したもので、必ずしもテレビという媒体を否定したわけではな
かったですか?

「読書派とテレビ派」というのも無理筋、酒派と飯派みたいな分け方で
しょう。両方たしなむのが当たり前ではないかしら。

映像というものの重要さは、元ジャーナリストの方は十分ご存じではない
ですか?だからチャイナは人民に視聴の自由を与えないわけでしょう。

テレビというメディアが有効とされるからこそ、教育番組や放送大学があ
るのでは?

活字媒体だけでどうやって、例えば古典芸能、例えば新車情報を表しますか?

ただ放送の最大の欠点は、我々の都合に関係なく(試験期間であれ夕餉の
団欒時であれ)、一方的に番組が送られて来ることで、このことを指して
山本夏彦は「切れ」といったのだと思う。しかし当時と違って今は録画機
械が普及し、テレビの見方が変わってきたという話は知りませんか?

例えば西部邁ゼミナールでも一度騙されたと思って、見てみてください。
そのうえでコンテンツ論をお願いします。確かに大半の番組は中2以下レ
ベルですが、そればかりではないはずです(人間には「人には言えない
話」が必要と個人的に考えますが、それは措いといて)。

中共殲滅をテーマにした映像を作りユーチューブに流すなんて、どうです
か?川崎のゲッペルス、期待しています。

くどいようですが、論ずべきは器のあり方というよりも、その器の料理だ
と思いますが、いかがでしょう>(以上)

ゲッペルスって、確かナチスの宣伝担当相だったが、小生は蟷螂の斧、し
がない瓦版屋、ゲ(ッペル)ス記者に過ぎない。

テレビは1960年前後から急速に世界に普及していったが、テレポリティク
/telepoliticsは「テレビを意識した政治活動」で、それを活用してのし
上がったのがJFK=ケネディだった(小生にとって彼はインチキ淫乱ゲス
野郎でイルカ大使の親父に過ぎないが)。「1994年版 時代感覚用語」から。

<テレポリティックス :「テレビ政治」「メディア選挙」。テレビとい
うマスメディアが政治のあり様に大きなインパクトを与えるようになった
最初の予兆は、1960年に行われた「ニクソン対ケネディ」のアメリカ大統
領選挙であった。

2期8年間も副大統領をつとめたリチャード・M・ニクソン (共和党) と、
当時ほとんど無名だった若き上院議員ジョン・F・ケネディ (民主党) の
一騎打ちだから、みんな「ニクソンの楽勝」と思い込んでいた。

しかし(テレビで生中継された)“大討論”の際、ニクソンはテレビカメラ
の前にほとんど化粧っ気のないペイル・フェース (青白い顔) をさらけ出
してしまったため、メディア利用のうまいケネディにまんまとやられてし
まった>

今はネットも利用した「E・テレポリティクス」になっているようだ。

Samは「テレビというメディアではなく、その内容=料理=コンテンツこ
そが問われるべきだ」と言っているのだが・・・その通りだが、昔から
「まじめな話は暗くなる」からジャンクフードのようなゲス番組がほとん
どなのではないか。

ビデオリサーチ2017年4月24日(月) 〜 4月30日(日) によると、視聴率
トップ10入りしたNHKEテレは「アニメ」部門で9位「アニメおさるの
ジョージ」4/29(土) 3.5%、10位「アニメひつじのショーン」同3.1%だ
けだった。

放送大学はネットなどでも見ることができるが、視聴率は1%あるのかど
うか。「現在は放送大学本部に収録スタジオを保有していることから
NHK、テレビ朝日(修一:両者とも偏向報道で有名)との関係はなくなっ
たもののNHKの子会社で教育テレビの番組制作を手掛けるNHKエデュケー
ショナルが番組制作協力にあたっている」(ウィキ)そうだ。

悪貨は良貨を駆逐する、真面目な番組を創ったところで視聴率は稼げな
い。書籍も同様で、今や「売れる本」が良書になった。

ところで西部邁。ブント系全学連の中央執行委員として60年安保に参加し
たそうだが、逮捕歴ゼロって・・・まるでカンカラ菅直人、中核派ながら
おめおめと白ヘルを捨てた猪瀬直樹と一緒で、「アジは上手いが逃げるの
も上手い」(佐々淳行氏)? 西部は今はテレビでメシを食っているよう
だが、総合視聴率は「おさる」や「ひつじ」をはるかに下回っているだろう。

イギリス生まれのジャーナリスト、コリン・ジョイス氏(ニューズウィー
ク元東京支局長)によると、英国では今でも厳然とした階級があり、小生
思うにそれは知的階級(頭脳労働、大卒以上、セレブ、読書派、保守党支
持、有事にあっては将校)と労働階級(肉体労働、高卒止まり、庶民、テ
レビ派、労働党支持、有事にあっては兵士)で、氏は仕事柄、労働階級の
知人友人と交流するのだが、知的階級からはほとんど変人のように思われ
ていると書いていた。

つまり2大階級は口さえ利かないのだ。分家の米国も似たようなものでは
ないか。

Samは「一億総白痴化というのも当時の番組コンテンツのくだらなさを指
したもの」というが、大宅はこう書いている。

<テレビに至っては、紙芝居同様、否、紙芝居以下の白痴組が毎日ずらり
と列んでいる。ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によっ
て、『一億白痴化運動』が展開されていると言って好い(「週刊東京」
1957/2/2)>

それから60年経っても白痴番組が主流なのではないか。5/12/金のゴール
デンタイム(19〜22時)の番組は――

NHK:1300年前の飛鳥美人像に秘められた暗号、NHKEテレ:年を取るほど
美しく 辛口娘ブログで大変身、日テレ:テレビに一瞬映った美女は
誰?、テレ朝:話題のアニメ映画SING、TBS:梅沢富美男 バレた浮気80
回、テレ東:釣りバカ日誌2、フジ:さよなら!おばさんデカ

60年前が「くだらない番組」なら今は「思いっきりくだらないゲス番組」
の全面開花ではないのか。

読書階級(高2レベル以上)2割、テレビ階級(中2レベル以下)8割。1票
は1票だから為政者は8割の方に顔を向ける、昔から。

1934年、ヒトラーがどん底、絶望、自殺願望を繰り返しながら首相に這い
上がり、「最後の自由な選挙」を前にしたゲッペルスはほとんど躁状態
だった。2/3の日記にこう書いた(「第三帝国の興亡」)。

「今度は戦いを進めるのがやさしいだろう。我々は国家資源のすべてを投
入できる。ラジオも新聞も我々の自由になる。我々は宣伝の傑作を上演す
るだろう。今度は無論、金に困ることはない」

所詮マスコミ、民衆はそんなもの・・・ナチスが政権を握る100年前に
ゲーテはこう書いている、「私は、個人としてあれほど尊敬に値するの
に、全体としてはあれほど浅ましいドイツ民族のことを考え、しばし悲痛
な思いをする」(同)。

「もっと正気を」か。

正気で冷徹なリアリストのマキャベリ曰く――

<「民衆ほど軽薄で首尾一貫とは程遠いものはない」とはリヴィウスの評
価ではあるが、他の多くの歴史家もこれと同じことを書いている。「卑屈
な奴隷か、さもなければ傲慢な主人か、これが民衆の本質である」とも。

(非難覚悟で)あえて弁護するが、歴史家たちが民衆の欠点として糾弾す
るこの性格は、実は人間全体、その中でも特に指導者たちに向けられるべ
きものだと言いたい。

なぜなら、法に反する行為をする者は誰であれ、秩序なき民衆と同じ誤り
を犯すものだからである。

後先のことを考えないで暴走するという民衆の性格は、指導者のそれより
も罪が深いわけではない。両者いずれとも、思慮に欠ける人ならば誰でも
この誤りは同じように犯しているのだ。(修一:まるで小生そっくり)

それ故に、この場合での理にかなった議論としては、階級で分けずに、人
間全体に共通する欠点への糾弾という形でなされるべきだと思う。

「民の声は神の声」と言われるのも、まんざら理由のないことではない。
何しろ世論というものは不可思議なる力を発揮して、未来の予測までして
しまうことがある。

また判断力ということでも、民衆のそれは意外に正確だ。二つの対立する
意見を並べて提供してやりさえすれば、世論はほとんどの場合、正しい方
に味方する>

まあSamの意見には八分の道理、小生の意見もそんなものだろう。ただ、
マスコミは「二つの対立する意見を並べて提供」なんてまずしない。まと
もな新聞は産経、読売、日経くらいで、シェアは20%、多くはフェイク新
聞、フェイクテレビではないのかと・・・

久し振りに興奮して記事が長くなったので、精神病棟における発狂老人の
心理検査は次回に。(つづく)2017/5/13



  
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これほどの大物が居た
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    渡部 亮次郎

名古屋市には、その中心に、100m道路がある。道幅100mの道路が東西南北
に走っている。もちろんその100mの道幅そのものが、自動車の走行の為の
道幅ではない。道幅100mの間には、公園もあれば、テレビ塔もある。

名古屋も戦後直後は、空襲でこの辺りも焼野原となった。戦後の混乱の時
期に、市の幹部は、まず道路を設定した。その時に、未来に備えての道幅
100mの道路を設定したのである。

さて、なぜ道幅100mの道路を名古屋の中心に東西南北に走らせたか?である。

戦後の焼野原を見ながら、どんな火災が起きても、延焼を食い止め、名古
屋全域が焦土と化さないように名古屋の中心のタテヨコに幅100mの空間
(道路)を作ったのである。

一方、将来来るはずの自動車社会を見越して東京中心部の設計をしたのが
岩手県人後藤新平(ごとう しんぺい)綽名大風呂敷である。関東大震災
後に内務大臣兼帝都復興院総裁として東京の都市復興計画を立案した。

特に道路建設に当たっては、東京から放射状に伸びる道路と、環状道路の
双方の必要性を強く主張し、計画縮小をされながらも実際に建設した。

当初の案では、その幅員は広い歩道を含め70mから90mで、中央または車・
歩間に緑地帯を持つと言う遠大なもので、自動車が普及する以前の当時の
時代では受け入れられなかったのも無理はない。

現在、それに近い形で建設された姿を和田倉門、馬場先門など皇居外苑付
近に見ることができる。上野と新橋を結ぶ昭和通りもそうである。日比谷
公園は計画は現在の何倍もあったそうだ。

また、文京区内の植物園前 、播磨坂桜並木、小石川5丁目間の広い並木道
もこの計画の名残りであり、先行して供用された部分が孤立したまま現在
に至っている。現在の東京の幹線道路網の大きな部分は後藤に負っている
といって良い。

関東大震災。1923(大正12)年9月1日午前11時58分に発生した、相模トラフ
沿いの断層を震源とするマグニチュード7・9による大災害。南関東で震度
6 被害は死者99,000人、行方不明43,000人、負傷者10万人を超え、被害
世帯も69万に及び、京浜地帯は壊滅的打撃を受けた。(以下略)「この項の
み広辞苑」

新平は関東大震災の直後に組閣された第2次山本内閣では、内務大臣兼帝
都復興院総裁として震災復興計画を立案した。それは大規模な区画整理と
公園・幹線道路の整備を伴うもので、30億円という当時としては巨額の予
算(国家予算の約2年分)。

ために財界などからの猛反対に遭い、当初計画を縮小せざるを得なくなっ
た。議会に承認された予算は、3億4000万円。それでも現在の東京の都市
骨格を形作り、公園や公共施設の整備に力を尽くした後藤の治績は概ね評
価されている。11%!に削られながら。

三島通陽の「スカウト十話」によれば、後藤が脳溢血で倒れる日に三島に
残した言葉は、「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ
者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」であったという。

後藤新平(ごとう しんぺい、安政4年6月4日(1857年7月24日) - 昭和4
年(1929年)4月13日)は明治・大正・昭和初期の医師・官僚・政治家。
台湾総督府民政長官。満鉄初代総裁。逓信大臣、内務大臣、外務大臣。東
京市(現・東京都)第7代市長、ボーイスカウト日本連盟初代総長。東京
放送局(のちのNHK)初代総裁。拓殖大学第3代学長。

陸奥国胆沢郡塩釜村(現・岩手県奥州市水沢区吉小路)出身。後藤実崇の
長男。江戸時代後期の蘭学者・高野長英は後藤の親族に当たり、甥(義理)
に政治家の椎名悦三郎、娘婿に政治家の鶴見祐輔、孫に社会学者の鶴見和
子、哲学者の鶴見俊輔をもつ。椎名さんは新平の姉の婚家先に養子に入った。

母方の大伯父である高野長英の影響もあって医者を志すようになり、17歳
で須賀川医学校に入学。同校を卒業後、安場が愛知県令をつとめていた愛
知県の愛知県医学校(現・名古屋大学医学部)で医者となる。

ここで彼はめざましく昇進し、24歳で学校長兼病院長となり、病院に関わ
る事務に当たっている。この間、岐阜で遊説中に暴漢に刺され負傷した板
垣退助を治療している。後藤の診察を受けた後、板垣は「彼を政治家にで
きないのが残念だ」と口にしたという。

1882年(明治15)2月、愛知県医学校での実績を認められて内務省衛生局
に入り、医者としてよりも、病院・衛生に関する行政に従事することと
なった。

1890年(明治23)、ドイツに留学。西洋文明の優れた一面を強く認識する
一方で、同時に強いコンプレックスを抱くことになったという。帰国後、
留学中の研究の成果を認められて医学博士号を与えられ、1892年(明治
25)12月には長与専斎の推薦で内務省衛生局長に就任した。

1893年(明治26)、相馬事件に巻き込まれて5ヶ月間にわたって収監さ
れ、最終的には無罪となったものの衛生局長を非職となり、一時逼塞する
破目となった。

1883年(明治16年)に起こった相馬事件は 突発性躁暴狂(妄想型統合失
調症と考えられる)にかかり 自宅に監禁されさらに加藤癲狂院(てん
きょういん)や東京府癲狂院に 入院していた奥州旧中村藩主 相馬誠胤
(そうまともたね)のことについて

忠臣の錦織剛清(にしごおりたけきよ)が 「うちの殿様は精神病者では
ない。

悪者たちにはかられて病院に監禁された。」 と、告訴したことに始まった。

結局この騒ぎは1895年(明治28年)に 錦織が有罪となって終結すること
になった。

1898年(明治31)3月、台湾総督となった兒玉源太郎の抜擢により、台湾
総督府民政長官となる。そこで彼は、徹底した調査事業を行って現地の状
況を知悉した上で、経済改革とインフラ建設を進めた。こういった手法
を、後藤は自ら「生物学の原則」に則ったものであると説明している。

それは、社会の習慣や制度は、生物と同様で相応の理由と必要性から発生
したものであり、無理に変更すれば当然大きな反発を招く。よって、現地
を知悉し、状況に合わせた施政をおこなっていくべきであるというもので
あった。

また当時、中国本土同様に台湾でもアヘンの吸引が庶民の間で常習となっ
ており、大きな社会問題となっていた。これに対し後藤は、アヘンの性急
に禁止する方法はとらなかった。

まずアヘンに高率の税をかけて購入しにくくさせるとともに、吸引を免許
制として次第に吸引者を減らしていく方法を採用した。この方法は成功
し、アヘン患者は徐々に減少した。

総督府によると、1900年(明治33年)には16万9千人であったアヘン中毒
者は、1917年(大正6)には6万2千人となり、1928年(昭和3)には2万6千
人となった。

なお、台湾は1945年(昭和20)にアヘン吸引免許の発行を全面停止した。
これにより後藤の施策実行から50年近くかけて、台湾はアヘンの根絶に成
功したのである(阿片漸禁策)。

こうして彼は台湾の植民地支配体制の確立を遂行した。台湾においては、
その慰撫政策から後藤は台湾の発展に大きな貢献を果たした日本人とし
て、新渡戸稲造、八田與一等とともに高く評価する声が大きい。

1906年、後藤は南満洲鉄道初代総裁に就任し、大連を拠点に満洲経営に活
躍した。ここでも後藤は中村是公や岡松参太郎ら、台湾時代の人材を多く
起用するとともに30代、40代の若手の優秀な人材を招聘し、満鉄のインフ
ラ整備、衛生施設の拡充、大連などの都市の建設に当たった。

また、満洲でも「生物学的開発」のために調査事業が不可欠と考え、満鉄
内に調査部を発足させている。東京の都市計画を指導するのはこの後である。

その後、第13代第2次桂内閣の元で逓信大臣・初代内閣鉄道院総裁(1908
年7月14日-1911年8月30日)、第18代寺内内閣の元で内務大臣(1916年10
月9日-1918年4月23日)、外務大臣(1918年4月23日-1918年9月28日)。

しばし国政から離れて東京市長(1920年12月17日-1923年4月20日)、第22
代第2次山本内閣の元で再び内務大臣(1923年9月2日-1924年1月7日)など
を歴任した。

鉄道院総裁の時代には、職員人事の大幅な刷新を行った。これに対しては
内外から批判も強く「汽車がゴトゴト(後藤)してシンペイ(新平)でた
まらない」と揶揄された。しかし、今日のJR九州の肥薩線に、その名前を
取った「しんぺい」号が走っている。

1941年(昭和16)7月10日、本土(下関市彦島)と九州(当時、門司市小森江)
をむすぶ、念願の日本ではじめての海底トンネルが貫通した。この日貫通
したのは本坑道で、それより先39年4月19日には試掘坑が貫通している。

新聞はこの貫通を祝っているが、関門海峡の海底をほって海底トンネルを
つくる構想ははやくも1896年(明治29)ころからあり、当時夢物語のような
この話を実現化へ向けて進言したのは、鉄道院総裁の後藤新平だったとつ
たえている。[出典]『中外商業新報』1941年(昭和16)7月10日

晩年は政治の倫理化を唱え各地を遊説した。1929年、遊説で岡山に向かう
途中列車内で脳溢血で倒れ、京都の病院で4月13日死去。72歳。

虎ノ門事件(摂政宮裕仁親王狙撃事件)の責任を取らされ内務省を辞めた正
力松太郎が読売新聞の経営に乗り出したとき、上司(内務大臣)だった後
藤は自宅を抵当に入れて資金を調達し何も言わずに貸した。

その後、事業は成功し、借金を返そうとしたが、もうすでに後藤は他界し
ていた。そこで、正力はその恩返しとして、新平の故郷である水沢町(当
時)に、新平から借りた金の2倍近い金を寄付した。この資金を使って、
1941年に日本初の公民館が建設された。今は
記念館になっているようだ。

後藤は日本のボーイスカウト活動に深い関わりを持ち、ボーイスカウト日
本連盟の初代総長を勤めている。後藤はスカウト運動の普及のために自ら
10万円の大金を日本連盟に寄付し、さらに全国巡回講演会を数多く実施した。

彼がボーイスカウトの半ズボンの制服姿をした写真が現在も残っている。
制服姿の後藤が集会に現れると、彼を慕うスカウトたちから「僕らの好き
な総長は、白いお髭に鼻眼鏡、団服つけて杖もって、いつも元気でニコニ
コ」と歌声が上がったという。

後藤はシチズン時計の名付け親でもある(彼と親交のあった社長から新作
懐中時計の命名を頼まれ、「市民から愛されるように」とCITIZENの名を
贈った)。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


   
━━━━━━━
話 の 耳 袋
━━━━━━━


◆◇◆◇写真映像情報網◇◆週刊AWACS 2017年5月14日◇◆◇◆◇

▼唸声台湾映像/幼稚園で120人の園児が母の日に三跪九叩

[https://stat.ameba.jp/user_images/20170514/06/unarigoe/79/98/g/o0420023613936834579.gif]<https://stat.ameba.jp/user_images/20170514/06/unarigoe/79/98/g/o0420023613936834579.gif>

GIFは母の日前日に三跪九叩頭の礼を行う園児たち/唸声、全映像は以下の梨視頻にて
https://www.pearvideo.com/video_1078969

【宜蘭県】5月13日、県立宜蘭国民小学校付属幼稚園で両親への奉茶の儀や弟子規を唱え、三跪九叩頭の礼を120人の園児たちが行った。母の日を前にして、感動して涙を流す母親の姿もあった。

儒教的であり、時代遅れであると言う批判もあるが、道徳的な側面もあり、意見は分かれるであろう。支那の皇帝に対するものとなれば、問題外ではあるが、両親や家族に対するものであれば、それなりの理解はできる。そんなことを考えると教育勅語は誠によくできていると改めて感じる次第である。

では、今週号をお楽しみください。
http://ameblo.jp/unarigoe/entry-12274457851.html
誕生日の音楽映像(オットー・クレンペラー、指揮者・作曲家)
http://ameblo.jp/unarigoe/entry-12274361986.html
2017/5/14 唸声



 ◎安倍首相、文氏と激突!日韓合意厳命「責任持って実施を」 反故な
ら米国の顔にも泥

安倍晋三首相が、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領に対し、慰安婦
問題に関する日韓合意の順守を“厳命”した。11日に行われた電話首脳会談
で、合意について「未来志向の日韓関係を築いていくための欠くことがで
きない基盤だ」と断言したのだ。文氏は「国民の大多数が心情的に受け入
れられない…」などと反論を試みたが、「最終的かつ不可逆的に解決」と
いう国家間の合意の重みを理解しているのか。「慰安婦カード」で優位に
立とうとした文氏のもくろみは失敗に終わったといえる。 

文氏は大統領選で、歴史問題と経済問題を切り離す「ツー・トラック外
交」を掲げた。日韓合意の見直しを求めながらも、日本から経済協力を得
たい。そんな都合のいい考えは、安倍首相の冒頭発言で打ち砕かれた。

「日韓関係は長年にわたって両国の関係者が努力を積み重ね、友好関係を
築いてきた。大統領とともに未来志向の日韓関係を築いていきたい」

過去ではなく、「未来」という言葉を使ったことに、慰安婦問題を対日
カードとして「蒸し返すことは許さない」という安倍首相の強い決意がう
かがえる。日韓合意をめぐっても、次のようなやりとりが交わされた。

安倍首相「日韓合意を含む2国間関係を適切にマネージしていきたい。合
意は日韓両国間で約束したもので国際社会から高く評価された。未来志向
の日韓関係を築いていくために欠くことができない基盤だ」「責任を持っ
て(合意を)実施していくことが重要だ」

文氏「韓国国内では日韓合意には慎重な意見がある」「国民の大多数が心
情的に受け入れられないのが現実だ」「民間の領域で起きた問題を政府が
解決するには限界があり、時間が必要だ」「(河野談話など)精神を継承
し尊重する姿勢が必要だ」「両国の発展のためには、歴史問題は賢く解決
していく必要がある」

国内世論などを理由に逃げを図ろうとした文氏だが、「極左・従北」とさ
れるリーダーは国際社会のルールをまったく理解していない。

ソウルの日本大使館前や、釜山の日本総領事館前に設置された慰安婦像
は、外国公館前での侮辱行為を禁じたウィーン条約に完全に違反する。
「民間の領域〜」という言い訳はまったく通用しない。

加えて、日韓合意を反故(ほご)にする行為は、国際社会から「韓国は国
家間の約束も守れない野蛮で恥知らず、信用できない国」と位置付けられ
る。日韓合意の後ろ盾となった米国の顔にも泥を塗る行為であり、今後、
外国企業の韓国進出、投資などにも影響が出る。国家として「自滅」の道
をたどりかねないのだ。

文氏が「切り札」のように持ち出した1993年の「河野洋平官房長官談話」
は、信憑(しんぴょう)性のない“作文”であることが判明している、いわ
くつきの談話である。

政府の調査では「慰安婦の強制連行は確認できなかった」のに、河野氏が
記者会見で、独断で強制連行を認める発言をしたのだ。「河野氏は万死に
値する」という識者もいる。

そんな談話に頼らざるを得なかったところに、文氏の苦しさが表れている。

文氏は電話会談で「歴史問題が両国関係発展の足を縛るのはよくない」と
も述べた。韓国が、歴史問題をたびたび蒸し返し、日本に反省と謝罪を求
めていることを忘れているかのような“妄言”といえる。

安倍首相との電話会談で、やり込められた形の文氏だが、それに先立つ中
国の習近平国家主席との電話会談でも、厳しい要求を突きつけられた。

韓国に配備された、米軍の最新鋭迎撃システム「THAAD(高高度防衛
ミサイル)」について、習氏から「重大な懸念」を示されたのだ。中国外
務省によると、習氏は「韓国新政府が中国側の重大な懸念を重視し、両国
関係の健全で安定した発展のため、実際に行動をとることを希望する」と
語ったという。

韓国・聯合ニュースは、文氏は習氏に対し、次のように答えたと報じている。

「THAAD配備に対する中国の関心と憂慮をよく承知している。これに
関する理解を深めながら、速やかに両国間の意思疎通が図られるよう希望
する」

すでに配備されたTHAADの撤去は現実的に困難で、北朝鮮の「核・ミ
サイル」による脅威を考えても、同国の防衛上必要不可欠なものだ。文氏
の回答には、苦しさしか感じられない。

就任式の演説で、文氏は「必要なら直ちにワシントンに飛んでいく。北
京、東京にも行き、条件が整えば平壌にも行く」といい、全方位外交に強
い意欲を示した。だが、その外交はスタート早々、つまずきを見せた。
【ZakZak】  〔情報収録 − 坂元 誠〕


 ◎トランプ氏がFBI前長官を恫喝…異常事態

アメリカのトランプ大統領は12日、解任したFBI(=連邦捜査局)のコ
ミー前長官に対し、「一連の経緯をメディアに漏らさない方がいい」など
と恫喝(どうかつ)する投稿を行った。

 トランプ大統領はツイッターに「コミー氏は報道機関に情報を漏らし始
める前に、我々の会話を録音したテープがないと祈った方がいい」と投稿
した。一連の経緯を暴露しないようコミー前長官の口封じをはかった形だ
が、大統領が公然と恫喝をする異常な事態となっている。

 <ホワイトハウスの会見>

 Q.大統領は会話を録音した?
――大統領からは付け加えることはないということだった。

 Q.大統領は脅すのはよくないと思っている?
――私は脅したとは思っていない。

 また、トランプ大統領はメディア批判を連発。ホワイトハウスの説明の
矛盾をつく報道が相次いでいることを念頭に「すべての記者会見を取りや
め、正確な回答文を配る方がよさそうだ」とけん制した。

 一方、トランプ大統領は12日、これまでに、ロシアの指導者や企業との
間に負債はなく、投資を受けたこともないとする証明書を公表した。ロシ
アとのつながりを否定する狙いがあるが、アメリカメディアは「意味がな
い」などと伝えている。日本テレビ系(NNN) 5/13(土) 9:15配信


 ◎世界各国で大規模サイバー攻撃 病院や大手企業が被害

【AFP=時事】(更新)英国やスペインなどで12日、病院や大手企業など
を狙ったサイバー攻撃が相次いで発生した。テリーザ・メイ(Theresa
May)英首相は「国際的な攻撃」との見方を表明。セキュリティー専門家
らは、さらに多数の国に被害が広がっている可能性があると警告している。

英国では、公共医療を提供する「国民保健サービス(NHS)」の少なくと
も16組織が被害に遭ったとされ、一部の病院では救急車の受け入れや手術
の中止を強いられた。

スペインでは大手企業数社が被害に遭い、そのうちの一社である通信会社
のテレフォニカ(Telefonica)では拡声器を使って従業員にワークステー
ションの即時停止が指示された。

また米国では運輸大手フェデックス(FedEx)が、自社のウィンドウズ
(Windows)ベースのシステムの一部で「マルウエア(悪意のあるソフト
ウエア)による障害」が発生したことを認めている。

一連のサイバー攻撃は「ランサムウエア」と呼ばれる手法を取っており、
ハッカーらは利用者のデータを利用不能にした上で、解除と引き換えに仮
想通貨「ビットコイン(Bitcoin)」での身代金(ランサム)支払いを要
求している。

 またロシア内務省は12日、同省が使用するウィンドウズOS(基本ソフ
ト)搭載コンピューターが「ウイルス攻撃」の被害を受けたと発表した。



 ◎【ニッポンの新常識】憲法9条の問題点 GHQが日本の軍事的脅威
から米国を守る目的で考案

安倍晋三首相(自民党総裁)は3日、改憲派が都内で開いた集会にビデオ
メッセージを寄せ、憲法9条に自衛隊の存在を明記した条文を追加したう
えで、東京五輪・パラリンピックが開かれる2020年を「新しい憲法が施行
される年にしたい」と明言した。

日本国憲法全103条は、GHQ(連合国軍総司令部)民政局に所属する若
い米国人24人が英語で作成した草案をもとに制定された。近年この事実は
広く知られるようになったが、制定時から最大の問題は9条である。

6月出版予定の自著『米国人弁護士だから見抜けた日本国憲法の正体
(仮)』(角川新書)でも詳述するが、9条に触れない憲法改正論議など
無意味に等しい。だから、私はひとまず9条だけを改正し、その後10年
程度の時間をかけて、全条文を見直した「自主憲法」を制定すべきと考え
ている。

9条の条文を再確認して問題点を論じる。

 《1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解
決する手段としては、永久にこれを放棄する》

 《2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持
しない。国の交戦権は、これを認めない》

 1項は「侵略戦争の放棄」との解釈が定着している。世界159カ国の
憲法典に、このような「平和条項」がある現代、1項も削除すべきとの主
張は少数派だ。

問題は2項で、2つの文章に分かれる。前半は「戦力の不保持」で、後半
が「交戦権の否認」である。米国人が、日本の軍事的脅威から米国を守る
目的で考案した。

個人的には、1項を残して、2項を「前項の目的を達するため、陸海空軍
その他の必要な戦力を保持し、政府は国防に努める義務を負う」とすれば
分かりやすいと思う。

しかし、安倍総裁は1項と2項を両方残し、3項に自衛隊を明記すること
を提案した。「加憲」を主張する公明党への配慮もあると思うが、一部野
党や憲法学者の7割近くが「自衛隊違憲論」を支持する現状を完璧に破壊
したいのだろう。

私は、日本の憲法学者の大半は「日本国憲法解釈学者」に過ぎないと主張
してきた。もし、9条3項の文言について、憲法学会で侃々諤々(かんか
んがくがく)の議論が始まったならば、この主張は撤回する。

護憲派の野党は相変わらず危機感も責任感もなく、主張も的外れだ。

 代表が口を開くたびに支持率を下げる政党がある。あの代表は政権側が
送り込んだ「トロイの木馬」ではないかという疑念を、ひそかに抱いている。

 ■ケント・ギルバート 米カリフォルニア州弁護士、タレント。1952
年、米アイダホ州生まれ。71年に初来日。著書に『儒教に支配された中
国人・韓国人の悲劇』(講談社+α新書)、『トランプ大統領が嗤う日本
人の傾向と対策』(産経新聞出版)、『日本覚醒』(宝島社)など。
【ZakZak】 2017.05.13 〔情報収録 − 坂元 誠〕
AFP=時事 5/13(土) 6:17配信


 ◎韓国新政権波乱!文在寅氏の“妄想”就任演説に嘲笑 THAAD撤去
ならトランプ氏「一人損」

韓国大統領に就任した「極左・従北」の文在寅(ムン・ジェイン)氏
(64)が妄想を膨らませて、暴走する気配を見せている。ドナルド・トラ
ンプ米大統領と10日に行った電話首脳会談で、米韓同盟の重要性を強調し
て、トランプ氏の対北姿勢を評価したが、一方で日本との慰安婦合意見直
しや、北朝鮮への接近、米軍の最新鋭迎撃システム「THAAD(高高度
防衛ミサイル)」配備の再交渉など、現実離れしたプランを披露している
のだ。自国の都合だけを考慮したもので、識者は「国際社会の笑いものに
なる」とあきれる。早晩、各国から総スカンを食らいそうだ。

「(米韓同盟は)いつにも増して重要だ」「(トランプ氏が、北朝鮮の
『核・ミサイル開発』放棄に)高い優先順位を置いて対処していることを
高く評価する」

文氏は10日、トランプ氏との電話会談でこう語り、朝鮮半島危機を解決す
るため、緊密に協力することで一致した。

「極左・従北」という印象を和らげようとしたようだが、ソウルの国会議
事堂で同日行われた就任式では「条件が整うなら平壌(ピョンヤン)にも
行く」と演説している。

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、後見的存在で
ある中国の習近平国家主席とすら会ったことがない。北朝鮮の動向は各国
の安全保障に直結するため、根回しも必要となる。文氏の発言にはまるで
現実性がなかった。

文氏の掲げる外交政策も現実離れしている。

慰安婦問題をめぐる日韓合意(2015年12月)について、文氏は見直す考え
で、大統領選投票日前日の8日、「日本には『慰安婦合意は間違いだっ
た』と堂々という!」と明言した。だが、日本政府には、再交渉や見直し
に応じる気配はまるで見当たらない。

安倍晋三首相は10日の政府与党連絡会議で、文氏について「韓国は戦略的
利益を共有する、最も重要な隣国だ。北朝鮮問題で連携して対処するとと
もに、未来志向の日韓関係を発展させていきたい」と述べた。

「未来志向」という発言には、「最終的かつ不可逆的な解決」で合意した
慰安婦問題について、安倍首相の「蒸し返すな」という強い意志が表れた
ものといえそうだ。

菅義偉官房長官も同日の記者会見で「(日韓合意は)国際社会から高く評
価され、日韓それぞれが責任を持って実施していくことが極めて重要だ」
といい、合意の履行を求める考えを示した。

この問題に詳しいジャーナリストの大高未貴氏は「文氏は、国際的合意を
反故(ほご)にして、政権維持のために蒸し返すことのデメリットをどこ
まで計算しているのか。国際社会の笑いものになるだけで、日本政府は応
じる必要はない。政権が変わるごとに国家間の合意を全部ひっくり返す、
韓国のバカバカしさについて、日本はもっと世界にアピールした方がい
い」と指摘した。

韓国側では、慰安婦問題に加え、日本の朝鮮半島統治問題に労働者として
「強制された」と主張する徴用工の像を、ソウルの日本大使館前などに設
置する計画が進んでいる。文氏は、極左の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時
代に「徴用被害者の補償問題」に取り組んだ人物である。

このため、大高氏は、文氏が徴用工の問題を持ち出してくることを懸念
し、「とにかく日本から謝罪と反省を引き出しておかないと気が済まない
お国柄なのではないか」とあきれる。

ちなみに、徴用工問題を含む日韓の財産・請求権の問題は、1965年に
締結された日韓請求権・経済協力協定で完全かつ最終的に解決済みだ。

文政権では、韓国の安全保障の要である「米韓同盟」に致命的なヒビが入
りかねない。

冒頭の就任演説で、文氏は韓国に配備済みのTHAADについて、「米
国、中国と真摯(しんし)に協議する」と語ったのだ。

評論家で軍事ジャーナリストの潮匡人氏は「新大統領が『安全性を確認し
たい』などといって、THAADの配備予定が遅れるリスクを織り込み済
みだったから、米国政府や韓国政府の実務レベルは配備を当初の計画から
前倒ししたのだろう。すでに配備された状態なので、これを撤去するのは
実務的に極めてハードルが高い」と解説する。

米中との協議は「夢物語」に過ぎないが、トランプ政権は、文氏の願望に
どう対応するのか。潮氏が続ける。

「米国は一応、聞いたフリはするだろうが、(THAAD撤去で)穴が開
いた状態があると、北朝鮮の弾道ミサイルを迎撃できないリスクが生まれ
る。(安全保障上の観点から)なかなか撤去はできないだろう」

「そもそも、THAAD配備には費用(=トランプ氏は10億ドル=約1100
億円=と主張)がかかっているうえ、撤退にもコストがかかる。韓国の要
求で戻すと、米国の『一人損』となる。トランプ政権はあっさり引っ込め
るはずがない」

文氏の姿勢は、THAADの韓国配備に猛反対し、「禁韓令」を連発して
韓国に圧力をかけてきた中国には喜ばしい動きといえる。ただ、現実の朝
鮮半島情勢を考えても、THAAD撤去の可能性は非常に低い。

日本の「9条信者」のような平和ボケした妄想が増大すれば、世界の安
全保障の危機につながることを、文氏は認識すべきだろう。
【ZakZak】 2017.05.12 〔情報収録 − 坂元 誠〕



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読 者 の 声       
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 1)トランプ大統領は如何にこの事態に対処するのか:前田正晶

Comey(コーミー)長官解任については「頂門の一針」第4351号に杉浦正
章氏が詳しく論じておられるので、ここに私が何か言うことはない。あの
ウオーターゲート事件の際にニクソン大統領にFBIの長官代理を解任され
たウイリアム・ラッケルスハウス氏があの事件を回顧する講演をされた席
にいたのでその思い出と、このトランプ大統領の強引とも見える出方につ
いて述べてみたい。



私はラッケルスハウス氏について2012年9月10日の頂門の一針に投稿して
いたので、その中から関連するところを抜粋してみよう。

<1973年にNixon大統領のWatergate問題が厳しく追及されていた際に、初
代環境庁長官で当時のFBIの長官代理だったウイリアム・ラッケルスハウ
ス(William Ruckelshaus)は当時では有名になった“Saturday Night
Massacre”(=土曜日の晩の虐殺)の人事でニクソン大統領の反撃にあっ
て解任されました。

ラッケルスハウス氏はPrinceton大学からHarvardの法科大学院に進んだ弁
護士。彼は解任されて間もなくウエアーハウザー社(Weyerhaeuser)にス
カウトされて法務担当上席副社長に就任し、数年後に初代環境庁長官とし
てワシントンDCに復帰していました。>

ニクソン大統領はこうして自分に迫り来る捜査の手を振り切ったのだが、
結局は辞任したのだった。アメリカのメディアは今回の解任劇をあの頃の
土曜日の晩の大虐殺に準えて報じている訳だ。

だが、今から44年も前のことを持ち出しても、我が国でどれほどの人が覚
えているかは疑問に思えるのだ。尤も、私はあの時の騒ぎで「弾劾」
を”impeachment”というのだと覚えた記憶があった。

また、ニクソン大統領は「油断も隙もない」というか「狡猾な」人物とし
て知られ、その為に付けられた渾名が”Tricky Dicky”と韻を踏んでいたの
も、今となっては妙な思い出だ。因みに、Dickyはニクソン大統領の
ファーストネームである”Richard”の愛称だ。

ラッケルスハウス氏は1977年だったかの我が事業部の”Division meeting”
(大規模な部会で、1週間かかる)に招待され、最終日の金曜の晩の夕食
会でウオーターゲート事件を語られたのだった。40年も経ってしまった現
在では内容を詳しく覚えてはいないが、「アメリカ合衆国の大統領は嘘を
言った」と、一段と声を張り上げて語られたのは鮮明に覚えている。「ア
メリカ人は演説が上手い」と感心するだけだった。

それは「ウオーターゲート事件の追求を始めたある晩に、ラッケルスハウ
ス氏はかの「オウヴァルオフィス」(Oval office、大統領執務室)に呼
ばれたのだった。中に入るとニクソン大統領は窓の前で外を見ていたの
で、後ろから『貴方は本当にやっていなかったのですか』と尋ねた。答え
は『本当にやっていない』だった。ThePresident of the United States
of America lied.」だった。

この件のその迫力たるやもの凄く、全員立ち上がって拍手した(現在では
「スタンディング・オベーション」とカタカナ語化されたが)のだった。
ラッケルスハウス氏は「あの事件は実際に起きていたのであって、ニクソ
ン大統領は嘘を言った」と指摘されたのだった。

コーミー前長官がトランプ大統領の件で何処まで掴んでおられたのか知る
由もないが、「良い仕事」をしていても解任する何らかの理由が大統領側
にあったのかと疑いたくなる。自分を追ってくる者を追い払えば良いと考
えたのかと、疑いたくなるのだが。大統領は自分から事態を難しくしたの
かとすら思えるのだ。

なお、何度もテレビで流れた音声では「捜査対象」となっている部分を、
トランプ大統領は”under investigation”と言っておられるので、この訳
語は私には理解不能だ。”under”を使った熟語には他に”under repair”
(=修理中)や”underconstruction”(=建設中)等があり、ジーニアス
英和には”undernvestigation”は「調査または捜査中」とある。トランプ
大統領はコーミー長官(当時)に「自分は捜査されているのか」と尋ねて
いたのではないのか。マスメディアは何かを忖度していたのか。




 2)Ladies first の背景に何があるのか:前田正晶


畏メル友尾形氏から

<こうして、米国では1970年代から「女性解放運動」(ウーマン・リブ)
が盛んになりました。でも、何事も長短両面があります。>

との指摘がありました。そこで、私が知る限りのアメリカにおける女性の
地位というか、歴史的にどのように扱われてきたかについて述べてみま
す。この件は私のアメリカの大手製造業の会社での経験と、中学生の頃に
GHQの秘書の方に教え込まれたこと、1970年代から何人かの国内外の友
人・知己から聞かされたことにも基づいています。

1950年代に朝日新聞だったか週刊朝日だったかの何れに連載されて人気が
高かった、アメリカの"Blondie"という女性が主役の漫画がありました。
作者はChic Youngとでした。貴方も読まれていたかも知れません。
Blondieの 亭主がDagwood Bumsteadでした。この中には何度もブロン
ディーがダグウッドに何か高価なものを買って欲しい時に懸命にお願いす
る場面がありました。我々の感覚では何の不思議もないのではと思
うと同時に何故かなとも感じていました。

しかし、当時のアメリカにおける女性の地位は我々には想像出来ないほど
低く、女性は(仮令働いていたとしても)銀行に口座を開かせて貰えな
かったそうです。50年代にはアメリカでも男社会だったとは知りませんで
した。当時は一家の中でただ1人の働き手である亭主、即ち、ダグウッド
が口座を開設している銀行の小切手帳を持っているので、ブロンディーは
彼に願って(ねだって)小切手を切って貰うしか大きな買い物が出来な
かったのだそうです。

この漫画はこういう筋書きを作って、女性の地位を見せていたという解釈
もあります。

それ以前からの欧米の風習には、かの"Ladies first"(「レディ−ファー
スト」はカタカナ語であり文法的にも誤りがある)がありましたが、これ
は女性(軽視)を誤魔化すために、他人の目がある所では如何にも丁重に
扱っているかのように振る舞っていただけだと言えると、女性からも聞か
された経験があります。ウーマン・リブなる運動が出てきたことの背景
に、こういう風潮があったと考えるのが正解だったと言う人もいました。

但し、女性に対して椅子を引いて座らせる、コート等を着せて上げる、階
段を男性が先に上り後から降りる、エレベーターなどに先に乗せる、自動
車には後に乗せる等々のマナーは何も軽視に対する埋め合わせではなく、
言うなれば当然の礼儀だという見方もあります。

私は旧制中学1年の頃からGHQの秘書方と英語で話すことを教えて頂く
ために一緒に過ごす時間が毎週あったので、かなり厳しくこういう西欧風
のマナーを仕込まれていました。

女性(既婚者も)が働くようになったのは、アメリカの経済が発展して生
活水準が世界最高となり家電製品等々のように買わねばならないものが増
えると、亭主だけの収入では賄いきれなくなったと同時に、信用膨張の経
済も普及してクレディット・カードを使う頻度が上がったので、女性、特
に既婚者も働く所謂ダブル・インカムの家庭が増えてきたと聞きました。

また、これは俗説で真偽のほどは保証出来ませんが、「女性が男社会に進
出して負けないように仕事をするためには、中途半端な能力と仕事の質で
は地位も収入も確保することが難しいので、懸命に努力する高学歴の女性
が増えていった」との説も聞きました。その結果か、現在のような手厳し
く男に対抗する女性が増えてきたのだそうです。

実際に私の経験でも「女性と見て迂闊に対応しては大変なことになる」と
痛感させられた能力が高い人はいくらでもいました。そこに「男女均一労
働・均一賃金」の思想を具体化した雇用機会均等の法律もあるのだと思い
ます。

男女同一労働・同一賃金の凄さを、1988年に我が国の優れた製紙の技術者
をW社のカナダの製紙工場に案内した時にまざまざと感じました。それは
我が国では先ず女性の仕事ではないような工場の現場で唸りを立てて
フォークリフトを運転して損紙(廃棄され古紙処理される紙)を女性が運
んでいるかと思えば、熟練した男性にも難しいマシンが事故で停止した際
の修復作業を除せたちが何の問題もなく手際よくやってのけていたのでした。

我が国の技術者は「我が国では考えられない作業だ。これぞ男女同一労
働・同一賃金」と感心する今年きりでした。私がW社が嘗てはカリフォル
ニア州に持っていた加工工場で経験したことは事務室に女子行員が怒鳴り
込んできて「何で私は何時まで経っても深夜勤務ばかりなのか。もう好い
加減で日勤に戻してくれ」と言って。

事務長は「これぞ男女同一労働・同一賃金なのだ。もう暫く待て」と言っ
て背得していました。何事にも極端な傾向があるアメリカらしい風景だと
思って見ていた記憶があります。

言葉を換えれば、「アメリカの女性たちは長い年月をかけて戦い、現在の
女性の地位を勝ちとった」と見るべきかも知れません。私の経験の範囲内
でも非常に挑戦的な人もいれば、男性に対抗意識が顕著な人にも出会いま
した。

そういう場合には外国人である私のような者は対応に苦慮させられたもの
でした。しかし、中には非常にしっとりとした日本の女性のような控え目
の優しい人もいます。要するに人を見て扱わないと痛い目に遭わされるの
が、アメリカの社会かと思います。

私が1994年1月にリタイヤーしたその頃でも45,000名の社員がいたW社で
も、本社の事業本部内に女性のマネージャーはいても、女性の副社長はい
ませんでした。しかし、私はこの事実と女性の仕事で発揮する能力と結び
ついているとは感じていませんでした。

特に、秘書の女性たちはその職の範囲内で見れば素晴らしい人たちが数多
くいたと思います。私は仕事には各人の向き不向きがあり、肝腎なことは
経営者が適材適所で人を使っていくことかと思うのですが。

参考資料: Wikipedia




━━━━━━━
身 辺 雑 記
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14日の東京湾岸は、朝のうちは曇天。


13日は傘をさして散歩した。

14日の東京湾岸は朝のうちは曇天、午後にやっとお日様を拝めるようだ。







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渡部 亮次郎 <ryochan@polka.plala.or.jp>

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渡部 亮次郎 <ryochan@polka.plala.or.jp>

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