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頂門の一針3579号  2015・2・23(月)

発行日:2/23

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  わたなべ りやうじらうのメイ ル・マガジン「頂門の一針」3579号
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         2015(平成27)年2月23日(月)



                    見え始めた日本再生への道:櫻井よしこ

                        歴史認識が問われる韓国:黒田勝弘

                      仁徳天皇の「民のかまど」:伊勢雅臣

                    紫式部と「和紙」と源氏物語:毛馬一三

                       私の「身辺雑記」(193):平井修一

                                    話 の 福 袋
                     読 者 の 声
                     身 辺 雑 記


□■■□  ──────────────────────────□■■□
第3579号
 
                              発行周期 不定期(原則日曜日発行)
             
               御意見・御感想は:
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見え始めた日本再生への道
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      櫻井よしこ
 
「恰(あたか)も、明治維新のあの大改革の嵐、日本開国の命懸けの戦い
の中を駆け抜けたような感慨を抱いています」

中央教育審議会会長の安西祐一郎氏は2月9日の第7期中教審の締めくくり
の会でこう語った。戦後教育の大改革といってよい成果を挙げ得たことへ
の安堵の気持ちが込められていた。

私も末席に連なった中教審の議論は、必ずしも全て順調だったわけではな
かった。とりわけ教育委員会の在り方についての議論は白熱した。

教育委員会は教科書の採択に始まり教育現場が直面する問題全般に責任を
有する。にもかかわらず、偏向した内容の教科書が多くの教育委員会に
よって採択され続けてきた。

また、2011年、大津市で発生した中学2年生男子のいじめによる自殺事件
で見られたように、いじめを隠し、責任逃れに終始する教育委員会も存在
した。

中教審はこのような現状を克服するために首長の責任を明確にし、新設し
た教育長の任免権を首長に与えるなど、首長の権限を強めた。この改革に
よって、有権者の意思で選ばれた首長が、教育現場により強い権限を及ぼ
すことができるようになった。教育現場に今も色濃く見られる日教組のあ
しき影響も緩和されるだろう。

教育内容の大きな変化の一つは、今年4月から「教科」として教えられる
道徳教育にあるだろう。かつて修身と呼ばれた道徳教育は、昭和20年、占
領軍が禁止して以降、日本の学校できちんと教える体制はなかったのだ。

06年の第1次安倍内閣で、教育基本法が改正され「道徳心を培う」ことが
教育の目的として書き込まれた。今回、安倍晋三首相、下村博文文部科学
大臣の下で道徳が正式に教科として教えられることになったのは、非常に
大きな意味があると思う。

「朝日」「毎日」「東京」の3紙は社説で、多様な価値観が育たない、価
値観の押し付けだなどと批判したが、そうした批判は当たるまい。どの時
代でもどんな国でも、勇気、誠実、他者への思いやり、正義感などは普遍
的価値観として大事に守られ、受け継がれてきた。

大人が実行して子供たちに範を示し、家庭や学校で重ねて大事な価値観と
して道徳を教えてきた。この当たり前のことをわが国は敗戦の結果、禁じ
られていた。70年ぶりに復活する道徳教育は必ず、日本人の善さを引き出
し大きな力に育て上げていくと、私は確信している。

第7期中教審で決定されたもう一つの重要点は日本史を必修科目にしたこ
とだ。これまで高校の歴史の必修は世界史であり日本史は選択科目にすぎ
なかった。自国の歴史を知らずして、世界の歴史を学んで何の意味がある
のか。これもようやく改められた。

分野は異なるが、今週発表された戦後社会の大改革のもう一つの事例が農
協改革である。農協の特権体質は、法人税率が19%で一般企業の25.5%よ
りずっと安いことや、農協会員の株の配当は損金算入されて課税されない
ことや、農協の事務所や倉庫には固定資産税が掛からないことなど幾つも
あるが、私は「整促方式」という農協独自の制度に注目したい。

これは約700ある地方の単位農協や県連、全農など農協系組織の全てを利
用して事業を行う仕組みである。肥料や種、農機具の買い付けから生産物
の出荷まで全事業を全員で行い、各レベルで手数料を受け取る仕組みとい
えば分かりやすいだろう。

そこには合理化や効率化の考えはなく、そこに関わる人々の利益優先しか
ない。結果として日本の農業は衰退したが、この農協も改革されることに
なった。

教育改革も農協改革も具体的な法案作りの段階で骨抜きにされないように
監視が必要だ。まだ油断はできないが、15年が力強い日本再生の年になる
ことが実感される。

『週刊ダイヤモンド』 2015年2月21日号
 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1072


          

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歴史認識が問われる韓国
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      黒田 勝弘

ロシアから5月に予定されている「対独戦勝70周年記念式典」に出席を誘
われている韓国が「行くべきか行かざるべきか」大いに悩んでいるようだ。

韓国政府は「押し詰まってから判断する」(尹炳世(ユン・ビョンセ)外
相)と態度を明らかにしていないが、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウ
ン)第1書記は行きそうだという観測があり、朴槿恵(パク・クネ)大統
領が出かければ「モスクワで南北首脳会談か?」となるため行方が注目さ
れている。

ただマスコミなど世論は「対ナチス戦勝記念に韓国が加わる必要はない」
「ロシアには南北分断の責任を追及すべきだ」「オバマ大統領も行かない
のに…」などと出席に批判的だ。

旧ソ連は1945年、日本との中立条約を無視して旧満州から朝鮮半島に侵
攻。北朝鮮を占領した後、50年には中国とともに北朝鮮軍を支援し韓国を
侵略させている。

旧ソ連は韓国にとっては“戦犯国”のはずだから、この歴史認識抜きにのこ
のこ出かけるわけにはいかないだろう。

しかも韓国はナチスドイツと戦った連合国の一員ではなかったし、逆に
当時は連合国と戦い敗れた「軍国主義日本」の一員だったのだから。

朴槿恵政権は外交的に中国への傾斜を見せたり、南北統一の夢を背景に
ユーラシア大陸に発展する「ユーラシア・イニシアチブ(主導権?)」構
想を語るな ど北方志向が強い。そこを見透かされロシアや中国からしき
りに“歴史共闘”の誘いを 受けてい
る。

中国は昨年7月、訪韓した習近平国家主席が「抗日戦勝70周年記念行 事」
の共同開催を提案している。この時、朴大統領は「韓国でも記念行事を準
備しよう としている…」といい共同開催には言葉を濁したが、これも韓国
にとっては悩ましい。

国際的には中国の「抗日戦勝国」は毛沢東ら共産党ではなく蒋介石ら国
民党だったし、中国共産党が支援したのは後の金日成(イルソン)ら北朝
鮮の共産主 義者だった。したがって中国のいう「抗日戦勝記念」に乗っ
かった場合、北朝鮮の 国家的優位を認めたことになり、韓国としては恥
をかかされかねないのだ。

それに1945年以降の“解放後70年史”を振り返れば、韓国にとって共産主
義・中国は北朝鮮と手を握った明らかに侵略国である。中国の介入・侵略
による南 北分断は、いまなお進行中の現実である。

この現実を無視して中国の誘いに乗るのかどうか、保守政権として朴槿
恵政権の歴史認識が厳しく問われるところだ。

ところが一方で韓国政府は「光復70周年を北朝鮮と共同で記念したい」
(統一省)と言い出している。現代史を「金(日成・正日(ジョンイ
ル)・正恩)王 朝史」として教えるなど、自由民主主義の韓国とは水と
油の歴史認識で支配された北 朝鮮と、いったいどんな共同記念行事をや
ろうというのだろうか、今から見モノで ある。

70年前の日本敗戦後の1945年、南北は米ソにより分割支配され、48年に
なって米ソ支援の下、南には大韓民国、北には朝鮮民主主義人民共和国が
別々に誕生 している。

そして2年後には両者で戦争までしている。「誰が戦争を始めたのか?」を
含め、このあたりの歴史認識を南北でどう共有しようというのだろう。

韓国では「歴史認識」というと日本を非難し日本に要求するものとだけ
思われているようだが、人ごとではない。大いに悩んでもらおうではないか。

(在・ソウル)産経ニュース【緯度経度 2015.2.21

                 (採録:久保田 康文)




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仁徳天皇の「民のかまど」
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       伊勢 雅臣

〜『山鹿素行「中朝事実」を読む』より

宋の太宗は、日本の天皇の万世一系を知り、「これ蓋(けだ)し古の道な
り」と嘆息した。


■1.日本の万世一系に驚いた宋の太宗

984年に宋に渡った東大寺の僧・?然(ちょうねん)は第二代太宗に謁見
し、筆談で日本の国情を語るうちに、話が皇統の歴史に及んで、初代・神
武天皇から64代の円融天皇に至るまでの事績を記した「王年代記」を示した。

太宗は、日本で一系の天皇が続き、臣下も代々世襲であることに驚き、
「これ蓋(けだ)し古の道なり」「これ朕の心なり」と嘆息した。[1]

そもそも宋は907年の唐の滅亡後、五代十国の戦乱の中で960年に軍人だっ
た趙匡胤(ちょうきょういん)が建てた国で、その子が第2代の太祖であ
る。この時点では建国後24年に過ぎない。そんな成り上がり皇帝は、64代
も続いていた日本の皇室の足元にも及ばない存在だった。

それから千年以上経った。太宗の嘆息も空しく、宋は143年後の1127年に
は北の金に圧迫されて南に逃れて南宋となり、その南宋も1276年、元に滅
ぼされる。元の後も明、清、中華民国、中華人民共和国とめまぐるしく王
朝・政権交代が続く。現在の共産党政府も建国わずか66年で、はや亡国
の兆しが見える。

それに比べて、我が国は今上陛下で125代。世界最古の王室である事は歴
史的事実だ。


■2.「万世一系」の史実

この史実を踏まえて、支那を世界の中心とし周辺諸国はすべて野蛮である
とする「中華思想」から日本人を覚醒させたのが、山鹿素行の『中朝事
実』である。この書は吉田松陰ら幕末の志士に影響を与え、明治維新の思
想的原動力となった。

そこでは『日本書紀』などを引用しながら、その意味を論じているが、
『日本書紀』も素行の論考も漢文のため、現代人には近寄りがたい。しか
し最近、出版された『山鹿素行「中朝事実」を読む』[2]では読み下し文
がついており、我々にも読めるようになった。

たとえば、「万世一系」について素行は次のように中国や朝鮮と比較して
いる。

<そもそも外朝支那は、易姓革命が30回近くおこり、そのうえ夷狄(周
辺諸民族)の侵入王朝も数世に及んでいる。春秋時代240余年の間、臣
下が国の君主を弑(ころ)した例もまだ25回に及んでいる。ましてやそ
の先後の乱臣賊子の数は、いちいち挙げて数えることもできないほど多い。

朝鮮も、箕子が王となった後、4王朝が交替した。国が滅びて支那の郡県
(直轄領)となったり、あるいは、高氏絶滅する事2世、あの李氏28年
の間に王を弑すること4度であった。ましてやその先後の乱逆のさまは、
まるで禽獣が傷つけ合うようであった。>[2,p78]

それに比べて我が国では、天皇が殺される「弑逆の乱」は指で数えるほど
しかなく、また武士の世になっても、一部に心得違いの者はいたが、「王
室を貴んで君臣の義は存続した」。[2,p78]


<世界は大きく、諸外国が広くとも、中洲たるわが国の天皇統治の成果に
匹敵する国は見当たらない。>[2,p79]

■3.「天皇統治の成果」

世界でも稀な皇室の継続性は、わが国の長い歴史の中で国民が安定した平
和な生活を送ってきたことの証左でもある。

中国のように、王朝が次々と倒れるのは、過酷な搾取で民の支持を失った
からであり、しかも王朝交代時には、しばしば大規模な内戦が起こって民
が犠牲となる。

国家を家庭に喩えれば、国土が広大で人口が多く、経済や文明も発達して
る国は、大きな屋敷を構えた豊かな家ということだろう。

しかし、そういう家の内では、財産をめぐって親子喧嘩・兄弟喧嘩が絶え
ず、親が追い出されたり、子どもが家出をするような状態が続いていた
ら、それは他家が目指すべき、理想の家庭と言えるだろうか?

逆に家は小さく、生活は慎ましくとも、祖父母は大切にされ、夫婦は相和
し、子どもは厳しくとも愛情を持って育てられている家の方が、はるかに
幸福であり、他家が見習うべき模範的な家庭と言えるだろう。

後者のような国柄を築いてきたのが「天皇統治の成果」であって、それは
現在の日本国民が先人たちの誇るべき事績であり、子孫たちに継承すべき
財産である。

しかし、その国柄は先人の努力の結果であり、それがどのように実現され
てきたのかを知らなければ、その継承もできない。この点を史実を通じて
説いたのが素行の『中朝事実』である。


■4.「民が富めば君が富んだことになる」

「天皇統治」の理想を現した逸話の一つとして、仁徳天皇の「民のかま
ど」を素行は引用している。日本書紀の記事を弊誌なりに要約すると、次
のようになる。

天皇が高台から遠くをご覧になられて「民のかまどから煙がたちのぼって
いない。思うに、貧しくて炊事もままならないのではないか。不作で民が
窮乏しているのだろう」と仰せられ、「向こう3年、税を免じ、百姓の苦
を安んじよ」と詔(みことのり)された。

それからは、天皇は衣服や靴も破れるまで使い、宮垣が崩れ、茅葦屋根が
破れても修理されず、そのため風雨が衣を濡らし、星の光が破れた隙間か
ら見えるという有様だった。

しかし、やがて天候も安定して、豊作となった。3年が経って、天皇が高
台から遠くを望むと、炊煙が盛んに立っていた。そして皇后に「朕はすで
に富んだ」と言われた。皇后は「宮垣が崩れ、屋根が破れて、衣服も濡れ
るのに、どうして富んだと言われるのですか」と訊ねた。

「天が君を立てるのは、百姓(民)の為だ。君は民を本とする。だから古
の聖の君は、一人でも餓え凍える時は、省みて自分を責めた。民が貧しけ
れば君も貧しい。民が富めば君が富んだことになる。」

そのころ、諸国より「3年も課税を許されて、宮殿は朽ち破れているの
に、民は富んでいます。もしこの時に、税を献じ、宮殿を修理させていた
だかないと、かえって天罰を蒙ります」との申し出が盛んに寄せられた。
それでも、天皇はさらに3年間、税を献ずることをお聞き届けにならな
かった。

6年の歳月がすぎ、天皇はようやく宮殿の修理をお許しになった。民は督
促もされないのに、老人を助け幼児を連れて、材木を運び、土を入れた篭
を背負い、日夜をいとわず力を尽くして作業をした。これにより瞬く間に
宮殿が完成した。それ故に聖帝(ひじりのみかど)と褒め称えられてきた。


■5.親の真心

この「民のかまど」の記事に関して、素行はこう解説する。


<御自身は倹素にされて、民の家を豊かにし、民の貧富は天子の貧富にほ
かならないとされ、天が君を立てるのは、民、百姓の為であるともいう。
その上、君は百姓を以て本と為すという詔こそ、実に人君は民を養育せね
ばならないとする教えの至戒ということができる。>[2,p160]

「人君は民を養育せねばならない」というのが、我が皇室の伝統的な教え
であった。再び、家庭に喩えれば、親が自分のことなど差し置いて、ひた
すらに子どもたちの養育を考えるのと同じである。そこにあるのは、無私
の真心である。

そんな親に育てられれば、当然、子どもは感謝し、親のために何かしなけ
ればならない、と考えるのが、子の真心である。宮殿の造営に、人々がこ
ぞって参加したのは、その真心からであった。

「天皇統治」の本質は、ひたすらに国民の幸福を念ずる天皇の無私の至誠
から始まり、それに応えようと民が真心をもって国のために尽くす所に
あった。


■6.「人民は、親を助けようとする子のように進んで協力し」

仁徳天皇の事績は、課税を控えたことだけではない。『日本書紀』巻11の
記事から、素行はこう述べる。


仁徳天皇は、人民の生活生業を最重視したまい、河水の流れを良くし、堤
防を築いて河水の横流を防いだので、その土木工事のために、人民は、親
を助けようとする子のように進んで協力し、天佑神助も得られたのであった。

そのため、堤防の岸が崩れることもなく、水源が涸れることもなかった。
土砂がたまって流れをさまたげることもなく、田のあぜや境が流失するこ
ともなかったのである。仁徳天皇の人君としての徳の何と偉大であったこ
とか。

その後も、水路の開発に尽力したまい、その恩恵によって民百姓は、豊か
で余裕が生じ、凶作の年の憂患がなかった。ましてその上に、橋や路を造
成して人民に利便をもたらし、果ては、氷室を以て、陰陽寒暑を調整する
など、政の在り方を常に規制し改善して、天神が、この国を授けたまうた
恩恵に応答したまうのである。[2,p168]


水利事業に尽くされたのは仁徳天皇に限らない。5代前の第11代垂仁天皇
が諸国に貯水池を作られ、第12代景行天皇も事業を継承して尽力された、
との記事もある。[1,p165]

天皇が子どもを養う親のように努めたので、人民も「親を助けようとする
子のように進んで協力」したのである。親が真心を持って子どもに接すれ
ば、子どももそれを感じとって、親に真心を尽くすようになる。それが人
間の本性である。「天皇統治」とは、この至誠という人間の本性を目覚め
させる政治なのである。


■7.鏡の神勅

前節の文中にある「天神が、この国を授けたまうた恩恵」とは、天照大神
(あまてらすおおみかみ)が孫の邇邇藝命(ににぎのみこと)に、葦原の
中つ国(日本)に降りて統治を命じた際に、三種の神器を授けた事を指し
ているのだろう。

三種の神器は勾玉(心寛い思いやり)、鏡(知)、剣(勇気ある決断)で
ある。天照大神は特にこの鏡について、以下の神勅を与えた。


<吾(あ)が児(みこ)この宝鏡(たからのかがみ)を視まさんこと、当
に吾(あ)れを視るがごとくすべし、與(とも)に床(みゆか)を同じく
し殿(みあらか)を共にして、以て齋鏡(いはひのかがみ)と為すべし

(天孫よ、この宝鏡を視るのは大神を視ることに他ならない。常に同じ住
居に一緒に在ることで、そのように努めなさい)>[2, 88]

子が鏡を見れば、そこに映るのは子自身の顔である。しかし、そこに親で
ある自分の顔を見よ、とは、どういう事か。

天照大神は稲や麦、粟(あわ)、稗(ひえ)などを見つけたとき、「是の
物は、顕見(うつし)しき蒼生(あをひとくさ)の、食(くら)ひて活くべきも
のなり」(これらのものは現実世界に生きている民が食べて生きていくべ
きものだ」と喜んだ。そして自ら、稲を天狭田(あまのさなだ)及び長田
(ながた)に殖(う)えた。

すなわち、歴代の天皇は常に鏡を見て、天照大神の民への思いを思いだ
し、自分がそれを継承しているのかを自省しなければならないのである。

民の家から炊煙が見えないのを悲しみ、また順調に稲を得られるよう水利
事業を行った仁徳天皇の統治は、まさしく天照大神の民への思いを継承し
たものであった。


■8.「お米は大丈夫ですか」

この『中朝事実』を幼き裕仁親王(後の昭和天皇)に贈ったのが、乃木希
典大将だった。崩御された明治天皇の後を追って乃木大将は自刃したが、
学習院院長として養育を任されていた皇孫殿下・裕仁親王に最後のお別れ
として、この書を手渡したのだった。[a]

「私の人格形成に最も影響のあったのは乃木希典学習院長であった」と言
われていた昭和天皇は、この『中朝事実』を丹念に読まれたのではないか。

昭和天皇は崩御の少し前、病床においても、長雨が続いているのに「お米
は大丈夫ですか」と心配された。ご自身の病状のことよりも、米の出来を
心配されるお気持ちは、天照大神が稲などを見つけて「蒼生の食ひて活く
べきもの」と喜び、仁徳天皇が民のかまどを心配したのと同じ無私の真心
である。

万世一系とは血筋の一系のみではなく、民の幸せを祈る無私の精神が一筋
に継承されてきた事も意味するのだろう。

そういう国柄である事を明らかにしたのが『中朝事実』であり、その国柄
を継承・発展させようとした先人たちが、わが国の平和と安定を築いてき
たのである。


■リンク■

a. JOG(792) 国史百景(4) 昭和天皇をお育てした乃木大将
 昭和天皇:「私の人格形成に最も影響のあったのは乃木希典学習院長で
あった」
http://blog.jog-net.jp/201303/article_8.html

b. テーマ「皇室の祈り」のブログ記事
http://blog.jog-net.jp/theme/22e9438b0a.html

c. テーマ「皇室の祈り(平成)」のブログ記事
http://blog.jog-net.jp/theme/148e522f85.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 土井郁麿「『万世一系』を世界に認めさせた男たち」、「明日への選
択」、H26.2

2.荒井桂『山鹿素行「中朝事実」を読む』★★、致知出版社、H27
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/480091051X/japanontheg01-22/

         


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紫式部と「和紙」と源氏物語
━━━━━━━━━━━━━



       毛馬 一三

書き出しは、与謝蕪村のことからだ。蕪村(幼名:寅)は、生誕地大阪毛
馬村で幼少の頃、「和紙に絵」を描いて楽しんでいたことを、最近知った。

寅は、庄屋の子供だったから、高価な「和紙」を父から貰って、絵描きに
自在に使ったらしい。その幼少の頃の絵心と嗜みが、苦難を乗り越えて江
戸に下り、巴人と遭遇してから本格的な俳人となったのも、この幼少の頃
「和紙」に挑んだ絵心とが結び付いたらしい。

このことは、「蕪村生誕300年祭」時に発行する記念誌に、この幼少の頃
の「蕪村と和紙の絵」のことを「短編小説」にして掲載したいと思っている。

さて、本題―。

高貴な「和紙」の事を知った時、ジャンルは違うが、紫式部が思い切り
「和紙」を使って「世界最古の長編小説・源氏物語」を書いたこと を思
い出した。

そのキッカケは、福井県越前市の「和紙の里」を訪ねてからである。

越前市新在家町にある「越前和紙の里・紙の文化会館」と隣接する「卯立
の工芸館」、「パピルス館」を回り、越前和紙の歴史を物語る種々の文献
や和紙漉き道具の展示、越前和紙歴史を現す模型や実物パネルなどを見て
廻った。

中でも「パピルス館」での紙漉きを行い、汗を掻きかき約20分掛けて自作
の和紙を仕上げたのは、今でもその時の感動が飛び出してくる。

流し漉きといって、漉舟(水槽)に、水・紙料(原料)・ネリ(トロロア
オイ)を入れてよくかき回したあと、漉簀ですくい上げ、両手で上下左右
に巧みに動かしていくと、B5くらいの「和紙」が出来上がる。まさにマ
ジックの世界だ。

ところでこの越前和紙だが、今から約1500年前、越前の岡太川の上流に美
しい姫が現れ、村人に紙の漉き方を伝授したという謂れがある。

山間で田畑に乏しかった集落の村人にとり、紙漉きを伝授されたことで、
村の営みは豊かになり、以後村人はこの姫を「川上御前」と崇め、岡太神
社(大瀧神社)の祭神として祀っている。

<その後大化の改新で、徴税のため全国の戸籍簿が作られることとなり、
戸籍や税を記入するために必要となったのが「和紙」である。そのため
に、越前では大量の紙が漉かれ出したという。

加えて仏教の伝来で写経用として和紙の需要は急増し、紙漉きは越前の地
に根ざした産業として大きな発展を遂げてきている>。

さて長編小説「源氏物語」の作者紫式部は、執筆に取り掛かる6年前の
24歳の時(996年)、「和紙」の里・越前武生に居住することにな
り、山ほどの「和紙」に囲まれて、存分に文筆活動に励んだ。

当時、都では「和紙」への大量の需要があったらしく、宮廷人も物書きも
喉から手が出る程の「和紙」だったが、手には入らなかった。

ではどうして都にいた紫式部が、遥か離れた「和紙」の里越前の武生に移
住してきたのか。それはご当地の国司となった父の藤原為時の“転勤”に関
わりがある。文才だけでなく、商才に長けた為時の実像が浮かび上がる。

<為時は、中級の貴族で、国司の中で実際に任地へ赴く“転勤族”だったそ
うで、996年一旦淡路の国(下国)の国司に任命されるが、当時の権力
者・藤原道長に賄賂の手を使って、転勤先を越前の国(上国)の国守に変更
してもらっている。はっきり言えば為時は、淡路の国(下国)には赴任した
くなかったのだ。何故なのか。

当時、中国や高麗からの貿易船が日本にやってくる場合、海が荒れた時や
海流の関係で、同船団が「越前や若狭」の国を母港とすることが多く、こ
のため海外の貴重な特産品が国司のもとに届けられ、実入りは最高のもの
だったという>。

藤原為時一族は、中級の貴族ながら文才をもって宮中に名をはせ、娘紫式
部自身も為時の薫陶よろしく、幼少の頃から当時の女性より優れた才能で
漢文を読みこなす程の才女だったといわれる。

これも商才に長けたばかりでなく、父親の愛情として、物書きの娘に書き
損じに幾らでも対処できる「和紙」提供の環境を与えたものといわれる。

<この為時の思いは、式部が後に書き始める「源氏物語」の中に、武生で
の生き様が生かされている。恐らく有り余る「和紙」を使い、後の長編小
説「源氏物語」の大筋の筋書きをここで書き綴っていたのではないだろう
か。平安時代の歌集で、紫式部の和歌128 首を集めた「紫式部集」の中
に、武生の地で詠んだ「雪の歌」が4 首ある。

越前武生の地での経験が、紫式部に将来の行き方に影響を与えたことはま
ちがいない。と同時に式部は、国司の父親のお陰で結婚資金をたっぷり貯
め込むことも成し遂げて、約2年の滞在の後、京都に戻り、27歳になっ
た998年に藤原宣孝と結婚している>。

越前武生の生活は、紫式部にとり「和紙」との出会いを果たして、後の世
界最古の長編小説への道を拓くことに繋げた事は、紛れもない事実であろう。

<紫式部の書いた「源氏物語」の原本は現存していない。作者の手元に
あった草稿本が、藤原道長の手によって勝手に持ち出され外部に流出する
など、「源氏物語」の本文は当初から非常に複雑な伝幡経路を辿っていた
という。

確実に平安時代に作成されたと判断できる写本は、現在のところ一つも見
つかっておらず、この時期の写本を元に作成されたと見られる写本も、非
常に数が限られているという>。
 
この歴史の事実と筆者の推論を抱きながら、「紫式部公園」に回り、千年
前の姿をした高い式部像に対面してきた。

北京五輪の開会式の時、中国の古代4大発明の一つとして「紙」を絵画の
絵巻をCGで描き、国威を高らかに示した。

この紙が7〜800年後に日本に渡り、「和紙」となった。その後、「世
界最古の長編小説を書いた女性が日本にいた」ということは、中国は勿論
諸外国は知らない。

参考:ウィキペディア、: 青表紙証本「夕顔」 宮内庁書陵部蔵 
(加筆修正・再掲) 



             
━━━━━━━━━━━
私の「身辺雑記」(193)
━━━━━━━━━━━


      平井  修一

■2月20日(金)。朝は室温14度だが床温度は10度、ちょっと寒い。快晴、
フル散歩。

空撮で異次元の映像を楽しませてくれる無人航空機(いわゆるドロー
ン)。軍事以外の分野でも話題になっているが、商業利用の行方は「?」
という感じだ。

アマゾンあたりでは無人航空機を配送に使えるのではないかと意欲的だ
が、これが大量に飛ぶようになったら事故の元だし、爆弾テロに使われる
危険性もある。先だってはホワイトハウスにドローンが墜落した。

米国では商用のための規制案を作っているところで、「飛行エリアは
VLOS(Visual Line-of-sight、視線の届く範囲)に限定する」などとある
から、町中ならせいぜい300メートルくらいで多分、配送には向かないだ
ろう。

以下、小池良次氏の論考「米商業ドローン市場の幕開け:FAAが運用規制
プランを発表」(現代ビジネス2/18)から。

<米国で業務用の無人航空機(UAS、Unmanned Aircraft System)、俗称
ドローンが離陸しようとしている。電子コマース最大手のアマゾンやネッ
ト大手グーグルを筆頭に、業務用のドローンを使った自動配送システムの
開発競争が活発化する中、米連邦航空局(FAA)は2月14日、商業利用のた
めのUAS規制案を発表した。

今後、60日の公開意見募集をへて、本格的な規制法の立案へと進む。米国
では、いよいよドローンの民間利用を視野に入れた議論が本格化している。

*クワッドコプター登場で商業利用が可能に

ドローンの民間利用は議論が先行する中、2010年頃にクワッドコプター
(Quadcopter、4ローター・ヘリコプター)が登場するまで、あまり現実
味はなかった。初期ドローンは固定翼型だったため離着陸に広いスペース
が必要で、一般企業や個人では運用できなかったからだ。

一方、垂直離着陸ができるクワッドコプターは、家庭の玄関先でも容易に
離着陸ができ、航空写真から輸送手段まで様々な利用が可能だ。

また、クワッドコプター大手(企業)が量産体制に入り、業務用タイプで
も、価格が千ドル台まで低下した。2013年からアマゾンやグーグルが商品
の無人搬送システムとしてクワッドコプターの研究開発を進めていること
もドローン・ブームに拍車をかけた。

一方、ホビー用小型ドローンの航空機とのニアミスや墜落による人身事故
などを受け、昨年FAAは個人がホビーとして楽しむクワッドコプターの運
用ガイドラインを発表していた。しかし、業務用は正式な規制がないた
め、個別にFAAに飛行許可を得る状況が続いている。

FAAには商業向けにドローンの飛行申請が殺到しているが、ディズニー社
の映画や最近開催されたスーパーボール2015の撮影など、承認された例は
約30件にすぎない。そのため、本格的な法整備を求める声が高まってい
た>(以上)

規制案とか運用ガイドラインには「商業ドローンの重量は55パウンド
(24.95Kg)まで、遠隔パイロットによる日中の飛行を認める」ともある
が、この重量は荷物を含めたものだろう。25Kgというのはかなり重い。こ
んなのが頭の上に落ちてきたらほとんどの人は即死する。

また、人の多い地域での飛行を禁止しているというから、事実上、配送に
は利用できないだろう。結局は撮影とか種まきとか、用途はかなり限られ
るのではないか。

特例として、交通の便の悪い山間部や離島へ薬を届けるといった作業は、
カメラを搭載しオペレータが飛行を監視することで可能にしたほうがいい
だろう。

アマゾンはがっかりしているそうだが、運送会社は喜んでいるだろうし、
雇用をドローンに奪われなかったからドライバーもホッとしているに違い
ない。商用ドローンの将来は「視界不良」という印象だ。

夕刻N母子来泊。

■2月21日(土)。朝は室温14度、快晴、フル散歩。外は手足がしびれるほ
ど寒かったが、9時ごろから暖かくなってきた。6歳女児を預かる。

テレビは中2を想定して番組を作っている、ということは何回か書いた
が、なぜ中2なのか。中2は子供と言えば子供、大人と言えば大人だ。だか
ら中2向けに作れば子供も大人も見てくれ、視聴率も高くなり、広告も集
まるというわけだ。

70年間ずーっと中2レベル。いくら視聴しても中2レベルのままだから高2
レベルにはならない。ロバは永遠にロバ、馬にはならない。

ちなみに高3レベルは大学受験を控えているから結構レベルは高いのだ。
大学へ行くとモラトリアムで、かなりの学生がサークル、コンパ、マン
ガ、ゲーム、テレビ漬けになるから高2レベルに退化してしまう。就職試
験を前にすると高3レベルに戻る。

就職すると業務上あれこれ勉強して大学レベル/課長、大学院レベル/部
長、教授レベル/役員になっていく。まあ世間一般の人は良くて高2、高3
あたりか。そういう人は中2レベルのテレビはまず見ないのではないか。
レベルが低すぎて見るに堪えない。

テレビは女子供の見るもので、仕事のできる大の男が見るものではない。
第一、そんな暇はない。テレビ局の社長だって入院した時くらいしか自社
の番組を見やしない。某社長曰く「あまりにもひどい内容でびっくりした」。

午前9時から午後5時までの時間帯の番組、ワイドショーみたいなものはか
なりレベルが低いようだ。「普通の人は働いている時間。この時間に見て
いるのは老人とか無職の人が多い。それでも消費者だからCMをとるために
番組は作るけれど、力は入らないし、適当なもので十分」と某プロデュー
サーが言っていたとか。

小生は引退後、テレビは朝昼晩のニュースくらいは見ていたが、2011年3
月11日の東日本大震災の津波の映像を見たのを最後にまったく見なくなっ
た。破壊の映像は9.11テロとこの3.11震災で極まった。もう十分だ。

今はネットのおかげで必要なニュースはオンデマンドで入手できる。カミ
サンはドラマはビデオで見ているが、多くの人が「同時に同画面を見る」
というのはずいぶん減っているのではないか。ビデオの中のCMはスキップ
されているから、広告媒体としても価値が減っているのではないか。

どこの国でもテレビ事情は似たようなものだろう。基本的に「俗悪」で、
知性が感じられない。米国では人気のニュースキャスターの嘘がばれて停
職6か月だという。米国の知り合いによると、女子アナが少しずつ服を脱
ぎ、最後は下着姿になるというニュース番組さえあるという。最早スト
リッパー。視聴率を稼ぐためで、魑魅魍魎の世界。こうなると「下劣」だ。

小生は3人の子育てにおいては「呆ける、疲れる、悪くなる。テレビは二
十歳を過ぎてから」と訓導したが、長女はほとんど見ない(読書もしな
い)。天然ボケで洗脳されやすいから中2レベル。

ただ常識、慣例にこだわらないという突破力はあり、2人の子供を抱えて
「公務員を辞めざるを得ない」と嘆いていたが、9時〜4時勤務を認めさせ
たというから、いやはや大したもの。民間もそれに倣うだろう。(激情
型、直情径行の中核派の血を引いているのかもしれない)

次女と長男はそこそこはテレビ見ているようである。次女は読書も好むか
らまあ高2レベル。狡猾であり「インテリヤクザ」と小生は思っている。
長男はハリポタくらいしか読まないから中2レベル。それでも体育会系の
単純さからか、本能的に正邪を判断して行動しているのは大したものである。

プーチンやEU、アジアの首脳は大学院レベル。ギリシャのトップ2は中2レ
ベル。習近平、オバマも中2。皆テレビに出る人で、テレビを見る人では
ない。

テレビを見ない人は圧倒的に少数派だが、渡部亮次郎氏、宮崎正弘氏も
「見ない派」のようだ。「見ない派」の保守系論客を知りたいものである。

■2月22日(日)。「竹島の日」。朝は室温13.7度、小雨、9時にはやむが
曇、フル散歩。

中国で話題になった呉暁波氏の記事は先だって小生も紹介したが、上海在
住のコンサルタント・田中信彦氏もそれを冒頭に引用し「現実を見始めた
現実的な人々 日本を見る眼が変わり始めた中国の人々」を書いている
(WISDOM2/20)。以下一部引用。

<*新しい消費者の出現

1月下旬、ある著名な中国の経済ジャーナリストが発表した文章が、あっ
と言う間に全国に拡散、国営テレビや中国共産党機関紙までがその現象を
取り上げるという一種の社会現象にまでなった。

「日本に行って温水便座を買う」と題するその文章は、中国では最も著名
な経済ジャーナリストの一人、呉暁波氏が書いたものだ。日本のメディア
でも一部、伝えられたのでご覧になった方もあるかもしれない。

「日本企業が追求してきたのはシンプルなことである。米が輝いてベタつ
かないこと、髪がさわやかに乾くこと、女性が手に持っても簡単に切れる
こと、雪の中でも温かい飲み物が飲めること、あなたのお尻がきれいに、
さわやかになること……。本業に徹し、他人に頼らず、技術革新に賭け、量
を追わずに質を追求してきた。これこそが中国の製造業が目指すべき道で
ある」

あえておこがましい言い方をさせてもらえば、「ようやくわかってくれた
か、君たち」と言いたくなるような文章である。この極めてまっとうな、
当たり前といえば当たり前の文章が全国的な評判を呼び、中央テレビ局や
共産党機関紙までがその話題を取り上げるテーマとなったというあたり
に、いまの中国の気分が現れている。

一口でいえば、呉氏も指摘しているように、成熟した、冷静な人々が増え
てきた。自分自身の判断力を持ち、自分自身の基準で「いいものはいい。
ダメなものはダメ」という見極めができる。そして「良い」と思ったもの
は、実際に買う。それだけの経済力を持っている。そういう人が、少なく
とも都市部には層となって現れてきた。

そんな基盤あっての「日本旅行ブーム」なのである。

*「違い」がわかってきた消費者

こうした冷静な目を持てるようになってきた背景は、当然ながら生活水準
の向上にある。当たり前のことだが、人は経験したことがないことを理解
するのは難しい。量を食べることが最大の主眼である時代には、お米の質
やご飯の炊き方などにこだわる人はいなかった。

生活に余裕が出て、いろんな産地の米を食べ、さまざまな炊き方のご飯を
食べ比べられるようになると、どこの米をどんな炊き方をしたらおいしい
か、自然と比べるようになる。商品の質の違いが認識できるようになる。

暮らしが都会化して通勤時間が長くなり、マンション暮らしの人が増え
た。調理は簡便さが求められるようになり、厨房はこぢんまりと清潔で、
無闇に力を入れなくてもさっさと手際よく処理できる包丁が求められるよ
うになった。

冷めにくい保温ボトルや汁物を熱いまま持ち運べるスープジャーが人気な
のも、生活環境の変化が背景にある。若いビジネスパーソンたちは、マン
ションのローンや子供の養育費などで経済的な余裕が乏しいうえに、外食
費は高くなる一方である。食の安全や衛生面の懸念もあって、外食をしな
い人たちが増えている。

でも中国人は日本人に比べて温かいものを食べたいという欲求が強い。安
い製品もいろいろ買ってみたが、保温能力がまるっきり違う。絶対に日本
製のほうがいい――。こういう声を妻の経営する会社に勤める若い女性たち
からたくさん聞いている。

*「週末移住」が現実的な選択肢に

自分自身と日本との関係を、自分の人生と絡めて意識する人も増えてき
た。日本という場所を単に旅行先としての「外国」と見るのではなく、自
分の資産形成やリタイア後の生活場所など自分自身の人生設計と絡めて考
える人が増えてきている。

先日、妻の友人で上海に住む中国人デザイナーと話していたら、「日本の
どこかにマンションを買って、月に1〜2度、妻とそこで過ごそうかと本気
で考えている」という。

彼は中国では業界の賞を何度も受賞している、それなりのレベルのインテ
リアデザイナーで、仕事の関係で何度も日本に行ったことがある。日本文
化や商品の熱烈な支持者である。

いわく「中国のほうが成長性は高いし、市場の規模も大きい。仕事の基盤
は中国に置かざるを得ないが、この社会の競争の激しさ、安心感のなさ、
生活の質の低さには本当に疲れる。日本は静かで、清潔、便利で本当に心
が休まる」と話す。

円安と中国の物価高騰で日本の生活コストはいまや中国の大都市と大差な
い。衣料品や耐久消費財なら日本のほうが安いものも少なくない。街は安
全で、子供連れでも問題ない。当局によるインターネットの規制もない。
月に1〜2度といったペースで別荘感覚で使うなら日本は確かに居心地がよ
いだろう。

また別の工場経営者の友人はランニングが趣味。毎朝、上海の自宅周辺を
10?ほど走っているほか、年に数回、国内外のマラソン大会に参加してい
る。その彼の大きな悩みは大気汚染と交通マナーの悪さだ。

「日本は空気がきれいだし、公園や河川敷など走りやすいところがたくさ
んある。日本のどこかに家を買って、年に何回か滞在してゆっくり走る時
間をつくりたい。日本のマラソン大会にも出たい」と意欲的だ。

彼の場合も商売の都合で日本に移住してしまうわけにはいかないが、商売
にはシーズン性があって閑散期もあるうえ、経営者なので仕事の段取りは
ある程度都合が付けられる。別荘感覚で日本に不動産を買って、余裕のあ
る時にゆっくり過ごそうという算段だ。

もちろんその背後には、中国経済がピークを越え、将来的には人民元安も
囁かれ始めた昨今、資産を各国に分散することでリスクヘッジを図ろうと
いう算段もある。また中期的には、自分のリタイア後の生活拠点としての
場所を確保しておこうという思惑もあるだろう。

*上海から福岡は北京、香港より近い

こうした「週末移住」「半定住」とった発想が出てくる背景には、(1)一
定以上の所得がある中国人を対象に日本のマルチビザ(一定期間内なら何
度でも入国可能なビザ)の取得条件が緩和されたこと、(2)日本と中国の
距離的な近さ、(3)日本の不動産の圧倒的な安さ――という3つの背景がある。

なにしろ中国と日本は近い。例えば九州・福岡は上海から直線距離でほぼ
1000?、直行便なら1時間半ほどで着いてしまう。福岡空港は市街地から
近いので、朝の便で上海を出れば、昼過ぎには博多や天神で買い物ができる。

上海から北京や香港、広州へは、飛行機で2時間近くかかり、しかも空港
が市の中心から遠いので、福岡のほうが行きやすいともいえる。航空券も
時期によっては大差ない価格で買うことができる。

おまけに日本の不動産は中国の大都市より圧倒的に安い。100万元(約
2000万円)あれば、それなりの都市にかなり高品質な中古マンションが買
える。これは大都市居住の中国人にとっては夢のような話だ。

*「自分自身の視点」で日本を見る

こうした中国の人々の「日本を見る眼」に共通するのは、日本を自分自身
の生活との関わりで見るという視点である。多くの人々が日本製品を使っ
た経験や日本への旅行体験、さらには信頼できる友人や知人の経験談など
を通じて「自分自身の日本観」を持ち始めている。

全国で数百万、数千万単位の人がこうした自分自身の経験を通じて「日
本」への信頼感を積み上げてきた効果は計り知れない。そして今、年間数
百万人の中国人、それも世論形成に最も大きな影響力を持つ都市部の中間
層の中国人が日本を訪れ、そのほとんどが好意的な、それも驚きに近い感
想を持って中国に戻るという現象が起きている。

中国の人々が政治的、経済的な障害を越え、自らの眼で「現実」の日本を
見て、自分の現実的な基準で判断する。こんなことは歴史上かつてなかっ
たことである。

こういう流れが5年、10年、20年と続けば、私は――決して大げさでなく――
中国社会の日本観は劇的に変わる可能性があると考えている。それは日中
の政府間関係にも決定的な影響を与えるだろう。これは日本と日本人に
とってこれ以上ない貴重な援軍であり、最大級の安全保障である。

最近、中国にいると「結局、なんだかんだ言って使えるのは結局、日本の
ものだよね」という声があちこちから聞こえてくる。中国と30年以上関
わってきた日本人としてこんなに嬉しいことはない。涙が出そうだ。そし
て、ここに日本の生きる道があると改めて思うのである>(以上)

うれしさ半分、戸惑い半分・・・か。めぼしい都市では住宅価格も上がる
かもしれない。中国は春節で4億人が移動するというが、近い将来、年間
に1億人が来日するのではないか。移民、移住、永住、帰化する人は急増
するだろう。日本で暮らすなら帰化してほしい。

このまま中国の環境、社会を荒れるに任せたら皆日本に逃げてきそうだ。
中国こそが「静かで、清潔、便利で本当に心が休まる」国にならなければ
ならないのだ。

中共の幹部諸君、特に軍幹部は、個人独裁を目指すファシスト習近平を排
除し、とりあえず覇権主義の旗を降ろして戦争の危険を除き、権力闘争は
棚上げし、派閥均衡の集団指導体制に戻し、環境汚染対策、経済改革、民
主化を徐々にではあれ確実に進め、民心の安定を目指すべきだ。

今の中国は、光緒帝・康有為率いる改革派と、序列的・儒教道徳的に光緒
帝を上回る西太后を担いだ反動派が激しく争う清朝末期のような混乱にあ
る。ソフトランディングに叡智を絞ってほしいと思うのだが・・・

2/21の産経書評に「(中国の)権力闘争が今後、江沢民派と胡錦涛派との
争いへと変化、2年後の党大会で実質的な胡錦涛政権が復活する可能性
(もある)」とあったが、どうなるものやら。

N母子流連、長男一家4人来泊。それは大いなる楽しみなのだろう、夕方か
と思っていたら午前中に来たからランチまで世話した。お好み焼き。夕食
は握り寿司、豚角煮などで大忙し。

疲れ果てて寝込んだが、23時に目覚めて一杯やっていたら、皆、子供を寝
かせて集合、二次会になった。小生の誕生日祝いで長男がくれた高級(と
言っても2000〜3000円)ワインをバンバン皆で楽しむ。嫁さんはチョコを
くれた。(2015/2/22)


    
━━━━━━━
話 の 福 袋
━━━━━━━



 ◎「竹島の日」式典が10回目 その時、海の向こうで起きた「エスカ レート」事案

島根県が条例で定めた「竹島の日」が2015年2月22日、制定から10年とい う節目を迎えた。
   松江市では記念式典が開かれた。一方、韓国ソウルの日本大使館前に はデモ隊が押し寄せ、「竹島の日、廃止」「挑発をやめろ!」と連呼した。

内閣府の政務官が出席

「竹島の日」に抗議! 韓国・ソウルではデモが・・・島根県が「竹島の 日」を制定したのは、県に編入されて100年を迎えたことを記念した2005 年のこと。式典は、翌06年から毎年開催している。

今回は第10回の記念式典。島根県によると、参加者は来賓者や一般参加者 あわせて約500人。政府からは、内閣府の松本洋平政務官が出席した。

式典では10周年を記念するとともに、自民党の新藤義孝・元総務相(日本 の領土を守るため行動する議員連盟会長)や島根県竹島問題研究会顧問の 藤井賢二氏らが登壇して、この10年の取り組みと現状の問題点について確 認をしながら、今後の解決に向けた方策を考えた。

また、会場では島根県物産協会の協力を得て、コメや饅頭などの竹島グッ ズを販売したり、竹島資料室では「条例制定10周年を迎えて」をテーマ に、特別展示会(期間は3月30日まで)を開いており、同日午前中には松 本政務官が資料室を視察したりしている。

竹島は戦後、韓国の警備隊員の常駐などによって50年以上にわたって不法 に占拠され、漁業権などの日本の主権が行使できない状況になっている。 韓国はさらに、竹島の利用に関する新法の制定や民間人の移住などを強引 に推し進め、領土権の既成事実化を図ろうとしている。

島根県は、「竹島は歴史的にみても、国際法に照らしても日本の領土。領 土問題はすぐれて国家間の問題であり、政府の外交努力によって問題の平 和的な解決と領土権の早期確立が図られるべき」と主張している。

インターネットには、「知ってもらいたい。 竹島は日本の領土です」
「本日は日本固有の領土である『竹島の日』です。未だ不法占拠している 韓国軍を撤退させなくてはなりません。政府は毅然たる態度で対応しなく てはなりません」といった声が寄せられている。

また、なかには、「それにしても今年も政府主催じゃないのか。有力な議 員はきているようだけど、なぜに政府主催じゃないんだろうな」との声も ある。【J-CASTニュース】2015/2/22 17:29 〔情報収録 − 坂元 誠〕


 ◎露に拿捕された日本の漁師を助けにいった日本帝国海軍
http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-7007.html
これが、大日本帝国政府だった !!
昭和の初め、蟹工船に乗り込んで北洋漁業に従事していた日浦さんは、突
然旧ソ連の警備船艇に拿捕され、乗組員一同、ウラジオストックに連行、
抑留されました。

そこでの取り調べは惨たらしいもので、ありもしない犯罪の自白を強要さ
れ、半殺し状態で再び日の目を拝めるかと思った程でした。次の日、再び
鉄格子の中から引き出されました。
……続きを読む
http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-7007.html
                         (情報収録:中山)


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読 者 の 声
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 1)階 猛たちのやったことは大衆団交≒人民裁判≒糾弾会

昨日(18日)の、民主党のバカ議員とNHK籾井氏のバトル、ご覧になりま したか。面白かったですね。 と書きました。

で、なんで面白かったのか?と冷静に振り返ると、左翼学生運動の大衆団 交を思い出したから、だと気づきました。

もちろん、当時の私は当事者だったわけですが、学長や教授を軟禁し、吊 し上げ、罵声を浴びせる...まさに「そっくりです」よ。

そのバカさ加減、無意味さ、むなしさ、そしてその独善と傲慢を実体験し ているので、つい面白おかしく見えてしまったのだと思います。要するに 「醜悪」という形容詞のつく「茶番劇」

石平太郎さんも同様に感じたようです。

彼は、大衆団交ではなく、昔の紅衛兵のやる「吊るし上げ」とはそっくり そのまま―と受け止めたようです。

石平太郎 @liyonyon  ・ 2月18日

民主党議員団がNHK会長を怒鳴り散らす場面をみていると、中国共産党の 人民裁判や昔の紅衛兵のやる「吊るし上げ」とはそっくりそのまま。この 党は単なる中国共産党の日本支部なのか。民主党議員たちは日本版紅衛兵 のままで議員になったのか。とにかくこのような

政党に二度と政権を任せられないのだ。

私は、部落解放同盟(解同)の「糾弾会」にも顔を出したことがあります が、階猛(しなたけし)たち民主党議員のやったことに肉体的恐怖を追加 すれば、まさに解同の「糾弾会」そのものです。そこにあるのは人権蹂 躙、人格破壊。

民主党の一部議員も、「我が党議員の言動にも厳しい声をいただいていま す」と書いているが、認識が甘すぎます。

あれは、間違いなく民主党のイメージをさらに悪くさせた。

蓮舫 @renho_sha  ・ 2月19日

 NHK籾井会長との我が党議員の言動にも厳しい声をいただいています。 議員には節度ある言動をと話したいと思います。
    他方、国民が払う受信料が収入の9割を占めるNHK。その報道機関の トップがまるで政府広報的発言をされるのは看過できません。
    0件の返信   105件のリツイート   49件のお気に入り蓮舫さんに言 いたい。
「節度ある言動をと話したい」というレベルではありません。
大衆団交、人民裁判、糾弾会...と根底は同じです。
階 猛に「蟄居」を命じてください!
http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2015/02/post-ca06.html
(採録:白井修二)



 2)いつも興味深い記事をありがとうございます。
さて22日の上西俊雄氏の「百姓は知らしむべからず、よらしむべし」の記 事について、その意味するところを多くの人が誤解しているとして、幸田 露伴を引用しておられますが、悲しいかな浅学非才の身にはこの引用文す らも難解で真意が読み取れないのです。

此処は是非、上西氏の言葉で解説して下さるよう御伝達の程を宜しくお願 い致します。(藤原徳太郎)



 3)2月23日は富士山の日だそうです。富士山の見える伊豆半島で少年時代を過ごした井上靖は幸せだったろうなあって思います。井上靖の小説「夏草冬涛」と「北の海」に木部で登場する岐部豪治が、伊豆の土肥の歌を詠んでます。(金井広『歌集岐部豪治』1973年)。

しんとして土肥の出湯は済みてあり何思ふなく湯につからんや。
長く長く汽笛はなりていざ土肥と眼をあげし空に淡き雲あり。
伊づや伊づ伊づの西はて土肥村に来て久しかも面影消えず。
おどる浪音はなくして騒ぐ浪伊豆の西果て小土肥の海は。

まさを[真青]きも小土肥の海はまさをきも冬はたけなわ海のまさをさ。
岐部豪治は大学1年時に病没しましたが、報を受けた井上靖は涙が枯れるほど泣いたそうです。岐部豪治は沼津の千本松原の近くの乗雲寺に葬られましたが、奇しくも、土肥に常宿の旅館があるほど土肥を愛した若山牧水が後に葬られたのも、同じ乗雲寺でした。(まこと)


━━━━━━━
身 辺 雑 記
━━━━━━━


東京湾岸は昨日降らなかった分だといわんばかりに、23日は朝から雨。新 緑への備えだと言われれば納得。

入院中に紅梅が満開となった猿江恩賜公園もやがて櫻満開。寒い2月もあと1週間で終わりとなった。当に冬来たりなば春遠からじだったではないか。


読者:5437人。

ryochan@polka.plala.or.jp

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  1. 医療サギ
    http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1785069.html

     2015/2/23

  2. そもそも自国の国防を担ふ機関に賛成も反対も何もない。国防を担ふ機関は必要不可欠なはずで、反対と主張する奴が異常なのだ。


     2015/2/23

  3. 祇園の舞妓の背中に火のついたタバコを投げ入れた中国人観光客の行為に対して、京都市が中国領事館に遺憾の意を届けたことは、全く報道しないマスコミ。

     2015/2/23

  4. 毎日元氣を頂いております。ますますのご健勝をお祈りしております。松本市 久保田康文

     2015/2/23


  5. 『島に住む外国人も税金を払っている。自治の観点からは投票権を持つのは当然だ』
                                 町長は反論したの?

    ACB 2015/2/23

  6. 人の命は地球より重いと言ったのは、親父の方の福田首相でした。それでは、飛行機の乗客の命は重くて、竹島漁民の命は軽いのでせうか。ここに戦後の政治家とマスコミのダブルスタンダードを見る思ひです。 

     2015/2/23

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