政治・経済

頂門の一針

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頂門の一針3137号  2013・11・25(月)

2013/11/25

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   わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 3137号
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        2013(平成25)年11月25日(月)



          ??は早期辞任で五輪への影響避けよ: 杉浦正章

                 「ブータン農業の父」西岡京治:伊勢雅臣

                      大東亜会議70周年記念日:池田元彦

                      私の「身辺雑記」(51):平井修一

                  謎に包まれた「蕪村幼年期」:毛馬一三

                    話 の 福 袋     
                                反     響
                    身 辺 雑 記


□■■□  ──────────────────────────□■■□
第3137 号
                             発行周期 不定期(原則日曜日発行)
             

 
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??は早期辞任で五輪への影響避けよ
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                    杉浦 正章

居座りはオリンピック憲章に背馳する
 
先に猪瀬直樹を都知事に選出した東京都民のガバナビリティ(被統治能
力)欠如を指摘したばかりだが、その??の驚くべき有権者への背信行為
が明らかになった。5千万円もの巨額な資金をめぐる疑惑である。

検察は徳洲会選挙違反事件の思わぬ副産物への対応を迫られることとなる
が、刑事事件化するしないは別にして、少なくとも東京都知事が道義的な
責任を問われる事態であることは確実だ。この事態を俯瞰図でみると、紛
れもなく東京オリンピックの品格が絡む。

オリンピック憲章は高い道徳性を求めており、招致する都市のトップの顔
が泥まみれでは、スポーツの祭典に全くふさわしくない。??は自らの責
任の重大性を自覚して、潔く辞職して世紀の祭典の成功に結びつけるべきだ。

22日の記者会見をつぶさに分析すれば、うそで塗り固められていることが
判然とする。第1のうそは「申し出を断るわけにはいかなかった」とあた
かも医療法人「徳洲会」の前理事長・徳田虎雄からの申し出があったから
受け取ったような口ぶりだ。

しかし、あらゆる情報が??側から「1億円」の要請があり、徳田が次男
の衆院議員・徳田毅に「とりあえず5000万」と指示したことを裏付け
ている。いくら徳田でも要請なしに多額の金を渡すはずはない。

ここでクローズアップするのが日本維新の会共同代表・石原慎太郎との
“絡み”だ。石原は自民党青嵐会時代から徳田と親しく交わっており、徳田
自身の衆院選選挙応援にもたびたび鹿児島を訪れ、知事交際費を使って食
事をするなどひんしゅくをかった仲だ。

昨年秋、首相になれると大誤算して知事を突如??に譲る判断をしたが、
その石原が有力な資金源として徳田を??に“引き継いだ”ことは確定的
だ。大病院の建設許認可は東京都が握っており、徳田は後々“便利”と算段
しても不思議はない。

??の第2のうそは午後1時の記者会見で「選挙費用に使った場合は収支
報告に書くつもりだった」と漏らした点だ。これは明らかに政治資金と意
識して受領したことを物語るものであろう。ところが3時の記者会見では
一転して「個人の借り入れ」をしつこいほど繰り返した。

これが何を物語るかと言えば、弁護士など政治資金問題の専門家の助言が
入ったことを意味する。「絶対に公選法で義務付けられている資金ではな
いことを強調する必要がある。個人の借入金とせよ」との“知恵”をつけら
れたに違いない。もし起訴された場合には、明らかに「借入金」で押し通
せると踏んでの法律家の判断である。
 
第3のうそはなぜ徳洲会に強制捜査の入った9月の返済になったかという
ことだ。??ははっきり言って強制捜査を「やばい。まずい」と感じたに
違いない。「こっちもばれる」と思ったのだろう。

慌てて返済した理由について「1月に返すつもりだったが、妻の病気など
いろいろあって9月になった」と死んだ妻を言い訳の理由にした。この言
い訳は東京都民向けに「奥様が亡くなられてお可哀想」などという同情を
買おうという魂胆がありありだが、言い訳になっていない。こじつけその
ものである。

こうしてうそで塗り固めた記者会見となった。新聞もだまされてはいな
い。全社が社説で強く批判している。 朝日「これでは納得できぬ」、読
売「個人の借り入れは通らない」、毎日「借入金は通用しない」といった
具合だ。

問題は検察が立件するかどうかだが、小沢一郎の政治献金問題で敗北して
以来、どうもびびっている。これだけ状況証拠がそろっていても踏み切ら
ない可能性がある。ここは何が何でも社会正義を貫かなければならないと
きであり、立件に踏み切るべきであろう。

都民からの告発も起きるだろうし、やらなければ小沢のケースと同じよう
に検察審査会が乗り出すケースも考えられる。検察審査会の議決で強制起
訴となる可能性も否定出来ない。

一方都議会は無視するわけには行くまい。ちょうどオリンピック予算の審
議も始まる方向であり、29日からの定例都議会の最大の焦点となろう。知
事の進退に関して議会が出来るのは知事への辞職勧告決議か不信任決議
だ。辞職勧告は法的な拘束力はないが、不信任決議が可決されれば辞職か
都議会解散かだ。

最大の問題はオリンピックへの精神的な影響である。今後マスコミの追及
の矛先は拡大しこそすれ、治まることはない。したがってこの問題は国際
的な注目を浴びることになる。

オリンピック憲章はその精神の根本原則として「 オリンピズムが求める
ものは、努力のうちに見出される喜び、よい手本となる教育的価値、社会
的責任、普遍的・基本的・倫理的諸原則の尊重に基づいた生き方の創造で
ある」と高らかにうたっている。

ところが??の行為は教育的価値、社会的責任、普遍的・基本的・倫理的
諸原則のいずれにも背馳(はいち)するのである。限りなくクロに近い、
つまり政治資金規正法違反に近い知事がオリンピックの顔では、その精神
から言っても妥当性に欠ける。??の居座りはやがては“国辱”的な事態へ
と発展する可能性があるのだ。

したがって??は、追い込まれて醜態をさらして東京オリンピックのイ
メージを壊す前に、潔く辞職して、問題の早期決着を図るべきである。子
供の教育のためにならない。

      (政治評論家) <2013年11月25日>   


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「ブータン農業の父」西岡京治
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         伊勢 雅臣

30年近くもブータンで農業振興に尽くし、国王からダショーという最高の
称号を贈られ、死しては国葬に付された日本人。


■1.ブータンで国葬に付された日本人

1992(平成4)年3月26日、ブータンで一人の日本人が国葬に付された。30
年近くも同国の農業振興に尽くして、「ブータン農業の父」と呼ばれた西
岡京治(けいじ)である。葬儀委員長は農業大臣のレキ・ドルジ氏。ブー
タン西部のパロ盆地を見渡せる丘につくられた葬儀場で、なきがらは荼毘
に付された。

おおぜいのラマ教の坊さんたちによる読経が果てることなく続いた。葬儀
には5千人もの人々が弔問に訪れ、西岡の妻・里子と娘の洋子は、和服に
似た民族衣装キラに身を包んで、人々のお悔やみの言葉を受けた。

葬儀の後、里子がパロ農場の西岡の事務室に入ると、国王の伯父で厚生大
臣のナムゲル・ウォンチュックからの電報が机の上にあった。大臣が視察
先のシェムガン県パンバン村から打った電報だった。ブータン南部の僻村
である。

<・・・パンバン村の人たちは、あなたのことを尊敬の気持ちをもって覚
えており、あなたがふたたび村を訪れてくれることを、心からお待ちして
おります。

あなたがはじめた開発の仕事はいま、実を結んでいます。村人たちは、
「あなたの献身的な働きがなければ、自分たちの進歩はなかっただろう」
と言っています。かれらはいつまでもあなたに感謝し続けるでしょう>。
[1,p183]


同様の気持ちを抱いたブータン各地の人々が5千人も葬儀に参列したので
ある。


■2.「この風景は、長野県の伊那谷あたりによく似ているよ」

西岡がブータンに定住を始めたのは1964(昭和39)年5月だった。日本国内
ではその年の秋に開かれる東京オリンピックの準備が急ピッチで進められ
ていた頃だ。

当時のブータンは農業国なのに、土地も狭く、高地で気候も厳しいため、
食料の自給もできない状況だった。ブータン首相は「日本の専門家に来て
もらって、農業の近代化を図りたい」という意向を持っていた。その専門
家として推薦されたのが西岡だった。

その頃、西岡は大阪府立園芸高校に務める傍ら、大阪府大・山岳部のOBと
してネパール探検隊にも参加して、植生の調査をした経験もあった。西岡
は自らも海外技術協力団(現在の国際協力事業団、JICA)にブータンの農
業指導に派遣してくれるよう志願した。

話が持ち上がってから2年の後に、ようやく事業団から派遣決定の通知が
届き、妻・里子と2人で出発した。2人はインドのカルカッタに飛び、オ
ンボロ輸送機に乗り換えて、ブータン国境近くの町に着いた。

そこからブータン政府の手配した一台のジープに乗り込み、15時間も山道
を走って、ようやく西ブータンの中心地パロに到着した。

一夜明け、木の扉窓を開けた里子は思わず声をあげた。「まあ、きれ
い!」 目の前にはパロ盆地の大パノラマが広がっていた。澄み切った青
空のもとに麦畑が続き、民家が散在している。

「どれどれ、、、」と目をこすりながら起きてきた西岡は言った。「これ
はすばらしい! しかし、この風景は、長野県の伊那谷あたりによく似て
いるよ。日本から、5千キロメートルも離れた国の風景とは、とても思え
ないね。」


■3.「日本の野菜のタネはすごいや」

西岡はさっそく開発庁農業局の事務所にでかけた。ここにはインド人の局
長と技術スタッフがいた。彼らはインド政府から派遣されて、農業の指導
をしていた。西岡が挨拶すると、局長はこう釘を刺した。

「ブータンの農業は、インド人のわれわれが、一番よく分かっています。
あなたがいきなり、海のかなたの日本の農業技術を持ち込んでも、成功は
おぼつきませんよ。

ブータンの人たちは、昔ながらの農業を続けていて、その方法をなかなか
変えようとしない」。

いきなりこう言われて西岡はかちんと来たが、よく聞いてみると、本格的
な農業試験場一つ持っていないことが分かった。

西岡はブータン政府に頼んで、200平米ほどの田畑を借りた。そして12、
3歳の少年3人を実習生としてつけて貰った。西岡は、まず彼らにダイコ
ンの栽培を教えた。

ダイコンは昼と夜との気温の差が大きいほど、よく育つ。3ヶ月ほど経っ
て、引っこ抜いてみると、30センチほどにも育っていた。少年たちは「わ
あ、ずっしりと重い」「日本の野菜のタネはすごいや」

さらにトマトやキャベツなども作り出すと、噂が広がって、知事や国会議
員らも試験栽培の田畑を訪れ、「うちの県でも作れようか」「わしの村で
も、こうした野菜が作れたら、どんなにいいだろう」と言い出した。

さらに、その一人の勧めで、人の集まるパロ城の入り口に野菜を並べる
と、「うちの村にも、野菜作りの手ほどきをしてもらえまいか」「タネを
分けて貰えると、ありがたいのだが」と大きな反響があった。


■4.「ニシオカに農場の運営をまかせようではないか」

1966(昭和41)年3月、海外技術協力団からの2年間の派遣期間が過ぎよう
としていた頃、ブータン開発庁の担当官がやってきた。西岡の任期を延長
して貰うよう日本の事業団に申し入れたい、と言う。

「本当ですか。願ってもないことです。ぜひお願いします」と、顔をほこ
ろばせた西岡に、担当官はさらに重大な話を持ちかけた。

「国王が、「パロにしかるべき試験農場用の土地を探し、ニシオカに農場
の運営をまかせようではないか」と、おっしゃっておられるのです。いか
がでしょうか?」

「えっ、国王がですか、、、」ブータンに来てから、この日ほど嬉しかっ
たことはなかった。

パロの長老たちも土地探しを手伝ってくれて、7.6ヘクタールの理想的
な土地を見つけた。斜面の上段には、カキやモモ、ナシやリンゴの試験果
樹園、中段を野菜畑、下段を水田とした。道をつけ、石垣を積み、水路を
引くのは、すべて手作業で自分たちで行った。こうしてブータンで最初の
本格的な試験農場が開かれ、「パロ農場」と名づけられた。

西岡は夜は宿舎代わりの仮設テントで、実習生たちと夢を語り合った。妻
にも、こんな風に語っている。

「ぼくはここを、試験栽培の農場だけではなく、将来は総合農業センター
にしていきたい。地方からの実習生の受け入れ、農機具の貸し出し、苗や
種の生産のほか、栽培した野菜や果物を販売したり、ジュースやジャムに
加工できるようにもしていきたいんだ」。


■5.「種をいただけまいか。庭の畑で育ててみたい」

農場ができると、西岡は近隣の村の長(おさ)たちにも、見学に来るよう
に勧めた。畑には、ダイコンが青あおと葉を広げ、エンドウ豆がかれんな
花をつけ、カリフラワーもキャベツも大きくなっている。「いやあ、たい
した畑だ、、、。わしらにも、こうした野菜が造れるようになるんだろう
か?」

彼らは種を持ち帰り、西岡や実習生が栽培の技術を指導した。立派な野菜
が作れるようになると、西岡はパロ農場や近隣でとれた野菜をトラックに
積み込んで、45キロ離れた首都ティンプーに売りに行った。

中央広場に野菜を並べると、トラック1台分の野菜が3時間ほどで売り切
れてしまった。首都でも野菜が売れると分かれば、他の村の人々も、野菜
作りに関心を示してくれる。またパロ農場の売上は、試験農場の運営に役
立てられる。やがてはインドに野菜を輸出したいと、西岡の夢は広がって
いった。

パロ農場の活動が2年目に入った1967(昭和42)年4月。国王から「直接
会って話をしたいので、ティンプーのタシチョ城に来て欲しい」と招待さ
れた。

西岡はパロ農場の様子を写真で国王に紹介した。国王は立派なダイコンに
特に興味を示し、「種をいただけまいか。庭の畑で育ててみたい」と西岡
に頼んだ。国王自ら畑を耕すのは、我が皇室と同様である。

西岡は国王に農場の優秀な実習生の日本留学を提案し、国王は快諾した。
さらにパロ農場に開発庁の予算をつけてくれた。


■6.「この開発プロジェクトは、ニシオカとそのスタッフに推進して貰
いたい」

それから5年後の1972(昭和47)年、国王が急病で亡くなった。西岡は肩を
落としたが、まだ16歳のジグミ・シンゲ・ウォンチュック皇太子が第4代
国王に即位した。新国王も前国王と同様、農業開発に積極的だった。

その秋、西岡はティンプーに呼ばれた。国王が自ら立案した中央ブータン
南部のシェムガン県の総合開発計画が提示された。同県は険しい山と谷が
亜熱帯性のジャングルに覆われ、住民の多くは焼き畑農業に頼って、暮ら
しは困難を極めていた。

国王は、同地の人々が焼き畑農業から脱して、定住して米作をすること
で、暮らしの安定と向上を図りたいと説明し、西岡を見つめて言った。

「この開発プロジェクトは、パロ農場のニシオカと、そのスタッフに推進
して貰いたいが、いかがだろうか?」 西岡は「ご期待にこたえられるよ
う、全力を尽くします」と応えた。

シェムガン県は、パロから東へ約130キロ行き、そこから南に50キロ下
る。しかし、この50キロは車がまったく通れない。西岡らは、テントや食
料や道具を担いだり、馬の背に乗せて、狭く険しい道を延々と歩いて、同
県に到着した。

しかし、村人たちは「県の役人さえもめったに来ることのない、こんな所
に、国がお金を注ぎ込んで水田を開こうなんて、信じられん」「米がとれ
るようになったら、国が土地をとりあげるつもりではないか」と疑った。

西岡は村人たちとのべ8百回も話し合いをし、興味を持った人々を募って
は、パロ農場の見学にも行かせた。地道な活動を続けていくうち、62家族
が山を下りて、水田作りや道路造りを手伝ってくれるようになった。

また25人の少年たちをパロ農場に送り込んで、1年間研修をさせた。帰っ
てきた彼らは「おれたちのシェムガンを、農業のすすんだパロのようにす
るんだ」と意気込んで、西岡たちと一緒に汗を流した。

肝腎の農業用水は竹などを利用して、水を引いた。たくさんの吊り橋は、
籐だと数年毎に架け替えなければならないので、ワイヤーロープを取り寄
せ、地元の人たちで掛け替えた。こうした身の丈にあったやり方で生活環
境を整えるのが西岡のやり方だった。


■7.ダショー・ニシオカ

国王は開発の様子を2度にわたって視察し、作業に励むスタッフや村人た
ちを励まし、学校の庭で宴会を催してねぎらった。

5年の歳月をかけたシェムガンの総合開発は、1980(昭和55)年に一段落し
た。こうしてパンバン村を中心に開かれた水田は60ヘクタール、畑は16ヘ
クタールに達した。毎年3万トンの米がとれ、野菜や果物も収穫できるよ
うになった。

村の代表たちが西岡に礼を言いにやってきた。

「3万人もこえるみんなが、たんぼや畑のある土地におちついて住むこと
ができて、まるで夢のようです。学校もできてありがたいことです。」
「村はすっかり生まれ変わりました。ニシオカさんが、はじめに言ってく
れていたとおりになった、、、。」

老人たちはそう言って涙を浮かべ、西岡の手を固く握りしめた。

同年9月、西岡は国王から「ダショー」の称号を授けられた。「最高の
人」という意味で、ブータンでもっとも名誉ある称号である。「ニシオカ
の16年にわたるブータン農業への功労に感謝して、ここにダショーの称号
を授与す」と言って、国王は、肩からかけるえんじの布と銀の鞘の剣を授
けた。


■8.両国民を結びつけるもの

1992(平成4)年3月21日、西岡は敗血症にかかり逝去した。享年59。パロ
農場は教え子たちで十分やっていけるようになっていたので、そろそろ日
本に戻って、別の形でブータンのためになる事を考えたい、と思っていた
矢先だった。

2011(平成23)年、第5代ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王が国
賓として来日し、国会で演説した。その中に次のような一部があった。

「ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国民を親愛なる兄
弟・姉妹であると考えてまいりました。両国民を結びつけるものは家族、
誠実さ。そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先
し、また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります」。

国王にそう言わせたのは、自らの祖父と父と2代に亘ってブータンに尽く
した西岡の一生が脳裏にあったのかも知れない。


■リンク■

a. JOG(125 The Globe Now: 蘇るアフリカの大地(上)
 〜笹川グローバル2000の開始〜
 餓死者200万人のエチオピアの農業再建に笹川は立ち上がった
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog125.html

 b. JOG(126) The Globe Now: 蘇るアフリカの大地(下)
 〜緑の革命〜
「日本よ、ありがとう」蘇った緑の大地に感謝の声が湧き起こった
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog126.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 木暮正夫『ブータンの朝日に夢をのせて―ヒマラヤの王国で真の国際協
力をとげた西岡京治の物語』★★★、H8
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4774300950/japanontheg01-22/

 
  
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大東亜会議70周年記念日
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    池田 元彦

1943(昭和18)年11月5日有色人種による世界で初の大会「大東亜会議」
が東京で開催された。日本は主催国、それに中華民国(南京:汪兆銘)、
満洲国(張景恵)、フィリピン(ホセ・ラウレル)、ビルマ(バー・モ
ウ)、タイ(ワイワイタヤコーン)が参加した。 

インド仮政府は、陪席参加した。1943年と言えば、開戦後6ヶ月の華々し
い戦果に陰りが出始め、ミッドウエー敗北、山本五十六戦死、アッツ島全
滅等戦況見通しが厳しく、タイ首相は病気理由で参加せず、日本の現地政
策を批判する国もあったことも確かだ。

しかし、一旦会議が始まれば、欧米白人からの圧政、虐待からの独立の光
と勇気を与えてくれたのは、間違いなく日露戦争を勝利した日本であるこ
とを再確認、共通認識し、昭和天皇拝謁の機会を得た参加各国首脳は感激
で高揚し、独立の希望を改めて日本に託した。

翌6日に「大東亜共同宣言」が発表された。英米の侵略搾取、東亜隷属化
が大東亜戦争の原因であり、大東亜各国は相提携して大東亜戦争を完遂
し、英米の桎梏から解放、自尊自衛を全うするため、共同して?共存共
栄、?独立親和、?伝統民族文化の昂揚、?経済繁栄、そして?人種差別撤廃
と世界の進運に貢献することを高らかに宣言したのである。

教科書等では、この2年前のチャーチル・FDRの大西洋憲章を評価するが、
勘違いも甚だしい。?英米は領土拡大の意図なし、?領土変更・政治形態は
人民の意思・権利を尊重等8項目の宣言は、単に英米2ヶ国による欧州諸
国への対ドイツ保証・約束に過ぎない。

欧米の植民地支配否定、人種平等実現、東亜諸国独立を掲げたのが大東亜
共同宣言だ。人種差別も植民地も放棄する意思もない欧米は、彼らの既得
権益の壊滅を狙う日本を許容出来ない有色人種の敵国として、大東亜戦争
以前から日本壊滅を狙っていたことは確かだ。

敗戦したが、英米を相手に日本が国運を賭して戦ったことは、アジア諸国
の指導者に強い感銘を与えた。1955年反帝国・反植民地・民族自決を掲げ
る非白人種29ヶ国参加の国際会議がバンドンで開催された。敗戦後10年足
らずの日本も招待され、大歓迎を受けた。 
 
「日本の大東亜戦争の犠牲がなければ、我々は今も英仏欄の植民地のまま
だった」と。

マレーシアのマハティール首相は「もし日本が居なければ、世界は全く違
う様相を示していたであろう。(中略)欧州諸国は、永遠に世界を支配し
たことだろう。」と後日発言した。

日本敗戦後、英仏欄は植民地に舞い戻って来た。が目覚めた大東亜諸国は
徹底抗戦した。

インパール作戦に日本軍と共に参戦したインド国民軍将兵4千名を反逆罪
で英国が裁判に掛けたため暴動が勃発、これを契機として1947年インドは
英国から晴れて独立を果たした。

ビルマは1948年英国から独立。「真の解放者は東条英機大将と大日本帝国
だ」とバー・モウは著書に記す。インドネシアは日本敗戦直後に独立宣言
をした。日付は「05年8月17日」とある。

「05年」は「皇紀2605年」の下2桁だ。が、オランダの執拗な植民地化侵
略が続き、1949年11億ドルの債務負担をインドネシアが支払うことで漸く
独立を果たした。

日本との戦争もしていない韓国や北朝鮮が戦後賠償金を要求するとは、朴
大統領の欧米への反日行脚と共にこの国の異常性を物語る。支那と半島を
除けばアジア諸国は親日なのだ。 



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私の「身辺雑記」(51)
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     平井 修一

■11月21日(木)。朝は室温14.5度、快晴。

今日の河北新報に、「東北大加齢医学研究所の川島隆太教授(脳科学)と
竹内光准教授(同)らのグループは20日、子どものテレビの長時間視聴
が、言語知能などをつかさどる脳の前頭極に悪影響を与えるとする研究結
果を発表した。従来、心理学研究でテレビが子どもの読書能力や注意能力
を低下させることが確認されていたが、脳のどの部分に作用するかが明ら
かになったのは初めて」とある。

「呆ける、疲れる、悪くなる――テレビは二十歳を過ぎてから」と子供を教
育した小生は「さもあらん」と同調したが、科学技術振興機構のサイトに
川島教授の育児論があり、今、2歳5か月の孫息子のしつけで当惑している
小生には大いに勉強になった。転載する。

<――子育ての方針を教えていただけますか?

私は子どもを男の子ばかり4人持っています。上の二人と下の二人の育て
方を変えてみました。

上の二人に関しては、私が自分の両親からされたことと同じことをやって
みたんです。非常に厳しくしつけけることをしました。食事のマナー、言
葉遣いが悪い時はお尻をはたくというところまできちっとやって厳しくし
つけた。

一方で、下の二人に関しては今のトレンドでもあります「褒めて伸ばす」
ということを挑戦してみました。なるべく叱らないようにして、うまくで
きた時は「すごいね、偉かったね」と褒めるようにした。

この二つの教育方針の違いなんですけど、私の中ではほとんど結論が出た
なと思っていますが、下の二人には本当に申し訳ないと思いますけど、上
の子たちのようにきちんとポイント、ポイントで叱りながら育てた方が
真っ直ぐ伸びたなという気がしています。

――脳科学から見たしつけ法とは?

人と動物を一緒にすることに問題はあるかもしれませんが、たとえば動物
に何かを教える時には、やはり報酬でものを覚えさせるよりも、罰でもの
を覚えさせた方が、早く正確に覚えられるんですね。

人間も動物ですから、しつけの部分に関しては、一番大事なところに関し
ては、私は「褒めて」というよりは、きちんとできなかった時に「叱る」
ということが必要だと信じています。

でも一方で、褒めるというのは、人間ならではの方法で、脳の観点から見
ると、褒められてうれしいという情動というのは、まさに前頭前野を使う
感覚なんですね。

ですから極めて人間らしい子育ての仕方なんですけれど、果たして未熟な
子どもたちにそういう人間ならではの高次な導き方で、どこまでついてこ
られるかということに関しては、多少個人の経験からは疑問を持っています。

しつけの問題というのは小さい時が重要だと思っています。ただ小学生、
中学生になっても、言葉遣いとか、人と相対する時にどう行動するかとい
う人間のソサエティ、コミュニティの中での、人としてのあり方の問題と
いうのは、僕はうまくいかない時はきちっと叱るべきだと思っています。

これは僕自身もそう育てられたんですけども、高校生、大学生になった
時、一個の人間として認めてあげて、かつ彼らの人生だということを、親
としてきちんと踏まえることが必要になってきますから、そういう意味で
は最初はたくさん干渉しながら、徐々に必要なところだけに絞っていっ
て、最後は、ただ見守るだけという過ごし方がいいのかなと考えています>

「褒めて伸ばす」というのは保母さんである長女の方針でもあるのだが、
川島教授は自分の子供を実験台にこれをやってみて「これでは真っ直ぐに
伸びない」と言っているのだ。文系学者は軟弱だが、理系学者はスゴイ、
と思う。

■11月22日(金)。朝は室温15度、快晴。夕食は孫娘の希望でピーマンと
ナスの肉詰め。旨かった。

■11月23日(土)。朝は室温16度、快晴。新嘗祭。午前は図書館。

3時からフライドチキンの準備。手羽元20本ほどを牛乳で溶いた卵にくぐ
らせ、小麦粉・塩・胡椒・ショウガとニンニクの刻みを入れた大き目の袋
に入れてぐしゃぐしゃと馴染ませ、175〜180度くらいの油で10分。ニンニ
クの香りがいい。

大人向けにはもう少し濃い味の方がいいかもしれず、カミサン曰く「蜂蜜
と醤油を入れたらいい」。カレーとともに7人で楽しむ。

■11月24日(日)。朝は室温16度、快晴。小生以外の6人は八ヶ岳1泊旅行
へ。今日と明日は家事から解放される。(2013/11/24)

   

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謎に包まれた「蕪村幼年期」
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       毛馬 一三

つい先日、寄稿者の眞邉峰松氏から「頂門の一針」主宰の渡部亮次郎氏が
執筆された(11月19日掲載)「ふるさとは遠きにありて」を読んだ処、
「何か俳人与謝蕪村を彷彿させられました。そう感じませんか?」と
いう連絡を貰った。

2年半後に大阪で「蕪村生誕300年祭」を実行する同志の眞邉峰松氏から
の教唆だったが、確かに読めば真から同じように感じたものだった。これ
に絡む蕪村の「謎」に包まれた「幼年期」もこれから追々。

まず、渡部亮次郎氏執筆の「ふるさとは遠きにありて」を改めて挙げさせ
て頂く。

<ふるさとは遠きにありて・・・

この言葉で始まる室生犀星(むろお さいせい)の詩は「・・・想うものも
のそして悲しくうたうもの よしやうらぶれて異土(いど=外国)の傍居
(かたい=こじき)となるとても 帰るところにあるまじや」と結ばれて
いたと思う。高校のときに習った。

つまりこの詩は「ふるさとは帰るところではない」の意味なのに、今の人
たちは「遠くにありて、懐かしさのあまり」呟く詩だと思っているようだ。

室生犀星は複雑な家庭に生まれた。だから早くに郷里を飛び出したが、都
会も田舎者には冷たかった。だからたまにはふるさとを思い出して帰って
みた。だけど郷里は犀星を蔑み、冷遇した。そこで「悲しく詠うだけの土
地。どんなに貧乏して、外国で乞食に落ちぶれたとしても、俺は死んでも
あの故郷には帰るまい」と決意したのである。

「ふるさと」を懐かしむあまり軽々しく犀星の詩などを持ち出すとこうし
て無慈悲な欄に取り上げられ、教養の無さを散々むしられる事になる。そ
れとも50年後の今は高校でも犀星は教えないのかも知れないね。>。

以上のように、「ふるさとは帰るまい」と決意した強力な室生犀星の意思
が綴られている。

そこで俳人与謝蕪村の場合も、「大阪毛馬の家を飛び出してからは、終生
郷里に足を踏み入れない」が、全く室生犀星の決意と同じだと推測される。

蕪村は、享保元年(1716)、大阪摂津の国東成郡毛馬村の村長(庄屋?)
の家に生まれた。蕪村の母は、京都丹後の与謝から「毛馬村長の家」へ奉
公人として来た。

ところが村長の妾となり、「蕪村」が生まれたのだ。しかし不幸にも蕪村
が僅か13歳の頃、「毛馬」で母が亡くなった。間もなく村長も逝去して仕
舞った。

これが蕪村の人生を大きく変えた。蕪村は、俗に云う「妾の児」だったた
め、父の村長家系から外されて家系を継げなくなり、村長家一族から「強
い苛め」に遭わされ、以来、生家「村長家」で、蕪村は身を縮めて生きて
いかざるを得ない苦境に追い込まれていったという。これが室生犀星の状
況と全く類似している。

そこで一人で力強く生きて抜くには、「毛馬」を離れ独り立ちするしかな
いと決意、江戸に上ることにした。父と母と住んでいた毛馬には「望郷想
い」は強かったが、一族のいじめから「帰郷の念」を断ち切ったのだ。決
意を固めた蕪村が郷里毛馬を離れ江戸へ発ったのは、17・8歳の頃と推測
されている。

だが、実際の処、蕪村が辛苦に溢れた生活環境の下で出奔するまで毛馬で
の幼年期に関する記録古書は、一切無く「謎」に包まれたままだ。

蕪村研究の専門の関西大学文学部の藤田真一教授は、「この期は、資料が
無く全く空白部分です。」と話してくれた。

従って、

・妾の児とはいえ、なぜ、家系を継げなかったのか

・「幼年期」に、どうして「江戸に上る」ことに思い付いたのか、

・江戸に上る金銭は、どこで準備したのか、財産を一部でも有していたのか、

・旅は、飢えもし、寒暑になやみ、辛苦にみちた旅であった筈だが、どの
ように耐えたのか

・田舎出の青年が、当時超有名な江戸の俳人師早野宋阿(巴人)の内弟子
になったが、紹介者となった砂岡雁宕にどうして巡り逢えたのか、
「謎は」山積し、いずれも未だ明らかになっていない。

江戸に上り俳人修業し、宋阿(巴人)が死んだあと、芭蕉を慕い関東・奥
羽の漂白10年。旅をおえて36歳京に着いた蕪村は、画家を兼ねながら
「春風馬堤曲」を書き、娘の「くの」を嫁がせるなど、江戸以降、京、母
の里丹波与謝等での軌跡は、裏付けられている。

だから「幼年期」が不透明なのは歯痒いことだ。

室生犀星が、郷里の蔑みと冷遇によって「俺は死んでもあの故郷には帰る
まい」とした決意を読んで、蕪村の「幼年期の謎」に包まれている部分が
あるとはいえ、室生犀星と同じ生活環境からの同じ決意と見做していいだ
ろう。(了)


         
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話 の 福 袋 
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 ◎【軍事情勢】鳩山氏 終の住処「できれば中国、最低でも香港に」
産経 2013.11.24 07:00

中国・江蘇省南京市の「南京大虐殺記念館」を訪れ、頭を下げる鳩山由紀
夫元首相。「謝罪行脚」を実現させるためにも、大好きな中国に永住する
ことを勧めたい=2013年1月17日(共同)

11月14日の産経新聞に掲載された記事の見出しを、思い込みで読んでし
まった。

 《中国「人権弾圧、批判された」》

実際の見出しは《中国「人権政策、評価された」》。北京発の共同電は、国
連総会で実施された人権理事会(47カ国)の理事国改選選挙で、中国が
当選した件に触れ、中国外務省報道官の記者会見におけるコメントを伝え
ていた。

「中国の人権への取り組みが進み、国際社会に十分に評価された。公正で
客観的なやり方で人権問題を処理していく」

これには「???」。会見場は、三流芸人の飛ばすギャグに、ほんの一部
がクスクス笑い、大半は白けきった空気が流れる寄席さながらだったと推
察する。中国はチベットや新疆ウイグル自治区で民族浄化を断行。ゼロが
幾つ付くかも詳細が明らかではない数の少数民族虐殺を繰り返している。
ロシアやキューバといった「人権侵害同盟国」との事前の支援調整による
当選も茶番なら、コメントする報道官の鉄面皮にもあきれる。

 安倍首相を恥じる?

もう一人、厚顔無恥では中国級だが日本国籍を有する人物が同じ11月14日
付本紙で、相も変わらず妄言を発信した。鳩山由紀夫元首相(66)。見
出しは《安倍首相を恥じる》。

自身が立ち上げた民主党の議員にも相手にされず時間があるようで、香港
まで出向き大学で講演。香港発時事電によれば、日中関係が国交正常化以
来最悪の状態になった「最大の理由」は、過去の植民地支配などをめぐる
安倍晋三首相(59)の発言にあると主張。

「日本人として、私は(安倍発言を)深く恥じる」と批判した。首相在任
前後から、沖縄県・米軍普天間基地問題に関して「できれば海外、最低で
も県外に移設したい」という主旨の発言を繰り返し、名護市辺野古沖にま
とまりかけた移設問題をメチャクチャにした暗愚の宰相。「自らを恥じ
る」べきではないか。

ただし、次の発言に鳩山氏の“信念”を見た、気がしたような…。支那事変
中の1937年、大日本帝國(ていこく)陸軍が中国の民間人を「大量虐
殺」したと、中国が言い掛かりを付けている南京事件に関し固い決意を示
した、気がしたような…。

「日本人として、日本兵に惨殺された中国民間人一人に対しても謝罪する
義務が私にはある」

鳩山氏が残る生涯と、有り余る遺産をささげる覚悟で、中国全土を「謝罪
行脚」する、退路を断った宣言だと、取りあえず受け止めた。普天間基地
問題での無責任発言には懲りているはず?で、得意の思いつき発言ではな
いと信じたい。「日本人として」を連発する講演に、鳩山氏が“日本人”で
あることが再認識できたが、長い年月を費やす「謝罪行脚」を実現するに
は、大好きな中国に腰を落ち着けた方がよい。提案がある。

 尖閣へクルーズを

「できれば中国に、最低でも香港に永住」

なぜ香港か? 余生はクルーズを楽しんでほしいからだ。同じく11月14日
付本紙の香港発共同電を、鳩山氏は参考にされると宜しい。氏の講演が行
われた13日、尖閣諸島(沖縄県石垣市)の中国領有権を主張する香港の団
体が乗る抗議船が、鳩山氏に背中を押されたかのように香港を出港した
が、当局が外洋に出ることを阻止した、という。この団体は昨年8月、活
動家を尖閣に上陸させた、鳩山氏と志が近い“愛国組織”。ぜひ、鳩山氏に
はお仲間入りを勧めたい。気持ちが通い合うこと請け合いだ。

だが、鳩山氏は尖閣諸島の領有権に関する《棚上げ論》について、13日の
講演でも改めて賛意を示してもおり、そこら辺りの調整は必要になる。中
国側は(1)国交正常化交渉が行われた、当時の田中角栄と周恩来による
両首相会談(昭和47=1972年)(2)日中平和友好条約をめぐる当時の園
田直(すなお)外相と鄧小平(とう・しょうへい)副首相の会談(78年
8月)(3)条約批准書交換のための福田赳夫(たけお)首相と鄧氏の会
談(78年10月)−で「棚上げで合意した」と叫ぶ。しかし、当時同席
した日本人外交官は「中国側の一方的な思いで合意はなかった」「独り言
のような(鄧発言に)福田氏は応答しなかった」「『合意があった』は言
い過ぎ」などと、産経新聞に実名で証言している。

 続く「鳩害」汚染

そもそも、今も昔も尖閣に領土問題など存在しない。中国が尖閣の領有権
を主張し始めるのは、69 年と70 年の国連調査で、尖閣周辺に眠るイラク
の埋蔵量に匹敵する海底油田の存在を知った71 年以降のこと。

ところが、中国は92 年に領海法を制定し、尖閣などが浮かぶ東シナ海の
多くを「中国の海」だと宣言した。《棚上げ論》も棚上げしたのだ。鳩山氏
が中国永住後「棚上げ」を論じると、拘束される懸念がある。

もっとも尖閣について、1月の北京詣ででは「係争地」と、6月の香港
フェニックステレビの取材には「中国側から『日本が盗んだ』と思われて
も仕方がない」と放言した功績もあり“中国共産党報道官”としての利用価
値はまだある。カモだけでなくハトもネギを背負うとは、寡聞にして知ら
なかった。

永住時の懸念はもう一つ。深刻化している大気汚染である。くれぐれも日
本製の優秀な空気清浄機の持参をお薦めする。ただ、中国のニュースサイ
トは「汚染物質は日本より飛来した」「中国で操業する日系企業の工場排
気が汚染源」「日本は原発事故後、火力発電やゴミ焼却施設からの有害な
排気が増えた」と、ここでも諸悪の根源は日本。反省せず、無理筋の責任
転嫁を、恥じるでもなく、堂々と展開する点で、鳩山氏は中国人に似る。
中国文化との同化は早いに違いない(既に同化している?)。

と、ここまで書いてうっかりしていたことに気が付いた。鳩山氏が中国人
になると、今以上に嬉嬉(きき)として、中共に頼まれようが頼まれまい
が、自発的に日本の国益を損ねる言動を、元首相の肩書で世界中で垂れ流
すこと必定。中国みたいに座敷牢に幽閉するわけにはいかないし…。悩ま
しい。

“鳩害”は、マンションのベランダだけでなく、日本人の名誉まで汚染し続
けている。(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI 
EXPRESS) (情報収録:中山)



 ◎自民・宮崎氏、辺野古移設を容認 「普天間危険性を除去」

沖縄県を地盤とする自民党の宮崎政久衆院議員(比例九州)は24日、同県
宜野湾市で記者会見し、米軍普天間飛行場(同市)の県外移設の主張を取
り下げ、名護市辺野古への県内移設容認に転換すると表明した。「普天間
の危険性除去のため、辺野古移設を含めいかなる選択肢も排除しない」と
語った。

一方、自民党の石破茂幹事長は24日、県外移設を主張する党沖縄県連に
方針転換を求めていることに関し、県選出国会議員の説得を優先する考え
を示した。「順番としてまず、国会議員が全員そろって意思を示すことが
県連の態度決定につながる」と述べた。

25日に県選出国会議員と会談し、政府方針の辺野古移設に理解を求めるこ
とも明らかにした。秋田県内で記者団の質問に答えた。【産経ニュース】
2013.11.24 20:15〔情報収録 − 坂元 誠〕



 ◎【中国防空識別圏】米、この地域での米軍の軍事作戦には影響しない
と警告

「中国に強い懸念伝達」=米、一方的と非難−防空識別圏で日本と協議へ
米政府は23日、中国が同日発表した沖縄県・尖閣諸島を含む東シナ海の
防空識別圏設定を受け、「中国に強い懸念を伝えた」と明らかにした。

 「緊張を高める一方的な行動」と非難し、この地域での米軍の軍事作戦
には影響しないと警告。中国側に自制を促すと同時に、日本をはじめ関係
諸国と協議する方針も示した。

 米政府が素早く中国に対して強い警告を発した形で、両国間の緊張が高
まる恐れがある。

 米国家安全保障会議(NSC)のヘイデン報道官は声明で「地域の緊張
を高め、米国や同盟国の権益に影響する事態を非常に懸念している。中国
にはわれわれの強い懸念を伝えており、地域の同盟・パートナー諸国と緊
密に連携していく」と述べた。

 ケリー国務長官は声明で防空識別圏設定を「東シナ海の現状を変えよう
とする一方的な行動だ」と断言。中国は不審機に緊急発進で対応する方針
を示しているが、「中国には実行しないよう促す」と要求した。

 ヘーゲル国防長官も声明で深い憂慮を表明し、「今回の中国の発表を受
けても、この地域で米国がどのように軍事作戦を遂行するかには一切変更
はない」とくぎを刺した。【保守速報】2013年11月24日15:24 

   http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2013112400031

〔情報収録 − 坂元 誠〕



 ◎イラン核協議、核開発制限で合意 イスラエル首相「歴史的過ち」

核問題をめぐるイランと欧米諸国などとの協議は、24日、イランが核開発
を制限する代わりに、欧米諸国が制裁を一部緩和する「第1段階の措置」
で合意した。核兵器開発阻止で、歴史的な一歩となった。
イランのザリフ外相は「われわれは、必要のない危機を終わらせ、新しい
地平線を切り開いた」と述べた。
合意した「第1段階の措置」は、今後6カ月の間に、イランが核兵器開発に
つながるおそれがある5%を超える濃縮ウランの製造を停止するほか、濃縮
施設への査察を認めるなど、核開発を制限する。
その見返りに、欧米諸国は、今後6カ月間、新たな制裁を科さないほか、
金や貴金属の禁輸措置を解除するなど、経済制裁の一部を緩和するとして
いる。
一方、イランと敵対するイスラエルのネタニヤフ首相は、日本時間24日午
後8時すぎ、合意を強く非難した。
ネタニヤフ首相は「昨夜のジュネーブでの結論は、『歴史的合意』でなく
『歴史的過ち』だ」と述べた。
フジテレビ系(FNN) 11月24日(日)21時8分配信

 
 
━━━━━━━
反     響
━━━━━━━


 1)任務に対応する武器使用権限の付与が必須 :次に引用の主張の実
現を強く支持する。
 
防衛省・自衛隊に対して、新たな任務を付与するならば、その任務に対応
する手段体系も付与するのが、国の指導者層の責務である。

任務遂行のために必要な国際水準の武器使用権限を「憲法が禁じる『海外
での武力行使』に当たる恐れがある」などとしないで、現実に派遣命令を
発するまでには付与すべきである。

そうしなければ、慣れない外国の地に、危険も伴う任務を負って派遣され
る自衛隊員とその家族などの人権を侵害するおそれがあると考える。
(2013年11月23日 宝珠山  昇)
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
邦人陸上輸送 法改正後に残る「武器」の課題(11月24日付・読売社説)

海外で緊急事態に巻き込まれた日本人を安全な場所に運ぶため、自衛隊を
活用する選択肢を増やす意義は小さくない。

在留邦人の陸上輸送を可能にする改正自衛隊法が成立した。現行法では、
自衛隊の輸送手段は、航空機と艦船に限定されているが、新たに車両の使
用を認めるものだ。

1月のアルジェリアでの人質事件では、同国政府が邦人被害者を事件現場
から50キロ離れたイナメナス空港まで輸送した。だが、国によっては、そ
うした対応が期待できず、日本が独力で運ばねばならないケースも想定さ
れよう。

日本企業が世界各地に進出する中、在留邦人の安全を守るためには、幅広
い対策を講じておく必要がある。無論、他国の領土に入る以上、その国の
同意が前提になるが、自衛隊に新たな任務を与えることは重要な意味を持つ。

一方で、陸上輸送は、現地の治安情勢次第で、海上・航空輸送と比べて格
段に危険が伴うことを覚悟せねばなるまい。

そうした任務をこなせる陸上自衛隊の部隊を編成し、平時から訓練を重ね
ておくことが大切だ。

自衛隊が携行する武器も、拳銃や小銃、機関銃だけでなく、必要に応じ
て、無反動砲などの小型重火器も検討すべきだろう。

輸送の安全を期すには、自衛官の武器使用権限を拡大することが欠かせな
い。武器使用は現在、自衛官と、その保護下にある邦人らの正当防衛など
に限られる。

反政府勢力にバリケードで輸送を妨害されても、警告射撃ができず、迂回
するしかない。他国部隊からの救援要請に基づく「駆け付け警護」も行え
ない。憲法が禁じる「海外での武力行使」に当たる恐れがあるとされるた
めだ。

政府の有識者会議は現在、集団的自衛権の憲法解釈の見直しを検討してい
る。同時に、海外で活動する自衛官の武器使用権限の拡大にも取り組んで
もらいたい。

改正自衛隊法には、与党に加え、民主党や日本維新の会、みんなの党も賛
成した。与野党が幅広く協力する形で安全保障政策を進めるのは適切な対
応と言える。

在留邦人の安全確保には、政府の海外情報収集・分析力を高めることも重
要である。

国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案が近く成立するのを機に、関
係国とテロ関連情報の交換・共有を進め、中長期的にこの分野の専門家を
育成すべきだ。在外公館の防衛駐在官を増員し、情報収集体制も拡充した
い。(2013年11月24日01時49分 読売新聞)



 2)猪瀬知事が徳田氏からお金を借りた件、報道されます。

お金に色はついていません。猪瀬氏は、「徳田氏から献金を受けました
が、それが何か?」と、どうして言わないのでしょうか。

徳田氏の選挙違反行為はそれ。他人への献金は別です。徳田氏から知事へ
の献金は何故問題なのでしょうか。

猪瀬氏が選挙資金の支出簿にその金額を記載しなかったことが問題なら
ば、それは猪瀬氏の問題であって、それは徳田氏の選挙違反事案とは無関
係と思います。

猪瀬氏の献金受領が新たに発覚した徳田氏の選挙不正と関連あるかのよう
に報道されるのを聞き何か、違うのでは、と思います。

「徳田氏から献金を受けました。でもそれが如何かしましたか。」ときっ
ぱりと言うべきと思うのです。

それにしても猪瀬氏は何故(当時)何の問題もなかった寄付金を記帳しな
かったのでしょうか。

五千万円を、選挙資金ではなく個人で借金したというのは嘘でしょう。生
活に困っている訳もなく、借金する理由が(多分)ありません。猪瀬氏金
銭収支簿に、このような高額を何故記載しなかったのか、
不思議に思います

でもこうしたこと(収支をごまかすこと)は選挙では当たり前なのでしょ
うか。

丸っきりの素人です。素朴な疑問を感じ、投稿する次第です。(杉山敏雄)




 3)三島由紀夫氏が自決した11・25が来るたびに想うことがある。43年
前に防衛庁職員であった私は、その日にある用務で六本木の防衛庁の庁舎
から市谷の駐屯地に出かけていた。

昼食のためにたまたま事件があった陸上自衛隊東部方面総監部庁舎の前の
広場を三島演説の直前と直後に2回通過したが、異常な雰囲気を感じなが
らも外来者で事件の様子よく知らない(総監のところで三島氏たちが何か
もめ事を起こしているという情報は知っていたが、何かの行き違いが起き
ている程度に軽く考えていた)ために、三島氏が自死覚悟で行った演説を
聴きそこなったことを今でも残念に思っている。

2度目の広場の通過のときは、すべて事が終わったあとでNHKの放送車1台
だけが残っていた。その放送車の人になにがあったか尋ねると、三島氏の
演説がさきほど終わったことを教えてくれて、ちょうど再生中の演説の一
部を聴かせてくれた。

隊員のすごい野次のなかで三島氏の演説が聞こえていた。幸いにしてこの
三島演説は、YouTubeで今も聴くことができる。
三島由紀夫 最後の演説(録音)
http://www.youtube.com/watch?v=xAZBqK97Xso
三島由紀夫演説文
http://www.geocities.jp/kyoketu/61051.html
三島由紀夫檄文
http://www.geocities.jp/kyoketu/61052.html
この日の三島氏の行動については、さまざまな見方がある。だが、迂闊な
ことで折角の演説を聴きそこなった者としては、43年後のいまもなお次の
ように考えている。

三島氏の憂国の至情が人並でないことはよく判るが、己の自死行動に信頼
に乗じて自衛隊の指揮官を詐術で拘束し自分の演説の対象に自衛隊員の集
合を強要する卑劣な手段を組み込んだのは、自分勝手な筋書きだけで行動
したのであって、どう考えても正常でなく正当化できない。

折角の演説行動がそれでぶち壊しなった。もって瞑すべしとはいえないの
でないか。総監室の損壊については、後日三島夫人によって弁償されて
いる。

三島氏ほどの人であれば、己の心情を吐露し多くの人たちに憂国を訴える
もっと有効な方法が考えられなかったのかと思う。衝撃的な死であっただ
けに惜しまれる。

三島氏の死から3月の翌年2月末に彼に付き従った「楯の会」は解散した。
その時の若いメンバーの多くは、現在60歳半ばになろうとしている。意識
上で対抗した新左翼のメンバーも同様である。往事茫々というべきか。
憂国忌に集う人たちはこのことについてどのように思っているのだろうか。
(品川 阿生居士)



━━━━━━━
身 辺 雑 記 
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  • 名無しさん2013/11/26

    在日外国人犯罪に詳しい 

    元北京語通訳捜査官 

    坂東忠信氏の新刊 

    「 静かなる日本戦区 」 

    青林社よりネット上で注目されています勿論本屋でもです。 

  • 名無しさん2013/11/26



    日本のすべての大学に中国人留学生が入り込んでいるように、多くの大学に中国人が正規雇用されている。語学教員も含めると軽く2千5百人を超えるだろう。



      朱教授はテレビ出演も多かったが、露骨に中国の立場を擁護するのが常だった。尖閣沖の中国漁船体当たり事件の時、同教授はよほど危機感を覚えたとみえて、「漁船は漁網を引いたまま転回したので操舵を誤ったのだ」と、思わず吹き出すような弁護をしていたのを思い出す。



      改めて問題提起すべきだろう。なぜこんな「学者」を日本の大学は(国公私立にかかわらず)教壇に立たせるのだろうか。学生は何を教えられて社会に出るのだろうか。



      ほかにも、日本語で文章を発表するとき、必ず「偽満州国」と書いて笑われる某公立大の中国人教授がいたり、テレビ討論などを見ても中国人学者は必ず中国政府と同じことしか言わない。そういうように統制を受けているのである。

      来日・在日韓国人の大学人やメディア人も全く同じである。



      日本は中韓国籍の彼ら教員と留学生に、年間少なくとも数百億円の税金を提供して、おもてなししている(国費留学生は授業料・渡航費タダ、月12万5千円〜15万5千円支給)。



      考えてみれば、彼らも、例えばアメリカの大学でそういう反米言動をとったらどうなるか、想像はつくはずだ。教員は直ちにクビ、学生は退学処分になることは間違いない。



      安倍政権はようやく米国モデルの「国家安全保障会議」と「国家安全保障局」の新設に本気を出したようだが、文部科学省はカヤの外だ。

      お人好しとかカネの問題ではなく、この大学浸食は日本の死活的重要問題だと認識してもらいたい。

    (おおいそ・まさよし 2013/10/28)



    http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/5562/column/column175.html

  • 名無しさん2013/11/26

    民主党「秘密保護法案に反対との広告を新聞に掲載したぞ!フヒッ」  

    http://gogotorimaru.blog19.fc2.com/blog-entry-7992.html

  • 名無しさん2013/11/25

    韓国大統領が色んな国で日本の悪口外交したり戦中の新日鉄住金の問題で韓国司法が理不尽な判決していることに経済制裁を。

     在日韓国籍コリアンも韓国の一部なので、そこは差別しないで同じく制裁を。



     

    中国の防空識別圏設定

     中国共産党も末期的症状の様です、チベット・ウイグル・人民不満の矛先を反日に振り向ける政策は見え見えです。

     但し危険なのは高級な玩具(航空母艦・ミサイル・核兵器)を与えられた軍部が朝鮮戦争以来本格的な戦争を経験していないことです、軍幹部は次世代に共産軍のDNAを伝承する目的をあからさまにしています。

     中国は兵器の性能試験の実験として小規模な戦闘行為を起こし、親中国の国々に兵器を売ることを目論んでいると想像しています。

     反日の隣国の韓国も不快感を示し、アメリカも警告を出しています、防空識別圏の設定は施政権の及ぶ範囲で自由裁量で強制権な無いことが一般的です、今回は強制権を主張しています、多分世界中で認める国は無いと思いますが用心に越したことは有りません。

     国際世論を巻き込んで強制権を無視し反対表明と撤回をさせるべきです、断じて迎合してはなりません。







     夕方のBS-NHKで50分から始まる10分だけのニュースなのに、有識者の反対意見ばかりをながなが放送してました。しかも賛成派の意見は出さず、5・6人の反対意見を丁寧に一人づつ紹介していました。こんな売国偏向報道ばかりするNHKを早く解体して!

    もう最後の最後まで悪あがきするつもりです。NHKを野放しにすると日本国民の利益が損なわれ続ける。 







     尖閣については6月のオバマ・習会談に遡り、習主席は尖閣への測量目的による上陸許可を主張したもののオバマ大統領は拒否。

    しかも、その会談の数日後からドーンブリッツ(夜明けの電撃作戦)として、

     日米合同演習。「特定の国を意識したものではない」としながらも尖閣における対中国を想定したのは明らかで、中国はこの合同演習中止を求めたものの、これも日米は拒否ー

     そこで今回、中国は「特定の国に向けたものではない」としながら日本を想定しているのは明らか。

    やられたことをやり返したつもりなんじゃないですかね?

    だからといって、大げさに考えなくて大丈夫というのも危険なので冷静かつ毅然と対応していくことが大事だと思います。 



  • 名無しさん2013/11/25





    共同通信   

    2013年11月25日22時04分

    福岡、中学生が学校に拳銃 職員室で教諭誤射







     福岡県志免町の町立中学校の男子生徒が校内に回転式の拳銃1丁を持ち込み、偽物と思った教諭が職員室で誤射していたことが25日、捜査関係者への取材で分かった。県警は、銃刀法違反の疑いで生徒や保護者から事情を聴いている。



     捜査関係者や学校によると、20日に教諭が生徒の持ち物を検査した際、拳銃の持ち込みが発覚した。職員室で保管していたが、23日夕に別の男性教諭(25)が室内で拳銃を扱った際に誤って1発を発射。銃弾は木製いすに当たったが、けが人はなかった。

  • 名無しさん2013/11/25

    いつも 「9条を守れ」 だとか、「アメリカ軍は出て行け」 だとか叫んでいる 「特定平和勢力」 は中国による 「東シナ海・尖閣諸島侵略」 に対し、なぜ一切抗議をしないのか? 中国の行為は、日本国憲法前文違反、9条違反の 「違憲行為」。 なぜ、「9条がーー」を始めない?









     中国外務省の洪磊報道官は、安重根を「中国でも尊重されている、歴史上著名な抗日義士」と位置づけたが、江沢民や胡錦涛をチベットやウイグルや台湾の独立運動家が訪日中に暗殺したとして、日本政府が「日本でも尊重されている、歴史上著名な抗中義士」だとかいうのと同じだと認識しているのか?

      





    いつかはわからない。 来年の正月かもしれないし、もっと先かもしれない。 しかし、中国共産党政府が崩壊しない限り、我が国と中国は10年以内に戦争になるだろう。 その覚悟を決めて、淡々と準備するよりない。 それが男の仕事だ。

      

    東シナ海への防空識別圏設定は、日米安保への公然たる挑戦。 これを無視すれば、アメリカの安全保障の実質がないということになる。 中国は、これを撤回はしない。 すると、結局、いずれは戦争になるだろうということ。 戦端は、尖閣上陸や石垣上陸ではなく、「五島列島奇襲上陸」かもしれない。





  • 名無しさん2013/11/25

    http://supinozaneko.web.fc2.com/3-12.html

  • 名無しさん2013/11/25

    12 特別永住資格  

    http://supinozaneko.web.fc2.com/3-12.html 

  • 名無しさん2013/11/25

    中国大使館が日本に住む中国人に個人情報の登録をさせているということですが、国防動員法と関係がある?

    だとしたら有事を想定した上での一連の動き?

  • 名無しさん2013/11/25

    西岡氏の様にブータン国の農業に、多大な貢献した人有れば。小泉、竹中の様に米国の手先で、二度目の売国TPPに賛同、脱原発で米国のオイルシェールガスを買わせる目論みに加担、あーあ みんなで拡散しよう。黒ラブ